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伊那からの手紙

2017.12.21 Thursday

+++vol.019 2017年6月27日配信号+++

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
■2 紀行文「○○からの手紙」

仕事柄、私はけっこうさまざまな土地を
訪れることが多いです。

紀行文「○○からの手紙」は、
私が自宅を離れて、全国津々浦々、
あるいは海外の各地を訪問したときに、
そこで体験し、考え、触れ、見たことを、
報告するという、そのままの内容。

離れたところから絵はがきを送るように、
海外や国内各地から皆様に、
お手紙を送らせていただきます。
::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::

▼▼▼素晴らしき伊那▼▼▼

今日の紀行文は、「伊那からの手紙」です。
私がはじめて伊那を訪れたのは、
たしか2009年のことです。

今も一緒に働きをしている、
神田師とともに、当時は別の援助団体のスタッフとして、
この地を訪れました。

そのときに空いた半日ぐらいを使い、
牧師の水野先生が車で、「伊那市観光」に、
私たちを連れ出してくださいました。

そのときに直観しました。
「ぼくはこの土地が好きだ。」と。

「日本にはまだまだ私の知らない、
こんな魅力的な土地があったんだ。」と、
私は新鮮な感動を覚えたのです。

北海道、九州、四国、沖縄といった、
「本州以外の島々」の土地をのぞけば、
「私が日本で一番住みたいと思う場所」は、
もしかしたらここかもしれない。

それほどに私は伊那に魅了されています。

信州(長野県)というのは、
そもそも山岳地方で、空気がきれいで、
山に囲まれていて、水が美味しくて、
夏が涼しくて、おしなべて良い場所であるのは、
皆さんもご存じのとおりかと思います。

しかし、伊那というところはその中でも、
他にはない良さを沢山兼ね備えているなぁと、
私は思っているのです。

伊那は長野の中でも南側にあり、
静岡県に流れる天竜川が流れており、
ちょっと移動すれば豊橋からつながっている、
「飯田線」があることからもわかるとおり、
「文化圏」でいうと、静岡とか東三河と、
通底するところがある。

だから文末に「ら〜」がつく、
静岡弁や三河弁とも言葉が似ています。
「言葉は思想そのもの」ですから、
人の考え方も長野県の中では、
静岡や三河地方に近い。
(水野先生もそうおっしゃっていました)

静岡や三河地方というのは、
典型的な温暖海洋性の気質で、
「おっとりのんびりした」人柄で知られています。

私も母親のルーツはそこにありますから、
そういった人柄との相性は良い。
*父親のルーツは九州の佐賀県です。

あと、なんといっても、
伊那の素晴らしいところはその景観です。

伊那は南アルプスと中央アルプスという、
二つの山脈に挟まれた「盆地」です。
日本の太平洋側の多くの地形というのは、
特に愛知県や兵庫県なんかがそうなのですが、
山があってすぐに海があります。
山と海の間に挟まれた三角州や沿岸部の狭い平野に、
密集して居住している、というのが日本の、
「太平洋ベルト」の人々の地理的条件です。

そういった地形というのは、
「山が近い」のです。
海と山がいつも見えているのだけど、
「近い山」なので、少し圧迫感がある。

伊那の場合、ある程度広い平野があり、
かなり離れた場所にアルプスがあるので、
「遠くにある定点としての山脈」がいつも見えている。

それが「人々の暮らしを見下ろす」ような構図になっています。
そういう「定点としての山」に私は非常に安心するみたいです。
なぜかは分からないけど。

北海道帯広に住んでいた頃は、
北に十勝岳、西に日高山系が常に見えていて、
それが私の精神の安定に、深いところで寄与していた、
と今は思うのです。

この安心感は「東京スカイツリー」には、
残念ながらありません。

「スカイツリー」とか、
新宿のビル群って、
逆に人の心に不安を与える作用があるように、
私には思われるのですが、
違うのかな?
あれで安心する人もいるのかな?
よく分かりません。

、、、余談でした。

え?

富士山?

それも違います。

富士山は、やっぱり「見下ろす山」
というのとも違うんだよな。
あれは「見上げる山」です。

、、、私の好きな詩編に、
詩篇121篇1〜2節の、
「私は山に向かって目を上げる。
 私の助けは、どこから来るのだろうか。
 私の助けは、天地を造られた主から来る。」
というのがありまして、
まさに「遠くから見下ろす山」は、
「その向こうに創造主がいる」という安心感を、
私に与えてくれるのです。

「あの山よりも、さらに確実なお方が、
 私を助ける私の神なのだ。
 だから安心して大丈夫だ。」と。

▼参考リンク:信州伊那アルプス街道
http://www.inacity.jp/kankojoho/koen/shinshuinaalpskaido.html



▼▼▼伊那グルメ▼▼▼

、、、さて。

伊那の素晴らしいところは他にもいっぱい語れるのですが、
先を急ぎ、「各論」に入って行きたいと思います。

まずはやはり「グルメ」でしょう。

伊那に到着した先週の水曜日、
水野先生は私たち夫婦に、
「食べ過ぎないことが不可能」なほどに、
美味しいごちそうを用意してくださいました。

ちなみに水野先生が淹れる日本茶は、
「日本一美味しい」です。

これはお世辞とか誇張表現ではなく、本当に。

いまだかつてあれ以上に美味しい日本茶を、
私は飲んだことがない。

飲んだ後「二度見」してしまう日本茶は、
水野先生が淹れたお茶だけです。

なんというかお茶の「コク」があり、
「出汁」にもにたような複雑な味がある。
味が重層的なのです。

あれはマジで美味しいです。

▼参考画像:「お茶」
http://www.fukamushi-cha.com/gp_data02/how_to_010.jpg

(この画像、いるか笑?)


