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シーズン2開始!半年ぶりの「観た映画」

2018.12.10 Monday

+++vol.051 2018年月6日配信号+++

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
■1 今週のオープニングトーク
半年ぶりの「陣内が先月観た映画」のコーナーです。
::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::

▼▼▼「シーズン2」遂に始まりました!▼▼▼

いよいよ始まりました。
陣内俊の「読むラジオ」、シーズン2!!
まぁ、7月の助走期間がかなり長く、
ほぼ毎週配信していましたので、
「既に始まってた」という感覚の人が多いかとは思いますが。
「シーズン2」もどのぐらいの期間やるか分かりませんが、
最低半年は続けてみたいと思っています。

「シーズン2」も、配信は火曜日の夕方とします。
まぁ、いつでも良いと言えば良いのですが、
一週間に一度同じような時刻に届くと、
「時報代わり」といいますか、
時間の経過の目印になりますし。
「今日は月曜日かぁ。
 あ、ジャンプの日だ!」みたいな。
私はフリーランス的に不規則営業なので、
土日も祝日もゴールデンウィークも関係なく仕事していますし、
逆にド平日に平然と休んでいます。
しかし私の経験に基づきますと、
多くの社会人にとって、
火曜日、木曜日あたりが、
一番「ダルい」のではないかと拝察します。
体も気持ちも。
その「ダルい」日に、ひとつでも楽しみが増えたら、
生活が豊かになるのではないかと、
そんな気持ちを込めての「火曜日の夕方」配信です。

「シーズン1」からの読書の方も、
「シーズン2」から読み始めた人も、
どうぞ毎週配信される駄文に、
末永くおつきあいください。

さて、今週は半年ぶりに、
「先月観た映画」のコーナーをやります。
皆様の映画選びの一助としてくだされば幸いです。
(Amazonプライム特典の映画に著しく偏っていますが笑)

7月は、8本の映画を観ました。
Amazonプライムに入会してからというもの、
月に平均すると10本ぐらい映画を観ています。

ただ、私はテレビはほぼ1分も観ないので、
仮に一ヶ月につき映画を観ている時間が20時間だったとして、
「毎日2時間テレビを観る人」の月60時間と比べたら、
たいして観ていないのです。
(*何度も言いますが週に2〜3本観る、
 お笑いのネタ番組は別です。
 あれはお笑い知識人としての「情報収集」ですから。
 ニュースキャスターが新聞を読むのと同じです。)

さらに観るときは、
タブレットにダウンロードして、
移動中に観ています。
なので、
「隙間時間だけで、
月に10本も映画が観られるんだ!」
ということに自分で驚いています。
これは車社会ではない東京に住んでいることの、
数少ないメリットのひとつですね。

遠くに出かけたりして、
移動時間が長い月は、
その分映画の本数も分かりやすく上がりますから。

以前の私の移動時間はKindleで読書と決まっていたのですが、
移動中ってあんまり集中力がないので、
能動的な読書があまりできないんですよね。
部屋での読書の集中度を10としたら、
新幹線や飛行機などの理想的な環境でも9ぐらい。
在来線の電車やバスになると、
座れたときで6、座れずに立って読むと4ぐらいの集中度しか得られません。
その分読むスピードも落ちる。

その点映画は良い。
集中してようがしていまいが、
映画の進むスピードは同じですから。
「電車の中で集中していなかったから、
 2時間の映画が10時間かかったわー」
ということにはならない。

すばらしい!



▼▼▼この半年に良かった映画3選。▼▼▼

という私の映画ライフの話はこのぐらいにして、
今月の映画も興味あるけど、
2月からメルマガシーズンオフだった期間に観た映画で、
面白かったやつを教えて欲しい!
という方もいらっしゃるかもしれません。

年末に「陣内が観た映画ベスト10」
という形でご紹介するつもりですが、
一年の折り返しに、
2018年上半期で特に印象に残った3本を、
オープニングトークにて特別にご紹介したいと思います。

この3本は年末のランキングに入る可能性が高いですが、
入るかもしれませんし、入らないかもしれません。
では、ご紹介します。


▼▼▼『三度目の殺人』是枝裕和監督

これはもう、圧巻の面白さでした。
私は是枝監督がとても好きで、
公開作品はほぼすべて観ています。
(現在公開中の『万引き家族』は未見です。
 何らかの形で必ず観ますが。)

こちらはAmazonプライム特典ではないので、
Amazonビデオ(新作)で500円課金して、
ちゃんと観ました。
(「ちゃんと」っていうのもおかしな話ですが)

素晴らしいの一言です。
100点の映画でした。
映画の面白さがぎっしり詰まっている。
是枝監督の最高傑作かもしれないと思いました。
(『万引き家族』を観たらそれは更新されるかもですが)
少なくとも個人的に、『そして父になる』とか、
『奇跡』とか『海街diary』は超えていると思いました。

ちなみに本作、タイトルからも推察されるとおり、
非常に暗い作品です。

芥川龍之介の「藪の中」を、
黒澤明は『羅生門』として映画化しました。
それを現代最高の映画作家が作るとこうなる、
というような作品としても鑑賞可能です。
「羊たちの沈黙」へのオマージュ要素もある。
福山雅治、広瀬すず、役所広司の演技も、
素晴らしかったです。



▼▼▼『恋の渦』大根仁監督

これはねぇ。
Amazonプライム特典で観ました。

二回観た。

紹介するかどうか迷ったんですよね。
メルマガには載せずに、
「観なかったことにしよう」かとも思った。
歴史から抹消しようかと。
口をぬぐって、しれっと「なかったこと」にしようかと。
なんせ「ゲスい」作品ですから。

ゲスくて下品なのが嫌いな人は、
観ないことをお勧めします。
あと、「陣内のくせに、
そんなゲスい映画を観るとは何ごとだ!」
と、石を投げる準備をしている方。
「知らねーよ」としか言いようがありません。
私は自分が見聞きするものについて、
神の前以外に責任を負っていませんので。
その処罰感情はどうかご自分で処理なさってください。

いや、でもね。

途中で観るの辞めようと思うぐらい下品でした。
しかしこれがどうして、面白いんだ。
悔しいけれど。

大根仁監督は、『モテキ』『バクマン』などの監督でもあり、
「撮り方・見せ方」が上手、という印象です。
毎回新しいことに挑戦していて、
編集や構成が秀逸です。

本作品は予算がめちゃくちゃ少ないそうです。
なんと100万円以下!!

まじか!

「そんなんで映画って撮れるの?」
と思うでしょ?

「面白いの?」
と思うでしょ?

面白いんだ、これが。
悔しいけど。

登場人物が全員「ゲスいDQN」です。
「アウトレイジ」のキャッチコピーは「全員・悪人」ですが、
本作のキャッチコピーを作るとするなら「全員・DQN」です。

*DQNとは「ドキュン」を表すネットスラングで、
 反知性主義的な田舎のマイルドヤンキー的存在のことです。
 (都会にも存在するが、彼らのマインドは田舎的である)
 男はエグザイル寄り、女はキャバ嬢寄りの外見をし、
 往々にしてなぜかキティちゃんのサンダルを履いています。
 会話の内容は恐ろしくスカスカで、
 底知れぬ無知ゆえに「日本最高!!地元最高!!」とか、
 すぐ言っちゃうわりには自らが「日本の暗部」であり、
 周囲の人にはイタいと思われている人の総称(陣内調べ)です。
 サッカー日本代表戦がある日の渋谷スクランブル交差点や、
 田舎の休日の河原などに行くと、
 たくさん実物を観察できます。
 彼らが歩いた後にはおびただしい数のタバコの吸い殻と、
 「ストロングゼロ」の空き缶、コンビニ弁当の食べ散らかしが、
 残されると伝えられています(陣内調べ)。

、、、で、
この「恋の渦」は、
そのような「DQN性」を本当にリアルに再現しています。
「多分、日本にこういう人たちって、
 500万人ぐらいいるんだろうなー。」
と思わせる、「圧倒的実在感」がある。

その「実在するDQN」である彼らが織りなす人間模様の中に、
ゲスさがあり、裏切りがあり、偽物の友情と本物の友情があり、
そして人間くささがあり、「愛」がある。
「人は見かけではない」と思わせてくれるところと、
「人は見かけ通りだ」と思わせてくれるところがある。

そして彼らの「尊厳」というか、
尊さのようなものもある。
そこは泣いちゃう。

でも全体として「いい話」では決してない。
そんな話です。

2回観ちゃう、という意味は、
1回観たら分かります。



▼▼▼『T2 トレインスポッティング』ダニー・ボイル監督

これは、TSUTAYAでレンタルして観ました。

90年代に一斉を風靡した、
『トレインスポッティング』という映画の続編です。
「1」が撮られた20年後に、
全く同じキャストで、「2」が撮られたのです。

「1」はイギリスで大ヒットしましたから、
これを知らないイギリス人はいないと言います。
なので「2」にイギリスは沸き立ちました。
連日映画館は満員だったそうです。
イギリスでは「社会現象的なカルト映画」です。

『トレインスポッティング』を観たのが、
私はわりと最近(数年前)だったので、
「1」を復習することなく「2」を観ることができた。
「1」があまりにもサブカルカルト的な人気映画で、
ある意味「神格化」されてしまっているので、
当然「2」は賛否両論ありま
す。

しかし、私は普通に、というか、
めちゃくちゃ面白かったです。
音楽も映像も台詞回しもめちゃくちゃオシャレで、
スタイリッシュです。

『パルプフィクション』という、
クエンティン・タランティーノを世界に知らしめた、
「おしゃれ映画」がありますが、
あれをアメリカでなくイギリスのセンスでやると、
こうなる、という感じですかね。
筋書きよりも、台詞の小気味よさや、
編集の面白さ、音楽や映像効果の心地よさを楽しむ、
というタイプの映画です。

ストーリーはと言いますと、
田舎の「親友と悪友の間」ぐらいの、
仲間5人組の「青春群像劇」です。
これが「2」になると「中年群像劇」になる。

スコットランドの田舎に生まれ、
麻薬と犯罪の日々を送る彼らは、
寂れていく田舎を見限り、
ロンドンで一旗揚げようとして都に行きます。
そこでいろんなことが起こり、、、
というのが「1」のあらすじ。

「2」はその続編です。

これは本当にすごいことで、
たとえば日本ならば、
90年代に「未成年」という野島伸司のドラマがありましたよね。
あれを今年、続編をとる、というような話です。
キャストそのままで。
40代になった反町隆史、香取慎吾、いしだ壱成、
グレートチキンパワーズの人、河相我聞で。
40代になった反町隆史が、
「そういえばあいつら何してるかな、、、」
と、地元に探しに行き、
一人ひとりの未来を描く、、
みたいな話です。

ニュアンスはちょっと違うけど、
「たとえば」そんな話です。
面白かった。

映像技術の粋が詰まった作品なので、
ブルーレイで観ることをお勧めします。

「シーズン1」最終号

2018.07.24 Tuesday

+++vol.050 2018年2月6日配信号+++

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■1 今週のオープニングトーク
「シーズン1」、今回が最終回です。
::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::

▼▼▼一年間、ご愛読ありがとうございました!▼▼▼

メルマガ読者の皆様、こんにちは。
予告していたとおり、今回がこのメルマガも「最終号」です。
「さみしい!」と思ってくれる人がどれぐらいいるのか分かりませんが、
「惜しまれながらも」
(と言うことに一応しておきます)、
約一年間続いた「シーズン1」もこれにて終了です!
メルマガ「ロス」になる人が果たしているのかどうか分かりません。
少なくとも私は誰からもそのような、
フィードバックはいただいていません。
「終わるんだね」とも言われませんから、
もう誰も読んでないのかもね笑。

まぁ、いいんです。
1年間、書きに書きましたね。
最初は試験的な取り組みとして始めました。
「あんまりしっくり来なければ、
 2ヶ月ぐらいで止めようかな」ぐらいに思っていました。
そんな不埒な気持ちで始めたメルマガも、
私のルーティーンとしてすっかり定着し、
一日30分〜1時間の執筆は毎日の日課になりました。
そういう意味では私自身が一番メルマガ「ロス」なのかもしれないです。

何にせよ当初の目的であった、
こういうペースで、こういう文字数で書く、
ということを私は体得しましたし、
「メルマガというメディアの特性や可能性」も、
うっすら見えてきましたので、
最初の目的は十分に果たしたと言えます。

なので、いったん、
ルーティーンを「破壊」するために、
「シーズン1」を、今号をもって終了いたします。
「破壊なくして創造なし!」と、
プロレスラーの橋本真也も言っていましたし。

お知らせにも書きましたように、
「シーズン2」は、読者数の増加に応じて、
開始時期を早めたいと思います。
いつ始めるかは、今のところ未定ですが、
2018年中には必ず再開する予定ですので、
楽しみにお待ち下さい。
次はさらにバージョンアップしたメルマガをお届けする予定です。



▼▼▼シーズンオフ中の号外の配信(質問募集!)▼▼▼

シーズンオフ中は何をするかと言いますと、
病気療養中から現在にかけて、
足かけ5年ぐらいまったく手を付けてこなかった、
SNSを含めたいろんなコミュニケーションを、
再開するかもしれませんし、
もうひとつのブログを充実させるかもしれませんし、
翻訳中の本を完成させて出版できるように頑張るかもですし、
その他のインプットに集中したり、
今までしてこなかったような活動を始めるかもしれません。
あるいは、この全部、口だけで、
実際はできないかもしれません笑。

今月から始まった「読むラジサロン」は、
2ヶ月間やっていきます。
これもどんなものになるか分かりませんが、
活動内容を皆様に「号外」にてお知らせします。

そう。

シーズンオフ期間中は、
「号外」を、時々配信します。

号外の内容は、
1.陣内からの告知
2.読むラジサロン活動報告(次期参加者募集も?)
3.Q&Aコーナー
4.その他、どうしても配信したい内容があったとき

という感じで考えています。
「Q&Aコーナー」は、
ですのでシーズンオフ中も、
質問を受け付けます。
質問がなければ配信もありませんので、
どうぞ、どしどしご応募ください!

最終号ですが、
オープニングトークは短めにして、
早速本編に入ります。
どうぞ、最後のメルマガをお楽しみください!


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サロン活動について

2018.07.18 Wednesday

+++vol.049 2018年1月30日配信号+++

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
■1 今週のオープニングトーク
メルマガ「シーズン1」も、残り2回です。
::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::

▼▼▼サロン活動開始▼▼▼

、、、というわけで、
先月来、再三告知していた「読むラジサロン」ですが、
合計400名、、、あ、間違えた4名の応募がありまして笑、
私を含めて5名の第一期メンバーで、
2月1日より活動を開始していきます。

今回はご参加いただけなかった方も、
毎回バージョンアップしつつ、
第二期、第三期、、、とシリーズ化していきたいので、
次回は是非ともご参加ください。

参加予定の4名の方には、
すでにこのような案内をしました。
基本、会話への参加は強制ではなく、
みんなのやりとりを眺めているだけでも結構です。
たき火を囲むようにリラックスしてご参加して下さい。
もちろん、皆さんから発議していただいても自由です。
たとえばこんな議題について、、、。

「みなさんこんなの好きですか?」
「こういうことがありましたがどう思いますか?」
「疑問・質問」
「時事ネタについてどう考えるか?(タブーなし)」
「読んだ本・観た映画・行った店などの紹介」
「今自分が仕事で悩んでいること」
「今自分が信仰で悩んでいること」
「今自分が個人生活で悩んでいること」
「今週こんなことがありますので祈って下さい。」
「こんなことがしたいのですが、何か良いアイディアありますか?」
「この問題に関して何か良い本ありますか?」
「こんな答えの出ない問題について最近考えています。」
「今度の選挙、どこに投票しますか?」
「こんな上司や同僚がいますが、みなさんならどうしますか?」
「子育てでこんなことで悩んでいます。どう思いますか?」
「今度出張があるのですが、一緒にお茶でもどうですか?(1対1は同性のみ)」
「今度Skypeで話したいのですが時間とれますか?(1対1は同性のみ)」
「メルマガにこんなこと書いてましたが、もうちょっと聞きたいのですが」
「メルマガの次のシーズンではこんな話題を書いて欲しいです。」

↑「こんなのツィッターでやれや!!!」

と思った方は、
SNSというものの理解が浅いです。
SNSは「公共空間」です。
オープンなコミュニケーションです。
しかしワークチャットは完全にクローズドなので、
話す内容は当然、違ってきます。

数十人が働く職場の忘年会と、
学生時代の親友との飲み会とで、
会話の内容が異なってくるのと同じで、
オープンなSNSと、
会員制のサロンでは、
当然分かち合われる内容の質も深さも違ってきます。

このメルマガに書く内容とも、
サロンの対話は違ってくるでしょう。
「ブログには書けないこと」を、
私はこのメルマガに書いてきましたが、
「メルマガにも書けないこと」を、
私はサロンで分かち合うことになるでしょう。

今更になって興味が出てきた方、
第二期の告知をお待ち下さい。
また、サロンの活動の概要は、
参加者の個人情報に触れないかたちで、
メルマガにてシェアしていきたいと思っていますので、
お楽しみに!



▼▼▼あと2回で終了です。▼▼▼

、、、さて。
このメルマガも、あと2回を残すのみとなりました。
去年の2月に知り合い10名に協力してもらって、
プロトタイプ(試作品)を送り始め、
ちょっとずつメルマガは読者を増やし、
現在、各地に192名の読者がいます。
じんわりと広がってきたというところですね。

私はメルマガを開始するにあたり、
いくつかの有料メルマガを試しに購読しましたが、
毎回2万字を超すこのメルマガは、
毎月1000円を課金する作家のメルマガにも、
そのクオリティにおいて劣っていないと自負しています。
(もちろんもっと優れたものは世の中にはあります。
 上には上というものがあるのです)

しかし、
「メルマガで森羅万象について語ることで、
メタレベルにおいて聖書的世界観を伝える」
という狙いをもったメルマガは、
日本で他に存在しないはずですし、
多少口幅ったいですが、
そんなことが出来るのは多分、
日本に私しかいないのではないかと思っています。

これは自慢ではなく、本当に。

だからこそ、やらねばならぬ、という使命をもって、
これまで書いてきました。
毎週2万字ですから、
1年間で合計100万字(原稿用紙2,500枚分)書いたことになります。
だいたい文庫本で6〜7冊の分量になります。
文字数だけならプロの作家なみに書いていますから、
それはそれで結構疲れるわけです。
(だんだんコツをつかんでは来ましたが)

なので、いったん休みます笑。

あと、ルーティーンって、
最強の武器であると同時に、
最大のアキレス腱にもなります。
つまり、ルーティーンが確立すると、
「自動運転」でものを書けるようになりますが、
その分、思考が型にはまってくるのです。

なので、いったんルーティーンを停止することで、
ちょっと違う思考様式を身につけ、
そして「シーズン2」を始めるとき、
メルマガがその分バージョンアップされている、
というようなサイクルでやっていきたいと思っています。

・異なる種類のインプット
・異なる媒体でのアウトプット
・現在やってる他のFVIの活動への集中
・現在やっている翻訳の完成
・次のメルマガにむけて「思考の畑」を耕す。

こんなイメージです。
その間、現在192名いる読者が、
目標に近づく度合いに応じて、
「シーズン2」の開始を早める、
という「クラウド(読者)ファンディング」をします。
目標は具体的には設定していませんが、
目安としてさしあたり300名に達したら、
始めようかなぁ、と、ぼんやりと思っています。

サロンへの参加希望者が、
4名ちょうどだったりしたことを踏まえると、
休止期間、増えないどころか読者、減ったりしてね笑。
いずれにせよ、あと2回になったメルマガを、
どうぞ最後までお楽しみ下さい。



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続・続・美術館で観た芸術作品

2018.07.11 Wednesday

+++vol.048 2018年1月23日配信号+++

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■2 オープニングトークのおこぼれ

オープニングトークがあまりに広がってしまった場合、
ここで「続き」を語ります。
延長戦、「おかわり」ですね。
::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::

▼▼▼先週からの続き▼▼▼

先週急ごしらえで作った「新コーナー」、
「オープニングトークのおこぼれ」です。
それですら収まらなかったので、
「オープニングトークのおこぼれのおこぼれ」ですね笑。
、、、先週の質問は何だったかというと、これです。

▼質問:
「美術館などで観た芸術作品で、
 最も印象に残っているのは?」

オープニングトークで私は、
大原美術館の大原孫三郎について語りました。
彼はキリスト教徒で日本の「児童福祉の父」とも言われる、
石井十次の影響でクリスチャンになり、
自分がもうけたお金は、社会に還元せねばならない、
と気づきます。

その大原さんが後世に残したプレゼントのひとつが、
倉敷にある「大原美術館」です。
大原美術館は「西の大原、東のブリヂストン」と言われ、
長いこと日本の二大美術館に数えられるまでになりました。

また彼は、教育機関なども創立していますから、
まさに内村鑑三の「後世への最大遺物」のうち、
「財産・事業・思想・教育・そして高潔な人生」という、
5つのすべてを遺した「偉人」です。

でも、あんまり大原孫三郎のことを知ってる人って、
いないのですよね。
岡山県民以外で。

なぜだろう?

もっと知られてもいい人なのに。
財を社会に還元した篤志家という意味では、
日本のアンドリュー・カーネギー、
日本のロックフェラーなのに。

文字数が足りなくなったので、
さらに私は「おこぼれ」のコーナーをもうけ、
そこで、井上雄彦の「最後のマンガ展」について語りました。
大阪の「最後のマンガ展」で観た「宮本武蔵」に、
私は圧倒された、という話をしたのです。

ここでさらに文字数オーバー。
よって、来週に持ち越し、
というわけで、
最後の「印象に残っている美術品」を、
今日はご紹介いたします。



▼▼▼インドのREFLECTIONアートギャラリー▼▼▼

あれは2008年のこと、
今から10年前の話です。
私は暑い暑いインドにいました。
2ヶ月間を首都のデリーで、
2ヶ月間をバラナシから車で2時間の田舎で過ごしました。

インドではトイレットペーパーを使うという習慣がないので、
コンクリで固められたトイレの脇を這うムカデを見ながら、
トイレの穴の横に置いてあるプラスティックの手酌に入っている水に、
「不浄の手」である左手をつけ、
その手ですくった水でおしりを「えいやっ」と拭いたときには、
なんていうんだろう、
世界が違って見えましたね。

それはもう、世界で最も高いバンジージャンプを飛んだ人や、
日本で最も高級な寿司を食べた人や、
一番チケットが取りにくいブロードウェイのミュージカルを観た人や、
エベレストやモンブランを踏破した人と同じで、
自分が英雄になった気がしました。

素手でおしりを拭くと、
人生は変わります。
「世界は広い」というのは、
DVD「世界遺産」を家で1,000時間観ても分かりません。

素手でおしりを拭いたとき、
人は思うのです。
「世界は広い」と。

そして、こうも思います。
「俺は、俺を超えていける」と笑。



▼▼▼ステファン・エイカー氏との出会い▼▼▼

そんなインド滞在中に、
私は生涯忘れることの出来ない様々な人に出会い、
生涯忘れることの出来ない様々な体験をしました。

デリーでは、
今FVIで私がしているような働きを、
インドでしているラージさん、
自閉症の子どもを持ち、
自閉症の子どもたちのための学校を開校した、
ラージさんの奥さんのギタさん、
デリーで包括的宣教の様々な取り組みをしている、
サンジブ牧師、
今もFVIで関わりを持ち続けている、
不可触民(ダリット)出身のラムスラットさんらに会いました。

また、サンジブ牧師に誘われ、
政府の建物の前でデモ行進にも参加しました。
オリッサ州というところで、
ヒンズー過激派による教会の焼き討ちや襲撃事件が多発し、
それに対する抗議を行うために。

逮捕されなくて良かったです。
強制送還は嫌ですから。
その後海外渡航しづらくなるし。

そんなデリー滞在中に、
非常に印象的な働きをしている、
ステファン・エイカーという方にも私は出会いました。
この人です。

▼参考画像:ステファン・エイカー氏(左から二番目)
https://goo.gl/HNwwUf

彼のお父さんはドイツ系の宣教師ですから、
彼は宣教師二世です。
彼もまた宣教師なのですが、
彼の働きは非常にユニークです。

彼は宣教師であると同時に、
アーティストでもあります。
アーティストというのは、
「そう生まれついた」人が一定数います。
それらの人々は、アートを職業にしようがしまいが、
人生のなかでどうしてもアートを辞められません。
DNAに織り込まれているかのように、
アーティストとしての「血が騒ぐ」からです。

ちなみに私はそのような意味で、
「哲学者のDNA」を持っていると自認しています。
私はナチュラルボーンな哲学者なので、
私の仕事がたとえスーパーのレジ打ちだったとしても、
「それを哲学する」ことを辞められないでしょう。

話がそれました。

アーティストの中にはそれを職業にする人と、
そうでない人がいますが、
職業としなかった人の中には、
趣味としてひっそり楽しむ人もいれば、
自分の本業をアートと融合させてしまう人もいます。

ステファンさんはそのような人でした。

彼はあるとき考えます。
「芸術と宣教」を融合できないだろうか?
そして、彼は「インドのFVI」、
つまり包括的な宣教について啓発する、
ソルト・イニシアティブという、
ラージ・モンドールさんらの働きに出会い、
インドの社会が抱える問題に取り組むのに、
芸術が使えるのではないか、と思うようになります。

外は気温45度、
音が爆音な割にはあまり効かないエアコンが鳴り響く中、
デリーの一角にあるオフィスで、ステファン氏が私に言いました。
ちなみに彼の英語はいわゆる「インド英語(ヒングリッシュ)」ではなく、
欧米の英語に近いので、非常に聞き取りやすいのです。
彼はデンマークの思想家、キルケゴールの言葉を、
私に教えてくれました。

「あなたの国で歌われている歌を聴かせて下さい。
 そうすればあなたの国の未来を私は予言しましょう。
 あなたの国の法律家や政治家の言葉は、
 聞く必要がありません。」

この言葉が意味しているのはこういうことです。
その国を導く「思想・哲学」というのは、
学者たちによって言語化・体系化される前に、
感度の高い芸術家たちによってキャッチされ、
それが表現される。
それから学問の世界の人たちが遅れてそれを体系化し、
さらにそれを読んだ感度の高いビジネスマン、政治家、教育者らが、
それぞれの世界において実践に移す。
そのようにして、その思想の影響は私たちに可視化される。
さらに言えば、様々な領域でその思想が実践されて何十年か後、
一般大衆は完全にその思想に染まる。
しかし、彼らは「自分がその思想に影響されている」
という意識すらない、ということです。

これを「思想のピラミッド」と言います。
これは別にピラミッドの頂点に立つ人が偉いとか、
一般大衆が偉くないとか言ってるわけではありません。
そうではなく、思想というのは、
そのような順番で世の中に浸透してきたし、
それはこれからも変わらないだろう、ということです。

ちょっと難しいことを言いますと、
「価値相対主義」とか「多元主義」といった思想があります。
現代を生きるどんな人も、この影響から無縁ではいられません。
日本の田舎に住む、高卒の親に育てられた小学生ですら、
それに影響されているとは知らずに、
「価値相対主義」に影響されて生きています。

「価値相対主義」というのは、
「絶対的な真理なんてない。」
「真実は人間の数だけある。」
といった考え方です。
価値相対主義ということについて語ったり、
体系化した本が世の中にはたくさんありますが、
それより遙か以前に、
ジョン・レノンが「イマジン」という歌でそれを歌いました。

「イマジン」はあまりに有名でもはや「常識」なので、
ここでその歌詞を紹介するのは、
もはや野暮というものですが、
もしかしたら知らない人のために、
その歌詞と和訳を部分的に紹介します。

「Imagine there's no countries
It isn't hard to do
Nothing to kill or die for
And no religion too
Imagine all the people
Living life in peace

想像してごらん 国なんて無いんだと
そんなに難しくないでしょう?
殺す理由も死ぬ理由も無く
そして宗教も無い
さあ想像してごらん みんなが
ただ平和に生きているって...

You may say I'm a dreamer
But I'm not the only one
I hope someday you'll join us
And the world will be as one

僕のことを夢想家だと言うかもしれないね
でも僕一人じゃないはず
いつかあなたもみんな仲間になって
きっと世界はひとつになるんだ」

これは「価値相対主義」そのものです。
彼は「まだ言語化されていない思想を、
彼にしかない感度でキャッチし、
そしてそれを歌にした」のです。
ジョン・レノン自身は、
「価値相対主義」という言葉すら知らなかったかもしれません。
しかし彼はそれを芸術の言葉で語り、
この歌はじっさい、「世界を変えました」。



▼▼▼弟子とするか、弟子とされるか▼▼▼

ステファン・エイカー氏の話に戻りましょう。
彼はキュルケゴールの言葉を紹介し、
「思想のピラミッドの話」を私に教えてくれました。
そして言いました。

「教会は、このプラミッドの頂点にいるべきだと僕は思う。
 しかし現実には残念なことに、
 教会は最下層の一般大衆とさほど変わらない。
 つまり自覚することすらなしに、
 教会は世の中の価値観に影響を受けてしまっている。」

FVIの働きのアメリカにおけるネットワークである、
DNA(Disciple Nations Allience)という団体があります。
私の人生のメンターであるボブ・モフィット氏は、
この団体に属しています。
ボブと一緒にこの団体を立ち上げた、
ダロ―・ミラーという人がいますが、
彼がこんなことを言っています。

「もし教会が世界を弟子化していないとすれば、
 そのときは世界が教会を弟子化しているのだ。」

教会は影響を与えるか、
もしくはゼロか、ではありません。
影響を与えていないとしたら、
そのときは(自覚の有無にかかわらず)、
影響を受けているのです。

物理化学の用語を使えば、
世の中と教会の影響力は、
浸透圧の関係にあります。

もし教会が影響を受けるだけの存在となり、
この世の中とまったく区別が付かないとしたら、、、、
イエスは言われました。
「塩気をなくした塩は、
 役に立たず外に放り出され、
 人々に踏みつけられるだけです。」

、、、というわけで、
ステファン氏は、インドの社会において、
教会(の一部)である自身が、
影響を与える芸術家でありたいと願いました。

彼が始めた働きはユニークです。
アーティストのためのワークショップを始めたのです。
まずは10名前後のアーティストを集めます。
(ステファン氏は第一回、画家として参加者も兼務しました。)
宗教的背景は問いません。
ステファン氏がキリスト教徒なので、
キリスト教徒が当然多いのですが、
ヒンズー教徒でもイスラム教徒でもかまいません。

そしてそのメンバーで、
1週間とか2週間、合宿をします。
毎回「テーマ」が決められています。
「命の尊厳」とか、「平和」とか、「社会の分断と一致」とか、
そういったテーマです。
基本的にはアトリエの中で、
決められた期間、アーティストたちは、
だれにも邪魔されずに制作活動をします。

一つだけルールがあります。
毎朝1時間ほど時間をとり、
聖書からそのテーマについて学びます。
そして一緒に祈ります。
それから制作活動をするのです。

ワークショップが終わると、
たくさんの作品が生み出されます。
それらを集めて、「展覧会」を開きます。

それが、ステファン氏が始めた活動でした。
面白そうでしょ?



