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本のカフェ・ラテ『知性は死なない』【第三回】

2020.02.25 Tuesday

第110号  2019年10月22日配信号

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
■2 本のカフェ・ラテ
「本のエスプレッソショット」というこのメルマガの、
開始当初からの人気コーナーでは、
一冊の本を約5分で読める量(3,000〜10,000字)で、
圧縮し、「要約」して皆さんにお伝えしてきました。
忙しい読者の皆さんが一冊の本の内容を、
短時間で上っ面をなぞるだけではなく「理解する」ために、
「圧縮抽出」するというイメージです。
この「本のカフェラテ」はセルフパロディで、
本のエスプレッソショットほどは、網羅的ではないけれど、
私が興味をもった本(1冊〜2冊)について、
「先週読んだ本」の140文字(ルール破綻していますが)では、
語りきれないが、その本を「おかず」にいろんなことを語る、
というコーナーです。
「カフェ・ラテ」のルールとして、私のEvernoteの引用メモを紹介し、
それに逐次私がコメントしていく、という形を取りたいと思っています。
「体系化」まではいかないにしても、
ちょっとした「読書会」のような感じで、、、。
密度の高い「本のエスプレッソショット」を牛乳で薄めた、
いわば「カフェ・ラテ」のような感じで楽しんでいただければ幸いです。
::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::

『知性は死なない 平成の鬱を超えて』
著者:與那覇潤
出版年:2018年
出版社:文藝春秋
リンク:
https://amzn.to/2U6o988


今回の『本のカフェラテ』のコーナーは、
『知性は死なない』の完結編です。

まぁ、ほとんど忘れている人が多いとは思いますが。
なんせ、私ですら前回何書いたか、
あんまり覚えてないですから笑。

ちなみに前回、
7月16日配信号(vol.100)で、
この本を解説しています。

その後、自分自身が、
鬱症状の再来を経て、
現在は寛解に至るので、
まぁ内容的にはタイムリーなのかなと。

文字数も、執筆時間もあまりないので、
早速本題に入りましょう。


▼▼▼能力信仰が強い著者だからこそ
能力が奪われるうつ病になった。
私もまったく同じだった。

→P242〜243 
〈ですが、たとえばこういうふうに、考えてみてください。
あなたには、あなたの「属性」も「能力」も問わずに、
あなたを評価してくれる人がいますか、と。

仕事を持っている人なら、
かならず名刺に会社の部署や、
保有する資格を入れるでしょう。
そうした「属性」についての情報抜きで人付き合いをするのは、
こんにちのビジネス社会では不可能です。

働ける時間は有限なので、
「あの会社の人なら、顔を繋ぐ価値がある」
「この資格を持っている人なら、信頼出来そうだ」
というかたちで、属性によって対応すべき相手を絞らないと、
業務がパンクしてしまうからです。

私は学問という、
すこし特殊な業界で働いていたので、
相対的には属性についてルーズだったと思います。
資格のないフリーの文筆家に頭脳明晰な人がいて、
博士号を持つ東大の教授に
支離滅裂な人がいることを知っていたので、
属性で相手を評価することには、
慎重にならざるを得ませんでした。

しかしその分、「能力」で他人を評価することについては、
おそらくふつうのビジネスマンよりもシビアだったと思います。
能力がある人の声なら、相手の属性を問わずに、
耳を貸すべきだ。
逆に能力もない人間が、
属性が立派だからと言ってえばり散らしているのは、
良くない。

そう信じていたかっらこそ、
「病気によって能力を失う」
という想定外の体験をしたことが、衝撃でした。
能力のなくなった自分なんて、
この世に存在する価値はないじゃないか。
そう考えていました。

入院時に、病棟で共に過ごした仲間が教えてくれたのは、
そうではない、ということです。
彼らの多くもまた、病気によって能力を失っていました。〉


、、、「メリトクラシー」という言葉を、
みなさんは聞いたことがあるでしょうか。

Wikipediaによると、こうあります。

《メリトクラシー (meritocracy) とは、
メリット(merit、「業績、功績」)と
クラシー(cracy、ギリシャ語で「支配、統治」を意味するクラトスより)
を組み合わせた造語。
イギリスの社会学者マイケル・ヤングによる
1958年の著書『Rise of the Meritocracy』にて初出した。
個人の持っている能力によってその地位が決まり、
能力の高い者が統治する社会を指す。》


、、、「デモクラシー(民主主義)」は、
「大衆=デモ」による「統治」なので、
「大衆による独裁」と言い換えられます。

独裁政権は、
「オートクラシー」ですね。
オート=独り
クラシー=独裁
ですから。

神権政治は、
「テオクラシー」です。
「テオ(神)」による独裁だからです。

同じように、官僚統治は、
「ビュロクラシー」です。

このようにいろんな統治形態があります。
みなさんもご存じのように、
日本は外向きにはデモクラシー(民主主義)の国ですが、
官僚が強い権力を持っているという点で、
ビュロクラシー的なところもあり、
天皇に「神的な権威」があるという点で、
テオクラシーっぽいところもある。

このように統治形態というのは、
切り口や角度によって、
ひとつの国でもいろんな側面があるのです。

では、
「メリトクラシー」とはいかなるものか?

一番わかりやすいのが、
一部の「リバタリアニズム」を標榜する人々の考え方です。
日本だと、ホリエモンとかがそうですし、
あと、松本人志も典型的なメリトクラシー的思想の持ち主です。

簡単にいうとこういうことです。
「生まれが良い人」や、
「学歴が高い人」や、
「肩書きが立派な人」や、
「世論を味方に付けたポピュリスト」が、
この世の富や権力を持つのはおかしい。

「能力が高い人」こそが、
権力や富を持ち、
社会を運営していくべきだ、
という考え方が、
「メリトクラシー」の特徴です。

メリトクラシーを標榜する人は、
「能力が高い人」に多い。
堀江貴文氏は東大にいたころから、
ライブドアを創業し、
今もロケットを飛ばしたり、
様々な事業を展開しています。
松本人志は言わずと知れた天才です。

これは簡単な理由で、
「人は、自分が有利になるルールを採用したがる」
からです。

さて。

著者の與那覇さんは自分のことを、
「メリトクラシー的な思想に傾いた人間だった」
と告白しているわけです。
彼もまた東大を出て、
東大の中でも「こいつバカだな」と思うやつに出会い、
そして研究者となり、若くして大学の准教授となった。
彼の書いた「中国化する日本」なんか読むと、
まぁ、べらぼうに頭良い人であることが分かるんですよ。

一方で社会というのは、
「能力が高ければ評価される」わけでもなければ、
「頭が良ければ成功する」わけでもありません。
能力が低い人が出世したり、
仕事を怠けている人が上司に評価されたり、
頭が悪い人が成功したりします。

能力が高い人、
頭が良い人、
仕事が出来る人としては、
これが「面白くない」わけです。

私は與那覇さんの足下にも及ばないですが、
彼がそう考える理由は分かります。
私も腹の底では、
メリトクラシー的な考え方に寄っているからです。
仕事が出来ない人が評価されたり、
能力が低い人が出世したり、
逆に仕事が出来る人、
能力が高い人が評価されず、
成功もしていない状況を見るのは、
私にとっては耐えがたい苦痛です。

私が当事者だろうがそうでなかろうが。

じっさいに能力が高い與那覇さんとは違い、
私の場合、客観的に私の能力が高いからではなく、
たぶん「うぬぼれている」だけ思うんですが。
いずれにせよ、
「能力が高い人ほど評価も高いべきだ」
と考える人は、
たいてい能力が高い傾向にある、
というのは事実です。

先に進みましょう。

じっさいにそうなのか、
「うぬぼれているだけか」の違いはあれど、
「生まれや肩書きや世渡りではなく、
 能力で勝負したい」と考える與那覇さんと私は、
「地位や肩書きとか、
 有名か無名かとか、
 世間的に評価が高いかどうか」よりも、
「その人が本当に有能かどうか」
だけで人を評価したいし、
自分もまたそのように評価されたい、
という、かなり強い認知的傾向を持っている、
という点で共通しているわけです。

さて。

ここで鬱病です。

たしかこのシリーズの、
前編か中編で説明したのですが、
鬱病というのは、
「能力を失っていく病気」でもあります。

「出来たことが、
 ひとつずつ出来なくなっていく病気」なのです。

ドラクエでレベル50まで成長してたとしましょう。
最強装備をそろえ、全部の魔法を覚えていたとしましょう。
鬱病って、毎日レベルが一つずつ下がっていく、
そういう感じです。

