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陣内が先週読んだ本 2017年10月第四週 『世界一の生産性バカが1年間、命がけで試してわかった25のこと』クリス・ベイリー 他4冊

2018.04.19 Thursday

+++vol.036 2017年10月31日配信号+++

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
■3 陣内が先週読んだ本 
期間:2017年10月第四週 10月22日〜28日
::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::

先週私が読んだ本(読み終わった本)を紹介していきます。
一週間に一冊も本を読まない、
ということは、病気で文字が読めなかった数ヶ月を除くと、
ここ数年あまり記憶にないですから、
このコーナーは、当メルマガの
レギュラーコーナー的にしていきたいと思っています。
何も読まなかった、という週は、、、
まぁ、そのとき考えます笑。

ただ紹介するのも面白みがないので、
twitterに準じて、
140文字で「ブリーフィング」します。
「超要約」ですね。
(どうしても140字を超えちゃうこともあります。
 140文字はあくまで「努力目標」と捉えてください笑。)

忙しい皆さんになり代わって、
私が読んだ本の内容を圧縮して紹介できればと思います。
ここで紹介した本や著者、テーマなどについて、
Q&Aコーナーにて質問くださったりしたら、
とても嬉しいです。


●世界一の生産性バカが1年間、命がけで試してわかった25のこと

読了した日:2017年10月23日
読んだ方法:図書館で借りる
著者:クリス・ベイリー
出版年:2017年
出版社:TAC出版
リンク:http://amzn.asia/5S1UxgY

▼140文字ブリーフィング:

著者は一年間を使って、
自らの身体であらゆる「人体実験」をすることによって、
「生産性を上げるには何が効果があり、何が効果がないのか」
を調べ、それをブログにアップしていたら人気になり、
TEDカンファレンスに呼ばれるまでになった、という変わり者です。

彼は3日間まったく寝ないとか、
一日3時間睡眠で働き続けるとか、
逆に10時間以上寝まくるとか、
6時間瞑想をやるとか(片岡鶴太郎?)、
ベジタリアンになるとか、コーヒーを絶つとか、
運動をしまくるとか、逆にまったく運動をしないとか、
スマホを触るのを自らに禁止するとか、
ありとあらゆることを試すことで、
「こういったことは効果があるが、
 こういったことはあんまり効果がない」
という体系をまとめていきます。

その「体系」が、わりと「穏当なもの」であるということも含め、
私は興味深く読みました。

そもそも「生産性」という言葉がなぜ大事かというと、
産業構造の変化と関係がある、と著者は指摘していて、
それは「なるほど」と思いました。
引用します。

→P101〜102 
〈1950年代以降は、多くの人が工場からオフィスへと移っていった。
オートメーション化がどんどん進んでいたのも関わらず、
この60年間でアメリカのGDPに占める製造業の割合は
28パーセントから12パーセントに減った。
この間、アメリカで最も成長した業界は、
”専門およびビジネスサービス”で、ハイテク、
エンジニアリング、法律・経営・会計のコンサルティング企業が含まれている。
たとえば、アップル、グーグル、ボーイング、ゼネラル・エレクトリック、
マッキンゼー・アンド・カンパニー、デロイトなどだ。
製造業と対照的にこの業界の規模は60年間で三倍になっている。
知識を基盤とする知識経済に移行してからは、ぼくらは時間だけではなく、
技術、知識、社会的知性、ネットワーク、
そして生産性を組み合わせて報酬を得ている。
いまでは“時は金なり”だけでは通用しない。
”生産性こそが金なり”なのだ。
では、知識経済における時間管理とはどんなものだろうか。
このPARTをじっくりと読めば、うなずいてもらえるだろう。
あなたが生産的になりたいなら、
時間管理より活力と集中力のコントロールを第一に考えるべきだ。〉

「時は金なり」といういうのは二次産業(製造業)時代の遺物だ、というのです。
たしかにそうです。「ライン」が支配する工場ではまさに時は金です。
ひとつの工程を1秒縮められたら自動車会社は10億円ぐらい儲けられますし、
全労働者の労働時間を10分延ばせたら純利益はそれに比例して上がります。

しかし、知識経済においてはそうではない。
10時間かけてつくった粗悪な論文と、
30分で書いた優良な論文では、
優れているのは明らかに後者です。

「時は金」ではなく「生産性が金」なのです。
このとき大切なのは「どれだけ長時間働けたか」ではなく、
「集中して働ける時間をどれだけ確保できたか」です。

知識経済時代の長時間労働は無意味どころか害悪だ、
ということを示す実験結果を引用します。

→P112〜113 
〈研究報告によると、一週間の理想的な労働時間は、
だいたい35時間〜40時間。これ以上になると生産性は下がり始めるそうだ。
数字だけ見ると、35時間〜40時間というのは少ない気がする。
あなたのto-doリストはいつもの労働時間ではこなしきれないほど長い。
そんな状態で、週に40時間労働を始めてみたら?
同僚が50時間、60時間以上、働いているときはとくに心苦しいだろう。
締め切りが目前に迫っている場合などは、
長時間働くことで大いに生産性は上がるだろう。
しかし、長時間労働は最悪の事態を招きかねない。
とりわけ集中力と活力を上向かせるための時間がほとんどないときは要注意だ。

ここで労働時間と生産性の関係をまとめてみよう。
労働時間が35時間〜40時間を超えると、生産性が低下し始める。
週60時間労働が8週間続くと、こなした仕事量は、
週40時間労働を8週間続けた場合とほぼ同じになる。
70〜80時間労働を三週間続けると、40時間労働の時の仕事量と同じになる。
ぼくの場合は、90時間労働の達成項目数がたった二週間で20時間労働と同じになった。
短期的な場合でも、長時間労働は生産性を低下させ得る。
ある報告では、たとえ短期でも週60時間労働を続けると、
普通なら一時間で終わる仕事を片付けるのに二時間かかるという。
別の報告では、生産性は週50時間労働で完全に落ち込み、
週に70時間働く人はそのうち15時間分は何もしていないに等しい、と述べられている。

つまり、労働時間がある一点を超えると、時間ばかり費やして、
殆ど目標を達成できない状態になる。
ぼくが週90時間働いたときのように、
満足感を覚えるかもしれないが、生産的になったとは言いがたい。

誰よりも生産的で成果を出す人は時間だけでなく、
活力と集中力もしっかり制御している。
時間と集中力と活力を有効活用するためには、
仕事の時間を制限することが格好の手段となる。
これは重要なタスクでも通常業務でも同じだ。
仕事をコントロール出来ない立場では、
労働時間に制限を設けるのは難しいかもしれない。
しかしぜひとも実践して、やるべきことに活力を注ぎ込んで欲しい。〉

、、、なんと週90時間働く人の生産性は、
週20時間働く人のそれと同じに収斂する、というのです。

もうひとつ著者が20時間/90時間の労働時間を
1週間毎に2サイクルした実験で注目すべきは、
じっさいには両者の客観的な生産性は同じだったが、
主観的には90時間のときのほうが
「二倍も生産的だったと感じた」という記述です。

著者はこう言っています。
「一日中忙しくしていると生産的だった気になる。
しかし、何も達成できなければ、生産的とは言えない。」
先日紹介したデイヴィッド・アトキンソン氏が指摘する、
日本の長時間労働と生産性の低さは、
日本人が「主観的な生産性」に浸り、
客観的な結果に注目しないという
「契約より情緒」的なセンスにも起因するかもしれない、と感じます。
(2,467文字)