▼▼▼インドにおける女の子の堕胎▼▼▼

私が訪問した2008年には、彼らの働きは、
そういった作品を常設展示したり、
希望する人に売ったりするための、
アートギャラリーをデリー市内に持っていました。
(デリーの家賃高騰のため、現在はギャラリーは引き払っています)
私は滞在中何度もこのギャラリーを訪れました。

▼参考画像:REFLECTIONアートギャラリー
https://goo.gl/crdGxn

訪問するたびに「テーマ」が違っていました。
つまり、別のワークショップで生み出された作品が、
展示されていたわけです。

あるときのテーマは、
「女の子の堕胎」でした。
インドには「ダウリー」と呼ばれる非常に高額な結納金を、
女の子の親が婿に支払うという慣習があります。
それだけでなく、ヒンズー教の世界観では、
「女に生まれる」というのは、
前世の悪いカルマの「罰」だという考え方があります。
ですから親は、あまり女の子が生まれることを喜びません。

あまりにも女の子の堕胎や間引きが多いので、
インド政府は、性別が判明してからの堕胎を禁止しています。
しかし医者の中には、
「女の子ならカルテに赤いボールペンで、
男の子なら青いボールペンで書く」などの「隠語」を使って、
親たちに性別を教え、堕胎するということで金を稼ぐ人もおり、
法律の抜け穴をくぐる女の子の堕胎は後を絶ちません。

その結果、インドの男性と女性の比率は、
自然状態ではあり得ない状態になっています。
自然状態ではどんな人種でもだいたい男女は、
51%対49%で生まれます。
男の方が身体が弱いので、
成人になると半々に近づきます。
ところがインドでは優位に女の子が少ない。

なぜか?

、、、そういうことです。
イギリスの医師会が「これは放置できない」と、
調査を行いました。
その結果、これまでに1,000万人以上の女の子が、
何らかの形で「消されて」いる、
ということがわかり、世界に発表されました。
インド政府はそんな不名誉なことは国益を損じるので、
いろんな法律で是正しようとするのですが、
人々の世界観や宗教観、そして因習というのは、
なかなかすぐには変わらないものです。

、、、そのような社会に生きている信仰者だとしたら、
あなたなら何をするでしょうか?

政府の前でデモ行進をするのも一つ。
本を書くのも一つ。
不正な堕胎を行う医師がいる病院を、
爆破するのも一つ(オススメしません)。

ステファン氏は絵を描いたのです。

なぜ「絵」なのか?

それは、「言葉」というのはいつも、
「壁」を作るからです。
「言語」は物事を「分ける」性質があります。
この話題について言葉で戦争をしかけると、
ヒンズー教徒の人は、
自分の信じている神を否定されたように感じます。
しかし、「絵で語る」ときに、
そこに言語が介在しませんから、
その人の良心、あるいは心の深い部分に、
直接に語りかける事が出来るのです。

そうです。

先週のメルマガの「Q&Aコーナー」で語った、
「社会はなぜ右と左に分かれるのか?」
のテーマと、まったく同じですね。
言語は「象使い」(理性)に語りかけます。
絵は「象」(情動)に語りかけるのです。
ヒュームが言ったように、
「情動に語りかけない説得が人を動かすことは少ない」のです。

そろそろ文字数オーバーですので、
「女の子の堕胎」がテーマだったときの、
ギャラリーに飾られていた絵を2枚だけ紹介して、
この記事を閉じたいと思います。

▼参考画像:「虎は守るが、女の子は殺す」
https://goo.gl/VkF1in

、、、この絵は少し説明が必要です。
インド政府は一時期、絶滅危惧種だった、
ベンガルトラを国を挙げて保護しました。
その活動は実り、数は増えました。
しかし、数百頭のベンガルトラを国を挙げて守った政府が、
一千万の女の子の命を守れないというのは、
いったい何なんだろうね?という問いかけです。

▼参考画像:「神の傑作」
https://goo.gl/qjeKYx

、、、こちらは説明不要ですね。
胎児を描いている手は、
神様の手です。
軽率な堕胎というのは、
「神の傑作」を闇に葬ることになるんですよ、
という「言葉」以上に、絵は雄弁です。

ステファン・エイカー氏が言うには、
これらの作品をギャラリーの展示会で観た、
あるヒンズー教徒の弁護士はこう言ったそうです。
「私はヒンズー教徒ですが、
 これらの絵を見て魂を揺さぶられました。
 このような問題を放置しておくのは、
 社会的に正しくありません。
 私は弁護士として何らかのアクションを起こすつもりです。」



▼▼▼そして福島へ、、、▼▼▼

2011年3月11日の東日本大震災以降、
FVIは福島での支援活動に従事しました。
2011年に開催した「福島未来会議」はシリーズ化し、
第四回の「福島未来会議4 全国聞き屋サミット」を、
行った後の2013年に私たちは話し合いました。
今度は「原発」「エネルギー」「環境」をテーマにしないと、
この活動は嘘になるだろう、と。
そして、「福島未来会議5」は、
そういったテーマに切り込もう、と。

ところがこの話題というのは、
今でもある程度そうですが、
けっこう国論を二分する議論になっていて、
さらにそれが生理的な感情と結びついているので、
言葉で何かをしようとしても、
「泥仕合」になってしまう可能性が高い。

どうしよう、、、。

そこで、私は2008年に観た、
ステファン・エイカー氏の働きを思い出したのです。
あれを原発問題でやってみたらどうだろう?
という発想で行ったのが、
「福島未来会議5」でした。
私は2013年11月の導入のときにだけ、
参加アーティストの方々に、
ステファン氏の働きを紹介しただけです。
その翌月に私は燃え尽き症候群に陥り、
2年間休職しましたから。

その間、アーティストの方々は作品を生み出し、
福島県内で展覧会が開催されただけでなく、
カナダでも展覧会が開かれました。
さらに参加されたアーティストの方々は、
FVIの働きとは関係なく、今も交流を続けています。

▼参考リンク:福島未来会議5
http://karashi.net/project/fukushima/future_forum05.html

人生というのは冒険です。
何と何がつながるか分かりませんね。

、、、で、何の話だっけ?

そう!忘れられない美術品でした!
私にとっては、インドで観た作品群も、
その一つです。



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続・美術館で観た芸術作品

2018.07.04 Wednesday

+++vol.047 2018年1月16日配信号+++

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
■2 新コーナー・オープニングトークのおこぼれ

急遽作りました、新コーナーです。
オープニングトークがあまりに広がってしまった場合、
ここで「続き」を語ります。
延長戦、「おかわり」ですね。
::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::

▼▼▼井上雄彦「最後のマンガ展」▼▼▼

、、、そうなんです。
最初「美術品って言われてもなぁ」
というトーンで始まった質問カード、
大原美術館のことを書きながら、
もうふたつ思い出しました!

この二つは本当に忘れられない。

二つとも私が30代になってから出会った作品です。
ひとつめは、井上雄彦「最後のマンガ展」で観た、
宮本武蔵の絵です。

井上雄彦は言わずと知れた、
「スラムダンク」の作者です。
「スラムダンク」「リアル」「バガボンド」
のみならず、
「カメレオンジェイル」なども読んでいますし、
「あれから10日後」という「スラムダンク」の、
アフターストーリーも読んでいます。
あと、彼の書いた書籍や、
雑誌のムック本なども含め、
彼の関わったものは残らず目を通すほどの、
井上雄彦の大ファンです。

私は語りきれないほど多く、
つらいとき、苦しいとき、悲しいとき、
彼の作品や言葉に励まされ背中を押されました。

井上雄彦はもはや私にとっては、
漫画家という枠を超えていて、もはや「思想家」です。
ボブ・ディランがミュージシャンを超えて「文学者」であり、
ドストエフスキーが小説家を超えて「神学者」であるように。

そんな井上雄彦が「マンガ展」をやる?
行くの?行かないの?
、、、「行くでしょ!」
と思った私は、
大阪の「最後のマンガ展」に行きました。

▼参考画像:「最後のマンガ展」
http://userdisk.webry.biglobe.ne.jp/006/996/99/N000/000/000/0806musashi.JPG

、、、この「最後のマンガ展」は、
私の知る限り、都合4回?行われました。
最初が上野の森美術館で、
その後仙台・大阪・熊本で行われました(たぶん)。
私はそのなかの、2009年初頭に大阪で開催された、
「最後のマンガ展」に、友人と共に行きました。
そのために愛知から大阪まで。

はるばる行った価値、
十分にありました。

この「最後のマンガ展」というのは、
「バガボンド」という、吉川英治の名作「宮本武蔵」の漫画化の、
「スピンオフ企画」です。
「バガボンド」は未完結です。
37巻が2014年に出版されて、
その後3年間休載中です。
私は当然1巻から37巻まですべて所有しています。
引っ越しのときも、これだけは捨てません。

「バガボンド」は休載が多く、
「井上雄彦はもう終わった」などとネットに書き込む人もいますが、
休載が多いのにはちゃんと理由があり、
井上雄彦は終わったわけではない、
というのが、彼が書いた『空白』という本を読むと分かります。

▼参考リンク:『空白』井上雄彦
http://amzn.asia/hdCc8B2


彼が燃え尽き症候群に陥ったときに書いたこの本を読むと、
井上雄彦が、「剣」という人を殺す道具を使って、
「道」を極めようとした宮本武蔵の、
心をえぐるような葛藤をいったん自分に引き受け、
そして魂を絞り出すようにしてバガボンドを書いている、
といことがよく分かります。
そりゃ、燃え尽きにもなるわな、と。

私は自分自身が燃え尽きに陥ったとき、
『空白』を読んで、心を柔らかい羽毛でなでられるような、
そんな暖かい慰めと励ましと、
目に見えないほど小さいけれど、それでも確かな勇気をもらったのを、
昨日のことのように思い出すことが出来ます。

要するに何が言いたいかというと、
「バガボンド」が休載しているのは、
井上雄彦が終わったことの証拠ではない。
逆に、井上雄彦が作家として並外れており、
「バガボンド」という作品が持つ力が非常に大きい、
という逆の証拠なのだ、ということです。

私は10年でも20年でも井上雄彦を待ちます。
彼は日本の宝であり、「バガボンド」はたぶん、
100年後にも古典として読み継がれる作品だと私は確信していますから。

そんな井上雄彦が、
「バガボンド」連載中に、
スピンオフ企画として、
「コミック本」という枠を出た所で、
バガボンドを表現したのが「最後のマンガ展」です。

彼は大きな筆と墨汁を使って、
大きなものだと幅4メートルとかあるキャンパスに、
武蔵とその後のストーリー(散文的な)を書きました。
このような感じで。

▼参考画像:「最後のマンガ展」の井上雄彦
http://livedoor.blogimg.jp/taketalk/imgs/b/f/bf8df4d5.jpg

、、、で、
大阪の『最後のマンガ展』で、
私は自分の身長を超えるような、
「武蔵」や「佐々木小次郎」と対峙し、
まさに言葉を失うような感動を覚えました。

その中でも一番印象に焼き付いているのが、
確かエントランスの所にあった、
大きな武蔵の立ち姿の肖像です。
それがこちら。

▼参考画像:「宮本武蔵」
https://goo.gl/4N29N2

この武蔵はどこか疲れ切ったような、
虚脱状態のような、力の抜けきった表情をしています。
しかし、それでいて、隙がどこにもない。
とんでもなく重たくて、同時に軽い。
とてつもなく強くて、そして優しい。
堅牢そうで、柔らかい。
そういった「両義性」を備えたその立ち姿と表情からは、
京都や奈良のいにしえの仏像の穏やかで厳しい表情を見るような、
そんな「宗教性」すら感じました。
「漫画家」という枠を超えて、
自分に表現できる限界を常に追い求め続ける、
求道者としての井上雄彦自身にも重なりますし、
私達が日々の仕事で追い求める、
あるべき人生との向き合い方の理想像にも見えます。

、、、ここまで書いてきて、
もう一つ実は紹介したい「絵」があったのですが、
文字数オーバーなので、
「来週に続く」!
つまり来週の週替わりコーナーも、
「オープニングトークのおこぼれ」です。
お楽しみに!



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美術館で観た芸術作品

2018.07.04 Wednesday

+++vol.047 2018年1月16日配信号+++

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
■1 今週のオープニングトーク
美術館で観た芸術作品
::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::

▼▼▼まずは告知(と訂正)▼▼▼

メルマガ読者の皆様、こんにちは。
まずは告知を二つ。

ひとつめは、
「読むラジサロン」の事です。
上に告知した通りですが、
先週の告知で、受け付け開始日時を、
「1月26日22時」と書きましたが間違っていました。
ただしくは「1月23日22時」です。
23日(火)の22時受付開始なのでお間違いのないようお願いします。
つまり、来週のメルマガをお送りした数時間後に、
「読むラジサロン」の受付が始まります。
*23日22時より1分でも前に応募しても、
 応募として受け付けられませんのでご注意下さい。

募集受付方法は、
以下のフォームをコピペして空欄を埋め、
以下の「質問フォーム」からお送り下さい。
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「質問フォーム」に、
「ペンネーム」「性別」「お住まいの地域」を選ぶ欄があります。
そちらにお名前をお書き下さい。
「ご用件」は、「その他」をお選びください。
そして、以下の申し込みフォームをコピペし、
その次にある記入例のように空欄を埋めて送信ください。

【読むラジサロン申し込みフォーム】
・年齢:(●●代、とお書き下さい。)
・Evernoteアカウントに使っているメールアドレス:
・職業:(職種)
・読むラジサロンに期待すること(140文字以内):
・私は過去2年以内に何らかの形でFVI、
 もしくは「陣内俊を支える会」に、
 1円以上の献金をしたことがありますので、
 「読むラジサロン」に申し込みます。→確認済

、、、私の場合こうなります。
ペンネーム:陣内俊
性別:男
お住まいの地域:東京都
ご用件:その他

【読むラジサロン申し込みフォーム:記入例】
・年齢:40代
・Evernoteアカウントに使っているメールアドレス:
 xxxxxxx@xxxxxx.co.jp
・職業:NGOスタッフ
・読むラジサロンに期待すること(140文字以内):
 「暖炉を囲む親密な会話」という読むラジオのコンセプトを、
 さらに具体化したような、有意義な対話が生まれることと、
 思わぬ発見や新しい出会いにも期待しています。
・私は過去2年以内に何らかの形でFVI、
 もしくは「陣内俊を支える会」に、
 1円以上の献金をしたことがありますので、
 「読むラジサロン」に申し込みます。→確認済


▼▼▼メッセージのアップロード▼▼▼

YouTubeチャンネル、「FVIメディアルーム」に、
昨年11月に私が練馬グレースチャペルでしたメッセージの、
動画をアップロードいたしました。

再生数がまだ「8回(!)」なので笑、
せっかくFVIのウェブ担当の湯本さんが、
苦労して載せてくれたのにもったいない!
と思いまして、こちらでも告知させていただきます。

60分あって多少長いですが、
聴いて損はないとオススメいたします。

▼参考動画:メッセージ「老いるとは何か?」
https://youtu.be/Hp-0cvJXVlE

支援者の方にお送りしている、
「陣内俊プレヤーレター」にも掲載した、
メッセージの「超」要約の書き起こしも、
転載いたします。
超要約を読んで「面白いかも」、と思った方は、
是非、ご視聴ください!

▼メッセージ超要約:「老いる」とは何か?
〈日本は現在、「世界でもっとも高齢化した国」のひとつであり、
「老い」は現在も近未来も、私たちの社会が考えるべき大きな課題です。
十数年前、現在70代後半のアメリカ人である私のメンター、
ボブ・モフィット師が私にこう言いました。
「今の世界でサタンが流している最も悪質な嘘は、
『若さを賛美する』ことだ。
若いことは若くないことより優れている、
というこの嘘のせいで、多くの人々が年を重ねることの祝福も、
成熟することの幸いも喜べなくなってしまっている。」

聖書には歳を重ねることの積極的な意義が記されており、
120歳まで生きたモーセの人生から私たちは多くを学ぶことができます。
モーセは40年のエジプトでの知的な訓練、
40年のミデヤンの荒野での人格と信仰の成熟によって整えられ、
私たちの知る「公生涯」において
イスラエルを導く「ロールモデル」として生きました。
年を重ねることによって、
私たちはロールモデルとして若い世代を導く
「長老という教会の宝」となると
ジェームズ・フーストン師は指摘していますし、
ポール・トゥルニエという精神科医は「人生の四季」という本の中で、
「老いること」によって私たちは人生の四季を味わい、
豊穣で彩りに満ちた形で神を知るようになる、と述べています。

モーセは詩篇90篇で
「自分の日を正しく数えることを教えてください」と祈りました。
マハトマ・ガンジーが言った、
「明日死ぬかのように生き、永遠に生きるかのように学べ」
という言葉はひとつの示唆を与えます。
私たちは「明日死ぬかのように使命を果たし」、
「永遠に生きるかのように学ぶ(神を知る旅を歩む)」のです。〉


▼▼▼大原孫三郎の人生▼▼▼

では今週も早速、質問カードを引きたいと思います。

▼質問:
「美術館などで観た芸術作品で、
 最も印象に残っているのは?」

、、、うーん。

美術館。

もう何年も行ってないですねぇ。
あまり「美術館に行きてぇ!!」
というタイプではないので笑。
文化レベルが低いのでしょう、たぶん。

むしろ、
「人っ子一人いない大自然のなかでたたずみてぇ!」
という欲求のほうが強い。
「人間のアート」か
「神のアート」か、
どちらを観たいか?
「神でしょ!」
というのが私の考えです。
(「今でしょ!」みたいになって寒かったですが笑)

しかしそんな私でも、
良い絵画や芸術作品を観ると感動する心は、
持ち合わせています。
これが人並みなのか人並み以下なのか、
よく分かりませんが、今までの人生で
有名どころだと次のようなところを観てきました。

・ニューヨーク近代美術館(MomA)(ニューヨーク)
・大英博物館(美術館じゃないか?)(ロンドン)
・上野の森美術館(上野)
・大原美術館(倉敷)
・名古屋ボストン美術館(名古屋)
・J・ポール・ゲティ美術館(ロサンゼルス)
・ちひろ美術館(練馬区)

、、、他にもあったかもですが、
よく覚えているのはこのあたりです。
このなかで、印象に残っているのは、
倉敷の大原美術館ですね。
私は中学・高校生のころ倉敷に住んでいましたので、
倉敷美観地区も、
そして日本二大美術館のひとつ「大原美術館」にも、
自転車で20分ぐらいで行くことが出来たのです。
今考えると、何と恵まれていたのでしょう。

しかし人の常ではありますが、
「自転車で行ける距離にあると、
 かえって行かない」
という逆説のご多分にもれず、
私も7年住んでいましたが、大原美術館には、
たったの2回しか行きませんでした。

大原美術館に行って、
よく覚えている「絵画」って実はないんですよね。
ただ、「考える人」で有名なロダンの銅像が、
大原美術館の中庭には展示されていまして、
それはなぜか強烈に覚えています。
こちらです。

▼参考画像:ロダンの「説教するヨハネ」@大原美術館
http://art10.photozou.jp/pub/875/158875/photo/13270744_624.jpg

、、、で、大原美術館に飾られていた、
モネやピカソやゴーギャンやルノワールの絵は、
恥ずかしながらあんまり覚えていません。

しかし、そこで「感じたこと」は覚えています。
それは、「良い財産の使い方をする人が日本にもいたんだなぁ」
という感慨です。

大原美術館を創設したのは大原孫三郎という、
ビジネスで巨万の富を築いた家の跡継ぎの大金持ちです。
大原家のビジネスとは「紡績」で、
現在「クラレ」として知られる世界的な企業です。

Wikipediaから概要を抜粋します。

〈大原美術館は、倉敷の実業家大原孫三郎(1880年〜1943年)が、
自身がパトロンとして援助していた
洋画家児島虎次郎(1881年〜1929年)に託して収集した西洋美術、
エジプト・中近東美術、中国美術などを展示するため、1930年に開館した。
西洋美術、近代美術を展示する美術館としては日本最初のものである。

第二次大戦後、
日本にも西洋近代美術を主体とした美術館が数多く誕生したが、
日本に美術館というもの自体が数えるほどしか存在しなかった昭和初期、
一地方都市にすぎなかった倉敷に
このような美術館が開館したのは画期的なことであった。
ニューヨーク近代美術館の開館が1929年であったことを考えれば、
創設者大原孫三郎の先見性は特筆すべきであろう。
しかし、開館当初は一日の来館者ゼロという日もあったほど注目度は低かった。

大原孫三郎は1880年、親の代から紡績業を営む、倉敷の名家に生まれた。
日本の児童福祉の先駆者であり、
岡山孤児院の創設者である石井十次との出会いが
大原の人生を変えたという。
プロテスタント信者であった石井の影響で
自らもプロテスタントに改宗した大原は、
事業で得た富を社会へ還元することの重要性に目覚め、
大原社会問題研究所、労働科学研究所、
倉敷中央病院などを次々と設立した。
大原にとっては美術館の創設も社会貢献の一環という認識だったようだ。〉

、、、お金を上手に稼ぐ人はけっこうたくさんいますが、
お金を上手に使う人は多くはありません。
お金は稼ぐよりも使う方がもっと難しいのです。
大原孫三郎は上手にお金を使った希有な人です。
彼が財産を子どもに譲るのでも、
自分の銅像を建てるのでも、
財産を隠して税金逃れをするのでも、
海外に高飛びするのでもなく、
「芸術」という普遍的なものに投資することによって、
「未来を生きる人類」にプレゼントをしてくれたことによって、
倉敷市はいまだに潤っています。

私はなんと、大原孫三郎がキリスト教徒で、
しかも石井十次とつながりがあったとは、
さっきこの記事を書くためにWikipediaを調べている最中に知りました。
記事を書くというのは意外な発見があるものです。

美術品はネットで写真を見られますが、
「大原孫三郎の人生との出会い」は、
倉敷で大原美術館を訪れなければありませんでした。
「足を使って学ぶ」ということは、
とても大切なんだなぁ、とこれを書きながら思ったのでした。

、、、あと、もうふたつ、
「忘れられない美術品」を思い出しましたので、
いったんオープニングトークはここで終了し、
語りきれなかった分を次のコーナーで語ります。




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2018.06.27 Wednesday

+++vol.046 2018年1月9日配信号+++

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
■1 今週のオープニングトーク
今週も質問カードです。
::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::

▼▼▼仕事始め▼▼▼

メルマガ読者の皆様、こんにちは。
先週はまだ1月2日、年が明けたばかりでしたので、
私も半分「夢うつつ」でした。

これを書いているのは8日、月曜日ですが、
先週一週間は私は正月休みをしっかり取らせていただきました。
1週間、ひたすら据え置き型のゲーム機でゲームをしました。
本もいっさい読まず、メールもほとんど返信せず、
執筆や翻訳などもまったくせず。

つまり「活字」だとか「論理」だとか、
「知的生産」みたいなものから、
1週間完全に距離を置きました。

こういう「脳のオーバーホール」みたいのって、
半年に一度ぐらい必要です。

、、、で、それに一番適しているのは、私の場合、
1.ドライブ(または、人とのアポイントもなく仕事もしない旅行)
2.ゲーム
3.靴磨きや料理や部屋の掃除などの手を使う作業
だと私は思っています。
1に関しては東京に住んでいて車不所持のため、
なかなかできません。
(たぶん今年はこれを、
 夏休みにどこか田舎に行ってやります)
3に関しては正月にやりました。
半日、ひたすら家にある靴を磨きました。
ラジオを聴きながら。
楽しかったー。

、、で先週は2をやりました。
「ゲーム脳」という言葉がありますが、
テレビゲームをしている人の前頭葉は血流が低下し、
活動が不活発になっている、
という観察が報告されています。

なのでずーーーっっとスマホゲームをやり続けていると、
本当に前頭葉が萎縮します。
平たく言うとつまり、
「頭が悪く」なります。

これは依存症になると危険ですが、
私のように「脳のオーバーホール」として利用すると、
結構使えるのです。

、、、という、
家から出ない最高の正月を過ごした、
私の近況報告でした。

皆様はどんなお正月でしたか?



▼▼▼「週末50%OFF券」をもらうなら?▼▼▼

、、、では、今週も行ってみましょう、
質問カードです。

▼質問:
「どこか好きな店が週末50パーセントOFFになる券」
をもらいました。どこの店が良い?

これはなんと言いますか、
なかなかに難しい質問ですねぇ。
こういうのはラーメン屋とか、
八百屋とかスーパーマーケットとかじゃないですよね笑。
5割、ということは、単価が高いほど、
割引額も高いということですから。

自分が買うもので、
いちばん価格が高いものといいますと、、、

あんまりないんですよね(爆死)。

あんまり、高いものを買わないですね、私は。
ランボルギーニが欲しいとか、
「あ、ちょうどメルセデスの新車を欲しいと思ってて、、、」
という人は「カーディーラー」と迷わず答えるでしょう。
割引額は1千万円とかになりますから。
しかし私は当面のところ自動車を買う予定もありませんし、
昭和のスポーツ選手のごとく、
金のネックレスが欲しいわけでもない笑。

そうですねぇ、、、
私が数年おきにする最も高い買い物は、
パソコンとタブレット端末ぐらいですが、
そちらも今のところ不自由していません。
現役で使ってるやつが具合が良いので。

そうなると、、、

なんだろう、、、。

洋服とか靴ですかねぇ。
でも、そんなにないんですよね、これも。
私は洋服にしても靴にしても、
「ワンイン、ワンアウト」を原則としていまして、
何かひとつ買ったら、
なるべく何かひとつ手放すようにしています。

この効果はふたつあります。
ひとつは単純に、モノが増えないこと。
モノを増やさないのはとても大切です。
モノを持っているだけでそのスペース分の家賃を払っているということですし、
モノを維持管理するのにはエネルギーが必要です。
少ないモノで暮らすのは、気持ちよく生活するのに必須です。
(少なくとも私の場合は)

もう一つの効果は、本当に価値ある買い物だけをするようになることです。
何かを買う前に、たとえばAというコートが欲しいとして、
今持っているBというコートが家にある。
「Aは、Bを手放しても良いぐらいに価値があるか?」
といつも問うことになりますから、
無駄な出費や散財を押さえることができます。
そしてその答えがYESだった場合、
そのAというコートは本当に欲しいものですから、
買ったときの満足度は高い。

好循環です。

そう考えますと、
実は今の私は、「今週末50%OFFになって欲しい店」は、
「ない」ということになる。
「いえ、結構です」というのが私の答えです。

、、、ただ、
私が時々、ウィンドウショッピングを楽しむ店があります。
オッシュマンズ(OSHMAN’S)という、
アウトドアブランドを取り扱うセレクトショップです。
patagoniaとか、NORTH FACEとか、グラミチとか、
チャンピオンとか、ナイキとか、ニューバランスとか、
グレゴリーとか、レッドキャップとか、
そういった主にアメリカに本社のある、
アウトドアのブランドの服や靴や鞄類が私は好きです。

あの手の製品は何が良いって、
とにかく長持ちしますね。
長持ちすることおびただしい。

アメリカ人って、シボレーやGMの車を観ればわかるように、
「頑丈なのは良いことだ」という価値観がありますから、
ああいったブランドのものって、
めちゃくちゃしっかりしています。
値段はけっこうしますが、
でも10年ぐらいなら平気で着続けられるので、
結果的にコストパフォーマンスも高いです。
じっさい現在私が来ている服や靴も、
10年選手がいっぱいあります。

、、というわけで、時々新宿東口のFragsというビルに入っている、
オッシュマンズに私は行き、ぶらぶらと店内を歩くのが好きです。
4回に一回ぐらい、製品に一目惚れして、買っちゃうことがあります。
だから、「週末50%OFFになって欲しい店は?」
の答えは「オッシュマンズ」です。

読者のみなさまが割引になるとうれしい店はどこですか?


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江戸時代に生まれていたら?

2018.06.20 Wednesday

+++vol.045 2018年1月2日配信号+++

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
■1 今週のオープニングトーク
「読むラジサロン」と質問カード
::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::

▼▼▼再告知:「読むラジサロン」について▼▼▼

メルマガ読者の皆様、明けましておめでとうございます。
今年も「読むラジオ」をよろしくお願いします。
お正月ぐらい休もうかと思いましたが、
シーズン1も「あと5回」と決めていますし、
あと、一度休むと再開するのはより大変なので、
普通に、何ら変わらず、
むしろいつもよりボリューム多めで(笑)お送りします。
お正月の暇つぶしにでもお読みいただければ幸いです。

さて、まずは、昨年末からお知らせしている、
「読むラジサロン」について再度のお知らせです。
サロンについては「質問フォーム」からも、直接にも、
既に何人かの方からお問い合わせをいただいています。
「質問フォーム」からは私は連絡先を知ることができませんので、
これまでフォームからお問い合わせいただいた方への、
個別の返信は差し控えさせていただいていますが、
実験的な試みに関心を寄せてくださって感謝いたします。

開始時期は、
このメルマガで告知と募集をできる期間から逆算して、
「2018年2月から」としたいと思います。
期間はパイロットプロジェクトですので、
さしあたって「2ヶ月間」とします。
つまり2018年2月1日〜3月31日まで。

人数は4名ですので、
(申し込みがそれに満たなければその人数ですが)
申し込みが超過したときに、公正に決めなければいけませんので、
「申し込み開始時間」を設定いたします。

メルマガ配信日の1月23日(火)の22:00とします。
この時間に申し込み受付をスタートして、
「早い者がち」です。
人数に達し次第、申し込みを終了し、
残念ながら入れなかった人は、
また次回(第二期のサロン・開催時期未定)に、
再度お申し込みいただくという形になります。

申し込みは「質問フォーム」から行いますが、
このフォームから私は「返信」できませんので、
・Evernoteアカウントに使っているメールアドレス、
・お名前(仮名でも可)
・お住まいの地域
・だいたいの年代と性別
・職種
・サロンに期待すること(自分の関心)
ぐらいの情報を、申し込みフォームとしていただきます。
それに返信する形で、「早い者勝ちで4名」の方に、
入会のお知らせをして、2月1日からサロン活動が始まる、
という流れです。

活動内容は、、、
お楽しみです。
なにぶん試験的な取り組みですので、
詳細は「いろいろやりながら探っていく」ということになります。
ざっくり言えば、
チャット機能を使って様々な分かち合いをし、
「学習する共同体」を目指す、
ということです。

私が「グル(師匠)」のように何かご託宣を述べるのではなく、
少人数のグループで情報交換する場のダイナミズムを通して、
「思考法」を相互に研鑽する、という感じでしょうか。
そういう意味では11月の、
「よにでしセミナー」のコンセプトにも似ています。

「よにでしセミナー」はリアルな合宿があり、
その後SNSなどでつながり、、という流れですが、
「メルマガサロン」は、後にオフ会などをすることも考えていますから、
バーチャルな学習共同体→リアルな会合、
という逆の流れです。
(私と面識のある方のご入会も、もちろん大歓迎です!)

、、、繰り返しになりますが、
これは「試験的な取り組み」ですので、
本当にふたを開けてみなければどうなるか分かりません。
メルマガ読者の皆様にも、
(サロン会員のプライバシーには触れない形で)
サロンの活動を追ってご報告いたします。
さて、どんなものになるか、お楽しみに!!



