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サロン活動について

2018.07.18 Wednesday

+++vol.049 2018年1月30日配信号+++

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
■1 今週のオープニングトーク
メルマガ「シーズン1」も、残り2回です。
::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::

▼▼▼サロン活動開始▼▼▼

、、、というわけで、
先月来、再三告知していた「読むラジサロン」ですが、
合計400名、、、あ、間違えた4名の応募がありまして笑、
私を含めて5名の第一期メンバーで、
2月1日より活動を開始していきます。

今回はご参加いただけなかった方も、
毎回バージョンアップしつつ、
第二期、第三期、、、とシリーズ化していきたいので、
次回は是非ともご参加ください。

参加予定の4名の方には、
すでにこのような案内をしました。
基本、会話への参加は強制ではなく、
みんなのやりとりを眺めているだけでも結構です。
たき火を囲むようにリラックスしてご参加して下さい。
もちろん、皆さんから発議していただいても自由です。
たとえばこんな議題について、、、。

「みなさんこんなの好きですか?」
「こういうことがありましたがどう思いますか?」
「疑問・質問」
「時事ネタについてどう考えるか?(タブーなし)」
「読んだ本・観た映画・行った店などの紹介」
「今自分が仕事で悩んでいること」
「今自分が信仰で悩んでいること」
「今自分が個人生活で悩んでいること」
「今週こんなことがありますので祈って下さい。」
「こんなことがしたいのですが、何か良いアイディアありますか?」
「この問題に関して何か良い本ありますか?」
「こんな答えの出ない問題について最近考えています。」
「今度の選挙、どこに投票しますか?」
「こんな上司や同僚がいますが、みなさんならどうしますか?」
「子育てでこんなことで悩んでいます。どう思いますか?」
「今度出張があるのですが、一緒にお茶でもどうですか?(1対1は同性のみ)」
「今度Skypeで話したいのですが時間とれますか?(1対1は同性のみ)」
「メルマガにこんなこと書いてましたが、もうちょっと聞きたいのですが」
「メルマガの次のシーズンではこんな話題を書いて欲しいです。」

↑「こんなのツィッターでやれや!!!」

と思った方は、
SNSというものの理解が浅いです。
SNSは「公共空間」です。
オープンなコミュニケーションです。
しかしワークチャットは完全にクローズドなので、
話す内容は当然、違ってきます。

数十人が働く職場の忘年会と、
学生時代の親友との飲み会とで、
会話の内容が異なってくるのと同じで、
オープンなSNSと、
会員制のサロンでは、
当然分かち合われる内容の質も深さも違ってきます。

このメルマガに書く内容とも、
サロンの対話は違ってくるでしょう。
「ブログには書けないこと」を、
私はこのメルマガに書いてきましたが、
「メルマガにも書けないこと」を、
私はサロンで分かち合うことになるでしょう。

今更になって興味が出てきた方、
第二期の告知をお待ち下さい。
また、サロンの活動の概要は、
参加者の個人情報に触れないかたちで、
メルマガにてシェアしていきたいと思っていますので、
お楽しみに!



▼▼▼あと2回で終了です。▼▼▼

、、、さて。
このメルマガも、あと2回を残すのみとなりました。
去年の2月に知り合い10名に協力してもらって、
プロトタイプ(試作品)を送り始め、
ちょっとずつメルマガは読者を増やし、
現在、各地に192名の読者がいます。
じんわりと広がってきたというところですね。

私はメルマガを開始するにあたり、
いくつかの有料メルマガを試しに購読しましたが、
毎回2万字を超すこのメルマガは、
毎月1000円を課金する作家のメルマガにも、
そのクオリティにおいて劣っていないと自負しています。
(もちろんもっと優れたものは世の中にはあります。
 上には上というものがあるのです)

しかし、
「メルマガで森羅万象について語ることで、
メタレベルにおいて聖書的世界観を伝える」
という狙いをもったメルマガは、
日本で他に存在しないはずですし、
多少口幅ったいですが、
そんなことが出来るのは多分、
日本に私しかいないのではないかと思っています。

これは自慢ではなく、本当に。

だからこそ、やらねばならぬ、という使命をもって、
これまで書いてきました。
毎週2万字ですから、
1年間で合計100万字(原稿用紙2,500枚分)書いたことになります。
だいたい文庫本で6〜7冊の分量になります。
文字数だけならプロの作家なみに書いていますから、
それはそれで結構疲れるわけです。
(だんだんコツをつかんでは来ましたが)

なので、いったん休みます笑。

あと、ルーティーンって、
最強の武器であると同時に、
最大のアキレス腱にもなります。
つまり、ルーティーンが確立すると、
「自動運転」でものを書けるようになりますが、
その分、思考が型にはまってくるのです。

なので、いったんルーティーンを停止することで、
ちょっと違う思考様式を身につけ、
そして「シーズン2」を始めるとき、
メルマガがその分バージョンアップされている、
というようなサイクルでやっていきたいと思っています。

・異なる種類のインプット
・異なる媒体でのアウトプット
・現在やってる他のFVIの活動への集中
・現在やっている翻訳の完成
・次のメルマガにむけて「思考の畑」を耕す。

こんなイメージです。
その間、現在192名いる読者が、
目標に近づく度合いに応じて、
「シーズン2」の開始を早める、
という「クラウド(読者)ファンディング」をします。
目標は具体的には設定していませんが、
目安としてさしあたり300名に達したら、
始めようかなぁ、と、ぼんやりと思っています。

サロンへの参加希望者が、
4名ちょうどだったりしたことを踏まえると、
休止期間、増えないどころか読者、減ったりしてね笑。
いずれにせよ、あと2回になったメルマガを、
どうぞ最後までお楽しみ下さい。



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陣内が先週読んだ本 2018年1月第四週 『死ぬほど読書』丹羽宇一郎 他4冊

2018.07.17 Tuesday

+++vol.049 2018年1月30日配信号+++

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
■4 陣内が先週読んだ本 
期間:2018年 1月第四週 1月21日〜27日
::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::