、、、水曜日のごちそうの話しに戻りまして、
その中でも信州の郷土料理として、
私が生まれて初めていただいたのが、
「鯉のうま煮」というものです。

鯉って、あまり食べる魚というイメージがないのですが、
信州地方では昔から食べられていたそうです。
信州は山岳地方なので「タンパク源」は貴重です。
だからイナゴを食べたり蜂の子を食べたりする文化もある。

鯉を含め淡水魚も信州では大切な淡白源ですから、
昔から食べられています。
そして昔から食べられているだけあって、
その調理法も洗練されています。

「鯉のうま煮」は、鯉を縦に三枚に下ろすのでなく、
横に輪切りにして、その空洞に、
鯉の肝臓や卵巣などの内臓がぎっしり詰まっている。

▼参考リンク:鯉のうま煮
https://goo.gl/Lex1jq

、、、これは昔から長野地方では、
赤ちゃんが授かったときに妊婦が栄養をつけるために、
食べていたものだそうで、10月に出産予定の私の妻を気遣い、
水野先生が用意してくださいました。
そのお心遣いに痛み入りました。

味は、端的に、「めちゃくちゃ美味しい」です。
白身の魚なのだけど、いわゆる淡泊な白身とは違い、
しっかりとした「コク」があります。
筋繊維が密なためか歯触りもなめらかかつ「こっくり」していて、
味が濃厚な内臓も込みで、魚というよりも、
「美味しいカニ」を食べているような味わいがありました。

夢中で平らげました。


次なる「伊那グルメ」は、
「駒ヶ根名物ソースカツ丼」です。

元祖のお店がこちら。

▼ソースカツ丼「明治亭」
https://tabelog.com/nagano/A2006/A200602/20009328/

もう一店、有名なところがあり、
それがこちら。

▼ソースカツ丼「ガロ」
https://tabelog.com/nagano/A2006/A200602/20000041/

水野先生に「明治亭」に連れて行っていただき、
そして、別の日に私たち夫婦は「ガロ」に行きました。
どちらも美味でした。

「明治亭」の主軸メニューのカツはロース、
「ガロ」はヒレ肉です。
どちらもパン粉の大きさやカツの切り方、
盛り付け方に個性があり、
それぞれに考えられたオリジナルソースがかかっており、
甲乙付けがたい。

「ガロ」はとにかく量が多く、
「SNS映えする盛り付け方」も相まって、
こちらのほうが行列店らしいのですが、
私も妻ももう一度行くなら元祖の「明治亭」だ、
ということで意見の一致をみました。


、、、あと、長野には、
「すずらん牛乳」という牛乳のブランドがあるらしく、
そこがソフトクリームも展開しています。

これも2度味わいましたが、
めちゃ美味しいです。

牛乳の味がしっかりして、
北海道の牧場とかで売ってるやつに、
匹敵する美味しさです。

▼すずらん牛乳ソフトクリーム
http://www.suzuran-h.co.jp/


、、、おまけ。

今回はまだ味わってないですが、
伊那のグルメは他にもあります。

有名な「いなごの佃煮」。

▼いなごの佃煮
https://goo.gl/MW6rq9

あと、「ざざ虫」という、
岩の裏にくっついている虫や、
蜂の幼虫「蜂の子」なども、高級食材です。
私は虫を食べることはあまり抵抗ありませんので、
いなごなんかは特に、めちゃ美味しいと思います。

スーパーで普通にパック売りしていますので、
買って帰るつもりです。


、、、ソースカツ丼に隠れて、
あまりスポットライトがあたらないのが、
「ローメン」という食べ物です。

焼きそばとラーメンとジンギスカンを、
足して3で割ったような食べ物です。
2009年に来たときにいただいた記憶がありますが、
あまり記憶に焼き付いてはいない(笑)。

美味しかったのは間違いないのですが、、、笑。

▼参考リンク:「ローメン」
https://icotto.jp/presses/346



▼▼▼蛍の群生▼▼▼

先週の金曜日の夜、
水野先生が夜のドライブに誘ってくださいました。
その目的地は、伊那市の隣にある辰野町というところです。

何のため?

じつはここは、「蛍の群生」で有名な町なのです。

▼参考リンク:辰野町「ほたる祭り」
https://goo.gl/FB8JW

町を挙げて「ほたる祭り」というのをやっていて、
伊那市から20分ぐらい車を走らせ、
辰野町の山が見えてくると、
山に「巨大な蛍」が。

京都の「五山の送り火」というのがあって、
山に「大」の字が描かれる映像を、
皆さんも見たことがあるかと思うのですが、
あの「大」が、「蛍の絵」なわけです。
精度には限界がありますから、
下手をするとゴキブ、、、
、、、なんでもないです。

、、、で、それを見ながら、
ワクワクは高まるわけです。

伊那で41年伝道牧会をしてこられた、
水野先生ですら一度も行ったことがなかったそうで、
周囲の人から「あれは一見の価値がありますよ」と、
行くように勧められていたのですが、
なかなかきっかけがなくて行けなかったそうです。

、、、で、私たちという、
「きっかけ」が現れた。

それで実現したのが金曜日の夜のドライブです。
山に現れた「巨大ゴキ、、、蛍」を見ながら、
ワクワクしながら、「蛍まつり」が行われるという、
「群生スポット」に入りました。

平日なのに、駐車場には100台前後の車が止っています。
500円の入場料(蛍の保全のために使われる)を支払い、
私たちは胸を高鳴らせました。

中に入って20メートルぐらい歩いたところで、
いるわいるわ。

蛍が。

どちらを向いても5〜10匹の蛍が光っています。
全長300メートルぐらいあるコース内は、
すべての灯りを消していますから、
とってもきれいに蛍が見えます。

「うわぁ〜、こんな数の蛍、
 今まで見たことないわ〜!」

「本当にきれいだねぇ〜!」
などと感動しながら、
私たちはそこで15分ほど蛍に見とれていました。

「いやー、来て良かったねぇ。
 本当に一見の価値がありましたね!!」
とかはしゃぎながら。

しかし、他のお客さんは誰も、
私たちが感動しているポイントでは立ち止まらず、
「人の群れ」は、さくさくと先を急いで行きます。

「みんなそんなに急がなくても良いのに。」
「ゆっくり見ていけば良いのに。」

と思いつつ、先行く人々に着いていきました。
狭い道を通り抜け、視界が一気に開けるところがあるのですが、
そこに出た瞬間、息が止りました。

信じられないほどの、
おびただしい数の蛍が、
視界一面に拡がっていたのです。

▼参考画像:蛍の群生
https://goo.gl/14zS8q

一応辰野町の蛍祭りで撮影された画像をリンクしましたが、
写真では表現不能です。

映像化不可能。

視界一面、蛍です。
プラネタリウムや田舎の夜空の星のように、
何千、何万という蛍が、視界一面に拡がっている。
足下に沢が流れていてそこに蛍が群生しているのですが、
辰野町はその3メートルぐらい上に「ウッドデッキ」を、
設けているので、足下に「光の川」があるように見える。