●大直言

読了した日:2017年10月23日
読んだ方法:図書館で借りる

著者:青山繁晴×百田尚樹
出版年:2017年
出版社:新潮社

リンク:http://amzn.asia/0rXuQ90

▼140文字ブリーフィング:

ぼくちゃん大好きナルシシストと、
脳内戦争中のイカれオヤジの対談です。
「愛国心はならず者の最後の逃げ場所」という言葉を思い出します。

青山氏はルー大柴かのように横文字を連発し、
「俺は国際派だ」ということをちらつかせながら、
日本の反対勢力を批判するときは
「国際基準ではこれがスタンダードなのに、
 日本はまったく追いついていない。
 日本はナショナリズムが足りない」などと言います。
しかし国家の評価ではなぜか
「日本人ほど礼儀正しく利他的で秩序ある素晴らしい民族は他にいない」
に反転します。論理が破綻しています。

また、彼はいつも、
「実直、誠実、愚直、まっすぐ、逃げない」といっていますが、
森友学園問題のときは見事に逃げました。
彼は自らのラジオ番組で、
「森友学園は日本で最もまっとうな教育をしている」
と過去に発言していますが、国会で問題になったとき、
「かご・・いけさん、、、さて、だれでしょう?」
とすっとぼけました。
まったく信頼できません。
胡散臭さが半端ないですね。

とにかく無意味に挟む英語が不快です。
会話の文字起こしだったとしても文字化するときに、
多少直せば良いのに、と思います。

→P178 
〈百田:国力というのは、最終的には経済力が支えます。
中国も、経済がポシャったら軍事力も駄目になります。
ですから、まず、日本は中国から全面撤退してもらいたいと思っていますが。
青山:エヴリカントリーズ・エクセプト・チャイナ・アンド・コリア。
中韓以外のすべての国とのビジネスを進めていくべきだとぼくもいいたい。
チャイナの大きな問題点は、実は、国内で本当に起きていることが、
まず報道されないという点です。、、〉

、、なぜいっかい英語で言ったんだ、とぼくはいいたい。
(701文字)

▼参考記事:青山議員の手のひら返し
http://netgeek.biz/archives/94443



●シャンタラム(中)

読了した日:2017年10月26日
読んだ方法:図書館で借りる

著者:グレゴリー・デイヴィッド・ロバーツ
出版年:2011年
出版社:新潮文庫

リンク:http://amzn.asia/3Zgd5iH

▼140文字ブリーフィング:

先日上巻を読み、今回は「中」です。
インドを旅する冒険談です。
インド版「アラビアンナイト」みたいな感じでしょうか。
この小説は音と色と匂いに満ちています。
また、読んでいる間、「無常観」と「多様性」を感じます。
インドの持つ生命への肯定のようなエネルギーを感じる不思議な小説です。
インドに行きたいなぁと思いました。
(153文字)



●朝日新聞 日本型組織の崩壊

読了した日:2017年10月26日
読んだ方法:図書館で借りる

著者:朝日新聞記者有志
出版年:2015年
出版社:文春新書
リンク:http://amzn.asia/iYffOlR

▼140文字ブリーフィング:

2011年の原発問題以降、
私は朝日新聞には辟易としています。
「プロメテウスの罠」はデマの垂れ流しだし、
結論ありきの報道姿勢によって、
「吉田調書」というきわめて悪質性の高い誤報によって、
真面目に働いている東電社員に汚名をきせました。

また従軍慰安婦に関する吉田証言の誤報に関して謝罪すべきだ、
と書いた池上彰氏のコラムを氏に相談なしに不掲載にし、
ついには世論に押し切られて社長が謝罪するに至りました。

なぜ朝日新聞がこれほど「結論ありきのイデオロギー」を、
無反省に一方的に語り続けられるのか、、、
それはじつはきわめて「日本的で官僚的」な組織体質にある、
という内部告発の意味合いを含むのがこの本です。

朝日新聞は官僚批判や政権批判で有名ですが、
彼らほど官僚的で「既得権」的な動きをする組織も他にない、
と著者らは言います。
だって、マスコミの中でも最も給料が高く、
その組織体質は中国共産党にも類比するピラミッド構造ですから。
社員の一番のモチベーションは「失敗しないこと」だそうです。
上に逆らうなど考えられない。
つまり彼らこそ「体制そのもの」であり、
「反体制を標榜する体制」と言う意味で二重に屈折しているのです。
引用します。

→P7〜8 
〈ではいったい、、、、朝日新聞のリアルな問題とは、何だったのだろうか――。
 その本質は、企業構造そのものにあるとわれわれは考える。
硬直化した官僚主義、記者たちの肥大した自尊心と自己保身のせめぎ合い、
エリート主義、減点主義の人事評価システム、
派閥の暗闘、無謬神話、上意下達の日常化・・・。
言うなれば、終戦直後に立案した食糧増産計画を平成の世にごり押しした
諫早湾(いさはやわん)干拓や、2000年代に三菱自動車で発覚した
複数回に及ぶ大規模リコール隠し、
さらには旧日本陸軍参謀本部など、
官僚的な組織に過去見られたような愚行・スキャンダルと同根の問題である。
その意味で朝日は「反日」どころか、
悪い意味で極めて日本的な組織の病に冒されている、と言える。〉

右翼からは朝日新聞は「反日」と呼ばれていますがいやいや、
彼らは反日どころか、「純日本的」なのです。
、、ちなみに戦前に最も国威発揚のための、
「戦争万歳記事」を書いて世論を煽ったのも、
朝日新聞です。

今までのは軽い悪口ですが、
ここからは真剣な話しです。
以前私の弟と会話していたとき、
「新聞社にとって戦争は最後の倒産回避策」という話しになりました。
つまり、戦争が起こると新聞の部数が一気にあがり、
新聞社(メディア)の業績はV字回復します。
じっさい、CNNという放送局は絶対に失敗すると言われていましたが、
湾岸戦争勃発によってCNNは売り上げを伸ばし生き延びました。
FOXも絶対に上手く行かないといわれていましたが、
イラク戦争がFOXを救ったと言われています。

次に日本が戦争に突き進むとしたら、
インセンティブから考えたとき、
「新聞社がつぶれそうになると、ちょっとヤバいな」
と私は思うのです。
多分彼らは無意識に経験的に知っています。
「戦争は逆転満塁ホームランになる」と。
私は「メディア性悪説」に立って、そのように警告します。
戦争リスクを考えるにあたり、
もちろん政治家を注視するのも大事ですが、
歴史を振り返れば本当に怖いのは政治ではなくメディアと世論です。
いや、ホントに。
(1,358文字)



▼▼▼リコメンド本「今週の一冊」▼▼▼

陣内が過去一週間に読んだ本の中から、
「いちばんオススメだったのは?」という基準でリコメンドします。
「いちばん優れていた本」というよりも、
「いちばんインパクトの大きかった本」という選考基準です。
皆さんの書籍選びの参考にしていただけたら幸いです。


▼今週の一冊:該当なし

コメント:

今週は、やたらと忙しかったので、
正直本はあまり読めませんでした。
来週もこんな感じになるかな、と思います。

敢えて言えば「生産性バカ、、」の本はけっこう面白かったですが、
「買った方がいいよ」と勧められるほどではありません。
「リコメンド本」の審査基準は、
「買って読むことをオススメできる」ということですから、
今週は該当なし。

ただ、価値基準というのは人それぞれですので、
「めちゃくちゃ良いじゃん、この本!!」
というものも含まれるかもです。
あくまで私が考える「オススメ」ですのでご了承ください。




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【Q】textが添付される?