1ヶ月もすると、
レベルは1桁になる。
装備は、盾も剣も鎧も、なんにもなくなる。
魔法は毎日一つずつ忘れていって、
最後には「ホイミ」すら仕えなくなる。

鬱病ってそんな感じです。
最初は高度な決断が出来なくなり、
複雑な思考が出来なくなる。
エネルギーを要するようなイベントに尻込みする。
さらに進むと、
文字が読めなくなる。
朝布団から起きるエネルギーがなくなる。
最終的に、
「今日朝ご飯を食べるかどうか」
という二択が選べなくなり、
パニックになって、
私は机の下で震えていましたから。

そうすると邪魔になるのは、
「メリトクラシー」です。

この考え方は、
能力が高い人にとって、
通常時は自分を守ってくれる盾にもなります。
「世間は自分を評価しないけど、
 俺は良い仕事をしていることを、
 自分でよく分かってる。
 だから、大丈夫」と、
毀誉褒貶に動じなくなるし、
変な功名心に足をすくわれることからも、
自分を守ってくれます。

しかし鬱を煩い、
能力をむしり取られていくと、
「メリトクラシー」は逆に、
自分の首を絞める殺人装置になります。

だってその基準だと、
「毎日自分の価値が減退していく」わけですから。
最後は価値が「無」になります。

著者は
「肩書きや外的な評価ではなく、
 能力と価値を結びつける」
という思考の習慣を持っていた、
そんな自分が鬱病を患った、
ということに、
とても大切な意味があるのではないか、
とここで自己分析しているわけです。

先月だったか、
私はヤコブが神と格闘した、
「ヤボクの渡し」の事件について、
メルマガに書きました。

ヤコブは自分の最大の強みであり、
最大の欠点でもあった、
「謀略としたたかさ」という、
「自己アイデンティティ」を、
あの格闘で「打ち砕かれる」わけです。
その象徴が、「もものつがいが打たれた」ことと、
「ヤコブ(かかとを掴む者)」から、
「イスラエル(神は戦う)」に、
名前が変わったことだ、と言いました。

私もまた、
自分の最大の強みは、
論理的思考力だったりとか、
知的生産力だと思っています。
鬱病ってまさにその部分が壊滅的に、
「やられる」病気なので、
これって、
サッカー選手にとっての前十字靱帯断裂とか、
音楽家にとっての難聴とか、
料理人にとっての味覚異常とか、
パイロットにとっての視覚障害とか、
そんな感じのダメージなんです。

そうすると、
「自分がよって立つ足場」
が、崩れていく感覚に陥ります。
自分がそこに立っていた世界が、
足下から崩落していく感じというか。

著者がここで続けている話というのは、
「そこから先」の話です。
著者はそこで「友」に出会った、
と言っています。

それは病室の同病者たちだった、と。

つまり、
足場が崩落した先に、
「能力を奪われた無価値な自分」しか、
残らないと思っていた。
ところがそうでないことを、
同病者たちから教えられた、
と著者は言っているんです。

再度引用します。


〈そう信じていたかっらこそ、
「病気によって能力を失う」
という想定外の体験をしたことが、衝撃でした。
能力のなくなった自分なんて、
この世に存在する価値はないじゃないか。
そう考えていました。

入院時に、病棟で共に過ごした仲間が教えてくれたのは、
そうではない、ということです。
彼らの多くもまた、病気によって能力を失っていました。〉


、、、同病者のなかには、
大学のインカレで戦うほどの、
屈強なラグビー選手がいたそうですが、
彼は「トイレに行くエネルギー」がなくなり、
尿瓶を買おうか悩んでいた、
と著者は別の箇所で書いています。

精神病院の入院患者たちは、
著者と同じように、
「よって立つ能力を剥奪された人々」でした。
全員が人生の半ばにして、
装備を外され、
魔法を全部忘れ、
レベル1に戻っていました。

著者は、「能力=価値」だと思ってるから、
能力がゼロになった自分は、
価値がゼロになるはずだ、
と考えていた。

ところがそうでない、
ということを、
病室で発見するのです。

この発見こそ、
著者にとっての「天啓」だった、
ということが後々分かってくるわけです。

次のくだりに続きます。



▼▼▼友だちの定義と、社会の在り方

→P244〜245 
〈かつて博士号を持つ大学の教員として、
当時の自分の能力をフルに回転させた授業や言論活動をしても、
「おまえは、大学に皇太子を呼べないだろ」(1章)、
「副総理よりはえらくないだろ」(4章)
としか評価されなかった。

それがどうして、属性も知られず、
能力を失った今の方が、
はるかに敬意を持って扱ってもらえるのだろう。

たとえば平成の半ばにインターネットが普及し始めたとき、
人々が夢見ていたのは、そういう関係ではなかったかと思います。
これからは、属性を問わずにいろんな人とつきあえる。
もちろん能力が不要とまでは思わなかったでしょうが、
すくなくとも成績・業績競争に勤しむ日常の世界とは、
ちょっとちがった、
学校や職場に閉ざされていては得られない、
ゆたかな関係が手に入ると。

実際に起こったことは、逆でした。
「属性・能力抜き」で言いたい放題書き散らす空間は、
2ちゃんねるの一部のような誹謗中傷の温床となり、
反対にフェイスブックやインスタグラムは
「お洒落なオフィス街にさっそうと通勤し、
余暇の過ごし方も一流の私」をアピールする、
「属性・能力顕示」の場所になりました。

退院した後も、彼らのうち何人かとは交流を続けています。
そうした関係をどう呼ぶかといえば、
月並みですが「友だち」になるでしょう。
しかし、友だちを「属性や能力に関わりなく、
あなたとつきあってくれる人」と定義している人は、
どれほどいるでしょうか。
 (中略)
だから属性や能力を失っただけ、
人は発病や休職によって、
「うしなう可能性」が出てきただけで、
自分の人格を全否定してしまう。

うしなったって別にいいよ。
それでものこるのが本来の意味での「友だち」だから。
――そういう認識が広まるだけで、
どれだけ多くの人が救われるだろうかと、
いま私は感じざるを得ません。

そんな極論めいた定義の友だちなんて、
ふつういないだろ、と感じた方もいるでしょう。
ええ、いなくてもかまいません。
じっさいに私も、たまたま入院時に運良く得られただけのことで、
そうでなければきっと、いなかったろうと思います。
 (中略)
あなたがそれを必要とする日が来るまでは
「人付き合いは苦手じゃないんですけど、
ほんとうの友だちとなると、なかなかできなくて」で、
かまわないのです。

属性や能力が全てではないということ。
それをうしなってなお、残る人との関係という概念があり、
自分が今まだそれにアクセスできていなかったとしても、
やがてつながる可能性はだれにも否定できないと言うこと。
そういう発想を社会的に育んでいくことが、
だれにとってもいまより過ごしやすい世界を、
長期的にはつくるのだと考えています。〉


、、、著者は「能力を失った果て」に、
なお友達でいてくれる人間を、
友達と呼ぶのだ、という「真理」を、
病室で発見したのです。

なぜ、ほとんどの人にとって、
「親友」は、学生時代の友人なのか、
という答えもここにあります。

学生時代は極論すると、
全員が「レベル1」だからです。
社会で何者にもなっていない人の集まりが学校ですから。
成功者もいない代わりに失敗者もいない。
そのような時期に「友達」だったということは、
自分の「芯」の部分で共鳴し合っていた可能性が高い、
というのが、親友が多くの場合学生時代に作られる理由です。

社会に出ると、
「肩書き・学歴・収入・住んでいる場所や家・
 乗っている車・業界内での評価」などなど、
いろんな「装備品」が出てくる。

そうすると目の前の人が、
自分の装備品に惹かれて付き合ってくれているのか、
本当に自分に興味があるのか、
分からなくなってくる。

いつしか次第に、
「装備品同士で会話する」
という器用な芸当を身につける。

そうして人間は、
10代より20代、
20代より30代、
40代より50代、、、、
という風に、
友人が減っていき、
「孤独で不機嫌な高齢者」が完成するのです。

この力にあらがうことはとても難しい。

まして今の世界は、
著者が指摘するように、
「肩書きや能力にしばられない付き合いが出来る場」
になると期待したインターネットが、
SNSなどによって、
逆に「いかに自分が幸せか」という、
承認欲求を競う闘技場になり、
学生ですらそのような「装備品」を、
ひとつ背負うことになってしまった。

著者の友人の定義、
すなわち、「属性や能力に関わりなく、
あなたとつきあってくれる人」が、
友人なのだとすれば、
SNSは「友だち」を得ることにおいて、
逆にノイズ、あるいは障壁になってしまっている。
この現状を考えると、
「友だち機能」によってSNSが広がった、
というのはなんとも皮肉にあふれた事実です。

さて。

著者は病室で「友だち」を発見しました。
正確には「友だちの本当の定義」を発見し、
それによって目の前の人が友だちだと分かった、
ということなのですが、
私もまた、病気によって、
「友だち」を得たので、
この感覚は非常によく分かります。