先週私が読んだ本(読み終わった本)を紹介していきます。
一週間に一冊も本を読まない、
ということは、病気で文字が読めなかった数ヶ月を除くと、
ここ数年あまり記憶にないですから、
このコーナーは、当メルマガの
レギュラーコーナー的にしていきたいと思っています。
何も読まなかった、という週は、、、
まぁ、そのとき考えます笑。

ただ紹介するのも面白みがないので、
twitterに準じて、
140文字で「ブリーフィング」します。
「超要約」ですね。
(どうしても140字を超えちゃうこともあります。
 140文字はあくまで「努力目標」と捉えてください笑。)

忙しい皆さんになり代わって、
私が読んだ本の内容を圧縮して紹介できればと思います。
ここで紹介した本や著者、テーマなどについて、
Q&Aコーナーにて質問くださったりしたら、
とても嬉しいです。


●良心をもたない人たち 25人に1人という恐怖

読了した日:2018年1月23日
読んだ方法:

著者:マーサ・スタウト
出版年:2006年
出版社:草思社

リンク:
http://amzn.asia/dLZ9CM1

▼140文字ブリーフィング:

心理カウンセラーである著者は、
PTSDに苦しむ人々のケアをしてきました。
その当事者たちのあまりにも多くの人が、
「サイコパスの被害者」だといことに驚きを持った著者は、
彼らから身を守る方法を考えるほうが大切、
と考えるようになり、本書を記しました。

アジアではもうすこし割合が低いそうですが、
欧米では良心を持たないサイコパスと言われる人が、
「25人にひとり」の割合で存在します。
これは著者によると「衝撃的な多さ」で、
他の疾病や障害や個性よりも、かなり多く、
私たちが人生で「良心を持たない怪物」に遭遇する確率は、
かなり高いといって差し支えない。
そして彼らは魅力的にみせるのが非常に上手なので、
外側からは分からないのがさらに危険だ、という。

多くの優秀で善良な人が、「良心を持たない怪物」によって、
食い物にされ、人生をめちゃくちゃにされてきた、
というわけです。
著者はその被害者たちの無残さを見て確信します。
「サイコパスは森で出会う熊のようなもので、
 見かけたら直ちに逃げる以外の方法はない。
 大事なのは早く見分けることだ」と。

著者によればサイコパスは短期的には成功することがあります。
じっさい歴史上の「英雄」とされている人の中にも、
偉大な事業を興した人の中にも、
おそらくはサイコパスだっただろうと思われる人がたくさんいる。
しかし、心理学の研究が告げているのは、
サイコパスが長期的に幸せになることは不可能だということです。
なぜなら「幸せ」とは愛することでしか得られないものであり、
サイコパスには「愛する能力」が欠如しているからです。
(651文字)



●カムイ伝 第一部 (2)

読了した日:2018年1月23日
読んだ方法:図書館で借りる。

著者:白土三平
出版年:1967年
出版社:小学館

リンク:
http://amzn.asia/a3rXCiU


▼140文字ブリーフィング:

先週から読み始めたマンガです。
第二巻でなんとカムイは死にます。
「死ぬんかい!」と思ったら、
死んだのはそっくりの弟であり、
彼の兄の物語がそこから始まります。
「後書き」が面白く、作者の白土三平の父は、
「プロレタリア画家」でした。
つまりプロレタリア文学者であった小林多喜二らと一緒で、
当時の大政翼賛的な監視社会のなかで、
思想犯として弾圧された人です。
作者自身もは「アカの子」として屈辱的な幼少期を過ごしました。
カムイ伝のルーツはそこにある、と後書きの筆者は言います。
そう見ると、「カムイ伝」は江戸時代の被差別部落の話ではなく、
完全に、「現代社会のメタファー」なのだと言うことが分かります。
「一億層中流社会」が過去のものとなり、
OECD加盟国の中でも貧富の格差が最も大きい国のひとつとなった、
「新しい階級社会(とそれを覆い隠したい政府)」に暮らす私たちこそ、
この物語を読むべきだと思わされます。
(393文字)



●死ぬほど読書

読了した日:2018年1月23日
読んだ方法:図書館で借りる

著者:丹羽宇一郎
出版年:2017年
出版社:幻冬舎新書

リンク:
http://amzn.asia/2Xd1Bfn

▼140文字ブリーフィング:

今週の「私の読書論」で詳しく論じたので割愛します。
「教養を育てるのは仕事と読書」とか、
「読書は無知の量を増やす」とか、
「空気を読むのか、本を読むのか」とか、
名言がちりばめられていました。
また、ネット社会を生きる現代人の、
「正解主義」がもたらす思考の浅薄化への警鐘も、
非常に共感を覚えました。
(145文字)



●キリスト教思想史入門 歴史神学概説 第一章〜第二章

読了した日:2018年1月24日
読んだ方法:新宿オアシスブックセンターで購入

著者:アリスター・E・マクグラス
出版年:2008年
出版社:キリスト教新聞社

リンク:
http://amzn.asia/cuJsSgj

▼140文字ブリーフィング:

この本は2年ほど前に、
新宿にあるキリスト教書店で買いました。
最初の10ページぐらい読んで放置していたのですが、
「こういうのはやはり、意識的に読まなきゃ駄目だ」
と思って、先月ぐらいから、
「キッチンタイマー法」を使って読んでいます。
キッチンタイマー法とは、私が発明した読書法で、
タブレットのタイマーアプリを使い、
30分をカウントダウンします。
そのタイマーが鳴るまで、
「歯ごたえがあるハードな本」を集中して読む、
という、ただそれだけです笑。
読んでいて止まらないような趣味の本は、
タイマーなんて使う必要がないのですが、
今の自分の知力では、けっこう集中して読んでも、
理解が8割ぐらい行けば良い、みたいな本に関しては、
こういった「時間設定」がないと集中して読めません。
筋トレをするときに回数とか時間を決めるのとまったく同じです。
毎日30分ずつ読んで、一月でやっと半分まで読めました。
著者のアリスター・マクグラスは他の著書で、
「過去の神学的議論を踏まえていない人は、
 現在の神学論争に加わる資格を持たない」
と書いています。

