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陣内が先週読んだ本 2018年 11月25日〜12月8日 『除脂肪メソッド』など

2019.04.17 Wednesday

+++vol.069 2018年12月11日配信号+++

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
■2 陣内が先週読んだ本 
期間:2018年 11月25日〜12月8日
::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::

先週私が読んだ本(読み終わった本)を紹介していきます。
一週間に一冊も本を読まない、
ということは、病気で文字が読めなかった数ヶ月を除くと、
ここ数年あまり記憶にないですから、
このコーナーは、当メルマガの
レギュラーコーナー的にしていきたいと思っています。
何も読まなかった、という週は、、、
まぁ、そのとき考えます笑。

ただ紹介するのも面白みがないので、
twitterに準じて、
140文字で「ブリーフィング」します。
「超要約」ですね。
(どうしても140字を超えちゃうこともあります。
 140文字はあくまで「努力目標」と捉えてください笑。)

忙しい皆さんになり代わって、
私が読んだ本の内容を圧縮して紹介できればと思います。
ここで紹介した本や著者、テーマなどについて、
Q&Aコーナーにて質問くださったりしたら、
とても嬉しいです。


●パレード

読了した日:2018年12月2日
読んだ方法:

著者:吉田修一
出版年2004年
出版社:幻冬舎文庫

リンク:
http://amzn.asia/d/30UPDq7

▼140文字ブリーフィング:

先月観た映画「悪人」、「怒り」が良かったので、
作者の吉田修一に興味を持ちました。
「怒り」は既読だったのですが、
こちらは初めて読みました。
どうやら映画化もされているようです。

ゲイが登場することや、
匿名性のなかにある不気味さ、
人間の「信頼」を巡るジレンマなど、
「悪人」「怒り」に通ずるものがあります。
山本周五郎賞受賞作というのも納得。
いち読者としては「怒り」のほうがエンターテイメント性が高く、
ぐいぐい引き込まれて面白かったですが、
「パレード」は何が何だか分からない不安感を残す作品で、
作家がこれを読むと「やられた」と思うのはうなずけます。
最後の川上弘美の解説も良かった。

ただ、この小説で書きたかった「匿名性の不気味さ」とか、
「顔のない悪」というの「ディストピア性」は、
もはや私たちの日常の一部になってしまった、
という違和感のようなものが残ります。
つまり、この小説で書かれた、
2002年の時点で不気味だった「何か」が、
2018年の私たちにとってはもはや風景でしかない、という。

ホラー映画やホラー小説が流行るのは、
世の中が平和なときだ、
というのを過去に読んだことがあります。
現代のような時代にはホラー映画やホラー小説は流行りにくい、と。
なぜなら現実がすでにホラーだからだ、と。

このAmazonレビューが秀逸だったので抜粋します。

〈うーん、結論からいえば読んでよかったと思える作品でした。
あくまで個人の意見ですが、
いまひとつしっくりとこない部分があったかなーと思います。
調べてみると出版されたのが2002年なんですね。
この本が書かれてから15年ほど経っているわけですが、
ここにしっくりこなかった理由がありそうです。
この小説の肝であるルームシェア、
それにまつわる人間関係ですが、
2000年初めと現在では事情が違ってきているというのもあるかもしれません。
悲しいかな、今ではこの小説でゾクッとくるものが
当たり前になりつつある時代です。〉
(816文字)



●未来の衝撃

読了した日:2018年12月3日
読んだ方法:図書館で借りる

著者:A・トフラー
出版年:1970年
出版社:中公文庫

リンク:
http://amzn.asia/d/eiSQb75

▼140文字ブリーフィング:

『遅刻してくれてありがとう』という本を、
これはFVIなどでも色々お世話になっている、
立川福音自由教会の高橋秀典先生に紹介してもらい、
Kindleで購入して現在読んでいる最中です。
その『遅刻してくれてありがとう』のなかで、
この本が引用されていて興味を持ち、手に取りました。

50年前に書かれた本ですが、
けっこういろんな著者に影響を与えた有名な本だそうです。

じっさいこの本は、50年前に書かれた
『遅刻してくれてありがとう』のような感じでした。

50年前に書かれた「これが未来だ」という宣言を、
私たちの社会はすでに追い抜いてしまっているわけですが、
彼が書いている未来予測と
その対策の「思考の作法」は勉強になります。

分野横断的に語る切り口は、
『遅刻してくれてありがとう』にそっくりですし、
「カルチャー・ショック」という単語を、
「フューチャ・ショック」へと発展させ、
私たちは異なる文化にものすごい早さで突入している、
と語る語り口は今も有効です。

いまは彼が生きた時代の何十倍ものスピードで変化し、
変化自体も等比級数的に早くなっています。
『未来の衝撃』のような本が、
50年おきではなく、毎年書かれてもおかしくない。
『遅刻してくれてありがとう』で、
トーマス・フリードマンが言っていますが、
等比級数の力というのは恐ろしいもので、
その変化を現すのにこんな比喩があります。

ある人が素晴らしい成果を誉められるために、
王様に謁見した。
王様は彼に言った。
「何でもあなたの欲しいものを上げよう。
 国の半分でも良いし、
 王宮にある黄金のすべてでも良い」
彼は王様に言った。
「王様、ここにチェス盤があります。
 私のお願いはこうです。
 1日目にこのチェス盤の一マス目に米を1粒ください。
 2日目はチェス盤の二マス目に、米を2粒ください。
 3日目は四マス目に4粒、
 4日目は五マス目に8粒、
 、、、
 このように、チェス盤の最後のマスに至るまで、
 一日おきに二倍の米をくださいましたら、
 私はそれで満足です。」

王様は彼に言った。
「お前はなんと謙虚で欲の少ない人間なのだ!
 そんなのはお安いご用だ!
 そのようにしてつかわそう!」

、、、さて。

彼は本当に欲の少ない人間だったのでしょうか?

答えは、否、です。

このチェス盤の最後に到達するころ、
米粒の数は2の63乗、922京粒に達します。
つまり、2000億俵以上の米です。

世界の変化というのは、
20世紀には2粒、4粒、8粒、16粒、32粒、
みたいな感じだったが、
2000年をまたぎ、
特に2007年というトーマス・フリードマンが指摘する、
「分水嶺」を跨いでからは、
時代の変化は「チェス盤の後半」にさしかかっている、
というのが彼の指摘です。

50年前に「未来の衝撃」で語られた、
「今後数十年で起きる変化」が、
下手すると半年で起きるような世界に、
私たちは生きている。

これをフリードマンは「加速の時代」と名づけました。
なんか「未来の衝撃」の話しではなく、
『遅刻してくれてありがとう』の話しになっちゃいました。

面白そうでしょ。

今下巻を読んでいるところです。
近日中に書評しますのでお楽しみに。

今週は文字数に余裕があるので、
本書についても良かったAmazonレビューを引用します。


〈未来予測の是非については様々な意見があり、
著者自身も「正確に予測することは不可能」としている。
本書で述べられる予測も、
当時の科学技術の発展の方向性をもとに
「このまま進めばこういうことが可能になるだろう」というものである。
40年経た今、的外れもあれば当たっているのもある。