2018.04.19 Thursday

+++vol.036 2017年10月31日配信号+++


●【Q】テキストが添付される?

ラジオネーム:のりボー(男性)
お住いの地域:東京都

Q.

メルマガ添付のtextは何に使うのでしょうか?


A.

ちょっと今回は実務的なことで、
のりボーさんから上記のような質問が届きましたので、
取り上げさせていただきます。

▼参考リンク:hetemlインフォメーション
https://heteml.jp/info/detail/id/1697

基本的にこのメルマガに添付ファイルを付けることはありませんので、
解凍が必要なファイルなどがメルマガに含まれていたら、
それはスパムメールであって偽物ですので、
決して開かないでください。

もしくはメーラー(Outlookなどのメールソフト)の設定上、
ある一定量のメールやHTML形式のメールの場合、
Textファイルで添付されるというような仕様があるのかもしれませんが、
すみません、具体的にそのようなことがあるのかどうか、
といったことは把握していませんので、
ご自身でお調べになっていただけますと幸いです。

もうひとつ、技術的な質問を頂いたついでなので書きますと、
何度も「入会」される方がいらっしゃいます。

ちょっとその意図が私にも分かりかねるのですが、
可能性としては
1.退会したい
2.入会したがメールが届かない

という二つの可能性があります。
退会したい場合は、
フォームから「退会する」というチェックボックスを押して、
お送りください。
(入会フォームと退会フォームが同じで、
 多少ややこしくなっているかもしれませんので、
 混同されていたらすみません)

また、入会したがメールが届かないと言う場合は、
特に携帯のドメインで多い事例ですが、
・URLのリンクがあるメールを拒否する
・パソコンのドメインからのメールを拒否する
・長文のメールを拒否する
などが初期設定になっている場合がありますので、
そういった設定を解除していただく必要があります。

まぁ、届いていない人はそもそもこれを読めないわけなので、
「何言ってんだ」という感じですが笑、
周囲に届かない人がいたら教えてあげてください。

ご理解のほど、よろしくお願いします。



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『リンカーン うつ病を糧に偉大さを鍛え上げた大統領』ジョシュア・ウルフ・シェンク

2018.04.19 Thursday

+++vol.036 2017年10月31日配信号+++

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
■2 本のカフェ・ラテ

「本のエスプレッソショット」というこのメルマガの、
開始当初からの人気コーナーでは、
一冊の本を約5分で読める量(3,000〜10,000字)で、
圧縮し、「要約」して皆さんにお伝えしてきました。

忙しい読者の皆さんが一冊の本の内容を、
短時間で上っ面をなぞるだけではなく「理解する」ために、
「圧縮抽出」するというイメージです。

この「本のカフェラテ」はセルフパロディで、
本のエスプレッソショットほどは、網羅的ではないけれど、
私が興味をもった本(1冊〜2冊)について、
「先週読んだ本」の140文字(ルール破綻していますが)では、
語りきれないが、その本を「おかず」にいろんなことを語る、
というコーナーです。

「カフェ・ラテ」のルールとして、私のEvernoteの引用メモを紹介し、
それに逐次私がコメントしていく、という形を取りたいと思っています。
「体系化」まではいかないにしても、
ちょっとした「読書会」のような感じで、、、。
密度の高い「本のエスプレッソショット」を牛乳で薄めた、
いわば「カフェ・ラテ」のような感じで楽しんでいただければ幸いです。
::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::

▼▼▼リンカーン▼▼▼

先週の予告通り、今週は「本のカフェ・ラテ」をやります。
そして先週の予告通り取り上げる本は、
「リンカーン・・・」です。
こちらがその本ですね。

▼参考リンク:リンカーン うつ病を糧に偉大さを鍛え上げた大統領
http://amzn.asia/7UIaoKm

まずは先週の「読んだ本」コーナーの引用から。
先週はこんなことを書きました。

〈とんでもなく面白かったです。
夢中で読みました。

リンカーンが生涯、重い鬱病を患っていたのは今では常識ですが、
リンカーンの死後
1.リンカーンを英雄と祭り上げたかった親族
2.鬱病を「信仰上の汚点」と見なすキリスト教保守派の勢力
このふたつのイデオロギーによって、
リンカーンを語る上で避けられない「鬱病患者」としてのリンカーンは、
「歴史修正主義者」たちによって闇に葬られてきました。
つまり、「完全無欠のヒーロー」として世間は彼を神格化したわけです。
しかし近年、「等身大のリンカーン」を見直そう、
という「英雄史観からの脱却」が起き、リンカーンの鬱病研究が進んでいます。
この本はそのような歴史調査の集大成とも言える大作です。

逆説的ですが、「英雄史観」のリンカーンよりも、
鬱病を抱えながら、その内面における弁証法を、
アメリカ合衆国の「自由と奴隷制の弁証法」に適用する彼の姿を知った読者は、
リンカーンをより偉大な英雄と見なすようになる、
という不思議な読後感を持ちます。

じっさい私はこの本を読んだ後、何分か静かに遠くを見、
思いました。「歴史上で最も尊敬するイエス以外の人物」は、
今までガンジーでしたが、私は今やリンカーンをより尊敬する、と。〉

、、、この本は翻訳が小難しいことが唯一の欠点、
と先週書きましたがもうひとつの欠点は、
「値段が高い」ことです笑。
私は図書館で借りた本のうち「これは!」と思うものを、
20冊に1冊ぐらいは購入して手もとに所蔵します。
この本も手もとに持っておきたいのですが、
なにせ値段が値段なので、今は考え中です。
図書館で読める環境にある幸せな人には是非ご一読をお勧めしますし、
あと、4,000円払っても読む価値のある本であることは間違いありません。

、、、では、私のEvernoteのメモ引用に、
補足説明を加えていく、という形で、
本書を概説していきたいと思います。


▼▼▼この本が書かれた目的:リンカーンの物語は現代のための物語だから

→P22〜23 
〈本書の狙いは、
リンカーンのメランコリーを完膚なきまでに知ることではなく、
それを精一杯知ることであり、
どのような成り行き(ストーリー)になるかを見届けることである。
広義に言って、その成り行きはかなり単刀直入だ。
リンカーンは、若い頃から心理的な苦悩や苦痛をなめ、
自分は気質的に異常な程度まで苦しむ傾向があると思い込んだほどだった。
彼は自力で自分の苦しみを突き止め、自力で救いの手を見いだし、
がまんして適応する術を身に付けた。
ついに彼は、自らの苦悩から意味を鍛え上げた。
すなわち、それによって、苦悩を打ち勝つべき障害ばかりか、
その苦悩を己の良き人生の要因にまで高めたのである。

本書は、現代のためのストーリーである。
うつ病は、毎年世界中で一億人以上の人を苦しめる、
世界でもトップクラスの疾病である。
2000年、世界でおよそ100万人がこれで自殺した。
これは、同年度の戦争による死者数、
殺人による死者数を合せたのにおおよそ匹敵する数値である。

、、、この現実に直面するとき、
歴史上の卓越した人物の罹病は新たな痛切さを帯びてくる。
特に彼の病の特質ばかりではなく、
それが生産的な人生の一部になり得た姿においてこそ、痛切となるのである。

