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陣内が先週読んだ本 2019年 10月30日〜11月10日『勝利者キリスト』他

2020.03.31 Tuesday

第115号 2019年11月26日配信号

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
■2 陣内が先週読んだ本 
期間:2019年 10月30日〜11月10日
::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::

先週私が読んだ本(読み終わった本)を紹介していきます。
一週間に一冊も本を読まない、
ということは、病気で文字が読めなかった数ヶ月を除くと、
ここ数年あまり記憶にないですから、
このコーナーは、当メルマガの
レギュラーコーナー的にしていきたいと思っています。
何も読まなかった、という週は、、、
まぁ、そのとき考えます笑。

ただ紹介するのも面白みがないので、
twitterに準じて、
140文字で「ブリーフィング」します。
「超要約」ですね。
(どうしても140字を超えちゃうこともあります。
 140文字はあくまで「努力目標」と捉えてください笑。)

忙しい皆さんになり代わって、
私が読んだ本の内容を圧縮して紹介できればと思います。
ここで紹介した本や著者、テーマなどについて、
Q&Aコーナーにて質問くださったりしたら、
とても嬉しいです。


●勝利者キリスト

読了した日:2019年10月30日
読んだ方法:山田和音君に借りる

著者:グスタフ・アウレン
出版年:1982年(原著初版1930年)
出版社:教文館

リンク:
https://bre.is/u2ubhgZb

▼140文字ブリーフィング:

「よにでしセミナー」の第一期修了生でもあり、
それ以来の友人でもある山田和音くんとは、
時々話しては「最近面白かった本は?」と教えてもらってます。
「良い本を紹介してくれる友人」は、
人生を確実に豊かにしてくれます。

『勝利者キリスト』は、
今年の春に彼から紹介してもらって、
読みたかったんだけど、
もう絶版になってて、
Amazonで古本を買うと、
なんと2万円オーバー!!
ということで、
山田君に夏に会ったときに貸してもらいました。

そんで読んだわけですけど、
確かにすごく面白かったです。

著者のスウェーデンの神学者、
グスタフ・アウレンは、
ディートリッヒ・ボンヘッファーとかと同じ世代です。
本書は、キリスト教の歴史を通して、
「贖罪(救済)」というものが、
どのように変遷してきたかをなぞる、
という内容の書籍です。
神学の世界ではこれを「贖罪論」と呼ぶので、
「贖罪論の歴史」が本書のテーマです。

著者は、プロテスタント神学では主流の、
「ラテン型」救済論の陰に隠れてきたが、
確実に同じぐらい重要であるはずなのに、
長らく忘れられてきた「古典型」贖罪論が存在するのだ、
と指摘します。

→P11 
〈それゆえ、
私は普通客観説と呼ばれる類型の贖罪説を「ラテン」型と呼ぼう。
なぜなら、それは西方のラテン的土壌で埋まれ、
発展したからである。

そして、二元論的な
ドラマティックな見解を贖罪の「古典的思想」と呼ぼう。
古典的思想は、実のところ、
その重要性を誇張してもしすぎることがないほどの位置を、
キリスト教教理史の中で占めてきた。
それは種々な形態において表現されており、
そのすべてが同じような実りをもたらしたわけではないけれども、
初期の教会においては
ずっと支配的な贖罪思想であったことは議論の余地がない。
それはまた実際新約聖書における支配的な思想でもある。
そのことを私は示したいと思う。〉


、、、クリスチャンの中に、
「神学なんて必要ない」
という人が時々いますが、
それは暴論というものです。
もっと言えば「あさはか」です。

もし神学というものがなければ、
我々はそもそも、
いまだに日本語で聖書を読んでいないでしょうし、
「祭司を通してしか祈れない」ため、
日々神に祈る、という私たちの、
当たり前の信仰の形も存在しません。

神学は私たち「信仰の呼吸をする環境」
を整えているようなものなので、
「神学が必要ない」と言っている人は、
水や空気が当たり前にありすぎて、
その恩恵を意識できていない人と同じです。
「上下水道局など必要ない」と言うのは自由ですが、
本当になくなればその人は「万年下痢確定」です。

ではたとえば「贖罪論」は、
どのような影響を、
我々の信仰に及ぼすか?

めちゃくちゃ及ぼします。

キリストは「罪の罰」を、
その十字架で担ってくれた。
それは裁判で有罪になったあなたの、
「保釈金」を払ってくれたようなものだ。
だからあなたは自由の身になれる、
っていう説明ってあるじゃないですか。

あるいはこういうのもあります。

あなたはおもちゃ職人が作ったおもちゃで、
めちゃくちゃ高価なものだった。
しかしそれがある日盗まれてしまった。
そのおもちゃ職人が、
ある日旅先で訪れた古美術屋で、
「あなた」が1000万円で売られているのを見つけた。
おもちゃ職人は、それが本当は自分のものだと知りながら、
1000万円を支払い、あなたを「再度買い取った」。
これがあなたと神の間に起きたことです。

こういった「比喩」の背後には、
「贖罪論」があります。
どのような「贖罪論」をとるかによって、
私たちの「救済の意味」すら変わるのです。

ひとつ忘れてはならないのは、
それらの贖罪論は互いに排他的なものではなく、
複数の贖罪論(救済観)は共存可能だということです。
なぜなら神学の究極のテキストは聖書であり、
その聖書というテキストをもとに、
神学者は「贖罪論」を構成していくからです。

さて。

アウレンは「主観論」と「客観論(=ラテン型)」が、
現在の西方キリスト教会、
つまりプロテスタントとカトリックでは主流であり、
それによって「古典型贖罪論」のもつ豊かさが、
隅に追いやられている、と論ずるわけです。

ちなみに私が先ほど挙げた二つの例、
「裁判で有罪になったあなたの罪の保釈金」
「おもちゃ職人がおもちゃを再度買い取る」
これは両方とも「ラテン型」贖罪観に基づきます。

「ラテン型」の顕著な特徴は、
それが「法律」の類比で理解されることです。
そしてこの立場を取ると便利なのは、
「神義論」と呼ばれる、
「神の正しさと不変性」を論証する神学の分野と、
矛盾が生じないことです。

この「論理的なわかりやすさ」
こそが、特に近世以降の、
「合理主義・啓蒙主義」の流れのなかで、
多くの神学者たちの心を捉えたから、
「ラテン型贖罪論」はこれほど支配的になったんだよ、
とアウレンは言うのです。

→P184 
〈以上の考察は、古典的贖罪思想が抑圧され、
軽蔑をもって扱われてきた
一つの究極的理由を
我々に明らかにするのに役立つであろう。
神学があらゆるものを十分に
合理的に説明しようと思い始めるとき
あらゆる矛盾を含む古典的思想を
排除しなければならないのは余りに明らかである。
それは真理を表現する企てにおける粗野で原始的な段階であり、
もっと正確で適切な定式に
取って代わられなければならないからである。〉


、、、しかし、
神は果たして「合理的」なのだろうか?
というのがアウレンの問いです。
じっさい、宗教改革者マルティン・ルターのテキストは、
「ラテン的」というよりも「古典的」贖罪論に近い、
救済観を彼が持っていたことを示しています。

ところが「合理的説明」を求める近代啓蒙思想に、
無意識の影響を受けた中世以降の神学者たちは、
ルターの救済論に明らかに含まれている、
「古典型贖罪論」の匂いを排除していきます。
もしくはそれが彼らの「盲点」となった。
じっさいルターの弟子のメランヒトンの時点で、
すでに「古典型」の匂いは「脱臭」され、
「ラテン型」の「法律的・合理的」な、
贖罪論としてプロテスタント神学は体系化されていきます。