例えば、「20世紀中に人類は海底で生活をしている」
というのは笑ってしまう(今後は分からないが)。
他方でクローン技術等に代表されるバイオテクノロジーの発達、
高度な情報通信網の出現、
規模の経済の終焉等々、当たっているのも多い。

私がトフラー氏にとても感銘を受けるのは未来予測よりも、
現在の変化をもたらしている要因に対する深い洞察である。
本書が出版されたのが1970年なので、執筆活動は1960年代後半。
しかし、それから40年近く経た現在でも、
その内容は古さを感じさせない。
それは、表面的な変化に惑わされずに、
その変化をもたらす根源的な要因に目を向けているからこそだろう。〉
(1,735文字)



●注文をまちがえる料理店

読了した日:2018年12月3日
読んだ方法:図書館で借りる

著者:小国士朗
出版年:2017年
出版社:あさ出版

リンク:
http://amzn.asia/d/am2D6GG

▼140文字ブリーフィング:

こちらは10月のFVI総会で、
FVIの役員をしてくださっている、
つくばで牧師をされている福島先生が、
「注文をまちがえる料理店」っていうのがあってね、、、
という話しをしてくださったことで興味を持ち、
手に取りました。

「注文をまちがえる料理店」というのは、
もともとテレビ制作の仕事をしていた方が、
様々な分野からの協力を得て、
2日間限定でオープンした飲食店のプロジェクトのことです。
このレストランはホール係が全員、認知症患者という、
世にもユニークなレストランでした。
お店にかかげた「ボード」の文言を引用します。

→P215 
〈注文を間違える料理店

「注文をまちがえるなんて、変なレストランだな」
きっとあなたはそう思うでしょう。

私たちのホールで働く従業員は、
みんな認知症の方々です。
ときどき注文をまちがえるかもしれないことを、
どうかご承知ください。

その代わり、
どのメニューもここでしか味わえない、
特別においしいものだけをそろえました。

「こっちもおいしそうだし、ま、いいか」
そんなあなたの一言が聞けたら。
そしてそのおおらかな気分が、
日本中に広がることを心から願っています。〉


、、、このプロジェクトは各種メディアで紹介され、
海外でも反響を呼びました。
ノルウェーの媒体に紹介された、
ノルウェー公衆衛生協会のコメントを以下に紹介します。

→P21 
〈「この日本のアイデアは、重要な点を示しています。
それは、認知症を抱えている多くの人は、周囲から受け入れられ、
理解されさえすれば、普通の社会生活に参加出来るのです。
大切なことは、認知症の人を過小評価しないと言うことです。
多くの人が、さまざまな方法で社会に貢献することが可能なのです。

認知症を抱える人と触れあうとき、
ほんの少しいつもより時間をかけ、
理解しようという優しさと思いやりがあれば、
みなさんのほうが大切な何かを得ることになるでしょう。

認知症を抱える人も一人ひとり異なります。
一人ひとりを個人として理解する事が大切なのです。」
(ノルウェー公衆衛生協会 Lisbet Rugtvedt氏)〉


、、、この「注文をまちがえる料理店」のアプローチは、
「ナラティブアプローチ」として知られるものに限りなく近いです。
つまり、疾病や困難を「解決すべき問題」と捉えるのではなく、
問題を捉える枠組みやストーリーを「語り変える」ことで、
問題がもはや問題ではなく、
むしろ豊かさの源泉にすらなる、
というアプローチです。

このアプローチの源流はどこにあるかというと、
アルフレッド・アドラーです。
アドラーは「トラウマや困難を解決するのではなく、
トラウマや困難こそが、その人の生きる力の源泉となる」
と語りました。

私自身も鬱病闘病のとき、
「病を乗り越える(癒やす)」という、
いわゆるクリスチャンカウンセリングによっては逆により困難は強まり、
ナラティブアプローチによって救済を体験したので、
このアプローチは非常に良く理解出来ます。

この「料理店」の場合、
「新しいナラティブ」の到達点は、
「寛容」であることが本書で示されています。

→P203〜204 
〈隣の席の人と「このアイスコーヒーあなたのですよね」
「そうそう、このコーラはあなたのですよね」
といって交換すればおしまいです。
たったそれだけのことで、間違いは間違いじゃなくなるんです。
自分で企画しておいてなんですが、
こんな感覚になるなんて、すごく新鮮でした。
世界の見え方が、まるで変わったような気がしました。
 
僕のこの感覚は企画者のひとりよがり、
ということもないようで、お客様のアンケートを読んでみても、
かなり多くの方が同じような気持ちを抱いたようです。

・サラダが2回出てきたけど、スープはきませんでした。
 でもそれもまあいいかと思います。
 たいした問題ではない。それでいいんです。
・普通のお店なら怒るかもしれないけど、
 笑顔で受け止めることができました。
・間違っても大丈夫な空気がありました。

このお客様たちの醸し出す”寛容”な空気。
この寛容さこそが、「注文をまちがえる料理店」が
目指していた一つの到達点でした。〉

→P205 
〈あたりまえですが、この料理店で
認知症のさまざまな問題が解決するわけではありません。
でも、間違えることを受け入れて、間違えることを一緒に楽しむ。
そんな、ほんのちょっとずつの“寛容さ”を
社会の側が持つことが出来たら、
きっとこれまでにない
新しい価値観が生まれるのではないかと思ったのです。〉



、、、最後に著者が提唱している、
「COOL JAPANよりも WARM JAPAN」
という言葉に私はぐっと来ました。

→P234 
〈「注文をまちがえる料理店」をやってから
「WARM JAPAN」という言葉をよく使います。
「COOL JAPAN」ももちろん大事だと思うのですが、
これから先は「日本ってなんだかあったかいよね」
「なんだかほっこり心地よいよね」
と思ってもらえることが、
大きな価値になっていくのではないかと感じるのです。〉
(2,086文字)



●除脂肪メソッド

読了した日:2018年12月7日
読んだ方法:図書館で借りる

著者:岡田隆
出版年:2015年
出版社:ベースボールマガジン社

リンク:
http://amzn.asia/d/1sGXLhP

▼140文字ブリーフィング:

私は集中力を強度に要求されるような時間以外は、
仕事中にラジオを「作業用BGM」として流しています。
一番のお気に入りは、
「東京ポッド許可局」で、
二番目が
「三四郎のオールナイトニッポンゼロ」です。
そのほかの時間はたいてい、
筋トレユーチューバーの動画を、
ラジオ代わりに流しています。

その中に、超新塾というお笑いグループの、
コアラ小嵐という芸人がいまして、
その人の「コアラ小嵐の筋肉電波、Q&Aラジオ」というのがあります。
ちなみに超新塾は、「アイクぬわら」がいる、
革ジャンでコントをする「あのグループ」です。

で、この「Q&Aラジオ」が素晴らしい。
動画のコメント欄に届いたコメント(質問)に、
彼がひたすら答えるだけの動画なのですが、
一本の動画の長さが最長で8時間(!!!!!)あります。
短くても2時間ぐらい。