当たり前の話です。
これは自然科学でもそうです。
過去の研究成果を知らない人は、
新しい論文を書く資格を持ちません。
、、、で過去の神学論争を知ると、
本当に面白いことが分かります。
というのは、だいたい現在の論争というのも、
「過去の議論の焼き直し」というか、
過去の議論がかたちを変えて再燃している、
というものが非常に多いからです。

今一番ホットな教会での議論があったとします。
それは実は、2世紀の神学者たちがした議論を、
別の言葉で言い換えているに過ぎないことがあるわけです。
「だから答えが分かるってこと?」
というのはバカ、、、あ、間違えた。
現代の「正解主義」の弊害です。
こういった事は、考える弁証法的プロセスにこそ意味があり、
その中からこそ社会を変える思想や実践が出てくるのです。
「神学をどこかで学んだことがある」ということと、
「神学する生き方」を生きるというのは違うんだ、
と尊敬する牧師先生から教えてもらったことがあります。
私はプロパーな教育機関で神学を学んだことがありません。
だからこそ、真剣に「神学する生き方」を追求していきたいと、
思っています。

関係ないですがこの本、
買ったときは9,000円でした。
義理の母からいただく「書籍献金」を貯めてあったのを、
「えいや!」っとはたいて買ったのは2年前。
現在絶版となっているこの本は30,000円します。
あのとき買っておいて良かったぁ。
この種の本ではよくあることです。
良い神学書は買えるときに買っておけ!
というのは我が家の家訓にしたいと思います。
(1,092文字)



▼▼▼リコメンド本「今週の一冊」▼▼▼

陣内が過去一週間に読んだ本の中から、
「いちばんオススメだったのは?」という基準でリコメンドします。
「いちばん優れていた本」というよりも、
「いちばんインパクトの大きかった本」という選考基準です。
皆さんの書籍選びの参考にしていただけたら幸いです。


▼今週の一冊:『死ぬほど読書』

コメント:

「私の読書論」でも紹介しましたが、
読書する意味を再確認してくれる良書でした。
ページ数も文字数も少なめですので、
普段読書し慣れていない人でも、
1週間もあれば必ず読了できる「軽さ」も魅力です。
オススメします。



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【Q】放射性廃棄物の受け容れについて

2018.07.17 Tuesday

+++vol.049 2018年1月30日配信号+++

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
■3 Q&Aコーナー

皆さんからお寄せ頂いた質問にお答えするコーナーです。

日頃の悩み、疑問、今更誰かに聞けないギモン、、、、
質問の種類は問いません。お気兼ねなくご質問をお寄せください。
ご利用は下記に基づいてご利用いただけると幸いです。

【Q&Aについて】
▼全てのご質問にお答えすることはできません。予めご了承ください
▼いただいたご質問は、ブログ・FVIメディアルームに掲載される可能性があります
▼本名での投稿の場合は「ペンネーム:無し」となります
▼必ず下記フォームからご質問を送信ください

::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::

【Q&Aコーナー専用フォーム】

▼URL
https://www.secure-cloud.jp/sf/1484051839NyovBkYI

※大変お手数ですが一つの1メール1質問を原則とさせてください。
ご協力宜しく御願い致します。

※頂いたメールはすべて目を通しております。
陣内俊への要望やメルマガの感想、激励などももちろん大歓迎です!

::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::


●【Q】放射性廃棄物について

ラジオネーム:トビー(女性)
お住いの地域:東京

Q.

このあいだ、
NHKで放射性廃棄物受け入れの問題を取り上げていたのを見ました。
どこの自治体住民も、放射性廃棄物を受け入れたくないと言っていて、
恩恵だけ受けてリスクは引き受けない態度に違和感を覚えました。
沖縄の基地問題とも重なると思いますが、
私は子どももいますが、もし自分だけで決められるなら、
放射性廃棄物を地域で受け入れることは賛成です。
便益だけ享受して危険は断る、というのはあまりに身勝手だと思うからです。
「福島の復興」というのはそういうところにこそあると思うのですが、
陣内さんはどのように考えられるでしょうか?


A.

トビーさん、ご質問ありがとうございます。
この質問の答えは簡単です。
「私もトビーさんと同じ考えです」。

以上!

というところで終わるのは不親切ですから笑、
なぜそう考えるかをご説明します。

「リベラリズム」という政治哲学があります。
私はいわゆる「憲法9条を守れ」とか、
「原発反対」とか、「SEALS」とか、
「アベ政治を許さない!」とか、
そういった現在の日本の「左翼的」とか「リベラル」とされる、
言説や政治的ポジションとは、
別の意味でこの言葉を使います。

政治的に文脈化され曲解されゆがめられる前の、
思想としての本来の意味の「リベラリズム」です。
「リベラリズム」を定義するのは、
それはそれで大きな仕事ですが、
この思想の「大家」と言われる、
ジョン・ロールズという政治哲学者に依拠して、
ここでは解説していきたいと思います。

日本におけるジョン・ロールズ研究の第一人者は、
最近ではテレビに出演することも多くなった、
井上達夫という東京大学の教授です。
この人が、
「リベラルのことは嫌いでも、
 リベラリズムは嫌いにならないでください」
という本を書いています。

前田敦子が「リベラル」(=アベ政治を許さない!)
AKB48が「リベラリズム」(=政治哲学としてのリベラリズム)
であって、両者は別物だよ、ということです。

▼参考リンク:『リベラルのことは嫌いでも、リベラリズムは嫌いにならないでください』井上達夫
http://amzn.asia/2GYZbb8

この本の中でまず、
「リベラリズムの源流」といわれる、
ジョン・グレイの考え方を井上氏は紹介します。
グレイによると、リベラリズムの原理は、
「啓蒙より寛容をたいせつに」というところから出発しています。
私のEvernoteの読書ノートから引用します。

