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陣内が先週読んだ本  2019年 6月6日〜24日 『わたしの信仰』他

2019.11.19 Tuesday

第097号   2019年6月25日配信号

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
■2 陣内が先週読んだ本 
期間:2019年 6月6日〜24日
::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::

先週私が読んだ本(読み終わった本)を紹介していきます。
一週間に一冊も本を読まない、
ということは、病気で文字が読めなかった数ヶ月を除くと、
ここ数年あまり記憶にないですから、
このコーナーは、当メルマガの
レギュラーコーナー的にしていきたいと思っています。
何も読まなかった、という週は、、、
まぁ、そのとき考えます笑。

ただ紹介するのも面白みがないので、
twitterに準じて、
140文字で「ブリーフィング」します。
「超要約」ですね。
(どうしても140字を超えちゃうこともあります。
 140文字はあくまで「努力目標」と捉えてください笑。)

忙しい皆さんになり代わって、
私が読んだ本の内容を圧縮して紹介できればと思います。
ここで紹介した本や著者、テーマなどについて、
Q&Aコーナーにて質問くださったりしたら、
とても嬉しいです。


●終わりなき日常を生きろ オウム完全克服マニュアル

読了した日:2019年6月9日
読んだ方法:図書館で借りる

著者:宮台真司
出版年:1998年
出版社:ちくま文庫

リンク:
https://bre.is/iuPjA28f4

▼140文字ブリーフィング:

先日、押井守監督の、
『うる星やつら ビューティフルドリーマー』という、
いまだに語り継がれているカルト的人気のある映画を観たのですよね。
その「余韻」がまだ残っていまして、
ラジオかなんかで宮台真司が、
「ビューティフルドリーマー」について語っている本がある、
というのを知り、手に取りました。
結果、『ビューティフルドリーマー』のことが、
ちょっとしか触れられていなくてがっかりはしたのですが、
これはこれで面白かった。

ビューティフルドリーマーは1984年の作品で、
本書が書かれたのはオウム真理教による地下鉄サリン事件の直後です。
当時の日本社会はショックを受けました。
「なぜ高学歴の若者たちが、
 新興宗教にハマり、
 毒ガスまで使った狂気の沙汰に加担したのか?」
という議論が侃々諤々となされていた。

この本は宮台真司なりの、
その問いに対する「アンサー」です。

私は日本の社会はあの問題に、
結局のところ十分に向き合わなかったと思っている。
「考え抜くこと」を社会全体で回避してしまった。

むしろ
「あれは『あちら側にいる』狂人たちのしたことで、
『こちら側にいる』善良なる一般大衆は被害者だ」
という分かりやすい物語に「まるめて」しまった。

そう。

1945年に、
「あの戦争は暴走した軍部と、
一部の狂信的な愛国者がしたことで、
私たち一般市民は被害者だ」
という物語にまるめたのと同じく。

しかし、
その歴史を十分に咀嚼せずに、
消化不良のまま「やり過ごす」と、
歴史は反復します。

ああいう問題を何年もしつこく考え続ける、
という人はこの社会では「辛気くさい人」
として敬遠されます。
ほんの少しの人しか、
ああいった問題に向き合い続けません。
村上春樹や河合隼雄や養老孟司など、
一部の思想家たちは例外的な人で、
大多数の人は問題を「風化」させた。
マスコミも政治家も消費者もビジネスマンも、
「分かりやすい物語」に還元することで、
応急処置的に社会を前に進めようとした。

そのしっぺ返しは、
いつか必ず別の形で日本社会に大きなマイナスをもたらす、
と私は「予言」します。
不吉なことを言う辛気くさい男、
と言われてもかまわない。

絶対にそうなりますから。
歴史は繰り返すのです。
一度目は悲劇として、二度目は喜劇として。

宮台真司さんは社会学者として、
彼なりにあの問題に向き合い、
彼なりに答えを出しました。
それが、「終わりなき日常を生きよ」
というメッセージです。

ギリシャ神話に「シュシポス神話」というのがあります。
神罰を受けたシュシポスは思い岩を塔の先端まで運びます。
塔の先端まで運ぶと、その岩は元の位置に転がり落ちる。
労働してはその成果が台なしになり、、、
という終わりなき繰り返しを、
永遠にすることが、シュシポスへの神罰でした。

「終わりなき日常」とは、
「シュシポスの呪い」を生きることです。
90年代の日本は、
戦後の復興を終え、
「政治の時代」が過ぎ去り、
バブルの狂乱も過去のものとなり、
「終わりなき日常」が続くように思われた、
そういった時代でした。
「ビューティフルドリーマー」は、
実はシュシポス神話をめぐる話しなのです。

宮台氏の文章を引用しますと、
そのような終わりなき日常を、
欠落を抱えたまま生きねばならない、
それを「肯定」する強さと覚悟を、
我々は持たねばならない、
それが彼の結論になります。

「終わりなき日常を肯定する」。
私も同意します。
その「肯定の意味」は、
私の場合はキリスト教的なものに根ざすわけですが。

宮台氏は「終わりなき日常」に耐えられない人々が、
「宗教」や「恋愛」に逃避するのだ、と言います。
文脈的に分かっていただけると思いますが、
この定義によれば、
私が「キリスト教」というときそれは宗教ではなく、
私が「消費主義」というときそれは宗教です。
宮台さんは「恋愛」も宗教たり得ると指摘する。

(カッコつきの)「宗教」は、
マルクスが指摘したとおり、
今も昔も「阿片」なのです。


→P160 
〈ここで問題になるのは、
宗教は、サブカルチャーとは違って、
恋愛と似ているということである。

「セミナー渡り鳥」のBは、宗教と恋愛は、
ともに癒しの機能を持つと述べていた。
それは、社会システム理論の立場からは、
つぎのように言い直すことができる。
宗教も恋愛も、「全面的包括欲求」に応えうると言う点で、
機能的に等価なのだ。

自分はダメだと思っていると、
宗教やセミナーが
「そんなあなたでも救われます」と受け入れてくれる。
同じように、恋愛すれば「そういう君が好きだったんだよ」
「そういうあなたが好きなの」と受け入れてもらえる。
 (中略)
「終わらない日常」のなかを、
欠落を抱えたまま生きなければならないとき、
そういう自分を「全体として」肯定出来るチャンスは、
宗教と性にしかない
――『サブカルチャー神話解体』で
私もかつてそのように分析したことがある。〉
(1,955文字)



●呪われた部分 全般経済学試論 蕩尽

読了した日:2019年6月10日
読んだ方法:図書館で狩生

著者:ジョルジュ・バタイユ
出版年:2018年(フランス語初版1949年)
出版社:ちくま文芸文庫

リンク:
https://bre.is/V4DvoFbZu

▼140文字ブリーフィング:

2月に山田風音君に会った時に、
最近読んで面白かった本として教えてもらいました。
去年読んだ、『暇と退屈の倫理学』でも引用されていて、
ちょっと興味があったのですよね。

この本は「古典」に分類しても良いほど、
色々なところで引用される本です。
古典としては珍しくないのですが、
難解で、正直、
5〜6割ぐらいしか理解できませんでした笑。
でも、これぐらいの理解度の本って、
後々ボディブローのように効いてくるんですよね。
経験的に。

ちなみに「呪われた部分」というのは「三部作構想」だそうで、
第一部「蕩尽」
第二部「エロティシズム」
第三部「至高性」だったのだそう。
第三部はついぞ書かれることがなかった。

実は「蕩尽」や「エロティシズム」や「至高性」
が、「呪われた部分」なのだ、
というのがバタイユのいいたいことではなく、
これらが「呪われていること」に、
異を唱えるというのがバタイユの主張です。
では、これらを「呪われた部分」たらしめているのは何か?

それが近代合理性であり、
古典派経済学なのだ、
という立論になります。

バタイユはニーチェに影響を受けています。
誤解されていますが、
ニーチェはキリスト教を破壊しようとしたのではなく、
「超えていこう」とした人です。
彼はキリスト教のなかにある欺瞞性を超えて、
「超キリスト教」を目指したのです。
逆だと勘違いする人が多いですが、
ニーチェは宗教を否定した人でなく、
誰よりも宗教的であろうとした人です。

ニーチェがキリスト教に対してしたことを、
バタイユは経済学に対してしたかったのかもしれない、
と私は本書を読んで思いました。

経済学は「利益を次の利益のために投資する」
ことによって社会を富ませていくことを旨とします。
しかしバタイユは、
利益を「どのように蕩尽するか」こそが、
社会の性質を決定づけ、
文化を形成するのだ、と言います。

引用します。

→P164 
〈この場合、真の理由に到達するためには、
まず経済の全般的な法則を知っておく必要がある。
一個の社会は常にその存続に
必要な分以上のものを生産するという法則だ。
社会は余剰を持つということである。
社会の在り方を決定しているのは
まさにこの余剰を社会がどう使うかなのである。〉

→P168 
〈その意義とはすなわち、
全体主義的な修院制度が、
閉ざされた体制の成長を停止せねばならないという
必要性に応えていたということだ。
イスラムは余剰全体を戦争に差し向けた。
近代世界は産業施設に差し向けた。
同様にラマ教は瞑想生活に差し向けた。
感性的人間が世界の中で自由に戯れることに、
余剰を差し向けたのだ。〉


、、、古典派経済学は、
「生産」を経済の主旋律だと考えます。
そうすると人間の本質は歪められ、
人間性さえも「生産のための手段」に還元されてしまう。

そうではなく、経済の主旋律は、
「蕩尽」や「浪費」なのではないか?
つまりなんら生産性に寄与することのない消費や贈与こそが、
文化を形成し、人間を人間たらしめてきたのではないか?
「社会がどのように余剰を蕩尽するか??」
を考えることこそ、経済学者はしなきゃいけないんじゃないのか?
といった問いをバタイユは発しているわけです。
今は半分ぐらいしか理解してないけど、
今後もじわじわと「効いてくる」予感がします。
(1,296文字)



●わたしの信仰

読了した日:2019年6月13日
読んだ方法:図書館で借りる

著者:アンゲラ・メルケル
出版年:2018年
出版社:新教出版社

リンク:
https://amzn.to/2EMwuJ8

▼140文字ブリーフィング:

面白かったです。
私はメルケルについて何も知らなかった、ということが、
この本を読んでよく分かりました。

まずメルケルのお父さんは東ドイツの牧師だったのだ、
というのを本書を読んで初めて知りました。
それからメルケルは物理学の学位を収めた、
理系のエリートから政治家に転身した異色の経歴を持つ人です。
(これはなんとなく知ってました)

そして彼女は、
「キリスト教的な政治家であろう」
と意識的にしている、
もしかしたら現代の世界で、
唯一の国のリーダーかもしれません。

いくつかの箇所を引用しながら、
説明していきましょう。

「政治」というのは、
「何か支えがある人」にしかできない、
と彼女は言っています。
彼女にとっての支えとはもちろん、
信仰であり、神の存在です。

→P37〜38 
〈というわけで、ほんのいくつかではありますが、
わたしにとって決断を下すのが難しい、
あれこれ考えなくてはいけない例をご紹介しました。
しかしわたしは同時に、ためらっていてはいけない、
決断を下さなければいけないと言うことも分かっています。
その際、いくつかのイメージや考え、
信仰についての問いは、責任をもって決断し、
その決断を守るための重要な方向付けとなり得ます。
決断の中には、数年経って始めて
それが正しかったと分かるようなものもあるからです。
そのときが来るまでは耐え抜いて、
批判や議論にもしっかり応じていかなければなりません。
それは、支えがある人間にしかできないことです。〉


、、、次に、メルケルが、
「教会とはどうあるべきか」
について論じている箇所。

→P66 
〈何故ならドイツは、
本当に人々のための教会として存在する教会を必要としているからです
――それは、人々にとって神を身近にするような教会です。
それは預言者のように警告する任務とも重なります。

というのも、
残念ながら相変わらず次のような傾向が見られるからです。
多くの福音主義のキリスト者が教会を離れ、
教会なしでもキリスト者として生きていけると考えています。
でも、それは幻想ではないでしょうか?〉


、、、彼女の教会観に、
私も同意します。

また、「子どもが、きみに尋ねるなら」
という歌の歌詞を引用しながら、
国のどの領域においても、
社会は「何のために人生があるのか」という問いを、
はぐらかしてはならないのだ、という確信を語ります。

→P73〜74 
〈「きみの子どもが明日、きみに尋ねるなら・・・」
というのが、「申命記」6章20節からとられた
今回の教会大会のモットーです。
今年の教会大会のテーマソングを作った
シンガーソングライターのハインツ・ルドルフ・クンツェさんは、
ぴったりの歌詞を書いてくれました。

「もし君の子どもが明日、きみに尋ねるなら、
 ぼくたちは何のためにこの世にいるのかと、
 その子が不思議に思い始めるなら、
 何が大切なのか、知りたいと思うなら・・・・
 答えをはぐらかしたりしないでくれ、
 たとえ答えるのがどんなに難しくても」

これが私たちの使命です。
キリスト者として――教会でも政治の場でも、
職場や家庭でも――こうした問いの答えを
はぐらかすことは許されません。
わたしはこのことを、
政治家として自覚しつつ申し上げます。
これは、神と人の前で果たすべき責任なのです。

共に新しい道を進む勇気を持ちましょう!
一緒に進んで行くことが重要です。
キリスト者として、
わたしたちはいずれにせよ勇気を持つことができます。
なぜならわたしたちの行く先には、
「正義の太陽」が約束されているのですから。
(2005年5月、ハノーファーにおける
第30回福音主義教会大会における講演)〉


、、、ドイツもまた、
日本と同じように高齢化しています。
2019年にドイツは年金支給年齢を67歳に引き上げます。
しかし次に引用するような、
「長期的な社会観」を、
国のリーダーが提示している状態というのは、
日本における「世代間分断」とは、
かなり違うということが分かります。

→P167〜168 
〈ですからわたしは、
多くの皆さんもおそらくご存じのグリム童話で
話しを締めくくりたいと思います。
年取ったおじいさんと孫の話です。

老人が震える手でいつもスープをこぼすので、
息子とその妻は老人を食卓から追放します。
老人をストーブの裏の片隅に座らせ、
ほとんど食べ物を与えません。
彼がスープ皿を落として割ってしまうと、木の鉢を押しつけます。
すると小さな孫が登場するのです。
この子がある日、小さな木のえさ入れを作ります。
「何のためだ?」と父親が訊きます。
「お父さんとお母さんが年取ったときのためだよ」と少年は答えます。
このことばが両親の目を開くのです。
それ以来、おじいさんはふたたび食卓に着けるようになりました。

ドイツの社会もそのようであってほしいのです。〉


、、、メルケルはキリスト教が大切なのだ、と言います。
しかし、ヨーロッパは多元主義化し、
プロテスタント、カトリック、イスラム、などなどの、
様々な宗教文化的背景を持つ人々が共存せねばなりません。
「キリスト教が大切だ」というのがそんなにシンプルな話しではない。
しかし、
「キリスト教に基づいた、
他者を尊重し、認める寛容」は、
他宗教の人々にも開かれた社会を提供する。
多元主義の社会で宗教的寛容を実現しながら、
教会、家族、地域という網の目によって、
なおかつ社会がまとまっていく、
という二律背反は不可能ではないのだ、
ということをメルケルは言っていて、
私もその可能性に賭ける以外ない、
と思っています。

「リバタリアニズムとコミュニタリアニズム」、
グローバル主義者と国家主義者、
自由貿易論者と孤立論者の、
終わりなき不毛な議論を超えて、
私たちは第三の道を探すことができる、
と信じているところに、
メルケルの信仰の凄みがあります。

これを読むと、
「イスラムを追い出す!」
という思想の薄いこと薄いこと。

「訳者あとがき」にて、
本書への私の感想がほぼすべて言い尽くされているので、
それを引用したいと思います。

→P247〜248 
〈そのような(右翼主義政党AfDの台頭、イギリスのEU脱退、
トランプ政権の誕生など)難局において、
メルケルはどんなことを考えながら政権運営をしているのか、
という疑問にこの本は答えてくれる。

もちろん、キリスト教的な視点に立って行われた
スピーチを中心に集めているので、
具体的な政策への言及は少ないが、
信仰を通して、人としての彼女の在り方が見えてくる。
キリスト教的な人間観に基づき、
あらゆる人(ドイツ人だけではなく)の尊厳を守ろうとし、
「被造物」に対する責任を全うしようとする姿勢。
自分たちの世代だけでなく、
次世代の繁栄にも配慮した資源の使い方や環境保全を提言し、
グローバル化、デジタル化の流れの中で
取り残されていく人がいないように気を配り、
人口変動と高齢化の波にも対処すべく努力を続ける誠実さ。

こうした多くの政治的課題は日本にも当てはまるところだが、
ドイツでは社会的市場経済を重視して
共生と福祉を行き渡らせようとしており、
彼我の違いを感じずにはいられない。

今回、本書の翻訳のお話をいただき、
メルケルの信仰と向き合う機会を得て、
彼女に対する尊敬と親愛の気持ちが増した。
聖書の講解からはたくさんのことを教えられたし、
ヨーロッパの社会と文化の根底にキリスト教があることを、
あらためて認識せずにはいられなかった。〉
(2,956文字)



●探求する力

読了した日:2019年6月13日
読んだ方法:図書館で借りる

著者:市川力(東京コミュニティスクール校長)
出版年:2009年
出版社:知の探求社

リンク:
https://bre.is/3OIjbR_u-

▼140文字ブリーフィング:

先日読んだ、
『英語を子どもに教えるな』の著者による本です。
あの本がすごーく面白かったので、
市川さんはいったい、今何をしているのだろう?
今もアメリカで日本人の子どもの塾で働いているのだろうか?
興味が湧いたので検索してみると、
なんと彼は学習塾を辞めて、
2000年代に日本に帰国し、
私塾的な学校を創設し、
現在東京の中野にある、
「コミュニティスクール東京」の校長をなさっています。
(いまは理事長とかかもだけど)

『英語を子どもに・・』を読んで、
この人はきっと、学習塾で受験対策を教えることでは、
満足しない人だろうな、と直観したのですが、
その直観は的中しました。

彼は「学ぶとは何か」ということの求道者であり、
それを口で言うだけではなく、
実際に自分のフィールドを持って実践していたのです。
教育批判は簡単ですが、
「じゃあ、どうすればいいんだ」
という問いへの答えを自分で模索していく、
というところまでする人は本当に少ない。

新しい時代の「学び」を創出していくために、
何かを言うだけでなく実践を通して語っている、
「預言的生き方」をしている市川氏に共鳴を覚えました。

具体的にでは、
「東京コミュニティスクール」では、
どんな教育がなされているのか?
この本を読んで下さい、としか言いようがないです。

市川さんがアメリカで知った、
「プロジェクト」という学習スタイルをベースに、
「テーマ学習」という探求型の、
分野(教科)横断的グループ学習の手法を、
市川さんは編み出し、実践しています。
真にクリエイティブな人物だと思いました。
尊敬します。

「知識基盤社会」と著者が言っている、
いわゆる「第四次産業革命後の世界」において、
「何かを知っている」ということの価値はゼロに近づきます。
「事務処理能力が高い」の価値も下がる。
この二つでAIと競争して勝てる人類は皆無になりますから。

そうではなく、
「良い問いを発する能力」や、
「一緒に問題を解決していける能力」や、
「既存のまったく関係ない知識を縦横無尽に組み合わせ、
 新たな知的生産ができる創造性」が、
知識基盤社会の人材のコアコピテンスになる。

そのような人材がゴールであるなら、
教師の役割も当然変わるわけです。
そういったことを、市川さんは意図的にしています。

→P242 
〈これまでの教育において、
「教育」と「子ども」との関係は、
「教える人」と「教えられる人」という一義的なものであった。
「教員」は「知っている人」「できる人」であり、
「子ども」は「知らない人」「できない人」なので、
「知っていること」「できること」を子どもに伝達することが、
教員の役目だった。

しかし、知識基盤社会においては、
知識を獲得するだけではどうにもならない。
知識の信頼性、正統性を判断し、
問題状況の解決に役立つ知識を選び取り、
活用していく力が求められる。
したがって、教員の役割は、
既存の知識を整理して伝達することではなく、
知識を吟味する力、
知識を活用して新たな知を生成する力を育成する事へと変貌する。
教員は、既存の知を手がかりに新たな知を生成する道を
子どもと共に歩む同行者となるのである。〉
(1,268文字)



●宇宙を織りなすもの 時間と空間の正体 下

読了した日:2019年6月13日
読んだ方法:図書館で借りる

著者:ブライアン・グリーン(青木薫訳)
出版年:2009年
出版社:草思社

リンク:
https://bre.is/XgsRsXKvH

▼140文字ブリーフィング:

めっちゃくちゃ面白かったです。
ひも理論、マルチバース論、
ワームホールによるタイムトラベル、
量子タングリングによる瞬間移動の可能性など、
わくわくする内容で、一気に読みました。
宇宙は1兆年に一度二つの「膜」の衝突によってできるという、
循環時間理論(サイクリック宇宙論)も面白かった。

ニュートン以来、
物理学が明らかにしたこの宇宙の実像は、
私たちの「直観」を次々と裏切っていきました。
宇宙は「9次元」かもしれない、
というのもその最たるものでしょう。
私たちの宇宙(3次元空間)は、
より高次の次元の「投影」かもしれないのです。

どういうことか?
次数をひとつ下げましょう。
私たちはマンガ「ドラえもん」の、
コミックのページ上の「2次元ののび太」や
「2次元のドラえもん」かもしれないのです。

2次元の住人には、
3次元空間(立体的奥行きや高さという概念)は、
知覚できません。
マンガの中ののび太やスネ夫に、
そのコミックを読む私たち3次元の人間が知覚できないのと同じく、
私たちはこの宇宙を織りなす9次元空間を、
「感知」できません。

しかし、高速加速器による実験によって、
「追加次元」の実在が証明される、
一歩手前まで人類は迫っていますし、
理論物理学の様々な謎が、
「追加次元」を想定すると、
とてもきれいに着地できる、
という状況証拠も見つかっている。

追加次元という概念がどこから出てきたかというと、
「超ひも理論」という、
量子物理学と古典物理学の統一理論になるかもしれない、
という20世紀に台頭した有力な仮説から出てきました。
その部分を引用します。

→P155 
〈最先端の実験で裏付けられた従来型の理論では、
電子とクォークは、空間的な広がりを持たない点としてイメージされる。
したがってこの立場では、電子とクォークが終着点である
――電子とクォークは、自然界のマトリョーシカ人形を
順番に開いていったときに、
物質のミクロな構造の最後に出てくる一番小さな人形なのだ。

ここでひも理論が舞台に登場する。
ひも理論は、電子とクォークは
大きさがゼロの点状粒子ではないと主張して、
従来のイメージに異議を申し立てる。
ひも理論によれば、
従来型の点状粒子モデルは一つの近似であり、
いっそう精緻なイメージによれば、
それぞれの粒子は、
「非常に小さな繊維状のエネルギー(それを「ひも」という)が
振動している状態」として記述されるのだ。
振動する繊維状のエネルギーに厚みや幅はなく、
あるのは長さだけなので、ひもは一次元である。
しかしひものサイズはきわめて小さく、
原子核の100分の1の10億分の1の10億分の1
(10のマイナス33乗センチメートル)ほどなので、
最新鋭の加速器を使ってさえ点状にしか見えない。〉


、、、電子のスピンや、
クォークの性質を決定づけているのは、
「ひもの振動」かもしれない、
というのがひも仮説です。
そしてその「ひも」は、
3次元空間ではなく、
9次元空間に存在する。

宇宙の実像は、
私たちがイメージしているものとは、
まったく違います。
すごくないですか?
(1,244文字)



●明るい夜に出かけて

読了した日:2019年6月14日
読んだ方法:Kindleで電子書籍購入

著者:佐藤多佳子
出版年:2016年
出版社:新潮社

リンク:
https://bre.is/pzPh9jhVZ

▼140文字ブリーフィング:

私は『くりぃむしちゅーのオールナイトニッポン』のファンです。
うつ病療養中、寝る前にこれを聞きながら寝ました。
2人のくだらない会話を聞いていると、
鬱の自己批判・自罰思考の暴走が抑えられ、
知らないうちに眠りについています。

病気から回復した今もその習慣は残っていて、
『くりぃむオールナイト』が、
私の子守歌になっています。
どんな睡眠導入剤よりも良く効く。
(導入剤、飲んだことないですが笑)

2016年に山本周五郎賞を受賞している本作、
『明るい夜にでかけて』は、
くりぃむオールナイトのことが書かれてる、
と聞いていたので、それが理由で読みました。
じっさいに話しの軸となるのは、
『アルコ&ピースのオールナイトニッポン』なのですが、
主人公がラジオの深夜番組にネタを投稿して、
読まれては興奮し、番組のノベルティを収集する、
「はがき職人」になったきっかけが、
くりぃむオールナイトの、
「ツッコミ道場、たとえてガッテン!」
だった、という設定になってます。

たぶんメルマガ読者の10人に9人は、
「ラジオなんて今時聞いてる人いるの?」
ぐらいな感じだと思います。
ラジオの聴取率って、1%いけば大ヒット番組、
というぐらいなので、市場はテレビの10分の1です。

でも、私はラジオが大好きです。
同じラジオのリスナーだと知ったら、
いろんな大人の事情を乗り越えて、
「心の友よ!」っつって、
抱きしめてあげたいぐらい笑。

なんでしょうね。
ラジオって、「親密なメディア」なんですよね。
親密/親密じゃない
愛がある/愛がない
でマトリックスを作るとこうなる。

       親密    親密じゃない
愛がない  ネット    テレビ     
愛がある  ラジオ    書籍

こういう感じになるんじゃないかな。
「親密で愛があるメディア」である、
ラジオという媒体が私はとっても好きなのです。
まぁこれは、
ラジオリスナーにしか分かってもらえないでしょうが。

当メルマガのタイトルに「ラジオ」が入っているのは、
偶然じゃないんです。
ラジオのようなメディアを、
私は作り出したかったのですよね。
いま、初心に立ち返りました。

本作は「LINEでのコミュニケーションがリアルを凌駕する」、
スマホネイティブ世代の若者たちの群像劇ですが、
作者の佐藤さんは「おばさん(失礼)」なんですよね。
自身がラジオリスナーであることは公言していますが、
ツイッターやLINEをじっさいに使ってる人じゃないと、
書けない内容です。
かといって、「おばさんが背伸びしてる」感じでもない。
私はそこに一番驚きました。

最後にラジオリスナーなら、
「そうそうそうそう!これこれ!」
ってなる文章を二つ引用します。

→位置No.255 
〈どんな面白い話しでも、寝る。
今の俺は本当に好きなパーソナリティの番組しか聞かないから、
声を聞くと本当に安心する。
身体の力が抜ける。心の力も抜ける。
夜更かししてナマで聴いている時は、
めったに寝落ちしなかったけど、
仕事からの朝帰りで聞くラジオの録音は
睡眠薬のように劇的に効く。寝る。ひとまず、寝る。〉


→位置No.2137 
〈金曜日にラジオを聴くとき、
窓のカーテンを開けておく。
アパートの駐車場に面した真夜中の窓は、少しだけ明るい。

イヤホンから耳に落ちてくる、平子と酒井の声は近い。
同じ部屋にいるんじゃないかってくらいに近い。
この謎の距離感こそが、ラジオの生放送だ。
テレビじゃ絶対にない。
不特定多数のリスナーが聴いているのに、
アルピーと俺と三人でいるみたいな錯覚。〉
(1,402文字)



●天才はあきらめた

読了した日:2019年6月14日
読んだ方法:Kindleで電子書籍購入

著者:山里亮太
出版年:2018年
出版社:朝日文庫

リンク:
https://bre.is/6NipIuvei

▼140文字ブリーフィング:

「福山ロス」ってあったじゃないですか。
福山雅治結婚報道の翌日、
ファンだったOLがショックで会社休んだ、みたいな。
「山ちゃんロス」ってあると思うんですよね。
「非モテの公共財産」だった山ちゃんが、
蒼井優に奪われた。
俺、今日学校行かない、
ってう、非モテの「不毛な議論リスナー」は、
全国に1,000人ぐらいはいたんじゃないかな。
俺も今学生だったら山里ロスで、
部活ぐらいは休んだかもしれないですから笑。

そんなカリスマ、山里亮太の本です。
彼の半生記をつづる本作を読むと、
山里への尊敬と愛が深まります。
「ホントすごい人だな、この人」って。

親友の若林正恭による「解説」が、
私を代弁してくれてるので引用します。

→位置No.2337 
〈ぼくが初めて山里亮太を目撃したのは、
多くの皆さんと一緒でやはり2004年のM-1グランプリである。
相方の家で先輩芸人数人と集まって見ていた
中古のテレビデオのブラウン管の中に、
スカーフを巻いた彼は颯爽と現れた。

「皆さん、その怒りのこぶしは日本の政治にぶつけてください」

漫才冒頭の、このワンフレーズの衝撃でぼくは吹っ飛んだ。
本文にも書いてあったが、当時男女コンビは珍しかった。
そして、当時のM-1グランプリには
確かにお笑いマッチョイズムが蔓延していた。
そんな中、泥臭い掛け合いをひらりとかわす
ゆったり目のテンポと優しいツッコミはとても新鮮に映った。

しずちゃんしか使いこなせない
”人”が込められた言霊が放たれるやいなや、
その抜群のワードセンスと間合いでそれを拾っていく山里亮太。
初めて目にする「否定や注意の向こう側」のツッコミに、
何度も何度も度肝を抜かれた。

本当に真面目に、
標準語のツッコミの歴史は
山里亮太以前以後に分けられると思う。

その頃仕事が何も無かったぼくは、
彼のツッコミの虜になった。
YouTubeで「山里亮太、ツッコミ27連発」
という動画を繰り返し繰り返し何度も見た。
そのずば抜けた実力に、ぼくは彼を完全に先輩と思い込んでいた。
同期と知ったときの俺の絶望を知らないからこそ、
「天才はあきらめた」なんてナメたことをぬかせるのである。〉
(875文字)



●神に異をとなえる者

読了した日:2019年6月19日
読んだ方法:図書館で借りる

著者:アベ・ピエール
出版年:2012年
出版社:新教出版社

リンク:
https://bre.is/GoPXU9CTM

▼140文字ブリーフィング:

「年の離れた友人」のように接して下さる、
米山さんという方がいまして、
その方のお家でいろんなことを話していた時に、
フランスの話しになり、
それでアベ・ピエールという神父がいてね、
と教えていただきました。
フランスでめちゃくちゃ人気があるそうです。

→P3〜4 
〈近年フランスのテレビ視聴者の投票で、
アベ・ピエールは歴史上最も功績のある
三人のフランス人に名を連ねました
(ドゴール将軍、キュリー夫人についで)。

彼がエマウス*の創始者であることは
すでに広く知られていますが、
それ以前に彼は何より「神に異をとなえる者」であり、
信仰者でありながら人間の惨めさや苦しみを
甘んじて受け入れることを拒み、
この世界が少しでも人間らしさを取り戻すために
生涯を賭した人でした。

*エマウス:1949年、アベ・ピエールが始めた生活共同体。
「恵まれない人々のために、恵まれない人々と共に」
をモットーに、ホームレスの人々との連帯を主な活動としている。
不用品をリサイクルして販売するという
独特な資金調達法でも有名になった。
その共同体運動はフランス国内に留まらず、
世界中に広がっている。〉


、、、宗教家でありながら、
「宗教という制度や政治性」とは違ったところで、
けっこうタブーにも切り込んで発言する。
正統派からは異端と言われるかもしれないが、
一般大衆にとって、本当に必要な宗教とは何か、
ということを追求している。
そういう感じの発言をする人です。
「カトリックの公式見解」や、
ヨーロッパの権威に反する発言も、
けっこう平気でしちゃうので、
たぶん「象牙の塔」で食ってる人には、
目の上のたんこぶなんでしょうが、
本当の宗教性というのはこういうことだろうなと思います。
「既存の正統派に喜ばれている」というのは、
(真の意味の)宗教性という意味で失敗している証拠、
と私は思いますから。

日本だと、晴佐久神父が好きな人とかは、
けっこうアベ・ピエール、好きだと思います。
(800文字)



●幸福優位 7つの法則

読了した日:2019年6月19日
読んだ方法:図書館で借りる

著者:ショーン・エイカー
出版年:2011年
出版社:徳間書店

リンク:
https://bre.is/2pzS6ErdS

▼140文字ブリーフィング:

ひとことでまとめると、
「成功したから幸せになる」というのは間違いで、
「幸せだから成功する」が正しい、
という内容です。
ハーヴァード大学で教えている著者が、
これを心理学的に実証していきます。
「幸せになるために成功する」は間違いです。
なので「幸せになるために」、
「受験刑務所」で猛勉強している小中校生は、
皮肉なことに幸せから全速力で遠ざかっていることになる。

これは戯れ言ではありません。
「受験戦争の勝者のあつまり」である、
ハーヴァード大学の学生たちがまったく幸せでないのを観て、
著者はこの研究を掘り下げようと思ったのですから。
順序が逆なのです。
「成功するために幸せになる」
これが正しい。
しかし、ここにもパラドックスがあって、
幸せはその定義上「何か実利的なことの手段」となった時点で、
「幸せ」をもたらさなくなります。
つまり、「何かのためではなく、ただ幸せである」
ということの「副産物」として、成功は与えられるのです。
「持っているもので満足しなさい」
という聖書の言葉は深いのです。
(411文字)


▼▼▼リコメンド本「今週の一冊」▼▼▼

ご紹介した本の中から、
「いちばんオススメだったのは?」という基準でリコメンドします。
「いちばん優れていた本」というよりも、
「いちばんインパクトの大きかった本」という選考基準です。
皆さんの書籍選びの参考にしていただけたら幸いです。


▼今週の一冊:『わたしの信仰』

コメント:

メルケルは、
牧師にもなれるぐらい、
聖書に精通しているということがよく分かります。
彼女を支えているのが神への信仰だということも分かる。
この数年、世界のリーダーの面々が、
なんか、キン肉マンでいう、
「悪魔将軍グループ」みたいになってきましたが、
メルケルは本当に少ない、
「正義超人グループ」のひとりです。
そんなドイツでも右翼政党が躍進しているのを観ると、
「正義超人」はさらに少なくなっていくのかもしれません。
キツイ世の中になってきました。
それでも信仰は死なないし、
信仰は負けません。
私はそう確信しています。


▼▼▼部門賞▼▼▼

ご紹介した書籍の中から、
陣内の独断と偏見で、
「○○賞」という形で、
特筆すべき本をピックアップします。
こちらも何かのご参考にしてくだされば幸いです。

▼「山ちゃんおめでとう賞」

コメント:

山ちゃんへの「ご祝儀」ですね笑。
マジで山ちゃんは「努力の天才」です。
きっと何を仕事にしても、
成功していたでしょう。
そんな山ちゃんがお笑いの道を選んでくれたことを、
私は感謝しなければならない。
そのおかげでたくさん笑わせてもらってるし、
同世代の星として、「俺も頑張ろう」と、
思わせてもらってるのですから。

陣内が先週読んだ本 2019年5月9〜25日 『命のビザを繋いだ男』他

2019.10.29 Tuesday

第93号   2019年5月28日配信号

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
■2 陣内が先週読んだ本 
期間:2019年5月9日〜25日
::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::

先週私が読んだ本(読み終わった本)を紹介していきます。
一週間に一冊も本を読まない、
ということは、病気で文字が読めなかった数ヶ月を除くと、
ここ数年あまり記憶にないですから、
このコーナーは、当メルマガの
レギュラーコーナー的にしていきたいと思っています。
何も読まなかった、という週は、、、
まぁ、そのとき考えます笑。

ただ紹介するのも面白みがないので、
twitterに準じて、
140文字で「ブリーフィング」します。
「超要約」ですね。
(どうしても140字を超えちゃうこともあります。
 140文字はあくまで「努力目標」と捉えてください笑。)

忙しい皆さんになり代わって、
私が読んだ本の内容を圧縮して紹介できればと思います。
ここで紹介した本や著者、テーマなどについて、
Q&Aコーナーにて質問くださったりしたら、
とても嬉しいです。


●クォンタム・ファミリーズ

読了した日:2019年5月10日
読んだ方法:図書館で借りる

著者:東浩紀
出版年:2009年
出版社:河出書房

リンク:
https://bre.is/ys01hHfex

▼140文字ブリーフィング:

作家・思想家の東浩紀さんが、
2009年に書いたSF小説です。

彼の生き方に私はとても惹かれています。
「キリスト教界の○○」みたいな言い方ってあります。
この言い方を私はあんまり好きじゃないんですが笑、
敢えてこのカテゴライズに従いますと、
私の場合、目指しているのは、
「キリスト教会の東浩紀」
「キリスト教会の佐藤優」
このあたりだと思います。

東浩紀も佐藤優も、
読書層にしか知られていない、
世間的には「マイナーな有名人」ですから、
キリスト教=社会のなかでマイナー、
東浩紀=有名人としてマイナー、
という、「マイナー×マイナー」の掛け算なので、
私の活動はその天性からしてマイナーなのです笑。

佐藤優氏のことは今日は置いておくとして、
東浩紀はしかし、
凄い人だと私は思っていて、
個人的に「私淑」しています。
勝手に尊敬し、勝手にロールモデルのように考えている、
という意味です。

彼は東京大学大学院生時代に、
「動物化するポストモダン」という本を書き、
それが論壇に受け入れられ評価され、
「批評家・文筆家」としてのキャリアをスタートします。
その後大学で教えたり、論壇で活躍したり、、、
という時期を過ごした後、
「たこつぼ社会的な論壇・哲学会」という状況に、
可能性を感じられなくなります。

彼は大学の仕事や、哲学「業界」、
論壇「業界」との関係から足を洗い、
「起業」します。
彼は中小企業の社長になったのです。
それが「株式会社ゲンロン」という、
五反田に本社を構える会社で、
この活動をかれこれ10年近くしています。

「ゲンロン」の活動は、
「ゲンロンカフェ」という有料の討論会の主催、
本の出版、定期購読雑誌の刊行、
ゲンロンカフェの動画の有料配信、
各地でのゲンロン関係のイベント、
アートワークショップ、
チェルノブイリや福島へのツアーなど、
多岐にわたります。

なぜ彼についてこんなに詳しいのか?
端的に言って、私は彼の「ファン」なのです。

なんていうのかな。

彼は
「アリストテレスであることをやめて、
ソクラテスになることを選んだ人」
という風に私には見えるからです。

「トマス・アクィナスであることをやめて、
 パウロであることを選んだ人」
といっても良い。

あ、日本だとあれだ。
「親鸞」ですよ。

つまり、「象牙の塔」としての哲学会とか、
論壇を背にして、
「在野の思想家・哲学者」として、
民衆と共に苦しむことを選んだ人なのです。
そういう実践にしかこの世の中を変えられない、
という直観に従って。
そして、その直観はおそらく正しい。

「哲学会」「神学界」「キリスト教界」、
「何かしらの学会」「職能集団」、
こういったシェルターに引きこもると、
その人の思考は「たこつぼ化」します。

たこつぼ化とは思想家の丸山眞男が広めた概念で、
「その業界のローカルルールに引きこもる現象」を言います。
私はかれこれ10年ほどこのことについて考えてきました。

最近気づいたことが二つぐらいあります。
これを「日本社会の現象」と考えると見誤るということ。
英語で、「サイロ・エフェクト」という言葉があり、
たこつぼ化とほぼ同じ現象を指します。
そういった言葉が英語圏にもあるということは、
おそらく世界に普遍的な現象です。

もうひとつは、「たこつぼ化」の「ありか」です。
「たこつぼ」や「サイロ」はどこに存在するのか?
それは社会や集団の中にではなく、
「脳内」にある、というのが、
私の最近の思考的アップデートです。

つまり、その社会のなかに、
「見えない空気」のようなものが働き、
それが集団をたこつぼたらしめている、
という世界像そのものが、
「非常に日本的」なのです。

そうじゃない。

「たこつぼ化」とは端的に、
「思考パターン」のことだと整理すると、
私は問題がすっきりするのではないかと最近は思っています。

なので、「学会にいながら、たこつぼ化していない人」がおり、
分野横断的に活動しているはずなのに、
思考法が、たこつぼっぽい人がいる。

東浩紀は「文壇」というたこつぼを飛び出し、
「たこつぼ化する日本」に、
風穴を空けたいのだと私は理解しています。
そして言いたいのだと。
「思想とか哲学の本来の役割って、
 つまりはこういうことでしょ。」って。

めちゃくちゃカッコいい。
だからこそ、
彼はガンダムやエヴァンゲリオンを論じたり、
戦後日本社会を論じたり、
カントやフランス文学を論じたり、
そして小説を書いたりします。

彼の知性は縦横無尽に飛び回ります。
それは彼が半端ではない思考の燃料、
つまり骨肉となった知識を持っているからです。

めちゃカッコいい。
私がしたいと思っていることはそういうことです。
彼の100分の1にも達していませんが。

この小説、実は三島由紀夫賞を受賞してるんですよね。
東浩紀がどんな小説を書くのか、
私は興味がありました。
「思想的な人間が文学的なものを書くとどうなるのか?」
を知りたかった。

告白しますと、
私もいつか小説書くかも、
と、10%ぐらい思っていて、
その予備勉強のために読んだのです。

、、、で、この小説については?

文字数がなくなったので割愛します笑。
量子論の世界に、
「マルチバース」っていう考え方があるんですよね。
「シュレーティンガーの猫」とかの延長線上にある話しです。
「ユニ=唯一の」「バース=領域・宇宙」というのが、
ユニバース、つまり宇宙なのですが、
「マルチ=多数」の「バース=宇宙」
というのがマルチバースの考え方です。

「私たちの宇宙は、
 無数の『あり得たかもしれない宇宙』の、
 可能性のひとつに過ぎないのではないか」
と言う仮説です。
「地球が存在することは奇跡」
というのは天体学者のだれもが同意するのですが、
実は何兆個という、
「地球が存在しない宇宙」が、
我々の知覚できないかたちで存在していて、
私たちはたまたま「奇跡の宇宙」にいるだけなのではないか?
この考え方は「人間原理」という有名な思想とも親和性が高い。

これ、トンデモ学説とかじゃなくて、
物理学の世界では真面目に論じられています。
現代の物理学はますますSFに近づいているのです。

東浩紀はこの、
「マルチバース」の考え方を下敷きにしたSFの物語に、
デリタだとかドストエフスキーの思想・哲学を載せる、
という高度なことをしています。

私は村上春樹の、
「世界の終わりとハードボイルドワンダーランド」を、
東浩紀が書くとこうなる、
という話しとして読みました。
(2,433文字)



●英語を子どもに教えるな

読了した日:2019年5月10日
読んだ方法:図書館で借りる

著者:市川力
出版年:2004年
出版社:中公新書ラクレ

リンク:
https://bre.is/uKdn-qfOK

▼140文字ブリーフィング:

先日、メルマガ読者で友人の山田風音くんと、
愛知県で会ったときに教えてもらいました。
めちゃ面白い本でした。

「我が子に英語を話してほしい」と、
多くの親が思います。

グローバル化する世界で、
「英語を話せる」というのは、
麻雀で言うと(麻雀でいうのか!)、
ドラが一つ乗っかっている、
あるいは役がひとつ揃ってるみたいな感じです。
あ、やっぱ分かりづらかった笑。
トランプでいうと、
ジョーカーが手札にある感じです。
こっちのほうがいいね笑。

、、、私は断定調でそう書きましたが、
「果たしてそうなのか?」というのは、
私も思うわけです。

私自身が幼少期の一時期をアメリカで過ごし、
高校でかなり英語を頑張り(←これ重要)、
大学では留学生とめっちゃ時間を過ごしたのもありますが、
まぁとにかく、英語を話せるわけです。
なので「オマエに言われても説得力に欠く」と言われれば、
言い返す言葉もないのですが、
「英語が話せること」って、
そこまで大切なことだろうか?
というのは思うわけですよ。

「正確な日本語が話せる」
ことのほうがよほど大切だと、
それでも私は思うわけです。

「マジ」「うざい」「ヤバい」「きもい」
といった、だいたい10語ぐらいのボキャブラリーで、
日常を送っている人間というのは、
「日本語すらマスターしていない」
と思います。
そのような人が英語を学ぶ、
あるいは子どもに英語を身につけさせようとする、
というのは、
「もっと先にやることがあるんじゃないの?」
とか思うんですよね。

なんていうのかな。

パンツとズボン履いてない人が、
ネクタイの柄で悩んでるみたいな話で、
「まずパンツだろ」と笑。

まずはチンコをしまってから、
ネクタイにこだわろうぜ、っていうね。
「チンコ」ってメルマガに書く日が来るとは、
思ってませんでしたが笑。

、、、で、本書の著者は、
90年代に日本からアメリカにビジネスで来た家族の、
子どもたちのための「学習塾」で教えていた人です。
親たちは「せっかく幼少期をアメリカで過ごすのだから、
バイリンガルに育てなきゃ損」みたいな感覚で、
子どもたちを必死でバイリンガルにしようとしたそうです。

そのような多くの子どもたちを彼は、
10年とか20年という単位で観察し、
気づいたのです。
「小さいうちに英語を身につけさせようとすることが、
かならずしも子どもたちを幸せにしていない」と。
じっさい、親たちの期待に応えようとした結果、
「日本語も英語も中途半端にしか使いこなせず、
 変なプライドだけを身に着けて日本に帰った結果、
 引きこもりになり、拒食症になり、
 自殺までしてしまう」というような子どももいました。

自殺は極端にしても、
「子どもに英語をぶち込む」
という親のエゴが、
必ずしも子どもを幸せにしない、
ということを著者は経験的に確信するようになります。

論点がいくつかあるのですが、
代表的なところをピックアップしてご紹介します。

→P91 
〈「せっかくアメリカに来たのだから、
子どもに英語を身につけさせないで帰るのはもったいない」
と安易に発言する親が多かった。

しかし、それは、大人の自分勝手な発想に過ぎない。

英語を身につけながら、
日本語を維持することは並大抵のことではない。
比較的低年齢からアメリカに来ているのに
英語力の伸びが芳しくない場合や、
日本でもあまり読書習慣がなく、
豊かな日本語体験があったとは言えない場合、
英語も日本語も両方ともセミリンガル状態になる可能性が高いので、
まずは母語である日本語の力を養う指導に重点を置くべきだろう。〉


、、、「セミリンガル」というのは、
日常会話は出来るが、
論理的に話しをしたり、
本を読んでその内容を理解する、
といった言語能力にまで到達していない状態です。
英語と日本語の両方を子どもに同時にマスターさせようとするのは、
あきらかに「オーバーロード」で、
子どもの脳は「中途半端な英語」と、
「中途半端な日本語」だけを身に着け、
結果的にどちらも「使い物にならない」という風になる。

例外的に見事なバイリンガルになった子どもたちには、
共通する特徴があったそうです。
まず、その子どもと家庭に、
日本語で本を読む読書習慣があったこと。
そして親が子どもに、
本を読み聞かせる習慣があったことだそうです。

彼らの「日本語能力の足腰の強さ」が、
英語を習得する際にもプラスに働き、
バイリンガルになることに成功したのだろう、
と著者は予測しています。

いずれにしても、
「まずは日本語」なのです。
パンツが先なのです。

、、、そもそも、
なぜ親たちはそんなにも、
子どもに英語を話してほしいのか?
「国際人になってほしい」というのが理由ではないでしょうか?
もっと卑近に、「就職や就学に有利に働き、
将来高額な報酬をもらえる仕事に就ける」
と考える親もいるかもしれませんが、
いずれにせよやることは同じです。
日本語を第一言語としない人々と、
「意思疎通」出来る能力を獲得する、
という意味では両者は同じことを要求します。

ではどうすれば、
英語話者と英語で意思疎通できるか?
実はそのために必要なのは、
「発音が良いこと」ではなく、
「話している内容が良いこと」のほうです。
つまり論理力と、自分の考えをしっかり持つこと、
それを他者に伝達できる表現力のほうが大切なのです。

引用します。

→P112〜113 
〈いい発音で定型句を並べていけば、
非常に高度な英語力を持っているように見える。
その意味でいくら「ぺらぺら」になったとしても、
人間性と知識が「ぺらぺら」ならば、
国際社会でまったく相手にされないだろう。
まずは、外国人に伝えたいアイデアや意見を持つことが何よりも大事である。
それがないから話せないのであり、
英語力だけのせいにして妙なコンプレックスにこりかたまっているのは、
まったくの筋違いであることに気づかなければならない。
英語ぺらぺら幻想から目覚めることが、
今いちばん英語教育において必要なことなのかもしれない。〉


、、、実は英語以上に普遍的な科目は数学です。
全世界共通ですから。
これには深い理由があります。
数学というのは「論理学」なのです。

AゆえにB
BゆえにCならば、
AゆえにC、
といったような「ロジック(論理)」
を操作することが出来ることが、
良い発音で話すことよりも大事です。

たどたどしかったとしても、
「あなたが今言ったことと、
 この情報をつなげると、
 こういう結論になるのでは??」
というように論理的な話しを出来ることの方が、
「国際人」には必要な条件なのです。

最後に著者は、
「親のわがままな願望を子どもに投影するな」
という警句を発します。

→P98 
〈子どもに対する親の期待が、
親自身の「わがままな願望」を
実現させようとするものであったとき、
それは子どもにとって、過度で、
不当に期待になると言えるだろう。

親が子どもに英語を学ばせたいと思う動機が、
自分は英語で苦労したので、
我が子にはこの思いをさせたくないということであったり、
有名校に進学し、一流企業に就職するためには
英語が武器になるということであったりした場合は、
「子どものため」という理由を隠れ蓑にして、
実は親が自分のわがままな願望を子どもに託しているに過ぎない。

また、我が子を、他の子と比較して、
優れている子どもに育てることで、
自分の競争心を満足させたいという気持ちの延長線上に、
英語が出来る子どもにするという目標があるならば、
子どもは親の期待の犠牲者になる可能性が高いだろう。〉


→P99〜100 
〈我が子を思う気持ちの強さが、
気づかぬうちに親自身の自己愛を
満足させることにつながりやすいことを、
親は常に意識していなければならない。
子どもに対する親の期待には、
子どもを追い込む危険な罠が隠れている。〉


、、、子どもにとっての最大のリスクファクターは、
放射能でもスマホでもPM2.5でもありません。
それは「親」です。
親である自分自身が子どもを害していないか?
これが一番たいせつなことだと、
私は自分に言い聞かせています。
子育てって「何をするか」と同じかそれ以上に、
「何をしないか」が大事だと思います。
(3,252文字)



●シャーデンフロイデ

読了した日:2019年5月10日
読んだ方法:図書館で借りる

著者:リチャード・H・スミス
出版年:2018年
出版社:勁草書房

リンク:
https://bre.is/35fQOPmw7

▼140文字ブリーフィング:

早くも文字数がヤバくなってきたので、
ここからは駆け足で行きましょう。

中野信子さんが、
同じタイトルで新書を書いていますが、
こちらはその「元ネタ」のような本で、
学術的な知識に基づく緻密な本です。

「シャーデンフロイデ」とはドイツ語で、
「シャーデン=毒・損害」「フロイデ=喜び」
という意味なので、
「他者の不幸を見たときに沸き上がる喜び」
というような意味になります。

現代社会を理解する上でシャーデンフロイデは、
重要な補助線となります。
週刊誌の不倫報道や、
不正を犯した人物をとことん糾弾する「ネット自警団」など、
現代社会には「シャーデンフロイデ」で説明できる現象が、
非常に多く見られます。

自分が不幸なとき、
頑張って幸せになろう、
という方に行くのでなく、
他者が自分と同じく不幸になるのを見て、
溜飲を下げる、という心理的な力学ですね。

これに絡め取られないことが、
現代社会において非常に大切です。

→P177 
〈ダンテの神曲(煉獄篇)では、
妬み深い者の両目が針金で縫い付けられているが、
この描写は相応しいものであるように見える。
というのも、ラテン語のin「〜の上で」+videre「見る」が、
envy(妬み)の語源だからだ。
妬む人たちは有利な他者に悪意を抱きながら、
邪眼を向けている
――「そして、他者に不幸が降りかかると嬉しそうに眺める」。〉


、、、私たちは他者を「上から見る」のです。
FacebookやInstagramやネットニュースや匿名サイトで。
そして、「不幸が降りかかると嬉しそうに眺める」。
ダンテの神曲ではこの人たちは、
両目を針金で縫い付けられました。

現代人の多くもそれに一歩近づいています。
では、私たちはどうすればシャーデンフロイデから自由になるのか?
それには私たちに潜むいくつかの、
「心理バイアス」を理解し、
それに対処する必要があるのですが、
今日はそこまで説明する時間(文字数)がありません。
あしからず。
(798文字)



●逆転力

読了した日:2019年5月17日
読んだ方法:図書館で借りる

著者:指原莉乃
出版年:2014年
出版社:講談社MOOK

リンク:
https://bre.is/eoK6QktJWn

▼140文字ブリーフィング:

AKB48の指原さんの本です。
どちらかというと、
指原は嫌いなのですが笑、
彼女が頭が良いのは間違いありません。
「天才」と言っても良いかもしれない。

「地頭が良い」という言葉がありますが、
彼女こそその権化のような存在です。
本書を読んでそれを深く確信しました。
読むと分かりますが、
クソほど頭良いです、この人。
私の100倍ぐらい頭がキレるんじゃないでしょうか笑。
マジで。

ただね。

注意が必要です。

「自信を失ってるみんな、
 私を見てください!
 こんなに可愛くもないし、
 特別な才能もない指原でもできたんだから、
 みんなもできるって夢を見てほしい」
というのが彼女が言っていることですし、
秋元康もその「ストーリー」を商品化しているわけですが、
この商品には劇物が混ざっています。
「猛毒入りまんじゅう」なのです。

どういうことか?

本書で一番多様される言葉は、
「自分はズルい」「自分は打算的だ」
「自分は計算高い」「自分が幸せなのが一番大事」
「死にたくない」「真正面から勝負しない」というような、
「エゴイスト宣言」「自己愛宣言」です。
彼女は「自己愛世代」の日本代表なのです。

まぁ、「こういう人が成功する社会」だ、
というのもよく分かるし、
彼女の在り方は、
現在の20代以下の世代の空気を良く表しています。

ただ、ここからが問題です。

彼女は明らかに天賦の才能に恵まれ、
天才的に頭が良いから良い方に転んだのであって、、、、
という留保が必要なのです。
「本物の凡人=つまり人口の99%」が、
彼女の哲学を内面化して実践したら、
完全に無視されるか、
社会に迷惑をかけるか、
大事故を起こします。

「自分を凡人に見せる」
ということを含め、
彼女は天才なのですから。
彼女は猫の着ぐるみをかぶった、
サーベルタイガーなのです。

騙されてはいけません。

それはさておき、
予見される未来において、
「日本初の女性総理大臣」になるとしたら、
それは指原だと思います。
まぁ、私は好きじゃないけど笑。
(620文字)



●えんとつ町のプペル

読了した日:2019年5月18日
読んだ方法:図書館で借りる

著者:にしのあきひろ
出版年:2016年
出版社:幻冬舎

リンク:
https://bre.is/Oa4B_BJX7

▼140文字ブリーフィング:

ひとつ罪を告白しますと笑、
インドにいる間、
Kindleで本を買って読んでいくうちに、
変な袋小路に迷い込んでしまい、
キングコングの西野亮廣の自己啓発書を、
買って読みました。

そのタイトルも「新世界」。
その本の中で彼がめちゃくちゃ「あおる」ので、
彼の絵本がどんなもんかと思って、
つい手に取ってしまいました。
罪に罪を重ねてしまいました笑。

、、、読んでどうだったか?

ノーコメントでお願いしたいところですが、
まぁ、端的にいって、
中二病が爆発してましたよ、そりゃ。
彼の中二病は凄いです。
「職業・中二病」ですから笑。
それで立身しているのですから、
それはそれで立派なものです。
(279文字)



●誰もが嘘をついている

読了した日:2019年5月18日
読んだ方法:図書館で借りる

著者:セス・スティーヴンス=ダヴィッドウィッツ
出版年:2018年
出版社:光文社

リンク:
https://bre.is/n4OVfvKCd

▼140文字ブリーフィング:

これはめちゃくちゃ面白かったです。
人間心理を広域に調べる場合、
現代の学問体系ですと、
社会学ではアンケートを用い、
心理学では学生による実験を用います。

ところが、
「第三の情報ソース」として、
著者は「グーグル検索バー」のビッグデータが、
それになるのではないか、と「予言」します。
当初学者たちは彼の主張を相手にしていませんが、
もはや無視できないところまで来ています。

たとえばインフルエンザの流行を、
予測したりモニタリングするのに、
米国でも日本でも手法は同じです。
医者が患者を診断します。
医者は特定の流行性疾患について、
保健所などの政府機関に報告が義務づけられています。
ところが発症→診断→報告→集計→発表、
というプロセスには、一週間から10日間のタイムラグができます。
「流行の予兆」から「流行の発表」まで、
いかにも官僚的な理由で、
かなりのタイムラグがあるわけです。

ところが、もう一つの感染予測ルートが、
現在真剣に検討されています。
ある町である日のグーグル検索バーに打ち込まれる、
「高熱」
「節々の痛み」
「筋肉痛」
「喉の腫れ」
「倦怠感」
などの検索ワードが跳ね上がったら、
それはかなりの高確率でインフルエンザの流行を示唆するのです。
しかも、役所よりも7日間も早く予測できる。

もちろん、
グーグルのプライバシーポリシーの問題や、
これによる発表が始まったときに、
その事実が検索項目に影響を及ぼすという、
「量子論的問題」など、
様々なクリアすべき課題はあるのですが、
あるトピックについては、
実験やアンケートよりも、
Google検索バーの情報のほうが、
正確に社会の実態を把握する情報源である、
ということは間違いなさそうです。

著者は検索バーは、
現代の告解室(カトリック教会の懺悔を行う場所)だ、
と指摘しています。

→P131 
〈ここでちょっと
「子どもを持ったことを後悔している」
などと検索することの意味を考えてみよう。
グーグル自体は情報を調べる手段として存在している。
天気予報や昨晩の試合結果、
自由の女神はいつ建てられたかなどだ。
だが時に人は、
たいして期待もせずに赤裸々な思いを検索ボックスに打ち込む。
この場合、検索ボックスはいわば告解の場だ。〉


、、、現代人は、
最愛の人や神父の前ではなく、
検索バーの前で、
最も正直になるのです。

2016年のアメリカ大統領選挙において、
メディアのほとんどは、
「ヒラリー圧倒的有利」を予測しました。
直前の電話予測調査でもそれは変わらなかった。

しかし、蓋を開けてみると、
トランプが勝った。
人々は電話調査で嘘をついていたのです。
「有権者の子どもへの調査」は、
これまでの大統領選では、
かなりの精度で当選者を予測する、
と知られていましたが、
それすらも裏切られました。
子どもたちは親たちのヒラリー支持を予測しましたが、
結果は逆になった。

親たちは子どもたちにすら嘘をついていたのです。

では、人々は正直に告白したのはどこか?
そうです。
検索バーです。

引用します。

→P25〜26 
〈予備選の初期、ネイト・シルバーは、
トランプが勝つ見込みはないに等しいと宣言した。
予備選が進み、
トランプが広範な支持を集めていることが明らかになるにつれて、
シルバーは何が起きているのかデータで検証することにした。
いったいどうしてトランプはこんなに快調なのか?

その結果、トランプが最も優位な地域をつなぎ合わせると、
奇妙な地図が出来ることが分かった。
北東部、中西部工業地帯、そして南部で勢いがあり、
西部では不振を極めていたのだ。
シルバーはこの勢力図を説明できる変数を探した。

失業率か?
宗教か?
銃所有率か?
移民率か?
反オバマ率か?

そしてシルバーは、
共和党候補予備選挙で
ドナルド・トランプの支持に最も相関性の高いある要因を見出した。
それは私が4年前に見出した判断の手がかりだった。
トランプ支持が最も強かった地域は、
「ニガー」という語を最も良く検索していた地域だったのだ。〉


、、、ニガーというのは、
黒人への蔑称です。
「クソ黒人」と検索した人が多い地域と、
トランプ支持との相関性が、
宗教、銃所持率、移民率、失業率、、、
などよりも正確な「トランプ予測変数」だったのです。

背筋の凍る話しです。

今後もグーグルのビッグデータは、
人類の動向を分析・予測する上で、
かつてないような規模の情報を与えてくれるでしょう。
社会学の概念が変わるかもしれないような変化の予兆が、
すぐそこまで迫っています。
(1,812文字)



●戦争する国の道徳

読了した日:2019年5月18日
読んだ方法:図書館で借りる

著者:東浩紀、宮台真司、小林よしのり
出版年:2015年
出版社:幻冬舎新書

リンク:
https://bre.is/VB8rd6Y-H

▼140文字ブリーフィング:

先ほど紹介した、東浩紀の「ゲンロンカフェ」で、
2015年3月14日に行われた鼎談の文字おこしです。
3人が沖縄の基地問題、福島の復興、日本の未来について語ります。
面白かったですが文字数の関係で泣く泣く割愛!

東浩紀が「回し役」なので、
最も発言機会も少なく話しも短いが、
彼が最も頭が良いというのが文字興しすると分かります。
宮台真司は衒学的でちょっと、、、。
もちろんそれはそれで圧倒されるわけなのですが、、。
(199文字)



●文藝春秋 2019年6月号 村上春樹「猫を捨てる」

読了した日:2019年5月24日
読んだ方法:駅の売店で購入(1000円)

著者:村上春樹
出版年:2019年
出版社:文藝春秋

リンク:
https://bre.is/kwdR44Vf_

▼140文字ブリーフィング:

村上春樹氏が書き下ろした、
お父さんとの和解の話し。
めちゃくちゃ興味があったので、
「文藝春秋」の雑誌を初めて駅で購入しました。
心がじんわり温まる、良い文章でした。
これも文字数の関係で割愛(泣)!
(96文字)



●命のビザを繋いだ男 小辻節三とユダヤ難民

読了した日:2019年5月25日
読んだ方法:義理の父から借りる

著者:山田純大
出版年:2013年
出版社:NHK出版

リンク:
https://bre.is/QJ2gCcIgm

▼140文字ブリーフィング:

ペース配分をまちがえました(爆死)。
本当がこの本が一番解説したいのですが、
文字数が足りないので簡単に説明します。

杉原千畝の「命のビザ」は、
今では多くの人が知っていますが、
命のビザでリトアニアから日本に逃げてきた難民たちが、
アメリカに行くために「中継」した人物の存在は、
これまで知られていませんでした。

本書の著者・山田純大さんはなんと俳優さんで、
歌手の杉良太郎の子どもらしいです。
彼は子ども時代をハワイで過ごしたそうで、
小辻節三という人の存在を知ったことから興味が湧き、
綿密な調査をして、
「日本にこういう人間がいたことを、
 日本人に知ってほしい」
という一心でこの本を書き上げました。

小辻節三という人について引用します。

→P9 
〈杉原(千畝)が発給したビザは
あくまでも日本を通過することを許可するビザであり、
彼らに許された日本での滞在日数は多くても十日ほどであった。

たった十日間で目的地の国と交渉し、
船便を確保するのは不可能である。
ユダヤ難民たちはビザの延長を求めたが、
その願いは叶わなかった。

もし、ビザが延長されなければ、
ユダヤ難民たちは本国へ強制送還されることになる。
それは彼らにとって「死」を意味していた。

そんなユダヤ難民たちの窮地を救った一人の日本人がいた。
その人の名は小辻節三。

小辻節三は次々に神戸に辿り着くユダヤ難民たちの窓口となり、
日本政府と様々な形で交渉した。
そして見事にビザの延長を実現したのだ。

それだけではない。
ビザがないために日本に入国できず、
日本海の船上で助けを待つユダヤ難民たちに救いの手を差し伸べたり、
彼らが日本で安心して生活を送れるように尽力した。
また、目的地へ向かう船便の確保のために
船会社と交渉するなど東奔西走した。〉


、、、ユダヤ人たちを救済した外国人たちに、
「諸国民の中の正義の人」という賞が、
イスラエルから送られます。
『シンドラーのリスト』のシンドラーや、
杉原千畝などにも贈られているのですが、
小辻節三はこれを授与されていません。

それには理由があり、
これは「異邦人」に贈られる賞なのですが、
小辻節三は異邦人ではないのです。
彼は若いときにキリスト教に改宗し、
神学校に行き牧師になり、
旭川で教会の牧師として働きます。
しかしその「教会文化」になじまず、
むしろ「ヘブル語と聖書」に惹かれた小辻は、
アメリカにわたりヘブル語の博士号を取ります。

そして日本に帰ってきて、
ヘブル語を教える私塾を運営した後、
満鉄総裁の松岡洋右に呼ばれ、
満州国に行って、
当時満州国に多数いたユダヤ人と、
当局との橋渡しをするようになります。

帰国してからは鎌倉でヘブライ語の研究をしていましたが、
「命のビザ騒動」で再び日本のユダヤコミュニティから要請され、
東奔西走して彼らの命を文字通り救います。

戦後彼は穏やかな日々を過ごしますが、
老年になり、「改宗してユダヤ人になりたい」
という長年の夢を達成するために、
エルサレムに渡ったのです。
彼は「日本人初のユダヤ教徒(ユダヤ人)」でもあるのです。

「諸国民の中の正義の人」は、
「ユダヤ人のために尽力した異邦人」に贈られますから、
ユダヤ人となった小辻は対象に入っていなかったことを、
山田純大さんは突き止めます。
しかし、彼の「日本人としての」業績が認められ、
今後もしかしたら「諸国民の中の正義の人」
に加えられる可能性がないわけではありません。

こういう人が日本にいたことが、
誇らしくなりました。
まったくこれまで知らなかったことが申し訳ないですし、
知らせてくれた山田純大さんに感謝したいです。
(1356文字)



▼▼▼リコメンド本「今週の一冊」▼▼▼

ご紹介した本の中から、
「いちばんオススメだったのは?」という基準でリコメンドします。
「いちばん優れていた本」というよりも、
「いちばんインパクトの大きかった本」という選考基準です。
皆さんの書籍選びの参考にしていただけたら幸いです。


▼今週の一冊:命のビザを繋いだ男 小辻節三とユダヤ難民

コメント:

これは非常に面白かった。
紹介してくれた義理の父に感謝です。
小辻節三という人の、
学究肌で政治的な権力や名声や富に無頓着な、
いわば不器用な生き方は、
どこか自分自身と重なるところがあり、
他人事とは思えませんでした。

彼は自分の人生を、
「霊的な探求の旅路だった」と晩年に言っています。
「100年以内に自分を理解してくれる人が、
 きっと現れるだろう」
と言い残して死んだ、と娘たちは語っています。
じっさい山田純大さんが「掘り起こす」まで、
ほとんどまったく日本で知られてこなかった。
むしろイスラエルや、
アメリカのユダヤ社会では有名な人らしいですが。

同時代に理解されることにまったく頓着しない、
というのもとても惹かれる。
「宗教家として成功することと、
 霊的な歩みをすることは矛盾する」
というのを最近何かで読んだのですが、
私は後者に傾いているので、
同じ傾向を持つ小辻節三に共鳴を覚えるのでしょう。



▼▼▼部門賞▼▼▼

ご紹介した書籍の中から、
陣内の独断と偏見で、
「○○賞」という形で、
特筆すべき本をピックアップします。
こちらも何かのご参考にしてくだされば幸いです。

▼「検索データの衝撃賞」
『誰もが嘘をついている』

コメント:

この本はヤバかったです。
解説に書いた通りですが、
「世の中の認識」が、
今後変わっていくかもしれない、
ということを感じます。
私たち現代人は「グーグルという祭司」に、
いつも罪を告白しながら生きているのです。
そして祭司がその気になれば、
私たちを操作することもできる。
面白かったです。

陣内が先週読んだ本 2019年4月4日〜5月8日 『知性は死なない』他

2019.10.22 Tuesday

第91号   2019年5月14日配信号

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
■2 陣内が先週読んだ本 
期間:2019年 4月4日〜5月8日
::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::

先週私が読んだ本(読み終わった本)を紹介していきます。
一週間に一冊も本を読まない、
ということは、病気で文字が読めなかった数ヶ月を除くと、
ここ数年あまり記憶にないですから、
このコーナーは、当メルマガの
レギュラーコーナー的にしていきたいと思っています。
何も読まなかった、という週は、、、
まぁ、そのとき考えます笑。

ただ紹介するのも面白みがないので、
twitterに準じて、
140文字で「ブリーフィング」します。
「超要約」ですね。
(どうしても140字を超えちゃうこともあります。
 140文字はあくまで「努力目標」と捉えてください笑。)

忙しい皆さんになり代わって、
私が読んだ本の内容を圧縮して紹介できればと思います。
ここで紹介した本や著者、テーマなどについて、
Q&Aコーナーにて質問くださったりしたら、
とても嬉しいです。


●神の傷みの進学

読了した日:2019年4月6日
読んだ方法:図書館で借りる

著者:北森嘉蔵
出版年:1980年
出版社:講談社

リンク:
https://goo.gl/NqG3id

▼140文字ブリーフィング:

これはずっと読みたかった本です。
国内外を問わず、20世紀以降の神学書に、
かなり頻度で引用されている、
日本の神学者による著作です。

インドの被差別民の解放のために尽力している、
ラムスラット氏という方を、
FVIは資金的に支援してきました。

▼参考リンク:FVIのプログラム
http://karashi.net/project/world/program_02/report/2016.html

先月インドに行った目的のひとつが、
このラムスラットさんと話すことだったので、
彼らの働きの神学的な支柱と、
きっと北森架蔵は関係があるに違いない、
という予感がしたため、
「予習」のために読みました。

、、、結果、
北森架蔵の話しをするのは忘れちゃったんですけど笑。
でも、去年読んだ栗林さんの「荊冠の神学」の話しはしました。
いずれにしても、これらの話しはかなり文脈的に共通するので、
予習しておいたことで深い話しが出来たと思います。

著者はエレミヤ書31章20節の「はらわたが痛む」、
という御言葉からインスパイアされて、
ギリシャ的な「痛まない神」から
非西洋的な「傷む神」への転回を計ります。
時を同じくして20世紀最大の神学者のひとり、
ドイツのユルゲン・モルトマンが
「十字架のうえの神」で「傷む神」を提示し、
当該書(十字架の上の神)で北森氏の本書に言及しています。

私たちが「(正統な)神学」というときそれは、
西洋キリスト教神学のことを指します。
神学校で学ぶのもこっちですね。
ただ、「正統的である」ということと、
それが本当に正しいと言うことは別のことです。
そもそも「真理は生成的」だ、
というヘブル的な観点に立てば、
「正統的」という言及自体が「そこで止まってしまう」、
という静的(スタティック)なイメージを含むため、
真理を言い表せていないことになる。

真理はもっとダイナミックなものです。
モルトマンや北森はそのへんをよく分かってるから、
西洋キリスト教神学にもアキレス腱がある、
という前提で話しを始めるわけです。

そのアキレス腱とは、
「ギリシャ的なるもの」です。
ギリシャ的なものというのは、
「概念化」とか「分析」を得意とする一方、
言葉にならない形容しがたい何かや、
分類不能なものを分類不能なまま扱う、
といった概念操作は苦手です。

そうするとどうなるか?

「神は完全である」という、
「定理(!)」をギリシャ的なものは好むのです。
そうするとそこから、
「神は間違わない」
「神はすべてを知っている」
「神に出来ないことはない」
などの概念が「演繹(!)」されます。

その中に、「神は苦しまない(痛まない)」
が入っています。

でも、それって本当なんだろうか?

ということを、
モルトマンや北森は言っているのです。
聖書をギリシャ的に読めばそうかもしれないけど、
非ギリシャ的に読むならば、
ちょっと違うんじゃないの?

ってことです。

引用しますね。

→P203〜204 
〈ギリシャ人の思惟を通過せずしては、
三位一体の真理は決して現に見るごとき
完全な明確さを獲得することは出来なかったであろう。
我々もまたこのことを感謝しつつこの真理に従い歩まねばならぬ。

しかしギリシャ的思惟はこの積極的意義と同時に、
一つの制限を持っていることも否定しがたいところである。
既に述べたごとく、
「本質」としての神はその性格において、
聖書に示される神の真実の姿から一つの決定的なるものを見失っている。
エレミヤが見た痛みにおける神の姿こそ、
その決定的なるものである。
今日の我々の任務は、
ギリシャ・ローマ的教会の真理に従い歩みつつ、
しかもそれが見失っていた聖書の真理を再び回復することによって、
その立場を一歩発展せしめることである。〉


、、、こういう話しをすると、
「そうだ、キリスト教神学なんてクソだ!」
「神学校さえ消えてなくなればキリスト教会は良くなる!」
みたいな結論に飛びつく人がいますが、
それは早計というものです。

さらに言えば「あさはか」ですし、
もっと言えば教養に欠き、不遜ですらある。
その路線で行くと、必ず失敗します。
歴史から学ばない愚者は失敗を繰り返しますから。

アイザック・ニュートンが言ったように、
私たちはみな、「巨人の肩」に載っているのです。
そして「巨人」とは2000年間の神学の歩みのことです。
私たちはその恩恵に感謝しつつ、
それを「一歩でも、1ミリでも」発展させる、
という態度が必要なのです。
(1,796文字)



●知性は死なない 平成の鬱をこえて

読了した日:2019年4月13日
読んだ方法:札幌のブックオフで購入(889円)

著者:與那覇潤
出版年:2018年
出版社:文藝春秋

リンク:
https://amzn.to/2U6o988

▼140文字ブリーフィング:

これはインドで読みました。
YouTube放送でも語ったのですが、
この本はもう、めちゃくちゃ面白かったです。
インドにいた3週間の中の、
「思い出ランキング」を作ったら、
「昼ごろに来る」、と言ってた人が、
19時まで来なかった7時間の間、
仕方ないから部屋でこの本を、
夢中で読んだことがベスト3に入ってくると思います笑。

日本でやれや、っていうね笑。

この本は札幌のブックオフで偶然出会った本です。
與那覇潤という著者のことは、
以前読んだ本で知ってて、
同世代の若手の論客、
ということでシンパシーを抱いていました。

ブックオフでこの本を手に取ると、
何とこの人、私がうつ病療養していた時期と、
1年ぐらい遅れて、ちょうど同じ期間、
うつ病を患って大学の職も失っていたのです。
本作はその「復帰作」です。

もうね、私自身の自叙伝を読んでいるごとく、
いちいちすべてのことに共感出来、
そして私もまだ言語化できていなかったようなことを、
見事に言語化してくれていて、
なんていうか、
「読んだ後に見える風景が変わる本」でした。

自分の病気と、
「平成」という時代が抱える行きづらさ、
そして思想的行き詰まりをパラレルに描き、
そこから「ナラティブの改変」によって抜け出した著者は、
新しい時代の新しいナラティブ(思想)について提案するようになります。

イタリアの精神科医の言葉に、
「Recovery is Discovery」という言葉があって、
私はこの言葉が好きです。
「回復は発見である」というような意味で、
精神疾患から「回復する」というのは
「もとの状態に戻る」ことじゃない、
ってこの人は言ってるのです。
そうじゃなくて、
せっかく病気になったのだから、
そこから何かを発見して、
新しい風景が見えるようになる。
新しい風景から見た時に、
もはや病気は障害ではなくなっていて、
問題は問題ではなくなっている、
というような「弁証法」の過程を、
このイタリアの精神科医の言葉は表しているわけです。

與那覇さんの著書『知性は死なない』は、
その弁証法的プロセスを、
まさに見事に言語化していて、
私は自分自身の活動と照らし合わせるとき、
もはや彼を他人とは思えなくなりました。
「同志」とか「兄弟」のように感じています。
一度も会ったことないけど笑。

でも病って人をつなげるんです。
同じ病を患った人って、
ときには家族以上に親しく感じます。
もちろん例外もあるけれど。
これは病気になった人だけが分かってくれる感覚だと思いますが、
そういうのって、確かにあります。
「あの苦しみのことを知ってる人としか、
 話したくない」という時期が、
病気の時はありますから。
病気を経た後もそうです。
「友よ!あの苦しみを知っているのか!」
というやつです。

これってたとえば、
「お前もノルマンディー上陸作戦にいたのか!」とか、
「あなたもあのレイテ島で戦っていたのですね!」
というような連帯に近い。
肉親ですらその感情的繋がりを理解出来ない。
「同じ地獄を共有した者同士」の連帯は、
それほどに特別なのです。

さっきからまったく本書の内容に触れていませんが笑、
あまりにも読書メモの分量が多いので、
いつか「本のカフェ・ラテ」で詳説しようかなぁ、
と思っています。

ちょっとだけ引用しますね。

→P26 
〈うつ病を始めとする精神の病を患った人は、
どなたも自分自身の「世界観」が
打ち砕かれてしまう体験をされたと思います。
いままであたりまえに出来ていたことが、できない。
自分がずっと信じてきたものが、信じられない。〉

→P14〜15 
〈知識人とされる人には往々にして
「世の中は移り変わるけれども、知性は変わらない」
という信仰があります。
知性を不動の価値基準として固定した上で、
目の前を移ろう諸現象の「問題点」や「限界」に筆誅を加える。
そうしたスタンスを取りがちなのです。

しかし知性の方こそが、
うつろいやすく限界付けられたものだとしたらどうか。
そのような観点に立たなければ、
日本のみならず世界的な、
知性の退潮を正しく分析できないのではないか。

いちどは知的能力そのものを完全に失い、
日常会話すら不自由になる体験をした私が、
そのような思考の転回を経験することで、
もういちどものごとを分析し語ることが出来るようになった。
その意味では本書もまた闘病記ではありますが、
それはけっして、読者の同情を惹くことが目的ではありません。

読んで下さる皆さんにお願いしたいのは、
本書を感情的に没入するための書物に、
してほしくないということ。
むしろ、ご自身がお持ちの知性を
「再起動」するためのきっかけにしてほしいと、
つよく願っています。

なぜなら、知性は移ろうかもしれないけれども、
病によってすら殺すことは出来ない。
知性は死なないのだから。〉


、、、著者は、平成を「知性が退潮した時代」と定義しています。
「反知性主義」や「ポスト真実」、フィエクニュースや、
公開集団リンチの場と化したSNSやワイドショーを見れば、
それは同意できます。

では、「知識には可能性がない」という時代は、
いったいどんな未来につながっていくのか?
歴史を見るとそのような時代の先には、
地獄が広がっていることが分かります。
端的にいって現代の世界は危機的状況にあり、
それは「知性の退潮・衰退」と関係がある。
思想家の東浩紀が「批評は終わったか?いや終わってない」
みたいなことをずっと言い続けているのって、
そのあたりの危機感があるからです。

ところがいわゆる「知識人」以外の人にとっては、
東浩紀や與那覇潤のような危機感は共有されていない。
「あの人たちは何をテンパっているんだろう?」
という人のほうが大多数でしょう。
「結局経済なんだよ、バーカ」という、
負けた候補にビル・クリントン言い放った言葉が、
現代世界を支配している。

それこそがまさに「危機的状況」に含まれるわけですが、
また思考はそこでループしてしまい、、、
という自己言及の無限ループに陥る。

、、、で、
病気になる前の與那覇さんは、
東大卒の博士で大学の准教授でしたから、
知識人のひとりとして、
そのループをいかに抜け出すか、、、
みたいなことをやってたわけです。

ところが彼はうつ病に襲われた。
それによって「知性」が根幹から蝕まれ、
機能不全になる経験をした。
病のどん底で入院をし、
「同じく何も出来なくなった同病者たち」
と話し関わるなかで、
「そもそも知性の定義とは、、、」
というものが変わってくるわけです。

それはまさに、「世界観の改変」でした。
上から見ていたジオラマ地図を、
横から見るようになる、みたいな感じです。
別の風景が見えてくるわけです。

そこから見た時に、
「知性は死んだ。
でも知性は死なない。」
という、「弁証法的に止揚された希望」
が語られるのが本書です。

ヤバいですよ、この本。
オススメです。
(2,685文字)



●FACTFULNESS ファクトフルネス

読了した日:2019年4月5日
読んだ方法:図書館で借りる

著者:ハンス・ロズリング他
出版年:2019年
出版社:日経BP社

リンク:
https://goo.gl/Y6eh99

▼140文字ブリーフィング:

けっこう話題になっている本です。
本屋にも平積みされてるんじゃないかな。
この本を読むと、
2019年の私たちは、
世界の実像に関する知識が、
1990年ぐらいからアップデートされていないことが分かります。
著者が独自に作ったテストによると、
「どれぐらい分かってないか」の度合いは、
職業や学歴やその人の知性とまったく関係なかったそうです。

高卒の工場労働者も、
ハーバード卒のエリートも、
シリコンバレーの億万長者も、
田舎の主婦も、
そして(最も深刻なことに)最先端のジャーナリストまでも、
全員が、「世界の実像を把握していない」
ということを本書は実証していきます。

なぜそういうことが起きるのか?