では、「古典型」が失われ、
「ラテン型」が支配することによって、
我々はどんな不利益を被るのか?
それは「神の業の一貫性」と、
「神と人間の距離」の疎外です。

引用します。

→P106〜107 
〈法律的思想はかくて
古典的教説において占めていた
限定された場所とは全く異なる位置を占める。
神と人との関係はアンセルムスによって
本質的に法律的関係として取り扱われる。
というのは、彼の努力全体は贖罪の業が
正義と一致することを証明することである。
ブルンナーの言葉を使えば、
この図式においては、
法律は実際に精神的世界の花崗岩的土台としてあらわされる。

他方、古典的思想にとって本質的であるのは、
神がキリストにおいて達成する贖罪の業は、
法的秩序とは全く異なる神的秩序を反映するということである。
贖罪は正義の欲求の厳格な成就によって達成されるのではなくて、
正義の欲求にもかかわらず達成されるのである。
神はなるほど不義ではないが、
彼は正義の秩序を超越する。

ラテン的理論の法律的性格と
密接に結びついているのはその合理的性格である。
アンセルムスの連続的な折り返し
(リフレイン)はnihili rationabilius
(・・・ほど理にかなっているものはない)である。
すなわち贖いへの要求と、
その要求が満たされる仕方ほど
理にかなっているものはないというのである。
Lex etratioすなわち方と合理性は、
ルターが倦むことなくいうように、分かちがたい仲間である。

しかし古典的贖罪思想は合理的体系化を無視する。
神は和解させる方であると同時に
和解させられる方でもあるという
その本質的な二面性は、
合理的記述によって解決され得ない二律背反を構成する。

以上は古典的贖罪思想とアンセルムスによって代表される
ラテン型との対照の概観として十分であろう。
それは次のように要約されるであろう。
古典的思想は神の行為における連続性と
正義の秩序における非連続性を示す。
ラテン型は神の働きにおける法的一貫性と
神の働きにおける非一貫性を示す。〉


、、、なぜ「合理的に完全」な、
法的モデルであるラテン型贖罪論だけでなく、
神が合理性・合法性を「超越」されて人を愛す、
という物語性を重視する「古典型」贖罪論を、
見直すべきだとアウレンは考えるのか?

それは「近代の限界」に時代は来ており、
それはとりもなおさず「合理性の限界」でもある。
これがポストモダンの社会の特徴です。
その社会のなかで、本当に有効な物語とは、
実は長いこと教会の伝統的な贖罪観であった、
「古典的贖罪論」という埋もれた宝にあるのではないか、
そういう「再発見・再評価」を、
アウレンは20世紀前半にすでにしていたのです。

驚くべき慧眼と言わざるを得ません。

、、、という私の解説より、
こちらの山田君の解説の方が、
もっと簡潔でわかりやすいかも知れません笑。

▼参考リンク:山田和音君のブログ
https://bre.is/LYXzJQAv
(3,649文字)



●神の物語(上)

読了した日:2019年11月5日
読んだ方法:Amazonで書籍購入

著者:マイケル・ロダール
出版年:2017年
出版社:ヨベル新書

リンク:
https://goo.gl/6oawTT

▼140文字ブリーフィング:

これも確か、
山田君のブログで見て興味を持ち、
購入してた本です。
やっと最近読みました。

こちらも「神学」がテーマですが、
特に「ウェスレアン神学」と呼ばれるものです。
そしてその「ウェスレアン神学」を、
「物語」として語ることを主眼にしているのが、
この書籍のユニークなところです。

アウレンの書籍で解説したように、
近代合理性の限界と、
ポストモダン時代の到来が、
こういった書籍が書かれる背景にあります。
「近代(合理性を無邪気に信じられた時代)」から、
「ポストモダン(後近代)」になった、
というのは「論理的整合性」への疑いでもあります。
それが「合理的説明から物語へ」のシフトをもたらしていて、
神学の世界では「組織神学」から、
「聖書神学(物語の神学)」へと、
多くの人々の関心がシフトしていることと、
じつは関係があります。

、、、で、本書の著者はそのようなことを踏まえ、
神学を「物語る」という形式に落とし込もうとしている、
とても野心的な試みなわけです。
さらに著者は「ウェスレアン神学」を、
そのような語り口で語ろうとしている。

何を隠そう私が所属している練馬グレースチャペルは、
「ホーリネス系」と呼ばれるプロテスタントの一派ですので、
まさに「ウェスレアン神学」の伝統を受け継いでいるのです。
自分が所属する教会の神学を知っておくことは、
自分の足下を知ることになりますので、
とても有意義に違いない、
と思い、Amazonで購入した次第です。

上下巻のうち「上」を読了しましたが、
めっちゃくちゃ良かったです。
いろいろありすぎて書き切れないのですが、
まず「ホーリネスといえばコレ」というものの一つに、
「聖め」があります。
「聖化」と言われたりもします。
だからホーリネスは別名「聖め派」と呼ばれていた頃もあるぐらい。

だから練馬グレースチャペルでも、
「聖め」っていう言葉は、
他の教会に比較すればかなり多い頻度で、
使われたりするわけです。

その「ルーツ」である、
ジョン・ウェスレーは、
「聖め」をどう定義していたのか?

これが、私にとっては目から鱗でした。

引用します。

→P46 
〈ウェスレーにとって、
この「聖書的聖め」または「キリスト者の完全」の本質は、
全存在をもって神を愛し、
自分自身を愛するように他人を愛することである。
それは「愛における」完全である。

律法主義的な空想上の絶対的完全とは全く関係がない。
またそれは神との関係、
隣人との関係における完全であって、
愛によって「完成される」ものである。
ウェスレーはこう表現する。

「キリスト者の完全はこれ以上のものでもなく、
これ以下のものでもない。
すなわち、神と一への純粋な愛、
心と精神を尽くして神を愛し、
自分自身のように隣人を愛することがそれだ。
この愛が心と生活を治め、
気質(すなわち思いと感情の習慣)と言葉と行いを支配すること。
私はこれ以外のことを求めていない。
私が意図する完全あるいは聖めとはただこのことである」〉


、、、「聖め」「聖化」という言葉が、
最初に人々に呼び起こす印象は、
多分「きよめられたクリスチャン」みたいなステレオタイプで、
たとえばロック音楽を聴かない、
映画は観ない、
世俗的なテレビ番組は見ない、
酒場に行かない、
ゲームセンターに近づかない、
「世俗的な」書籍は読まない。
「世俗的な」趣味も持たない。
、、、読むのはただ聖書だけ。
、、、趣味は「祈ること」。

こういう、
「足が地上から1センチ浮いた状態で生活してる」
みたいな、中世の修道僧が、
そのまま世俗界で生活してるみたいなイメージだったりします。
「汚れたこの世界」の汚染から、
ひたすら自分たちを守っている人、
っていうのが案外「聖められた人」の、
ステレオタイプだったりします。

