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陣内が先月観た映画 2019年2月

2019.07.18 Thursday

第081号   2019年3月5日配信号

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
■2 陣内が先月観た映画 2019年2月

月に一度のお楽しみ、
「陣内が先月観た映画」のコーナー。

タイトルそのまんまの企画です。
先月私がいろんなかたちで観た映画を、
一挙に紹介しちゃうというコーナー。

5本以上観た月だけの限定コーナーとなります。
先月はけっこう観たので、
けっこう紹介できます。

もともと映画を観るほうではありますが、
Amazonプライムのストリーミングで観るようになって、
観る本数が3倍ぐらいに増加しました。
移動中に観れるというのが大きいです。
電車の中やバスの中で本を読むのは少し疲れますが、
映画はノーストレスです。
長時間移動がある月なんかは、
往復の移動だけで4、5本観れたりします。

観るだけではもったいないので、
皆様に紹介しちゃおう、
というのがこのコーナー。

世界一小規模の映画賞、
「月間陣内アカデミー賞」もやります(笑)。

「おもしろそうだな」と思うやつがあったら、
それをレンタルして観てみる、とか、
あとこれを読んで、観たつもりになって、
誰かに知ったかぶりする(笑)などの
使い方をしていただければ、これ幸いです。

「陣内が先週読んだ本」の
140文字ブリーフィングが好評なので、
映画評論も140文字で試みます。

時短は正義(!)ですから笑。

「読んだ本」コーナーと同じで、
140文字はあくまで「努力目標」です。

*どうしても「ネタバレ」要素をいくらか含みますので、
絶対にネタバレしたくない作品がありましたら、
器用に読み飛ばしてくだされば幸いです。
:::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::

●ロッキー2

鑑賞した日:2019年2月1日
鑑賞した方法:Amazonプライム特典

監督:シルベスター・スタローン
主演:シルベスター・スタローン
公開年・国:1979年(アメリカ)
リンク:
http://amzn.asia/d/bjDeCLP

▼140文字ブリーフィング:

去年「ロッキー」を見て、
衝撃の面白さだったんですよね。
「え?こんなに面白かったっけ?」って。
「ロッキー2」は、アポロ・クリードとの再戦です。

ロッキーがジョギングをしていたら子どもたちが着いてきて、
最後にフィラデルフィア美術館でガッツポーズ、
っていうシーンありますよね。

有名な。

▼参考画像:フィラデルフィア美術館のロッキー
https://goo.gl/c4f1VE

これって、ロッキー1ではなく、
ロッキー2なんですよね。
それを再認識しました。
映画の面白さは明らかに半減しています。
「3」はどうなんだ?
「復習」の旅は続きます。
分かっているのは「クリード」は最高に面白いということです。
(289文字)



●聖の青春

鑑賞した日:2019年2月2日
鑑賞した方法:Amazonプライム特典

監督:森義隆
主演:松山ケンイチ
公開年・国:2016年(日本)
リンク:
http://amzn.asia/d/2idQ17r

▼140文字ブリーフィング:

29歳で腎不全で亡くなった天才旗手、
村山聖の生涯を描きます。
彼は羽生善治のライバルと目されており、
「東の羽生、西の村山」と言われていました。
腎疾患をかかえて全身がむくんでいる村山になりきるため、
20キロだかの増量をした松山ケンイチの役作りは凄いです。
ただ、映画としては「平均的」かな。
将棋自体の面白さを伝えることは、
この作品では完全に割愛されています。
もっと「この手がなんでそんなに凄いのか」
みたいなことを語る映画のほうが私は好みです。

映画見ながら、原作はきっと面白いんだろうなぁ、
と思っていますと、
先日弟と会ったときに彼が文庫本でこれを読んでいて、
「これ、面白いよ」と勧められました笑。
興味ある人は映画でなく小説をオススメします。
(294文字)



●ソロモンの偽証 前篇・事件

鑑賞した日:2019年2月2日
鑑賞した方法:Amazonプライム特典

監督:成島出
主演:藤野涼子他
公開年・国:2015年(日本)
リンク:
http://amzn.asia/d/2RZEdX9

▼140文字ブリーフィング:

これは、宮部みゆきの原作小説を過去に読んでいました。
映画化されたのは知っていたけど、
原作の性質からすると「あんまり面白くはならないだろうな」
という予感があったのでスルーしてました。
しかし、YouTubeでラジオ代わりに聞いている番組で、
岡田斗司夫が絶賛していて興味を持ちました。

じっさい、面白かったです。
少なくとも前篇は。

主演の藤野涼子は、
オーディションで選ばれ、役名がそのまま芸名になった、
というこの映画デビューの子役。
あと、「まえだまえだ」という兄弟漫才コンビの、
前田君の演技も素晴らしいです。
小説と同じぐらい面白かったです。

劇中で90年代初期に中学生だった主人公たちは、
ちょうど私と同じ年代なので、
当時の時代的な空気感みたいなものも追体験できて、
けっこう拾い物の映画でした。
(340文字)



●ソロモンの偽証 後篇・裁判

鑑賞した日:2019年2月11日
鑑賞した方法:Amazonプライム特典

監督:成島出
主演:藤野涼子他
公開年・国:2015年(日本)
リンク:
http://amzn.asia/d/7smGIs2

▼140文字ブリーフィング:

問題の後篇ですね。
中学校で起きた「自殺」事件。
警察は自殺として処理したが、
本当に自殺だったのか、ということを、
「校内裁判」で明らかにしよう、
と死んだ生徒の同級生たちが立ちあがる、、、
というのが物語の骨子です。
サブタイトルの通り、
前篇は事件が転回し、後篇は学校裁判が行われます。

結論から言いますと、
いまいち面白くなかったですね。
原因は「失速」ですね。

構成は原作に忠実なのですが、
裁判を1日目、2日目、3日目、
と言う風にトピック分けすることで、
物語のダイナミズムが失われている感じがしました。
ただ、藤野涼子役の新人女優は素晴らしかったです。
(268文字)



●ベイビー・ドライバー

鑑賞した日:2019年2月2日
鑑賞した方法:Amazonビデオでレンタル(399円)

監督:エドガー・ライト
主演:アンセル・エルゴート
公開年・国:2017年(アメリカ)
リンク:
http://amzn.asia/d/4w7yA8X

▼140文字ブリーフィング:

これは休みの日に大画面で見ました。
町山智宏さんが書籍で紹介していて興味を持ち。
2017年、2年前の映画ですが、
案外この映画、後々重要な作品になるかも、と直観しました。

というのもこの作品、
「いままでに一回も見たことのない手法」で撮られているからです。
それがまた、めちゃくちゃカッコいい。
きっとこの先10年ぐらい、
これを真似した映画というのが量産されるのでは?
と思うほど。

そういう意味でこの映画は、
タランティーノの「パルプ・フィクション」とか
スコセッシの「グッド・フェローズ」とかと並び、
新しい映像技法の震源地として語られる可能性がある。

どう新しいか?

端的に言うと「ミュージカル」なんですよ、この映画。
でも、ミュージカルっぽくない。
詳しくは見ていただくしかないのですが、
この映画においてすべての「音」は、
背景の音楽(あらゆるジャンルの名曲)とシンクロして、
ビートを刻んでいるのです。
銃撃戦シーンならば銃声が、
カーチェイスシーンならば車がぶつかる音が、
歩くシーンなら足音が、
誰かが何かを説明するシーンならその台詞が、
すべてリズムを刻んでいて、それが音楽と同期している。

見ていただければ分かりますが、
それが「脳内快楽物質」を放出させるのです。
モルヒネ的中毒性がある。
めちゃくちゃテンポが良い上手い漫才を見ていて、
「もはやこれは音楽なのでは?」
みたいな「ゾーン」に入るときあるじゃないですか?
たとえばブラマヨのM-1優勝のときのネタとか、
ジャルジャルのリズムネタっぽいネタとかですね。
あのときと同じ気持ちよさです。

この映画の凄いのは、その撮影技法のイノベーションだけでなく、
それがストーリー的必然も孕んでいるということです。
主人公の「ベイビー」は、銀行強盗の逃がし屋をしています。
彼は過去に交通事故で両親を失ったトラウマのため耳鳴りがなりやまず、
24時間音楽を聴くことで音楽でそれを消しています。

なので、「音楽を聴かないと人性を生きられない」
という主人公が抱える困難と、
アクションや会話シーンのリズムがシンクロする、
という技法上の必然が絡み合って、
非常に完成度の高い仕上がりになっている。
久しぶりに映画で「やられた」と思いました。

、、、私はカーチェイスシーンが大嫌いだと、
メルマガで何度も公言していますが、
この映画に関しては例外です。
この映画における銃撃やカーチェイスは、
ただの「お約束的な記号」としてではなく、
それをやるストーリー上、および音楽上の、
「必然」があるからです。
(1,026文字)



●リンカーン

鑑賞した日:2019年2月9日
鑑賞した方法:Amazonビデオでレンタル(100円)

監督:スティーブン・スピルバーグ
主演:ダニエル・デイ・ルイス、トミー・リー・ジョーンズ他
公開年・国:2013年(アメリカ)
リンク:
https://goo.gl/1JPKGM

▼140文字ブリーフィング:

ずっと観たかったんですよね、これ。
2年前の「年間読んだ本ランキング」の、
第一位は、ジョシュア・ウルフ・シェンクという人が書いた、
『リンカーン うつ病を糧に偉大さを鍛え上げた大統領』でした。
本のカフェ・ラテ形式で紹介しており、
アーカイブブログもアップロードされていますので、
詳しくはそちらをご参照ください。

この本はかなりマイナーかつ分厚く高価なため、
普段本を読まない人にとっては「三重苦」と言いますか、
読まない理由がありすぎる本です。

しかし、何人の人から、
私のメルマガを読んだあとに買って読んだ、
という声をいただき、
別に出版関係者でもないのに嬉しくなりました。

それほどに思い入れの強い本です。
この本を読んだことで私は、
イエス以外の歴史上の人物でもっとも尊敬する人が、
マハトマ・ガンジーからアブラハム・リンカーンに変わったぐらいですから。

スピルバーグという監督は、
何か映画を撮るとき、
決してそれとは言わずに、
この世界の現実に対してメッセージを発しています。
現代の「分断のアメリカ」において、
「リンカーンを語る」ということは、
非常に重要だというのが分かります。

「Divided States of America」をもう一度、
「United States of America」にしなければならない。

そのカギを握るのが、
リンカーンの行動や思想なのではないか、
というのがスピルバーグの伝えたかったことなのではないか、
というのが私の解釈です。

じっさい、この映画には、
「南北戦争」の戦争シーンは、
ほぼまったく、出てきません。
そうではなく、アメリカ合衆国憲法修正第13条という法案を、
リンカーンが議会や有力者にあらゆる根回しをして、
「是が非でも通す」という、「政治劇」なのです。

ちなみに、リンカーンが通した「修正十三条」は以下のとおりです。

第1節 
奴隷および本人の意に反する労役は、
犯罪に対する刑罰として当事者が適法に宣告を受けた場合を除き、
合衆国内あるいはその管轄に属するいずれの地にも存在してはならない。

第2節 
議会は、適当な法律の制定によって本条の規定を施行する機能を有する。


、、、つまり、奴隷制の廃止ですね。
私もこの映画で改めて気づいたぐらいなのですが、
当時はリンカーンら共和党が奴隷制撤廃を、
民主党が奴隷制継続を主張していました。
今のスタンダードでいうと逆だと思うでしょ?