本当に。

神戸や香港や函館の夜景を見て、
私たちは魅了されます。

「蛍の夜景」はさらに魅了されました。

その「光の川」は、夜空の星のようでもあり、
香港の夜景のようでもある。
しかし、夜景とも夜空とも違う。

蛍は生物ですから、
何万匹という蛍の点滅は、
「有機的」なのです。

あれは求愛行動ですから、
昆虫の群れは互いに意思疎通しあっていて、
光の川に「波動」があるのです。

東京ドームの観客の「ウェーブ」のように、
パルスのように光の波がが、
視界の右から左へ、順番に「さーっと」光っていく。
「光の脈動」です。

あれは本当に、ずーっと見ていられる。
夜景は10分で飽きますが、
蛍は時間制限がなければ、
私はあそこに2時間は平気でいられたと思います。

私たち3人は言葉を失い、
そこに1時間ほど、釘付けになっていました。

今までの人生で見た蛍の数の、
有に100倍、もしかしたら1000倍の蛍を、
私は一度に見たのです。

圧倒されるとはあのことです。
「一生の思い出」が出来ました。

あの美しさはスマホにも収まりませんし、
高価なカメラを使っても上手く表現出来ないはずです。
つまり、「SNS映え」しない。
だからこのぐらいの客足で収まっているのであり、
これがもし「SNS映え」したら、
シーズンには世界中から何十万人という人が、
これを見るためだけに集まるでしょう。
間違いなく。

それほど「桁外れの観光資源」です。
あれは本当に一見の価値がある。
グランドキャニオンにも匹敵すると私は半ば本気で思う。

、、、でも「SNS映え」しないゆえに、
爆発的に拡がっていない。
世界がまだこのすごさに気付いていない今はチャンスです。
あれを見るためだけに海外から来た人も、
満足して帰って行くすごさがあります。
蛍には「シーズン」(6月いっぱい)があり、
なかなか休みのタイミングが合わなかったりするかもしれませんが、
日本に住んでいるのなら、チャンスがあれば死ぬ前に一度見ることを、
敢えて強くお勧めします。

まったく計算外でしたが、
あの蛍を見られただけで、
「この時期に夏休みを取って本当に良かった」
と思いました。



▼▼▼伊那食品工業▼▼▼

伊那食品工業については、
たしか2009年に初めて伊那を訪れたときに、
水野先生に教えていただき、ブログにも書いた記憶があります。

通称「かんてんぱぱ」とも呼ばれる伊那食品工業は、
伊那市では知らない人のいない企業です。

「世界でいちばん大切にしたい会社」という本がありまして、
日本中の「社員を大切にする」「地域社会に貢献する」、
「障害者が生き生き働いている」といった、
ユニークな経営哲学で社員、顧客、地域社会に満足をもたらし、
なおかつ収益を上げ続けている大小の会社が紹介されており、
ベストセラーになりました。

その「第一巻」に掲載されているのがこの、
「伊那食品工業」です。

▼「日本でいちばん大切にしたい会社」坂本光司
http://amzn.asia/1A49QNn

▼「リストラなしの『年輪経営』:
いい会社は『遠きをはかり』ゆっくり成長」塚越寛
http://amzn.asia/1B00ksm

7年前に私はこの二つの本を読み、
感銘を受けました。

社長の塚越さんは伊那出身の苦労人で、
彼は「いい会社」をつくろう、という理念で、
創立以来「48年連続増収増益」という記録を2008年に達成した
「奇跡の会社運営」は数多くのメディアにも取り上げられています。

塚越さんの「いい会社」の定義は、
「儲かる会社」のことではありません。
・顧客にとっていい会社。
・社員にとっていい会社。
・地域社会にとっていい会社。
・自然環境にとっていい会社。
といった重層的な意味がある。

だから伊那食品工業は社員を大切にしますし、
顧客を大切にしますし、地域社会を大切にします。

その経営哲学が如実に表れているのが、
伊那食品工業の社屋でして、
ここは観光客や市民に対して開かれており、
誰でも訪れることが出来ます。

中では工場見学も出来ますし、
身体測定も出来る。
カフェやレストランもありますし、
「かんてんぱぱ」の商品を買うことも出来る。
地元の芸術家の美術館と常設写真展もあり、
一日楽しむことが出来る。

中の木々や花、芝生などはすべて、
社員によってよく手入れされていて、
まるで「北海道大学のキャンパス」かのような、
心安まる憩いの場となって市民を癒しています。

私たちも芝生でサンドウィッチを食べながら、
気持ちの良い午後を過ごし、
「本社限定のかんてんぱぱ製品」をお土産に買いました。

あと、敷地内をあるいているときに、
塚越社長とすれ違いました。
いろんな本や雑誌で写真を見たことがあったので、
本人を見て感動しました。

こういう経営者が、
日本のビジネス界でさらに大きな影響力を発揮していくことで、
日本の社会はもっと「いい社会」になっていく可能性がある、
と思うと前向きな気持ちになります。

塚越社長は生きながらにして「偉人」の領域に、
片足をつっこんでいる、と思いました。



▼▼▼ローカルテレビ局に取材されました▼▼▼

、、、というわけで、
伊那の魅力を全力でお伝えしてきました。

新宿バスタから3時間半、
片道3,500円で行ける伊那は、
素晴らしい魅力に満ちた場所です。

あと、これはオマケですが、
水野先生が宝剣山という、
駒ヶ根山の「日本一高所にあるロープウェイ*」に、
乗っていく場所に連れて行ってくださいまして、
そこで「ある出来事」が。
*標高2,600メートル。

地元のテレビ局、信州放送の報道番組の撮影をしていて、
そのクルーにインタビューされました。

7月1日(土)に放送される番組で、
「これから来る信州の山の季節の魅力」を伝える、
という主旨だそうです。

その番組がこちら。

▼参考リンク:信州放送:土曜はこれダネ!
https://www.nbs-tv.co.jp/koredane/

なんとその日の夕方のニュースで私たちのインタビューは、
さっそく使われていたらしく、水野先生の親戚のお子さんから、
電話があったそうです。
「おばちゃん夕方のニュースで映ってたね」と。