《リベラリズムの伝統とは「啓蒙」と「寛容」であり、
オックスフォードの政治思想家ジョン・グレイは
「啓蒙」よりも「寛容」を重視した。
その理由は「啓蒙」は理性の独断化、絶対化を招き、
マルクス主義やフランス革命後のロベスピエールのようになってしまう、
と考えたからだ。
(中略)
それまでの「不寛容な者には不寛容であるべき」
という寛容原理がポピュラーだったが、グレイはそれを否定し、
「不寛容な政治体制や文化に対しても、寛容であれ」
という形で寛容原理を自壊させた。
彼はリベラリズムの基礎を(いわば脱構築し)
哲学的原理から政治的妥協に移行させた。
これを「暫定協定」という。
戦い続けると相互殲滅になっちゃうかも知れないから、
まぁ、生きる知恵として「暫定協定」で共存しましょう、
これがリベラルな行き方だ、とグレイは言った。》

、、、リベラリズムとは何か、を定義するとき、
「寛容」という概念が大切になります。
アメリカでリベラルな政党である民主党が、
黒人やヒスパニックにも市民としての権利を与え、
伝統的なアメリカの宗教であるプロテスタントだけでなく、
カトリックやイスラムや仏教も共存でき、
様々な価値観を持つ人が互いを排斥しないようにしましょう、
と主張するのはこれが理由ですね。

「寛容」がひとつの礎石だとすると、
もうひとつのリベラリズムの礎石は「平等」です。
「寛容」と「平等」が、リベラリズムの基礎です。
その「リベラリズム」という道具を用いて、
ロールズの「正義論」を下敷きに、
井上達夫氏は「何が正義と言えるのか」を追求している学者です。
井上氏はちなみに、憲法9条に関しては、
「改正論者」ではなく「削除論者」です。
さらに「徴兵制を復活させるべき」と言っています。
「どこがリベラルだよ!!」
と左派の人は怒りそうですが、
井上さんが主張する「徴兵制」は、
リベラルな考え方から導き出されたものです。
引用します。

→P62 
《やはり、下手な戦争をすると、自分や、
自分の子ども達が本当に命を落とす、
あるいは人を殺さなければならない立場になる、
ということが切実に感じられて、
初めてその戦争はやるに値するのか、真剣に考えるようになる。
(中略)
そして、徴兵は、絶対に無差別公平でなければいけない。
富裕層だろうが、政治家の家族だろうが、兵役逃れは絶対に許さない。 
アメリカが大規模な徴兵制の採択を機に、
ベトナム戦争で世論が交戦から反戦に変わったことを話したけど、
「9.11」の後のアフガニスタン侵攻や2003年のイラク侵攻は
また志願制で、元の木阿弥になった。
戦場に行ったのは、ベトナム戦争の初期と同じ、
中西部の失業し続けている若者とかの貧困層が主です。
(中略)
アメリカの国会議員が上下両院で五百何人かいて、
子どもをイラクに送ったというのは、たった一人だったかな。
こうなると、民主国家でも、
やはり無責任な好戦感情に引っ張られてしまう。》

、、、同意するかは別として、
彼の主張は筋が通っているし、
一貫しているので、私は好感を抱きます。

じっさい根拠もある。

アメリカが泥沼のベトナム戦争を終わらせたのは、
「徴兵制」がその理由になった、というのは、
あながち暴論ではありません。

アメリカの両院の議員本人が軍人出身者だったり、
子どもが兵役についていたりする割合を、
過去のあらゆる時代に割り出します。
そうすると、両院の議員本人か、
もしくはその家族が軍人である(あった)比率が高いときには、
アメリカは戦争をしない、もしくは止める傾向にあり、
逆に議員の家族が兵役についていない時代に、
アメリカは戦争を継続し、もしくは始める傾向にあります。
これは統計的に証明された厳然たる事実です。

ブッシュ(子)がイラク戦争を始めたときの議員の家族の兵役率は、
たしか1%に満たないほどに下がっていました。
このような人たちにとって、
「戦争することのコスト」は外部にあり、
自分の身内にはありません。
逆に「戦争することのメリット」はある。
戦争は政権与党にとって、支持率回復の魔法の杖ですし、
軍産複合体は喜びますから、いろんな利権組織に、
便益を図ることができ、自らの政治基盤は固まります。

ところがもし議員の子どもも金持ちの子どもも、
絶対に逃れられない、「徴兵制」がアメリカにあったら、
本当にアメリカはイラク戦争を始めただろうか?
と考えてみる。

「徴兵制は戦争を抑制する」というのは、
このように、あながち無茶な話ではありません。
安倍さんや菅さんは自衛隊を海外に派兵することに積極的です。
彼らが日本の平和を願っていることを私は疑っていませんが、
しかし彼らにもし子どもがいて、
そして自衛隊員だったとしら、
同じ決断をしていただろうか?
と考えるのは無意味な思考実験ではありません。

海外派兵された自衛隊員の多くがPTSDを煩い、
自殺率が一気に上がることは公然の秘密です。
もし「それでも日本の安全のために」と、
自衛隊員の親である彼らが同じ決断をしていたら、
決断の内容は同じだったとしても、
その決断のもつ「重み」は違ってきます。

井上さんの議論で最も大切で、
そして最も私が共感を覚えた概念が、
「反転可能性」という概念です。
これは先ほどの「徴兵制による戦争の回避」にも通じるし、
そしてトビーさんのご質問にあった、
核廃棄物処理場や沖縄の米軍基地、
さらに地域に葬儀場を建てることに反対運動をする人たち、
そういった人たちに非常に関連のある概念です。
引用します。

→P22 
《ある人やある集団の行動や要求が、
この意味で正義に叶っているかどうか、
それを見分ける手段があります。
私が「反転可能性テスト」と呼んでいるものです。
これは、共通の正義概念から出てくる非常に重要な論理的帰結です。
つまり、自分の他者に対する要求や行動が、
もし自分がその他者だったとしても受け入れられるかどうか。
自分と他者が反転したとしても、
受け入れられるかどうか、考えてみよ、と。》