下院で修正13条が通過するには、
反対している民主党から20人の賛成を取り付けなければならなりませんでした。
「世界で最も純粋な男」=リンカーンが、
世界で最も狡猾な政略を使い、
「和平と法案の二重工作」まで行って奴隷制撤廃を達成するのです。

急進派のスティーブンス議員(トミー・リー・ジョーンズ)に、
リンカーンが語った言葉が印象的でした。
「コンパスは常に真北を指してくれる。
しかし、山があり谷があり川がある。
直進するだけならきっと谷に落ちてしまうだろう。
直進しか知らないなら真北を知る意味はない。」
急進派のスティーブンス議員は「人種にかかわらず平等」と、
議会で主張すると考えられていましたが、
これを主張すると共和党の穏健派の賛成が取り付けられません。

スティーブンス議員はリンカーンに影響され、
自分の考えを曲げて、「法の下に平等」というにとどめました。
妥協に妥協を重ねるのが政治だ、というのがよく分かります。
政治家を尊敬できるようになる数少ない映画のひとつです。
民主政治というのは妥協の産物です。
理想と妥協を天秤にかけ、
ギリギリのラインで譲れない一線を通す、
という信念の人が良い政治家なのですが、
現代世界を見渡したとき、
そういう政治家はほとんど見当たりません。
(1,501文字)



●哀しき獣

鑑賞した日:2019年2月3日
鑑賞した方法:Amazonプライム特典

監督:ナ・ホンジン
主演:ハ・ジョンウ
公開年・国:2012年(韓国)
リンク:
http://amzn.asia/d/6AIkc61

▼140文字ブリーフィング:

去年ナ・ホンジン監督の「コクソン」という映画を観て、
めちゃくちゃ面白かったので、
同監督のこちらの映画を観ました。
「コクソン」のときに解説しましたが、
ナ・ホンジン監督は神学校に行って、
真剣にキリスト教聖職者になることを考えたぐらい、
キリスト教に精通しています。
彼は宗教界ではなく映画界で、
「神学する」ことを選んだ。
そういう監督です。

この映画の主人公は、
中国と北朝鮮の国境付近に住む、「朝鮮族」です。
私もまったく無知だったのですが、
彼らは民族としては朝鮮人ですが、
国籍としては中国人です。
彼らは虐げられた生活を強いられているので、
ときどき韓国に逃亡します。
韓国の人は街で「朝鮮族」を見かけることもあるのですが、
「苦しんでいる同胞」という扱いで、
密告する人は少なく、施しをしたりもします。

こういった「悲しい文脈」は、
分断も被支配も経験していない日本人には、
本当に理解するのが難しい。

「コクソン」ほど面白くはありませんでしたが、
韓国映画の役者の「顔力」は相変わらず凄いです。
あと、「ジャンプカット」で状況を説明する手際が、
とても良い監督だと再確認しました。
北野武監督も言っていますが、
多くの映画は「説明しすぎ」なんですよね。
主人公がスーツに着替えて人を殺してその場を後にする。
これを全部のプロセスを撮ると「ダルい」わけです。

主人公がスーツに着替える。
次のカットで主人公は道を歩いていて、
その後ろで人が死んでいる。
これでいいわけです。
「説明しなさすぎ」になって観客を置いてけぼりにせず、
「説明しすぎ」の冗長さをなくす。
この線引きが上手い監督の映画はそれだけで観ていて気持ちよいです。
(686文字)



●アイ・イン・ザ・スカイ 世界一安全な戦場

鑑賞した日:2019年2月6日
鑑賞した方法:Amazonプライム特典

監督:ギャヴィン・フッド
主演:ヘレン・ミレン
公開年・国:2015年(イギリス)
リンク:
http://amzn.asia/d/1QGwR1s

▼140文字ブリーフィング:

この映画はヤバかったです。
もう「観てください」としか言いようがないですね。
現代の戦争が「どうなってるか」よく分かります。
つまり、ドローンと無人爆撃機の組み合わせによって、
あたかもゲームをするように、
テロリストを「消去」できるようになった米軍と英国軍は、
現代どんな「戦争」を、中東やアフリカでしているのか?
バラエティ報道番組を1万時間観るよりも、
この映画を1本観ることをオススメします。

「ゲームのような戦争」に、痛みはないのか?
いや、痛みはあります。
それも、壮絶で屈折した痛みが。

、、、ここからは好例のネタバレ解説です。


▼▼▼ネタバレ注意▼▼▼


▼▼▼ネタバレ注意▼▼▼


▼▼▼ネタバレ注意▼▼▼


まず、この映画、アイキュロスという人の、
以下の言葉の引用で始まります。

「戦争の最初の犠牲者は、真実である」


、、、この意味が、最後まで観ると、
よく分かるつくりになっている。
あとこの映画の構成上の凄いところは、
約90分の出来事を、
約90分の映画に撮っているというところです。
つまり、リアルタイムドキュメンタリーになっている。
「警察24時」みたいな番組とほぼ同じ作りで、
実際の事件を鑑賞者は「追体験」します。

正直私はこの映画を観るまで、
「ドローン戦の現実がここまで来ていた」とは、
純粋に知りませんでした。

ISなどのテロ組織の最重要人物を「消す」ことが、
米軍のミッションです。
そのへんのスパイ活動については、
「ゼロ・ダーク・サーティ」という、
パキスタンでのビンラディン殺害において、
重要な役割を果たした女性捜査官の実話映画が詳しい。

しかし、ドローン戦についてはこの映画がもっとも良く描いている。
まず、カナブン型の偵察ドローンというのが出てきます。
どこからどう見てもカナブンにしか見えない。
しかしそれは「カメラ」であり、
テロリストが打ち合わせをしている家にまで入ることが出来る。
それを英国と米国の2箇所で、
軍の上層部は観ている。

場所が特定できたら次は爆撃です。
それは無人爆撃がします。
この爆撃機は人工衛星からの、
「人の顔の表情まで見える映像」により、
誤差10センチぐらいで爆撃し、
家をテロリストごと吹き飛ばすことが出来る。
その無人爆撃機を「操縦」するのは、
アメリカのネバダ州にある米軍基地に、
「シフト制勤務」する、
学生ローン免除目的の20代の「新米社会人」二人です。

めでたしめでたし。

、、、ではないのです。

ここには重大な倫理的問題があります。
この家の塀のそばには、
「パンを売る少女」がいます。
もし家を爆撃すれば、
何の罪もない少女は9割の確率で死にます。

しかし今このテロリストを爆撃しなければ、
彼らは実行犯となりショッピングモールで、
数百人の犠牲者が出ることになる(可能性が高い)。

「トロッコ問題」というのがあります。
マイケル・サンデル教授によって有名になりました。
それはこういうものです。
以下に紹介するのは脳科学者の、
マイケル・ガザニカさんの考えたバージョンです。

問題1:
トロッコが5人の作業員に向かって暴走している。
このままだと5人は死ぬ運命にある。
彼らを助ける唯一の方法は、
スイッチを押してポイントを切り替え、
トロッコの進路を変えることだ。
だがスイッチを押すと、
5人は助かるが別のひとりが犠牲になる。
この人を犠牲にしても5人を救うべきだろうか?

問題2:
今度もトロッコが暴走し、作業員5人の命は風前の灯だ。
あなたはトロッコと5人の間で線路上に渡された橋の上に立ち、
隣には見ず知らずの太った人がいる。
その人を線路に突き落とせばトロッコは止まる。
その人は死ぬけれど、5人の命は助かる。
さて、あなたはその見知らぬ人を線路に落として5人を助けるべきだろうか?


、、、二つの問題は客観的には「等価」です。
「5人を救うために1人を犠牲にするのは正しいのか?」

、、、しかし倫理的・主観的に、
あるいは脳科学的には「等価」ではありません。
じっさい、大多数の人は問題1にイエスと答えるが、
大多数の人は問題2にはノーと答えるのです。
二つのシナリオの人数は同じなのに、答えは違ってしまいます。

なぜか?

問題2のシナリオの場合、
あなたは「殺人」に直接加担するからです。

話しを映画に戻しましょう。
虫型ドローンと人工衛星からの映像を通して、
「神の目(アイ・イン・ザ・スカイ)」によって、
状況を観察している英米両軍の軍曹と、
ネバダ州の(誰も殺したことのない)若い兵士2人は、
問題2のシナリオに直面するのです。

ガザニカの思考実験の、「見ず知らずの太った人」が、
今は、「家の前でパンを売る少女」になっただけで、
じっさいに起きていることは同じです。

映画はどう転がるか?