それは世界のあまりにも急激な変化と、
私たちがもついくつかの認知的バイアスによる、
というのが著者の主張です。

私たちはWindows10とiPhoneの世界に生きているのに、
多くの人のOSはWindows95と固定電話の世界に生きているわけです。
これはヤバいでしょ。

文字数制限に近づいてきましたので、
一つの例だけを挙げます。
この本、面白いですよ。

→P42〜44 
〈低所得国と高所得国のあいだには分断があると思われているが、
実際に分断はなく、代わりに中所得国がある。
そこには、人類の75%が暮らしている。

中所得の国と高所得の国を合わせると、
人類の91%になる。
そのほとんどはグローバル市場に取り込まれ、
徐々に満足いく暮らしが出来るようになっている。
人道主義者にとっては喜ばしいことだし、
グローバル企業にとってもきわめて重要な事実だ。

世界には50億人の見込み客がいる。
生活水準が上がるにつれ、シャンプー、バイク、
生理用ナプキン、スマートフォンなどの購買意欲も高まっている。
そういう人たちを「貧困層」だと思い込んでいる内は、
ビジネスチャンスに気づけないだろう。

わたしはよく講演の中で、
「途上国」という言葉を使うべきでないと唱えている。

だから、話しの後で、
「では、わたしたちはあの人たちを何と呼ぶべきですか?」
と聞かれることが多い。
しかしよく考えてみると、この質問も勘違いの一つだ。
「わたしたち」と「あの人たち」という言葉を使うこと自体が間違っている。

まず、世界を2つに分けることはやめよう。
もはやそうする意味はない。
世界を正しく理解するためにも、
ビジネスチャンスを見つけるのにも、
支援すべき貧しい人々を見つけるのにも役に立たない。〉


、、、「世界人口の91%は中所得か高所得国に住んでいる」
といったことを問う、
回答の簡単な3択のクイズを著者は考案しました。
全部で13問あるのですが、
OECD諸国のどの国で調査しても、
平均回答率は3割を切ります。
3択問題で3割を切る、
というのはランダムに選ぶ、
チンパンジーよりも正答率が低いと言うことです。

さらに深刻なことに、
問いの種類によっては、
教育レベルが高ければ高いほど、
正答率が下がるものもありました。
これはメディアと教育に、
何か深刻な問題があると考えなければならない。

「世界は、じっさいにどうなっているのか」
という現状認識が誤った状態で何かをするのは、
それがビジネスでも人道支援でも宣教活動でも、
「間違った地図で目的地を目指している」
というようなものですので、
先行きは暗いと言わざるを得ない。
その意味でこの本はすべての人の必読書と言えるでしょう。
(1374文字)



●有名人になるということ

読了した日:2019年5月5日
読んだ方法:図書館で借りる

著者:勝間和代
出版年:2012年
出版社:ディスカバー・トゥエンティワン

リンク:
https://bre.is/gT10Hz0Mn6

▼140文字ブリーフィング:

勝間和代さんの本、久しぶりに読みました。
「意識高い感じ」が苦手で、
この10年ぐらい遠ざかっていたのですが笑、
あるYouTubeをラジオ代わりに聞いていて、
この本が絶賛されていたので興味を持ち。

「案外」(というと失礼ですが笑)、
まともなことが書いてありました。
彼女は印税の20%を慈善団体に寄付する、
「Chabo」というプロジェクトを主宰していることを見ても、
社会的弱者への共感が彼女の原動力であることが分かります。
最近彼女が自分が性的マイノリティであることを、
カミングアウトしたことで私は、
「なるほどなぁ」と思いました。

実はこの人「意識高い系の教祖」みたいに言われますが、
それはまさにマスコミの貼ったレッテルであり、
そのレッテルを引き受けて自分をキャラ化する、
ということも含めて、彼女の「有名人戦略」のひとつだと、
この本を読むと分かります。

実はこの人、志が高いひとです。
「意識高い系」とは一線を画する。

「有名になること自体を目的とするのは
お金持ちになること自体を目的とするのと同じで、
やめた方が良い。」と彼女は語ります。

「○○を達成するために有名になる」
「○○を達成するために金持ちになる」
という、より高次の目的がないと、
その先にあるのは破滅だと彼女は経験から語ります。
では勝間氏の場合それは何か?

「それによって社会に貢献すること」が、
勝間氏の「より高次の目的」と語ります。

、、、この手のことを掲げる人って、
「それを言う自分の理念に酔っちゃってる」
感じの人も散見されるのですが、
彼女の場合じっさいにChaboというプロジェクトで、
慈善団体に寄付したり、自分の社員を厚遇したりという、
じっさいに行動しているところから語っている。
「まだまだ全然出来てないんですけどね」
という、じっさいやってる人ならではの発言もある。

私の中で、勝間和代さんが、
「ネタ」の対象から、
尊敬に変わりました。

ちなみにこの本で勝間さんは、
有名になることのメリットを「1つ」と、
デメリットを100個ぐらい挙げています。
メリットはちなみに「お金」ではありません。
これを読んで私は絶対に無理だと思いました。
無理無理無理、、、て笑。
自分には向きません。
生活と人格が破綻をきたすと思いますので。
(926文字)



●上を向いてアルコール

読了した日:2019年5月8日
読んだ方法:図書館で借りる

著者:小田嶋隆
出版年:2018年
出版社:ミシマ社

リンク:
https://bre.is/-QXfXcCv0

▼140文字ブリーフィング:

小田嶋隆さんは好きなコラムニストです。
彼が「たまむすび」というラジオ番組で、
週に一回コメンテーター(15分ほど)をしているのですが、
それを「ラジコ」というアプリで聴くのが、
ちょっとした習慣になっています。

彼はいろんな本で、
「若い頃アルコール依存症だった」
という告白をしているのですが、
このようにそれをテーマとして書くのは、
今回が初めてなのだそう。
禁酒して20年が過ぎて、
やっと「語れる」ようになった、
というほどの経験だったのです。

アルコール依存症の告白を聴きながら、
「中動態の世界」という本を思い出しました。
依存症という状態は実は、
「関係の病」であり「物語(ナラティブ)の病」
なんですよね。
「個人の意志」を主戦場としている限りは、
絶対にそこから抜け出すことが出来ない。

だからAA(アルコホリック・アノニマス)の、
「宣言」の最初に、
「私たちは自分ではこの問題を解決できないことを認める」
という重要な告白が登場するのです。

彼が本書の終盤で、
「アルコール依存症の元当事者の観点から、
 アルコール依存とスマホ依存は非常によく似ている」
ということを指摘していて、
そこが面白かったので、
多少長いのですが引用します。


→P196〜197 
〈SNSなんかはおそらく、
肝臓だとかそういうことじゃなくて、
ある年齢より若い世代の、
基本的な生活習慣であるとか、
世界観であるとかいった、
人間の脳みその根本のOSにあたる部分を蝕んでいる気がしますね。
そのできあがり方は、
きっとアルコールがアル中さんの脳内に
アルコール専用の回路を作る過程に似ていると思います。

コミュニケーションは、
アルコールみたいにボトルに入った実態として目に見えないので、
自分が依存しているっていうことにわりと気づきにくいと思うんだけど、
私なんか間違いなく依存してますよ。
PCだったりスマホだったりをウチに忘れて
一日過ごすときのあの心細さっているのは、
酒浸りだった時代に、
アルコールを摂取できずにいたときのあのなんとも言えない焦燥感と、
実感としてはほとんど同じだったりします。

だって丸二日スマホなりPCなりから遮断されると、
実務上の不便とは別の次元で、
パンツをはいてないみたいな心細さを感じるじゃないですか。
あれは依存です。〉


→P198〜199 
〈電車の中でみんながスマホを見ているのを見てもわかるように、
われわれは、何かあるわけじゃないんだけど、
ちょっとした細かい空き時間に見る先がないと
落ち着かないという段階に達しています。
(中略)
まあ、依存とはいっても肝臓壊すわけじゃないから、
ある程度自分自身の依存との付き合い方を心得ていれば、
やってやれないこともない人生だとは思うんですよ。
私の場合なんかは。
でも、子どもなんかだとヤバいと思いますね。

ひとりでいる時間、
たとえば電車でおよそ景色を見なくなる。
景色を見る必要があるのかって真面目に問われると、
実のところそんな必要はないかもしれないんですけど、
でもそういう一分二分の空き時間の過ごし方が
スマホを見る以外に選択不能になっていくことの問題って、
お酒飲んじゃった人間が、
お酒に全部余暇を奪われちゃうっていうことと近い気がするんですね、
経験上。

酒の場合、身体を壊すとかみたいなことももちろんあるんだけど、
働いていない時間の全てを酒に吸い取られる、
という部分が、実は最も大きい損害なんですね。
とすると、それは実はスマホでも同じ事だったりします。
肝臓は壊さないでも、
脳がゆっくり壊されるんだとしたら、
そりゃやっぱりヤバいだろ、ってことです。〉


→P202〜203 
〈年季の入った酒飲みが毎度おなじみの酩酊状態に到達すると、
ひとつの、なんというんだろう、ロボットみたいなものになります。
すると、架空人格みたいなものが自分に降りてきて、
そいつに任せればいいみたいな状態になる。
で、自分という主体を取っ払ったところで
暮らした方が本人にとっても楽なわけで、
だからこそ彼らは酒を飲むわけです。

してみると、何かに依存するって事は、
自分自身であり続けることの重荷から逃れようとすることで、
逃避という行為自体はスマホでもお酒でもそんなに変わらないんですね。

まあ、スマホ依存って言い方をしてスマホの悪口を言うと、
「ああ、また老害の親父がなんか言ってる」って、
どうせそんなふううに思われるでしょうけど。
でも、これはスマホの問題じゃなくて
コミュニケーションの問題ですからね。〉


、、、私からは何のコメントもありません。
小田嶋さんの言うとおりだと思います。
ただ、
「酒を楽しんでいる人がすべてアルコール依存症じゃない」
のと同じように、
「スマホをいじっている人がすべてスマホ依存ではない」
わけです。

その「境界線」はどのあたりにあるのか?
スマホを家に忘れると、
西野カナぐらいに震える、
ということであれば、
それはアルコール依存症者の手の震えと、
同じ震えかもしれないってことは確かです笑。

例によって、
あとは各自で考えて下さい。
(2,030文字)



▼▼▼リコメンド本「今週の一冊」▼▼▼

ご紹介した本の中から、
「いちばんオススメだったのは?」という基準でリコメンドします。
「いちばん優れていた本」というよりも、
「いちばんインパクトの大きかった本」という選考基準です。
皆さんの書籍選びの参考にしていただけたら幸いです。


▼今週の一冊:知性は死なない 平成の鬱をこえて

コメント:

「神の傷みの神学」
「FACTFULLNESS」の2冊も、
相当に面白かったのですが、
今回はこれですね。

本当に面白かった。
私が病気療養から復帰して、
最初に教会でしたメッセージのタイトルが、
「魂の夜を越えて」でした。
私の体験と著者の経験は、
あまりにも符号しすぎていて、
何か「人間を越えた計画」みたいなものすら感じました。



▼▼▼部門賞▼▼▼

ご紹介した書籍の中から、
陣内の独断と偏見で、
「○○賞」という形で、
特筆すべき本をピックアップします。
こちらも何かのご参考にしてくだされば幸いです。

▼「ファクトフル賞」
『FACTFULNESS』

コメント:

これは素晴らしい本でした。
あとがきを読むと、
本書の著者が本書執筆中に亡くなっていることが分かります。
この本は著者と子どもたちの合作です。
素晴らしいプレゼントを世界に残してくれた著者に、
感謝を表したいと思います。

→P338 
〈『ファクトフルネス』の著者、
ハンス・ロスリングは医師であり、
公衆衛生の専門家であり、
またTEDトークの人気スピーカーでもあります。
 (中略)
ハンスはスウェーデンのウプサラに生まれ、
母国スウェーデンとインドで医学を学び、医師になりました。
その後モザンビークのナカラで医師として働き、
貧しい人々の間で流行していた神経病の原因を突き止めます。
この病気がコンゾです。
この本にも当時の経験のいくつかが描かれています。
その後、スウェーデンに戻って
カロリンスカ医科大学で研究と教育に励みました。
この頃から、人々の知識不足と闘うことが
ハンスの人生の使命となったのです。
以来、世界の舞台で
「事実に基づく世界の見方」を広めることに尽力してきました。
残念なことに、ハンスはこの本の完成を待たずして
この世を去ってしまいました。
 (中略)
ハンスはあるとき、
人々がとんでもなく世界を誤解していることに気づきます。
教育レベルの高い人も、
世界中を飛び回っているビジネスマンも、
またノーベル賞受賞者でさえ、
事実に基づいて(ファクトフルに)世界を見ることができていないのです。
なぜでしょう?
その理由は、誰もが持っている「分断本能」
「ネガティブ本能」「パターン化本能」「焦り本能」
など10の本能にありました。
この10の本能を抑えなければ、
事実に基づいて正しく世界を見ることができません。
いまある世界を正しく認識できなければ、
社会問題を解決することも、
未来を予測することも、
危機に対応することも出来ないでしょう。〉

陣内が先週読んだ本  2019年 3月15日〜4月4日

2019.08.22 Thursday

第86号   2019年4月9日配信号

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
■2 陣内が先週読んだ本 
期間:2019年 3月15日〜4月4日
::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::

先週私が読んだ本(読み終わった本)を紹介していきます。
一週間に一冊も本を読まない、
ということは、病気で文字が読めなかった数ヶ月を除くと、
ここ数年あまり記憶にないですから、
このコーナーは、当メルマガの
レギュラーコーナー的にしていきたいと思っています。
何も読まなかった、という週は、、、
まぁ、そのとき考えます笑。

ただ紹介するのも面白みがないので、
twitterに準じて、
140文字で「ブリーフィング」します。
「超要約」ですね。
(どうしても140字を超えちゃうこともあります。
 140文字はあくまで「努力目標」と捉えてください笑。)

忙しい皆さんになり代わって、
私が読んだ本の内容を圧縮して紹介できればと思います。
ここで紹介した本や著者、テーマなどについて、
Q&Aコーナーにて質問くださったりしたら、
とても嬉しいです。


●Sunny サニー

読了した日:2019年3月19日
読んだ方法:Amazonで全巻購入

著者:松本大洋
出版年:2010〜2015年
出版社:小学館

リンク:
https://goo.gl/N2VFJt

▼140文字ブリーフィング:

これはヤバかったです。
最高でした。
「ピンポン」を超えたかもしれない。
前回の「読んだ本」で紹介したとおり、
作者の松本大洋氏は小学生の頃、
児童養護施設で暮らしていました。
施設で暮らす子どもたちの、
「親を思う片思いにも似た気持ち」
「家の子(施設ではない子どもたち)と、
 園の子(施設の子どもたち)を分ける、
 見えない溝と、そのスティグマに苦しむ気持ち」
「親に捨てられたのかもしれない
 という不安や悲しみから来る、
 他者を傷つけずにいられないどうしようもなさ」
というものが、本当にリアルに表現されていた。
どんな文学作品もこれには及ばないでしょう。
ノーベル文学賞に推薦します。
(277文字)



●衰退の法則 日本企業を蝕むサイレントキラーの正体

読了した日:2019年3月20日
読んだ方法:図書館で借りる

著者:小城武彦
出版年:2017年
出版社:東洋経済新報社

リンク:
https://goo.gl/GwQxjK

▼140文字ブリーフィング:

ヤバい本でした。
マジで。
「2019年版・陣内が今年読んだ本ベスト10入り」が、
現時点で決定しています。

以下のように本をランク付けしたとします。

Dランク、、、ゴミ。
Cランク、、、たいして面白くない。
Bランク、、、期待ほどではなかった。
Aランク、、、面白かった!オススメ!
Sランク、、、めちゃくちゃ面白かった!夢中で読んだ!
殿堂入り、、、この本と出会えて良かった。「心の書庫」に入れる。

この本は、Sランクと「殿堂入り」の間ぐらいに位置します。

産業再生機構に勤務していた著者が、
「破綻する日本企業には、類似点が多い」
という問題意識を検証するために、
東大大学院に入り直して博士論文を書いたものを
一般向けにリライトしたのが本書です。
社会学的な基礎調査(質的研究)に、
文化心理学という補助線を加えて分析したという骨太な著作ですが、
めちゃくちゃ分かりやすく説明されていて、
いろんな事が腑に落ちます。

まずは書き出しを引用しましょう。

→P1〜2 
〈「破綻する日本企業には、類似点が多い」
 企業再生の専門家が、良く口にする言葉である。
 いったいそれは、本当なのか。
似ているとすれば、どこがどのように似ているのか。
その類似点は、破綻企業だけに見られるものなのか。
それとも、広く日本企業全体に共通する部分が含まれるのか。

本書は、実際に破綻に至った企業群を詳細に調査することにより、
これらの問いに一つの答えを導き出すことを試みる。
もし、破綻する企業に何らかの共通点があるとすれば、
それらを早めに是正することによって、
将来の破綻を未然に防ぐことが可能になるからだ。

先取りして述べれば、本書では次の結論を導き出す。

・破綻した企業の組織には、ある共通のメカニズムが駆動していた。
・このメカニズムは、駆動していても「平時」には気づかないが、
 ひとたび「有事」、すなわち事業環境が変化すると
 企業の対応を著しく困難にさせる特徴を有しており、
 破綻した企業はいずれも事業環境の変化に上手く適応できず、
 売り上げや利益をズルズルと落とし続け、破綻に至ってしまった。
・すなわち、このメカニズムは、
 「平時」には息をひそめ「有事」に牙を剥く、
 いわゆる「サイレントキラー」としてのやっかいな性質を有している。
・このメカニズムは一度駆動してしまうと、止めることは容易ではない。
・日本企業には、このメカニズムを
 社内で駆動させてしまいやすい傾向が文化的に内在している。〉


、、、頭がいい人の文章や話し方には特徴があります。
それは「結論から伝える」というものです。
これは話し方、書き方のテクニックでもあります。
逆に言えば、結論から話したり書いたりすることで、
本当は頭が良くなくても、
他者から頭が良い人と思われることが出来るのです笑。

「結論を先に言いましょう」。
これを言ったり書いたりしてみてください。
それだけで、「こいつなかなかやるな」と、
上司や取引先は思ってくれるでしょう。

その後の説明が論理的かどうかによって、
メッキが剥がれたりすることもあるので注意が必要ですが笑。

本書も「結論から入って」います。
・破綻企業には共通する特徴がある。
・その特徴は「サイレントキラー」としての性質を持っている。
・日本の文化的特徴はこのサイレントキラーを醸成する傾向にある。
これが本書の論旨です。

非常に分かりやすいですね。

では、破綻企業にはどんな特徴が共通しているのか?
いくつか引用します。

まずは破綻企業の「作法」について。

→P52 
〈破綻企業には
1.社内での対立を極力回避する、
2.役職や入社年次といった社内秩序を強く重んじる、
といった2つの共通点が存在する。
これらは、破綻企業の社内規範、
「作法」として存在しており、
役社員は好むと好まざるとにかかわらず、それらに従っている。
日常の行動のベースとなっていると言っても過言ではない。〉


、、、あなたの属する会社や教会や組織が、
この特徴を備えていたら要注意です。

続けて著者は、破綻企業は「政治的」であると言います。

→P59 
〈社内の秩序は、入社年次や役職だけにとどまらない。
破綻企業には、いわゆる派閥、学閥、本流部門といった
政治的な影響力を行使する集団が存在する。
それに属することによって、社内の序列が上がることになる。
 (中略)
なお、「政治的」とは、
すなわち「正しいか正しくないか」ではなく、
「好きか嫌いか、仲間か仲間でないか」で
物事を判断する傾向を有することを意味する。
政治的な集団が力を持つと、
特定の案件に対する賛否を案件の内容ではなく、
誰が発案者かによって決めるようなことが横行してしまう。〉


、、、社内、教会内、組織内で、
「政治性」がはびこると、
「正しいことを言ったかどうか」よりも、
「誰が言ったのか」が重要になる。
これによって正論が却下され、
激変する事業環境に対応できず、
それらの組織は破綻していきます。

続けて破綻企業は意思決定のプロセスが、
「予定調和的」だという特徴があります。

→P73〜74 
〈以上が破綻企業に共通する意思決定プロセスの特徴である。
破綻企業の取締役会や経営会議は、
1.侃々諤々の議論、「ガチンコの議論」が行われることはなく、
2.役職上位者や有力者の意見に過度に同調する傾向が見られ、
3.全会一致で決議されるのが通例であり、
4.出席者間に暗黙の相互不可侵の合意が存在するため、
  部分最適の議論が大半を占めている。また、
5.対立を生じさせかねないPDCAは巧みに回避されている。

破綻企業の経営陣の意思決定プロセスには、
こうした「予定調和的色彩」がきわめて強く表出している。
こうした意思決定プロセスが、
後に破綻企業にとって致命的なダメージを与えることになるのである。〉


、、、企業や教会や組織の「会議」は、
絶望的につまらないものが多いですが、
その理由はそれらが予定調和的だからです。
侃々諤々の議論を闘わせ、
「正論と正論のガチンコ勝負」が行われる組織は、
事業環境の変化にもかかわらず業績を上げ続ける、
ということを著者は後に実証します。

ところが日本文化の「癖」が、
そのような組織文化を阻んでいるのです。

→P179 
〈結論を先に述べると、
図2−4の「1.経営陣の意思決定プロセス」と
「2.ミドルによる社内調整プロセス」の特徴は、
文化的自己観の「排除回避」と
「調和追求」が誘発する方向に作用し、
「自己主張」が抑制する方向に作用することが明らかになった。

日本人が強く持つと言われる
相互協調的自己観(排除回避と調和追求)が
衰退惹起サイクルを駆動させる方向に作用すると共に、
相互独立的自己観の一つであり、
日本人が弱いとされる「自己主張」が
ブレーキをかける力を有していることが
統計的に検証されたことになる。

したがって、日本人が多い日本企業においては、
衰退惹起サイクルが駆動しやすい
文化的な「癖」がある可能性が示されたと解釈できる。〉


、、、文化心理学という、
比較的新しい学問領域に頼ることで、
著者は以上のような破綻企業の特性と、
日本文化との関連性を明らかにします。

欧米文化圏とは違い、
日本を含む東アジア文化圏では、
「相互協調的自己観」をもち、
「調和追求」の特性が高いのです。
欧米では逆に、
「相互独立的自己観」を持ち、
「自己主張」が強い。

「会議が予定調和的である」
「ガチンコの議論が避けられる」
「仕事が出来る人よりも、
 政治力(調整力)を持つ人間が上に立つ」
といった破綻企業の特性は、
日本人のこれらの文化的特性によって強化されているわけです。

話しはここで終わりません。

もし「だから日本はダメなんだ」
という結論になるとしたら早計です。

だって同じ日本にいて、
同じような事業環境の激変を経験し、
なお成長し、業績を上げ続け、
世界との競争に勝ち続ける優良企業が存在するからです。

それはどう説明したら良いのか?
破綻企業を破綻させるサイレントキラーを、
著者は「衰退惹起サイクル」と本書で名づけています。
優良企業にはこのサイレントキラーの駆動を止める、
「ストッパー(くさび)」がいくつか存在するというのです。

引用します。

→P205〜206 
〈(優良企業の会議についてのコメントについて)
同じ日本人が多い組織として、
第2章で見た相互協調的自己観の影響が
存在することがうかがえるコメントである。

しかしながら優良企業には、
それらを凌駕する強い規範が存在することが明らかになった。
次のコメントが示すとおり、
「現場・現実を重視し、事実に基づく議論を尊重する規範」である。
対立を回避する志向性を有し、
役職や入社年次といった社内秩序を尊重しながらも、
こうした規範が存在することによって、
一定の歯止めがかかっている。

役職や入社年次が上の人間を尊重するとしても、
現実・現物をベースとした議論において妥協はしない、
という一線がきちんと引かれている。

結果として、役職や立場をテコにした議論や
「好き嫌い」をベースとした議論、
すなわち組織に政治性がはびこることが防止されている。
いずれの企業にも、派閥などの政治的な集団は存在しないようだ。〉


、、、日本文化が、
「変化への対応に弱い」のは仕方がない。
長年農耕生活を送ってきた日本人が、
「和を尊び」、協力して農作業をし、
一致団結せねば生きてこられなかった過去が、
私たちのDNAに染みついているのですから。
実は昭和後期のような、
社会が安定成長にあり、
事業環境が安定しているときは、
これが他国を寄せ付けない強みとなった。
それが80年代の「ジャパン・アズ・ナンバーワン」の正体です。
日本人の勤勉さ、社内調整力、終身雇用、
家族的経営、、、これらは強みとなったのです。

ですが、現代のような変化の激しい時代には、
その「強み」がそのまま「衰退の原因」となるのです。
変化に適応できず、
全員が沈むと分かっていてやはり沈んだ戦艦大和のように、
日本企業の多くが破綻していっている。
では、破綻しないようにするにはどうすれば良いのか?
それは社内に政治性がはびこらず、
誰が言ったとしても正しい意見が正論として通るような、
組織文化や規範を「新たにインストール」する必要がある、
というのが著者の結論です。

、、、めちゃくちゃ面白いでしょ。

ここまででも、この本の魅力の半分も伝えていません。
ここから先がもっともっと面白いです。
私の働いている教会の分野でも、
前の職場の公務員の分野でも、
大いに参考になる一冊です。
オススメします。
(4,198文字)



●神は何のために動物を造ったのか 動物の権利の神学

読了した日:2019年3月29日
読んだ方法:図書館で借りる

著者:アンドリュー・リンゼイ
出版年:2001年
出版社:教文館

リンク:
https://goo.gl/ygiKHH

▼140文字ブリーフィング:

この本も、「2019年版ベスト10入り決定」です。
まだ4月なのにどんどんぶち込まれていくというね笑。
これはしかし、1位か2位に決定している、
それぐらいすごいです。

先ほどのランク付けで言いますと、
「殿堂入り」が決定しています。
それぐらい素晴らしい本だった。

この本の原題は、
「Animal Theology」です。
つまり動物神学。

20世紀に「神学」は大きく変わりました。
前世紀までは「黒人奴隷」や、
「女性に参政権のないこと」を、
「神学者が神学的に擁護」していた。
今では考えられないことですが、
これは厳然たる歴史の事実です。

しかし20世紀にその状況は逆転した。
現代の神学者で奴隷制を支持したり、
女性の権利に異を唱える人は、
かなり変わった人を除けば皆無です。
それらの状況を変えたのが、
「黒人神学」や「女性神学」といわれる分野です。

ピーター・シンガーという哲学者は、
「拡大する輪」という概念を提唱しています。
人類は有史以来、「誰がフルスペックの権利を持つか」
という「輪」を拡大し続けてきた。
私たちの多くは感覚が「麻痺」しているのですが、
人類史のほとんどの間、
女性や子どもに人権はありませんでした。
彼らは「男性の所有物」と思われていた。
黒人奴隷もそうです。
しかし、今そう考える人は皆無です。

このように「権利と共感の輪」は拡大し続けている。
これが「動物」にも及ぶとシンガーは主張しており、
本書の著者で神学者のアンドリュー・リンゼイ氏も、
これを神学的に支持しています。

私も大筋において彼に賛同します。

【目次】
第一部 神学的原理の確立

第1章 畏敬、責任そして権利 P20
第2章 弱者の道徳的優先権 P64
第3章 僕の種としての人間 P93
第4章 動物のための解放の神学 P122
第5章 動物の権利と寄生的本質 P145

第二部 倫理的習慣に挑戦する

第6章 非神的犠牲としての動物実験 P174
第7章 反福音的捕食としての狩猟 P205
第8章 聖書的理想としての菜食主義 P223
第9章 動物の奴隷化としての遺伝工学 P243


、、、以上が本書の目次になります。
だいたいの概要が掴んでいけると思います。
まずは本書の導入部をご紹介します。

→P3〜4 
〈何年か前、オックスフォードで神学と動物に関する講演を行った後、
一人の学生が私の所に来て次のようにいった。
「リンゼイ博士、先生の講演は大変興味深いものでした。
けれども私には理解出来ないことがあります。
動物は食べられるために存在するのでなければ、
一体何のために存在するのですか?」と。

このような明らかに無知な質問は、
動物に関する西洋の伝統的な考えを表している。
動物の目的、彼らが存在しているすべての理由は
まさに我々に仕えることなのである。
そして動物がわれわれに仕える主な方法は、
われわれの胃袋のための食物なのである。
異常であるとか、常軌を逸しているどころか、
この考えは哲学と宗教の両方から最高の支持を得てきたのである。
特に、西洋キリスト教神学はこの考えを支持してきた。
動物の倫理的扱いについての標準的解答は
次のような言葉によって成立してきた。

「しかし神は我々が使うように動物を与え給うた」と。

しかし、この人間中心的
――全くの胃袋中心的――動物観は
未だかつてなかったような、
西洋における知的挑戦に直面している。
過去三十年の間、哲学者と倫理学者たちは、
多分、道徳哲学における他のどのトピックよりも
動物の身分について多くを書き、論じてきた。
かつては無視され、ほとんど聞いたこともないような
道徳的探求の主題であったのだが、
現在では、雑誌、本、大学の講座、
大学のポスト(私自身のも含めて)が、
この動物保護の主題に貢献しているのである。〉


、、、キリスト教神学は長い間、
「動物は人間に役立つために造られた」
と考えてきました。
キリスト教神学が長い間、
「奴隷は主人の役に立つように生まれた」とか、
「女性は劣った被造物で男性に従属するよう神は定められた」
と考えてきたのと同じように。

しかし、21世紀の神学者で、
デカルトの「動物機械論」や、
「動物は人間のために神が与えた道具」
と考える人は少数派です。
むしろそれに異を唱える人の方が多い。

キリストは誰のために死んだのか?

という質問を、私の師匠のボブ・モフィット氏は、
神学生にいつもするのだそうです。
「私のため」と誰かが言います。
「それだけ?」とボブ。
「私たちのため」と誰かが言います。
「それだけ?」とボブ。
「人類全てのため」と誰かが言います。
「それだけですか?」とボブ。

本当にそれだけでしょうか?

ボブはコロサイ人への手紙1章20節を、
神学生に読ませます。

「その十字架の血によって平和をもたらし、
御子によって、御子のために万物を和解させること、
すなわち、地にあるものも天にあるものも、
御子によって和解させることを
良しとしてくださったからです。」

、、、キリストが血を流したのは、
「万物」の和解のためです。
万物のなかに動物は当然含まれます。

ノアと契約を結んだのは誰か?
これも同じです。
多くの人が「人類」で止まります。
そうだと「思い込んで」いるのです。
しかし聖書を読むとそうではありません。
神が契約を結んだのは人間だけでなく動物も入っているのです。

なぜこういう「誤読」が生じるのか?

それは神学が、
「人間中心バイアス」に影響されてきたからです。
そうです。
過去の神学が、
「白人中心バイアス」、
「男性中心バイアス」
「大人中心バイアス」の、
影響下にあったように。

先ほど私が言及した「拡大する輪」の、
神学バージョンが、著者のしようとしていることです。
引用します。

→P5〜6 
〈(仏教に精進料理があり、
仏教は動物への非暴力を唱えてきたのに対し)しかし、
キリスト教は?キリスト教の主流神学の内部に
動物に対する我々の扱い方を再評価する基盤が本当にあるのだろうか?
私はあると信じているし、
本書は歴史的キリスト教の内部に常にある程度存在してきた、
動物に対するもう一つの感受性を描き始めようとしている。

もちろん疑いもなく、
動物に対する現今の西洋人の関心は
キリスト教信仰と実践に鋭い挑戦を仕掛けるものである。
あまりにも長い間、
キリスト教は動物に対して非常に低い位置を与えてきたのであり、
神は世界における人間という種だけに
興味を持っていると考えてきたのである。
標準的キリスト教思想は、
解決の役割を担うよりもむしろ問題の一部であり続けてきた。
 
しかし、キリスト教思想は、変化しうるし、また変化する。
まだ150年ほど前、キリスト教神学者たちは
未だに奴隷制度を弁護していたし、
100年以内においても、
植民地政策を弁護していた神学者を発見することは可能である。

そして50年前に至るまで
――今日に至るまで――神学者は、
女性は男性に従属していることを弁護し、
未だにそうしているのである。

多くの過ちや、誤った方向性にも関わらずキリスト教神学は、
新しい未来の世界についての神中心のヴィジョンを明確にすべく、
緊急、かつ継続的責任をもっているのである。

私の理解するところでは、
動物に対する現在の暴力と残忍さは、
一種の精神的無知に由来している。
もし我々が動物に対して主に胃袋を中心とする考えを持っているとすれば、
その理由は、他の存在の生命が
神の創造物であることをほとんど理解もしないし、
有り難くも思っていないからである。
キリスト教神学は多くの面で、
道徳的感受性についての新しい運動を理解するのに失敗してきたが、
それはまた、神が創造した何万もの他の被造物を
より深く理解する力を形成する方法に導く助けともなるのである。〉


、、、輪は拡大します。
100年後に、「動物が人間に従属すると考えていた」
ことが、「恥」となる時代がくるだろう、
と著者は考えているし、私もそう思います。
過去の奴隷制度支持者を、
私たちが眉をひそめるのと同じように。

動物が人間に従属しないとしたら、
いったい何のために神は動物を造ったのでしょう?
そして人間と動物の関係は、
いかなるものであるべきなのでしょう?

「しもべ(僕)の種」としての人間、
というのが著者の回答です。
英語では、「サーバント スピーシーズ」ですね。
「創造の冠」たる人間は、
キリストのキリスト性の冠である、
僕(しもべ)性(=サーバントフード)を、
その身にまとうべきだ、と。

100%、私も同意します。

→P6〜7 
〈要するに、我々は被造物の内部において、
仕える種としての新しい道徳的ヴィジョンを必要としている。
それは動物だけでなく、
我々自身をも人間の暴力から救い出すのに役立てるためである。

キリスト教信仰は、
世界の他の存在をいかに扱うかについて、
真に異なった存在――積極的相違――とならなければならない。
有名なバプテストの説教者、
チャールズ・スパージョンはかつて、
ローランド・ヒル(同時代人)の考えをさらに説明してこう言っている。
「もし彼の犬あるいは猫が、
飼われているそのことによって幸福でないとすれば、
その人はキリスト者ではない」と。
そしてコメントした。
「信仰の真偽はそれによってわかる」。〉


、、、まだまだ解説したいですが、
今日は文字数オーバーでここまで。
とにかく「ヤバい本」でした。
良い意味で。
マジで。
(3,730文字)



●内臓脂肪を最速で落とす

読了した日:2019年4月2日
読んだ方法:図書館で借りる

著者:奥田昌子
出版年:2018年
出版社:幻冬舎新書

リンク:
https://goo.gl/g6Su5P

▼140文字ブリーフィング:

思いの外内容が薄い本でした笑。
でも非常に面白い科学実験が紹介されていたので、
それを紹介します。
「腸内細菌叢」によって太ったり痩せたりするという話し。
双子の太ったほうの腸内細菌叢と痩せたほうの腸内細菌叢を、
それぞれラットに移植したら、
前者のラットが太り後者が痩せた、というのです。
さらに、その後太っていた人が痩せると
「痩せる細菌叢」に変わるのだといいます。
改めて人間の体は小宇宙だという認識を深めました。

あと、筋トレを始めるとみんな思うことがあります。
「欧米人・ラテン系・アフリカ系の人たちの、
 チート並みの筋肉量」です。
もちろん彼らもワークアウトしています。
何もせずに筋肉はつきません。
しかし、アジア系の人が同等の筋肉量をつけ、
それを維持しようとしたら、
ボディビルダーなみの節制とトレーニングをせねばならないだろう、
そういうバルクを、彼らは涼しい顔で達成するのです。

日本人トレーナーのなかには、
「いや、それは日本に筋トレ文化がないからだ。」
とか、「日本人が肉を食べないからだ」
という人もいますが、実はそうではないのです。
これは「遺伝的な要因」があります。
引用します。

→P50 
〈これは遺伝子で決まっていて、
人種ごとに平均すると、
アフリカ系の人は筋肉全体の約70%が白い成分であるのに対し、
白人は50〜60%が白、
これに対して日本人は逆に70%が赤い成分と言われています。
日本人は白い成分が少ないのです。〉


・赤い筋肉=遅筋
・白い筋肉=速筋
と言われます。
これは筋繊維を垂直に切り取った組織切片に、
特殊な染色を施して顕微鏡で見ると、
それぞれ赤と白に染まることから名づけられています。

赤い筋肉は遅筋と言って、
マラソンランナーなどに多い筋肉。
白い筋肉は速筋と言って、
100メートル走のランナーに多い筋肉。

両者の太ももの太さを考えれば分かるのですが、
白筋のほうが「肥大しやすい」。
そして日本人はその白筋が30%であり、
白人は60%、アフリカ系はなんと70%が白筋です。

そりゃ、彼らにはかなわないわけです。
私はこれを読んでなんか「すっきり」しました。
まぁ、遺伝的に決まってるのなら仕方ない。
与えられた条件のなかでワークアウトに励むだけです笑。
(912文字)



●隣る人

読了した日:2019年4月3日
読んだ方法:図書館で借りる

著者:菅原哲男(児童養護施設「光の子どもの家」理事長)、岩崎まり子(保育士)
出版年:2015年
出版社:いのちのことば社

リンク:
https://goo.gl/CP7kkS

▼140文字ブリーフィング:

児童養護施設「光の子どもの家」の創始者で理事長の、
菅原哲男さんと、そのベテラン職員の岩崎さんの共著です。

私は世の中で特に尊敬する職業の人たちがいくつかいます。
そのなかでも「どう考えても彼らにはかなわない」というか、
軽々しく「尊敬」などという言葉では表現出来ないほど、
畏敬の念を覚えるのが児童養護施設の職員です。

彼らは人生のほとんどすべてを捧げて、
「隣る人」となります。
本当にこの人たちには「かなわない」と思います。
実は私の妻の弟も長いこと、児童養護施設で働いており、
今年から転職し小学校の先生になりました。
身内にそのような人がいることを誇りに思います。
また自分の所属する教会にも、
この仕事をしている方が2人いらっしゃいます。
誇らしいというか、頭が下がるというか、
とにかくアホみたいに私は、
「すごいなぁ」とばかり思います。
遠くから眺めることぐらいしか出来ない。

本書では児童養護施設、
児童虐待に関するデータが紹介されています。

→P8〜9 
〈2010年10月の時点で、全国の児童養護施設は582箇所、
入所定員は34,215人、施設に入所している子どもの数は
29,975人となっており、在籍率は87.6%である。

2015年10月8日、厚生労働省(以下功労書)発表の速報値によれば、
2014年度の全国の児童相談所で処理された児童虐待件数は88,931件という。
1990年度の調査開始以来、24年連続で過去最多を更新したのである。
実にこの24年間で、88倍の増加である。

さて虐待する者はだれだろう。

虐待の下手人は、約60%が実母、30%弱が実父だという。
その理由の60%が泣き止まなかったから、である(厚労省HP)。〉


、、、児童養護施設の職員も、
「生活のための仕事として」していますが、
お金だけのためにしている人はひとりもいない、
と断言できる、と菅原さんは言います。
私の属する業界(キリスト教の業界)もそうなので、
私もこれはよく分かる。
本当にそう思います。

→P43 
〈私たちは、自分の口を糊するために
働いている部分がないとは言えない。
しかし、それだけのために
この光の子どもの家に来た職員はひとりもいない、
と断言できる。

子どものために“私”を差し出す覚悟だけはできていて、
その覚悟をどこまで引きずることが出来るのか、
それが施設で働く者の大きな課題でもある。〉


、、、本書の造語、「隣る人」とは何か?
その定義が書かれています。

→P97 
〈”隣る人”とは、
児童養護施設光の子どもの家の養育に関わるキーワードである。
これは、ルカの福音書10章、
「良きサマリヤ人」と言われるたとえに由来する造語である。
窮地に陥っている人を徹底的に受け止めて関わり、
いかなる不利益を受け、
危機に陥っても逃げないで関わりを持続する位置を持ち、
行う人のことを言う。〉


以下は職員で保育士の岩崎まり子さんの執筆パートです。
この文章を読むとき「隣る人」の意味が浮かび上がります。

→P115〜116 
〈「寝る」といえば、うちの子どもたちの中には、
夜中に起きて担当者を探す子どもが少なくないように思います。

「だって、ぼくのママはぼくが寝ているときに
いなくなっちゃったんだもん!」と、
泣いて訴えたのは洋くんだけだったように思いますが、
きっとどの子にも共通している大きな穴がそうさせるのでしょう。

「いなくなったりしないよ。」

ただその言葉に責任を持つためだけの15年間だったように思うのですが、
それさえも伝えきれず、いまも小さな、けれども、
とてつもなく大きな心の叫びに
「ここにいるよ。大丈夫だよ。安心して」
と抱きしめるだけしか出来ないのです。〉
(1,487文字)



▼▼▼リコメンド本「今週の一冊」▼▼▼

ご紹介した本の中から、
「いちばんオススメだったのは?」という基準でリコメンドします。
「いちばん優れていた本」というよりも、
「いちばんインパクトの大きかった本」という選考基準です。
皆さんの書籍選びの参考にしていただけたら幸いです。


▼今週の一冊:
『神は何のために動物を造ったのか』/『衰退の法則』

コメント:

今週はダブル受賞です。
両方素晴らしすぎて、優劣つけられません。
「人生を変える本」に2冊も出会いました。
精読したので、今週は冊数も少なめです。



▼▼▼部門賞▼▼▼

ご紹介した書籍の中から、
陣内の独断と偏見で、
「○○賞」という形で、
特筆すべき本をピックアップします。
こちらも何かのご参考にしてくだされば幸いです。

▼「児童養護施設の職員は社会のヒーローで賞」
『SUNNY』/隣る人

コメント:

SUNNYと隣る人、
両方とも児童養護施設の本です。
SUNNYを読むと、児童養護施設の職員の足立さんに、
尊敬の念を禁じ得ません。
(SUNNYの主人公は実は、
 子どもではなく足立さんだと私は思っています。
 スラムダンクの主人公が桜木ではなく、
 実はゴリなのと同じように、、、。)
そして「隣る人」を読むと、
さらに職員の方々の生き様に胸を打たれます。
私が「逆立ちしても適わない人々」です。
「尊敬」以外の言葉が見つかりません。


陣内が先週読んだ本  2019年3月5日〜14日

2019.08.08 Thursday

第84号   2019年3月26日配信号

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■2 陣内が先週読んだ本 
期間:2019年3月5日〜14日
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先週私が読んだ本(読み終わった本)を紹介していきます。
一週間に一冊も本を読まない、
ということは、病気で文字が読めなかった数ヶ月を除くと、
ここ数年あまり記憶にないですから、
このコーナーは、当メルマガの
レギュラーコーナー的にしていきたいと思っています。
何も読まなかった、という週は、、、
まぁ、そのとき考えます笑。

ただ紹介するのも面白みがないので、
twitterに準じて、
140文字で「ブリーフィング」します。
「超要約」ですね。
(どうしても140字を超えちゃうこともあります。
 140文字はあくまで「努力目標」と捉えてください笑。)

忙しい皆さんになり代わって、
私が読んだ本の内容を圧縮して紹介できればと思います。
ここで紹介した本や著者、テーマなどについて、
Q&Aコーナーにて質問くださったりしたら、
とても嬉しいです。


●無敵のハンディキャップ 障害者がプロレスラーになった日

読了した日:2019年3月7日
読んだ方法:図書館で借りる

著者:北島行徳
出版年:1997年
出版社:文春文庫

リンク:
https://goo.gl/E6daA3

▼140文字ブリーフィング:

友人に教えてもらって読みました。
「障害者プロレス」の話しです。
「障害者がプロレスをする」ということを通して、
健常者(と自分では思っている人)に、
「言葉にはならない何か」を突きつける。

去年の年末に見た映画、
「こんな夜更けにバナナかよ」とか、
NHKの番組『バリバラ』とかにも通ずるものがあります。

本書の要約的センテンスをご紹介します。

→P309 
〈騒がしいボランティアセンターの中で、
私はそっと自分の所々が欠けた心の触れてみた。
痛みがないわけではない。欠けた部分が埋まったわけではない。
ただ、ドッグレッグスの仲間たちとの出会いを通じてわかったことがある。

欠けたままの心であっても良いのだ。
痛みをなくそうともがき、足りない部分を埋めようともがく。
その繰り返しが、生きていくということなのだから。

人間は一人である。

親や兄弟、友だちや恋人、
どんなに親しい人のことだって完全に理解する事なんか出来ない。
他人の存在は、まるで意味がないのだろうか。

そんなことはない。

手を伸ばしたらするりと逃げる風船のように、
叩いても叩いても開かない重い鉄の扉のように、
他人の心は思うようにならない。
けれども、離れているから繋がろうとし、
わからないから知ろうとする。
人と人との関係はぶつかり合いの繰り返しで、
理解出来ないからこそ面白いのだ。

障害者と健常者の関係も同じである。

障害者の気持ちになって、と健常者が言ったところで、
本当のところは分かるわけがない。
わかるというのは健常者の傲慢だ。

周囲に保護されて生きていながら、
健常者は理解してくれないと嘆く障害者がいる。
しかし、人と人との間には、いろいろとあって当然なのだ。
むしろ問題なのは、
ぶつかり合うことを放棄して生きることではないか。

障害者と健常者の理想的な関係という問題に、
模範解答などあるわけがない。
だからこそ答えを探して模索し続けるのだ。
何度か飛び上がっていれば、
いつか風船を掴むことが出来るかもしれない。
血が出るまで拳で叩けば、
重い扉が向こうから開いてくるかもしれない。
それが、私たちが障害者プロレスをこれからも続けて行く理由であり、
観客に伝えていきたいことでもあるのだ。〉


、、、著者の北島さんというボランティアが立ち上げた、
障害者プロレス団体は、
脳性麻痺などの障害をもつ当事者同士がプロレスをすると共に、
北島さんをはじめとする健常者もリングネームをつけリングに上がり、
障害者と闘います。

「障害者VS障害者」のマッチも、
「障害者VS健常者」のマッチもある。

彼らは身体をぶつけ合い、
拳をぶつけ合い、
血を流しながらリングで「ぶつかり合い」ます。

この本はその障害者プロレス団体をめぐるドラマなのですが、
その団体自体が様々な理由で、
家族からも距離を置かれた障害者たちにとって、
「疑似家族」になっています。
そこでは「精神的なぶつかり合い」がある。
ケンカして団体を飛び出し酒に溺れる障害者がいる。
あまりにもわがままな障害者にキレて、
いなくなってしまう健常者のボランティアもいる。
障害者同士がソリが合わなくて、
「場外乱闘」を始めることもある。

その「ぶつかり合い」の中からしか見えてこないことがある、
というのが北島さんが到達した境地です。

この本は一章ごとに関わり合った人々の、
人生の物語を紹介するような構成になっているのですが、
終盤の14章に、やっと著者の北島行徳氏の人生が紹介されます。

彼は父が38歳で他界、母はホスト狂い、
人間関係を築けなかった埋め合わせを
「障害者との家族を作る」ことによってしてきと告白します。
その自己開示の深さと強さに共鳴し、涙が出ました。
著者と障害者レスラーの慎太郎の、
「友情」としか言えない関係性に胸が熱くなります。

私たちは皆、何らかの形で「障害者」です。
そこから目をそらさず、
ぶつかり合っていくなら、
その先にやっと相互理解がある。

あまりにも多くの人が、
現代では「ぶつかり合う」ことから逃げ出します。
最初からリングに上がらない。
血を見たくないし、汗をかきたくないし、
傷つきたくないからです。
しかし、傷つかずに絆など結べないのです。
ホームレス支援の第一人者・奥田先生はいつも言います。
「きずな」という日本語は、「きず」を含む、と。
マザーテレサも言っていました。
「傷つくまで愛しなさい」と。
(1,754文字)



●鏡の中は日曜日

読了した日:2019年3月7日
読んだ方法:図書館で借りる

著者:殊能将之
出版年:2005年
出版社:講談社文庫

リンク:
https://goo.gl/Dd6gEs

▼140文字ブリーフィング:

最近読んだホラー小説「ぼぎわんが、来る」の、
引用文献に入っていて興味を持ちました。
ぶっちゃけ、正直あまり楽しめなかったですね笑。
「金田一少年の事件簿」みたいな雰囲気をかもしていますが、
物語がメタ・メタフィクションになっていたりして混乱します。
あまりついて行けませんでした。
ミステリー界ではかなり有名な作品だそうですが。
(159文字)



●松本大洋本

読了した日:2019年3月8日
読んだ方法:友人からのプレゼント

著者:松本大洋他
出版年:2017年
出版社:小学館

リンク:
https://goo.gl/xo96jR

▼140文字ブリーフィング:

これはいわゆる「雑誌のムック本」というやつです。
愛知県に行ったときに、
友人が「俊君こういうの好きかなと思って買っておいたんだよね」
といってプレゼントしてくれました。

はい。

めちゃ好きです。

なんとこの本には、
松本人志と松本大洋の対談も載っています。
内容以上に「この二人」が、
会話しているということ自体にテンションが上がりました。
天才と天才の会話ですから。

他にも大友克洋との対談とか、
名だたる有名人が「松本大洋愛」を語るコーナーとかあって、
久しぶりに松本大洋の作品を読みたくなりました。

私はこれまで「ピンポン」「鉄コン筋クリート」、
「ナンバーファイブ」、「青い春」ぐらいを読んでいます。
他にも読んでたかもしれないけど忘れました。

2010年代に入ってからの、
「竹光侍」と「サニー」は未読でしたので、
この本をきっかけに、
勢いで「サニー」を大人買いしてしまった。
6巻全巻をAmazonの中古で「えいやっ」と買いました。

松本大洋ブームが私のなかで再燃しています。

「竹光侍」「ルーブルの猫」ではなく、
なぜサニーを買ったのか?
これが松本大洋の自伝的作品だとこの本で知ったからです。
「サニー」はちなみに、児童養護施設の漫画です。
松本大洋氏は小学生の一時期、
児童養護施設で過ごしていたのです。
彼の漫画に漂う「切なさ感情のリアル感」は、
他の作家とは一線を画するものがあるのですが、
それは彼の実体験が乗っかっていたからだったのです。
なんか、彼に対する尊敬が一段階アップしました。

→P69 
〈松本大洋の自伝的要素を含んだ作品です。
自分というものをここまで客観的に捉えるのに、
作者は、実際の経験から数えて、30年の歳月を必要としたのです。
そのことの重みを噛みしめずにこのマンガを読むことは出来ません。

松本大洋は小学生の頃、親と離れて暮らす施設に入っていました。
そのときの経験をこう語っています。
「僕、子どもの頃親と離れて暮らしていた時期があって、
そこを脱走するんですね
・・・六、七回やったかな
・・・六年くらいいたんですよ
・・・車盗んで逃げたことも
・・・そのときにすごい仲の良い友だちがいて、
その子と一緒に『逃げ出して、海のそばで家を作る』
っていう約束をずっとしていた」〉


、、、サニーは読み終わりました。
普通に泣きましたよ、そりゃ。
松本大洋氏の自叙伝として読むと、
よりいっそう泣けます。
次回の「読んだ本」で解説します。
(965文字)



●子どもの心の育て方

読了した日:2019年3月11日
読んだ方法:妻が友人から借りた本

著者:佐々木正美
出版年:2016年
出版社:河出書房新社

リンク:
https://goo.gl/bXzP2v

▼140文字ブリーフィング:

この本は妻が妻のお友だちから借りていて家にありました。
「面白いよ」というので読んでみると、
本当に面白かった。

「自分の妻が本を読む人で良かった」
と年に何度か思いますが、
今回も思いました。

この本、子育てについて多くの示唆を与えてくれます。
特に印象的だった2ポイントをご紹介します。

最初は「三つの場所で遊ぶ」ことの大切さです。

→P50〜52
〈競争意識と協調性・共感性のバランスは、友だちの中で育ちます。
たとえば、自分の家に友だちを呼ぶこと、
そしてまた相手の家に遊びに行くこと、
その両方をたくさん経験することです。
どちらかだけでなく、両方であることが大事なのです。
最近のお母さんたちは、意外にもこのことをご存じないように思います。

自分の家に友だちを連れてきたとき、
子どもは自分でリーダーシップを発揮することが出来ます。
自分の家の規則というか、しきたり、
やり方を相手に押しつけることが出来ます。
「そんなことはしてはいけない」とか
「そのおもちゃはこうやって使うんだよ」とか
「そのドアはこうやって開くんだ」といったことです。
あるいは親が出してくれたおやつを
まるで自分が振る舞っているかのように
「食べて良いぞ」なんて言ったりします。

ところが友だちの家に行けば立場は逆転します。
相手の家のルールにのっとって生活しなければなりません。
おやつを出されたら、
「いただきます」と挨拶しなければいけないし
「ごちそうさま」とお礼を言います。
 (中略)
自分の家では自分がリーダーだけれど、
よその家ではそこのルールに従う、ということのなかで、
それぞれの家にはそれぞれの家の考えがあり、
「違い」があることを知ることは非常に大事なことなのです。

そしてもうひとつ、自分の家でも、
友だちの家でもない「第三の場所」つまり、
空き地や公園で遊ぶことも、同時に非常に大切です。
できるかぎり、この3つの「場」を
バランス良く子どもの生活の中に取り入れることで、
子どもは、友だちと「育ち合う」ことができるようになていきます。〉


・自分の家、
・友だちの家、
・そのどちらでもない場所の、
3つの場所でバランス良く遊ぶようにしてあげる。
こうすることで子どもは、
「複数の文脈を受け入れる」という、
社会で生活するための基本能力を培う事が出来る、
と児童精神科医の佐々木先生はここで言っています。

「育ちあう」という言葉が最後に出てきましたが、
それについてもう一箇所引用します。
佐々木先生は言います。
「自分の子どもだけうまく育つ、ということはあり得ない」と。

→P76〜78 
〈自分の子どもだけが上手く育つ、
などということはあり得ません。
周囲の仲間と共に、互いに育ち合うものだからです。
 (中略)
親は、ときとすると過剰に自分の子どもに期待して、
他の子どもより優れた子になってほしいと思ってしまうのです。
そこまでではなくても、どこかで
「自分の子どもだけがうまく育てば良い」と思ってしまう。
そうした考え方というのは、
子どもの優越感や劣等感を強く育ててしまいます。

子どもは仲間と一緒に「育ち合う」ものです。
自分の子どもだけうまく育つ、
なんていうことはあり得ないことです。
自分の子どもといっしょに、
うまく育ってくれる子どもが周りにいてくれなければ、
うちの子どももちゃんと育っていきません。
そう思うべきだと思います。
それを親が実感として知っていると、
不健康な優越感、劣等感は育ちにくくなると思うのです。

植物でも魚でも、
環境が良ければ周りの仲間と一緒にすくすく元気に育っていきます。
育つと言うことは、
育ち合える環境の中でお互いに育ち合っていく、ということです。

子どもが健康に、健全に育つために必要なのは、
親が「みんなに負けないようにしなさい」と叱咤激励することではなく、
子どもたち自身がお互いに共感し合う環境です。
共感し合いながら育つと、
自分が何かの分野で仲間よりも上手に出来たときでも、
他の人を見下す優越感ではなく、
非常に健康な喜びの感情、ある種の誇りを持てるようになります。
 (中略)
優越感と劣等感というのは、
常に背中合わせにあるもので、
どちらかだけを持つことはあり得ません。
劣等感の裏返しが優越感で、
優越感を持っているから劣等感も生まれるものです。
優越感の強い人は、非常に強い劣等感をどこかに持っています。
 (中略)
こうした状態があたりまえになってしまった子に、
友だちはなかなかできません。
しかし健全な誇り、共感という感情は、
自分に不十分な部分があれば、
それは仲間からわけてもらえばいいんだ、とか、
誰かに頼ればいいんだとか、
あるいは「自分の努力がたりなかったのかしら」
という内省や自己洞察につながります。
多くの友だちに囲まれ、
仲間と共感し合いながら育ち合うことは、
とてもよいことなのです。〉


、、、「他の子はどうでもいいから、
自分の子どもだけが上手く育ってほしい」
と願う親は、皮肉なことに、
子どもが上手く育つことを自ら全力で疎外しています。
そのように考える親の影響下で育った子どもは、
いつも他者と比較する習慣が親から感染するので、
「劣等感と優越感が非常に強い」人間になります。
そのような人間は自己開示することが出来ず、
よって他者と協力関係を構築出来ず、
友情を育むことが出来ません。

それは将来の子どもの結婚・仕事・プライベートなど、
あらゆる領域に悪影響を及ぼします。

ではどうすれば、
劣等感や優越感に呑み込まれず、
健全な競争心と健全な共感能力を持つ子どもが育つのか?
それは親が「子どもは育ちあう」ことをわきまえることだ、
と佐々木先生は言います。

佐々木先生が子どもを植物や魚に喩えているのが面白いですね。
水槽の中のすべての金魚が死んでいるのに、
一匹だけぴんぴんしているということがあり得るでしょうか?
瞬間的にあり得ますが、
死んだ金魚の腐敗によって水が汚染され、
ぴんぴんしていた金魚もいずれ死ぬでしょう。
森の下草を全部刈り込んでしまい、
一本の木をのこしてすべて取り除いたらどうなるでしょう?
森は「ひとつの生態系」です。
下草に群がる微生物や昆虫や鳥の糞を養分に、
一本の木は生長してきたのです。
よってこの一本の木はいずれ枯れてしまいます。

子どもも同じだよ、ということです。

他の子どもがすくすく育つとき、
はじめて自分の子どもも育つのです。
実は社会全体もそうなのですが、
それはまた、別の話。
(2,586文字)



●ママの心がふわりと軽くなる 子育てサプリ

読了した日:2019年3月11日
読んだ方法:教会図書から借りる

著者:佐々木正美、松本ぷりっつ
出版年:2012年
出版社:主婦の友社

リンク:
https://goo.gl/PpXFJy

▼140文字ブリーフィング:

先ほどの佐々木正美先生、再びです。
これも妻が教会図書館から借りて読んでいたので、
家にあったので読みました。

妻が本を読む人で本当に良かっ(中略)。

この本は先ほどの本以上に「軽い」感じです。
なんせ、半分は「漫画」ですから。
佐々木正美先生があるテーマについて1ページほど書き、
それに関する漫画を漫画化の松本ぷりっつさんが、
自らの子育てにからめて描く、という構成です。

デパートで泣きわめく子どもは、
代償行為でそうしている、
という話しが面白かったです。

実はこの話し、動画を撮りました。
♯22なので、まだ公開前ですが、
「すぐ役立つ知識」コーナーで取り上げています。
お楽しみに。

そこでも語りましたが、
ここにも収録しておきます。

→P117〜118 
〈子どものこんな姿を見ると、
お母さんは「がまんできる子に育てなくちゃ」と厳しくなりがちです。
言うことを聞き入れていたらますますわがままになると思うのです。

でも実際は逆なんです。

普段から親に言うことを聞いてもらえる子は、
こんな形での自己主張はしません。
普通に言ったのでは聞いてもらえない経験が多すぎるから、
その代償行為として外で激しく泣いて訴えるのです。

子どもは、おもちゃがほしいだけで泣いているのではありません。
普段から、もっとしてほしいことがあるのです。
抱っこしてほしい、
手をつないでほしい、
公園で一緒に遊んでほしい。
そのすべてを、お母さんが義務的にではなく、
喜んで、幸せそうにやってほしいと願っているのです。〉


、、、子どもが泣きわめいているのは、
「問題(病気の原因)」ではなく「結果(症状)」なのです。
この子どもをどうやって泣き止ませるか、
というのは「対症療法」です。
たとえばあなたの腎臓が深刻に炎症を起こしているとしましょう。
それによって39度の発熱をしています。
アスピリンを大量投与し、熱が引いた。
それで解決でしょうか?
そうではありません。
本当の解決は合成抗菌剤で、
腎臓の炎症と感染を抑えることです。

子どもの場合も同じで、
今デパートで泣きわめく子どもに対し、
本当にすべきは「原因=根っこ」に処方することです。
つまりそれは子どもの普段の心の叫びを聞いて上げることです。
話しを聞いてほしい、
手をつないでほしい、
抱っこしてほしい、
一緒に遊んでほしい、
それをイライラしながらでなく、
心から楽しんでそうしてほしい。

佐々木先生は言います。
どうぞそうして下さい。
嘘みたいに子どもは叫ばなくなります。
その必要がなくなるのですから、と。
(1,028文字)



●イエスに出会うということ 人生の意味と思いがけない答え

読了した日:2019年3月12日
読んだ方法:新宿オアシスブックセンターで購入

著者:ティモシー・ケラー
出版年:2017年
出版社:いのちのことば社

リンク:
http://amzn.asia/gchoou0

▼140文字ブリーフィング:

めちゃくちゃ面白かったですが、
文字数の都合で詳説は出来ません。
ただ、序章にあった、
「帰納的な聖書研究」の、
ケラー師による実体験の話しが非常に面白かったので、
ご紹介します。

→P6〜7 
〈また、深い洞察のためには、
忍耐と思慮深さが必要なことも教えられました。
あるとき、バイブルスタディーを導く
リーダーのためのセミナーに参加しましたが、
そこでのある実習は忘れられません。

講師がマルコ1:17
「イエスは彼らに言われた。
『わたしについて来なさい。人間をとる漁師にしてあげよう』」
を選び、三十分この箇所を調べるように
(まさにイエスとの出会いについて)と言いました。
彼女は五分、十分で、もう調べ終わったと思うかもしれないが、
あきらめないで続けるように、と念を押しました。
「少なくとも、その箇所に見られる、
あるいは、気づかされたことを、三十項目書き出して下さい」。

十分後には課題を終わらせた
(と、少なくとも自分では思っていた)私は、
この課題に少々飽きてきました。
とはいえ義務感から、まだ何かないかと探し続けました。
実際まだあるではありませか。

それもいくつも。

講師はそのリストのなかから、
最も心が突き刺されたこと、動かされたこと、
個人的に非常に助けになると思われるものに丸をするように言い、
次にこう質問しました。
「最初の五分で、
最も深い気づきが得られた人はどれくらいいますか。
手を挙げて下さい」。

誰もいません。

「十分後は?」
一人か二人。

「十五分後は?」
もう一人か二人。

「二十分?」
今度は結構な数の人が手を挙げます。

「二十五分は?」
ほとんどが、笑いながら、
やられたといった感じで手を挙げました。

帰納的(個々の事項からい一般前提を推論していく)に
聖書箇所を学んでいくといった、
忍耐を問われるようなこの経験が、
私の信仰生活を大きく変えました。
時間をかけて、素直さと信頼という適切な態度で向かえば、
神は聖書を通して私に語りかけてくれるのだと発見したのです。

またその経験は、
聖書を通して神が何を語っているかを他の人にも教えるといった、
私の生涯の働きの訓練にもなりました。
これまで四十年近く、聖書を教え、説教してきましたが、
どの講演、講義、説教でも、基本的な姿勢は、
私が大学時代に学んだ、
時間をかけて聖書の深さを
注意深く掘り起こしていくという点にあります。〉


、、、ティモシー・ケラーは、
「21世紀のC.S.ルイス」と呼ばれることもあるほど、
深い洞察に富んだメッセージをすることで有名です。
私も彼は現代キリスト教の、最高の説教者のひとりだと思います。
彼の本を読むとその理由が分かります。
まず、尋常じゃないほど勉強しています。
そして人生において神を第一にして歩む、
という言行の一致があります。
さらにもうひとつの「秘密」を、
私はこの箇所を読んで見つけた気がしました。

それはひとつの聖書箇所を、
「するめを噛むように」、
あるいは「井戸を深く深く掘るように」、
見つめ続け、問い続け、
そこから真理をくみ上げる力です。

私たちが聖書を読んで何も感じない(学ばない)としたら、
私たちの「噛むあごの力が足りない」か、
井戸を掘るシャベルの力が弱いか、
あるいはその両方をする忍耐を欠いているからでしょう。
(1,320文字)



●すべての教育は洗脳である 21世紀の脱・学校論

読了した日:2019年3月14日
読んだ方法:Amazonプライム特典読み放題書籍

著者:堀江貴文
出版年:2017年
出版社:光文社新書

リンク:
http://amzn.asia/d/drNshbH

▼140文字ブリーフィング:

堀江さんの本って、
実は「半笑い」ぐらいな感じで、
これまで結構読んでるんですよね。
たぶん5冊は読んでると思う。
彼の思想は過激にリバタリアニズムなので、
ちょっとついて行けないところがあるのですが、
やはり「時代を象徴する人間」だと思うので、
読むと面白いのです。

、、、でこの本、
今まで読んだ堀江本のなかで、
一番面白かったです。

ところが、文字数オーバーのため、
解説は割愛!
まじか笑!

ちょっと悔しいので、
YouTube放送の、
「ひとりビブリオバトル」でやります。
放送がいつになるか分からないですが、
近々録画します。
お楽しみに!
(257文字)



●ゼニの人間学

読了した日:2019年3月14日
読んだ方法:Amazonプライム特典読み放題書籍

著者:青木雄二
出版年:2012年
出版社:オンデマンド

リンク:
https://goo.gl/j4KzMB

▼140文字ブリーフィング:

「ナニワ金融道」の作者の青木さんの本です。
彼は会社経営(とその倒産)などの経験を経た後、
44歳で漫画家デビューした異色の漫画家です。
彼が漫画を描き始めた動機がすごい。
ドストエフスキーの『罪と罰』、
マルクスの『資本論』を読んだからだそうです。

漫画って画力じゃないんですね。
論理と教養と体験の迫力があれば、
ちゃんと売れるんです。
「ナニワ金融道」読んだことないですが笑、
ちょっと興味が湧いてきました。
(201文字)



●「脳のゴミ」を捨てれば、脳は一瞬で目覚める!

読了した日:2019年3月14日
読んだ方法:Amazonプライム特典無料本

著者:苫米地英人
出版年:2014年
出版社:コグニティブリサーチラボ株式会社

リンク:
https://goo.gl/YKZyD7

▼140文字ブリーフィング:

苫米地さんという人は、
ときどき聞くのだけど、
本は初めて読みました。
Amazonプライム動画のおかげで、
普段なら見ないような映画を観たりするようになりましたが、
プライムリーディングも、普段読まない本を読ませてくれます。
ぶっちゃけ、あまり面白くなかったかな笑。
一点だけ、
「西洋ユダヤ・キリスト教的な時間観は直線モデルであり、
 過去→現在→未来」と進むが、
アビダルマ仏教哲学では、
「未来→現在→過去」と時間が進む、
というのが面白かったです。
つまり「未来が過去を作る」のだと。
これは実は深くて、
「ナラティブ・アプローチ」なんかとも関係があります。
文字数足りないので詳しく説明は省きますが。
(289文字)



●「意識の量」を増やせ!

読了した日:2019年3月14日
読んだ方法:Amazonプライム読み放題書籍

著者:齋藤孝
出版年:2011年
出版社:光文社新書

リンク:
https://goo.gl/YqUze4

▼140文字ブリーフィング:

これもけっこう面白かったのですが、
文字数の関係でさらっと。
「語彙数が少ないと人間は暴力的になる」
という話しが印象的でした。

→位置No.939 
〈「マジ、すげぇ」「ヤベェ」みたいな言葉ばかり使っていて、
自分の状況や感情を表現するのが50語以内の語彙で
収まってしまうような会話をする人がいるが、
言葉が足りない人は意識の幅も狭い、広がっていかない。

自分のもっている語彙力以上の会話はけっしてできない。
自分の思いを的確な言葉に置き換えることも出来ないし、
言葉によって自分と他者との感情のギャップ、
意思の齟齬を埋めることも出来ない。

言語能力が低い、
語彙力が乏しい人が怒りっぽかったり、
キレやすかったり、
感情をぶつけることになりやすいのは、
自分の意識と言葉が自由にならないもどかしさが原因でもある。
自分と異なった価値観、
離れた世代の人から何かを学びたい、
交流したいと願ったとき、
彼らと意識を交換させていくのに、
語彙が豊富であることは大きな武器になる。〉


、、、ではどうすれば語彙は増えるのか?
本を読むほかないでしょうね。
語彙力はシンプルに読書量に比例します。
自分の子どもが将来かっとなって傷害事件を起こさない予防法は、
子どもに本を読ませることです。
そして子どもに本を読ませる最短かつ唯一の道は、
親である自分自身が本を読むことです。
これは科学的に証明された事実です。
本を読みましょう。
(583文字)



●ライムスター宇多丸の映画カウンセリング

読了した日:2019年3月14日
読んだ方法:Kindleで電子書籍購入

著者:ライムスター宇多丸
出版年:2016年
出版社:新潮社

リンク:
https://goo.gl/kVvd8z

▼140文字ブリーフィング:

私の「映画批評の師匠」は二人います。
ひとりは町山智宏氏、
もうひとりがラッパーの、
ライムスター宇多丸師匠です。

この本では宇多丸さんが、
読者の様々な悩みを聞き、
あたかもお医者さんが処方箋を出すように、
「そんなあなたにはこの映画」と、
たくさんの映画を紹介していく本です。

「彼女に振られた」「老後が不安だ」
「正社員になれない」「子育てに失敗した」
「離婚した」「受検に失敗した」
「同性愛者だが世間の差別の目がつらい」
などの悩みを聞いた宇多丸師匠が、
「あなたにはこの映画とこの映画とこの映画をオススメします。
 なぜならば、、、」
と語っていく。

宇多丸師匠の「映画的教養」に舌を巻きます。
「怒りをコントロールできない」という相談に関して、
「映画を観ることは視点の引き出しを増やすこと」
だと回答しているのが見事だと思いました。

→位置No.1364 
〈そして、いろんな映画を観たり、
漫画や小説を読んだりするという行為は、
ことによると、自分の中にこうした
「視点の引き出し」を増やすためにこそ、
必要なのかもしれません。〉


、、、将来子どもが傷害事件を起こさないためには、
本を読むことと、上質な映画や小説や漫画などの、
コンテンツに触れさせることが大切ですね。
映画を観ることで、
「自分ではない誰か」の気持ちになることが出来る。
それが「立場の違う誰かの気持ちを想像する力」になります。
語彙力と並んで、人間が幸せになるために必要な能力です。
(601文字)



▼▼▼リコメンド本「今週の一冊」▼▼▼

ご紹介した本の中から、
「いちばんオススメだったのは?」という基準でリコメンドします。
「いちばん優れていた本」というよりも、
「いちばんインパクトの大きかった本」という選考基準です。
皆さんの書籍選びの参考にしていただけたら幸いです。


▼今週の一冊:無敵のハンディキャップ

コメント:

これは素晴らしかったです。
障害者と健常者が、
お互いに尊重し合って、、、
っていうきれい事の向こう側にある、
「生身のエゴ同士の、
 本気のぶつかり合い」
というものを突きつけてくれます。
障害者にも当然エゴがあり、
わがままだったり不誠実だったりするわけです。
そこに身体ごとぶつかっていく著者、
そしてその著者が抱える、
並々ならぬ過去、、、、。
胸が熱くなりました。



▼▼▼部門賞▼▼▼

ご紹介した書籍の中から、
陣内の独断と偏見で、
「○○賞」という形で、
特筆すべき本をピックアップします。
こちらも何かのご参考にしてくだされば幸いです。

▼「子育てに役立つで賞」
『子どもの心の育て方』

コメント:
佐々木正美先生の本は、
お母さん(お父さん)にも、
子どもにも、両方に、
やさしくそっと寄り添う感じで、
子育てに疲れた親には、
一服の清涼剤のように作用します。
オススメです。

陣内が先週読んだ本  2019年 2月17日〜3月4日

2019.07.25 Thursday

第82号   2019年3月12日配信号

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
■2 陣内が先週読んだ本 
期間:2019年 2月17日〜3月4日
::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::

先週私が読んだ本(読み終わった本)を紹介していきます。
一週間に一冊も本を読まない、
ということは、病気で文字が読めなかった数ヶ月を除くと、
ここ数年あまり記憶にないですから、
このコーナーは、当メルマガの
レギュラーコーナー的にしていきたいと思っています。
何も読まなかった、という週は、、、
まぁ、そのとき考えます笑。

ただ紹介するのも面白みがないので、
twitterに準じて、
140文字で「ブリーフィング」します。
「超要約」ですね。
(どうしても140字を超えちゃうこともあります。
 140文字はあくまで「努力目標」と捉えてください笑。)

忙しい皆さんになり代わって、
私が読んだ本の内容を圧縮して紹介できればと思います。
ここで紹介した本や著者、テーマなどについて、
Q&Aコーナーにて質問くださったりしたら、
とても嬉しいです。


●睡眠こそ最強の解決策である

読了した日:2019年2月21日
読んだ方法:図書館で借りる

著者:マシュー・ウォーカー
(UCバークレー教授、睡眠コンサルタント、睡眠科学者)
出版年:2018年
出版社:SBクリエイティブ

リンク:
https://goo.gl/vfAv85

▼140文字ブリーフィング:

この本、めちゃくちゃ面白かったです。
この手の「テーマ別ハウツー式のビジネス本」って、
ほとんどなんの役にも立たないことが多いのですが、
この本はそうったものとは一線を画する深い内容でした。

いつか何らかの形で詳しく解説したいぐらい。

まずは導入を紹介します。

→P10〜11 
〈あなたはこの1週間、
自分は充分に眠ったと自信を持って言えるだろうか?
最後に目覚まし時計の助けを借りずに
すっきり起きた日を思い出せるだろうか?

たいていの人は、いずれかの答えが「ノー」になるだろう。
実際のところ、先進国にクラス大人の3分の2が、
健康に良いとされる8時間睡眠を確保できていない。

睡眠時間が6時間か7時間を下回る状態が続くと、
免疫機能が衰え、癌のリスクが2倍にもなる。
それに加えて、睡眠時間はアルツハイマー病を発症するかどうかのカギも握る。
また、心血管病や脳卒中、鬱血性心不全などを発症するリスクが高まる。
 (中略)
以上のことを総合すれば、
睡眠不足は寿命を短くするということも容易に理解出来るだろう。
「眠るのは死んでからだ」という言葉もあるが、
この言葉通りの人生を送っていると、
睡眠不足で生活の質が下がり、
しかも早死にするという皮肉な結果になってしまう。

睡眠不足をゴム紐に喩えるなら、
永遠に引っ張り続けることは出来ず、
いずれ必ずパチンと跳ね返ってくるということだ。

悲しいことに人類は、自分の意思で睡眠時間を削っている唯一の種族だ。
睡眠不足は健康や幸福感に悪い影響を与えるだけでなく、
社会や経済活動の妨げにもなっている。
現に世界保健機関(WHO)が、
睡眠不足は先進国の流行病だと宣言を出したほどだ。〉


、、、トリンプインターナショナルを19年連続増収増益に導いた、
日本の経営者・吉越浩一郎さんは、
現役時代毎日8時間睡眠を自分に課していました。
彼は言います。
「良いリーダーはよく眠るリーダーだ」と。
「寝ないなんて怠惰」なのです。

産業構造の変化により、
「長時間労働」のメリットはどんどん失われ、
「短時間睡眠」のデメリットがどんどん大きくなっています。
アルゴリズム的な仕事の在り方から、
ヒューリスティック的な仕事に、
AI時代にはますますなってくる。

そのときに「寝ていない社員」というのは、
酔っ払って工場に出勤する労働者と同じぐらい、
迷惑な存在になるでしょう。
「健康に良いから寝ましょうね」
みたいなソフトな話しではありません。
「寝るか、寝ないか」が、
日本がこの先世界の中で生き残れるかどうか、
それぐらいの大問題なのです。

じっさい、ランド研究所の調査では、
「睡眠不足による経済損失」で、
日本はGDPの3.1%という高水準で、
ダントツに世界最高です。
GDPの3.1%言うのはちなみに、
一国の教育費、または軍事費の1.5倍です。
それだけの経済損失を「睡眠不足」が出している。
国を挙げて取り組む価値のあることではないでしょうか?

米国企業のなかには、
会社の中に「昼寝ルーム」をつくったり、
連続7時間睡眠以上を一定期間続けたら、
ボーナスを支給するという企業も現れています。

「寝ていない自慢」は時代遅れどころか、
破局的な考え方です。
勤勉な人は寝ずに働くのではありません。
本当に勤勉な人は「勤勉に寝る」のです。

文句なしにオススメの一冊でした。
(1,333文字)



●このゴミは収集できません

読了した日:2019年2月22日
読んだ方法:図書館で借りる

著者:マシンガンズ滝沢秀一
出版年:2018年
出版社:白夜書房

リンク:
https://goo.gl/4x3mi1

▼140文字ブリーフィング:

これもくっそ面白かったです。
マシンガンズというお笑いコンビは、
私も認識していました。
彼らのネタは「ムカつく女子」を、
ぶったぎるという爽快なネタで、
何度かお笑いオンエアバトルなどで観たことがあった。

今、その片方は、
フルタイムでゴミ清掃員をしながら、
お笑い芸人と二足のわらじを履いています。

結婚して娘が生まれ、
家族を養っていくために、
お笑いだけの収入ではやれない、
という切実な理由からゴミ清掃員として「就職」し、
もはや7年目になるという「中堅職員」の域です。
ゴミ清掃の仕事の後に事務所のライブに出る。
そんな生活を7年間続けてきたのです。
尊敬しかありません。

私もいつの日か、
宣教の活動では生活できなくなったら、
ゴミ清掃員でもやるんだろうなぁ、
とこの10年間いつも頭の片隅で考えてきたので、
彼のことを他人とはまったく思えないのです。
「彼は自分自身だ」とすら思います。

娘がお風呂で
「大きくなったら、
 私はゴミ清掃員と何をしよっかなぁ」
と言っていた、という心温まるエピソードが紹介されています。
彼の娘は「大人というのはゴミ清掃員と何か」を、
仕事にするものなのだ、という概念があるのです。
「いい話しだなぁ」と思います。

「将来は国家公務員!安定してるから!」
というクソガキ、、、失礼、お子さんよりも、
将来性は抜群に高いと思います。
じっさい、今の子どもが大人になると、
一人の人が複数の収入手段を持つという、
「マルチジョブ」はデフォルトになってると思いますので。

カラテカの矢部くんの、
「大家さんと僕」という漫画も素晴らしいのですが、
「お笑い芸人×●●」って、最強だと思うんですよね。

どういうことか?

お笑い芸人は「言葉のプロ」です。
その「ワードセンス」の精度とパワー、独創性こそが、
彼らが成功するかどうかを分けます。
なので、彼らは「言語化のプロ」でもあるわけです。

「言語化」と「言語」は違います。
言語化とは、未だ言葉になっていない一次体験を、
言葉という形として立ち上げる作業のことを言います。
「生の一次情報」を、言葉の形態に変換するのが言語化です。

お笑い芸人には「メタ能力」として言語化がある。
これは他のほとんどの職業の人は持っていません。
役人はもちろん持っていないし、
会社員も持っていない。
営業も商品開発も分析家も持っていないし、
学者ですら持っていない。

なぜか?

お笑い芸人のオーディエンスが一般大衆だからです。
その人たちに伝わる言葉で語らないと伝わらない。
役人も技術者も学者も、その業界の中では、
打てば響く「業界用語」を持っていますが、
それを一般大衆に届く形に、
「ポピュラライズ(大衆化)」することには長けていない。

お笑い芸人の最大の武器はそこにあるのです。
芸人が小説家として成功するのは、
だから私に言わせれば当たり前なのです。

成功しないわけがない。

、、、で、
マシンガンズの滝沢さんは、
この言語化能力を「ゴミ処理業」に使った。
これが面白くないはずがないでしょう。

とにかく「読んでくれ!」
としか言えないですが、
「ゴミ処理業界」に、
それをこういう形で言語化出来る人間が現れたというのは、
「福音」でしかありません。
日本社会にとっての福音です。

なぜか。

私たちは市民として、
ゴミ処理業のことをもっと知る必要が絶対にあるからです。
そしてお笑い業界にとって、
ゴミ処理業を知る人間が現れたこともまた「福音」です。
お笑いの文脈でゴミについて語る、
こんな新鮮な切り口がお笑いの地平を広げないはずがない。

「ウィン・ウィンの関係」ですね。
このように、ある人が複数の仕事をすることで、
「業界を越境」し、社会を豊かにしていく、
というのはなんと、リンダ・グラットンが、
「100年時代の人生戦略」で語っていることそのものなのです。

お笑い芸人(や清掃員)を自分より下だと思ってるヤツや、
「お笑いだけで食っていけない」という理由で、
マシンガンズの滝沢さんをバカにしているヤツがもしいるなら、
そいつら一人ひとりの首根っこを掴んで言ってやりたい。

「お前なんて、
 滝沢さんの2周半遅れだ」と。

、、、あれ?