、、、井上氏はこの本の中で実例として、
「日照権の問題」を取り上げています。

今あなたは、二階建ての家をある土地に建てようとしている。
建設会社も決まり、ローンも組み、
いざ建てようとしたときに、
自分の土地の北側に住んでいる一階建ての家に住んでいるAさんが、
「待ってくれ」と言い出した。
曰く「あなたが二階建ての家を私の家の南側に建てたら、
私の家があなたの家の日陰になり、
日当たりが悪くなってしまう。
あなたがここに二階建ての家を建てることは、
まかりならん!」というわけです。

あなたは戸惑います。
しかし、
「もう決まったことなんだ。ローンも組んだ。
 この家は私と家族の夢の家なんだ。
 別に法令違反ではないのだし、いいだろう!」と、
Aさんの主張を圧殺して、二階建ての家を建てたとする。

二階建ての新築に住み始めたあなたと家族は、
そこでの快適な生活にとても満足しました。
それから3年後、あなたが家を建てた土地の南側に、
5階建てのマンションが建つ計画が持ち上がりました。
これが建てば、あなたの家は日陰になります。

「反転可能性」の概念に基づくと、
あなたは5階建てのマンションが建つことに、
「待った」を言う資格はありません。
自分は逆の立場のときに、
自分の主張を通して家を建てたのだから、
というわけです。

ある主張を自分が持っている場合、
立場が逆転したとしても、
その主張や権利は正当なものと言えるだろうか?
と考えるわけです。
「Aさんには日照権を主張する権利がないが、
 私には日照権を主張する権利がある」
というのは正義ではありません。
ダブルスタンダードです。

ダブルスタンダードは、
聖書の時代から明確に禁止されている、
「不正義」です。
申命記25章13〜14節にこう書いています。
「あなたは袋に大小異なる重り石を持っていてはならない。
あなたは家に大小異なる枡を持っていてはならない。」
これはダブルスタンダードを禁ずる律法です。
あなたが5階建てのマンションに反対するとしたら、
「大小異なる枡」を持つことになります。
もし5階建てのマンションに反対したいなら、
Aさんの主張を聞き入れて、
自分の家の計画を変更する必要があるのです。

これと核廃棄物や米軍基地の問題、
何の関係があるの?

大ありです。
Aさんを沖縄県民、または、
Aさんを青森県六ヶ所村と考えて下さい。
あなた(や自民党)は、
沖縄県民や六ヶ所村の人々に、
「仕方ないんだ、負担を受け入れてくれ」
と言うのは構わない。
しかしそのときは「反転可能性」を考えなければならない。
もしそう主張するなら、
あなたには、自分の家の隣に、
米軍の滑走路が作られたり、
自分の住む市内に、核廃棄物最終処理場が出来ても、
文句を言う権利はない、ということです。

私は沖縄県民や六ヶ所村の人々が、
不当に大きな負担を負っていることに、
たいへん遺憾な思いですし、
そういった負担を一部の少数の人々に、
負わせている日本という国は、
恥ずかしい国だと思っています。

しかしながら、日本は民主主義の国であり、
今私を含む国民の「民意」として選ばれた政権与党は、
(私がそれを支持したかどうかとは別にして)
沖縄や青森や福島の人々に負担を押しつけている現実があります。
その自覚や意志がなくても、
私は消極的にではあれ、「抑圧する側」にいるのです。
つまり負担の上に成り立つ便益を享受し、
自分以外の人の負担を(消極的にだったとしても)、
「良し」としている。
この現実から目をそらしてはいけない、
と思っています。

だとしたら、私は、
自分の家の隣に基地が出来ようが、
核廃棄物が来ようが、
原発が作られようが、
墓が建とうがコンサートホールが出来ようが、
文句を言う権利や正当性を持たないと考えている。
説明が回りくどく、非常に長くなりましたが、
これが私がトビーさんの意見に賛同する理由です。

現代の日本の民主主義を取り巻く状況は困難です。

その理由は分かっています。
「人口ボーナス時代」の昭和の日本の政治は、
「富の再分配」だったのに対し、
「人口オーナス時代」の現在の日本の政治は、
「負担の分配」だからです。
前者は良いが後者は地獄をもたらす、
とカール・マルクスは100年以上前に言っています。

しかし、そのような「負担の分担」の時代だからこそ、
高度な知性と清廉な人格と、
一貫した「正義論」をもったリーダーが、
必要とされていると私は思います。
ここで舵取りを誤ると、
国家存亡の危機になりますから。
ひとりの国民として、
そのような人がリーダーとして選ばれるように、
私も日々祈っています。



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私の読書論・第一回

2018.07.17 Tuesday

+++vol.049 2018年1月30日配信号+++

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
■2 私の読書論

新コーナー、私の読書論のコーナーです。
本メルマガでは毎週書籍とレビューを紹介しています。
読書というものについて私が何を考えているか、
そういった「メタ」の思考を書き留めたくなることが、
年に何度か訪れます。
それを書き留めるのがこのコーナー。
「読書とは何か」について語りあいましょう。
::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::

▼▼▼読書はなぜ必要か?▼▼▼

先週、『死ぬほど読書』という本を読みました。
それを読んでいたら、
無性に読書について語りたくなったので、
こんなコーナーを作ってみました。

▼参考リンク:『死ぬほど読書』丹羽宇一郎
http://amzn.asia/2Xd1Bfn

、、、で、「読書について体系的に論じる」
ということをここでしますと、
本一冊分ぐらいの情報量になってしまうし、
私が疲れてしまいますので笑、
『死ぬほど読書』の私の読書ノートを紹介し、
それに私がコメントするかたちで、
語っていきたいと思います。

そう、得意の「本のカフェラテ」形式ですね。
では始めます。
まず、著者の丹羽さんがこの本を書こうと思った動機は、
彼が朝日新聞に寄せられた大学生からの質問を読んで、
それが頭から離れなかったからだそうです。
引用します。

→P8 
《朝日新聞2017年3月8日付掲載
 「読書はしないといけないの?」(大学生21歳・男性)

「大学生の読書時間『0分』が五割に」(2月24日朝刊)という記事に、
懸念や疑問の声が上がっている。
もちろん、読書をする理由として、教養をつけ、
新しい価値観に触れるためというのはあり得るだろう。
しかし、だからといって本を読まないのは良くないと言えるのだろうか。

私は、高校生のときまで読書は全くしなかった。
それで困ったことはない。
強いて言うなら文字を追うスピードが遅く、
大学受験で苦労したぐらいだ。

大学では教養学部と言うこともあり、
教育や社会一般に関する書籍を幅広く読むようになった。
だが、読書が生きる上での糧になると感じたことはない。
役に立つかもしれないが、
読まなくても生きていく上で問題はないのではないか
というのが本音である。
読書よりもアルバイトや大学の勉強の方が必要と感じられる。

読書は楽器やスポーツと同じように趣味の範囲であり、
読んでも読まなくてもかまわないのではないか。
なぜ問題視されるのか。
もし、読書をしなくてはいけない
確固たる理由があるならば教えていただきたい。》

、、、どうでしょう?
皆さんならどうお答えになりますか?