しかし、ウェスレーまで遡ると、
なんとウェスレーは、
一言もそんなことは言ってない(驚愕!)。

そうじゃない。
聖められた人とは、
「神を愛し、
 隣人を愛する人」のこと。
これ以外に何も求めてない、
っていうんです。

逆に「汚れたこの世の中」と無縁に、
『霊的無菌状態』で生きるというのは、
隣人愛を不可能にします。
だって愛すべき隣人は、
この世の中にいるんですから。

だからイエスは、
「食いしん坊の大酒飲み」と、
宗教的な人々から中傷されたんですし。

時々ルーツに帰らないと、
私たちの「伝統」は、
簡単に道を誤るんだなぁ、
と思いながらこの箇所を読みました。

、、、「伝統」といえば、
ウェスレーは「伝統」を軽視した訳ではありません。
「それがすべてじゃない」って言ったんです。

引用します。

→P78 
〈個人的な経験に訴えることは、
ウェスレアン神学の大きな特徴の一つである。
ジョン・ウェスレーの時代、
大部分の英国国教会の神学者は、
聖書がクリスチャンの信仰と礼拝の
主要な権威ある源であることを語り、
また伝統と理性がその大切な支えであることを理解していた。

けれどもウェスレーはそれらに、
宗教的真理を確認する役割を果たす個人的な経験を加えた。
著名なメソジスト神学者アルバート・アウトラー(1908〜1989)にならって、
ウェスレアン神学に立つクリスチャンたちは、
聖書・伝統・理性・経験という
「ウェスレアン神学の四辺形」に注目し、
神の物語を聞き、語る際に、その重要性を認めている。〉


・聖書
・伝統
・理性
・経験

この四つが大切だよ、
ってウェスレーは語ったわけです。
このうちのどれかが欠けると、
私たちはバランスを崩します。
四輪車が、三輪車になるのです。

だから「聖書の身勝手な解釈」はダメだし、
「伝統の軽視」もダメです。
伝統を軽視するのは、先人の知恵をゼロ査定することであり、
愚かとしか言いようがありません。
「反知性主義」もダメです。
神は人間に知性・理性を与えました。
それを放棄するというのは、
神を知ることをあきらめるのに似ています。
最後に経験を軽視するのもダメです。
実体験・実生活での神との個々の出会いの経験を軽視すると、
私たちは「過去と理性」のみに軸足を置くことになり、
信仰はダイナミズムを失うからです。
躍動感は失われ、冷たい前例主義だけが幅を効かせます。

凡庸な表現ですが、
「温故知新」というのは、
こういうことをいうなぁ、
と思いながら読みました。
自分の属する教会の、
依拠している神学を学べる有意義な書籍でした。

あと、私の長たらしい説明よりも、
こっちのほうがわかりやすいかも知れません(二回目)。

▼参考ブログ:ちょうをゆめみるいもむし
https://bre.is/FegzaSza
(2,613文字)



●予言の島

読了した日:2019年11月8日
読んだ方法:図書館で借りる

著者:澤村伊智
出版年:2019年
出版社:角川書店

リンク:
https://bre.is/NzFr3zCQ

▼140文字ブリーフィング:

映画化された
「ぼぎわんが、来る。」を読んでから、
新進気鋭のホラー作家、
澤村伊智の本を、わりと立て続けに読んできました。
彼の最新作『予言の島』は、
ちょっとこれまでと違う感じの作風で、
ホラーとみせてミステリーであり、
環境問題だとかの要素も含んでいる、、、
という多義的な作品です。
結果的に「母という病」の路線の恐怖に着地する、
という結末は意外でした。
彼はやはり「家族という病」とか、
「機能不全家族」を描きたい人なんだと、
この作品で確信しました。
(219文字)



●節英のすすめ

読了した日:2019年11月9日
読んだ方法:山田和音君に借りる

著者:木村護クリストフ
出版年:2016年
出版社:萬書房

リンク:
https://bre.is/4pex6H76

▼140文字ブリーフィング:

こちらも山田和音君に借りました。
現在の「ユニバーサル言語」である英語を、
便利だからという理由で使いまくることが、
じつは結構いろんな意味でヤバイかもよ、
というような本です。
著者はドイツ人と日本人のダブルの言語学者です。
ドイツ語・日本語を話し、
なおかつ英語の他に多言語を操りますが、
国際社会における「英語の便利さ」が、
じつは多様性を奪ったり、
深い思考を妨げたりするという弊害をもたらしている、
という警鐘を鳴らします。

「英語万能主義」に疑問を持たない日本の英語信仰は、
ちょっと異常な領域に達していると私も思います。
電気は確かに便利ですが、
「オール電化」にリスクがあることは、
あの震災で私たちは学んだはずです。
と同じようなリスクが、
「オール英語化」にもつきまとうのだから、
「節電」と同じく「節英」も必要なのではないか、
というのが著者の主張です。
私もそう思います。

まずは日本語運用能力を高めましょう。
日本語って、多くの人は「使えている」
と思っていますが、
使いこなせていない人が相当数いる、
というのが私の見立てです。
「炊飯器で米を炊けて、目玉焼きを作れる」
ことをもって「料理ができる」って言ってるようなもので、
日本で生活できているからといって、
「日本語が使えている」とは言えないのです。
「任意の本を一冊読んで、
 その内容を自分の言葉で、
 他者に簡潔に説明できる」
ということが、「料理が出来る」最低レベルだと、
私は思っています。
そう考えると、
このレベルで日本語を使える人は、
人口の5割以下だと私は思います。
下手すると2割を切るかもしれない。

その人が英語を学んでも、
その英語を使って成し遂げられることは、
AI時代にはほとんど何もないでしょう。
(647文字)



●読書会入門 人が本で交わる場所

読了した日:2019年11月10日
読んだ方法:図書館で借りる

著者:山本多津也
出版年:2019年
出版社:幻冬舎新書

リンク:
https://bre.is/UBrHZ72V

▼140文字ブリーフィング:

猫町倶楽部という、
日本最大の読書会を主催するビジネスマンである山本さんが、
名古屋で発足した読書会が、
どのように成長してきたかを語ります。
このメルマガ主催の「オフ会」を、
来年はやりたいなーと思ってるのですが、
それを『読書会』という形にしようかな、
と本書を読んで思いました。
(135文字)



▼▼▼リコメンド本「今週の一冊」▼▼▼

ご紹介した本の中から、
「いちばんオススメだったのは?」という基準でリコメンドします。
「いちばん優れていた本」というよりも、
「いちばんインパクトの大きかった本」という選考基準です。
皆さんの書籍選びの参考にしていただけたら幸いです。


▼今週の一冊:『勝利者キリスト』

コメント:

贖罪論に関する本書は、
とても有意義でした。
あとでじわじわ効いてくる系の本です。



▼▼▼部門賞▼▼▼

ご紹介した書籍の中から、
陣内の独断と偏見で、
「○○賞」という形で、
特筆すべき本をピックアップします。
こちらも何かのご参考にしてくだされば幸いです。

▼「温故知新賞」
『神の物語』(上)

コメント:

これも素晴らしかったですね。
自らのルーツをちゃんと勉強する、
ということの実り多さを体験しました。

朝ご飯のお決まりのメニュー

2020.03.30 Monday

第115号 2019年11月26日配信号

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
■1 今週のオープニングトーク
::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::

▼▼▼朝ご飯のメニュー▼▼▼

メルマガ読者の皆様、こんにちは。
今週も質問カード、いってみましょう。


▼朝ごはんのメニューは決まっていますか?