内容について何も話してないよ。
すみません、つい熱くなって我を忘れてしまいました。

本の内容に立ち入りましょう。
この本の前半は彼のツイッターのつぶやきの引用です。
これがまた面白い。
いくつかピックアップします。

→P28 
〈不燃ゴミ回収中に、
子どものおもちゃが良く誤作動で動くのだが、
回転板に呑み込まれていく悲しい歌は聞いていられない。〉

→P31 
〈運転手のリズム感ともう一人の清掃員との相性次第では、
「いつまでも回収し続けられるわ」というゾーンに入ることがある。〉

→P45 
〈ビーズクッションは緊張する。
回転板にまかれて破裂すると、中の細かいビーズが飛び出て、
道路に散らばったそれは回収不可能。業界では爆弾と呼ばれている。〉


、、、面白いでしょ。
こんなつぶやきがたくさん紹介されています。
絵もシュールで楽しい。

あと、お金持ちが住む地域と、
そうでない人(貧乏な人)が住む地域で、
ゴミの性質が違う、というのも面白い。
お金持ちの地域は「アクアクララ」などの、
20リットルぐらいのタンクが捨てられている。
そして、ゴルフクラブやヨガマットなど、
フィットネスグッズも多い。

そうでない地域(貧乏な地域)は、
500mlのペットボトルの水や缶コーヒーなどが捨てられている。
実はこれ、20リットルのタンクよりも「贅沢」です。
単価が高いから。
そして、「ストロングゼロ」の缶チューハイが、
おびただしい量捨てられている。
彼らは「健康に投資する習慣」がないから、
そのストレスを酒やパチンコで発散する。

滝沢清掃員の結論は深いです。

→P103 
〈滝沢清掃員の結論。
 金持ちは気持ちに余裕があるので、
自分に目を向け、自己投資をしている。
その自己投資が小さな消費を抑えているといっても過言ではない。
 そうでない人は、その逆!〉


、、、安物買いの銭失い、
とはよく言ったもので、
お金持ちは「浪費しないだけの経済IQ」を備えているから金持ちであり、
貧乏な人は上手にお金を使う方法を知らないから貧乏なのだ、
という、あまり直視したくない現実が、
「ゴミ」から見えてくるのです。
これもまた、漠然とゴミ処理をしていたのでは分かりません。
芸人という「人間観察のプロ」が清掃員をしたからこそ、
見えてきた現実ですね。

最後の、彼による日本のゴミの量に関する警告は、
もはや「預言者の声」と言って良いでしょう。
引用します。

→P175 
〈ゴミの量が減れば、僕らの仕事が楽になるから、
そうしてくれと言いたいわけではないのでございます。

異常だからです。

調べて見れば、やはりというか、
そりゃそうだろと言うべきか、
一人の人間が一年間に出すゴミの量は日本がダントツ世界一です。
 
ゴミ総発生量こそはアメリカに譲りますが、
日本人が一人一年間、ゴミを出す量は320キロで、
2位のフランスが180キロ。正真正銘ぶっちぎり1位です。
 (中略)
ついでに言うと焼却炉の数も
2位のアメリカ351箇所を大きく上回り、日本が1,243箇所と、
有無を言わせない圧倒的な強さを誇っているのです。〉


、、、日本は明らかにゴミを出し過ぎです。
私は本気で思うのですが、
段ボールとか、プラスティックの包装とか、
そういうのに「包装税」を貸した方が良い、
と思っています。
私が政治家なら「段ボール税」を提案しますね。
あと「パチンコにちゃんと税金(賭博税)を課す」ことも。
多分駅のホームで見知らぬ人に突き落とされて、
私の政治生命は私の生命とともに失われますが笑。

でも本気なのです。

本気と書いてマジです。

じっさい北欧ではそれに似た制度があり、
ゴミの処理量はその製品を作った企業に請求される。
だから企業はゴミを減らすインセンティブがあるわけです。
イケアの家具が簡易包装なのは、
ゴミ処理のコストを企業がもつ、
スウェーデンが本社だからです。

日本で「包装税」をとると、
きっと「段ボール業界」から反対は出るでしょうが、
段ボール業界と地球の寿命を天秤にかけたら、
段ボール業界に泣いてもらうしかない。
彼らは「ゴミを減らすクリエイティブな方法を考える」
という、別の業態にシフトしてもらえば良いのです。
(3,271文字)



●ZERO to ONE ゼロ・トゥ・ワン 君はゼロから何を生み出せるか

読了した日:2019年2月23日
読んだ方法:図書館で借りる

著者:ピーター・ティール
出版年:2014年
出版社:NHK出版

リンク:
https://goo.gl/hLuvqh

▼140文字ブリーフィング:

「ペイパル・マフィア」って、聞いたことありますか?
私は最近まで知らなかったのですが、
『プラットフォーム革命』という本でその存在を知り、
その「マフィアのドン」であるピーター・ティールに興味を持ちました。

ペイパル・マフィアというのはこういうことです。

ペイパル(Pay Pal)は知ってますよね?
知らない人のために説明すると、
「ウェブ上のカード決済を簡単にするためのサービス」で、
世界の様々な企業や団体が今は使っています。
「プラットフォーム企業」の典型例ですね。

、、、で、このペイパルの創業者たちが、
現代世界のビジネス界で、
多大な影響力を持っているので、
こう呼ばれるようになったのが「ペイパル・マフィア」です。
かつて「トキワ荘」に住んでいた若手漫画家たちが、
みな偉大な漫画化になった、みたいな感じに似ています。

テスラ・モーターズ創業者のイーロン・マスクも、
ユーチューブの創業者も、
リンクトインの創業者も、
みんな「ペイパルチーム」の一員だったのです。

引用します。

→P161 
〈僕が創った最初のチームはシリコンバレーで
「ペイパル・マフィア」として知られるようになった。
メンバーの多くがテクノロジー企業の立ち上げに
参画したり投資したりして成功したからだ。

僕達は2002年にペイパルを15億ドルでイーベイに売却した。
それからイーロン・マスクはスペースXを立ち上げ、
テスラ・モーターズの共同創業者となった。
リード・ホフマンはリンクトインを共同で創業、
スティーブ・チェン、チャド・ハーリー、
ジョード・カリムらはユーチューブを立ち上げた。
ジェレミー・ストップルマンとラッセル・シモンズはイェルプを創業。
デビッド・サックスはヤマーを立ち上げ、
僕と友人はパランティアを創業した。
今日、この七つの会社はどれも10億ドル以上の価値を持つ。
 (中略)
こうしてマフィアが集まったのは、
単に履歴書を見て一番優秀な人間を選んだからじゃない。
経歴重視の採用に良し悪しがの両面があることは、
ニューヨークの弁護士事務所で働いたときに実感していた。
 (中略)
僕ははじめから、
ペイパルを単なる取引の場ではなく
固い繋がりのある場所にしようと思っていた。
絆が強いほど、居心地がよく仕事もはかどるし、
ペイパル以降のキャリアも上手く行くと考えたのだ。
そこで、僕達は一緒に働くことを
心から楽しんでくれる人たちを雇うことにした。
才能はもちろん必要だけど、それよりも、
ほかでもない僕達と働くことに興奮してくれる人を採用した。
それがペイパル・マフィアの始まりだった。〉


、、、ペイパル・マフィアが能力によってではなく、
絆によって作られた、というのは非常に面白いですね。
IQが高い順番に採用していったわけでも、
有能そうな人を片っ端から集めたわけでもない。
「一緒に働いて面白そうなヤツら」を集めた。
そうしたら20年後、
そのチームの一人ひとりが、
各分野で成功していった。

これは、現代世界の「経済」の構造と関係があります。
ティールは言います。
社会に価値を加えるのは、
ごく近い未来しか考えない「調整型の官僚主義」ではなく、
遠い未来を考えるが独裁的な創業者だと。
「ゼロトゥワン」・・・つまり0に1を加える人が、
社会に価値を加えるのだと。

1を100にするのと、
0に1を加えるのは、
本質的に異なる知的作業です。
初期のペイパルにあったのは、
そういった「わくわくするような挑戦心」という文化でした。

良く、日本は1を100にするのが上手い、
と言われます。
「経済で起きていることはこうだ。
 アメリカ人が発明し、
 日本人がそれを小型化・高性能化し、
 中国人がそれをコピー・低価格化する」
というジョークがあるように、
日本人の能力は「1→100」に強い。
しかし、本当に社会に富をもたらすのは、
0→1なのだ、といのがティールの言いたいことです。
そして、それをした人が「勝者総取りする」
のが今の世の中なのだ、と。
Apple、Amazon、Facebook、Googleの企業価値を考えれば自明です。

ティールの経験が物語るように、
「官僚的な頭の良さ」、
あるいは「偏差値秀才的な頭脳」は、
1→100には向いていますが、
0→1には向いていません。

日本経済の「失われた30年」は、
実はこれで説明できるのではないかと、
私なんかは思うぐらいです。

では、「0→1」が出来る頭脳(人材)とはどんなものか?
そのヒントとなるティールの言葉が、
この本にはちりばめられていますので、
いくつか引用します。

→P22 
〈採用面接で必ず訊く質問がある。
「賛成する人がほとんどいない、大切な真実は何だろう」〉

→P220 
〈本当に社会のためになるのは、
これまでと「違う」ものだ。
それが新たな市場の独占を可能にし、企業に利益をもたらす。
最良のビジネスは見過ごされがちで、
たいていは大勢の人が手放しで賞賛するようなものじゃない。
誰も解決しようと思わないような問題こそ、
いちばん取り組む価値がある。〉


、、、何かアイディアをあなたが、
会社なり教会なりグループで提案したとして、
「猛反対を受けない」ようなアイディアというのは、
それだけで「駄目なアイディア」だとティールは言います。

本当にクリエイティブなアイディアというのは、
周りのほとんどの人が反対するか、
もしくは無視するようなものだ、と。

この本はティールがスタンフォード大学で行った、
連続講義を書籍化したものです。
「社会に価値を加えるのは、
 上司や親や先生が誉めたたえるようなことじゃない。
 誰もが眉をしかめ、首をかしげ、
 理解せず、猛反発するようなことだ。
 本当にイノベーティブなことというのはそういうことなんだ。
 君たちは、それになれ!」
というこれからの若者たちへのティールのメッセージには、
胸が熱くなります。
(2,307文字)



●帰ってきたヒトラー(下)

読了した日:2019年2月27日
読んだ方法:図書館で借りる

著者:ティムール・ヴェルメシュ
出版年:2014年
出版社:河出書房新社

リンク:
https://goo.gl/689Hce

▼140文字ブリーフィング:

この小説原作の映画を観たことで興味を持ちました。
ヘーゲルの言葉を引用したマルクスの言葉に、
「歴史は繰り返す。
一度目は悲劇として、二度目は喜劇として。」
というのがありますが、
この小説はまさにそれを地で行く筋書きです。
自殺したヒトラーが現代世界に蘇り、
人々は彼をモノマネ芸人と勘違いし、
彼は次第にSNSのヒーローになっていき、、、
という「悪い冗談」のような筋書きは、
まさにマルクスの言葉そのものです。

「訳者あとがき」が良かったのでご紹介します。

→P255〜256 
〈ヒトラー礼賛が禁止されている中、
この本が出版可能になったのは、
ヒトラーを戯画化した風刺小説だからだ。

とはいえ、
「政治的にあまりにナイーヴ」と評した〈南ドイツ新聞〉をはじめ、
批判ももちろんあった。
とりわけ問題視されたのは、
ヒトラーが悪者としてではなく人間的な、
敢えて言えば魅力ある人物として描かれている点だろう。
だがこれは、著者のティムール・ヴェルメシュが
まさにこの小説で狙ったことだ。

ヴェルメシュは、〈南ドイツ新聞〉のインタビューで次のように語っている。
「ヒトラーに関するこれまでの説明や
アプローチや視点はどれもみな同じだった。
そして人々の多くは自分の精神衛生のため、
彼を一種の怪物として解釈してきた。
(中略)
だがそこには、人間アドルフ・ヒトラーに
人を引きつける力が明らかにあったという視点が欠けている。
(中略)
人々は、気の狂った男を選んだりしない。
人々は、自分にとって魅力的に見えたり
素晴らしいと思えたりする人物をこそ選ぶはずだ。」
ヒトラーを怪物に仕立てるだけでは、
何故あのような恐るべき出来事が起きたかの真の理由は分からない、
というのがヴェルメシュの見方だ。
だから彼はヒトラーを人間的に、魅力的に描く。
それは非常に成功していて、
読者は著者の目論見通り物語のヒトラーに共感し、
ヒトラーと共に笑い、そしてふと我に返って当惑する。
私がまさにそうだった。
これはたしかに、危険すれすれの手法かもしれない。〉
(830文字)



●ししりばの家

読了した日:2019年2月27日
読んだ方法:図書館で借りる

著者:澤村伊智
出版年:2017年
出版社:角川書店

リンク:
https://goo.gl/AX5nxq

▼140文字ブリーフィング:

前回の「読んだ本」コーナーで語った、
ホラー作家の澤村伊智さん。
短期間に長編三冊を一気に読みました。
怖い&面白いです。
(58文字)



●キリスト教と近代の迷宮

読了した日:2019年3月1日
読んだ方法:図書館で借りる

著者:稲垣久和、大澤真幸共著
出版年:2018年
出版社:春秋社

リンク:
https://goo.gl/vkj47R

▼140文字ブリーフィング:

練馬グレースチャペルの横田牧師が読んでいて、
面白そうだと思って手に取りました。
神学校でも教えている稲垣先生の本は、
これまでも読んだことがあり、
大澤さんも橋爪大三郎さんとの対談本で知っていましたが、
二人の対談というのは新鮮、と思い。
あと、タイトルが面白そうだと思って。

ただ、この本は対談の語りおこしなので、
タイトルの内容を体系的に語るというよりも、
本当に二人の雑談的で、期待したようなものではありませんでした。

じゃあつまらなかったのかというとそうではない。
面白い二人が話し合うのだから、
そりゃ面白いですよ。

「実在論」に関する二人の議論が面白かったです。

稲垣氏が「自分は素朴実在論ではなく批判的実在論に立つ」と言い、
大澤さんはそれを受けて、
メイヤスーの「思弁的実在論」を引き合いに出し、
それは物理学の「マルチバース論」とも愛称が良い、と返す。
長くなるので、解説は割愛します!
(388文字)



●未来

読了した日:2019年3月3日
読んだ方法:図書館で借りる

著者:湊かなえ
出版年:2018年
出版社:双葉社

リンク:
https://goo.gl/ujJiFZ

▼140文字ブリーフィング:

湊かなえの本はときどき読みたくなるんですよね。
映画化されたデビュー作「告白」から10年、
渾身の書き下ろし!
という帯に惹かれて手に取りました。
もちろん面白かったです。
湊かなえは作家になる前学校教師だったのですが、
今も「教師なんだなぁ」というのがよく分かります。
(129文字)



●読者ハ読ムナ(笑)

読了した日:2019年3月4日
読んだ方法:図書館で借りる

著者:藤田和日郎(かずひろ)、飯田一史
出版年:2016年
出版社:小学館

リンク:
https://goo.gl/SFCYLi

▼140文字ブリーフィング:

藤田和日郎さんは「うしおととら」という漫画の作者です。
彼のアシスタントをした新人漫画家の多くが、
連載を勝ち取り漫画家として成功していくので、
彼の仕事場は漫画家界隈で「虎の穴」として知られているそうです。
先ほどの「トキワ荘」とか「ペイパル・マフィア」みたいな感じですね。

それはなぜなのか?

というのを藤田和日郎さんが「講義」してくれます。
つまり、読者は架空の新人アシスタントとして、
藤田さんの仕事場に「はじめまして」と入ってきた人を、
疑似体験できるつくりになっている。

藤田さんは新人アシスタントである読者(われわれ)に、
この仕事場でのルールや、
新人が編集者にネームを持っていくときの心構え、
編集者にダメだしをされたときの受け取り方、
読者に響く漫画を描くとはなにか?
オリジナリティとは?
、、、
みたいなことを懇切丁寧に、
しかし優しく厳しく、
説明してくれます。

結論から言うと、
藤田さんが言っていることは非常に普遍的なことです。
漫画家だけの話ではない。
「新人社会人」が身に着けるべき、
社会に対する態度を、
しっかり身に着ける「システム」が、
藤田氏の職場にはあるのだと分かります。
「あぁ、こりゃここで働いた人は成功するわな」
と私は思いました。

それはどんなことなのか?
「挨拶をする。
 人の話を良く聞く。
 自分を過信しない。
 相手の立場に立って考える。
 過剰な自意識を抑え、
 相手ならばどう思うか、
 ということをいつも考える。
 地道に自分の良いところを磨く。
 自分の感性だけを頼りにするのでなく、
 広くインプットを続ける。
 勉強をやめない。」
そういうことです。

上記のことが出来る人は、
どんな分野でも社会人として成功するでしょう。
漫画家でなくても「新人社会人の教科書」として良いテキストです。
(725文字)



▼▼▼リコメンド本「今週の一冊」▼▼▼

ご紹介した本の中から、
「いちばんオススメだったのは?」という基準でリコメンドします。
「いちばん優れていた本」というよりも、
「いちばんインパクトの大きかった本」という選考基準です。
皆さんの書籍選びの参考にしていただけたら幸いです。


▼今週の一冊:睡眠こそは最強の解決策である

コメント:

この本は万人に「強くオススメ」できます。
今まで睡眠関係の本はけっこうな数読んできましたが、
これはベスト1でしたね。
文句なしに素晴らしいです!
あんまりこういった実用書ではやらないのですが、
いつか「本のカフェ・ラテ」で紹介するかも。



▼▼▼部門賞▼▼▼

ご紹介した書籍の中から、
陣内の独断と偏見で、
「○○賞」という形で、
特筆すべき本をピックアップします。
こちらも何かのご参考にしてくだされば幸いです。

▼「芸人×●●賞」
『このゴミは収集できません』

コメント:

こちらも自信をもってオススメできます。
漫画読むみたいに読めるので、
普段本を読まない人も楽しめます。
しかも実は「深い」。
「情報を脳内ぐるぐる」ではなく、
現場から出てきた「本当の声」には、
人を動かす力があります。

陣内が先週読んだ本 2019年2月5日〜16日

2019.07.11 Thursday

第080号   2019年2月26日配信号

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
■2 陣内が先週読んだ本 
期間:2019年2月5日〜16日
::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::

先週私が読んだ本(読み終わった本)を紹介していきます。
一週間に一冊も本を読まない、
ということは、病気で文字が読めなかった数ヶ月を除くと、
ここ数年あまり記憶にないですから、
このコーナーは、当メルマガの
レギュラーコーナー的にしていきたいと思っています。
何も読まなかった、という週は、、、
まぁ、そのとき考えます笑。

ただ紹介するのも面白みがないので、
twitterに準じて、
140文字で「ブリーフィング」します。
「超要約」ですね。
(どうしても140字を超えちゃうこともあります。
 140文字はあくまで「努力目標」と捉えてください笑。)

忙しい皆さんになり代わって、
私が読んだ本の内容を圧縮して紹介できればと思います。
ここで紹介した本や著者、テーマなどについて、
Q&Aコーナーにて質問くださったりしたら、
とても嬉しいです。


●【映画パンフレット】こんな夜更けにバナナかよ 愛しき実話 

読了した日:2019年2月5日
読んだ方法:池袋の映画館で購入

著者:前田哲監督
出版年:2018年
出版社:松竹映画

リンク:
https://goo.gl/mEpU1C

▼140文字ブリーフィング:

映画館でパンフレットを買ったのは、
初めてかもしれません。
1月の「観た映画」コーナーでもご紹介した、
『こんな夜更けにバナナかよ』を、
ひさしぶりに、私は妻と二人で池袋の映画館で鑑賞しました。

映画の医療監修をしたのは私の友人で、
監督の前田さんには、
11月に札幌でお会いしました。
なので、パンフレット、そりゃ買うでしょ、
というわけで買いました。
当然友人も執筆しており、
買って得した気持ちになりました。

主演の大泉洋さんが、
主人公の筋ジストロフィー患者の鹿野さんは、
果たして「わがまま」だったのかどうか?
ということを自問しているんですよね。
これが面白い。


→P7 
〈この映画は鹿野さんがわがままだから
成り立っている映画だと思うですが、
究極のことを言うと、鹿野さんはわがままではないんです。
実は撮影初日に、鹿野ボラだった方たちにお会いして
「鹿野さんは別にわがままじゃなかったですよ」と言われ、
「え?それじゃあ映画にならないんだけど」と思いました(笑)。

鹿野さんは“普通に生きたかっただけ”なんですね。
彼が目指したのは、
障害があっても普通の人と同じようなことが出来る世の中。
だって“真夜中にバナナを食べる”ってことも、
健常者にとってはわがままではない。
食べたくなったときは食べればいいわけですから。
そこで「動けないんだから我慢しなさい」
というのは健常者の理論なんです。

一見わがままに聞こえるけど、
わがまま言うしかない。
そうしないと世の中は変わっていかないというのが、
鹿野さんの考えだったんです。〉


、、、駅のエレベーターについて、
原作者の渡辺一史さんはこんなことを書いています。

→P14 
〈おそらく平成の時代に生まれた人たちは、
駅にエレベーターがあるのは
「当たり前」と思って生活していることでしょう。
しかし、駅にエレベーターがあるのは
“自然の流れ”でそうなったわけでも、
鉄道会社や行政の”思いやり”でできたわけでもありません。

30年以上にわたる障害者の耐えざる運動によって、
ようやく実現しました。
それ以前は、行政も市民も
「障害者のためにそんな高価な設備を付けるのは不可能だ」
と考えていたからです。
こうした駅の段差解消のための運動は、
1970年代から全国各地で巻き起こり、
2000年に「交通バリアフリー法」(現・バリアフリー新法)
という法律制定に結びついたことで、
一定数以上の利用客のある駅での設置が義務づけられた経緯があります。
どこの街でも、そこに住む障害者が闘いを重ね、
勝ち取った成果を、私たちは知らず知らずのうちに享受しているのです。〉


、、、今の常識から考えれば「非常識」ですが、
40年前の日本では、
「障害者のために駅にエレベーターを設置する」ことは、
「わがまま」だと思われていたのです。

では、夜中にバナナを食べることは?
好きな女の子を誘ってデートに行くことは?
カラオケで歌うことは?

、、、障害者、疾病当事者の声が、
「おもしろい」というと違うかもしれませんが、
「注目すべき」なのは、
彼らの声が単なる声ではないからです。
それらは「預言」だと私は思っています。
彼らの声は、健常者から見た「常識」が、
未来の価値観からすると非常識かもしれない、
ということに気づかせてくれる、
天からのアラーム音だと私は捉えています。
渡辺さんはこんなことを言っています。

→P14 
〈大切なことは、自立生活をする障害者たちが、
従来の「自立」という言葉の意味を
ひっくり返すような主張を込めていたことです。

従来、自立というのは、
「他人の助けを借りずに、
自分で何でも出来ること(身辺自立と言います)」、
あるいは
「自分で収入を得て生きていくこと(経済的自立と言います)」
を意味していました。

しかし、そうではなくて、自立というのは、
自分で物事を選択し、自分の人生をどうしたいかを自分で決めること、
そのために他人や社会に堂々と助けを求めることである。
彼らが、そんなふうに「自立」の意味を180度転換してくれました。

主演の大泉洋さんはこう語っています。
「こんなにいろいろ考えさせられた作品はなかった。
一番シフトチェンジしたのは、
迷惑かけるのってそんなにダメ?と思うようになったこと。
これからは子どもに『できないことは人に頼りなさい』と教えると思う。
そして、頼られたときに応えられる人でありたい、と思う」〉


、、、人に迷惑をかけちゃいけません、
という「日本教の第一戒」は、
実は社会を非常に窮屈なものにしています。
鹿野さんは、そしてこの映画は、
そんな日本社会への「預言者の声」なのです。
(1,857文字)



●プラットフォーム革命 経済を支配するビジネスモデルはどう機能し、どう作られるのか

読了した日:2019年2月8日
読んだ方法:図書館で借りる

著者:アレックス・モサド、ニコラス・L・ジョンソン
出版年:2018年
出版社:英治出版

リンク:
https://goo.gl/5rTR1G

▼140文字ブリーフィング:

これはかなり有名なビジネス書ですから、
読まれた方もいるかもしれません。
本書で言う「プラットフォーム革命」とは、
「プラットフォーム企業による産業革命」
というような意味合いです。

2000年代以降、
従来のビジネスモデルがことごとく通用しなくなっている、
というのはビジネスの現場にいる人が口をそろえることですが、
その背景にどんな理由があるのか、
ということを本書は明らかにします。
変化の時代に生き残るには、
変化の理由を知らなければならない。
その理由について説明するのが本書だ、というわけです。


→P14 
〈ノキアの全盛期から現在までの間に、
企業の経営環境は根本から変わった。
業界のトップ企業も、数年後には落ちこぼれる可能性がある。
60年前、アメリカの代表的株価指数S&P500種を構成する企業の
「平均寿命」は50年だったが、今は15年以下だ。
この大変動は、既存の企業にとてつもないリスクと、
巨大なチャンスをもたらす。
この時代の変わり目を最大限に利用するには、
その変動がなぜ起きているのか、
どうすれば利用できるのかを理解する必要がある。
あなたにその知識をもたらすこと、それが本書の最大の目的だ。〉


、、、現代世界の「四大企業」は、
20世紀とは様変わりしています。
20世紀の巨大企業は、
自動車会社、鉄鋼会社、石油会社、電話会社でしたね。
現在の四大企業は「AGFA」と言われます。
アップル、グーグル、Facebook、アマゾンです。
この四つの企業に共通するのが、
すべて「プラットフォーム企業だ」ということです。
つまり、「変化の時代」の勝者は、
プラットフォーム企業に変身できたか、
あるいはプラットフォーム的な企業として創業したか、
さもなくば既存のプラットフォームを上手く利用するか、
この三択になります。


→P15〜16 
〈これから長期にわたり、
新しいビジネスモデルが伝統的な組織構造を脅かすだろう。
この新しいビジネスモデルとは、プラットフォームだ。
 (中略)
プラットフォームは消費者とプロデューサー
(モノやサービスやコンテンツを作ったり提供したりする人)を結びつけて、
モノやサービスや情報の交換を可能にする。
たとえば、イーベイ(eBay)は買い手と売り手を結びつけるし、
iOSやアンドロイドは消費者とアプリ開発者を結びつける。
ウーバー(Uber)は乗客とドライバー、
エアビーアンドビー(Airbnb)は旅行者と住宅所有者を結びつける。
こうしたプラットフォームは新しい市場を作り、
そのネットワークとビジネスを、
ごく最近まで想像もできなかった規模に拡大した。〉


、、、ではそもそも、プラットフォームとは何か?
本書の定義を引用します。


→P49 
〈プラットフォームとは何か。
それは複数のユーザーグループや、
消費者とプロデューサーの間での価値交換を円滑化するビジネスモデルだ。〉

→P62 
〈究極的には、プラットフォームは
取引を円滑化することによって、価値を創造する。
直線的なビジネスが、
商品やサービスを作ることで価値を生み出すのに対して、
プラットフォームはつながりを作り、
取引を「製造する」ことで価値を生み出す。

GMは自動車を作るが、ウーバーはドライバーと乗客の取引を作る。
ただし輸送そのものをするのではなく、
ドライバーと乗客の繋がりと、両者間の価値交換を円滑化する。〉


、、、20世紀的な直線的ビジネスが生む「価値」は、
「モノやサービス」でした。
しかし、モノやサービスがコモディティ化し、
それらは「低価格化」ぐらいしか魅力がなくなった世の中で、
21世紀的な企業が立ち現れた。
彼らが提供する価値は「取引」だというのです。
つまりユーザー同士の取引コストを低下させる、
ということが、巨大な価値を生むということに、
いち早く気づいたグーグル、アマゾン、アップル、Facebookは、
21世紀の巨大企業になりえたのだ、ということです。


、、、残り文字数が足りなくなってきたので、
本論の詳細には立ち入りません。
今後解説することがあるかもしれないし、
ないかもしれない笑。

私が最も興味深く読んだのは、
プラットフォーム時代の企業経営が、
もはや「公共政策」に接近している、
というところでした。
つまり、Facebookの運営は、
会社経営というより、
もはや政府に近いのです。

引用します。

→P196〜197 
〈(ライアン)サーバーがツイッターにいたのは、
ツイッターが飛躍的な成長を遂げてIPOを果たすまでの2009〜13年だった。
「当時、ツイッターのチームによく言っていたのは、
私たちは市長だと言うことだ」と、サーバーは語る。
「私たちの仕事は、会ったこともない人たちから、
最善の行動や最善の結果を引き出すインセンティブと
逆インセンティブを作ることだった」サーバーは事実上、
ツイッターの開発者コミュニティ向けの公共政策を作っていたわけだ。

こうした姿勢は、
プラットフォームのリーダー的役割を果たす人たちに驚くほど共通する。
それはマーク・ザッカーバーグが、
シェリル・サンドバーグ(クリントン政権で財務長官のもと働いた経歴を持つ)
を最高執行責任者(COO)に雇った最大の理由でもある。
「長い時間をかけて、彼女が政府でした仕事の話を聞いた」と、
ザッカーバーグは言う。
「多くの意味で、フェイスブックは伝統的な会社よりも政府に近い。
私たちは巨大なコミュニティーを持ち、
他のどんなテクノロジー企業よりも本気で政策(ポリシー)を作っている」

サーバーも同じ考えだ。
「それまで私は、ポリシー関連の仕事をしたことは一度もなかったし、
その後ポリシーがいかに重要になるか考えもしなかった。
でも、いつの間にか、
ポリシー作りが私たちの仕事の大部分を占めるようになっていた」。
サーバーの仕事は事実上、
ツイッターの開発者コミュニティーの市長になることだった。〉
(2,369文字)



●悪意とこだわりの演出術

読了した日:2019年2月8日
読んだ方法:図書館で借りる

著者:藤井健太郎
出版年:2016年
出版社:双葉社

リンク:
https://goo.gl/CiifgK

▼140文字ブリーフィング:

「水曜日のダウンタウン」は、
私が今最も楽しみにしているテレビ番組のひとつです。
(私は普段テレビは一分も視聴しませんが、
 毎週録画している3〜5本ぐらいのお笑い番組は、
 撮りためておいて、ひとりで食事するときとか、
 夕食後、たまたま子どもが静かにしてるときとかに、
 ハイライト式に一気に見ます。
 これはお笑いルポライターとしての「勉強」として)

、、、で、「水曜日のダウンタウン」って、
探偵ナイトスクープと同じで、
演者ではなく作り手の力によって面白くなってる番組なんですよね。
ナイトスクープの探偵さんは面白いし、
水曜日のダウンタウンのクロちゃんやフジモンや小宮は面白いんだけど、
あくまで「パーツ(素材)」として面白いのであって、
それを料理する作り手の「やりたいこと」がハッキリ見える。

こういう番組は現代のテレビでは、
全体の1%にも満たないでしょう。
それが私がテレビを見ない理由なのですが。

、、、で、この番組のプロデューサーに私は興味を持ち、
彼が書いた本書を手に取った次第です。
彼の番組の手法は、「サンプリング世代の番組作り」という意味で、
前世代のそれらと一線を画する、というのが、
この本を読んで「なるほど」と唸ったことです。

サンプリング的手法というのは、
言い換えれば「ヒップホップ的手法」でして、
つまり様々な名作や古典などのアーカイブから、
切り取ってきてコラージュするという作り方です。
これを映画の世界で初めてやったのが、
クエンティン・タランティーノです。
日本のテレビ番組では彼が初めてなのかもしれません。


→P32〜33 
〈「サンプリング世代の番組作り」
 自分に何かをゼロから生み出す能力があるとは思っていなかったけれど、
昔から面白いモノや良いモノをジャッジする能力、
センス的な部分には少しだけ自信がありました。
ヒップホップ以降のモノ作りには、
引用やオマージュといった手法があらゆるジャンルで用いられていますが、
テレビにおいても、ある程度パターンが出尽くした中で、
どうやって、すでに存在するモノを違う文脈で使って新しい魅力を引き出すか、
いかに新しい表現に結びつけるかは重要なポイントだと思います。

そのときに必要になるのが過去のインプットです。
もちろん、そんなつもりで溜め込んでいたわけではありませんが、
カルチャー全般に興味があったので、
テレビはもちろん、音楽や本、映画
・・・そういったインプットの量は多い方だと思います。

ただし、なんでもかんでも覚えていけば良いわけではなく、
やはり自分の中での「面白いこと」のストックを
たくさん作っておくことが大事です。〉


、、、サンプリング的手法で何かを発信するというのは、
レンタルビデオ屋の店員をしながら、
浴びるほど過去の名作映画を観たタランティーノを考えるまでもなく、
「分野横断的な膨大なインプット」が前提になります。

私は多分「無限に文章を書けます」し、
今はYouTube動画を撮っていますが、
「無限に話し続けられ」ます。
それは、「インプットの幅と深さがある閾値に達した」
ことと関係あると思っていて、
藤井さんやタランティーノの感覚というのはなんとなく分かります。
レゴのパーツ数がある桁に達すると、
あらゆるものを組み立てられるとか、
腐葉土の量が一定数を超えると、
輪作によって春夏秋冬作物が実り続けるのと同じです。
(1,364文字)



●ぼぎわんが、来る

読了した日:2019年2月9日
読んだ方法:図書館で借りる

著者:澤村伊智
出版年:2015年
出版社:角川書店

リンク:
https://goo.gl/eDGqu4

▼140文字ブリーフィング:

私は分野横断的にあらゆるインプットをします。
特に読書は、「読書家」のなかでも、
かなり守備範囲の広い方だと思います。
私より「深く」読んでいる人はけっこういます。
特に学者なんかはそうでしょう。
特定の分野に関する読書の深さでは学者には太刀打ちできない。
でも、「広さ」ではあまり負けることがありません。
数学の本から芸能人のエッセイまで、
神学書からビジネス本まで、
純文学から筋トレの本まで、
ありとあらゆる分野の本を読んでいます。
なかんずく、
「こんなのも読むの!?」というひとつが、
「ホラー」ですね。

「そこはさすがに手を出さないなぁオレは」
と、読書好きな知人・友人からも、
若干引き気味のリアクションをいただくこともある笑。

でもホラー、好きなんですよね。
「リング」もシリーズ全部読みましたし、
貴志祐介の「黒い家」はすべてのジャンルで、
最も面白かった中の一冊です。

、、、なぜ、ホラーが面白いのか?
多分皆さん興味ないと思うけど、
その「構造」をご説明したいと思います。
私は「構造フェチ」なので、
「なんでそれが面白いのか?」という、
構造的な理由を言語化するのが一番好きなのです。

突然ですが世界で最も有名なホラー作家は多分、
スティーブン・キングでしょう。
彼は「IT」や「シャイニング」を書いたホラー作家でもあり、
「スタンド・バイ・ミー」、「グリーンマイル」、
「ショーシャンクの空に」
(原作タイトルは「刑務所のリタ・ヘイワース」)などの、
ヒューマンドラマ作家でもある。

彼はジキルとハイドのように、
ほっこり心温まる話しを書く人格と、
戦慄する恐怖を書く人格を、
使い分けているのでしょうか?

私の仮説は、「そうではない」です。

そうではなく、キングはずっと、
「人間の奥深く」を描きたいと思っているのです。
人間の奥深くを描くとき、ある種のテーマについては、
「ホラーという容れ物を借りる」のが最も効率的だ、
ということをスティーブン・キングはよく知っているのです。

どういうことか?

古今東西「怪談」というものがあります。
現代はそれがホラー映画やホラー小説になっている。
それらは「何のためにあるのか?」を考えるのが重要です。
逆に言えば人間はなぜ怪談を必要とするのか?
ということです。

フロイト精神分析の基本に、
「投影(投射)」というものがあります。
人間は自己の内面を直視することに耐えません。
そこには自分ですら目を背けたくなるような醜いものがあるからです。
歪んだ自己愛、嫉妬、憎しみ、思い上がり、殺意、執着心、強欲、etc...
そこで、それらを無意識の領域へ押しやります。
これを心理学用語で「否認」と言います。
しかし、「否認」した本人は無意識では、
それが「ある」ことを知っているのです。

そこで否認した人というのは、
無意識に押しやった自分の醜悪な性質を、
何か他のものに投影します。
それが自分と似た誰かだった場合、
「同族嫌悪」という状態になります。
つまり、「あの人のああいうところが本当に嫌だ」
という「ああいうところ」というのは、
まさに自分が否認した自分自身の性質だ、ということですね。

しかし、投影は必ずしも他の人間だけに向かうのではありません。
それが「幽霊」「怪物」「ゴースト」、なんでもいいですが、
「この世ならぬもの」としての幻影をつくり、
そこに投射される場合もあります。
人間の内面は何よりも怖ろしいので、
実は「この世ならぬもの」のほうがちょっとマシなのです。
これが、古今東西、昔も今も、人が幽霊を見てきた理由のひとつだと、
私は思っています。

少なくともスティーブン・キングは、
この構造を把握している。
だから「この世ならぬもの」を語ることで、
実は読者に、人間の内面の現実を知らしめているわけです。
でなければ、時代を問わず、
ホラーがこんなにも読まれる理由は説明できません。

、、、なので、
私はオカルト現象に興味があるのではなく、
オカルト現象を必要とする人間の心の中に興味があるのです。
そういう人にとって、この澤村伊智という新人作家は、
「彗星のように現れた非凡な書き手」だと思います。

本作でも、「ぼぎわん」という化け物が、
家庭内暴力や虐待などの心の闇の映し鏡になるよう、
緻密な設計が施されています。

今私が説明したようなことを、
本作に登場するオカルトライターが語っているシーンを引用します。


→P238〜239 
〈唐草は不審そうな顔で答えた。話の着地点が分からないのだろう。
 「三流オカルトライターっぽく、ザックリ言わせてもらえば」
俺は自嘲の笑みを浮かべて、
「ドッペルゲンガー」というやつのバリエーションなんですかね?
自分そっくりの存在を目撃してしまう、
見て数日後には死んでしまうという、
古今東西あまねく伝わる現象ですが・・・?」
 「専門にしてる先生もいらっしゃるよ。で、それが?」
 唐草はうんざりした口調で訊いた。
 俺は彼の後ろ、窓の外を眺めながら、
 「トモカヅキは海女を海の底にひきずりこみ、
殺してしまうという。だからトモカヅキを目撃した海女は、
それ以降は基本海に潜らなくなる――いわばセミリタイヤしてしまう。
まあ、生き死にに関わる体験をしたんだから、当然といえば当然です。
しかし面白いのは、目撃した海女だけでなく、
目撃談を聞いた他の海女たちも、
しばらく仕事を休むという言い伝えだ。この恐れ方は尋常じゃない」
 と、一気に言った。
 唐草は黙っている。俺は彼の目を見据えて、
 「先生、トモカヅキはなぜそれほどまだに恐れられているんでしょうね?」
 「まあ、ただでさえ海は怖いからね。
トモカヅキが出ようが出まいが、ずっと潜ってたら死んでしまう」
 彼は溜息交じりに言った。
真剣に考えて答えるつもりはないようだが、
それでいてでたらめな回答をしない――
一定の真実を踏まえているあたり、
どんな状況にあっても仕事に関しては真面目なのだろう。立派なものだ。
 「なるほど。トモカヅキは海に対する畏怖そのもの、
というわけですか。先生の解釈によると」
 「安直な思いつきだ。仮に裏が取れたとしても、学術的な価値はないよ」
 「俺の考えでは違います」
 そういって、俺は唐草の机に両手をついた。上から見下ろす。
 こちらの出方を伺う彼を見ながら、俺は、
 「昔から人間は考えていた。自分そっくりのモノは恐ろしいと。
見てはいけない。見たら死んでしまうとすら言い伝えていた。
それは何故か?今の俺には分かる。少なくとも、分かる気がします」
 一呼吸置いて、
 「それは――自分の醜さや、おぞましさや、
弱さや愚かさを目の当たりにするのは、
耐えがたいほど苦痛だからです。
先生を見ていて嫌と言うほど分かりましたよ。
おかげさまで今は最悪な気分です。」〉
(2,700文字)



●ポスト・モダンの条件 知・社会・言語ゲーム

読了した日:2019年2月12日
読んだ方法:図書館で借りる

著者:ジャン=フランソワ・リオタール
出版年:1989年
出版社:水声社

リンク:
https://goo.gl/KRoG53

▼140文字ブリーフィング:

「ポストモダン」とはもともと建築用語ですが、
思想の世界でこの言葉が使われるようになったのは、
リオタールの本書が最初だと言われています。
前から読みたかったので読んでみましたが、
怖ろしく難解で、マジでほとんど何言ってるのかわかりませんでした笑。
サンドウィッチマンの富澤さんのごとく、
「ちょっと何言ってるか分からないんですけど」
と、心の中で何度も言いました。
分かったセンテンスが2行ぐらいあったので笑、
それをご紹介します。

→P8〜9 
〈極度の単純化を恐れずに言えば、
《ポスト・モダン》とは、まずなによりも、
こうしたメタ物語に対する不信感だと言えるだろう。〉


、、、「メタ物語」というのは「大きな物語」とも言われます。
19世紀と20世紀の前半は、「近代」や「啓蒙」という、
「大きな物語が成立し得た時代」だった。
しかし20世紀後半のポスト産業社会においては、
「大きな物語」が崩壊した。
人々はそれから「小さな差異」を語るようになる、
というのがポストモダンの解説の定型です。

本書を手にとって一番良かったのは、
訳者あとがきの解説での指摘でした。
上に書いたことはすべて「近代思想という学問的には正解」なのですが、
「近代」が終わり「ポストモダン」という時代が来たのだぁ!!
という語り口そのものが、「メタ物語的」であり、
モダンのパラダイムに生きていることの証左だ、
ということを訳者が解説していて、
それは「なるほどなぁ」と唸ってしまいました。
(601文字)



●暇と退屈の倫理学

読了した日:2019年2月13日
読んだ方法:図書館で借りる

著者:國分功一郎
出版年:2015年
出版社:太田出版

リンク:
https://goo.gl/kafvVN

▼140文字ブリーフィング:

著者の國分功一郎氏は、
2017年に『中動態の世界』という本を書いています。
これがまぁ、べらぼうに面白いわけです。
それで、1つ前のこの本を手に取りました。
『中動態の世界』ほどではありませんでしたが、
不思議と引き込まれる本でした。
ポスト産業社会における「生き方」の指南書、
と言っても良いかもしれません。

『ファイト・クラブ』というデビッド・フィンチャー監督の映画があります。
この映画の主人公はエリートサラリーマンですが、
「忙しいが絶望的に退屈」な状態を過ごしています。
彼は高級マンションに住み、家に北欧家具をコレクションしています。
「記号的消費」が彼にとっての一時的な鎮静剤ですが、
その消費をするためにはさらに忙しく働かなければならない。
彼のように忙しいビジネスマンによって、
さらに「記号的消費のための商材」は世の中に増えていく。
「大量消費・大量生産」を錦の御旗とする近代消費社会の歯車は、
すべてを破壊したい衝動に駆られるほどに、
「疎外」された状態にある。

彼は寝る暇もないぐらい忙しいが、
同時に絶望的に退屈している。

この人はでは、どのように生きたら良いのか?
というのをハイデッガーやユクスキュルといった、
哲学者たちの言説を解説、発展させることで、
ひもといていこうとする試みです。

「じゃあ、どうすれば良いの?」
という結論だけ求める人は、
まずは本書を読みましょう。

何かというと答えを急ぐその人は、
ファイト・クラブの主人公のメンタリティに近い、
「疎外された人間」の可能性が高いので。
(635文字)



●ずうのめ人形

読了した日:2019年2月13日
読んだ方法:図書館で借りる

著者:澤村伊智
出版年:2016年年
出版社:角川書店

リンク:
https://goo.gl/e1fdwy

▼140文字ブリーフィング:

「ぼぎわんが、来る」があまりに面白かったので、
こちらも手に取りました。
現代の問題と「ホラー」を融合させる著者の手際は見事です。
本書はホラー要素もありますが、ミステリー要素が強く、
謎によって読者を引っ張っていく話にドライブ感があります。
(117文字)



●自分では気づかない、ココロの盲点 本当の自分を知る練習問題80

読了した日:2019年2月5日
読んだ方法:図書館で借りる(2回目)

著者:池谷裕二
出版年:2016年
出版社:ブルーバックス

リンク:
https://goo.gl/euVVvh

▼140文字ブリーフィング:

前回本コーナーでご紹介した、
「パパは脳研究者」が面白かったので、
本書も手に取りました。
Evernoteの読書ノートを見返してみると、
なんとこの本、既に読んだことありました笑。
こういうことって、けっこうあります。
「読書家あるある」ですね。
以前買った本をもう一度買う、
っていうこともあるぐらいですから。

2度目に読むことがムダかというとそうではない。
1度目に読んだときから、自分は変わっているわけですから、
「別人」が読んでいるわけです。
別人が読んでいるので、発見することも違う。

この本は、「人間の認知の誤謬」にもとづく勘違いを、
延々と紹介していく、というものです。
そしてほとんどが「自己奉仕バイアス」に関わるものです。

人間の認知というのは、
「自分をえこひいきするように」歪んでいます。
頭の良い人とそうでない人の違いというのは、
端的に言うと、自己奉仕バイアスを、
自覚しているかそうでないかの差です。

つまり頭の良い人というのは、
「自分には自分が正しい(能力があるetc.)と思うが、
 それは自己奉仕バイアスのせいかもしれない。
 客観的に見れば、自分はさほど正しくない(能力がない)
 かもしれない。」
と思える人のことです。

頭の良くない人というのは、
自分の自己奉仕バイアスにダマされる人のことです。
その人は端的にこう言います。
「自分は正しい。
 自分は能力がある。
 自分は天才だ。」

つまり「自分は天才だ」と言っている人は、
たいていバカだ、ということになります笑。
「自分は傲慢だ」と言っている人ほど謙虚であり、
「自分はたいしたことない」と言っている人ほど、
実は能力があるのは世の常ですが、
それは「自己奉仕バイアス」と関係があります。

本書の扉に、
「神よ、他人が自分を見るように自分が見える能力を、
我らに与え給え」という、スコットランドの詩人、
ロバート・バーンズという言葉が紹介されていますが、
この言葉の意味は深いです。

「自己奉仕バイアス」がどんなものかがわかる、
以下の箇所をご紹介します。

→P98 
〈脳は、成功を「自分の手柄だ」と思い、
失敗を「他人のせいだ」「不可抗力のせいだ」と解釈します。
次の例を見れば、思い当たるでしょう。

・人がやらないのは怠慢だから。
 自分がやらないのは忙しいから。

・人が出世したのは運が良かったから。
 自分が出世したのは頑張ったから。

・人が時間をかけるのは要領が悪いから。
 自分が時間をかけるのは丹念だから。

・人が上司に受けが良いのはおべっか使いだから。
 自分が上司に受けが良いのは協力的だから。

・人が仕事が出来ないのは才能がないから。
 自分が仕事が出来ないのは上司がアホだから。

・人がテストに失敗したのは勉強不足だから。
 自分がテストに失敗したのは難しかったから。

・人が言われていないことをやるのは出しゃばりだから。
 自分が言われていないことをやるのは積極的だから。

 脳は自尊心を保つために、
知らぬ間に心地よい理由を創作します。〉
(1,204文字)



●絶望読書 苦悩の時期、私を救った本

読了した日:2019年2月14日
読んだ方法:図書館で借りる

著者:頭木弘樹
出版年:2016年
出版社:飛鳥新社

リンク:
https://goo.gl/BT4W42

▼140文字ブリーフィング:

この本はメルマガ読者の方から紹介してもらいました。
めちゃくちゃ面白かったです。
文字数の関係で詳説はまた別の機会に譲りますが、
本書のユニークな点は、
以下のまえがきを引用するだけで
十分分かっていただけるかと思います。


→P4〜6 
〈絶望した瞬間から立ち直りが始まるわけではなく、
 絶望したままの期間というのがあります。
 こういう時期を一体どう過ごせば良いのか?
 自分が絶望したとき、それがわかりませんでした。
 
 絶望からどうやって立ち直るのかという本はありました。
 励ましてくれるような本もありました。
 絶望するな、という本もありました。

 でも、絶望している期間を、
 どう過ごせば良いのか、という本はありませんでした。
 絶望において、一番大切なのは、
 じつはこの時期の過ごし方だと私は思います。
 
 立ち直り方というのは、つまりは、倒れた状態から、
 いかに起き上がって、また歩き出すかということです。
 でも、人は一旦倒れてしまうと、
 そうすぐには起き上がれないときもあります。
 その起き上がれないときを、倒れたままでいるときを、いかに過ごすか。
 それが結局は、立ち直りにも一番大きく影響します。
 深い絶望から、無理に早く浮かび上がろうとすると、
 海に潜っていて、時間をかけずに海面に急上昇したときのように、
 かえって悪影響があります。
 
 そこで、自分自身の十三年間の絶望体験をもとに、
 絶望の期間をどう過ごせば良いのかについて書いてみました。
 過去の自分がそういう本を読みたかったからです。
 あくまで個人的な体験や思いに基づいたものに過ぎません。
 それでも、絶望のさなかにある人の、
 いくらかでもお役に立てれば幸いです。〉


、、著者は大学時代に難病を患い、
13年間の闘病生活を送ります。
その中で気づくのです。
世の中にあふれる本には、
「絶望から立ち直った人の話」は溢れているが、
「絶望している本人の語り」はほとんど存在しない、と。

著者は「絶望している本人たち」を、
物語の中に発見していきます。
それはドストエフスキーであったり、
フランツ・カフカであったり、
ヘルマン・ヘッセといった作家の「古典」でした。

「古典」は理由があって古典になっています。
つまり時代を超えて読み継がれてきた、ということです。
それはなぜか?
人は絶望したときに絶望の物語を必要とする。
しかし、それは物語という形を通してしか語れないのではないか。
それが著者の発見でした。

私もまた絶望には詳しい方なので、
著者の意見に賛同します。
私も自分の「絶望読書」を、
いつか書いてみたいと思いました。
(1,039文字)



▼▼▼リコメンド本「今週の一冊」▼▼▼

ご紹介した本の中から、
「いちばんオススメだったのは?」という基準でリコメンドします。
「いちばん優れていた本」というよりも、
「いちばんインパクトの大きかった本」という選考基準です。
皆さんの書籍選びの参考にしていただけたら幸いです。


▼今週の一冊:絶望読書

コメント:

これは面白かったです。
3月から始まるYouTube放送で、
もうちょっと詳しく紹介しようと思っています。



▼▼▼部門賞▼▼▼

ご紹介した書籍の中から、
陣内の独断と偏見で、
「○○賞」という形で、
特筆すべき本をピックアップします。
こちらも何かのご参考にしてくだされば幸いです。

▼「ホラー傑作賞」:ぼぎわんが、来る

コメント:

これはねぇ。
多分誰も読まないと思うんですけど笑、
ホラーもイケる人にはお勧めです。
ちなみに本作、
「来る。」というタイトルで、
中島哲也監督が映画化しています。
今も上映中なんじゃないかな?
妻夫木聡、岡田准一、松たか子主演で。
こちらもかなり面白そう。
ソフト化されたら観る予定。

陣内が先週読んだ本 2019年1月20日〜2月4日 『量子革命』他

2019.06.26 Wednesday

+++vol.078 2019年2月12日配信号+++

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
■2 陣内が先週読んだ本 
期間:2019年1月20日〜2月4日
::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::

先週私が読んだ本(読み終わった本)を紹介していきます。
一週間に一冊も本を読まない、
ということは、病気で文字が読めなかった数ヶ月を除くと、
ここ数年あまり記憶にないですから、
このコーナーは、当メルマガの
レギュラーコーナー的にしていきたいと思っています。
何も読まなかった、という週は、、、
まぁ、そのとき考えます笑。

ただ紹介するのも面白みがないので、
twitterに準じて、
140文字で「ブリーフィング」します。
「超要約」ですね。
(どうしても140字を超えちゃうこともあります。
 140文字はあくまで「努力目標」と捉えてください笑。)

忙しい皆さんになり代わって、
私が読んだ本の内容を圧縮して紹介できればと思います。
ここで紹介した本や著者、テーマなどについて、
Q&Aコーナーにて質問くださったりしたら、
とても嬉しいです。


●対立の世紀 グローバリズムの破綻

読了した日:2019年1月21日
読んだ方法:図書館で借りる

著者:イアン・ブレマー
出版年:2018年
出版社:日本経済新聞出版社

リンク:
https://goo.gl/XBbRLo

▼140文字ブリーフィング:

イアン・ブレマーは、
『Gゼロ後の世界』という本を書いたことで有名です。
私は鬱病療養の最後の時期に、
なんとか自分に自信を取り戻すため、
「何かを書く」ということを自分に課しました。
結果として2本の小論考を書いたわけですが、
そのうちの「中空構造日本の新世紀」という論考の、
論理的下敷きにしたのが、
イアン・ブレマーの『Gゼロ後の世界』と、
河合隼雄の『中空構造日本の深層』でした。
興味ある人はご参照ください。

▼参考リンク:2本の小論考
https://drive.google.com/file/d/0B3HrFmMyrAJLekNEdEVoYnVOcms/view
https://drive.google.com/file/d/0B3HrFmMyrAJLU3h3RG5CRzU0eEk/view

イアン・ブレマーの本を読むのはその時以来です。
『対立の世紀』とは、21世紀の政治が、
「われわれ対彼ら」という構図に基づくものだ、
という著者の基本認識を表現しています。
全世界で「ポピュリスト」と呼ばれる政治家が躍進しているのは、
ここ数年ますます認識されるようになっていますが、
問題はポピュリストのほうにではなく、
それを生む人々の恐怖心のほうなのだ、
というのが著者の指摘です。
引用します。


→P27〜28 
〈「今こそ、地域革命を起こすときです」。
その候補者は、歓声を上げる群衆に向けて言い放った。
「国はもはや国家としての意味をなさず、市場でしかありません。
国境線は消去され・・・誰でも我が国に来ることが出来ます。
これでは文化的アイデンティティが薄まってしまいます」。

マリーヌ・ル・ペンのこの発言は、
西洋社会で高まりつつある不安の重要な要素をすべて捉えている。
国境は開かれ、外国人たちが入ってくる。
仕事は奪い取られ、システムが破綻して年金や医療制度が崩壊する。
文化が汚され、中には犯罪者もいる。
ル・ペンは2017年のフランス大統領選で破れこそしたが、
そのメッセージは、「われわれ対彼ら」という
対立の21世紀の政治に強いインパクトをとどめている。

だがこれは、マリーヌ・ル・ペンの話でも、
ドナルド・トランプの話でもない。
最近ヨーロッパやアメリカに現れている
やり手のポピュリストたちの話でもない。
カメラを怒り狂っている群衆に向けてみようではないか。
本当の物語は彼らの中にあるのだ。

運動を起こしているのは、メッセンジャーではない。
発端は、失業や、押し寄せてくる外国人たちや、
失われていく国民意識(ナショナル・アイデンティティ)や、
テロリズムにつながる理解不能な、
公然たる暴力行動に対する普通の人々の
――絶対とは言わずとも多くの場合当たっている――恐怖心なのだ。〉


著者は「ドナルド・トランプは無能で不快で嘘つきだが、
彼の支持者たちをないがしろにする者はだれでも、
アメリカに害をなしている」
と語っています。
この指摘は鋭い。
これはヨーロッパにも言える、と著者は加えます。

日本もそうかもしれません。
ネトウヨを非難するのは簡単だが、
ネトウヨにならざるを得ない鬱屈をすくい上げなければ、
日本の政治に未来はないのです。


→P241 
〈アメリカがますます安全で繁栄していく国だと信じているから、
という理由でドナルド・トランプに投票した有権者はいない。
勤労世代の男性のうち失業者一人に対して
職探しすらしていない無職者が3人もおり、
しかも失業中の男性の半分が日々鎮痛剤を服用している状況の国では、
多くの人々が「変化」を求めている。
こういう人々の運命を無視すれば、
どんな未来がアメリカ人を待ち受けているか、
想像するのも難しい。

トランプのようなポピュリストを非難することはたやすい。
彼は不快で嘘つきで無能だ。
だが、ドナルド・トランプが「われわれ対彼ら」の構図を作ったのではなく、
この構図がドナルド・トランプを生み出したのだ。
そして、彼の支持者をないがしろにするものは
アメリカに害を為しているのだ。〉


→P245〜246 
〈だが、批判をトランプに集中するだけにとどまって、
彼をホワイトハウスに送り込んだ根底的な緊急事態に目を向けないとすると、
アメリカの「われわれ対彼ら」の問題は悪化の一途を辿ることになる。
そしてそうなれば、壁を建設することは簡単になり、
最も助けを必要とする人々を援助することが難しくなる。

だが、ドナルド・トランプを嘲笑し、その乱行を罵り、
その支持者たちを馬鹿にする方が、自分たちには未来がなく、
その事を多のアメリカ人はどうでも良いと思っていると
多くの人々に信じさせてしまった諸問題の解決に向け努力するより、
ずっと楽なのだ。
 (中略)
ベッペ・グリッロやマリーヌ・ル・ペンのような
政治的先導者たちを攻撃するのは良いが、
彼らに頼ろうとする人々の希望と不安を真剣に受け止めないと、
「われわれ対彼ら」の問題は悪化し、
左翼と右翼の両方が受け入れられる方法での
ヨーロッパの社会契約を書き直すことがさらに難しくなるのだ。〉
(2,018文字)



●エクササイズ3 ともに神の愛に生きる

読了した日:2019年1月24日
読んだ方法:Amazonで書籍購入

著者:ジェームズ・ブライアン・スミス
出版年:2018年
出版社:いのちのことば社

リンク:
https://goo.gl/RvkmQW

▼140文字ブリーフィング:

こちらは、FVIの正会員としてご助力いただいている、
カンバ―ランド長老高座教会の、
松本雅弘先生の奥様・松本徳子氏が翻訳なさっています。
松本先生は著者のジェームズ・ブライアン・スミス氏に、
アメリカまで会いに行っており、
ご自身の牧会される教会でも、
この本をテキストにシリーズで訓練会を実施しています。

この本は1巻〜3巻まであり、
私は足かけ3年かけて、
これですべて読んだことになります。

この本はキリスト者の霊的鍛錬に関する本です。
何がこの本のユニークさかというと、
著者が「人間は努力では変われない」という前提に立つところです。
かといって「成長は神秘に包まれた聖霊の業だから、
われわれは祈って、運良く神が介入してくれるのを期待する」
というものでもありません。

著者はキリスト者がキリストの似姿に変えられるには、
1.物語の変化
2.共同体
3.鍛錬(実践・エクササイズ)
の三つが必要なのだ、と語ります。
サブタイトルが内容を表しているのですが、
第一巻は「生活の中で神を知る」
第二巻は「神の国の生き方を身につける」
第三巻は「ともに神の愛に生きる」
です。

つまり、
1が神を愛するエクササイズ、
2が自分を愛するエクササイズ、
3が隣人を愛するエクササイズ、
という風に構造化されています。
しかもそれぞれの章末には、
小グループや個人で取り組むための、
実際的な教材も附録されている。
教会などでテキストとして採り入れるには、
非常に適したシリーズです。

私は全部を読んでみて、
本書、第三巻がいちばん面白かったです。

南アフリカのメガチャーチの牧師をしていて
「燃え尽き」を体験した後、
1年間のアメリカでのサバティカルで啓示を受けたトム・スミス牧師が、
現在牧会する南アフリカのクレイポット(陶器の壺)教会の物語と、
その共同体のルールが面白いと思ったのでご紹介します。

→P183〜186 
〈次の文章はトムたちが作った共同体
――クレイポット(陶器の壺)教会――の説明です。
 (中略)
 ある日の礼拝の最後に、
私たちはその壺を大きな袋に入れて、
コンクリートの床にたたきつけて割りました。
それは私たちの壊れた状態を象徴していました。
それから、教会の全員が割れた破片を家に持ち帰りました。
そして、持ち帰った破片にそれぞれの祈りを書き、
再び持ち寄ってその陶器の壺を組み立て直しました。
その陶器の壺はつなぎ合わされましたが、
完全な姿にはなりませんでした。
けれども、その中にろうそくを灯すと、美しい光を放ったのです。

トムと教会員は大きな教会を建てたいとは思いませんでした。
彼らはお互いのためと共同体のために、
教会になりたいと思ったのでした。
トムは共同体の皆に、この光を輝かせ続けるために、
以下の約束(コミットメント)をするように求めました。
トムは、これを「六つの招きに答えること」と呼んでいます。

1.祈りや聖書朗読やその他の霊的訓練を通して、
 神に毎日「プラグを差し込みます」。

2.一週間に三回「パンを割く」ときを、
 仲間の人々とまたキリストを知らない人々と持ちます。

3.「私の霊的賜物は何ですか」とは聞かずに、
 「私はこの共同体にとってどんな贈り物ですか」と問うことを通して、
 自分の賜物を共同体に献げます。

4.自分と(人種・宗教・階級などが)異なる人と友情を育みます。

5.仕える精神――社会的地位を低くすること――をはぐくみ、
 自分の人生の資源(時間・財産・才能)を
 必要のある人に分け与えるようにします。

6.自分の時間を健全なリズムで使います
 (余白、安息日、一週間に50時間以上仕事をしない)。

 (中略)
この共同体には、もう一つ変わった訓練があります。
毎年、12月の最後に、トムは人々に1月の1ヶ月間を
識別の時として使うようにと言います。
トムは冗談めかしてこう言います。
「1月の一ヶ月間、私は誰もいない教会の牧師になります」と。
教会員は、神が彼らをどこに遣わそうとしておられるのかを探し求め、
見極めるようにと言われます。
もう一年間クレイポット教会に戻るように導かれたら、
一月の最後の日曜日に来るようにと言われます。
そのときにみんなで新しい壺を割って、
その破片を持ち帰り、自分の祈りをその破片に書き、
それを次の日曜日に持ち寄って壺を組み立て直します。

このクレイポット教会の物語は、
約束(コミットメント)と説明責任(アカウンタビリティー)の
重要性をあらわしています。
そして、この二つは現代のクリスチャン生活の中で
ますます乏しくなっています。〉


、、、かなり前のことですが、
ある友人と、現代の教会の二つの潮流について語りました。
それは現代の教会(特にアメリカで顕著)は、
「メガチャーチ(会員数1万名以上)」と、
「ハウスチャーチ(家の教会)」に、
二極化されている、と。
この二つは真逆に見えるが、
通底するものは似ている、と。

それは何か?

自分を誰かに合わせる必要がないことです。
メガチャーチに通うのは、
大型ショッピングモールに行くのと似ていて、
そこではナースリー(子どもを預ける施設)を含め、
あらゆるものが提供されます。
私もアメリカの3万人規模の教会に行ったことがありますが、
駐車場から礼拝、クリスチャングッズのお店、
そして再び駐車場に戻るまで、
一度も「他人」と会話せずに礼拝が「成立」します。

ハウスチャーチはどうか?
そこには密な人間関係があるように見えて、
必ずしもそうではありません。
ハウスチャーチというのは往々にして、
「気心の知れた小数の仲間たち」で始める
(もしくは教会からスピンオフする)ため、
そこには「気に入らない誰か」はいないわけです。

そうです。

メガチャーチやハウスチャーチは、
極大と極小というルックスの違いとは裏腹に、
根底に流れている思想は同じなのです。
それは「個人主義」です。
(もちろん例外はあるでしょうが)

全世界にある教会のサイズを横軸に、
数を縦軸に取ると、
標準偏差曲線という曲線を描きます。
つまり「3名」の教会は少なく、
「1万名」の教会も少ない。
ピークの山があるのは30名〜100名のところです。

この30名〜100名というのは、
サル学の研究者の長谷川さんという人が指摘している、
リアルな人間関係を保てる限度(125名)に収まっています。
どういうことか?
学校のクラスなどを考えたら分かるように、
このサイズになると、
「自分が気に入らない人」
「自分とは趣味も話も合わない人」と出会い、
なおかつ人間関係を構築する必要に迫られるのです。
つまり、強制的に個人主義を脱却させられる。

教会というのは「赦すことを学ぶ場所」です。
そう考えると、
個人主義的な教会というのは、
その定義において語義矛盾なわけです。
誰も一人で結婚できないのと同じく、
誰も一人でキリスト者たることはできないのです。
(2,750文字)



●10宅論 10種類の日本人が住む10種類の住宅

読了した日:2019年1月24日
読んだ方法:図書館で借りる

著者:隈研吾
出版年:1990年
出版社:ちくま文庫

リンク:
https://goo.gl/5PwG1J

▼140文字ブリーフィング:

「じゅうたくろん」と読みます。
ダジャレですね。
隈研吾さんは、2020東京オリンピックで使用する、
新国立競技場の設計者です。
彼のことは、養老孟司との対談本で知っていました。
彼は建築の背後にある思想に自覚的な人で、
「方丈記」の鴨長明の住んだ「4畳半」こそが、
日本的ミニマリズムの極致だ、と、
養老さんとの対談本『日本人はどう死ぬべきか?』で語っていました。

本書は今から30年近く前に隈研吾さんが建築と思想について語った本。
かなり時代性を感じますが、
そこに流れる思想的洞察は深いものがあります。
たとえば西洋のレンガと日本の城の石垣の違い。
西洋文化は文脈依存性が低い
(その言葉そのものの意味が重視される)。
レンガという単位が最初にあり、
それを組み合わせて空間を区切っていくその建築は、
西洋の人の言語的性質と似ている。
対する日本の言語文化は文脈依存性が高い。
城の石垣や神社の柱が「はめ込む」構造になっているのは、
「文脈」が多くを語る日本の言語構造に類似する、というように。
(432文字)



●日本代表とMr.Children

読了した日:2019年1月25日
読んだ方法:図書館で借りる

著者:宇野維正(これまさ)・レジ―共著
出版年:2018年
出版社:ソル・メディア

リンク:
https://goo.gl/zexNQn

▼140文字ブリーフィング:

これねぇ。
めちゃくちゃ面白かったんですよ。
ここでは語りきれないぐらい。
J-POPとJリーグ、
ミスチルと日本代表の歴史を語ることは、
つまり「平成」という時代を語ることに他ならない、
というのがよく分かります。

ミスチルとサッカー日本代表の何の関係があるのか?
これがめちゃくちゃあるんです。
最近では長谷部誠のミスチル好きが有名ですが、
ミスチルの側もまた、桜井さんが名波と親友だったり、
若くしてスターダムにのし上がった桜井さんにとって、
サッカーは救済になっていたり、
お互いがお互いを救済する関係になっている。

その相互作用と相乗効果が、
「平成の若者」を作り上げてきた、
というのがこの本の分析していることであり、
「そこから私たちはそろそろ脱却しなければいけないのではないか」
という、さらに一歩踏み込んだ議論が展開されます。
夢中で読みました。

本書は対談本で、宇野さんについては、
『1998年の宇多田ヒカル』という本が面白かったのを覚えていて、
それで認識していましたが、
対談相手のレジーさんというブロガーは知りませんでした。
面白くて紹介しきれないので、
一箇所だけ、長谷部誠の著書『心を整える』について、
二人が語っている中に、「ミスチル三大教義」
というのが出てきて非常に印象的でした。
文字数に制限がありますので、
今回はそこだけ引用するにとどめます。


→P191 
〈宇野:でもこれ、サッカープレーヤーの出す本として
はかなり変な本だったよね。
時系列もバラバラだし、テーマもどんどん飛んでいくし、
さっきも言ったように、途中で
「長谷部誠による、ミスターチルドレンBEST15」
みたいなコーナーも始まるし。

レジ―:あそこは本気で意味が分からなかったですね(笑)。
ただ、あのランキングの2位がさっき挙げた「彩り」、
1位が2章でも掘り下げた「終わりなき旅」っていうのは
いろんなことを表しているように思います。
「終わりなき旅」の「高ければ〜」という歌詞を
「上昇志向・チャレンジ志向」と読み替え、
「彩り」で些細な生きがいの大切さを学び、
「名もなき詩」であるがままの心で生きていくこと、
つまり「本当の自分」というものを知る。
この三本柱が、ミスチルを「心の糧」的に
捉えている人たちの教義になっている感じはあります。
もっとも、この本のBEST15に、
「名もなき詩」は入っていないんですが。〉


、、、私もまた「ミスチル世代」であり、
サッカー日本代表も、ワールドカップ開催年は特に、
ずっと追いかけてきました。
また、長谷部誠は海外に行ったことでより深く、
ミスチルに勇気づけられたと指摘されていますが、
私もまた2008年に国際援助団体に転職し、
インドやアフリカなどに行かなければ、
これほどミスチルを聞いていたか分からない、
というほどに現地でミスチルはやたら胸に沁みましたから、
この本を読むとき、まるで自分自身の精神史を語られているような、
そんな気持ちになりました。
長谷部誠はロシアワールドカップ終了後、
日本代表からの引退を表明しました。
それは、ひとつの時代の節目だった、
と著者たちは変わります。

おりしも平成が終わり、
新しい元号が始まろうとしています。
私たちは「ミスチル的なるもの=平成的心の在り方」から、
次の時代に歩を進めるときが来ているかもしれません。
それはミスチル自身が最新アルバム「重力と呼吸」で、
今までの在り方を脱却し始めているのと同じく、
過去を否定するという脱却ではなく、
「弁証法的に止揚される」ような方向で、
私たちの人生(世代)が新たな成熟を遂げる、
とうことを指します。
(1,218文字)



●人工知能と経済の未来 2030年雇用大崩壊

読了した日:2019年1月26日
読んだ方法:図書館で借りる

著者:井上智洋
出版年:2016年
出版社:文春新書

リンク:
https://goo.gl/SWJcbx

▼140文字ブリーフィング:

先日ご紹介し、当メルマガで何度も取り上げている、
新井紀子さんの『AI VS 教科書が読めない子どもたち』
は、AIに代替不能な能力とは何か、
ということを詳細に論じる本でした。
(その答えは「読解力」です)

井上智洋さんも、新井紀子さんとAIのもたらす、
破壊的イノベーションの在り方(その可能性と限界)について、
かなり似通ったスタンスを取っています。
両書の違いは、新井さんの本が、
AIが産業構造を大きく変える未来の、
「教育」について語っているのに対し、
井上智洋さんは同じ未来の「経済」について語っていることです。

本書を読むと分かるのは、
破壊的イノベーションとなる「汎用AIの出現」と、
最低収入を国家が保障する「ベーシックインカム論」は、
必ずセットで語られなければならない、ということです。
著者は以下のような2ちゃんねるの書き込みを紹介します。

→P148 
〈機械が勝手に富を生み出すようになれば、
人間の仕事はなくなる。
従業員がいない完全自動化された企業は株主にしか富を渡さない。
そうなると人類は二種類に分かれる。株主かそうでないかだ。
――ネット掲示板2ちゃんねるの書き込み〉


、、、これは極論的な思考実験ですが、
社会がこの状態に近づいたとき、
ベーシックインカムは「それが是か非か」という問題ではなくなります。
「どうやって実現するか」という問題になる。
実現しなければ社会は「壊れる」からです。

ベーシックインカム論というのは、
リベラルな左翼が支持し、
経済的自由主義者(リバタリアン)が非難する、
というのが典型的な構図になっていますが、
その起源を考えるとそれは倒錯しています。

リバタリアン(自由主義者)が信奉する、
二人の経済学者に、
ミルトン・フリードマンと、
フリードリヒ・ハイエクがいますが、
フリードマンは「負の所得税」という概念で、
ハイエクもまた、
「私はこの国の全ての人々が最低限の所得を
得られるようになることを支持する、と常に言ってきている」
という発言で、二人ともベーシックインカムを支持しているのです。

本当のリバタリアンは自由競争の極致がもたらす地獄まで、
計算に入れて社会設計を考えます。
何かというと「自己責任」を主張するリバタリアンは、
「ナイーブなお花畑リバタリアン」と言わざるを得ないでしょう。
私はベーシックインカムに関しては、
支持するもしないも、
「やらない選択肢は未来にない」
と思っています。
年金も生活保護も育児手当も、
「ベーシックインカム」という概念に統一出来ることで、
国家はかなりのコストカットが出来るはずだと著者は指摘しており、
私もそれに賛同します。
(1,024文字)



●パパは脳科学者 子どもを育てる脳科学

読了した日:2019年1月22日
読んだ方法:図書館で借りる

著者:池谷裕二
出版年:2017年
出版社:クレヨンハウス

リンク:
https://goo.gl/vBSkGD

▼140文字ブリーフィング:

これは面白かったです。
脳研究者である池谷裕二さんが、
娘を授かり、その成長の様子を、
1〜2ヶ月単位で記録しながら、
それを「この行動を脳科学的に見ると、、、」
と解説を加える。
めちゃくちゃ読みやすいのですが、
内容が軽いわけではなく、
著者はほぼすべての主張に、
その根拠となる最新の論文を引用しています。
知的な密度はルックスよりはるかに高い。
3月以降公開予定のYouTube動画を、
今撮りためているのですが、
この本を取り上げようと思っています。
(217文字)



●量子革命 アインシュタインとボーア、偉大なる頭脳の激突

読了した日:2019年1月26日
読んだ方法:図書館で借りる

著者:マンジット・クマール(青木薫訳)
出版年:2017年
出版社:新潮文庫

リンク:
https://goo.gl/M2aRij

▼140文字ブリーフィング:

夢中で読みました。
これは、ヤバかったです。
面白すぎて。
この手の本では、サイモン・シンの『フェルマーの定理』が、
過去最高に面白かった一冊ですが、
それと肩を並べたかもしれない。
ニールス・ボーアとハイゼンベルクは、
「量子物理学の祖」ですが、
彼らの論理は常識を揺るがしました。
アインシュタインの相対性理論もまた、
それまでの常識を揺るがしましたが、
それはニュートンが体系化した古典物理学の、
大幅なアップデートだった。
しかし、量子物理学は、
古典物理学の前提すら覆してしまうものだった。
「この世界は因果関係で説明できる」
というのがその前提なのですが、
量子論は「この世界は確率に支配される」と言います。
予測不能性を「証明」したと、ハイゼンベルクは主張したのです。
アインシュタインはそれに対し、
「神はサイコロを振らない」と言って反対します。
このバッチバチの物理学者同士の議論の積み上げは、
「存在するとは何か」という哲学の分野に片足を踏み入れています。
どちらの世界観を取るかで、
「世界」が違って見えるわけです。
もうね、とにかくエキサイティングな本でした。
この手のジャンルが好きな人には文句なしにオススメです。
(494文字)



●アインシュタイン その生涯と宇宙 下

読了した日:2019年2月2日
読んだ方法:図書館で借りる

著者:ウォルター・アイザックソン
出版年:2011年
出版社:ランダムハウスジャパン

リンク:
https://goo.gl/4CcKy3

▼140文字ブリーフィング:

著者のウォルター・アイザックソンは、
スティーブ・ジョブズの公式伝記を書いた人です。
このジョブズの伝記があまりにも面白かったので、
伝記作家としてアイザックソンに興味を持ち、
他に邦訳されている伝記は、、、
とAmazonで探すと、アインシュタインが出てきました。
それで昨年アインシュタインの伝記の上巻を読んだのですが、
下巻はずっと未読のままでした。
『量子革命』のアインシュタインの章を読んでいるとき、
「なんかどこかで読んだことある話ばかりだな、、、」
と思ってたら、あ、そうだ、アインシュタインの伝記だ、
となり、下巻を読んだ、というのが顛末です。

『量子革命』の副読本としてこの本を読むと、
非常に面白かったです。
『量子革命』は量子論をめぐる人間群像ですが、
その主人公を敢えて挙げるとしらニールス・ボーアです。
つまり「量子論」側から物事を見ている。
アインシュタインの伝記は当然、
アインシュタイン側から量子論を見る。
つまり宮本武蔵側から見たストーリーと、
佐々木小次郎側から見たストーリーを並行して読む、
みたいな感じで、物語が立体的に立ち上がります。
(467文字)



●帰ってきたヒトラー(上)

読了した日:2019年2月2日
読んだ方法:図書館で借りる

著者:ティムール・ヴェルメシュ
出版年:2014年
出版社:河出書房新社

リンク:
https://goo.gl/pAqAQq

▼140文字ブリーフィング:

文字数が2万文字を超えたので、
ここからは駆け足でご紹介します。
これは先日観た映画が面白かったので、
原作を読んでみようと思い手に取りました。
映画とは違いヒトラーが一人称で語られる本書は、
「ライドもの」としての面白さがあります。
マルコビッチの穴的な。
下巻を読み終えたら詳しく解説します。
(141文字)



●脳はなにかと言い訳する

読了した日:2019年2月1日
読んだ方法:図書館で借りる

著者:池谷裕二
出版年:2010年
出版社:祥伝社

リンク:
https://goo.gl/49yrxw

▼140文字ブリーフィング:

『パパは脳研究者』が面白かったので、
池谷裕二さんの本を立て続けに読みました。
脳研究の最前線の概要が手際よく解説されています。
さらに詳しく知りたい人は、
ラマチャンドラン、ガザニガ、ダマシオらの本を読むと、
さらに良く理解できるでしょう。
(116文字)



●表徴の帝国

読了した日:2019年2月4日 途中飛ばし読み
読んだ方法:図書館で借りる

著者:ロラン・バルト
出版年:1996年
出版社:ちくま文芸文庫

リンク:
https://goo.gl/z88UKn

▼140文字ブリーフィング:

フランス人の言語学者のロラン・バルトは、
構造主義哲学の重要人物としてよく引用されます。
彼は「表徴(エクリチュール)」という言葉を使い、
言語活動の本質とは何かに迫ろうとするのですが、
それを語るのに彼が選んだのが、
禅や日本庭園や茶道など、
「日本の文化」を語ることでした。
日本の言語の在り方は、
西洋のそれとあまりにも大きく違うので、
西洋の人がそれを分析すると、
そもそも言語とは、という問いに対する、
答えが立ち上がってくるという構図になっています。
(220文字)



●確率思考の戦略論 USJでも実証された数学マーケティングの力

読了した日:2019年2月4日 途中飛ばし読み
読んだ方法:図書館で借りる

著者:盛岡毅、今西聖貴
出版年:2016年
出版社:角川書店

リンク:
https://goo.gl/KqJ8Di

▼140文字ブリーフィング:

ユニバーサルスタジオジャパン(USJ)の快進撃については、
みなさん聞いたことがあるでしょう。
2000年代後半には「虫の息」だった同社が、
奇跡のV字回復をし、2015年10月には、
なんと1ヶ月だけの最大瞬間風速ではありますが、
東京ディズニーランドの入場者数を抜いたのです。
関西圏と首都圏の人口差は3倍ありますから、
これは単なる勝利ではなく、
完全な「ジャイアントキリング」です。

これはどうやって成し遂げられたのか、
というのを、その立役者である、
盛岡さんと今西さんが語る、というのが本書です。

→P4
〈本書のテーマは「確率思考」です。
本書に一貫するメッセージは、
「ビジネス戦略の成否は『確率』で決まっている。
そしてその確率はある程度まで操作することができる」ということです。
私はその考え方を「数学マーケティング」とも、
「数学的フレームワーク」とも呼んでいます。〉


、、、二人はこの成功は偶然でも何でもない、
と言います。気合いでも根性でもない。
そうではなく「数学」なんだと。
マーケティングは「確率が支配している」と。
そしてそれは「プレファレンスの関数」なのだ、
というのが本書の主張です。
様々な数式と実証性のある根拠によって論証していくこの本は、
いわゆる「やたらとメンタルばかり語り
サンプル数1の自分の成功談に終始するビジネス書」とは対極にある、
高校の数学の教科書に近いような異色のビジネス書です。
こういう経営者が増えれば、
先進国中最も低い部類の日本の「ひとりあたりGDP」も、
底上げされるんだろうなぁと思いました。
(651文字)



●遅刻してくれてありがとう(上) 常識が通じない時代の生き方

読了した日:2019年2月4日
読んだ方法:Amazonで電子書籍購入

著者:トーマス・フリードマン
出版年:2018年
出版社:日本経済新聞社

リンク:

http://amzn.asia/d/7GBnUZJ

▼140文字ブリーフィング:

これは、お世話になっている牧師先生にご紹介いただいた本で、
去年Kindleで買って、今も下巻を読んでいる本です。
あまりにも面白いので、ここで解説することは不能です。
いつか「本のカフェ・ラテ」で語れればいいなーと思っています。
「等比級数的な変化の時代」に、
私たちはどのように生きるべきか、
ということを分野横断的な膨大な知識を持つ著者が語る本書は、
世界的ベストセラーになったのもうなずけます。
(194文字)



●妻に捧げた1778話

読了した日:2019年2月4日
読んだ方法:図書館で借りる

著者:眉村卓
出版年:2004年
出版社:新潮社

リンク:
https://goo.gl/Gxm46w

▼140文字ブリーフィング:

アメトーークで、
カズレーザーが何年かぶりに泣いた、
と語っていて読みたくなりました。
あのサイコパスっぽい彼が泣くなんて、、、と。
読んでみて、、、あんまり泣きませんでしたね笑。
作家の著者が、癌に冒されて病床に伏している間、
毎日一本の「ショートショート」を読み聞かせた。
そのショートショートを、著者の解説付きで収録したのが本書です。
(こう書いてると私がサイコパスみたいに聞こえてなんかアレですが笑)

ショートショートというのは、星新一のそれが有名ですので、
ああいったものが収録されていると考えてください。
奥さんを失った著者の苦しみとそこからの再起を綴った本に、
倉嶋厚さんの『やまない雨はない』という本がありますが、
あれのほうが凄かったです。
彼は鬱病になり、マンションの屋上から何度も飛び降りようとした、
というようなことも書いていて、
私は自分が燃え尽き症候群に陥った当初、
倉嶋さんのこの本を何度も読み返しました。
(401文字)



▼▼▼リコメンド本「今週の一冊」▼▼▼

ご紹介した本の中から、
「いちばんオススメだったのは?」という基準でリコメンドします。
「いちばん優れていた本」というよりも、
「いちばんインパクトの大きかった本」という選考基準です。
皆さんの書籍選びの参考にしていただけたら幸いです。


▼今週の一冊:
『遅刻してくれてありがとう 上』

コメント:

全然解説していないのに笑、
今週挙げた本の中で、
ぶっちぎりで面白かったのが本書です。
去年で言うと、
タレブの『反脆弱性』を読んだときと、
同じような発見と自らの変化を体験しました。
特に本書で紹介される「動的安定」と「静的安定」というのは、
誰かと膝をつき合わせて話す機会には、
この半年ぐらい必ず私の口から飛び出すようになりました。
読書によって「自分が変わる」ことほど、
本好きにとっての幸せはありません。



▼▼▼部門賞▼▼▼

ご紹介した書籍の中から、
陣内の独断と偏見で、
「○○賞」という形で、
特筆すべき本をピックアップします。
こちらも何かのご参考にしてくだされば幸いです。

▼「とにかく面白かったで賞」
『量子革命』

コメント:

これは夢中になって読みました。
物理学(自然科学)というのは、
哲学に影響を与えます。
古くはコペルニクスやガリレオの「地動説」が、
神学や哲学に大きな影響を与えたように。

なぜか?