私と妻はローカル局の女子アナウンサーにマイクを向けられ、
「どこから来ましたか?」
「伊那の魅力は?」
「この景色を見て感想は?」
などの質問をぶつけられましたが、
カメラを向けられると、
人っておどろくほど普通のことしか言えませんね(笑)。

そもそも「面白いこと言う」みたいなのは、
求められていない文脈なので「それが正解」なのですが、
自分でも不思議なほどにありふれた言葉が出てきます。

あと、そこで長尺でしゃべられても困るだろうな、
と思うので、10秒以内にコンパクトに。

テレビに普段出ている人は、
「テレビ用の発言のサイズ」とか考えながら、
こういう気持ちでカメラを向けられているんだ、
という勉強になりました。

なるほどね、と。
難しい世界だなぁ、と。

撮影に協力してくれた「お礼」にと、
プロのカメラマンが私たちのデジカメで、
記念写真を撮ってくれました。

仕上がりを見て「さすがプロ」と思いました。
素人には取れない構図の巧さです。
自撮り棒とはまったく違う。

その写真がこちらです。

▼参考リンク:宝剣山にてプロが取った写真
https://goo.gl/g47Qan

、、、という、
伊那での休暇の前半のご報告でした。
今週末は安曇野に移りそこで奉仕して、
来週のはじめに東京に戻ります。

後半はあまり出かけずひたすら読書する予定ですので、
来週は「紀行文」は多分書きません。

以上、私たちの夏休みの「お裾分け」でした。
私たちは今年は世間より早い時期の夏休みでした。
(あ、でも去年もちょうど今頃だったな。)
皆様も、これからいろんな時期に取られるかとは思いますが、
それぞれ有意義な休暇をお過ごしください。




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フィリピン・バギオからの手紙

2017.11.09 Thursday

+++vol.013 2017年5月16日配信号+++


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
■2【新コーナー】紀行文「○○からの手紙」

新コーナーです。

私は国際NGOという仕事柄、
けっこうさまざまな土地を訪れることが多いです。

紀行文「○○からの手紙」は、
私が自宅を離れて、全国津々浦々、
あるいは海外の各地を訪問したときに、
そこで体験し、考え、触れ、見たことを、
報告するという、そのままの内容。

離れたところから絵はがきを送るように、
海外や国内各地から皆様に、
お手紙を送らせていただきます。
::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::

▼▼▼ヴォルテア牧師とCRFV▼▼▼

今、私はフィリピンのバギオにある、
CRFVという現地のNGOの、「寮」の一室で、
これを執筆しています。

1995年に創立されたCRFVは、
数あるキリスト教理念に基づくNGOの中でも、
非常にユニークな働きをしています。

この働きを開始したヴォルテア牧師は、
バギオでも「名士」の家の出で、
彼の祖父母は古くから知られる
「いちご加工品工場」を営んでいました。

現在CRFVの寮、
兼、事務所、兼ヴォルテア牧師の自宅、
兼、日曜日に地域に向けて開かれた集会場は、
すべてヴォルテア牧師の、
祖父母の代からの持ち物です。

私が今いる寮の二階は、
かつて「工場」だった場所を改造しているため、
梁がむき出しだったり、
電気のスイッチがあり得ない場所に着いていたり、
採光用の窓が少なくて、
昼間でもトイレに自分の小便が名中しているかどうか、
認識出来ないほど暗かったりします。

ヴォルテア牧師の兄弟は8人いるらしく、
兄弟たちは弁護士になったりビジネスマンになったりして、
けっこう成功しています。

特にお姉さんはやり手の弁護士で、
ヴォルテア牧師の影響でプロテスタントに改宗したため、
CRFVの働きにも賛同してくれていて、
非営利団体のCRFVに結構な資金援助を
してくれたりしているそうです。

ヴォルテア牧師本人はというと、
かなり劇的な人生を歩んできました。

彼は大学で法律を学んだ後、
麻薬中毒者になりました。
そして、法律の知識を駆使して、
麻薬の売買でお金儲けをしていました。

、、、娘さんがいたのですが、
その娘さんが脳腫瘍になってしまいます。
アメリカで受ける手術のために、
親戚からお金をかき集めたのですが、
それをギャンブルですってしまった。

自己嫌悪に陥り、
自殺をしようとして病院の駐車場の車にいたとき、
3名の女性が近づいてきてこういった。
「私たちは神からあなたに話しかけるように言われました。」

彼はその出来事によって神との邂逅を経験し、
バギオに戻ってきて麻薬中毒者やスリや麻薬売人に、
イエスの愛を伝えはじめました。

それが90年代初頭のことで、
そのころ彼は30代中盤です。

その後娘さんは亡くなってしまい、
奥さんとも離婚しました。
今の奥さんとは再婚で、
22歳になる息子さんは奥さんの連れ子です。

バギオでの麻薬中毒者への彼の宣教は多くの実を結びました。
現在バギオにいるプロテスタントの牧師の半分ぐらいが、
彼の訓練を受けたヴォルテア牧師の「弟子たち」だそうです。

95年ぐらいから働きの性質が変化しまして、
警察官に向けて「職業倫理」の、
セミナーを依頼されたのをきっかけに働きが展開し、
時のラモス大統領時代の大統領府から、
政府職員の汚職撲滅のための、
セミナーや講習会を依頼されるようになります。

それ以降、
フィリピン各地に常時チームを派遣して
訓練会を開催するようになり、
現在では毎年合計すると、
1万人〜3万人の参加者があります。

私の滞在期間中はひとつのチームが、
ミンダナオ島に派遣されていました。

ミンダナオはイスラム教が多い島として有名で、
参加者の公務員たちも殆どがイスラム教徒です。

しかし彼らが「誠実、公正、勤勉などの価値観」と、
それを可能にする全能者の助けを口にすると、
涙を流して悔い改め神に立ち返る人もいるそうです。

、、、さらなる働きの詳細は、
次回の紙媒体およびPDFの、
活動報告の手紙に書きます。

アップロードしましたらメルマガでも報告しますので、
ぜひ御覧下さい。

▼参考リンク:PDF版「陣内俊Prayer Letter」
http://karashi.net/carrier/catalyst/jinnai/NL.html



▼▼▼汚職撲滅の活動▼▼▼

、、、フィリピンという国は、
皆様もご存じのとおり、
スペイン領から近世が始まります。
その後、1898年に起きた、
「米西戦争」でスペインが敗北し、
フィリピンはアメリカの影響下に下ります。