、、、私の場合、
決まっています。

毎朝「オートミール」ですね。

正確には、
・水1リットル
・サプリ
・プロテイン
・オートミール
です。

霜降り明星の粗品なら、
「いや、ボディビルダーの朝ご飯!」
ってツッコむでしょうが、
まぁ、そうなんだから仕方ない。

まず、水は朝起きるとガブガブ飲みます。
睡眠中に失われた水分を補給するため。
あとはサプリですが、
私は3種類飲んでいます。

1.マルチビタミンミネラル
筋トレとボディメイクしていると、
わりと食事のルーティーンが決まってくるので、
特定の微量元素が足りなくなる、
っていうのは避けたい。
というわけでマルチビタミンミネラルは飲んでます。

2.グルタミン
これはアミノ酸の一種で、
筋トレユーチューバーのコアラ小嵐が、
筋トレ始めてから風邪を引きやすくなったんだけど、
これを飲み始めてから引かなくなった、
っていってて、それで飲み始めました。
グルタミンって腸の細胞を再生させるのに関与してるらしく、
人間の免疫機構って、「腸で作られる」
といっても過言ではないので、
まぁ、理にかなった話です。
毎朝5グラム飲んでます。

3.クレアチン
これは、北海道で、
筋トレしてる知り合いから聞きました。
これを飲み始めてトレーニングの質が変わった、
って彼は言っていて、いろいろ教えてもらいました。
クレアチンって、「ATPサイクル」
っていう、「クエン酸回路」とも言われる、
人間のエネルギーを生み出す化学反応の、
「ひとつの歯車」として登場する物質なんですよね。
その知り合いは医者なので、
やたら説得力がありました。
これも毎朝5グラム。
たしかにこのサプリは実感があって、
たとえばアームカールを、
9回で限界だったのが、
「最期のもう1回の踏ん張りがきく」
ようになる感じがあります。

ちなみにクレアチンもグルタミンも、
毎日5グラムなのでなかなか減らないし、
サプリ自体それほど高価でもないので助かってます。
私は年に二回ぐらい、
「マイプロテイン」というイギリスのサイトで、
キロ単位で購入しています。


、、つぎにプロテイン。
朝はホエイプロテインを20グラム飲みます。
夕食から12時間ほど経過しているので、
胃の中は空っぽになってるわけで、
とりあえず血中アミノ酸濃度を上げたい、
という、ボディメイクの強迫観念(笑)により、
やはり朝一はサプリで入れておきたいですね。
「毎朝肉や魚が食える」
という環境にある人はよいですが、
朝は忙しかったりするので、
サプリがお手軽でよいです。


、、、最後にオートミールですね。
毎朝30グラム食べています。
カロリーにして120kcalぐらいでしょうか。
これに水を入れてレンジで2分20秒温めます。

増量期にはこれに牛乳と蜂蜜を入れて食べるのですが、
今は減量期なので、牛乳と蜂蜜をやめて、
「お茶漬けのもと」を入れて食べます。
けっこう美味いです。

朝炭水化物抜くというのは、
ダイエット的に不正解ではないのですが、
脳に行く栄養がなくなるため、
仕事の能率が落ちては本末転倒です。
だから朝の炭水化物は必須。

では、なぜパンや白米でなく、
オートミールなのか。

それは「GI値」というのが関係してて、
簡単にいうと、
「血糖値の上がり方が穏やか」な食品なんです。
オートミールとかサツマイモとか、
そういった食物繊維が多い炭水化物は。

そうすると、「腹持ちがよくなる」し、
徐々に血中に糖分が溶け出すイメージなので、
インシュリンの大量分泌による、
「シュガーラッシュ」と呼ばれる、
「反動低血糖」も起こらない。

そういう理由で毎朝オートミールです。
これも2.5キロの箱をネットで買います。
半年以上、たぶん1年近く持ちます。

そんなわけで、
私の朝食はそんな感じです。
「夢」はあまりないですね笑。
ボディメイクを追求しすぎると、
「食事」が「エサ化」してくるのですが、
それは本末転倒だと思うので、
なるべく遊び心も入れながら、
食事を楽しみつつやってます。

マッスル北村のように死んだりしませんので、
ご安心ください。

皆さんの朝食のルーティンはありますか?

陣内が先週読んだ本 2019年 8月4日〜8月31日 『平成史』他

2020.03.24 Tuesday

第114号  2019年11月19日配信号

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
■2 陣内が先週読んだ本 
期間:2019年 8月4日〜8月31日
::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::

ひっさしぶりに、
「読んだ本」コーナーやっていきます。
「先週」読んだ本、
というのはもはや有名無実化していて、
「最近」読んだ本コーナーです。

ところが8月12日から9月後半まで、
私は体調を崩していまして、
ほとんどまったく本を読めない時期が2ヶ月ちかくありました。
最近やっと少しずつ読書再開してますが、
まだ読書スピードは戻ってきてません。
1日2〜3時間が限界、という感じでしょうか。

なので、病気で読めなかった2ヶ月間を含む、
8月4日〜31日までに読んだ本を、
とりあえず今日はご紹介します。

読んだ後けっこう時間がたってるやつも多いので、
記憶がおぼろげで、まとめとしてイマイチかもしれません。
そのときはどうかご容赦ください。



●コペルニクス革命

読了した日:2019年8月5日 途中飛ばし読み
読んだ方法:図書館で借りる

著者:トーマス・クーン
出版年:1989年
出版社:講談社学術文庫

リンク:
https://bre.is/fTD62-M7s

▼140文字ブリーフィング:

「パラダイム」という言葉を最初に使ったのは、
本書の著者トーマス・クーンとされています。
ちなみにパラダイムとは、
「ものの見方」のことです。
ニュートン以前には古典物理学のパラダイムはなかったし、
アインシュタイン以前には相対性理論のパラダイムはありません。
同じようにボーア以前には量子論的パラダイムはありません。

科学の「パラダイム」というのは、
ものの見方の枠組みを根底から変えてしまいます。
ニュートン力学では絶対時間・絶対空間が前提とされますが、
アインシュタインの理論では時間・空間は相対的で、
光の速度だけが一定です。
アインシュタインの理論では、
「法則」のもとにあらゆる物質の未来が予想できますが、
量子論的パラダイムでは、ものの未来は確率に支配されます。

こういった「パラダイム」という考え方が、
じつはあらゆる分野で応用可能なので、
「科学史家」であるトーマス・クーンは、
分野を超えてあらゆる領域の人々に参照され引用されます。

たとえばビジネス界では、
20世紀に最も売れたビジネス書のひとつ、
「7つの習慣」で著者のスティーブン・コヴィーが、
「パラダイム」という言葉を使っていますし、
宣教学者デイヴィッド・ボッシュは、
クーンのパラダイム理論に依拠して、
『宣教のパラダイム転換』という金字塔的大著を残しています。

「パラダイム」という「考え方」は、
汎用理論なので、
あらゆる分野に応用可能です。
自分がしている仕事が今、
どのような前提とパラダイムに基づいているのか、
これを見直すことが出来ると、
圧倒的に未来を切り拓いていく推進力が高まります。

面白かったのは、
宗教改革者のルターやメランヒトンが、
「地動説」を否定していたというくだりです。

→P299〜300 
〈1539年の「座談」において、
マルチン・ルターは次のように述べたと言われている。

「天や太陽や月ではなく、
地球が回転するのだということを証明しようとする
新しい天文学者に人々は耳を傾けている。
・・・この馬鹿者は全天文学をひっくりかえそうとしている。
しかし聖書が証明しているように(ヨシュア記10:13)、
ヨシュアが止まれと命じたのは、地球ではなく太陽だった。」
 (中略)
メランヒトンは、
この後いくつかの反コペルニクス主義の
聖書の文章を組み合わせて議論を進めているが、
そのなかで、伝道の書第一章第四節
および第五節のの有名な一節を特に強調している。

その節は、「地は永遠に変わらない」、
そして「日は出て、日は没し、
その出たところに急ぎ行く」と述べている。
最後に彼は、コペルニクスの不信心な行為を
抑えるためには厳密な観測を行わなければならない、と示唆した。