上半身裸の彼が、ずーっっと、
筋肉関係の質問に答えるというだけのラジオ。

ずーっと聞いてられます。

ちなみに私のなかでこの1年半ぐらい、
ずっと今温めている企画があります。
来年頃に何らかの形で具体化したいと思ってるのですが、
それが、「コアラ小嵐のQ&Aラジオ的なもの」なのです。
そう、動画やりたいんですよね。
動画というよりも、ラジオなんですけど。
あ、上半身裸で筋トレのことを8時間話したい、
という意味じゃないですよ。
誤解のなきよう。

そうじゃなく、「読むラジオ」で書いているようなことを、
動画で語る、そんな媒体を新たに生みたいと思ってるのです。
まぁ、そんなことを考えてます。
当メルマガ「読むラジオ」の、
次の発展形として(メルマガも続けますが)。

、、、話しを戻します。
コアラ小嵐のQ&Aラジオには、
筋トレをしている様々な人からの質問が寄せられるのですが、
その「減量」に関する質問については、
10回中9回中、コアラ小嵐は、
「岡田隆先生の、除脂肪メソッドを読んどいて下さい。」
と回答しています。

私はいまバルクアップ期なので「除脂肪」に関しては、
まだ先のことなのですが、
かなり脂肪ものっかりながら筋肉量を増やしたあとは、
除脂肪をしていかなければと思ってます。

それで知識を仕入れておきたいと思い、
本書を手に取った次第です。
内容について興味ある人が、
いったいどれだけいるか分かりませんが、
一応「まとめ」的に本書で紹介されているメソッドの、
「基本カード8」をご紹介します。

・カード1 カロリーの調整 
 第一の極意「ベースラインを見極めろ」

・カード2 PFCバランス調整 
 第二の極意「Fを抑えろ!」

・カード3 食事の回数を増やす 
 第三の極意「1日6回、恐れず食え!」

・カード4 タイミングと分配比率 
 第四の極意「生きる時間を二分せよ!」
 →体脂肪を減らす時間と筋肥大を起こす時間のふたつ。

・カード5 高GI→低GI
 第五の極意「インスリン分泌を制御しろ!糖質制限から糖質制御へ」

・カード6 カロリー10%減 
 第六の極意「大原則を活用せよ!」

・カード7 カーディオエクササイズ 
 第七の極意「とにかく、歩け」

・カード8 HIIT 
 第八の極意「そして最後は、走れ!」


、、、何言ってるか分かる人には全部分かると思うのですが、
まぁ本当に王道な内容です。
消費カロリー>摂取カロリー
これ以外のダイエットはすべてデマと考えて間違いない、
というのがこの本からも分かります。
ただ、著者の岡田隆氏はボディビルダーでもありますから、
ただ体重を減らすだけの痩せ方ではなく、
いかに筋肉を残しながら脂肪を落とすか、
ということを究極に突き詰める道を知っているわけです。
私のような、8ヶ月筋トレしてるにもかかわらず、
まだ標準体型よりも筋肉が少なく、
標準体型よりも脂肪が多い、
そんなへなちょこトレーニーにも、
参考になる情報がたくさん含まれています。
(1,519文字)



▼▼▼リコメンド本「今週の一冊」▼▼▼

ご紹介した本の中から、
「いちばんオススメだったのは?」という基準でリコメンドします。
「いちばん優れていた本」というよりも、
「いちばんインパクトの大きかった本」という選考基準です。
皆さんの書籍選びの参考にしていただけたら幸いです。


▼今週の一冊:該当なし

コメント:

11月後半から12月前半までは、
けっこう忙しかったため、
2週間で、4冊しか読んでません。
私の平均からするとかなり少ないほうです。

北海道に行っていたり、
帰ってきてからもいろいろと用事があったりしましたので、
読書をする時間が確保できませんでした。

まぁ、そんな週もあります。

借りてきた本を未読のまま図書館に返すのは、
ちょっとストレスがたまります。

、、、12月後半は本を読む時間を確保できるのか、、、?

正直、よく分からないんですよね。
スケジュール帳が真っ黒でも、
案外読めたりすることもあるし、
スケジュール帳がすかすかでも、
あんまり読めないこともある。

1日の「認知負荷」がたまり、
晩ご飯を食べ終わった時点で、
脳を使い終わっていたら、
その日は読書せずに、
8時前とかに布団に入って寝るようにしています。

これは私の職業的良心であり、
「寝ないなんて怠慢」だと思ってますから。
鬱病闘病以降、私の体質上、
睡眠よりも優先されるものはない、
というのは揺るがない確信ですから。

そんなわけで、
この2週間は寝ることを優先させた日が多かった、
ということですね。

それだけいろんなことを、
させていただけているということですから、
嬉しいことでもあります。


陣内が先週読んだ本 2018年11月11日〜24日 『パウル・ティリッヒ』他

2019.04.03 Wednesday

+++vol.067 2018年11月27日配信号+++

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
■2 陣内が先週読んだ本 
期間:2018年11月11日〜24日
::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::

先週私が読んだ本(読み終わった本)を紹介していきます。
一週間に一冊も本を読まない、
ということは、病気で文字が読めなかった数ヶ月を除くと、
ここ数年あまり記憶にないですから、
このコーナーは、当メルマガの
レギュラーコーナー的にしていきたいと思っています。
何も読まなかった、という週は、、、
まぁ、そのとき考えます笑。

ただ紹介するのも面白みがないので、
twitterに準じて、
140文字で「ブリーフィング」します。
「超要約」ですね。
(どうしても140字を超えちゃうこともあります。
 140文字はあくまで「努力目標」と捉えてください笑。)

忙しい皆さんになり代わって、
私が読んだ本の内容を圧縮して紹介できればと思います。
ここで紹介した本や著者、テーマなどについて、
Q&Aコーナーにて質問くださったりしたら、
とても嬉しいです。



●パウル・ティリヒ 「多く赦された者」の神学

読了した日:2018年11月12日
読んだ方法:Amazonで書籍購入

著者:深井智郎(ふかい・ともあき)
出版年:2016年
出版社:岩波現代全書

リンク:
http://amzn.asia/d/732XiVk

▼140文字ブリーフィング:

昨年の「よにでしセミナー」で知り合って以来、
名古屋に住む山田風音くんと折に触れ会話してきました。
彼のやっている「ライフストーラー企画」という企業活動のことを、
教えて貰ったり、あと、彼の読む本が、
僕と微妙に重なりつつ微妙にずれているので、
紹介される本が面白くてたいてい読んでいます。

こういう知り合いがいるのは本当にありがたい。

、、、で、前回話したときに話題に出たのがこちらです。
パウル・ティリッヒは「実存主義神学」を代表する、
20世紀の神学者として有名です。

ティリッヒの代表作『生きる勇気』は名著中の名著で、
私は鬱病闘病中に読み、
言葉にならないヒントをもらったような、
不思議な感覚を味わいました。

パウル・ティリッヒはナチスドイツ時代に、
ドイツから逃れアメリカに渡って成功し、
死後しばらくは「神格化」されていました。
本書は著者の深井氏が、
遺されている手紙などの一次資料を丁寧に調べ上げ、
「神格化」された人格者のパウル・ティリッヒの表層を剥ぎとり、
「本当のパウル・ティリッヒ」を描こうとする試みです。