、、、本書は、大きな苦痛を大きなパワーに合体させた男の物語である。
自分の性質に「固有な不運」を嘆く少年時代の手紙から、
自殺や狂気という主題を書いた詩に至るまで、
リンカーンの生涯は自分の苦しみを説明し、
それを高い次元へと高めてさえくれる意味を求める模索が始発点になっていた
。大統領としての彼は、同胞に彼らの祝福と重荷を受け入れ、
彼らの苦悩には意味があることに気付き、
より完璧な合衆国連邦を目指す旅程に同行することを求めたのである。〉


、、、この本のユニークなところは、
著者が「リンカーンの伝記」としてというよりもむしろ、
「うつ病研究の一症例」としてリンカーンの足跡を辿っている、
という視座にあります。

じっさい本書には、本人の手紙や日記、
知人の証言や当時の新聞記事、秘書の日記などといった、
歴史的な一次資料が多く引用されますが、
それと匹敵して多く引用されるのは、
古今東西の精神医学と心理学の世界の著書や学術研究論文です。

つまり、「精神医学的に見るとリンカーンは、、、」
という本であって、
「あの偉大なリンカーンには精神疾患者という側面もあったよ」
という本ではない、ということです。

さらにユニークなのが、歴史家としての著者が、
様々な先入観を排除してリンカーンに「なりきって」、
その足跡を辿るとき浮かび上がるリンカーン像というものが、
「精神疾患を克服した大統領」というよりもむしろ、
「彼の精神疾患と向き合う弁証法的な過程(葛藤)こそが、
 彼を偉大な大統領たらしめた」という、
驚くべき事実だったというところにあります。

つまり、
リンカーンはうつ病患者だったの「にもかかわらず」、
米国史上最も偉大な大統領のひとりになったのではない。
リンカーンはうつ病患者「だったからこそ」、
米国史上最も偉大な大統領のひとりになり得たのだ、
ということです。

だからこそ、リンカーンの物語は、
WHOが「うつ病はがんに次ぐメジャーな疾病である」
と述べるほどにうつ病が切実な問題となっている現代に、
大きな示唆を与えるであろう、と著者は言っているわけです。



▼▼▼ポール・マクヒューとフィリップ・スラヴニーのナラティブアプローチ

→P45 ポール・R・マクヒューとフィリップ・R・スラヴニーは、
彼らの共著『精神医療の展望』において、
病める人物への4つのアプローチを突き止めている。
第1のアプローチは、病気もしくはその人物が抱えているものをつきとめる。
第2のそれは、当人の次元もしくは当人が当人であるもの、
第3のアプローチは行動、当人がすることに焦点を当てる。
これらはどれも、リンカーンの生涯の研究にはある程度の価値がある。
しかし、第4のアプローチ、「ライフ・ストーリー」の展望にまさるものはない。
このアプローチは、患者がやりたいことおよび彼らがなれるものを
全的(ホリスティック)医療の面で理解しようとするものなのだ。

忘れてはならないのは、
診断は主として臨床環境において治療を便益化するためのものだと言うことだ。
時間の一瞬を捉えるスナップショットである。
しかし、ここでやりたいことは、人生全体を丸掴みにすることである。
作家で内科医のオリバー・サックスによれば、こういうことだ。
「人間である患者を舞台の中心に戻す。
苦しんでいる者、罹病している者、病と戦う者としての患者である。
病歴を物語か説話へと深めないといけない。
それによってしか、病気との関連での患者、
患者の人間としての本体、『病気』と『人間』を眼前にすることはできない」。
この病歴と物語(ナラティブ)の区別は、まさにズバリ的を射ている。
病歴は事実との諸問題を排除しようとしているのに対して、
物語は患者の障害の本質的な諸問題を際立たせるべく
事実の方を活かすのである。〉


、、、私は2013年末〜2015年末まで、
燃え尽き症候群と鬱病を患い療養しました。
その間、心療内科に行き薬(SSRI)も飲みました。
漢方薬も飲みましたし、栄養療法もしました。
そして3つのカウンセリングを受けました。

最初のカウンセリングは、
「うつ病を克服すべき問題であり、
 それは何か悪しき原因の結果である」
という前提を持つカウンセリングでした。
カウンセラーの先生には大変お世話になりましたが、
このアプローチはやればやるほど、
自分を追い込んでいく結果になりました。

療養1年が経過した頃、
知り合いの牧師でありカウンセラーの、
「ナラティブ・アプローチ」を学んだ先生から、
「セカンドオピニオン」的にカウンセリングを受け始めました。

それまでのカウンセリングでは、
「この症状の病根は何か?
 それを治癒せねばならない。
 そして病気を克服せねばならない」
という語られざる前提がどんどん自分を追い込んで、
鬱の症状を逆に悪化させる結果になりましたが、
ナラティブ・アプローチを前提とするその先生は一言目に、
こう言いました。

「俊君が今病気になったのも分かったし、
 それが俊君の生い立ちや『トラウマ的体験』と、
 関連しているかもしれないのも分かった。
 、、、ではその『トラウマ的体験』あるいは『困難』が、
 俊君にしてくれた良いことには、
 どんなことがあっただろう?」

結果から言えば、この質問を機に、
私の病気はめきめきと回復していきました。
(それでも仕事復帰まではその後1年間ほどかかりましたが)

病気を「分析的」に捉えようとすれば、
それはネガティブなものであり排除すべきものです。
しかし、病気を「統合的」といいますか、
「全的」あるいは「包括的」に捉えようとするならば、
さらにそこに「時間」という軸を付け加え、
立体的なナラティブの一部と捉えるならば、
それは「人生を描く大切な絵の具」のひとつとなります。

そしてその「ナラティブを語る」ことこそ、
私たちがこの世に生を受けた意味ともつながっています。

私は仕事に復帰してから2年間、
様々な場所や文脈で、自分の闘病体験を語ってきましたが、
その要点をひとことで言うならば、
「ネガティブなるものを全体としての自己に統合する旅」
に関する「一連の物語」になります。

「どうすればうつ病は治るんですか!?」
という質問に答えるには、ですから私ならば、
「その分析的な質問をやめる」ことからが、
治癒のはじまりかもしれません、と言うことになります。

私の治癒(寛解もしくは和解と呼び替えても良い)は、
ですから、「処方箋」としては語れません。
物語という形でしか提示不能なのです。

そしてこの「リンカーン・・・」の書籍もまた、
そのような「分析を拒絶する全的な物語」としての側面があります。



▼▼▼リンカーンは精神病者の定義にも、
健康の定義にも、両方完全に当てはまる。

→P46 
〈われわれは、リンカーンは「精神を病んでいた」と言えるか?
彼が合衆国公衆衛生局医務長官の精神病の定義に合致することは、間違いない。
なにしろ、リンカーンが経験した、
「思考、気塞ぎ、行動の変化」は、
「苦痛もしくは機能不全」と結びつけられるのだから。
とはいえ、リンカーンは、
精神の健康に対する長官の定義にも合致しているのである。
それは以下のようになっている。
「精神機能が首尾よく働き、その結果、生産的な活動となり、
他者との関係を全うでき、変化に適応することができ、逆境に対処できること」。
この基準に照らせば、リンカーンほど健全な人生を送った人物は、
史上、殆どいなかったことになるのである。〉


、、、ここから浮かび上がるのは、
私たち現代人が考える「健康」の定義の限界です。

一言でいえば、
「健康とは病の不在ではない」ということです。
「平和とは戦争の不在ではない」というのとかなり似ています。

だって、そうしたら、
先天的な「疾患」を抱えた人は、
生涯健康にはなれないということになりますが、
じっさいにはそんなことはありません。
先天性疾患を抱えた誰よりも健康な人、
というのは存在します。
「ウソだ!そんな人はいない!!」
と思われる方は見識が狭すぎるか、
もしくはあなたの目が病んでいるかのどちらかです。

では、健康とは何か?