▼▼▼質問カード▼▼▼

では、新年一発目の「質問カード」いきます。

▼質問:

もし江戸時代に生まれていたら、
どんな職業で、誰と結婚して、
休みの日には何をしていたと思いますか?

、、、なんちゅー質問でしょう(笑)。

まず、時代考証というやつが必要ですよね。
江戸時代には職業選択の自由というものがありませんから、
私は職業を選ぶことができません。
父の職業が私の職業です。

田舎の農家に生まれていれば、
長男ならば農家を継ぐことができますが、
次男以下の人は江戸に出て肉体労働をし、
その死亡率は異常なほど高かったと言われていますので、
これは事実上の「口減らし」です。
「田舎はおまえを食べさせられないから、
 江戸に行って死んでこい」というわけです。

、、、こういったことは、
「中国化する日本」
という本に詳しくかかれています。

▼参考リンク:「中国化する日本」與那覇潤
http://amzn.asia/2AiPzgl

、、、で、そうですねぇ。
私の祖先は4代ぐらいまでしか辿れませんし、
そんなにたどりたいとも思いません。
父も祖父も佐賀県の出身で、
佐賀県には「陣内」という名字が多いです。
「陣内」ってなんか武士っぽい響きがありますが、
別にそんな意味とは無関係につけただけかもしれないし。
佐賀県だと農民だった可能性のほうが高いんじゃないか、
とも思いますし。

仮に佐賀県の農民だった場合、、、
としますと、
私は稲を作っていたでしょうね。
、、、で結婚相手を選ぶ自由もありませんから、
同じ集落か隣の集落の、父親の友人の娘と結婚していたでしょう。
そして「休みの日」という概念はそもそもありませんから、
きっと「やることがあんまりない日」は、
空を見上げて鳥や虫をながめていたのではないでしょうか。

私は生き物や自然を眺めるのが好きなので、
きっと今よりも青い九州の空と、
今よりも透き通った海と、
今よりも多様性に富んだ虫や鳥や魚を眺めていたのではないでしょうか。
当時の平均余命(40歳以下)を考えますと、
まぁ、すでに死んでいる可能性が高いですね笑。

もし40歳まで生きていたら、
村の長老のひとりに名を連ね、
年に一度のイベントは、
「参勤交代の大名行列」を眺めることで、、
文字は読み書きできたのかな?
「葉隠れ」という武士道の書物はちなみに、
佐賀の武士(今で言う役人)が書いたそうです。

この前観たクレヨンしんちゃんの映画もそうでしたが、
「現代人が昔にタイムスリップして云々、、」
というプロットの映画やマンガや物語って、
日本には多いような気がします。
欧米は、、、あまり知らない。

「バック・トゥ・ザ・フューチャー」という名作がありますが、
あれはせいぜい30年ぐらいですよね。
(2だか3だかで西部開拓時代に行きますが)

これはきっと日本人が、
「歴史をめぐるタイムトラベルという妄想」を、
結構好きな民族だからでしょうか?
「大長編ドラえもんシリーズ」の影響も、
けっこうあるのかなぁ、とか思ったりもします。

、、、というあまり広がらなかった(笑)無駄話でした。
今日はここまで!



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自分に英語名を付けるとしたら?

2018.05.30 Wednesday

+++vol.042 2017年12月12日配信号+++


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
■1 今週のオープニングトーク
久しぶりの質問カード
::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::

▼▼▼自分に英語名をつけるとしたら?▼▼▼

メルマガ読者の皆様、こんにちは。
いかがお過ごしでしょうか?
ここ数回は結構ボリューミーな回が続いたので、
今回のメルマガは、ちと短めにしようと思っています。
(*追記:そう言いながら、書き終わってみれば、
やはり今週も3万字オーバーでした笑。)

今回は、最近ご無沙汰していた「質問カード」を、
ひさしぶりにやりたいと思います。
では、引きます。

▼質問:
「自分に英語名を付けるとしたら、
 何にしますか?」

どうでしょう?
なんなんだ、この質問、という感じですね(笑)。

詳しい説明は省きますが、
この100枚ひと束、8セットある
「質問カード」は私の自作です。

自分で引いて「俺、こんな質問作ったっけ?」
と思うようなものもあり、今回のはそのひとつです笑。

たぶんこの質問を私が思いついたのは、
知り合いの香港人から
「香港人は任意の英語名を勝手に自分でつけて、
 それを国内でも国外でも名乗っている」
という話を聞いたのがきっかけです。

現に私が24歳のとき半年間ルームシェアしていた、
私の親しい友達の香港人は「マイケル」といいますし、
そのほかにも「アンソニー」「マシュー」など、
いろんな「通名」の香港人を私は個人的に知っています。
さらに私の義理の父は「マイク」と名乗っています。
彼のメールにはMike Makiとの署名がありますから、
なかば公式の通名なわけです。

、、、ちなみに義理の父は香港人ではありません。

、、、で、私が「通名」を付けて良いとしたら何にするか?
という話ですね。



▼▼▼インド名とエチオピア名▼▼▼

ちょっと横道にそれますが、
私には「インド名(ヒンディネーム)」と、
「エチオピア名(アムハラネーム)」があります。
それぞれヒンディ語とアムハラ語の短期の家庭教師がつけてくれました。
インド名のほうは「アナンドゥ」で、喜びという意味です。
アムハラ名のほうは「ユナス」で、
旧約聖書の登場人物「ヨナ」のことです。

なので私は先ほどのMike Makiの論理でいえば、
メールの最後に「アナンドゥ陣内」と署名しても良いわけです。
まぁ、いろいろ支障は来たすとは思いますが笑。
「ついに芸人になったか!」と誤解する人多数ですね笑。

、、、本題に戻りまして、
「英語名」ならばどうか、ということですね。

こういう場合、直観的に「これだ」みたいな形で
考えられたら本当は一番良いんでしょうね。
「ジェームズ!」「ジェームズ・ディーンが好きだから!」とか、
「トムで決まり!」「なんでか?、、、なんとなく!」とか。

しかし、私はそういう頭の使い方は苦手なのです。
何か「理由」が欲しくなっちゃうんですよね。
「理由がない」ことが世の中で一番気持ちが悪い、
という性分なので。

、、、で、理由を付けようと思うと、
私の「俊」という名前を軸足に考えることになると思うのです。
そうすると2つの方向性がある。

まずひとつは「音」ですね。

「シュン」に近い英語のファーストネームを考える。
そうするともう「ショーン」一択ですね。
他に思い浮かばない。

ショーン・陣内。

、、、つまり「ショーン・J」。

うん、やめておきましょう。

なぜかは分からないけど笑。


次は「意味」ですね。

・「俊」というのは、父が付けた、
その名前の意味から考えますと、二つあります。

ひとつは、単純に漢字の意味ですね。
「俊」という漢字には、
「優秀な、すぐれた、早い」といった意味があります。

、、、で、英語の名前というのは、
あまり「意味」ってないんですよね。
単純におじいちゃんの名前を付けました、とか、
そういうのが多い。
しかし、「英語の名前の意味」というのをまとめたサイトがありまして、
これがどれほど信憑性があるかというのは別にしても、
あーなるほどね、とは思うわけです。

参考リンク:英語の名前とその意味
https://wanwans.com/new/100-names-meaning-for-boy-dogs

、、、で、これをざーっと見てみても、
「早い、優秀な、すぐれた」みたいな意味はあまりない笑。
最も「近い」と思ったのは、

Maxですかね。「一番の」という意味だそうです。
マックス陣内。
どこぞのYouTuberのような名前なので、
うん、やめよう。

、、、次に、
父が私に付けた「俊」と言う名前は、
実は本当は「舜」なのです。
この漢字は常用漢字ではなく、
名前には使えない漢字でしたので、宛字で「俊」にしたわけです。

「舜」というのは中国の故事に良く出てくる伝説上の良王で、
「舜・堯」という二人の「仁王」から取られています。
(私の弟の「了(りょう)」も「堯」が常用漢字ではないので、
 音と宛字で「りょう」になりました。
 「舜・堯」が「俊・了」になったわけです。)

、、、で、この「舜・堯」を「良い王」という意味で捉えると、
先ほどのサイトから言えば、

Richard:力のある指導者、勇気のあるもの
Steven:王冠、名誉、王位

といったものが候補に挙がります。
さらに抽象度を上げまして、
東洋における「舜・堯」は、
西洋においては何か、ということから考えますと、
それは多分「ダビデとソロモン」だろうなと思うのです。

ですから、
DavidとSolomonも候補にあがります。

リチャード陣内
スティーブン陣内
デイヴィッド陣内
ソロモン陣内。

うーん、どれもしっくりは来ませんが、
敢えて言えばしっくり来るのはスティーブですかねぇ。
最初の子音が「S音」だからかな?
ここから派生し、「ステファン」も好きです。
新約聖書の最初の殉教者「ステパノ」は、
私のヒーローのひとりですし。

というわけで暫定的に決定しました。
「ステファン」です。
、、、まぁ、使うことがあるのかどうか分かりませんが笑。



▼▼▼再告知・来週から「年末特別企画」やります!▼▼▼

先週も告知しましたが、
来週二週続けてから「年末特別企画」をやります。
先週の告知を再録します。

1.陣内が読んだ本「年間ベスト10」2017年版

本メルマガのレギュラーコーナー、
「陣内が先週読んだ本」で紹介した、
(たぶん)300冊ぐらいの本のなかから、
「ベスト10」を発表し、解説を加えます。
300冊の頂点が決まります。
永久保存版です。

1週目は10位〜6位まで、
2週目は5位〜1位まで、
という感じで2週にまたがってお送りします。
お楽しみに!


2.陣内が観た映画「年間ベスト10」2017年版

月に一度のお楽しみ、「陣内が先月観た映画」は、
春頃に始まり、100本近くの映画を紹介してきました。
そのなかから「ベスト10」を発表し、解説を加えます。
読んだ本ベスト10と同じで、
1週目は10〜6位まで、
2週目は5〜1位までを発表します。

100本以上のなかの頂点(当社比)が決まる、
注目の企画。こちらも永久保存版です。

、、、本にしても映画にしても、
私は普段、あまり点数を付けたり、
ランキングしたりするのは好みでありません。
(ランキングすると、本当は面白い、
 こぼれてしまうニッチを取り逃しますから)

ですから、この企画は年に一回きりしかしません。
12月の特別企画、再来週から始まります。
どうぞお楽しみに!!



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読者募集中!

2018.05.24 Thursday

+++vol.041 2017年12月5日配信号+++


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
■1 今週のオープニングトーク
続・陣内からのお知らせ
::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::

▼▼▼読者登録クラウドファンディング▼▼▼

先週、「このメルマガ、終わります」という告知をしました。
正確には「シーズン1」が終わるのであって、
恒久的な最終回ではありません。
しかし、vol.50を最終回としてシーズン1は一端終わります。

時期としたらあと10回なので2ヶ月半ですから、
2月中旬ぐらいが最終回になる感じでしょうか。
、、、で「シーズン2」は、
「読者登録クラウドファンディング」をしまして、
ある一定数の読者登録数に達し次第、スタートします。

テレビは「みんなのメディア」、
ネットは「俺たちのメディア」、
ラジオやメルマガは「私のメディア」です。
「私のメディア」であるメルマガは、
あんまり他者に宣伝したいと思わないのです。
(私も、自分の聞いているラジオや読んでいるメルマガを、
 知り合いに敢えて紹介したりしません。
 ひとりでこっそり楽しむのが至福なのです。)

、、、しかし、しかしです!

まったく拡がらないのは、それはそれで問題ですし、
「FVI」と「陣内俊を支える会」の広報活動も
兼ねているこのメルマガが広がって行かないと、
私は近未来に経済的な理由で、
「廃業」しなければならなくなるやもしれません笑。

いや、マジで。

そのときはそのときで、
そういう「導き」なのでしょうから、
40歳を過ぎて就職活動をするだけです。
10年前からそのぐらいの覚悟は出来ています。
でもやっぱり、自分がこういう活動形態だからこそ、
出来てきたことがあり、これからも出来ることがあり、
そして私だからこそ出来る働きというのが、
この世にはあると(大胆にも)思っているので、
どうか皆様のご理解と応援のほどを、よろしくお願いします。

、、、というわけで、
「読者クラウドファンディング」、
もう始まっています。

なんと、先週のメルマガを配信してから立て続けに、
6名の新規登録者がありました。
これは多分先週のメルマガを読んだ方が、
「早くシーズン2を読みたい」と思って下さり、
早速隣人に紹介してくださったのかなぁ、
とポジティブに推察しております。

いいですねー、良い流れです。

どうか皆様、引き続き広報活動にご協力、
よろしくお願いします。
ご自身で運営しているホームページなどに、
リンクを貼るのも「フリー」ですから、
許可を取る必要もないので、
どんどんバナーを貼っちゃってください。
(ご一報だけいただけたらなお嬉しいです。)



▼▼▼「読むラジサロン」再告知と、12月の目白押し企画▼▼▼

これも先週のメルマガで告知したことですが、
しばらく再告知させてください。
(先週の再録です)

来年1月(2月?)ぐらいを目途に、
「読むラジサロン」を始めたいと思っています。
まだ具体的なところは詰めていませんが、
メルマガ読者を対象に、「Evernote上のサロン」を開催したいのです。
期間限定の会員制(無料)で。

無料ですが、サロン入会条件として、
「陣内俊を支える会」もしくはFVI「声なき者の友」の輪に、
過去1年に、何らかの形で1円でも献金してくださったことのある人、
という条件をつけさせていただきます。
これはお金を儲けたいからではなくて、
「私の働きに、具体的な形を伴って賛同している」
というひとつの基準として設けさせていただきます。

、、、細かいことはあと10回のメルマガで徐々にお知らせしますが、
1.5名以下の少人数制
2.Evernoteチャット機能を使って様々な分かち合いをする
3.内容は「信仰・政治・経済・職業・読書・人生の悩み・馬鹿話」など各種。
4.目的は「学習する共同体」の生成
5.主旨は、参加者の「社会に役立つ人」としての、
 学びと生き方を深めることの相互扶助
6.期間は(今のところ)2ヶ月を1クールとする
7.原則実名での参加とするが、
 職業、年齢、性別などの基本情報の開示と、
 ペンネームでの参加も認める。
8.参加は強制はなく、途中退会はいつでもできる。
 (逆に途中参加はできない)

というような感じで考えています。
メルマガでは書けないような読書メモを公開したり、
他のサロン会員の一押し本をみんなで読んだり、
ある政治的なテーマについて語り合ったり、
その背景にある思想的な裏付けを一緒に調べたり、
信仰の上での悩みや葛藤を分かち合い祈りあったり、
自分の仕事や家庭での「次の一歩」を、
一緒に考えたり、もしかしたら「オフ会」をしたり、
そんな「私塾」のような場所にしたいと考えております。

サロンについてのご質問も目下、受け付けています。
「質問フォーム」からお寄せ下さい。

、、、あと、最後に、
12月は二つの「特別企画」を予定しています。
それは、、、

1.陣内が読んだ本「年間ベスト10」2017年版

本メルマガのレギュラーコーナー、
「陣内が先週読んだ本」で紹介した、
(たぶん)300冊ぐらいの本のなかから、
「ベスト10」を発表し、解説を加えます。
300冊の頂点が決まります。
永久保存版です。

1週目は10位〜6位まで、
2週目は5位〜1位まで、
という感じで2週にまたがってお送りします。
お楽しみに!


2.陣内が観た映画「年間ベスト10」2017年版

月に一度のお楽しみ、「陣内が先月観た映画」は、
春頃に始まり、100本近くの映画を紹介してきました。
そのなかから「ベスト10」を発表し、解説を加えます。
読んだ本ベスト10と同じで、
1週目は10〜6位まで、
2週目は5〜1位までを発表します。

100本以上のなかの頂点(当社比)が決まる、
注目の企画。こちらも永久保存版です。

、、、本にしても映画にしても、
私は普段、あまり点数を付けたり、
ランキングしたりするのは好みでありません。
(ランキングすると、本当は面白い、
 こぼれてしまうニッチを取り逃しますから)

ですから、この企画は年に一回きりしかしません。
12月の特別企画、再来週から始まります。
どうぞお楽しみに!!



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シーズン1終了のお知らせ

2018.05.17 Thursday

+++vol.040 2017年11月28日配信号+++


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
■1 今週のオープニングトーク
陣内からのお知らせ
::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::

▼▼▼このメルマガ、終わります。▼▼▼

衝撃的(?)な書き出しになってしまいますが、
このメルマガ、終わります。

、、、「えーー!!!」
っていう人もいるかもしれないし、
、、、、「あ、そう」
という人もいるかもしれないので、
どういうテンションで書いて良いか難しいのですが、
まぁ、さらっと書こうと思ったので、
さらっと書いています笑。

すぐには終わりません。
あと10回は続きます。
つまり、vol.50までで終わります。

それも、「一端」終わると言うことであり、
恒久的な最終回ではないので、
ご安心(?)ください。

どういうことか?

このメルマガが始まったのは今年の2月(パイロット版を含めると1月)、
もうすこしで約1年間書き続けたることになるわけです。
文字数は毎回2万字〜3万字ぐらい。
平均2万字書いたとしますと、
40回で80万文字書いたことになります。
文庫本一冊の平均文字数は12万字だそうですので、
私はこれまで文庫本6冊分ぐらいの文章を書いたことになります。

vol.1から欠かさず全部読んでくださっている方は、
ですから文庫本6冊分の情報量を、
今年に入ってこのメルマガから得たことになります。
おめでとうございます1

これが無料!!
信じられない!!

あなたは得してます(笑)

、、、で、
なぜ無料かと申しますと二つ理由があります。

ひとつはこのメルマガが市場(マーケット)の要請からでなく、
私自身の内発的要請から書かれていること。
つまり、私の「自主トレ」だったわけです。
私はこの働きを2008年からはじめ、
もうすぐ10年間が経過しますが、
この10年、常に何かを書き続けてきました。

そして、多分私は向こう10年間で、
何らかの本を書くだろうと自分で予想しています。
なんていうんだろうか、
書かねばならないという使命感とかでもなければ、
目立ちたいという自意識的な問題でも、もちろんないし、
死ぬまでに本を出したいという野心ですらないです。

いや、マジで。

「あぁ、自分は遠からず本を書くなぁ」と、
自然に思うようになった瞬間がありまして、
それはもう、「独身の賜物」を持つ人があるとき、
「あぁ、自分は生涯結婚しないだろうなぁ」と思ったりするのと同じで、
「最初からそうなることが決まってたみたいに」自然に、
自分は本を書くだろうなぁと思ったのです。

そのルートがどのようなものなのか、
まったく見えていないにも関わらず。

、、、で「本を書くなぁ」と思った2、3年前から、
私は考えはじめました。
「、、、とすると、今から、
 まとまった長い文章を書く練習をしなきゃなぁ」と。
、、、そういう容れ物として、
「メルマガ」が私の選んだ選択肢だった、
というのがこのメルマガ開始の経緯でした。

ですから、このメルマガの一側面は、
私の「自主トレ」ですから、
私の自己都合でやめたり、はじめたりするのです。
だから、私はこのメルマガを「マネタイズ」しないわけです。
マネタイズ(課金)していたら、
勝手にやめたり、勝手に始めたりできませんから。

、、、もうひとつは、
このメルマガは私の宣教の働きの一部だからです。
非営利組織であるFVIは「預言者的な団体」だと私は思っていまして、
その理念のひとつは、「アイディアを無料で提供する」ということです。
だって、私たちも神からアイディアを無料でいただいたのだから。

世の中には「市場(マーケット)」に乗せた方が良いものと、
マーケットとは食い合わせが悪いものがあります。
市場原理主義者には受け入れられない考え方でしょうが、
それでも私はそう考えます。

たとえば教育は、
市場の原理と食い合わせが悪いです。
福祉や医療や公共サービスも宗教も、
市場と食い合わせが悪いです。
もし食い合わせが良いのなら、
市場の原理を極限まで追求した、
アメリカのリベラルな諸州の行政サービスが最悪で、
教育や福祉や医療はガタガタで、
格差が再生産され、虐げられた「再帰的貧者」は犯罪に走り、
金持ちは警備会社という名の傭兵を雇い、
「ゲーテッドコミュニティに引きこもる」のは何故でしょう?
「市場の原理」で教育も福祉も公共サービスも宗教もうまく行き、
彼らの言葉で「見えざる手により最適化」されるのなら、
なぜそれを追求した社会はここまで分断されるのでしょう?

政治哲学の用語で「自由」と「正義(公正)」のバランスという、
難しい議論があるのですが、
自由に100パーセントふれたのがリバタリアン(市場原理主義者)、
公正に100パーセントふれたのがユートピア的社会主義者です。

私はどちらかに振り切るのではなく、
この「均衡状態」こそが大事だと思っている立場で、
そして私の社会におけるポジショニングというのは、
「教育」だとか「宗教」に分類される働きをしていますから、
当然、「公正」の原理で物事をすすめているわけです。

だから、「アイディアは無償」となるわけです。

考えもなしに、
「無料メルマガ」を書いているわけではないので、
ご心配なく。
ちゃんと考えています。



▼▼▼安心ください。「シーズン2」をいつかやります。▼▼▼

、、、で、何の話をしていたんでしたっけ?
そうそう、そうです。
あと10回でこのメルマガは終わります。
それは1年間、コンスタントに毎週2万文字書く、
という私の「身体を使った実験」が終わって、
それがどういうことか体感できたからです。
それから「メルマガという個人メディア」の、
限界も、良さも、長所も短所もだいたい把握できました。
これがラジオに似ている、という私の当初の予想は、
完全に的中していました。

「テレビはみんなのメディア、
 ネットは俺たちのメディア、
 ラジオは私のメディア。」
と、「東京ポッド許可局」というラジオ番組で、
私の好きなおじさん芸人たちが話していましたが、
メルマガもまた「私のメディア」だということを、
私は1年間で確信したわけです。

「みんなの」「俺たちの」という言葉が示すように、
テレビやブログ、動画配信、SNSなどの媒体には、
拡散力があります。

一方ラジオやメルマガは「私のメディア」ですから、
著者と読者、パーソナリティとリスナーは、
バーチャルにではありますが、
1対1で結ばれます。

多くの場合読んでるメルマガや聞いてるラジオの話を、
人は職場や教会や学校でしませんから、
このメディアの拡散力はきわめて低いです。

よって、40回にわたって私はこのメルマガを書いてきましたが、
私が当初考えていたほどの読者数は獲得していません。
それも含めて私の目論見通り、といえばそうなのですが笑。

つまりSNSやブログは新聞紙(燃え広がりやすく消えやすい)で、
メルマガやブログは木炭(燃え広がりにくく消えにくい)のです。
私が今までずっとしたかったのは後者ですから、
私の狙いはズバリ当たったのです。

、、、なら、なんでやめるの?

ということですが、
それは、メルマガという「容れ物」に文章を入れることを、
とりあえず1年間やってみた後で、
ちょっと今度は別の容れ物に容れたくなった、
という、これも私の身勝手な自己都合からです。

、、、ほらね、お金取っちゃだめでしょ笑。

、、、具体的には、
ブログを充実させるか、
もうちょっと長い何かを書くか、
もしくはSNSを再開してみるか、
はたまた何も書かずに「蓄積の時」とするか、
それはまだ考え中なのですが、
とにかくルーティーンを一回絶つ必要がある、
と感じているわけです。

、、、で、
ここからが大切なのですが、
メルマガが終わるのは「いったん」終わるだけです。

つまり、vol.50は、
「読むラジオ シーズン1」の最終回であって、
「読むラジオの最終回」ではありません。

ご安心ください。

また、シーズン2をやりますから。
それがいつになるかは、
ちょっと、いま検討中なんですよね。



▼▼▼「シーズン1」の終了と、再開の目途▼▼▼

、、、しかしながら、
決めている条件となる基準がいくつかあります。

1.読者数が一定数に達する。

とりあえず、シーズン1が終わるまでのあと10回、
そしてそのあとの「シーズンオフ」の間に、
私はこのメルマガの広報活動をします。
「宣伝してください!!」と呼びかけます。

つまり「読者クラウドファンディング」です。
「読むラジオ シーズン2のスタート」という、
ひとつのプロジェクトの打ち上げ条件として、
「読者数○○○人」という、
私の中の内部の基準を満たしたら、
その時点で読むラジオを再開します。

今の時点ではそれほどまでにこのメルマガは、
「私だけのメディア」化しすぎていて、
読者数は安定して横ばいであり、
あまり裾野が広がって行く気配がありません。

そこで、
「いったんやめて、
読者クラウドファンディングをする」
という形で新たな読者層を開拓したいと、
そう考えたわけです。
つまり、読者のあなたがメルマガの広報にご協力し、
新たな読者を獲得してくださった度合いに応じて、
「シーズン2」の開始時期は早まるということになります。

ある基準に達したら、
シーズン1が終わった翌月に、
シーズン2を開始しても良いと考えています。
それほどにニーズがある、と私は受け取りますから。
しかし、さほど読者は拡がらなかったら、
まぁ、「そういうこと」ですので笑、
ゆっくりとマイペースにやらせていただきます。


2.私が次に「メルマガを再開するときだ」と思う。

先ほどから申していますように、
私はメルマガではない別の媒体
(もしくは書かないという状態)を、
必要としているように感じています。

一端自分の均衡状態を壊して、
それからまた、次に書くときが来るのを待ちます。
何を始めるのかは未定ですが、
それがめちゃくちゃ楽しくなったら、
再開の時期は遅くなるかもしれませんし、
まったく面白くなかったり、
痛々しいほどの失敗に終わったら笑、
メルマガに戻ってきます。
、、、泣きながら笑。


3.上記の要件が満たされないまま10ヶ月が経過する。

1、もしくは2の条件が満たされぬまま、
10ヶ月が経過したら、またメルマガを再開します。
、、、というのも、メルマガ(的な活動形態)は、
私のライフワークのひとつになるのでは、
と思うほどにこの1年で私は、
メルマガという媒体に、しっくり来るものを感じていまして、
「再開しない」という選択肢は用意していません。
ところが、いったん休止したものを、
再開するまでの「リミット」を決めておかなければ、
きっといつまでも始めないだろうな、と思いますので。

だから、さしあたって最大10ヶ月休みます。
それで、また「シーズン2」が始まります。
そういう話です。
「シーズン2」は1年続くのか2年続くのか、
はたまた半年で終わるのか解りませんが、
ひとつのシーズンを3ヶ月以内に終えるということはありません。
そこもご安心ください。

、、、というのは、メルマガを書くにあたり、
一番大変なのはその習慣を作る最初の1ヶ月であって、
その後は殆ど自動運転できるからです。
めちゃくちゃ重い電車を人力で押すときのようなものです。
動き始めたら、あとは止めるほうが難しいぐらいで笑。

なので本当は、
この「シーズン1」をやめるというのは、
やめずに惰性で続ける以上に大変なのです。
「慣性の法則」により、続けた方が実は「楽」です。
でも、敢えて一回やめるのには、
今長々と説明したような理由があるのです。

ご理解と、変わらぬご愛顧のほど、
よろしくお願い致します。



▼▼▼おまけのお知らせ▼▼▼

、、、それと、私からのお知らせがもう一つ。
来年1月ぐらいを目途に、
「読むラジサロン」を始めたいと思っています。
まだ具体的なところは詰めていませんが、
メルマガ読者を対象に、「Evernote上のサロン」を開催したいのです。
期間限定の会員制(無料)で。

無料ですが、サロン入会条件として、
「陣内俊を支える会」もしくはFVI「声なき者の友」の輪に、
過去1年に、何らかの形で1円でも献金してくださったことのある人、
という条件をつけさせていただきます。
これはお金を儲けたいからではなくて、
「私の働きに、具体的な形を伴って賛同している」
というひとつの基準として設けさせていただきます。

、、、細かいことはあと10回のメルマガで徐々にお知らせしますが、
1.5名以下の少人数制
2.Evernoteチャット機能を使って様々な分かち合いをする
3.内容は「信仰・政治・経済・職業・読書・人生の悩み・馬鹿話」など各種。
4.目的は「学習する共同体」の生成
5.主旨は、参加者の「社会に役立つ人」としての、
 学びと生き方を深めることの相互扶助
6.期間は(今のところ)2ヶ月を1クールとする
7.原則実名での参加とするが、
 職業、年齢、性別などの基本情報の開示と、
 ペンネームでの参加も認める。
8.参加は強制はなく、途中退会はいつでもできる。
 (逆に途中参加はできない)

というような感じで考えています。
メルマガでは書けないような読書メモを公開したり、
他のサロン会員の一押し本をみんなで読んだり、
ある政治的なテーマについて語り合ったり、
その背景にある思想的な裏付けを一緒に調べたり、
信仰の上での悩みや葛藤を分かち合い祈りあったり、
自分の仕事や家庭での「次の一歩」を、
一緒に考えたり、もしかしたら「オフ会」をしたり、
そんな「私塾」のような場所にしたいと考えております。

興味のある方はいまのうちに、
Evernoteを作成しておいてください笑。

、、、という、今回はお知らせでした。



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面白かった小説

2018.05.10 Thursday

+++vol.039 2017年11月21日配信号+++


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
■1 今週のオープニングトーク
面白かった小説
::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::

▼▼▼今週はベリーショートバージョン▼▼▼

メルマガ読者のみなさん、こんにちは。
急に冬めいてきましたね。

風邪など引かれませんよう、
お身体にお気を付けください。

私は先週からわりと忙しかったりして、
執筆時間が取れなかったので今週は「ベリーショートバージョン」です。
オープニングトークと「読んだ本」と、編集後記だけ。
以上!