他のプロテスタントの指導者も
すぐに一緒になってコペルニクスを否定した。
カルヴィンは彼の『創世記についての注釈』において、
次のような詩篇93篇のはじめの1節を引用している。
すなわち「まことに、世界は堅く立って、
動かされることはありません」。
そうして彼は「一体誰がコペルニクスの権威を、
聖霊の権威より上に置いたりするだろうか」
と強調している。〉


ルター、カルヴァン、メランヒトンらの、
コペルニクスへの反応を読み、
現代の私たちは「まったく馬鹿げたことだ」
といって肩をすくめるかもしれませんが、
私たちは現在ももしかしたら
同じようなことをしているかもしれません。
重要なのは「未来のパラダイムから見たとき、
私たちは確実に馬鹿げたことをいくつかしているはずだ」
というメタ視点を持てるかどうかです。
(1,428文字)



●いのちの輝き感じるかい

読了した日:2019年8月5日
読んだ方法:図書館で借りる

著者:斎藤晶
出版年:2002年
出版社:地湧者

リンク:
https://bre.is/xVcql4kSA

▼140文字ブリーフィング:

7月に福島に行ったんですよ。
それは、FVIの支援している、
「モーモープロジェクト」の視察のためでした。
谷さんという方がやっている活動で、
原発事故後に放置された牛10頭を飼っています。

そこで目にした光景が衝撃的だったんですよね。
牛が木を倒してそれを踏むことで、
「雑木林」が「農地」に変わる、
ということが起きていたのです。

私は獣医ですが大学でもそんなの習ったことなかった。
じっさい、専門家が興味をもって調査していて、
NHKの番組にもなり放送されたそうです。

練馬グレースチャペルの横田牧師も、
7月の視察に同行してくれたのですが、
彼もまた帯広で酪農の仕事をしていたので、
この光景に衝撃を受けました。
そして後で教えてくれたのが、
「谷さんのところで起きていることを、
 北海道でやっていた先人がいた」
というのです。

それが「蹄耕農法」という言葉にもなっている、
というのを後で知りました。
その人の牧場の写真集が図書館にあったので、
読んでみたわけです。

著者のプロフィールと、
本書の引用を見れば、だいたい分かると思います。
この「斉藤牧場」は今も旭川にあるそうなので、
いつか訪れてみたいんですよね。

*著者プロフィール:
斎藤晶(2002年時点):
1928年、山形県生まれ。
47年、開拓農民として単身、北海道旭川市神居町に入植。
笹と石だらけの山で開拓農業に行き詰まり、
自然に対する発想を転換して酪農に転向。
牛と牧草と雑草の生態を生かした
蹄耕法による自然流酪農を確立。
現在、130ヘクタールの土地に130頭の牛を飼う。
99年度山崎記念農業賞受賞。



〈ここは今は牧草におおわれてるけど、
石だらけで土が見えなかったんです。
ところが、草が石をみな包んでしまったんですよ。
だから、もう大きな石しか見えないんです。
そして景観から見ると、
その石がひとつのプラスの要素になってるんですよ。
それから、木も初めは全部火を付けて焼いてやろうと思っていたのに、
天気があんまり良くなくて、
うまく焼けなかったのが残ったんですよ。

それをそのまま放っておいたら、
プラスに作用したってことなんです。
都会の人が夏、牧場に来たら
「いや、これはいいな!」とみんないってますよ。
ここは日本庭園を大きくしたみたいな、
すばらしい景観になってますからね。〉


〈木と草と石と、自然のそのままの姿がいいんだよね。
ところが牛を放してやらないと、
こういう景観にはならないんです。
人間の作った公園には、自然の野性味がないからね。
そういう公園は最初はいいけど、
長年のうちに飽きるんです。
ところが自然というのは毎年変化するから、
ぜんぜん飽きないんですよ。〉
(1,082文字)



●永続敗戦論

読了した日:2019年8月6日
読んだ方法:図書館で借りる

著者:白井聡
出版年:2013年
出版社:太田出版

リンク:
https://bre.is/mXxh6SZ5M

▼140文字ブリーフィング:

現在の日本でなぜ、
国家主義・排外主義的な
「右の吹き上がり」が起きているのか、
日本の近代史をなぞりながら本書は解説しています。

白井氏は明治政府のでっち上げた、
「天皇神話」には、でっち上げた側の意図(密教)と、
大衆に向けて発信した公式の物語(顕教)があるとします。
そして、ある時期に顕教に密教が飲まれる、
という倒錯したことが起きるのだ、と言います。
引用します。

→P163〜164 
〈かつて、久野収と鶴見俊輔は
明治憲法レジームにおける天皇制を
「密教と顕教」の比喩を用いて腑分けして見せた。
すなわち、明治憲法において
「天皇は神聖にして侵すべからず」と規定されているが、
このような「現人神としての天皇」は
大衆向けの「顕教」であり、大衆を従順に統治され、
かつ積極的に動員に応ずる存在にするための装置であった。

他方、権力運用の実際において、
明治の元勲たちは「天皇親政」を表向き掲げながら、
実権を持たせず、立憲君主制国家として明治国家を運用した。
それが、戦前天皇制の「密教」的部分である。
後に美濃部達吉がとなえる
「天皇機関説」という法学的思考に
なじみの薄い人間にとってかなり難解な理論は、
大日本帝国憲法体制のこの密教的部分を
説き明かしてみせたものだった。
 (中略)
しかし、大正を経て昭和の時代を迎え、
大衆の政治参加の機会が増大するにつれて、
顕教と密教の使い分けという統治術は崩壊へと突き進む。
それは、戦前天皇制の顕教的部分が密教的部分を侵食し、
ついには滅ぼしてゆく過程にほかならなかった。
(中略)
この過程で、美濃部学説は不敬なものとして否定され
上杉慎吉らのとなえる天皇主権説に取って代わられるが、
それは天皇制における
顕教的部分が密教的部分を呑み込んだ瞬間を印すものであった。〉


、、、明治政府、もっと言えば伊藤博文は、
日本に立憲制度を導入するには、
西洋における「神」のような超越的な存在が必要、
と考えました。
しかし日本にはそれがない。
「そうだ、天皇を使おう」
これが伊藤博文の発想でした。
しかし大衆に向けて発信するときに、
「明治政府は天皇を利用することにしました」
といったのでは、機能しません。
だから「神聖不可侵」なものとした。
二枚舌を使ったわけです。

このあたりは小室直樹の、
『日本人のための憲法原論』に詳しいです。

しかし、大正、昭和になると、
「方便として使ったほうの論理」が、
「内実としての密教」を飲み込んでいく、
ということが起きます。
これが内村鑑三の不敬事件などにもつながるわけです。

さて。

ここから論を進め、
白井氏は「戦後レジーム」にも、
「密教」と「顕教」があると言います。
それを作ったのは誰か?
吉田茂であり、岸信介です。
麻生太郎のおじいちゃんと、
安倍晋三のおじいちゃんですね。

岸信介はちなみに、
CIAの「スパイ」でした。
CIAのホームページから誰でも確認できます。
(たしか2013年に情報公開されました)

戦後レジームの密教とは何か?
「対米従属によってエリートが地位を得る」
という日本の権力構造です。
顕教とは何か?
「敗戦を終戦と言い換え、
 ポツダム宣言などの内容などをあえて薄めて、
 『平和と繁栄』という偽薬で戦争に負けた事実を忘れる」
という戦後日本の「神話」です。