地動説なら、
「もはやわれわれは宇宙の中心ではないことが分かった」
という事実は、「世界観のアップデート」を、
人類に迫るからです。
相対性理論が、「モダニズム」を作ったと言われています。
(アインシュタイン自身も言っているように、
 本当はこれらは因果関係ではなく、
 相互に影響し合うシンクロニシティなのですが)
どういうことかというと、
相対性理論によってニュートン力学の提供する、
「絶対時間と絶対空間」という世界像が、
刷新を迫られたからです。
それにより、建築、美術、小説、哲学など、
あらゆる部分で「今までの座標軸を相対化するような」
新しい試みが百花繚乱、現れたわけです。
量子論もまた、「世界観の刷新」を迫る理論です。
その世界観はどこまでも「ポストモダン的」だと、
私は感じていて、量子論を理解することは、
現代世界のポストモダン性を理解することに他ならない、
と感じています。

陣内が先週読んだ本 2019年 1月6日〜19日 『ファシスト的公共性』他

2019.06.02 Sunday

+++vol.075 2019年1月22日配信号+++

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
■3 陣内が先週読んだ本 
期間:2019年 1月6日〜19日
::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::

先週私が読んだ本(読み終わった本)を紹介していきます。
一週間に一冊も本を読まない、
ということは、病気で文字が読めなかった数ヶ月を除くと、
ここ数年あまり記憶にないですから、
このコーナーは、当メルマガの
レギュラーコーナー的にしていきたいと思っています。
何も読まなかった、という週は、、、
まぁ、そのとき考えます笑。

ただ紹介するのも面白みがないので、
twitterに準じて、
140文字で「ブリーフィング」します。
「超要約」ですね。
(どうしても140字を超えちゃうこともあります。
 140文字はあくまで「努力目標」と捉えてください笑。)

忙しい皆さんになり代わって、
私が読んだ本の内容を圧縮して紹介できればと思います。
ここで紹介した本や著者、テーマなどについて、
Q&Aコーナーにて質問くださったりしたら、
とても嬉しいです。


●越境芸人

読了した日:2019年1月8日
読んだ方法:Amazonで書籍購入

著者:マキタスポーツ
出版年:2018年
出版社:東京ニュース通信社

リンク:
http://amzn.asia/d/dTq6PnV

▼140文字ブリーフィング:

私の一番好きなラジオ番組に、
「東京ポッド許可局」というのがあります。
そもそも、このメルマガを書こうと思った、
「きっかけ」のひとつと言っても良い。
「東京ポッド許可局」は、
マキタスポーツ、プチ鹿島、サンキュータツオという、
元オフィス北野の3人の芸人が、
ルノアールに集まってICレコーダーにその会話を録音し、
ポッドキャスト配信しはじめたところから始まります。
今はTBSラジオがそのコンテンツを「買い」、
スポンサーもついている人気番組になっています。

病気療養から復帰して間もない頃、
「この感じ」を私はやりたいなぁ!
と心から思ったのです。

そしてポッドキャストを最初は考えたのだけど、
まずは「ラジオのようなメルマガ」として始めてみて、
ゆくゆくは本当にラジオ番組が出来る素地を作ろう、
と思い、2年前に始めたのがこのメルマガなのです。

、、、なので、マキタスポーツは、
このメルマガの「生みの親」と言っても過言ではない(過言か?)。

そんなマキタスポーツさんが、
「世の中のあれこれ」について語っています。
まるで東京ポッド許可局を聞いているように読めるこの本、
私のメルマガを面白いと感じる人は、
楽しめること間違いなしです。
オススメです。

、、、これでは何が面白いか、
まったく伝えたことにならないので、
私なりにマキタスポーツさんの「持論」の、
何が凄いかを端的に語ってみたいと思います。

まず、彼は「言葉の解像度」と、
「言葉の精度」がハンパないです。
地頭の良さが突出しています。
言葉のストック量がすごいというより、
まさに「越境的に言葉を選ぶセンス」が凄い。
その手際はまさに一流の料理人のそれで、
「えー、イタリアンにわさび使っちゃうわけ?」
みたいな、「この話題なら通常空けない引き出し」から、
言葉をチョイスして上手に料理することにおいて、
彼は突出した才能をもっています。

なので、この本を読むとき、
芸人が芸能や時事ネタを語っているだけなのに、
「近眼の人がメガネをかけたような」、
「世界を見る解像度」がぐっと上がる感じがあります。
「言葉の8Kテレビ」なわけです。
「言葉のブラウン管テレビ」の人は、
きっとついて行けない。
何が凄いか分からないレベルです。
「デジタル放送」レベルの人なら、
そのすごさが体感できます。
「マキタメガネ」恐るべし。

私はまだ自分を「4Kレベル」と自己診断しています。
自分がやりたいこととも被っているので、
「うらやましいなぁ」と思っています。

いろいろ紹介したい実例があるのですが、
一箇所だけ、「香川照之が顔面アスリート」
というくだりを紹介します。

→P162 
〈香川照之さんの「顔」はどうでしょう。
香川さんの場合、僕が感じるのは”顔面のアスリート性”です。
とにかく顔のフィジカルが凄い。
顔のシルク・ドゥ・ソレイユ、
顔芸オリンピック・・・なんでもいいんですが、
肉体としての「技芸的顔面力」が尋常じゃありません。

見る側に解釈の余地を与えない、芸の力で、
都度こちら側が黙らされて観賞するしかないほどの迫力があります。
顔芸の歴史は香川照之以前と以後で語られるべきですし、
「競技としての顔」という領域へわれわれを連れて行ってくれました。

もはやニュートラルな造形としての香川照之がイメージ出来ないわけで。
そのエクストリームな顔面力は何よりも雄弁ですが、
無限が0、すべての色を混ぜ合わせると黒になるように、
そこはかとない「無」が転がっています。

古舘伊知郎さんの凄すぎる喋くりの奥に、
壮大な「無口」が横たわっているように。

しかし、そのこと自体が香川さんの「顔」であり、
その意味で、そのジャンルで一位の顔の完成度です。〉


、、、すごくないですか??
「顔面シルク・ドゥ・ソレイユ」。
「和牛とウニのカルパッチョ」みたいなもので、
普通は合わせないわけですよ。
「顔面」と「シルク・ドゥ・ソレイユ」を。
さらに香川照之の顔面の向こうにある「無」と、
古舘伊知郎の多弁の奥の「無口」を対比させる、
「思考のスライド力」。
言葉のセンスって、こういうことなんですよね。
(1,650文字)



●ファシスト的公共性 総力戦体勢のメディア学

読了した日:2019年1月11日
読んだ方法:義理の兄から誕生日プレゼント

著者:佐藤卓己
出版年:2018年
出版社:岩波書店

リンク:
https://goo.gl/Lutsqp

▼140文字ブリーフィング:

これは凄い本でした。
今年に入って最も没入した本です。
今イギリスにいる義理の兄から、
「誕生日プレゼント」として、
Amazon経由で贈っていただきました。

妻の両親、祖父、
きょうだいら総勢で行く、
ここ数年恒例の「お正月休みの家族1泊旅行」では、
私は部屋で、電車で、夢中になってこの本を読んでいました。

この本の要点は何かというと、
戦前の「ナチズム」や「ファシズム」は、
現代の「メディア論」と、
断続しているのではなく連続しているのだ、
という話しです。

これを、「それはどういう風に連続しているのか」を、
著者は丁寧に資料をひもときながら、
実証的に示していきます。

「プロパガンダ」という言葉を最初に使ったのは、
レーニンでした。
また「煽動(アジテーション)」という言葉と、
「プロパガンダ」という言葉はどう違うか、
ということをレーニンは言っています。
これは「共産主義革命」の文脈で語られています。

レーニンにおいて「エリートに影響を与える」
という意味で使われていたプロパガンダを、
「民主化」したのがヒトラーだったのです。
これはヒトラー自身が「わが闘争」で書いています。
引用します。

→P52
〈「宣伝はすべて大衆的であるべきであり、
その知的水準は、宣伝が目指すべきものの中で
最低級のものが分かる程度に調整すべきである。
それゆえ獲得すべき大衆の人数が多くなればなるほど、
純粋の知的高度はますます低くしなければならない。
しかも戦争貫徹のための宣伝の時のように、
全民衆を効果圏に引き入れることが問題になるときには、
知的に高い前提を避けるという注意は、
いくらしてもじゅうぶんすぎるということはない。」
(ヒトラー1973上)〉


、、、ヒトラーは、「プロパガンダの民主化」を果たした、
メディア学における革命児だったのです。
多くの人は「独裁者としてのヒトラー」という、
「戦後世界が作ったヒトラー観」しか知りません。
しかし資料をひもといてみますと、
ジョージ・オーウェルの「1984年」の、
ビッグ・ブラザーとは違い、
ヒトラーは人々に「黙れ」と言ったのではないことが分かる。

そうではなく、ヒトラーは民衆に、
「叫べ」と言ったのです。
引用します。

→P58〜59 
〈ナチズムは大衆に政治的公共圏への参加感覚を与えたのであり、
この参加感覚こそ、そのときどきの民主主義理解なのである。
何を決めたかよりも、
決定プロセスに自ら参加したと感じる度合いこそが
民主主義にとっては決定的に重要である。
その意味でのみ1989年以降の東欧社会主義圏崩壊も
民主主義的な「国民革命」だったのであり、
ナチズムの国民革命だけを疑似革命と呼ぶ必要はない。

ヒトラーは「黙れ」といったのではなく「叫べ」といったのであり、
利益集団型民主主義のワイマール体制に対して
参加型民主主義の国民革命を対置した。

こうした大衆運動において参加と動員の区別が
容易だと考えることは出来ないだろう。
メーデー行進なら参加であり、
外国人排斥デモなら動員という
分析のダブルスタンダードを認めるべきではない。

ヒトラーは動員する独裁者ゆえにではなく、
参加を求める民主主義者ゆえに支持されたと言えようか。
(中略)
その意味で、ファシスト的公共性は非自由主義であっても、
反民主主義ではない。〉


、、、ヒトラーは独裁者ゆえにではなく、
民主主義者ゆえに支持されたのです。
「ヒトラー的なるもの」と、
「民主主義」を対極に置くことを前提とする、
「戦後民主主義的歴史観」というメガネを外してみると、
実は戦前と戦後は地続きで、
「プロパガンダ」を「メディア学」と言い換えたに過ぎない、
ということがだんだん分かってきます。

その証拠に、ナチにおいてプロパガンダを研究していた研究者が、
後に米国に渡りルーズベルト政権の「メディア学」に貢献し、
そのラジオ放送の効果によって国民の支持率を上げる、
といったことに関与しています。

日本は戦前、戦中はナチにプロパガンダを学び、
戦後はアメリカから「メディア学」を学びますが、
それが「地続き」であることは隠蔽され、
「戦前と戦後はまったく違う前提に立った
 別の二つの世界に生きている」
という「1945年リセット史観」という幻想を、
日本の人々は持っています。

これを著者は、
「過去からの密輸」と呼んでいます。

これと現代の日本の、
何が関係あるのか?
めちゃくちゃあります。

そもそも「情報」という言葉の語源を、
私たちは忘れている、と著者は言っています。
「情報」は戦争用語です。
「敵情についての報告」という意味です。

つまり、国が自国の社会や国際社会に向けて、
発信する情報というのは、
「戦争と地続き」なのだというのは、
戦前の常識だったし、
それは今も変わっていない、
というのが著者の指摘です。

そこで思い出すのが、
昨今の「日本文化の発信力を高めるというブーム」です。
近現代史をひもときますと、
日本が「ニッポンって素晴らしい」と、
自国や国際社会に向けて発信するときというのは、
国力が衰退しているときです。

2000年代あたりから続くこの傾向は、
戦前にも見た光景と非常に良く似ているのです。
引用します。

→P257 
〈日本文化の発信力を高める政策は今日盛んに論じられている。
日本が明示に開国して以来、何度目かのブームと言って良いだろう。
重要なことは、対外文化政策が日本社会で強調される時期には
一つの特徴があるということである。

それは、日本人のアイデンティティにおける危機感、
ないしは国力衰退への不安が高まった時期だと言うことだ。
それゆえ、対外文化政策はありのままの自己表出という以上に、
過大な効果を狙った自己演出として企図されがちだった。

本章では対外文化政策が講義にプロパガンダ政策、
すなわちマス・コミュニケーション政策であることを前提とした上で、
戦前の「思想戦」や「情報宣伝」を含む
「文化政策」の失敗から何が学べるかを改めて検討したい。〉


、、、著者は、日本文化の発信力を高める、
という昨今のトレンドが「戦争に向かうから危険だ」とか、
それ自体がセンスがないからやめた方が良いとか、
そういうことを言いたいのではありません。

もし、日本のマスコミや政府や日本国民が、
「メディアの在り方(概念)」が、
実は戦前と地続きであり、
それは「ファシスト的公共性」に依拠していることに気づかないならば、
伝える「内容」ではなく「方法=戦略」において、
過去の失敗の教訓をまったく生かすことが出来ない、
ということになってしまうのではないか、
ということを指摘しているのです。
(2,622文字)



●反・進化論 スパゲッティ・モンスターの福音書

読了した日:2019年1月11日
読んだ方法:図書館で借りる

著者:ボビー・ヘンダーソン
出版年:2006年
出版社:築地書館

リンク:
http://amzn.asia/d/9jVcDRY

▼140文字ブリーフィング:

これは、「悪ふざけ本」ですね。

アメリカの南部は「バイブルベルト」と呼ばれ、
「根本主義的キリスト教徒」が支配的で、
これらの人々が共和党の「票田」になっています。
この傾向はレーガン大統領のときに始まったとされ、
ブッシュ(子)のときはモロにそうでした。
トランプ大統領の場合、
彼は共和党の主流派からも嫌われているため、
厳密には同じとは言えませんが、
トランプが「プロ・ライフ(堕胎禁止)」や、
「同性婚の禁止」
「銃規制への反対」などの主張により、
南部の州の票を獲得したことを考えると、
彼もまた「この流れ」の一環です。

私はキリスト教徒ですし、
根本主義的な流れの人々とも親しいし、
彼らの中には「信じられないほど素晴らしい人々」
がいるのも知っています。

しかし、大きな流れからすると、
「ちょっとついて行けない」と思うことも多々あります。
ぶっちゃけた話し、私がアメリカ人なら、
民主党支持者になると思いますので。

南部の州では「キリスト教原理主義者」の、
政治力が強いため、
「進化論を教えることを禁止すべし」
と考える人までいます。
こういった政治圧力によって、
いくつかの州では、
「インテリジェント・デザイン論」を、
進化論と一緒に教えなければならない、
という法律が制定されました。

ブッシュ(子)政権のときです。

これに対する「皮肉をこめた批判」が、
ボビー・ヘンダーソン氏のこの本で、
これまで何度か複数の本で目にしてきたので、
手に取った次第です。

結果、思っていたほどは面白くなかったかな。
ただ、「因果関係と相関関係は違う」とか、
「結論を決めてそれから証拠を集める」というのは、
「科学」と呼べない、とか、
つまり「科学とは何か」の批判としては、
結構上手に機能しています。

この本は、昨年の「読んだ本ベスト10」の、
「創世記一章の再発見」という、
神学者のジョン・ウォルトン氏が書いた本を読むと、
よりよく理解できます。
というより、そちらを読めば十分です。

「訳者まえがき」だけが面白かったのでご紹介します。


〈2005年、アメリカ・カンザス州の教育界は揺れていた。
同州の教育委員会が、公教育において
進化論とインテリジェント・デザイン(知的デザイン)説を
同等に教えなければならないという決定を下そうとしていたのである。

インテリジェント・デザイン――以下IDと表記――とは、
生物の複雑さは進化論では説明出来ず、
したがって「なんらかの知的存在」がデザインしたのだとする説である。
これだけを見ると、キリスト教の「天地創造説」と変わりないように見える。
しかしID論者は「知的存在」がキリスト教の神であるとは
(そしてないとも)明言せず、
IDは宗教ではなく科学的仮説であると主張する。

そして、進化論もまた同じように未証明の仮説に過ぎないのだから、
理科の授業でIDと進化論を平等に教え、
どちらが正しいかは生徒に判断させるべきだと訴えているのだ。
ID論は宗教右派を中心とする保守層の支持を受け、
ジョージ・ブッシュ大統領も2005年8月に
「教育の役割は人々を異なる考え方に触れさせることである」と述べて、
公立の学校でIDと進化論を共に教えることに賛意を示している。

言うまでもなくこの動きに対して、
「これは科学ではない」と、
科学者や教師を中心に強い反対が巻き起こった。
その論争のさなかに立ち上がったのが、
本書の著者であり「空飛ぶスパゲッティ・モンスター教」の預言者、
ボビー・ヘンダーソンであった。

不毛な論争に終止符を打つべく、
ヘンダーソン師は公開質問状(111ページ参照)を
カンザス州教育委員会に送り、
「空飛ぶスパゲッティ・モンスターによる地球創造説」も
進化論やIDと一緒に公立高校で教えることを提唱した。

先に述べたように、
ID理論では「知的なデザイナー」の素性を明らかにしていない。
しかしヘンダーソン師は、実証的な証拠によって、
空飛ぶスパゲッティ・モンスターこそがデザイナーであることを論証した。
その上で空飛ぶスパゲッティ・モンスター説も、
可能性が否定できない以上、進化論やIDと平等に
学校で教えられるべきであるとヘンダーソン師は主張している。
同時に師は、ウェブサイト上で布教活動を初め、
現在スパモン教は全世界に1000万人(主催者発表)の信者を擁している。〉


、、、まぁ、悪ふざけなわけですよ。
真面目なキリスト教徒の中には、
激怒する人もいるかもしれません。
「神を侮辱する彼は地獄に落ちるべきだ」と。

しかし、悪ふざけには、
軽く受け流すのが適切な対処法です。
ギャグで来てるのだから、ギャグで対処しなきゃ。

、、、このギャグのなかに、
実は「科学とは何か」「神とは何か」に関する、
多くの人が誤解しているボタンの掛け違いが含まれています。
ヘンダーソン氏がどれぐらい自覚的か分かりませんが、
彼の問題提起はけっこう「真を食ってる」のです。

どういうことか?

「創世記一章の再発見」でも語られますが、
「神」は超越的であるゆえに、
「科学」が語る言語では、
そもそも神についてなにも語れないはずなのです。
「調べたけれど神の存在は確認されなかった」
という事実と、
「神は存在するかどうか」は、
まったく関係がありません。

「存在の位層」が違うからです。
マルクス・ガブリエルという人が、
「なぜ世界は存在しないのか」という本の中で、
現代の「実在論」について述べていますが、
「実在とは何か」という哲学まで下りていくと、
「科学VS宗教」という二項対立がいかに不毛かが分かります。
この「実在の位層の違い」を理解すると、
人は100%科学的でありながら、
100%宗教的である、
ということが出来るのです。
(2,284文字)



●「子供」の誕生 アンシャン・レジーム期の子供と家族生活

読了した日:2019年1月11日 とばし読み
読んだ方法:図書館で借りる

著者:フィリップ・アリエス
出版年:1980年
出版社:みすず書房

リンク:
http://amzn.asia/d/fMh6jOz

▼140文字ブリーフィング:

この本も複数の本で引用されていて興味を持ちました。
「やたらと登場するなぁ」と。
「一応」目は通したのですが、
難解かつ緻密すぎて、ほぼ、
「流し読み」して図書館に返しました。
私にはまだ早かった。

とはいえ、この本が言っている内容自体は、
けっこうシンプルです。
それはつまり、17世紀以前の「中世」において、
「子ども」という「ジャンル」が、
社会のなかに確立していなかった、
ということの実証です。

引用しましょう。

→P35 
〈ほぼ十七世紀までの中世芸術では、
子供は認められておらず、
子供を描くことが試みられたこともなかった。
だが中世芸術における子供の不在は器用さが欠けたため、
あるいは力量不足のゆえであるとは考えられていない。
それよりはむしろ、
この世界の中に子供期にとっての
場所が与えられていなかったと考えるべきであろう。〉


、、、著者は過去の絵画を調べ、
当時の人々が何を考えていたか、
当時の人々にとって「世界とは」何だったか、
を類推していきます。

すると、17世紀以前と以降で、
子どもの描かれ方が違うことに気づきます。
「以前」は、子どもは「小さな大人」として描かれている。
私たち現代人が考えるような、
「かわいらしく子どもらしい子ども」が、
概念として定型化するのは、
17世紀以降のことだ、ということを、
著者は実証していきます。

過去の絵画などから、
私たちが「近代のレンズ」で見ている諸事項を疑い、
当時のレンズで見ようとする試みは、
私の好きな日本の歴史家、
網野善彦とよく似ています。
彼は過去の絵画を「情報」と捉え、
その情報を分析することによって、
「百姓は農家ではない。」とか、
「河原者や、後のえた・ひにんは、
 鎌倉時代以前は差別の対象ではなく、
 むしろ神聖視されていた」
ということを発見しました。

一次資料にあたって常識を疑い、
従来の概念を覆すこの本は、
日本史における網野善彦の貢献とよく似ていると感じました。
(774文字)



▼▼▼リコメンド本「今週の一冊」▼▼▼

ご紹介した本の中から、
「いちばんオススメだったのは?」という基準でリコメンドします。
「いちばん優れていた本」というよりも、
「いちばんインパクトの大きかった本」という選考基準です。
皆さんの書籍選びの参考にしていただけたら幸いです。


▼今週の一冊:『ファシスト的公共性』

コメント:

これは面白かった。
「すぐに役に立つわけではないが、
 後々、じわじわ効いてくるんだろうな」
という本というのは、
読んでいるときから感覚で分かります。
本書はそのような本でした。


▼▼▼部門賞▼▼▼

ご紹介した書籍の中から、
陣内の独断と偏見で、
「○○賞」という形で、
特筆すべき本をピックアップします。
こちらも何かのご参考にしてくだされば幸いです。

▼「言葉の解像度賞」:『越境芸人』

コメント:

マキタスポーツの、
言葉の解像度、
新しい概念を生み出すセンスは凄いです。
芸人のなかには、
「とんでもなく地頭がいい人」
というのが高確率でいますが、
彼もそのような一人でしょう。
勝てる気がしません。

陣内が先週読んだ本 2018年12月9〜2019年1月5日 『ザ・ワーク・オブ・ザ・ネーションズ』他

2019.05.15 Wednesday

+++vol.073 2019年1月8日配信号+++

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
■2 陣内が先週読んだ本 
期間:2018年12月9〜2019年1月5日
::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::

先週私が読んだ本(読み終わった本)を紹介していきます。
一週間に一冊も本を読まない、
ということは、病気で文字が読めなかった数ヶ月を除くと、
ここ数年あまり記憶にないですから、
このコーナーは、当メルマガの
レギュラーコーナー的にしていきたいと思っています。
何も読まなかった、という週は、、、
まぁ、そのとき考えます笑。

ただ紹介するのも面白みがないので、
twitterに準じて、
140文字で「ブリーフィング」します。
「超要約」ですね。
(どうしても140字を超えちゃうこともあります。
 140文字はあくまで「努力目標」と捉えてください笑。)

忙しい皆さんになり代わって、
私が読んだ本の内容を圧縮して紹介できればと思います。
ここで紹介した本や著者、テーマなどについて、
Q&Aコーナーにて質問くださったりしたら、
とても嬉しいです。


●アカガミ

読了した日:2018年12月11日
読んだ方法:図書館で借りる

著者:窪美澄
出版年:2016年
出版社:河出書房新社

リンク:
http://amzn.asia/d/dh1ogbq

▼140文字ブリーフィング:

以下の佐藤優の記事で知って興味を持ちました。
https://www.news-postseven.com/archives/20181125_801214.html

この記事で佐藤さんが語っているのは、
現代のディストピア小説を読むと、
80年代のそれとは違い、
「外敵」がいないことが分かる。

むしろ「敵」は私たちの社会に内在しており、
それは巧妙に社会のシステムとして織り込まれている、
そんな「未来のディストピア(ユートピアの反対)」を、
多くの小説家が描くと言うことが、
現代という時代を象徴しているのではないか、と。

後にご紹介しますが、
この記事で紹介された『アカガミ』、
『消滅世界』『橋を渡る』の3冊を、
私は先月読みました。

『アカガミ』のあらすじはこうです。
2030年、「若者の性離れ」を受け、
政府が「恋愛・妊娠・出産支援制度」を主催します。
「アカガミ」という招待状を受け取った適齢期の若者は、
男女ペアのつがいにされ、
すべてが整った団地で生活を営みます。
そこで恋愛感情が芽生えるよう、
カウンセリングを受け、
排卵日がモニターされ、
セックスに至ると国から、
家族も含めとてつもない保障が受けられる。

「アカガミ」の語源はこうです。
太平洋戦争中の「軍への召集令状」が、
赤い紙に印刷されていたため、
「赤紙が来る」ということは、
「息子を取られる(そして多分死ぬ)」
ということを意味したため、
赤紙を受け取った母親や妻は、
奥の部屋にいってひとしきり泣きました。
(人前で泣くと「お国のために戦えるという、
 名誉なことを泣くとは何ごとだ!!」
 と世間から袋叩きにあったため)

赤紙の郵送料は当時1銭5厘(1円の100分の1)でした。
この値段は銃弾一発より安い。
だから日本軍の上層部は、
「兵器は高いが兵隊は1銭」というコスト計算で、
とんでもない危険な作戦を決行したりしたのです。

この未来小説における「アカガミ」もまた、
太平洋戦争中の赤紙と本質的に、
まったく同じモノだと主人公たちは、
クライマックスで気づくことになります。

ディストピアSFが面白いのは、
それが現実世界とどこかで地続きだからです。
10年ほど前の大臣の「生む機械」発言、
「(生殖できない)LGBTは生産性が低い」という、
自民党の杉田水脈議員の発言などからは、
「アカガミ的なるもの」を感じます。

最後まで面白く読めました。
(854文字)



●愛国のリアリズムが日本を救う

読了した日:2018年12月12日
読んだ方法:図書館で借りる

著者:高橋洋一
出版年:2018年
出版社:育鵬社

リンク:
http://amzn.asia/d/7YiRba6

▼140文字ブリーフィング:

高橋洋一さんは、
安倍さんと日銀の黒田総裁のブレーン的な人で、
いわゆる「異次元の金融緩和」を支持する経済学者です。
世間から「リフレ派」とか呼ばれたりもします。
海外だとポール・クルーグマンという経済学者がいて、
その人の系譜に連なる人ですね。
高橋さんの立論はですから当然、
安倍さん支持ですね。
財政緊縮などあり得ない。
増税などもっての他。
ばんばんお札を刷って、
ばんばん公共投資をして、
景気を良くしたら良い、
という話しです。

増税や緊縮財政は、
「財務省の陰謀」だとすら言っている。

うん。

なるほど。

確かに筋は通っているかもしれない。

ただ、経済学者の中には、
彼と真逆の主張をする人もいまして、
それらの本も私は読んだことがあり、
そちらも、「うん、納得」という内容でした。

それぞれがデータに基づいて「論拠がある」と言います。
経済学の論争は神学論争に似ていて、
「実証不能」です。
神学と違うのは実証的なデータがあることですが、
変動係数があまりにも多いマクロ経済学の場合、
「何がそれをもたらしたか」を特定するのは不能なので、
どんな立論も可能だったりするところが、
「論争が終わらない」理由です。

私の近親者には経済学畑の人がいますが、
「黒田バズーカ」のチキンレースぶりに危惧を覚える、
という意見もあります。

本書で面白かったのは、
「安倍政権はもはやリベラルだ」
という、去年当メルマガでも解説した、
橘玲氏の『朝日ぎらい』と同じ主張です。

安倍政権は保育園無償化を進め、
大学無償化への準備もしています。
もはやこんなの、
完全に「リベラル」です。

朝日新聞は安倍政権を支持すべきだと思うのですが、
「坊主憎けりゃ袈裟まで憎い」みたいな感じで、
左翼リベラルは「安倍憎し」を前提に戦っている。
そういう「ポジショントーク的」なところが、
左翼が嫌われる理由なのだけど、
本人たちはあまり気づいていない。

自分のポジションを明確にせずに、
政治の話しをする人が多い(大多数)ですが、
それは「卑怯」だと思いますから私はいつも言いますが、
私の個人的な政治信条は「リベラル寄り」です。
しかしそれは「ポジションとしてのリベラル」ではなく、
思想としてのリベラルです。

話しとは関係ないですが、
極端に右か左に偏っている人ほど、
自分のことを「真ん中」と自称する傾向、
あれ、何なんでしょうね?
「あの新聞(媒体)は、
 他のマスゴミと違って中立だ!」
誰かが声高に語っているとき、
たいていの場合、それらは極右か極左です。
人間は「自己中心バイアス」があるので、
誰しも自分が世界の中心に見えるのは仕方ないにしても、
海外に比べ日本の「自分の立ち位置を明らかにせず、
議論を進めていくクセ」は直した方が良いと思います。
それは、「身許や出自を明らかにしないネットの言説」
に通ずるところがありますので。

めちゃ話しがそれましたので戻します。

なので、「ポジションとしてではなく、
思想としてのリベラルの私」は、
安倍さんの政策であれ良いものは良いし、
リベラル政党の政策であれ悪いものは悪いと思います。

良い、悪いの価値判断が、
「市民の自由を高め、
 差別や排他性をなくし、
 既得権を守らず、
 弱者が救済される」
というような大意において良ければ良し、
悪ければ悪し、ということです。

安倍さんがリベラルだ、
という高橋さんの主張の箇所を引用します。
(私もこれには同意します)

→P148 
〈「リベラル」は、もともと「自由主義」からきている言葉であり、
右の保守、左の共産主義・社会主義の中間・中道の政治スタンスを指す。
経済政策で見ると、雇用重視、市場重視、社会福祉に力点を置いている。
社会福祉はまだ許容できるとしても、雇用重視、市場重視になると心許ない。
すでに安倍政権が金融緩和政策をつかって雇用を伸ばすという
「リベラル」や「左派政党」のお株を完全に奪っている。
その結果、日本の政治では初めて
それを使ってめざましい成果を出してしまい、
その勢いで、市場重視、社会福祉でも矢継ぎ早に政策を出しており、
左派系野党は後れを取っている。〉
(1,329文字)



●「最前線の映画」を読む

読了した日:2018年12月18日
読んだ方法:図書館で借りる

著者:町山智宏
出版年:2018年
出版社:インターナショナル新書

リンク:
http://amzn.asia/d/jhZUmod

▼140文字ブリーフィング:

めちゃくちゃ面白かったです。
やはり町山さんは「最強の映画評論家」ですね。
2018年ベスト10入りした、『哭声 コクソン』や、
スコセッシの『沈黙』など、
すでに観た映画に関しては、
「答え合わせ」のように楽しめます。
自分がどれほどこの映画の奥行きを楽しめていたか?
ということの。
町山智宏さんの解説を聞くと、
いつも「50点以下」ということが多い笑。
、、、で、また観たくなる。

そして、まだ観ていない映画に関しては、
これまためちゃくちゃ観たくなる。
町山智宏さんの映画評論は本当にスゴイです。
当メルマガの「先月観た映画」コーナーも、
これにはとうてい及びませんが、
そのような楽しみを読者に与えたいなぁ、
という願いを込めて書いています。

『沈黙』の解説のなかで、
「転び伴天連(踏み絵を踏んだクリスチャン)」を、
カトリック教会が360年ぶりに「赦した」という箇所では、
涙が出そうになりました。

引用します。

→P73〜74 
〈『沈黙』のロドリゴに最後までまとわりつづける
キチジローという切支丹がいる。
生き延びるために家族を売り、
何度でも踏み絵を踏み、ロドリゴを売った。
キチジローは裏切りを重ね、そのたびに懺悔する。

最初、ロドリゴは、キチジローへの軽蔑を抑えきれない。
だが、遠藤周作は「キチジローは私です」と言っている。
卑怯で弱い裏切り者こそ最も救われるべきではないのか。

ロドリゴは自ら裏切り者に落ちていく過程で、
キチジローに共感し、キリストを裏切ったユダにも共感していく。
ユダはキリストに接吻した。
それは、「裏切りのキス」と呼ばれるが、果たしてそうだろうか。
ユダこそ、どの信徒よりもキリストを愛していたのではなかったか。
だからキリストを売るという最も辛い役割を引き受けたのではなかったか。

最後、キチジローが再び告解に現れる。
キチジローを演じる窪塚洋介の顔が
ロドリゴの脳裏のキリストの顔に非常に似ていることに観客は気づく。
スコセッシはインタビューで
「実はキチジローはロドリゴの教師なのです」と言っている。

再びキリストの声が聞こえる。
「主よ、あなたがいつも沈黙しておられるのを恨んでいました」
「私は沈黙していたのではない。一緒に苦しんでいたのだ」

人間に最も必要なのは、奇蹟でも説教でもなく、
ただ黙って肩を抱いてくれる存在ではないのか。
それに気づいたロドリゴはキチジローを抱き、黙って額を寄せた。

それはアカデミー賞のステージでスコセッシが
エリア・カザンに額をすり寄せた姿にも似ている。
イエスはユダすらも愛したはずだ。
それを確信したロドリゴはキリストの境地に達した。
スコセッシは『沈黙』を完成させるとまず、
バチカンでフランシスコ法王とイエズス会の修道士二百人を招いて試写した。
彼らがロドリゴをどれだけ追体験できたかを伝える資料はないが、
スコセッシは映画の終わりに
「迫害されたすべての切支丹と伝道士たちに捧ぐ」
との献辞と共に「神の大いなる栄光のために」
というイエズス会のモットーを掲げることをゆるされた。

遠藤周作が願って得られなかった
「転び伴天連」たちへの「ゆるし」が
三百六十年ぶりに与えられたのだ。〉
(1,277文字)



●代替医療のトリック

読了した日:2018年12月19日
読んだ方法:図書館で借りる

著者:サイモン・シン/エツァート・エルンスト共著
出版年:2010年
出版社:新潮社

リンク:
http://amzn.asia/d/bEoR05G

▼140文字ブリーフィング:

『10万個の子宮』という本を先月読みました。
子宮頸がんワクチンの副反応をめぐる、
「えせ科学がいかに社会全体の福祉を損なうか」
に関する本で、非常に共感しました。
そのなかで多く引用されていたのがこの、
『代替医療のトリック』です。

そして著者はサイモン・シン。
サイモン・シンは、
『フェルマーの最終定理』と、
『宇宙創成』という、
もう、べらぼうに面白い2冊の本を書いています。
これは面白いに違いない、と思い手に取った次第です。

WHOの見解などに代表される、
「科学的根拠に基づく正規の医療」を否定する、
というのは、日本ではたびたび起きますが、
これは日本だけでなく世界的な現象なのだと分かります。
BSEのときしかり、
豚インフルエンザ、
低線量の放射線の影響、
子宮頸がんワクチン、
数えたらきりがありません。

「主流の医療」は間違っている、
国家や原発村や製薬会社の陰謀によって、
ウソの科学を流布している。
真実はコレだ!!!
だって、このような事例が報告されている!!!
(子宮頸がんワクチンならけいれんする十代少女のビデオ、
 放射線なら「福島で見つかった奇形の動物」
 BSEならイギリスの症例)
というような情報発信者が、
ウェブサイトや書籍で活動するわけですが、
彼らの根本的な間違いは、
「科学とは何か」を理解していないところにあります。

「逸話の複数形はデータではない」
という言葉によって、サイモン・シンは、
その本質を的確に述べています。

→P169 
〈要するに、医療の主流派は、
ホメオパシーについてもその他どんな治療法についても、
逸話は(人間に関するものであれ、動物の患者に関するものであれ)、
治療法を支持する根拠としては不十分だとして認めない。
逸話をどれほどたくさん集めても、
しっかりした科学的根拠にはならない。
科学者がよく言うように、
「逸話の複数形はデータではない」のだ。〉


私はこれで治りました!
という逸話というのは、
科学の言葉で言いますと、
N=1(サンプル数1)と言いまして、
何ら実証性がありません。

この手のデマゴーグに踊らされる大衆、
というのはやはり、
「科学リテラシーの低さ」に起因します。
サイモン・シンのような、
理系と文系を往復できる文筆家の活動は、
科学リテラシーの向上において、
非常に重要です。

次の引用は、
本書の要約になっています。
ヒポクラテスの時代から、
「科学VSエセ科学」の戦いはあった、
ということが分かります。


→P10 
〈本書のすべては、
エーゲ海の島コスに生まれたヒポクラテスによって、
今から二千年以上前に書かれたひとつの警句を指針としている。
医学の父として知られるヒポクラテスは、こう述べた。
 科学と意見という、二つのものがある。
 前者は知識を生み、後者は無知を生む。〉
(1,139文字)



●消滅世界

読了した日:2018年12月19日
読んだ方法:図書館で借りる

著者:村田沙耶香
出版年:2015年
出版社:河出書房新社

リンク:
http://amzn.asia/d/6NUzDCC

▼140文字ブリーフィング:

こちらも先ほどの『アカガミ』と同様、
佐藤優さんの記事でして手に取りました。
著者は『コンビニ人間』で芥川賞を受賞した、
村田沙耶香さん。
『コンビニ人間』は2年前に買って読みましたが、
とても面白かった記憶があります。

こちらの『消滅世界』はセックスという概念がなくなり、
人工授精で子どもを産むようになり、
夫婦がセックスするのは近親相姦と
考えられるようになった未来の話しです。

人工子宮により男も妊娠・出産出来るようになり、
生まれた子どもたちは「子どもちゃん」と呼ばれ、
イスラエルのキブツのような実験都市(千葉県)では、
社会の全員が男女関係なく「おかあさん」と呼ばれます。

「コンビニ人間」もそうでしたが、
著者は「人間性の喪失」を描くことで、
人間性を浮き彫りにする手法が上手いと感じます。
こちらはコンビニ人間より前に書かれた本ですが、
「正常と異常が逆転する感じ」も、
コンビニ人間に引き継がれていると思います。
(395文字)



●橋を渡る

読了した日:2018年12月21日
読んだ方法:図書館で借りる

著者:吉田修一
出版年:2016年
出版社:文藝春秋

リンク:
http://amzn.asia/d/9K1ce9r

▼140文字ブリーフィング:

『アカガミ』『消滅世界』と同じく、
佐藤氏の記事で興味を持ちました。
作風異なる3冊の「ディストピア小説」の、
テーマがほぼ重なっているというのが興味深い。

作家というのは時代の雰囲気を先取りする嗅覚を持つ、
「預言者」的な役割を持っていると思いますので、
3人の作家が似たような小説を書くというのは、
現代という時代の「根源的不安」の質が、
90年代とも00年代とも、もちろん80年代とも違っていて、
「何か得体の知れない恐怖」であり、
それは「セックスや生殖の喪失」といった、
「人間という種の保存」にも関わる部分である、
というのが分かります。

吉田修一は映画化された『怒り』や『悪人』を書いた人ですので、
本作のようなSFは珍しい。
非常に不思議な読後感でした。
こちらは現実に起きた、
都議会での塩村あやか議員への、
「自分が生めば良いだろ」という野次問題が、
「軸」になっています。

未来(2085年)の歴史書には、この事件が起きた2014年が、
「平成の新政」と呼ばれています。
この時代には「サイン」と呼ばれる、
血液細胞から作られたクローンが100万人規模で日本におり、
兵役に就いていたり結婚の道具にされており、
選挙権もなければ基本的人権も保障されていません。

正義が溶ける現代において、
「倫理をそれでも捨てないことを選ぶかどうか」
という瀬戸際に立つ主人公たちの群像劇です。
(583文字)



●ふしぎなふしぎな子どもの物語 なぜ成長を描かなくなったのか?

読了した日:2018年12月24日
読んだ方法:図書館で借りる

著者:ひこ・田中
出版年:2011年
出版社:光文社新書

リンク:
http://amzn.asia/d/9qyFlpk

▼140文字ブリーフィング:

これはめちゃ面白かったです。

テレビゲーム、テレビヒーロー、
女の子のアニメ、男の子のアニメ、
世界名作劇場、マンガ、児童文学、という幅広い射程で、
戦後どのように子どもの物語が変遷してきたかを、
著者は緻密に追いかけていきます。
少年ジャンプから仮面ライダーまで、
月光仮面からアルプスの少女ハイジまで、
ドラゴンクエストからエヴァンゲリヲンまで、
その射程は多ジャンルにまたがります。

そこから浮き彫りになるのは、
昭和から平成にかけての戦後70年の間に、
子どもに向けた「物語」は、
徐々に、しかし確実に、
「成長」を描かなくなった、
という共通する傾向がある、というのです。

「子どもが成熟して大人になる」。
この王道のストーリーを、
「ビルドゥングスロマン」と言いますが、
このような物語は特に平成になってから、
どんどん描かれなくなる。

一例としてたとえばアニメなら、
80年代の「機動戦士ガンダム」では、
アムロは「十五少年漂流記」よろしく、
「子どもたちの群れ」である、
ホワイトベースに乗り込み、
ガンダムを操縦して戦います。
だって、ブライト艦長、19才ですからね(驚愕)!
ガンダムには「大人」が出てきます。
それが「シャア」だったりするのですが、
そこには「大人と対峙する子ども」という、
「出会い」が描かれている。

これが90年代の「エヴァンゲリオン」になると、
もはや少年たちは大人と向き合わない。
そして「子ども(自我)だけの閉じた環」に引きこもり、
最後は、
「自我が成長しないまま、
自閉した子どもたちだけの、
謎の自己啓発セミナー的なラスト」を迎える。

なぜこういうことが起きるのか?
ということを著者は分析します。
それは、子どもや大人が変わったのではなく、
社会自体が変わったからだ、というのが、
著者の指摘です。

つまり、これは問題ではなく結果なのだ、と。
「もういちど成長を描くべきだ」という話しではなく、
「なぜ成長が描かれなくなったのか?」
その必然について考えなければならない。

それは、もはや「子ども」「大人」
という区分が無効化されているからなのではないか、
というのが著者の分析です。
だから、物語が変わってきたし、
これからも変わっていくだろう、と。

しかし、物語は絶対に必要です。
「成長が不要になった」新しい時代に、
それでも生きるということの必然や意味を語る、
新しい物語が語られることが大切です。

「はじめに」で著者が言っていることが、
「グッときた」ので引用します。

→P7 
〈子どもが本を読まなくなったと嘆く声はよく聞かれますし、
言葉でしか表せない、言葉だからこそ伝えられる物語も確かにあります。
しかし、昔も今も一日の時間は同じなのに
本以外にも物語を提供できるメディアが増えているのですから、
読書時間が減るのは自然な現象です。

ですから、読書をして欲しい思いがあふれすぎ、
他のメディアを非難したり排除したりするのが
良い結果を生むとは思えません。

むしろ物語が届けられるのなら、
どんなメディアでもかまわないと私は思います。
他のメディアが非難されたために、
子どもが物語り嫌いになることの方を私は恐れます。

何故なら人間には物語が必要だからです。
私たちが現実世界にいることを認識できるのは、
虚構世界の物語があるからですし、
現実世界が苦しいとき、一時でもそこから待避し、
休むことが出来るのも物語です。〉


、、、そうです。
私たちには物語が必要なのです。
生きることに意味を与え、
人生に滋養を与えるような豊かな物語が、、、。
(1,386文字)



●「老いる」とはどういうことか

読了した日:2018年12月25日
読んだ方法:図書館で借りる

著者:河合隼雄
出版年:1997年
出版社:講談社+α文庫

リンク:
http://amzn.asia/d/6kp7jHA

▼140文字ブリーフィング:

日本にユングを紹介した河合隼雄さんは、
私の尊敬する知識人のひとりです。
亡くなってしまったのはあまりにも惜しい。
河合隼雄さんの本はもう10冊以上読んでいますが、
こちらは新聞連載のまとめなので、
わりと軽めの本でした。

アイヌの人々の「神用語」という概念が、
非常に印象的でした。
理性の鈍化をバカにするのが近代だとしたら、
前近代は理性の鈍化に畏敬を覚えたのです。
後近代(ポストモダン)も、
そちらに接近すると私は考えていますから、
彼らの知恵は私たちに資するところが大きいと思います。

→P83 
〈アイヌの人たちは、
老人の言うことがだんだんわかりにくくなると、
老人が神の世界に近づいていくので、
「神用語(しんようご)」を話すようになり、
そのために、一般の人間には分からなくなるのだと考える、とのことである。

老人が何か言ったときに
「あっ、ぼけはじめたな」と受け止めるのと、
「うちのおじいちゃんも、とうとう神用語を話すようになった」
と思うのとでは、老人に対する態度がずいぶんと変わってくることであろう。
「神用語」という言葉を考え出した
アイヌの人たちの知恵の深さに、われわれも学ぶべきである。〉
(485文字)



●ザ・ワーク・オブ・ネーションズ 21世紀資本主義のイメージ

読了した日:2018年12月27日
読んだ方法:図書館で借りる

著者:ロバート・B・ライシュ
出版年:1991年
出版社:ダイヤモンド社

リンク:
http://amzn.asia/d/5iSmaBn

▼140文字ブリーフィング:

この本は様々な本に引用されている、
「定本」のひとつなので、
いつか読んでみたかったんですよね。
「マックジョブ」という言葉を聞いたことがあるでしょうか?
マクドナルドの店員のことを指しており、
これはつまり、低賃金の単純労働を意味します。
この「マックジョブ」という言葉を生み出したのが、
著者のロバート・ライシュだと言われています。
(本書に「マックジョブ」というフレーズは直接出てきません)

どういうことか。

この本が書かれたのは今から約30年前であり、
インターネットも黎明期です。
それにもかかわらず、
ロバート・ライシュは、
経済のグローバル化と、
情報や人材やモノのボーダーレス化によって、
「労働革命」が起きるであろう、
ということを「予言」したわけです。

どう起きるのか?

20世紀は「分厚い中産階級」があった。
つまりフォードの工場ラインで一生働いたり、
大企業の事務職として40年働いた人が、
かなり良い賃金を得て、
「中流」になれた。

しかし労働革命後、
社会の1割以下の「めちゃくちゃ稼ぐ高技能者」と、
90%の「低賃金の単純労働者」に、
労働は二極化し、分厚い中産階級は消滅するであろう、と。

前者を著者は「シンボリック・アナリスト」と呼び、
後者は後に「マックジョブ」と巷間に広まりました。
つまり、20世紀には分厚い中流層が、
(今の物価補正で)年収10万ドルに接近する稼ぎを得られたのが、
21世紀には高技能な専門職は数10万ドル〜数千万ドルを稼ぎ、
低技能なその多大勢は生活に必要なお金すら稼げなくなる。

はい。

そうです。

AI時代には、
「社会は人手不足なのに、
 巷には失業者があふれる」
と新井紀子さんは「予言」していますが、
90年代にライシュにはそれが「見えて」いたのです。

アメリカのトランプ大統領の当選理由は、
「分厚い中産階級の消滅」と直接関係があります。
彼らの「権益」を取り戻す!と宣言したことが、
ラストベルト(さび付いた五大湖周辺の州)の
集票につながったのですから。
しかし、ライシュが言うように、
「時代を20世紀に戻そうとする試み」はいつか破綻します。

ではどうすれば良いのか?

巷にあふれた失業者に、
高技能を身につけさせることです。
それこそが21世紀の本当の公共投資なのだ、
とライシュは言っています。
それはどのようになされるのか?
後日解説する、新井紀子さんの
「AI VS 教科書が読めない子どもたち」
にそのヒントがありますし、
本書にもその教育指針が示されています。

文字数の関係でその内容には立ち入りませんが、
いつか何らかの形でご紹介できたらと思います。
(999文字)



●人口減少社会の未来学

読了した日:2018年12月29日
読んだ方法:図書館で借りる

著者:内田樹、池田晴彦、井上智洋、小田嶋隆、姜尚中、隈研吾、高橋博之、平川克美、平田オリザ、ブレディみかこ、藻谷浩介
出版年:2018年
出版社:文藝春秋社

リンク:
http://amzn.asia/d/hGPjAeB

▼140文字ブリーフィング:

内田樹さんがホストになって、
様々な著者が「日本の未来」について一章ずつ寄稿しています。
(まったく逆の立論も含めて)様々な論客が、
日本の未来について語っている本書は、
様々な曲調で構成される、
ミュージシャンのアルバムのような感じで「楽しめ」ました。

いろいろ面白い部分があったのですが、
井上智洋氏の執筆パートにあった、
「頭脳資本主義」という概念が面白かったので引用します。

→P80〜82 
〈ただし、日本経済が抱えているのは、
財政・金融政策によって
直接解決可能な需要サイドの問題だけではない。
企業や大学、行政機構、あらゆる組織で非効率が蔓延しており、
生産性が低迷している。

2016年の日本の一時間当たり生産性は、
OECD35カ国中20位である(日本生産性本部「労働生産性の国際比較」)。

労働生産性は当てにならない指標だと指摘されることが多いが、
2016年の日本のひとり当たり購買力平価GDP
(物価を考慮したGDPに関する指標)は、
全ての国々の中で30位である
(IMF"World Economic Outlook Databases")。
フランスのちょっと下、韓国やイタリアのちょっと上という一であり、
先進国最低クラスだ。

いかなる指標を参照しても、
日本の生産性の低迷を反証することは難しい。
これからそのような生産性の低迷は一層深刻になっていくだろう。
未来において、一国のGDPを決定づけるのは、
労働人口や労働時間よりも、
科学技術力を始めとする人々の知力となるからであり、
日本の知力が今まさに危ぶまれているからである。
 (中略)
しかしこれからの世界経済は、労働人数の頭数ではなく、
人々の頭脳レベルが一国のGDPや企業の収益を決定する
「頭脳資本主義」に転換していく。
作家で評論家の堺屋太一氏が、
1985年に『知価革命』で知恵が価値を持つ
「知価社会」の到来を予見しているが、
そのような社会が本格的に到来するというわけである。
それゆえ、少子高齢化ではなく科学技術力などの知力の衰退の方が、
経済に対するより大きなマイナス効果を持つようになる。

「頭脳資本主義」は、
もともと神戸大学の松田卓也名誉教授が作った用語であり、
経済思想の分野における「認知資本主義」や
ピーター・ドラッカーの「知識社会」とも類似した概念である。
しかし、いずれの言葉よりも語呂が良いのでここでは
「頭脳資本主義」を用いることにする。〉


、、、先ほどの「ワーク・オブ・ザ・ネーションズ」と、
まったく同じ話ですね。
「頭脳資本主義」とはつまり、
ライシュ氏の言う、「シンボルアナリスト」が、
社会の富(価値)の大部分を生み出してしまう、
という社会の在り方のことです。

このような時代における「国力」は、
「国民の頭脳」が決めます。

このとき「頭脳」とは何を指すのか?
「ワーク・オブ・ザ・ネーションズ」が指摘している、
4つの要素をご紹介します。
・抽象思考
・体系的思考
・実験思考
・共同作業

詳説はしませんが簡単に素描すると、
上の2つは「数学(=論理力)」であり、
3つ目つは「科学リテラシー」です。
最後は、上の3つが出来ているという前提のもと、
シナジーを生みだ出すコミュニケーション能力がある、
ということを意味します。

これらを磨く教育をしなければ、
日本の国力は今後も衰退していく一方でしょう。
来週「本のカフェ・ラテ」でご紹介予定(後編)の、
『AI VS 教科書が読めない子どもたち』では、
「では、日本の国力が衰退しないために、
 何が出来るのか?」
ということのヒントがつかめます(宣伝)。
(1,446文字)


▼▼▼リコメンド本「今週の一冊」▼▼▼

ご紹介した本の中から、
「いちばんオススメだったのは?」という基準でリコメンドします。
「いちばん優れていた本」というよりも、
「いちばんインパクトの大きかった本」という選考基準です。
皆さんの書籍選びの参考にしていただけたら幸いです。


▼今週の一冊:『ふしぎなふしぎな子どもの物語』

コメント:

「物語」に興味があります。
「物語」が人生に何をもたらすのか?
これは「物語神学」が注目される昨今、
多分にキリスト教の話題でもあります。
この手の本で今までで一番面白かったのは、
『モモ』『はてしない物語』の作者、
ミヒャエル・エンデの『エンデのメモ箱』でした。



▼▼▼部門賞▼▼▼

ご紹介した書籍の中から、
陣内の独断と偏見で、
「○○賞」という形で、
特筆すべき本をピックアップします。
こちらも何かのご参考にしてくだされば幸いです。

▼「預言者賞」
『ザ・ワーク・オブ・ネーションズ』

コメント:

90年代に書かれた本が、
約30年後の現代をも見通しているその射程の広さに驚きました。
多くの本に引用されるのも納得です。
「定本」認定ですね。

陣内が先週読んだ本 2018年 11月25日〜12月8日 『除脂肪メソッド』など

2019.04.17 Wednesday

+++vol.069 2018年12月11日配信号+++

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
■2 陣内が先週読んだ本 
期間:2018年 11月25日〜12月8日
::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::

先週私が読んだ本(読み終わった本)を紹介していきます。
一週間に一冊も本を読まない、
ということは、病気で文字が読めなかった数ヶ月を除くと、
ここ数年あまり記憶にないですから、
このコーナーは、当メルマガの
レギュラーコーナー的にしていきたいと思っています。
何も読まなかった、という週は、、、
まぁ、そのとき考えます笑。

ただ紹介するのも面白みがないので、
twitterに準じて、
140文字で「ブリーフィング」します。
「超要約」ですね。
(どうしても140字を超えちゃうこともあります。
 140文字はあくまで「努力目標」と捉えてください笑。)

忙しい皆さんになり代わって、
私が読んだ本の内容を圧縮して紹介できればと思います。
ここで紹介した本や著者、テーマなどについて、
Q&Aコーナーにて質問くださったりしたら、
とても嬉しいです。


●パレード

読了した日:2018年12月2日
読んだ方法:

著者:吉田修一
出版年2004年
出版社:幻冬舎文庫

リンク:
http://amzn.asia/d/30UPDq7

▼140文字ブリーフィング:

先月観た映画「悪人」、「怒り」が良かったので、
作者の吉田修一に興味を持ちました。
「怒り」は既読だったのですが、
こちらは初めて読みました。
どうやら映画化もされているようです。

ゲイが登場することや、
匿名性のなかにある不気味さ、
人間の「信頼」を巡るジレンマなど、
「悪人」「怒り」に通ずるものがあります。
山本周五郎賞受賞作というのも納得。
いち読者としては「怒り」のほうがエンターテイメント性が高く、
ぐいぐい引き込まれて面白かったですが、
「パレード」は何が何だか分からない不安感を残す作品で、
作家がこれを読むと「やられた」と思うのはうなずけます。
最後の川上弘美の解説も良かった。

ただ、この小説で書きたかった「匿名性の不気味さ」とか、
「顔のない悪」というの「ディストピア性」は、
もはや私たちの日常の一部になってしまった、
という違和感のようなものが残ります。
つまり、この小説で書かれた、
2002年の時点で不気味だった「何か」が、
2018年の私たちにとってはもはや風景でしかない、という。

ホラー映画やホラー小説が流行るのは、
世の中が平和なときだ、
というのを過去に読んだことがあります。
現代のような時代にはホラー映画やホラー小説は流行りにくい、と。
なぜなら現実がすでにホラーだからだ、と。

このAmazonレビューが秀逸だったので抜粋します。

〈うーん、結論からいえば読んでよかったと思える作品でした。
あくまで個人の意見ですが、
いまひとつしっくりとこない部分があったかなーと思います。
調べてみると出版されたのが2002年なんですね。
この本が書かれてから15年ほど経っているわけですが、
ここにしっくりこなかった理由がありそうです。
この小説の肝であるルームシェア、
それにまつわる人間関係ですが、
2000年初めと現在では事情が違ってきているというのもあるかもしれません。
悲しいかな、今ではこの小説でゾクッとくるものが
当たり前になりつつある時代です。〉
(816文字)



●未来の衝撃

読了した日:2018年12月3日
読んだ方法:図書館で借りる

著者:A・トフラー
出版年:1970年
出版社:中公文庫

リンク:
http://amzn.asia/d/eiSQb75

▼140文字ブリーフィング:

『遅刻してくれてありがとう』という本を、
これはFVIなどでも色々お世話になっている、
立川福音自由教会の高橋秀典先生に紹介してもらい、
Kindleで購入して現在読んでいる最中です。
その『遅刻してくれてありがとう』のなかで、
この本が引用されていて興味を持ち、手に取りました。

50年前に書かれた本ですが、
けっこういろんな著者に影響を与えた有名な本だそうです。

じっさいこの本は、50年前に書かれた
『遅刻してくれてありがとう』のような感じでした。

50年前に書かれた「これが未来だ」という宣言を、
私たちの社会はすでに追い抜いてしまっているわけですが、
彼が書いている未来予測と
その対策の「思考の作法」は勉強になります。

分野横断的に語る切り口は、
『遅刻してくれてありがとう』にそっくりですし、
「カルチャー・ショック」という単語を、
「フューチャ・ショック」へと発展させ、
私たちは異なる文化にものすごい早さで突入している、
と語る語り口は今も有効です。

いまは彼が生きた時代の何十倍ものスピードで変化し、
変化自体も等比級数的に早くなっています。
『未来の衝撃』のような本が、
50年おきではなく、毎年書かれてもおかしくない。
『遅刻してくれてありがとう』で、
トーマス・フリードマンが言っていますが、
等比級数の力というのは恐ろしいもので、
その変化を現すのにこんな比喩があります。

ある人が素晴らしい成果を誉められるために、
王様に謁見した。
王様は彼に言った。
「何でもあなたの欲しいものを上げよう。
 国の半分でも良いし、
 王宮にある黄金のすべてでも良い」
彼は王様に言った。
「王様、ここにチェス盤があります。
 私のお願いはこうです。
 1日目にこのチェス盤の一マス目に米を1粒ください。
 2日目はチェス盤の二マス目に、米を2粒ください。
 3日目は四マス目に4粒、
 4日目は五マス目に8粒、
 、、、
 このように、チェス盤の最後のマスに至るまで、
 一日おきに二倍の米をくださいましたら、
 私はそれで満足です。」

王様は彼に言った。
「お前はなんと謙虚で欲の少ない人間なのだ!
 そんなのはお安いご用だ!
 そのようにしてつかわそう!」

、、、さて。

彼は本当に欲の少ない人間だったのでしょうか?

答えは、否、です。

このチェス盤の最後に到達するころ、
米粒の数は2の63乗、922京粒に達します。
つまり、2000億俵以上の米です。

世界の変化というのは、
20世紀には2粒、4粒、8粒、16粒、32粒、
みたいな感じだったが、
2000年をまたぎ、
特に2007年というトーマス・フリードマンが指摘する、
「分水嶺」を跨いでからは、
時代の変化は「チェス盤の後半」にさしかかっている、
というのが彼の指摘です。

50年前に「未来の衝撃」で語られた、
「今後数十年で起きる変化」が、
下手すると半年で起きるような世界に、
私たちは生きている。

これをフリードマンは「加速の時代」と名づけました。
なんか「未来の衝撃」の話しではなく、
『遅刻してくれてありがとう』の話しになっちゃいました。

面白そうでしょ。

今下巻を読んでいるところです。
近日中に書評しますのでお楽しみに。

今週は文字数に余裕があるので、
本書についても良かったAmazonレビューを引用します。


〈未来予測の是非については様々な意見があり、
著者自身も「正確に予測することは不可能」としている。
本書で述べられる予測も、
当時の科学技術の発展の方向性をもとに
「このまま進めばこういうことが可能になるだろう」というものである。
40年経た今、的外れもあれば当たっているのもある。

例えば、「20世紀中に人類は海底で生活をしている」
というのは笑ってしまう(今後は分からないが)。
他方でクローン技術等に代表されるバイオテクノロジーの発達、
高度な情報通信網の出現、
規模の経済の終焉等々、当たっているのも多い。

私がトフラー氏にとても感銘を受けるのは未来予測よりも、
現在の変化をもたらしている要因に対する深い洞察である。
本書が出版されたのが1970年なので、執筆活動は1960年代後半。
しかし、それから40年近く経た現在でも、
その内容は古さを感じさせない。
それは、表面的な変化に惑わされずに、
その変化をもたらす根源的な要因に目を向けているからこそだろう。〉
(1,735文字)



●注文をまちがえる料理店

読了した日:2018年12月3日
読んだ方法:図書館で借りる

著者:小国士朗
出版年:2017年
出版社:あさ出版

リンク:
http://amzn.asia/d/am2D6GG

▼140文字ブリーフィング:

こちらは10月のFVI総会で、
FVIの役員をしてくださっている、
つくばで牧師をされている福島先生が、
「注文をまちがえる料理店」っていうのがあってね、、、
という話しをしてくださったことで興味を持ち、
手に取りました。

「注文をまちがえる料理店」というのは、
もともとテレビ制作の仕事をしていた方が、
様々な分野からの協力を得て、
2日間限定でオープンした飲食店のプロジェクトのことです。
このレストランはホール係が全員、認知症患者という、
世にもユニークなレストランでした。
お店にかかげた「ボード」の文言を引用します。

→P215 
〈注文を間違える料理店

「注文をまちがえるなんて、変なレストランだな」
きっとあなたはそう思うでしょう。

私たちのホールで働く従業員は、
みんな認知症の方々です。
ときどき注文をまちがえるかもしれないことを、
どうかご承知ください。

その代わり、
どのメニューもここでしか味わえない、
特別においしいものだけをそろえました。

「こっちもおいしそうだし、ま、いいか」
そんなあなたの一言が聞けたら。
そしてそのおおらかな気分が、
日本中に広がることを心から願っています。〉


、、、このプロジェクトは各種メディアで紹介され、
海外でも反響を呼びました。
ノルウェーの媒体に紹介された、
ノルウェー公衆衛生協会のコメントを以下に紹介します。

→P21 
〈「この日本のアイデアは、重要な点を示しています。
それは、認知症を抱えている多くの人は、周囲から受け入れられ、
理解されさえすれば、普通の社会生活に参加出来るのです。
大切なことは、認知症の人を過小評価しないと言うことです。
多くの人が、さまざまな方法で社会に貢献することが可能なのです。

認知症を抱える人と触れあうとき、
ほんの少しいつもより時間をかけ、
理解しようという優しさと思いやりがあれば、
みなさんのほうが大切な何かを得ることになるでしょう。

認知症を抱える人も一人ひとり異なります。
一人ひとりを個人として理解する事が大切なのです。」
(ノルウェー公衆衛生協会 Lisbet Rugtvedt氏)〉


、、、この「注文をまちがえる料理店」のアプローチは、
「ナラティブアプローチ」として知られるものに限りなく近いです。
つまり、疾病や困難を「解決すべき問題」と捉えるのではなく、
問題を捉える枠組みやストーリーを「語り変える」ことで、
問題がもはや問題ではなく、
むしろ豊かさの源泉にすらなる、
というアプローチです。

このアプローチの源流はどこにあるかというと、
アルフレッド・アドラーです。
アドラーは「トラウマや困難を解決するのではなく、
トラウマや困難こそが、その人の生きる力の源泉となる」
と語りました。

私自身も鬱病闘病のとき、
「病を乗り越える(癒やす)」という、
いわゆるクリスチャンカウンセリングによっては逆により困難は強まり、
ナラティブアプローチによって救済を体験したので、
このアプローチは非常に良く理解出来ます。

この「料理店」の場合、
「新しいナラティブ」の到達点は、
「寛容」であることが本書で示されています。

→P203〜204 
〈隣の席の人と「このアイスコーヒーあなたのですよね」
「そうそう、このコーラはあなたのですよね」
といって交換すればおしまいです。
たったそれだけのことで、間違いは間違いじゃなくなるんです。
自分で企画しておいてなんですが、
こんな感覚になるなんて、すごく新鮮でした。
世界の見え方が、まるで変わったような気がしました。
 
僕のこの感覚は企画者のひとりよがり、
ということもないようで、お客様のアンケートを読んでみても、
かなり多くの方が同じような気持ちを抱いたようです。

・サラダが2回出てきたけど、スープはきませんでした。
 でもそれもまあいいかと思います。
 たいした問題ではない。それでいいんです。
・普通のお店なら怒るかもしれないけど、
 笑顔で受け止めることができました。
・間違っても大丈夫な空気がありました。

このお客様たちの醸し出す”寛容”な空気。
この寛容さこそが、「注文をまちがえる料理店」が
目指していた一つの到達点でした。〉

→P205 
〈あたりまえですが、この料理店で
認知症のさまざまな問題が解決するわけではありません。
でも、間違えることを受け入れて、間違えることを一緒に楽しむ。
そんな、ほんのちょっとずつの“寛容さ”を
社会の側が持つことが出来たら、
きっとこれまでにない
新しい価値観が生まれるのではないかと思ったのです。〉



、、、最後に著者が提唱している、
「COOL JAPANよりも WARM JAPAN」
という言葉に私はぐっと来ました。

→P234 
〈「注文をまちがえる料理店」をやってから
「WARM JAPAN」という言葉をよく使います。
「COOL JAPAN」ももちろん大事だと思うのですが、
これから先は「日本ってなんだかあったかいよね」
「なんだかほっこり心地よいよね」
と思ってもらえることが、
大きな価値になっていくのではないかと感じるのです。〉
(2,086文字)



●除脂肪メソッド

読了した日:2018年12月7日
読んだ方法:図書館で借りる

著者:岡田隆
出版年:2015年
出版社:ベースボールマガジン社

リンク:
http://amzn.asia/d/1sGXLhP

▼140文字ブリーフィング:

私は集中力を強度に要求されるような時間以外は、
仕事中にラジオを「作業用BGM」として流しています。
一番のお気に入りは、
「東京ポッド許可局」で、
二番目が
「三四郎のオールナイトニッポンゼロ」です。
そのほかの時間はたいてい、
筋トレユーチューバーの動画を、
ラジオ代わりに流しています。

その中に、超新塾というお笑いグループの、
コアラ小嵐という芸人がいまして、
その人の「コアラ小嵐の筋肉電波、Q&Aラジオ」というのがあります。
ちなみに超新塾は、「アイクぬわら」がいる、
革ジャンでコントをする「あのグループ」です。

で、この「Q&Aラジオ」が素晴らしい。
動画のコメント欄に届いたコメント(質問)に、
彼がひたすら答えるだけの動画なのですが、
一本の動画の長さが最長で8時間(!!!!!)あります。
短くても2時間ぐらい。

上半身裸の彼が、ずーっっと、
筋肉関係の質問に答えるというだけのラジオ。

ずーっと聞いてられます。

ちなみに私のなかでこの1年半ぐらい、
ずっと今温めている企画があります。
来年頃に何らかの形で具体化したいと思ってるのですが、
それが、「コアラ小嵐のQ&Aラジオ的なもの」なのです。
そう、動画やりたいんですよね。
動画というよりも、ラジオなんですけど。
あ、上半身裸で筋トレのことを8時間話したい、
という意味じゃないですよ。
誤解のなきよう。

そうじゃなく、「読むラジオ」で書いているようなことを、
動画で語る、そんな媒体を新たに生みたいと思ってるのです。
まぁ、そんなことを考えてます。
当メルマガ「読むラジオ」の、
次の発展形として(メルマガも続けますが)。

、、、話しを戻します。
コアラ小嵐のQ&Aラジオには、
筋トレをしている様々な人からの質問が寄せられるのですが、
その「減量」に関する質問については、
10回中9回中、コアラ小嵐は、
「岡田隆先生の、除脂肪メソッドを読んどいて下さい。」
と回答しています。

私はいまバルクアップ期なので「除脂肪」に関しては、
まだ先のことなのですが、
かなり脂肪ものっかりながら筋肉量を増やしたあとは、
除脂肪をしていかなければと思ってます。

それで知識を仕入れておきたいと思い、
本書を手に取った次第です。
内容について興味ある人が、
いったいどれだけいるか分かりませんが、
一応「まとめ」的に本書で紹介されているメソッドの、
「基本カード8」をご紹介します。

・カード1 カロリーの調整 
 第一の極意「ベースラインを見極めろ」

・カード2 PFCバランス調整 
 第二の極意「Fを抑えろ!」

・カード3 食事の回数を増やす 
 第三の極意「1日6回、恐れず食え!」

・カード4 タイミングと分配比率 
 第四の極意「生きる時間を二分せよ!」
 →体脂肪を減らす時間と筋肥大を起こす時間のふたつ。

・カード5 高GI→低GI
 第五の極意「インスリン分泌を制御しろ!糖質制限から糖質制御へ」

・カード6 カロリー10%減 
 第六の極意「大原則を活用せよ!」

・カード7 カーディオエクササイズ 
 第七の極意「とにかく、歩け」

・カード8 HIIT 
 第八の極意「そして最後は、走れ!」


、、、何言ってるか分かる人には全部分かると思うのですが、
まぁ本当に王道な内容です。
消費カロリー>摂取カロリー
これ以外のダイエットはすべてデマと考えて間違いない、
というのがこの本からも分かります。
ただ、著者の岡田隆氏はボディビルダーでもありますから、
ただ体重を減らすだけの痩せ方ではなく、
いかに筋肉を残しながら脂肪を落とすか、
ということを究極に突き詰める道を知っているわけです。
私のような、8ヶ月筋トレしてるにもかかわらず、
まだ標準体型よりも筋肉が少なく、
標準体型よりも脂肪が多い、
そんなへなちょこトレーニーにも、
参考になる情報がたくさん含まれています。
(1,519文字)



▼▼▼リコメンド本「今週の一冊」▼▼▼

ご紹介した本の中から、
「いちばんオススメだったのは?」という基準でリコメンドします。
「いちばん優れていた本」というよりも、
「いちばんインパクトの大きかった本」という選考基準です。
皆さんの書籍選びの参考にしていただけたら幸いです。


▼今週の一冊:該当なし

コメント:

11月後半から12月前半までは、
けっこう忙しかったため、
2週間で、4冊しか読んでません。
私の平均からするとかなり少ないほうです。

北海道に行っていたり、
帰ってきてからもいろいろと用事があったりしましたので、
読書をする時間が確保できませんでした。

まぁ、そんな週もあります。

借りてきた本を未読のまま図書館に返すのは、
ちょっとストレスがたまります。

、、、12月後半は本を読む時間を確保できるのか、、、?