です。
なので久しぶりに二通分割ではありません。

「量が少ないほうが読みやすい」、
という、執筆者にとっては死刑宣告のような、
「まったく悪意なき猛毒の感想」を、
いただくこともありますので笑。



▼▼▼質問カード▼▼▼

、、、さて、今週も始めて行きましょう。
「質問カード」から。

▼質問:
過去最高に面白かった小説があれば教えて下さい(3個まで)。
なければ漫画でも。

これは、比較的最近、
別のコーナーで紹介した気がします。
そのとき挙げたのはたしか、
「オールド・テロリスト」村上龍
「マチネの終わりに」平野啓一郎
「黒い家」貴志祐介
ぐらいを挙げたと記憶しています。

たしかそのときは、
「この5年ぐらいで読んだ中で」という条件付きだったので、
逆に今度は5年以上前に読んだもののなかで、
最高に面白かった小説を紹介します。

そうですねぇ、、、。

「人生ベスト小説」とかって、
いちばん難しいですよね。
何を挙げて良いか、非常に迷います。

でも、あまり深く考えず、
挙げたいと思います。

1.「白夜行」東野圭吾
http://amzn.asia/9J32rjQ

これは2回読んでます。
続編(とされる)「幻夜」も読みました。
めちゃくちゃ長いですが、
一息で一気に読めます。
面白いので、最後まで読まずにいられない本ですね。

主人公の雪穂(ゆきほ)は、
日本小説史に残るサイコパスですね。
彼女にとって不都合な人物が次々と不審死を遂げるシークエンスは、
「ぞくぞく」します。
「いいよいいよー、こういうの嫌いじゃないよぉー!」
という静かな興奮を覚える。
もちろん旋律と恐怖とともに。

私は実録モノもフィクションも含め、
サイコパス(自己愛性人格障害)に関する本を、
かなりの冊数読んできましたし、
過去の職場や自分の生活圏でも、
「サイコパス気質」の人に遭遇したことがあります。
その観点から言えるのは、サイコパスって、
関わった時点で「こちらの負け」なんですよね。

山菜採りのときのクマと同じです。
姿を見たら一目散に逃げる。
これがサイコパスへの唯一の正しい対処法です。

ちなみにこの小説、
綾瀬はるか主演のドラマ化、
堀北真希主演の映画化で、
二回映像化されています。

堀北真希のほうがビジュアル感は「雪穂」にはまっていますが、
作品としての出来はドラマの圧勝です。
というより、映画がひどすぎるだけですが笑。
あれじゃあ、演者と東野圭吾が可愛そうです。


2.「はてしない物語」ミヒャエル・エンデ
http://amzn.asia/4dM4my1

こちらは小説と言うより「童話」ですが、
ミヒャエル・エンデは私の最も好きな著述家のひとりで、
小学校の時に「モモ」を呼んで衝撃を受けて以来のファンです。
、、、で、この「はてしない物語」は、
「モモ」と双璧をなすエンデの代表作で、
映画化もされています。
「ネバーエンディングストーリー」ですね。

▼参考リンク:ネバーエンディングストーリー
http://amzn.asia/2CIljER

映画の方は小学生のときに観たのですが、
原作のこちらを読んだのはわりと最近で、
数年前のことです。
読んで驚きました。

すごい、の一言です。
「モモ」は「モモ」でものすごい作品なのですが、
「モモ」とまったく重なっていない。
同じ人がこれほどの小説を生涯で2本書けるというのは、
もっと驚かれていいと思います。

バスチアンという本好きの少年が、
ある本に出会ってから「ファンタジーエン」という、
架空の世界に迷い込みます。
このプロットはC.S.ルイスの「ナルニア国物語」に似ていますが、
ここからの展開の方向性が両者は異なります。
単純に比較できるようなものでもなければ、
優劣をつけられるようなものでもありません。
しかし、エンデの「はてしない物語」の、
「ファンタジーエン」を巡る物語は、
「近代」という「父なき時代」「意味を失った時代」に、
少年少女たちがそこから滋養をくみ上げることができるような、
本当の意味の豊かな物語を紡ごうとする、
エンデの気迫のようなものを感じて圧倒されます。

ファンタジーエンという世界を「虚無」が食いつくす、
というのが具体的な「危機」ですが、
この虚無というのは人間社会の「虚構」だとか、
近代が作り上げた「官僚支配」だとか、
「生きる意味の疎外」を象徴しています。
それをバスチアンはどう超克していくのか。
、、、バスチアンは「もっともっと」という欲望の果てに、
最後は「愛したいという意志」に出会い、
生命の水を飲むことが出口につながります。

「自分探しをしに海外を放浪しようか」と迷っている若者は、
飛行機のチケットを買う前に、
「はてしない物語」を購入して読むことを、
私は強くオススメします。

*上記の解釈は私の私見ではなく、
「エンデのメモ箱」というエンデ自身のネタバレ本に由来します。
こちらもめちゃくちゃ面白い本です。

▼参考リンク:「エンデのメモ箱」
http://amzn.asia/7KWo8h1



3.「カラマーゾフの兄弟」ドストエフスキー
http://amzn.asia/6GkRCf6

たしか、2012年ごろ読みました。
ドストエフスキーの代表作です。
「カラ兄(からきょう)」と呼ばれることもあります。
「からきょう」のイントネーションはフラットではなく、
前半にアクセントが来ます。
アル中(あるちゅう)の言い方ではなくピカチュウの言い方で、
「からきょう」です。
まぁ、どうでもいいんですけど笑。

で、このカラ兄、長らく、
「東大の先生が学生に読ませたい本No.1」だそうです。
まぁ、「古典」なわけです。

私も10年前ぐらいからずーっと読みたいなぁ、、、
と思っていて、読んでは挫折し、挫折しては読み、、、
を繰り返し、やっと読了したのが2012年でした。

この手の古典って、
多くの場合「カラマーゾフの兄弟」がさぁ、、
って会話の中に出てきたりしますが、
じっさいに読んでいる人は、私の経験則からすると、
100人に1人ぐらい、もしくはそれ以下です。
読んでないのに知ったかぶりする人多数です笑。
読んだことのあるような顔で、
じっさいに読まずに50年ぐらい過ごしている大人もたくさんいます笑。

、、、となると、
「これを読んだことがある」
というだけでものすごい比較優位が得られるわけです。
だから「読書で最もコスパが高いのは古典だ」と、
私は自信を持って申し上げます。
(読書とコスパというワードは最も相性の悪い組み合わせだと、
 百も承知の上で申しております。)

なぜこの手の古典を読むことが大事かを説明します。
これが書かれたのが1880年ですから、
今から約140年前です。
その140年の間、数多くの小説や、
思想書や宗教書が書かれていますが、
そのなかのものすごーーく沢山のものが、
この古典を「下敷き」にしたり「参照」したり、
「引用」したり、「発展させたり」して構築されてきました。
今日本の本棚に並んでいる多くの本は、
それら「古典をもとに構築されたものをさらに参照し」、
発展させたものです。
、、、とすると、「源流」である古典を押さえているかどうかは、
それらを把握し理解し解釈する上で、死活的に重要だ、
というのがその理由です。

西洋の思想書を10冊ランダムに購入しますと、
そのうち5冊にドストエフスキーは言及されますし、
その5冊のうち2冊に、
カラマーゾフの兄弟のなかにでてくる、
「大審問官」のくだりが、
何の説明もなく引用され解釈がほどこされます。

つまり「この本を読む人」は、
カラ兄を読み、大審問官のくだりを知っているはずだ、
という前提の元に、西洋の著者は話を進めていくわけです。
日本の著者が浦島太郎を引用するとき、
そのあらすじをいちいち解説しないのと同じです。
「あの玉手箱が、、、」と話し始めるわけです。
西洋の著者が、イワンがアリョーシャに語った、
「大審問官の長い舌鋒」を引用するとき、
いちいち内容や文脈について改めて話さないのです。

しかもその引用頻度たるや、ものすごいものがある。
「古典を読むと読書のスピードが上がる」
というのはこういう仕組みで起こります。

じっさい私はカラ兄を読んでから、
西洋人の書いた思想書を読むスピードが、
自分でも体感できるほど上がりました。

では、読んでいる間は面白いのか?
正直、東野圭吾を読むような面白さはありません。
ロシア文学は得てして読みにくいのですが、
読みにくい二つの理由を挙げます。

1.名前が異常に長くて覚えづらい上に、
 それぞれの覚えづらい名前に、
 さらに覚えづらいニックネームが複数ついていて、
 何のことわりもなしにニックネームと本名が混在している。
 
、、、主要登場人物が5名いたとすると、
5名+ニックネーム×2で、15個ぐらいの名前が錯綜するわけです。
かなり混乱します。
私はカラ兄を読むとき、「人物相関図(ニックネームつき)」を、
プリントアウトして参照しながら読み進めました。

2.一人の発言が長い。

、、、ロシア文学の特徴は、
大切なことを情景描写ではなく、
ほとんど「登場人物の台詞」として言わせることです。
しかもその会話の長いこと長いこと。
一人の人の「一息の発言」が、
50ページに及ぶことがあります。
「絶対話し終わったときには全員寝てるか、
もしくは家に帰ってるだろ!!」
と思うのですが、これはもう、ロシア文学の「定型のひとつ」として、
受け入れるしかありません。

、、、という「苦行」を終えた先には、
あらたなる風景が見えるようになります。
これが「古典」の醍醐味です。
ドストエフスキーは実存主義神学者のひとりに
数えられることもありますから、
その射程は広く、たとえばニーチェの、
「近代と神の死」というテーマについて、
ドストエフスキーを読んだ人とそうでない人とでは、
その把握の奥行きが違ってくるのです。

、、、というドストエフスキー論でした。

みなさんのベスト小説は何ですか?
お会いして話す機会があったら教えてください。




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「理想の家」について

2018.05.03 Thursday

+++vol.038 2017年11月14日配信号+++


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
■1 今週のオープニングトーク

::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::

▼▼▼久々の質問カード▼▼▼

メルマガ読者のみなさん、こんにちは。
いかがお過ごしでしょうか?
私は愛知県→三重県のロードを終え、
先週の火曜日(7日)の夜に東京に戻りました。

水曜日は準備段階を含めると2週間ぐらいの疲れがどっと出まして、
まったく使い物にならず、家で後期高齢者のような生活をしました。
朝から風呂につかり、お茶を飲み、テレビを眺めるが集中できず、
また風呂につかり、洗濯機を二度ほど回し、、、19時台に寝る(!)

木曜日はたまっていた本を読んだり、
出張中のお金の精算をしたり、
1週間ぶりに赤ちゃんに会いに妻の実家に行ったりしました。

いまこれを書いているのは金曜日です。
毎日9時間以上寝ていますので、
かなり頭もすっきりしてきました。
(私は体質がロングスリーパーなのでこうなりますが、
 真似したら逆に体調悪くなるかもしれないので、
 お気を付けください。)

、、、で、久しぶりに、質問カードやります。
はい、引きます。

質問カード:
「理想の家」の大きさ、間取り、
ロケーションを教えてください。

、、、みなさんはいかがでしょうか?

そうですねぇ。
これは2パターンありますね。



▼▼▼森バージョン▼▼▼

ひとつめは「森の中」です。
私は「森の中」にいると心落ち着きます。
特に北海道だとかカナダだとかドイツだとか、
そういった緯度の高い地域の針葉樹が好きみたいです。
白樺とか、最高ですね。
時々、キツツキの木をつつく音が聞こえたり、
リスが木の実をほおばりながら木登りするのが見えたりして。

さらに、窓から湖が観えていたら最高です。

▼参考画像:湖畔の森の家
http://www.finnishlakesidecabins.com/images/Lak052-lakeside%20sauna.gif

、、、ちょうどこんな感じでしょうか。
間取り、大きさに関しては、
あまり大きすぎないのが良いですね。
掃除が大変ですから笑。

シンプルに、使い勝手の良いキッチンと、
人が集まれる居間があり、
寝室があり、書斎があり、
人が泊まれる客室があったらいいな。

北の国からの五郎さんが作ったログハウスや「石の家」みたいなのも、
味があっていいな、と思いますが、
実はそこまで素材にこだわりはありません。
外観は自然と調和して欲しいので落ち着いたウッド調が良いですが、
私はけっこう実利主義なところがあるので、
最新の防音、断熱性を備えた建材をつかって欲しいです笑。
さらに言えば二重サッシはマストですね。
これがあるとないとでは、
防音性と断熱性に雲泥の差が出ることを、
北海道生活で私は実感していますから。

私は静寂が欲しいのです。

、、、あと、
「暖炉」ですね。

「暖炉のある家で、
 犬と猫を飼って生活すること」
は、私の人生の見果てぬ夢です。
これを達成したらもう死んでもいいと思っている笑。
だから達成しちゃだめなのです、死んじゃうから笑。

友達と暖炉を囲みながら、
コーヒーとマシュマロをつまみ、
夜中まで「思想・哲学」について語り合う、、、。
時々犬や猫をなでながら、、、。
熱くなったら窓を開けると雪景色から冷たい風が入り込んできて、
頭がすっきりしてまた語り合う、、、。

もう、最高じゃないですか。
死んでも良いです。

私のアメリカの知り合いと言いますか、
私のメンター、ボブ・モフィット氏の親友に、
ダロー・ミラーさんという方がいまして、
この方は日本語に訳されている
「世界を変える物語」など、
多数の著作を書いています。

彼が友人と語り合ったり執筆に集中したりするために、
アリゾナの郊外(高地の森林地区)に、
10年ぐらい(だったかな?)かけて作ったログハウスで、
私は泊まったことがあります。

Darrow's Cabin とかBear's Cabinと呼ばれているその家は、
もうね、最高です。
最高も最高です。

森の中にたたずむログハウスは木の香りがし、
12畳ぐらいあるウッドデッキからは、
「樹海」が一望できます。
「なんだよ、ただの人生の勝利者じゃないか」
と思いながら私はダローを羨望のまなざしでながめたのです。

▼参考リンク:ダロー・ミラー
https://i.ytimg.com/vi/XqX8ncFVDf8/hqdefault.jpg



▼▼▼離島バージョン▼▼▼

第二のロケーションは「海」ですね。
間取りとか大きさとかはあまり関係ないです。
沖縄の離島の、適当な古民家に住めたら、
もうそれは理想の生活だと思っています。

▼参考画像:離島の民家
https://goo.gl/i2T6eb

こんな感じですね。
三線(さんしん)の音がどこからともなく聞こえてくる。
さんぴん茶とサーターアンダギーをおやつに食べ、
お昼はてびち(豚足)が入った沖縄そばを食べる。

ちょっと歩くと息を飲むような美しいがある。
美ら海(ちゅらうみ)ですね。

▼参考画像:離島の海
https://img.4travel.jp/img/tcs/t/album/src/10/90/95/src_10909505.jpg?1406205671

もうね、これはね、もう一つの天国です。
実現したら死んでも良いですね。
駄目ですこれは。
実現したら死んじゃうから笑。

なんか、もうすぐ死ぬ人みたいになってきましたので、
このへんでやめます。
まだ死にたくないから。
たぶん神は陣内俊をもう少し地上に生かし、
何かをなさせたいように私は感じていますので。




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軽トラとフェリーの旅 〜愛知から伊勢志摩へ〜

2018.04.26 Thursday

+++vol.037 2017年11月7日配信号+++


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
■1 今週のオープニングトーク
約7日間のロード
::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::

▼▼▼愛知→伊勢志摩→愛知→東京▼▼▼

メルマガ読者の皆様、こんにちは。
3連休はどのように過ごされたでしょうか?

私は11月3日にこの原稿を書いていますが、
海の上で書いています。
そう、船に乗っているのです。
フェリーですね。

今の時代、離島在住者または石原裕次郎を除けば、
飛行機に乗るよりも船に乗る方が、
頻度は圧倒的に低いわけなので、
飛行機に乗るよりもワクワクしています。

船って、なんか良くないですか?
私は大好きです。
特にあの雑魚寝するスペース、最高ですね。
ツーリング中のライダーを横目にあぐらをかき、
おもむろにパソコンを拡げ、音楽を聴き、
そして本を読む。
部屋にいるときとやってることは変わらないのですが、
窓から見える島々や、内臓に感じる振動、
波にゆられている感覚、、、
血が沸き立つというか、「旅してるなぁ、、、」という、
圧倒的な手触りがあります。
そう、「旅情」ですね。
「旅情ハンパねぇ」わけです。

あ、そうだ!

いま思い出したのだけど、
これって「寅さん」の影響ですね。
昭和の時代、お父さんがレンタルビデオで借りてきた、
「男はつらいよ」を、お父さんの隣で見ていました。
ビッグサイズのブレザーに、なぜか袖を通していない寅さんは、
石川県とか三重県とか長崎県とか、
干物と潮風と錆びた旅館の看板が似合うさびれた漁港に、
フェリーでよく到着していました。
で、フェリーで隣に座った女性が泣いていて、
「どうしたんだい?お嬢ちゃん?
 美人に涙は似合わねぇよ。」と寅さん。
「うふふ、面白い人、、、。
 あなたの顔を見ていたら、
 ちょっと寂しさが紛れましたわ。
 ありがとう。」
女性は去って行く。
漁港について適当な宿屋にチェックインすると、
その宿屋の娘がさっきの泣いていたお嬢ちゃんで、、、
みたいな鉄板プロットですね。

フェリーに乗ると、
この乗客のどこかに寅さんが乗っているような気がして、
それでワクワクするのです。
今分かりました。


▼▼▼軽トラ、フェリーの旅▼▼▼

、、、で、なんで私が今フェリーに乗っているかと申しますと、
かねてからメルマガでも参加者を募集してきました、
「よにでしセミナー2017 in伊勢志摩 」の会場に向かうためです。

当初、私は普通に陸路で会場に向かうつもりでしたが、
諸事情により、ICBCでお貸し頂ける車が、
「軽トラ」なわけです。

▼参考画像:「軽トラック」(この画像いるか?)
https://goo.gl/pn27Hj

まぁこの軽トラなわけですよ。

、、、で、考えたんですよね。
これで周囲の車が120キロで走る片側6車線の自動車道、
「伊勢湾岸道」を走り、
伊勢湾を外環する200キロの弧を描いて、
伊勢志摩の会場に行くことを。

グーグルマップによれば、
走行距離は約200キロ、時間にすると3時間。
何より「自動車道」を通ることが不安でした。

私は大学時代を帯広で過ごしました。
帯広における軽トラというのは、
東京における自転車、
もしくはスニーカーのようなものでしたので、
日常的に運転していました。

いつ使うの?

いやだって、農場から別の農場に、
重い農機具や木箱、長靴、ロープ、、、、
ときには、ポニーや羊や山羊。
そういったものを運ぶのに、
軽トラは最強ですから。
というか、ポニーなんて、
軽トラ一択ですね。

冬には雪を運びます。
雪を捨てに行くんです。
雪国以外の人からすると、
「は?」という話しでしょうが、
雪って言うのは捨てに行く必要があるんです。
正確に言えば「投げに行く」必要があるのです。
(帯広で捨てるのことは投げると言います。)

面倒なのでこれ以上説明しないです。
詳しく知りたい人は雪国に移住してください笑。。

、、、で、
私は軽トラの運転は好きです。
90度を切っているんじゃないかとういう、
「見事に直角(リクライニングなし!)」な運転席と助手席。
無骨なマニュアルレバー、
おもちゃみたいなインテリア、
案外繊細なクラッチのつなぎ、
何よりあの「フォルム」。
すべてが愛おしいですよね。

しかし、しかしです。

軽トラで時速100キロを超えて走ったことは未だありませんし、
そんなことを考えたことはありません。
軽トラはあくまで「スニーカー」もしくは、
「クロックスのサンダル」であって、
家の敷地内や近所をうろつくのには最高ですが、
100キロ以上の遠出をするようには設計されていない。

しかもセミナーのためにある程度の荷物を、
荷台に載せていきますから、
自動車道を猛スピードで走っているときに、
荷物が後ろに飛んで行ったらどうしよう、、、とか、
運転している途中でエンジンから白煙が上がったらどうしよう、、、とか、
いろいろ考えると不安になってきまして、
陸路をやめてフェリーで行くことにしたのです。
参考画像のように直線距離はだいぶ短くなります。

▼参考画像:愛知→伊勢志摩 陸路
http://www.kantei.go.jp/jp/headline/img/20160513/20160513_map.png

▼参考画像:愛知→伊勢志摩 海路
http://img01.naturum.ne.jp/usr/rider/isewanferykoro.JPG

さらにお金的にも陸路だと高速料金が4,000ほど、
フェリーだと5,600円ですが、
走行距離100キロぐらいの差がありますので、
ガソリン代の差し引き1,500円で、ほぼ同じです。

、、、うん。

フェリーにしよう。
旅情ハンパねぇし。

というわけで、私は朝7時に教会を立ち、
渥美半島のキャベツ畑の中、
1時間半の田舎軽トラドライブ(最高!)を楽しみ、
そしてフェリーで伊勢志摩に向かっています。

、、、というオープニングトークでした。
もうすぐ三重県に着きますので、
今週はここまで。



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忙しい日々

2018.04.19 Thursday

+++vol.036 2017年10月31日配信号+++

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
■1 今週のオープニングトーク
今週はショートバージョンで失礼します。
::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::

▼▼▼忙しい日々▼▼▼

メルマガ読者の皆様、お元気でしょうか?
わりと今週から来週にかけて、
私は忙しい日々が続いています。

FVIの総会、よにでしセミナー、ICBCでの奉仕など、
いろいろと立て続けです。
病気療養から復帰してから、
意図的に、注意深く「忙しく」なることを禁忌してきました。
ヘルニアの人にとっての重いものを持つみたいなもので、
鬱病寛解期の「忙しさ」は、かなり危険だからです。

でも、今はかなり忙しいです。
病気になる前の標準的な毎日ぐらいかもしれませんが、
療養後の「生まれ変わった自分」にとっては、
「過去最高の忙しさ」です。

ひとつだけ病気再発防止のためにしていることがあって、
毎日8時間〜10時間、寝ています。
これはもう、「死守」ですね。
午前中からトップスピードで仕事をして、
午後はペースダウンして、
早めの夕食を食べたら、
30分だけ本を読んで、もう寝る体制に入ります。
8時台に布団に入り、翌日6時から7時台まで、
こんこんと眠ります。

これがヘルニア持ちにとっての「コルセット」のようなもので、
たぶんこの忙しさでも病気の再発の足音という、
「死神の吐息」が聞こえないのは、
がっつり、しっかり、みっちり寝ているからでしょう。

私の脳にとって「睡眠」は魔法の薬です。
昔、チョロQという玩具がありました。
小さな車を後ろにギーっと引いて、
パッと手を離すと、ピューっと走って行くあれです。

睡眠って、あの後ろに引いて推進力を貯める部分だと思っています。
、、、で、ロングスリーパーの私は、
他のチョロQが30センチの「貯め」で1メートル走るところを、
私の場合1メートルぐらい「貯め」なければならない。
それで、走るのは90センチとかね笑。
「負けんのかい!!」
っていうね。

、、、でもね。
あまり人前で話すようなことではないのですが、
私の脳はちょっと特殊なので、
睡眠時間も特別に長いのかもしれない、
というのは小さい頃から母親に言われてきました。
私は異常に算数ができたり、
逆に異常に道を覚えなかったりしましたから、
母親はこの子は発達がいびつだと感じていたのでしょう。
若いときは「短時間睡眠」に憧れていましたから、
「縁起でもないことを言わないでくれよ」と思っていましたが、
最近とみに「本当にそうかもしれない」と考えるようになりました。

数学が得意なことのほかに私はわりと、
脳の領野を広く使うんですよね。
これは「遠いコンセプト同士をコネクトする能力」と言ってもいい。
「喩えが上手な人」というのはこの脳の使い方が上手です。
、、、で、私はわりと比喩が得意です。
また、数学と神学とか、
お笑いと政治とか、
物理学と料理とか、
靴磨きと日本経済とか、
ゲームと信仰とか、
一見何も関係のない二つの領域に、
共通の原則を見つけたりするのが上手です。
私の「セールスポイント」と言っても良い。

その分、多分「脳の消耗」は早くて、
さらに「『貯め』は人一倍たくさん必要」というのは、
推論としてあながち暴論ではない気がしてくるのです。

世界最高のバスケットボール選手である、
レブロン・ジェームズはNBAシーズン中、
毎日12時間寝る、という記事を読んだとき、
「あっ」と思いました。

▼参考記事:レブロン・ジェームズは1日12時間眠る。
https://forbesjapan.com/articles/detail/16632

バスケットボールを4クォーターフル出場したとき、
筋肉も消耗しますが、それよりも脳が消耗している、
と私は思います。
だって、NBA選手が5秒間に、
いくつの推論と選択、
決断と実行を繰り返しているか、
気が遠くなります。
たぶん5秒で20とかは下らない。
つまり4クォーターでは、
何万回という推論、選択、決断、実行、
そのフィードバックと反省、新たな推論、、、
を繰り返しているのです。

比較するものではないけれど、
多分世界的企業のCEOが2週間にする決断の量と同じぐらい、
レブロン・ジェームズは1試合につきしているはずなのです。
彼が12時間寝る、というのは筋肉ではなくて脳を休めている、
と考えると腑に落ちます。

レブロンと俺は同じだ。

、、、なんて気恥ずかしく、
おこがましく、
口幅ったくて言えませんが、
何かしらの共通項を見つけたように思ったのです。

、、、というわけで、
私は寝ます。

寝ることは仕事をすることの一部だからです。
チョロQにとって、引っ張ることは走ることの一部なのと同じです。

「気力より体力」という本の著者で、
トリンプインターナショナル社長時代、
記録的増収増益を達成した吉越浩一郎さんは、
「仕事が忙しすぎる?」
「ならばいつも以上に沢山寝ろ」
と言っています。

「寝る暇がないほど忙しい?」
「ならば寝ろ。」と。

もはや会話が成立していませんが笑、
吉越さんに言わせれば、
寝る暇がない人の仕事なんて、
「貯めのないチョロQの走行」なのだから、
たいした仕事ができない。
そんなボロボロの脳で出社されても困る。
しっかり寝た脳で、短時間で結果を出す仕事をしてくれ、
という経営者としてまっとうな意見を言っているのです。

アメリカではじっさい、
それをインセンティブで実行している保険会社があります。
20日連続で7時間以上寝た社員には、
上限年間300ドルまでのボーナスを支払う、
というルールをこの「エトナ」という会社はもっています。

吉越理論によれば当たり前です。
「人力車」とか「飛脚」の会社があったとして、
20日以上下半身の筋トレを続けた社員にボーナスを払っても、
誰も驚かないでしょう。
知的労働者にとっての睡眠は、
肉体労働者にとっての筋トレです。

というわけで、
私は最近めちゃくちゃ忙しいので、
めちゃくちゃ長時間寝ています。
そして「剃刀のような集中力」で、
圧縮したアウトプットをしています。

フリーランスだからこそできることかもしれませんが、
これからの日本人の働き方は、
ますますこういうことが重視されるようになるといいな、
と私は思ってますし、
こうならないともはや日本は生き残れない、
と先日読んだデイヴィッド・アトキンソン氏の本には書いてありました。

、、、というわけで、
今日は睡眠の話しでした。

ショートバージョンなので、
オープニングトークは以上!



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自宅以外で安らぐ場所は?

2018.04.12 Thursday

+++vol.035 2017年10月24日配信号+++

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
■1 今週のオープニングトーク
自宅以外で安らぐ場所は?
::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::

▼▼▼心が安らぐ場所▼▼▼

今週も質問カード、さっそく行きます。

▼質問:
「自宅以外で最も心が安らぐ場所はどこですか?」

、、、これは良い質問ですね。
良い質問なのですが、今の私は「これだ」というのがありません笑。
独身時代はわりと、近くのカフェみたいな
「サードスペース」を持っていたのですが、
結婚してからはあまりそういうのはなくなりました。
小遣いが1万円なのでお金が続かないというのもありますが、
生活のダイナミズムが変わったことのほうが大きいでしょう。

ガチで今の自分が最も心安らぐ場所をお答えしますと、
「妻の実家」ですかね。
9月21日に赤ちゃんが生まれ、
28日に妻が退院してから、
妻と赤ちゃんは妻の実家にお世話になっています。
11月初旬に家に帰ってきます。そこからが、
私たち夫婦の本格的な子育てが始まります。
私はこの1ヶ月、妻の実家に2日に1回かもうすこし多いぐらい、
だいたい、5日に3回ぐらい赤ちゃんに会いに行っています。

ミーティングや会合などの予定がない日は、
朝起きて家で執筆やらプレゼンの準備やら翻訳やらしてから、
夕方に自転車で妻の実家に行きます。
そして赤ちゃんを沐浴させて、
夕食をみんなで一緒に食べて、
赤ちゃんの寝顔を観て帰ってきます。
幸せな毎日です。
今は赤ちゃんをお風呂に入れるのが一番楽しいですね。
そもそも「何かを洗う」のが結構好きな方ですから、
それが赤ちゃんの場合はとても幸せです。

都内も寒くなってきましたので、
全ての行程を3分以内で終え、
なおかつ洗い残しのない「手早さ」が、
だんだん磨かれてくるのは愉悦です。

ベルトコンベアで赤ちゃんが運ばれてきて、
それを3分以内に洗っては「次の赤ちゃんを洗う」
という「赤ちゃん洗浄工場」のアルバイトがあったら履歴書を送ります。
その工場内の光景はディストピアSFのようで恐ろしいですが笑。
いったいどんな社会なんだ、と笑。

私は自分の適性として、
学者も向いていると思うけれど、
職人にも向いてると思うんですよね。
何かを操作したり加工したり洗浄したりする、
自分の「手際」「技術」が向上することに、
無上の喜びを感じるタイプですから。
(もともとの性質は不器用なのですが、
 「好きこそものの上手なれ」で、
 時間をかけて器用な人をたいてい逆転します。)



▼▼▼ICBCのゲストルーム▼▼▼

、、、というわけで、
今私が自宅以外で最も心安らぐのは妻の実家です。
もっと言えば、
妻と赤ちゃんがいる場所が一番安らぐのでしょう。

あと、かなり遠いのですが、
愛知県のICBCのゲストルームも心安らぎます。
この数年、毎回愛知に滞在するときに宿泊させていただいています。
(来週の後半からまた5日間ほどお世話になるわけですが。)
ベッドがあって、シンクがあって、シャワーがあって、
冷蔵庫があるだけの「旧牧師館」です。
家具は必要最小限しかなく、
窓からは山しか見えません。

めちゃくちゃ静かで、
めちゃくちゃ落ち着きます。
愛知県には以前6年間住んでいたので、
その影響もあるのでしょうか。
あと、夜になると真っ暗になる場所というのは、
やはり心が落ち着きます。
私は性根が「田舎育ち」なのです、きっと。

東京ってコンクリートだらけで、
「何もないじゃん」と思いますから。
田舎には山も川も草木も花もある。
「ここには何でもある。」
都会育ちの人はこれが完全に「逆転」するそうですが。
東京には何でもあって、
田舎は何もない、、、と。

これはもう、どっちが正しいとかではなく、
「差異」ですから違いを認めるしかない。
「違う」ということを確認して、それで終わりです。
人間の世界も生物多様性が大切ですから、
色んな人がいることが大事なのです。



▼▼▼西武新宿線の電車内▼▼▼

、、、あと、
今年になって西武新宿線沿いに引っ越しまして、
西武新宿線の電車は、心安らぎます。
以前は地下鉄が最寄り駅でしたので、
それと比べるととても違う。

どう違うかといいますと、西武新宿線って、
東京のなかでも「田舎」というか「マイナー」というか、
私にとって世界で最もどうでも良い、
「東京土地柄ヒエラルキー」の最下層に位置しているのです笑。
東急田園都市線=JR中央線>京王線>京急線>西武池袋線>西部新宿線
みたいな感じでしょうか。

西武新宿線がどれぐらい東京のなかで「マイナー」かというと、
なんと高田馬場と西武新宿駅を除くと沿線にひとつもスタバがないです。
あと、「高架もしくは地下」の駅がひとつもありません。
すべて「踏切」です。

西武鉄道の株主総会で、
「池袋線ばかりに金をかけて、
新宿線を軽んじないでください」という意見が出た、
というのがニュースになったぐらいですから笑。

この界隈に土地を所有しているわけでもないし、
お店を経営しているわけでもない私は、
「もっと軽んじてください」と心密かに思っています笑。
だって、家賃が上がったら嫌だし、
人が増えたら嫌ですから。

今の地方都市の駅のようなのどかな感じを、
いつまでも保ってください(小声)。

、、、で西武新宿線の、
しかも「各駅停車」しか停まらないマイナー駅に住んでいる私は、
35分かけて「西武新宿駅」と自宅の往復をすることがあります。
(地方在住の人には理解不能だと思いますが、
 西武新宿駅から「本当の新宿」は徒歩10分かかります。
 ・・・「え?」
 「え?」
 説明するのも面倒なのでしませんが笑)

、、、で、その「各駅停車」の電車って、
朝夕の(他線に比べると)極めて短いラッシュ時を除けば、
ほぼ必ず座れます。

座れるだけじゃなくて、両隣も空いてたりします。
足を組んで荷物を隣に置いても邪魔にならない。
その時間、私はタブレットにダウンロードしてある、
Amazonプライムの映画をずーっと見てます。
これが結構至福の時間で、
「移動時間がこんなに楽に感じるのは何年ぶりだろう」
と感慨に浸っています。

往復70分ありますから、
早送りなどをして見ると、
行き帰りで映画を一本見られてしまったりします。
電車で本を読むのって、部屋で本を読むより疲れますが、
電車で映画見るのって、部屋で映画見るより楽です。
この「逆転現象」に最近気づき、
映画をたくさん観るようになりました。
西武新宿線は私のミニシアターです。
みなさんの「心安らぐ場所」はどこですか?