さらに1900年代初頭は、
私たちもよく知るとおり、
日本の「大東亜共生圏」に組み入れられ、
一時的に日本の支配下におかれます。

第二次世界大戦で、
「レイテ」「ルソン」「ミンダナオ」などの、
フィリピンの島々が戦地として登場するのは、
米国が日本からフィリピンを取り戻すために、
そこで地上戦を戦ったからです。

話を少し戻しまして、
フィリピンという国の基本的な部分は、
スペイン領の時代に作られていますから、
その文化は「カトリック圏」といえます。

統計上も、約80%がカトリック、
10%がプロテスタント、
残り10%がイスラムなどその他、
となっています。

ここで詳述することは不可能なのですが、
めちゃくちゃ大づかみな話として、
世界中で「カトリック圏」というのは、
不正と汚職の問題と、貧困がつきまといます。

それに対し、プロテスタント圏は、
豊かな国が多く不正や汚職の度合いが低い。

日本がプロテスタント圏ではないのに、
不正も汚職も少なく、その勤勉さはまるで、
マックス・ウェーバーが、
「プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神」
で指摘した、「勤勉革命」そのものです。

これは近現代世界史の七不思議のひとつと言って良く、
さまざまな人がこれについて研究していますが、
山本七平の「日本資本主義の精神」という本が、
もっともわかりやすいです。

山本氏は、鎌倉時代の親鸞の
「鍬の一ふりは念仏なり」というところから、
鈴木正三や石田梅岩などの、後期江戸の儒学者につらなる、
「宗教心と職業倫理の連動という伝統」が日本にはあり、
それが明治以降の欧米化によって、
「プロテスタンティズムの倫理」と共振現象を起こし、
異例の最速な近代化という世界史的なエポックを作ったのだ、
と看破しています。

▼参考リンク:
「プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神」
マックス・ウェーヴァー
http://amzn.asia/fTExaID

▼参考リンク:「日本資本主義の精神」山本七平
http://amzn.asia/ad7K3mN


、、、話を戻します。

フィリピンはですから、
他のカトリック圏の例に漏れず、
不正と汚職の問題を抱えており、
これが国全体の生産性を著しく低下させ、
国力を損なっていることを政府も自覚していますから、
ラモス大統領時代に「不正を防ぐ委員会」が設立された。

CRFVは彼らと20年におよぶパートナーシップ関係を構築し、
2000〜2002年には、
「最も優秀な汚職防止活動」に選ばれました。

ヴォルテア牧師は言います。
「フィリピンはクリスチャンの国だが、
クリスチャンの価値体系は実践されていない。
私たちがあらゆる宗教背景からなる公務員に、
誠実、公正、正直、勤勉などを教えるとき、
それは福音を語り直しているのに他ならない。」と。



▼▼▼バギオの街▼▼▼

またCRFVの話になってしまいましたが、
働きのことはプレヤーレターに譲るとして、
ここでは8日間滞在したバギオの街や、
見聞録を書き記すことにしたいと思います。

「バギオからの手紙」または、
「バギオからの絵はがき」のつもりで、
お読みいただければ幸いです。

まず、バギオの街というのは、
人口が約25万人、街のサイズは、
半径10キロぐらいという、
かなりコンパクトな街です。

マニラから北にバスで5〜6時間でつきます。
高速バスは毎時間運行しており、
料金は700ペソ(1400円)ぐらい。

バスにはフリーWiFiがついており、
時折道の穴で「ガタンっ」となって
びっくりする以外は、かなり快適です。

標高が1,400メートルとかなり高いため、
マニラの気温が40度ぐらいあるときにも、
30度を切る、「避暑地」でもあります。

マニラはちなみに、
地獄のサウナのように暑く、
真夏の本州の大都市以上に高温多湿な場所を、
今のところ私は他に知りません。

なので夏の期間は大統領府はバギオに移動します。
これを「サマーキャピタル」といいます。

日本で言うと、
7月〜9月は内閣府が軽井沢に引っ越します、
みたいな話です。

街は山間部にありますから、
どこにいっても「坂だらけ」で、
ここに暮していたらかなり心肺機能が発達するのではないか、
と私は想像しました。

日本なら長崎と同じです。

CRFVの場所も、50段以上ある階段を上り下りしないと、
ストリートに出ることができないため、
それだけでかなり良い運動になります。

、、、酸素も少し薄いので、
息が上がります。



▼▼▼乗り物について▼▼▼

、、、バギオに限らず、
フィリピンを旅行したことのある方はご存じかと思いますが、
乗り物は「ジプニー」が有名です。

ジープの後部を改造し、
全部で最大20人(ぎゅうぎゅう)ぐらい、
乗れるようにした「乗り合いタクシー」です。

料金はかなり安く、
通常のタクシーだと150ペソ(300円)ぐらいの区間を、
10ペソ(20円)ぐらいで行けます。

インドの「オートリキシャ」や、
タイやベトナムの「トゥクトゥク」は、
ホンダの名作、「スーパーカブ」を改造したものなのは、
有名な話ですが、
ジプニーはもともと何の車種なのかが気になって、
ヴォルテア牧師に聞いてみました。

すると、ジプニーは実は、
どの車種でもなく、米軍のジープの払い下げだそうです。

それが今も走っている。

すごくないですか?