「この少女が死ぬ確率」をめぐって英国と米国の軍曹、
外務大臣、さらに首相まで巻き込んだ論争が起きます。
論争とはいえ時間をかけられません。
テロリストが家から出たらタイムオーバーなのです。
どうしてもテロリストを除去したい英国の軍人は担当者に、
「爆心地をあと1メートルずらすことで、
 テロリストたちは確実に殺した上で、
 少女の致死率を60%以下に下げられないか?」
と交渉します。
英国首相と米国の国務長官は、
「爆撃の指令」を与える権限を持っていますが、
最後まで決断を先送りします。
少女を助けたいからでも、
テロリスト除去を遅らせたいからでもありません。

支持率が気になるからです。
もし爆撃によって何の罪もない一般市民、
しかも純真な少女が死んだ、
ということがマスコミの知るところとなり、
それが一般市民に知れ渡ったら?
それこそ「スノーデン事件」や、
ベトナム戦争のときの米軍の蛮行報道のように、
一気に国内は反戦ムードが高まり、
戦争を推進し爆撃を許可した政治家は、
次の選挙で当選できません。

政府の法務担当者はそれが一番気になりますから、
「少女がここを去るか、
 少女の致死率が0%に近づかない限り、
 爆撃をすることに反対だ」と主張します。

どうしてもテロリストを排除したい軍人、
どうしても責任をとりたくない政治家、
どうしても政府に倫理的ミスを犯させたくない倫理委員、
そしてその間で、
「自分の手で太った男をトロッコのレールに落とすかどうか」
の最終判断を自分以外の誰かに委ねる以外ない、
つい最近まで大学生だったネバダ州の若い二人の「操縦士」。

現場でドローンを操縦する、
米軍に雇われた現地のケニア人は、
指令を受けて少女のパンをすべて買い取ろうとしますが、
地区中にちりばめられたISの諜報員に見つかり、
その企ては失敗します。

「どちらを殺すか」というこの決断は、
この若い兵士が、この後どんな心の傷を抱えるかを考えれば分かるように、
人間にはあまりに「ハード」すぎます。
実は今、これをAIに任せようとしている、
という動きがあります。

爆撃するかどうかは、人間ではなくAIに判断させよう。

これで一件落着でしょうか?

違います。

それは考えが甘すぎる。

そうすると、今度はそのAIをプログラムする人間が、
「トロッコのレールの前の太った男を突き落とす選択をする人」
になります。
私たちはこの「ハードな選択」から逃れることができません。

どこまでいっても、
戦争というのは人間が人間を殺す行為なのです。

ここでアイキュロスの最初の引用が思い出されます。
「戦争の最初の犠牲者は、真実である」

この映画を見終わったとき、
つまり90分の爆撃作戦を終えたとき、
作戦本部長も、英米両軍の軍曹も、
米国国務長官も、英国首相も、
2人のネバダ州の新米兵士も、
現地で雇われたドローン操縦者も
そして鑑賞者も、
「まるで全部の生気が奪われたように」、
身体からエネルギーが失われ、
ぐったりします。

誰も幸せではない。
そして、心がダメージを受けます。

、、、それはなぜか?


いたいけな少女が死んでしまったからではありません。
もちろんそれもある。
しかし、もっと大きな無力感は、
「真実(あるいはその一部)が、
 『大義』によって傷ついた」
のがわかるからです。

人間は、真実が傷つくとき、
自分も傷つくのです。

なぜか?

「この世が生きるに値する場所である」
という確信が傷つくからです。

映画の最後に英国軍の上層部が、
英国の作戦会議本部で、
「われわれがクッキーとコーヒーと共に観たこの戦場は、、、」
と語ります。

彼はこれまでに4度、
自爆テロの現場処理に立ち会い、
転がっている数百の死体を目にしたことのある男です。

「誰も、われわれ軍人に対して、
失ったもの(少女の命)に葛藤していないなどと言えない」と。

その言葉は、コーヒーとクッキーのかわりに、
コーラとポップコーンを手に「世界一安全な場所=映画館」で、
「戦場を観賞」する映画鑑賞者に矢印が戻ってくる作りになっている。

監督はこう言いたいのです。
「この映画を見終わったあなたたちは、
 きっと人権活動家よろしく、
 『現代の戦争の悲惨さ、残酷さ、不正義さ』を叫ぶだろう。
 『いたいけな少女』の命を奪った、
 英米両軍を責めるだろう。
 事の発端となったブッシュ大統領にその非難を向けるかもしれない。
 しかし、忘れてはいけない。
 あなたちは、神経をすり減らすようにして、
 この作戦を『世界一安全な戦場』から見届けた軍人よりも、
 さらに安全な場所=映画館や自宅のカウチにいて、
 ポップコーンとコーラを口に入れている。
 あなたたちに果たして、
 軍人たちに何か言えることがあるだろうか?」と。

『世界一安全な戦場』は、
市民が望んだものです。
それを推進するアメリカ政府を、
選挙という形で支援しているのも、
徴兵制を拒否し、志願制にすることで、
学生ローンを払えない貧困層を過酷な戦場に送り続けているのも、
自分だけは火の粉すら浴びたくないと思っているのも、
私たち市民一人ひとりです。

自分だけはまったく手を汚さず、
「テロのない世界」を望み、
それを担保するために自分の代わりに手を汚す、
戦争の遂行者を非難するのは、
あまりにも虫が良すぎるのではないですか?
というのが監督の言いたいことです。

「ぐうの音も出ない」
とはこのことです。

、、、だから映画を観ないでいい、
とは思いません。
だからこそ、この映画は絶対観た方が良い、
と私は思います。
ギリギリの選択をする兵士の神経をすり減り方を、
たとえバーチャルな体験としてであれ、
追体験したかどうかは、
私たちが次の戦争を始めるかどうかを市民として、
「一票」によって決める祭の、
「良心の差動装置」になると考えるからです。
(4,193文字)



●インターステラ―

鑑賞した日:2019年2月7日
鑑賞した方法:Amazonプライム特典

監督:クリストファー・ノーラン
主演:マーク・マコノヒー、アン・ハサウェイ
公開年・国:2014年(アメリカ)
リンク:
http://amzn.asia/d/1lEniqG

▼140文字ブリーフィング:

クリストファー・ノーラン監督は好きなんですよね。
『ダーク・ナイト』で鮮烈メジャーデビューし、
『インセプション』という大作を成功させました。
『ダンケルク』ではまったく新しい手法で、
有名な第二次大戦のドイツ上陸作戦を新鮮に描いて見せた。

、、、で、これですよ。

大絶賛するレビューも多くて期待しましたが、
正直な話し、私は「んんーーー?」でしたね。

この映画は完全に、
クリストファー・ノーランが考える、
「2001年宇宙の旅」なんですよね。
キューブリックの「2001年・・」に、
「モノリス」という墓石みたいのが出てきますが、
この映画に登場するロボットはまさに「そのもの」です。
露骨なオマージュですね。

映像表現とかは凄いと思うんですが、
あんまり乗れなかったんですよねぇ。

五次元空間、アインシュタイン効果、
未来から現在への人間からのメッセージなど、
「メッセージ」「コンタクト」「オデッセイ」「ゼロ・グラビティ」
など、宇宙がらみの名作映画を想起させる要素が多いのですが、
あくまでストーリーと「何を見せたいか」が大事だと思うんですよ。
その意味でこの映画は何がしたいのかよく分からなかった。

一番の問題は物理学の「時空表現」が、
あまりにご都合主義なところです。
めちゃくちゃリアルなものを撮ろうとしているのに、
タイムトラベル表現が「ドラえもん」レベルなんですよね。
なので「フィクションライン」がどこに設定されているのか、
いまいちよく分からない。

先ほど上げた4作品は全部、
フィクションラインに整合性がある。
だから面白いんですよねぇ。
ちょっとノーラン監督の「中二病」が発動した感じで、
私は乗れませんでしたね。
凡庸な映画でした。

私の映画レビューがいつも自分と逆、
という人は絶対に面白いはずです笑。
その人は観ましょう笑。
(736文字)



●レザボア・ドッグス

鑑賞した日:2019年2月9日
鑑賞した方法:Amazonでレンタル(199円)

監督:クエンティン・タランティーノ
主演:クエンティン・タランティーノ他
公開年・国:1992年
リンク:
http://amzn.asia/d/iRrbp9o

▼140文字ブリーフィング:

友人とタランティーノの話をして、
突如観たくなりました。
『パルプ・フィクション』のほうがエンターテイメント性は高いけれど、
その元となるアイディアはすべてここに詰まってるんですよね。
やはりこの映画の影響力は凄い、
と思いましたね。
タランティーノ以前の映画って、
「劇中のすべてのセリフはストーリーと関係ある」
という「コード(約束事)」があったのです。

タランティーノはそれを破り、
「ストーリーと関係のない雑談」を、
長尺でぶちこむ。
しかもそれがクールで、
なおかつメタレベルではストーリーを補強する、
という、誰もしたことのない技を編み出したのです。

オープニングの全員ダークスーツを来て、
スローモーションシーンで歩くシーンは、
その後の映画作家が「みんな真似した」ほどクールでした。
90年代以降の映画を語る上で外せないマスターピースですね。

先週テレビプロデューサーの藤井健太郎氏の本で解説したとおり、
タランティーノの作品というのは、
あらゆるシーンがあらゆる映画からのオマージュ(パクリ)であり、
サンプリングからなるヒップホップの手法を映画でやっている、
という点において、過去にいたあらゆる映画監督と、
そもそも作り方からして違うのです。
彼がなぜそれを出来たか?
それは彼が映画業界のプロパーなキャリアではなく、
「オタク」出身者だからです。
「オタク万歳!」ですね。
(570文字)



●クワイエット・プレイス

鑑賞した日:2019年2月9日
鑑賞した方法:Amazonビデオで有料レンタル(399円)

監督:ジョン・クラシンスキー
主演:エミリ・ブラント、ジョン・クラシンスキー
公開年・国:2018年(アメリカ)
リンク:
http://amzn.asia/d/8oCDiGU

▼140文字ブリーフィング:

ごめんなさい。
もっと解説したいのだけど、
文字数が制限に近づいてきましたので、
ここからは駆け足で解説します。
最近、後半はいつもこうですね笑。

音を立てると「何か」が襲ってくるという設定が面白く、
その面白さだけで最後まで引っ張っていく映画です。
構造的には『ドント・ブリーズ』という2016年の映画と酷似しています。
設定の矛盾のなさ、物語の建て付けは、
『ドント・ブリーズ』のほうが優れていますが、
エンターテイメント性などではこちらも引けを取りません。