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これを自動販売機で売ればいいのに、と思うものは?

2018.04.05 Thursday

+++vol.034 2017年10月17日配信号+++

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
■1 今週のオープニングトーク
久しぶりの質問カード
::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::

▼▼▼自販機で売ったら良いと思うもの▼▼▼

メルマガ読者の皆様、こんにちは。
今週は久しぶりに「質問カード」、やります。
ではさっそく引いてみましょう。

▼今週の質問:
「これを自販機で売れば良いのに」
と思うものは何かありますか?

、、、どうでしょう?
皆様は何かありますか?

私は、特にないです(爆死)。
沢尻エリカの「別に・・・」事件以来の衝撃です。
本当に、特にないですねぇ笑。

そもそも自販機自体、
別に要らないんじゃないかと思ってますから笑。
諸外国から帰ってくるといつも思うのですが、
日本、自販機多すぎです。
「災害時に役に立つ説」がありますが、
真偽のほどはどうか分かりません。
災害によっては道をふさいだり、
感電を引き起こしたりしてリスクにもなりますし。

、、、という身も蓋もない意見からはじまりましたが、
「そこをなんとか」考えるのが質問カードの楽しみかたですので、
「そこをなんとか」考えてみます。

けっこう考えてみましたが、
自販機で売る「必然性のあるモノ」って、
今の社会にはもはや存在しない気がしてきました。
自販機で「希望」が買えたらいいのに、
みたいなポエティックなことしか思い浮かびません。

小池百合子が「希望の国のエクソダス」を引用して、
「日本には何でもあるが希望だけがない」と言っていました。
しかしあの言説は00年代で消費期限が切れている気もします。
「希望以外にもいろいろないものがあるぞ」と、
今の若者は思っていますから。
(そしてそれはあながち妄言ではないです)

「教育機会」とか、安心して働ける環境とか、
人間らしい生活を営める収入(心身を死ぬまで酷使しない形で)とか、
相手の両親から「結婚できる」と思ってもらえる生活基盤とか、
「月に一回外食できる程度の余裕」とか、
「正社員という貴族的身分」とか。

日本は90年代をピークに、
国際比較で言えば下降の一途を辿り、
現在の「相対的な経済的国力」は、
70年代と同じぐらいになっている、
と先日デービッド・アトキンソンが書いているのを読みました。

政治家の多くは軽井沢や山梨や伊豆に別荘を持ち、
赤坂の料亭で食事をする階層ですから、
政治家と市民の「皮膚感覚のズレ」は、
こういうところで現れます。

話しはそれましたが、
似たようなポエティックな自販機表現として、
尾崎豊はかつて、
「100円玉で買えるぬくもり
 熱い缶コーヒー握りしめ♪」
と『15の夜』で歌っています。

あの頃は消費税もなく、
そして物価も今より安かったわけです。
POKKAの
「得も言われぬオジサンのイラストが描かれた缶コーヒー」は、
やたらと懐かしいです。
私の家庭では小学生時代、
「店で買ってきた甘いものは御法度」でしたので、
年に何回か、「家庭内治外法権」のお父さんが、
「内緒だよ」と缶コーヒー(甘いやつ)を、
買ってくれたりすると、めちゃくちゃテンションが上がりました。

▼参考画像:POKKAのおじさん(何この「おじさん進化論」?)
https://goo.gl/6jhSV8



▼▼▼自販機選挙、コンビニ選挙の未来▼▼▼

結局の所、自販機で売れる消費財というのは、
ある程度コモディティ化されており、
消費期限が長く、サイズが大きくなく、
そして「購入機会が多いもの」ですね。
携帯電話を自販機で売られても困るし、
刺身を自販機で売るのは不可能ですから。

実現不能だと言うことは承知の上で言いますと、
役所の各種書類が(コミュニティセンターにある専用機械でなく)、
自販機で買えたら便利だなぁと思います。
あとスイカのチャージもできたら便利だし、
さらに言えば、投票が自販機でできたら最高だと思います。

日本のシルバーポピュリズムの原因となっているのは、
選挙区だけでなく投票形態も一役買っている、
というのは良く言われます。

つまり若い人は忙しいので、
日曜日に近所の小学校に足を運び投票する、
という「コスト」が相対的に高く、
自分の一票が世間を変える可能性(の薄さ)を考えると、
「費用対効果」が悪すぎる。

しかし高齢者は「投票日に選挙に行く」という習慣が、
若い頃から染みついていて、時間もあり、
さらに自分の生活を良くするために、
「高齢者福祉に手を付けないポピュリスト的政治家」に、
投票すること以外、ほとんどできることは何もない。
(年金を主たる収入源としている人は特に)

現在の投票形態の
「インセンティブ勾配」は、
「高齢者の民意が圧勝」するように構造化されている。
私は「ネット選挙解禁」よりも、
「コンビニ投票」とか、
(技術的に可能なら)「自販機投票」ができるようにすることのほうが、
「若い世代の民意が反映される」ことに一役買うと思います。
(もちろん旧来の投票形態も残します。
 そうしないと「逆勾配」になってしまい、
 それはそれでゆがみを生みますから。)

「ネット投票」は、
実は「行きすぎ」で、
「インターネットに個人情報をなるべく入力したくない」
と若い世代ほど考える傾向にありますから、
実は「投票の自由化」としては二世代先の話で、
まだ早すぎると私は思っています。

その中間形態ぐらいに、
「コンビニ投票」は面白いと思うんだけどなぁ。
AKB総選挙に倣い、コンビニで投票を「購入」する形にしても良い。
(もちろん有権者一人一回しか買えない仕組みを作って)
そして、その購入代金(例えば100円)は、
申請すれば税金から「還付」されるようにする。
役所の得意な「申請なきものは払わず(冷酷)」ということで、
還付を棄権した分の100円は、
選挙の運営資金にする。

私は還付申請しません。
税金がらみの申請書を埋める作業は、
私には「地獄の労働」ですから、
1,000円もらってもやりません。
「国でどうか使ってください」と思います。

、、、まぁ、
きっとそのシステム構築って、
信じられないほどのお金がかかるので難しいのでしょうが、
もし、仮に、30年後とかに、
今の選挙形態からそちらに「完全にシフト」できる目算があるのなら、
50年後ぐらいに「損益分岐点」を越えて黒字になると思います。
だって今の選挙の「人海戦術」って途方もないお金がかかってますから。
衆院選一回にかかるお金は「800億円」だそうです。
「消費増税分数兆円の使途」が今回安倍さんが設定した、
「争点」だそうですが、
それをこそ「教育費」にまわして欲しいものです。
800億円あれば小さな大学のひとつぐらいできると思いますから。

、、、という、なんだかまとまりのな雑談でした。

自販機で皆さんは何が買いたいですか?

追伸:
ボーリング場で買うセブンティーンアイス(チョコミント味)と、
砂浜で買う「レモン味の炭酸飲料(500ミリリットル)」と、
船の中とかに自販機で売っているカップヌードルやポッキーは、
「オツな味わい」があるので、残って欲しいなぁとは思います。



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「携帯電話事件」の顛末

2018.03.22 Thursday

+++vol.032 2017年10月3日配信号+++

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
■1 今週のオープニングトーク
先週起きた「携帯事件」について
::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::

▼▼▼出生届▼▼▼

今週のオープニングトークは、
先週月曜日に起きた事件についてです。
その名も「携帯事件」です。

結論から言いますと、
私は4年半使った携帯(ガラケー!)を、
機種変更しました。

それは意図してしたことではなく、
ある「アクシデント」からやむなくそうしたという、
一大スペクタクル物語の結果です。

どこから話しましょうか、、、。

まず、先週の月曜日(25日)、
前日の武蔵野福音自由教会での3度のメッセージで消耗した体で、
私は西東京市の保谷庁舎に行きました。
娘の出生届を出しに行くために、、、。
それから、国からの出産育児一時金と、
育児手当を受け取る申請をするために、、。

手続き自体はスムーズに行きました。
晴れて私の娘は「かなえ」と命名され、
社会的(行政的)にも、
この世に存在することとなったのです。

日本の人口がひとり増えました。

少子高齢化で疲弊する日本で最大の社会貢献は、
投票でもデモでも掲示板への書き込みでも、
政府批判でも官僚批判でも体制批判でも資本主義批判でも、
「日本スゴイ本」や「嫌韓・嫌中本」を書くことでも、
「クールジャパン」という、
クールじゃないキャンペーンをすることでもありません。

今の日本への最大の貢献は、
1.子どもを産んで育児すること
2.労働し、納税すること
この二つです。
いや、本当に。
佐藤優さんも同じことを言っています。
国家安全保障への最大の貢献は納税だ、と。
きっと私の娘を含む、
大多数の子どもは将来、働いて納税しますから、
子どもを育てることはダブルで国家への貢献です。

、、、で、私は「国の未来への最大の貢献」をしまして笑、
ちょっと満足していたわけです。

、、、というのは話しの半分(以下)で、
もっと大きなことは私と妻の、
そして新しく生まれた命のストーリーです。
神が一時的に私たち夫婦を信頼して預け、
「養子」として託してくれたご自身の命を、
私たちは賜ったのだという感慨がありました。

また、私の父と母がまだ30歳そこそこだったころ、
私たち家族(父、母、姉、私、弟)は、
西東京市(当時の保谷市)に住んでいました。
家族でアメリカに行くまでの数年間のことです。
父は虎ノ門にある「日本鉱業(当時)」本社に出勤し、
家族は現在の「ひばりが丘」という西武池袋線の駅から、
ほど近い会社の「社宅」に住んでいました。

私はあまりそのころの記憶はありませんが、
豆腐屋さんに豆腐を買いに行くというお遣いを楽しんでいたことや、
一匹の蟻を3時間以上追いかけ続けるような子どもだったことを、
母から聞かされて知っています。

私の娘はプロフィール的には、
「西東京市生まれ」ということになりますから、
なんというか「還ってきた」という感じがします。
期せずして、幼少期の私や30代のころの父がいた場所に、
「帰還」してDNAが生まれてきたのです。

私は輪廻転生は信じていませんが、
遺伝情報と分子レベルで言えば、
「輪廻」はじっさいに起きています。
私の父を構成していた分子の最低1つは灰となって大気を経由し、
おそらく娘の体に含まれます。
(これは感覚的には理解しづらいですが本当にそうです。
 それに関する物理化学的な説明の詳述は省きます。)
さらに娘は遺伝情報的には4分の1の確度で、
私の亡き父の情報を含みます。
(娘の寝顔は16年前に他界した私の父にそっくりです)
家族の物語が西東京市において、
「ループ」を結んだのです。



▼▼▼書類への苦手意識▼▼▼

、、、というような色んなことを考えながら、
私は西東京市保谷庁舎(たぶん築50年ぐらい)の一階にある窓口で、
職員の方がいろんな書類を処理してくれるのをベンチで待っていました。

午後には入院中の妻と赤ちゃんに会いに行く予定でしたから、
早く出生届を終えて、その足で電車に乗り、
病院に行くという計画をしていました。
完璧なスケジュールです。

ところが、事はそんなに簡単ではありません。
そもそもの話しをしますと、
私は「ドキュメンテーション(書類作業)」が、
非常に非常に非常に苦手です。
特に役所で書くようなタイプの書類は、
なんかもう挙動がおかしくなるぐらい苦手です。
小学生のころプリントを紛失しすぎたトラウマかもしれません。
昨日もらったプリントはすべてランドセルの「肥料」となり、
最下層でくしゃくしゃになって埋まっていましたし、
一昨日もらったプリントはあら不思議、
どこかに紛失していました。
私がプリントをプリントとして扱えるのは、
もらってから30分だけでした。

宿題をやったかどうかなんて私にとっては問題ではない。
宿題を無くさずに持っておけるかどうかが問題でした。
現代なら特別学級に入れられていたと思うのですが、
当時の私は多分、なんらかの発達障害だったのだと思います。

、、、で、そのトラウマと苦手意識は大人になっても消えず、
あのカーボン紙が重ねられ、
漢字と読み仮名をボールペンで書かされる、
各種書類に対する苦手意識は大人になっても消えません。

書き損じまくるので毎回2枚ぐらい余分に持って帰るのですが、
まず2枚ともなくしちゃうケースが多々あり、
運良く家に持って帰ったとしても、2回とも書き損じます。
あり得ない書き違いをしたりして。

なかんずく今回驚いたのは、
役所の人が見守る中文字を書いている途中で、
自分の住所を忘れてしまったことです。
まったく思い出せない。
普段はサラサラと書いているのに。

、、、で、タブレットを開いて、
「ちょっと待って下さい、、、(全身から汗)」
とか言いながら自分の住所を調べてなんとか書きます。

さらに驚いたのは、
カタカナの「ネ」という字を忘れてしまったことです。
さすがにこれには自分でもドン引きしたのですが(笑)、
「ネ」ってどう書くんだっけ、、、と笑。

完全にヤバイ親です。

市役所の人は私を観ながら、
「あぁ、また日本で無学と貧困の再生産が起こる、、、」
と天を仰いだことでしょう笑。

、、、というようなことを取り繕いながら(取り繕えてない)、
私はなんとか書類を書き終え、
「ふぅ、最大の山場を越えた、、、」
と安心して汗をふきふき、
役所のベンチで待っていたのです。

保谷庁舎は仕事が遅いので(笑)、
けっこう待たされるのを覚悟した私は、
パソコンを開いてメールチェックや返信をし、
明日発行するメルマガの最終チェックをし、
Googleカレンダーで今日の予定をチェックし、、、
などの仕事をしていました。

ベンチでは隣に誰もいませんでしたので、
気を大きくした私は自分の隣の席に、
準備した書類や印鑑、手帳、ガラケー、タブレット、、、
などをおっ広げ、家から持ってきたポットのコーヒーを飲み、
という感じでそこを「リモート書斎」として使い始めました。
私にとってそれは日常ですのでお手の物です。

で、仕事モードに脳が切り替わり始めた10分後ぐらいに、
突如「陣内さーん!」という声が。
私は「221番」と書かれた整理券を持っていましたし、
他の人はみんな「ポーン、199バンノおキャクサマ、、、」
という機械音で呼ばれていましたから、
私は「びくっ」としました。

タダでさえ「書類のトラウマという亡霊」に、
追いかけられていますから、
小学校時代に怒られていた記憶とあいまって、
その役所の方の呼ぶ声が、
先生に呼び出される声の記憶とオーバーラップし、
私は「びくぅぅっっ!!」となったわけです。
きっと何か書類に不備があったに違いない、と。
私の提出する書類に完璧なものなどあったためしがないんですから。

、、、で、
あわてて私はパソコンを閉じ、
ベンチに拡げたタブレット、書類、携帯、印鑑などをかき集め、
左手にデイパックを、右手に書類の類いやタブレットやPCや、、、
を抱え、そのおじさん職員のもとに走りました。

「なんで俺だけ電子音じゃないの?」
「ネ」っていう字、間違ってた?
字が汚すぎて読めないって怒られるのかなぁ?
などと思いながら。



▼▼▼窓口での事件▼▼▼

結果的に不備があったというよりは、
「空欄になっているところがあるのでそれを埋めて下さい」
ということを指摘され、
証明のための母子手帳を返還してもらっただけでした。
「それだけかい!」
「じゃあ、電子音で呼んでよー、びっくりするから」
と思いながら窓口で私は空欄に住所を書きました。

その受付窓口はお腹から胸にかけてぐらいの高さがあり、
なので窓口で何かを書くには適していました。
私が印鑑を探すために窓口に置かれた、
「右手にあったPC、タブレット、携帯など、、、」の山を探しているとき、
私の左手がそこにあった私の携帯に触れました。

、、、前段が長くなりましたが、
ここからが「事件」の始まりです。
私の手に触れた携帯は、その少し高めの窓口から、
保谷庁舎の床にむかって、150センチのダイブをしたのです。

今思い返すと、
あの0.5秒は私のなかでスローモーション映像になっています。
私の(あまり愛着のあるわけでもない)その携帯(ガラケー)は、
きれいな放物線を描きながら150センチを落ちていきました。
、、、で、保谷庁舎のダイヤモンドのように堅い床に直撃した。
、、、携帯は三つのパーツに分かれて2メートル先まで飛んで行きました。
、、、スローモーションで。
、、、周囲にいた人々が全員注目するぐらいの音を立てて。

だって、「携帯が3つのパーツに分かれて別々に飛んで行く」
って、なかなかあることじゃないですから。

その三つとは、
1.携帯本体
2.電池カバー
3.電池
の三つです。

さすがに冷静沈着そうな役所のおじさんも窓口から、
「大丈夫ですか?」と私に声をかけました。

私は「かつて携帯だったもの」を拾い集めながら、
なんとかこう言いました。
「あ、大丈夫ですよ、全然。」

それを観ていた全員が、
「ぜったい大丈夫じゃないだろうお前!!」
と心でツッコミを入れていたと思います。
動揺とショックが顔にもろに出ていたと思いますから。

、、、こういうときの「全然大丈夫ですよ」って、
痛々しいですよね。
駅のホームの階段で派手に転んで、
なにやら流血し、すべての荷物が散乱した人が発する、
「あ、全然大丈夫ですよ」
に近いものがあります。
「見るからに大丈夫じゃないだろう」という笑。

そんな感じで、
窓口での残りのやりとりを虚ろな表情でやり終えた私は、
ベンチに一目散に駆け戻り、3つの部品を組み合わせて、
携帯が復活することを祈りました。
「大丈夫、ぜったいなんとかなる」と思いながら。
電池を元の場所に戻し、電池カバーをセットし、
電源を入れると、、、、

、、、

、、、


着きました、電源が。
ちゃんとONになった!
やった!

、、、と思ったのも束の間、
様子がおかしいことに気付きます。

何が?
液晶です。

液晶がまったく写っていない。
何度も電源をオンにしたりオフにしたりして悟りました。
液晶が「逝ってしまった」ことに。

きっと、打ち所が悪かったのでしょう。
携帯の液晶はお亡くなりになっていました。
人間ならば頸椎損傷ですね。
完全に打ち所が悪かった。
さっきまであんなに元気だったのに。

ひとつの命が誕生したその日、
携帯という一つの命が天に召されたのです。
諸行無常、世の中の常です。

あーあ。

まいったな。

しょうがない、
この足で携帯ショップに行き、
それから病院に行くとするか。
、、、そうだ、妻に連絡しなきゃ、、、
と思ったところで初めて事態を飲み込みました。

あれ?

電話できないじゃん、と。

当たり前ですが、
液晶が見えないと携帯って発信すらできないんですね。
でも、よーく観ると、液晶がちょっと生きています。
90パーセント死んでいるのですが、
左の10パーセントぐらいがうっすら見えるのです。

、、、やった、なんとかなりそうだ。

私は今まで操作してきた「勘」を頼りに、
濃霧の中の熟練ドライバーよろしく、
「このボタンからの、このボタンだ!いけ!」
と、「勘」で妻に発信しました。

「もしもし、出生届は無事できたよ。
 でも、ひとつ問題が発生してね、、、」
と今の携帯破壊事件を手短に話すと妻は笑って言いました。
「やっぱり、何かあると思ってたわー。」
私が自分の適性がない苦手なことをすると、
何らかの「ありえない事件」が、
巻き起こることを妻は織り込み済みなのです。

、、、で携帯ショップに立ち寄ってから病院に行く段取りをし、
私は保谷駅前にあるauショップに向かいました。
携帯ショップは「激混み」でした。
きっとiPhone8の発売の影響でしょう。
ガラケーの私にとっては良い迷惑です。

ここから昨今の携帯会社への不満を述べ始めたら、
たぶん今週のメルマガの文字数がそれだけで終わっちゃうので、
あくまで簡潔にひとつだけ言いますが、これだけは言いたい。
「ガラケーをもっと大切にしてくれ!」

私のガラケーの維持費は月々2,500円以下であり、
平均的なスマホ所持者の月額の3分の1ぐらいなので、
「客単価を高めたい」という経営的な気持ちは分かります。
分かるんだけど、露骨すぎるんです。
まずガラケーをもはや開発する情熱が失われている。
ガラケーコーナーはもう風前の灯火で、
あと2年もすれば「完全に排除」する方向に向かう魂胆が見える。

喫茶店で一杯200円のコーヒーで6時間粘る客は、
経営者にしたら1,000円のランチを頼んで1時間滞在する「上客」とは、
等価ではないことは分かります。
だからといってマスターが「200円の客」をぞんざいに扱えば、
それは「ああ、客を大切にしない店なのね」と思われるので、
結果的には損をします。

今の大手携帯会社(特にメジャー3社)は、
ガラケー顧客を完全にぞんざいに扱い始めています。
「迫害されている」と言ってもいい。
マジで悲しくなります。

そんなこんなで、auが現在販売しているガラケーは現在、
たったの「3型」です。
3種類しかないんだよ(涙)。
しかもやたらデカく、ガラケーユーザーをさらに貶めるごとく、
無駄にデカくてもっさりしていて重い!!

なんでそんなにデカいの?

新機能があるの?

「気圧が分かります」
いらんわ!!
分かりたくないわボケ!!
死ねぇぇ!!
ボケェェ!!

、、、2回死ねぇぇ!!
、、、このハゲぇぇぇえぇ!!

豊田真由子の気持ちがちょっとだけ分かりました。

、、、いややっぱり分からないです笑。

話しを戻します。

とにかく昨今の携帯会社は、
ガラケーユーザーの気持ちがまったく分かっていない。
もしくは分かっていて敢えてその「裏張り」をすることで、
嫌がらせをしてスマホに替えさせようとしている。

私の要望を言えば、
「カード電卓のように薄くて軽く
ただただ通話だけができるガラケー」
を作ってくれれば、他より1万円高くても買います。
さらに通話品質(音)が良ければ言うことなし。
技術的にはぜんぜん可能だと思います。
カメラすら必要ないんですから、こっちは。

▼参考画像:カード電卓
https://goo.gl/7H5faJ

、、、こんな感じで薄くて軽くて、
通話だけができる携帯、
誰か作ってくれないかなぁマジで。

、、、長々と怒りが爆発してしまいましたが、
「(その3種類の中から)どれにいたしますか?」
と、死んだ魚のような目をした店員から聞かれ、
こっちも負けずに死んだ魚の目で食い気味に答えました。
「一番安いやつで(無表情)。」
欲しいモノがまったくないんだもん。
じゃあ安い奴がいいに決まってる。

iPhone8を買う「上客」と比べたら、
実に寒々しいやりとりです。



▼▼▼かんたんケータイとの一週間▼▼▼

、、、で、その後いろいろありまして、
結果的に私が買ったのは「かんたんケータイ」という、
高齢者向けのガラケーです。
理由は簡単、一番安いからです。
それより安いのは、子どもに持たせる、
「たまごっち」のような形をした携帯だけです。
さすがにそれは、いろいろ支障を来たしそうなので、
「次点」で、高齢者向けを選びました。

あと、いろいろあったのですが、
「旧携帯のデータ」は首の皮一枚で救われました。
良かったぁ、と安堵しました。
さらに、料金プランを見直したりして、
月額150円の「携帯本体分割払い」を加えても、
毎月の支払いはさらに安くなりました。
月々2,000ぐらいになった。

やった。

、、、それから1週間経つのですが、
私は心から、かんたんケータイにして良かった、
としみじみ思っています。
auショップではあんなにキレていたのに笑。

▼参考画像:かんたんケータイ
https://goo.gl/55WtGx

何がいいって、面白い!
これに着きます。

ずーっと面白いんです笑。
かんたんケータイってやつは。

いろいろあるのですが、
まず、文字がデカい!
文字の大きさは選べます。

、、、2種類から。

とにかく「選択肢を増やさない」
とういうのが高齢者が使う機械の鉄則のようです。
「よく分からん!」と怒られてしまいますから。

だから文字の大きさも2種類だけです。
「大」と、「特大」です(爆死)。

マジで字がでかい!
どんだけ目が悪いと思われてるんだ、俺は、という笑。

さらに、本体側面になにやらボタンがあり、
赤い文字で何か書いてあります。
なになに、、、?
「ブザー」。


「ブザー!!!」
「ブザー!!?」
今、「ブザー」って言った?

説明書には、
「2秒以上長押しすると、緊急ブザーが鳴ります。」
たぶん、心臓が止まったときなどに使うのでしょう。

、、、ふむふむ、なるほど、
確かに心臓が止まったときとかに便利だよねぇ、、、。

、、、って
どんだけ俺は間もなく死ぬと思われてるんだ笑。

側面にはもうひとつボタンがあり、
「読み上げ」と書いてある。
これを押すと、メールだけでなく、
現在液晶に表示されたすべての文字を、
かんたんケータイは読み上げてくれます。
「特大」の文字すら読めなかったときの救済措置でしょう。
だからどんだけ目が悪いと思われてるんだ、というね。
「もうすぐ着くからね〜(笑)」という文章をたとえば、
読み上げてもらいますと、無機質な機械音声で、
「モウスグツクカラネカッコワライカッコトジル」と、
読み上げられるのは結構シュールです。

あと、デフォルトで万歩計がついています。
ホーム画面に歩数が常に表示されている(多分消せない)。
デフォルトのホーム画面の壁紙はちなみに、
2種類から選べます(ここでも2種類!!)。
ひとつは、「豪華客船」。
もうひとつは、「東海道五十三次」。
シブすぎだろ!!

デザートで言うなら、
「干し柿」と「くずきり」の二択です笑。

極めつけ機能は、
「かんたんボタン」という、
ワンタッチキー機能です。
折りたたみ式携帯の液晶側の下の部分に、
3つの物理キーが配置されています。
「1」「2」「3」と書かれたそのキーには、
それぞれ「人」を当てはめることができる。

つまり私がおじいちゃんならば、
「妻」「タクシー」「病院」みたいに設定する、
ということが想定されています。

ここまではまぁ、いいでしょう。
驚いたのはそこからで、
「1」のボタンに当然私は妻を登録しました。
すると、質問が表示されます。
「この連絡先に、
 歩数と充電状況を毎日メールしますか?」
だからどんだけもうすぐ死ぬと思われてるんだ(笑)!!
当然「NO」を選びましたが。
妻にしたらウザいことこの上ないと思いますので笑。

「二日連続で一歩も歩かず、
 充電もされてない。
 おじいちゃん1人で死んでるんじゃあ、、、」
というときのための機能ですね。
ヤクルトの配達の代りです。

他にもいろいろあるのですが、
とにかく親切。
目と脳と内臓に負担をかけないことが一番に考えられており、
何よりいつ心臓が止まっても大丈夫という安心感がある。
すばらしい!

かんたんケータイ、おそるべしです。
ここまで来ていたのか。
かんたんケータイはとんでもないところまで、
ガラパゴっていました。

、、、というわけで、
auにあれだけキレていたのですが、
一週間で考えを改めました。
au、やるじゃん。
正確には、京セラ、やるじゃん。
ガラパゴス、万歳!


――完――



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父になりました

2018.03.15 Thursday

+++vol.031 2017年9月26日配信号+++


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
■1 今週のオープニングトーク
父親になりました&今週もショートバージョンで笑
::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::

▼▼▼21日に子どもが生まれました▼▼▼

メルマガ読者の皆様、こんにちは。
先週告知していましたように、
10月4日の予定日よりもかなり早まり、
帝王切開にて無事赤ちゃんが生まれました。

私は父親になったわけです。

ちょっとバタバタしている関係で、
大変恐縮なのですが、
今週もショートバージョンにて、
メルマガをお送り致します。

「拡大版Q&Aコーナー」を、
先々週から「やります」と告知しながら、
先週は風邪を引き、今週は赤ちゃんが生まれ、
延期に次ぐ延期をしております。
もはや「やるやる詐欺」ですねこれは笑。

3万字は量が多すぎる、
という人も中にはいると思うので、
その半分ぐらいのこの量が最適解なのかも、
という気もいたします。

時々はがーっという熱量で書きたいときもあるでしょうが、
しばらくはこんな感じで続けていければと思っています(怠惰)。

、、、で、赤ちゃんですが、
先週の木曜日、21日に生まれました。

、、いやー、生まれましたねー。
、、、父になりました。

特に気の利いたことも言えませんが笑。



▼▼▼ひらがなの名前▼▼▼

赤ちゃんは女の子です。
名前はひらがなで「かなえ」といいます。
「陣内」という苗字が男っぽいので、
女の子ならバランスを取るために、
ひらがなの名前がいいな、と1年前から考えていました。
あと、わりと最近の名前は「読めない」名前が増えているので、
学校の先生とかいろんな人に「ありがたがられる」だろうな、
というのもあります笑。

妻は幼稚園の先生をしていましたので、
「ひらがなの名前は本当に安心する」とも言っています。
ユニークな読み方の名前が増えていますので。

土屋アンナの息子は澄海(スカイ)だそうです。

、、、、


、、、


いや、別に何でもないんです。

、、、

素敵な名前ですよね。


、、、


ただ、人生で何度も、
いろんな場所で自分の名前を訂正しなきゃいけないのも、
大変だろうなと思います。
「いや、すうみじゃなくてスカイです。」
「いや、ちょうかいではなくスカイです。」
「いや、だからスイカじゃなくてスカイです(怒)。」
このやりとりを人生で何千回もするのはけっこう気の毒だと、
私は考えるタイプの親です。

甘やかしているのです。
土屋アンナさんはきっと、
子どもを谷底に突き落とすトラの思いで、
「スカイ」にしたのかもしれませんが笑。
冷たい世間に負けるな!と笑。
何度でも訂正しながら生きろ!と笑。

、、、で、ひらがなの名前って、
そんなわけで安心します。
自分にも他人にもやさしい。
だって、一通りしか読み方がないんだもの。
ぜったいに間違えられない。

、、、


、、、


2人目の男の子が生まれた時、
私が、
「名前は流希空(るきあ)です。」
と言ったならそのときは、
集団で石を投げて下さい笑。



▼▼▼「かなえ」という名前について▼▼▼

「かなえ」という名前は、
妻と二人で話し合ってつけました。
「ふさわしい名前を与えて下さい」と、
お祈りもしました。

「詩と賛美と霊の歌を歌い、、、」
という聖書の言葉から、
妻は「(賛美を)奏でる」という意味の、
「かなで」を考えていました。

私は「笑う」とか「笑顔」というニュアンスを、
どこかに入れたかった。
一番素敵な女性は、
笑顔が魅力的な女性だと私は考えるからです。
(私の妻において証明されているように笑)

顔立ちが整っているかどうかは問題ではなく、
「笑顔が魅力的な人」というのは、
その人の内面の高潔さや知性や愛嬌や素直さや美しさが、
笑顔において「見える化」されていると思います。
そういう意味でたくさん笑う人であって欲しい、
という私の願いがありました。

、、、それで、
「じんない」に「濁音」が入っているので、
名前には「で」という濁音ではなく最後を「え」
にしたら「笑」という意味を込められるのではないかと考えた。

で、「かなえ」にすれば、
「奏恵」(恵みを奏でる)という漢字を第一に、
そして「奏笑(笑いを奏でる)」というのを第二にあてられる。
さらに「叶え」という前向きな響もある。
「なかなかいい名前じゃないか、、、。」
「うん、なかなかいい名前だね。」

というやりとりを夏頃から妻としていて、
その後、特に夢で「子どもの名前はスカイと付けなさい」とか、
そういったバプテスマのヨハネ的な、
天使からの告知もありませんでしたので(笑)、
「よし、じゃあかなえにしよう」
ということになったわけです。

あんまりドラマティックなストーリーじゃなくて、
なんか恐縮してしまうのですが、
二人で話し、考え、祈ったので、
そのプロセスから与えられた名前を、
娘もきっと好きになってくれる(といいな)と思ってるのです。


、、、


、、、


さっきからこの話し、楽しいですか?