先の戦争の遺産が、改造に改造を重ね、
原型をとどめず21世紀の市街地を走っている。

おそらく動力部分も含めて、
当時の部品はあらかた取り替えられているのではないか、
と思われます。

なんせ70年経っているわけですから。

すべての部品が「入れ替わった」自動車は、
果たしてもとの自動車と同じなのだろうか、
という「哲学的な問い」を思い出させます。

この問いの答えは、
「自動車という物質は別物だが、
 自動車というシステムは保存されている」
になります。

、、、人体も同じです。

、、、話を戻します。

ジプニーはその装飾も有名で、
こういうところに国民性が出ます。
なんていうか、南国の昆虫のようにケバケバしい、
「トラック野郎」のトラックが日本にもありますが、
それをさらにケバケバしくした感じです。

赤、青、紫、黄色、金、銀、ラメ、ホログラム、
あらゆる色彩で身をおおった米軍払い下げのジプニーは、
果てしなく陽気で、あくまでもカラフルです。

クリスチャンの国らしく、
バンパーに「Jesus is Lord」なんて書いてあったりします。
ときどきキティちゃんの絵だとか、
ドラゴンボールのなり損ないみたいな、
ジャパニメーションを意識した絵が描かれていたりもします。


▼参考写真:「ジプニー」
https://goo.gl/GyxNSA



▼▼▼買い物の話▼▼▼

今回の滞在で、
CRFVの働きの視察以外でもっとも面白かったのは、
市場を歩けたことです。

私は海外に行き、
ホテル以外のところに宿泊し、
誰か人にお世話になるときは、
たいていその地で「日本料理」を振る舞うようにしています。

これは8年前ぐらいから私がはじめた習慣で、
どこに行っても大変喜ばれますし、
会話も弾み、距離が縮められます。

アメリカ、インド、アフリカ、、
いろんな場所で日本料理を振る舞う回数を重ね、
だんだん分かってきたのは、
「現地では入手不能な代替不能な材料」が日本食にはあり、
それらさえ持っていけば、あとは現地の材料で代用可能、
ということです。

その「代替不能な食材」とは、
端的に言いますと「出汁」と「醤油」です。

この二つがあれば、
世界のどこにいても大抵の日本食は作れます。
親子丼も、牛丼も、天ぷらも、お好み焼きも、
焼きそばも、チャーハンも、コロッケも作れる。

今回はカレーも作りたかったので、
本だし(粉末)、醤油(100ミリリットル)、
カレールウ(2箱)、コンソメキューブ(5個)を、
持参しました。

そして滞在中、
鳥の生姜焼きと、
ポークカレーの二種類の料理を作りました。
カレーは20皿分という、
あまり作り慣れていない量だったので、
よくある「子ども会のカレー」みたいに、
ちょっとシャビってしまいましたが、
どちらも大好評でした。

日本で自分のキッチンで作るのが100としたら、
85点以上には持って行けるようになった。

、、、で、その買い出しのために、
バギオの市場にいったのですが、
それがめちゃくちゃ面白かった。

まず、当然かもしれませんが、
野菜がめちゃくちゃ安いです。

タマネギ1キログラムで70ペソ(140円)とか、
にんじん1キログラム60ペソとか、
日本で買うのの5分の1ぐらいで買えます。
なんだか「ウハウハ」してきます。

肉もあり得ないぐらい安い。

豚バラ肉ブロックが1キロ220ペソ(440円)、
牛肉のステーキ肉1キロ300ペソ(600円)、
鶏もも肉1キロ180ペソ(360円)とか、
そんな感じです。

市場を歩いていると、
料理のイマジネーションが広がって止らなくなる。
日本なら高くて躊躇するような食材が、
激安で手に入りますから、
「これとあれを買えば、たった500円で、
 あれが作れちゃうじゃないか!
 素晴らしい!!」
みたいに。

バギオには3カ所ぐらい日本料理屋があるそうですが、
4店目を私がはじめるのもアリかな、
と妄想してみたりして笑。

市場でもっとも面白かったのは、
「精肉コーナー」でした。

なんていうか、
市場の精肉コーナーは、
日本のそれとは違い、
「解体現場」そのものです。

切り離された豚の頭、牛の頭、牛や豚の手足、
胃袋、腸、肝臓、心臓、腎臓、脾臓、肺、
そんなものが「まんま」の形で陳列されています。

私は以前、食肉衛生検査員として、
食肉処理場で働いていましたから、
「既視感」がハンパない。

世界でも動物の内臓を食べることで知られる日本ですら、
脾臓や肺や腎臓は食べませんから、
私は前職を退職して、
9年ぶりに「動物の脾臓と肺」を見ました。

「つぶしたて」の動物の内臓の、
湯気を放つ熱気とその生臭さ、
血まみれ肉まみれのステンレス製の机などは、
本当に以前の職場に戻ったような感覚を味わいました。

、、、ただし、
衛生状態はもう、ファンタジーで、
目に見える場所をネズミがかけて行きますし、
吹きさらしなのでおびただしい数の蠅が飛んでいます。
翌日まで売れ残れば蛆がわくことでしょう。
さらに自動車の排気ガスはもろに浴びていますし、
あと、検査員として言わせてもらうと、
完全に細菌感染の病巣がある肝臓が売られていたりして、
日本なら即日営業停止処分(笑)でしょう。

それでも、私の場合、
「これは食べられない」とは感じません。

むしろ、
人間はこれでも全然生きていけるんだよなぁ、
と、どこか健全な気持ちになります。

日本は食品にしても環境にしても、
過剰に衛生的すぎるので、
ショック療法としては丁度良い。

加熱すれば菌というのは死にますから、
食肉を媒介する病気なんて言うのは、
ある特定のハザードをのぞいて、
実はそんなに気にするほどのこともない。

「検査員」という立場上、
それを言ったら自分たちが喰いっぱくれてしまいますし、
日本人はめちゃきれい好きですから、
私がこんなところでぶつぶつ言ったところで、
日本の衛生過剰社会、除菌社会にブレーキがかかるとも、
思っていません。

しかし、フィリピンのアナザースカイな衛生環境は、
いろいろ大切なことを、私たちに思い出させてくれるのです。

あと、もうひとつアナザースカイ*だったことは、
肉売り場での光景です。

(*普通に形容詞的に使っていますが、
 アナザースカイって何だよ!
「異次元」とかの言い換えだと思って、
 読んでいただければ幸いです。)