ちなみに、
監督(兼主演)のジョン・クラシンスキーと、
主演のエミリ・ブラントは本当の夫婦だそうです。
奥さんのほうが成功していて有名、
という「格差夫婦」だったのが、
この映画の大ヒットによって、
旦那さんの株が一気に上がったのだそう。
なかなか胸熱ですね。
(344文字)



●ペンタゴン・ペーパーズ

鑑賞した日:2019年2月11日
鑑賞した方法:Amazonプライム特典

監督:スティーブン・スピルバーグ
主演:メリル・ストリープ、トム・ハンクス他
公開年・国:2018年(アメリカ)
リンク:
https://goo.gl/Tmxnmg

▼140文字ブリーフィング:

アメリカ政府が、
「このままではベトナム戦争に勝てない」
というレポートを無視し、
戦線を拡大していたという事実を、
ローカル紙のワシントンポスト紙が報じ、
これに全国紙も追随します。

政府はこれを握りつぶそうとし、
日本で言う「特定秘密保護法」違反だとして最高裁に訴えるが、
最高裁で政府は敗訴するのです。
よく似た映画に、
「スポットライト 世紀のスクープ」
という名作があります。
こちらの場合、スキャンダルは司祭による少年の性的虐待、
「圧力」はカトリック教会とバチカンでしたが。

この映画は監督のスピルバーグ本人が、
トランプ大統領就任を受けて、
「フェイクニュースに対する解毒剤」として撮った、
と自ら語っている映画です。

「大事なニュースというのは、
誰かがそれを圧力でつぶそうとするようなニュースだ」
と劇中のセリフに出てきますが、
それがスピルバーグがもっとも語りたかったことでしょう。
日本も「耳が痛い」話しです。
(394文字)



●みんなのいえ

鑑賞した日:2019年2月20日
鑑賞した方法:Amazonプライム特典

監督:三谷幸喜
主演:田中直樹、田中邦衛、唐沢寿明
公開年・国:2001年(日本)
リンク:
https://goo.gl/reMScy

▼140文字ブリーフィング:

いまいち楽しめなかったですねー。
三谷幸喜映画、昔好きだったんだけどなぁ。
最近あまり刺さらないんですよね。
ただ、「田中邦衛を見るイメージビデオ」としては最高でした。
(81文字)



●ピクセル

鑑賞した日:2019年2月22日
鑑賞した方法:Amazonプライム特典

監督:クリス・コロンブス
主演:アダム・サンドラ―
公開年・国:2015年(アメリカ)
リンク:
https://goo.gl/ecFgkj

▼140文字ブリーフィング:

ずっとばかばかしい映画です。
ずっとばかばかしい映画と分かっていても、
それでもばかばかしいです。
「無」の映画。
純粋な時間の浪費をしたい人には良いチョイスです笑。
(79文字)



●おのぼり物語

鑑賞した日:2019年2月26日
鑑賞した方法:Amazonプライム特典

監督:毛利安孝
主演:井上芳雄
公開年・国:2010年(日本)
リンク:
https://goo.gl/L134U7

▼140文字ブリーフィング:

愛知県で友人が教えてくれて、
東京への帰りの新幹線で鑑賞しました。
私が住む街、東伏見を舞台にしたマンガ原作の映画です。
映画としては、特に語るべきことはありませんが笑、
近所の風景で映画を観られるうれしさがありました。
家から徒歩1分のところに雰囲気の良い喫茶店があるのですが、
そこも重要なシーンで何度も出てきたりして。
東伏見がさらに好きになりました。
(172文字)



▼▼▼月間陣内アカデミー賞▼▼▼

世界一小さな映画賞、
「月間陣内アカデミー賞」を、開催いたします。
主催者、プレゼンターは陣内がつとめます。

作品賞、主演(助演)俳優賞、そしてもうひとつ、
という感じで、ぬるーくやります。
皆さんの映画選考の参考にしていただければ幸いです。


▼作品賞
「アイ・イン・ザ・スカイ」

コメント:

解説の熱量で分かったかもしれませんが、
やはりこの映画は衝撃でしたね。
かなり「消耗する」映画ですが、
観て損はない、というか、
観た人はほとんど「みなが観るべきだ」と思うような、
そんな映画です。



▼主演(助演)男優賞
ダニエル・デイ・ルイス(リンカーン)

コメント:

本物みたいでした。
(本物観たことないけど笑)

リンカーンって痩せていて背が高くて(193cm)、
そして片足が悪かった、
ということが知られています。
そして小さな声でジョークを言う。
そういった史実に基づくリンカーン像が忠実に再現されていたのは、
もちろんスピルバーグの腕前なのですが、
役者の憑依の仕方もすごいものがありました。



▼主演(助演)女優賞
メリル・ストリープ(ペンタゴン・ペーパーズ)

コメント:

ワシントンポスト社が、
ベトナム戦争を終結させ、
後のウォーターゲート事件と、
ニクソン大統領の弾劾にまでつながる流れを作った、
というのはものすごい快挙だったのです。
首都とはいえ、一地方紙ですから。

それをやったときのポスト社の社長は、
ずっと専業主婦だったが、
夫で社主が病死したことをきっかけに、
「いちども社会で働いたことのない女性」だった、
ということが物語をさらに面白くします。
しかもそれが実話だというのが凄い。

この社長を演じたのがメリル・ストリープなのですが、
彼女の演技により「世間知らずだが純粋」
「この記事を出すと会社が潰れるかもしれないが、
 それでもやるべきことをやる」
という決断に多義性を生んでいます。



▼その他部門賞「撮影技法賞」
「ベイビー・ドライバー」

コメント:

これは完全にやられました。
めちゃくちゃクールです。
自分が映画監督だったら、
真似したくなりますもん笑。


無料で新品に交換できるとしたら

2019.07.17 Wednesday

第081号   2019年3月5日配信号

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
■1 今週のオープニングトーク
::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::

▼▼▼無料で新品に交換出来るとしたら、、、?▼▼▼

メルマガ読者の皆様、こんにちは。
今週も質問カードから行ってみましょう!

▼質問:
「今家にある何かを無料で新品と交換できるとしたら何を選びますか?」


、、、さて。

いかがでしょう?

こういうとき、「とりあえず高価なものを、、、」
と考えるのは野暮というものです。
そういう「謎のコスパ意識」を卒業するところから、
本当の幸せが見つかるのです。

そうですねぇ。

3つ思い浮かぶかな。

1.ソファ

2012年に結婚して、
私はソファというものを、
初めて自分のお金で買いました。

結婚と同時に引っ越した家のリビングに置くために。
それまではずっと、「シングルベッド兼ソファ」でしたから。
たいてい一人暮らしのひとはそうだと思いますが。

たしか、「ニトリ」で、
5万円台ぐらいで買いました。
3人掛けのやつ。

7年が経った今、
そのソファはまだ現役ですが、
クッションがへたってしまったんですよね。
1度、DIY的に、ポリウレタンのシートを買って、
補強したりしたのですが、
やはり「バネ」がへたっているので、
やはり気休め程度にしかならず。

ニトリさんがクッションだけ別売りしててくれると良いのだけど、
それをしてないわけですよ。

、、、まぁ、生活に直接影響するわけではないので、
優先順位的には低いですが、
ソファが新品になったら嬉しいな、とは思います。


2.冷蔵庫

、、、次は冷蔵庫ですね。
今私の家にある冷蔵庫は、
私が東京で一人暮らしをはじめた、
2009年に買ったもので、
10年間使っています。
私は独身時代から料理好きだったので、
一人暮らしのわりには大きめの冷蔵庫でして、
結婚してからも使い続けています。

ただ、子どもが生まれるとさすがに「手狭」な感じはします。
妻が頑張って収納効率を上げたりしてくれていて、
それで延命している感じですが、
これも新しくなったらもちろん嬉しい。

特に、冷凍庫が上の段、冷蔵庫が下の段、
そして両方ともドア開き、
というのが不便です。
冷凍庫からなだれのように落ちてくる「ラップ白米(凶器)」に、
頭を直撃されたり、足を直撃されたことも何度もあります。

冷凍庫はやはり一番下の段で、
引き戸し気になってるやつが使いやすいと思います。


3.デスクチェア

ライムグリーン色の、
私の仕事用デスクチェアも冷蔵庫と同じ理由で、
2009年に購入しました。
ニトリで5,000円ぐらいのやつ。
機能的にはまったく不満ないですが、
素材の劣化により、
なにやらボロボロと緑の「カス」が出ます。
尋常じゃない量出ます。

私の書斎を「ローラークリーナー」で掃除すると、
緑のカスの多いこと多いこと。
でも、座れるし、まぁいっか。

という状態をかれこれ4年ぐらい続けていますね。
新品になったらもちろん嬉しいですよ、そりゃ。


、、、というわけで、
我が家の「新品になったら嬉しいものたち」でした。
でも、「トイストーリー」を見てからというもの、
私はこういった古くなった家具たちを、
愛情をこめて使わなきゃなぁ、
天寿を全うさせてやらなきゃなぁ、
と思うわけです。
なのでまだまだ活躍してもらう予定。

以上!