そして、今の日本で起きているのは、
「顕教」が「密教」を飲み込んでいる、
まさにその状況です。

現実を見ずに計画を立てると、
その計画は必ず破綻します。
世界的に見れば日本は今も「敗戦国」です。
「国連=United Nations」の正しい訳は、
「連合国」なのですが、これを「国際連合」
とすることで、自らの敗戦を糊塗し続けてきたつけを、
今の日本は払っているわけです。
(1,498文字)



●世にも奇妙なニッポンのお笑い

読了した日:2019年8月7日
読んだ方法:Kindleで電子書籍購入

著者:チャド・マレーン
出版年:2017年
出版社:NHK出版新書

リンク:
https://bre.is/qIGnh7LH4

▼140文字ブリーフィング:

オーストラリア人の芸人、
チャドをみなさんは知っているでしょうか?
彼は「ジパング上陸作戦」というお笑いコンビのボケとして、
よしもと所属の現役の漫才師であるとともに、
最近は「映画字幕」における、
「海外の笑いを日本の笑いに文脈化する」
という仕事もしています。

この人が語る「日本の笑い論」は、
とても面白かった。
なんせ彼の経歴が面白い。
オーストラリアで生まれ育った、
生粋のオーストラリア人でありながら、
15歳の時に日本に交換留学生として来たとき、
ステイ先で見た
「ダウンタウンのガキの使いやあらへんで!!」が、
なんか言葉は分からないけど、
世界にこんな笑いがあるのか!!!!!!!!!!!!
という衝撃を受けます。
そしてオーストラリアに帰ってからも、
YouTubeの日本のお笑い動画を見て日本語を勉強しまくり、
ついには単身日本にわたり、
よしもとに入ってしまうのです。

彼の着眼点は「外から俯瞰の目」で見てるから、
日本について日本人が考えないような切り口を与えてくれるし、
笑いで日頃言語能力を鍛えているから、
その辺の日本人以上に日本語運用能力が高いので、
めちゃくちゃ勉強になります。
たとえば、日本の「なあなあ」なところは、
実は歴史が長い国ゆえの余裕なんじゃないか、とか。

→位置No.1295 
〈日本人はわりとお上のことはどうでもええ、
そこは無理して戦わずに従おうという傾向がある気がします。
欧米人は、「俺が首相になって国を変える」とか、
一人の努力でなんとか現状を打破しようと考えがちです。
でも日本人は一人の力ではどうにもならない、
と考える節があると思うのです。

それは多くの場合、悪い意味に捉えられますが、
僕は決してそうは思っていません。
むしろ、日本人はスケールが大きいなあと感じます。

たとえば京都の人は、
今でも京都が日本の中心だという意識がありますが、
だからといって京都を日本の首都に戻そうというような
目立った動きはありません。
今は、東京にちょっと
首都を譲ってやっているぐらいの感覚があるように見えます。
何百年先の話になるか分からないけれど、
「いつか京都に戻ってくるだろう」と、
京都人は心のどこかで思っている。
物事を自分の一生に限定せず、
悠久の時間の流れで捉えているんだと思いました。

おごれる者は久しからず。
だから、今はジタバタせずに、
自分ができることに集中する。
日本人の根底には、そんな考え方があるような気がします。
 (中略)
自分の人生でなんとかしようと奮闘するも良し、
流れに身を任せてできる範囲のことをやるも良し。
どちらがいいとか、悪いとか言いたいのではありません。
ただ、日本に来なければ
そんなスケールのでっかい考え方があるとは思わなかっただろうから、
僕の思考の幅を広げてくれたことは確かです。〉


、、、あと、
彼の「笑い翻訳家」としての能力は凄いです。
お笑い界の戸田奈津子です。
ひとつだけ翻訳のすごさが分かるエピソードを引用します。

→位置No.1421 
〈ダジャレや言葉遊びは、
先ほども言ったように直訳では絶対に意味が通じません。
なのでそこは僕の翻訳力が試されます。
どうするのかというと、
日本語と似たような言葉遊びを英語で作って、
上手くはめ込むのです。

一つ例を挙げてみますと、
2009年に公開された映画『ヤッターマン』で、
パチンコ屋の電飾看板が出てくるシーンがありました。
パチンコ屋の「パ」が消えて、「チンコ」になる。
それをみた役者さんが「うふふ」と笑うのですが、
そのまま「PACHINKO」の「PA」を消してみたところで、
向こうの人には「CHINKO」が何を意味しているか分からないから、
面白くもなんともありません。

そこで僕はパチンコと敢えて書かずに、
その店が「PEACOOK(クジャク)」
という店名だという設定にしました。
パチンコと書かなくて
もみるからにギャンブルができそうな雰囲気があるし、
たまたま鳥のネオンもあったからです。

そして、「PEACOOK」の「PEA」が消えて
「COOK(男性器を表す俗語)」になる。
これなら意味としても同じボケが再現できます。
上手くハマったと思いました。〉


、、、すごくないですか?
AIや自動翻訳によって、
翻訳家には仕事がなくなる、
なんて言われていますが、
彼のような才能は、
逆に仕事が増えるだろうな、と思います。
「PEA・COOK=小便・チンコ」というギャグは、
人工知能には絶対思いつきませんから笑。
(1785文字)



●牙 アフリカゾウの「密漁組織」を追って

読了した日:2019年8月7日
読んだ方法:図書館で借りる

著者:三浦英之
出版年:2019年
出版社:小学館

リンク:
https://bre.is/k3J5QQoT

▼140文字ブリーフィング:

象牙の密売のための乱獲によって、
アフリカ象の個体数が減っている、
という話は皆さんもご存じかと思います。
そして2000年以降の象牙の乱獲の原因は、
中国の「象牙ブーム」です。

しかし、時を遡ると、
中国の象牙ブームをそもそも作ったのは、
バブル期の日本の象牙ブームなのです。
アフリカ象の絶滅の危機について、
実は最も重い責任の一端は日本にあります。

ところが日本は現在、
「象牙取引を根絶する」という世界の流れに、
逆行するような動きを見せています。
その背後にあるのは日本の中古市場と、
その取引業者が政治に及ぼす影響です。
中国じゃないですよ、日本の話です。

私がショックだったのは第6章に出てくるこの話です。

2016年9月24日に南アフリカのヨハネスブルグで開幕された、
「第17回 ワシントン条約締結国会議」で、
アメリカとアフリカ29カ国が発案国となった、
国際および国内象牙取引市場の
全面閉鎖を求める決議案が出されました。

なんと2000年代の象牙乱獲の原因となった中国も、
全面的に支持したのです。
中国のこの反応は、
国際社会から意外な驚きとともに喝采を浴びました。

ところが、
それに疑義を呈した国が日本だったのです。
そして日本は参加国として、
「乱獲に寄与しない取引は維持する」
という「抜け穴」を獲得しました。
国際社会は心底日本にがっかりしました。

著者はアフリカに赴き、
象牙乱獲に携わる現地の闇取引業者を取材しますが、
彼らはこう言います。
「全面禁止しなければ乱獲はやまない。
 やまなければ人々は買い続ける」と。

小泉進次郎環境大臣には、
是非このことについても、
リーダーシップを発揮してもらいたいものです。
奥さんは動物の権利に対して非常に意識の高い人ですし、
一有権者として、そしてこの地球を適切に管理するよう、
神が人間に期待していることを知るキリスト者としても、
小泉大臣には期待しています。
(762文字)