肉売り場では祭りの出店よろしく、
だいたい3メートル感覚で、
隣り合う「店舗」が、
「これを買って、美味しいよ、安いよ」
みたいな形で客を呼び込むのですが、

鶏肉売り場で、
3つの店舗が同じように、
鳥のもも肉、胸肉、手羽を売っている。
切り方も同じ。
おそらく出所も同じ。
値段も同じ。
なにもかも同じ。

しかし、売っている主体は違う。
、、、で、「(隣ではなく)こっちで買って!」
と呼び込み合戦をしている。

なんていうか、「市場の原理」だとか、
「需要供給曲線」なんていう社会通念を、
彼らは木っ端みじんに爆破してくれているのです。

3つの店がまったく同じものを、
まったく同じ値段で売り、
そして呼び込みあっている。

それをおそらく長年続けている。
それに対して、どこからもツッコミが入らない。

他店より1ペソでも安くするだとか、
買った人に何かしらの特典をつけるとか、
ポイントカードを作るなどして、
「消費者のインセンティブ」をつければ、
一瞬で勝てる試合なのに、
誰も「勝とう」としない。

おそらくそういう発想がないのだと思いますが、
資本主義の淘汰原理に慣れきっている日本人の私からすると、
ちょっとしたコントを見ているようで、
しばらくジワジワと面白さを味わったのでした。



▼▼▼食べ物、文化の話▼▼▼

乗り物、買い物と来て、
次は食文化をば。

フィリピンの料理というのは、
とにかく「大味」です。

これでもかというぐらい味が平板で、
とにかく甘辛く、子ども好きがする味を、
前面に押し出す。

音楽でいうと「通奏低音」のようなものはなく、
全部の料理が「独唱」です。
複雑な味のハーモニーはない。

甘いものはあくまでも甘く、
しょっぱいものは断固としてしょっぱいのです。

あと、8割方の料理は、
揚げてあります。

先ほど申しましたように、
動物の肺や腎臓など、
匂いのキツい食材も使いますから、
「揚げてすべてをごまかす」というのが、
彼らの知恵なのでしょう笑。

、、、そして彼らは、
とにかく食べます。

「ぼくは日本にいるときは1日2食のことも多いから、
 明日の朝食はスキップさせてもらってもいいかな?」
と調理当番のキャサリンに言うと、
「マジですか?
 フィリピンではみんな一日6食ですよ(爆笑)」
と返されました。

これは大げさな誇張ではなく、
本当にみな、ずっと食べてます。

食べて、つまらないジョークを言って笑って、
また食べて、歌って、ジョークを言って、
大笑いして、踊って、また食べて、
仕事して、食べて、笑って、、、、
みたいなのがフィリピン人の流儀です。

近年の脳科学の知見では、
長生きや幸福度を決定するのは、
「オキシトシン優位」の生活を送れるかどうかだ、
と言われています。

つまり、人とスキンシップをとり、
沢山笑い、一緒に食べ、歌って踊って、
ものごとを深刻に捉えずジョークを言い、、、
という生活をする人が長生きして健康で、
重大な疾病リスクが低い、
ということが科学的に分かってきている。

フィリピン人は典型的な、
「オキシトシン優位民族」です。

しかし彼らの平均余命が他国に比べてさほど優っていないのは、
食事量の過剰と栄養バランスの偏りが、
それらを相殺しているからだと、
医者でも研究者でもない私ですら、
「断定」できます笑。

笑いと歌と陽気で15年伸びた寿命を、
化学調味料とカロリーの過剰摂取で、
15年縮めているという笑。
「プラマイゼロ」です。

日本人はこれと「対偶関係」にあります。

食事に気を遣い健康なものを食べて伸びた寿命を、
「健康に気を使いすぎる神経質さ」「過剰な心配と潔癖さ」
というストレスで相殺し平均余命を押し下げている、
というのが私の見立てで、
これはそんなに間違っていないと思っています。

、、、だから寿命にとって最適解は、
「日本でガサツでテキトーな人間として生きる」、
もしくは、
「フィリピンで、食べるものと量に多少気をつけて生きる」
になります。

話を戻しましょう。

フィリピンで、今回ダントツに美味しかったのは、
じつはフィリピン料理ではなく、
スペイン料理です。

しかもデザート。

「チュロス」です。

チュロスは「スペイン生まれディズニーランド育ち」と、
日本では言われていますが、
スペイン文化圏のフィリピンで食べたチュロスは、
日本の遊園地で食べるチュロスとは「別物」でした。

もちろんフィリピンが圧勝です。

もう、アメリカで食べるカリフォルニアロールと、
日本の美味しいお寿司屋さんの寿司ぐらい違います。

このチュロスを食べたのは、
バギオの庶民ではなく、
ちょっとハイソサイエティな人たちが集まる場所でした。

ヴォルテア牧師は健康維持のため、
カントリークラブでゴルフをする習慣を持っています。

このゴルフ場は本来会員制で、
会員になるには200万円ぐらいかかり、
会員以外は敷地内に入ることすらできません。

しかし彼は、お父さんが、
軍隊のエライ人だった関係かなにか
(詳しくは教えてくれませんでした笑)で、
特別に一回のプレイと朝食ビュッフェ、
それからプレイ後のサウナの料金も含めて、
20ドルぐらいで遊べるのだそうです。
(あり得ない)

、、、で、
私は朝6時にカントリークラブに同行し、
ヴォルテア牧師がプレイを終えて一緒にサウナに入るまでの間、
3時間半〜4時間ほど、カントリークラブのカフェで過ごしました。

ゴルフのグリーンを見ながら、
鳥の声を聞きながら、
Kindleで本を読みながら、
おかわり自由のコーヒーとトロピカルフルーツ、
最高の贅沢を味わいました。

、、、で、
このカントリークラブでヴォルテア牧師が奢ってくれた、
「チョコレートチュロス」がもう、最高だったのです。

日本の遊園地のチュロスは、
あれはあれで美味しいのです。
値段が高いことをのぞけば。

シナモン味は合っていますし、
あのもっちりとした感じも嫌いじゃない。
タイミングが良ければ外側はカリカリの、
良い感じを味わえる。

しかし、本場スペイン仕込みは違いました。

なんていうのか、「軽い」のです。
歯触りは「カリ」ではなく「サクッ」という感じ。
そして口の中で消えてなくなる感じです。
パウダーシュガーのさわやかな香りだけが、
後から鼻に抜けます。

この「異次元のチュロス」を、
溶かしたチョコレートソース(ねっとりと濃厚な)に、
つけて食べます。

丁度こんな感じです。
(写真はスペインのもの)