定義は簡単ではありませんが、
確実に言えることがあります。

それは、
「病というのはそれ自体、健康を包摂していて、
 健康というのは、それ自体病を包摂している」
ということです。

形而上学的な話しになりますが、
「死は生を内包し、生は死を内包し」ているのです。
こういうのって分析的知性で把握するのには限界がありますから、
だから「ナラティブ(物語)」になるわけですね。

、、、続いて見ていきましょう。



▼▼▼リンカーンはユーグリッドの「原論」を持ち歩いた。
 あるいは現代におけるゲームの替りとして。

→P172 
〈心理学者、デイヴィッド・B・コーインは、書いている。
「うつ病の場合、回復は病気への抗議から絶望を統御できる、
より効果的な方法の発見への移行である」と。
実のところ、リンカーンは極めて有効な闘病を展開した。
法律事務所では、鉄道会社や困っている旧友も含めた
一連のクライアントを代表して、常によく働いた。
歴史書一般に取り上げたれているような内容でなくても、
日々の接触を通じての散文的な満足は得られたし、
ときには勝訴して正義が遂行されたという興奮にもあずかれた。
リンカーンはさらに、自分の頭脳の領域を拡大するたゆみない努力も怠らなかった。
1850年代前半、巡回裁判ではユーグリッドの『原論』の最初の6巻を持ち歩いた。
これらは、定義から仮定、公理、証明に至る経緯を扱ったもので、
リンカーンの時代、この本は厳正な論理尽き爪の頂点とみられていた。
三角形の合同に関する辺=角度辺による証明、
ピタゴラスの定理とそれらの換意命題、
円の属性などをマスターすれば、
道理が通らない世界では理性の静かな勝利を勝ち得たことになったのである。〉


、、、私の読書的な趣味のひとつは、
「数学者や数学に関する本を読むこと」です。
これらは多くの場合時代小説よりもドラマティックで、
そして推理小説よりスリリングです。

、、、で、ある一定数の数学の本を読んでから、気付いたことがあります。
それは、歴史に名を残した数学者には、
精神疾患患者がきわめて多いということです。

いや、本当に。

生涯うつ病を患った数学者もいますし、
病気の故に若くして自殺してしまった天才もいます。
それによって人類の数学の進歩は数十年遅れたりします。

いや、本当に。

ここから、
1.数学が人をうつ病にする。
2.うつ的な気質と数学的才能には何か関連がある。
という二つの仮説がなりたちます。

私は個人的に両方とも可能性がある、と睨んでいます。
「数学の世界で結果を出す」というのは生易しいことではありません。
マラソンランナーに自殺者が多いのは、
あの競技が自分を過酷に追い込むことと関係がありますが、
数学者の自殺も似たようなところがあると思います。

また、うつ的な気質と数学的才能には、
何か関係があるというのも、
ちょっとあり得る話しだと思います。

スコットランドを天文学者、科学者、数学者の3人が旅行した、
という、数学者の気質を現す有名な話しがあります。

列車の車窓から一匹の黒い羊が見えました。
天文学者は言いました。「スコットランドの羊は黒いんだ。」
科学者は言いました。
「いや、違う。分かったのは、
スコットランドの羊の中には黒いものがいる、ということだけだ。」
数学者はこう言いました。
「そうではない。スコットランドには少なくともひとつの草原があり、
その草原には少なくとも一匹の羊が含まれ、
そしてその羊の少なくとも一方の面は黒い、ということだけさ。」

、、、とにかくめちゃくちゃ厳密なのです。
本書にも何度か紹介されていますが、
うつ的気質を持つ人というのは、
物事を「自分びいき」に見ず、
あくまで冷徹に見ようとする傾向があり、
それは心理学の実験で実証されています。

そして、その気質こそが、
リンカーンをして「奴隷制撤廃」という、
非常にセンシティブな事業を成し遂げる上で、
有利に働いた、というのが著者の見立てです。

リンカーンが「原論」を持ち歩き読んだ、
というのは「精神安定剤」的な役割もあったでしょうし、
彼の気質を物語るエピソードでもあると思います。



▼▼▼メランコリーの暗い土壌が実を結ぶ

→P198 
〈リンカーンの40代半ば、
彼のメランコリーの暗い土壌が実を結び始めた。
リンカーンが奴隷制の拡大に反対する戦いに身を投じたとき、
それまでは彼に悩みをもたらしてきた同じ要素が、
彼の偉大な仕事においてもまた一役果たしたのである。
どうすれば自分の人生を意味あるものにできるか、
をめぐって彼につきまとっていた諸問題が、
公的な領域に適用されると、
それまでになかった意味と活力を帯び始めたのだ。
それまで彼が耐えてきた苦しみが、
厳しい時期に直面して彼に明晰さ、規律、
そして信念を与えてくれたのである
―――おそらく厳しい時期だからこそ、その度合いが強まったのだろう。
それは、いわゆる病気からの回復ではなかったし、
ましてや治療ではなかった。
リンカーンの物語は、
うつ病を排除されるべき兆候の集合と見なす者たちを混乱させる。
しかし、受苦(じゅく)を感情面での成長の隠れた触媒とみなす者には、
リンカーンの物語は納得が得られるのだ。〉


、、、解説不要ですね。
彼の生涯にわたる「内的なメランコリーとの葛藤と弁証法」が、
アメリカが抱える内的矛盾の「克服」または「止揚」につながったのです。
リンカーンは内面において激戦を闘っていたからこそ、
外的世界の「激戦」を耐えぬく勇気を得たわけです。



▼▼▼自らの物語を国の物語に、
自らを統治するために苦闘した倫理を国の倫理に共鳴させる。

→P199 
〈リンカーンは、単なる政策の開陳ではなく、
聴衆の前に、物語(ナラティヴ)を広げて見せた。
それは、この国がどこから来て、今、どこに立ち、
どこへ向かうかの物語の開陳である。
しかも、この物語こそ、彼自身の人生の物語と共鳴したのだった。
彼が自国に提示した倫理は、
理想の完璧な実現はあり得ないと承知の上で
その実現への努力を継続することだった。
ところが、その倫理こそ、
彼が自身を統治する上で使ってきた倫理と同じだったのである。〉


、、、これも先ほどの同じです。
リンカーンは自らの内部に潜む矛盾と葛藤のなかで、
完璧はないと承知のうえでそれでも「理想と意味」を求めました。
彼が完璧はないと承知で「米国の理想」を語り、
国内の矛盾と葛藤を乗り越えようとした政治的な歩みは、
内的な旅路と外的な旅路の共鳴です。


▼▼▼受容の物語ではなく、統合の物語

→P244 
〈本書は、主人公の受容の物語ではない。
彼の統合の物語なのだ。
リンカーンが偉大な仕事を成し遂げたのは、
彼が自分のメランコリーの問題を解決したからではない。
彼のメランコリーこそ、
彼の偉大な仕事の炎をさらに燃やす材料だったのである。〉