陣内が先週読んだ本 2019年2月5日〜16日

2019.07.11 Thursday

第080号   2019年2月26日配信号

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
■2 陣内が先週読んだ本 
期間:2019年2月5日〜16日
::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::

先週私が読んだ本(読み終わった本)を紹介していきます。
一週間に一冊も本を読まない、
ということは、病気で文字が読めなかった数ヶ月を除くと、
ここ数年あまり記憶にないですから、
このコーナーは、当メルマガの
レギュラーコーナー的にしていきたいと思っています。
何も読まなかった、という週は、、、
まぁ、そのとき考えます笑。

ただ紹介するのも面白みがないので、
twitterに準じて、
140文字で「ブリーフィング」します。
「超要約」ですね。
(どうしても140字を超えちゃうこともあります。
 140文字はあくまで「努力目標」と捉えてください笑。)

忙しい皆さんになり代わって、
私が読んだ本の内容を圧縮して紹介できればと思います。
ここで紹介した本や著者、テーマなどについて、
Q&Aコーナーにて質問くださったりしたら、
とても嬉しいです。


●【映画パンフレット】こんな夜更けにバナナかよ 愛しき実話 

読了した日:2019年2月5日
読んだ方法:池袋の映画館で購入

著者:前田哲監督
出版年:2018年
出版社:松竹映画

リンク:
https://goo.gl/mEpU1C

▼140文字ブリーフィング:

映画館でパンフレットを買ったのは、
初めてかもしれません。
1月の「観た映画」コーナーでもご紹介した、
『こんな夜更けにバナナかよ』を、
ひさしぶりに、私は妻と二人で池袋の映画館で鑑賞しました。

映画の医療監修をしたのは私の友人で、
監督の前田さんには、
11月に札幌でお会いしました。
なので、パンフレット、そりゃ買うでしょ、
というわけで買いました。
当然友人も執筆しており、
買って得した気持ちになりました。

主演の大泉洋さんが、
主人公の筋ジストロフィー患者の鹿野さんは、
果たして「わがまま」だったのかどうか?
ということを自問しているんですよね。
これが面白い。


→P7 
〈この映画は鹿野さんがわがままだから
成り立っている映画だと思うですが、
究極のことを言うと、鹿野さんはわがままではないんです。
実は撮影初日に、鹿野ボラだった方たちにお会いして
「鹿野さんは別にわがままじゃなかったですよ」と言われ、
「え?それじゃあ映画にならないんだけど」と思いました(笑)。

鹿野さんは“普通に生きたかっただけ”なんですね。
彼が目指したのは、
障害があっても普通の人と同じようなことが出来る世の中。
だって“真夜中にバナナを食べる”ってことも、
健常者にとってはわがままではない。
食べたくなったときは食べればいいわけですから。
そこで「動けないんだから我慢しなさい」
というのは健常者の理論なんです。

一見わがままに聞こえるけど、
わがまま言うしかない。
そうしないと世の中は変わっていかないというのが、
鹿野さんの考えだったんです。〉


、、、駅のエレベーターについて、
原作者の渡辺一史さんはこんなことを書いています。

→P14 
〈おそらく平成の時代に生まれた人たちは、
駅にエレベーターがあるのは
「当たり前」と思って生活していることでしょう。
しかし、駅にエレベーターがあるのは
“自然の流れ”でそうなったわけでも、
鉄道会社や行政の”思いやり”でできたわけでもありません。

30年以上にわたる障害者の耐えざる運動によって、
ようやく実現しました。
それ以前は、行政も市民も
「障害者のためにそんな高価な設備を付けるのは不可能だ」
と考えていたからです。
こうした駅の段差解消のための運動は、
1970年代から全国各地で巻き起こり、
2000年に「交通バリアフリー法」(現・バリアフリー新法)
という法律制定に結びついたことで、
一定数以上の利用客のある駅での設置が義務づけられた経緯があります。
どこの街でも、そこに住む障害者が闘いを重ね、
勝ち取った成果を、私たちは知らず知らずのうちに享受しているのです。〉


、、、今の常識から考えれば「非常識」ですが、
40年前の日本では、
「障害者のために駅にエレベーターを設置する」ことは、
「わがまま」だと思われていたのです。

では、夜中にバナナを食べることは?
好きな女の子を誘ってデートに行くことは?
カラオケで歌うことは?

、、、障害者、疾病当事者の声が、
「おもしろい」というと違うかもしれませんが、
「注目すべき」なのは、
彼らの声が単なる声ではないからです。
それらは「預言」だと私は思っています。
彼らの声は、健常者から見た「常識」が、
未来の価値観からすると非常識かもしれない、
ということに気づかせてくれる、
天からのアラーム音だと私は捉えています。
渡辺さんはこんなことを言っています。

→P14 
〈大切なことは、自立生活をする障害者たちが、
従来の「自立」という言葉の意味を
ひっくり返すような主張を込めていたことです。

従来、自立というのは、
「他人の助けを借りずに、
自分で何でも出来ること(身辺自立と言います)」、
あるいは
「自分で収入を得て生きていくこと(経済的自立と言います)」
を意味していました。

しかし、そうではなくて、自立というのは、
自分で物事を選択し、自分の人生をどうしたいかを自分で決めること、
そのために他人や社会に堂々と助けを求めることである。
彼らが、そんなふうに「自立」の意味を180度転換してくれました。

主演の大泉洋さんはこう語っています。
「こんなにいろいろ考えさせられた作品はなかった。
一番シフトチェンジしたのは、
迷惑かけるのってそんなにダメ?と思うようになったこと。
これからは子どもに『できないことは人に頼りなさい』と教えると思う。
そして、頼られたときに応えられる人でありたい、と思う」〉


、、、人に迷惑をかけちゃいけません、
という「日本教の第一戒」は、
実は社会を非常に窮屈なものにしています。
鹿野さんは、そしてこの映画は、
そんな日本社会への「預言者の声」なのです。
(1,857文字)



●プラットフォーム革命 経済を支配するビジネスモデルはどう機能し、どう作られるのか

読了した日:2019年2月8日
読んだ方法:図書館で借りる

著者:アレックス・モサド、ニコラス・L・ジョンソン
出版年:2018年
出版社:英治出版

リンク:
https://goo.gl/5rTR1G

▼140文字ブリーフィング:

これはかなり有名なビジネス書ですから、
読まれた方もいるかもしれません。
本書で言う「プラットフォーム革命」とは、
「プラットフォーム企業による産業革命」
というような意味合いです。

2000年代以降、
従来のビジネスモデルがことごとく通用しなくなっている、
というのはビジネスの現場にいる人が口をそろえることですが、
その背景にどんな理由があるのか、
ということを本書は明らかにします。
変化の時代に生き残るには、
変化の理由を知らなければならない。
その理由について説明するのが本書だ、というわけです。


→P14 
〈ノキアの全盛期から現在までの間に、
企業の経営環境は根本から変わった。
業界のトップ企業も、数年後には落ちこぼれる可能性がある。
60年前、アメリカの代表的株価指数S&P500種を構成する企業の
「平均寿命」は50年だったが、今は15年以下だ。
この大変動は、既存の企業にとてつもないリスクと、
巨大なチャンスをもたらす。
この時代の変わり目を最大限に利用するには、
その変動がなぜ起きているのか、
どうすれば利用できるのかを理解する必要がある。
あなたにその知識をもたらすこと、それが本書の最大の目的だ。〉


、、、現代世界の「四大企業」は、
20世紀とは様変わりしています。
20世紀の巨大企業は、
自動車会社、鉄鋼会社、石油会社、電話会社でしたね。
現在の四大企業は「AGFA」と言われます。
アップル、グーグル、Facebook、アマゾンです。
この四つの企業に共通するのが、
すべて「プラットフォーム企業だ」ということです。
つまり、「変化の時代」の勝者は、
プラットフォーム企業に変身できたか、
あるいはプラットフォーム的な企業として創業したか、
さもなくば既存のプラットフォームを上手く利用するか、
この三択になります。


→P15〜16 
〈これから長期にわたり、
新しいビジネスモデルが伝統的な組織構造を脅かすだろう。
この新しいビジネスモデルとは、プラットフォームだ。
 (中略)
プラットフォームは消費者とプロデューサー
(モノやサービスやコンテンツを作ったり提供したりする人)を結びつけて、
モノやサービスや情報の交換を可能にする。
たとえば、イーベイ(eBay)は買い手と売り手を結びつけるし、
iOSやアンドロイドは消費者とアプリ開発者を結びつける。
ウーバー(Uber)は乗客とドライバー、
エアビーアンドビー(Airbnb)は旅行者と住宅所有者を結びつける。
こうしたプラットフォームは新しい市場を作り、
そのネットワークとビジネスを、
ごく最近まで想像もできなかった規模に拡大した。〉


、、、ではそもそも、プラットフォームとは何か?
本書の定義を引用します。


→P49 
〈プラットフォームとは何か。
それは複数のユーザーグループや、
消費者とプロデューサーの間での価値交換を円滑化するビジネスモデルだ。〉

→P62 
〈究極的には、プラットフォームは
取引を円滑化することによって、価値を創造する。
直線的なビジネスが、
商品やサービスを作ることで価値を生み出すのに対して、
プラットフォームはつながりを作り、
取引を「製造する」ことで価値を生み出す。

GMは自動車を作るが、ウーバーはドライバーと乗客の取引を作る。
ただし輸送そのものをするのではなく、
ドライバーと乗客の繋がりと、両者間の価値交換を円滑化する。〉


、、、20世紀的な直線的ビジネスが生む「価値」は、
「モノやサービス」でした。
しかし、モノやサービスがコモディティ化し、
それらは「低価格化」ぐらいしか魅力がなくなった世の中で、
21世紀的な企業が立ち現れた。
彼らが提供する価値は「取引」だというのです。
つまりユーザー同士の取引コストを低下させる、
ということが、巨大な価値を生むということに、
いち早く気づいたグーグル、アマゾン、アップル、Facebookは、
21世紀の巨大企業になりえたのだ、ということです。


、、、残り文字数が足りなくなってきたので、
本論の詳細には立ち入りません。
今後解説することがあるかもしれないし、
ないかもしれない笑。

私が最も興味深く読んだのは、
プラットフォーム時代の企業経営が、
もはや「公共政策」に接近している、
というところでした。
つまり、Facebookの運営は、
会社経営というより、
もはや政府に近いのです。

引用します。

→P196〜197 
〈(ライアン)サーバーがツイッターにいたのは、
ツイッターが飛躍的な成長を遂げてIPOを果たすまでの2009〜13年だった。
「当時、ツイッターのチームによく言っていたのは、
私たちは市長だと言うことだ」と、サーバーは語る。
「私たちの仕事は、会ったこともない人たちから、
最善の行動や最善の結果を引き出すインセンティブと
逆インセンティブを作ることだった」サーバーは事実上、
ツイッターの開発者コミュニティ向けの公共政策を作っていたわけだ。