●平成史

読了した日:2019年8月10日
読んだ方法:図書館で借りる

著者:佐藤優 片山杜秀(もりひで)
出版年:2019年
出版社:小学館文庫

リンク:
https://bre.is/KPGMhVf9

▼140文字ブリーフィング:

文庫サイズなのですが、
500ページを超えるので、
結構なボリュームの情報量でした。
平成30年とはなんだったのか、
ということを、知の巨人、佐藤優が、
片山さんと対談しながら語ります。

「現代」という時代がどういう時代か、
ということを大づかみに把握する上で、
こういった書籍は有用です。

二つだけご紹介します。
ひとつは現代が「先の読めない時代」だということです。
なぜなら関与する要素が多すぎる複雑系なので、
「バタフライ効果」が生まれるからです。

→P241〜242 
〈佐藤:まず1月にチュニジアで民主化運動が起きましたね。
キッカケは前年末、
チュニジアの地方都市で野菜を売っていた青年が
役人に賄賂を要求されて野菜と秤を没収されたことです。
青年は役所に3回も足を運んで秤を返してくれ、と訴えましたが、
相手にされずさらに賄賂を求められた。
怒った青年は、抗議のためにガソリンを被って焼身自殺します。
それがジャスミン革命のスタートでした。
(中略)
個人で平和を作り出すことはできませんが、
個人が戦争を引き起こすことは十分できる。
それを証明する事件でした。
アマゾンでチョウチョが羽ばたくと
アメリカで竜巻が起こるバタフライ効果のように、
役人が露天商に賄賂を求めるという些細な出来事が、
世界の大激震のきっかけとなった。〉


、、、次に、現在の世界で、
「左派」が分が悪く、
「右派」の勢力が拡大するのは何故か、
という分析です。
それは不確実な時代に、
人々が「理性の外側」を求めているからだ、
と佐藤氏らは指摘します。

→P384〜385 
〈片山:
自信過剰なトランプも、
中国を掌握したように見える習近平も、
現在の世界情勢では、一寸先はどうなるか分からない。
そうした不安がどこかにあるからこそ、
神とつながろうとするんでしょうね。
世界中をそうした不安が覆っています。
そのせいで共和制に移行する義論が進まない。

共和制は、
人間の理性的議論や理性的合意に頼って物事を決めたり、
解決したりすることが最善に至るし、
そのようにできると信じることで成立する制度です。
でも世界的に危機が深まって
普通の人間に何かができるという自信が揺らいでしまい、
人間の理性を超えた神の存在を
無意識に求めているのではないでしょうか。

佐藤:
私も同じ考えです。
そして別の見方をすれば、
それは左翼の敗北を意味しています。
そもそもフランス革命期の議会で
人間の理性を尊重する人々が左に座った。
理性を信じているから
正しい情報を元に誠実に議論を尽くせば、
結論にたどり着けると考えている。

それに対して右派の立場の人たちは、
王や貴族、教会、あるいは神など
理性の外側にある英知を認めている。

平成になり、全世界的に危機の時代に入り、
同時に左翼の力が衰えた。
独裁的な国家が増え、
極右勢力が台頭しています。
彼らは、理性の外側の超越的な力を求めています。〉


→P387 
〈同感です。
ご指摘の通り民主主義の意思決定には時間がかかる。
でも現在はその時間の経過に耐えられない。
だから意志決定に時間をかけない独裁体制を求めてしまう。
それが世界のトレンドになりつつある。
日本でも、国民は安倍政権に
独裁に近い権力を与えなければならないと考えるようになった。
安倍一強時代は、国民の集合的無意識が
成り立たせているのです。〉
(1,339文字)



●死国

読了した日:2019年8月10日
読んだ方法:図書館で借りる

著者:坂東眞砂子
出版年:1996年
出版社:角川文庫

リンク:
https://bre.is/VhwyXGKE

▼140文字ブリーフィング:

坂東眞砂子のホラー小説です。
佐藤優が「平成史」で、
「日本人の霊性」みたいな話のなかで引用していて
興味を持ちました。

88箇所を回る「お遍路さん」を、
逆に回ると死者が生き返る、
みたいな話です。
わりと雰囲気があって悪くなかったです。
(多くの人はホラー好きじゃないと思うから、
 まぁ読まないでしょうけど笑)

でも、スティーブン・キングを考えたら分かるように、
ホラーって実は、現実世界の比喩なので、
SFと一緒で、読むと現代劇以上に、
得られるものがあったりします。
ちなみに本作は映画化もされました。
(241文字)



●時間術大全 人生が本当に変わる「87の時間ワザ」

読了した日:2019年8月20日 途中飛ばし読み
読んだ方法:図書館で借りる

著者:ジョイク・ナップ、ジョン・ゼラツキー
出版年:2019年
出版社:ダイヤモンド社

リンク:
https://bre.is/A3fQaVCd

▼140文字ブリーフィング:

グーグルの社員だった人と、
アップルの社員だった人が、
現代生活の「時間の墓場」から、
私たちはどうやったら自由になれるのか、
ということを解説します。
ライフハック的な技術が87個紹介されていて、
けっこう参考になりました。

現代生活はなぜこうも、
「時間が足りない」のか?
その「原因」を作り出している企業で働いていた二人は、
ふたつを指摘します。
「多忙中毒」と「無限の泉」がそれだ、と。

→P5 
〈21世紀の今、2つの大きな力が
あなたの時間の1分1分を得ようと競い合っている。

1つは「多忙中毒」と僕らが呼ぶ風潮。
忙しいのを良しとする考え方だ。
メールで溢れんばかりの受信箱に、
びっしり詰まった予定表、長い長いやることリスト。
この中毒にハマっていると、
現代の職場の要求に応え、
社会で務めを果たすために、
つねに高い生産性を保ち続けることになる。
ほかのみんなが忙しくしているのだから、
自分だけペースを落とせば、
二度と遅れを取り戻せなくなってしまう・・・。

あなたの時間を奪っている2つめの要因は、
僕らが「無限の泉」と呼ぶものだ。
これはスマホのアプリなど、
コンテンツが絶えず補充されるものを言う。
引っ張って(陣内注:おそらくドラッグして、の誤訳)更新するものや
ストリーミング配信されるものは、全部これに入る。

こうしたいつでも利用可能な、
常時更新されるエンタテインメントは、
たえまない忙しさに疲れ果てているあなたへの
”ごほうび”になっている。

でも、たえまない忙しさは、
本当に避けられないのか?

無限の気晴らしは、本当にごほうびなのか?
それともただ、誰もが自動運転モードから
抜け出せないだけなのか?〉


この「多忙の自動運転モードから抜け出す」
ために、何をすればよいかを本書は解説します。
私は自分自身、
「多忙中毒」からも「無限の泉」からも自由です。
なんせガラケーですから。

実は87個のライフハックの40個ぐらいは、
「スマホをドブに捨てろ」で終わる話なんですが笑、
まぁ、だれもそんなことしないんでしょうね笑。
幸せだよー。
スマホがない生活は。
(849文字)


▼▼▼リコメンド本「今週の一冊」▼▼▼

ご紹介した本の中から、
「いちばんオススメだったのは?」という基準でリコメンドします。
「いちばん優れていた本」というよりも、
「いちばんインパクトの大きかった本」という選考基準です。
皆さんの書籍選びの参考にしていただけたら幸いです。


▼今週の一冊:『平成史』

コメント:

体調悪くなる直前の8月に読んだ本なので、
記憶はかなり薄れているのですが笑、
面白かった、という記憶だけはあります笑。


▼▼▼部門賞▼▼▼

ご紹介した書籍の中から、
陣内の独断と偏見で、
「○○賞」という形で、
特筆すべき本をピックアップします。
こちらも何かのご参考にしてくだされば幸いです。

▼「やっぱり芸人すごい賞」

コメント:

チャドの本は面白かったですね。
やっぱり「言葉の力」において、
現代日本の最強職業のひとつは、
芸人だと確信しました。
彼らの「言語化能力」にはいつも驚かされます。
チャドの場合、英語圏から来ているから、
さらに「日本語そのもののもつ面白さ」
とかにも目が行っていて、
すげーな、と思いました。
彼は今後もいろんな分野で活躍していくでしょう。

最近気になるテレビタレント

2020.03.23 Monday

第114号  2019年11月19日配信号

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
■1 今週のオープニングトーク
::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::

▼▼▼最近気になるタレント▼▼▼

メルマガ読者の皆様、こんにちは。
今週も質問カード、
さっそく行ってみましょう。

▼質問:最近気になるテレビタレントはいますか?