正直、よく分からないんですよね。
スケジュール帳が真っ黒でも、
案外読めたりすることもあるし、
スケジュール帳がすかすかでも、
あんまり読めないこともある。

1日の「認知負荷」がたまり、
晩ご飯を食べ終わった時点で、
脳を使い終わっていたら、
その日は読書せずに、
8時前とかに布団に入って寝るようにしています。

これは私の職業的良心であり、
「寝ないなんて怠慢」だと思ってますから。
鬱病闘病以降、私の体質上、
睡眠よりも優先されるものはない、
というのは揺るがない確信ですから。

そんなわけで、
この2週間は寝ることを優先させた日が多かった、
ということですね。

それだけいろんなことを、
させていただけているということですから、
嬉しいことでもあります。


陣内が先週読んだ本 2018年11月11日〜24日 『パウル・ティリッヒ』他

2019.04.03 Wednesday

+++vol.067 2018年11月27日配信号+++

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
■2 陣内が先週読んだ本 
期間:2018年11月11日〜24日
::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::

先週私が読んだ本(読み終わった本)を紹介していきます。
一週間に一冊も本を読まない、
ということは、病気で文字が読めなかった数ヶ月を除くと、
ここ数年あまり記憶にないですから、
このコーナーは、当メルマガの
レギュラーコーナー的にしていきたいと思っています。
何も読まなかった、という週は、、、
まぁ、そのとき考えます笑。

ただ紹介するのも面白みがないので、
twitterに準じて、
140文字で「ブリーフィング」します。
「超要約」ですね。
(どうしても140字を超えちゃうこともあります。
 140文字はあくまで「努力目標」と捉えてください笑。)

忙しい皆さんになり代わって、
私が読んだ本の内容を圧縮して紹介できればと思います。
ここで紹介した本や著者、テーマなどについて、
Q&Aコーナーにて質問くださったりしたら、
とても嬉しいです。



●パウル・ティリヒ 「多く赦された者」の神学

読了した日:2018年11月12日
読んだ方法:Amazonで書籍購入

著者:深井智郎(ふかい・ともあき)
出版年:2016年
出版社:岩波現代全書

リンク:
http://amzn.asia/d/732XiVk

▼140文字ブリーフィング:

昨年の「よにでしセミナー」で知り合って以来、
名古屋に住む山田風音くんと折に触れ会話してきました。
彼のやっている「ライフストーラー企画」という企業活動のことを、
教えて貰ったり、あと、彼の読む本が、
僕と微妙に重なりつつ微妙にずれているので、
紹介される本が面白くてたいてい読んでいます。

こういう知り合いがいるのは本当にありがたい。

、、、で、前回話したときに話題に出たのがこちらです。
パウル・ティリッヒは「実存主義神学」を代表する、
20世紀の神学者として有名です。

ティリッヒの代表作『生きる勇気』は名著中の名著で、
私は鬱病闘病中に読み、
言葉にならないヒントをもらったような、
不思議な感覚を味わいました。

パウル・ティリッヒはナチスドイツ時代に、
ドイツから逃れアメリカに渡って成功し、
死後しばらくは「神格化」されていました。
本書は著者の深井氏が、
遺されている手紙などの一次資料を丁寧に調べ上げ、
「神格化」された人格者のパウル・ティリッヒの表層を剥ぎとり、
「本当のパウル・ティリッヒ」を描こうとする試みです。

昨年(2017年)の「陣内が今年読んだ本ベスト10」(今年もやります)の、
第1位に輝いた「リンカーン 鬱病を糧に偉大さを鍛え上げた大統領」は、
「アメリカのキリスト教保守派によって、
 完璧なクリスチャンというイメージを着せられ、
 神格化されたリンカーン」の表層をはぎ取り、
生涯にわたり重い鬱病と闘い、何度も自殺の危機に瀕し、
その実存的な危機と深い内的葛藤を、
国家の内的葛藤の超克の糧にした大統領、
という実像を描き出しています。

本書は、パウル・ティリッヒにおいて、
同じようなことを試みている本と言って良いでしょう。

パウル・ティリッヒの私生活は、
性的放縦、SM趣味、女性への異常なまでの興味、
金銭にだらしなく収入が多いのに借金生活を送る姿、
歩けなくなるまで強い酒に溺れる、、、
など、いわゆる「敬虔なクリスチャン」が聞いたら、
眉をひそめるようなものばかりです。

しかし、彼はそれによって開き直っているのではなく、
「そんな私ですら救済する神学」を構築することが、
20世紀の実存的危機にある多くの大衆に響くメッセージになる、
と信じ続け、信仰の実践として真摯に神学し続けました。

自らの恐ろしいばかりの罪深さと直面し、
限界の限界のその向こう側を見た時、
「それでも赦されている」
という救済に達した事例は、
彼の他にも、
ヒッポのアウグスティヌス、
マルティン・ルター、
そして、
「善人ですら救われるのならば、
悪人はなおさら救われている」
(悪人正機)
と説いた、親鸞などがいます。

ティリッヒは初期の彼の成果である、
「疑う者の神」のなかで、
「人間が神を喪失することはあっても、
 神が人間を喪失することはあり得ない」
と述べています。
私たちが信じるのを辞めようが、
私たちが神を疑おうが、
その疑いや不信をも包摂して、
神は私たちを救済している、という考えです。
これは親鸞の悪人正機にそっくりです。

引用します。

→P69 
〈そのために、ティリヒは、
1924年になって刊行された『義認と懐疑』
(これは1919年の講演をもとにした論文)の中で、
この問題についての考えをまとめている。
それはいわば、彼が彼自身のために書いた
最初の伝統的な神学を脱構築する修正的な神学作品である。

彼はその中で、「懐疑者の義認」という命題を掲げ、これを肯定した。
それは彼によれば絶対的な逆説である。
疑い、ボヘミアン的な生活をしている自分の姿は否定されて当然なのであるが、
しかしその否定された自分が同時に神に肯定されているという経験なのである。

それは「人間の側の神喪失や裏切りはあっても、
神の人間喪失はない。」ということの確認でもある。
そのことが確認されるときにこそ
新しい人生が始められると彼は考えている。

それ故に彼は「神を失った者の神」という逆説な表現を用いた。
それは義認とは人間の力による救いではなく、
徹頭徹尾神の側の行為であって、
神の可能性であるという考え方の最大限の拡大であり、
神を裏切る者、否定する者までもが義認の対象であるということになる。〉
(1,681文字)


▼参考リンク:「ライフストーラー企画」(宣伝)
https://life-storier.com/

▼参考リンク:『生きる勇気』パウル・ティリッヒ
http://amzn.asia/d/dUo31MM




●プロテスタンティズム 宗教改革から現代政治まで

読了した日:2018年11月15日
読んだ方法:図書館で借りる

著者:深井智郎
出版年:2017年
出版社:中公新書

リンク:
http://amzn.asia/d/4s9VHz4

▼140文字ブリーフィング:

深井さんの「パウル・ティリッヒ」が面白かったので、
Amazonの「あなたにおすすめ」に出てきた、
こちらの新書も手に取りました。

深井さんはティリッヒに対してしたことを、
ルターに対してもすることで、
神格化されたルターと、
神話化され美化されたプロテスタンティズムの歴史の、
「実像」を描き出そうとしています。
深井さんは「ルター(および宗教改革)の相対化」を、
試みているわけです。

宗教改革はそもそも、自分たちの信仰の営みの、
「相対化」および「自己批判」から始まったのですから、
宗教改革を賛美しお祝いし自らの正しさに酔いしれることは、
宗教改革の精神に反します。
深井さんのしているような「宗教改革の相対化」こそ、
宗教改革500年目に行うにふさわしい営みだと思います。

引用します。

→(まえがき3〜5ページ)
〈しかし近年では、ルターや宗教改革の影響力を
手放しに賛美するのではなく、
むしろ限定的なものとして捉える議論が盛んである。
ルターや宗教改革を歴史の決定的な出来事とするような粉飾に対して、
自己批判や相対化が行われているのだ。
また、近代世界の成立におけるプロテスタンティズムの意義や役割についても、
ごく限定的に論じられるのが一般的である。
 (中略)
もちろん、ルターが勇気ある宗教的指導者であったことを否定するわけではない。
しかしルターのなそうとしたことが、
彼自身の考えや思いを超えて
宗教的あるいは政治的に利用されてきた点を忘れてはならない。
たとえば彼と宗教改革は、
これまで様々な主張や立場を正当化するために利用され、
ドイツでは何度もナショナリズムの高揚のために使われた。
 (中略)
あるいは、宗教改革四百周年となる1917年、
ヨーロッパは第一次世界大戦の最中であった。
ドイツは、フランスやロシアとの戦争は、
カトリックやロシア正教の国との闘争である旨を国内で喧伝し、
宗教改革の意義と戦意高揚を結びつけている。
そこでは、1517年の宗教改革はますます劇的にショウアップされ、
ルターは神格化されるようになった。
ドイツのヴィルヘルム二世(1859〜1941)とその正枢密顧問官たちは、
教皇を始めとするカトリック勢力と勇敢に戦うルターと
その賛同者たちの姿を自らとドイツ国民に重ね合わせようとしたのだ。
ヴィルヘルム二世はヴィッテンベルク城の教会の扉の修復を命じ、
そこには「九十五ヵ条の提題」の全文が刻み込まれた。

現在、このような解釈をする研究はもちろん見られない。
歴史に即した解釈によって、
より正確なルターと宗教改革の出来事を
描き出そうという努力が続けられている。
たとえば、ルターが1517年10月31日にこの場所に
「九十五ヵ条の提題」を貼り出したと考える研究者はほとんどいない。
提題が貼られた場所や日付についても決定的な証拠は存在しない。
提題は貼られたのではなく、
読んでもらうべき相手に書簡として送付されたという説が有力である。〉
(1,199文字)



●奇跡が起きる筋肉トレーニング

読了した日:2018年11月17日
読んだ方法:Amazonプライム特典読み放題書籍

著者:t-baby
出版年:2008年
出版社:PHP研究所

リンク:
http://amzn.asia/d/acZjlxp

▼140文字ブリーフィング:

年会費3,990円のAmazonプライム会員特典って、
プライムビデオ見放題とか、配送日指定が無料なのが、
もっとも大きなメリットなのですが、
地味に「月に一冊無料本が読める(読める本はかなり限定されている)」
というサービスも私が入会した当初はありました。
現在はサービス規約がいつのまにか変わっており、
読める本が限定されているのはかわらないのですが、
「プライムリーディング」という、
指定された本がいつでも無料で読めるサービスになってました。
これは以前のサービスより便利です。
その中に筋トレ関連の本があったので(当然)読みました。
この本では「ピラミッドセット法」という、
重量を徐々に増やし、今度は減らし、
高セット行って細い筋繊維まで追い込む、
という、あまりやったことのないトレーニング方法が紹介されていて、
次の日に早速やってみました。
筋トレは「終わりのない実験と検証の日々」ですので、
一度ハマると出てこられない沼です笑。
(406文字)



●大家さんと僕

読了した日:2018年11月17日
読んだ方法:Kindleで電子書籍購入

著者:矢部太郎
出版年:2017年
出版社:新潮社

リンク:
http://amzn.asia/d/7GPtTWd

▼140文字ブリーフィング:

いろいろなところで評判の良いこの本、
カラテカというお笑いコンビの矢部君という、
世にも細くてちっちゃい人がいるのですが、
その人が描いています。
なんとこの人、実の父親が絵本作家なのです。

現代は「芸人」だけで売れる人はほとんどいません。
「芸人×●●」でやっと売れる時代です。
ここに「ボディビル(春日)」、「料理(うしろシティの人)」、
「小説(又吉)」、「映画監督(劇団ひとり)」、
「パーフェクトヒューマン(オリラジ中田)」など、
様々なものが代入されるのですが、
彼の場合はそれが「マンガ」だったのです。
父親から受け継いだ「血」の力を感じます。

この本それにしても、
私が見た時は、Amazonレビューで、
561件レビューがあり平均★4.8以上、
という、ちょっと見たことのない高評価だったので、
「ほんとかよ、、、」と思いながら読みました。

ハードルが上がりきっているので、
がっかりする心の準備をしていたというか。
しかし、見事に上がりきったハードルを超えてきましたね。
私の妻は3回ぐらい繰り返して読んでいました。

87歳の大家さんと39歳の「僕(矢部)」。
約50歳の年が離れた、
「友情」としか表現出来ない関係性に胸が熱くなります。
確かに「実体験からしか生まれてこない何か」が、
ここにはあります。
オススメします。
(545文字)



●こうして店は潰れた 地域土着スーパー「やまと」の教訓

読了した日:2018年11月18日
読んだ方法:図書館で借りる

著者:小林久
出版年:2018年
出版社:商業界

リンク:
http://amzn.asia/d/5LDhPxY

▼140文字ブリーフィング:

山梨県では知らない人のいない、
「スーパーやまと」の三代目の社長が、
店の栄枯盛衰、すなわち倒産にいたるまでの実体験を、
赤裸々に語っています。
現代という時代に小売業で生き残ることが、
どれほど過酷なのかが分かります。
成功物語からよりも失敗事例からのほうが、
学びとれることは多い、と私は思いますが、
この本も教訓に満ちています。
(159文字)



●社会という檻 人間性と社会進化

読了した日:2018年11月19日 途中斜め読み
読んだ方法:図書館で借りる

著者:アレクサンドラ・マリヤンスキー/ジョナサン・ターナー
出版年:2009年
出版社:明石書店

リンク:
http://amzn.asia/d/47CTcJB

▼140文字ブリーフィング:

「フリーエージェント社会の到来」で引用されていて、
面白そうと思って手に取りましたが、
内容は相当に難しかったです。
しかし、結論はシンプルです。
人類の歴史を概観すると、
人間というのは「社会性があるから社会化している」
のではなく、産業の変化(狩猟→農耕→工業→ポスト工業=現代)
によって構築された社会こそが、
本来自由で独立した性質(フリーエージェント的な)を持つ、
人間を社会という檻に閉じ込めてきたと考える方が、
いろんなことが綺麗に説明出来る、ということです。
人間のDNAに社会性があるのではない。
人間のDNAは本来「一匹狼的」であるが、
人間がつくる社会が「社会性」を要求するので、
人間はそれに仕方なく自分をはめ込んできただけなのだ、
というコペルニクス的な問題提起です。
けっこう、目から鱗でした。
(345文字)



●歴史が遺してくれた日本人の誇り

読了した日:2018年11月19日 途中ななめ読み
読んだ方法:図書館で借りる

著者:矢沢栄一
出版年:2002年
出版社:青春出版社

リンク:
http://amzn.asia/d/7B3sLqn

▼140文字ブリーフィング:

まったく面白くなかったです。
内容も酷いし、語り口も酷い。
「日本はスゴイのである」という薄っぺらな本です。
しかもこの著者、「否定の神学」話法といいますか、
自分がAということを主張するために、
A以外のものをすべてけなしていくという論法を取るため、
読んでいて不快です。
なんでも「歴史の泰斗」みたいな人として一部ではあがめられ、
「新しい歴史教科書を作る会」のうねりを作ったひとりだそうですが、
こういう論法を使う人に頭の良い人はいません。
(214文字)



●10万個の子宮 あの激しいけいれんは子宮頸がんワクチンの副作用なのか

読了した日:2018年11月21日
読んだ方法:図書館で借りる

著者:村中瑠子
出版年:2018年
出版社:平凡社

リンク:
http://amzn.asia/d/0KVBBQe

▼140文字ブリーフィング:

これはスゴイ本でした。
執筆時間が取れず、
詳しくは解説できませんが、
夢中になって一気に読みました。
「まえがき」にこの本の言いたいことが凝縮されていますので、
引用します。

→P2〜3 
〈世界中どの国でも、
新しいワクチンが導入されればそれに反対する人は必ず出てくる。
しかし、日本には、多の国にはないやっかいなことが二つあった。
ひとつは、政府がサイエンスよりも感情を優先したこと。
もうひとつは、2014年初頭、
わざわざ病名まで作って「薬害」を唱える医師たちが登場したことだ。
「一時」差し控えが3年に及んだ2016年7月27日、
日本政府は世界で初めてとなる、
子宮頸がんワクチンによる被害に対する国家賠償請求訴訟を起こされた。〉


、、、「10万個の子宮」というタイトルの意味はこうです。

→P5 
〈最初に日本だけで毎年、3000の命と1万の子宮が失われていると述べた。
日本では国家買収請求訴訟が終わるまでには10年を要すると言われる。
国賠が終わるまでは、接種再開を決断できる首相や官僚は
でないだろうとも言われている。
よって、日本政府の言う「一時」差し控えがもし10年であるならば、
日本の産婦人科医たちは、あと10年、
あと10万個の子宮を掘り続けることになる。〉

産婦人科の業界用語で、
子宮頸がん摘出手術をすることを、
「子宮を掘る」というそうです。
彼らは絶望的な気持ちで、
ワクチン接種が一時差し控えられている結果、
年間10,000人以上の罹患者を診続け、
手術をし続け、その中の何割かを天国に送り続けなければならない。


、、、すべては、「科学的にはまったく実証されていない」
「被害者の会」が主張する「副反応」に、
マスコミが過剰に反応し、
政府が科学よりも感情を優先した結果です。

なんとこの件に関してWHOは、
「こんな国は他にないので、
 国はちゃんと科学的知見を尊重するように」
という「名指しの苦言」まで呈しているのです。

それも二回も。

しかし「被害者の会」や、
一部製薬会社の陰謀説を信じる過激な「市民」からの、
ヒステリックな批判や炎上を恐れ、
マスコミはWHOの声明を大きく扱いません。

BSEのときしかり、
豚インフルエンザのときしかり、
放射能騒動のときしかり、
日本はなぜ、客観的統計や科学よりも、
感情をいつも優先させてしまうのか、
途方に暮れる気持ちになります。
(955文字)



▼▼▼リコメンド本「今週の一冊」▼▼▼

ご紹介した本の中から、
「いちばんオススメだったのは?」という基準でリコメンドします。
「いちばん優れていた本」というよりも、
「いちばんインパクトの大きかった本」という選考基準です。
皆さんの書籍選びの参考にしていただけたら幸いです。


▼今週の一冊:『パウル・ティリッヒ』

コメント:

ひとりの神学者の実像を追うことで、
「救済とは何か」に関する示唆を得ることが出来ます。
アメリカに渡ったカルヴァン派の「ストイシズム」にも似た、
禁欲的なプロテスタントに親しみが強い日本のキリスト教徒は、
自分のもっている「救済観」に揺さぶりをかけられることでしょう。

しかし、「にもかかわらず救われている」ということを、
文字通り身を削って証明しようとした、
ティリッヒの「自己救済としての神学」は、
現代の実存的不安に悩む、
数多くのキリスト者だけでなく、
非キリスト者にも救いを与えた、
というのは納得がいきます。

私たちの多くが親しんでいるキリスト教は、
以下に引用するマックス・ヴェーバーの、
「サル型orネコ型」の救済論でいうと、
「サル型」に近いと思います。
しかし、キリスト教の救済はネコ型である、
という点において、私はティリッヒに同意します。

人生の危機に瀕し、
私たちは神を疑い、神につばきをかけ、
神に「お世話になりました。
あなたには失望しました。さようなら」と、
言うかもしれない。
しかし、その「さようならという私」ごと、
神は救済しているのです。
神の救いの手は、
私たちが主観的に神を拒絶したぐらいでは、
びくともしません。
そんなちんけな救いに私たちはのっかっているわけではないのです。

→P67 
〈宗教改革の教会は多かれ少なかれこの関係の回復を、
人間の何らかの行為や、人間の信心の強さによるのではなく、
それはむしろ神の側の努力、
正確には神が人間を救うという
約束を誠実に守るという事によるものだと考えてきた。

マックス・ヴェーバーが宗教の救済を
「サル型」と「ネコ型」に分けるのはこの問題である。
それは正確には「サルの親子型」と「ネコの親子型」である。
サルとネコの母親は子どもに危険が迫るときに、
どのようにして子どもをその危険から救済するか。

サルは自分の腹に小ザルを飛びつかせる。
「しっかりとつかまっていなさい」と言ってその場から走り去る。
その場合小ザルにとって大切なことは
「しっかりとつかまる」ことなのでる。
サルの母が神であり、小ザルが人間であるなら、
この宗教の類型では人間に必要なのは、
しっかりつかまる力、自分の努力である。

しかしネコの母親は違う。

子ネコに危機が迫ると、ネコの母親は、
子ネコの首根っこをくわえて、逃げ去る。
この場合大切なことは何かと言えば、
子ネコは何もしていないと言うことだ。

痛いが、母猫の子ネコへの愛に信頼し、
その母ネコの救済の思いの誠実さにすべてを委ねているだけである。
そしてこのネコの母のような神に誠実に応えて、
神に従う人生を始めることが救いである。
ルター派教会の義認論は典型的なネコ型である。〉



▼▼▼部門賞▼▼▼

ご紹介した書籍の中から、
陣内の独断と偏見で、
「○○賞」という形で、
特筆すべき本をピックアップします。
こちらも何かのご参考にしてくだされば幸いです。

▼「完全に同意賞」
『10万個の子宮 あの激しいけいれんは子宮頸がんワクチンの副作用なのか』

コメント:

完全に同意です。
それ以外にコメントはありません。
著者は医師でありWHOで働いたこともあり、
しかも文系の学位も持っています。
こういう「文理を越境する人」が増えてくると、
日本の感情的な報道と集団パニックも、
少しは良くなっていくのかなぁ。
そうなって行くといいんだけどなぁ、
という願いを込めて。

陣内が読んだ本 2018年10月21日〜11月10日 『フリーエージェント社会の到来』他

2019.03.20 Wednesday

+++vol.065 2018年11月13日配信号+++

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
■2 陣内が先週読んだ本 
期間:2018年10月21日〜11月10日
::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::

先週私が読んだ本(読み終わった本)を紹介していきます。
一週間に一冊も本を読まない、
ということは、病気で文字が読めなかった数ヶ月を除くと、
ここ数年あまり記憶にないですから、
このコーナーは、当メルマガの
レギュラーコーナー的にしていきたいと思っています。
何も読まなかった、という週は、、、
まぁ、そのとき考えます笑。

ただ紹介するのも面白みがないので、
twitterに準じて、
140文字で「ブリーフィング」します。
「超要約」ですね。
(どうしても140字を超えちゃうこともあります。
 140文字はあくまで「努力目標」と捉えてください笑。)

忙しい皆さんになり代わって、
私が読んだ本の内容を圧縮して紹介できればと思います。
ここで紹介した本や著者、テーマなどについて、
Q&Aコーナーにて質問くださったりしたら、
とても嬉しいです。



●脳科学からみた「祈り」

読了した日:2018年10月24日
読んだ方法:けいちゃんに借りる

著者:中野信子
出版年:2011年
出版社:潮出版社

リンク:
http://amzn.asia/iX94X08

▼140文字ブリーフィング:

義理の母から借りました。
潮出出版って、創価学会系の出版社だというのを初めて知りました。
私は学会員ではありませんが、
だからといってその出版社のものを禁忌するわけでもありません。
そこに書かれていることが良いか悪いかだけが問題です。
キリスト教出版社から出ているゴミみたいな本(失礼)もありますし、
仏教系の出版社から出ている素晴らしい本もあります。

これは本当に。

本書では脳科学者である著者が、
「利他的に生きることが幸福をもたらす」という、
聖書をはじめとする様々な宗教の教えが、
脳科学的にも実証されてきている、ということを論証しています。
けっこう面白かったです。
引用します。

→P70〜72 
〈人間の脳では、ほめられる、他者から良い評価をされる、
などの社会的報酬を得ると、金銭的な報酬を得たときなどと同様に、
「線条体」という、快感を生み出すのに関わる脳内の回路
――これを「報酬系」といいます――
の一部が活動することがわかったのです。

では、利他行動を取るとき、誰かから誉められなければ、
大きな快感を得ることが出来ないのでしょうか?

じつは、「他者からの良い評価」は必ずしも必要ではないのです。

人間には、人間の行動をつぶさに監視する機能を持つ
内側前頭前野の働きがあります。
これは天台大師の『摩訶止観』巻八に説かれる
「同生天(どうしょうてん)」「同名天(どうみょうてん)」
の働きを思わせるような部分で、
自分の行動をいちいちを記録したり評価したりするところです。

誰かから誉められなくても、
自分の内側前頭前野が自分の行動を「すばらしい!」と評価することにより、
非常に大きな快感がもたらされるのです。
これが、いわゆる「社会脳」と呼ばれたりする機能の一つです。

つまり、心の底から人々の幸福を願っての利他行動なら、
たとえ誰にも誉められなくてお、
そんなことでは幸福感はまったく揺らがないのです。
見返りなど必要ないくらい、大きな快感があるのが利他行動です。
そして自ら進んでやろうとする利他行動こそ、
最も大きく、持続的な幸福感に結びつくのです。〉


、、、本当の「利他行動」は、
「承認欲求」と結びついていません。
利他的に行動した結果、相手が感謝しなかったので腹が立った、
というのは実は「利己的行動」です。
イエスが「施しをするときに自分の前で鐘を鳴らす人は、
すでに報いを受けている」と言っているのはこのことです。
承認欲求を満たすために「表面上の利他的行動」をしても、
脳はそのことを知っていますから「本当の報酬」は得られない。

人間の脳は、
「感謝や評価をされなくても、利他行動それ自体を報酬として受け取る」
ように出来ているので、
誰も見ていなくても、誰からも評価されなくても、
他者の幸せを願って行動したときに、
本当の幸福をもたらすように出来ています。
イエスが「施しをするときは隠れたところでするように」
と言われたのはこういうわけです。
「そうすると、隠れたところでみている、
 天の父が報いて下さる。」

愛したことの報いは、
愛したことそれ自体なのです。
(1,243文字)



●筋トレビジネスエリートがやっている最強の食べ方

読了した日:2018年10月25日
読んだ方法:Amazonプライムリーディング

著者:テストステロン
出版年2017年
出版社:KADOKAWA

リンク:
http://amzn.asia/d/49i244j

▼140文字ブリーフィング:

『人生の99.9%の問題は筋トレで解決する』
を書いたテストステロン氏、、、
もとい「尊師」による、
栄養学の本です。
*注:「尊師」はギャグですからね、ギャグ。

筋トレやってる人って、
栄養学とかにめちゃくちゃ詳しくなります。
それもそのはずで、
筋トレって言うのは、ダンベル持ってる時間は、
全体の3分の1の重要性しかないからです。
残り3分の1は食事(栄養)で、
もう3分の1は休息です。

こんな「スポーツ」は他にありません。
尊師はこの本で「マクロ管理法」という、
栄養管理法を解説しています。
私もそろそろ採り入れようかと思っているところです。
引用します。

→位置No.514 
〈マクロ栄養素を算出するために覚えることは次の3つだけだ。
1.タンパク質は体重の数値の2倍
2.脂質は総カロリーの25%
3.炭水化物は総カロリーからタンパク質と脂質のカロリー数を引いたもの
 
先ほどの「170cm、60kg、35歳、アクティブ度高め、
1日の消費カロリーが2574kcalの人」の場合、
減量を目的としたとき、1日の総カロリーは2059kcalになる。
この2059kcalをベースに、1日に摂取すべき栄養素を考えてみよう。

・P(タンパク質)の摂取量
タンパク質(P)は、体重の数値の2倍(体重が60kgの場合は60gの2倍と換算)
 ↓
必要なタンパク質は60×2=120g
 ↓
タンパク質1gは4kcal
 ↓
120×4=480kcal

・F(脂質)の摂取量
脂質(F)は、総摂取カロリー25%
 ↓
2059kcal×0.25=515kcal
 ↓
脂質は1gで9kcal
 ↓
515÷9=57g

・C(炭水化物)の摂取量
タンパク質(P)と脂質(F)を除いた残りのカロリー
 ↓
2059kcal−480kcal(タンパク質)−515kcal(脂質)=1064kcal
 ↓
炭水化物1gは4kcal
 ↓
1064kcal÷4=266g

まとめると、1日に摂取すべきマクロ栄養素は、
・タンパク質(P)120g
・脂質(F)57g
・炭水化物(C)266g
となる。〉


、、、めちゃシンプルです。
「摂取カロリーが消費カロリーを下回る」以外の、
「痩せる方法」はすべてデマだと考えて間違いがありません。

本当に。

なぜか?

物理学の熱力学第二法則に逆らうからです。
「●●さえ食べれば痩せる」というのは、
聞く前から嘘だと思って聞きましょう。
ちなみに今私はバルクアップを目指していますので、
摂取カロリーが消費カロリーを少し上回るように生活しています。
4月から数えて、6キロほど体重を増やしました。
着れていた服が着られなくなるという悩みが出てきました。
(1,046文字)



●組織の掟


読了した日:2018年10月31日
読んだ方法:図書館で借りる

著者:佐藤優
出版年:2016年
出版社:新潮新書

リンク:
http://amzn.asia/d/hEE077A

▼140文字ブリーフィング:

佐藤優氏は今はベストセラー作家ですが、
もともとは「組織人」です。
外務省という典型的な日本型の組織で働いていた著者の視点は、
「組織というジャングルを生き抜くサバイバル術」として面白いです。
組織は魑魅魍魎が跋扈する世界です。
組織は常に責任を回避し、
組織を護るために個人を切るという本能があります。
そのなかで組織に属しながら、
どのように個人の自己実現を果たすのか?
組織の愚痴を言うだけの人は無能の証です。
組織の理論と個人の理論、
この複雑な連立方程式を解くしたたかさが必要なのです。
(237文字)



●人物叢書 津田梅子

読了した日:2018年10月31日
読んだ方法:

著者:山崎孝子
出版年:1962年
出版社:吉川弘文館

リンク:
http://amzn.asia/d/34QwDIX

▼140文字ブリーフィング:

同じ教会に、岡田聡さんという、
素晴らしい信仰者そして起業家の方がいます。
彼は戸田市に住んでいまして、
私が戸田で仕事があったりすると、
夕食をご一緒して2、3時間ぐらい語り合います。
前回語り合ったとき、何かの拍子に明治〜大正の時代に、
国に影響を与えたキリスト者たちの話になりました。
内村鑑三、新渡戸稲造、新島襄などなど。
私は去年、自由学園の創立者、羽仁もと子の伝記を読んで、
感銘を受けていたのですが、
そのとき岡田さんの口からでた津田梅子に関しては、
まったく知識がなかった。
なので、さしあたり伝記的な本書を読みました。
めちゃ面白かったです。

まぎれもなく明治初期というのは日本にとって、
「激動の時代」でした。
あらゆる価値体系が揺さぶられ、
あらゆる前提が覆った。
そう、現代がちょうどそうであるように。

面白いことにあの激動の時代というのは、
日本に「私塾」がたくさん出来た時期でもあります。
そもそも明治を作ったのは「松下村塾」という私塾ですし。
明治初期には福沢諭吉の慶應義塾を筆頭に、
たくさんの私塾が出来たわけです。
それだけ激動の時代に、「未来を担う人材を養成する」
ということは、国家だけではなしえない、
「オールジャパンの取り組み」だったということです。
津田梅子が創立した津田義塾もそのひとつです。
日本初の「女性留学生」だった彼女は、
もともと公的機関で英語を教えていましたが、
それは彼女が考える未来の人材を育成するには、
どうも不十分だと思った。
彼女は「自分サイズの教育」が必要だと考え、
私塾創立にいたります。

実は私自身も、個人的なライフワークと言いますか、
人生のテーマのひとつとして「私塾」というキーワードを持っています。
このメルマガもその一環と捉えられなくもない。
私にとって津田梅子の生き方、
その「自分サイズの教育機関を作ること」に対する姿勢。
徹底して名声やブランドよりも「実」を取る姿勢などが、
非常に参考になると同時に励ましを与えてくれました。

→P185〜197 
(開塾の挨拶より)、
「わたくしが十数年来教育に関係いたしております間に、
深く感じたことが二つ三つあります。
第一は本当の教育は立派な校舎や設備がなくても
出来るものであるということであります。
よい教室や書物、その他の設備も
出来るならば完全にしなければなりませんが、
真の教育には物質の設備以上にもっと大切なものがあると思います。
それは一口に言えば、教師の資格と熱心と、
それに学生の研究心とであります。
こういう精神的の準備さえ出来ておりますならば、
物質的の設備が欠けていましょうとも、
真の教育はできるものである、と私は考えております。」
 (中略)
来賓の祝辞もなく、新入生の言葉もなく、
いわゆる開校式らしい華やかさはどこにもなく、
まことに素朴な開校風景であった。
従ってこの日のことは、「塾日誌」に記された
わずか二行のことば意外に実証的な記録は何も残っていない。
一葉の記念写真もないのである。
梅子が私塾創設の志を抱いてから
十年の月日が流れた後の出発点としては、
むしろあっけないといいたいほどであろう。
資金を集め、設備を整え、華やかに宣伝を展開し、開校することも、
梅子の経歴と力を持ってしては不可能ではなかったであろう。
しかし、梅子はこうしたことを一切退けた。
十年間かかって考え、準備し、決意したことは、
虚飾・虚栄・虚名その他すべて真実ならざるものを
振り捨てると言うことではなかったであろうか。
 (中略)
一番町の塾は「女子英学塾」の看板は掲げていたものの、
もとより普通の住居である。
学校らしい設備は何一つもっていなかった。
この塾において教師も生徒も貧しさ不自由さを共に分かちつつ、
ゆたかな学生生活を営んでいた。
名よりも実をとった梅子の第一歩はこのようにして、
大地を踏みしめたのである。〉


、、、津田梅子が一軒家を借りて始めた「女子英学塾」は、
現在「津田義塾大学」として知られています。
なんとこの大学、
私が現在住んでいる隣町の小平市にあるじゃないですか。
自転車で行ける距離です。
機会があったら訪れたいと思いました。
(1,667文字)


▼参考リンク:岡田さんの会社「シードコンサルティング」
https://seed-consulting.jp/



●絶唱

2018年11月5日読了
読んだ方法:図書館で借りる

著者:湊かなえ
出版年:2014年
出版社:新潮社

リンク:
http://amzn.asia/d/2PbRhx8

▼140文字ブリーフィング:

先週、『ユートピア』を読んで、
やっぱり湊かなえは面白いなぁ、
と思いこちらも手に取りました。
こちらは4章からなるオムニバス短編が、
パズルのピースのようにつながる、湊かなえお得意の手法です。
ただ、全体のトーンはかなり異質です。
それはおそらく、阪神淡路大震災に関する、
作者自身のトラウマの吐露が含まれているからでしょう。
あるパートに関しては著者の実体験にかなり近いそうですから。
これが書き上げられたのは2011年の東日本大震災を跨ぐころですから、
彼女ほどの文才をもってしても、95年の阪神淡路大震災という、
心の傷を物語にするのに、15年以上かかった、ということなのでしょう。
人間の心というのは複雑であり機械とは違いますので、
たとえば東日本大震災の「総括」なんて、簡単にできるものではありません。
私も「死ぬまでに言語化できたらいいかな」ぐらいに考えています。
(375文字)



●フリーエージェント社会の到来 組織に雇われない新しい働き方

読了した日:2018年11月7日
読んだ方法:図書館で借りる

著者:ダニエル・ピンク
出版年:2014年
出版社:ダイヤモンド社

リンク:
http://amzn.asia/d/8NvqiVy

▼140文字ブリーフィング:

7月にメルマガで、『モチベーション3.0』
という本を紹介しました。
覚えている方もいらっしゃるかもしれません。
『モチベーション3.0』の著者ダニエル・ピンクを、
一躍有名にした「出世作」です。

彼はもともと、クリントン政権時代に、
ワシントンDCで大統領のスピーチライターをしていました。
ところがその「組織の中でガチガチに働く」ことに、
ある日過労で吐き気に襲われたことで気がつきます。

彼は速やかに組織を去り、
自宅のガレージで「フリーエージェント」として働き始めます。
ワシントンDCというのは日本でいうと「永田町・霞ヶ関」ですから、
官僚や政治家とのコネクションを彼は持っていました。
彼はそのコネクションを使い、国勢調査の責任者に面会にいきます。
現代のアメリカの国勢調査は、
3000万人いるといわれるフリーエージェントを、
そもそも最初から前提としていないため、
実情を反映していないのではないか、
ということを提言するためでした。
責任者は彼にこう言います。
「あなたの言ってることは最もなのだけど、
 まぁ、察してくれや」

巨大な官僚組織というのはどこの国でも硬直化する運命にありますから、
社会の変化に追いつけないのです。
彼は「じゃあ分かった。俺が調査します。」
といって、自家用車に乗り、全米を横断して、
何百人というフリーランスで働く人々に、
インタビューをして実地調査をします。
そうして書かれたのが本書です。

私も事実上、フリーランスとしてかれこれ10年ぐらい活動してますから、
かなり勇気づけられ、かなり「これでいいんだ」という確信を深め、
かなりヒントを貰いました。

本書が英語で書かれたのは2001年ですが、
和訳されたのは2014年です。
この13年の開きが、アメリカと日本の変化のスピードの開きです。
(そしてもしかしたら、
 00年代に日本経済がアメリカに水を空けられた原因とも、
 どこかでつながっているかもしれません。)

本書執筆当時「アメリカには3300万人のフリーランサーがいる」
と著者は言っていますから、
現在ではさらに膨れあがっているのは間違いありません。
著者は、フリーエージェントが登場した4つの背景を指摘していますが、
これは言うまでもなく、日本社会にも押し寄せている変化です。

→P62〜63 
〈経済の子ども時代の終焉、小型で安価な生産手段の登場、
経済の繁栄、組織の短命化。この4つの材料を混ぜ合わせて、
10年間かけて調理して生まれたのが、
3300万人のフリーエージェントたちなのだ。
 (中略)
フリーエージェントという働き方が登場した背景には、
4つの重要な変化があった。

1.従来の労使間の社会的契約、
すなわち従業員が忠誠心と引き換えに
会社から安定を保障して貰うという関係が崩壊した。

2.生産手段(富を生み出すのに必要な道具)が
小型で安価になって個人で所有できるようになり、操作も簡単になった。

3.繁栄が社会の広い層に行き渡り、しかも長期間続いている結果、
生活の糧を稼ぐことだけが仕事の目的ではなくなり、
人々は仕事にやりがいを求めるようになった。

4.組織の寿命が短くなり、
人々は勤め先の組織より長く生きるようになった。〉

著者が指摘しているのは、
「大きな組織に個人が自由を差し出し、
 それと引き換えに安定と報酬を得る」
という働き方のスタイルは、巨視的に歴史を見た場合、
19世紀から20世紀だけの一時的な現象だということです。

なぜか。

製造業が主軸産業だと「規模の経済」が働くからそうなるのです。
18世紀には靴職人、画家、大工、船乗り、農家、、、
全員、フリーランサーだったのです。
21世紀にはそれが元に戻るだけだ、と著者は言います。

私は10年間フリーランサー的に働いています。
めちゃくちゃ大変な部分もあります。
巨大組織に属するというのは、「30年後の給料が計算できる」
ということですから。
フリーランサーは、明日の収入の保障もありません。

しかし、その「保障」ってなんなんでしょう?
とも思います。
新約聖書のヤコブ書には「来年あそこで商売しよう」
と計画している人に、警告がなされています。
「あなたたちは明日生きてるかどうかすら、
 自分で計画できないじゃないか。」と。
これは現代の「組織に属していれば将来安泰」と考える人にも、
当てはまる警告です。

フリーランサーに「保障」はなく、「庇護」もありません。
スパイダーマンの名言を借りれば、
「大きな自由には大きな責任が伴う」のです。
しかし、10年やってみて私が確信しているのは、
この「大きな自由」はその大変さに見合う報酬がある、
ということです。

それは、
「私は今、自分にしか出来ない仕事を、
自分に与えられた能力を使って、
社会のために還元し、神の栄光のために働けている」
という圧倒的な充実感と、
そして、地獄の通勤時間がないことで、
家族との時間をたくさん過ごせること。
子育てにいつでも協力できること。
「定年後の不安」がないこと。
だって、もう私は「早めの定年(退職金・年金なし)」を、
すでに10年前にスタートさせているのですから。
組織を辞めると地獄ですが、
地獄の先には大きな祝福がまっています。
(あくまで個人的な体験なので、
 一般化するつもりはさらさらありません。
 結局のところ、それぞれの人生というものは、
 その人が選択するしかないのですから。)
(2,063文字)



●思考する言語(上) 「ことばの意味」から人間性に迫る

読了した日:2018年11月7日
読んだ方法:図書館で借りる

著者:スティーブン・ピンカー
出版年:2009年
出版社:NHKブックス

リンク:
http://amzn.asia/d/2H8tTdG

▼140文字ブリーフィング:

やばい。文字数が足りなくなってきました。
こちらは、「人間の本性を考える」の著者、
スティーブン・ピンカーの、「言語」に関する本です。
かなり難しかったです。
というのも著者は英語の動詞を研究している人で、
「動詞」と「脳の働き」にはどんな関係があるか、
ということを綿密に考察するというのが本書の内容ですから。
日本語ですら難しいことを、英語でやられるとかなりキツイ。
今年面白かった本ベスト10に必ずランクインする、
『中動態の世界』で書かれていたことにかなり近いと思いました。
(232文字)



●なぜ世界は存在しないのか

読了した日:2018年11月7日
読んだ方法:柳沢美登里さんに借りる

著者:マルクス・ガブリエル
出版年:2018年
出版社:講談社新書メチエ

リンク:
http://amzn.asia/d/d1syJYu

▼140文字ブリーフィング:

こちらは、FVIの柳沢美登里が読んで、
面白いよ、とお勧めされていた本です。
図書館で予約が100人待ちぐらいだったので、
柳沢さんからお借りしました。
「存在するとは何か」という哲学分野における、
現代の卓越した哲学者がどう考えているか、
ということが分かる面白い本です。

一般向けに書かれているとは言え、内容はかなり難しい。
なるべくかみ砕いて言えばこうなります。
「科学的な唯物論」という実在論が今日の世界では支配的です。
目に見える世界だけがすべてだ、ということですね。
人間というのは結局のところ水分とアミノ酸だし、
この宇宙というのはたくさんの水素原子とヘリウム原子、
そして広大な空間、ときどき炭素がある場所だ、みたいなことです。
日本の知識人にはなぜかこれを支持する人が多いですが、
著者に依れば、この世界観は「完全に破綻」している、
というのです。

その代わりに著者が定立する実在論が、
「意味の場の存在論」というものです。
何かが存在するときそれは、
「何らかの意味の場」に立ち現れるという形でしか存在し得ない。
では、「あらゆる意味の場」を包摂するような「意味の場」はあるのか?
この問いは「世界は存在するのか?」という問いに置き換えられる。
この問いの答えが「その意味における世界は存在しない」ということです。

そうすると人間は不安になる。
だからその「世界」を「物質界」と置き換えたのが近代の、
科学的世界観であると著者は看破します。
しかし、「すべての意味の場を包摂する世界」を人間が作るとき、
それは例外なく偶像崇拝の一形態となる。
だから近代の科学的唯物主義は、
外観は近代的だが、その実は古代の偶像崇拝に似ているのだ、
というのです。

面白いでしょ。

本書の結論部分を引用します。

→P292〜293 
〈意味の場の存在論が、
ハイデガーの有名な表現を借りて言えば
「存在の意味」とは何かという問いに対する、わたし自身の答えです。
存在の意味、つまり「存在」という表現によって指し示されているものとは、
意味それ自体に他なりません。

このことは、世界は存在しないと言うことのうちに示されています。
世界が存在しないことが、意味の炸裂を引き起こすからです。
いかなるものも、何らかの意味の場に現象するからこそ存在する。
そのさい、すべてを包摂する意味の場が存在し得ない以上、
限りなく数多くの意味の場が存在するほかない、というわけです。
それらの意味の場は、互いに連関を為して一個の全体を形作ったりはしません。
もしそうなら、世界が存在することになってしまいます。
さまざまな意味の場が為す連関は、じっさい、
わたしたちによって観察されたり引き起こされたりしますが、
それ自体、つねに新たな意味の場のなかにしかあり得ません。
わたしたちは、意味から逃れることは出来ません。
意味は、いわばわたしたちの運命に他なりません。
この運命は、わたしたち人間にだけでなく、
まさに存在するいっさいのものに降りかかってくるのです。

人生の意味に対する答えは、意味それ自体の中にあります。
わたしたちが認識したり変化させたりすることの出来る意味が、
尽きることなく存在ししている
――このこと自体が、すでに意味に他なりません。
ポイントをはっきりさせて言えば、
人生の意味とは、生きるということに他なりません。
つまり、尽きることのない意味に取り組み続けるということです。〉
(1,377文字)



▼▼▼リコメンド本「今週の一冊」▼▼▼

ご紹介した本の中から、
「いちばんオススメだったのは?」という基準でリコメンドします。
「いちばん優れていた本」というよりも、
「いちばんインパクトの大きかった本」という選考基準です。
皆さんの書籍選びの参考にしていただけたら幸いです。


▼今週の一冊:『フリーエージェント社会の到来』

コメント:

これは面白かったです。
日本も近未来に必ず、
「フリーエージェント社会」に近づくでしょう。
それはAI、3Dプリンタ、インターネットとグローバリズムにより、
二次産業的な「規模の経済」が成り立たなくなること、
そして労働集約的なホワイトカラーの機能がなくなることにより、
社会が「フリーランサーの集合体」として形成されたほうが、
競争力を持てるからです。

マルクスは「生産手段の独占による労働の疎外」を説き、
「生産手段を資本家から労働者に取り戻す」ために、
全世界に連帯を呼びかけました。
ダニエル・ピンクは現代を「デジタルマルクス主義」と呼んでいます。
つまり、ムーアの法則により小さく安くなったPC、
インターネット環境の整備、シェアエコノミーの浸透など、
社会インフラの変革により、
「生産手段が労働者の手に取り返されている」のだと。

人気ユーチューバーのHIKAKINを考えて下さい。
20年前なら彼がひとりでやっている、
動画の撮影、編集、アップロード、配信などは、
大手テレビ局と総務省と広告企業と書店とビデオ屋さんと、、
という企業複合体にしかその「生産手段」がなかったのですが、
彼はいまひとりでそれをやっています。
「生産手段」はフリーランサーの手に取り戻されたのです。

その結果訪れるフリーランスの世界というものは、
HIKAKINを観れば分かるように、
決して「お花畑」ではありません。
私も実感していますが、むしろ雇用されて働くよりも、
何倍も厳しく辛い側面もあります。
何より日々は「不安定」の連続です。

しかし10年間フリーランスとして活動をして、
最近強く思うのです。
「終わりなき不安定の積み重ね」こそが、
振り返ったときに「安定」と呼べるのではないか、と。
それは「瞬間において不安定な自転車」が、
500キロ走り終えたとき、
ずっと安定していた、と呼べるのと同じです。
これを「動的安定」と言います。
逆に大企業や自治体など大きな組織に雇われて得られる安定は、
「静的安定」です。
東京都庁のような大きなビルが、
20年立ちつづけていて、
今後50年もおそらく立ち続けるだろう、
という種類の安定。

どちらが本当の安定なのか?

どちらも「本当の安定」には違いないのでしょう。
しかし両者の安定は質的に異なります。

思い出さなければならないのは現代が、
「(比喩的にも文字通りにも)巨大地震が頻繁に起きる時代」
だということです。
福島第一原発の事故を思い出して下さい。
そのような時代に、
一人でこぎ続ける自転車と、
「安全神話」によって支えられた高層ビル、
どちらが「強い」のでしょう?
「強さ」は見た目とは逆のこともあります。

どちらを選ぶのも、その人の人生ですので、
ご自由にしたらいいと思うのですが、
実は現代というのは、
「東京都庁的な安定」というものが、
本当に盤石な安定なのかどうか、
問われている時代なのは間違いありません。



▼▼▼部門賞▼▼▼

ご紹介した書籍の中から、
陣内の独断と偏見で、
「○○賞」という形で、
特筆すべき本をピックアップします。
こちらも何かのご参考にしてくだされば幸いです。

▼「久しぶりに哲学に浸ったで賞」:
『なぜ世界は存在しないのか』

コメント:

「実在とは何か」ということを、
数百ページにわたって延々と語る、
という本書。
いかにもドイツ人らしい「シワの深い議論」が、
延々と続きます。
冬のドイツで、暖炉を囲みながら、
静かにこんなことを対話したら、
本当に豊かな時間だろうなぁ、
と思います。

人間の性格を、国民性でタイプ分けする、
みたいな性格診断を私は観たことがありませんが、
作ったら面白いかも、とときどき思います。

・ブラジルのダンサータイプ、とか、
・アメリカの田舎のおじさんタイプ、とか、
・ニューヨークの女優志望の野心家タイプ、とか、
・韓国の情熱的なオムニタイプ、とか、
・日本の生真面目サラリーマンタイプ、とか、
・ロシアの筋肉ウォッカマッチョ野郎、とか、
・イタリアの陽気な店主タイプ、とか、
・フランスの愛想悪い官僚タイプ、とか、
・イギリスのスノッブな貴族気取りタイプ、とかね。

私はそんな性格診断があったら、
「ドイツの哲学者タイプ」だと自分で思います。



陣内が先週読んだ本 2018年10月7日〜20日 『子育ての大誤解』(上)(下)など

2019.02.27 Wednesday

+++vol.062 2018年10月23日配信号+++

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
■2 陣内が先週読んだ本 
期間:2018年 10月第二〜三週 10月7日〜20日
::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::

先週私が読んだ本(読み終わった本)を紹介していきます。
一週間に一冊も本を読まない、
ということは、病気で文字が読めなかった数ヶ月を除くと、
ここ数年あまり記憶にないですから、
このコーナーは、当メルマガの
レギュラーコーナー的にしていきたいと思っています。
何も読まなかった、という週は、、、
まぁ、そのとき考えます笑。

ただ紹介するのも面白みがないので、
twitterに準じて、
140文字で「ブリーフィング」します。
「超要約」ですね。
(どうしても140字を超えちゃうこともあります。
 140文字はあくまで「努力目標」と捉えてください笑。)

忙しい皆さんになり代わって、
私が読んだ本の内容を圧縮して紹介できればと思います。
ここで紹介した本や著者、テーマなどについて、
Q&Aコーナーにて質問くださったりしたら、
とても嬉しいです。



●ユダヤ人の贈り物 文明をつくりだした砂漠の遊牧民

読了した日:2018年10月12日
読んだ方法:図書館で借りる

著者:トマス・ケイヒル
出版年:1999年
出版社:青土社

リンク:
http://amzn.asia/d/2L2xBHa

▼140文字ブリーフィング:

この本は、先日タイのチェンマイに行き、
Disciple Nations Allianceのアジアフォーラムに参加したとき、
創始者のひとりダロー・ミラー師が、
基調講演的な分かち合いのなかで引用していて興味を持ちました。
「西洋の思考の枠組み」は、ユダヤ人が作った、
ということを論証している本です。

「西洋の思考の枠組み」とはとりもなおさず、
近代以降の日本の思考の枠組みのことでもあります。
民主主義、資本主義、法治主義、契約の概念など、
近代社会の制度を利用しているという意味で、
日本人もまた西洋人の、
「無意識の思想的奴隷(by ジョン・メイナード・ケインズ)」
なのです。
その西洋人がユダヤ人の
「無意識の思想的奴隷」だよ、
と言っているのがこの本です。

一箇所だけ引用します。

→P260〜261 
〈ユダヤ人はまったく新しい「語彙」をつくった。
まったく新しい「心の伽藍」、
これまでになかった認識と感情の内面風景である。
長い世紀にわたる痛みと受苦を経て、
彼らは唯一の神を信ずるに至る。

この唯一神は宇宙の創造主で、
その意味は神のあらゆる被創造物の土台を形成し、
人間の歴史に介入してその目的を成就しようとする。
この独特の信仰――「一神教」――により、
ユダヤ人は「大いなる全体」を世に提示した。

それは理に適った宇宙観で、他の宇宙観より明らかに優れている。
それゆえ、様々な矛盾を伴う多神教を完全に圧倒した。
ユダヤ人は西欧の良心を世に提示した。
唯一であるこの神は、外面の見せかけの神ではなく、
良心の「静かで小さな声」である。
憐れみの神、「そこにある」神、
特に「自らにかたどって」造った人間を中心に、
被創造物の各自を思いやり、
同じ事を行うように人間にも求める神である。
 (中略)
ユダヤ人は「外面」と「内面」を世に提示した。
私たちの外部に対する見方と私たちの心の中の生き方である。
私たちは、ユダヤ人であることなしでは、
朝起きることも通りを横切ることも出来ない。
私たちはユダヤ人の夢を見、ユダヤ人の希望を希望する。
私たちの最良の語彙の大部分
――たとえば、新しい、冒険、
おどろき、独自の、個人の、人柄、使命、
時間、歴史、未来、進歩、精神、
信仰、希望、正義――はユダヤ人の贈り物である。〉


、、、創世記12章で、
ウルの地にいたアブラムに、
神が「旅に出よ」と呼びかけ、
アブラムが、どこへ行くのかさえ分からないまま、
その声に応答したとき、「人類史は変わった」
と著者は言います。

創世記12章以前、
人類にとって「時間」「歴史」とは、
「無目的で無意味な永遠の繰り返しのループ」でした。
アブラハムの応答以降、
歴史はゴールのない反復であることをやめ、
人間の人生は運命によって決定されている現象であることをやめました。
歴史には目的があり、人生には意味があり、
そして人は自らの将来を変えることができる、
という、「歴史観・人間観」が生まれたのです。

近代科学や民主主義や資本主義は、
この「歴史観・人間観」がなければ生まれ得なかった、
と断言できます。
自覚しようとそうでなかろうと、
私たちは「無意識のユダヤ人」なわけです。
これを踏まえるとき、
神がアブラハムに「あなたの名は祝福となる」
と言われたのは、決して大げさではなかった、
ということがおわかりいただけると思います。
(1,344文字)




●ユートピア

読了した日:2018年10月14日
読んだ方法:図書館で借りる

著者:湊かなえ
出版年:2018年
出版社:集英社文庫

リンク:
https://amzn.to/2A6VNnE

▼140文字ブリーフィング:

湊かなえの小説は、ときどき読みたくなります。
読書ログを調べると、過去3年間で8冊読んでました。
やはり最高傑作は映画化もされた「告白」ですね。
これは映画もスゴイです。
映画のほうがスゴイかもしれない。
今Amazonプライムで見られますから、
興味ある方は是非。

湊かなえの魅力は、
「(特に女性同士の)エゴとエゴの殴り合い」
みたいなものを、リアルに描写出来るところですね。
例えばタワーマンションのセレブママ友同士の、
「ママカースト」の在り方、
そこにある「マウンティング」や、
権力のしのぎあいを描かせたりしたら、
もうヒリヒリするような描写をするわけです。
絶対近寄りたくないですが、怖いもの見たさで、
読み始めると止まらなくなります。
これは小説を読むというより、
総合格闘技を観戦する気持ちに近いですね。
「怖いけど見ちゃう」っていう笑。
(359文字)




●子育ての大誤解(上) 〜重要なのは親じゃない〜

読了した日:2018年10月9日
読んだ方法:図書館で借りる

著者:ジュディス・リッチ・ハリス
出版年:2017年
出版社:早川書房

リンク:
http://amzn.asia/d/4HvFJ1M

▼140文字ブリーフィング:

この本は面白すぎて、上下巻、一気に読んでしまいました。
べらぼうに面白かったのですが、
多分まだ上手に説明できません。
なぜならこの本は、
私たち近代社会に暮らす人間にとって、
当たり前に染みついている価値観である、
「親の育て方が子どもの運命を決める」
という前提自体に疑問を投げかける「問題作」だからです。

著者は親の育て方が子どもの将来を決める、
という「子育て神話」という洗脳を解こうとしているのです。
結果だけを申し上げるなら、
私自身は大いに説得され、
かなり「子育て神話」が「神話」に過ぎず、
根拠薄弱なものであると理解するようになりました。
さしあたり「とびら」にある、
ジブラーンの詩を引用します。

→P5 
〈あなたの子は、あなたの子ではなく、
大いなる生命(いのち)の希求(あこがれ)の息子であり、娘である。
あなたを経て現れてきても、あなたから生まれたのではない。
あなたとともにいても、あなたに属するものではない。
あなたの愛を与えることはできても、
あなたの考えを与えることはできない。
子どもは自らの考えを持つのだから。
その身体(からだ)を住まわすことはあっても、
その魂(こころ)までも住まわすことはできない。
子どもの魂は、あなたが夢にも訪れることのできない、
明日の館に住んでいるのだから。
子どもらのようになろうと努めるのはいいとしても、
子どもらをあなたのようにしようとしてはならない。
生は後ろには歩まず、昨日を待つことはないのだから。

――ジブラーン(小林薫訳『プロフェット(預言者)』ごま書房)〉
(640文字)



●子育ての大誤解(下) 〜重要なのは親じゃない〜

読了した日:2018年10月19日
読んだ方法:図書館で借りる

著者:ジュディス・リッチ・ハリス
出版年:2017年
出版社:早川書房

リンク:
http://amzn.asia/d/bccw2rD

▼140文字ブリーフィング:

先ほどの「上巻」では、
内容について何も説明していませんから笑、
こちらでは多少内容にも立ち入ります。
著者が「親の育て方が子どもの将来を決定する」
という子育て神話を否定し、
「では何が子どもの性格を決めるのか?」
という問いへの代替案として提唱するのが、
「集団社会化説」という著者の理論です。

簡単に言いますと、
著者が主張しているのは、
子どもは、親の育て方によってよりも、
子ども同士の付き合いによって、
より大きな影響を受け、
彼ら自身の性格を形成していく、
というものです。

この本は米国でものすごい議論を生んだそうです。
めちゃくちゃ怒る人と、
めちゃくちゃ慰められた、と絶賛する人がいた。
なぜ怒る人がいるかというと、それは、
「全人生をかけて子育てにかけてきたのに、
 それはさほど意味がないというのですか!!!」
という憤りに基づく批判です。

著者の答は、
「はい、そうです。」というものです。
「残念ながら、様々な調査研究がそう言っています。
 でもお母さん、お父さん、
 『子どもが将来賢くなって欲しいから』
 絵本を読み聞かせるのと、
 二度と戻ってこないこのいとおしい時間を子どもと過ごすために、
 絵本を読み聞かせるのでは、どちらが豊かなんでしょう?
 『子どもが将来自信に満ちあふれ有能な人材になって欲しいから』
 サッカーチームに入らせるのと、
 子どもがサッカーをするのを喜んでいるから、
 サッカーを一緒に楽しむのとでは、
 どちらが『有史以来人間が営んできた本来の子育て』
 に近いんでしょうね?
 子どもは「機械」ではないので、
 『ああすればこうなる』式には動きません。
 『ああしてもこうならない』のが子どもです。
 だとしたら、今与えられている、
 子どもとの時間を楽しみましょう。
 そして、天がその子に与えた将来を、
 あなたも楽しみに心待ちにしたら良いじゃないですか?」

著者はどのように「子育て神話」を否定し、
「集団社会化説」を支持するようになったか?
その主張の根拠は膨大な「双子の研究」から来ています。
「異なる家庭で育てられた一卵性双生児」と、
「同じ家庭で育てられた血のつながっていないきょうだい」、
どちらが「似るか」?
答は圧倒的に「前者」です。
つまり遺伝子の影響は私たちが思っている以上に強く、
子育ての影響は私たちが思っている以上に弱いのです。
さらに、様々な子どもに関する調査が、
各子どもは家庭の中と家庭の外(学校)では、
別の人格を持つかのように行動することが分かってきています。
そして、子どもの将来の性格を決定するのは後者だ、
ということも。

19世紀まで、イギリスの上流階級では、
「子育ての理想は、
 なるべく子どもと関わらないことだ」
と言われていました。
「できれば子どもと目を合わせない方が良い。」
そして6歳になるとイートン校という、
全寮制のエリート養成学校に行きます。
不思議なことに、ほとんど接触のない父子が、
そっくりの性質の大人になります。
理由が2つあります。
ひとつは遺伝子。
もうひとつが「イートン校」です。
父子は同じ学校を卒業したから、
同じような性格になったのです。
父子が似たことに関して、
「家庭内の環境」はいっさい介在していません。

著者は批判者から
「では、親は子育てに責任を持たなくて良いんですか!」
「じゃあ、虐待してもいいっていうんですか?」
などと詰め寄られることも多いそうですが、
そんなことはまったく言っていません。
親は子どもの性格に影響を及ぼせないとしても、
人生の最初の十数年を過ごす、
家庭内での時間が幸せになるかどうかについては、
親は絶大な影響を及ぼせる。
それをサボって良いなどと一言も言っていない、と。

本書の要約的一節をご紹介します。

→P303 
〈私たちの思い通りに子どもを育て上げることが出来る
という考えは幻想に過ぎない。
あきらめるべきだ。
子どもとは親が夢を描くための真っ白なキャンパスではない。

育児アドバイザーの言葉に気をもむことはない。
子どもには愛情が必要だからと子どもを愛するのではなくて、
いとおしいから愛するのだ。
彼らと共に過ごせることを楽しもう。
自分が教えられることを教えてあげれば良いのだ。
気を楽に持って。

彼らがどう育つかは、あなたの育て方を反映したものではない。
彼らを完璧な人間に育て上げることも出来なければ、
堕落させることも出来ない。
それはあなたが決めることではない。
子どもたちは「明日の館」に住んでいるのだから。〉


、、、さらに、本書の最後の一文に、
すべてが込められています。
これが先ほど、「大いに慰められる人も多い」
と言った理由です。


→P325 
〈あなたに悪いところがあるとしても、
決してそれを親のせいにしてはならない。〉


「子育て神話」を放棄しますと、
これまで「自分が不幸なのは親のせいだ」
と思ってきた人は拠り所を失います。
しかし、そんなものは失うべきなのです。
だってその「杖」がある以上、
永遠にその人は前進できませんから。
ビートたけしは、「30過ぎて親を許せない奴はバカ」
と言っています。
また、
「私の育て方が悪かったから子どもが不幸になっている」
と自分を責め続ける親には、慰めを与えます。
子どもの人生はあなたのせいではありません。
だって、子どもはあなたのものではないのですから。
(2,015文字)




●とんねるずと『めちゃイケ』の終わり 〈ポスト平成〉のテレビバラエティ論

読了した日:2018年10月16日
読んだ方法:

著者:ラリー遠田
出版年:2018年
出版社:イースト新書

リンク:
http://amzn.asia/d/1k5I3e7

▼140文字ブリーフィング:

結構面白かったです。
現代のテレビの状況を語ることで、
時代そのものを語ることに成功している。
目次を掲載します。

第一章 なぜ『みなさん』『めちゃイケ』の時代は終わったのか
第二章 なぜ、フジテレビは低迷しているのか
第三章 なぜ、ダウンタウンはひとり勝ちしているのか
第四章 なぜ、『アメトーーク!』『ゴッドタン』『水ダウ』はウケているのか
第五章 なぜ、視聴者は有吉とマツコから目を離せないのか
第六章 なぜ、大物芸人はネットで番組を始めるのか


、、、著者は、今の時代、
「めちゃイケ」や「みなさん」のような、
「王道バラエティ番組」が衰退し、
時事問題についてタレントがコメントする、
「情報バラエティ番組」が増える理由を、こう説明しています。

→P91〜92 
〈そもそも時事問題を扱う情報番組がこれほど増えているのは、
それが手堅く視聴率を取りやすいコンテンツだからだ。
なぜ、時事問題が良いのかというと、
価値観が多様化している現在では、
人々の間に共通する関心事がニュースぐらいしかないからだ。

芸能を含む時事ネタは新聞や雑誌でも大きく扱われるし、
ウェブでも話題になりやすい。
ネット上のSNSなどでは、
世間で話題になっていることに関して、
個人が好き勝手に意見を言う。

いわば、「一億総コメンテーター化」とでも
いうべき状況になっているのだ。
情報バラエティ番組がやたらと増えているのには、
そういう背景がある。〉


、、、非常に説得力がありますね。
王道バラエティ番組の衰退と入れ替わるように、
「最強テレビスター」として台頭したのが、
マツコ・デラックスと有吉弘行です。
彼らの人気も「一億総コメンテーター化」で説明できます。

私の好きなラジオ番組「東京ポッド許可局」の、
パーソナリティのひとり、マキタスポーツは、
「一億総ツッコミ時代」という本を書いており、
そのなかで平成以降の日本は、
「西高東低」などの気圧配置の表現を借りれば、
「ツッコミ高・ボケ低」が進み続けている、と分析しています。

一億人がみんな「ツッコミ目線」なのです。
SNSの炎上、モンスターカスタマー、
クレーマー問題などを考えれば分かるかと思います。
ネットの普及に伴い、
全員が「批評的に何かを見る」ようになり、
「ツッコミ目線」になったわけです。

めちゃイケやとんねるずは「ボケ番組」です。
テレビという装置を使って、
「思い切りボケて」くれているわけです。
それを「わはは」と笑うだけの幸せな時代は終わったのだ、と。
今のテレビスターは全員「ツッコミ要素」を持ちます。
ダウンタウンは二人ともツッコミ能力があります。
上田晋也はツッコミの天才ですし、
マツコ・有吉は、テレビスターでありながら、
テレビの中からテレビ自体を批判する、
という革命的な手法を確立した二人です。

、、、ここまでが現状分析。

では、テレビの未来はどうなるのか?
私は正直あんまり興味がないので笑、
興味ある人は本書を読んで下さい。
私が興味があるのはむしろ、
マキタスポーツが指摘している、
「ツッコミ高社会」のほうです。
マキタスポーツは、「ツッコミは楽だ」と言います。
SNSで他人の揚げ足を取っている人を考えれば分かります。
(注:上田晋也や有吉のやってるそれは、
 一般人のツッコミとは次元が違いますので、
 あれは「楽」ではありません。
 彼らの技術は国宝職人やトップアスリートのそれです。)

対して「ボケ」は楽じゃない。
社会における「ボケ」とは何か。
自分が自ら何かに没頭し、ガムシャラにやることです。

文化祭のメタファーを使うなら、
クラスが演劇を作っているのを横目に、
隅っこで固まって「音楽、センスないよね」
「よくこの暑いのに青春してられるよね」
と、冷ややかに批判を加えるのが「ツッコミ」です。
文化委員に立候補し、汗をかきながら、
みんなで1つのものを造り上げるのが「ボケ」です。

今の時代はみんな「ツッコミに引きこもり」ますから、
「ボケ」の希少価値が高まっている、
とマキタスポーツは語るわけです。
今の時代、「ボケ」は大変だし、割に合わないぞ!
だからこそ、ボケろ!!!
というのがマキタスポーツの熱いメッセージであり、
私もそう思います。

経済学の基本なのですが、
「過剰なものの価値は下がり、
 稀少なものの価値は上がり」ます。
現代の日本で過剰なのは「ツッコミ」で、
稀少なのは「ボケ」です。
みなさん、社会で重宝される人材になりたければ、
おおいに汗かいて、「ボケ」ましょう!!!
冷ややかな批判者には、
「うるせえ、バーカ」どでも返せば良いのです。
(1,829文字)




●生命の現象 ザ・ネイチャー・オブ・オーダー 建築の美学と生命の本質

読了した日:2018年10月18日
読んだ方法:図書館で借りる

著者:クリストファー・アレグザンダー
出版年:2013年
出版社:鹿島出版社

リンク:
http://amzn.asia/d/1rSTyGV

▼140文字ブリーフィング:

定価9500円、B4の電話帳サイズで500ページ弱の大著です。
重さは3キロ以上あったんじゃないかな。
いろんな意味で疲れました笑。

こんな重くて分厚い本を読んだのは、
大学の時の「獣医解剖学図説」以来かもしれません笑。
たぶんこの本って、建築学部とかの教科書として使われてます。
本来、一般の人が読むような本ではない笑。

でも、何かのきっかけでこの本の存在を知り、
大変興味を引かれたので読んでみました。
結果、めちゃくちゃ面白かったです。
疲れた甲斐があった。

一言で説明するのが非常に難しい本なのですが、
著者は「デカルト的な近代思想が建築を醜くした」
という前提から話しを進めていきます。
そして、「生命」という尺度を持つことで、
「そこにいることで人が生き生きするような」建築を目指す、
ということを提唱していくわけです。

私は以前から建築には興味がありました。
じっさい中学生のときは、
「将来の夢は建築家」って言ってましたから。
大人になってからも建築には興味があり、
安藤忠雄、隈研吾、ル・コルビュジエらの本を読んだりしました。
数年前に漫画家の井上雄彦を通して、
アントニオ・ガウディに興味を抱くようになりました。
サクラダ・ファミリアを設計した人ね。

アレグザンダー氏のこの大著の主張を、
かなり私の主観を交えて「要約」しますと、こうなります。
「コルビュジエ的な「近代建築」は世界から生命を奪い醜くした。
京都の寺やタージマハール、トプカプ宮殿などが、
並外れて美しいのはそこに「生命」があり、
それは「自然の秩序」が建築に反映されているからだ。
ガウディ的な「自然の秩序」を背景とする建築を取り戻すことが、
21世紀的な課題なのである。」

冒頭部分の二箇所を引用します。
忍耐強く読んでいただければ分かっていただけると思うのですが、
実は著者のアレグザンダー氏が言っていることは、
先週「本のカフェ・ラテ」で私が解説した、
「西洋と東洋の思想」とテーマが重なっています。
西洋人は分析的に物事を考えます。
デカルト以降それが近代の機械論的世界観を生みました。
しかし、東洋の「統合的思考」は「全体性」を志向します。
「全体性」を再獲得することこそ、
未来の建築に必要なことだ、と著者は言っているわけで、
それはとりもなおさず、東洋の再評価に他なりません。
この本に無数に出てくる建築物の写真には、
数多くの東洋の伝統的な建築物が出てきますが、
それは偶然ではありません。


→P16〜17 
〈この深い「秩序」の本質は、
単純で基本的な疑問に関わっています。
「真偽はどのように説明できるのか」。
これがデカルトによって構築された機械論的世界観と
私が本書で説明する世界観とを分ける問題なのです。

デカルトにより始まり、
20世紀の科学者に広く受け入れられた世界観の中では、
真実か偽りかはメカニズムだけでしか
説明できないものと信じられています。
20世紀の誰にとっても馴染みのある、
いわゆる「事実」という指標です。

私が示している世界観の中では、
真偽を説明できるものとして、2つ目の指標が考えられます。
それらは、「生命」「調和」「全体性」の相対的尺度、
簡単に言うと価値の指標です。
私の視点では、相対的な「全体性」に関するこれらの指標は、
いずれも事実に基づくものであり、根本的なものです。
そして機械的な指標よりもより根本的な役割を担っています。
だからこそ、私が本書で説明している「秩序」の視点によって、
私たちは世界観を変えて行かざるを得ないのです。〉


→P21 
〈「生命」と完全な「秩序」を有する建築をつくるためには、
機械論的な罠から抜け出して、
建築に目に見える形で備わっている
「生命」や「秩序」そのものに注目することが必要です。
そのような形は、新しい世界観からのみ可能であると信じています。
それは、ものごとを部分や断片として捉えるのではなく、
「全体性」の中のものとして意識的に見ることであり、
建築のような無生物であるとされるものの中にさえ、
「生命」を実際にリアルなものとして認識するというものです。

「秩序」に関するこの新しい視点から、私たちは必然的に、
どのような説明が正しいと言えるのかを見出すための
ポスト・デカルト的・非機械論的思考を発見することでしょう。
それは、「秩序」の基本的特徴を示す「調和」や「生命」、
「全体性」の相対的指標であり、
それによって潜在的な真偽を理解出来るのです。

これは、異なる「全体」同士に当てはめる「生命」の相対的指標が、
ものごとを語る上でごく当たり前で
かつ必須の方法であるという世界観を持つ、
ということを意味します。

そのような新しい「秩序」の視点は、
装飾や機能に関する考えについて新しい関係を創造することでしょう。
現在の建築における秩序の考え方では、
機能は頭で理解出来るものであり、
デカルト的機械論的基準によって分析することが出来ます。
一方、装飾は嗜好的なものであり、
知的に理解されるものではありません。
一方は厳粛で、もう一方は面白半分のようなものとされています。
それゆえ装飾と機能は、切り離されたものとなっているのです。
建築の機能面と装飾面とを
同時に私たちに見せてくれるような「秩序」の概念はありません。

私が本書で説明している「秩序」の視点は、とても異なっています。
装飾と機能に関して公平の立場を取っています。
「秩序」はおおいに機能的であり、おおいに装飾的です。
装飾の「秩序」と機能の「秩序」に違いはありません。
それらが異なるように見えるときは、
それらは単に一種類の「秩序」の
異なった一面を見ているに過ぎないということなのです。〉
(2,239文字)




●応仁の乱 戦国時代を生んだ大乱

読了した日:2018年10月19日 ほぼ飛ばし読み
読んだ方法:図書館で借りる

著者:呉座勇一
出版年:2016年
出版社:中公新書

リンク:
http://amzn.asia/d/9iP41I7

▼140文字ブリーフィング:

アメトーーク!の、「読書芸人」の回で、
たしかカズレーザーがお勧めしていて興味を持ちました。
「応仁の乱」は日本で最も有名な内戦のひとつですが、
じっさいに何が起きたのかほとんど誰も説明できない。
これを分かりやすく説明したことでこの本は注目され、
じわじわ売れ続けているんだ、というのを、
カズレーザーが熱く語っていたので、読みたくなりました。

結果、私には読みこなせませんでした(爆死)。
私は早々に理系を選択し、高校2年以降は、
リソースの8割を英語と数学に突っ込んだので、
高校レベルの歴史の知識が欠落しています。
基礎知識が欠けているので、
まだこの本は私には早かった。
まずは高校の教科書を読まねば、ということですね笑。

ただ、あとがきで著者が書いている、
応仁の乱と第一次世界大戦の類似性については、
「なるほどねー」とうなずきましたので引用します。


→P284〜286 
〈2014年は第一次世界大戦開戦から100年と言うことで、
同大戦に関する書籍・雑誌特集などが散見された。
そういったものにぱらぱらと目を通していると、
応仁の乱は第一次世界大戦と似た構図を持つのではないか、と思い至った。

第一次世界大戦は様々な要因が絡み合って生じた戦争だが、
一言で述べるならば、新興の帝国であるドイツが、
覇権国家イギリスを中心とする国際秩序に挑戦した戦争であろう。
だがサラエボ事件を受けてオーストリア支持を打ち出し、
セルビアへの開戦をうながしたドイツにしても、
セルビアを支持するロシアやフランスとの全面戦争を
最初から望んでいたわけではなく、
ましてイギリスとの激突など想定していなかった。

これは英仏露など他の列強にも言えることで、
各国の指導層は必ずしも好戦的ではなく、
むしろ誰も意図しないまま世界大戦に突入していった。
しかもすべての参加国が短期決戦を志向したにもかかわらず、
戦争は長期化し総力戦の様相を呈した。
結局、イギリス海軍の海上封鎖によって
補給路を断たれたドイツが屈服する形での終戦となったが、
勝者である英仏も甚だしく疲弊し、
ヨーロッパ世界全体の没落を招いたのである。

応仁の乱も、新興勢力たる山名氏が
覇権勢力たる細川氏を中心とした幕府秩序に
挑戦した戦争という性格を持つ。
だが山名宗全は最初から細川勝元との全面戦争を望んだわけではなく、
畠山義就(よしなり)と政長との間の局地戦である御陵合戦に軍事介入し、
義就を勝たせるという以上の目的を持っていなかった。
勝元の反撃にしても、
山名氏の打倒という積極的・攻撃的なものと言うより、
同盟者である政長を見捨てたままでは
大名としての面目を失うという危機感からやむなく報復に出た、
と見るべきである。

東西両軍は共に短期決戦を志向したが、
戦争は長期化し足軽や郷民を動員する総力戦の様相を呈した。
結局、東軍に補給路を断たれた西軍が屈服する形で終戦となったが、
東軍諸将も大きく傷つき、
鉄の結束を誇った細川一族でさえ今後は内紛を繰り返すようになる。
参戦大名たちの没落を尻目に、
いわゆる「戦国大名」が台頭してくるのである。
古今東西を問わず、人類は同じような過ちを繰り返すのかもしれない。〉
(1,288文字)



●イエス像の二千年

読了した日:2018年10月19日
読んだ方法:図書館で借りる

著者:ヤロスラフ・ペリカン
出版年:1998年
出版社:講談社学術文庫

リンク:
http://amzn.asia/d/0FT07id

▼140文字ブリーフィング:

先月、愛知で山田風音くんと話しているなかで、
会話に登場して「面白そうだ」と思ったので手に取りました。
目次のなかに、本書のユニーク性が現れています。

〈本書の性格と目的:
イエス伝でも、キリスト教史でもなく、
イエスについての神学的教理史ですらなく、
文化史の中のイエスの位置を描写している彼の様々な像の通観〉


、、、つまり、この本は、各時代が、
どのような「イエス像」をもっていたかを探ることで、
その時代(およびイエス)を知ろうという試みです。
私たちがイエスを語るということは、
私たち自身について物語っていることに他ならないのだ、
と著者は言います。


→P22 
〈この一世紀の
「きのうも今日も、また永遠に変わることのない(ヘブル書)」
という言い方は、
20世紀のアルベルト・シュヴァイツァーの言葉に
替えた方が正確ではないだろうか。

シュヴァイツァーは次のように言っている。
「それぞれの時代が、イエスのなかに自分自身の思想を見出した。
実際、それこそがイエスを生かしうる唯一の道だったのである」。
というのは、類型化して言えば、
人は「自分の性格に応じてイエスを造り上げたのである」。
そして、彼は次のように結論づけている。
「イエス伝を書くことほど、
ある人の本当の自己をあらわす史的作業はない」。〉
(530文字)




▼▼▼リコメンド本「今週の一冊」▼▼▼

ご紹介した本の中から、
「いちばんオススメだったのは?」という基準でリコメンドします。
「いちばん優れていた本」というよりも、
「いちばんインパクトの大きかった本」という選考基準です。
皆さんの書籍選びの参考にしていただけたら幸いです。


▼今週の一冊:「子育ての大誤解」(上・下)

コメント:

いろんなところで引用されているので、
前から気になっていたこの本は、
確かに「衝撃の内容」でした。
一卵性双生児のコホート研究は、
「大事なのは親の育て方ではなく子ども同士の社会」
であるという数多くの証拠を私たちに突きつけます。

子育ての「地動説」が、
「天動説」に変わるようなパラダイムシフト。

、、、では、(親として私たちは)どうするか?