昨年(2017年)の「陣内が今年読んだ本ベスト10」(今年もやります)の、
第1位に輝いた「リンカーン 鬱病を糧に偉大さを鍛え上げた大統領」は、
「アメリカのキリスト教保守派によって、
 完璧なクリスチャンというイメージを着せられ、
 神格化されたリンカーン」の表層をはぎ取り、
生涯にわたり重い鬱病と闘い、何度も自殺の危機に瀕し、
その実存的な危機と深い内的葛藤を、
国家の内的葛藤の超克の糧にした大統領、
という実像を描き出しています。

本書は、パウル・ティリッヒにおいて、
同じようなことを試みている本と言って良いでしょう。

パウル・ティリッヒの私生活は、
性的放縦、SM趣味、女性への異常なまでの興味、
金銭にだらしなく収入が多いのに借金生活を送る姿、
歩けなくなるまで強い酒に溺れる、、、
など、いわゆる「敬虔なクリスチャン」が聞いたら、
眉をひそめるようなものばかりです。

しかし、彼はそれによって開き直っているのではなく、
「そんな私ですら救済する神学」を構築することが、
20世紀の実存的危機にある多くの大衆に響くメッセージになる、
と信じ続け、信仰の実践として真摯に神学し続けました。

自らの恐ろしいばかりの罪深さと直面し、
限界の限界のその向こう側を見た時、
「それでも赦されている」
という救済に達した事例は、
彼の他にも、
ヒッポのアウグスティヌス、
マルティン・ルター、
そして、
「善人ですら救われるのならば、
悪人はなおさら救われている」
(悪人正機)
と説いた、親鸞などがいます。

ティリッヒは初期の彼の成果である、
「疑う者の神」のなかで、
「人間が神を喪失することはあっても、
 神が人間を喪失することはあり得ない」
と述べています。
私たちが信じるのを辞めようが、
私たちが神を疑おうが、
その疑いや不信をも包摂して、
神は私たちを救済している、という考えです。
これは親鸞の悪人正機にそっくりです。

引用します。

→P69 
〈そのために、ティリヒは、
1924年になって刊行された『義認と懐疑』
(これは1919年の講演をもとにした論文)の中で、
この問題についての考えをまとめている。
それはいわば、彼が彼自身のために書いた
最初の伝統的な神学を脱構築する修正的な神学作品である。

彼はその中で、「懐疑者の義認」という命題を掲げ、これを肯定した。
それは彼によれば絶対的な逆説である。
疑い、ボヘミアン的な生活をしている自分の姿は否定されて当然なのであるが、
しかしその否定された自分が同時に神に肯定されているという経験なのである。

それは「人間の側の神喪失や裏切りはあっても、
神の人間喪失はない。」ということの確認でもある。
そのことが確認されるときにこそ
新しい人生が始められると彼は考えている。

それ故に彼は「神を失った者の神」という逆説な表現を用いた。
それは義認とは人間の力による救いではなく、
徹頭徹尾神の側の行為であって、
神の可能性であるという考え方の最大限の拡大であり、
神を裏切る者、否定する者までもが義認の対象であるということになる。〉
(1,681文字)


▼参考リンク:「ライフストーラー企画」(宣伝)
https://life-storier.com/

▼参考リンク:『生きる勇気』パウル・ティリッヒ
http://amzn.asia/d/dUo31MM




●プロテスタンティズム 宗教改革から現代政治まで

読了した日:2018年11月15日
読んだ方法:図書館で借りる

著者:深井智郎
出版年:2017年
出版社:中公新書

リンク:
http://amzn.asia/d/4s9VHz4

▼140文字ブリーフィング:

深井さんの「パウル・ティリッヒ」が面白かったので、
Amazonの「あなたにおすすめ」に出てきた、
こちらの新書も手に取りました。

深井さんはティリッヒに対してしたことを、
ルターに対してもすることで、
神格化されたルターと、
神話化され美化されたプロテスタンティズムの歴史の、
「実像」を描き出そうとしています。
深井さんは「ルター(および宗教改革)の相対化」を、
試みているわけです。

宗教改革はそもそも、自分たちの信仰の営みの、
「相対化」および「自己批判」から始まったのですから、
宗教改革を賛美しお祝いし自らの正しさに酔いしれることは、
宗教改革の精神に反します。
深井さんのしているような「宗教改革の相対化」こそ、
宗教改革500年目に行うにふさわしい営みだと思います。

引用します。

→(まえがき3〜5ページ)
〈しかし近年では、ルターや宗教改革の影響力を
手放しに賛美するのではなく、
むしろ限定的なものとして捉える議論が盛んである。
ルターや宗教改革を歴史の決定的な出来事とするような粉飾に対して、
自己批判や相対化が行われているのだ。
また、近代世界の成立におけるプロテスタンティズムの意義や役割についても、
ごく限定的に論じられるのが一般的である。
 (中略)
もちろん、ルターが勇気ある宗教的指導者であったことを否定するわけではない。
しかしルターのなそうとしたことが、
彼自身の考えや思いを超えて
宗教的あるいは政治的に利用されてきた点を忘れてはならない。
たとえば彼と宗教改革は、
これまで様々な主張や立場を正当化するために利用され、
ドイツでは何度もナショナリズムの高揚のために使われた。
 (中略)
あるいは、宗教改革四百周年となる1917年、
ヨーロッパは第一次世界大戦の最中であった。
ドイツは、フランスやロシアとの戦争は、
カトリックやロシア正教の国との闘争である旨を国内で喧伝し、
宗教改革の意義と戦意高揚を結びつけている。
そこでは、1517年の宗教改革はますます劇的にショウアップされ、
ルターは神格化されるようになった。
ドイツのヴィルヘルム二世(1859〜1941)とその正枢密顧問官たちは、
教皇を始めとするカトリック勢力と勇敢に戦うルターと
その賛同者たちの姿を自らとドイツ国民に重ね合わせようとしたのだ。
ヴィルヘルム二世はヴィッテンベルク城の教会の扉の修復を命じ、
そこには「九十五ヵ条の提題」の全文が刻み込まれた。

現在、このような解釈をする研究はもちろん見られない。
歴史に即した解釈によって、
より正確なルターと宗教改革の出来事を
描き出そうという努力が続けられている。
たとえば、ルターが1517年10月31日にこの場所に
「九十五ヵ条の提題」を貼り出したと考える研究者はほとんどいない。
提題が貼られた場所や日付についても決定的な証拠は存在しない。
提題は貼られたのではなく、
読んでもらうべき相手に書簡として送付されたという説が有力である。〉
(1,199文字)



●奇跡が起きる筋肉トレーニング

読了した日:2018年11月17日
読んだ方法:Amazonプライム特典読み放題書籍

著者:t-baby
出版年:2008年
出版社:PHP研究所

リンク:
http://amzn.asia/d/acZjlxp

▼140文字ブリーフィング:

年会費3,990円のAmazonプライム会員特典って、
プライムビデオ見放題とか、配送日指定が無料なのが、
もっとも大きなメリットなのですが、
地味に「月に一冊無料本が読める(読める本はかなり限定されている)」
というサービスも私が入会した当初はありました。
現在はサービス規約がいつのまにか変わっており、
読める本が限定されているのはかわらないのですが、
「プライムリーディング」という、
指定された本がいつでも無料で読めるサービスになってました。
これは以前のサービスより便利です。
その中に筋トレ関連の本があったので(当然)読みました。
この本では「ピラミッドセット法」という、
重量を徐々に増やし、今度は減らし、
高セット行って細い筋繊維まで追い込む、
という、あまりやったことのないトレーニング方法が紹介されていて、
次の日に早速やってみました。
筋トレは「終わりのない実験と検証の日々」ですので、
一度ハマると出てこられない沼です笑。
(406文字)



●大家さんと僕

読了した日:2018年11月17日
読んだ方法:Kindleで電子書籍購入

著者:矢部太郎
出版年:2017年
出版社:新潮社

リンク:
http://amzn.asia/d/7GPtTWd

▼140文字ブリーフィング:

いろいろなところで評判の良いこの本、
カラテカというお笑いコンビの矢部君という、
世にも細くてちっちゃい人がいるのですが、
その人が描いています。
なんとこの人、実の父親が絵本作家なのです。

現代は「芸人」だけで売れる人はほとんどいません。
「芸人×●●」でやっと売れる時代です。
ここに「ボディビル(春日)」、「料理(うしろシティの人)」、
「小説(又吉)」、「映画監督(劇団ひとり)」、
「パーフェクトヒューマン(オリラジ中田)」など、
様々なものが代入されるのですが、
彼の場合はそれが「マンガ」だったのです。
父親から受け継いだ「血」の力を感じます。

この本それにしても、
私が見た時は、Amazonレビューで、
561件レビューがあり平均★4.8以上、
という、ちょっと見たことのない高評価だったので、
「ほんとかよ、、、」と思いながら読みました。

ハードルが上がりきっているので、
がっかりする心の準備をしていたというか。
しかし、見事に上がりきったハードルを超えてきましたね。
私の妻は3回ぐらい繰り返して読んでいました。

87歳の大家さんと39歳の「僕(矢部)」。
約50歳の年が離れた、
「友情」としか表現出来ない関係性に胸が熱くなります。
確かに「実体験からしか生まれてこない何か」が、
ここにはあります。
オススメします。
(545文字)



●こうして店は潰れた 地域土着スーパー「やまと」の教訓

読了した日:2018年11月18日
読んだ方法:図書館で借りる

著者:小林久
出版年:2018年
出版社:商業界

リンク:
http://amzn.asia/d/5LDhPxY

▼140文字ブリーフィング:

山梨県では知らない人のいない、
「スーパーやまと」の三代目の社長が、
店の栄枯盛衰、すなわち倒産にいたるまでの実体験を、
赤裸々に語っています。
現代という時代に小売業で生き残ることが、
どれほど過酷なのかが分かります。
成功物語からよりも失敗事例からのほうが、
学びとれることは多い、と私は思いますが、
この本も教訓に満ちています。
(159文字)



●社会という檻 人間性と社会進化

読了した日:2018年11月19日 途中斜め読み
読んだ方法:図書館で借りる

著者:アレクサンドラ・マリヤンスキー/ジョナサン・ターナー
出版年:2009年
出版社:明石書店

リンク:
http://amzn.asia/d/47CTcJB

▼140文字ブリーフィング:

「フリーエージェント社会の到来」で引用されていて、
面白そうと思って手に取りましたが、
内容は相当に難しかったです。
しかし、結論はシンプルです。
人類の歴史を概観すると、
人間というのは「社会性があるから社会化している」
のではなく、産業の変化(狩猟→農耕→工業→ポスト工業=現代)
によって構築された社会こそが、
本来自由で独立した性質(フリーエージェント的な)を持つ、
人間を社会という檻に閉じ込めてきたと考える方が、
いろんなことが綺麗に説明出来る、ということです。
人間のDNAに社会性があるのではない。
人間のDNAは本来「一匹狼的」であるが、
人間がつくる社会が「社会性」を要求するので、
人間はそれに仕方なく自分をはめ込んできただけなのだ、
というコペルニクス的な問題提起です。
けっこう、目から鱗でした。
(345文字)



●歴史が遺してくれた日本人の誇り

読了した日:2018年11月19日 途中ななめ読み
読んだ方法:図書館で借りる

著者:矢沢栄一
出版年:2002年
出版社:青春出版社

リンク:
http://amzn.asia/d/7B3sLqn

▼140文字ブリーフィング:

まったく面白くなかったです。
内容も酷いし、語り口も酷い。
「日本はスゴイのである」という薄っぺらな本です。
しかもこの著者、「否定の神学」話法といいますか、
自分がAということを主張するために、
A以外のものをすべてけなしていくという論法を取るため、
読んでいて不快です。
なんでも「歴史の泰斗」みたいな人として一部ではあがめられ、
「新しい歴史教科書を作る会」のうねりを作ったひとりだそうですが、
こういう論法を使う人に頭の良い人はいません。
(214文字)



●10万個の子宮 あの激しいけいれんは子宮頸がんワクチンの副作用なのか

読了した日:2018年11月21日
読んだ方法:図書館で借りる

著者:村中瑠子
出版年:2018年
出版社:平凡社

リンク:
http://amzn.asia/d/0KVBBQe

▼140文字ブリーフィング:

これはスゴイ本でした。
執筆時間が取れず、
詳しくは解説できませんが、
夢中になって一気に読みました。
「まえがき」にこの本の言いたいことが凝縮されていますので、
引用します。

→P2〜3 
〈世界中どの国でも、
新しいワクチンが導入されればそれに反対する人は必ず出てくる。
しかし、日本には、多の国にはないやっかいなことが二つあった。
ひとつは、政府がサイエンスよりも感情を優先したこと。
もうひとつは、2014年初頭、
わざわざ病名まで作って「薬害」を唱える医師たちが登場したことだ。
「一時」差し控えが3年に及んだ2016年7月27日、
日本政府は世界で初めてとなる、
子宮頸がんワクチンによる被害に対する国家賠償請求訴訟を起こされた。〉


、、、「10万個の子宮」というタイトルの意味はこうです。

→P5 
〈最初に日本だけで毎年、3000の命と1万の子宮が失われていると述べた。
日本では国家買収請求訴訟が終わるまでには10年を要すると言われる。
国賠が終わるまでは、接種再開を決断できる首相や官僚は
でないだろうとも言われている。
よって、日本政府の言う「一時」差し控えがもし10年であるならば、
日本の産婦人科医たちは、あと10年、
あと10万個の子宮を掘り続けることになる。〉

産婦人科の業界用語で、
子宮頸がん摘出手術をすることを、
「子宮を掘る」というそうです。
彼らは絶望的な気持ちで、
ワクチン接種が一時差し控えられている結果、
年間10,000人以上の罹患者を診続け、
手術をし続け、その中の何割かを天国に送り続けなければならない。