「人の子どもの名前の話しを聞かされて、
何が面白いねん(怒)」
と思われる方は是非読み飛ばして下さい。

もうすこし鷹揚で寛容な方は、
ご祝儀だと思って聞いてください笑。



▼▼▼新生児の写真▼▼▼

そんなわけで父となったのですが、
月並みですが我が子は可愛いですね。

子どもというのは神様が、
「信頼して一定期間預けてくれている」、
授かりものなので大切にしなければなりません。

私たち両親の所有物ではなく、
あくまで「神様の子ども」であり、
「世界中の両親のなかで、
どの両親の元に里子に出そう、、、
、、、よし、この両親ならば信頼できる。」
と、私たちを選び、信じて託してくれた、
「一定期間の授かり物」であり、
「大切なプレゼント」です。
子どもをはじめて腕に抱いた時、
「あぁ、これは神からのプレゼントだ」
とハッキリ思いましたから。
大切にしなきゃですし、
重大な責任です。

気になる子どもの顔ですが、
私か妻のどちらに似ているかと言われれば、、、

その二択だと、
どっちかと言えばという話しですが、
、、、ガッツ石松に似ています。

本当の話、
「誰って言うより、ガッツ石松だなこれは」、
と正直思ったのですが、
病院の新生児室に並べられた6人ほどの赤ちゃんを、
ガラス越しに観て安心しました。
全員ガッツ石松でしたから。
6タイプのガッツ石松が、
そこではスヤスヤと眠っていました。

「新生児、全員ガッツ石松説」を、
水曜日のダウンタウンに提唱したいと思います。
VTRは2分で終わると思いますが笑。

、、、で、肝心の赤ちゃんの写真がこちらです。

▼参考画像:
https://goo.gl/mH85ej


、、、あ、間違えました。
ガッツと目が合って心臓が止まった方、すみません。
それにしてもこのガッツ、なんでガラケーを持ってるんでしょう笑?
いろいろ考えるとこの写真が面白くなってきました。

、、、というようなことを考えていたら、
「新生児、ガッツ石松説」を、
唱えているのはどうやら私だけではないらしく、
こんな画像を見つけました。

▼参考画像:「ガッツと赤ちゃん」
https://goo.gl/Fw5Le3


、、、で悪ふざけはこのへんにしまして笑、
今度こそ本当の赤ちゃんの写真です。

▼参考画像:今度こそ赤ちゃん
https://goo.gl/dv8Def

この写真、生後5時間ぐらいですが、
もう「ガッツ度」が下がっている。
「赤ちゃんが生まれてからガッツ石松なのは、
3時間だけ説」も成り立つのかもしれない。

というわけで、
今週のオープニングトークは、
「生まれた子どもについての雑談」でした。
ご祝儀だと思って読んでくださった方、
ありがとうございました。

私もまだ「親として生後5日」ですので、
「親として新生児」つまり「親としてガッツ」です。
これから父として少しずつ成長していきたいです。
数ヶ月前に「ファーザーリング・ジャパン」というNPOが出している、
「新しいパパの教科書」に、
「いい父親ではなく、笑っている父親になろう」
と書いてあり、やけにその言葉を覚えています。

私の年齢で親になるのはかなり遅いほうですので、
同年代の「子育ての先輩」たちから、
「つらいよー大変だよー今の生活は続けられないよー、
 精神的に追い詰められるよー20年は遊べなくなるよー、
 体力的に不安だよーお金が飛んでいくよー、
 寝れないよーうるさいよー」などと、
しこたま「脅されて」きましたが(笑)、
まぁそれはそれとして、
楽しみながら子育てできたらいいなーと思っております。

そんなわけで、何をよろしくなのか分かりませんが、
メルマガ読者の皆様にも、よろしくお願いします。
今後、お見知りおきを。


▼参考リンク:「新しいパパの教科書」
http://amzn.asia/e2j3eLa




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同世代のタレント

2018.03.08 Thursday

+++vol.030 2017年9月19日配信号+++


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
■1 今週のオープニングトーク
今週も「省エネモード」になります(すみません)。
::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::

▼▼▼風邪を引きました▼▼▼

メルマガ読者の皆様、こんにちは。
いきなりで大変恐縮なのですが、のっけからお詫びを。
先週に引き続き、今週も省エネモードでお送りします。

「拡大版Q&Aコーナー」をやると予告していたのですが、
「拡大版」どころか「縮小版」になってしまいました。
楽しみにしてくださっていた読者の皆様の、
期待を裏切る形になってしまいましたことを、
お詫び申し上げます。
(「これぐらいの分量が読みやすい説」もありますが。)

メルマガ執筆は毎週、
ウィークデーにちょっとずつ書いて2割〜3割やっといて、
残りを月曜日にぶわーっと一気に書く、
という習慣になっているのですが、
今週は日曜日の東京は異様に寒く、
「なんか嫌な感じがするなぁ」と思っていたら、
やはり風邪を引いてしまいました。
私は虚弱体質なのです。

日曜日の夜ぐらいからちょっと風邪っぽい感じになり、
月曜日は午前中は寝ていて、
午後も昼寝して身体を休めました。

よって執筆時間が取れず、
「休載にしようかな」とも思ったのですが、
自分会議に諮ったところ、
「書けたところまでで送ろう」ということに致しました。

こういうところから
「完全主義を止めていかなければならない」
と思いまして(笑)。
もともとさほど、
完全主義でもないですが(笑)。
完全主義になれるほどの実力もありませんので。

ただ、「やるからには良いものを」
みたいなこだわりはけっこうあったりしますから、
「まぁこのぐらいで良いか」という割り切りは、
私に欠けている要素です。

「不完全なメルマガを発行する」
というのは欠けている要素を鍛える訓練です。
なので今週はいつにも増して誤字脱字が多いかもですが、
月曜日の夜に書けるところまで書きましたので、
おつきあいいただければ幸いです。


▼▼▼同世代のタレント▼▼▼

、、、で、オープニングトークは、
いつものごとく「質問カード」をやります。

質問:
「あなたと同世代のタレントや有名人を教えて下さい。
 そのなかで誰がいちばん感情移入出来ますか?」

自分と同じ年生まれの有名人って、
みなさんは把握しているんでしょうか?
私はなぜか把握しています。

なんだろう?

なぜ知っているのかは思い出せません。
大学時代とかに友人と、
「この人って同い年なんだよな、
 なんかすげーよな」
みたいな会話をしたからでしょうか。

あるいは、
ラジオやテレビとかで、
「●●年生まれの○○さんは、、、」
みたいなのを聞いたり見たりして、
「あ、俺と同じじゃん」
って思ったりした記憶の蓄積でしょうか。

とにかくまずは、私と同じ1977年の有名人、
私が知っている人を挙げていきます。

・安室奈美恵
・香取慎吾
・南海キャンディーズ山里亮太
・中田英寿

香取慎吾と中田英寿は早生まれで、
「学年ではひとつ上」のパターンですが、
この四人は1977年生まれです。

安室奈美恵と中田英寿という、
「カリスマ」が二人もいます。
こう見てみると、「この世代」というのはスポーツ選手や芸能人が、
「ミステリアスなオーラをまとったカリスマ」
として存在しえた最後の世代ぐらいに、
位置しているのかもしれません。

これより若い世代になると、
本格的にインターネットや「炎上」といった現象が際立つ、
2000年代以降のデビューなので、
有名人の「脱神話化」は進み、
「近寄りがたいカリスマ」は登場しにくくなります。
登場したとしてもそれを維持できない。
「失言」や「劣化」や「オワコン」といったディスが、
ネットを通して一瞬で拡散する時代ですから。

香取慎吾は「カリスマ」というタイプではないですが、
彼の「スマップの末っ子」というポジションは象徴的です。
スマップの年齢構成って、完全に「団塊ジュニア」なんです。
「団塊ジュニア」とは、
「団塊の世代」という戦後日本で最も人数の多い、、
現在60代後半から70代前半の世代の子どものことを指します。

生まれ年でいうと1971年〜74年生まれで、
スマップは香取くんを除く4人は全員この世代です。

アイドルだとスマップ、
お笑いだとボキャ天世代の、
くりぃむしちゅー、ネプチューン、爆笑問題、
雨上がり決死隊、さまぁ〜ずなどが、
「ざっくりと団塊ジュニア」だし、
ミュージシャンだとミスチルの桜井和寿も、
「だいたい団塊ジュニア」です。
彼の書いた歌詞に、
「♪団塊の世代が産んだ愛の結晶は、
 今日もwalking in the street」
という、自らの世代を揶揄したものもあります。

こうやって見てくると
「団塊ジュニア」という世代のパワーがうかがえます。
各分野でこの20年ほど時代を牽引してきた世代であり、
これからもしていくであろう世代なのです。

これにはやはり「数」が関係していると私は思います。
彼らの親世代である団塊の世代にも、
まったく同じことがいえるのですが、
彼らの世代はとにかく「数」が多い。
たとえば小学校中学校のクラス数が10クラスも15クラスもあったり、
一クラスの人数が40人とか50人だったり、
「同じ年齢の人の数」というのはそういうところに現れる。

そうすると当然競争も激しくなります。
たとえば同じ早稲田大学に入学するのでも、
団塊ジュニアの世代が一斉に受験する年と、
少子化に悩む最近の世代の受験では、
倍率はまったく異なるわけです。
そんなわけで「日本で受験が一番難しかった時期」に受験したのが、
団塊ジュニア世代だとも言われています。

1970年生まれで一浪して早稲田大学に入学した上田晋也は、
おそらく今なら同じ学力があれば京大か東大に入れたでしょう。
上田晋也が京大に入っていたら、
有田を誘ってお笑いやらないかもしれないですから、
もしかしたら「くりぃむしちゅー」は存在しないかもしれないのです。

今のは余談としても、
「受験」というのは象徴であり、
べつに受験と関わらない人でも、
ありとあらゆる世界で、同い年が多いというのは、
競争が激化するということを意味します。

音楽でも役者でも会社員でも官僚でも美容師でも、
その世代はあらゆる分野で競争が激しい。
だからそのなかで「突出」する人のスケールは、
やはり大きくなるわけです。

それがスマップでありミスチルであり、
現代のテレビを支えているお笑い第三世代なのです。

、、、で、
私と同じ1977年産まれの香取慎吾は「スマップの末っ子」で、
多のメンバーより3〜5歳ぐらい年下です。
これが私と同世代のすべてを現している、
と言って良い。

「すごいお兄さんお姉さん世代を目前に見ながら、
 世代交代したまったく新しいジェネレーションでもない。」
非常に中途半端な世代です。

ジャニーズに引きつけるならば、
「スマップでもないが嵐でもない」
という世代です。



▼▼▼カリスマ、中田英寿▼▼▼

こんな私たちの世代のムードというのはだから、
どこか「斜に構えた」というか「ニヒリスティックな」というか、
競争や世間的な名声や成功や、そういったものから、
「デタッチした」雰囲気を持つ人が多い気がします。
しかし、いわゆる「さとり世代」みたいな達観までは行かない。

ここでもやはり中途半端で、
そうすると、
「今まであったルールを脱構築するような、
 メタ視点を備えた人間」が、比較的多いようにも感じます。
団塊ジュニアが「100メートル走の早さ」で競っていたとしたら、
私たちの世代は「100メートル」って早く言えた人が勝ちにしようぜ、
みたいな感じで、「ゲームのルールを改変してしまう」ような。
(まっっっつたくの印象論に過ぎませんので、
 何ら実証的な根拠は皆無であることを付言します。)

そんな「ルールを変えた」人の代表はなんといっても、
私たちの世代のヒーローでありカリスマ、中田英寿でしょう。

実は日本のプロスポーツ選手は、
「中田以前」と「中田以降」に分かれるというぐらい、
彼がもたらしたインパクトは大きいと私は見ています。

まず「昭和スポ根物語」みたいな、
「努力と根性で押し切る」的な論理をあっさりと否定し、
高校時代からコーチにかけあって、
「意味のある練習以外は無駄だからしません。」
という合理的でクールな視点を持ち込んだ。

そしてJリーグで活躍しているときから、
将来海外に行くために英語とイタリア語を勉強し、
イタリアで活躍しながら、
将来サッカー選手を引退した時のために、
経営学の知識を身に付けた。

マスコミが騒いで自分につける、
「パブリックイメージ」が気に入らないから、
自分でホームページを立ち上げて、
ファンと直接コミュニケーションを取りはじめた。

現役時代に自分のCM出演やメディアでのタレント活動をするため、
「サニーサイドエッグ」という事務所を立ち上げ、
この事務所は後に「タレント活動をするスポーツ選手」の、
プラットフォームとして機能するようになっていった。

彼はNYにビルを所有していて、
現役を引退した今も、
その家賃収入で充分生活していけるらしい。

、、、そして2006年に「電撃引退」をし、
「自分探しの旅」に出かけた。
自らの主催するチャリティーマッチには、
世界中から友人たち(一流選手ばかり)が集まり、
「若き事業家」としてのNAKATAを応援している。

、、、ミラノコレクションに出没し、
日本酒をプロデュースするなどの、
「文化人」みたいになってしまった今の中田を残念がり、
「彼はまだ自分が見つかっていないみたいだ(笑)」
みたいな皮肉を言う人も多いですし、
私も「最近の中田」を積極的に支持するわけではありません。

しかし、それでも、
やはり彼のしてきたことは偉大です。
それまでの「スポーツ選手のイメージ」をくつがえし、
「デファクトスタンダード」を改変してしまった。

スポーツ選手の芸能活動は「契約」である、とか、
根性論ではなく科学的な努力をするとか、
ネットやSNSによる情報発信とか、
「筋肉と同じぐらい頭脳と教養を」とか、
そういったことは今は一流プロスポーツ選手の標準ですが、
「中田以前」には存在しなかった概念です。

縦と横に格子状に道が走っている、
そんな世の中を平気な顔をして、
汗一つかかず、斜めに走っていく、
というような超然としたクールさがあります。

しつこいようですが現在の彼の評価は別として、
私たちの世代というのは彼のような生き方に、
あこがれを抱きます。
少なくとも私はそうです。

彼がヒーローであるというのは裏返せば、
私たちの世代もまた、格子状の世の中を、
縦と横にカクカクと動きながら、
蟻のように地べたを這い回り、
世間の押しつける価値観に逆らいたいと思いながら、
やはり順応するしかなく、、、
みたいな鬱屈と無力さの証左でもあるかもしれないのですが。

「中田を見ることで疑似カタルシスを体験する」
というような。



▼▼▼感情移入できる有名人▼▼▼

、、、質問、何でしたっけ?
そう、同世代の有名人で、
もっとも感情移入できるのは?
でしたね。

実は先ほど挙げた四人は1977年生まれでしたが、
78年生まれ(ひとつ下)にまで拡げますと、
こんな人たちがいます。

(78年生まれ)
・オードリー若林
・劇団ひとり
・長瀬智也

長瀬くんは、
ジャニーズで一番カッコいい人ですね(反論は受け付けない)。
で、TOKIOはジャニーズで一番カッコいいグループです。
(これも反論は受け付けない笑)。
で、城島茂は日本で一番カッコいい「リーダー」です。
(もちろん反論は受け付けない)。

さらに、興味をもって調べてみると、
1977年の私と同学年にはこんな人たちがいるそうです。

・市川海老蔵
・滝川クリステル
・ピース綾部
・アンジェラ・アキ

、、、なるほどぉ。

特にコメントはありませんが(笑)、
みんな、すげーな、と思います。
彼らの眩しさに瞳孔が痛くなるというか、
世代のトップランナーを見上げすぎて、
首が痛くなってきました。

「同世代マラソン」という人生ゲームがあったとしたら、
私は先頭集団からは生まれた時から引き離されており、
多分その差は開くばかりで、
現在は下から数えた方が早いかもしれません。
2年間レースから「降りて」いましたし。

さらに言えば私の勝負は「何位か?」ではなく、
「完走できるか?」にある。
何位でもいいのです。
完走できればそれでいい。
しかし、それもまた素敵な人生であり、
私は満足しております。
いや、ホントに。

、、、で、
今日挙げたなかで「感情移入できる人?」

決まってます。

胸を張って言いますが、
山里亮太と劇団ひとりと、オードリー若林です。
今日挙げたなかで、会って話したら、
話しが合うかもしれないと思うのはこの3人だけです。
(本当に会ったら、
 彼ら成功者を前に私は緊張し、
 ほとんど会話にならないかもですが笑。)

全員お笑い芸人なのは偶然ではありません。

お笑い芸人になる人って言うのは、
何らかの屈託を持っているからそうなのであって、
「悩みのないネアカ人間」に本当に面白いものは作り出せません。
この3人は屈託を抱えています。

なぜそれを知っているかというと、
私は3人ともの著作を読んだことがあるからです。
3人とも相当に屈折し、相当に卑屈で、
相当に人見知りで、相当に病んだ側面を持っています。
、、、そんな彼らに私はもっとも親近感を覚えます。

あと、気付いたけれど、
三人とも文章がめちゃくちゃ上手です。
三人ともいろいろ、あーでもない、こーでもない、
と悩んでいます。

その「悩み」には世代的な特徴もあり、
それは私にも共有できることもある。

特に劇団ひとりは帰国子女な所も私と似ていて、
彼の書いたものを読むと、
通ってきた青春が「まるかぶり」なのです。
見て来たテレビ、読んできた漫画、
やってきた遊び、抱えてきた悩みまで似ている。
なので今日の私の答えは「劇団ひとり」に、
決定いたしました。

、、、という、
「世代論」みたいになっちゃいましたが、
今日のオープニングトークはここまで。

今週は質問にひとつだけお答えして、
そして「読んだ本」という、
ショートバージョンでお送りします。

皆さんの「共感出来る同世代」は誰ですか?



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偏愛している家電について

2018.03.01 Thursday

+++vol.029 2017年9月12日配信号+++


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
■1 今週のオープニングトーク
今週のメルマガは「省エネモード」です。
::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::

▼▼▼先日のメッセージ▼▼▼

メルマガ読者のみなさん、こんにちは。
朝夕が過ごしやすくなり、
日々をしのぎやすくなってきた近頃ですが、
皆さんはいかがお過ごしでしょうか。

この前の日曜日は練馬グレースチャペルで、
「情報化社会における信仰者の生き方」というタイトルで、
メッセージさせていただきました。

本当は今日、
メッセージの要約をコーナーでやろうかと思ったのですが、
時間が取れなかったのでまたいつか要約します。
YouTubeの「FVIチャンネル」で、
アップロードできましたらまたお知らせします。

昨日の話の要点のひとつは、
「批判的な思考力を養う」ということと、
「複数の視点でものごとを観る」ということが、
とても大切だよ、ということでした。

(これは現在準備中の、11月3、4日に、
 FVI主催、ローザンヌ日本委員会後援の、
 「世にあって弟子とて生きる社会人のための週末合宿」、
 通称「よにでしセミナー」のメインテーマでもあります。
 このメルマガにも何度か登場し、
 今週はこの後もがっつり登場する、
 私の友人の土畠氏が関わっている、
 コミュニティヘルスケアリーダーシップ研修を、
 私が間接的に学んで「拝借」しました。
 「よにでしセミナー」は、社会人として、
 世の中に良い影響を与えていきたいという願いがある方なら、
 参加して絶対に損はない、充実したものになると確信しますので、
 興味がある、もしくは興味ありそうな人を知っている、
 という方がいたら是非私のほうにご一報を。
 メルマガ質問フォームからでも、
 FVIの問い合わせメールでも可。)

▼参考リンク:コミュニティヘルスケアリーダーシップ学科
http://medical-studio.jp/project/chl/

▼宣伝チラシ:「よにでしセミナー」
https://goo.gl/JbXmoN

、、、話しを戻します。
「情報化社会に信仰者がどのように生きるべきか」
という話しでしたね。

キリスト教の世界には「異端」といって、
「他のどの教会も知らない真理を私たちだけが知っている」
というようなロジックで近づいてきてセクトを形成し、
分裂を引き起こす動きが2000年前からありましたし、
今もありますし、これからもなくならないでしょう。

加えて現代は情報過多の時代です。
インターネット上の情報は編集を経ていませんから、
先鋭化しやすく「どこからどこまでが事実で、
どこからどこまでが主観的な解釈、あるいは意見」
なのか、その境界線が不明瞭です。

2016年の世界の流行語は「ポスト真実」でしたが、
今の世界はますます「事実」よりも、
「人が信じたい嘘」のほうが影響を持つようになってきており、
それは世界を非常に不安定なものにしています。
そのようななかで信仰者はどのように生きれば良いのか?
というのが9月10日のメッセージのテーマでした。

このような状況で最も「やってはいけない」のは、
「聖書以外の情報を遮断し、四方を壁で囲って、
 情報的に無菌的な純粋培養の信仰者を育てる」
という方向性で教会を守ろうとすることです。

この方策を採りますと皮肉なことに、
最もデマや異端やセクトに「免疫のない」、
非常に弱く情報の洪水に押し流されやすい信者が形成されます。
そもそも5歳の子どもでもスマホを触り、
理論的には世界中の公開情報を閲覧できる21世紀に、
「情報の無菌状態を作る」というのは、
「サティアン」を作って共同生活をしたオウム真理教のごとく、
上九一色村にでも閉じこもらない限り不可能です。

ではどうすれば良いのか。

それは「自分の頭で考える」という力を養い、
自分の中に「考えるための普遍的な軸」を形成する、
という一見遠回りに見える方法以外ありません。
、、、そのためにはどうすれば良いのか、
というのが昨日の話しの骨子でした。

ちょっと興味あるでしょ?
文字化するか、アップロードしたら、
お知らせしますのでお楽しみに。

、、、さらに今朝もメッセージしました。
場所は群馬県の万座温泉ホテルです。
FVIの3人のカタリスト(変革の触媒という意味)で、
毎年4回行っている定例合宿執行役員会議です。
10月末に総会がありますので、
そのための準備をしております。

今朝したメッセージは、
「宇宙大の福音」というタイトルです。
こちらは昨年9月に練馬グレースチャペルでしたものと同じなので、
興味のある方はこちらでご視聴いただけます。

▼参考動画:「宇宙大の福音」
https://youtu.be/azwfoByCkq4



▼▼▼質問カードはやります。▼▼▼

、、、というようなスケジュールでしたので、
なかなかメルマガ執筆時間が取れず、
今週も「省エネモード」でお送りします。
「週替わりコーナー」と、
「Q&Aコーナー」はお休みとさせていただきます。
、、、真に勝手ながら。

「このぐらいの量が読む側にとっても丁度良いのでは、、、、」
とも思ったりしますし笑。

というわけでオープニングトーク行きましょう。
「オープニングトーク」行って、
「先週読んだ本」行って、
「編集後記」。

楽!

やった!

というようなことを以前言っていたら、
妻に「じゃあ、やめちまいなさいよ(笑)」
と身も蓋もないことを言われました。

「大変だけど楽しいこと」ってあるんです。
「筋トレ」とか、「ジョギング」とか、
「激辛ラーメンを泣きながら食べる」とか、
「意識が飛ぶ寸前までサウナに入る」とか。

メルマガを毎週書く、という私の習慣もそういう類いかも。
ただ大変なだけでなく、そのプロセスは楽しいし、
自分の思考や文章のトレーニングには確実になっているので、
ウィンーウィンなのです。

ごたくはこの辺にして、
質問カードに行きましょう。
では、いつものように、引きます。

▼質問カード
「偏愛している家電は何かありますか?」

みなさんは、いかがでしょうか?

こういうとき、
「テレビ、冷蔵庫、洗濯機、DVDプレーヤー」などの、
一般的な電化製品の類いは、
あんまり出てこないですよね。
たいてい同じようなものを使っているから。
私の家のそういった家電類は、
2009年に買ったものがほとんどなので、
ほぼ全部「8年選手」です。
あと2年ぐらいしたら、
一斉にいろんなものが壊れるのではないかと、
今から心配しております。

、、、そんなことを考えながら、
あまり多くの家庭には置いてないかもだけど、
私は非常に気に入っていて、
思い入れがあり、かつ実用的にも優れているもの、、、
といったような条件で脳内検索をかけますと、
5つほどヒットしましたので順番に紹介していきます。


▼ネスプレッソ
https://goo.gl/7fLntM

こちらはコーヒーマシンです。
ジョージ・クルーニーが宣伝してたやつ。
カプセルでエスプレッソが作れます。
ミルクスチーマーもセットです。

これは思い出深い品でして、
2011年に私が妻と婚約したときに、
その記念のお祝いにと、北海道に住む友人が、
私に贈ってくれました。
たしかAmazonからこれが届いたとき、
ファミコンを買ってもらった30年前の小学生のように、
興奮して部屋を走り回ったのを覚えています。
まったく意表をつかれたので。
「マジでか!」と。

あれから6年経ちますが、
現在も素晴らしい働きをしてくれています。
私の小遣いは月1万円ですので、
カプセルを日常的に買うことは難しいのですが、
誕生日のプレゼントだったり、人から思いがけない、
「個人宛の」お金を頂いたときなどに、
1万円分ぐらいのカプセルを買って置いて、
必要に応じて使うようにしています。
一度に沢山注文すると送料が無料になりますから。

お客さんが来たときにカフェラテを出すこともできますし、
カプセルはひとつ75円ほどですので、
コンビニの100円のコーヒーよりも安く、
美味しいアイス/ホットコーヒーを飲むことができます。

結構気に入っているのが、
「スーパーカップ」などの安いバニラアイスを買ってきて、
ネスプレッソの「エスプレッソモード(高圧少量)」で作った、
夜の悪魔のように特濃のコーヒーを、
皿に載せたヴァニラアイスにかける、
というデザートです。

これは「アフォガード」と呼ばれる立派なデザートで、
「甘さと苦さ」「冷たさと熱さ」という、
二つのコントラストの「交点」を味わうという、
なんとも贅沢な気分にひたれる食べ物です。

これを考えた人はエライ。

▼参考画像:アフォガード(美味そう)
https://goo.gl/sRVCvj



▼バーミックス
http://amzn.asia/cv6Zq8k

これも人からのプレゼントです。
私の実の姉から、結婚のお祝いにいただきました。
姉は大学の家政学部を卒業した後に、
さらに調理師学校に行くほどの「料理好き」ですので、
調理器具などに詳しいのです。
こんな道具があるなんて、姉がプレゼントしてくれなかったら、
私は一生知ることはなかったでしょう。

このタイプのハンドミキサーは各メーカーが出していますが、
スイス製のこのバーミックスはその「元祖」です。
キルティングジャケットはいろんなメーカーが出しているけど、
そのルーツは英国の「LAVENHAM(ラベンハム)」にある、
みたいな話しです。

家電でもファッションでも「ルーツ」には一日の長があります。
ミキサーのことはよく分からんけど
(というかミキサーのことを「よく分かってる人」って、
 逆にどんな人なんでしょう?)、
とにかく使いやすいということは言えます。

だって、高いんだもの。
姉からもらったあと、
価格を調べて驚きました。
軽く3万オーバーです。

自分では絶対に買わない。

しかし、やはり良いものは良い。
スイスとかドイツとかデンマークとか、
あのあたりの「森のヨーロッパ人」たちの作るものって、
日本製品にはない、
がっしりとしたフォルム、
ずっしりとした重量、
一生壊れないんじゃないかという頑強さがあります。
質実剛健とはこのことです。

これで私はパンプキンの冷静スープを作ったり、
たこ焼きの生地を作ったり、
パンケーキの生地を混ぜたり、
妻が朝バナナジュースを作ったり、
マッシュポテトを作ったり、
お菓子の生地を混ぜたり、
さまざまな料理に生かしています。

マヨネーズと白ごまと酢と砂糖とニンニクを分量だけ入れて、
バーミックスすればスーパーより美味い、
「ごまドレッシング」ができますし、
あと、コーヒー豆をこれで「挽く」こともできます。
「できる奴」です。



▼Panasonicのバリカン
http://amzn.asia/b1m4eqw

これは毎月使っています。
鬱病療養中私は対人恐怖のため、
コンビニですら行くのに前日から緊張していましたから、
ヘアカットが家でできるというのは「救い」でした。

病気でなかったとしても、
私のような極度の人見知り人間にとって
美容院での雑談ほど「困る」ものはありません。
「クソどうでも良い話し」を振られても対応して疲れるし、
沈黙に耐えられず逆に自分から「仕掛けた」話しが、
「さほど盛り上がらなかった」場合、
「しまったぁぁあぁぁ!!」
「スベったぁぁぁあああぁぁ!」
「美容院来るんじゃなかったぁぁ!」
「10秒前の自分、死ね!」
「浅はかな会話を振った自分、死ね!」
と思うのです。

人見知りじゃない人には信じられない世界かもしれませんが。
「アメトーーク!」で、
人見知り代表のオードリー若林やバカリズムと、
人見知りじゃない人代表の千原せいじやフジモンの会話を聞いたとき、
「あぁ、俺だけじゃないんだ、
 世の中に極度の人見知りは」
と、救われた気持ちになったのを覚えています。

そんな私にとって、
Panasonicのバリカンで妻が散髪してくれるようになったことは、
本当に「福音」でした。
しかも美容師より上手だし。
同じ料金を払わなければならなかったとしても、
「美容師のカット」と、
「妻のPanasonic」の二択ならば、
迷わず後者をとります。

上手ですから。

このバリカンによってこの2年半、
私が節約した金額は、
下手すれば10万円近くなるのではないでしょうか。
一回3,000円以上するカットに、
年に10回ぐらい(?)行っていた過去は、
いったい何だったんだろう、と思っています。