「子育て神話」崩壊前後で、
じつはまったく変わりません。
子どもを愛し、子どもを躾け、
子どもに教育を施し、
子どもとの時間を楽しむのです。
ただ、神話崩壊の前後でその「動機」と、
「強迫観念および事後の強い罪責感と後悔の有無」が違います。
子育て神話に基づく親は、
「子どもが人生を有利に進めるために」
「子どもを天才にするために」そうします。

神話崩壊後は、
「子どもが可愛くて仕方ないから」
「子どもだって(将来ではなく)現在幸せになる
 権利はあるので、ひとりの人間として、
 親としてそれを邪魔する権利はないので」
そうします。

子育て神話に基づく親は、
子どもが問題を抱えたらどうしよう、
学習に遅れをとったらどうしよう、
落伍者になったらどうしよう、
という不安と恐怖を抱え、
もし自分が考えたように子どもが育たなかった場合、
強い罪責感と後悔を一生涯背負わされることになります

子育て神話崩壊後の親は、
自分はベストを尽くしたが、
子どもは自分とは違う生き物であり、
自分とは違う運命を神から与えられているので、
あとは「未来の館」に住む子どもたちを信頼して、
自分は自分の務めを果たし続ける、
という態度で安心していられます。

著者曰く「子育て神話に洗脳された西洋の教育学者」が、
インドに行き、農村の母親に、
「この子に将来どうなって欲しいですか?」
と聞いたときの応答のくだりが私は好きです。
引用します。

〈子どもにどんな人間になってもらいたいと
思っているかと聞かれた彼女は、
肩をすくめて「それはこの子の運命で、
私が望むことではありません」と答えたのである。〉



▼▼▼部門賞▼▼▼

ご紹介した書籍の中から、
陣内の独断と偏見で、
「○○賞」という形で、
特筆すべき本をピックアップします。
こちらも何かのご参考にしてくだされば幸いです。

▼「世界観変わるで賞」:「生命の現象 ザ・ネイチャー・オブ・オーダー」

コメント:

この本は私の「世界観」を変えました。
本書には膨大な数の建築や家具や器や風景の写真があり、
そのほとんどが二枚ひと組の一対になっています。
著者は読者に問い続けます。
「この2つのうち、
 どちらがより『生命』があるか?」
この質問自体が、著者の言うところの
「ポスト・デカルト的な世界観」を現しています。

この本を読み終えてからと言うもの、
街を歩いていて、あるいは電車の車窓から、
風景のなかにある建物、
あるいは雑誌の家具などのデザインを見ては、
「これは生命があるなぁ」とか、
「これは生命がないなぁ」と思うようになりました。
デカルト的機械論的な世界観から、
全体性と調和を志向する、
「生命の強弱」をめざす世界観へ。

建築はその時代の思想を反映しますので、
現在の世界で「脱・近代合理主義」が進んでいるとしますと、
22世紀の世界の風景は、
私たちが想像したものとは、
まったく別のものになるかもしれません。
無機的な直線や直角や幾何学模様は姿を消し、
生命がもつぬくもり、曲線、躍動感にあふれた構造物が、
もしかしたら世界を満たしていくかもしれません。
悪くない世の中だと思います。

陣内が先週読んだ本 9月23日〜10月6日 読んだ本なし

2019.02.13 Wednesday

+++vol.060 2018年10月9日配信号+++

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
■2 陣内が先週読んだ本 
期間:2018年 9月第四週〜10月第一週 9月23日〜10月6日
::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::

先週私が読んだ本(読み終わった本)を紹介していきます。
一週間に一冊も本を読まない、
ということは、病気で文字が読めなかった数ヶ月を除くと、
ここ数年あまり記憶にないですから、
このコーナーは、当メルマガの
レギュラーコーナー的にしていきたいと思っています。
何も読まなかった、という週は、、、
まぁ、そのとき考えます笑。

ただ紹介するのも面白みがないので、
twitterに準じて、
140文字で「ブリーフィング」します。
「超要約」ですね。
(どうしても140字を超えちゃうこともあります。
 140文字はあくまで「努力目標」と捉えてください笑。)

忙しい皆さんになり代わって、
私が読んだ本の内容を圧縮して紹介できればと思います。
ここで紹介した本や著者、テーマなどについて、
Q&Aコーナーにて質問くださったりしたら、
とても嬉しいです。


●読んだ本:なし。

出ました。

ついに。

60号にして、「先週(今回は過去二週間)」、
一冊も本を読了しなかった回が。

こういうこともあるだろうな、
とは思っていましたが、
案外早く訪れましたね。

9月最終週はタイのチェンマイにいまして、
その期間はカンファレンス参加以外の時間は、
「寝ることを最優先」させましたのでほとんど読書せず。
帰国してからの1週間(10月第一週)は、
9月後半の疲れを取るために、
やはり寝ることを最優先させましたので、
いつもの私の読書時間(夜7時〜9時半ぐらい)を、
寝ることに充てていました。

よって、今週は、読了した本は「なし」。
私は普段たいてい5冊から10冊の本を、
並行して読んでいます。
なので、だいたい1週間のうちに新しい本を5冊ほど読み始め、
読んでいた本を5冊ほど読み終える、
というのが平均的なペースだったのですが、
この2週間は本当に何も読み終わりませんでした。

でも、タイでは、
トーマス・フリードマン氏の、
「遅刻してくれて、ありがとう」という本に、
Kindleにて没入していました。
この本、上下巻からなるかなり分厚い本ですので、
読了にはもう少し時間がかかりますが、
いつかご紹介できればと思います。



▼▼▼質問、募集中▼▼▼

、、、さて。

読み終わった本がありませんので、
今回、話すことがありません笑。

なので、閑話休題ということで、
「質問募集中」のアナウンスを。
「シーズン2」が始まって2ヶ月が過ぎましたが、
「質問」がほとんど届いておりません笑。
読者の方から「Q&Aコーナーが一番面白い」
と言っていただくことが多いのですが、
いかんせん、「質問」が届かないと、
Q&Aコーナーが継続できません。

「陣内に聞いてみたいな〜」
「こんなこと今更人に聞けないよな〜」
「なんか疑問に思ってるけど、
 知り合いに聞くのは恥ずかしいんだよね〜」
と思うことがございましたら、
是非、ご質問をお寄せください。



▼▼▼ご意見、募集中▼▼▼

、、、同様に、
ご意見・ご感想もお待ちしております。
この話しは面白かった、
とか、この方向性の話しをもう少し掘り下げて欲しい、
とか、そういったご意見は
今後の執筆活動に反映されます。
ご意見・ご感想・激励をお待ちしております。



▼▼▼宣伝してね!▼▼▼

あと、当メルマガを毎週読んで下さっている方は、
どうぞお知り合いも登録を勧めていただけると感謝です。
聞いてるラジオ番組や読んでるメルマガというのは、
そもそも全体のパイが小さいので、
あまり拡がってはいきません。
その「ひっそりとやってる感」が楽しいところもあるのですが、
今後執筆を続けて行くモチベーションを維持し、
メルマガの質を向上し、
「学習する共同体の立ち上げ」という私の人生のテーマにおいて、
少しでも前進していくために、
新規の読者をコンスタントに獲得していくことが不可欠です。
多分普通に月1000円ぐらいは課金出来るであろうこのメルマガ、
何と言っても「無料」ですから、
是非、宣伝していただければありがたいです。



*いろんな人から、「何で有料にしないの?」
と繰り返し聞かれるので、
これで3回目ぐらいですが一応説明しておきます。
まず、有料にすると、読者数は今の20分の1以下になります。

これは、確実になります。

そうすると、私は毎週10名以下とかの人のために、
何万字もの文章を書くことになる。
それによって、月に得られる購読料は、
数千円です。
割に合いません。
クレジットカード決済システムの手数料のほうが、
ヘタしたら高くつくかもしれない。
完全に赤字運営になります。

ちなみにメルマガをマネタイズできるのは、
日本全国のメルマガ執筆者の0.1%ぐらいです。
なおかつ、それで生活出来る人は、
「日本で20人」に満たないはずです。

ホリエモンを考えていただければ分かるのですが、
彼は「知名度」というマスへの影響力を活用し、
メルマガを浸透させていきました。
それでも彼のメルマガ購読者はだいたい1万人ぐらいです。
(ちなみにホリエモンのメルマガ購読者数は日本トップです。)

1万人ですよ。
日本人口の1万人にひとりです。

有名人ですらその程度ですから、
有名人以外が本当にマネタイズしたければ、
「メルマガを選ぶ」時点で、
もう負けているのです。

というわけで、
私は最初から儲けることを考えていません。
このメルマガはだから、
「聖書の内容を語るラジオ放送」なんかに近いですね。
日本ではそれを聞く人の数がどうしても少ないので、
スポンサーをつけるにしても放映料に追いつきません。
だから、「こういうメッセージが社会に必要だ」と、
志を共有する人々の募金によって、
運営・維持されています。

社会の「ニッチな領域」というのはそうやって始まっていくのです。
日本で一番野球が上手かったらマネタイズは簡単ですが、
日本で一番クリケットが上手くても、
多分他者からの援助、あるいはアルバイトなしには、
生活していけません。

私が選んだ「道」は、そういう道ですので、
どうかご理解ください。
別にビジネスを舐めているとか、
そういうことではありません。
むしろ「これ、儲けれるじゃん!」
と簡単に言う人のほうが、
ビジネスをなめていると私は思います。
(気を悪くしたらすみません)



▼▼▼ボブとの会話▼▼▼

、、、さて。
せっかく読んだ本がなかったので、
閑話休題をもう一つ。

9月最終週に、私はタイのチェンマイにおりました。
そこで、「人生のメンター」の、
ボブ・モフィット師に5年ぶりに会いました。
「シュン、一週間のどこかで、
 二人で話す時間を取りたい。」
とボブから言われ、
私も「そうですね、是非そうしましょう」と答えました。
たしか3日目の昼の時間だったと思うのですが、
ボブの部屋に行き、1時間ほど話しました。

そのときボブは、
「この5年間、
 燃え尽きとそこからの回復の過程で、
 何があったのか1から10まで説明してくれないか」
と聞いてくれました。
この話しは日本語ですら説明するのが大変なので、
英語でどれだけ伝わったかは分かりませんが、
私が体験したことをそのまま話しました。

そして、回復してから私が最も強く感じていることを、
ボブに言いました。

「この5年間で、
 僕は死んでもおかしくなかった。
 今生きているのは、
 本当に、文字通り、
 いっかい死んで、
 二回目の命を与えられているように感じてるんだ。
 だから今しているすべてが『おまけ』のように感じる。
 本当は『ゼロ』だったかもしれないのに、
 毎日、毎朝、『与えられている』驚きに包まれる。
 以前は仕事や働きをするとき、
 『これが上手く行くか失敗するか』という位相で考えていたけど、
 今はちょっと違うんだよね。
 今は『上手く行こうが失敗しようが関係ない。
 神の恵みによって何かが出来ている、
 というそれ自体が成功以外の何ものでもない』
 と思うようになった。
 だから、『働けている』という大成功を、
 僕は毎日噛みしめて幸せに浸っているよ。
 今、僕は人生で一番幸せだ。」

ボブは嬉しそうに、言いました。

「・・・そうだ。
 そうなんだ!シュン!
 それが、成功なんだよ。
 成功とは、それのことなんだよ!」と。

私がボブに15年前に出会い、
彼から学んだ大切なことのひとつは、
「神に従うということの報いは、
 神に従ったということそれ自体だ」
ということであり、
「他者を愛することの報いは、
 他者を愛することが出来たという奇跡それ自体」
ということでした。

私は5年間の長い「黄泉への旅」を経て、
やっとそのことの本当の意味が分かってきたのかもしれません。
そういう、「嬉しい再会」がありました。
ボブ・モフィット師は現在79歳です。
私たちは大変離れた場所で生活していますので、
人生であと何回、彼に会えるか分かりません。
でも、彼との出会いは確実に私の人生を変えましたし、
今も変え続けています。
彼の神に従う背中は、
これまでも多くの国の若者の人生を変えてきたのでしょう。
人生は人からの影響で変わります。
私は正しい人の影響を受けたのだと再認識しました。

陣内が先週読んだ本 2018年9月9〜22日 『デジタルエコノミーはいかにして道を誤るか』他

2019.01.30 Wednesday

+++vol.058 2018年9月25日配信号+++

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
■2 陣内が先週読んだ本 
期間:2018年9月第二週〜第三週 9月9日〜22日
::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::

先週私が読んだ本(読み終わった本)を紹介していきます。
一週間に一冊も本を読まない、
ということは、病気で文字が読めなかった数ヶ月を除くと、
ここ数年あまり記憶にないですから、
このコーナーは、当メルマガの
レギュラーコーナー的にしていきたいと思っています。
何も読まなかった、という週は、、、
まぁ、そのとき考えます笑。

ただ紹介するのも面白みがないので、
twitterに準じて、
140文字で「ブリーフィング」します。
「超要約」ですね。
(どうしても140字を超えちゃうこともあります。
 140文字はあくまで「努力目標」と捉えてください笑。)

忙しい皆さんになり代わって、
私が読んだ本の内容を圧縮して紹介できればと思います。
ここで紹介した本や著者、テーマなどについて、
Q&Aコーナーにて質問くださったりしたら、
とても嬉しいです。



●筋トレは必ず人生を成功に導く

読了した日:2018年9月10日
読んだ方法:図書館で借りる

著者:テストステロン
出版年:2018年
出版社:PHP出版

リンク:
http://amzn.asia/d/dPHbXmX

▼140文字ブリーフィング:

今年に入って、
著者のテストステロン氏の本はこれで3冊目です笑。
他には、
『人生の99.9%の問題は筋トレで解決できる!』
『筋トレが最強のソリューションである』
などを読みました。

まぁ、この本はジャンルで言うと、
「フィットネス・健康」
というよりも「宗教書」の類いですね笑。
私が図書館の司書ならば、
この本は「宗教」の棚に入れますから笑。

じっさい、
『人生の99.9%の問題は筋トレで解決できる!』の4ページで著者は、
「筋トレとプロテインで
 この世の99.9%の問題は解決します。
 本当です。」
と書いています笑。

「だってそうだろう。
 70億人が筋トレすれば、 
 戦争なんてなくなる!」

著者、、、、いやもうこの際、
「尊師」と読んだほうが良いかな。
、、、尊師はそう言っておられます笑。

他の著書で彼は
「筋トレはスポーツじゃない。
瞑想とか祈りに近い」
って言っていますから(爆)。
「信じれば救われる」というわけです笑。

これを本気でやられると引きますが、
尊師は「ネタ」としてやってるので、
ちょっと笑えます。
サンドウィッチマンの伊達ちゃんの、
「ゼロカロリー」とか、
アンジャッシュ渡部の、
「明太マヨ!」と同じ論法ですね笑。

「会社に落ちた?」
→「筋トレしろ!!そんなこと忘れるぞ!!」

「え?恋人に振られた?」
→「筋トレしろ!
 女は裏切るが、バーベルは俺たちを裏切らない!」

「何?上司が気に入らない?」
→「筋トレしろ!
 生物学的に強いと言う一点で、優越感に浸れるぞ!!」

みたいな感じです笑。

、、、そんなわけで、
私はこの宗教に入信したわけではないですが、
今、「求道中」ぐらいのレベルにはいますので、
尊師のお言葉に触れているわけです。

ちなみにその人がこの宗教に「出家」したかどうか、
判断する基準は「タンクトップを着るかどうか」です。
タンクトップを着ることを、
この業界では「ダークサイドに落ちる」と言います。

、、、嘘です。

そこまで行ったら殴ってでも止めてくれ、
と周囲に言ってありますので、
私の場合大丈夫だと思っているのですが、、、。

尊師はお優しいので、
トレーニーたち(筋トレする人々)の、
脳の負荷を増やさないようにと、
本の中身の文字数は「スッカスカ」です。

ほぼ、空白ですね。

本を読み慣れていない人でも、30分で完読出来る。
「早く本なんて閉じて、筋トレしろ!」
という尊師のお心が込められているわけです笑。

私がこの本で響いたのは、
「ワンモアレップの精神」というところです。

→P172 
〈筋トレ用語に「レップ」というものがある。
これは「回数」という意味で、
「腹筋を10レップ、3セット」なら、
腹筋10回×3セットということになる。
10レップやって、「もう限界」と思ったとしても、
もし君が筋肉を大きくしたいなら、あと1レップ挙げる必要がある。
限界を突破しないといけないのだ。

限界を突破して初めて筋肉に
「新しいストレスだ。次回は耐えられるように成長しなくては」
というシグナルを送ることができる。
僕はこの最後のもう一押しを「ワンモアレップの精神」と呼んでいる。
このワンモアレップができるかどうか、
君の成長はこのポイントに集約されているのだ。
限界突破なしに、成長はない。〉
(1,244文字)


*この時点で執筆時間が充分にとれないと判断して、
以降の書籍は、「ブリーフィング」ではなく、
私のEvernoteの読書メモに、
簡単なコメントを加える、という、
「省力バージョン」でお送りします。
あしからず。



●朝日ぎらい よりよい世界のためのリベラル進化論

読了した日:2018年9月10日
読んだ方法:図書館で借りる

著者:橘玲(あきら)
出版年:2018年
出版社:朝日新書

リンク:
http://amzn.asia/d/1sZmW6a


▼▼▼保守とリベラルの逆転:
現代の自民党支持の若者は今も「リベラル」であるゆえに、
自民党を支持しているという衝撃

→P20〜22 
〈図1―2は読売新聞社と
早稲田大学現代政治経済研究所(田中愛治教授ら)による共同世論調査から、
世代別の政党観を示したものだ。
回答者は、「保守的」を0、「リベラル」を10(中間は5)として、
11段階で既成政党がどこに位置するかを答えている。

70代以上では、もっとも保守的なのは自民党、
次いで日本維新の会(維新)、公明党で、民進党が中道、
共産党がリベラルに位置づけられている。
これは、メディアなどが前提とする
「保守」VS「リベラル」の対立の構図と同じだ。

ところが左図の政党の位置は年齢が下がるにつれて変わっていき、
18〜29歳ではもっとも保守的なのが公明党、
次いで共産党、自民党は中道、
もっともリベラルなのが維新になっている。

驚くべき事に、
いまの若者は共産党を「右派」、
維新を「左派」と見なしているのだ。

さらに詳細を見ると、
この「左右逆転」は50代と40代のあいだで起きていることが分かる。
また30代で共産党の「右派度」と維新の「左派度」が最大になっている。
この興味深いデータからは、
「若者が右傾化している」というのがまったくの俗説であることが分かる。
若者はむかしもいまも一貫して「リベラル」なのだ。

だとしたら、日本の政治に一体何が起きているのか。
これはものすごくシンプルに説明できる。
かつて「リベラル」とされていた政党が「右傾化」したのだ。
こうして「リベラル」な若者は、
より自分たちの政治的主張に近い
自民党=安倍政権を支持するようになった。

私たちは、「右」と「左」が逆になった
『不思議の国のアリス(鏡の国のアリス)』
のような世界に迷い込んでしまったのだ。〉



、、、これは衝撃でした。
今の若者は自民党を「リベラル」、
共産党を「保守」と認識しているのです。
若者は保守化したのではありません。
リベラルだからこそ、自民党を支持しているのです。



▼▼▼日本の保守とリベラルは、
「保守」するものが違うだけで、両方保守だ、という指摘

→P41 
〈日本の近現代史には、
明治維新と敗戦による占領という2つの大きな屈折がある。
このうち保守は明治維新(すなわち近代化)の「伝統」を、
リベラルは米軍占領下で制定された「民主憲法」を
保守する立場だと取りあえずは定義できるだろう。
ところが小泉以降の自民党政権が、
安全保障で保守的な立場を堅持しながら経済政策を
リベラル化(ネオリベ化)したことでこの関係が混乱し、
私たちは「右」と「左」が逆になった
「不思議の国」に放り込まれることになった。〉


▼▼▼左右逆転の仕組み:世代間対立

→P30〜31 
〈日本社会は、「既得権にしがみつかないと生きていけない世代」と、
「既得権を破壊しなければ希望のない世代」によって分断されている。
「リベラル」を自称する人たちは世代間対立論を毛嫌いするが、
これ以外に高齢者と若者で右と左が逆転する理由は説明できない。
 (中略)
50代以上にとっては、日本的雇用や(年金などの)社会保障制度を
「保守」することが最大の利益だ。
高齢のリベラル層が保守化することによって
「リベラル」な政党が支持者に合わせて「右傾化」していった。
 
野党(共産党や旧民主党・民進党)が「右傾化」すれば、
当然、与党(自民党)は「リベラル化」していく。
こうして小泉政権は「郵政改革」を掲げ、
安倍政権は「同一賃金同一労働」や「女性が活躍する社会」
などのリベラルな政策を押し出すようになった。

このように考えれば、若者が”改革派”の安倍政権を支持し、
高齢者層で支持率が低くなることに何の不思議もない。
奇妙なのは、保守「守旧派」でしかないひとたちが
自分のことを「リベラル」と言い張り、
改革を進める安倍政権を「独裁」と批判していることなのだ。〉



、、、著者が「右傾化」を保守化の文脈で使っているのか、
国家主義の意味なのか、
定義が定まっていないのは問題ですが、
「現状を維持する」ということを、
「右傾化」と表現しているのなら意味は通ります。
「朝日新聞的なるもの」は、実は、
「既得権を守る」という意味で保守的なのです。
彼らが自らを「リベラル」と自称している欺瞞性こそが、
「朝日が嫌われる」理由なのだ、というわけです。
かなり納得しながら読みました。




●人間とは何か (『死と愛』最終エディション)

読了した日:2018年9月10日
読んだ方法:図書館で借りる

著者:ヴィクトール・フランクル
出版年:1957年(『死と愛』として。『医師による魂の癒し』は1946年に出版された)
出版社:春秋社

リンク:
http://amzn.asia/3ab7JSm


▼▼▼創造価値・体験価値・態度価値。
映画「あん」のメッセージにも似ているし、
「Serenity Prayer」とも共通する。

→P193〜194 
〈人生の意味の問題を論じた際に、
われわれはまったく一般的に三つの可能な価値カテゴリーを区別した。
それは創造価値、体験価値および態度価値であった。
創造価値は行為によって実現され、
体験価値は世界(自然・芸術)を自我の中に
受動的に受け容れることによって実現される。
これに対して態度価値は、
変えることのできないもの、運命的なものが、
まさにそのまま受け容れられねばならない場合に至るところで実現する。
人間がこの運命的な事項を
いかに自らに受け容れるかというその仕方のうちに、
かぎりなく豊かな価値可能性が生まれるのである。
すなわち、人生は想像や喜びにおいて満たされうるだけでなく、
苦悩においてすらも充たされうるのである。


cf.映画「あん」
最後の手紙:
「ねえ、店長さん。わたしたちはこの世を見るために、
聞くために生まれてきた。だとすれば、
何かになれなくてもわたしたちは、
わたしたちには、生きる意味が、あるのよ。」〉



、、、ヴィクトール・フランクルは、
20世紀の名著中の名著、「夜と霧」の著者です。
彼はナチスの収容所の「生き残り」で、
家族は全員収容所で処刑されました。
戦後アメリカに渡った彼は、
臨床心理学の泰斗、アルフレッド・アドラーに師事し、
自らの論理を構築していきます。

彼の独特な論理は「ロゴセラピー」として知られます。
日本語では「意味による癒し」と説明されます。
様々な精神疾患を「生きる意味を獲得する」ことによって、
快方に向かわせようとするアプローチです。
創造価値・存在価値・態度価値、
という三つの価値がある、という話しは、
「創造価値・存在価値」を収容所で奪われた当事者である、
フランクルの口から語られているところに迫力があります。

「態度価値」について最も良く分かるのは、
ハンセン氏病に関する隔離政策の対応遅れによって、
一生を療養施設で「棒に振った」人を描いた、
「あん」という映画です。




●ワーシップソングの研究:福岡における現状調査と音楽的分析

読了した日:2018年9月11日
読んだ方法:山田風音くんにPDFでいただく

著者:山田風音
出版年:2010年
出版社:九州大学 芸術工学部 音響設計学科

リンク:
https://memorandomeyo.wordpress.com/
(ブログ:ちょうをゆめみるいもむし)

▼▼▼ワーシップソングは礼拝自体を変容させた。
ペンテコステ運動からの影響

→P14〜15 
〈ワーシップソングの誕生と発展は礼拝音楽のみならず、
礼拝の形式そのものに対して大きな変化をもたらしていることは、
ワーシップソングについて論ずる際に非常に重要な視点である。
ワーシップソングが礼拝にもたらした変化とは、
ただ単にワーシップソングが伝統的な讃美歌にとってかわるという
「礼拝の中の音楽の交換」ではなく、
むしろ礼拝スタイルの「刷新」とまで言えるほどの変化である。
ただ、その変化が十分に理解されるためにはまずそれまで一般的であった
(そして今日でも多数の教派で用いられている)礼拝形式、
そして礼拝音楽についての理解が必要である。

初代教会における礼拝は
ユダヤ教のシナゴーグでの礼拝から引き継がれた「説教」と、
キリストが弟子たちに直接命じた「主の晩餐」という
二つの要素を融合したものであったが、
313年のコンスタンティヌス皇帝のキリスト教公認以降、
キリスト教礼拝はしっかりとした様式を整えた。
礼拝の方向性を決めるものは「式文」であり、
それに従って聖書朗読や賛美、説教や儀式等が行われた。
ただし礼拝がラテン語で行われるようになり、
会衆は礼拝にただ受動的に参加するだけとなっていった。
16世紀の宗教改革において礼拝の実践を
どのようなものとするかは非常に大きな焦点であったが、
自国語で歌う賛美は改革以前よりも
はるかに積極的な礼拝への参与の手段であった。
しかし一方的に宗教改革から派生した礼拝も
やはり「式文」に依存していた。
伝統的な礼拝は決められた式文に沿って進行されるものであり
讃美歌は祈祷・聖書朗読・信条唱和などの
合間に歌われることが一般的である。

対照的に、ワーシップソングを用いるような「現代的礼拝形式」では
一定の式文のようなものはほとんど存在しない。
複数のワーシップソングはほとんど切れ目なしに歌われていくが、
祈りや奉献も音楽が演奏される中で行われるなど
礼拝の中で音楽の占める割合は非常に大きく、
会衆の礼拝への参与以上の役割を担っている。
現代的礼拝形式は伝統的な讃美歌では成立しないし、
ワーシップソングも式文によって
進行されるような礼拝では本領を発揮できない。

そもそもこの新しい礼拝形式は前述したように
ペンテコステ・カリスマ運動と
結びついて発展してきたという経緯があるが、
Paul Basdenはこの新しい礼拝形式に関連して
ペンテコステ・カリスマ派の礼拝の独自な特徴を
以下の3つにまとめている(Basden 1999:100-101)。

1.非構造的であり形式主義を退け自発性を重視する。
2.全てのメンバーが自分に与えられた霊的な賜物を用いて礼拝に参与する。
3.すべての礼拝参加者が聖霊を直接的に体験することが目標とされている。

この現代的礼拝形式を実践する教会が
全てペンテコステ・カリスマ運動の影響を受けた教会というわけではない。
しかしながら新しい礼拝形式と思われているものが
このような背景から生まれてきたものであり、
ワーシップソングがそれに適する礼拝音楽として
発展してきたことは確かなことであろうと思われる。〉



、、、これは本ではなく、「論文」です。
正確には「卒業論文」ですね。
「よにでしセミナー2017伊勢志摩」で出会った、
山田風音くんと先日話したときに、
彼の卒論の話しになって、
あまりに興味深かったので、
「何らかの形で読めるの?」と聞いたら、
翌日にFacebook経由でPDFを送ってくれました。

彼の学部は「音響」に関することなので、
彼は自らの信仰の内容を、
「音楽的に分析する」ということをしたわけです。

具体的にはどうやったか。

まず、福岡市内91のプロテスタント教会にアンケートを依頼し、
51の教会から回答を得、
讃美歌の使用状況、伴奏の種類、
ワーシップソングの使用状況、感じている課題、
音楽の礼拝における意義づけなどについてデータを集め、
社会学的に分析しています。
また、アンケート調査に加えて、
ワーシップソング300曲以上についてデータ分析を行い、
調・拍子・和音構造・音符密度・音符の種類
・和音進行の傾向などについて分析し、
「歌いにくさの定量分析」を行いました。

このような実地調査は多分、
日本で他に行われていないと思います。
「信仰」とか「礼拝」とか「伝道」って、
「学術的に(社会学・自然科学的なアプローチで)研究する」
ということが他の分野に比べてきわめて立ち後れていると、
私は分析しています。

多分「学術的な分析が聖霊の働きを妨げる」
みたいな論理が背後にあるかもしれませんが、
ハッキリ言ってナンセンスです。
学術的に考えることと聖霊に導かれることは、
まったく矛盾せずに両立する、
というのが私の確信していることですので。

彼の論文、面白かったです。
こういう考え方をする信仰者・牧師が増えると、
日本のキリスト教は変わっていくだろうな、
と思わされました。
もちろん良い意味で。



●逃げられない世代 日本型「先送り」システムの限界

読了した日:2018年9月11日
読んだ方法:図書館で借りる

著者:宇佐美典也
出版年:2018年
出版社:新潮新書

リンク:
http://amzn.asia/d/0EKLMzU


▼▼▼日本型先送りシステムとは、、、
与党・官僚・野党が先送る構造的な欠陥

→P54 
〈このように日本の政治は2〜3年スパンで政治を考える与党議員、
与党議員の意向を踏まえて対症療法的な政策を立案し
問題を先送りする官僚、そして政権・与党を
刹那的な視点で批判し足を引っ張る野党、
という構図の「先送りシステム」で回っています。

その結果、我が国は
「問題は分かっているけれど対策が講じられない」
という状況が続き、当座社会は安定しているものの、
問題の先送りが続き将来的なリスクが拡大し、
それが財政赤字などの形で顕在化しつつあります。
ここまで説明してきたようにこの政治構造は属人的なものではなく、
システム的なものなので、
容易には変えることはできず今後とも続いていくものと思われます。〉



、、、著者は東大卒、元経産相の官僚で、
だいたい私と同じぐらいの年齢のときに、
公務員を辞めて「フリーランス」になった人です。
「肩書き捨てたら地獄だった」という本も書いており、
めちゃくちゃ共感した記憶があります。
つまり、彼は組織の中にいたときは、
「実力4割、肩書き6割」ぐらいに思っていたのが、
じっさい組織を離れてみると、
とんでもないことが分かった。
じつは「実力0.5割、肩書き9.5割」だった。

日本の社会の構造上、
「個人と組織の力関係」は、
生卵と万里の長城ぐらい、その堅牢さが違います。

嘘だと思うなら、
組織を辞めてフリーランスになってから、
付き合いのあった仕事相手に連絡してみてください。
会ってもらえませんから。
相手にされません。

あと、フリーランスになってから、
家を買おうとしてみてください。
ローンが借りられませんから。
銀行は「所属している組織」を信用しているから
あなたにお金を貸すのであって、
あなたに実力があるからではありません。

この「不都合な真実」を知るのは、
多くの場合著者や私のように、
大きな組織を離れてからです。

しかし、私は著者に同意します。

彼は組織を離れたこそ、
この著書に書かれているような、
日本社会に対する、客観的で冷徹で、
どこにも肩入れしない現状分析が出来、
なおかつ社会の弱者の側に立って、
暖かい励ましに満ちた立論ができるのです。

「肩書き捨てたら地獄」ですが、
「地獄を最後まで掘ったら希望が見つかった」
というのが私の実感であり、
きっと著者も共感してくれるでしょう。




●せいぎのみかた ワンダーマンの巻

読了した日:2018年9月11日
読んだ方法:図書館で借りる

著者:みやにしたつや
出版年:2012年
出版社:学研教育出版社

リンク:
http://amzn.asia/d/4Jl8ldP

▼▼▼「とびら」より

〈「せいぎのみかた」は、
ただパンチやキックで
「えい、やー!」とわるいやつを
やっつけるひとではありません
やさしい心、ひとをおもいやる
愛する心をもったひとのことです。〉


、、、これも、山田風音くん関連です。
家に泊まって貰ったとき、
彼と妻と私の3人で、
「質問カード」をしました。

出た質問が、
「子どもに読ませたい本は?」でした。
彼の答えが「ワンダーマン」だったので興味をもって手に取りました。
同じ著者の「おまえ、うまそうだな」などは読んだことあったのですが、
こちらは初めてです。

「正義とはお腹が空いた人にパンを与えること」
というやなせたかしのメッセージに通ずるものがあります。
こういう「正義観」はハリウッド映画には皆無です。
このようなメッセージって、
日本が世界に誇れるものだと思うんですよね、私は。
「正義とは悪を完膚なきまでにたたきのめすこと」
というのがアメリカ・ハリウッド製の正義だとしたら、
「正義とは悪(敵)をも包摂する愛」が、
願わくば日本の未来の正義であって欲しい、と私は願います。
「柔よく剛を制する」の国ですから。




●デジタルエコノミーはいかにして道を誤るか 労働力余剰と人類の富

読了した日:2018年9月17日
読んだ方法:図書館で借りる

著者:ライアン・エイヴェント
出版年:2017年
出版社:東洋経済新報社

リンク:
http://amzn.asia/d/aaW2GtV

▼▼▼本書の前提。
デジタル革命は未曾有の出来事ではなく、
産業革命の再上演だということ。

→P22 
〈逆に、デジタル革命が産業革命と
よく似ていると主張するのが本書だ。
産業革命の経験が教えてくれるように、
テクノロジーがもたらす新世界の果実を分かち合うための
誰もが納得する社会制度が合意を得るまでに、
社会は苦しい政治的変化の時期をくぐり抜けなければならない。
残念ながら、経済変化から最大の恩恵を受ける層は、
獲得した富を進んで分かち合おうとはしないものだ。
負け組が取り分の拡大を求めて社会的・政治的に
力を行使する手立てを見つけたとき、社会に変化が起きる。
今私たちが心配すべき問題は、
単にテクノロジーの未来をよりよく生きるために
どんな政策を採るべきかではなく、
誰が何をどんなメカニズムを獲得するかを決める、
始まったばかりの激しい社会闘争にいかに対処するかである。〉



、、、この本、めちゃ面白かったです。
本当は1万字ぐらい書けるのですが、
今回は私が多忙で執筆時間切れのため、簡潔に。

この本を知ったのは金融関係の仕事をしている、
義理の兄のEvernoteシェアによってです。
彼の勧める本はハズレがありません。
こういう知り合いを持つというのは、
お金には換算出来ない価値があります。
いや、マジで。

この本の著者であるライアン・エイヴェントの主張は、
現在「二回目の産業革命が起きている」ということです。
歴史をひもとくと、産業革命により「分配を巡る闘争」が起きました。
二度の世界大戦、核による人類滅亡の危機、大恐慌などの動乱を経て、
産業革命期の動的平衡(富む資本家と労働者の地獄)が、
現在私たちの知る動的平衡
(労働者もまた中世の貴族の生活が出来る社会)に移行したわけです。

デジタルエコノミーが経済を変化させている今、
新たな「分配を巡る闘争」が起きている、
とういのが著者の現状分析です。
著者の提案はベーシックインカムの実践や移民の受け入れ、
公共投資などによる、世界的な富の再分配です。
それによって起きるのは「ゼロサム的な富の奪い合い」ではなく、
全員がちょっとずつ得をする状態だ、
ということを論証していきます。

「ゼロサム的世界観に生きている人々は、
移民排斥運動やゲーテッドコミュニティ、
ティーパーティなどの手法で分配を阻止しようとするが」
と著者は言います。
「アダム・スミスの言う『同胞』とは、
 同質性の高い民族のことではなく、
 『人間』と考えようではないか」と。

「自分たちは努力して富を勝ち得たのだから、
それを独占して何が悪い」という富裕層は、
「そう思っているのは自分だけで、
 どんな成功者も、
 社会のおかげで運良くそうなった」
ことをもっと自覚すべきだ、と著者は指摘します。
だって、ビルゲイツがもしアフリカのスーダンの田舎に生まれていたら、
と想像してみてください。
彼はきっと時代の寵児にはなっていません。
おそらく同じような時期に、彼ではない誰かがアメリカで、
マイクロソフトのような企業を立ち上げていただけです。

私たちは自分で思っているのよりもはるかに、
「生まれたときにもらったトランプのカード」
の上にあぐらをかいているのです。
「いやいや、俺のカードは『ブタ』だよ!」
と思われる方もいるかもしれません。
しかし、もしあなたの家に冷蔵庫があり、
あなたにこのメルマガをここまで読める教養があるなら、
それは世界人口の上位2割に入る、
「強いカードを引いた」ことになります。
私たちは富を自分で築いたと思っているかもしれないが、
その多くは「天からの恵み」なのです。

、、、その富を他者に分け与えないのは当然だ、
と考えるのは、虫が良すぎやしないですか?
と著者は言っているのです。




●世論(上)

読了した日:2018年9月21日
読んだ方法:図書館で借りる

著者:ウォルター・リップマン
出版年:1987年(英語初版1922年)
出版社:岩波文庫

リンク:
http://amzn.asia/d/cLEBujB

▼▼▼報道(報告)は、観察者と出来事の「合作」である。

→P109〜110 
〈ただし、目撃者といえども、
現場そのままの姿を持ち帰って報告するわけではない。
経験から次のようなことが分かるように思われる。
目撃者自身が現場に何かを持ち込んでいるのに、
あとではそれを抜きにして語ったり、
彼が事件そのものと思い込んで語っているものが、
実はその事件の変形であったりすることが非常に多い。
意識の中にある事実が、
与えられた事実そのままである場所はごく少ないように思われる。
意識の中に在るほとんどの事実は、
部分的に潤色されているように思われる。
ひとつの報告は、知ろうとするものと知られるものとの合作である。
観察者役はその過程で必ず選択をするし、たいていは創作もする。
われわれが見る事実はわれわれの置かれている場所、
われわれが物を見る目の習慣に左右される。〉



、、、これは、ずっと「いつか読まなきゃ」と思ってた本です。
「古典」「定本」に分類される本です。
メディア論に関する本にはおおかた引用されています。
先日ご紹介した「フィルターバブル」も、
下敷きとなる理論は、
リップマンの「世論」から取られています。
20世紀最高のジャーナリスト、知の巨人と称された彼の言葉は、
20世紀初頭の我々が読んでも、
「これは、まさに現在の我々のことじゃないか」
と思わせる説得力があります。

保障しますが、
この本は100年後にも、
今と変わらず読まれ続けることでしょう。




▼▼▼リコメンド本「今週の一冊」▼▼▼

ご紹介した本の中から、
「いちばんオススメだったのは?」という基準でリコメンドします。
「いちばん優れていた本」というよりも、
「いちばんインパクトの大きかった本」という選考基準です。
皆さんの書籍選びの参考にしていただけたら幸いです。


▼今週の一冊:『デジタルエコノミーはいかにして道を誤るか』

コメント:

この本、上記の説明では捉えきれないほど、
もっともっと本当は深くて面白いです。

私が一番うならされたのは、
マルクスが『資本論』で指摘した、
「生産手段の独占による労働の疎外」が、
今、デジタルエコノミーで起きている、という分析です。

産業革命のときの「生産手段」が工業機械だったのに対し、
現在の「生産手段」は「イノベーションを起こす企業文化」なのだ、
というのが著者の主張です。
「サンフランシスコ近郊に住み、
 シリコンバレーの企業に所属していること」
によって人間は生産性を高め、
高額な年収を得られるのであって、
そこにアクセスできない人間は、
どんどん辺縁的な労働に追いやられていきます。
これはマルクスが『資本論』を書いたイギリスの状況に似ている、
と著者は分析していくのです。
良い本でした。




▼▼▼部門賞▼▼▼

ご紹介した書籍の中から、
陣内の独断と偏見で、
「○○賞」という形で、
特筆すべき本をピックアップします。
こちらも何かのご参考にしてくだされば幸いです。


▼「目から鱗で賞」
『朝日ぎらい よりよい世界のためのリベラル進化論』

コメント:

この本は「若者は自民党をリベラルと考えている」
という「目から鱗」の他にも、
安倍政権がなぜ長期政権なのか、
という現状分析も卓越していましたので引用します。


▼▼▼著者の安倍政権の分析は養老孟司の指摘と一致する。
「政治をナショナリズムに振り、
経済をグローバリズムに振る政権以外長持ちしない」

→P32〜33 
〈安倍政権がリベラル化する理由は、
「右(保守)」にライバルがいないことと、
「リベラル」以外に政策の選択肢がないことで説明できる。
安倍首相は「保守」「伝統主義者」「右派」のイメージによって
軸足を右に置き、中国や韓国に(もちろん北朝鮮にも)
強い態度を取ることで右翼・保守派(そしてもっとも面倒なネトウヨ)
を黙らせることができる。

そのうえで、「女性が活躍できる社会」や
「働き方改革」で「左(リベラル)」にウィングを伸ばしていく。
この戦略が有効なのは、
安倍政権と競合する有力な保守勢力が存在せず、
これ以上「右」にウィングを伸ばしても新たな支持層は開拓できないが、
「左」側には広大な沃野が広がっているからだ。〉



▼▼▼全方位支持層という、安倍一強の理由
→P171〜172 

〈ここから「安倍一強」の秘密を読み解くこともできる。
それは、以下の4つの戦略の組み合わせだ。

1.国際社会では「リベラル」
2.若者に対しては「ネオリベ」
3.既存の支持層に対しては「保守」
4.日本人アイデンティティ主義者に対しては「ネトウヨ」

「モリカケ問題」で権力基盤が揺らいでいるとはいえ、
これが現代日本において最も広範な支持者を確保する
最強の戦略であることは間違いない。
とりわけ有利なのは、中国や韓国・北朝鮮に強固なポーズを取り、
「朝日」「民主党」を批判することで、
もっとも面倒なネトウヨを「私設応援団」にできることだろう。

安倍政権を批判する人は、
”ネトウヨ”的な部分だけしか見ていないが、
これでは国際社会での評価や若年層での高い支持率の理由が説明できなくなり、
「左の陰謀論」にはまりこむことになる。
ここまで述べてきたように、
「安倍一強」はリベラル化とアイデンティティの衝突の
微妙な天秤の上に成り立っている。
現代の世界は(ほぼ)同じ価値観を共有する
巨大な「リバタニア(リベラル共和国)」と、
別々の価値観で分断された多数の「ドメスティック」で構成されている。
だからこそ、世界中で、「右傾化」が進みながらも、
ひとびとの価値観はますますリベラルになっていくのだ。〉



、、、現代世界では「外交では保守」、
「経済ではリベラル」の組み合わせが最強であり、
これ以外の政権は逆に長続きしません。
それを忠実に実行しているのが安倍政権であり、
なのでこれだけ長持ちしているのだ、
と著者は分析しています。
私は安倍さんを全面的に支持しているわけではありませんが、
それでも著者の分析は正しいと思います。

安倍さんがモリカケ問題で失点しても、
野党が10点ぐらいオウンゴールを入れてくれるので、
安倍政権は「負けない」わけですね。
あまり国民にとっては良い状況とは言えないのですが、、、。


陣内が先週読んだ本 2018年8月26日〜9月8日 『共働学者の構想』他

2019.01.16 Wednesday

+++vol.056 2018年9月11日配信号+++

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
■2 陣内が先週読んだ本 
期間:2018年8月第五週〜9月第一週 8月26日〜9月8日
::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::

先週私が読んだ本(読み終わった本)を紹介していきます。
一週間に一冊も本を読まない、
ということは、病気で文字が読めなかった数ヶ月を除くと、
ここ数年あまり記憶にないですから、
このコーナーは、当メルマガの
レギュラーコーナー的にしていきたいと思っています。
何も読まなかった、という週は、、、
まぁ、そのとき考えます笑。

ただ紹介するのも面白みがないので、
twitterに準じて、
140文字で「ブリーフィング」します。
「超要約」ですね。
(どうしても140字を超えちゃうこともあります。
 140文字はあくまで「努力目標」と捉えてください笑。)

忙しい皆さんになり代わって、
私が読んだ本の内容を圧縮して紹介できればと思います。
ここで紹介した本や著者、テーマなどについて、
Q&Aコーナーにて質問くださったりしたら、
とても嬉しいです。


●あたらしい北海道旅行

読了した日:2018年8月29日
読んだ方法:木村さんに借りる

著者:セソコマサユキ
出版年:2017年
出版社:WAVE出版

リンク:
http://amzn.asia/d/1xT0Sjz

▼140文字ブリーフィング:

こちらの本は、札幌にいる支援者の、
木村さんという方からお借りしました。
木村さんと出会ったのはもうずいぶん前のことです。
たしか2009年とかそのぐらいだった気がします。
グレースコミュニティの益田結師にご紹介いただいて以来、
「なんか感性というか、センスが似ているなぁ」と、
勝手に思っていました。

木村さんが話す内容だとか、
知っているお店だとか、
お勧めしてくださる映画などが、
なんか、「良い所をついてくる」わけです。
しかも、私の知らない良いところを。
「やたらそればっかり猛プッシュしてくるけど、
 それ、もう知ってるから。」
というパターンってありますよね。

木村さんはそれとは逆で、
きっと私の「興味と既知の範囲」を抑えていて、
その少し先を提示してくださる、
非常に「よく分かった人だなぁ」と思っていたのです。
(一方的にかもしれないですが)

2013年に私が病気を経験してから、
さらに木村さんとの心理的距離はさらに近くなりました。
(これも一方的かもですが笑)
というのも、私の鬱病の回復の、大きなヒントといいますか、
「難題を解くための補助線」の役割をしてくれたのが、
北海道浦河にある「べてるの家」という、
障がい者のコミューンの考え方だったのですが、
木村さんはなんと、私が病気になる前から、
もう何年も、そこで行われる「べてるまつり」というイベントに、
参加し続けていた、ということを聞いたからです。

仕事復帰後に、「べてるの家」のことなどもお話をするなかで、
私が病床に伏せっていた間、
木村さんは、わがことのように心配し祈って下さっていた、
ということも強く伝わりました。

というわけで、私からしますと木村さんは人生の大先輩ですが、
気取らず、気を遣わせず付き合って下さるので、
「年の離れた友人」のように感じており、
今回も千歳から東京に戻るタイミングで、
木村さんのお勧めのカフェに連れて行っていただいたのです。
その際の参考に、と、事前にこの本を貸して下さいました。

、、、という長い前置きのあとで、本の紹介です。
面白かったです。
様々なお店を紹介するのですが、
店を紹介しているようでいて、
人の生き方を紹介している本です。
この本に登場する多くの店主たちに共通するのは、
東京などの大都市の会社勤めを経て、
途中でリタイアし、独立して、移住先を探して、
自分の力で食べていくことを選んだ結果が、
工芸、陶芸、デザイン、本屋、カフェ、パン屋、チーズ屋、
皮革製品屋、ゲストハウスなどたった、ということです。

また多くの店主が世界各地を旅する経験をしたあとに、
人生が変わっている、というのも印象的です。

たしかに世界を回ると、
「人間って、いかようにでも生きていける」
という気持ちになるのは非常に分かります。
日本社会の「世間が敷いたレールを外れたら死ぬ」
みたいな洗脳が、海外に行くと解けるわけですね。

「生き方図鑑」としてのこの本は面白いですが、
それは著者のセソコマサユキさん自身が出版社を辞めて沖縄に移住し、
フリーのライターとして生活しているわけなので、
セソコさんもまた「彼らのひとり」だからなのだと思います。

この本に登場する函館の「山田農場チーズ工房」の、
山田圭介さんという方は、次に登場する、
新得共働学舎にいた人だったりして、
旅のなかで「リンク」する感覚も楽しめました。
(1,352文字)



●共働学舎の構想

読了した日:2018年8月26日
読んだ方法:土畠氏に借りる

著者:共働学舎(宮嶋望)
出版年:1973年
出版社:新得共働学舎

リンク:(共働学舎のHPのリンク)
http://www.kyodogakusha.org/
 
▼140文字ブリーフィング:

この本は滞在先の北海道の「定宿」、
土畠氏のお宅にて読みました。
そもそも今回、共働学舎を見学してみたい、
と思うようになったのは土畠氏が2年前にここに立ち寄り、
「きっと俊君はヒットするに違いない」と勧めてくれたのがきっかけです。

それから共働学舎代表の宮嶋望さんの本を何冊か読み、
ここには「べてるの家」にも通ずる、
「たいせつな何か」があると直観して見学することにしました。
土畠氏が2年前に共働学舎で購入した、
書店では入手できないパンフレットがこれです。

一通り読んだ後に、
この文章が1973年に書かれているのを知り二度驚きました。
現在でもまったく有効な言葉です。
二箇所引用します。


→P16〜17 
〈共働学舎は、これらの願いと祈りをもって始められた、
独立自活を目指す教育社会、福祉集団、農業家族です。〉

→P20 
〈共働学舎は、一般社会から遊離した保護施設ではありません。
大人も若者も子どもも、与えられている賜物をその多少によらず、
精一杯働かせて生きねばなりません。
生命がある限り、どんな人にもその責任があります。
弱者とされる前に自分の弱さに負けて甘えている人が多いために、
まず自分の弱点とたたかわねばなりません。
そして常に共に働き、必要なことを共に学び、
全体が一つの家庭のような舎(いえ)となることを
最も望ましいあり方と考えています。〉


「教育社会・福祉集団・農業家族」
という、聞き慣れない言葉の羅列が、
彼らの「自己規定の難しさ」を表しています。
彼らは「自分が何ものであるか」ということを、
既存の社会に流通している言葉では定義しきれないわけです。

祈りによって始められたが、宗教施設ではない。
障がい者と共に生きるが、福祉施設ではない。
チーズを作って売っているが、酪農業ではない。
経済活動を営んでいるが、株式会社ではない。
経済活動の外の共同体だが、血縁的な意味での家族ではない。

つまり、彼らの「文脈」が、
既存の社会の文脈と違うわけです。
近代産業社会がx軸(経済)、y軸(医療)という、
平面上の言葉しか持たないとしたら、
彼らは立体的に斜めに走っている。
だから、「投影」としての言葉でしか、
近代産業社会に向けて、自らを表せません。
北海道の「べてるの家」もまた、
まったく同じ傾向を感じました。

時代は「ポスト近代産業社会」に向かうと言われています。
彼らは実は、100年後には標準的な生き方を、
今既に先取りしているだけなのかもしれない、
と私は解釈しています。
(999文字)



●東大入試 至高の国語「第二問」

読了した日:2018年9月8日
読んだ方法:図書館で借りる

著者:竹内康浩
出版年:2008年
出版社:朝日選書

リンク:
http://amzn.asia/d/hz3dkJP

▼140文字ブリーフィング:

この本は、とあるメルマガ読者の方から教えてもらいました。

東大入試の現代文の第二問は、
「めちゃくちゃ尖っている」ことで有名なんだそうです。
私は東大受験を試みたことがないので知りませんでしたが、
身近にいる東大OBに、いつか聞いてみます。

、、、で、著者はこの「東大現代文第二問」が、
受験生にどんな「メッセージ」を発しているのかを読み解いていきます。
著者が推論する、東大からの東大受験生への、
「メッセージ」とは、「死」と、
そして「円環的時間構造」です。

解説していきます。

著者はまず金子みすゞの、
「鰯の大漁の祭りと同時に、海の底では鰯の葬式が行われている」
という、出題された詩を紹介します。
これが鍵になってきます。

そこには「存在の罪」とか、「食う罪」
(創世記の原罪も果実を食う罪だったことに注目!!)といった、
人類の不可避な「原罪」が強調されています。
その「原罪」は常に人類社会から、
組織的に巧妙に隠されるのですが、
宮澤賢治(デクノボー)や金子みすゞのような詩人たちは、
それに気づいています。

それに気づくと何が分かるか?

それは「命の円環構造」であり、
時間の円環構造であり、
食物連鎖的な円環的時間観です。
この時間観は、「債権者の倫理」=ピンポン式倫理から、
「負債者の倫理」=ドミノ式倫理
(パウロの負債と同じ。私はAさんに良くして貰ったから、
Bさんに良くする、という)への転換をもたらします。

私たちは命のリレーのなかに不可避的に組み込まれています。
私たちは死屍累々の山の上に立っているのです。
だからこそ、次のリレーをつなぐという意味で、
倫理的に生きようと願うという、巨視的な、
そして非常に東アジア的・日本的な視点を、
東大入試は問うているのではないか、
と著者は深読みしています。

西洋と東洋の時間観の一番の違いは、
西洋のそれが直線であるのに対し、
東洋は円環であることです。
「聖書は始まりと終わりがあるから直線」
というのは短絡的です。
それは「西洋の直線的な思考」によって聖書を読んだ、
「西洋キリスト教神学」の説明でしかありません。

そして、ユダヤは西洋ではありません。

では、聖書の時間観は円環なのか?
「円環でもあり直線でもある」
というのが私の聖書の読み方です。

なぜか。

聖書には終わりと始めがあります。
始点(創世記)と終点(黙示録)がある。
インド哲学の言うような「永遠のループ」ではない。
しかし聖書は、「ひとりの人(アダム)」ではじまり、
「ひとりの人(キリスト)」で終わります。
「いのちの木」は、創世記と黙示録にだけ登場します。
(箴言に例外的に一度出てきますが)
物語としての旧約聖書を読むとき、
そこに弁証法的な「反復」があるのが分かります。
ノア、ヨセフ、モーセ、ダビデ、預言者たち、、、
というように、繰り返しキリストの「予表」が現れるわけです。
これは歴史が「反復」しているようでいて、
確かに進んでいる、という「らせん構造」になっていると、
私は読んでます。

以前は注解書などに書いているそのまんま、
「東洋は非聖書的で円環」
「西洋は聖書的で直線」と、
バカのように信じ込んでいましたが笑、
この数年で私の考えは変化し、
聖書の時間観というのは「らせん」だと、
今は考えるようになりました。
らせんは上から見れば円環ですし、
横から見れば起点と終点を持つ直線ですから。

出題された金子みすゞの詩が名作なので紹介します。
「蜂と神さま」というのがそのタイトルです。


→P51 
〈「蜂と神さま」

蜂はお花のなかに、
お花はお庭のなかに、
お庭は土塀のなかに、
土塀は町のなかに、
町は日本のなかに、
日本は世界のなかに、
世界は神さまのなかに。

そうして、そうして、神さまは、
小ちゃな蜂のなかに。〉


どうでしょう。
神をよく表現しています。
神は宇宙を包み込むと共に、
私の鼻毛と鼻毛の間にも偏在するのです。
いや、ホントに。
冒涜とかじゃなくて、マジでマジで。

こういう「マクロ」と「ミクロ」が、
一瞬でひとつになるレトリックというのは、
やはり東洋ならではのもので、
西洋の詩人からはこういう詩は出てこないんじゃないかなぁ、
と私は思っています。
(1,655文字)



▼▼▼リコメンド本「今週の一冊」▼▼▼

ご紹介した本の中から、
「いちばんオススメだったのは?」という基準でリコメンドします。
「いちばん優れていた本」というよりも、
「いちばんインパクトの大きかった本」という選考基準です。
皆さんの書籍選びの参考にしていただけたら幸いです。


▼今週の一冊:共働学舎の構想

コメント:

「共働学舎の構想」はパンフレットですが、
インパクトがありました。
Amazonでも買うことができません。
欲しい人は新得町の共働学舎まで行くか、
長野県の共働学舎、
もしくは東京の本部に行ったら買えるかも。

じっさいに見学もさせていただき、
この働きに私も賛同し、
正会員として活動に参加することにしました。
「正会員」といってもそんな大げさなものではなく、
年6,000円の会費を寄付として納めることと、
年に一回の総会に参加すること、
というのが正会員の参加方法です。
私自身が非営利組織の成員であることもあり、
様々な非営利組織を私は応援するようになりました。
(金子みすゞの論理です。
 Aさんに良くして貰ったから、
 私はBさんに良くするわけです)
支援の金額には様々なものがありますが、
その団体数(個人数)は、全部で10近いんじゃないかな。
無鉄砲に決めているわけではなく、
毎回、お祈りして、支援することを決めています。

「共働学舎」の場合、
東京に住んでいるので日程が合えば総会に参加できますし、
今回案内していただいた村上さんという、
有機農業の実践家の方とも、
また会えるというのが魅力だと思いまして。

あと、じっさい共同生活を行っている、
精神疾患者の方々が生き生きと、
台所でジャガイモの皮を剥いたり、
有機農園で雑草を一日中抜いていたり、
そういう姿が、「なんかいいなぁ」と思ったので。
こういうものに投資(寄付)できるというのは喜びです。



▼▼▼部門賞▼▼▼

ご紹介した書籍の中から、
陣内の独断と偏見で、
「○○賞」という形で、
特筆すべき本をピックアップします。
こちらも何かのご参考にしてくだされば幸いです。

▼「旅情賞」
あたらしい北海道旅行

コメント:

旅先で読む本というのは記憶に焼き付きます。
今回も、道東のホテルの一室や、
十勝の国民宿舎の部屋で、
この本をぱらぱらとめくりました。
出張中って、がっつりと集中して本を読むほどの、
まとまった時間がないので、
読書は細切れになりがちですが、
でも、内容はやたらと脳に焼き付きます。
「あぁ、あそこに行く飛行機のなかで読んだなぁ」とか、
「あの港でフェリーを待っているときに読んだなぁ、」
という本というのは、不思議と、
内容を鮮明に覚えているのです。
旅と読書は相性が良い。
旅とInstagramよりも、
私は断然「旅と本」ですね。

この本も「旅のお供」になりました。
今週は愛知県に出張ですが、
どんな本を持っていこうか今から悩んでいます。
「どの本を持っていくか悩んでいる間」が、
旅行(もしくは出張)の、いちばん楽しい時間です。
さほど読まない(読めない)ことも多いですが、
それでも、やはり。

陣内が先週読んだ本 2018年8月12日〜25日

2019.01.01 Tuesday

+++vol.054 2018年8月28日配信号+++

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
■2 陣内が先週読んだ本 
期間:2018年 8月第三〜四週 8月12日〜25日
::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::

先週私が読んだ本(読み終わった本)を紹介していきます。
一週間に一冊も本を読まない、
ということは、病気で文字が読めなかった数ヶ月を除くと、
ここ数年あまり記憶にないですから、
このコーナーは、当メルマガの
レギュラーコーナー的にしていきたいと思っています。
何も読まなかった、という週は、、、
まぁ、そのとき考えます笑。

ただ紹介するのも面白みがないので、
twitterに準じて、
140文字で「ブリーフィング」します。
「超要約」ですね。
(どうしても140字を超えちゃうこともあります。
 140文字はあくまで「努力目標」と捉えてください笑。)

忙しい皆さんになり代わって、
私が読んだ本の内容を圧縮して紹介できればと思います。
ここで紹介した本や著者、テーマなどについて、
Q&Aコーナーにて質問くださったりしたら、
とても嬉しいです。


●僕に踏まれた町と僕が踏まれた町

読了した日:2018年8月13日
読んだ方法:図書館で借りる

著者:中島らも
出版年:1997年
出版社:集英社文庫

リンク:
http://amzn.asia/3oWq4jR

▼140文字ブリーフィング:

私の弟のオススメで読んだ本です。
中島らもという人は、
めちゃ頭が良く、文章が上手です。
彼は「文章を書く天才」の部類でしょう。
彼は「文章を書くのが面倒だった」と書いています。
それは文章が出てこないのではなく、
文章は常に脳内で完成しているのだそうです。
供給過剰なほどに。

それを、手を動かして、
「具現化するという単純作業」が、
たまらなく面倒くさくて、
だから酒を飲まなければ文章を書けなかった、
と書いています。

私は天才ではないので、
文章を書くのは苦労します。
文章を書くという創造的な行為は、
私にとっては、脳が最も良い状態のとき、
1日2時間が限度です。

でも、天才には天才なりの苦労があるのでしょう。
彼はアル中と躁鬱病を煩い、
52歳で夭折してしまいました。
惜しい才能です。

ふたつ、彼の文章が上手だ、
ということを示す文章をご紹介します。


→P73 
〈僕のいた高校は一学年がだいたい百四、五十人いる。
そのうち百人ぐらいが東大に行き、三、四十人が京大に行く。
考えてみれば化け物みたいな学校だ。

そしてそのすみっこのほうに、十人ぐらいの「落ちこぼれ」がいる。
この連中はとうに受験をあきらめて、
某部室にたれこめてはたばこを吸ったり酒を飲んだり、
シンナーを吸ったりマルキシズムについて議論したり、
セックスについて見栄の張り合いをしたりしていたのだ。

そのようすはちょうど高価なワインのびんの透明な底に沈んでいる、
ほんのすこしの澱(おり)を思い出させた。〉



「灘校という高級ワイン」の澱(おり)という譬えは秀逸です。

もう一箇所を引用します。
これは彼の予備校時代の友人が、
自殺したことを懐古して書いているものです。

→P193 
〈そしてある日、彼はタヌキを見たというその田舎の家で、
自分の命を絶った。
致死量の睡眠薬を飲んでガスを放ったうえに手首を切る、
という覚悟の自殺だった。

あれから18年が過ぎて、
僕たちはちょうど彼が亡くなった歳の倍の年月を生きたことになる。
かつてのロック少年たちも今では、
喫茶店のおしぼりで耳の穴をふいたりするような「おっさん」になった。
そうした軌跡は、かっこうの悪いこと、
みっともないことの連続で、
それに比べて18で死んでしまった彼のイメージは、
いつまでも18のすがすがしい少年のままである。

自分だけすっぽり夭折するとはずるいやつだ、と僕は思う。
薄汚れたこの世界に住み暮らして、
年々薄汚れて行く身としては、
先に死んでしまった人間から嘲笑されているような気になることもある。

ただ、こうして生きてきてみると分かるのだが、
めったにはない、何十年に一回くらいかもしれないが、
「生きていて良かった」と思う夜がある。
一度でもそういうことがあれば、その思いだけがあれば、
あとはゴミクズみたいな日々であっても生きていける。

だから「あいつも生きてりゃよかったのに」と思う。

生きていて、バカをやって、
アル中になって、醜く老いていって、
それでも「まんざらでもない」瞬間を額に入れてときどき眺めたりして、
そうやって生きていれば良かったのに、と思う。
あんまりあわてるから損をするんだ、わかったか、とそう思うのだ。〉




、、、おい、聞いてるか。
おっさんになると分かるぞ。
ゴミクズみたいなこの世界で、
醜く老いていくばかりの我が身だが、
めったにはないけれど、
それでも何十年かに一回くらい、
「生きていて良かった」と思う夜があるぞ。
そんな瞬間を額縁に入れてときどき眺めたりして、
生きていれば良かったのに、、、。

これを弔辞かなんかで読まれたら泣いちゃいますね。
「世界は素晴らしい!
 あなたは価値がある!!
 死んじゃだめだ!!」
といった、押しつけがましく薄っぺらなメッセージにはない、
哀愁と深みがあります。
(1,510文字)



●歳を取るのも悪くない

読了した日:2018年8月14日
読んだ方法:図書館で借りる

著者:養老孟司 小島慶子
出版年:2018年
出版社:中公新書ラクレ

リンク:
http://amzn.asia/00CIEC5

▼140文字ブリーフィング:

養老さんの本は、新刊が出るとほぼ必ず読みます。
こちらは元TBSアナウンサーの小島慶子さんとの対談本。
小島さんは30代でTBSを退社して、
無職の夫と共にオーストラリアに移住しました。
養老さんは57歳で東京大学の教授を早期退職し、
その次の日、何の収入を得る手段もなかったそうです。
でも、二人ともちゃんと生きてますし、
むしろ彼らがそういった選択をしたことで、
人生は豊かにされ、世の中を益しているようにも見える。

「不確実性の中に飛び込む勇気」を持つ二人の話しからは、
日本の組織と個人のほどよい関係性とはどんなものか、
みたいな話しが透けて見えます。

2箇所引用します。

まずは、年寄りの「世の中への怒り」と「生への執着」は、
ちゃんと生きてこなかったこのとの結果だ、
という養老さんの指摘から。


→P22 
〈養老:年寄りが世の中に八つ当たりしたくなるのは、よく分かります。
もう、自分はどうでも良くなっちゃっているからね。
だから、どんな人間だと思われようがかまわなくなる。
そうすると、自分の事より怒りの方が大きくなるのでしょう。
世の中、なんとなく気にくわない。
いらいらして、毎日を暮らす。
何に向かって怒っているのか、
たぶん自分でもわかっていないんじゃないかな。
そういう人たちを見ると、僕は、生きそこなっているなあと思います。

小島:生き損なっている?

養老:そう、生き損ない。
これまできちんと生きてこなかった人、
一生懸命、真剣に生きてこなかった人のことです。
何かにつけて文句ばかり言っている人は、
こんなはずじゃなかったっていう気持ちを常に抱えていて、
それを人のせいにする。
そういう性質の人が、現代社会ではますます増えていると思う。

小島:自分は誰かのために、
長年我慢させられてきたという気持ちがあるのかも知れません。
じっと耐えてきたのに報われないというやるせなさが、
世間への八つ当たりになってしまうのかも。

養老:それもあるでしょう。
だから、あまり我慢はしちゃいけない(笑)。
まあ、自分が上手く行かないのは人のせい、
会社のせい、世の中のせい、で片付けちゃう方が楽だからね。
いまいる環境の中できちんと生きていれば、
自分一人で生きているわけじゃないことなんか、すぐわかるはずです。
そうしたら、なんでもかんでも世の中のせいにして、
当たり散らすような年寄りにはならないですよ。
それに、本気で生きていれば、
「死にたくない」って繰り返すようなこともない。
その場その場を一生懸命生きてきた人は、
死ぬことが怖くないからね。
自分の人生を先送りしてきた人は、
いつまでたってもこの世に未練がある。

小島:周囲への感謝があれば、寛容になれるんですね。
それにしても、そのときそのときを本気で生きるというのは、
意識しないと難しいですね。
いくつになっても将来設計にばかり気を取られて、
肝心の”今この瞬間”はないがしろにしてしまう。

養老:明日のために今日を犠牲にして、
将来のために現在を犠牲にしていたら、
保険をかけているような毎日しか送れないでしょう。
その途中で死んだら、どうすの?

小島:ああ、それが生き損なうということですね。

養老:この歳になるとよくわかりますが、
人間は必死で生きているときが一番幸せですよ。
毎日がつまらない人は、
他でもない自分自身が
退屈に暮らすことを選んでいるのだと思った方が良い。〉



、、、私は今でも、
「10年前、公務員を辞めていなかったらどうなっていただろう、、、」
とときどき夢想することがあります。
確言はできませんが、
多分養老さんの言うところの「生き損なって」いたと思います笑。

きっと今の10分の1も努力してないし、
(だって努力する必要ないですから)
その結果、肉体も精神も中年太りをし、
いつも(自分がぶらさがっているところの)、
市役所という組織の悪口を言い、
社会に不満を言い、政治に文句を言い、
教会の文句を言い、他人の文句を言っていた気がする。

いや、本当に。

それだけこの10年は必死で生きてきたし、
今も、この瞬間も、「生きるのに必死」です。
誰かに文句を言う余裕などないし、
養老さんの言うように、
思い残しはいつもありませんので、
いつ死んでも本望です。

良い人生を生きてるなぁ、
いや、生かされてるなぁ、
と、最近思うことが多くなりました。

次にもう一箇所。
組織に守られると「安全、安心」を得ますが、
それと引き換えに「学習と成長」を失う、
と養老さんが指摘しているところを引用します。


→P29〜30 
〈小島:、、、それにしても、
かつては若者の悩みだった”どう生きるか”という問題について、
なぜ現代は中年が悩むようになってしまったのでしょうか?

養老:それだけみんなが不安を抱えるようになったと言うことでしょう。
必死で生きている時は、その過程でいろいろなことを覚えるでしょ。
覚えなきゃ生きていけないから。
でも、安心、安全で安定した状況に置かれると、人は学習しない。

現代は、都市化されていく中で、安全に安心に暮らすことを基準にして、
同じ事の繰り返しをよしとしてきた。
そうすると、歳を重ねても人間が育っていかない。
だから、人生をいかに生きるべきか、とか、
人類の将来はどうなるのか、とか、
いつまでたっても自分なりに考えることができない。
ずっと人々が考え続けていたことが、
表面に出てきちゃったって事じゃないでしょうか。

でも、ここであらためて考えてみるのもいいですよ。
人生とは何か、生きるとはどういうことか、考えてみるのは楽しいですから。
人間は、考えたくないことは考えなくなりがちで、
東京って、その典型だと思う。
僕は、だいぶ前から東京という都市は健康じゃないと思っているの。
それが会社を辞めたら不安だ、老後が不安だ、
という話しにつながっていくのかな、と。
そりゃあ、不安でしょ。
どう生きれば良いのか、わからないわけだから。〉



、、、「安全・安心」と、
「成長・学習」はトレードオフです。
動物園の檻の中で餌を与えられるだけの動物は、
サーカスで「働いている」動物より平均余命は短いそうです。
大きな組織に守られて「一生安泰」な人って、
動物園的な人生を自ら選んでいる。
それが悪いとか良いとかいう価値判断はできません。
しかし、「トレードオフだ」ということは知った方が良い。

私は市役所を辞めなければ、
それを知るのが60歳を過ぎてからだった気がします。
今考えるとぞっとします。
早いところジャングルに飛び出し、
野生動物になっていて良かった。
もちろん「ここ」には、予期せぬ危険もあるわけですが、
「緩慢な死」よりは「リスクと隣り合わせの生きる実感」を、
私は貴重だと思うので。

繰り返しますがどちらが良いと考えるかは、
その人によりますし、
私は「安全で緩慢な死」を選択することを、
まったく悪いこととは思いません。
ただ、「トレードオフの事実」だけは知っておいたほうが良い、
という話しです。
そうしないと、「不機嫌な老人」になっちゃうから。
(2,802文字)



●多動力

読了した日:2018年8月16日
読んだ方法:央君から引き受ける

著者:堀江貴文
出版年:2017年
出版社:幻冬舎

リンク:
http://amzn.asia/9rtNbuZ

▼140文字ブリーフィング:

「究極の合理主義者」の話しです。
論理的で明晰な言葉で語られていて、すべて納得できます。
完璧な論理体系であり人生論・仕事論です。

、、、しかし、ひとつ問題があります。

まったく羨ましくないことです。
彼は毎日、美味しいものだけを食べ、
1ミリも「我慢」をせず、
ホテル暮らしだから掃除や洗濯といった無駄な時間がないと言います。
着た服は毎日捨てていくので洗濯しない。
ファーストクラスで海外に行って美味しいものを食べ、
日本に帰ってきたその日にフルバンドで演奏してもらうカラオケ屋さんで、
カラオケを歌い、そのあと高級寿司店などをはしごして、
4次会ぐらいまで飲む。
毎日がそんな調子で「楽しいこと」以外何もなくなる。
みんなが楽しくないのは、「我慢教」に洗脳されているからだ、
というような話しです。

すばらしい!
御意!

でも、問題は、不思議なことに、
「彼になりたい」と1ミリも思わないことです。
何一つ羨ましくない。

いや、マジで。

「完璧な肉体理論をもつ、
超絶筋肉のボディビルダーの、
非常に勉強になるトレーニングや栄養の話を、
納得し、うなずきながら聞いたが、
では最後に、自分があの体型になりたいかと聞かれれば、
できればなりたくない。」
と思うのとちょっと似ています笑。

一つだけ、彼が「教養が大事だ」
と力説しているところがあり、
そこだけはとても納得しましたので引用します。

→P117 
〈原液*を作るようになれと言ったはいいが、
やみくもに走り回っても「原液」になるものは作れない。
 では、いかにしたら原液を作れるようになるか。

 それは「教養」を身につけることだ。

 教養とは、表面的な知識やノウハウとは違い、
 時代が変化しても変わらない本質的なことを言う。
 僕は疑問に思うことは、とことんまで徹底的に掘り下げる。
 (中略)
 「教養」という幹なるものがあれば、
 枝葉となるさまざまな事象はすべて理解できる。
 2016年の9月に発刊された『サピエンス全史』は上下巻で分厚いが、
 教養を体系的に身につけるための格好の良書だ。
 現在人類であるホモ・サピエンスが、なぜホモ属の中で唯一生き残り、
 繁栄することができたのか。
 本書ではその疑問に対して丁寧に解説している。
 (中略)
 僕は「原液」となる、
 時代の一歩も二歩も先のビジョンを提示しているが、
 それはシステムの本質と歴史の変遷を追った
 深い教養を身につけているからできることなのだ。
 教養なき者は「今」という時代の変化に振り回され、
 目の前の仕事をこなす歯車で終わってしまう。
 反対に「教養」があれば、
 ジャンルを横断する「原液」となるものを生み出すことができる。
 
 急がば回れ。
 
 表面的な情報やノウハウだけを身につけるのではなく、
 気になった物事があれば歴史の奥まで深く掘って、
 本質を理解しよう。〉

*彼が「原液」と呼んでいるのは、「情報の原液」のことです。
カルピスの原液のような。
前章で彼は、人間には情報の原液を作る小数の人間と、
他人の原液を薄めて売る多数の人間の二種類がいる。
前者になれ、ということを書いています。

、、、彼が考える教養と、
私が考える教養がまったく同じものかどうかは不明ですが、
「教養が大事だ」という意見には同意します。
「面白いコンテンツ」を作るには、
最新のものを追いかけたらダメです。
必ず二番煎じになりますから。
そうじゃなく、「古典」を読むのが最短ルートです。
(1,368文字)



●さらば、GG資本主義

読了した日:2018年8月17日
読んだ方法:図書館で借りる

著者:藤野英人
出版年:2018年
出版社:光文社新書

リンク:
http://amzn.asia/3ySIqpX

▼140文字ブリーフィング:

著者の言う「GG」とは、
「ジージー」つまり、「ジジィ」、
要は「高齢者」のことです。

高齢者を「ジジィ」と呼んだら、
ポリティカリーにコレクトではない、
と彼は判断したのでしょう笑。

彼の判断は正しい。

要するにこの本は、
ますます高齢化する日本の社会が、
若い人々の活躍を妨げている、ということを指摘しています。
日大アメフト部問題で注目された田中英寿理事長なんかは、
まさに「そういうこと」ですよね。

この本、最初のほうと最後のほうは面白かったのですが、
真ん中あたりは著者の投資会社の宣伝みたいになっていて、
正直トーンダウンしてます。
最初は日本社会を論じている本かと思ったら、
会社のミッションステートメントのコマーシャルを見せられたような、
複雑な気分になりました。

「プロフェッショナル 仕事の流儀」みたいな、
ドキュメンタリー番組かと思ったら、
最後まで観ると青汁の宣伝だった、
みたいなパターンと似ています。

、、、というわけで、
この本、最初の章はとても面白いです。

二つ引用します。

「待っていても順番は来ない」話しと、
統計から観る「GG資本主義」。


→P10〜11 
〈高齢化社会と成長との関係性について考える上で、
非常に示唆的だなと思ったエピソードがあります。

私のベンチャーファイナンスの先生である、
斉藤惇さんとお話ししたときに、聞いた話です。
斉藤さんは野村證券の副社長、
東京証券取引所グループの社長などを歴任された
辣腕の実業家で、年齢は70代後半。

彼は、こんなふうにいっていました。
「私は40代のころ、自分が前に出ようとしたら先輩たちから止められた。
『君はまだ若いから、年長者を立てなさい。
そのうち順番が回ってきたら、主導権を握れるから。』
というのが、先輩たちの言い分でした。
そういうものかと思って順番を譲り、待っていてどうなったか。
いま私は70代ですが、
まだ80代のみなさんがお元気で現役として残っています(笑)。
藤野君、これが高齢化社会というものですよ。
待っていても順番は回ってこない。
だから、チャンスがあれば主導権を奪取しなさい。」

70代になってなお先輩が君臨する社会。
考えただけでぞっとしますね。
言ってみれば体育会系の部活で先輩にしごかれて
「1年我慢すれば3年生が出て行く」と思ってがんばったのに、
何年経っても先輩たちは出て行かない――そんな状況です。〉



→P18〜19 
〈高齢者が経済の真ん中に居座り、
牛耳り続ける「GG資本主義」。
データをひもとくと、至る所にその影響力が見て取れます。

例えば、会社を動かすトップ。
日本企業の社長の平均年齢は近年上がり続けていて、
2017年時点で、59.5歳。
調査を始めてから最も高い数字で、
90年以降に比べて平均年齢は5歳も高くなっています。
さらに年齢構成を見ると、60歳以上が全体の約半数を占めています。
日本における女性社長の割合はわずか7.69%ですから、
日本の会社の半分近くが「還暦を過ぎた男性」によって
動かされていることが分かります。

経済の主体は、会社だけではありません。

われわれ個人が生活の中で行う「消費活動」も
大きなインパクトを与えます。
会社とは詰まるところ、モノ・サービスを提供して、
顧客に買って貰うことで成り立っている。
消費者がお金を使わなければ、事業活動は回っていきません。

実は、消費で存在感を放っているのも、60歳以上です。
結婚して家を構えたり、交際費に使ったりする
働き盛りの人々が一番消費していそうですが、
2015年の消費シェアに占める30〜39歳の割合は、わずかに9.9%。
40〜49歳ですら、19.8%でしかありません。
29歳以下となると1.5%で、統計上の存在感はほとんどありません。

一方、60歳以上は47.8%にも上ります。
世の中の消費の約半分が60歳以上によって行われているって、
少し意外な結果ではないでしょうか。

調べていくと、それもそのはず、と思わせるデータがありました。
各資産の保有者の割合を年代別に見ると、
60歳以上の保有率が金融資産で68.8%、
土地保有で56.4%という、非常に高い数値です。〉



、、、凄いデータ&凄い話しですよね。
先ほどの日大の田中理事長の話ですと、
あれはアメフト部の内田前監督が、
「待っていれば順番が回ってくる」と思ったら、
途中でポカをして「トカゲのしっぽ切り」にあったという話しですね。
田中理事長は安泰(!!)という。
ホラーのような話しです。
この「出世の椅子取りゲーム」は、
人口減少社会では、悪いことは言わないので、
始めから参加しないのが「吉」です。
現在の70代、80代までが、
「ネズミ講で本当に儲けられる最後の世代」であり、
60代以下は「カモ」と思ったほうが良い。
早く「野生動物」になりましょう笑。

終盤で著者は自らが投資している企業の中で、
若い経営者が成功している場合、
それは「仕事とは穴を埋めること」という概念を持つ人に多い、
と指摘しています。
これは養老孟司が別の本でまったく同じ事を言っていました。
「仕事とは、山をつくることだと思っている人が多いが違う。
 仕事というのは、穴を埋めることなんだ」と。
私も本当にそう思います。
仕事というのは基本的に「社会の雪かき」なのです。


→P166〜167 
〈これまで多くの成長企業の経営者を見てきましたが、
塔を建てたと言うより、
「穴を見つけて、穴を埋めた」人のほうが多いのです。

「なんでこんなところに穴があるんだろう?
これを埋めたらもっとスムーズに通れるのにな。
それならいっそ、自分で埋めちゃおうか」といった感じです。

余っているところから砂を持ってきて、
スコップを入れてガサッと入れていく。
それがビジネスというものの本質です。
まずは気づいた穴から埋めていって、
そのうち世界中に空いているたくさんの穴を埋めて、
世の中のためになっていく。
それが私のイメージする成長企業です。〉
(2,388文字)



●フィルターバブル インターネットが隠していること

読了した日:2018年8月21日
読んだ方法:図書館で借りる

著者:イーライ・パリサー
出版年:2016年
出版社:ハヤカワ文庫NF

リンク:
http://amzn.asia/gv3u0x3

▼140文字ブリーフィング:

この本は、くっそ面白かったです。
ネット社会の本をこの数年わりと読み漁っていますが、
けっこう毎回引用されるので、
興味をもって手に取りました。

内容が豊富すぎてここで全部解説できませんが、
著者の言う「フィルターバブル」とは何か、
ということだけ解説しておきます。

それは、私たちの日々観ているインターネットというのは、
2009年を境にその性質が変わった、というところから始まります。
この年の12月にグーグルがポリシー変更をしました。
多くの人はそれを見逃しましたが、
これはインターネットの在り方を本質的に変えてしまうほどのものだった。
私たちが検索した単語、クリックした履歴、
閲覧したページやそのページに留まった時間、、、
そういったものがすべて検索サイト(やAmazon、楽天)
に「フィードバック」されるようになった。

これを「フィルター」と呼びます。
そしてフィルターは私たちがインターネットを使えば使うほど、
「私たちに最適化されたフィルター」となる。
つまり、インターネットが、
「私たちが見たいものを先回りして、
 それを見せてくるようになる」わけです。

このプロセスは「再帰的」と言いまして、
無限のポジティブフィードバックのループをもたらします。
そうすると私たちは、
「自らの価値観という泡」の中に閉じ込められてしまう。

これが「フィルターバブル」です。

この「フィルター」から自由でいられる個人は、
たぶんこのメルマガ読者のなかにはいません。
パソコンを一からプログラムできるぐらいの知識があれば、
私たちの行動を追跡し、情報を吸い上げるシステムから、
「脱獄」できますが、そんな人はとっくに、
インターネットの中の世界で働いていますから。

私がかなりショックを受けたのは、
「グーグル検索の結果は、
 検索者によって異なる」ということです。

知ってました??

ヒット件数すら異なるのです。
保守派の思想を持つAさんと、
朝日新聞を購読するBさんとで、
「安倍晋三」を検索した場合、
最初に出てくるページが違うのはもちろんのこと、
「ヒット件数」にまで差が出てくるのです。
これは、かなりショックです。

インターネットは「世の中を見ている」のではなく、
「世の中を見る自分のメガネ」を観ている、
と考えた方が、これからは良さそうです。

以上説明したようなことが、
以下の引用に書かれています。

→P13〜15 
〈2009年12月4日、
グーグルの公式ブログに登場した一文に
注目した人はほとんどいなかった。
 (中略)
この日の朝から、
グーグルは57種類もの「信号(シグナル)」
――ログインの場所や使っているブラウザーから
過去に検索した言葉まで――を使い、
各ユーザーがどういう人物で
どういうサイトを好むのかを推測するようになった。
ログアウトしても検索結果のカスタマイズが行われ、
そのユーザーがクリックする可能性が高いと
推測したページが表示されるのだ。

グーグルの検索は誰に対しても同じ結果を返してくると思う人が多い。
つまり、グーグルの有名なページランクアルゴリズムによる結果
――他ページからのリンクを基準にした権威ある検索結果だ。

2009年12月以降は違う。

いま、返ってくる検索結果はあなたにぴったりだと
グーグルのアルゴリズムが推測したものであり、
他の人はまったく違う結果となっている可能性がある。

規格品のグーグルというものはなくなったのだ。

この結果、大きな違いが生じていることは簡単に確認出来る。
2010年春、メキシコ湾原油流出事故まだ収まっていない頃、
友人二人に「BP」の検索をして貰った。
ふたりは似たようなレベルの教育を受けた左寄りの白人女性で、
米国北東部に住んでいる。

だが、検索結果は大きく異なっていた。
片方が見たのはBPの投資情報、もう片方はニュースだった。
片方は1ページ目に流出事故に関するページへのリンクが含まれていたが、
もう片方はBPの広告以外関連する情報はなかったのだ。

ヒット数さえも大きく異なっていた。

片方は1億8000万、もう片方は1億3900万。

東海岸に住む革新的な女性同士でもこれほど結果が違うのなら、
テキサス州に住み共和党を支持する老人や、
それこそ、日本の会社員とではすさまじい違いになるはずだ。

パーソナライズされたグーグルで「幹細胞」を検索した場合、
幹細胞研究を支持する研究者と
反対する活動家では正反対の結果になるかもしれない。
「気候変動の証拠」でも、環境運動家と石油会社役員では
まったく違う結果になるかもしれない。

調べ物をするとき、
ほとんどの人は検索エンジンを不偏だと考える。
でも、そう思うのは、自分の主義主張へと
少しずつ検索エンジンがすり寄っているからなのかもしれない。
あなたのコンピューターのモニターは
マジックミラーのようなものになりつつある。
あなたがなにをクリックするのかが
鏡の向こうからアルゴリズムに観測され、
自分の興味関心を映すようになっているのだ。

前述したグーグルの発表は、
情報を消費する方法について
水面下で大きな変化が始まったことを意味している。
パーソナライゼーションの時代は
2009年12月4日に幕を開けたと言えるだろう。〉



、、、いかがでしょう?
ぞっとしませんか?

私はぞっとします。
情報源がインターネットだけになったとき、
私たちはどうやって「公正な議論」をするのでしょう?
ある人の検索結果では、
「南京虐殺はひどかった」となっており、
ある人の結果では、
「あれは史実ではない」となっている場合、
その二人はどうやって議論すれば良いのでしょう?