自分に付随する価値ではなく、
私という人間に価値をおいてくれる人間が、
この世界にいるんだ、
ということを、理屈でなく体験的に知ることが出来たことは、
私の「世界観」をも変えました。

作家の佐藤優氏がラジオにゲスト出演した際、
かつて政治がらみの疑惑で東京地検特捜部に拘留された経験について、
パーソナリティからインタビューされるのを、
聞いたことがあります。
「拘置所の独房で512日過ごしたことによって、 
 良かったことは?」と問われて、
「友だちが誰か分かったことです。
 あれによって生涯の友を得ました。」
と即答で答えていました。

彼はやり手の外交官でした。
マスコミ関係や、官僚、政治家、実業家、、、
そういった人々は、
彼の肩書きと能力と影響力に惹かれて、
食事にさそったり、
手をスリスリしながら近づいてきたり、
甘言を投げかけたりしました。

霞ヶ関の官僚って、
それだけで「殿様気分」を味わえます。
じっさい、30代とかで、
自分の裁量で100億規模の予算が動いたりしますから。

しかし、彼が拘留された瞬間、
潮が引くように人間がコンタクトを取らなくなったそうです。
佐藤優とのつながりが「黒歴史」になるということで、
切られたんでしょうね。
彼がSNSをもしやってたら、
1,000人いた「友だち」が、
一気に10人以下になる感じでしょうか。

それとは逆に、
外交官だったときには積極的に連絡を取ってこなかったが、
拘留されたというニュースを聞き、
近づいてきて支援を申し出る人が、
本当に少数だがいた。

佐藤さんはそのとき、
「あぁ、この人が本当の友だちだったんだ」
と分かった、と言います。

現在も彼らとは親密な関係を続けているし、
彼らは一生涯親友だと思う。
だから、小菅の拘置所で得たものは「親友」なのだ、
ということです。

『夜と霧』を書いた、
ヴィクトール・フランクルは、
『人間とは何か』という本のなかで、
人間には3つの「価値」がある、
と言っています。

ひとつめは、
「創造価値」、
これはその人が社会にどのような価値を付け加えるか、
ということで測られる価値です。
メリトクラシーの考え方に近いですね。

ふたつめが、「経験価値」。
これは、
「その人がこの世界を経験する」
それ自体に価値がある、ということです。

みっつめが、「態度価値」
これは病気などの理由により、
「経験価値」すら奪われたときに、
その「運命」自体を、
その人がどのように解釈し、受容するか、
という「選択」をすることが出来る。
その受け取り方に価値があるのだ、
とフランクルは言います。

私たちの社会は、
最初の「創造価値」に、
ウェイトの95%ぐらいをおいている社会、
と言って良いんじゃないでしょうか。

SNSでの「幸せ自慢大会」、
学歴のレース、
出世のレース、
収入や暮らし向きの比較、、、
そういった「外的な価値」に私たちは縛られています。

しかし、
それらを奪われたときに、
残りの二つの価値が重要になってくる。
この二つの価値が分かると、
「友人」の意味も分かってくる。
「友人」というのはなぜなら、
後者の二つの価値において、
共鳴し合う存在だからです。

そういった世界観が社会に広がると、
日本はもうすこし、
万人にとって生きやすい社会になるのではないか、
鬱病を患った社会学者の與那覇さんは、
そう主張しているわけです。


、、、とここまで書いて、
ごめんなさい。
文字数と執筆時間が足りなくなりました。

最後まで解説出来ませんでしたので、
来週、もう一回だけ、
この本の最後の部分を解説したいと思います。
4回にまたがるとは当初思ってませんでしたが、
まぁ、半年かけた読書会だと思って、
お付き合いくだされば幸いです。

それではまた来週!

有名人と人生を交換するとしたら?

2020.02.24 Monday

第110号  2019年10月22日配信号

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
■1 今週のオープニングトーク
::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::

先週も告知しましたが、
活動報告のレターをアップロードしました。
今年の夏の活動報告が掲載されています。
祈り支援してくださる支援者の方も、
随時募集しています。
働きのパートナーとして、
新たに祈り支えてくださりたい方は、
是非ご一報ください。

▼2019年7−9月号
http://karashi.net/resource/NL/jinnai/2019_0710.pdf


、、、では、早速質問カード行きましょう。

▼質問:
有名人の誰かと、
人生を交換しなければならないとしたら誰を選びますか?


、、、うーん。
特に思い浮かばないですね。

有名人って、
いつも大変だろうな、
としか思いませんので。

「有名であること」自体に、
うらやましいと思うことは、
私の性格だと全くなく、
むしろ気の毒なことの方が多いです。

なので私が人生を交換したいとしたら、
「有名であること自体」よりも、
その他の要素が重要になりますね。
いつものように3人、ご紹介しましょう。


▼▼▼さかなクン

まずはダントツでさかなクンですね。
「好きで好きでしょうがないもの」があり、
それを仕事にして、
そして世の中の役にも立つ。

「この世に生を与えられた者の生き方」として、
最高だと思います。

すギョーく羨ましいです。

もし生まれ変わって別の生き方が選べるとしたら、、、
みたいなやつってあるじゃないですか。
私がやってみたいのは、
「深海魚の研究者」なんですよね。

ゼッタイ面白いし、あんなの。

人類の「未知の地平線」は、
以前は太平洋の向こう側だったり、
目に見えない微生物だったり、
月の裏側だったりしたのですが、
アメリカ大陸が発見され、
電子顕微鏡が分子の世界まで明らかにし、
アポロ計画で人類が月を踏破した今、
「残された未知」は二つしかないと思います。

ひとつは宇宙の果て、
もうひとつが「深海」です。

深海って、
意外なほどまだ知らないことが多いんですよね。
だから新しい発見が次々に今も起きている。
硫黄を栄養に出来る生物とか、
100度以上の高温でも生きられる微生物とか、
最近もいろいろ見つかってますが、
まだまだ未知の発見がいっぱいあるはずなのです。

わくわくしませんか?
私はわくわくします。

根が「人文系」ではなく、
「自然科学系」の体質なので、
こういうのが一番興奮するのです。

さかなクン、なりたいなぁ。
さかなクンになって、
「ギョギョギョ、さかなチャンネル」という、
Podcast番組を毎日配信したい。


▼▼▼レブロン・ジェームズ

言わずと知れたNBAの「キング」です。
レブロンVSジョーダン、
どちらが「GOAT」か?論争、
っていうのが、
この10年ぐらいずっとあります。

海外のサイトとか観ると、
死人が出るんじゃないかっていうぐらい、
侃々諤々の白熱した議論が交わされています。

ちなみに「GOAT」というのは、
Greatest Of All Timeの略で、
「歴代最高選手」という意味です。

でもやはり、
ジョーダン派が7割以上、って感じですね。
バスケ素人といいますか、
あんまり詳しくないライトなNBAファンに聞けば、
ジョーダン派が9割になるでしょう。

でも私はレブロン派なんですよね。

そもそも二人はポジションもプレースタイルも違うので、
同じ土俵で比べるのは無理がある、というのはあります。

イチローと王貞治、
どちらが偉大な野球選手か、とか、
アントニオ猪木とオカダカズチカ、
どっちがすごいか論争みたいなのって、
いや、比べられんよそれは、っていう話なんですわ。

ジョーダンはすごいですよ、そりゃ。
とにかく「美しい」んですよね。
スタッツ(各種数値)には現れない美しさがあります。
ジョーダンのダブルクラッチとかは、
なんというか、それ自体彫刻のような美しさがあるんですわ。

それでも私はレブロンなんですよね。

私がそう考えるのは、
彼は「ゲームチェンジャー」だったからで、
とにかく彼の場合、
「オールラウンダー」なんですよね。
1番から5番まで全部できる。
(ポイントガードからセンターまでっていう意味ね)

そして「バスケIQ」がずば抜けてる。
クリーブランド時代とか、
コート上にいながら、
タロン・ルーヘッドコーチに指示する勢いでしたから。
もちろんジョーダンのバスケIQも高いのは言うまでもないんですが、
ジョーダンの場合「エース」としてのIQなんですよね。
レブロンはもうちょっと引いた目でチームを見わたして、
状況判断ができる頭の良さを持っています。
リオネル・メッシのサッカーIQと、
イニエスタのサッカーIQは違うんですよ。
そんな感じです。