、、、受容と統合は似ていますが違います。
これを読むときに私はキリスト教の開祖、パウロを思い出します。
パウロには肉体的にメジャーな疾患を抱えていましたし、
彼には「自分は迫害者で殺人者である」という自責感情と、
生涯闘ったと思われます。

その内的葛藤が生んだのが、
私たちが新約聖書として知る書物の大部分です。
「ポジティブ信仰」が強い人には理解不能でしょうが、
メランコリーは炎を消す消化剤ではなく、
炎を付ける材料です。



▼▼▼精神の健康は二面性に秘密があり、
それはリンカーンが体現していたものだった。

→P247 
〈よき人生を生きるには、
一群のコントラストを永続的な総体に統合できないといけない。
精神分析学者のレストン・ヘイヴンズが
『人間たることを学ぶ』で説明しているように、
精神の健康は自由と服従、
過激な独立とたゆみない忠誠心の両方に依存している。
「私のお手本はリンカーンだ」と、ヘイヴンズは書いている。
「花崗岩のように堅く、雲のように柔らかい。
私もまた、必要なだけ強く、同時に弱くあれる術を学びたいものだ」と。
本書は、心理学を頼りにリンカーン研究を始めた。
今や心理学のほうがリンカーンを頼りにしているのだ。
すなわち、彼の人生こそ、受苦(じゅく)に直面しながらも
上首尾の人生を生きる方法について、
単なる処方箋では教えられない何かを
教えてくれることが見て取れるのである。〉


、、、音楽で、「倍音」と言われる概念があります。
1人の人の声なのに、周波数のピークが複数ある。
こういった声は呪術生があり、人々を惹きつけるのだそうです。
古代の巫女や呪術師も倍音を持っていただろうと推測する人もいますし、
宇多田ヒカルや美空ひばりは倍音の使い手だという説もあります。

おそらく人格にも同じようなところがあり、
真に魅力的な人間というのは、
逞しさと傷つきやすさの両面、
繊細さと大胆さの両面、
内向性と外向性の両面、
優しさと厳しさの両面を備えた人間です。
心理学の研究者が「精神の健康とは二面性だ」
と言っており、それは時代がリンカーンに追いついてきた、
ということを示唆しているのだ、ということを、
著者はここで言っています。



▼▼リンカーンの謙虚さと決意の源は、
超越者との関係から来ていた

→P296 
〈彼の物語が永続する大きな理由は、彼があれだけ深く苦しみながら、
常に謙虚さと決意を増殖させて蘇ってきたからだ。
謙虚さの母体は、彼があれだけ深く苦しみながら、
常に謙虚さと決意を増殖させて蘇ってきたからだ。
謙虚さの母体は、
その生涯の荒海で彼を運んだ船がどういう船だったにせよ、
彼はその船長ではなく、
彼は単に人の力を超えた力に従っていたという彼の認識に由来していた
ーーそれが運命、神、あるいはこの世の「全能の建築者」だろうと。
この決意の出所は、どれほど謙虚な乗り手だったにせよ、
リンカーンは呑気な乗客ではなく、
やるべき任務を持った甲板員だという意識に由来していた。
自力を超えた権威への敬意と自身の乏しい力を強い意志で行使することが
ふしぎな形で混ざり合った状態で、
リンカーンは、苦痛の生涯の美味な果実、
すなわち先見的な智慧を達成できたのである。〉


、、、謙虚さというのは、
超越者をもたなければ達成されません。
リンカーンが真に謙虚であれたのは、
自分は人生という船の船長ではなく乗組員だ、
ということをよく知っていたからです。

キリスト教信仰の真髄というのは、
「主権者の意志を受け入れる運命論」と、
「それでありながら自らの運命は、
 自らの意志や選択で変えられるという主体性」の、
交差するところにあると私は個人的に考えています。

まさに「十字架」ですね。

神の主権によって十字架にかかったイエスは、
それを100パーセント受動的に神の御心として受け入れ、
なおかつ100パーセント主体的に行動しました。

本書にも出てきますが実はリンカーンは、
「私たちが考えるような信仰者」ではなかった、
という説が有力です。
つまりどこかの教会の教会員になり、
クリスチャンとして聖書を無謬の書と信じ、
いわゆる「敬虔な」生活を営む、
アメリカの保守的な信仰者のイメージとは違います。

むしろ彼の考え方はいわば「リベラル」で、
「理神論」にちかい考え方を持っていたことが分かっています。
「フリーメイソン」の会員でもありましたし。
しかしその「考え続ける」というスタイルや、
人生は神のものであり、神は計画をもって私をつくった、
という揺るぎない確信は、
表層的なコンサバティブ信仰を超越したところにある、
もっと深い本当の意味のハードボイルドな信仰者だったと、
私には思えます。



▼▼▼ばらばらになった魂を集める旅

→P299 
〈また、1863年の夏、メアリー・リンカーンの衣装担当、
エリザベス・ケクリーは、自分が大統領夫人に着付けを行っていた部屋へ、
大統領が重い足取りで入ってくる様子を見守っていた。
「足取りはのろく重くて、顔には哀しみが浮かんでいました」と、
ケクリーは回顧する。
「疲れ切った子どものようにソファに身を投げ出すと、
両手を目にかざして照明を遮りました。
完全に打ちのめされた姿だったのです。」と。
彼は、陸軍省から戻ってきたばかりで、
そこで聞かされた知らせは、
彼によれば「暗い、どこもかしこも暗い話しばかり」だった。
大統領は、ソファ近くのスタンドから小さな聖書を取り上げて読み始めた。
「15分も経った頃」と、ケクリーは述懐する。
「チラとソファを見ると、大統領の顔がさっきより明るくなっていました。
打ちのめされた表情が消えて、
新たな決意と希望が顔に光を与えていたのです。」と。
彼が聖書のどのくだりを読んだのかを見ようと、
ケクリーはものを落としたふりをして、
座っているリンカーンの背後へ回り込み、
彼の肩先から聖書を一瞥した。「ヨブ記」だったのである。

歴史を通して、苦しむ人々にとって
最初にして最後の推進力は神意への一瞥だった。
「人間は生まれたときはばらばらだ」と、
戯曲家ユージーン・オニールは書いている。
「人は生涯をかけて自分の断片をつなぎ合わせる。
その膠(にわか)は、神の恩寵だ!」と。〉


、、、「人間は生まれたときはばらばらだ。」
生涯をかけて自分の断片をつなぎ合せる。」
というオニールの一節は示唆に富みます。

「鋼の錬金術師」という漫画があります。
読んだことはないのですが(ないんかい!)。
、、、でも、あの漫画のあらすじは、
なくなった自分の身体のパーツを集める、
というものであることだけは知っています。

また、フランク・ボームの「オズの魔法使い」には、
脳みそを失ったかかし、勇気を失ったライオン、
心を失ったブリキの木こりが出てきます。
そして彼らは「失った自分の一部」を捜す旅をします。

これらの物語が現代の神話として機能するのは、
それが人間の真実の一側面を語っているからです。
沖縄には「人間には魂が7つある」という伝承がありますが、
それもまた、単なる「でまかせ」ではなく、
「人間は多面的であり、生きるというのは統合への旅なのだ」
ということを、沖縄の人々が長い年月の中で経験的に把握していて、
それを表現したひとつのかたちです。