▼参考画像:チョコレートチュロス
https://goo.gl/nkQRaD

これで、値段はたしか220ペソ(440円)ぐらいです。
日本なら1,500円は取られます。

量もかなりあり、
日本のパンケーキ屋でパンケーキを食べるぐらいの、
ボリュームがあります。

久々に食べ物で一本取られました。
「チュロス観」を打ち破られる体験でした。



▼▼▼ジョリビーへ行こう▼▼▼

あと、フィリピンで最も有名なフランチャイズ店は、
「ジョリビー」です。

私は実はフィリピンは初めてではなく、
16年前にいちど来ています。

2001年に、大学の卒業旅行をかねて、
弟と一緒に来たことがあるのです。

私は大学1年目、18歳のときに洗礼を受けて、
キリスト教徒になりましたが、
私の最初の「信仰のメンター」は、
フィリピン人でした。

ベガさんとダニエルさんといいます。
当時20歳そこそこの私にとって、
30代半ばの彼らの、神に対する献身と、
家族に対する愛、人々に対する誠実さと、
イエスに似せられた性格は、
今振り返ると私のひとつの「モデル」になっています。

あと、彼らは私の「英会話」のメンターでもありました。
私は英語を話しますが、それが培われたのは、
2〜4歳の時にシカゴに住んでいたときです。

そのときに「脳の言語野」に、
英語の回路が構築された。

日本に戻ってからその「回路」は、
完全に失われていました。

ところがベガさん、ダニエルさんと、
その家族たちの家に入り浸り、
大学のために祈ったり、
聖書の勉強をしたり、
熱い信仰の会話をしたりしているうちに、
半年後には私はスラスラと英語を話していた。

しかもその発音はフィリピンのそれではなく、
アメリカ英語のそれです。

2歳のときに脳に埋められ、
失われた「回路」が、
フィリピン人との会話のおかげで、
「再発掘」されたのです。

不思議な体験でした。

、、、話を戻します。

彼らは国費留学でフィリピンから
日本に博士課程を学びに来ている、
いわば「ベスト・アンド・ブライテスト」でした。
信仰においても学者としても、
卓越した彼らが、私のそばにいたというのは、
私の青春時代の大きな僥倖でした。

、、、博士過程を終えたダニエルさんは、
2001年に故郷のセブ島の大学に戻っており、
そのダニエルさんを尋ねるのを、
卒業旅行に組み入れちゃおうということで、
私は弟と二人で、彼の家を訪ねました。

それが私の最初のフィリピン体験です。

そのときに覚えていたのが、
「ジョリビー」でした。

フィリピン発祥のこのファストフード店で、
何かは思い出せませんが何かを、
ダニエルさんと一緒に食べたのを覚えています。

▼参考画像:「ジョリビー」
https://goo.gl/lhYmUl


、、、15年経つと、
国の風景というのは変わります。

私が今回、一番驚いたのは、
「ジョリビーの増殖」です。

「こんなにあったかなぁ?」
と思うぐらい、ジョリビーが増えている。

体感としては
「すべての曲がり角にジョリビー」
という感じです。

後で聞いてみますと、
確かにジョリビーはこの10年でめちゃくちゃ成長していて、
フィリピンのファストフード界では、「圧勝」だそうです。
一人勝ち状態。

マクドナルドもKFCも、
まったく歯が立たない。

最後の日に、
「どうしても行きたい場所がある」と、
頼み込んで私はジョリビーに行きました。

日本で言うなら、
「最後に行きたい場所は?」と聞かれた外国人が、
「どうしても松屋にだけは行っておきたいんだ。頼む。」
と答えるようなもので、
私のジョリビーリクエストに対し、
CRFVのメンバーたちは、
「ジョリビー?
 そんなのでいいの?
 確かにジョリビー、みんな好きだけど(笑)。」
というものでした。

私がそこまで切望したのは、これを食べれば、
フィリピン人の「何か」が、
理解できるような気がしたからです。

正真正銘のソウルフード。

フィリピン人の情緒が、
これを食べれば分かるはずだ、と。

私は念願のジョリビーに行きました。
チキンとパスタとコーラのセット(220円)と、
チーズガーリックポテト(100円)と、
ハロハロ*(120円)を頼みました。

*ハロハロというのは、
代表的なフィリピン人のデザートで、
いわば、「南国のパフェ」ですね。
ソフトクリーム、タピオカ、フルーツ、ココナッツの果肉、
そういったものが混在している、
甘さと冷たさにおいて振り切ったデザートです。

▼参考画像:ハロハロ
https://goo.gl/Pllofg


結果、フィリピン人の秘密は分からないままでしたが(笑)、
シンプルに美味しかった。

あぁ、これはマックもケンタッキーも負けるわな、
と思いました。

チキンは非常にクリスピーで、
いかにもフィリピン人に受けそうなポップな味付け、
そしてどことなーくアジアを感じさせる、
茶色い甘酸っぱい味付けのソースがついています。

病みつきになる感じです。

あと、マスコットキャラクターや、
料理の容れ物や、いろんなものが、
絶妙に安っぽいのも、
なんか安心感を与えます。

なるほど、これは流行るわな、と。

ジョリビーは現在世界中に展開しています。
場所はアメリカやカナダなど、
主にフィリピン人が在住する地域です。

彼らはきっと、
アメリカで思うのです。

「私の日常には何かが足りない。
 そうだ、ジョリビーだ!」と。

そして、ないなら作っちゃおう、
ということで世界に広がるジョリビー。

近未来の日本において、
介護の現場などでフィリピン人の労働者の数が増え、
ある「閾値」に達したときに、
東京に「ジョリビー1号店」が、
出店されるかもしれません。

そのときは真っ先に、
フライドチキンとハロハロを食べにいくつもりです。

、、、なんか、
とりとめもなく、よもやま話をした、
みたいな感じになっちゃいましたが、
今週はここまでとします。

「○○からの手紙」というより、
「地球の歩き方」に近いですね。

またいつか、
どこかに出張の際には、
「○○からの手紙」をやります。

絵はがきを書くつもりで、
旅先からいろいろリポートします。

、、、実は今週末から今度は、
愛知県に行くのですが、
それはあまりに身近すぎるので、
さすがにやらないかな笑。

あまりにも面白いことに出会ったりしたら、
やっぱりやるかも笑。

ゆるーい感じでご期待くだされば幸いです。





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