大学生になる子どもに、
「なんで本読まなきゃいけないの?」と聞かれたら?
あるいは小学生の子どもに、
「なんで勉強しなきゃいけないの?」と聞かれたら?
これらは本質的に「同じ質問」です。
これは「なぜ教養が必要なのか?」という質問だからです。

もしくは、あなた自身がこの大学生と同じで、
「なんで本なんて読まなきゃいけないの?」
と疑問に思っている側でしょうか?

いずれにしても、この質問について考えることは、
どうやら価値がありそうです。

「本当に頭の良い人」というのは、
物事の本質を一言で言い表します。
私は「何で本を読まなければいけないのか?」
という質問にもっとも簡潔に答えた人を知っています。

芸人の東野幸治です。

これは月亭方正の書いた、
『僕が落語家になった理由』という本で読んだエピソードです。
そもそも芸人山崎方正が、落語を志し、弟子入りしたのは、
東野幸治が原因です。
あるとき今後のキャリアについて相談したところ、
東野幸治に背中を押されて方正は落語家の門を叩いたのです。

そんな東野幸治の「地頭の良さ」を現すエピソードとして、
方正はこんな話を紹介しています。
あるとき方正が東野幸治に、
「なんで勉強せなアカンのでしょうね?」
と、なんとなしに聞いた。
すると東野幸治は言った。
「そんなん決まってるやろ。
 戦争せんためや。」

すごいでしょ。

読書や教養や勉強というものの本質の全てが、
この一言に込められています。
ここまで綺麗な答えを提出されたら、
もはや何を言っても、
「屋上屋根を架す」ことになってしまうのですが、
上記の大学生への、著者の丹羽さんの答えを、
見ていきたいと思います。


▼▼▼無知の量▼▼▼

まず、著者は、
読書をする目的は「知識の量」を増やすことではない、
と言います。

逆だ、と。

「無知の量」を増やすために読書をするんだよ、と。
私も心から同意します。
引用します。

→P27 
《人間にとって一番大事なのは
「自分は何も知らない」と自覚することだと私は思います。

「無知の知」を知る。

読書はそのことを、身をもって教えてくれます。
本を読めば知識が増え、この世界のことを幾分か
分かったような気になりますが、
同時にまだまだ知らないこともたくさんあると、
それとなく気づかせてくれます。
 
何も知らないという自覚は、人を謙虚にします。
謙虚であれば、どんなことからでも何かを学ぼうという気持ちになる。
学ぶことで考えを深め、よりよい社会や人間関係を築こうとする。
たとえ自分とは違う考え方のものであっても、それを認められる。
自分が何も知らないという思いは、
その人を際限なく成長させてくれます。

反対に自分は何でも知っている、
何でも分かっていると思っている人ほど、
たちの悪いものはないかもしれません。
そうい人は傲慢で、何でも人より優位に立って、
自分の思い通りに事を進めようとしたりします。》

、、、聖書に、
「知識は人を高ぶらせ、愛は人の徳を建てます」
という言葉があります。
第一コリント8章1節です。

この箇所を引用して、
「だから勉強(読書)しなくて良い」
というのは明らかな誤読です。
解釈が完全に間違っています。

まったく逆なのです。

勉強すると言うことは、
「無知の量」を増やすということであり、
勉強しないというのは、
「無知の量」が増えないということなのです。
勉強している人のほうが、
勉強しない人よりも
「自分は何も知らない」
ということをよく知っているのです。

、、、ということは、
どちらが(知識によって)高ぶった人なのでしょう?

そうです。

多くの人が誤解しているのとは逆で、
高ぶっているのは、
「勉強していない人」であり、
「本を読まない人」の方なのです。

自分が無知だということを知り、
へりくだっているのは、
「勉強している人」であり、
「本を読む人」なのです。

だってそうでしょう?

本を読まない人というのは、
言外に、
「私は本を読まなくても良いぐらい、
十分物事を知っている。」
と言っているのと同じですから。

本を読む人は逆に、
「自分は何も知らないから、
 本を読んで勉強する必要がある。」
と言外に言っているのです。

引用を続けます。

→P29 
《詰まる所、人間がこの世界について分かっていることなど、
1%もないのかもしれません。
つまり、われわれが生きている世界は、
ほとんど「知らないこと」でできている。
そのことを考慮すれば、
「知っている」という驕(おご)りは生まれようがない。
「何も知らない」という前提があるから読書は出来るのだし、
いくら読書を重ねても、その前提が消えることは永遠にありません。
「何も知らない」ことを知る。
人が成長する上で、これほど大事なことはないのです。》

、、、勉強をすればするほど、
私たちは何も知らないと言うことを知ります。
現代科学で宇宙について分かっているのは、
全体の1%に満たないということを、
天体科学者たちは「知っています」。

無知の知ですね。

本を読めば読むほど、
この「残りの99%の無知」に肉薄するのです。
そうすると、宇宙の広さ、歴史の深遠さ、
哲学の深さ、自然界の美しさについて、
センス・オブ・ワンダーの気持ちが高められます。
そうすると、人は畏敬の思いでこう思います。
「私は世の中について、何も知らない」と。