こうした姿勢は、
プラットフォームのリーダー的役割を果たす人たちに驚くほど共通する。
それはマーク・ザッカーバーグが、
シェリル・サンドバーグ(クリントン政権で財務長官のもと働いた経歴を持つ)
を最高執行責任者(COO)に雇った最大の理由でもある。
「長い時間をかけて、彼女が政府でした仕事の話を聞いた」と、
ザッカーバーグは言う。
「多くの意味で、フェイスブックは伝統的な会社よりも政府に近い。
私たちは巨大なコミュニティーを持ち、
他のどんなテクノロジー企業よりも本気で政策(ポリシー)を作っている」

サーバーも同じ考えだ。
「それまで私は、ポリシー関連の仕事をしたことは一度もなかったし、
その後ポリシーがいかに重要になるか考えもしなかった。
でも、いつの間にか、
ポリシー作りが私たちの仕事の大部分を占めるようになっていた」。
サーバーの仕事は事実上、
ツイッターの開発者コミュニティーの市長になることだった。〉
(2,369文字)



●悪意とこだわりの演出術

読了した日:2019年2月8日
読んだ方法:図書館で借りる

著者:藤井健太郎
出版年:2016年
出版社:双葉社

リンク:
https://goo.gl/CiifgK

▼140文字ブリーフィング:

「水曜日のダウンタウン」は、
私が今最も楽しみにしているテレビ番組のひとつです。
(私は普段テレビは一分も視聴しませんが、
 毎週録画している3〜5本ぐらいのお笑い番組は、
 撮りためておいて、ひとりで食事するときとか、
 夕食後、たまたま子どもが静かにしてるときとかに、
 ハイライト式に一気に見ます。
 これはお笑いルポライターとしての「勉強」として)

、、、で、「水曜日のダウンタウン」って、
探偵ナイトスクープと同じで、
演者ではなく作り手の力によって面白くなってる番組なんですよね。
ナイトスクープの探偵さんは面白いし、
水曜日のダウンタウンのクロちゃんやフジモンや小宮は面白いんだけど、
あくまで「パーツ(素材)」として面白いのであって、
それを料理する作り手の「やりたいこと」がハッキリ見える。

こういう番組は現代のテレビでは、
全体の1%にも満たないでしょう。
それが私がテレビを見ない理由なのですが。

、、、で、この番組のプロデューサーに私は興味を持ち、
彼が書いた本書を手に取った次第です。
彼の番組の手法は、「サンプリング世代の番組作り」という意味で、
前世代のそれらと一線を画する、というのが、
この本を読んで「なるほど」と唸ったことです。

サンプリング的手法というのは、
言い換えれば「ヒップホップ的手法」でして、
つまり様々な名作や古典などのアーカイブから、
切り取ってきてコラージュするという作り方です。
これを映画の世界で初めてやったのが、
クエンティン・タランティーノです。
日本のテレビ番組では彼が初めてなのかもしれません。


→P32〜33 
〈「サンプリング世代の番組作り」
 自分に何かをゼロから生み出す能力があるとは思っていなかったけれど、
昔から面白いモノや良いモノをジャッジする能力、
センス的な部分には少しだけ自信がありました。
ヒップホップ以降のモノ作りには、
引用やオマージュといった手法があらゆるジャンルで用いられていますが、
テレビにおいても、ある程度パターンが出尽くした中で、
どうやって、すでに存在するモノを違う文脈で使って新しい魅力を引き出すか、
いかに新しい表現に結びつけるかは重要なポイントだと思います。

そのときに必要になるのが過去のインプットです。
もちろん、そんなつもりで溜め込んでいたわけではありませんが、
カルチャー全般に興味があったので、
テレビはもちろん、音楽や本、映画
・・・そういったインプットの量は多い方だと思います。

ただし、なんでもかんでも覚えていけば良いわけではなく、
やはり自分の中での「面白いこと」のストックを
たくさん作っておくことが大事です。〉


、、、サンプリング的手法で何かを発信するというのは、
レンタルビデオ屋の店員をしながら、
浴びるほど過去の名作映画を観たタランティーノを考えるまでもなく、
「分野横断的な膨大なインプット」が前提になります。

私は多分「無限に文章を書けます」し、
今はYouTube動画を撮っていますが、
「無限に話し続けられ」ます。
それは、「インプットの幅と深さがある閾値に達した」
ことと関係あると思っていて、
藤井さんやタランティーノの感覚というのはなんとなく分かります。
レゴのパーツ数がある桁に達すると、
あらゆるものを組み立てられるとか、
腐葉土の量が一定数を超えると、
輪作によって春夏秋冬作物が実り続けるのと同じです。
(1,364文字)



●ぼぎわんが、来る

読了した日:2019年2月9日
読んだ方法:図書館で借りる

著者:澤村伊智
出版年:2015年
出版社:角川書店

リンク:
https://goo.gl/eDGqu4

▼140文字ブリーフィング:

私は分野横断的にあらゆるインプットをします。
特に読書は、「読書家」のなかでも、
かなり守備範囲の広い方だと思います。
私より「深く」読んでいる人はけっこういます。
特に学者なんかはそうでしょう。
特定の分野に関する読書の深さでは学者には太刀打ちできない。
でも、「広さ」ではあまり負けることがありません。
数学の本から芸能人のエッセイまで、
神学書からビジネス本まで、
純文学から筋トレの本まで、
ありとあらゆる分野の本を読んでいます。
なかんずく、
「こんなのも読むの!?」というひとつが、
「ホラー」ですね。

「そこはさすがに手を出さないなぁオレは」
と、読書好きな知人・友人からも、
若干引き気味のリアクションをいただくこともある笑。

でもホラー、好きなんですよね。
「リング」もシリーズ全部読みましたし、
貴志祐介の「黒い家」はすべてのジャンルで、
最も面白かった中の一冊です。

、、、なぜ、ホラーが面白いのか?
多分皆さん興味ないと思うけど、
その「構造」をご説明したいと思います。
私は「構造フェチ」なので、
「なんでそれが面白いのか?」という、
構造的な理由を言語化するのが一番好きなのです。

突然ですが世界で最も有名なホラー作家は多分、
スティーブン・キングでしょう。
彼は「IT」や「シャイニング」を書いたホラー作家でもあり、
「スタンド・バイ・ミー」、「グリーンマイル」、
「ショーシャンクの空に」
(原作タイトルは「刑務所のリタ・ヘイワース」)などの、
ヒューマンドラマ作家でもある。

彼はジキルとハイドのように、
ほっこり心温まる話しを書く人格と、
戦慄する恐怖を書く人格を、
使い分けているのでしょうか?

私の仮説は、「そうではない」です。

そうではなく、キングはずっと、
「人間の奥深く」を描きたいと思っているのです。
人間の奥深くを描くとき、ある種のテーマについては、
「ホラーという容れ物を借りる」のが最も効率的だ、
ということをスティーブン・キングはよく知っているのです。

どういうことか?

古今東西「怪談」というものがあります。
現代はそれがホラー映画やホラー小説になっている。
それらは「何のためにあるのか?」を考えるのが重要です。
逆に言えば人間はなぜ怪談を必要とするのか?
ということです。

フロイト精神分析の基本に、
「投影(投射)」というものがあります。
人間は自己の内面を直視することに耐えません。
そこには自分ですら目を背けたくなるような醜いものがあるからです。
歪んだ自己愛、嫉妬、憎しみ、思い上がり、殺意、執着心、強欲、etc...
そこで、それらを無意識の領域へ押しやります。
これを心理学用語で「否認」と言います。
しかし、「否認」した本人は無意識では、
それが「ある」ことを知っているのです。

そこで否認した人というのは、
無意識に押しやった自分の醜悪な性質を、
何か他のものに投影します。
それが自分と似た誰かだった場合、
「同族嫌悪」という状態になります。
つまり、「あの人のああいうところが本当に嫌だ」
という「ああいうところ」というのは、
まさに自分が否認した自分自身の性質だ、ということですね。

しかし、投影は必ずしも他の人間だけに向かうのではありません。
それが「幽霊」「怪物」「ゴースト」、なんでもいいですが、
「この世ならぬもの」としての幻影をつくり、
そこに投射される場合もあります。
人間の内面は何よりも怖ろしいので、
実は「この世ならぬもの」のほうがちょっとマシなのです。
これが、古今東西、昔も今も、人が幽霊を見てきた理由のひとつだと、
私は思っています。

少なくともスティーブン・キングは、
この構造を把握している。
だから「この世ならぬもの」を語ることで、
実は読者に、人間の内面の現実を知らしめているわけです。
でなければ、時代を問わず、
ホラーがこんなにも読まれる理由は説明できません。

、、、なので、
私はオカルト現象に興味があるのではなく、
オカルト現象を必要とする人間の心の中に興味があるのです。
そういう人にとって、この澤村伊智という新人作家は、
「彗星のように現れた非凡な書き手」だと思います。

本作でも、「ぼぎわん」という化け物が、
家庭内暴力や虐待などの心の闇の映し鏡になるよう、
緻密な設計が施されています。

今私が説明したようなことを、
本作に登場するオカルトライターが語っているシーンを引用します。


→P238〜239 
〈唐草は不審そうな顔で答えた。話の着地点が分からないのだろう。
 「三流オカルトライターっぽく、ザックリ言わせてもらえば」
俺は自嘲の笑みを浮かべて、
「ドッペルゲンガー」というやつのバリエーションなんですかね?
自分そっくりの存在を目撃してしまう、
見て数日後には死んでしまうという、
古今東西あまねく伝わる現象ですが・・・?」
 「専門にしてる先生もいらっしゃるよ。で、それが?」
 唐草はうんざりした口調で訊いた。
 俺は彼の後ろ、窓の外を眺めながら、
 「トモカヅキは海女を海の底にひきずりこみ、
殺してしまうという。だからトモカヅキを目撃した海女は、
それ以降は基本海に潜らなくなる――いわばセミリタイヤしてしまう。
まあ、生き死にに関わる体験をしたんだから、当然といえば当然です。
しかし面白いのは、目撃した海女だけでなく、
目撃談を聞いた他の海女たちも、
しばらく仕事を休むという言い伝えだ。この恐れ方は尋常じゃない」
 と、一気に言った。
 唐草は黙っている。俺は彼の目を見据えて、
 「先生、トモカヅキはなぜそれほどまだに恐れられているんでしょうね?」
 「まあ、ただでさえ海は怖いからね。
トモカヅキが出ようが出まいが、ずっと潜ってたら死んでしまう」
 彼は溜息交じりに言った。
真剣に考えて答えるつもりはないようだが、
それでいてでたらめな回答をしない――
一定の真実を踏まえているあたり、
どんな状況にあっても仕事に関しては真面目なのだろう。立派なものだ。
 「なるほど。トモカヅキは海に対する畏怖そのもの、
というわけですか。先生の解釈によると」
 「安直な思いつきだ。仮に裏が取れたとしても、学術的な価値はないよ」
 「俺の考えでは違います」
 そういって、俺は唐草の机に両手をついた。上から見下ろす。
 こちらの出方を伺う彼を見ながら、俺は、
 「昔から人間は考えていた。自分そっくりのモノは恐ろしいと。
見てはいけない。見たら死んでしまうとすら言い伝えていた。
それは何故か?今の俺には分かる。少なくとも、分かる気がします」
 一呼吸置いて、
 「それは――自分の醜さや、おぞましさや、
弱さや愚かさを目の当たりにするのは、
耐えがたいほど苦痛だからです。
先生を見ていて嫌と言うほど分かりましたよ。
おかげさまで今は最悪な気分です。」〉
(2,700文字)