私はうつ病になり、回復したとき、
竜巻のあとのように、
「荒野にばらばらになった自分の魂のかけら」
が散らばっているように感じました。

おそらくそれは病気という「嵐」によって、
それまでの内的統合が一度解体され、
それを「再統合する旅」が始まったという、
ひとつの象徴的な心象風景だったように感じています。
私はだから今、「第二の人生」を生きているのです。
これは比喩ではなく、本当にそうです。



▼▼▼リンカーンは例外的な「不確かさを明晰さの源泉とする」人だった

→P307 
〈リンカーンの明晰さは、一部、彼の不確かさに起因している。
これがいかに異例であるかは、
いくら高く評価してもしすぎることはできまい。
宗教史学者のマーク・ノールは、自著『アメリカの神』で、
たいていの宗教思想家は神の恩寵を想定するばかりか、
自分らは神のご意志が読めると想定した。
言うまでもなく、どちらの想定も、
自己贔屓をいかにも気高そうに表明したものに過ぎなかった。

、、、リンカーンは、
南北双方が勝手に神意はわが方にありとする矛盾を切開した。
「その主張では双方が間違っているかもしれないし、
必ずや一方が間違っている」。
神意を知っている者は1人もいない
――リンカーンも、ジュリア・ウォード・ハウ(北軍の軍歌を作った人)も、
あの敬虔な南軍のトーマス・「ストーンワル」・ジャクソンも。

、、、一度、ある牧師が「願わくば主がわが方に立たれんことを」と言うと、
リンカーンは異議を唱え、もろにこう切り返したのである。
「願わくば、われわれのほうから主の側に立たんことを」と。

「なぜなのか?」と、マーク・ノールは問いかける。
「特定の宗派や教会に属したこともなく、
わずかな神学的文献しか読んでこなかったこの人物が、
『各州間の戦争』(南北戦争)に対して
かくも深々とした神学的解釈を表明できたのは、なぜなのか?」と。

リンカーンをメランコリーを通して眺めることによって、
われわれは一つの納得のいく説明を引き出すことができる。
すなわち彼は既知のことと、依然、疑念の中にあること、
これら二つを値踏みしつつ、
常にある状況の完全な真実に目を向ける傾向があったからだ。

過酷な時期、リンカーンはその緊張状態に踏み止まる刻苦忍耐と活力を保持していた
(まさにジョン・キーツが1817年、「ネガティブ・ケイパビリティ」と呼んだ能力)。
このことを念頭に、われわれは1863年の夏、
すなわちリンカーンが「ヨブ記」に慰めを見いだしたあの時期に再び戻る。
示唆的なのは、お先真っ暗な時期に彼が「ヨブ記」にすがったことだ。
なぜなら、聖書のこのくだりは個人の信仰の価値を、
ヨブを感情の懊悩の限界に突き落としても、問いかけるものだからである。〉


、、、この箇所を読んだ時私は「我が意を得たり」と思いました。
本当にそうです。
「これは神の御心です」と誰が言えるのでしょう?

政治的な意見にせよ宗教的な主張にせよ、
教育論にせよ人生哲学にせよ、
「自分が100パーセント正しい」という主張というのは、
「神はいない」という主張とほぼ同義です。

私たちは神ではないのですから、
「私は今これが神様の御心だと思う」
というのが「限界」なはずです。

だって、間違っているかもしれないんだもの。

「確信が与えられるまで待ちなさい。」だとか、
「神の御心だと確信したら進みなさい」といったアドヴァイスを、
私はこの20年間、本気にしたことがありません。
「コイツ何言ってるんだろうな?」
と思いながら聞き流してきました(不真面目)。

だって、「確信」なんて、
昨日食べたマズい料理のせいで吹き飛ぶかもしれないし、
睡眠不足のひとつの作用かもしれないじゃないですか。
所詮は私は人間なのです。

私の100パーセントは、
「あらゆる勉強をし、
 得られるだけの知識を得、
 相談できるだけの人と相談し、
 祈れるだけ祈り、
 考えるだけ考え抜いた。
 できうる全ての準備をした。
 その結果、今のところ、
 間違っているかもしれないが、
 これが神の御心だと私には思われる。」
というところまでです。

その先の一歩を「信仰による跳躍」と言います。
9年前に公務員を辞めて宣教の働きに飛び込んだときもそうでした。

一歩目から跳躍を試みる人は、
本当には跳べません。



▼▼▼1841年1月23日にリンカーンが書いた手紙
→P328 
〈1841年1月23日にリンカーンが書いた手紙は、
いやその結びの90語は、明らかに第一ステージ(恐れ)を示している。
簡潔にして直裁、そして強力にうつ病の核心を突くこのくだりは、
ゲティスバーグ演説がアメリカ的実験の核心を突くできばえに匹敵する。
「今生きている人間の中で、私ほど惨めな人間はいない。
私が感じたことが全ての人間の家族に配られれば、
地上に幸せな顔は一つもなくなるだろう。
今私に見えているところでは、私は死ぬに違いない。
さもなければ今よりましにならないといけない。
ましにはなれそうもない恐ろしい予感がある。
きみが私のために話してくれる事柄は、
きみがいいと思うように対処してくれたまえ。
このありさまでは、業務をさばけまいからね。
私が正気に戻れば、この事務所にローガン判事と残りたい。
もうこれ以上書けない。」〉


、、、この手紙を書いたときのリンカーンの心境を思うと、
言葉を失います。
なんという正直な言葉でしょうか。
著者も書いているように、ゲティスバーグ演説に匹敵する、
歴史的な言葉の遺産だと私には思われます。



▼▼▼リンカーン仮装大会▼▼▼

、、、ここまでが、私のEvernoteのメモなのですが、
最後に非常に印象に残った「あとがき」のくだりを紹介します。
後日談として著者は、少しでもリンカーンのことを知りたいと思い、
毎年一回開催されている、「リンカーン仮装大会」に
参加したときのエピソードを紹介しています。

これは全米からリンカーンのコスプレをするために、
リンカーンファンが集まるという、
かなり面白そうなコスプレ大会です。
画像が見つかりましたので紹介します。

▼参考リンク:「全米リンカーン仮装大会」(ウケる)
https://goo.gl/tBqrxW

、、、どうやって「優勝者」を決めるのか興味がありますが。
いずれにせよ著者はこれに参加するのです。
で、取材のためだから私服で参加したところ、
「浮きまくった」そうです笑。

そりゃそうだろ、と。
リンカーンコスプレ大会で1人だけカジュアル服を着るというのは、
普段の町並みで1人だけリンカーンの格好をしているのと、
まったく同じだけ違和感があるわけですから笑。

、、、で、著者は参加者に呼び止められ、
「おい、俺の予備のリンカーンがあるから、
 それを着ろよ!」と勧められる。
(予備のリンカーンって何だよ、という話しですが笑)

言われるままに「取材なんだけどなぁ、、」と思いながら、
黒のタキシードと山高帽子を身に付け、
付けひげをつけて、ステッキを片手にもって、
著者は参加者たちにインタヴューします。
「ここに取材に来たのは失敗だったかもしれないな」
と思いながら、、、。

しかし著者はそこで、毎年参加している、
グリーンというおじいさんに出会います。
「ちょっと森の中をあるかないか?」
と誘われ2人のリンカーンは森に消えました。
(著者とグリーンさんね)