これが謙虚な態度であり、
「オレ、難しいことって、よくわかんないから」と、
マンガ「ONE PIECE」だけを片手に、
全ての読書を放棄するのは謙虚などころか、
傲慢な態度と言わざるを得ません。
だって、「生きて行くにはONE PIECEで十分」
と言ってるんですから。
それは傲慢というものです。

知識というのをゼロサムで考えていると、
知識の量が増えれば無知の量は減ると直観しますが、
知識はゼロサムではありません。
知識の量が増えれば増えるほど、
無知の量はそれ以上に増えるのです。

「生まれてから一歩も家から出たことのない人にとっての宇宙」よりも、
「宇宙飛行士として月に行ったことのある人にとっての宇宙」のほうが、
圧倒的に広いのと同じです。



▼▼▼「教養というもの」について▼▼▼

続いて著者の丹羽さんは、
読書によって教養が磨かれるのだ、と語ります。
正確に言えば、読書と仕事と人によって、
教養は磨かれるのだ、と。
引用します。

→P41 
《教養というと、大前提として知識の量が
関係すると思われるのではないでしょうか。
しかし、私は知識というものは、その必要条件ではないと考えます。
 私が考える教養の条件は、
「自分が知らないと言うことを知っている」ことと
「相手の立場に立ってものごとが考えられる」ことの二つです。
 (中略)
では、教養を磨くものとは何か?
それは仕事と読書と人だと思います。
この3つは相互につながっていて、
どれか一つが独立してあるというものではない。
読書もせず仕事ばかりやっていても本当に良い仕事は出来ないだろうし、
人とつきあわず、人を知らずして仕事が上手く出来るわけはありません。

仕事は、私に言わせると、人生そのものです。
食べるためとか、お金を儲けるためとか、家族を養うためとか、
そういうたぐいのものだけではない。
人生から仕事を取ってしまえば、何も残らないと言ってもいい。
仕事をすると、喜び、悲しみ、怒り、ひがみ、やっかみなど、
さまざまな思いを味わうことになる。
こういったあらゆる感情が経験できるのは、仕事以外にありません。

仕事というのは、お金を報酬としてもらうものとは限りません。
さまざまなボランティアもそうだし、
困っている人々のために働いたり、身体を動かすこともそうです。

仕事を通して人は様々な経験を積み、
人間への理解を深めていけるのです。
仕事もせずに趣味だけに生きていても、
人としての成長はないと思います。》

、、、丹羽さんにとっての教養というのは二つある、
と彼は行っています。
1.自分が知らないと言うことを知っていること。
2.相手の立場に立ってものごとが考えられること。
この二つだと。

先ほどの「無知の知」に加えて、
もう一つの要素が加わりました。
「相手の立場に立ってものごとが考えられること」。

そうです。

英語に「他人の靴を履いて考える」という慣用句がありますが、
読書は、「他人の靴を履いて考える」行為そのものです。
様々な優れた小説を読むとき、
自分とは違う時代に生き、
自分とは違う国に生まれ、
自分とは違う家庭環境で育った誰かになりきって、
それを「追体験」することができます。
そうすることで「想像力」が養われるのです。

人間は一度しか人生を生きられませんから、
体験することで学べることの射程範囲には限界があります。
しかし読書はその限界を超えて、
私たちに追体験によって学ばせてくれるのです。

私の好きな養老孟司も同じ事を言っています。
彼はこう言いました。
「教養とは、人の気持ちが分かること」と。

東野幸治の
「勉強するのは戦争せんためや」
という言葉にもつながりますね。


▼▼▼情報と知識の違い▼▼▼

丹羽さんは続けます。
読書するのは情報を知識に変えるためだ、と。
情報は、「思考」を経ると知識に変わります。
引用します。

→P28  
《同じ事でも、本を通して知ることと、
ネットを通して知ることとは違います。
たとえば、新大陸を発見した
クリストファー・コロンブスについて
ネットで数行で紹介されているものに目を通すとのと、
コロンブス個人や大航海の背景にある当時の
ヨーロッパの地政学について記述した関連書物を読むのとでは、
同じ「知る」でも、その意味合いがかなり違います。
ネットで検索すれば、簡単に知ることは出来ます。
しかし、そこで得られるのは単なる情報に過ぎません。
細切れの断片的な情報をいくらたくさん持っていても、
それは知識とは呼べません。
なぜなら情報は「考える」作業を経ないと、知識にならないからです。
考えることによって、さまざまな情報が有機的に結合し、知識になるのです。
読書で得たものが知識になるのは、
本を読む行為が往々にして「考える」ことを伴うものだからです。》

、、、ネットで調べて「知っている」のは情報です。
しかし本で読んで「知っている」のは知識です。
二つは天と地ほども違いますが、違いはそこに「思考」や、
読書を介してなされる「著者との対話」があるかどうかです。

現代の情報技術は、
別に何かを「勉強」しなくても、
Google検索によって「正解」を導き出せる世界を実現しました。

だから勉強しなくていいや、
というのは短絡というものです。

そのような世の中で、
「正解主義」に陥っている多くの人々を見ると、
私はとても心配になります。
つまり「あらゆる物事には『正解』があり、
それはネットに載っているはずだ」
というような、恐ろしく薄っぺらな世界観です。

しかし、状況はそんなにシンプルではありません。
これは「市場の原理」「需要供給曲線」とも通じるのですが、
古今東西、どんな時代のどんな場所でも、
普遍的に成り立つ「原理」があります。
それは、
「過剰なものの価値は下がり、
 希少なものの価値は上がる」
ということです。

情報化社会によって、
「正解」は供給過剰です。
「正解を導き出すこと」は、
文字通り「サルでもできる」ことになった。

そんな時代にGoogle検索して、
「いや、検索したんだけど、
正しいのはこっちだよ(ドヤ顔)」
みたいな人種は掃いて捨てられるわけです。
供給過剰だから。

では、希少なものとは何か?