アメリカには未だに、
「オバマがイスラム国の創始者だ」
というトランプが言ったデマを、
信じている人が一定数いるそうですが、
インターネットだけが情報源の場合、
彼らがその事実誤認を訂正する機会は永遠に訪れません。
(2,349文字)



●貧乏も宝物

読了した日:2018年8月22日
読んだ方法:山田風音くんにいただく

著者:ライフストーラー企画(山田シマ子)
出版年:2018年
出版社:ライフストーラー企画

リンク:
https://life-storier.com/

▼140文字ブリーフィング:

先週、私の家に山田風音くんという青年が宿泊してくれました。
彼と最初に出会ったのは去年、伊勢志摩で開催された、
「よにでしセミナー 第一回」においてでした。
彼は「ライフストーラー企画」という会社を立ち上げた、
若手起業家(アントレプレナー)です。
上記リンクのホームページを観ていただければ分かりますが、
この会社は、人の人生のストーリーを聞いて、
それを本にして出版するというサービスを提供しています。
特にクリスチャンの場合、
それこそが「福音の物語」になります。
私もこの会社を応援していますので、
ちょっとでも力になれればいいなーと思っています。

3月に名古屋に立ち寄ったときに、
一冊目の「本」のサンプル(試作品)をいただいていて、
彼が泊まりにくるので読んでおこう、と思い読みました。
(ちなみにこの本、非売品です。
 依頼者によって冊数は異なるのですが、
 依頼者が周囲の人に配ったり売ったりするのは、
 依頼者にお任せし、
 本を指定冊数納品するのがライフストーラー企画の仕事です)

この本の「著者」は山田シマ子さんという女性ですが、
戦後の物のない時代のリアルな生活の様子だとか、
当時の結婚の在り方とか、
日本が右肩上がりに成長していく時代の空気感だとか、
あまり他では聞けない話がたくさんあります。
しかし、もっとも強く感じたのは、
「普通の人生」などない、ということです。

街行く人、人、人は、
記号のように私たちの前を通り過ぎていきますが、
どの一人をピックアップしても、
もし私たちが時間をとって耳を傾け、
山田君がしているようにストーリーに起こすなら、
きっと「特別で唯一の、他にはない人生」に、
私たちは驚くんじゃないか、そう思わされました。

この仕事をするとそういう意味で、
「世界観」が変わりそうです。
終盤の、著者が自分の人生を振り返っている一節を引用します。

→P55〜57 
〈神様を信じていてよかったことは、
頼れるお方がいるっていうことかな。
安心できるっていうか、平安を与えてくれるお方。
不安がないわけじゃないけど、
でも祈ることができるっていう安心感、
神様にいつも守られているっていう安心感。

あと信仰を通して家族がひとつにまとまってきたかなとも思う。
それも、信じて生きることの大きな祝福だと思う。
子どもたちとの関係にしても夫婦の間にしても、
共通のものをもっているわけでしょう、
教会へ行くとか神様との関係を持つとか。
孫たちもそうやって教会につながっていてくれるから、
暗黙の家に共通のものがあるなあっていう安心感があるよね、
別に家で聖書の話しをするわけじゃないけれどもね。

生活の中でイエス様が一緒にいてくれるっていうか、
まぁ、家庭が幸せって言うことよ。
今のところ健康の心配もなくて、
お金の心配もせずにいい家に住ませて貰っているし。
私の子どもの頃は貧乏でいつもお金がなくって、
住む家もおんぼろで冬は寒くて夏は暑くて凄く大変だった。
それを思えば今は天国だよね。

こうやってインタビューして下さって
子ども時代のことをたくさん聞き出してくれたでしょ。
だから最近、自分の子どもの頃住んでいた家なんかを思い出すと、
よくもまあこんなところに住んでたなぁと思うんだわね。
同時にそういう子ども時代のことを思えば、
今はなんて幸せなんだろうと思うわけ。〉
(1,342文字)



▼▼▼リコメンド本「今週の一冊」▼▼▼

紹介した本の中から、
「いちばんオススメだったのは?」という基準でリコメンドします。
「いちばん優れていた本」というよりも、
「いちばんインパクトの大きかった本」という選考基準です。
皆さんの書籍選びの参考にしていただけたら幸いです。


▼今週の一冊:『フィルターバブル インターネットが隠していること』イーライ・パリサー

コメント:

この本は抜群に面白かったです。
先ほどのブリーフィングで、
「見たい世界しか観られなくなる」ことによる、
「民主主義の土台となる公正な議論」が不可能になる、
というリスクを挙げましたが、
他にもたくさんの「フィルターによる障害」が指摘されています。

二つ、ピックアップします。

一つ目は、「思いもよらぬアイディアとの遭遇がなくなる」ことです。

→P126〜127 
〈バージニア大学メディア学科の教授で
グーグルを専門に研究しているシヴァ・ヴァイディアナサンは、
『グーグル化の見えざる代償――ウェブ・書籍・知識・記憶の変容』
にこう書いている。
「学びというのは、その定義から、
自分が知らないこととの遭遇となる。
考えもしなかったこととの遭遇、想像もできないこととの遭遇、
理解などできないこと、とても楽しめないこととの遭遇となる。
なにか別のものとの遭遇――そのような異なるものとの遭遇となる。
インターネットを検索する人と検索結果との間に
グーグルが置こうとしているようなフィルターは、
そのような根源的な遭遇を検索者から隠してしまう」。〉


、、、もう一つは、
「問い」を生み出す能力の退化です。
これは先週のメルマガのQ&Aでも引用した箇所ですね。

→P127 
〈パーソナライズされた環境は
自分が抱いている疑問の解答を探すには便利だが、
視野に入ってもいない疑問や課題を提示してはくれない。
ここからは、パブロ・ピカソの有名な言葉が思い出される
――「コンピューターは役立たずだ。答しか与えてくれない。」〉


、、、最後に、本書の要約的なセンテンスを紹介します。

→P296 
〈本書で私は、あらゆるところにフィルタリングが
組み込まれるようになりつつあり、その結果、
インターネットにおける体験が変わりつつある、
また、最終的に世界自体が変わりつつあると訴えてきた。

その原因は、ユーザーがだれで、なにを好み、
なにを望むのかを判断する力を媒体が初めて持ったからだ。
コードによるパーソナライゼーションは
常にジャストフィットとは限らないが、
適切な広告を提示し、また、我々が読み、
閲覧し、聞く内容を調整して利益を持たせる程度には正確である

その結果、インターネットは圧倒されるほど
豊富な情報源や選択肢を提供してくれているというのに、
我々はフィルターバブルに包まれ、
その大半を気づかずに過ごしてしまう。

インターネットは自らのアイデンティティを育て、
さまざまなことをトライするチャンスを提供してくれているというのに、
パーソナライゼーションという経済性の追求は
個性を不変なものにさせようとする。

インターネットによって知識やコントロールが
分散する可能性があるというのに、実際には、
我々が何を見てどういうチャンスを手にできるのかといった選択が
かつてないほど小数の人の手に集中しつつある。〉



▼▼▼部門賞▼▼▼

ご紹介した書籍の中から、
陣内の独断と偏見で、
「○○賞」という形で、
特筆すべき本をピックアップします。
こちらも何かのご参考にしてくだされば幸いです。

▼「ライフストーラー賞」:『貧乏も宝物』山田シマ子

コメント:

山田シマ子さんの人生に触れ、
じんわりと心温まりました。
風音くんはいま、
広島の被爆者の方のお話を聞いているそうです。
日本における「世代から世代への精神的な遺産の継承」という意味で、
ライフストーラー企画のような働きはとても大きな意味を持ちます。

とかく、土地や金融資産の遺産相続ばかりがビジネスになりますが、
「精神的な遺産相続」は本当はもっと大切なはずです。
お近くに本を出版してみたい方がいらっしゃいましたら、
ライフストーラー企画にご一報を。
一回目のインタビューのための、
インタビュアーの交通費は無料です(宣伝)。

陣内が先週読んだ本 『ヒキコモリ漂流記』他12冊

2018.12.17 Monday

+++vol.052 2018年月14日配信号+++

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
■2 陣内が先週読んだ本 
期間:2018年7月第四週〜8月第二週 7月22日〜8月11日
::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::

先週私が読んだ本(読み終わった本)を紹介していきます。
一週間に一冊も本を読まない、
ということは、病気で文字が読めなかった数ヶ月を除くと、
ここ数年あまり記憶にないですから、
このコーナーは、当メルマガの
レギュラーコーナー的にしていきたいと思っています。
何も読まなかった、という週は、、、
まぁ、そのとき考えます笑。

ただ紹介するのも面白みがないので、
twitterに準じて、
140文字で「ブリーフィング」します。
「超要約」ですね。
(どうしても140字を超えちゃうこともあります。
 140文字はあくまで「努力目標」と捉えてください笑。)

忙しい皆さんになり代わって、
私が読んだ本の内容を圧縮して紹介できればと思います。
ここで紹介した本や著者、テーマなどについて、
Q&Aコーナーにて質問くださったりしたら、
とても嬉しいです。



●数学を使わない数学の講義

読了した日:2018年7月24日
読んだ方法:図書館で借りる

著者:小室直樹
出版年:2005年
出版社:ワック出版

リンク:
http://amzn.asia/ijBzMPl

▼140文字ブリーフィング:

小室直樹は、橋爪大三郎とか宮台真司などの「師匠」である、
「知の巨人」といいますか、「大知識人」です。
東大の教授をしていました。
彼の書くものを2年前ぐらいから読み始めました。
どれも面白いですが、
『日本人のための憲法原論』
『日本人のための宗教原論』
の2冊が特にオススメです。

彼の主張はこのようなものです。

今の日本を近代国家たらしめている、
「立憲主義」とか「民主政治」とか、
「法の支配」とか、「契約の概念」とか、
そういったことは全部、
西洋の一神教(具体的にはユダヤ・キリスト教)から生まれている。
ところがそもそも日本にはその、
一神教的コスモロジー(宇宙論)という前提がないため、
制度だけを「和魂洋才」的に採り入れても、
上手く機能しない。

こういったことを小室さんは、丁寧に説明してくれます。
古くは山本七平や丸山真男が語っていたことですが、
この論は未だに有効です。
日大や日本ボクシング協会、
そして自民党や財務省・文科省の問題に共通するのは、
「ガバナンス問題」です。
「ガバナンス」とは直訳で「統治」ですが、
「その組織の意志決定の透明性や公平性を担保するための、
 一連の制度的構造」がもっと精確な使われ方です。
毎回この長い説明をするのが面倒なので、
「ガバナンス」と一言で言うのは便利です。
カタカナ英語は何でも使えばいいわけではないですが、
こういった、日本語にはない言葉は、
やはりカタカナ英語が便利です。
「インテグリティ」などもそうですね。

話しがそれましたが、
この「ガバナンス問題」も、
広い意味で小室直樹が指摘している、
「一神教に基づく契約の概念・性悪説・法治主義」
が浸透していないところに、
「理事会」「定款」「評議委員」などの、
民主的な意志決定機構を準用すると、
アジア的な「人治政治」が、
制度を呑み込んでいき、
「ひとりのボス(及びその取り巻き)」が、
すべてを牛耳る状況を誰も止められない、
ということになる。

、、、で、この本。

先に紹介した2冊ほどにはオススメではないですが、
小室直樹は立憲主義や契約の概念などをさらにさかのぼると、
「そもそも」数学に行き着く、と主張します。
数学的センス(論理的思考)こそが、
実はこういった「西洋の制度」の通奏低音にはある。
ユーグリッドの「原論」だとか、
アリストテレスの論理学ですね。
小室先生は、人生をかけて日本人に呼びかけたのだけど、
あ、こりゃ聞いてもらえないわ、と思ったのでしょうね。
「西洋の一神教とか、もういいです。
 理解しなくても。
 でも、少なくともこれをまず理解しましょうよ。
 それは『数学』です。
 数学なら分かるでしょ。
 数学的(論理的)に思考するって、
 こういうことですよ。」
と、幼稚園児に語るような気持ちで、
この本を書いたのだろう、と私は心中を察します。

、、、「数学と社会、何の関係があるんだよ!!」
と思われる方もいるかもしれません。

、、、大ありです。

「数学的(論理的)思考」ができるかどうかが、
今の日大やボクシング協会や「モリカケ問題」のような、
「ガバナンスの破綻」に対抗する「知的ワクチン」だからです。

、、、なぜ?

それはこの本を読めば分かります。
(1,225文字)



●シュタイナー教育入門 現代日本の教育への提言

読了した日:2018年7月24日
読んだ方法:図書館で借りる

著者:高橋巌
出版年:1984年
出版社:角川選書

リンク:
http://amzn.asia/44qo8I1

▼140文字ブリーフィング:

この本は、前半が特に面白かったです。
「シュタイナー教育」という、
「子どもの内発的学習意欲」を育てる教育思想があるのですが、
これを、古代ギリシャから現代にまで至る、
「教育史」のなかに、
本の半分を割いて位置づけるところから始まります。

ラーメンの本が、
「そもそも人類が小麦を食べ始めたのは、、、」
という書き出しで始まるようなものです。
私はこういう「そもそも論」から語り起こす本が大好物ですから、
序章を読んだ段階で「期待できる」と思いました。

著者の高橋さんが指摘しているのは、
シュタイナー教育とは、
「ローマ的な思想に基づく近代知識教育」から、
「古代ギリシャ的思想に基づく包括的教育」への、
「復古運動(ルネッサンス)」なのだ、ということです。

教育における、
ローマ的なるものと、ギリシャ的なるもの、
この対比が面白かったので引用します。

→P37 
〈ギリシアの場合には、
七歳から、十四、五歳まで体育教師の下で体育を学んだのですが、
ローマでは十五歳から二十歳の頃に
集中的にレトール(弁論教師)によって
レトリックが学ばれることになります。

もちろんローマでも七歳からの教育があります。
しかし、そのときには何を学ぶかというと、
読み方、書き方、計算、暗誦などです。
基本的には今の教育と同じ教育をローマからするようになるのです。

このことをどう考えたら良いかというと、
ローマの時代に人間の意識にかなり大きな変化が生じまして、
もはや、ギリシアのように、
肉体と魂が一つだという考え方が成り立たなくなってしまったのです。
ですから魂そのものを教育しようと考えるようになるわけです。
肉体だけが発達しても魂は発達しない、
という一種のペシミズムが興ってくるのです。

それにはキリスト教の影響も考えられます。
キリスト教は、肉体と魂を分離させるのに、
非常に大きな役割を果たしました。
肉体の思想と霊の思想は、はっきり違うと考えたのです。

肉体が発達すると、エゴイズムが強くなり、神の国から遠くなる、
という考え方も出てきますから、
魂そのものを純粋に育成しなければいけないと考えるようになってくるのです。
そして魂は肉体の影響をできるだけ受けずに済むように、
そして肉体を支配できるようにという考え方が、
中世、またはローマから出てくるわけです。

最初ローマは功利主義の立場から、
社会生活を有効に営むのに、
魂が肉体をどう支配したら良いか、と考えるのですが、
中世になるともっと宗教的になります。
神の国を実現するために、
魂が肉体をどう支配すれば良いかと考えますから、
今度は肉体に対しては禁欲とか、
苦行とかが問題になってくるわけです。
方向が逆転するわけです。〉



、、、高橋さんがここで言っているのはつまり、
ギリシャにおいては教育は「心と体はひとつ」という前提に基づいていた。
ローマにおいては教育は「心と体が別々」という前提に変化した。
ということです。
この前提の違いによって何が変わったか?
ギリシャでは、「体育」と「無意識の教育」が優先されました。
「体育」と言っても軍隊のような体育ではなく、
踊りや歌や武道です。

ところがローマではキリスト教の「霊肉二元論」の影響もあり、
「肉体は意識の支配下に置かれるべし」と変わりましたから、
「知識偏重教育」になるのです。
「正しい知識を詰め込みさえすれば、
 自然に正しい行動をするようになるだろう。」
ということです。
ここでは、ギリシャの教育にあった、
歌や踊りなどの「遊び」の概念は排除されます。

、、、さて、近代の教育はどちらに近いか。

そうです。
お察しのとおり、ローマに近いのです。
これは近代教育の出自を考えれば分かります。
近代産業国家は、工場で働く労働者や、
自国の軍隊の兵士となる人材を、
安定的に供給する必要があった。
彼らには同じことばを喋って貰わないと困るし、
四則演算ができて貰わないと困る。
また、上の身分の人に従属するという行動規範も欲しい。

、、、そうして作られたのが私たちの知る「学校」です。
学校の体育座りやランドセルは軍隊から来ていますが、
それはそのはずなのです。
だって、作られた理由がそうなのですから。

シュタイナー教育は、
「近代のローマ的教育」から、
「ギリシャ的な包括的教育」への復古運動だ、
というのはそのような意味においてです。

リベラルアーツ(一般教養)というアイディアも、
実は専門知識教育を重視するローマ的なものと比較すると、
包括的であり、「ギリシャ的」です。
日本の現政権はリベラルアーツ的なものを嫌悪し、
専門知識教育に大きく舵を切っています。
無意識でしょうが、今の政権は、
とても「近代産業国家的」なのです。
明治の「殖産興業・富国強兵」への、
「先祖返り」が起きています。

あくまで個人的な意見ですが、
この動きには私は、断固反対します。
理由は、長期的にはこの傾向は、
国力を衰退させるからです。

これからの時代は
「こういう人材を作ると国が富む」という、
方程式に当てはまらないような「珍種」をいかに多く生むかが、
イノベーションの種を蒔くことになり、
生き残りにつながるからです。
だから昨今の文部省(と官邸)の腐り具合には、
本当に辟易としているのです。

本当に「クソ食らえ」と思います。
もう一度言います。
「クソを、食らえ。」
(2,111文字)



●モチベーション3.0

読了した日:2018年7月27日
読んだ方法:Kindleで電子書籍購入

著者:ダニエル・ピンク
出版年:2015年
出版社:講談社

リンク:
http://amzn.asia/ctTEOsm

▼140文字ブリーフィング:

この本は有名なのでご存じの方も多いかもしれません。
各所で引用されています。
人間の「働き方の歴史」を考えた時に、
古代から中世、近世にかけては、
農業を中心とする世襲制の職業的身分制度があったため、
「人間の働き方」は、長いこと変わりませんでした。
弥生時代の労働と、鎌倉時代の労働は、
さほど大きくは変わらなかった、ということです。
この時代の「仕事の動機付け」を、
「モチベーション1.0」としましょう。

産業革命はすべてを変えました。
農家や靴職人のような働き方は人口の1割以下になり、
二次産業(工場での仕事)や、
政府に代表される官僚(テクノクラートとビュロクラート)のような、
「ある時間内に規定の仕事を規定のやり方でする」
という働き方が主流になった。
この時代に、「仕事の動機付け」はバージョンアップした、
と著者は話しを進めます。
「モチベーション2.0」です。
これは、一言で言うと、「アメとムチ」です。
怠惰な労働者や効率の悪いホワイトカラーには懲罰を、
勤勉な労働者や生産性の高いホワイトカラーには金銭的報酬を、
ということです。

実は今、「産業革命以来の労働革命」が進行中なのでは?
というのは、多くの人が指摘していることですが、
著者ダニエル・ピンクもそれを支持します。
そして、産業革命以降、200年ほど続いた、
「アメとムチ」の動機付けが、
21世紀以降の世界では通用しなくなるどころか、
むしろ仕事にとってマイナスになるのでは?
という指摘をしているのが本書です。
この時代には「モチベーション3.0」が必要なのでは?
ということです。

それはいったいいかなるものなのか?

まず、現代の労働革命とは何なのか?
から解説しましょう。
それは一言で、仕事が「アルゴリズム的なもの」から、
「ヒューリスティック的なもの」へと変遷してきている、
ということです。

引用します。


→位置No.549 
〈行動科学者は、仕事と勉強を、
「アルゴリズム」(段階的手法またはルーティンワーク)と
「ヒューリスティック」(発見的方法)の二つに分類することが多い。

アルゴリズム的な仕事とは、
一つの結論に至る一本の道を、
実証された指示に従ってたどる類の仕事だ。
つまり、解決にはアルゴリズムが存在する。

ヒューリスティックな仕事は逆だ。
解決にアルゴリズムが存在しないからこそ、
可能性を試行錯誤して新たな解決策を考案する必要がある。

スーパーの仕事は、たいていアルゴリズム的な仕事だ。
ほとんど同じことを、何度も何度も一定の方法で行う。
広告キャンペーンの企画は、大概ヒューリスティックだ。
何か新しいアイディアを生み出さなくてはならない。〉



、、、アルゴリズムとヒューリスティックの違い、
ご理解いただけたでしょうか?
「計算ドリル」はアルゴリズムです。
「クラスで協力して演劇を作る」はヒューリスティックです。
「センター試験」はアルゴリズムで、
「実社会で生き抜く」はヒューリスティックです。
前者は正解へのパターンがひとつですが、
後者の「正解」は無数にあります。
前者は「解答」があり、
後者には「答え」がありません。

、、、で、「ポスト近代工業社会」である現代では、
仕事はますますアルゴリズム的なものから、
ヒューリスティック的なものに置換されていくだろう、
と著者は言っています。
私もそうなるだろうな、と思います。

なぜか?

アルゴリズムは、人工知能が最も得意とするところだからです。
これらはAIに代替可能です。
しかし、ヒューリスティックな仕事は、
その原理からしてAIに代替不能です。
コンピュータというのは0と1の二進法ですから、
「0と1の間に無数の正解がある」、
ヒューリスティックな世界は、
AIには見えないのです。
このへんのことは、新井紀子さんの、
『AI VS 教科書の読めない子どもたち』
という本に詳しいです。
(この本、AI関連の本ではバツグンに分かりやすく内容も濃いです。
 AIに興味ある人には、是非オススメです。)

▼参考リンク:『AI VS 教科書の読めない子どもたち』
http://amzn.asia/cbeiDq8


、、、話しを戻します。
では、何が問題なのか?
世の中はヒューリスティックな仕事を、
今後ますます必要とするようになるが、
企業や国や官僚は、
いまだに「モチベーション2.0」の呪縛から抜け出せていない、
ということにあります。

労働者はもはや「モチベーション2.0」では動かないのに、
経営者や国家は、「人間はアメとムチで動くに違いない」
という思い込みを捨てられない。
ヒューリスティックな仕事に必要なのは、
新しいタイプの動機付け、
つまり「モチベーション3.0」なのです。

引用します。

→位置No.570 
〈ハーバード・ビジネススクールのテレサ・アマビルなどの研究者は、
外的な報酬と罰――つまりアメとムチ――は、
アルゴリズム的な仕事には効果を発揮するが、
ヒューリスティックな仕事には、
むしろマイナスに作用する恐れがあると気づいた。

この種の課題――新たな問題を解決したり、
独創性に富んだ製品を創造することなど――は、
ハーロウの唱えた第三の動機付けに頼るところが大きいからだ。
アマビルはこれを、創造性に関する〈内発的動機付けの法則〉と呼び、
「内発的動機付けは創造性につながり、
統制された外発的な動機付けは創造性を奪う」と主張した。
言い換えれば、〈モチベーション2.0〉の核となる信条は、
現代経済が依存するヒューリスティックな、
右脳的な仕事に”有害”な影響を及ぼしかねないと言うことだ。〉



、、、どうでしょう。
これは実験によって立証されています。
「ローソク問題」というのがあります。

▼参考リンク:ローソク問題
https://cdn-ak.f.st-hatena.com/images/fotolife/P/PARM/20160831/20160831223740.jpg

机の上にマッチ箱、マッチ、画びょう、
ローソクが置いてあります。
問題は
「これらの道具を用いて、
 ローソクが机に付かないように、
 ローソクに火を付けてください」
というものです。

、、、皆さんも考えてみてください。

このタイプの問題は「アルゴリズム」ではなく、
「ヒューリスティック」です。

考えてみた方に、
「答え」をお見せします。

▼ローソク問題解答
https://cdn-ak.f.st-hatena.com/images/fotolife/P/PARM/20160831/20160831212106.jpg



、、、「なーんだ」と思うでしょ。
そうです。
この手の問題は、
「なーんだ」と思うのです。
でもその「ワンアイディア(ひらめき)」が、
問題を解決する。
そのひらめきはアルゴリズム的な努力によっては得られず、
ヒューリスティックなひらめきによってもたらされる。

「コロンブスの卵」は、
ヒューリスティックの話しなのです。

、、、ここからが大切なところです。
本書に、プリンストン大学の心理学者、
サム・グラックスバーグが行った実験が紹介されています。
彼はこの「ローソク問題」を二つのグループに解いてもらい、
解決までの時間を計りました。

ひとつめのグループ(グループA)には、
「この実験は、この種の問題解決に、
 通常どのぐらいの時間がかかるかの調査のためです」
と伝えました。
もうひとつのグループ(グループB)には、
「かかった時間が上位25%に入っていたら、
 賞金として5ドルが、
 グループで1番早かったら、
 20ドルが与えられます。」
とアナウンスしました。

つまりグループAとグループBの違いは、
「金銭的なインセンティブの有無」です。

実験結果はどうなったと思いますか?

、、、引用します。

→位置No.800
〈インセンティブを提示されたグループは、
もう片方のグループと比べてどのくらい早く解いたのだろうか?
平均すると、実はほぼ三分半長くかかった。
もう片方のグループより、三分半遅かったのだ
(ビジネスパーソンにこの結果を伝えると、
必ずと言って良いほど、
ショックのあまり大きく息をのむ音が聞こえる)。〉



、、、金銭的インセンティブは、
ローソク問題を解くに当たって、
効率性を上げるのではなく、下げたのです。
金銭的報酬のないグループAよりも、
金銭的な報酬を示されたグループBのほうが、
3分半も長くかかってしまったのですから。

その理由は何か?
これも引用します。


→位置No.810
〈〈モチベーション2.0〉の中心となる信条とは相反して、
思考の明晰さと創造性の向上を意図したはずのインセンティブが、
かえって思考を混乱させ、創造性を鈍らせたのだ。
どうしてなのだろう。
報酬には本来、焦点を狭める性質が備わっている。
解決への道筋がはっきりしている場合には、この性質は役立つ。
前方を見据え、全速力で走るには有効だろう。

だが、「交換条件付き」の動機付けは、
ロウソクの問題のように発想が問われる課題には、
まったく向いていない。

この実験結果から分かるように、広い視野で考えれば、
見慣れたものに新たな用途を見つけられたかもしれないのに、
報酬により焦点が絞られたせいで
功を焦ってそれができなかったのである。
既存の問題を解決するのではなく、
新しいことを次々と応用する必要がある課題に対して、
これと似たような現象が起こるようだ。〉



、、、さて、
これからの社会では、
「解決の道筋がはっきりしている問題を解くような労働」と、
「新しいことを次々と応用する必要があるような労働」の、
どちらが大切になってくるでしょうか?

もちろん後者です。

前者はいわゆる「コスト部門」と呼ばれる、
企業でいうと人事部、総務部、経理部などの、
ホワイトカラーの労働です。
これらの部門は近未来に人工知能によって駆逐されます。
では、人間が働く領域はどこに残されるのか?
それが「ロウソク問題を解くような労働」なのです。

そして、「アメとムチの動機付け」は、
逆に効率性を下げてしまうということが分かった。
では、どうすれば良いのか??

文字数が足りなくなってきたので、
キーワードだけご紹介します。
1.自律性(仕事それ自体を楽しむ)
2.マスタリー(熟達)
3.自己を超えた目的
です。

本書は親切にも、
本書の内容を短く他者に伝えるためのまとめを、
ツイッター用のサイズと、
カクテルパーティー向けのサイズに、
要約してくれています。
それを引用したいと思います。

→位置No.3288 
・ツィッター向けのまとめ
「アメとムチは前世紀の遺物。
〈モチベーション3.0〉によると、
21世紀の現場では、〈自律性〉〈マスタリー〉〈目的〉へと
アップグレードが必要。」

・カクテルパーティー向けのまとめ
「モチベーションの話となると、
科学の知識とビジネスの現場にはギャップがある。
ビジネスにおける現在の基本ソフト(OS)は、
外部から与えられているアメとムチ式の動機付けを中心に構築されている。
これはうまくいかないし、有害な場合も多い。
アップグレードが必要なんだ。
科学者たちの研究成果がその方法を示している。
この新しいアプローチには三つの重要な要素がある。
一つは〈自律性 オートノミー〉
――自分の人生を自ら導きたいという欲求のこと。
二番目は〈マスタリー(熟達)〉
――自分にとって意味のあることを上達させたいという衝動のこと。
三番目は〈目的〉
――自分よりも大きいこと、
自分の利益を超えたことのために活動したい、
という切なる思いのことだ。」
(4,402文字)



●暴力の世界で柔和に生きる

読了した日:2018年7月28日
読んだ方法:Amazonで書籍購入

著者:スタンリー・ハワーワス、ジャン・バニエ
出版年:2018年
出版社:日本基督教団出版局

リンク:
http://amzn.asia/ayp6MRd

▼140文字ブリーフィング:

この本もすごかったです。
年間ベスト10に入る可能性が高いですね。
ジャン・バニエは「ラルシュ」という、
障がい者のためのコミューン
(共同生活をする相互扶助の共同体)を始めた、
フランス系カナダ人で、ヘンリ・ナウエンや、
ジェームズ・フーストンらとも交流のある、
「知る人ぞ知る思想家であり実践家」です。

彼の「人間になる」は名著です。

▼参考リンク:『人間になる』ジャン・バニエ
http://amzn.asia/dKH8ffP

共著者のスタンリー・ハワーワスは、
現代アメリカの最高の神学者のひとりです。
この本を読んで知ったのですが、
ハワーワスはこれまでバニエに会ったことがなかったけれど、
自らの神学を構築する上で、「ラルシュ共同体」の実践と、
バニエがしていることというのは、
とても大切な「カギ」を握っていると直観しており、
彼はいろんな場所でラルシュについて書いてきたそうです。

ハワーワスは、ラルシュの実践を、
「神学的に言語化」するということを、
人生の使命のひとつと思っている節があり、
本書はそのような両者が交互に章を記すという、
非常に面白い試みです。

本書についてはあと1万字ぐらい書けますが笑、
著しく文字数が足りなくなってきたので、
本書のなかで私がもっとも好きだった一節を引用し、
簡単に解説するにとどめたいと思います。
ちなみにこの箇所はバニエのパートです。


→P14 
〈数年前、わたしは「牧会ケア」の授業を担当していました。
それは、通信教育のプログラムで、
アバディーンで授業に出席している人以外は、
イギリス各地の電話口にいます。

そのような状況において、そのクラスは、
多様な背景と考え方を持つ人たちが参加していました。
そこに目が見えない人と、
重度の聴覚障がいのために手話通訳を介して話していた人がいました。
あるときの授業で、学生たちが
自分のさまざまな霊的(スピリチュアル)な
経験の分かち合いをしていました。

耳の聞こえない女性、アンジェラは、
彼女が見た夢について話し始めました。
その夢の中で、イエスに天の国でお会いしたというのです。
イエスとしばらくの間会話をしたのですが、
あのときの平安と喜びはそれまで全く経験したことがないものだった、
と彼女は語ってくれました。

「イエス様は、ほんとうにわたしが思い描いていたとおりの方でした」。
さらに、このように続けました。
「そしてね、イエス様の手話はほんとうにすてきだったの!」
アンジェラにとって、天の国の完全の中には、
自分の聴覚障がいが「治る」ということは入っていなかったのです。

むしろ、天の国は、彼女の現在の生活を制約している社会的、関係的、
そしてコミュニケーションの障壁がもはや存在しない場所でした。
それまでは「障がい」と呼ばれていたものが、
いまや社会の標準となったのです。
それまでは排除や不安や機会損失につながっていたものが、
いまや、イエスが彼女に語りかける、まさにその手段となったのです。
アンジェラの物語を聞くにつれて、
わたしたちの心は新たにされます(ローマ12:2)〉



、、、解説はほぼ不要だと思います。
「完璧な場所である天国」において、
アンジェラの聴覚障がいが「治っていなかった」
ということは私たちの世界観を揺るがします。

「私たちが思う完璧」と、
「神の完全」は違うのかもしれません。
「神の国」は、すべての障がい者が「いなくなる」のではなく、
障がい者が生きづらいと感じる「社会の側の病」が癒やされ、
障害(と勝手に人間が思ってるだけかもしれない)という名の、
「個性」(アンジェラの場合音ではなく手話で会話できるという)が、
輝く場所なのかもしれません。
(1,481文字)



●HUNTER×HUNTER 11〜35巻

読了した日:2018年7月27日
読んだ方法:ともおくんに借りる

著者:冨樫義博
出版年:1999〜2018年
出版社:集英社

リンク:
http://amzn.asia/fBNWBwf

▼140文字ブリーフィング:

ともおくんに借りていたHUNTER×HUNTER、
一気に読みました。1週間ぐらいで。
面白かったー。

数年ぶりに、漫画を一気読みしました。

HUNTER×HUNTERのすごいのは、
11巻以降のこの25冊が出るのに、
約20年かかっているところです。

同じ週刊少年ジャンプの、
たとえばスラムダンクは31巻ありますが、
連載期間は7年間です。

HUNTER×HUNTERの11巻が出たのは、
なんと私が大学三年生のときです。
35巻は今年出ました。

すごいペースです。
まぁ、漫画家は命を削って書いていて、
そのすさまじい競争ゆえに働き過ぎだと思いますので、
本当はみんなが富樫さんぐらいのペースでできるようになると、
「才能の枯渇」を防ぎ、
「才能の保存」につながると私は個人的に思います。
あまりのプレッシャーと激務で精神を病んだり、
自殺してしまう漫画家も少なくないと聞きますし。

めちゃくちゃ長いことかけて書いているという点以外では、
ストーリーテリングの巧さにも感服します。
冨樫義博は、「神」として、
「将棋のコマ」である登場人物を動かすのではなく、
「登場人物の内在的論理に入り込んで勝手に動くのを楽しんでいる」
タイプの作家だと思います。
物語が多声的で躍動感があります。

これはドストエフスキーの系譜であり、
村上春樹や井上雄彦が言っていたこととも似ています。
作家は登場人物を「召還」するのではありません。
登場人物たちが生きる世界に「降りていき」、
彼らの声に耳を澄ますのです。
そうすると、彼らが次に何を言うか、
何をするかが分かってくる。

漫画でも小説でも、
そういう「書き方」ができる作家は一流です。
(659文字)



●戦争と平和

読了した日:2018年7月28日
読んだ方法:図書館で借りる

著者:百田尚樹
出版年:2017年
出版社:新潮新書

リンク:
http://amzn.asia/9kwd2rR

▼140文字ブリーフィング:

百田尚樹の最近のツィッターでの発言には辟易としています。
脳に虫がわいているのではないでしょうか笑。
しかし、彼の書いた「永遠の0」は面白かったですし、
彼のつくる「探偵!ナイトスクープ」は最高です。

私の考えは彼の思想性とまったく相容れませんが、
時々、彼の書いたものを読みます。
「彼に象徴される、ネット右翼的言説の背後に、
 どんな内在的論理があるのだろう??」
ということに興味があるからです。
いったん自分の意見は留保し、
相手の靴を履き、相手のメガネで世界を見るのです。

あらゆる問題についてこの態度が必要です。
「自分の考えをサポートしてくれる本」ばかり読んだり、
「自分の考えを支持してくれるウェブサイト」ばかり閲覧してくると、
思考回路が固定化され、考えが深まることがありませんから。

、、、というわけで、
百田尚樹が書いたこの手の本を、
今回も手にとったのです。

第一章は零戦とグラマン戦闘機を比較したりして、
日米の戦争思想(米国の合理性と日本人の言霊信仰的な非合理生)
の対比があって面白く読めました。
山本七平にも通ずるものがあります。

第二章は「永遠の0」に関する自慢話で、
第三章は、日本国憲法を変えた方が良いというアジテートと、
うすっぺらなGHQ批判です。

まったく話題に統合性がなくてびっくりしました。
第一章は面白いです。
第二章は喫茶店でやってくれ。
第三章に関しては、彼の憲法改正論については部分的に賛成できるが、
そもそも憲法が「どちらからどちらに向いているか」
という「憲法観」に関する議論はありません。
「立憲主義」の理解が彼にはあまりないようです。
残念でした。

憲法九条に関して言いますと、
今までで私が読んだ中で最も筋の通った憲法議論は、
小室直樹の理論と、井上達夫の「九条削除論」でした。
「憲法を聖典化」し、「神聖不可侵のものとする」みたいな、
極端な左派の言説に私はついていけないし、
逆に「九条があるから日本はすべておかしいんだ」みたいな、
櫻井よしこ的なぶっとんだ議論にもついて行けません。

まずはホッブスの「リヴァイアサン」とかから考えないと、
憲法は話し始められないと思うからです。
(872文字)



●関トレ

読了した日:2018年7月30日
読んだ方法:図書館で借りる(ななめ読み)

著者:笹川大瑛
出版年:2018年
出版社:朝日新聞出版

リンク:
http://amzn.asia/6TKMq6Y

▼140文字ブリーフィング:

関節を守る筋肉をピンポイントで鍛えると、
運動のパフォーマンスが上がる、という話です。
理学療法士の著者が論理的に解説しています。
正直、実践しようという気持ちに今のところなりませんでした。
興味深い話ではあるので、
今後スポーツをしていて故障などをしたら、
思い出して実践するかもしれません。
(141文字)



●ヒキコモリ漂流記

読了した日:2018年7月30日
読んだ方法:図書館で借りる

著者:山田ルイ53世
出版年:2015年
出版社:マガジンハウス

リンク:
http://amzn.asia/gP1SrQy

▼140文字ブリーフィング:

著者は「髭男爵」というお笑いコンビの、
「髭の方」。山田ルイ53世です。
彼の書いた「一発屋芸人列伝」を先日Kindleで購入して読みました。
それが非常に面白かったので、こちらを手に取りました。
彼の半生を記した自伝です。

しょうもない親父、しょうもない母親、
しょうもないプライドだけが高く実力はない両親の元で、
しょうもないプライドとひねくれた心を持つに至った、
「何も持たない男」の魂の叫びがここにあります。
圧倒的な筆力に感動させられました。

西村賢太氏が芥川賞を受賞し、
映画化もされた『苦役列車』という小説があります。
本書は芸人が書く「苦役列車」とでも言えるでしょうか。

『苦役列車』も以前読みましたが、
こちらのほうが笑いがあって私は好きです。
両方とも何の救いもない話しなのですが、
こちらのほうは「笑い」が救済になっています。

漫画『最強伝説 黒沢』の黒沢は、
途中からキリストに見えてくるのですが
(この話しはいつか別のところでします)、
彼もそういうところがあります。
このギリギリの人生を、「自己相対化」できているのは、
本当にすごいことだと思います。。
地頭が良い人です。
文章も巧いし。

彼はあらゆるものに恵まれなかった人です。
ある意味、暖かい人々に恵まれた、
『ホームレス中学生』の田村裕よりも恵まれていないかもしれない。
しかし、それが彼をして、文章の天才たらしめたのかもしれないと、
この本を読むと思わされます。
彼のスティグマ(困難)こそが、
彼の生きる力の源泉になっています。
「アドラーのくる病」が、ここにもあります。

最後に「あとがき」から引用します。


→P256 
〈もう、四十歳。
 これまでの自分の人生を振り返ってみると、
 これはもう明らかに、弁解の余地なく、「失敗」している。

「中学受験に合格」
→「中学校で留年」
→「引きこもる」
→「苦し紛れに高校受験するも、不合格」
→「五年間、二十歳まで引きこもる」
→「大検取得」
→「大学合格」
→「二年足らずで失踪」
→「上京」
→「芸人として、下積み生活始まる」
→「借金で首回らなくなる」
→「債務整理」
→「やっと一回売れる!!」

・・・そして「今」である。
こんなに嫌なマスが多いスゴロクも珍しい。
「サイコロ」の方もおかしい。
こんなに出目に偏りがあって良いのだろうか?
ここ数年に至っては、サイコロ自体紛失した。
一向に、次のマスに進めない。

それでも、粛々と生きていくしかない。
別に悲観しているとか、諦めているとかそういうことでもない。
「そんな人生だな・・・」というだけだ。
お笑い芸人なんて仕事をしているのに、
これは致命傷だが、そもそも人間が苦手だ。

人間関係の一番の基本と言えば当然「親子関係」だが、
そもそもそこからして失敗している。
例えば、この二十年で考えても、両親に二回ぐらいしか会っていない。
(中略)
自分でもなぜそんな風になってしまったのか分からない。
ただただ、「そんな家族」だということだろう。〉



、、、ほらね。
救いがないでしょ。
「安っぽい救済」に逃げないところに、
私は尊敬を覚えます。
本当の救済は、安物の救済を拒絶するところから始まるからです。
(1,264)




●心が雨漏りする日には

読了した日:2018年8月3日
読んだ方法:図書館で借りる

著者:中島らも
出版年:2002年
出版社:青春出版社

リンク:
http://amzn.asia/7SNH6MD

▼140文字ブリーフィング:

文字数が著しく足りなくなってきましたので、
ここからの解説は駆け足で行きます。

弟が中島らもの書くものが面白い、
と前から言っていたので、今回初めて手に取ってみました。
彼はアル中で躁鬱病を患っていました。
最後は泥酔して階段から落ちて52歳で死んでしまいましたが、
彼はIQが180あったそうです。
灘校出身の明らかな「天才」です。
頭が良すぎてそれが「生きづらさ」になり、
アルコールと躁鬱につながるというパターンです。
珍しいことではありません。

頭が良くなさ過ぎても「生きづらさ」につながりますが、
頭が良すぎても「生きづらさ」につながります。
あまり指摘されることがありませんが。

ベルカーブと呼ばれる「標準偏差曲線」というのがありますが、
そのちょうど真ん中ぐらいが一番生きやすいように、
世の中というのは設計されているものなので、
それは当たり前なのです。

太りすぎていても「生きづらい」ですが、
やせすぎていても「生きづらい」でしょ。
それと同じです。
身長140センチ台の男性は結構たいへんですが、
身長210センチ台の男性も結構たいへんなのです。

自分の子どもに天才であってほしいという親は、
子どもの本当の幸せを望んでいることになるのかどうか疑問です。
子どもが小錦のような体型だと、
それはひとつの「才能」ではあるけれど、
いろんな犠牲も出てくるよ、という話しです。
幸せだけを願うなら「ほどほどの頭脳」を望むのが「正解」です。
まぁ、子どもというのは親の願ったようにはならず、
神の願うとおりになりますから、
この議論自体がするだけ無駄なのですが笑。

彼は頭がずば抜けて良いので、
自らのアルコール依存症と躁鬱病を、
完全に醒めた視点で語ります。
これはなかなかできないことです。
引用します。

→P106 
〈ただ酒のほうは静かに再開されていた。
 人と一緒に楽しく飲む酒ではない。
食事がおいしく食べられるからとか、
ストレスを発散させるためという酒ではないのだ。
ただ酒のための酒。なんの目的もない酒である。

 自分一人で時間を潰すことができる能力のことを「教養」というと、
どこかに書いたことがある。
自説に従えば、おれには教養がないのだ。
酒を飲まなくてはどうにも時間を消費できない。
ひとりでいる時間には、
ウィスキーのボトルを手放せなくなっていた。〉
(720文字)



●我が一家全員死刑 福岡県大牟田市4人殺害事件 死刑囚 獄中記

読了した日:2018年8月6日
読んだ方法:図書館で借りる

著者:鈴木智彦
出版年:2014年
出版社:コア新書

リンク:
http://amzn.asia/6WSHnyT

▼140文字ブリーフィング:

この本は映画化され、『全員死刑』というタイトルで公開されました。
映画は未見なのですが、ちょっと興味をもって本を手に取りました。

家族3人とその友人1名、
合計4人をつまらない理由で殺し、
一家四人全員が死刑になった北村家の次男(実行犯)の手記を、
著者がまとめ、解説を加えた、という構図になっています。

読んでいると怒りが湧くというよりも、悲しくなって来ます。
彼らには「良心」というものはありません。
彼らはサイコパス性をおびており、
一家四人全員が自分の都合と金のことしか考えていません。
このような「家族」が、日本には一定数いるのだろうと思うと、
地獄の深淵をのぞき込んだ気持ちになります。
「肝を冷やす」とはこのことです。
心霊写真なんかよりよっぽど怖いです。

この手の良心を持たぬ凶悪な人々に、
「地獄に落ちろ!」と言う人がいますが、
その心配は無用です。
もう既に、生きながらにして、
彼らは地獄にいるのだからです。
(381文字)



●あなたを天才にする スマートノート

読了した日:2018年8月8日
読んだ方法:Amazonプライム特典一ヶ月無料本(書籍も購入)

著者:岡田斗司夫
出版年:2011年
出版社:株式会社ロケット

リンク:
http://amzn.asia/3LI0JDt

▼140文字ブリーフィング:

「オタキング」こと岡田斗司夫さんは、
その人格といいますか、プライベートの素行は別として、
地頭の良い人です。
エヴァンゲリオンやジブリ作品を語らせたら、
彼は突出した面白さを持っています。

この本に書かれていることを私は、
半年ほど前から実践するようになりました。
文字数が足りないので詳述は割愛しますが、
この本で最も印象的であり、共感した箇所をご紹介します。
それは「脳内は工場ではなく農場だ」という話しです。

→位置No.1425 
〈これまでの思考法やノート術というものは、
効率的にインプットやアウトプットを行うものでした。
効率よく順列組み合わせをして
工業的にアイディアを生み出すという方法です。
確かにそのやり方で、仕事の効率や生産性は上がります。
しかし工業的な効率の追求のみを求める方法を続けると、
すぐに脳は涸れてしまうことになります。
無理をするので辛くなって辞めてしまう。
そして、また別のメソッドに飛びつくと言うことを繰り返してしまいます。

書店にいつもノート本や思考法本、
能力開発本があふれる理由、
そしてそれらが売れる理由がここにあります。

脳は一時的な効率追求で、確かに生産性は上がる。
だから効果があるとみんな思って、新メソッドに飛びつく。
しかし同時に、脳は工場ではない。
生産ラインを作るように思考プロセスは作れない。
だからみんな、身につけたはずの思考法が
いつの間にか上手く作動しないことに気づく。

「ははーん、耐用年数が過ぎたんだな。
どうれ、新型の海外製思考法でも導入するか」と考える。

違います。

「思考法が古くなって作動しない」ではなく、
あなたの脳内農場は「収穫物を促成栽培で作りすぎて、
涸れ地になっている」だけの状態なのです。
涸れ地はしばらく休ませると復活します。
別の作物を植えると収穫できることもある。

するとあなたは
「おお、やはりこの新型思考法が役に立ったのか!」
と解釈してしまう。

そしてまた、農地から促成栽培で収穫を急ぐ、
というサイクルに戻るわけですね。
ぶっちゃけ、だからいろんな自己啓発本やセミナーを受けても、
頭が良くならないんですよ。

脳は工業じゃないんだから。
もっと農業的に考えないとダメです。
身体的に、と言ってもいい。〉
(911文字)




●フロー体験 喜びの現象学

読了した日:2018年8月9日
読んだ方法:図書館で借りる

著者:M.チクセントミハイ
出版年:1996年
出版社:世界思想社

リンク:
http://amzn.asia/cISEtv2

▼140文字ブリーフィング:

この本は「モチベーション3.0」の「定本」です。
文字数の都合で説明は割愛しますが、
めちゃくちゃ面白いです。
「モチベーション3.0」は10年後も読まれているかどうか不明ですが、
この本は10年後にも必ず読まれ続けているでしょう。
これが「定本」の威力です。
何か面白い本を読んだら、
その本が依拠している「定本」に当たる、
というのは「良い読書をするキモ」です。
「今流行っている本」の耐用年数は数年間ですが、
定本の議論を抑えておくと、
その知識の耐用年数は数十年単位ですから。
この本はいつか「本のカフェラテ」でご紹介したいと思います。
(261文字)



▼▼▼リコメンド本「今週の一冊」▼▼▼

書回した本の中から、
「いちばんオススメだったのは?」という基準でリコメンドします。
「いちばん優れていた本」というよりも、
「いちばんインパクトの大きかった本」という選考基準です。
皆さんの書籍選びの参考にしていただけたら幸いです。


▼今週の一冊:『フロー体験 喜びの現象学』M.チクセントミハイ

コメント:

これは年間ベスト10級に面白かったですね。
「フロー体験」という言葉の語源は、
チクセントミハイが「オートテリックな経験」と名づけた、
何かに夢中になって取り組む時の忘我の境地を、
それを体験した人々が「流れるようだ」と表現したことに由来します。
スポーツの世界で「ゾーンに入る」とか言われますが、
これもチクセントミハイのこの研究がルーツです。

面白いのは、人間が最も幸せを強く感じるのは、
南の島のリゾート地のビーチでカクテルを飲んでいる時や、
フランスの一流レストランでフルコースを味わっている時や、
休みの日に何もせずにテレビの前にいる時ではなかった、
という研究結果です。

そうではなく、多くの人が最も幸せを強く感じたのは、
ある課題に取り組む過程で、
我を忘れるほど夢中で取り組んでいるときでした。
キーワードは「自己目的的経験」と、
「内発的報酬」です。

引用します。

→P85〜86 
〈最適経験の基本要素は、それ自体が目的であるということである。
たとえ初めは他の理由で企てられたとしても、
我々を夢中にさせる活動は内発的報酬をもたらすようになる。
外科医は、
「手術がとても楽しいので、
私がやる必要のない手術でも引き受けるだろうね」と言い、
航海者は「このヨットのために多くのお金と時間を費やしますが、
それだけの価値があります
――帆走している時に感じることと比べられるものなどありません」と言う。

「自己目的的」(autotelic)という言葉は、
ギリシャ語の自己を意味するautoと目的を意味するtelosからきている。
それは自己充足的な活動、つまり将来での利益を期待しない、
することそれ自体が報酬をもたらす活動を言う。

儲けるために株の売買をすることは自己目的的な経験とはならないが、
将来の動向を予見する能力を証明するためにする売買は
――結果として手に入るドルやセントが全く同一だとしても――
自己目的的な経験となる。
子どもを良き市民に仕立てるための教育は自己目的的ではないが、
子どもたちとの相互作用を楽しむための指導は自己目的的である。

この二つの状況で生じるものは、
表面上は同一である。
違いはその経験が自己目的的である時、
人はその活動それ自体に注意を払うが、
そうでない場合にはその結果に注意の焦点を置くところにある。

我々が行うことのほとんどは、
純粋に自己目的的でもなければ外発的
(以下、外的な理由によってのみ行われる活動を指す)でもなく、
両者が混ざり合っている。
外科医は通常、人を助けること、金を稼ぐこと、
権威を得ることなどの外発的な期待から長い訓練に入る。
もし幸運に恵まれるなら、まもなく彼らは自分の仕事を楽しみ始め、
手術はきわめて自己目的的なものになる。〉



▼▼▼部門賞▼▼▼

ご紹介した書籍の中から、
陣内の独断と偏見で、
「○○賞」という形で、
特筆すべき本をピックアップします。
こちらも何かのご参考にしてくだされば幸いです。

▼「芸人文学賞」:『ヒキコモリ漂流記』山田ルイ53世

コメント:

山田ルイ53世の筆力は相当なものがあります。
芸人の書いた本を私は定期的に読んでいますが、
芸人には「文豪」が本当に多い。
言葉を扱う職業だから、当然と言えば当然ですが。

芥川賞作家となった又吉直樹もそうですし、
数多くの著作をもつ北野武もそうです。
あと、若林正恭の、
『表参道のセレブ犬とカバーニャ要塞の野良犬』は、
昨年斉藤茂太賞というノンフィクションの賞を受賞しています。
ちなみに若林の『表参道のセレブ犬・・・』は、
昨年、書店で買って読みましたが面白かったです。
普段あまり本を読まない人でも読めるボリュームと写真の多さで、
かなりオススメです。
水道橋博士の文才もすごいです。
『藝人春秋』はすばらしい。
1も2も読みましたが、彼の文章は本当に読ませます。
劇団ひとりもすごい。
『陰日向に咲く』をどうか読んで下さい。
天才ですから。
いつか当メルマガで、
「芸人文豪ランキング」みたいな企画をしても、
面白いかもしれません。

、、、というわけで、
「芸人作家」は今後もどんどん増えて行くでしょう。
なぜなら芸人は言葉を扱う職業であり、
そしてある種の芸人は、
「社会に対する屈折した視点」を持っているからです。
両方、良い物書きの大切な資質です。

養老孟司もよく言っていますが、
社会と自分との間に「ズレ」があるといつも感じている。
その「ズレ」こそが文章を生むのです。
「まぁこういうものか」と、現実を丸呑みできるひとは、
あまりモノを書こうなどと思わないものです。

陣内が先週読んだ本 2018年1月第五週 『アメリカ福音派の歴史』青木保憲 他6冊

2018.07.24 Tuesday

+++vol.050 2018年2月6日配信号+++

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
■4 陣内が先週読んだ本 
期間:2018年 1月第五週 1月28日〜2月3日
::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::

先週私が読んだ本(読み終わった本)を紹介していきます。
一週間に一冊も本を読まない、
ということは、病気で文字が読めなかった数ヶ月を除くと、
ここ数年あまり記憶にないですから、
このコーナーは、当メルマガの
レギュラーコーナー的にしていきたいと思っています。
何も読まなかった、という週は、、、
まぁ、そのとき考えます笑。

ただ紹介するのも面白みがないので、
twitterに準じて、
140文字で「ブリーフィング」します。
「超要約」ですね。
(どうしても140字を超えちゃうこともあります。
 140文字はあくまで「努力目標」と捉えてください笑。)

忙しい皆さんになり代わって、
私が読んだ本の内容を圧縮して紹介できればと思います。
ここで紹介した本や著者、テーマなどについて、
Q&Aコーナーにて質問くださったりしたら、
とても嬉しいです。


●歩き続ければ、大丈夫

読了した日:2018年1月28日
読んだ方法:図書館で借りる

著者:佐藤芳之
出版年:2014年
出版社:ダイヤモンド社

リンク:
http://amzn.asia/hzrnVXp


▼140文字ブリーフィング:

サブタイトルは、
「アフリカで25万人の生活を変えた日本人起業家からの手紙」です。
1939年生まれの著者は、30代でアフリカにわたり、
ケニアでナッツビジネスを創業して成功に導いた、
「社会起業家」の「はしり」みたいな人です。
彼はスタートアップしていないと気が済まない人のようで、
ケニアのビジネスは現地に譲り、
現在はルワンダで微生物ビジネスを立ち上げています。
「とにかく行動してみなきゃ上手く行くかどうかも分からない。」
「たくさん失敗して、その中のいくつかがたまたま上手く行く。
 やってもないのに失敗したときのことを考えるのは愚の骨頂。」
成功した創業者はだいたい同じ事を言います。
本田宗一郎も言っています。
「失敗した奴は偉い。
何もしない、というのが本当の失敗だ。」
彼は映画「フィールド・オブ・ドリームズ」の、
「作れば、彼らはやってくる」という「啓示」を引用していますが、
この原型は「ノアの箱舟」だと読みながら気づいたのは、
私にとって「アハ体験」でした。

→P77 
《新規プロジェクトを始める時、私は良く社員にこう言います。
「If you build it, they will come.(つくれば、人はやってくる。)」
 新しい農園に木を植える時も、新しい工場を建てるときも、
私はみんなにこう声をかけるようにしています。
1989年公開の映画「フィールド・オブ・ドリームス」
によって広く知られるようになった言葉で、
この言葉を耳にした主人公は周囲に馬鹿にされても構わず、
トウモロコシ畑を切り開き野球場を作り始めます。
要は、つべこべ言わずに、さっさとつくってしまいなさいということ。》

現在の世界は「複雑系の世界」であり、
古典力学よりも量子力学に近いです。
なので、「成功へのアルゴリズム」や、
「成功するための方程式」を定式化することは不能です。
ひとつだけ「秘策」があるとしたら、
「とにかくいろいろやってみる」ことです。
その人が成功するとは限りませんが、
成功している人は例外なく、
「とにかくいろいろやってみて」います。
したり顔で他者の挑戦や失敗を批評する人や、
失敗のリスクばかり恐れる事なかれ主義の人が成功することは、
永遠にありません。
(900文字)



●そのノブはひとりの扉

読了した日:2018年1月28日
読んだ方法:図書館で借りる。

著者:劇団ひとり
出版年:2012年
出版社:文藝春秋

リンク:
http://amzn.asia/8JYAkLr

▼140文字ブリーフィング:

私と同じ年生まれの芸人、劇団ひとりの自伝です。
帯に「こんに泣けない自伝があったとは」とあります。
めちゃ面白かったです。
劇団ひとりの文才に舌を巻きます。
自分を相対化し自虐できる高度な知性に感服しました。
「文章で人をうならせる」よりも
「文章で人を泣かせる」ほうが難しく、
「文章で人を笑わせる」のはもっと難しいです。
つまり「笑い」が文章技術の最高峰なのです。
「本を読んでいて笑う」ことって多くはないですが、
彼はそれをやってのける数少ない天才です。
(220文字)



●時間の比較社会学

読了した日:2018年1月31日 速読
読んだ方法:図書館で借りる

著者:真木悠介
出版年:1997年(初版1981年)
出版社:岩波書店

リンク:
http://amzn.asia/8YhBqT9

▼140文字ブリーフィング:

メルマガ読者に教えてもらって手に取りました。
結果的に、内容が私にはかなり難解で、
「まだ早かったかな」と思いました。
いちおう中身には目を通しましたが理解度は4割に満ちません。
もう少し理解力がついたら再トライしてみたいと思います。

私が理解した範囲で無責任にも概説しますと、
ヘブルは直線的で質的な時間、ギリシャは円環的で量的な時間、
近現代は直線的で量的な時間、原始やアフリカの土着民、
古代日本の時間は非直線的(反復的)で質的な時間、
という「時間のマトリックス」の発想は面白かったです。
また、現代の「直線的で量的な時間」が、
共同体の解体(ゲマインシャフトからゲゼルシャフトへ)をもたらし、
貨幣と同じように「時間の阻害」を引き起こしているという指摘も新鮮でした。
(326文字)



●ザ・フィフティーズ 1

読了した日:2018年1月31日 最後の3章は飛ばし読み
読んだ方法:図書館で借りる

著者:デイヴィッド・ハルバースタム
出版年:2015年(英語初版)
出版社:ちくま文庫

リンク:
http://amzn.asia/aW7wGac

▼140文字ブリーフィング:

アメリカのジャーナリストデイヴィッド・ハルバースタムによる、
50年代のアメリカを素描する試みです。
なんとこの本日本語訳では500ページ×3巻の大著で、
一章ごとにひとりの人物(や現象)が取り上げられています。
1巻をなんとか読みましたが、ものすごいボリュームなので、
2巻、3巻はちょっとほとぼりが冷めてから手を出す、
もしくは永遠に手を出さないかもしれません笑。

でも内容はとても面白い。
なぜか。
「50年代のアメリカ」こそが、
現代世界のデファクトスタンダードを作ったからです。
現代の世界の基礎は50年代のアメリカで作られたのです。
確かにそうです。
水爆、マッカーシズム(共産党狩り)、
一戸建ての大量生産とマイホームの夢、
マクドナルドのハンバーガー、
「ホリデイ・イン」というフランチャイズモーテル
(とフランチャイズという概念)、
ラジオの時代からテレビの時代へのメディアの変遷、
テレビと政治の結婚、などなど、
現在の「効率化され脱人間化された社会の光と闇」は、
すべて1950年代、アメリカ生まれです。

問題はそれから70年が経過した現在、
その大きな枠組み(パラダイム)が耐用年数を迎え、
崩落した笹子トンネルのごとく、
ミシミシと鈍い音を立てているところです。
未来は混沌としてかすんでいます。
そんなときは過去を見るとヒントがある。
そういう意味で、50年代アメリカを学ぶことは、
現在の世界で非常に意義深いことだと思います。
(597文字)



●アメリカ福音派の歴史

読了した日:2018年1月31日
読んだ方法:図書館で借りる

著者:青木保憲
出版年:2012年
出版社:明石書店

リンク:
http://amzn.asia/9lp0fcJ

▼140文字ブリーフィング:

この本は、昨年秋の「よにでしセミナー@伊勢志摩」の、
参加者の書いているブログで知り、
「面白そうだ」と思い手に取りました。

結果、めちゃくちゃ面白かったです。
ここに概説は不能なので、
いつか「本のカフェラテ」で紹介したいと思っています。
私は福音派と呼ばれる教会で洗礼を受けて、
キリスト教徒になりましたので、
「それが絶対的に正しいものだ」と、
あるところまでは疑いもなく信じてきました。
しかし、「なぜ福音派が福音派になったのか」を知ると、
必ずしもそれ「だけ」が唯一の見方ではない、
ということにうっすら気づいてくるわけです。

「だから、余計な知識は入れない方が良い」
というのは、言っちゃ悪いけどバカの所行です。
そうじゃなくて疑うところまで疑った先に、
「本当に価値のあるもの」が浮かび上がってくるのです。
「疑うことを経ずして本当の信仰には至らない」
というのは信仰の真理です。
聖書に「疑うこと」は奨励されています。
咀嚼することなく鵜呑みにして信じる態度のほうこそ、
聖書は何度も警告しているのです。

では、「疑った先にある信仰」とはどんなものか?
著者はそれを後書きで、
「スターウォーズ」に喩えて上手に表現しています。

著者も私と信仰的背景が似ていて、
幼い頃から福音主義の宣教師が開拓した教会に通っていた著者は、
スター・ウォーズを初めて見たときと同じで、
「世の中には善と悪しかない。そして自分は善の側にいる」
と疑ったことなどなかった、といいます。
しかし、後のスター・ウォーズシリーズが告げるのは、
ダース・ベイダーとならざるを得なかった
アナキン・スカイウォーカーの生身の人間としての葛藤であり、
善と悪は簡単に切り分けられないという事実です。

著者が同志社大学で学んだのはまさに、
スター・ウォーズシリーズだったといいます。
福音派は善、という単純な世界観から、
「福音派がそう主張するようになった経緯」を学ぶとき、
そこにアナキン・スカイウォーカーの姿がある、と。
矛盾と間違いに満ちている福音派の歴史を紹介したことで、
もはや「自分たちは善」と思えなくなるかもしれないが、
福音派の人にも本書を読んでもらいたい、と著者は言います。
だからといって「敬虔でありたい」と願う、
その真摯な姿勢が色あせることはないと。
逆に「福音派は悪」と決めつけている人にも本書を読んで欲しい、と。
薄っぺらな原理主義批判を持っていた人も考え直す、
きっかけになるだろう、と。
私は著者のスタンスに好感を持ちます。
500ページに及ぶ大著ですがずっと面白かったです。
定本となる良書に出会いました。
(1,060文字)

▼参考リンク:ブログ「ちょうをゆめみるいもむし」
https://memorandomeyo.wordpress.com/



●木を見る西洋人 森を見る東洋人

読了した日:2018年1月31日
読んだ方法:図書館で借りる

著者:リチャード・E・ニズベット
出版年:2004年
出版社:ダイヤモンド社

リンク:
http://amzn.asia/cJx57Lj

▼140文字ブリーフィング:

この本も飛び抜けて面白かったです。
私は「東洋と西洋の出会い」ということを、
人生の隠れたテーマのひとつにしています。
私が河合隼雄やユングや鈴木大拙に惹かれるのも、
彼らが東洋と西洋の思想のぶつかる「潮目」にいると思うからです。

この本のタイトルが示しているのは、
東洋人は包括的に物事を捉え(森を見)、
西洋人は分析的に物事を捉える(木を見る)、
という東西の世界観、考え方の「クセ」の違いです。

そのほかにも東洋ではこう考え、西洋ではこう考える、
という実例が実証的な実験結果とともにたくさん紹介されるのですが、
私がもっとも面白かったのは第六章の議論で、
それは、「東洋人は世界を動詞で、西洋人は世界を名詞で捉える」
という話です。

こんな実験があります。
アジア人の子どもとアメリカ人の子どもに、
二枚のカードを見せます。
ニワトリの描かれたカードと、草が描かれたカードの二枚です。
三枚目に牛の絵が描かれたカードを見せて、
「これはどちらの仲間?」
と聞くと、アジア人の子どもの多くは、
牛と草をセットにし、
アメリカ人の子どもの多くは、
牛とニワトリをセットにします。

なぜか?

西洋人の子どもの多くは分類学上の理由から、
ふたつとも動物だから、ニワトリと牛をセットにし、
東洋人の子どもの多くは
「牛は草を食べるから」牛は草の仲間だと言っているのです。
西洋人は世界を名詞の集合として、
東洋人は世界を動詞(関係性)の集合として捉えている、
ということを示す非常に面白い実験です。

著者は「プロローグ」の結語で、
今後の文化はフランシス・フクヤマが、
『歴史の終わり』という本に書いたように、
世界が全部アメリカになるのでもなく、
サミュエル・ハンティントンが書いた『文明の衝突』のように、
西洋化は挫折し、多元主義の世界が訪れることもない、と予測します。
そうではなく東洋と西洋は互いに「出会い」、侵襲し合い、
相互に影響し合い、溶け合っていく未来を彼は描きたい、と。

曰く、シチューの具は具のままだが全部変化する。
そしてそのシチューにはそれぞれの具の
一番おいしいところが含まれている、というように。
私も著者の意見に同意します。
(883文字)



▼▼▼リコメンド本「今週の一冊」▼▼▼

陣内が過去一週間に読んだ本の中から、
「いちばんオススメだったのは?」という基準でリコメンドします。
「いちばん優れていた本」というよりも、
「いちばんインパクトの大きかった本」という選考基準です。
皆さんの書籍選びの参考にしていただけたら幸いです。


▼今週の一冊:『木を見る西洋人 森を見る東洋人』

コメント:
本当は「アメリカ福音派の歴史」も同じくらいリコメンドしたいですが、
こちらはかなりの大著で、手を出す人は限定的になると思いますので、
より広い読者が面白いと思えるだろう、
『木を見る西洋人、森を見る東洋人』をオススメします。
私たちはグローバル化する昨今、
人生において「西洋的なものの考え方」と出会わずに生きるのは、
もはや不可能です。
必ず西洋的な世界観と私たちは出会います。
そのときに、「彼らの靴を履いて」世の中を見ることができ、
さらに「自分の世界観は東洋的なのでこうなのです」、
というようにメタの視点でそれを説明できる知性というのは、
世界に影響を与えようとしたら、「必須」になってくるでしょう。
実は「テクニックとしての英語のスキル」なんかより、
こちらのほうが異文化コミュニケーションを考える上で、
はるかに大事なんじゃないかと私は思っています。



━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
■5 編集後記
1年間のご愛読ありがとうございました。
::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::

まだまだ東京は寒い日が続きます。
今週は私は毎日のようにミーティングがあり、
土日は(多分)東京よりも寒い、新潟に出張です。
「読むラジサロン」も5名のメンバーで開始しました。
参加者の地域も職業も性別もライフステージも様々で、
多様性に富んだ良いメンバーが集まったなぁと思っています。
まだ始まったばかりですが、
これからどんなやりとりや学びあいがなされるか、
主催者の私が一番、楽しみにしています。
メルマガ読者の皆様にも追ってご報告しますので
お楽しみに。

というわけで、今号で1年間続いた私のメルマガの、
「シーズン1」も最終回です。
ご愛読いただいた皆様には感謝を申し上げます。
多くの皆様に楽しんでいただき、
今は感謝に満たされています。

次に「シーズン2」を開始するのがいつになるか分かりませんが、
そのまえに「号外」の配信もありますのでお楽しみに。
その日まで、皆様もお元気でお過ごし下さい。
ご愛読、ありがとうございました!


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陣内が先週読んだ本 2018年1月第四週 『死ぬほど読書』丹羽宇一郎 他4冊

2018.07.17 Tuesday

+++vol.049 2018年1月30日配信号+++

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
■4 陣内が先週読んだ本 
期間:2018年 1月第四週 1月21日〜27日
::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::

先週私が読んだ本(読み終わった本)を紹介していきます。
一週間に一冊も本を読まない、
ということは、病気で文字が読めなかった数ヶ月を除くと、
ここ数年あまり記憶にないですから、
このコーナーは、当メルマガの
レギュラーコーナー的にしていきたいと思っています。
何も読まなかった、という週は、、、
まぁ、そのとき考えます笑。

ただ紹介するのも面白みがないので、
twitterに準じて、
140文字で「ブリーフィング」します。
「超要約」ですね。
(どうしても140字を超えちゃうこともあります。
 140文字はあくまで「努力目標」と捉えてください笑。)

忙しい皆さんになり代わって、
私が読んだ本の内容を圧縮して紹介できればと思います。
ここで紹介した本や著者、テーマなどについて、
Q&Aコーナーにて質問くださったりしたら、
とても嬉しいです。


●良心をもたない人たち 25人に1人という恐怖

読了した日:2018年1月23日
読んだ方法:

著者:マーサ・スタウト
出版年:2006年
出版社:草思社

リンク:
http://amzn.asia/dLZ9CM1

▼140文字ブリーフィング:

心理カウンセラーである著者は、
PTSDに苦しむ人々のケアをしてきました。
その当事者たちのあまりにも多くの人が、
「サイコパスの被害者」だといことに驚きを持った著者は、
彼らから身を守る方法を考えるほうが大切、
と考えるようになり、本書を記しました。

アジアではもうすこし割合が低いそうですが、
欧米では良心を持たないサイコパスと言われる人が、
「25人にひとり」の割合で存在します。
これは著者によると「衝撃的な多さ」で、
他の疾病や障害や個性よりも、かなり多く、
私たちが人生で「良心を持たない怪物」に遭遇する確率は、
かなり高いといって差し支えない。
そして彼らは魅力的にみせるのが非常に上手なので、
外側からは分からないのがさらに危険だ、という。

多くの優秀で善良な人が、「良心を持たない怪物」によって、
食い物にされ、人生をめちゃくちゃにされてきた、
というわけです。
著者はその被害者たちの無残さを見て確信します。
「サイコパスは森で出会う熊のようなもので、
 見かけたら直ちに逃げる以外の方法はない。
 大事なのは早く見分けることだ」と。

著者によればサイコパスは短期的には成功することがあります。
じっさい歴史上の「英雄」とされている人の中にも、
偉大な事業を興した人の中にも、
おそらくはサイコパスだっただろうと思われる人がたくさんいる。
しかし、心理学の研究が告げているのは、
サイコパスが長期的に幸せになることは不可能だということです。
なぜなら「幸せ」とは愛することでしか得られないものであり、
サイコパスには「愛する能力」が欠如しているからです。
(651文字)



●カムイ伝 第一部 (2)

読了した日:2018年1月23日
読んだ方法:図書館で借りる。

著者:白土三平
出版年:1967年
出版社:小学館

リンク:
http://amzn.asia/a3rXCiU


▼140文字ブリーフィング:

先週から読み始めたマンガです。
第二巻でなんとカムイは死にます。
「死ぬんかい!」と思ったら、
死んだのはそっくりの弟であり、
彼の兄の物語がそこから始まります。
「後書き」が面白く、作者の白土三平の父は、
「プロレタリア画家」でした。
つまりプロレタリア文学者であった小林多喜二らと一緒で、
当時の大政翼賛的な監視社会のなかで、
思想犯として弾圧された人です。
作者自身もは「アカの子」として屈辱的な幼少期を過ごしました。
カムイ伝のルーツはそこにある、と後書きの筆者は言います。
そう見ると、「カムイ伝」は江戸時代の被差別部落の話ではなく、
完全に、「現代社会のメタファー」なのだと言うことが分かります。
「一億層中流社会」が過去のものとなり、
OECD加盟国の中でも貧富の格差が最も大きい国のひとつとなった、
「新しい階級社会(とそれを覆い隠したい政府)」に暮らす私たちこそ、
この物語を読むべきだと思わされます。
(393文字)



●死ぬほど読書

読了した日:2018年1月23日
読んだ方法:図書館で借りる

著者:丹羽宇一郎
出版年:2017年
出版社:幻冬舎新書

リンク:
http://amzn.asia/2Xd1Bfn

▼140文字ブリーフィング:

今週の「私の読書論」で詳しく論じたので割愛します。
「教養を育てるのは仕事と読書」とか、
「読書は無知の量を増やす」とか、
「空気を読むのか、本を読むのか」とか、
名言がちりばめられていました。
また、ネット社会を生きる現代人の、
「正解主義」がもたらす思考の浅薄化への警鐘も、
非常に共感を覚えました。
(145文字)



●キリスト教思想史入門 歴史神学概説 第一章〜第二章

読了した日:2018年1月24日
読んだ方法:新宿オアシスブックセンターで購入

著者:アリスター・E・マクグラス
出版年:2008年
出版社:キリスト教新聞社

リンク:
http://amzn.asia/cuJsSgj

▼140文字ブリーフィング:

この本は2年ほど前に、
新宿にあるキリスト教書店で買いました。
最初の10ページぐらい読んで放置していたのですが、
「こういうのはやはり、意識的に読まなきゃ駄目だ」
と思って、先月ぐらいから、
「キッチンタイマー法」を使って読んでいます。
キッチンタイマー法とは、私が発明した読書法で、
タブレットのタイマーアプリを使い、
30分をカウントダウンします。
そのタイマーが鳴るまで、
「歯ごたえがあるハードな本」を集中して読む、
という、ただそれだけです笑。
読んでいて止まらないような趣味の本は、
タイマーなんて使う必要がないのですが、
今の自分の知力では、けっこう集中して読んでも、
理解が8割ぐらい行けば良い、みたいな本に関しては、
こういった「時間設定」がないと集中して読めません。
筋トレをするときに回数とか時間を決めるのとまったく同じです。
毎日30分ずつ読んで、一月でやっと半分まで読めました。
著者のアリスター・マクグラスは他の著書で、
「過去の神学的議論を踏まえていない人は、
 現在の神学論争に加わる資格を持たない」
と書いています。

当たり前の話です。
これは自然科学でもそうです。
過去の研究成果を知らない人は、
新しい論文を書く資格を持ちません。
、、、で過去の神学論争を知ると、
本当に面白いことが分かります。
というのは、だいたい現在の論争というのも、
「過去の議論の焼き直し」というか、
過去の議論がかたちを変えて再燃している、
というものが非常に多いからです。

今一番ホットな教会での議論があったとします。
それは実は、2世紀の神学者たちがした議論を、
別の言葉で言い換えているに過ぎないことがあるわけです。
「だから答えが分かるってこと?」
というのはバカ、、、あ、間違えた。
現代の「正解主義」の弊害です。
こういった事は、考える弁証法的プロセスにこそ意味があり、
その中からこそ社会を変える思想や実践が出てくるのです。
「神学をどこかで学んだことがある」ということと、
「神学する生き方」を生きるというのは違うんだ、
と尊敬する牧師先生から教えてもらったことがあります。
私はプロパーな教育機関で神学を学んだことがありません。
だからこそ、真剣に「神学する生き方」を追求していきたいと、
思っています。

関係ないですがこの本、
買ったときは9,000円でした。
義理の母からいただく「書籍献金」を貯めてあったのを、
「えいや!」っとはたいて買ったのは2年前。
現在絶版となっているこの本は30,000円します。
あのとき買っておいて良かったぁ。
この種の本ではよくあることです。
良い神学書は買えるときに買っておけ!
というのは我が家の家訓にしたいと思います。
(1,092文字)



▼▼▼リコメンド本「今週の一冊」▼▼▼

陣内が過去一週間に読んだ本の中から、
「いちばんオススメだったのは?」という基準でリコメンドします。
「いちばん優れていた本」というよりも、
「いちばんインパクトの大きかった本」という選考基準です。
皆さんの書籍選びの参考にしていただけたら幸いです。


▼今週の一冊:『死ぬほど読書』

コメント:

「私の読書論」でも紹介しましたが、
読書する意味を再確認してくれる良書でした。
ページ数も文字数も少なめですので、
普段読書し慣れていない人でも、
1週間もあれば必ず読了できる「軽さ」も魅力です。
オススメします。



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陣内が先週読んだ本 2018年1月第三週 『より少ない生き方』ジョシュア・ベッカー 他8冊

2018.07.11 Wednesday

+++vol.048 2018年1月23日配信号+++

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
■4 陣内が先週読んだ本 
期間:2018年1月第三週 1月14日〜20日
::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::

先週私が読んだ本(読み終わった本)を紹介していきます。
一週間に一冊も本を読まない、
ということは、病気で文字が読めなかった数ヶ月を除くと、
ここ数年あまり記憶にないですから、
このコーナーは、当メルマガの
レギュラーコーナー的にしていきたいと思っています。
何も読まなかった、という週は、、、
まぁ、そのとき考えます笑。

ただ紹介するのも面白みがないので、
twitterに準じて、
140文字で「ブリーフィング」します。
「超要約」ですね。
(どうしても140字を超えちゃうこともあります。
 140文字はあくまで「努力目標」と捉えてください笑。)

忙しい皆さんになり代わって、
私が読んだ本の内容を圧縮して紹介できればと思います。
ここで紹介した本や著者、テーマなどについて、
Q&Aコーナーにて質問くださったりしたら、
とても嬉しいです。


●アーティストのためのハンドブック

読了した日:2018年1月14日
読んだ方法:図書館で借りる

著者:ディヴィッド・ベイルズ、テッド・オーランド
出版年:2011年
出版社:フィルムアート社

リンク:
http://amzn.asia/a8FXD8V

▼140文字ブリーフィング:

この本は、アメリカでロングセラーになった、
「古典的なハンドブック」だそうです。
アーティストというのは右脳優位の人が多いので、
ロジカル(論理的)な話が展開されるわけではないのですが、
その分心にひっかかりを覚えるフレーズが散見され、
そっと背中を押されたような気持ちになります。

訳者後書きには、この本が出来た背景が説明されています。
この本の著者の二人は副業をしながら写真家として活動し、
アーティストのコミュニティのなかで、
お互いの不安や製作状況を分かち合い、
そして「明日も食えるか」という話をしながら、
アーティストであり続けるとは何かというテーマについて
共同執筆したそうです。
その生身を削ったような言葉だからこそ、
多くの人に届いたのでしょう。

この本はミュージシャンや画家という意味のアーティストのみならず、
すべての「自分で自分の仕事を創り出す創造的な人々」へのエールです。
私も「自分の仕事を自分で創り出す」業種ですから、
「あー、分かる分かる」と感じる部分は多かったです。

いくつか引用します。

→P208 
《最終的に、すべては次のことに帰結します。
あなたには選択肢が与えられています。
より正確には、それは複雑に絡まり合った選択肢です。
自分の仕事に全力を打ち込んだとしても幸せになれないか、
あるいは全力を打ち込まないために
幸せになれないことが約束されているか、その二つなのです。
つまり不確実性をとるか、確実性をとるかの選択肢です。
興味深いことに、不確実性を選択することは、心地よいことなのです。》

、、、アーティストとして生きるというのは、
「不確実性」に留まることです。
不確実性に耐えられない人は、
「アーティストであり続ける」ことは出来ません。

その中で大切なのは、
「不確実性」の中に身を置きつつ、
バランスを取るようにして、
「自分のルーティーン」を見つけ出すことです。
私も10年をかけて、これを自分なりに作ってきました。
やっと、人様に紹介できるようなルーティーンが、
自分の中で固まってきたわけです。

組織で働く人は、
「外部」に構造があります。
それに対してアーティストなどの、
クリエイティブな仕事をするフリーランサーは、
「外部」に構造がありません。
だから自分の内部に構造を作らなければならない。
外側の殻が形を保つ甲殻類と、
内側の骨格が形を保つほ乳類の違いですね。

繰り返しますが市役所職員という
「甲殻類の中身」だった私が、
その殻を出てからこの「骨」を作るまでに、
10年間かかりました。

フリーランスというのは、
まったく「お気軽」ではありません。
「お気軽」でもいいけど、
そういう人は淘汰されるだけですから。
これがサラリーマンと違うところです。
私はトップユーチューバーのヒカキンを、
心から尊敬しています。

組織の中にいる人にはあまり理解できないのですが、
彼がイチローにも劣らぬ克己の人だというのは、
フリーランサーならだれでも分かります。

→P115〜116 
《最初の一筆を真新しいキャンバスに描き始めるための工夫があるのであれば、
それはどんなものであっても実践する価値があります。
 時間はかかりますが、作品制作をする人だけが、
制作にじっくり向き合うことによって、
このような小さな習慣や儀式が
どれほど大切なことかを知る機会に恵まれます。
観客は作品を制作する際の詳しい過程などに関心がないかもしれません。
それは多くの場合、教師にとっても同じです。
なぜなら、その詳細が見えないからです。
あるいは知ることが出来たとしても、
仕上がった制作物を吟味することからかけ離れているからです。
作家のヘミングウェイは、タイプライターをカウンターの高さにおいて、
立ったままの状態ですべての原稿を書いていたそうです。
もちろんこの奇妙な習慣は、彼の作品の中に見つけることは出来ません。
しかしこの習慣が否定されてしまっていたら、
たぶんヘミングウェイの物語は
この世に一編も存在していなかったでしょう。》
(1,600文字)



●宗教的経験の諸相 上

読了した日:2018年1月14日
読んだ方法:図書館で借りる

著者:ウィリアム・ジェームズ
出版年:1969年
出版社:岩波書店

リンク:
http://amzn.asia/cCMXUr2

▼140文字ブリーフィング:

心理学者のウィリアム・ジェームズのこの著作は、
「古典」のひとつに数えられます。
私はいろんな本で引用されていたこの本を、
いつか読みたいなぁと思い続けて約3年、
やっと手に取りました。
決め手は神谷美恵子が引用していた、
彼の「二度生まれの人」という概念について、
もっと知りたいと思ったからです。
引用します。

→P251〜252 
《その(前回の講義の)終わりのところで、
私達は二つの人生観の対照を完全に看取するに至った。
一つは私達が「健全な心」の人生観と呼ぶものであって、
それは幸福になるためにただ一回の誕生だけで足りる人間に特有なものであり、
もう一つは「病める魂」の人生観であって、
幸福になるためには二回の生誕を必要とする人間に特有なものである。
その結果として、私達の経験の世界について
二つの違った考え方が生じてくる。
一度生まれの人の宗教では、世界は一種の直線的なもの、
あるいは一階建てのものであって、その勘定は一つの単位で行われ、
その部分部分はきっかりそれらが
自然に持っているように見えるだけの価値を持っており、
単に代数的にプラスとマイナスとを合計するだけで
価値の総和が出てくると言ったようなものである。
幸福と宗教的平安とは、
その差引勘定のプラスの側で生活するところにある。

これに反して、二度生まれのものの宗教にあっては、
世界は二階建ての神秘である。
平安は、ただプラスのものを加え、
マイナスのものを生活から消去するだけでは達せられない。
自然的な善は、ただ量的に不十分で移ろいやすいと言うばかりではなく、
その存在自体の中に、ある虚偽が潜んでいるのである。
自然的な善はすべて、たとい死の前に現れる
いろいろな敵によって抹殺されることがなくても、
結局は死によって抹殺されてしまうのであるから、
最後の差し引きで残高ができることなどないし、
私達の永久的な崇拝を受けるべきものでは決してあり得ない。
むしろ、それは私達を私達の真の善から遠ざけるもので、
そのような自然的な善を放棄し、それに絶望することこそ、
私達が真理の方向へ向かって踏み出すべき第一歩なのである。

要するに、
自然的な生命と霊的な生命との二つの生命があるのであって、
私達はその一つに預かりうるためには、
まず他方を失わなければならない。》

、、、ここでジェームズが、
「二度生まれ」とか、
「世界が二階建てであるような人」というのは、
宗教的な、あるいは哲学的なセンスを持ち合わせた人間のことです。
タイプA(一度生まれ)の人間にとって世界はシンプルです。
幸せとは「良い出来事」−「悪い出来事」という世界です。
タイプB(二度生まれ)の人間にはもっと複雑で、
悪い出来事が必ずしも不幸ではないし、
良い出来事が必ずしも幸福ではない、と考える。
物事の向こう側にあるもう一層深い「真相」を、
彼らはいつも捉えようとする。

タイプBの人は得てして、
「一度この世に生まれた後、
 二度目の誕生をする」というような、
実存的な生まれ変わり体験をする、
とジェームズは指摘しています。

歴史の中でその代表例として、
「天路歴程」の著者のジャン・バニヤン、
それからひどいうつ病を患ったトルストイを挙げています。

→P284〜285 
《バニヤンは福音の使者になった。
そして彼が神経病的な素質の持ち主であったにもかかわらず、
また、彼が国境を信じないという理由から
12年間も獄中で過ごさねばならなかったにもかかわらず、
彼はきわめて活動的な生涯を送った。
彼は平和ならしむる人であり、善を行う人であった。
そして彼の書いた不朽の寓意物語は
イギリス人の心に宗教的忍耐の精神をしみじみ浸透させたのであった。

しかし、バニヤンもトルストイも、
私達が「健全な心」と呼んだようなものにはなれなかった。
彼らは苦い酒杯をあまりにもしたたか飲んでしまったので、
その味を忘れ去ることが出来なかった。
そして彼らの贖いは二階建ての宇宙へ入っていくことであった。
二人はそれぞれその悲しみの鋭い刃をなまらせるような善を実現した。
けれどもその悲しみは、それを克服した信仰の心の中に
一つの小さな要素として保存されていた。

私達にとって重要なことは、事実において、
彼らが、彼らをしてそういう極度の悲しみを
克服させることの出来たようななにものかが
彼らの意識の内部にわき出ているのを見つけることが出来たし、
また見つけた、ということである。

トルストイがそれを
「人々がそれによって生きるところのもの」と言っているのは正しい。
なぜなら、それはまさしくそのとおりだからである。
それは一つの刺激であり、興奮であり、信仰であり、
以前には人生を耐えがたいものと思わしめたような悪が
眼前に充満していることが認められるにもかかわらず、
生きようとする積極的な意欲を再び注入する力なのである。

トルストイが悪を認める態度は、その範囲内では、
変わることなく残っていたように思われる。
彼の晩年の著作は、彼が公定の全価値体系と
あくまでも和解しなかったことを示している。
つまり、上流社会の生活の下劣さ、統治者の破廉恥な行為、
教会の偽善、役人の空威張り、大成功につきものの卑劣で残酷な行動、
そのほか、この世間の華やかな犯罪と偽りの制度、
これらのものと彼は和解しなかった。
すべてこのようなことを許容することは、
彼の体験によれば、自らを永遠に死の手に委ねることであった。》

、、、二度生まれの人はしばしば、
歴史に残るような著作を記したり、
歴史を変えるような偉業をなしたりします。
アブラハム・リンカーン大統領は、
生涯にわたり重いうつ病を患った、
「二度生まれ」の典型のような人ですが、
彼の葛藤は人類を一歩前に進めました。
本人たちは本当にたいへんですが、
世界の発展は「二度生まれ」の人々に、
多くを負っています。
(2,344文字)



●人間の本性を考える 心は「空白の石版」か (下)

読了した日:2018年1月14日
読んだ方法:図書館で借りる

著者:スティーブン・ピンカー
出版年:2004年
出版社:NHKブックス

リンク:
http://amzn.asia/fiZlc4q

▼140文字ブリーフィング:

上・中・下巻からなる大作です。
全部で1,000ページぐらいありました。

「生まれか育ちか(nature or nurture)論争」において、
「ブランクスレート仮説」とよばれる、
「育ちがすべてだ。遺伝子の影響は小さい。」
という人気のある仮説への著者の反論です。

私は著者の遺伝子決定論的な立場と、
ブランクステート説の「心は空白の石版」説、
どちらに立つかと言われれば、
真ん中ぐらいかなと自分では思います。
心は空白の石版、は言い過ぎだし、
すべては遺伝子によって決定されているとも思いません。
(*著者がそういっているわけではありません。
 著者は環境要因もあると言っていますが、
 それでも私は著者が言う以上に「環境も重要」だと思います。)

いずれにせよ、
ブランクスレート説に立つ人の「逆説的な盲点」を、
著者はたくさん指摘していて、それは納得しました。
前提が違うと教育の方向は逆になります。
「暴力は学ばれるもの」ならば、
暴力をテレビで見せなければ自動的に平和な子どもになる、
という教育方針になります。
しかし、(特に男の子は)「生まれつき暴力的だ」
という前提に立つならば、
「暴力はいけませんよ」と教えなければ、
自動的に暴力的な子どもになる、ということになります。
私は自分の経験からも、後者を支持します。
小学生低学年のときなどは、
理由もなく無性に弟を殴りたくなるときがあります。
そのとき「いや、殴られたら痛いもんな」
と思うのは、親が苦労してそれを教えてくれたからです。

子どもに将来刑務所に入ってもらいたくなければ、
「仮面ライダー」を禁止するだけでは十分ではなく、
「暴力を振るうことで自分と他人にどんな悪いことが起きるか」
を教育する必要があるのです。

聖書は別の言葉でこれを表現しています。
そう。「人間は生まれながらに罪人だ」と。
東洋ではこれを「性悪説」と言います。

→P71 
《それに子どもは、戦争ごっこのおもちゃや
文化のステレオタイプの影響を受け始めるずっと前から暴力的である。
もっとも暴力的なのは、青春時代ではなくよちよち歩きの頃なのだ。
近年の大規模な研究によれば、
2歳を過ぎたばかりの子どものうち、
叩いたり噛みついたり蹴ったりする子どもは、
男児で半分近くもおり、女児もそれをわずかに下回るだけである。
つまりこの著者が指摘しているとおり、
「赤ん坊が殺しあいをしないのは、
私たちがナイフや銃を使う機会を与えないからだ。
私たちは過去30年間、
子どもはいかにして攻撃することを学ぶのかという問いに
答えを出そうとしてきた。
しかし、その設問は間違っていた。
正しいのは、子どもはいかにして攻撃しないことを学ぶのかという設問だ。」
という状況なのである。》

さらに著者は、多くの教育学者から、
石を投げつけられるようなこんな発言をします。
「子育ては子どもに影響しない」。

マジか?