●ポスト・モダンの条件 知・社会・言語ゲーム

読了した日:2019年2月12日
読んだ方法:図書館で借りる

著者:ジャン=フランソワ・リオタール
出版年:1989年
出版社:水声社

リンク:
https://goo.gl/KRoG53

▼140文字ブリーフィング:

「ポストモダン」とはもともと建築用語ですが、
思想の世界でこの言葉が使われるようになったのは、
リオタールの本書が最初だと言われています。
前から読みたかったので読んでみましたが、
怖ろしく難解で、マジでほとんど何言ってるのかわかりませんでした笑。
サンドウィッチマンの富澤さんのごとく、
「ちょっと何言ってるか分からないんですけど」
と、心の中で何度も言いました。
分かったセンテンスが2行ぐらいあったので笑、
それをご紹介します。

→P8〜9 
〈極度の単純化を恐れずに言えば、
《ポスト・モダン》とは、まずなによりも、
こうしたメタ物語に対する不信感だと言えるだろう。〉


、、、「メタ物語」というのは「大きな物語」とも言われます。
19世紀と20世紀の前半は、「近代」や「啓蒙」という、
「大きな物語が成立し得た時代」だった。
しかし20世紀後半のポスト産業社会においては、
「大きな物語」が崩壊した。
人々はそれから「小さな差異」を語るようになる、
というのがポストモダンの解説の定型です。

本書を手にとって一番良かったのは、
訳者あとがきの解説での指摘でした。
上に書いたことはすべて「近代思想という学問的には正解」なのですが、
「近代」が終わり「ポストモダン」という時代が来たのだぁ!!
という語り口そのものが、「メタ物語的」であり、
モダンのパラダイムに生きていることの証左だ、
ということを訳者が解説していて、
それは「なるほどなぁ」と唸ってしまいました。
(601文字)



●暇と退屈の倫理学

読了した日:2019年2月13日
読んだ方法:図書館で借りる

著者:國分功一郎
出版年:2015年
出版社:太田出版

リンク:
https://goo.gl/kafvVN

▼140文字ブリーフィング:

著者の國分功一郎氏は、
2017年に『中動態の世界』という本を書いています。
これがまぁ、べらぼうに面白いわけです。
それで、1つ前のこの本を手に取りました。
『中動態の世界』ほどではありませんでしたが、
不思議と引き込まれる本でした。
ポスト産業社会における「生き方」の指南書、
と言っても良いかもしれません。

『ファイト・クラブ』というデビッド・フィンチャー監督の映画があります。
この映画の主人公はエリートサラリーマンですが、
「忙しいが絶望的に退屈」な状態を過ごしています。
彼は高級マンションに住み、家に北欧家具をコレクションしています。
「記号的消費」が彼にとっての一時的な鎮静剤ですが、
その消費をするためにはさらに忙しく働かなければならない。
彼のように忙しいビジネスマンによって、
さらに「記号的消費のための商材」は世の中に増えていく。
「大量消費・大量生産」を錦の御旗とする近代消費社会の歯車は、
すべてを破壊したい衝動に駆られるほどに、
「疎外」された状態にある。

彼は寝る暇もないぐらい忙しいが、
同時に絶望的に退屈している。

この人はでは、どのように生きたら良いのか?
というのをハイデッガーやユクスキュルといった、
哲学者たちの言説を解説、発展させることで、
ひもといていこうとする試みです。

「じゃあ、どうすれば良いの?」
という結論だけ求める人は、
まずは本書を読みましょう。

何かというと答えを急ぐその人は、
ファイト・クラブの主人公のメンタリティに近い、
「疎外された人間」の可能性が高いので。
(635文字)



●ずうのめ人形

読了した日:2019年2月13日
読んだ方法:図書館で借りる

著者:澤村伊智
出版年:2016年年
出版社:角川書店

リンク:
https://goo.gl/e1fdwy

▼140文字ブリーフィング:

「ぼぎわんが、来る」があまりに面白かったので、
こちらも手に取りました。
現代の問題と「ホラー」を融合させる著者の手際は見事です。
本書はホラー要素もありますが、ミステリー要素が強く、
謎によって読者を引っ張っていく話にドライブ感があります。
(117文字)



●自分では気づかない、ココロの盲点 本当の自分を知る練習問題80

読了した日:2019年2月5日
読んだ方法:図書館で借りる(2回目)

著者:池谷裕二
出版年:2016年
出版社:ブルーバックス

リンク:
https://goo.gl/euVVvh

▼140文字ブリーフィング:

前回本コーナーでご紹介した、
「パパは脳研究者」が面白かったので、
本書も手に取りました。
Evernoteの読書ノートを見返してみると、
なんとこの本、既に読んだことありました笑。
こういうことって、けっこうあります。
「読書家あるある」ですね。
以前買った本をもう一度買う、
っていうこともあるぐらいですから。

2度目に読むことがムダかというとそうではない。
1度目に読んだときから、自分は変わっているわけですから、
「別人」が読んでいるわけです。
別人が読んでいるので、発見することも違う。

この本は、「人間の認知の誤謬」にもとづく勘違いを、
延々と紹介していく、というものです。
そしてほとんどが「自己奉仕バイアス」に関わるものです。

人間の認知というのは、
「自分をえこひいきするように」歪んでいます。
頭の良い人とそうでない人の違いというのは、
端的に言うと、自己奉仕バイアスを、
自覚しているかそうでないかの差です。

つまり頭の良い人というのは、
「自分には自分が正しい(能力があるetc.)と思うが、
 それは自己奉仕バイアスのせいかもしれない。
 客観的に見れば、自分はさほど正しくない(能力がない)
 かもしれない。」
と思える人のことです。

頭の良くない人というのは、
自分の自己奉仕バイアスにダマされる人のことです。
その人は端的にこう言います。
「自分は正しい。
 自分は能力がある。
 自分は天才だ。」

つまり「自分は天才だ」と言っている人は、
たいていバカだ、ということになります笑。
「自分は傲慢だ」と言っている人ほど謙虚であり、
「自分はたいしたことない」と言っている人ほど、
実は能力があるのは世の常ですが、
それは「自己奉仕バイアス」と関係があります。

本書の扉に、
「神よ、他人が自分を見るように自分が見える能力を、
我らに与え給え」という、スコットランドの詩人、
ロバート・バーンズという言葉が紹介されていますが、
この言葉の意味は深いです。

「自己奉仕バイアス」がどんなものかがわかる、
以下の箇所をご紹介します。

→P98 
〈脳は、成功を「自分の手柄だ」と思い、
失敗を「他人のせいだ」「不可抗力のせいだ」と解釈します。
次の例を見れば、思い当たるでしょう。

・人がやらないのは怠慢だから。
 自分がやらないのは忙しいから。

・人が出世したのは運が良かったから。
 自分が出世したのは頑張ったから。

・人が時間をかけるのは要領が悪いから。
 自分が時間をかけるのは丹念だから。

・人が上司に受けが良いのはおべっか使いだから。
 自分が上司に受けが良いのは協力的だから。

・人が仕事が出来ないのは才能がないから。
 自分が仕事が出来ないのは上司がアホだから。

・人がテストに失敗したのは勉強不足だから。
 自分がテストに失敗したのは難しかったから。

・人が言われていないことをやるのは出しゃばりだから。
 自分が言われていないことをやるのは積極的だから。

 脳は自尊心を保つために、
知らぬ間に心地よい理由を創作します。〉
(1,204文字)



●絶望読書 苦悩の時期、私を救った本

読了した日:2019年2月14日
読んだ方法:図書館で借りる

著者:頭木弘樹
出版年:2016年
出版社:飛鳥新社

リンク:
https://goo.gl/BT4W42

▼140文字ブリーフィング:

この本はメルマガ読者の方から紹介してもらいました。
めちゃくちゃ面白かったです。
文字数の関係で詳説はまた別の機会に譲りますが、
本書のユニークな点は、
以下のまえがきを引用するだけで
十分分かっていただけるかと思います。


→P4〜6 
〈絶望した瞬間から立ち直りが始まるわけではなく、
 絶望したままの期間というのがあります。
 こういう時期を一体どう過ごせば良いのか?
 自分が絶望したとき、それがわかりませんでした。
 
 絶望からどうやって立ち直るのかという本はありました。
 励ましてくれるような本もありました。
 絶望するな、という本もありました。

 でも、絶望している期間を、
 どう過ごせば良いのか、という本はありませんでした。
 絶望において、一番大切なのは、
 じつはこの時期の過ごし方だと私は思います。
 
 立ち直り方というのは、つまりは、倒れた状態から、
 いかに起き上がって、また歩き出すかということです。
 でも、人は一旦倒れてしまうと、
 そうすぐには起き上がれないときもあります。
 その起き上がれないときを、倒れたままでいるときを、いかに過ごすか。
 それが結局は、立ち直りにも一番大きく影響します。
 深い絶望から、無理に早く浮かび上がろうとすると、
 海に潜っていて、時間をかけずに海面に急上昇したときのように、
 かえって悪影響があります。
 