▼Panasonicのひげそり
http://amzn.asia/a3GLlnr

Panasonic関係が続いてすみません。
ついでに「刈り取る関係」が続いてすみません。

このひげそりは、かれこれ10年近く愛用しています。
「同じものを10年」ではなく、
2、3年ぐらいごとに新しいものに替えながら。

刃を替えるよりも本体を買い換える方が安いという、
「あのパターン」です。
電池交換よりも時計自体の方が安いパターン。

、、、このひげそり、
なぜか今謎の爆安価格で販売されていまして、
Amazonで1,000円で買えます。

本当は2,500円ぐらいします。
このひげそりの何が良いかと言いますと、
単3電池で動くところです。
電池はこれもPanasonicの充電電池、
「エネループ」を使っているのですが、
一度フル充電しますと、毎朝使っても
1ヶ月充電しなくても動き続けます。

▼参考リンク:エネループ
http://amzn.asia/ds3WyfN

これは、出張の多い私にとってはありがたい。
出張先でひげそりの充電の心配は不要ですし、
万が一動かなくなってもコンビニで単3電池を買えば良い。
単3乾電池は海外でも容易に手に入りますので、
海外でもシェーバーの不安はゼロです。
1ヶ月以内なら充電の心配すら不要ですし。

小さく軽いので持ち運びも楽ですし。
旅人にやさしいシェーバーです。
これは世界のどこにいても同じように、
シームレスに使える「安いけど凄い奴」です。

あと番外編として、
Panasonicの(またかい!)、
鼻毛カッターも愛用しています。

▼参考リンク:エチケットカッター
http://amzn.asia/hvZp7lE

人前に出ることもある仕事ですので、
鼻毛カッターは役立ちます。
こいつも単3電池で動きます。

人前で話している人の鼻から、
「ずどん」と鼻毛が出ていたら、
内容が頭に入ってこないだろうな、
というぐらいの想像力が私にもあるのです。

なんか、さっきから書きながら気付きましたが、
私はPanasonicに、
「毛を刈る」というすべてを託しているのですね。
Panasonicがつぶれたら私の身体の、
ありとあらゆる毛がボーボーになるので、
私が文化的な人間であり続けるためにも、
Panasonicにはがんばって欲しいと思います。
(何なんだこの結論。)



▼Xperia Z3
http://amzn.asia/dtzn1rP

最後は愛用しているタブレットです。
Amazonでは価格が高騰していますが、
私が買ったときは、アンダー5万円でした。
iPadminiよりちょっと安いぐらいです。

先代の「Nexus7」が壊れてから、
こちらをかれこれ1年半ほど使っています。
すこぶる快適です。

私はスマホを所有していませんので、
LINEとかMessengerとか、
出先でのメールチェックとか、
Googleマップで行き先確認とか、
乗り換え案内とか、
出先でのGoogleカレンダーチェックとか、
そういった、
「スマホ所持者がスマホでする、
通話以外のすべてのこと」はすべてこれでやっており、
格安SIMカード(月額980円)で運用しています。

あと、移動中にAmazonプライムの動画を観るときも、
これで観ています。
通信容量が格安SIMの場合1ギガバイト(少な!)とかなので、
家やスタバなどでダウンロードしておいて、
それで観るようにしています。

私はEvernoteのヘビーユーザーですが、
パソコンとタブレットでのEvernoteの同期は、
最高に快適で、これのない生活はもはや想像出来ません。

パソコンで記録した読書ログを、
出先でタブレットで確認したり、
パソコンでクリッピングしたレシピを、
タブレットで閲覧しながら料理を作ったり、
パソコンで毎朝記録しているデボーションノートを、
出先で復習して思い出したり、
というのが具体的な使い方です。

それからこのタブレットは音も良いので、
ラジオやオーディオとしても使っています。
YouTubeで講演会を聞いたり、
Radicoでラジオを聞いたり、
SDカードに入っている音楽をスピーカーにつないで聞いたり。
そんな感じで。

あと、出張先ではこのタブレットは私の聖書になります。
Kindleに新改訳聖書とNIV聖書が入っていますので、
出先での毎朝のデボーションはこれでやります。
教会にいくときも、「絶対に脚注が要るような学びをする」
と分かっているとき以外はKindle内の聖書で充分です。
荷物が1キロ近く減りますので非常に助かりますね。

ここで私が言っているすべてのことはスマホでもできますので、
まぁ、要するにスマホの機能のことを言っているのです。
ひとことで言えばスマホは、「出先に部屋を持ち出すデバイス」
なのだということに気付きます。

ただ、7インチタブレットって絶妙に良いですよ。
サイズ感が。
動画を観ていても「ちまちま」していないし、
逆に電車でiPadプロで動画観ると、
隣の席の人に丸見えすぎて恥ずかしいんですよね。
かといってスマホを横にして観るのは、
観れなくはないけど目が悪くなりそう、、、
というトレードオフの丁度引き合うところが、
7インチタブレットなのではないかと私は思うわけです。

まぁスマホ持ったことないから良くわからんけど笑。

、、、という、
今日はそんな話しでした。
皆さんの偏愛家電には、
どんなものがあるんでしょう。
今度よかったら教えてください。
「刈り取る系」を中心に笑。

きっと7インチタブレットに、
「毛を刈る機能」がついたら、
私は家電何も要らなくなるなこれは。




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サッカーワールドカップ最終予選に興奮した話

2018.02.22 Thursday

+++vol.028 2017年9月5日配信号+++

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
■1 今週のオープニングトーク
サッカーワールドカップ最終予選に興奮しました。
::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::

▼▼▼オーストラリア戦▼▼▼

先週の木曜日、31日に行われた、
サッカーワールドカップ最終予選の、
日本対オーストラリアの試合は興奮しました。

日本ってオーストラリアに弱いんですよね。
負けている印象しかない。
2006年ドイツワールドカップも、
オーストラリアに逆転負けしたところで、
ジーコジャパンの決勝トーナメント進出が
「ほぼ終わった」のは、今も鮮明に覚えています。
あの「ロングスロー」がなければ、、、と。

今回の31日のオーストラリアとの試合は「大一番」で、
これに勝てばワールドカップ出場が決定し、
負けるとアウェイのサウジ戦で勝ち点1をもぎ取るという、
「(ほぼ)無理ゲー」を強いられる。
つまり負ければ、
ワールドカップ出場への門が9割方閉ざされるという、
「本当に絶対に負けられない戦い」がそこにあったわけです。
この言葉はテレビ朝日の乱発によって「言葉のインフレ」を起こし、
狼少年的にあまり信じてもらえなくなりましたが、
今回だけは、本当に、マジで、ガチで、真顔で、
「絶対に負けられない戦い(信じてくれ)」だったのです。

私はサッカー、というよりもプロスポーツ全般の、
「ライトなファン」でして、
Jリーグはもちろんまったく見てないですし、
プロ野球の試合もここ数年ちゃんと見たことがない。
オリンピックも卓球とサッカー以外は何も観ません。
そもそも「オリンピックのお祭り騒ぎ感」が好きじゃない。
あ、論点がずれました。

時々鑑賞するプロスポーツは、
NBAファイナルと、
ときどきBS1でやってるプレミアリーグの試合と、
4年に一度のサッカーワールドカップのほとんどの試合と、
それから日本代表の「本当に絶対に負けられない戦い」だけです。

なので、「にわかファン」と言われても、
まったく返す言葉もないわけですが、
サッカー日本代表だけは、
中田英寿が登場したフランス大会以降からは、
その戦術や中心選手を含め、「ウォッチしてきた」つもりです。
ちなみに私の日本代表の「ベスト監督」は、
岡ちゃん(岡田監督)であり、
2010年南アフリカ大会のときのチームが、
いちばん良かったと思っています。

▼参考画像:岡ちゃん(かっこいい)
https://goo.gl/L2U79J



▼▼▼「自分たちのサッカー」の終焉▼▼▼

、、、で、Jリーグすら見ていない、
そんな「にわか」な私ですが、
日本代表の戦術や戦い方については、
やはり「一家言」あるわけです。

2014年のブラジル大会のときは、
私は病気療養真っ最中でしたが、
サッカーワールドカップは観ていました。
スポーツ観戦は、「破壊的な思考を止められる」、
良い息抜きになりましたから。
病気療養中だったから観られた、というのもあるかもですが。
そういえば2010年はいろんなところを飛び回っていて、
サッカーワールドカップの試合はほとんど観た記憶がないです。
たいてい録画をあとでチェックしていました。

、、、2014年のブラジル大会では残念ながら、
一勝もできずグループ予選敗退となったのは、
記憶に新しいところです。
敗戦後、本田、香川、長友ら、
中心選手達が口をそろえて言った言葉に、
私は3年経った今も違和感を覚え続けています。

それは、
「自分たちのサッカーができなかった」
という言葉。

その後もこの「バズワード」は場所と文脈を変え、
多くの若き日本人アスリートの口にのぼることになります。
2016年のリオ五輪の際も、
多くの選手たちが、「自分の演技」「自分らしい戦い」
「自分たちの●●」という言葉を、
勝った人も負けた人も口にしました。
私は個人的に、いまだにこの言葉に感じる、
「そこはかとない違和感」を払拭できずにいます。

じつはワールドカップでもリオ五輪でも、
中心になっていた現在20代の人たちというのは、
「ゆとり世代」と言われる世代の人々であり、
そして「世界にひとつだけの花」を、
小学生時代にいっぱい聞いて育った世代です。

その世代が無意識にすり込まれた、
「もともと特別なオンリーワン♪」という、
「自分万歳」「ありのまま万歳」の世界観というか、
根拠のない自己肯定と、
それゆえに脆弱なメンタルはセットです。

私は「世代論」があまり好きではないですが、
しかし、無根拠に「あるがままを肯定」され、
「あなたの可能性は無限」と無責任に言われ続け、
「教育とは矯正である」というあたりまえのことを、
いちども学ばずに育ってしまった、
「不幸な」世代を象徴するのが、
この「自分たちの●●」という言葉であるように、
思えてならないのです。

(世代論の常ですが、もちろん例外も沢山います。
 「教育」は学校だけではないですから。)

しかし当然ながら競技というのは、
「相手」があります。
フィギュアスケートなどの競技なら、
ひたすら自分らしさを追求したら良いのかも知れませんが、
少なくともサッカーには「相手」がある。

大事なのは自分らしさではなく、
相手がどれほど嫌がることをし、
相手の良さをどれだけつぶしたかです。
仕事も同じです。

社会に出ると分かりますが、極論を言えば、
「自分らしい仕事」とか、本当にどうでも良いのです。
社会の側に「必要」があって、
ほとんどの場合「あまり他の人がやりたがらない」、
その、「必要なこと」をするのが仕事です。
「自分らしさを発揮できる仕事」が、
世界のどこかにあるのでなく、
仕事の形に自分自身を変形させられる人が重宝されるのが社会です。
これは「結婚」にも言えます。
「自分にぴったりの運命の人」がいるのでなく、
どんな人にでもニコニコと仕え、誠実に対応し、
どんな人とでも機嫌良く過ごし、
うまくやっていく人柄を身に付けると、
相手が誰だろうとたいていの結婚は上手く行きます。
思想家の内田樹さんがよく言ってることです。

世の中はそのようにできています。
ところが「世界にひとつだけの花(的な価値観)」を、
学校時代に刷り込まれた世代というのは、
社会に出ると突然「ルールが変わった」ように感じるでしょうから、
とても苦労するだろうなと思います。
「学校で教えられたのとちゃうやんけ!!」
「自分らしさを出せばいいんじゃなかったの??」
「可能性は無限大じゃなかったの?聞いてないよ!」と。
本当にお気の毒に、と思います。
これはその世代のせいではなく、
周囲の大人のせいです。

話しをサッカーに戻します。
相手のあるスポーツではだから、
「自分らしさ」とか、
本当にどうでも良いのです。
相手を封じ込め、勝たなければ、
「自分らしさ」には何の価値もない。

スアレスという南米のサッカー選手がいますが、
めちゃくちゃダーティなプレイをすることで有名です。
相手の選手に噛みついたり、
直接フリーキックをゴールの中から手を使って、
「ハンド」で止めたり。
(スアレスはそのときレッドカードで退場になりましたが、
 「1点」は幻と消えました。
 ワールドカップの本戦で、
 選手ひとりの退場よりも、
 「1点」のほうが重いのは言うまでもありませんから、
 相手からしたら「ふざけんな」という話しですが、
 味方からしたら「救われた」のは間違いない。)

▼参考画像:ハンドでシュートを止めるスアレス
https://i.ytimg.com/vi/H2rDtyuUlQg/maxresdefault.jpg

これは完全にスポーツマンシップにもとる行為で、
私はまったく支持しませんが、
スアレスが相手チームにとって、
悪夢のような選手であることは間違いありません。
「スアレスがいるチームとはやりたくない」と、
相手に思わせる何かが彼にはあり、
実際に「何が何でも勝つ」という執念によって、
彼がいるチームが泥臭く勝利を「むしり取る」光景を、
私は何度も観たことがあります。

クリーンなプレイだけをして、
「自分たちのサッカーが、、、」とか、
みんなで口をそろえている日本代表は、
相手チームにとってまったく怖くない。
2014年の日本代表はだから、
負けるべくして負けたのです。

、、、そんなことを考えていたら、
やはりそう考えるのは私だけではないらしく、
こんな記事を書いているひとを見つけました。

▼参考記事:「自分たちのサッカーとの決別」
https://news.yahoo.co.jp/byline/murakamiashishi/20170901-00075253/



▼▼▼井手口陽介の衝撃▼▼▼

先週BS1で日本代表×オーストラリア代表の試合を観ていると、
解説者がハリルホジッチ監督のことを話していました。
この試合の前、ハリルホジッチ監督は、
オーストラリア代表のビデオを観まくったそうです。
「オーストラリア代表が自分のチームと思えるほどに」そうした。

で、オーストラリアの良さを消すためには何ができるか、
オーストリアが嫌がるプレイはどんなプレイか、
そういったことを死ぬほど考えた結果が、
今回の「サプライズスタメン」になったのです。

もう、「自分たちのサッカー」なんてどうでも良い。
「相手が嫌がるサッカー」をしようじゃないか。
という潔さがある。

頼もしいと思いました。

この試合はだから、サッカー日本代表の歴史にとって、
大きな意味を持つ試合だったのではないか、
と私は推測するのです。

今回そんなわけで、
いろいろ印象に残ったわけですが、
2点目を決めた井手口陽介選手は衝撃でした。
Jリーグをチェックしているサッカーファンからすれば、
「今更かよ。井手口が凄いのは知ってたよ」
という話しかも知れませんが、
にわかの私にとっては、
彼は彗星のように現れたスターです。

90分ずっと観ていましたが、
終始彼は「キレッキレ」でした。
早いプレス、サイドチェンジのパスの正確さ、
スルーパスのセンスの良さ、
何よりもスプリントのスピードと回数。
どんなスタミナしてるんだ、と思いました。

彼の2点目のシュートは度肝を抜かれました。
オランダ代表の「ディフェンスにとって最も恐ろしい男」、
ロッベンを思わせるゴールでした。
横にスライドするドリブル、
瞬時に相手を抜き去るスピード、
シュートモーションの小ささとふり抜きの早さ。
「こんなのロッベンじゃないか」と私は思ったのです

▼参考画像:ロッベン
https://goo.gl/Gz5zR4

、、、で、井手口って21歳なんですよね。
中田英寿が彗星のように現れ、
代表の空気を変えたのも21歳。

そして井手口の中田って、外見が似てる。
一重まぶたの目がそっくりです。

▼参考記事:中田と井手口
https://goo.gl/k39hEv

さらにマスコミへのそっけない態度。
媚びない言動。
中田のデジャブ感があります。
「カリスマ」の匂いがする。

まだ一試合しか観てないので、
あの試合だけ異常にパフォーマンスが良かったのか、
それとも本物のタレントであり、
「中田英寿の再来」なのか、
すべては来年の、
ロシアワールドカップが明らかにするでしょう。

今のサッカー界の現状を考えると、
井手口は2年以内に海外のビッグクラブで、
プレイする公算が高いです。
しばらく彼から目が離せません。



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インドの極甘スイーツ「グラブジャムン」の思い出

2018.02.15 Thursday

+++vol.027 2017年8月29日配信号+++

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
■1 今週のオープニングトーク
久しぶりの「質問カード」
::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::

▼▼▼体調について▼▼▼

メルマガ読者のみなさん、こんにちは。
先週のメルマガでご報告しましたとおり、
体調はずいぶん上向いてきました。

本も読めるようになりましたし、
文章も書けるようになりましたし、
メッセージの準備なんかもしています。
散歩をしたり外出したりもできてます。
日曜日の礼拝にも出席しましたし、
もう、ゲームをしなくても大丈夫になりました。

私にとって最後の難関は、
「不特定の人とテーマのない雑談する」ことです。
多分これは私の脳の個性による脆弱性の問題で、
「特定の人とテーマを決めて対話(議論)する」のは、
体調が最悪のときでも「なんとかなり」ますが、
「不特定の人とのテーマのない雑談」は、
健康状態万全で臨んでも、
1時間ぐらいで脳がパンチドランカーのように疲れます。
下手をするとそれがきっかけで鬱の症状が戻ってくる。

私にとって「パーティー」だとか、
「ざっくばらんな社交の場」は、
第二次世界大戦のガダルカナル戦や硫黄島のようなもので、
まともにぶつかると命がいくつあっても足りないので、
そそくさと尻尾を巻いて逃げ出すようにしています笑。
「付き合い悪い奴」としてこれからも生きていきます笑。

宮本武蔵がかつて言ったように、
負けると分かっている戦いは、
最初から試合を引き受けないのが、
「不敗の秘訣」なのです。
「逃げるは恥だが役に立つ」わけです。

、、、あと、ねんのため、
毎日9時間ぐらい寝るようにはしています。
(少なくとも私にとって)、
鬱にとって最良の治療薬であり予防薬は、
「たっぷりの睡眠」だということを、
私はこの3年間で学び取ってきたからです。



▼▼▼質問カード▼▼▼

さて、久しぶりの「質問カード」を、
やりたいと思います。
では机の上の質問カードから、
一枚質問をひきます。

今日の質問はこれ;
「いままでに食べた、
 『過去最高のスイーツ』を、
 教えてください。」

、、、みなさんはどうでしょうか?
一緒に考えてみてください。

私は、そうですねぇ。
40年近く生きていますので、
検索すべきデータベースが大きくて、
さらに検索エンジンも劣化していますので、
「これだ!」という風に、
即座に出てこないわけです。
これを老化と言います笑。

純粋に「美味しさ」という話しなら、
きっといろいろあるんだろうと思うのですが、
問題はほとんど覚えていないことですね汗。

「記憶に焼き付く」デザートであり、
さらに「美味かった!!」という感動があったものが、
脳内の検索機能で5つほどヒットしましたので、
そのなかから3つだけ紹介したいと思います。

、、、結果的に全部、旅先で食べたもの、
もしくは過去に住んでいた土地に結びつくものです。

きっとこれには理由があり、
食べたものの思い出というのは、
そのときの風景や空気、音や喧噪、
そういったものと分かちがたく結びついており、
それらと結びついた食べ物というのはやはり、
「記憶に焼き付く」からです。



▼▼▼インドの甘いやつ▼▼▼

、、では本題にいきます。
まずひとつめは「グラブジャムン」という、
インドのお菓子。

▼参考画像:グラブジャムン
http://www.museny.com/image3/india1004/110304lunch9.JPG

こちらですね。
これはインド料理屋ですら、
日本ではまだ一般的ではないので、
あまり食べたことのある人は多くないかも知れない。

インドに行ったことのある人なら、
おそらく必ず食べているやつです。
名前は「グラブジャムン」というそうです。
私はいままで「あのめちゃくちゃ甘いやつ」と、
脳内でそのお菓子のことを呼んできていて、
食べたことのある人同士ならそれで伝わりますので笑、
固有名詞を知りませんでした。

はじめに言っておきますと、
このグラブジャムンは、単体で食べても、
さほど美味しくないです(美味しくないんかい!)。
しかし、私の人生で口に入れたもののなかで、
「もっとも甘い食べ物」というのは間違いないです。
、、、で、調べてみると、
「世界一甘い食べ物」という評判もあるらしい。

▼参考リンク:ヤフー知恵袋「世界一甘い食べ物は?」
https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q10138451800

、、で、なんでこれが「最高のスイーツ」になるのか、
ということなのですが、単体で食べてもさほど美味しくない、
というところにその要点があります。
さらに言えば、日本で食べてもさほど美味しくないかもしれない。

食べ物には、「文脈」というものがあるのです。

説明します。

私は2008年の夏、4ヶ月間インドで過ごしました。
インドの食生活は、いつかこのメルマガにも書きましたが、
朝はカレー、昼はカレー、夜はカレー、
おやつはカレー味のスナック類です。

さらに、カレーの朝ご飯、カレーの昼ご飯を食べた後に、
彼らが髪の毛に何か油のようなものを塗りたくって、
おめかしして家族で出かける、
「地元のカレー(!)レストラン」があります。
彼らが言うレストランという言葉の中に、
「カレー」は含まれているのです。

中産階級の人が月に一回ぐらい気軽に行く店。
日本で言うデニーズみたいな感じでしょうか。

、、、で、そこのカレーが、
えげつないぐらい辛いのです。
地獄のごとく辛い。

インドでは料理は右手で食べます。
左手は「不浄の手」なので、
左利きの人でも左手ではご飯を食べませんし、
左手で子どもの頭をなでるのは侮辱です。

右手でどうやって食べるかと言いますと、
ライスとカレーを手でごにょごにょして口に入れる。
スープは中指、薬指、小指を上手に使ってスプーンを作り、
器用に口に入れて食べます。

▼参考画像:右手でカレーを食べる。
http://melakajp.com/about/photo/0606/DSC_2487x800.jpg

良く「蒙古タンメン中本の北極ラーメン」みたいな、
激辛料理を食べると、「唇が痛い」と言います。

▼参考画像:北極ラーメン
http://nakamoto.tokyo/wp-content/uploads/2015/11/hokkyokuramen1.jpg

、、、「インドローカルの地獄カレー」はさらにその上を行きます。
どのぐらい辛いかというと、唇が激痛なのは当たり前で、
「カレーを混ぜている右手が辛さで痛い」ぐらい辛いのです。

「指が辛い」のです。

マジで。

爪の間とかが辛くてひりひり痛みます。
出されたものはなるべくのこさないように、
それまで私はインドのものを食べてきましたが、
あの日、ウッダルプラデシュ州のバラナシにある、
あのカレーレストランのカレーだけは、
半分食べてギブアップしました。

熱湯から出てきたダチョウ倶楽部の上島竜平さんぐらい、
半分食べた時点の私の全身は汗で「びっちょびちょ」でした。
「お前さては、食べてる間にシャワー浴びてきただろ?」
と聞かれるぐらい。

▼参考画像:熱湯からあがる上島竜平
http://daily.c.yimg.jp/gossip/2015/04/29/Images/07967257.jpg

くやしいのはホストファミリーの6歳と10歳子どもたちが、
同じカレーを平然と食べていることです。
なんだこの「圧倒的な力の差」は!
30歳を過ぎた大人が6歳に「完敗する」ことって、
あんまりないので、私の指と舌と自尊心と武士の心は、
辛さによって完全に打ち砕かれたわけです。
「離乳食からカレーを食べている民族には勝てない。」

そんな、濡れた犬のように、
辛さに打ちのめされた私の前に出てきたのが、
そう、おまたせしました。
「グラブジャムン」です。

右手の指先は燃えるように熱く、
舌と唇の感覚は失われている。
青白い蛍光灯は不安定に点滅し、
無数の蠅が周囲を飛び交い、
相変わらずやかましいヒンディ語の怒声と、
外からの鳴り止まぬクラクションの音。
外気温は40度を超え、湿度は90パーセントを超える。
何か耳鳴りのようなものが聞こえ、
シビれた脳でこれまでの人生がフラッシュバックする。

そんな私の前に、
あの、「まあるい甘いやつ」が運ばれてきます。
そいつをスプーンで半分に切って、
口にいれます。

(なぜかいつも、
 「このタイミング」でスプーンが登場します。
 インドの人もグラブジャムンは手で食べません。
 「スプーンあったんかい!」と、
 私はいつも小さく心の中でツッコむわけですが)

芥川龍之介に「蜘蛛の糸」という作品があります。
生前悪事を尽くしたカンダタという男が、
生きている間にした善行は一匹の蜘蛛を助けたことだけだった。
地獄の業火で焼かれるカンダタに、
お釈迦様は一本の蜘蛛の糸を垂らし、、、
という有名なストーリーです。

濡れた犬のように消耗した私にとって、
グラブジャムンはその蜘蛛の糸のようなものです。
もしくは、地獄の業火で焼かれて乾いた喉に垂らされる、
「一滴の甘い露」と言い換えても良いでしょう。

一滴の水に飢えたカンダタのごとく、
私はこのグラブジャムンを口に入れたのです。
そこで私はひとつの「真理」に到達しました。
そう、同じバラナシで悟りを開いたゴータマ・シッダールタのように。

その真理とは、
「めちゃくちゃ蒸し暑い気候のなかで、
法外に辛い食べ物を食べた後に、
激甘のデザートを食べるというのは至高の経験だ」
ということです。

死んでいた舌が生き返り、
麻痺していた思考力が元に戻ってくる。
「生きた心地がする」状態にしてくれる、
そんな感じです。

食べ物は「文脈」がたいせつです。

肉体労働やサウナの後のビールが、
一番美味しいと言う人がいるのと同じであり、
ラーメンを食べたあとのアイスクリームが美味しいのと同じであり、
普段ガムを噛む習慣はないが、
焼肉屋の会計でもらうスペアミントガムだけは、
なぜか美味しいと感じるのと同じです。

グラブジャムンは具体的にどんなスイーツか、
ざっくりとイメージだけで説明しますと、
「日本で一番甘いカステラ」を、さらに2倍甘くしたものを、
とりあえず「油で揚げ」ます。
それを、とびきり濃厚な砂糖シロップに浸けて、
1ヶ月置きます。
そうするとシロップを吸い込んだその「揚げカステラ」は、
もはやシロップと同じぐらいの比重となり、
「ずっしり重くて甘い何か」になります。
おおざっぱにいえば、これがグラブジャムンです。

蟻ですら遠慮するほどの甘さのこのデザートの、
ひとつあたりのカロリーはあまり計算しないほうが、
精神衛生上よろしいかと思われます。

これを食べて「美味しい!」と感じるような、
「文脈」というものが日本には存在しないので、
日本でグラブジャムンを食べても「最高のスイーツ」には、
なりづらいかとは思うのですが、
どうやら日本でも手に入るようです。

どうしても興味がある人は試してみてください。
いったい、いつ食べたらよいのか分かりませんが。

▼参考リンク:Amazon「グラブジャムン」
http://amzn.asia/0r63cUj

、、、あとふたつ紹介しようと思ってたのですが、
ここで文字数オーバーです。

今日は列挙するにとどめ、
またいつか説明します。

▼今年フィリピンで食べた「チュロス」

▼帯広「クランベリー」の、よみたんソフトクリーム

以上、「過去最高のスイーツ」の話しでした!

みなさんの最高のスイーツは何ですか?