それは「正解」ではなく「良い問い」です。
「良い問いを発することの出来る人」が、
今の時代には希少です。
そのような人の価値はこれからうなぎ登りに上がっていくでしょう。
「良い問いを発すること」というのは、
「良い思考を出来ること」と同義です。
そして、「良い思考の燃料」を得る最も効率の良い手段は、
この世で読書を置いて私は他に知りません。



▼▼▼「心のシワ」の非対称性▼▼▼

著者が紹介している、
「心のシワ」という概念が気に入ったので、
引用してご紹介します。

→P147〜148 
《仕事や人とのつきあいの中で体験したことが、
記憶にある言葉と結びつき、
初めて「こういうことか」と腑に落ちることもあります。
それまでは単なる知識に過ぎなかった言葉は
そこで知恵に変わり、心のシワになるのです。
その反対に、体験していたことで言葉になっていなかったものが、
本で出会った言葉でそういうことだったのか、
と形を与えられることもあります。
すなわち、本で出会う言葉と体験は互いにキャッチボールをしながら、
その人の人生を作っていくのだと思います。
つまり本で読み、心に刻まれた内容は、必ず生き方に表れる。
そうなるためには、心に響く言葉は反芻してじっくり味わい、
さまざまな体験について、
それを洞察する視線を常に持っていないといけません。

心にシワが多い人は、人と向き合ったとき、
相手の心のシワがどのくらいあるのかが分かります。
反対にシワが少ない人は、
たとえ相手がたくさんのシワを持っていても、
それを感じることが出来ません。
 (中略)
やはりたくさんの経験を積んで、たくさんの本を読む。
時間をかけてシワをたくさんつくってきた人は、
シワの数だけ、より深い人生を生きられる。
そうやって心のシワを増やすことは
何物にも代えがたい喜びだと思います。》

、、、「心のシワ」という言葉で、
著者は情報→知識→教養という風に、
たんなる知識が体験知、経験知と織り合わさり、
そして教養とか見識と呼ばれるものとなって、
人の人生に刻み込まれていく様子を表現しています。

私が共感したのは、
「シワの多い人」は、
「シワの少ない人と多い人」を見分けられるが、
「シワの少ない人」は、
「シワの多い人」が目の前にいても、
それと気づかない、という非対称性です。

「バガボンド」でも「ドラゴンボール」でも良いのですが、
自分自身が「強い者」となった宮本武蔵や孫悟空は、
目の前にいる達人が、
たとえ普通のおじさんのような風体をしていても、
「この人は達人だ」と悟ります。
目の前にいる凡人が、
たとえ剣豪のような風体をしていても、
「この人は素人だ」と悟ります。
それは立ち姿や筋肉の付き方、
視線の動かし方や身にまとう「気」のようなものを、
これまでの人生経験から総合判断した結果、
「この人はおじさんに見えるけど達人」
「この人は剣豪のコスプレをしてるけど素人」
と区別することが出来るのです。

しかしマジックミラーのように非対称に、
素人は目の前に宮本武蔵がいたとしても、
それが達人とは気づきません。

教養においても同じです。
教養のある人は、数分間話せば、
相手が教養のある人かどうかが判断できます。
相手がサブカルやお笑いの話をしていても、
「この人は教養がある」と見抜けるし、
相手が「サルトルの実存主義が・・・」と、
背伸びした専門用語を連発していても、
「この人は教養がない」と見抜けます。

逆は起きません。

教養のない人は、
目の前にいて会話しているのが、
たとえソクラテスであっても、
その人を普通のおじさんとしか判別できないでしょう。
「心のシワ」の概念は、
「ジョハリの窓」と呼ばれる、
相互認知の非対称性にも通ずる面白い概念です。
 


▼▼▼空気を読むか?本を読むか?▼▼▼

最後に著者は、
現代日本における過剰な空気の読み合い(忖度の過剰)が、
社会全体を弱くしていると指摘します。
そして「空気を読まずに済むには、
読書によって自分の中に芯が通っている必要がある」
と指摘します。

つまり、
「本を読んで自分の確たる哲学を形成するか、
 さもなくば空気を読むことで一生を終えるか?」
ということです。
「本を読むか、それとも空気を読むか」
この二択が目の前にあるのです。
私は前者を選びたいです。

→P180〜181 
《いつも周りの空気を読んで付和雷同する人は、
自分の軸を持っていないからそうするのでしょう。
幅広くいろいろな本を日頃から読み、
仕事と真剣に向き合っている人は、
自分の考えや信念を持っているから、
安易に空気に流されるようなことはないはずです。
読書は心を自由にしてくれます。
読書によって自分の考えが練られ、軸ができれば、
空気を中心に思考したり、
行動したりすることはなくなるはずです。
世間の常識や空気に囚われない。
真の自由を読書はもたらすのです。》

、、、最初の大学生の質問への著者の答えは、
ですから「読書は人を自由にする」からだ、
ということになるでしょう。

イエスが言われた、
「真理は人を自由にする」の言い換えです。

「自由」を体験したことのない人は、
「自分が不自由である」ということにも無自覚ですから、
かの大学生は「そんなものいらない」と言うかもしれません。
「僕は今のままで十分満ち足りているから」と。
言い換えれば、
「僕は知るべき事を知っている」ということです。
現代の「正解主義」の底知れぬ傲慢がここにあります。

「マトリックス」という映画に、
「赤いカプセルと青いカプセル」が出てきます。
赤いカプセルを飲むと、
仮想現実から目を覚まし現実の戦いが始まります。
青いカプセルを飲めば、
もういちど夢の中に戻り、
仮想現実の中で一生を終えます。

▼参考画像:マトリックスのカプセル
https://goo.gl/JLyGBm

読書は「赤いカプセル」です。
最初の大学生の質問というのは、
「赤いカプセルと青いカプセル、
 どちらを飲むべきでしょう?
 赤いのを飲むのは嫌ですが、
 それは駄目でしょうか?」
という質問に置き換え可能です。

それを知った上で、
「ずっと寝ていたい」という人は、
どうぞ青いカプセルを飲んだら良い、
と私は個人的には思います。

自分は絶対に嫌ですが。

厳しいけれど本当の現実を選んだ、
かのマトリックスの主人公と同じく、
そんなの「本当に生きている」と、
言えないとすら思いますから。




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