 そこで、自分自身の十三年間の絶望体験をもとに、
 絶望の期間をどう過ごせば良いのかについて書いてみました。
 過去の自分がそういう本を読みたかったからです。
 あくまで個人的な体験や思いに基づいたものに過ぎません。
 それでも、絶望のさなかにある人の、
 いくらかでもお役に立てれば幸いです。〉


、、著者は大学時代に難病を患い、
13年間の闘病生活を送ります。
その中で気づくのです。
世の中にあふれる本には、
「絶望から立ち直った人の話」は溢れているが、
「絶望している本人の語り」はほとんど存在しない、と。

著者は「絶望している本人たち」を、
物語の中に発見していきます。
それはドストエフスキーであったり、
フランツ・カフカであったり、
ヘルマン・ヘッセといった作家の「古典」でした。

「古典」は理由があって古典になっています。
つまり時代を超えて読み継がれてきた、ということです。
それはなぜか?
人は絶望したときに絶望の物語を必要とする。
しかし、それは物語という形を通してしか語れないのではないか。
それが著者の発見でした。

私もまた絶望には詳しい方なので、
著者の意見に賛同します。
私も自分の「絶望読書」を、
いつか書いてみたいと思いました。
(1,039文字)



▼▼▼リコメンド本「今週の一冊」▼▼▼

ご紹介した本の中から、
「いちばんオススメだったのは?」という基準でリコメンドします。
「いちばん優れていた本」というよりも、
「いちばんインパクトの大きかった本」という選考基準です。
皆さんの書籍選びの参考にしていただけたら幸いです。


▼今週の一冊:絶望読書

コメント:

これは面白かったです。
3月から始まるYouTube放送で、
もうちょっと詳しく紹介しようと思っています。



▼▼▼部門賞▼▼▼

ご紹介した書籍の中から、
陣内の独断と偏見で、
「○○賞」という形で、
特筆すべき本をピックアップします。
こちらも何かのご参考にしてくだされば幸いです。

▼「ホラー傑作賞」:ぼぎわんが、来る

コメント:

これはねぇ。
多分誰も読まないと思うんですけど笑、
ホラーもイケる人にはお勧めです。
ちなみに本作、
「来る。」というタイトルで、
中島哲也監督が映画化しています。
今も上映中なんじゃないかな?
妻夫木聡、岡田准一、松たか子主演で。
こちらもかなり面白そう。
ソフト化されたら観る予定。

始めて行った海外

2019.07.10 Wednesday

第080号   2019年2月26日配信号

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
■1 今週のオープニングトーク
::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::

▼▼▼初めて行った海外▼▼▼

メルマガ読者の皆様、こんにちは。
今週もさっそく質問カードいきましょう。

▼質問:
初めて海外に行ったのはどの国ですか?
(なければ初めて県外に出たのは??)


初めて海外に行ったのは、
アメリカですね。
あんまり覚えてないけど笑。

私の父は東京大学の工学部を卒業したあと、
「学生ローンを返さなくて良い」という条件に惹かれ、
共同石油という会社に勤めていました。

こういう「さしたる理由もない」あたりは、
けっこう私は父に似ているかもしれません。
私が大学を選んだ理由は、
「北海道の酪農地帯に六年住める国立大学だから」
でしたから笑。

でも、こういう感覚って結構大事だと思ってて、
「自分は何がやりたいんだ、
 自分には何が向いてるんだ、
 自分の才能を最大限活かせる分野は、
 自分の天職は、、、」
みたいに、突き詰めて考えるのって、
なんか「偉く」見えますが、
それって「自分は、自分は、自分は、、、」
っていう「自分地獄」でもあると思うんですよね。

そうじゃない。

二つの理由でそうじゃない。

ひとつめは、
その「自分」は変わるということを忘れている。
学生時代に悩んだ自分と、
実際に就職した自分は違います。
そういうデータがあるかどうかは不明ですが、
「突き詰め型」よりも、
「なんとなく型」のほうが、
社会人としての満足度は高い気がするんですよね。

経験的に。

それは、「なんとなく型」の方が、
柔軟性があるからではないかと私は思っています。
「好きなことを仕事にする」よりも、
「している仕事を好きになる」ほうが簡単です。
もっと言えば、後者が出来る人は「無敵」ですが、
前者は非常に脆弱な土台の上に人生を構築している。

もう一つの理由は、
「あなたが働く理由は、
 あなたの側にではなく社会の側にある」
という当然のことを「自意識の牢獄にいる人」は、
見過ごしていると思うからです。

社会が必要としているから仕事があるのです。
逆ではありません。
それを踏まえている人のほうが、
当然社会は喜びます。
つまり、成功します。

話がのっけから大きくそれました。

私の父は52歳で亡くなるまで、
共同石油に勤めていました。
父の存命中に共同石油はジャパンエナジー、
次にJOMOと社名を変え、
現在は複数企業と合併し、
ENEOSとして営業しています。

不思議なもので、
「給油」なんてどこでしても同じだと、
合理的には分かっているのに、
ENEOSがあったら必ずそこで給油してしまいます。
まぁ、24歳までの私の食費と教育費のすべては、
父が共同石油で働いた給料から出ていますので、
ENEOSのことを今でも他人とは思えないわけです。

、、、父は技術者でしたから、
「現場」を転勤します。
石油会社にとっての「現場」はどこか?
コンビナートです。
中学社会科で習った「日本四大コンビナート」ってありますよね。
ああいったコンビナートに石油会社は集中しています。
共同石油の場合、私の記憶によると、
秋田、倉敷(水島)、愛知(知多)あたりにありました。
なので私の小学生のころの友だち(同じ会社の社宅に住む)は、
「小学二年生まで秋田にいた」とか、
「今度知多に引っ越す」とか、
その三つの地点をぐるぐるしていた記憶があります。

父は共同石油社員として留学し、
イリノイ工科大学という、
シカゴ近郊にある大学で修士課程を学びました。
そのとき私は2歳。
家族5人でシカゴに住んだのは2歳〜4歳の間で、
私はその間アメリカに住んでいました。

ほとんどそのときの記憶はありません。
幼稚園(キンダガーデン)の先生が、
ミセス・タットマンさんだったとか、
隣人がクリスチャンで女の子3人姉妹だったとか、
父がボロボロのアウディに乗っていたとか、
スパイダーマンの三輪車に乗っていたとか、
そういう「情報」が私の脳内にありますが、
それが自分の記憶なのか、
写真を見て母に説明されたことで、
記憶として再構成された物語なのか、
もはや判別できません。

母の話によると、
当時の私は英語でコミュニケーションしていたそうです。
友だちや隣人と。
ホットケーキパーティなどやると、
「アイワナビッグワン!!」
と叫んでいたと母が教えてくれました。

アメリカから帰ってくると、
日本の生活が始まります。
私たちの家族は帰国してから愛知県知多市に、
そして私が小学校5年生のときに、
岡山県倉敷市に住みました。
先ほどのコンビナートをなぞっているわけですね。

コンビナート地帯というのは、
例外なく田舎です。
私はそのおかげで、
小学校の多感な時期を田舎で自然に触れて育ちました。
これは定かではないですが、
「人間の頭の良さ」って、
小さい頃に自然にどれだけ触れたかと、
かなり関係があるという持論を私は持っています。
繰り返しますが、
あくまで個人的持論であって実証的な証拠はありません。
(数学者の藤原正彦氏がにたようなことを言っています)

客観的に証明するのは不可能ですが、
「今、私が頭が良いかどうか」は置いておいて、
もし私が都会で小学校時代を過ごしていたら、
今よりもうちょっとバカだっただろうな、
と直観的に思います。

多くの人は逆に考えていますが、
都会は子どもにとって「情報の砂漠」だからです。
自然のほうが「情報の宝庫」なのです。
少なくとも思春期以前の子どもにとっては。
それがなぜか、という話は長くなるので割愛しますが。

、、、話を戻しまして、
私は小学校、中学校、高校を、
田舎で過ごしまして、
大学はさらに田舎(帯広市)に暮らしました。
その間シカゴでしゃべっていた、
「アイワナビッグワン」は忘れていたのです。
つまり、英語は話せなかった。

しかし、大学時代に聖書研究会というサークルを立ち上げ、
そのリーダーを6年間するなかで、
多くのフィリピン人留学生と交流しました。
彼らと濃密に日々を過ごす中、
ある日私は自分が英語で考え、
英語で話しているのに気づきました。

そしてその英語が「シカゴのアクセント」だと、
あるアメリカ人に指摘されたとき、
「脳の敏感期」の力を知ったのです。

2歳〜5、6歳が、
脳の敏感期であり、
その間にいろんなものに触れさせる、
という「モンテッソーリ教育」の理論ですが、
私自身にそれが起きていたのです。

なので、私は小さい頃に海外にいたこと、
そういった環境を与えてくれた両親に、
心から感謝しています。


、、、だから、
子どもに英語を浴びるほど聞かせましょう、
という話ではありません。
念のため。

自分の子どもにそんなことするか?
するわけないじゃないですか。
日本語すらおぼつかない子どもに英語を覚えさせて、
いったいどうするというのだろうと私は思ってますから。

そうじゃなくて、
将来文化が違う人に出会ったとしても、
その人の考え方を受け入れる想像力と、
自分の考え方を説明できる日本語力が先です。
それがあれば国際人になれます。
発音なんて、どうとでもなりますが、
他文化への想像力の有無と、
自国文化を言語化できる能力の有無は、
あとからはなかなか、どうにもなりません(経験的に)。

私の弟は、
アメリカにいた期間が0歳〜2歳なので、
敏感期と被っていません。
なので英語の発音は私とは違い、
脳に残っていなかったので、ゼロからの学習でした。
しかし彼はアメリカで経済学博士になり、
6年間アメリカの州立大学で准教授として働きました。
「英語」はあとからついてくるのです。

なんか、とりとめのない思い出話になりましたが、
私の初めての海外はアメリカだった、
という話でした。

終わり。

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