先ほども言ったように、
私は彼を全面的に支持するわけではありません。
教育は大切だと思います。
しかし、「育って欲しいと思ったように子どもは育たない」
という意見には同意します。

これは私が「生物系」だからこう考えるのだと思います。
この「ああすればこうなる」という子育て論は、
多分に「エンジニアリング(工学)」の考え方に近いです。
しかし人間は機械や装置ではなく、生物なのです。
生物と装置の一番の違いは、
「複雑系かどうか」です。
複雑系は「インプットに対するアウトプットが読めない」
というところに、一番の特徴があります。
「ああしたのにこうならない」
のが複雑系であり、そして何度も言いますが、
子どもは複雑系なのです。

「子どもを優秀にするアルゴリズムなどない」
と著者は言います。
私もまったく同じ意見です。
じゃあ、子育てには意味がないのか?

あるに決まってるじゃないですか。
二度と戻ってこない子どもとの時間を、
神に感謝しながら過ごす。
これ以上の「意味」があるでしょうか?
著者もそこを指摘しています。

→P225 
《ハリスは、親が子どもの人格を形成できるという信念が
どれほど歴史の浅い偏狭な考え方であるかを指摘して、
1950年代にインドの僻地の村に住んでいたある女性のことばを引用している。
子どもにどんな人間になってもらいたいと思っているかと聞かれた彼女は、
肩をすくめて「それはこの子の運命で、
私が望むことではありません」と答えたのである。

だれもがこのように運命や、あるいは遺伝子や仲間といった
親のコントロールの及ばないそのほかの力を受け入れているわけではない。
「これが本当ではないことを神に祈っています」と、
ある母親は『シカゴトリビューン』紙に語った。
「子どもに注ぎ込んでいるこの愛情がすべて無意味だなんて、
恐ろしくてとても考えられません。」
人間の本性に関するそのほかの発見についてと同様に、
本当ではありませんようにと人々は神に願う。
しかし真理は私達の願いなどは気にかけない。
そうした願いを解放的な方法で再び取り上げることを余儀なくさせる。

たしかに、子どもを幸福な成功する人間に育てるための
アルゴリズムがないというのは、残念なことである。
しかし私達は本当に、子どもの特性を先に決めてしまいたいと願い、
それぞれの子どもが世界にもたらす予測できない天分や奇抜さに
喜びを感じないのだろうか?
人々は人間のクローンや、遺伝子操作によって
親が子どもをデザインできるようになるかもしれないという
怪しげな見通しにぞっとするような驚きを感じる。
しかしそれは、親の育て方によって
子どもをデザインできるという夢想といったいどれだけ違うのだろうか?

たぶん現実的な親のほうが、
あれこれと気に病む親にならなくて済むだろう。
そういう親は、たえず子どもに刺激を与え、社会化し、
性格を改善しようと試みないで、
子どもと過ごす時間を楽しむことが出来る。
子どもの脳細胞に良いという理由からではなく、
楽しんで本を読み聞かせることが出来る。》

、、「子どもの脳細胞に良いと言う理由からではなく、
楽しんで本を読み聞かせすることが出来る。」
良い言葉です。

「この子の将来のためにぃぃぃいぃ!!」
という「力んだ親」が世の中にたくさんいますが、
自分が子どもだったら思いますもん。
「重いっす!」

私は、将来秀才になって欲しいからではなく、
今楽しいから一緒にジャングルジムで遊ぶ親でありたいです。
(2,568文字)



●アメリカのデモクラシー 第一巻(下)

2018年1月14日読了
読んだ方法:図書館で借りる

著者:トクヴィル
出版年:1835年
出版社:岩波文庫

リンク:
http://amzn.asia/cY4FQRE

▼140文字ブリーフィング:

もうこれは、「古典中の古典」ですね。
あり得ないぐらい、めちゃくちゃ引用されています。
「またトクヴィルかよ!」と思った時期があります。

なぜ本書がこれほど引用されるかというと、
これが非常に珍しく詳細な「一次資料」だからです。
1800年代、まだアメリカの人口が1,200万人だったとき、
フランス人のトクヴィルはアメリカを旅して、
その「見聞録」を記しました。

そしてこの「新大陸(アメリカ)」は、
旧大陸(ヨーロッパ)と、何が違うのかと言うことを、
彼は克明に書き記したのです。
当時のアメリカは今のような「超大国」ではありません。
世界のスーパーパワーは大英帝国であって、
アメリカやロシアではありませんでした。
しかしトクヴィルは、100年後、
世界はアメリカとロシアが二分するだろう、と「予言」します。
それは見事に的中します。

日本人論の名著ならルース・ベネディクトの「菊と刀」であるように、
アメリカ論の古典はフランス人トクヴィルの「アメリカのデモクラシー」です。
そして、トクヴィルの観察眼には本当に舌を巻きます。
彼が、100年後の東西冷戦を「予言」した箇所を抜粋します。

→P418〜419 
《今日、地球上に、異なる点から出発しながら
同じゴールを目指して進んでいるように見える二大国民がある。
それはロシア人とイギリス系アメリカ人である。
どちらも人の知らぬ間に大きくなった。
人々の目が他に注がれているうちに、
突如として第一級の国家の列に加わり、
世界はほぼ同じ時期に両者の誕生と大きさを認識した。

他のあらゆる国民は既に自然の引いた限界にほぼ達しており、
あとは守るだけであるが、両者は成長の途上にある。
他のあらゆる国民は引き留められ、
多大の努力を払わなければ前に進めないが、
両者だけは軽やかにして速やかな足取りで行くべき道を歩き、
その道がどこで終わるのか、いまだに目に見えない。

アメリカ人は自然が置いた障害と闘い、ロシア人は人間と戦う。
一方は荒野と野蛮に挑み、他方はあらゆる武器を備えた文明と争う。
それゆえ、アメリカ人の征服は農夫の鋤でなされ、
ロシア人のそれは兵士の剣で行われる。

目的の達成のために、前者は私人の利害に訴え、
個人が力を揮(ふる)い、理性を働かせるのに任せ、命令はしない。
後者は、いわば社会の全権を一人の男に集中させる。
一方の主な行動手段は自由であり、他方のそれは隷従である。
両者の出発点は異なり、たどる道筋も分かれる。
にもかかわらず、どちらも神の隠された計画に召されて、
いつの日か世界の半分の運命を手中に収めることになるように思われる。》
(1,063文字)



●アインシュタイン その生涯と宇宙 上

読了した日:2018年1月17日
読んだ方法:図書館で借りる

著者:ウォルター・アイザックソン
出版年:2011年
出版社:ランダムハウスジャパン

リンク:
http://amzn.asia/7S95mh2

▼140文字ブリーフィング:

去年読んだ伝記、「スティーブ・ジョブズ」が面白すぎて、
その著者、ウォルター・アイザックソンの書いた、
そのほかの伝記も読んでみたくなりました。

私はアインシュタインにミーハー的関心を寄せる「ファン」です。
小学生のころから「漫画で分かる相対性理論」とか、
児童用のアインシュタインの伝記を読むなど、
アインシュタインに並々ならぬ関心を寄せていました。
今、私がパジャマにしているスウェットのプリントは、
アインシュタインです。

、、、で、ウォルター・アイザックソンが、
アインシュタインの伝記を書いているというのを知り、
「これは読まねば」と思って手に取りました。

「天才」の定義は様々ですが、
私の「天才」の定義は「論理を飛び越えること」です。
天才は直観的に何が正しいかを捉えるので、
一見、論理に飛躍があるように見えます。

私はちなみに、天才ではありません。
(言うまでもありませんが笑)
私は抽象思考は得意で、
論理を緻密に組み立てていくことは得意ですが、
飛躍することは苦手ですから。
ある人の論理が飛躍している場合、
99%は「ただのバカ」なのですが、
1%は「天才」です。
前者と後者の見分け方は簡単です。
前者はそもそも論理が分かっていないから、
無自覚に飛躍し論理が破綻しているだけですが、
後者は「破綻しない論理」を自在に操った上で、
なおかつ「意識的に飛躍」できています。

アインシュタインは、
自分が意識的に飛躍している、
ということそれ自体にも意識的な、
「天才のなかの天才」でした。
それを彼は「帰納より演繹が大事」と、
自分で表現しています。

→P187〜188 
《実際1905年の三編の画期的な論文において、
演繹的アプローチを取る意図を始めに述べている。
彼は説明の付かない実験結果ではなく、
さまざまな理論がもたらす矛盾を指摘する所から論文を書き始めている。
それから実験データの役割を過小評価しつつ基本原理を持ち出している。
ブラウン運動の理論も、黒体放射の理論も、光速に関しても同じ事である。

『物理学における帰納と演繹』という1919年の本の中で
彼は後者のアプローチ、つまり演繹法の方を好むことを述べている。
「経験科学の創造について最も簡単な描像は
一連の帰納的手法である。ここの事実が結ばれ、
まとめられ、それらをつなぐ法則が明らかになる。
・・・しかしこのような方法で得られる大きな科学的知識の進歩は少ない。
・・・自然の理解における真に偉大な進歩は
帰納的手法とほとんど正反対の所にある。
事実の複雑な集大成から直感的に本質をつかみ出すことで
科学者は仮説的な法則を導き出す。
これらの法則から科学者は結論を引き出す。」》

、、、アインシュタインの相対性理論は、
実は「神学的なブレークスルー」でもありました。
もっと大胆な言葉を使えばそれは「神殺し」だった。

なぜか。

ニュートンの古典力学における、
「絶対空間・絶対時間」は、
神によって担保されている、とニュートンは言ったが、
アインシュタインはそれを「相対化」してしまったからです。
時間や空間さえも「ゆがむ」としたら、
もはや「神が書きたもうた」物理法則のなかに、
「絶対的な座標軸」は存在しないことになってしまう。
「聖なる天蓋」を突き崩し、転覆させ、
古典的な世界観に依って立っていた宗教観を、
がらがらと音を立てて崩れさせた原因は、
ひとつはダーウィンの「種の起源」、
そしてアインシュタインの「相対性理論」だったのです。

→P197 
《絶対時間の概念――「実際に」存在して、
測定とは同時に時を刻むという意味での時間――は、
ニュートンが216年前に著書『プリンキピア』で仮定して以来、
物理学の支えであった。
同じ事は絶対空間と距離に関しても言える。
「絶対的な真の数学的な時間は、他の何者にもよらず、
それ自体それ自身の性質として、一様に流れる。」
とニュートンが『プリンキピア』の第一巻で書いていることは有名だ。
「絶対空間は、他の何者にもよらず、
それ自身の性質として常に同一であり動かない。」

しかしこれらの概念が直接に観測できないことに、
ニュートンでさえ不満であった。
「絶対時間は理解の対象ではない」と彼は認めている。
このジレンマから逃れるのに彼は神の存在に頼った。
「神は永遠にどこにでも存在して、
時間の経過と空間を定める。」》

、、、神の支配する時間と空間が、絶対ではない?
では、「神の居場所」はどこにもないのか?

ないはずがないじゃないですか。
神学はそんなにヤワなものではありません。

自分たちの古い世界観に引きこもり、
世間から隔絶され、明白な科学的知見を「否定」し、
物理学や生物学や社会学「批判」をくりかえす宗教者は、
「ヤワ」だなぁと私は個人的に思いますが。
(1,887文字)



●やさしいライオン

読了した日:2018年1月17日
読んだ方法:Amazonで書籍購入(中古)

著者:やなせたかし
出版年:1975年
出版社:フレーベル館

リンク:
http://amzn.asia/4AtIjsl

やなせたかしが初めて描いた絵本です。
犬に育てられたライオンの話。
悲しいけれど、心に残る話でした。
Amazonで古本を買いましたが、
裏表紙に「××さんへ、お世話になりました。
心をこめて云々、、、●●より」というメッセージが。

、、、売るなよ泣。
(120文字)



●知性の顛覆 日本人がバカになってしまう構造 

読了した日:2018年1月17日
読んだ方法:図書館で借りる

著者:橋本治
出版年:2017年
出版社:朝日新聞出版

リンク:
http://amzn.asia/cvBDkPg

タイトルに期待して読みましたが、
正直、内容が散漫で、あまり面白くはありませんでした。
「不機嫌」と、「反知性主義」が結びついている、
という部分だけは、なるほど、と思いました。

→P206
《トランプ新大統領が主要メディアを「敵」と言ったり、
ワシントンの既成政治を「だめだ」と言っているのは、
その相手が、「複数の問題の整合性」を考えようとしているからで、
単純な多くの人と同じように「よく分からない複雑な問題」を
突きつけられた大統領が腹を立てて、
「そういうものはみんなナシ!」と言ってしまったのに等しい。
がしかし、「複雑な問題」は、やはり考えなければ答えがでないものだ。

もう一度「反知性主義」に戻ってしまえば、
「世の中には面倒なことを考えさせられると、
それだけで腹が立ってしまう人たちは多い」―――そのことが、
「反知性主義の高まり」なのだ。
私にはそうとしか思えない。
理性をはねつけてしまった不機嫌は強い。》
(398文字)



●より少ない生き方 ものを手放して豊かになる

読了した日:2018年1月17日
読んだ方法:図書館で借りる

著者:ジョシュア・ベッカー
出版年:2016年
出版社:かんぎ出版

リンク:
http://amzn.asia/0XCfo6v

▼140文字ブリーフィング:

1年ぶりぐらいに「ミニマリズム本」を読みました。
あまり期待はしていませんでしたが、
これが思いの外面白かったのです。

それは、この著者が「牧師」だからです。
ミニマリズムって、「禅」とか「ニューエイジ」とか、
「スピリチュアル」となぜか相性が良いので、
キリスト教徒である私からすると、
「ここまでは共感できるけど、
 ここから先はついて行けない」
というラインがあるのですよね。

しかし、この著者は牧師なので、
「ミニマリズム」を「聖書的」に理解している。
「最後まで納得のいくミニマリズム論」として、
一押しの本です。

たとえば著者は、福音書に出てくる有名な、
「金持ちの青年」をミニマリズム的に解釈します。
引用します。

→P46〜48 
《前の章でも述べたように、私のミニマリズム哲学は、
イエスの教えから大きな影響を受けている。
とはいえ、ミニマリズムに興味を持つようになったおかげで、
前から知っていたイエスの教えを、
新しい角度から眺められるようになったのも事実だ。

このイエスと役人の物語は、その典型的な例だろう。
昔の私は、イエスと役人の物語を読むたびにこう考えた。
「自分の持ち物とお金をすべて上げてしまったら、
惨めな人生になるに決まっている。
イエスは本当にそういう意味で言ったのだろうか?」

持っているものの数で幸せを図るような世界で暮らしていると、
イエスの言葉はまるでピンとこない。
機嫌の良い日だったら、こんな風に考えて自分を納得させていたものだ。
「たぶん現世で物質欲を手放せば、
天国に行ったときに報われるのだろう。
きっとイエスは、そういう取引のことを言っていたのだ」

ところがこの理屈では、他のイエスの言葉とかみ合わなくなる。
たとえばイエスは、別のところで、
「私が来たのは、あなたが本物の人生を手に入れるためだ。
それは、あなたが夢に見たよりも豊かで素晴らしい人生だ。」
ということも言っている。

イエスの教えはいつだってそうだった。
天国に行ってからだけでなく、
この地球上での日常生活を最大限に生きる方法を説いている。

ミニマリスト生活を実際に始めて、
これまで紹介したような利点をすべて経験すると、
イエスがお金持ちの若い役人に投げかけた言葉が、
新しい意味を持つようになった。

イエスが本当に言いたかったのは、
「持ち物をすべて売り、そのお金を貧しい人に与えれば、
自分も不要な荷物から解放されるだろう」ということだったのだ。

ものに執着していると、
本当に豊かな人生からはむしろ遠ざかる。
ものを減らしなさい。
物質欲の重荷から解放されれば、
目指しているものには何でもなれるだろう。
これが、イエスの答えの本当の意味だ。

イエスの答えは、若い役人の信仰心を試しているのではない。
信仰が真実であることを証明するために、
究極の犠牲を払うことを求めているのでもない。
むしろ、より豊かな人生への招待状だったのだ。
あの若い役人は、自分の所有物のせいで、
真の意味では生きていなかったのだ。
このイエスの教えは、どんな宗教を信じる人にも共感できるだろう。》

、、、また、著者は牧師として、
ミニマリズム本に時々出てくる、
「人間関係も整理しましょう」という教えに、
疑義を呈しています。
引用します。

→P286〜289 
《ミニマリストの中には、
「自分の人生に利益をもたらさない人とはさよならしよう」
というアドバイスをする人がたくさんいる。
つまり、クローゼットや引き出しのガラクタだけでなく、
人間関係のガラクタも処分しようというのだ。
彼らの言いたいことは理解できるが、同意できるわけではない。
 (中略)
自分に利益のある関係だけを大切にするのなら、
それは愛ではない。利己主義だ。
 (中略)
ジョンの人生は平坦ではなかった。
親からは育児放棄され、ドラッグとアルコールの問題を抱え、
ホームレスになったこともある。自分の失敗のことも平気で話す。
彼が苦労をしたのは、もちろん育った環境も原因になっているが、
自業自得の面もあることは否定できない。
実際に会うときは、彼はいつもひげを剃らず、だらしない格好で現れる。
しかし、表情は明るく、今度こそ立ち直って神の道を進むと誓い、
参加している後世のための集まりについて話してくれる。
私はいつも、彼を応援している人がいることを伝え、
自分でもできる限り力になると約束する。
そして最後に、私はたいてい「来週もまた会えるかな」と言うのだが、
次に彼が連絡してくるのは数ヶ月後だ。

正直にいえば、ジョンとの関係で私が得るものは特にない。

ジョンから何らかのアドバイスがもらえるわけでもないし、
私が助けてもらえるような仕事をしていたり、
特技があったりするわけでもない。
有名人や偉い人の知り合いがいて、私に紹介してくれるわけでもない。
私のことは人として大切に思ってくれているのかもしれないが、
たとえそうだとしても、その気持ちを表現する方法は
少々変わっていると言わざるを得ないだろう。

それでも、彼がいつも与えているものが一つある。

それは、誰かを愛するチャンスだ。
それも、見返りを期待する愛ではなく、無条件の純粋な愛だ。
忍耐力、慈悲の心、責任、犠牲が必要な愛だ。
つまり、本物の愛ということだ。
ジョンとの関係は、私が本物の愛を示すチャンスだ。
彼がどこに行こうと、どんなに長い間音信不通でも、
いつでも待っていると伝えることが出来る。》

、、、メールをしても返信せず、
電話をしても出ず、人生がめちゃくちゃになったときだけ、
SOSの連絡をして「逢いたい」と言ってくる、
著者の友人の「ジョン」は、
他のミニマリストなら「処分ボックス行き」と言うでしょう。
しかし彼は言います。
「ジョンは、私に無条件で人を愛するチャンスをくれている」。

シビれますね。

さらに、彼は、ミニマリズムの最大の益は、
「より多くを与えられるようになること」と言います。
これは「こんまり先生」を含む、
多くのミニマリストがだれも、一言も言っていないことです。
彼らは「減らすことが自己目的化」していますが、
本書の著者は、「与えること」が目的です。
私はこちらのミニマリズムを支持します。
引用します。

→P302〜303 
《たしかに矛盾して聞こえるかもしれない。
それでも、本物の幸せと満足感を手に入れる一番の近道は、
自分の利益を追求することではなく、人のためになることだ。

ここで、人のために生きる道を選んだらどうなるのか考えてみよう。
まず、自由が増える。ストレスが減り、不安が減り、不満が減る。
満足感が大きくなり、生きている実感が持てる。
人のために生きていると、人と比べる必要がなくなる。
人の上に立ちたいという気持ちがなくなるので、肩の荷が下りる。
自分のしていることがよく分かっていて、
それが大切なことだということも知っている。
人生に満足し、目的意識を持って生きることが出来る。
 (中略)
あなたには大きな夢を持ってもらいたい。
そしてその夢から、大きな満足感を手に入れてもらいたい。
人のためになることがあなたの夢なら、それは実現するだろう。
インドの詩人のラビンドラナート・タゴールは、こんな言葉を残している。
「私は眠り、人生は喜びだという夢を見た。
私は目を覚まし、そして人生は他者に仕えることだと悟った。
私は実行し、そして目撃する。人に仕えることは喜びだった。」》
(2,957文字)



▼▼▼リコメンド本「今週の一冊」▼▼▼

陣内が過去一週間に読んだ本の中から、
「いちばんオススメだったのは?」という基準でリコメンドします。
「いちばん優れていた本」というよりも、
「いちばんインパクトの大きかった本」という選考基準です。
皆さんの書籍選びの参考にしていただけたら幸いです。


▼今週の一冊:より少ない生き方

コメント:
ほとんど期待せずに読んだ分、
カウンターで右フックを食らった感じです笑。
ミニマリズムやシンプルライフの本は
今まで結構たくさん読んで来ましたし、
それらに啓発され教えられてきました。
私もシンプルに生きたいと思っていますので、
真似できると思うことは真似してもきました。

しかし、そこに「何かが足りない」と感じてきた、
「何か」が何だったのかに、
この本は気づかせてくれました。

それは「与えること」「他者のために生きること」でした。
ミニマリズムという哲学に、
キリストの光を当ててくれた著者に、
感謝の意を表します。




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陣内が先週読んだ本 2018年1月第一週 『LIFE SHIFT』リンダ・グラットン 他4冊

2018.06.27 Wednesday

+++vol.046 2018年1月9日配信号+++

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
■4 陣内が先週読んだ本 
期間:2018年1月第一週 12月31日〜1月6日
::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::

先週私が読んだ本(読み終わった本)を紹介していきます。
一週間に一冊も本を読まない、
ということは、病気で文字が読めなかった数ヶ月を除くと、
ここ数年あまり記憶にないですから、
このコーナーは、当メルマガの
レギュラーコーナー的にしていきたいと思っています。
何も読まなかった、という週は、、、
まぁ、そのとき考えます笑。

ただ紹介するのも面白みがないので、
twitterに準じて、
140文字で「ブリーフィング」します。
「超要約」ですね。
(どうしても140字を超えちゃうこともあります。
 140文字はあくまで「努力目標」と捉えてください笑。)

忙しい皆さんになり代わって、
私が読んだ本の内容を圧縮して紹介できればと思います。
ここで紹介した本や著者、テーマなどについて、
Q&Aコーナーにて質問くださったりしたら、
とても嬉しいです。


●内側から見た富士通 「成果主義」の崩壊

読了した日:2017年12月31日
読んだ方法:図書館で借りる

著者:城繁幸
出版年:2004年
出版社:光文社ペーパーバックス

リンク:
http://amzn.asia/cFEb1UL

▼140文字ブリーフィング:

00年代に、富士通は「成果主義」を鳴り物入りで導入ました。
その結果、なんと富士通はどんどん業績を落とし、
納期の半年遅れなどを起こしニュースに取り上げられたのです。
成果主義の導入後、内部は崩壊しました。
著者はその時代に富士通に入社し、
あまりの不条理に退職してフリーランスになった人ですから、
この本は「内部からの告発」のような様相を呈します。
面白かったです。

著者の分析によると、成果主義自体に罪があったわけではなく、
組織体質には手を付けず成果主義を導入した結果、
成果主義が実力主義を後押しするのではなく、
逆に「コネと根回しのムラ社会のルール」を強化し、
「責任をとらない」という悪い部分だけが残った、
という逆説的で皮肉な現象が起きたことが悲劇だったと言います。

引用します。

→P221 
〈年功的組織下で濫造された従業員数の3割を占める管理職に、
公平で有能な評価者を期待しても、理論通りには動かないのだ。
まして、彼らは従来の超・年功的価値観の下で何十年も育成された、
新しい価値観への順応度だけで観れば新人より遙かに劣る「抵抗勢力」だ。
まったく異質な「成果主義」という理念を理解することなど、
とうてい無理なのだ。
そして、この点がクリアできないなら、
どんなに頭をひねっても、何回制度をいじくり回しても、
「成果主義」は機能しない。
そういう意味では、
富士通は貴重なモデルケースを提供してくれたと言えるかもしれない。
組織の大枠を崩すことなく、評価システムを変えた所で、
結局何一つ変わらなかったからだ。
むしろ悪化したあげくに、社業まで大きく傾いてしまった。
社員の不満、嫉妬、怨念、若手社員の離職率急上昇、
そして業績低迷。これらの現象は、
いずれも「中途半端な成果主義」という一本の線でつながっている。〉

もうひとつ面白かったのは、
日本企業が00年代に「成果主義」を大挙して導入した、
「本当の理由」です。
それは実は、「働く人のやりがい」とか、
「イノベーションを起こす」とかではないと著者は指摘します。

企業が成果主義を導入した本当の理由は「コストカット」です。
年功序列制度を維持するコストを担保できなくなったので、
「成果主義の導入」という名のコストカットが行われたわけです。

説明します。
高度経済成長の「人口ボーナス時代」が終わり、
労働人口と内需が縮小していく「人口オーナス時代」に入った結果、
日本で年功序列制度を維持するのは「無理ゲー」になったのです。

なぜか。

年功序列制度というのはつまるところ、
「ピラミッド型組織の維持」だからです。
下が大きくて上が少ない、ということですね。
組織の階級を上昇するにつれて「席の数」は減って行きます。
この「三角形の形」を維持するには、
裾野が際限なく広がらなければなりません。
「ネズミ講」の理論です。

それはつまり、企業が右肩上がりに成長するということを意味します。
そして昭和の一時期それは本当にうまくいきました。
実はこのネズミ講式の構造は年金制度にも言えます。
人口オーナス時代に入り、
それが破綻した時に企業の人事部や財務部などの、
官僚ホワイトカラー部門(コスト部門)が成果主義に飛びついたのはつまり、
今後逆三角形になっていくときに膨らむコストをカ
ットしたかったからです。
こんな動機で改革をすること自体が「欺瞞でありゆがみ」なのであり、
成果主義自体が悪だったからではない、と著者は指摘しています。
私も同意します。
引用します。

→P146 
〈「年功序列制度」の組織は、
前述のように際限なく組織が拡大することと、
ビジネスモデルが不変である
(少なくとも非常に緩やかな変化しかあり得ない)
という前提がなければ維持できない。
維持できれば毎年安定して若い人材も確保できる。
そうなると、人事制度の主眼は
「いかに個々の人材の能力を伸ばしていくか」ではなく、
「いかに個々の人材の規格を維持するか」
という点に力点を置いた方がずっと合理的だ。
こう考えると、「ムラ社会」の掟にも、
それなりの存在理由はあるのだ。
たとえてみると、「成果主義」は脚本もステージも設定も
まだ決まっていない自由演劇のようなもので、
「年功序列制度」は先人から代々受け継がれてきた「しきたり」にそって、
決まった衣装と舞台で毎回同じように演じる歌舞伎のようなものだろう。
前者には、自由に才能やスキルを生かせる反面、
客の反応は実際公演をやってみるまで全く予測できないというリスクがある。
その一方、歌舞伎役者にはオリジナリティや新鮮な感動は期待できないだろうが、
公演中の客の反応はもちろん、1度の興業の売り上げまで予測可能だ。〉
(1,826文字)



●人間の本性を考える 心は「空白の石版」か (中)

読了した日:2017年12月31日
読んだ方法:図書館で借りる

著者:スティーブン・ピンカー
出版年:2004年
出版社:NHKブックス

リンク:
http://amzn.asia/747Tijo

▼140文字ブリーフィング:

上・中・下にまたがるこの大著は、
「ブランクスレート仮説」と呼ばれる、
「人間の心は空白の石版であり、教育や学習によって、
 どんなものにでもなり得る」という仮説への反論です。
その反論にはある程度の「遺伝子決定論」が含まれます。
つまり、(教育には効果があるものの)、
遺伝的にどうにもならない脳の優劣だったり、
人を傷つける傾向だったり、そういうものがあるのだ、
という行動遺伝学と呼ばれる分野の知見です。

困った(と著者は思っている)ことに
この分野はめちゃくちゃ評判が悪いのです。
右派(保守派)からも、左派(進歩派)からも。
引用します。

→P247 
〈心が生物学的に解明されることに対して人々が抱く重大な恐れの一つは、
解明が道徳のニヒリズムにつながるのではないかというものである。
もし人間が高尚な目的のために神によって創造されたのでなければ、
と右派の批判者は言い、
もし利己的な遺伝子の所産であるなら、
と左派の批判者は言う。
私たちが自分のことばかり気にかける
道徳性のないエゴイストになってしまうのを、
何が防止してくれるのだろうか。
、、、そして両派とも、人間性についての
生物学的な理論を受け入れた結果がナチズムであると指摘する。〉

行動遺伝学が左派からも右派からも評判が悪いその理由は、
「道徳性がなくなる」という人々の恐れだ、と著者は言います。
そして、それは完全な誤解だ、と。
「行動や心や能力が遺伝的に決定されること」と、
「道徳的に生きることの意味が失われてしまうこと」の間に、
なんの相関もないんだ、と。
この誤解は、
「至近要因と究極要因の混同による誤解」と呼ばれるそうです。
本書をここまで読んで一番のヒットは、
私にとってはこれでした。
引用します。

→P105〜106 
〈科学的知識によって人間の価値が
損なわれるのではないかという不安について考えると、
私は映画『アニー・ホール』の冒頭で、
主人公のアルビー・シンガーが子どもの頃に、
かかりつけの医師のところに連れてこられたシーンを思い出す。

母親:気分が落ち込んでいるんです。急に何もできなくなってしまって。
医師:どうして落ち込んでいるの、アルビー。
母親:フリッカー先生にお話ししなさい。
(息子の代わりに答える)何か読んだらしいんです。
医師:何か読んだ?
アルビー:(うつむいて)宇宙は膨張している。
医師:宇宙は膨張している?
アルビー:宇宙はすべてでしょ。それが膨張しているなら、
いつかばらばらになって、何もかも終わりになってしまうんだ。
母親:それがあなたになんの関係があるの?
(医師に向かって)宿題もしなくなってしまって。
アルビー:宿題なんかに、何の意味があるのさ。

このシーンがおかしいのは、
アルビーが分析の二つの水準――宇宙をはかる数十億年という尺度と、
数十年、数年、数日という人生の尺度とを混同しているからだ。
アルビーの母親の言うとおり、
「宇宙があなたに何の関係があるの?
あなたはブルックリンにいるのよ。
ブルックリンは膨張していません!」なのだ。
私たちの動機がすべて利己的であるという答えに出会って落ち込む人は、
アルビ―と同じくらい混乱している。
究極要因(何かが自然淘汰で進化した理由)と
至近要因(それが、いまここでどのように働いているか)とを
混同しているのだ。
二つの説明はよく似ているように見える場合があるので、
混同されるのも無理はない。〉

、、、私たちの周りには他にもたくさんの、
「究極要因と至近要因の混同」による混乱や誤解が、
存在するのではないか、と私は感じました。
いつか世の終わりが来るからといって、
明日の宿題をやらなくて良いわけではありません。
人間はいつか必ず死ぬからといって、
暴飲暴食をして良い理由にはならないのです。
(1,442文字)



●歩くような速さで

読了した日:2018年1月1日
読んだ方法:図書館で借りる

著者:是枝裕和
出版年:2013年
出版社:ポプラ社

リンク:
http://amzn.asia/2eVy9kJ

▼140文字ブリーフィング:

私の好きな映画監督、是枝裕和さんによるエッセイ集です。
散文的ですが、とても面白かったです。
いろいろ面白かったところがあったのですが、
その中から一つだけ厳選して引用して紹介します。

→P25 
〈作品は自己表現ではなくコミュニケーションだと昨日書きましたが、
もう少しその話題。
テレビの仕事を始めたときに一番言われたのは、
「わかりやすく」ということでした。
「誰にでも分かるように」と。
「視聴者は馬鹿なので」と平気で言う放送局員もいました。

もちろん人に伝える職業ですから、
どうしたらその話を真剣に聞いてくれるか?
語る言葉は選びますし、話す順序も考えます。
しかし、誰にでも分かる作品などあり得ない。
それは言葉や映像、
もっと言うとコミュニケーションを過信しているのだと思います。
難しくてわかりにくいことを
5分で説明してくれるのがテレビだと思われている方も多いと思いますが、
実は簡単だと思われている事象の背後に隠れている
複雑さを描いてこそテレビだという価値観も一方で存在するわけです。
だって世界は複雑なんですから。

その複雑さを無かったことにして
「わかりやすさ」だけを求め客に媚びた結果
(すべてとは言いませんが)映画もテレビも幼稚化したのだと思います。
そして現実から逃避した。
「早くこの味が分かるようになれよ」と
大人がこどもを高みへと導くような態度は、
作り手としては傲慢であるといつしか言われるようになりました。
しかし、ではどちらの態度がよりコミュニケーションというものと
真面目に向き合おうとしているでしょうか?

「誰か一人の人間を思い浮かべながら作れ」。
これもデビュー当時、先輩に言われた一言です。
視聴者などと言う曖昧な対象へ向かって作ったって結局誰にも届かない。
母親でも恋人でも良いから「ひとりの人に語りかけるように作れ」と。
つまり、作品を表現ではなく対話として捉えろ、
とその人は言いたかったのでしょう。
確かにそのことを意識すると、作品は自らのドアや窓を開き、
風通しが良いものに変質します。
僕が自己表現という言葉に感じる
「自己完結感」をこの風が払拭してくれるのです。

映画『奇跡』は、今3歳の娘が10歳になった時に見せたいと思って作りました。
世界は豊かで、日常はそのままで美しく、
生命はそれ自体「奇跡」なのだと、
そう語りかけるように作ったつもりです。〉

、、、「世界は複雑なのだから。」
痺れますね。
こういう表現者がいる日本は、
「まだ大丈夫だ」と思います。
彼は日本の宝ですね。
あらゆるものを「分かり易く説明してくれ」と要求する視聴者は、
言い換えると「俺は難しいことは考えたくない」と言っているのであり、
その人々は「複雑な世界を複雑なまま理解する」
という努力を放棄しています。
厳しく言えば「知的に怠慢」なのです。
そういった一人一人の「ちょっとずつの怠慢」が、
テレビをつまらなくし、
世の中に「分かり易いお手軽なもの」を充満させ、
そして世界をちょっとずつ行きづらくしている、
と私は感じていますから、
この是枝監督の言葉には大いに共感しました。
(1,229文字)



●LIFE SHIFT 100年時代の人生戦略

読了した日:2018年1月1日
読んだ方法:図書館で借りる

著者:リンダ・グラットン、アンドリュー・スコット
出版年:2016年
出版社:東洋経済新報社

リンク:
http://amzn.asia/cq7YpSm

▼140文字ブリーフィング:

こちらは小泉進次郎が引用したりして、
去年話題になったベストセラーです。
この著作は前著「WORK SHIFT」を下敷きにして書かれていますが、
そちらのほうが包括的で内容も重厚でした。

「WORK SHIFT」のレビューはかつてメルマガでがっつり書き、
アーカイブブログのほうにもアップロードしていますから、
是非そちらをご参照ください。

▼参考リンク:メルマガ記事「WORK SHIFT」
http://blog.karashi.net/?eid=154

両方読んでみて、
今回の本が前著より売れた理由は私には分かります。
それは後半にケーススタディを持ってきて話を単純化したところにあります。
戦後の団塊世代のジャック、
団塊ジュニア世代で1971年生まれのジミー、
1998年生まれのジェーンという、
3人の人生をシミュレーションするという構成になっていて、
その対比が話を分かり易くしています。

著者の言いたいことの要約はこうです。

過去200年の人類の寿命の推移から割り出すと、
現在生まれる赤ん坊は、
かなりの確率で100年近く生きることになる。
そして、彼らが60歳になったとき、
世の中に「定年退職」という概念自体がなくなる。
(それは人類の長寿化と国家の年金運営が、
 早晩破綻するという二つの理由による)
そのような時代の働き方は、
産業革命後に人類が経験した
「働き方の革命」に匹敵する大変革となる。
具体的には過去の革命は、農業主体から工業主体への変革であり、
その時代に「8時間労働・週休2日制・年功序列・年金制度」
といった現在私たちが知る労働慣行が形成された。
しかし我々がこれから経験する「働き方革命」は、
「農業から工業へのシフト」とは違うインパクトをもたらすであろう。
工業時代(現在)は「3ステージの人生」がスタンダードだ。
つまり「教育のステージ(〜20歳前後)
→労働のステージ(20前後〜65歳前後)
→引退のステージ(65歳〜)」
という3ステージである。
しかし今後このような「3ステージ」は完全に解体されるだろう。

、、、で、この「ポスト3ステージ」の働き方を、
著者は「ポートフォリオ・ワーカー」と呼びます。
直訳すれば「分散投資型の労働者」という意味であり、
じっさいには、人生がマルチステージになるということです。
教育→職業A→職業B→
教育に戻る→職業C→サバティカル(長期の休養)
→職業D→、、、、
みたいな働き方です。
「3ステージ」との大きな違いは、
1.人生に引退という概念がなくなることと、
2.そして職業A〜D(もしくはそれ以上)のうち、
かなりの部分を「雇われて」働くのでなく、
「フリーエイジェント」として働くことになること、
3.「教育」は人生の最初に一度だけでは間に合わず、
職業人生の途中に随時技術や情報をアップデートするために、
自己教育が欠かせなくなること
などが挙げられています。

グラットン氏が指摘している、
「100年ライフ」における大切な無形資産(お金以外の資産)には、
「変身資産」という、
これまでには必要とされなかったタイプの「資産」が含まれる、
という点が、私にとっては最も新鮮でした。
引用します。

→P127 
〈こうした(先天的な)要素を除いても、
無形の資産には非常に多くのものが含まれる。
長寿化との関係を基準に、これらを三つのカテゴリーに分類してみた。

1.一つ目は、生産性資産。
人が仕事で生産性を高めて成功し、
所得を増やすのに役立つ要素のことだ。
スキルと知識が主たる構成要素であることは言うまでもないが、
ほかにもさまざまな要素が含まれる。

2.二つ目は活力資産。
大ざっぱに言うと、肉体的・精神的な健康と幸福のことだ。
健康、友人関係、パートナーやその他の家族との良好な関係などが該当する。
長期追跡調査によれば、活力資産を潤沢に蓄えていることは、
良い人生の重要な要素の一つだ。

3.最後は変身資産。
100年ライフを生きる人たちは、その過程で大きな変化を経験し、
多くの変身を遂げることになる。
そのために必要な資産が変身資産だ。
自分についてよく知っていること、
多様性に富んだ人的ネットワークを持っていること、
新しい経験に対して開かれた姿勢を持っていることなどが含まれる。
このタイプの資産は、
旧来の3ステージの人生ではあまり必要とされなかったが、
マルチステージの人生では非常に重要になる。〉

、、、で、この変身資産には、
「自分に関する知識」が含まれるというのです。
つまり、「己を知っている人」ほど、「変身」がしやすい。
一つの職業的アイデンティティだけで、
100年ライフ時代のキャリアを全うできる人は少数派になります。
人間はほぼ例外なく「転職」「転身」を経験する世の中が到来した時、
「アイデンティティを確立できているかどうか」が
勝負を決めるというのです。

日本に引きつけて語るなら、昭和の日本は、
「私は●●株式会社の●●部で部長をしていた者です」
というアイデンティティが、退職後も通用した。
しかし、100年ライフ時代には、
そういった名刺=アイデンティティは通用しません。
「なんですかそれ?」になります。

なぜか?

現代の「企業」は人の職業人生より短いからです。
ということはあなたは、「私は山田太郎です」という、
固有名詞を名乗らなければならない。
その「山田太郎」は、
去年までは勤め人として中間管理職に就き、
今は大学院に通いながら、
新しい会社を起こす準備をしているかもしれない。
そのときに大切なのは、
「役割」ではない自分を語れることです。

引用します。

→P161〜163 
〈生涯に多くの役割を経験するほど、
一つの役割によってはアイデンティティが決まらなくなる。
アイデンティティは、引き受けるものや親から受け継ぐものと言うより、
丹念に作り上げるものになったのだ。
そのプロセスでは、自分についての知識が大きな意味を持つ。
自分のことをよく理解し、よく学ぶためには、
他の人たちに意見を求め、寄せられた意見について内省することが有効だ。
内省の重要性はきわめて大きい。

自分と世界についての認識に新しい情報を加えるだけなら、誰でもできる。
変身資産を積極的に築こうとする人が他の人と違うのは、
単に情報を加えるだけでなく、自己認識と世界の見方を変更することだ。
その結果として、自分についての理解が広く深くなり、
いくつもの欲求と不確実性に対処する能力が高まる。

心理学者のロバート・キーガンによれば、
人が大きく変わるのは、一歩下がって内省し、
その結果について判断を下す時だ。
行動の仕方やものの感じ方だけでなく、
ものの知り方を変えるとき――そう、何を知っているかだけでなく、
どのように知っているかを変える時――変化は起きる。
アイデンティティを主体的に作り上げる側面が大きくなると、
私たちは、心理学者のヘーゼル・マーカスと
ポーラ・ヌリウスが言うところの「ありうる自己像」への理解を深め、
その結果、アイデンティティが未来に広がるようになる。

、、、自分についての知識は、
変化を遂げるための道筋を示すことに加えて、
人が変化を経験しながらもアイデンティティと
自分らしさを保てるようにする役割を持つ。
自分についてよく理解している人は、
人生に意味と一貫性を持たせる道を選びやすい。
そのため、過度に落ち着きのない人生を送らずにすむ。
往々にして、寿命が延びると、
外的要因により慌ただしい日々を強いられたり、
職や居住地を頻繁に変えることでせわしない生活に陥ったりする。
その点、自分についての知識を持っている人は、
人生の新しいステージで成功する確率が高く、
変化によりアイデンティティが脅かされているとあまり感じない。〉

→P163 
〈アイデンティティの変化は、本人にとって難しい経験だ。
なにかが変わる時は、なにが変わらないのかが重要な意味を持つ。
人類学者のシャーロット・リンデは、
大勢の人たちとのライフ・ストーリー
(みずからの人生や生活について語る物語)に耳を傾けた。
すると、とくに際立っていたのは、
一貫性を持った人生の物語を描くことに
人々が多大なエネルギーを費やすという点だった。

人生の物語が一貫性を持つためには、
継続性(自分の変わらない要素とはなんなのか?)と因果関係
(自分に起きたどの出来事が原因で変化が起きたのか)
の両方の要素が欠かせない。
リンデによれば、自分についての深い知識は、
その継続性と因果関係の要素を形作る上できわめて重要だという。〉

、、、以上の分析から著者は、
現代の若者が「自分探し」などをするのは、
「世代論」に還元できない、と強調します。
つまり、若者の自分探しなどの「自己意識の高さ」は、
世代の特徴ではなく、寿命の長さこそが
真の理由だと彼女は分析しています。
鋭い分析です。

→P361 
〈ジェーン(1998年生まれ)の人生には、
自己意識を一つの旅として捉える姿勢がよく表れている。
「私はどういう人間か?」という問いに対するジェーンの答えは、
長い人生の間に変わっていく。
基本的には、人生のどの時点でも未来のあり得る自己像を多数持っているのだ。
この世代の行動が年長世代と大きく異なる理由は、この点にある。
世代による行動様式の違いを生んでいる要因は、誕生年の違いではない。
それは「ミレニアル世代だから」「Y世代だから」といった
怪しげな世代論で説明すべきものではないのだ。

その真の要因は、寿命が延びていることだと、著者達は考えている。
この世代は、無責任だとか、権利意識が強すぎるなどと批判されることが多い。
しかし、そうした行動は明らかに、
人生という長旅を始めるにあたって
自己意識に投資しようとする姿勢と見なせる。
ジェーンたちは、人生の様々なステージと
移行期間の構成を決める上で、
自己意識が非常に大きな意味を持つとよく理解しているのだ。〉
(3,894文字)



▼▼▼リコメンド本「今週の一冊」▼▼▼

陣内が過去一週間に読んだ本の中から、
「いちばんオススメだったのは?」という基準でリコメンドします。
「いちばん優れていた本」というよりも、
「いちばんインパクトの大きかった本」という選考基準です。
皆さんの書籍選びの参考にしていただけたら幸いです。


▼今週の一冊:LIFE SHIFT

コメント:
ご紹介したとおりですが、
「LIFE SHIFT」は前著「WORK SHIFT」とあわせて、
購入して読むに値する本です。
欧州では既に定年退職の年齢を68歳に引き上げ、
長期的には撤廃する動きが始まっており、
日本も近未来において必ず同じ事が起きます。

私は「自分が定年退職する未来」を、
人生のシナリオの中にもはや持っていません。
おそらく私達の世代以下は全員そうだと思いますが、
年金を「もらえる」などとは、最初から思っていない。

、、、そのような社会で、自分が社会のお荷物になるのでも、
既得権益にしがみつくのでも、
老害となって若者の邪魔をするのでもなく、
社会を益する存在として能力を還元し続けられるように、
今から体力においても知力においても経験においても、
信仰においても準備しておくべきだ、という危機感を、
私はこの二冊を読んでから自然に抱くようになりました。



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陣内が先週読んだ本 2017年12月第四週 『怪獣使いと少年 ウルトラマンの作家たち』切通理作

2018.06.20 Wednesday

+++vol.045 2018年1月2日配信号+++


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
■4 陣内が先週読んだ本 
期間:2017年12月第四週 12月24日〜30日
::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::

先週私が読んだ本(読み終わった本)を紹介していきます。
一週間に一冊も本を読まない、
ということは、病気で文字が読めなかった数ヶ月を除くと、
ここ数年あまり記憶にないですから、
このコーナーは、当メルマガの
レギュラーコーナー的にしていきたいと思っています。
何も読まなかった、という週は、、、
まぁ、そのとき考えます笑。

ただ紹介するのも面白みがないので、
twitterに準じて、
140文字で「ブリーフィング」します。
「超要約」ですね。
(どうしても140字を超えちゃうこともあります。
 140文字はあくまで「努力目標」と捉えてください笑。)

忙しい皆さんになり代わって、
私が読んだ本の内容を圧縮して紹介できればと思います。
ここで紹介した本や著者、テーマなどについて、
Q&Aコーナーにて質問くださったりしたら、
とても嬉しいです。


●41歳からの哲学

読了した日:2017年12月25日
読んだ方法:図書館で借りる

著者:池田晶子
出版年:2004年
出版社:新潮社

リンク:
http://amzn.asia/35rPR8m

▼140文字ブリーフィング:

池田晶子さんの「14歳からの哲学」は以前読んだことがあったのですが、
ある方から私が教会で話していた内容から連想した、、、
とご指摘いただき、池田さんの本を久しぶりに手に取りました。
この本はエッセイ集で内容は「軽い」ですが、
私の好きな養老孟司の「女性版」みたいな感じで、
その超然とした態度や、たっぷりの皮肉と少量の猛毒と、
しかし不思議と愛がある、、、という語り口は養老先生そっくりです。
(183文字)



●怪獣使いと少年 ウルトラマンの作家たち

読了した日:2017年12月17日 速読
読んだ方法:図書館で借りる

著者:切通理作
出版年:2015年
出版社:洋泉社

リンク:
http://amzn.asia/34aBmqG

▼140文字ブリーフィング:

「円谷プロ」のウルトラマンのシナリオライター、
金城哲夫、佐々木守、上原正三、市川森一の人物像を探り、
彼らがウルトラマンや怪獣たちにいったい何を象徴させたのか、
ということを分析する本です。
00年代の若手文芸批評家の間で「古典」のように読まれ参照されている本です。
本書を読むと分かりますが実はこの4名はみな、
「社会のなかのマイノリティや被差別側のアイデンティティ」を抱えた人です。
たとえば金城は沖縄出身ですし上原は長崎出身のクリスチャンです。

、、、で、その「マイノリティ=被差別側」から「正義」を観た時、
その正義は微妙に「屈折」しているわけです。
「俺が正義でお前が悪」という、たとえばアメリカのブッシュ(子)のような、
平板な世界観は彼らからは生まれません。

ウルトラマンという正義を彼らは描いたわけですが、
そこにはブッシュ的な正義の押しつけはなく、
むしろ怪獣とウルトラマンのどちらに正義があるのか、
途中で分からない筋立てが多く含まれている。
「帰ってきたウルトラマン」の、「怪獣使いと少年」という、
いまでは伝説になった上原正三のストーリーはその代表です。

メイツ星という星から地球に墜落した宇宙人である老人の、
金田さんは、河原で宇宙船を探します。
金田さんは地球人の少年とともに掘削をしていますが、
日本人の子ども達は彼らに石を投げて差別し迫害します。
金田さんが死ぬとその怨念が「怪獣」となりますが、
ウルトラマンはなんと、その怪獣を退治しません。
「これは金田さんの悲しみの結晶だから、、、」と。

「河原」という場所や、「金田」という名前に暗示されていますが、
メイツ星人が象徴するのは、
関東大震災のときに虐殺された朝鮮人や、
沖縄から本州に移住した移民、
そして江戸時代から続く「被差別部落」の人々です。
要するに「社会のアウトサイダー」であり「マイノリティ」です。
こういった人々の視点から物事を見た時、
私たちが正義だと思っていたものが本当に正義なのか、
私たちが描いてきた世界像が本当に盤石だったのか、
その地盤が揺るがされます。

その「揺るがされる」体験こそ、
本当の正義への旅の始まりだと私は考えます。
王としてではなく社会の弱者として生まれ、
当時のユダヤのマイノリティや被差別民たちを「自分の友」と呼び、
自分の側に正義があると疑いを持たない支配者や王達を唾棄したイエスは、
「私はこの世界に平和をもたらすためではない、
 火を投げ込みに来たのだ」とおっしゃいました。
それは「本当の正義への旅」が、価値観の揺さぶりから始まることを、
イエスがよくわきまえておられたからです。

ウルトラマンは「正義は単純ではない」と子どもに訴えることで、
イエスと同じく「火を投げ込む」存在だったのです。

「怪獣使いと少年」の脚本家でキリスト者だった上原正三氏は、
ガンでなくなる少し前に、キリスト教の業界紙のインタビューで、
「自分の脚本は使徒としての宣教だった」と告白しています。
引用します。

→P380〜381 
〈「ドラマは戦いにしても表側から表現するわけですけど、
インナーの、心の問題を投げかけるのが大事。
善と悪が対立するけれども、人間そのものが禅なのかという疑問が、
市川さんのキリスト教的な問いでもあったと思うんです。
キリスト教では、
神が創世記で自身に似せた良いものとして作られたはずの人間が、
蛇に勧められた知恵の木の実を食べたことによって、
嘘をつくことを覚え、神と同じくらいな存在だと思い上がることで、
神に背いたと考えます。
人間の心の中に悪を目覚めさせることを狙う敵と、
正義のウルトラマンという対立構図を描いていたのではないでしょうか」
(真船禎監督談)

、、、(2011年、キリスト新聞社「Ministry」のインタビューにて)
それまでは、健全なテレビ番組の世界に
自分は悪意を仕掛けていたのだ・・・という部分を
強調して話すことの多い市川森一だが、
この日には教会という場であったためか、
自分はなんのために書いてきたのか、
ギョーカイ的な韜晦(とうかい)のフィルターなしに、
素直に語っている印象を受けた。
「クリスチャンの自分は一貫して福音をもたらすために書いてきた。」
と市川は言った。
僕は内心「初めてそういう言葉を聞けた」と思ったのを覚えている。

「僕が東京の大学へ入るために田舎を出る時に、
諫早(いさはや)の駅で
林田秀彦先生(諫早教会牧師・当時)が見送ってくれたんです。
そのときに、握手しながら
『君はこれからディアスポラになるんだよ』と言われて旅立ちました。
『ディアスポラ』ってなんだろうと考えて、
あとで辞書を引いたら、『散らされていく者』という意味でした。
そういう牧師の言葉の呪縛というのは、
結構ずっと引きずるんです。
それはやっぱり、作家になってからも、
『自分はディアスポラのつとめを果たしているか』
と自問自答するんだよね。
だから、使徒としての役割を果たしていける番組に、
知らず知らずのうちに寄り添っていったという面はあるかもしれません。」
(市川森一談)

そして、こうも語った。
「長いライター生活の中で、
教会に通うという習慣は維持できませんでしたが、
この年になって時間もできて、
やっぱりもう一度教会に戻らなければいけないかなと思い始めています。
ここから旅立っていったというのは紛れもない事実ですから。」
(市川森一談)〉
(2,163文字)



●こころの旅

読了した日:2017年12月27日
読んだ方法:図書館で借りる

著者:神谷美恵子
出版年:2005年
出版社:みすず書房

リンク:
http://amzn.asia/j63fsXS

▼140文字ブリーフィング:

「何でも良いから何か一冊、オススメの本って何かありますか?」
という無茶な質問(笑)を受けることが、年に2回ぐらいあります。
そのときには私は結構な確率で、
ヴィクトール・フランクルの「夜と霧」か、
もしそれは既読だったら、
神谷美恵子の「生きがいについて」を読むと良いよ、と勧めます。
「生きがいについて」は、もはやクラシック(古典)です。
福祉や医療の世界で働く指導者は全員読んでいると言って過言ではない。
私がこの本を読んだのはわりと最近で、3年ほど前のことです。
「べてるの家」の向谷地生良氏が著作のなかで、
自分のバイブルのように読んだ本として紹介していたのがきっかけです。
、、、で、この「こころの旅」も「生きがいについて」と同じ、
「神谷美恵子コレクション」のひとつです。
この本のテーマは「人生の四季」です。
人が生まれ、成長し、働き、病気になり、老い、そして死ぬ、
ということはどういうことかを、
ピアジェの発達理論やエリク・エリクソン、フロイトの理論を補助線にして、
丁寧にひもといていきます。

神谷美恵子氏はキャリアの半分以上を、
ハンセン氏病の療養施設で働いていましたので、
彼女の「苦しみ」というものに対する理解は、
通常の著者のそれよりも、もう一層か二層、深い気がします。
私も2年間の療養で「地獄の深淵」をのぞき込みましたから、
彼女の洞察の深さに舌を巻き、大いに共感します。
この本では特に「苦難の中の連帯」というものを彼女は指摘してて、
私も病気の地獄の中で、
「共に苦しむ仲間達」の声を確かに聞きましたから、
経験から深く同意することができます。
引用します。

→P169〜171 
〈ひとたび烈しい苦痛を経験した人は、
以後、すっかり変わってしまうことが多い。
苦痛そのものの感覚はときの経過と共に案外忘れ去られてしまうが、
これに伴ったこころの苦悩は完全に流れ去ることはない。
傷の瘢痕のようなものがこころに残り、
知らず知らずのうちに病前とは考え方や判断の仕方が変わり、
物事や人々や自分自身に対する態度まで変わってしまうことが少なくない。
つまり苦痛の経験は、それまでの「形而上学的軽薄さ」から
われわれをひきずり出してしまうらしい。

それは前にも述べたとおり、
苦痛の中で人間の心身の分裂が起こり、
そこで別の現実を発見するからではなかろうか。
つまり、人間存在の根底には、こういう世界があったのか、という発見である。
結核やらいの療養所に長年住む人たちが、
互いに「療友」とよび合うのは決して偶然ではない。
ひとりで病んでいても、この「苦痛の連帯感」は生まれる。
その例として、前にあげた詩集からもう一つの詩を
ここにかかげさせていただこう。
これを書きのこした女性は28歳でガンで逝いた(ゆいた)人である。

 暗闇の中で一人枕をぬらす夜は
 息をひそめて
 私をよぶ無数の声に耳をすまそう
 地の果てから 空の彼方から
 遠い過去から ほのかな未来から
 夜の闇にこだまする無言のさけび
 あれはみんなお前の仲間達
 暗やみを一人さまよう者達の声
 声も出さずに涙する者達の声〉
(1,240文字)



●結局、トランプのアメリカとは何なのか

読了した日:2017年12月27日
読んだ方法:図書館で借りる

著者:高濱賛
出版年:2017年
出版社:海竜社

リンク:
http://amzn.asia/6LrqWln

▼140文字ブリーフィング:

私にはアメリカに住んでいる友人・知人・家族がいますが、
彼らは口をそろえて「トランプ大統領という異常事態」を語ります。
曰く「なぜこの状態で国家が回っているのか不思議だ」と。
よく国家が麻痺せずに運営できているな、と。

私もまたトランプ政権後1年間いろいろ考えてきまして、
最近、「天啓」のようにトランプ政権を日本に置き換える、
良い比喩を見つけました。

政治経験ゼロの不動産屋で、
「誇大妄想気味の素人」トランプが大統領になり、
フェイクニュースを作っていたブライバート・ニュースの、
スティーブ・バノンが補佐官(すでに解任された)になった、
というのは、日本に置き換えて考えるなら、
ナチスを擁護するなどあり得ない言動が目立つ、
「超国家主義者で排外主義者の大金持ち」、
高須クリニックの高須委員長が総理大臣になり、
「朝鮮人は殺せ」と書いた看板を掲げて新大久保を練り歩く、
ヘイトスピーチで知られる、
「在日特権を許さない市民の会(在特会)」の、
桜井誠が官房長官になるようなものです。

まぁ、端的にいって「地獄」ですね。

私は本気でカナダに移住することを考えます。
じっさいトランプが当選した時、
連邦政府の「カナダへの移住」のサーバーがダウンしたそうですから、
「私はアメリカ人であることを恥じる」と考えるアメリカ人が、
少なからずいた、ということでしょう。

いまアメリカは「そういう状態」なのです。
日本では今年J-アラートがなりましたが、
アメリカでは一年中T(トランプ)アラートが鳴りっぱなしだったのです。
(笑)と書きそうになりましたが、笑えません。

この本の著者はアメリカに長く住む日本人ジャーナリストですが、
「長いことアメリカの政治を観てきたが、
こんなことは起きたことがない」と彼も書いています。
この本は「では、それはどんな風に具体的に異例なのか」
という解説です。

じっさい、「トランプは1年間はもったが、
あと何年持つかは解らない。」という議論は、
アメリカ国内で今も続いています。
いつ何らかの形で失脚しても、誰も驚かないでしょう。
具体的に「失脚」のシナリオは4つあります。
「暗殺・病気・弾劾・解任」です。
引用します。

→P167〜174 
シナリオ1 暗殺説
「アメリカでは大統領4人が暗殺されていますし、
いつ、どこで起きるか分かりませんね。
殺人未遂は16人とも言われていますし。」

シナリオ2 病気説 
トランプ大統領はきわめて偏食家らしいんです。
大好物はマクドナルドのハンバーガーとケンタッキーフライドチキンとか。
大金持ちのくせに粗食のようで、
こんなものばかり食べていたのでは長生きしないだろうと言われています。
おまけに17年10月初旬には、
ハーバード大学の精神科教授ら27人の医師達が、
トランプ師の精神障害についてまとめた「診断報告」を
「The dangerous Case of Donald Trump」という本として発表しました。
その「診断」によると、トランプ氏の状態は、
「自己陶酔・人格障害・非社会化型行為障害・悪性ナルシズム」だというのです。
これは、直接診断した結果ではありませんが、
可能な限りのデータを集めて精神科医としての
知識と経験に基づいて「診断」したものだとのことです。

シナリオ3 弾劾説 
一言で弾劾だ、弾劾だ、といっても、
制度的にはそう簡単なものじゃないんです。
、、、共和党議員の中に模範トランプの議員はいますが、
よほどのことがない限り、
自分の党が全国党大会で指名した大統領の弾劾には賛成できません。
それではよほどのことってなんでしょう。
ウォーターゲート並みの犯罪行為が立証された時です。
これまでのケースを見ても、弾劾に値する犯罪行為は「司法妨害」です。
つまり捜査当局が犯罪行為を追求している際に
大統領令を行使して邪魔をすれば、これは即弾劾の対象となってきます。

シナリオ4 解任説 
これは、ペンス副大統領がトランプ大統領の政策運営そのほかを観ていて
「こりゃ、どうしようもないわ」と判断した時です。
ペンス副大統領がティラーソン国務、マティス国防各長官ら主要閣僚と相談し、
全閣僚に諮り、閣僚の過半数が
「トランプ氏は大統領としての権限と義務を遂行できない」
というペンス副大統領の判断に賛同すれば、
大統領に辞任を突きつけることができるというものです。
つまり大統領に引導を渡すわけです。
これは、憲法修正代25条4項に明記されています。〉

この1年間、様々な人の「トランプ評」を読んできましたが、
最も納得したのは村上春樹のトランプ評です。
トランプを「非難」しても何もならない。
「この現実を受け止め、
 これはいったいなんなのか」
ということを真摯に知ることが大事だ、と。
村上氏は、トランプとヒラリーの違いを、
人々の心のどれほど深くにまで語りかけたかの違いだ、
と分析しています。
曰く「ヒラリーは地下一階(理性)に語りかけた。
一方トランプは地下二階(情念)に語ることに成功した。」
理性と情念じゃ勝負にならない。
その結果、トランプが勝った、と。

この本には「ポストトランプ」についても紹介されています。
キーワードは「ミレニアム世代」と呼ばれる、
1977年以降に生まれた若者達で、
アメリカではこの世代はほどなく有権者の50%を超えます。
この世代は「右か左か」といったポジショニングにあまり興味がなく、
是々非々で、現実にアメリカをよくしてくれるのなら、
共和党であろうが民主党であろうがかまわない、
と考える世代です。
この世代に支持されている二人の候補が、
次の台風の目になるだろう、と著者は言います。

まず共和党のベン・サーサ議員。
彼はネブラスカ州出身のプロテスタントで教育に熱心なインテリです。
もう一人は民主党のエリザベス・ウォーレン議員。
オクラホマ州出身の女性で、彼女の父親は掃除夫です。
彼女は中産階級を代弁し、富裕層への徴税優遇を批判しています。

この二人に共通するのは、
トランプとヒラリーの両人が、
「本人が主張しているのに、実際は自らに欠けている」ものを、
持っているところです。
ウォーレン議員はヒラリー・クリントンにはなかった、
「自らが特権階級ではない」という庶民性を備えていますし、
サーサ議員はトランプがもっていない、
「プロテスタントの倫理や規範(ついでに知性)」を持っています。

日本にいるとアメリカの状況を皮膚感覚で知ること難しいですが、
この本はとても勉強になりました。
(2,513文字)



▼▼▼リコメンド本「今週の一冊」▼▼▼

陣内が過去一週間に読んだ本の中から、
「いちばんオススメだったのは?」という基準でリコメンドします。
「いちばん優れていた本」というよりも、
「いちばんインパクトの大きかった本」という選考基準です。
皆さんの書籍選びの参考にしていただけたら幸いです。


▼今週の一冊:なし

コメント:
相変わらず判定が厳しいです。
今週読んだ4冊はどれも違う意味で面白かったですが、
「買った方が良いよ」というほどなのはありません。
ただし、先ほど触れた神谷美恵子の「生きがいについて」は、
買って本棚に入れておく価値のある本です。
オススメです。



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陣内が先週読んだ本 2017年12月第三週 『人間の本性を考える 上』スティーブ・ピンカー 他3冊

2018.06.13 Wednesday

+++vol.044 2017年12月26日配信号+++

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
■4 陣内が先週読んだ本 
期間:2017年12月第三週 12月17日〜25日
::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::

先週私が読んだ本(読み終わった本)を紹介していきます。
一週間に一冊も本を読まない、
ということは、病気で文字が読めなかった数ヶ月を除くと、
ここ数年あまり記憶にないですから、
このコーナーは、当メルマガの
レギュラーコーナー的にしていきたいと思っています。
何も読まなかった、という週は、、、
まぁ、そのとき考えます笑。

ただ紹介するのも面白みがないので、
twitterに準じて、
140文字で「ブリーフィング」します。
「超要約」ですね。
(どうしても140字を超えちゃうこともあります。
 140文字はあくまで「努力目標」と捉えてください笑。)

忙しい皆さんになり代わって、
私が読んだ本の内容を圧縮して紹介できればと思います。
ここで紹介した本や著者、テーマなどについて、
Q&Aコーナーにて質問くださったりしたら、
とても嬉しいです。


●ニュースの“なぜ?”は歴史に学べ 2

読了した日:2017年12月18日
読んだ方法:図書館で借りる

著者:茂木誠
出版年:2017年
出版社:SB新書

リンク: http://amzn.asia/8fVjwpM

▼140文字ブリーフィング:

こちらは夏頃に「1」を読んで非常に面白かったので、
続編を手に取りました。
池上彰の「知らないと恥をかく世界の大問題」シリーズも好きですが、
こちらもとても面白いです。
茂木誠さんの切り口は「歴史」で、
今日本や世界で問題になっている「時事ネタ」というのを、
時代を100年、200年、1000年さかのぼると、
実はこういう根っこがあって、、、という風に解説してくれることです。
そうすることで今の世界に対する理解が立体的に深まります。

たとえばトルコは親日国家として知られていますが、
同時に親ドイツ国家としても知られています。
ドイツでは多くのトルコ人移民が働いていますから、
ドイツの貿易黒字を作り出しているのはトルコ人労働者の力も大きいわけです。
「トルコの親日」というと、
四国で起きた船の難破事件などがよく引き合いにだされますが、
事はそんな単純ではありません。
これにも歴史的な経緯が関係しています。
引用します。

→P110 
〈(戦後経済発展を遂げたフランスに
チュニジア・モロッコ・アルジェリア系のイスラム教徒が
移民労働者としてやってきたのに対し)
ドイツには、トルコ人が大挙して出稼ぎにやってきました。
なぜ、トルコ人かというと、
トルコ人は心情的にドイツに好感を持っているからです。
歴史的にいうと、トルコ人には
イギリスやフランスに「いじめられた」記憶があります。
トルコ人のオスマン帝国は、第一次大戦の敗戦によって、
支配下においていたアラブ地域の領土を
イギリス、フランス、ロシアの3国に分割され、奪われてしまいます。
この取り決めを「サイクス・ピコ協定」といいますが、
その後、オスマン帝国は滅亡、
トルコは大幅な領土縮小を余儀なくされました。
したがって、トルコ人にとって、
「二度の大戦を通じて宿敵のイギリスはフランス、
そしてロシアと戦ったドイツ人は偉い」というわけです。
ちなみに、トルコ人が日本に好感を持っているのも根は同じで、
日露戦争や第二次世界大戦で
ロシアやイギリスと一戦交えた歴史が根底にあるのです。〉

、、、「敵の敵は味方」の理論ですね。
今世界中で起きていることの多くには、
「歴史的な理由」があり、それを知っているかどうかで、
世界で今起きている事象はいったいなんなのか、
という理解の深さが変わります。

ウェーブ(波)とカレント(潮流)は違います。
この二つを理解しないとサーファーは命の危険にさらされます。
世界の時事問題をウェーブとカレントに喩えると、
ウェーブは「今大統領が●●になった」というような位相の話、
カレントは「過去1000年ぐらいの歴史を見た時の理由」です。

トルコやイランは現在「東欧〜中東〜中央アジア地区」の、
国際情勢における「台風の目」ですがそれには理由があります。
歴史を見るとトルコやイランというのはあの地域の他の国と違うのです。
それは「かつて帝国だったことがある」国だということです。
オスマントルコと、ペルシャですね。
こういった「帝国のDNAがある国」とそうでない国は、
肝心なときにふるまいが違ってきます。
ちなみに日本も、すっかり忘れている人が多いですが、
「帝国のDNAがある国」に分類されます。
(1,224文字)



●人間の本性を考える 心は「空白の石版」か(上)

読了した日:2017年12月19日
読んだ方法:図書館で借りる

著者:スティーブン・ピンカー
出版年:2004年
出版社:NHKブックス

リンク: http://amzn.asia/jfFKtYe

▼140文字ブリーフィング:

「ブランクスレート理論」という有名な学説があります。
「人の心は空白(blank)の石版(slate)だ」という「人間観」です。
この理論は人気があり20世紀に流行しましたし今も強い影響力をもっています。
つまり、真っ白なキャンパスのような「人間の脳(や心)」があり、
それは「育て方」によっていかようにでも変わるという考え方です。

この「真逆」の極には「遺伝子決定論」があります。
つまり、「人間の能力や資質というものは生まれつき決まっている。
いくら努力をしたり教育をほどこしても、
遺伝的に決定されたことをを人間は超えられない」
というわけです。

こちらの説は人気がありません。
欧米では特にナチスの苦い経験がありますから、
そういった言説は「優生学につながる」と受け取られ、
ものすごーく警戒されるからです。

しかし神経生理学や脳科学の最新の知見は、
人間の心は「生まれつきすべてが決定している」
というのは言い過ぎだとしても、「空白の石版」とは言いがたい、
という事実を明らかにしています。
引用します。

→P96 
〈その後の発見で、脳の大まかな解剖学的構造
(サイズ、形状、脳葉や核のつながり、大脳皮質の基本的な設計)のほとんどが、
胎児期の正常な発育の中で遺伝子によって形成されることが分かった。
さまざまな人のさまざまな脳領域の灰白質の量も、
言語や推論に関与する領域も含めて同様である。
この生得的な形状や配線は、実際に思考や感情や行動に影響を及ぼす。
後の章で見るように、特定の脳領域に損傷のある赤ちゃんは、
しばしば特定の心的能力を永久的に欠如したまま成長する。
標準設計に生まれつき異変のある人は、心の動き方にも異変がある。
一卵性および二卵性双生児の脳を調べた最近の研究によれば、
前頭葉の灰白質の量は遺伝的影響を受け、
また知能との間に有意な相関関係がある。
アインシュタインの脳を調べたある研究によれば、
彼の脳は空間的推論と数についての直観に関する
下頭頂小葉という部位が非常に大きく、変わった形状をしていた。
ゲイ男性は視床下部の前方部にある第三間質核が小さい傾向があるが、
この核は性差に関係することが分かっている。
殺人犯や凶暴性のある反社会的な人たちは、
意思決定や衝動の抑制をつかさどる前頭前皮質が小さく不活発な傾向がある。
このような脳の肉眼的な特徴が
感覚からの入力情報で形成されることは、ほぼあり得ない。
これは知能や科学の才能や性的指向や衝動的暴力の個人差が
学習だけによるのではないことを示唆している。〉

、、、この本は数多くの書籍に引用されている「底本」のひとつですが、
これを読みたいと思ったのは橘玲さんの、
『残酷な世界で生き延びるたったひとつの方法』で紹介されていたからです。
橘さんは「努力は必ず報われる」とか、「成功は頑張れば手に入る」
といった勝間和代的(ナポレオン・ヒル的と呼んでも良い)、
「成功哲学」の前提が間違っているのではないか、という疑義から始まります。
「努力は必ずしも報われないし、
成功は頑張っても手に入るとは限らない。」
その冷酷な事実をまず受け入れた上で、
「成功哲学」を構築することが必要だ、と彼は書いていて、
「確かにそうだよな」と私は思いました。
、、、で、その「前提」の根拠が本書なわけです。
(中)(下)はいま読んでいるところです。
また紹介しますのでお楽しみに。
(1,364文字)



●プライベートバンカー カネ守りと新富裕層

読了した日:2017年12月21日
読んだ方法:図書館で借りる

著者:清武英利
出版年:2016年
出版社:講談社

リンク:http://amzn.asia/5WWwr9t

▼140文字ブリーフィング:

シンガポールの法改正により、
ゼロ年代以降、日本の超富裕層が、
オフショア(租税回避地)としてシンガポールを利用しています。
相続税を払いたくないために彼らは5年間、
年の半分(183日)をシンガポールで過ごすが、
そこでの毎日はたまらなく退屈な地獄だ。
という半ノンフィクションルポ的小説です。
主人公は野村證券の商社マンから、
シンガポールで超富裕層の資産を運用するために
顧客を獲得する仕事をするバンカーで、
実在の人物をもとに構成されています。

「資産を運用するだけで毎年何千万もの不労所得があるので、
 働くモチベーションはない。
 唯一の関心は、国に税金を払わずに資産を子どもに遺すこと」
という「新富裕層たち」の絶望的に不幸な人生が描かれます。

→P9 
〈てらてらと脂で光る焼き台が店の真ん中にあり、
そこから流れる焼き鳥と醤油ダレの煙が、
コの字型のカウンターに取り付いた十数人の客をぼんやりと包んでいる。
 薄く垂れ込めた煙の中から声が聞こえてきた。
「あかん、もう退屈で死にそうや。日本に帰りたいわ」
 男は五十がらみ、「カウス」というあだ名がついている。
 吉本興業大阪の漫才コンビ、
 中田カウス・ボタンのボケ担当にそっくりなのである。
 だが、本人はあだ名で呼ばれていることを知らない。
隣に座る中村咲子たちがそう名付けて、
いつの間にか彼女の勤め先で広がっていることも、もちろん知らなかった。
男は柔ら中名茶髪の彼女を口説くのでもなく、
四角の顔を天井に向け、脂の染みのあたりを見つめていた。
 「やることがないのや。暇なんが一番怖いのう」
 「何を言ってるんですか!贅沢ですよ」
 咲子から軽くたしなめられたカウス氏はうつむいて、
しばらくするとまた愚痴り始めた。
 「わしな、毎日、手帳にバツ印をつけて数えているんや。
あと何年と何日ってな。一日が過ぎると大きくバツ書き入れるんやが、
五年は長いなあ。大阪に戻りたいな。」
 彼は関西でパチンコ屋や不動産業を手広く営んできたが、
それらの多くを売ってシンガポールに移住してきた。
 永住権も取得済みだ。
 資産額は三十億円をくだらないという。
そのうち約十億円を当地にあるムーディーズ格付けAa1の名門行
「Bank of Singapore(シンガポール銀行)」で運用し、
残りを不動産投資に充てている。
シンガポールが不動産バブルと言うこともあって、
ぶらぶら日々を送るだけで毎年数千万円は増えていく計算だ。〉

→P127 
〈元会長やM氏は、「イグジット(exit)組」と当地で呼ばれている。
本来、イグジットとは「出口」を意味する。
金融業界では、ベンチャービジネスの創業者や
ファンドなどの投資家が株式を売却し、
利益を手にすることを指すのだが、
シンガポールでは「ゴールイン」、
あるいは「あがり」の人々という意味で受け取られている。
 日本で会社を売ったり、株やFX取引などで一稼ぎしたり、
あるいは仕事をやり終えたりして”収穫”を済ませ、
海を渡ってきた人々のことである。
 上がりの人々の大半は、シンガポールの中心である
オーチャードロードから車で十分以内のところのに住んでいる。
 オーチャードロードの西の端にあるのが、
高級住宅街のタングリン地区だ。
ここにも、資産三十億円の元パチンコ業者が暮らしている。
冒頭に紹介したカウス氏である。
M氏とカウス氏の共通点はBOSの顧客であり、
時間つぶしに苦労をしていることだ。〉

、、、アーリーリタイアして南の島でゴルフ三昧、、、
というのは、想像している間は天国ですが、
じっさいにやってみると地獄だというのが、
「本人たちの実感」だというのがよく分かります。
彼らは例外なく絶望的なまでに孤独です。
詳しい説明は省きますが、
「莫大な金融資産」と「親しい友人」はトレードオフだからです。
アメリカの宝くじは配当金数十億円という規模ですが、
当選者の5年後を調査すると例外なく当選前より不幸になっている理由も、
ここにあります。

人は労働を離れては幸福を得られませんし、
親しい友人は幸せを得るうえで金融資産より大切です。
これは別に「価値観や道徳の押しつけ」ではなく、
人間という生き物の本性(脳の性質)に基づく科学的事実です。

聖書の箴言に、
「貧しさも富も私に与えず、
ただ、私に定められた分の食物で私を養ってください。
私が食べ飽きて、あなたを否み、
『主とはだれだ』と言わないために。
また、私が貧しくて、盗みをし、
私の神の御名を汚すことのないために。」
という言葉がありますが、
知恵に富んだ教えです。
「中庸」は人が不幸にならないための知恵なのです。
(1,848文字)



▼▼▼リコメンド本「今週の一冊」▼▼▼

陣内が過去一週間に読んだ本の中から、
「いちばんオススメだったのは?」という基準でリコメンドします。
「いちばん優れていた本」というよりも、
「いちばんインパクトの大きかった本」という選考基準です。
皆さんの書籍選びの参考にしていただけたら幸いです。


▼今週の一冊:該当なし

コメント:
3冊ともそれなりに面白かったですが、
「これは買って読む価値があるよ!」というレベルのものはありません。
この「リコメンド本」のコーナー、判定がシビアになってきました笑。
、、、ということはここに紹介する本というのは、
けっこう「本当に良い本」が多いので、
どうぞ皆様の書籍選びにお役立てください。



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