、、、すべては、「科学的にはまったく実証されていない」
「被害者の会」が主張する「副反応」に、
マスコミが過剰に反応し、
政府が科学よりも感情を優先した結果です。

なんとこの件に関してWHOは、
「こんな国は他にないので、
 国はちゃんと科学的知見を尊重するように」
という「名指しの苦言」まで呈しているのです。

それも二回も。

しかし「被害者の会」や、
一部製薬会社の陰謀説を信じる過激な「市民」からの、
ヒステリックな批判や炎上を恐れ、
マスコミはWHOの声明を大きく扱いません。

BSEのときしかり、
豚インフルエンザのときしかり、
放射能騒動のときしかり、
日本はなぜ、客観的統計や科学よりも、
感情をいつも優先させてしまうのか、
途方に暮れる気持ちになります。
(955文字)



▼▼▼リコメンド本「今週の一冊」▼▼▼

ご紹介した本の中から、
「いちばんオススメだったのは?」という基準でリコメンドします。
「いちばん優れていた本」というよりも、
「いちばんインパクトの大きかった本」という選考基準です。
皆さんの書籍選びの参考にしていただけたら幸いです。


▼今週の一冊:『パウル・ティリッヒ』

コメント:

ひとりの神学者の実像を追うことで、
「救済とは何か」に関する示唆を得ることが出来ます。
アメリカに渡ったカルヴァン派の「ストイシズム」にも似た、
禁欲的なプロテスタントに親しみが強い日本のキリスト教徒は、
自分のもっている「救済観」に揺さぶりをかけられることでしょう。

しかし、「にもかかわらず救われている」ということを、
文字通り身を削って証明しようとした、
ティリッヒの「自己救済としての神学」は、
現代の実存的不安に悩む、
数多くのキリスト者だけでなく、
非キリスト者にも救いを与えた、
というのは納得がいきます。

私たちの多くが親しんでいるキリスト教は、
以下に引用するマックス・ヴェーバーの、
「サル型orネコ型」の救済論でいうと、
「サル型」に近いと思います。
しかし、キリスト教の救済はネコ型である、
という点において、私はティリッヒに同意します。

人生の危機に瀕し、
私たちは神を疑い、神につばきをかけ、
神に「お世話になりました。
あなたには失望しました。さようなら」と、
言うかもしれない。
しかし、その「さようならという私」ごと、
神は救済しているのです。
神の救いの手は、
私たちが主観的に神を拒絶したぐらいでは、
びくともしません。
そんなちんけな救いに私たちはのっかっているわけではないのです。

→P67 
〈宗教改革の教会は多かれ少なかれこの関係の回復を、
人間の何らかの行為や、人間の信心の強さによるのではなく、
それはむしろ神の側の努力、
正確には神が人間を救うという
約束を誠実に守るという事によるものだと考えてきた。

マックス・ヴェーバーが宗教の救済を
「サル型」と「ネコ型」に分けるのはこの問題である。
それは正確には「サルの親子型」と「ネコの親子型」である。
サルとネコの母親は子どもに危険が迫るときに、
どのようにして子どもをその危険から救済するか。

サルは自分の腹に小ザルを飛びつかせる。
「しっかりとつかまっていなさい」と言ってその場から走り去る。
その場合小ザルにとって大切なことは
「しっかりとつかまる」ことなのでる。
サルの母が神であり、小ザルが人間であるなら、
この宗教の類型では人間に必要なのは、
しっかりつかまる力、自分の努力である。

しかしネコの母親は違う。

子ネコに危機が迫ると、ネコの母親は、
子ネコの首根っこをくわえて、逃げ去る。
この場合大切なことは何かと言えば、
子ネコは何もしていないと言うことだ。

痛いが、母猫の子ネコへの愛に信頼し、
その母ネコの救済の思いの誠実さにすべてを委ねているだけである。
そしてこのネコの母のような神に誠実に応えて、
神に従う人生を始めることが救いである。
ルター派教会の義認論は典型的なネコ型である。〉



▼▼▼部門賞▼▼▼

ご紹介した書籍の中から、
陣内の独断と偏見で、
「○○賞」という形で、
特筆すべき本をピックアップします。
こちらも何かのご参考にしてくだされば幸いです。

▼「完全に同意賞」
『10万個の子宮 あの激しいけいれんは子宮頸がんワクチンの副作用なのか』

コメント:

完全に同意です。
それ以外にコメントはありません。
著者は医師でありWHOで働いたこともあり、
しかも文系の学位も持っています。
こういう「文理を越境する人」が増えてくると、
日本の感情的な報道と集団パニックも、
少しは良くなっていくのかなぁ。
そうなって行くといいんだけどなぁ、
という願いを込めて。

陣内が読んだ本 2018年10月21日〜11月10日 『フリーエージェント社会の到来』他

2019.03.20 Wednesday

+++vol.065 2018年11月13日配信号+++

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
■2 陣内が先週読んだ本 
期間:2018年10月21日〜11月10日
::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::

先週私が読んだ本(読み終わった本)を紹介していきます。
一週間に一冊も本を読まない、
ということは、病気で文字が読めなかった数ヶ月を除くと、
ここ数年あまり記憶にないですから、
このコーナーは、当メルマガの
レギュラーコーナー的にしていきたいと思っています。
何も読まなかった、という週は、、、
まぁ、そのとき考えます笑。

ただ紹介するのも面白みがないので、
twitterに準じて、
140文字で「ブリーフィング」します。
「超要約」ですね。
(どうしても140字を超えちゃうこともあります。
 140文字はあくまで「努力目標」と捉えてください笑。)

忙しい皆さんになり代わって、
私が読んだ本の内容を圧縮して紹介できればと思います。
ここで紹介した本や著者、テーマなどについて、
Q&Aコーナーにて質問くださったりしたら、
とても嬉しいです。



●脳科学からみた「祈り」

読了した日:2018年10月24日
読んだ方法:けいちゃんに借りる

著者:中野信子
出版年:2011年
出版社:潮出版社

リンク:
http://amzn.asia/iX94X08

▼140文字ブリーフィング:

義理の母から借りました。
潮出出版って、創価学会系の出版社だというのを初めて知りました。
私は学会員ではありませんが、
だからといってその出版社のものを禁忌するわけでもありません。
そこに書かれていることが良いか悪いかだけが問題です。
キリスト教出版社から出ているゴミみたいな本(失礼)もありますし、
仏教系の出版社から出ている素晴らしい本もあります。

これは本当に。

本書では脳科学者である著者が、
「利他的に生きることが幸福をもたらす」という、
聖書をはじめとする様々な宗教の教えが、
脳科学的にも実証されてきている、ということを論証しています。
けっこう面白かったです。
引用します。

→P70〜72 
〈人間の脳では、ほめられる、他者から良い評価をされる、
などの社会的報酬を得ると、金銭的な報酬を得たときなどと同様に、
「線条体」という、快感を生み出すのに関わる脳内の回路
――これを「報酬系」といいます――
の一部が活動することがわかったのです。

では、利他行動を取るとき、誰かから誉められなければ、
大きな快感を得ることが出来ないのでしょうか?