端的に言うと、レブロンはバスケという競技の、
「ポジション」という概念を無効化したんです。
200センチ超えで、相手センターとも当たり負けしない大男が、
ポイントガードまでこなせて、
スリーポイントもバスバス入るわけですから。
90年代NBAで言うと、
レブロンって、
ジョン・ストックトンのパスセンスと、
カール・マローンの鋼の肉体、
チャールズ・バークレーのインサイドの強さ、
レジー・ミラーのクラッチタイムの3ポイント、
ドミニク・ウィルキンスのダンク、
ディケンベ・ムトンボのブロックショット、
フィル・ジャクソンの「頭脳」、
これらをすべて持ってる感じなんですよね。

もう、ゲームなら「チートキャラ」なんですが、
それが本当に「実在する」っていうんだからすごい。

かつてサッカーの世界に、
「ヨハン・クライフ」という、
オランダの「ゲームチェンジャー」がいたんですが、
レブロンのインパクトって、
そういうところがあるんですよね。

レブロン、ジョーダン論争は、
あと2時間ぐらい語れるのですが、
まぁ今日はこのへんで。

、、、で、なぜ私がレブロンになってみたいか。

彼は現在、地上のあらゆるアスリートの中で、
「最高の身体」を持ってると思うからです。
200センチ超えで、
「サッカー選手の足」ぐらい太い腕を持ち、
彼の「スプリント」は陸上短距離選手並みの早さです。
ジャンプの最高到達点は400センチに迫ります。
しかも、レブロンって怪我をしない選手でもあります。

彼は「身体をメンテナンスする」ためだけに、
年間1億円以上使っています。

「そんな身体」になるのが、
いったいどんな気分なのか、
味わってみたい、
という、ただそれだけの理由です。
「超人」願望といいますか。
体験してみたいですね。


▼▼▼松本人志

これも「超人願望」です。
彼についてはいろんな評価があります。
最近は政権とも近い関係になったりして、
ちょっと「アレ」なところがあるのですが、
「笑い脳」というか「笑いIQ」ということでいうと、
彼ほど頭の良い人間は、
過去100年間いなかったし、
今後100年も登場しないでしょう。

私はそう思います。
これは、自信を持って。

彼の「笑い戦闘力」というか、
「面白いことを言う瞬発力」とか、
「面白いことを生み出す力」、
「新しい笑いを構築する創造力」、
そういったものを総合した力というのは、
たけし、さんまなんて足下にも及びません。

三国志でいうと、
「呂布」ぐらい強いわけです。
「お笑い戦闘力」だけで測るなら。
(伝わってるのかな?)

彼の「笑い脳」の高さって尋常じゃないんですよ。

野球なら余裕で4割打ってるし、
サッカーならパルムドールを10年連続で取るでしょうし、
100メートル走なら9秒切ってるでしょうね。

彼の「笑い」という分野の能力の高さは、
そのぐらいずば抜けています。

でもいかんせん、
「笑い」ってスポーツのような数値化が難しいし、
勝負事にするのが難しいから、
優劣をつけがたい。

松本人志の本音はだから、
笑いをスポーツにすることだと思うんですよね。
彼が関わってきてるM-1とか、
IPPONグランプリとか、
ドキュメンタルとか、
そういうのを観ればそれは自明で、
彼は笑いを文化というよりも、
格闘技とか陸上競技だと思ってやってると思います。

、、、そんな松本人志になぜなりたいか?

レブロンと同じです。
彼のような頭の良さがあったら、
いったい世界はどんな風に見えるんだろう、
という好奇心ですね。

『遺書』という本の中で、
松本人志は、自分を天才だと前おいた上で、
「もし読者のあなたが、
 俺になってみたら、
 『天才』っていうのは控えめな表現だとおもうに違いない。
 俺を傲慢だとかいう奴は、
 一回俺になってみろ。分かるから。」
というようなことを言ってるんですよね。

じっさい、30代のキレッキレの時代の彼の笑いって、
野球だったら場外ホームラン打ってるのに、
それがホームランと認識されないほど飛距離が出ていて、
それをホームランと認識出来るのは、
浜田雅功だけだった、
みたいなことも書いています。

それも、ちょっと分かるんですよね。
発想の飛躍の仕方とか、
地球を3周回って、1ミリずらした、
みたいなレベルのボケって、
もう常人には「拾えない」わけです。
「お笑い凡人」に、
聞き取ることの出来る周波数を超えとるわけですよ。

松本人志になったら、
世界はどう見えるのか、
ちょっと興味がありますねぇ。


、、、というわけで、
「なってみたい有名人」でした。
もちろん期間限定で。
私には「陣内俊」という、
神から賜った大事な仕事がありますので、
それを完遂するのが最重要です。

陣内が先月観た映画 2019年8月 『ワンダー 君は太陽』他

2020.02.18 Tuesday

第109号   2019年10月15日配信号

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■2 陣内が先月観た映画 2019年8月

月に一度のお楽しみ、
「陣内が先月観た映画」のコーナー。

タイトルそのまんまの企画です。
先月私がいろんなかたちで観た映画を、
一挙に紹介しちゃうというコーナー。

5本以上観た月だけの限定コーナーとなります。
先月はけっこう観たので、
けっこう紹介できます。

もともと映画を観るほうではありますが、
Amazonプライムのストリーミングで観るようになって、
観る本数が3倍ぐらいに増加しました。
移動中に観れるというのが大きいです。
電車の中やバスの中で本を読むのは少し疲れますが、
映画はノーストレスです。
長時間移動がある月なんかは、
往復の移動だけで4、5本観れたりします。

観るだけではもったいないので、
皆様に紹介しちゃおう、
というのがこのコーナー。

世界一小規模の映画賞、
「月間陣内アカデミー賞」もやります(笑)。

「おもしろそうだな」と思うやつがあったら、
それをレンタルして観てみる、とか、
あとこれを読んで、観たつもりになって、
誰かに知ったかぶりする(笑)などの
使い方をしていただければ、これ幸いです。

「陣内が先週読んだ本」の
140文字ブリーフィングが好評なので、
映画評論も140文字で試みます。

時短は正義(!)ですから笑。

「読んだ本」コーナーと同じで、
140文字はあくまで「努力目標」です。

*どうしても「ネタバレ」要素をいくらか含みますので、
絶対にネタバレしたくない作品がありましたら、
器用に読み飛ばしてくだされば幸いです。
:::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::

、、、9月第一週に、
体調不良のため、
「観た映画」を配信出来なかったので、
8月分の「観た映画」を、
今月配信します。


●僕は明日、昨日の君とデートする

鑑賞した日:2019年8月1日
鑑賞した方法:Amazonプライム特典

監督:三木孝浩
主演:小松菜奈、福士蒼汰
公開年・国:2016年(日本)
リンク:
https://bre.is/rerPxggWa

▼140文字ブリーフィング:

友人に勧められて鑑賞しました。
「タイムリープもの」で、
二回見たくなる感じの時間のからくりがある作品、
というカテゴライズが出来ます。
こういう構造の別の映画に、
「イニシエーション・ラブ」っていうのがあって、
どちらも好きです。
意図的なミスリードがあったりして、
こういう脚本を書くのって、
楽しそうだなぁと思います。
小松菜奈は良い役者ですね。
(166文字)


●火花

鑑賞した日:2019年8月7日
鑑賞した方法:Amazonプライムで視聴(タブレット)

監督:板尾創路
主演:菅田将暉、桐谷健太、木村文乃
公開年・国:2017年(日本)
リンク:
https://bre.is/c6AUA8Ya

▼140文字ブリーフィング:

又吉直樹の小説の映画化です。
言わずと知れた、芥川賞受賞作品ですね。
それを同じ吉本の先輩、板尾創路が監督したのですから
とりあえず見ておきますか、となりますね。
もちろん、ハードルは下げて。

ハードルを下げていたとは言え、
期待を下回りました笑。
小説のような「情緒」がありませんでした。
原作を読めば分かりますが当然、
吉祥寺がロケ地なので、
けっこうなじみのある町並みを映画で見られたのは良かったです。
あと二丁拳銃の川谷の演技も良かったですね。

ただ、いかんせん、
「せつなさ成分」が、小説の10分の1なんですよね。
「切なさ」こそが又吉文学の真骨頂なのに。
エンドロールで、
ビートたけし作詞作曲の芸人賛歌「浅草キッド」を、
桐谷と菅田が歌います。
そこはぐっときました。
(323文字)


●スパイダーバース

鑑賞した日:2019年8月3日
鑑賞した方法:Amazonビデオでレンタル(399円)

監督:ボブ・ペルシケッティ、ピーター・ラムジー、ロドニー・ロスマン
主演:シャメイク・ムーア
公開年・国:2018年(アメリカ)
リンク:
https://bre.is/m8QWQKBd

▼140文字ブリーフィング:

2018年の世界のアニメーションの賞を総なめにした作品です。
アニメーションの世界で活躍していた、
オタキングの岡田斗司夫がYouTube放送で、
「これを見て本当にショックを受けた。
 嫉妬を通り越して呆然とした。
 日本のアニメは10年置いて行かれた。」
と言っていて興味を持ちました。

この作品には6人のスパイダーマンが登場します。
6人のスパイダーマンがそれぞれ、
多元宇宙(コミック本のメタファーとしての)における、
「唯一のスパイダーマン」という設定なのです。
多元宇宙であることを示すために、
コカ・コーラが「コカ・ソーダ」になっていたりするという表現法は、
村上春樹の「1Q84」において、
警官の所持する銃が高性能になっているという形で
多元宇宙を表したことと似ています。

多分岡田斗司夫が悔しがったのはここだと思うのですが、
映像なのにコミックを読んでいるような「コマ送り感」や、
スクリーントーン、効果音が文字化するなどのギミック、
さらに1920年代から来た白黒のスパイダーマンは、
色盲で常に彼の周囲で風が吹いているだとか、
2100年から来た日本の少女のスパイダーパーソンは
日本のアニメのトーンや世界観が現れていることだとか、
アメリカのコミックの豚のハンマーは重力の法則を無視するとか、
複数の世界観がひとつの画面に収まるという、
すごい野心的なことをしているのです。

ただ、これを味わうにはやはり、
劇場で見ないとすごさが分からなかったな、
と思います。
劇場で見なきゃ駄目な映画、
っていうのが世の中にはいくつかあるのです。

結果、私は2度観ました。
確かにちょっと「次に行っちゃってる」アニメです。
(684文字)



●シュガーラッシュ・オンライン

鑑賞した日:2019年8月29日
鑑賞した方法:Amazonビデオでレンタル(100円)

監督:フィル・ジョンストン
主演:ジョン・C・ライリー
公開年・国:2018年(アメリカ)
リンク:
https://bre.is/GBTdRjth

▼140文字ブリーフィング:

ピクサー作品なので、
見る前から「80点超え」は確定していましたが、
実際90点を超えてきました。
ゲームやビットの世界を比喩的に現実化する、という意味で、
ちょっと「サマーウォーズ」を思い出したました。
後に本作が『ズートピア』と同じ監督と知って納得しました。
この監督のテーマは、『分断を超えていく』ことなんですよね。
ズートピアは人種間の橋を架ける話だったが、
今回はオンライン派(ヴァネロペ)と、
オフライン派(ラルフ)の間に橋を架け、
折り合いをつける話です。
デジタルネイティブ世代と、
旧世代の世界観の違いは深刻ですが、
本作はそれに対するひとつの答えを出そうとしています。
ピクサーって、いつもテーマがとても深いんですよね。
(306文字)



●ピンポン(アニメ)

鑑賞した日:2019年8月8日
鑑賞した方法:Amazonプライムで視聴(タブレット)

監督:湯浅政明(原作、松本大洋)
主演: 片山福十郎
公開年・国:2014年(日本)
リンク:
https://bre.is/adj6Va6P

▼140文字ブリーフィング:

『ピンポン』は、
2002年の実写版(宮藤官九郎監督)を見て大好きになり、
その後松本大洋の原作を読んで、
今度はそれきっかけで松本大洋のファンになり、、、
という、私の20代に大きな影響を与えた作品です。

その『テレビアニメ版』がこちら。
Amazonプライムで見られるのでさほど期待せずに見たのですが、
めちゃくちゃ良かったですね。

スマイルの「おかえり、ヒーロー」のシーンは、
スラムダンクで言う「バスケがしたいです」
と同じで、何度見ても泣いちゃうくだりなのですが、
電車の中でこのシーンが来たとき、
油断して泣いてしまいました。
(もちろん周囲にはばれてません)

宮藤官九郎の映画版と匹敵するか、
それをしのぐような力作でした。
オープニングソングとエンディングソングがある、
テレビアニメのわくわく感を久々に味わいました。
(350文字)



●ワンダー 君は太陽

鑑賞した日:2019年8月10日
鑑賞した方法:Amazonビデオで有料レンタル(399円)

監督:スティーブン・チョボルスキー
主演:ジュリア・ロバーツ他
公開年・国:2017年(アメリカ)
リンク:
https://bre.is/FHfpvpT9

▼140文字ブリーフィング:

これは前々回(?)のQ&Aコーナーで説明したので、
詳細は割愛します。

ただの「障害者」によるお涙ちょうだい映画ではなくてビビりました。
本人の視点、姉の視点、本人の友達の視点など、
複眼的に同じ出来事を追っていく、
「ナラティブセラピー」の話だったのです。
かなり度肝を抜かれましたね。
最後のシーンは落涙しました。
超お勧めです。
(159文字)



●デトロイト

鑑賞した日:2019年8月5日
鑑賞した方法:Amazonビデオでレンタル(100円)

監督:キャサリン・ビグロー
主演:ジョン・ボイエガ
公開年・国:2018年(アメリカ)
リンク:
https://bre.is/cvVZKHgx

▼140文字ブリーフィング:

めちゃくちゃ評判が良く、
アカデミー賞候補と称された映画でもあったので、
ずっと見たかったんですよね。

1967年の「デトロイト暴動」というのがあります。
40名を超える死者、
1000名を超える負傷者を出した暴動事件で、
スラム化したデトロイトの中心部で、
「黒人が白人の命を狙っている」というデマを、
警察官までが信じ込み、
州兵まで投じて鎮圧された暴動事件で、
その背後にはアメリカ社会を根深く浸食する「レイシズム」があります。

その際に実際に起きた、
「白人警官による無実の黒人の監禁・暴行・射殺事件」
というのがあります。
裁判でなんと白人警官は無実になるのですが、
その事件の生存者(居合わせた白人女性)から、
監督が話を聞き、事実をもとに再構成したのが本作です。

40分にわたる監禁シーンは、
「映画史に残る長尺の緊張シーン」ですし、
レイシズムが吹き荒れる、
トランプ以降のアメリカ社会を、
鋭く批判する形になっており、
非常に優れた映画作品です。
圧巻でした。

本作に登場する白人警官役の、
「頭の悪さの表現」が卓越していました(褒め言葉)。
あの頭の悪さは★5つです。
ある人の「IQの低さ」と、
人種差別傾向および右翼傾向が正の相関関係にある、
というのは最近の研究で明らかになってきているのですが、
映像でそれを見事に表現してくれています(褒め言葉)。
(558文字)



●1987

鑑賞した日:2019年8月12日
鑑賞した方法:Amazonビデオでレンタル(100円)

監督:チャン・ジュナン
主演:キム・ユンソク
公開年・国:2017年(韓国)
リンク:
https://bre.is/hQMXkcZE

▼140文字ブリーフィング:

韓国で1987年にじっさいに起きた、
民主化デモの話です。
今の香港でのデモと非常に近しいという意味で、
非常に現代的なテーマです。
ところがこの映画を見たのが鬱の最中だったからか、
あまり内容を覚えていません笑。
(102文字)



●ギフト 僕が君に残せるもの

鑑賞した日:2019年8月26日
鑑賞した方法:Amazonプライム(タブレット)

監督:クレイ・トゥイール
主演:スティーヴ・グリーソン(ドキュメンタリー)
公開年・国:2016年(アメリカ)
リンク:
https://bre.is/tGSkb4gd

▼140文字ブリーフィング:

Netflixとか、
Amazonのオリジナルコンテンツって増えてるじゃないですか。
Amazonオリジナル映画の『ジョナス・ブラザーズ』を7月に見て、
私はかなり衝撃を受けました。
たしかNetflixオリジナル映画の、『ローマ』が、
ベネチア映画祭の金獅子賞を取ったんですよね。

本当に、あと10年ぐらい経ったら、
世界最大の映画会社は、
20世紀FOXとかワーナーとかじゃなく、
NetflixとかAmazonになるかもしれないですよね。

、、、で、こちらもAmazonオリジナルコンテンツです。
「グリーソン」が原題。
ALSを煩ったじっさいのアメフト選手のドキュメンタリーです。
これも鬱であまり覚えていませんが、
めちゃくちゃ良かったことだけは覚えています。
素晴らしい映画です。
Amazonプライム会員は全員見た方が良い。
マジで。
泣きます。
(357文字)



●言の葉の庭

鑑賞した日:2019年8月27日
鑑賞した方法:Amazonプライムで鑑賞(タブレット)

監督:新海誠
主演:入野自由
公開年・国:2013年(日本)
リンク:
https://bre.is/MDrddKnH

▼140文字ブリーフィング:

ジムのマシンで走りながら見ました。
『君の名は』の、新海誠監督の過去作品です。

これも鬱であまり覚えていないんですよね笑。

町山智宏さんがポッドキャストで言ってたんですけど、
新海誠監督のアニメーションって、
「情景描写の快楽」がその本質にあります。
引き戸が「ガラガラ」って音を立てて動く様、
東京の街の喧騒の中、革靴が駅のホームにたてる音、
満員電車の「ガタン・ゴトン」となる音と車窓から見える風景、
そういったものを「現実を超えた現実感」で描くことによって、
見ている側はなんとも言えない快楽を覚える。

そこにストーリー性は実はあまりいらなくて、
その「情景の描写」そのものの奥に、
鑑賞者はいろんなものを読み取る。

これって、実は「俳句」であり「和歌」なんだ、
って町山さんが言ってて、
「あぁ、なるほど」と私は思ったんですよね。
「古池や 蛙飛び込む 水の音」
ってそういうことでしょ。

アニメが俳句に似ているんじゃなくて、
実は逆なんだ、と町山さんは言います。
短歌や和歌や俳句のほうが逆に、
「アニメーション」なんだ、と。

新海誠監督は、大学の国文科を出ています。
本作にも「和歌」が登場します。
つまり彼は、和歌の伝統を、
アニメーションで表現しようとしている人なのです。
彼のやってることこそ、「現代の歌人」なのだと。
つまり新海誠って、手塚治虫とかではなく、
松尾芭蕉とかと同じカテゴリーに入れるべき人なのです。

その和歌性が全面に出ているのが本作でした。
なんか、新海誠の本質に迫った気がして、
けっこう満足しました。
(636文字)



●SUNNY 強い気持ち 強い愛

鑑賞した日:2019年8月24日
鑑賞した方法:Amazonビデオでレンタル(500円)

監督:大根仁
主演:篠原涼子他
公開年・国:2018年(日本)
リンク:
https://bre.is/qFa67Vdv

▼140文字ブリーフィング:

これがねぇ。

良かったんですわ。

思ってたのの1.5倍ぐらい良かったです。
この映画、韓国映画の日本版リメイクなのですが、
大根仁監督は、主題をちょっとずらすことで、
違う価値を付け加えることに成功しています。
韓国の原作は『女の友情物語』なのですが、
日本版は「90年代疑似体験ライドもの」という、
新しい要素が加わっています。

小室サウンド、
安室ちゃん、
ルーズソックス、
エアマックス95、
小沢健二と渋谷系、
そういったものが、
ピンと来る世代は、
この映画を見ると、
タイムスリップ出来ます。
遊園地にある「ライドもの」に近いですね。
主人公が「コギャル時代」を思い出すのと同時に、
久保田利伸の「ラ・ラ・ラ・ラブソング」がかかると、
一気に90年代に連れて行かれる感じというか。

これも鬱の直前だからかもしれませんが、
泣きましたね。、、。

「ライドもの」だからといって、
テーマが浅いとかそんなことはなく、
「過去と和解する」映画になってるんですよね。

世代によっては刺さらないかもしれないが、
世代によっては刺さりまくる名作です。
元の韓国映画を見て、
こういう切り口を思いつく大根仁は、
やはりすごいと思います。
(485文字)



●ジェネレーション・オブ・ウェルス

鑑賞した日:2019年8月22日
鑑賞した方法:Amazonプライム特典

監督:ローレン・グリーンフィールド
主演:ローレン・グリーンフィールド(ドキュメンタリー)
公開年・国:2018年(アメリカ)
リンク:
https://bre.is/zSorUtPY

▼140文字ブリーフィング:

こちらもAmazonオリジナルの、
ドキュメンタリーです。
「富」をテーマに写真を撮り続けることを、
ライフワークにした写真家のドキュメンタリーで、
美容整形、リーマンショックで犯罪者となった投資家、
ポルノ女優、セレブリティの散在など、
「富」と「競争」と「自己愛」という強迫観念の、
ドツボにはまってしまったアメリカ社会を批判的に描いています。

なんていうか、薄っぺらな資本主義批判とかじゃなく、
「富」はもはや一種の強迫神経症になってて、
それ自体が自己目的化した人にとって、
幸せを最も遠ざけているのが「富という病」というのが、
この映画を見るとよく分かります。
(273文字)



●海の向こう、約束の場所

鑑賞した日:2019年8月9日
鑑賞した方法:Amazonプライム特典

監督:新海誠
主演:吉岡秀隆
公開年・国:2004年(日本)
リンク:
https://bre.is/3AjjnQ2U

▼140文字ブリーフィング:

こちらも、新海誠監督の過去作です。
『言の葉の庭』が、
『君の名は』の「和歌要素」だとすると、
こちらの作品は『君の名は』の、
「パラレルワールド要素」が強いですね。

あと、君の名は、と同じく、
この作品、めっちゃくちゃ「セカイ系」なのですが、
不思議と懐かしさを感じさせる要素があります。
それがパラレルワールドにおいて、
ソ連・北朝鮮に連なる「ユニオン圏」に吸収された、
北海道が「蝦夷」って呼ばれていて、
「蝦夷」に憧れる主人公の声を、
吉岡秀隆がやってるからだと後で気づきました。

彼がモノローグでナレーションすると、
『北の国から』が完成しちゃうんですよね。
吉岡秀隆の声は不思議な魔力があります。
いつまでも聞いていたいと思う。
(304文字)



●ファーゴ シーズン1 【テレビドラマ】

鑑賞した日:2019年8月29日
鑑賞した方法:Amazonプライム特典

監督:ノア・ホーリー(プロデューサー、コーエン兄弟)
主演:マーティン・フリーマン、ビリー・ボブ・ソーントン
公開年・国:2014年(アメリカ)
リンク:
https://bre.is/FrmnxbXC

▼140文字ブリーフィング:

鬱の療養中に見ました。
今まで私は「テレビドラマ」ってダメだったんですよね。
10話とか見なきゃいけないとなると、
1話目を見たくなくなる、というのがあって。

だから私がこれまで見たテレビドラマって、
本当に少ないです。
『北の国から』とかは例外中の例外で、
基本的にはテレビドラマには触ってこなかったし、
「海外ドラマ」なんて一個も見たことがなかった。

ところが今回鬱の療養中に、
気を紛らすことになるかもしれない、
と思って本作を見始めたところ、
全然見れるんですよ。
なので私が生まれて初めて見た海外ドラマは、
『ファーゴ シーズン1』です。

鬱になると、
映画は逆にあまり観たくなくなる。
読書と同じで、けっこう知的エネルギーを使うから。
ドラマだと、なんか「ダラダラ」見られて、
それが良いというのに気づきました。
今回、この作品が、
うつ病の症状を紛らわせてくれました。

救われました。
この作品に感謝しています。

そもそもこの映画、
コーエン兄弟の名作映画『ファーゴ』の、
ドラマ化です。

「映画をドラマ化するなんて、
 意味あんの?」
と私は今まで思っていましたが、
その考えを改めるほどの名作でした。
コーエン兄弟が制作に関わっているだけあり、
「コーエン臭(良い意味で)」が、
ちゃんとあって、なおかつドラマだと、
いろいろ肉付けが出来ることの良さがあるんだなぁ、
と本当に感心しました。
筋書きもほぼ「書き下ろし」と言って良いほど、
映画と関係なく楽しめるし。

あと、海外ドラマの予算の使い方にもたまげました。
町山智宏が言ってたんだけど、
今のアメリカの映画って、
二極化しているそうなんですよね。

一方の極には「世界中でお金を稼がなきゃいけない、
ゼッタイに失敗できないビッグバジェット映画」があります。
スポンサーである中国も喜ばせないといけないから、
スターをじゃんじゃん使って、
CGとかバンバンつかって、
火薬ドカドカ投入して、、、ていう映画になります。

端的にいうと「マーベル」です。
「アベンジャーズ」ですわ。
マーベル系の映画のお客さんって、
実は中国とインドとアフリカと南米です。
ここのマス層に目配せして、
なおかつゼッタイに失敗できない、
となると、あの形を取らざるを得ない。

もう一方の極に、
予算が極端に少ないけど、
アイディア勝負で、
カルト的人気を博することになるような映画があります。
トロント映画祭とかに出品される感じの。

日本でいうと『カメラを止めるな』的なやつね。
こちらはこちらで、
エッジの効いたことをやろうとするから、
犯罪描写が過激になったり、
ゾンビ描写が過剰になったり、
ニッチでコアな層に深く刺さろうとするようになって、
どんどん「キワモノ化」が進む。

そうすると、
真ん中に穴が空くんです。

つまり、
90年代まで、
アメリカ人のボリュームゾーンを楽しませてきたような、
中規模の娯楽映画が、
ほとんど作られない状況が生まれました。

かつてそういった分野で活躍した、
監督や映画作家・クリエイターたちが、
今何をしているかというと、
実はアメリカではテレビドラマの世界で活躍しているのだそう。

アメリカでは「地上波放送」はとうの昔にすたれていて、
オンデマンドのケーブルテレビや、
Netflixなどの個別契約のチャンネルがいっぱいあります。
そこの予算規模は、かつての90年代の映画なみにあります。