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地獄に行ってきた話

2018.02.08 Thursday

+++vol.026 2017年8月22日配信号+++


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
■1 今週のオープニングトーク
地獄に行ってきました。
::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::

▼▼▼先週、先々週のはなし▼▼▼

メルマガ読者の皆様、こんにちは。
先週はメルマガ開始以来、
はじめての「休刊」とさせていただきました。

というのも、「休刊のお知らせ」でお伝えしましたとおり、
体調を崩して自宅で療養する以外、
ほとんど何もできなかったからです。

私は2013年12月からまる2年、
バーンアウト(燃え尽き症候群)による鬱状態で、
病気療養をしたという過去があります。
そのときの詳細はここでは割愛しますが、
回復期に支援者の方々に書いた、
2通の手紙に私の経験を詳しく掲載しています。

▼参考リンク:2015年3月の手紙
http://karashi.net/resource/NL/jinnai/2015_03.pdf

▼参考リンク:2015年12月の手紙
http://karashi.net/resource/NL/jinnai/2015_10.pdf


、、、いったいどこから説明していいやら、
気の遠くなるような話なので、
ほんとうは語らねば理解していただけない、
「詳しい経緯」は割愛します。

とにかく2年間の療養生活というのはけっこう過酷で、
死なずに生きてこの世界に帰って来られたことが、
「運が良かっただけ」と自分では思っています。
それと、神と人の助けがあったからだ、と。

それだけです。

あまり認識されていませんが、
それほど、鬱病の「致死率」は高いのです。

なぜ私が「生還」できたのか。

「私が地獄から帰って来られた理由」は、
じつは私の側にはいっさいありません。

本当に。

戦争の激戦地から、
なぜか弾が自分には当たらず、
死なずに帰還した人にも似ています。

その後の人生で当時の体験を語るということが、
非常に辛いことだということも含めて似ています。
上記リンクの2通の手紙は、
それぞれ書くのに3ヶ月ほどかかっています。

地獄を思い出しながら書くので、
書きながら嘔吐感というか、
「えづく」感じを覚えながら書きました。
1日1行だけ書いて、力尽きてしまい、
その後3日は書けないということも、
多々ありました。

鬱病に罹患する人は多いですが、
当事者による闘病記はそれほど多くはない、
というのは「そういうことか」と思いました。
地獄から生還した人は、
地獄を振り返りたくないのです。
当時の感情が蘇ってきますから。

戦争体験者が人生の終末に、
「じつはノルマンディ上陸作戦で、
 たくさんの敵兵を撃った、、、
 私はこの手で人をたくさん殺した、、、
 私はこの目で仲間がたくさん死ぬのを見た、、、」
という「告白」をするというストーリーの映画が、
洋の東西を問わず沢山存在しますし、
じっさいそういうことって多いと思います。

それも同じ理由です。

語りたくないのではありません。
あまりにも苛烈な体験は、
本人に「メンタルブロック」がかかって、
語る事ができないのです。

ヴィトゲンシュタインの意図とは違う引用ですが、
「語りえないことについては、
 沈黙するしかない」わけです。


▼▼▼「語りえぬことを語る」ことを選んだ理由▼▼▼

、、、では、
なぜ、私が「語りえぬことを語る」事を選んだのか?
それは、闘病中の経験にあります。

闘病中、私はまったく祈ることができませんでした。
「祈る」という行為は、
「自分が神から見捨てられた」ことを、
確認する作業に他なりませんでしたから。

これは祈りの態度とか姿勢が間違っているとか、
そういった精神論の話しではありません。

単純に病気の症状です。
脳梗塞で意識不明な人が、
祈れないのと同じであり、
足を複雑骨折した人が歩けないのと同じです。

鬱病と信仰を「精神論」で結びつけるのは、
端的にいってまったくの誤りです。
それは病気の当事者を死へ追い込む行為ですから、
本当にやめた方が良い。

私は最初それでも「祈ろう」とか、
「聖書を読もう」とかがんばっていましたが、
そういった努力は危険だからただちに辞めるように、
というカウンセラーのアドヴァイスによって、
発病後3ヶ月ほどで祈るのを(祈ろうとするのを)辞めました。

約2年間それは続きました。

ですから当然、
「神から語られる」というようなことはないわけです。
そもそもそんな経験があるということは、
病気じゃない証拠ですから。
「(前向きな気持ちというような意味の)信仰」が、
脳の器質的変化によって不能になるのが鬱病ですから、
「信仰によって鬱病が治る」というのは、
そもそも語義矛盾です。
「消化によって腸捻転が治る」
と言っているのと同じです。

、、、で、私は「神と断絶」された状態に、
2年以上いたわけですが、
そのなかで例外的に1度だけ神が私に語ったな、
と思ったことがありました。

それは2014年夏、病気の最もひどいとき、
こういった寄付によって支えられている、
キリスト教の働きを続けていくのは、
寄付をして祈ってくださる人に対して、
あまりに申し訳がないと感じ、
別の仕事を探そうと転職サイトなどを調べていたときでした。
(そのときは外出してもしゃがみこんで動けなくなるほど、
 対人恐怖の症状がありましたので、
 仮に申し込んだとしても面接もできない状態でしたが、
 そんな客観的な判断すら当時はできません。)

私は2008年に市役所の仕事を辞めて、
「きっと大変な人生になるだろう」ことが容易に予測できる、
「あまり多くの人は歩まないでこぼこ道」を行く、
と決めたとき、当然ですが神に祈りました。
GWと正月を利用して、2度、
断食祈祷院で一週間の断食もして祈りました。

、、、で、2008年に「この道」を行くことを決めました。
それは「召命感」がやはりあったからです。
神が私をお造りになった目的を果たすのに、
市役所を辞めて専門的な宣教の働きの世界に飛び込むことが、
プラスになるというのが、死ぬほど悩み祈った末に、
私が出した答えでした。

それからの5年間は、
たしかに大変でしたが、
「今、私は神の召された道を歩んでいる」
という確かな手応えを日々感じていました。

それは経済的な安定にも、
良いクルマに乗ることにも、
良い服を着ることにも、
良い家に住むことにも、
何ものにも代えがたい喜びでした。

しかし2013年に病気になって、
その「喜び」というか「確信」は、
揺らぎました。

揺らいだというより、吹き飛びました。
仕事することができず、
祈ることもできず、
それどころか、かつて自分にできていた、
あらゆることができなくなったとき、
「本当にこの道は、
神が歩むようにと言われた道だったのだろうか?」
と思ったのです。

、、、というよりも、
市役所で働いていたときも含め自分は今までずっと、
神の召命にお応えしたいという一心で歩んできたけれど、
その道から転げ落ちてしまったのではないか、
という挫折感の方が強かったかも知れません。。

神が用意された道は遙か遠くに見え、
そこを今も歩んでいる「かつての同労者たち」を、
私は遠目に見ている。
「俺はもう歩けなくなったから、
 もう俺のことは忘れて、
 先に行ってくれや。」
そういう気持ちも強かったかも知れない。

なんせ私には「30代後半」はありませんから。
病気の前後を含めたらそれぐらいの期間を、
世間でいう「棒に振って」いますから。

、、、で、私は思ったのです。
「よし、もう一度、
 分岐点に戻ろう」と。
世間の同世代とは10年遅れの再スタートになるが、
とにかく別の仕事を見つけ、
そこで働いて生きるところから始めよう、と。
先ほども申しましたように、
当時はそんな健康状態ではなかったのですが。

、、、ちょうどその頃、
神が私に、2年間の療養生活で唯一、
語られたのです。

「違う」と。

「そうではない。
 あなたのいる場所は『道』から断絶していない。
 あなたが今、病気になり、
 何もできず、もだえ苦しみ、
 敗北感と苦渋を味わっている、
 その場所こそが、
 私があなたを召し出した道の真ん中なのだ。
 病気で何もできないあなたはいま、
 私の召命の真ん中にいる」と。

、、、その当時は神が言われている意味が、
私にはまったく分かりませんでしたが、
その後、徐々にあの言葉が本当に神からのものだったと、
私は確信するようになりました。

すこし回り道をしましたが、
多くの人が語る事を選ばない病気の経験を、
私が敢えて語る理由は、
あのときの神からの語りかけにあります。
ですから私にとって病気の体験を語ることは、
「神を語る」ことに他ならないのです。



▼▼▼脳が壊れた▼▼▼

、、、という前置きをしておいて、
本題に移りたいと思います(やっと!)。

先週のメルマガで「体調が悪い」と言ったのは、
ひどい下痢を患っていたとか、
マラリアに感染していたというものではありません。
8月11日から10日間ほど、
鬱の症状が再発していたのです。

多くの人が誤解していることですが、
鬱の発症は「精神的に落ち込む」こととは違います。
「最近落ちてるんだよね」とか、
「メンタルがやられてるんだよね」という、
精神的なアップダウンの延長にあるものではありません。
「精神的に弱い人が鬱になる」というのも壮大な誤解ですが、
この「アップダウン論」も誤解です。

鬱病は脳のセロトニンの低下や、
活動の器質的不調から来る諸症状ですから、
「メンタル」という言葉で表わされるような、
精神的なものではありません。
そこに「連続性」はありません。
「別もの」です。

風邪とマラリアが違うように、
便秘と腸閉塞が違うように、
メンタルな落ち込みと抑鬱症は違います。

、、、で、
今回鬱の症状が久方ぶりに「戻ってきた」わけです。
「8月11日から」と、特定できるのはそういう理由です。

ほんとうはもう少し「シームレス」に、
たとえば7月後半ぐらいから、
何かの兆候があったのだと思います。
しかし、それに「本人が自分で気付く」ことは、
本当に難しいです。

私は病気を経験していますので、
そういった「サイン」にはアンテナを立てています。
何か兆候があれば見逃さず、予防的にしっかり休むためです。

しかし今回はその予兆に気づけず、
8月11日に、いきなり症状が襲ってきました。
朝起きたら39度の熱があったみたいな話しで、
その日から「あの悪夢の症状」が戻ってきたのです。
背筋の凍る話しです。
「朝起きたら地獄にいた」わけですから。

具体的に言いますと、
「脳が壊れた」ような感じです。
まず、前日まで1日1冊ぐらいのペースで、
楽しんで読んでいた本がまったく読めなくなりました。
内容がまったく頭に入ってこない。
文字を目で追うと頭がくらくらして吐き気のようなものを覚える。

おかしいなぁ。

そして気力がゼロになります。
朝、コーヒーを淹れる気力がない。
おかしいなぁ。

それどころか、朝布団から起きる気力もない。
おかしい。

ルーティーンを始めようと思うのだけど、
メールに返信どころか、PCを立ち上げるのが怖い。
というより椅子に座るのが怖い。
追い詰められるから。
書斎に入るのが怖い。

、、、かといって居間にいるのも怖い。
平日の真っ昼間に俺は何をしているのだ、、、
という罪責感や後ろめたさに押しつぶされるから。

逃げるように布団に戻る。

しかし、居間にいる以上につらい。
「平日の真っ昼間におまえは何をしているのだ」
という声は書斎から離れるほどに大きくなる。
かといって書斎に座っても、
蛇に睨まれたカエルのごとく何もできない。

体がこわばるだけで、
「仕事にとりかかる助走」
すらもエネルギーの枯渇により不能になる。

おかしいなぁ。

そういえば、景色が暗く見える。
太陽の光が皮膚に刺してくるようで痛い。
外に出ると人々の話し声が耳に刺さって怖い。
人とすれ違うのが怖い。
、、、いや、人が怖い。

昨日までそんなことなかったのに、
おかしいな。

やばいかもしれない。
2年前の地獄が、目の前にフラッシュバックする。
そういえば、将来の展望が真っ暗に見える。
昨日までそんなことなかったのに。
もうすぐ子どもが生まれてくるというのに、
俺は親になんてなれないに違いない。
俺の将来は真っ暗に違いない。
希望という感情が思い出せない。

、、、動揺し、動転する。

やばいかもしれない。

妻が「うつきくん(我が家では病気のことをそう読んでいる)が、
久しぶりに帰省したのね。
お手柔らかにね。」
と言って、いろんな予定をキャンセルしてくれる。
「はい、しっかり休んで。」
と妻は笑顔で言う。

本人は脳が壊れていますから、
冷静に判断できませんし、
この地獄が永遠に続くと思っていますから、
妻が冷静でいてくれるのは本当に助かります。
すごい人です。

、、、結局私は、
お盆をはさんで約10日間、
ほぼまったく家から出られず、
昼夜逆転し、一日10時間眠り、
起きている間はテレビゲームをするか、
もしくはラジオを聞いて「破壊的思考を停止」させ、
「空白の10日間」を過ごしました。

食欲も低下し体重は2キロ以上減りました。
本はそのあいだ、一冊も読みませんでした。
パソコンも1週間ぐらいは放置しました。
よって、メルマガも書けませんでした。
これが、この10日間の私の、
「地獄へのサマーツアー」の概要です。

「脳が壊れた」という表現は、
鈴木大介さんという人の著書から借りました。
彼はフリーライターという仕事のストレスと激務で、
脳梗塞を患った経験を本にした人で、
この本から私は非常に多くを学びました。

鬱病と脳梗塞は違う病気ですが、
脳の器質的変調を原因として、
感情、判断、記憶、活力などの、
脳の意識機能が変調を来たす、
という意味では驚くほど似ています。

めちゃくちゃ「分かる」のです。
とても良い本でしたので興味ある方は是非。

▼参考リンク:「脳が壊れた」鈴木大介
http://amzn.asia/4ZGfKj8

多少寄り道になりますが、
鈴木大介さんのこの本から、
一部引用します。

〈ですが、僕の仕事は取材記者です。
しかもその取材執筆のテーマは一貫して、
主に社会的に発言の機会を与えられていない弱者を取材し、
彼らの声なき声を代弁するというものでした。
そんな僕にとって、高次脳を負うということは、実は僥倖でもありました。
、、、(中略)、、、
それは鬱病や発達障害をはじめとして、
パニック障害や適応障害などの精神疾患・情緒障害方面、
薬物依存や認知症等々を抱えた人たち。
僕がこれまで取材で会ってきた多くの「困窮者たち」の顔が、
脳裏に浮かびました。
、、、(中略)、、、
そんなかつての取材対象者たちを思い浮かべると同時に、
僕は猛烈な後悔に襲われることになりました。
というのも、「その辛さ」は
健常だった僕が想像していたものよりも遙かに大きく、
長引くもので、取材記者としての僕は本当にそれを
「分かったふりをしてきただけ」だったということに気づかされたのです。
さらに当事者自身がどう辛く感じているのかは、
言語化が極めて難しく、他者にその辛さを説明することが
困難なのだと言うことも痛感しました。
これでは、仕事を失うことも有るでしょうし、
家族の理解がなければ家族崩壊も容易に招いてしまうかも知れません。
なにより苦しいのに分かってもらえないというのは、本当に辛い経験です。
、、、(中略)、、、
ならばこの経験は、
そうして面倒くさくて語る言葉を持たない
社会的弱者の代弁者になりたいと思い続けてきたぼくにとって、
僥倖に他ならないのではないか。
41歳の若さで脳梗塞をやり、
この当事者感覚を得つつ、感じ、考え、書く能力を
喪失せずに済むなどという経験は、望んで得られるものではない。
ならば書くのが僕の責任だ。
彼らに変わってその不自由感や苦しみを言語化するのが僕の使命だ!〉

、、、彼のこの告白は、
いまの私が感じていることと、
驚くほど重なる部分が多いのです。



▼▼▼メビウスの輪の上を歩く蟻▼▼▼

、、、というわけで、
私は10日間ほど地獄に行ってきました。

日本の世間ではお盆というのは、
「彼岸(あの世)から此岸(この世)に、
 魂たちが一時的に帰省するシーズン」
ということになっています。

しかし私はお盆に、
逆に「向こう側」に帰省していたわけです(笑)。

じつは2015年12月に仕事に復帰してから、
このように一週間以上の単位で体調を崩し、
鬱の症状が戻ってきたのは今回が3度目でした。
いちどは2016年の夏ごろ(たしか今頃)。
もういちどは2016年の年末から今年の年始にかけて。
そして今回です。

「盆と正月に向こう側に行く」
というのは本当に帰省のようです笑。
「うつきくん」は、盆と正月に我が家に帰ってくるようです笑。

きっとこれって偶然ではなく、
おそらく「世間が休んでいるとき」をねらって、
帰ってくるのではないかと私は睨んでいます。
というのも、抑鬱状態で仕事ができず、
療養しているときの辛さっていうのは本当に辛く、
インフルエンザを100としたら1000ぐらいに達する、
という人もいるぐらいなのですが、
その1000のうちの300ぐらいは、
「世間は仕事しているのに自分はできていない」
という自責感や劣等感、不全感だと思われるからです。

盆や正月など、世間が「帰省ラッシュで渋滞してます」
みたいなときというのは、その300が、
100以下ぐらいになってくれる。

そのときをねらって、
「ストレスや疲れなどの蓄積によって
 病気の再発を余儀なくされる脳内の部署」
みたいな無意識の領域が、
「いまだ!
 いまならストレスレベルが低く地獄に行けるぞ!」
とGOサインを出しているのではないかと、
私は邪推しているのです。

何の科学的裏付けもありませんが笑。

、、、じゃあ、
いまお前は「こちら側」に帰ってきたのか?
と聞かれたなら、「よくわかりません」
と答えるしかありません。
しかし、少なくとも言えるのは、
今こうしてメルマガ原稿を書けているということが、
「完全な向こう側」ではないことの何よりの証拠だということです。

もちろん万全からはほど遠いですが、
一昨日の礼拝には出席しましたし、
昨日からはコーヒーを淹れる気力も戻ってきました。

本はいまだに10分と読み続けられませんが、
きっとそれも嘘みたいに普通に戻るだろうという、
確かな予感があります。
去年の正月もそうでしたから。

鬱状態とそうでない状態は、
明らかに「連続性」はないです。
周波数のようなアップダウンとは違う。
しかし、「1」と「0」のデジタルな二進法とも違う。

「こちら側」と「向こう側」は、
明らかに違い、断絶しており、
うつ状態の自分は「自分ではない」というぐらい、
自己同一性が保たれないのです。
性格も思考力も思考パターンも何もかも変わります。
「脳が壊れる」わけですから。
しかし、「1」と「0」の間に、
「0.5」があるかというとそうでもない。

「あるとき気付いたら向こう側にいる」という感じに近いです。
うつ状態からの回復もおなじです。
「シームレス」なのですが、「0」から「1」になるのです。

「メビウスの輪」という位相幾何学的に興味深い、
三次元空間内の多様体があります。
作り方は簡単です。
1.紙で細長い帯をつくり、
2.片方の180度回転させ、
3.両端を貼り合わせる。
以上です。

▼参考画像:メビウスの輪
https://goo.gl/jj3rs2

、、、この「メビウスの輪」の上を歩いているアリは、
いちども「境界」をまたいでいないのに、
あるとき突然「裏」にいるのです。

精神疾患への罹患や回復というのは、
私はこれに似ていると思っています。
なので、私はいま「表」にいるのか「裏」にいるのか。
それは分かりません。
分かっているのは、数日前に裏にいたことと、
数日後にはおそらく表にいるだろうということだけです。



▼▼▼ゲームと昼夜逆転の「お盆休み」▼▼▼

、、、というわけでこの10日間ほどは、
知的生産性はゼロでした。
いや、生産性がゼロでした。

何のインプットもアウトプットもしていません。
何をしていたかというと、
妻のアドバイスに従い、
「ひたすら休んだ」だけです。

「ひたすら休む」というのは言うほど簡単ではありません。
この場合のひたすら休むというのは、
旅行に行くとか美味しいものを食べるとか、
レジャーを楽しむと言ったものではないのです。
だって、コーヒーを淹れるエネルギーもなく、
本を2行読む思考力もないのですから。

大事なのは「たくさん寝ること」と、
そして「前頭葉を麻痺させること」だというのが、
私の2年間の療養の結論です。

自律的思考を野放しにしておくと、
それは金持ちの敷地内のドーベルマンのごとく、
自分の腕を食いちぎろうとしてきます。

具体的には絶え間ない絶望感、不全感、無力感、
罪責感、起死念慮、その他諸々の感情が、
自分を呑み込もうとしてきます。

ですから、何もせずにぼーっとしてはいけません。

しかし何かをしようにもその気力がない。
散歩をしようとしても対人恐怖で怖くて帰ってきてしまう。
本も読めない。
テレビも実はあまり見られません。
「世間とのつながりの断裂」を意識してしまいますから、
ときにテレビは劇物になります。

私が到達したのが「ゲーム」でした。
後の「私のゲーム論(アーカイブ)」でも語りますが、
ゲームをしている間、脳は活動を停止してくれます。
脳科学の研究によると、ゲームに没頭している人の脳というのは、
前頭葉の活動が優位に低下しているそうです。
つまり自律的思考がストップしている。
「無思考状態」になれるわけです。

2年前の鬱病療養中にこの法則を発見してから、
ゲームは私の「脳を休ませる」手段として定着しました。

唐突ですが私は「パチンコ規制論者」です。
「三店換金方式」は明らかな賭博行為であり、
それを警察が選択的にお目こぼししているのは、
法治国家としてあるまじき姿だと思います。
また、警察の天下り先にパチンコ関連業界があるというのは、
本当に「恥を知れ」というレベルです。
「カジノ法案」を通すと同時に、
パチンコを撤廃して、法律的な整合性を図ってもらいたい、
と常日頃から私は思っています。

あと、「パチンコマネー」の一部は、
北朝鮮にわたっているのは公然の秘密ですから、
「北のミサイル攻撃はけしからん」と言いながら、
昼間パチンコ屋にいっている右翼オジサンは、
言動がひき裂かれているのです。
だって、そのミサイルのスポンサーはあなたなのですから。
「愛国者」であるそのおじさんが本当にすべきは、
右翼的な政治家に投票することではなく、
ただちにパチンコをやめることです笑。

、、、それはそれとして、
日本はなぜ「パチンコ天国」なのか?

それは、パチンコが、
「おっさんの瞑想」だからだ、
というのが私の「大胆な仮説」なわけです。

つまり仕事でもパッとせず、
家でも居場所がなかったりするおじさんたちは、
最初は「多少のスリルとタバコを吸う場所」を求めて、
パチンコ屋に行くのですが、
それが常習化してくると目的が変わってくる。

「今の世の中の日常の不条理」を、
パチンコをして前頭葉が麻痺している間だけ、
おじさんたちは忘れることができる。
「脳内のニルヴァーナ」がそこに拡がっているわけで、
パチンコはだから、
かつての中国の「アヘン」のようなものなのではないか、
と私は思っているのです。

だから私のようなパチンコ規制論者が、
本当にパチンコを規制したなら、
かつての清国で起きたように、
「アヘン戦争」ならぬ「パチンコ戦争」が起きるかも知れない笑。

何の話しだっけ?

そうそう。

ゲーム。

ゲームは良いです。
世のおじさんたちは、
パチンコ屋で半日で10万円擦ったり平気でしてますから、
ゲームのハードとソフトというのは、
コストパフォーマンス的には最高です。

ゲームの場合、
同じ「脳の瞑想」をしながら、
いちど買ってしまえばランニングコストはかかりませんから。



▼▼▼スティグマと不全感を抱えて生きる▼▼▼

、、、というわけで、
もはやオープニングトークのレベルを超えて、
長々と病気の話しをしてきました。

今更いっても遅いですが、
あまり明るい話しではないので、
お気に召さない方はどうぞ読まずに飛ばしてください。

、、、こんな風に病気のことを私は書いていますが、
病気の当事者が病気のことを書くのは簡単ではないです。
「良く書けるようになったなぁ」と、
自分でも感心しているぐらいで笑。

私はこの分野に関して特殊技能をもっています。
誰かが博士号を授与してくれるんじゃないかというぐらい笑。

なぜ当事者が病気のことを書くのが難しいかというと、
単純に言語化の技術的なこともあるのですが、
たぶん大きな原因は書き手に「メンタルブロック」がかかるからです。

どういうことか。

作家の三浦綾子さんがこういう発言をしているのを、
「国を愛する心」という本で読みました。

→P104 
〈わたしは若い頃、肺結核を病んだ。
長い闘病の末、ようやく療養所を出ることが出来た。
が、社会人の仲間入りをすることは、ひどく不安だった。
体力がない。いつ再発するか分からない。
健康人たちのあたたかい受け入れも、
深い理解も期待できない。
不安だけがいつもつきまとっていたのだ。
そんなわけで、わたしたち療養仲間が話し合う時、
「われわれ前科者は、、」と決まって言ったものだ。〉

▼参考リンク:「国を愛する心」三浦綾子
http://amzn.asia/hUzRZ71


、、、大きな病気を患った人が自分のことを、
「前科者」のように感じるというのは、
本当にそのとおりです。

「いやいやそんなことないよ。」
と健常者の方(一度も当事者になったことのない、
もしくはその自覚がない)は言われるかも知れません。

しかし、病気の当事者にはそのように見えていません。
病気の当事者、そして元当事者は、
いつまで経っても「自分は社会人として十全ではない」という、
不全感をひきずります。

健常者と当事者のあいだで、
認知が非対称なのです。

精神疾患にしても肉体的な疾患にしても、
それが大きなものである場合、「完治」というのは少なく、
多くの場合「寛解」するだけです。
つまり、いつでも再発するリスクを抱えている。

保険会社はそのような人にリーズナブルな商品を、
紹介したくないでしょう。

会社の経営者は「長期病欠のリスクがあると分かっている人」
を、積極的に雇いたいとは思わないでしょう。
「実力」というのは、「能力×エネルギー(体力)」です。
いくら能力が高くても、体力がゼロになるかもしれない人というのは、
「実力がゼロである不良物件」である可能性があるのです。
怖くて一緒に仕事できないと思う気持ちはよく分かります。

未婚者ならば、結婚相手の両親に自分の病歴を隠すかも知れない。
その「隠したい気持ち」を誰が責められるというのでしょう?

「スティグマ」というのは、
病気などに伴う「ネガティブな烙印」のことを言いますが、
大きな病気をしたことのある人、
もしくは抱えて生きていかざるを得なくなった人というのは、
一生、十字架のように、「スティグマ」を背負います。

これは簡単なことではありません。

でも、私は病気になったことと、
病気の経験を語ることを選びます。
「十字架を恥としない」というのは、
私にとってこのことだと思っているからです。

人類の歴史を見ると、
本当に優秀な多くの人も病気になっています。
そして多くの「スティグマという十字架」を負った人たちが、
むしろ歴史を切り拓いてきたと言ってもいい。

だから、恥じることではない。

病気のことを話すと、
そっと距離を置く人もいます。
「こいつは終わった人間だ」という相手の心の声を、
聞くこともあります。

そういう人にはそう思わせておけばいい。

私は十字架を恥じない。
そう決めたので、
病気のことを積極的に言語化しています。

この「病気を言葉にする精神」を、
私は北海道浦河にある「べてるの家」から学びました。
彼らの「命がけの言語化」によって、
私は地獄から帰ってこられたという側面もありますから、
この記事というのは彼らへの恩返し(恩送り?)でもあります。

▼参考リンク:べてるの家の「非」援助論
http://amzn.asia/eV1zbK0

この本の「あとがき」に、
べてるの家の創始者の向谷地生良さんが、
こんなことを書いています。

〈この本は誰かを助けようという意図をもってつくられた本ではない。
もちろん誰かを批判したり、何かを改善しようと計らっているわけでもない。
それぞれがそれぞれの仕方で自分を語り継ぐという作業をしたにすぎない。
、、、(中略)、、、
この本に結論も結果もない。
すべては旅の途中なのである。
ただ願うとすれば、この本に綴られた言葉と出会うことを通じて
津々浦々に多くの語り部が生まれることである。
語ることを通じて、人と人とが新たなつながりを得ることである。〉

、、、私もまた当事者のひとりとして、
私の言葉を触媒として多くの語り部が生まれ、
人と人の新たなつながりが生まれることを願います。
私の話にもまた、「結論も結果も」ないですが。



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働いてみたい企業

2018.02.01 Thursday

+++vol.025 2017年8月8日配信号+++

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
■1 今週のオープニングトーク
今週は「カロリーハーフ」でお送りします。
::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::

▼▼▼夏バテでしょうか?▼▼▼

メルマガ読者の皆様、こんにちは。
これを書いているのは8月7日月曜日の午後ですが、
都内は相当に暑いです。

昨日の午後教会でワークショップを導いたからなのか、
先週の日曜日の戸田での奉仕の疲れがまだ残っているからか、
最近はわりと人と会って話す予定が増えてきているからか、
それともただシンプルに暑いからなのか、
もしくは急激な老化なのか、
あるいは上記のすべてなのか、
原因は定かではないですが、
とにかく脳が思うように働きません。

イメージとしては自動車のエンジンが、
オーバーヒートしているような感じで、
アクセルをべた踏みしても20キロぐらいしか出ない。
ラジエーター関係がイカれているようです。
病気のこともありましたし、
こういうときはあまり出力を上げないのが吉です。

、、、私は学んだのです。

なので、
私の「セコンド」である妻からのアドバイスも鑑み、
今週のメルマガは「超ライト」にしたいと思います。

きっとこの暑さの中、
高密度で濃密な大ボリュームのメルマガを読む、
というのは読む側にとっても書く側にとっても、
不幸なことだと判断しました笑。

今週は「カロリーハーフ」でお届けします。
「週替わりコーナー」と「Q&Aコーナー」は、
まことに勝手ながらお休みとさせていただきます。
ご容赦ください。


▼▼▼働いてみたい企業▼▼▼

、、、という良いわけめいた前置きの後、
今週も「質問カード」いきます。

では、引きます。
今週の質問はこれ。

▼今週の質問:
「能力があれば働いてみたい企業はありますか?」

、、、いい質問ですねぇ。
みなさんはいかがでしょう?

そもそも私は「能力」はあまりありませんので、
「能力があれば」という架空の条件設定はありがたいです。

わりとこういうことを考えるとき、
私は職種や企業イメージよりも、
「どこに住むことになるか」のほうを優先したりします。
あまり多数派ではないですが。

私の(架空の)職業選択の規準の優先順位は、
1.どこに住みたいか?
2.どんな人と一緒に働きたいか?
3.どんな内容の仕事をしたいか?
だったりします。

(じっさいは「0番」に、
 私の信仰と「召命(神の導き)」が加わりますので、
 それがいま私が東京に住んでいる唯一の理由です。
 この条件がなければ東京は住む場所としては、
 「考え得る最後の選択肢」です笑。)

、、、それを踏まえて早速、
思いつく中で、働いてみたい企業を、
挙げていきたいと思います。


1.六花亭(よつ葉乳業)

▼参考リンク:六花亭
http://www.rokkatei.co.jp/

言わずと知れた「六花亭」です。
私は大学時代の6年間を、北海道帯広で過ごしましたが、
六花亭は帯広に本社を構えるお菓子会社です。

十勝平野は甜菜(ビート)という砂糖の原料が沢山収穫され、
そして言わずもがなの、「酪農王国」ですから、
良質な牛乳、バター、チーズ、砂糖が豊富にあります。
その「地の利」を生かして作ったお菓子やケーキは、
道外出身者が度肝を抜かれる価格と品質です。

全国の人になじみが深いのは、
「マルセイバターサンド」でしょう。

▼参考画像:マルセイバターサンド
https://goo.gl/st9afA

、、、そう、あの、バターとレーズンが挟まった、
「おいしいやつ」です。

そう。
たしかにあれも美味しい。
マルセイバターサンド、大好きです。

しかし、北海道に住んでいない人々は、
六花亭のポテンシャルの半分も味わっていない、
と私は敢えて主張したいのです。

六花亭のお膝元である帯広には、
駅前に本店があり、近郊にもいくつかの大型店があります。
これらの店舗に行ったことがないという六花亭ファンは、
本当の六花亭ファンとは言えない、と私は思うのです。

北海道各地にある六花亭の大型店舗には、
飲食スペースがあります。
このタイプの店舗を北海道以外で展開するつもりはないと、
潔くも六花亭は名言しています(カッコいい!)。

、、、で、
この「イートイン」のメニューこそが、
六花亭の「本気」なのです。

ショーケースには、
ショートケーキやモンブラン、
チョコレートケーキや各種タルト、
そしてパフェやソフトクリームなど、
いわゆる町のケーキ屋さんにあるような、
ラインナップが並んでいるのですが、

その「価格と品質」がヤバイ。
東京で有に500円は超えるケーキが、
六花亭では200円台で買えます。
しかも東京のものよりもボリュームがあり、
そして味も美味しい。

当然です。
新鮮な乳製品を使っているのですから。

さらに、コーヒーはサービスで無料です。
マジか。

さらに、これは北海道在住の人でも、
知らない人が多いですが、
六花亭の一部店舗では、「ピザ」が食べられます。
この、六花亭のピザがマジで美味い。
薄いピザ生地に、もっちりとしたチーズが載っており、
バジルはあくまで香り高く新鮮です。
ハサミで切って食べます。

▼参考画像:六花亭のピザ
https://goo.gl/pM2dMs

「十勝スタンダード」では、
ピザのファーストチョイスはピザハットではなく六花亭、
セカンドチョイスはドミノピザではなく「10.4」です。
「10.4」に関してはマニアックすぎるので、
ここでは語らないことにします。

、、、六花亭の企業文化については、
すでに多くの書籍やメディアで紹介されているので、
皆さんもご存じかも知れませんが、
六花亭は、
「お菓子というのは、
人に夢や楽しさを与えるものなのだから、
社員が夢や楽しさを持っていないといけない。
だから社員は人生をしっかり楽しみ、
夢とワクワク感を持って生活して欲しい」
というポリシーをかかげていて、
社員の福利厚生や、
有休取得に非常に積極的に取り組んできています。

会社が積極的に社員に、
「休みを取って遊べ」と言う。
その「遊び」のなかに、人々に夢やワクワクを与える、
インスピレーションや活力が隠れているはずなのだから、、、
というわけです。

しかも、北海道に住める!

なんてすばらしい企業なのでしょう。
もう一度人生があったら、
六花亭の社員は「アリ」だなと思っています。

私は大学生のとき、
一定期間、本当に六花亭に、
就職することを考えた時期があります。

、、、ほぼ同じ理由で、これも北海道の乳製品製造業の、
「よつ葉乳業」への就職を考えたこともあります。
獣医師の募集は、食品衛生がらみで、
一定数ありますから、これらの企業への就職は、
いまでも0.5パーセントぐらい諦めていない、
というところがあります(笑)。

まぁ、40がらみの私にとってのこの手の妄想は、
オタクのおじさんが、
「まだアイドルとの結婚を諦めていない」
といってるのと同じぐらいの確立の低さですが。


、、、さて、5つ挙げたのですが、
ここで説明する脳の活力が枯渇しましたので、
2位から5位までは、説明は割愛し、
列挙するにとどめます。

2.十勝毎日新聞社(帯広)

3.キングジム(またはコクヨ)(東京都)

4.YKK(富山県)

5.琉球大学(沖縄県)

、、、という感じです。
説明が中途半端ですが、
以上!!

みなさんはどんな企業にでも就職できるとしたら、
どんな会社で働いてみたいですか?




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