じつは、「他者からの良い評価」は必ずしも必要ではないのです。

人間には、人間の行動をつぶさに監視する機能を持つ
内側前頭前野の働きがあります。
これは天台大師の『摩訶止観』巻八に説かれる
「同生天(どうしょうてん)」「同名天(どうみょうてん)」
の働きを思わせるような部分で、
自分の行動をいちいちを記録したり評価したりするところです。

誰かから誉められなくても、
自分の内側前頭前野が自分の行動を「すばらしい!」と評価することにより、
非常に大きな快感がもたらされるのです。
これが、いわゆる「社会脳」と呼ばれたりする機能の一つです。

つまり、心の底から人々の幸福を願っての利他行動なら、
たとえ誰にも誉められなくてお、
そんなことでは幸福感はまったく揺らがないのです。
見返りなど必要ないくらい、大きな快感があるのが利他行動です。
そして自ら進んでやろうとする利他行動こそ、
最も大きく、持続的な幸福感に結びつくのです。〉


、、、本当の「利他行動」は、
「承認欲求」と結びついていません。
利他的に行動した結果、相手が感謝しなかったので腹が立った、
というのは実は「利己的行動」です。
イエスが「施しをするときに自分の前で鐘を鳴らす人は、
すでに報いを受けている」と言っているのはこのことです。
承認欲求を満たすために「表面上の利他的行動」をしても、
脳はそのことを知っていますから「本当の報酬」は得られない。

人間の脳は、
「感謝や評価をされなくても、利他行動それ自体を報酬として受け取る」
ように出来ているので、
誰も見ていなくても、誰からも評価されなくても、
他者の幸せを願って行動したときに、
本当の幸福をもたらすように出来ています。
イエスが「施しをするときは隠れたところでするように」
と言われたのはこういうわけです。
「そうすると、隠れたところでみている、
 天の父が報いて下さる。」

愛したことの報いは、
愛したことそれ自体なのです。
(1,243文字)



●筋トレビジネスエリートがやっている最強の食べ方

読了した日:2018年10月25日
読んだ方法:Amazonプライムリーディング

著者:テストステロン
出版年2017年
出版社:KADOKAWA

リンク:
http://amzn.asia/d/49i244j

▼140文字ブリーフィング:

『人生の99.9%の問題は筋トレで解決する』
を書いたテストステロン氏、、、
もとい「尊師」による、
栄養学の本です。
*注:「尊師」はギャグですからね、ギャグ。

筋トレやってる人って、
栄養学とかにめちゃくちゃ詳しくなります。
それもそのはずで、
筋トレって言うのは、ダンベル持ってる時間は、
全体の3分の1の重要性しかないからです。
残り3分の1は食事(栄養)で、
もう3分の1は休息です。

こんな「スポーツ」は他にありません。
尊師はこの本で「マクロ管理法」という、
栄養管理法を解説しています。
私もそろそろ採り入れようかと思っているところです。
引用します。

→位置No.514 
〈マクロ栄養素を算出するために覚えることは次の3つだけだ。
1.タンパク質は体重の数値の2倍
2.脂質は総カロリーの25%
3.炭水化物は総カロリーからタンパク質と脂質のカロリー数を引いたもの
 
先ほどの「170cm、60kg、35歳、アクティブ度高め、
1日の消費カロリーが2574kcalの人」の場合、
減量を目的としたとき、1日の総カロリーは2059kcalになる。
この2059kcalをベースに、1日に摂取すべき栄養素を考えてみよう。

・P(タンパク質)の摂取量
タンパク質(P)は、体重の数値の2倍(体重が60kgの場合は60gの2倍と換算)
 ↓
必要なタンパク質は60×2=120g
 ↓
タンパク質1gは4kcal
 ↓
120×4=480kcal

・F(脂質)の摂取量
脂質(F)は、総摂取カロリー25%
 ↓
2059kcal×0.25=515kcal
 ↓
脂質は1gで9kcal
 ↓
515÷9=57g

・C(炭水化物)の摂取量
タンパク質(P)と脂質(F)を除いた残りのカロリー
 ↓
2059kcal−480kcal(タンパク質)−515kcal(脂質)=1064kcal
 ↓
炭水化物1gは4kcal
 ↓
1064kcal÷4=266g

まとめると、1日に摂取すべきマクロ栄養素は、
・タンパク質(P)120g
・脂質(F)57g
・炭水化物(C)266g
となる。〉


、、、めちゃシンプルです。
「摂取カロリーが消費カロリーを下回る」以外の、
「痩せる方法」はすべてデマだと考えて間違いがありません。

本当に。

なぜか?

物理学の熱力学第二法則に逆らうからです。
「●●さえ食べれば痩せる」というのは、
聞く前から嘘だと思って聞きましょう。
ちなみに今私はバルクアップを目指していますので、
摂取カロリーが消費カロリーを少し上回るように生活しています。
4月から数えて、6キロほど体重を増やしました。
着れていた服が着られなくなるという悩みが出てきました。
(1,046文字)



●組織の掟


読了した日:2018年10月31日
読んだ方法:図書館で借りる

著者:佐藤優
出版年:2016年
出版社:新潮新書

リンク:
http://amzn.asia/d/hEE077A

▼140文字ブリーフィング:

佐藤優氏は今はベストセラー作家ですが、
もともとは「組織人」です。
外務省という典型的な日本型の組織で働いていた著者の視点は、
「組織というジャングルを生き抜くサバイバル術」として面白いです。
組織は魑魅魍魎が跋扈する世界です。
組織は常に責任を回避し、
組織を護るために個人を切るという本能があります。
そのなかで組織に属しながら、
どのように個人の自己実現を果たすのか?
組織の愚痴を言うだけの人は無能の証です。
組織の理論と個人の理論、
この複雑な連立方程式を解くしたたかさが必要なのです。
(237文字)



●人物叢書 津田梅子

読了した日:2018年10月31日
読んだ方法:

著者:山崎孝子
出版年:1962年
出版社:吉川弘文館

リンク:
http://amzn.asia/d/34QwDIX

▼140文字ブリーフィング:

同じ教会に、岡田聡さんという、
素晴らしい信仰者そして起業家の方がいます。
彼は戸田市に住んでいまして、
私が戸田で仕事があったりすると、
夕食をご一緒して2、3時間ぐらい語り合います。
前回語り合ったとき、何かの拍子に明治〜大正の時代に、
国に影響を与えたキリスト者たちの話になりました。
内村鑑三、新渡戸稲造、新島襄などなど。
私は去年、自由学園の創立者、羽仁もと子の伝記を読んで、
感銘を受けていたのですが、
そのとき岡田さんの口からでた津田梅子に関しては、
まったく知識がなかった。
なので、さしあたり伝記的な本書を読みました。
めちゃ面白かったです。

まぎれもなく明治初期というのは日本にとって、
「激動の時代」でした。
あらゆる価値体系が揺さぶられ、
あらゆる前提が覆った。
そう、現代がちょうどそうであるように。