タレントのそろい方もすごい。

だから、今本当に面白いものを見たければ、
アメリカのテレビドラマを見ろ、
と言われるのはそういった背景があるのだ、
と町山さんが言っていて、妙に納得したのでした。

、、、が、
いかんせん私はテレビドラマが苦手。

というわけで何年も放置してきたのですが、
病気をきっかけにこの作品を見て、
町山さんが言っていた意味が分かりました。

度肝を抜かれるぐらい面白かった。
そしてレベルが高かった。

本ドラマについての詳述は省きますが、
登場人物「ローン・マルヴォ」のサイコ度は、
過去最高クラスでした。
本当にしびれるほどのサイコパス(褒め言葉)。
素晴らしい!
(1,632文字)



▼▼▼月間陣内アカデミー賞▼▼▼

世界一小さな映画賞、
「月間陣内アカデミー賞」を、開催いたします。
主催者、プレゼンターは陣内がつとめます。

作品賞、主演(助演)俳優賞、そしてもうひとつ、
という感じで、ぬるーくやります。
皆さんの映画選考の参考にしていただければ幸いです。


▼作品賞
「ワンダー 君は太陽」

コメント:

この映画は本当に素晴らしかったです。
障害者をテーマにした映画で、
「君は太陽」ときたら、
なんか「教育委員会推奨!」みたいな、
「さわやか3組(懐かしい)」みたいな、
そういう、道徳の押し売りみたな作品を想像するじゃないですか。

これが全然違うんだわ。
「太陽」っていうのは、「太陽系」っていう意味で、
家族における「太陽」になっちゃう、
病気を抱えた子どもと、
それを取り巻く惑星の物語なわけですよ。

「世界を複眼的・立体的に見る」
ということを学べる映画です。


▼主演(助演)男優賞
ビリー・ボブ・ソーントン(ファーゴ シーズン1)

コメント:

ファーゴ シーズン1の、
ローン・マルヴォのサイコパス度は、
完成の領域でしたね。
是非、浦沢直樹『MONSTER』の、
ヨハンと対決させたい。

同じコーエン兄弟の、
『ノーカントリー』という名作があり、
そこにも、シガーというサイコパスが登場します。
彼を超えるサイコパスはいないと思っていましたが、
匹敵する奴が現れました。

関わった人間がすべてこの世から消えていく。
ローン・マルヴォから目が離せません。


▼主演(助演)女優賞
篠原涼子(SUNNY)

コメント:

SUNNYは、
女性の群像劇で、
しかも時代が現代と90年代にまたがるため、
たしか6人組×2セット、
役者が必要になるんですよね。

当時の女子高生ですので、
現代はアラフォーになっているわけですが、
現代パートを篠原涼子とか渡辺直美とかがやって、
90年代パートを広瀬すずとか若手の女優たちがやるわけです。

よって役者は12人(じっさいは11人)必要になり、
相当混乱すると思うじゃないですか。
しかも本人が演じているわけではないので、
渡辺直美のように、体格的特徴があれば、
10代パートのその子が、
渡辺直美の過去だとすぐ分かるのですが、
それ以外はとても混乱しておかしくないのです。

篠原涼子の10代が広瀬すずとか、
ちょっと「すんなり」は入ってこない。
これを、大根仁はヒップホップ的サンプリング手法にも似た、
編集技術と語り口のうまさで切り抜けてるんです。

これって、実は言うほど簡単じゃない。

こういうのを並の人間が脚本すると、
「茶髪」とか「腕に傷がある」とか、
「いつも同じスカーフを付けてる」とか、
「こいつは語尾にいつも『っしょ』をつける」とか、
そういったわかりやすい「記号」で、
10代パートとアラフォーパートを、
「色分け」してしまうんです。

でも、それって「漫画的手法」であって、
映画でそれをやられると、
かなり「嘘っぽさ」や「安っぽさ」が出る。

大根監督はそこんとこ、
めちゃくちゃ上手くやってます。

この手の、登場人物が複数入り乱れると、
脳内で混線が起きる私のようなタイプですら、
すっきり理解出来たのだから間違いありません。

そんで、篠原涼子ですよ。

忘れてました。

彼女をこの物語の「軸」に持ってくるあたり、
大根監督はさすがだな、と思うんです。

作品内ではいっさい触れられませんが、
小室サウンドやコギャルファッションと並び、
90年代の若者文化の、「裏のアイコン」は、
何だったかというと、『ダウンタウン』です。
『ダウンタウンのごっつええ感じ』は、
90年代に放送され、その後の日本の大衆文化を変えてしまった、
と言って良いほどのインパクトを与えているわけです。

そのレギュラーメンバーであった、
篠原涼子をこの位置に持ってくるというのは、
大根監督の確信犯的な所業だと私は考えます。

めっちゃくちゃしっくり来ますから。
現在の彼女が、90年代を振り返る、
という構造が。


▼その他部門賞「アメリカのテレビドラマはヤバい賞」
「ファーゴ シーズン1」

コメント:

先ほど語ったとおりです。
私はこれを皮切りに、
アメリカのテレビドラマに、
「開眼」しました。
私の新たな扉を開けてくれた作品です。
すげーな、海外ドラマ。
ただ、健康時には、
本読んだり仕事したり、
各地に出かけたりミーティングしたり、
忙しいので鑑賞する時間がとれるかどうか、
不明ですが。

生まれ育った地域の影響(後編)

2020.02.17 Monday

第109号   2019年10月15日配信号

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
■1 今週のオープニングトーク
::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::

▼▼▼生まれ育った地域・後編▼▼▼

今週は、先週の質問カードの答えの「続き」です。
私は育った地域がいろいろあるので、
けっこう語ることが多いのです。


▼質問:
あなたが生まれた地域、または育った地域は、
あなたの今の性格やライフスタイルや行動様式、
考え方に何か影響を及ぼしていますか?
及ぼしているとしたらそれは、どんなことですか?


、、、先週は私の中の、
「愛知県人性」を語りました。

今週は岡山県と北海道について語ります。

まず、岡山県には、
私は小学校5年生から高校3年生まで、
7年間住んでいます。
倉敷市の連島という地域で、
去年の豪雨で被害を受けたところは、
私の生活圏だったのでびっくりしました。
中国地方って、すごーく天災が少ない地域なので、
余計にびっくりしたのです。

さて。

岡山県ですが、
これがまた味が濃いんですよね。
愛知県以上に、
その地域性は、
全国的に知られていないのです。

中国地方の人からすると、
「岡山」というと連想するものが、
いくつかあるんですよ。
それは広島とも違うし、
兵庫とも島根とも鳥取とも山口とも違う。

岡山は岡山なのです。
尾張と三河が違うように、
広島と岡山は断固、違うんです!

東京の人からしたら、
「ふーん、そうなんだー(スマホいじいじ)」
でしょうが、
岡山は岡山じゃけー
広島とはちがうけー、
そこんとこよろしく!
と思うわけです。

まず方言ですが、
いわゆる「仁義なき戦い」で、
菅原文太がしゃべてるやつ、
あれは広島弁であって岡山弁ではありません。

岡山弁は今でこそ「千鳥」で有名になりましたが、
本当に使いこなせる人は、
きっと全国に岡山県の人口程度しかいないでしょう。
あ、当たり前でした笑。

「すごい」は、
「ぼっけー」、
「俺」は「わし」
「私」は「うち」
*ギャルが使う「ウチらわトモダチ」の「ウチ」とは違います、
 「柿」の発音じゃなく、「蠣」の発音です。
「むかつく」は、
「はがえー」、
「殴るぞ」は、
「張り回すぞ」、
みたいな感じですかね。

基本的に全員が全員に対して喧嘩を売るのに適した言葉です。
デフォルトでバトルロワイヤルなんですよ、
岡山っていうのは笑。

小学校5年生で、
岡山の文化に最初に触れたときは、
マジで驚きましたから。
マジで全員が怒ってるのかと思いましたから。
後々、そういう言葉なんだ、
ということに気づいて安心したわけですが。

あと、岡山って、
小学校から制服の学校がめちゃ多いです。
何を隠そう、
倉敷市っていうのは、
たしか全国の学生服の7割を生産していまして、
当然地元の学校と企業って言うのは、
癒着とかそいうんじゃなく、
「もちつもたれつ関係」なわけで、
岡山の学校は学生服が基本なのです。