、、、まず、大前提として、
私はテレビをほぼまったく見ません。
1週間のテレビ視聴時間は10分以下だと思います。
1日2分も見てない。
つまりほぼ何も見ていない。

「自称お笑いルポライター」なので、
特定のお笑い番組は追っかけていたのですが、
その追いかけていた番組も、
「なんか最近とがってないなー」
「なんか最近つまらないなー」
とかなってきて、
歯が抜けるように録画してチェックする番組も減り、
特にこの半年ほどはほぼゼロ状態です。

一応『探偵ナイトスクープ』と、
『水曜日のダウンタウン』と、
『さまぁーず×さまぁーず』と、
『アメトーーク』
『くりぃむナンチャラ』
『ダウンタウンのガキの使いやあらへんで』と、
あとテレ東のネタ番組ぐらいを、
録画してはいるのですが、
それも、見ずに放置しているのがほとんどで、
10年前に買った容量500GB(!)の、
ハードディスクレコーダーは、
食道からデータが逆流しそうなぐらい、
腹一杯になってます。

それを「減らす」のすら面倒くさい、というね笑。
もう、そんぐらいテレビとは疎遠なわけです。

理由は簡単で、
テレビがつまらないからですね笑。
絶望的につまらない。
空を眺めていた方がまだマシです。
雲の形でいろいろ想像した方が、
これならまだ楽しいぞ、と。

テレビがここまで絶望的につまらない理由を、
私は小一時間れます。
それだけでなく、
今後ますますつまらなくなっていくという予言もしますし、
その理由も1時間語れます。
この「予言」は外さない自信があります。
理由はそれが「構造的なもの」だからです。
それは別の機会に譲るとして、
最近気になってるテレビタレントですよね。

いるんですわ、それが。

テレビは1分も見てないのに笑。

それは、伊集院光さんですね。

ずっとノーマークだったんですよね、この人。
クイズ番組を私は1秒も見ませんが、
クイズ番組とかに出てることは知ってました。

、、、で、
過去のくりぃむしちゅーのラジオとか聞いてると、
有田が若手の時に「お世話になった」
とか言ってるから、
かなりキャリアの長い芸人ぐらいに思ってたのだけど、
彼は一概に「芸人」というくくりでもないんですよね。

芸人的な仕事もするし、
テレビに出て「ちょっと教養ある発言する枠」
みたいなポジショニングも出来るし、
あと、俳優的なこととかもしてる。

ちょっと「いとうせいこう」みたいな、
そんな引き出しに入れてたんですわ。

ただ、この人はひとつ、
突出したものがあって、
それが「ラジオ」です。

確か伊集院さんって、
ラジオをライフワークとしていて、
「テレビに出るのはラジオを続けるため」
ぐらいなことを言ってたり言ってなかったり。
そういうのって、めちゃくちゃかっこいいなぁ、
というのは思ってたんですよね。

ところが。

伊集院さんのラジオ、
今年になるまで一度も聞いたことなかったのです。
伊集院さんってもう、
ラジオを30年ぐらい(?)とか続けてるので、
逆に今さら聞き始めづらい、みたいのがあって。

私は「スターウォーズ問題」あるいは、
「北の国から問題」と呼んでいるのですが、
歴史が積み重ねられすぎているコンテンツって、
「今更入っていきづらい」ってなっちゃうんですよね。
参入するのにエネルギーが要る、というか。

伊集院光のラジオもまさに、
「スターウォーズ問題」があったわけです。
ラジオリスナーの方なら分かると思いますが、
ラジオってそのリスナーが作る「文化」みたいなものを、
味わうメディアでもあるんですよ。
ちなみにですが、
私がこのメルマガを「ラジオ」と名付けているのは、
ラジオというメディアのそういう特徴が好きだからです。

で、伊集院さんぐらいの歴史があるパーソナリティだと、
今更その「文化」を学ぶというか、
参入していくのに、二の足を踏んじゃってたんです。

でも、1ヶ月ぐらい前に、
仕事してて、
作業用BGMとして普段聞いているラジオ番組を、
ひととおり聞き終わったときに、
ふと伊集院さんのラジオを流してみたんですよね。
そしたらそれが、面白いのなんのって。

この「面白い」を説明するのも難しいんです。
深夜ラジオなので当然、
ド下ネタのオンパレードでもあるわけですが、
まぁそれは深夜ラジオのデフォルトなので、
別に大丈夫なのです。

それは普通笑。

、、、でも2つ、
他の芸人の深夜ラジオと比較して、
伊集院さんの突出しているところがあります。

まず、その「話術の巧みさ」ですね。
純粋に一人で2時間、
その話に人を引き込む、
っていう「べしゃりの引力」は、
他の芸人ではあまり体験したことのない種類のものでした。
コンビ芸人なら「かけあい」に逃げれるんですが、
彼の場合一人です。
山里良太のラジオもひとりですが、
彼の面白さともまたちょっと違うんですよ。
不思議な「没入感」があるんですよね。
彼は若い頃落語家に弟子入りしていたそうですので、
そういう落語的な基礎を押さえているんだと思うんですよね。
とにかくべしゃりの巧さに本当に驚きました。
普段、人前で話すことを仕事にしている人なら、
彼のすごさが分かると思います。

もう一つは、
彼の「教養」なんですよね。
彼は不登校になって高校も中退してるから、
学歴は「中卒」です。
でも、社会にゴロゴロ転がってる、
「大卒の馬鹿たち」の、100倍頭良いです。
そして教養があります。
死ぬほど勉強してると思います。
あらゆる分野の知識に深みがあるからこそ、
彼の「ギャグ」は笑える。
もっとも深い知性を、
もっとも「人からくだらないと思われてる」、
深夜ラジオでの笑いに投資している、
という生き様、
ロックンロールですわ。

これこそ知性の正しい使い方だと思いますね笑。
マジでかっこいい。

本当の教養がある人の「真の共通点」って、
皆さんは何だと思いますか?
私はそれは「謙虚さ」だと思います。

ものをたくさん知っている人ほど、
「自分が知っているのがごく一部だ」
ということが分かるのです。
だから何かを語るときに、
「断言」を避けるようになる。
「、、、である!!」ではなく、
「、、、と私は思います。
 違う見方もあるかもしれませんが」
という語尾になる。

伊集院さんにはそれがあるんです。
すげーな、この人、
と、久しぶりに思いました。

というわけで、
私が最近気になるテレビタレントは、
伊集院光です。

読んでいる全員が、
「今更!」って言ってると思いますが。

皆さんの気になるテレビタレントは誰かいますか?

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