リンカーンはリンカーンに聞きました。
、、、もとい、著者はグリーンさんに聞きました。
「リンカーンの格好をすると何かいいことがあるのですか?」

76歳のグリーンさんはおもむろに、
自分がかつて若い頃、商売に失敗し、
ハイウェイ脇にあったモーテルで首を吊って死のうとしたが、
そこで踏み止まったときの経験を語り始めました。

2人の間に重く、そして神聖な空気が流れました。

そしてグリーンさんは言ったのです。
「リンカーンの衣装になると、
私はその経験を味わい、なお耐えられた。」と。

この本を総括する、良い話しです。
うつ病と「付き合い」、それを自らの偉大さにまで鍛え上げた、
リンカーンという人物の「服装をまとう」ことで、
多くの人々がこの困難な時代を生き抜き、
なお輝く価値を見いだし創りだしていくことを願いますし、
私もそのひとりでありたいと思っています。



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忙しい日々

2018.04.19 Thursday

+++vol.036 2017年10月31日配信号+++

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
■1 今週のオープニングトーク
今週はショートバージョンで失礼します。
::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::

▼▼▼忙しい日々▼▼▼

メルマガ読者の皆様、お元気でしょうか?
わりと今週から来週にかけて、
私は忙しい日々が続いています。

FVIの総会、よにでしセミナー、ICBCでの奉仕など、
いろいろと立て続けです。
病気療養から復帰してから、
意図的に、注意深く「忙しく」なることを禁忌してきました。
ヘルニアの人にとっての重いものを持つみたいなもので、
鬱病寛解期の「忙しさ」は、かなり危険だからです。

でも、今はかなり忙しいです。
病気になる前の標準的な毎日ぐらいかもしれませんが、
療養後の「生まれ変わった自分」にとっては、
「過去最高の忙しさ」です。

ひとつだけ病気再発防止のためにしていることがあって、
毎日8時間〜10時間、寝ています。
これはもう、「死守」ですね。
午前中からトップスピードで仕事をして、
午後はペースダウンして、
早めの夕食を食べたら、
30分だけ本を読んで、もう寝る体制に入ります。
8時台に布団に入り、翌日6時から7時台まで、
こんこんと眠ります。

これがヘルニア持ちにとっての「コルセット」のようなもので、
たぶんこの忙しさでも病気の再発の足音という、
「死神の吐息」が聞こえないのは、
がっつり、しっかり、みっちり寝ているからでしょう。

私の脳にとって「睡眠」は魔法の薬です。
昔、チョロQという玩具がありました。
小さな車を後ろにギーっと引いて、
パッと手を離すと、ピューっと走って行くあれです。

睡眠って、あの後ろに引いて推進力を貯める部分だと思っています。
、、、で、ロングスリーパーの私は、
他のチョロQが30センチの「貯め」で1メートル走るところを、
私の場合1メートルぐらい「貯め」なければならない。
それで、走るのは90センチとかね笑。
「負けんのかい!!」
っていうね。

、、、でもね。
あまり人前で話すようなことではないのですが、
私の脳はちょっと特殊なので、
睡眠時間も特別に長いのかもしれない、
というのは小さい頃から母親に言われてきました。
私は異常に算数ができたり、
逆に異常に道を覚えなかったりしましたから、
母親はこの子は発達がいびつだと感じていたのでしょう。
若いときは「短時間睡眠」に憧れていましたから、
「縁起でもないことを言わないでくれよ」と思っていましたが、
最近とみに「本当にそうかもしれない」と考えるようになりました。

数学が得意なことのほかに私はわりと、
脳の領野を広く使うんですよね。
これは「遠いコンセプト同士をコネクトする能力」と言ってもいい。
「喩えが上手な人」というのはこの脳の使い方が上手です。
、、、で、私はわりと比喩が得意です。
また、数学と神学とか、
お笑いと政治とか、
物理学と料理とか、
靴磨きと日本経済とか、
ゲームと信仰とか、
一見何も関係のない二つの領域に、
共通の原則を見つけたりするのが上手です。
私の「セールスポイント」と言っても良い。

その分、多分「脳の消耗」は早くて、
さらに「『貯め』は人一倍たくさん必要」というのは、
推論としてあながち暴論ではない気がしてくるのです。

世界最高のバスケットボール選手である、
レブロン・ジェームズはNBAシーズン中、
毎日12時間寝る、という記事を読んだとき、
「あっ」と思いました。

▼参考記事:レブロン・ジェームズは1日12時間眠る。
https://forbesjapan.com/articles/detail/16632

バスケットボールを4クォーターフル出場したとき、
筋肉も消耗しますが、それよりも脳が消耗している、
と私は思います。
だって、NBA選手が5秒間に、
いくつの推論と選択、
決断と実行を繰り返しているか、
気が遠くなります。
たぶん5秒で20とかは下らない。
つまり4クォーターでは、
何万回という推論、選択、決断、実行、
そのフィードバックと反省、新たな推論、、、
を繰り返しているのです。

比較するものではないけれど、
多分世界的企業のCEOが2週間にする決断の量と同じぐらい、
レブロン・ジェームズは1試合につきしているはずなのです。
彼が12時間寝る、というのは筋肉ではなくて脳を休めている、
と考えると腑に落ちます。

レブロンと俺は同じだ。

、、、なんて気恥ずかしく、
おこがましく、
口幅ったくて言えませんが、
何かしらの共通項を見つけたように思ったのです。

、、、というわけで、
私は寝ます。

寝ることは仕事をすることの一部だからです。
チョロQにとって、引っ張ることは走ることの一部なのと同じです。

「気力より体力」という本の著者で、
トリンプインターナショナル社長時代、
記録的増収増益を達成した吉越浩一郎さんは、
「仕事が忙しすぎる?」
「ならばいつも以上に沢山寝ろ」
と言っています。

「寝る暇がないほど忙しい?」
「ならば寝ろ。」と。

もはや会話が成立していませんが笑、
吉越さんに言わせれば、
寝る暇がない人の仕事なんて、
「貯めのないチョロQの走行」なのだから、
たいした仕事ができない。
そんなボロボロの脳で出社されても困る。
しっかり寝た脳で、短時間で結果を出す仕事をしてくれ、
という経営者としてまっとうな意見を言っているのです。

アメリカではじっさい、
それをインセンティブで実行している保険会社があります。
20日連続で7時間以上寝た社員には、
上限年間300ドルまでのボーナスを支払う、
というルールをこの「エトナ」という会社はもっています。

吉越理論によれば当たり前です。
「人力車」とか「飛脚」の会社があったとして、
20日以上下半身の筋トレを続けた社員にボーナスを払っても、
誰も驚かないでしょう。
知的労働者にとっての睡眠は、
肉体労働者にとっての筋トレです。

というわけで、
私は最近めちゃくちゃ忙しいので、
めちゃくちゃ長時間寝ています。
そして「剃刀のような集中力」で、
圧縮したアウトプットをしています。

フリーランスだからこそできることかもしれませんが、
これからの日本人の働き方は、
ますますこういうことが重視されるようになるといいな、
と私は思ってますし、
こうならないともはや日本は生き残れない、
と先日読んだデイヴィッド・アトキンソン氏の本には書いてありました。

、、、というわけで、
今日は睡眠の話しでした。

ショートバージョンなので、
オープニングトークは以上!



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