私も小学校のとき、
下は半ズボン、
上はカッターシャツにブレザー、
帽子は学生帽みたいなやつで、
学校行ってましたね。

愛知県の小学校は私服だったので、
超嫌だったのだけど、
まぁ、なれますわ。
そういうのは。

あと、「改造学生服」を売る店が、
全国で一番多いんじゃないかな(当社比)。

あと、不良が全国で一番強いんじゃないかな(当社比)。

出会ったらすぐ逃げなければならないのは、
岡山のヤンキーと北海道のヒグマですわ。
マジでカツアゲされますから。
私も1回食らったことがあります。
1回っていうのは運が良い方で、
中高の6年で、
平均すると3〜5回、
カツアゲ被害に遭います(当社比)。

なので、高額紙幣は必ず、
ソックスの中に入れてましたから。
財布の中身を全部とられたうえ、
『おい、ちょっとそこでジャンプせーや』
からの、ポケットの小銭を持って行かれても、
すっからかんにならないために。

私は『資産のポートフォリオ』の原則、
「卵を同じ籠に入れるな」を、
岡山のヤンキーから学びましたね笑。

もうひとつは、
愛知県にはなくて岡山にあったものとして、
「笑い」の地位がありあます。

愛知県では、
多分「全国スタンダード」でして、
小学生なら足が速い奴がモテましたし、
だんだん中学・高校生ぐらいになると、
スポーツとかに加えて勉強が出来ることも、
モテる要素に加えられていきます。

小学校5年生の私は、
授業はほとんど聞いてないし、
宿題もほとんど提出しないけど、
テストの点は全部100点でした。
先生にも生徒にも嫌われるパターンですね笑。
でも、足が速いほうではなかったし、
運動神経もさほど良いほうではなく、
むしろ小児ぜんそくの発作があって、
体力的には平均以下でしたので、
モテる部類ではありませんでした。

、、、で、
岡山に引っ越してびっくりしましたね。
男にも女にも先生にも一番モテるのは、
頭の良い奴でも足が速い奴でもなく、
「面白いことが言える奴」なんですよ。
これが高校まで続きます。

この「面白いこと言える奴」っていうのが絶妙で、
ただ自分が思いついた「面白ワード」を連発する、
とかそういうことではないんですよね。
だってそんなの面白くないじゃないですか笑。
ちゃんとその場の雰囲気であったり、
状況であったり、オーディエンスのことを考えて、
サッカーでいうと、
「流れの中で得点する」といいますか、
そういう「ビューティフルゴール」を挙げられる奴というのが、
一番モテました。
男子にも、女子にも、先生にも。

この「ルール改変」は、
11歳の私にとって衝撃でした。
そこから私は、
自分の知的リソースの、
かなりの大きな部分を割いて、
「面白いことを言う」ということを
追求するようになりました。

当たり前じゃないですか。

モテたいですから。
中学生男子なんて、
モテたくて生きてるんですから(当社比)。

、、、そんで、
あれは中3ぐらいですかねぇ。
5年ほどの修行の結果、
なんか「掴んだ」んですよね。
面白いことを流れの中で言う、
っていう技術を身につけたんですわ。
自分のIQの大部分を、
学業成績を上げることよりも、
「面白いことを言う」ことに割いているのですから、
まぁ当たり前です。上達するのは。

まぁモテましたよね笑。

だって、クラスで一番、
「面白いことを言える」んですから。
これって「クラスの人気者」とか、
「ひょうきんで明るいやつ」とか、
そういうことじゃないんですわ。
その役割は別にいるんです。
そいつとはポジションが違う場所に、
「一番面白いことを言える奴」はいるのです。

「センス」なんです。
この流れでこの発言が出来る!
すげー!
ってなるんです。
あいつすげー!って。

これが快感で快感で。

もし岡山に住んでなければ、
私はもう少し、
笑いのセンスがなかったでしょうね。
ただ単に明るい奴と、
ユーモアのセンスがある奴の差すら、
理解していなかったでしょうね。

多分関西圏とか西日本に住んでいない人は、
「半笑い」でこの話を聞いているでしょうが、
実はこれって本質的なことだと私は思います。
学業成績が抜群に良いことよりも、
「流れの中で面白いことを言える」ことのほうが、
「地頭の良さとの相関指数」は、
ゼッタイに高いからです。

これはアルゴリズムとヒューリスティックの差でもあります。
学業成績の良さはAIに代替可能ですが、
面白いことを言える地頭は、
AIには代替不能なのです。

よって、AI時代に生き残るのは、
関東ではなく関西です。

、、、嘘です笑。

そういうことではなく、
偏差値秀才だけどユーモアのセンスが絶望的な奴と、
偏差値は平均だがユーモアのセンスが抜群な奴なら、
私が企業のCEOなら後者を採用するし、
将来のある会社経営者なら、
同じ選択をするだろうな、と思うという話です。

あと、岡山の人って、オシャレです。

これも当社比なのですが、
結構真を食ってると思います。
多分そういうイメージは、
全国的に共有されていないと思いますが、
この「説」に私はけっこう自信がある。

まず、客観的なファクトとして、
倉敷っていうのは、
繊維の街と言われていて、
国産ジーンズのシェアも相当なものです。
だから、たしか『繊維祭』っていうイベントがあったりして、
そこでジーンズとかアメカジ商品が安く売られたりしてます。

そんで、小中学生の段階から、
そういうカジュアルファッションに対する、
関心というか意識が高いんですよね。
「501」とか「MA-1」とか「レッドウィング」とか、
「エビス」とか「カムコ」とか、
そういったアメカジがらみの「用語」ってあるじゃないですか。

そういうのを、中学1年生とかが、
普通に会話の中で話していて、
「遊びに行く」というのは、
たいてい「服をウィンドウショッピングする」
という意味でした。

友達と服を交換しあったり、
とにかく「服」に対する関心が高かったんですよね。
私が服に関心を持ったのは、
中学時代の友人がまさにそういう奴らだったからで、
私は中高生を岡山で過ごさなかったら、
高3まで、
『お母さんにイトーヨーカドーで服を買ってきてもらう派』
だったと思います。

そんなわけで、
大人になった私が、
じゃあ人よりオシャレかというと、
そんなに自信はありません。
妻のほうがセンスがあるので、
結婚後に学んだことのほうが多いですが、
それでも服を見たり、
新しいファッションを試したりするのは好きです。

そして、大人になってから気づいたのですが、
「岡山出身」の人に会うと、
たいていその人はオシャレに気を遣っていて、
その人なりの「スタイル」を持っています。

この「説」はけっこう自信があるんですよね。
多分誰も知らないでしょうから紹介しました。


、、、あと、北海道。
これは18〜24歳までの6年間過ごしました。
結果、自分が一番フィットしたのは北海道でしたね。

この理由も多分明確で、
私は生まれてから、
岡山→東京→愛知→岡山→シカゴ
→愛知→岡山、、、
って、引っ越しを繰り返してるんですよ。

そんで、北海道って、
「よそ者の集まり」なんですよ。
最大に遡っても4世代ぐらいなんです。
「ひいおじいちゃん」になると、
もう、「開拓者」なのです。

そうすると、
「開拓者」っていうのは、
基本的に「バガボンド気質」といいますか、
一つの場所に根っこを下ろして、、、
っていう土着型ではなく、
「新しい気風に開かれた人間」なわけです。
そういう人が集まったのが北海道なので、
「よそ者同士、助け合っていこうや」
という、サバサバした距離感があるのです。
人間関係の「湿度」が低いというか。

私自身が転勤族でバガボンド(流浪者)なので、
北海道みたいな距離感というのは、
非常に心地よかったですね。
これは「よそ者社会」の、
アメリカの両沿岸部、
およびカナダとオセアニアにも言えます。

夏に弱い私には、
気候的にも北海道が一番フィットしました。
そこで身につけた今の私の性格というと、、、。

なんだろう?

あ、そうだ。

「本州を絶対化しない」
というのはあるかもしれません。
沖縄もそうですが、
本州・四国・九州のことを、
彼らは「内地」と言います。

「今度内地にいくのかい?」
「内地は暑いっしょ。」
みたいな会話が、
北海道では交わされるわけですが、
なんていうか、
自分こそ日本の中心、
って思ってる東京・大阪・名古屋あたりの人からすると、
コペルニクス的な視点の転換なんですよね。

そんな北海道。
お勧めです。
「地方移住」の罠は、
地方にある「人間関係のしがらみや排他性」が、
実際に住み始めるとめちゃ大きいことに、
住み始めてから気づいてしまうことですが、
その壁にぶち当たった人は、
すごすごと東京に戻るよりも、
北海道を試すことをお勧めします。

、、、というわけで、
育った地域と自分の性格に関して、
2週間にわたりお届けしました。

今週のオープニングトークは以上!

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