面白いことにあの激動の時代というのは、
日本に「私塾」がたくさん出来た時期でもあります。
そもそも明治を作ったのは「松下村塾」という私塾ですし。
明治初期には福沢諭吉の慶應義塾を筆頭に、
たくさんの私塾が出来たわけです。
それだけ激動の時代に、「未来を担う人材を養成する」
ということは、国家だけではなしえない、
「オールジャパンの取り組み」だったということです。
津田梅子が創立した津田義塾もそのひとつです。
日本初の「女性留学生」だった彼女は、
もともと公的機関で英語を教えていましたが、
それは彼女が考える未来の人材を育成するには、
どうも不十分だと思った。
彼女は「自分サイズの教育」が必要だと考え、
私塾創立にいたります。

実は私自身も、個人的なライフワークと言いますか、
人生のテーマのひとつとして「私塾」というキーワードを持っています。
このメルマガもその一環と捉えられなくもない。
私にとって津田梅子の生き方、
その「自分サイズの教育機関を作ること」に対する姿勢。
徹底して名声やブランドよりも「実」を取る姿勢などが、
非常に参考になると同時に励ましを与えてくれました。

→P185〜197 
(開塾の挨拶より)、
「わたくしが十数年来教育に関係いたしております間に、
深く感じたことが二つ三つあります。
第一は本当の教育は立派な校舎や設備がなくても
出来るものであるということであります。
よい教室や書物、その他の設備も
出来るならば完全にしなければなりませんが、
真の教育には物質の設備以上にもっと大切なものがあると思います。
それは一口に言えば、教師の資格と熱心と、
それに学生の研究心とであります。
こういう精神的の準備さえ出来ておりますならば、
物質的の設備が欠けていましょうとも、
真の教育はできるものである、と私は考えております。」
 (中略)
来賓の祝辞もなく、新入生の言葉もなく、
いわゆる開校式らしい華やかさはどこにもなく、
まことに素朴な開校風景であった。
従ってこの日のことは、「塾日誌」に記された
わずか二行のことば意外に実証的な記録は何も残っていない。
一葉の記念写真もないのである。
梅子が私塾創設の志を抱いてから
十年の月日が流れた後の出発点としては、
むしろあっけないといいたいほどであろう。
資金を集め、設備を整え、華やかに宣伝を展開し、開校することも、
梅子の経歴と力を持ってしては不可能ではなかったであろう。
しかし、梅子はこうしたことを一切退けた。
十年間かかって考え、準備し、決意したことは、
虚飾・虚栄・虚名その他すべて真実ならざるものを
振り捨てると言うことではなかったであろうか。
 (中略)
一番町の塾は「女子英学塾」の看板は掲げていたものの、
もとより普通の住居である。
学校らしい設備は何一つもっていなかった。
この塾において教師も生徒も貧しさ不自由さを共に分かちつつ、
ゆたかな学生生活を営んでいた。
名よりも実をとった梅子の第一歩はこのようにして、
大地を踏みしめたのである。〉


、、、津田梅子が一軒家を借りて始めた「女子英学塾」は、
現在「津田義塾大学」として知られています。
なんとこの大学、
私が現在住んでいる隣町の小平市にあるじゃないですか。
自転車で行ける距離です。
機会があったら訪れたいと思いました。
(1,667文字)


▼参考リンク:岡田さんの会社「シードコンサルティング」
https://seed-consulting.jp/



●絶唱

2018年11月5日読了
読んだ方法:図書館で借りる

著者:湊かなえ
出版年:2014年
出版社:新潮社

リンク:
http://amzn.asia/d/2PbRhx8

▼140文字ブリーフィング:

先週、『ユートピア』を読んで、
やっぱり湊かなえは面白いなぁ、
と思いこちらも手に取りました。
こちらは4章からなるオムニバス短編が、
パズルのピースのようにつながる、湊かなえお得意の手法です。
ただ、全体のトーンはかなり異質です。
それはおそらく、阪神淡路大震災に関する、
作者自身のトラウマの吐露が含まれているからでしょう。
あるパートに関しては著者の実体験にかなり近いそうですから。
これが書き上げられたのは2011年の東日本大震災を跨ぐころですから、
彼女ほどの文才をもってしても、95年の阪神淡路大震災という、
心の傷を物語にするのに、15年以上かかった、ということなのでしょう。
人間の心というのは複雑であり機械とは違いますので、
たとえば東日本大震災の「総括」なんて、簡単にできるものではありません。
私も「死ぬまでに言語化できたらいいかな」ぐらいに考えています。
(375文字)



●フリーエージェント社会の到来 組織に雇われない新しい働き方

読了した日:2018年11月7日
読んだ方法:図書館で借りる

著者:ダニエル・ピンク
出版年:2014年
出版社:ダイヤモンド社

リンク:
http://amzn.asia/d/8NvqiVy

▼140文字ブリーフィング:

7月にメルマガで、『モチベーション3.0』
という本を紹介しました。
覚えている方もいらっしゃるかもしれません。
『モチベーション3.0』の著者ダニエル・ピンクを、
一躍有名にした「出世作」です。

彼はもともと、クリントン政権時代に、
ワシントンDCで大統領のスピーチライターをしていました。
ところがその「組織の中でガチガチに働く」ことに、
ある日過労で吐き気に襲われたことで気がつきます。

彼は速やかに組織を去り、
自宅のガレージで「フリーエージェント」として働き始めます。
ワシントンDCというのは日本でいうと「永田町・霞ヶ関」ですから、
官僚や政治家とのコネクションを彼は持っていました。
彼はそのコネクションを使い、国勢調査の責任者に面会にいきます。
現代のアメリカの国勢調査は、
3000万人いるといわれるフリーエージェントを、
そもそも最初から前提としていないため、
実情を反映していないのではないか、
ということを提言するためでした。
責任者は彼にこう言います。
「あなたの言ってることは最もなのだけど、
 まぁ、察してくれや」

巨大な官僚組織というのはどこの国でも硬直化する運命にありますから、
社会の変化に追いつけないのです。
彼は「じゃあ分かった。俺が調査します。」
といって、自家用車に乗り、全米を横断して、
何百人というフリーランスで働く人々に、
インタビューをして実地調査をします。
そうして書かれたのが本書です。

私も事実上、フリーランスとしてかれこれ10年ぐらい活動してますから、
かなり勇気づけられ、かなり「これでいいんだ」という確信を深め、
かなりヒントを貰いました。

本書が英語で書かれたのは2001年ですが、
和訳されたのは2014年です。
この13年の開きが、アメリカと日本の変化のスピードの開きです。
(そしてもしかしたら、
 00年代に日本経済がアメリカに水を空けられた原因とも、
 どこかでつながっているかもしれません。)

本書執筆当時「アメリカには3300万人のフリーランサーがいる」
と著者は言っていますから、
現在ではさらに膨れあがっているのは間違いありません。
著者は、フリーエージェントが登場した4つの背景を指摘していますが、
これは言うまでもなく、日本社会にも押し寄せている変化です。

→P62〜63 
〈経済の子ども時代の終焉、小型で安価な生産手段の登場、
経済の繁栄、組織の短命化。この4つの材料を混ぜ合わせて、
10年間かけて調理して生まれたのが、
3300万人のフリーエージェントたちなのだ。
 (中略)
フリーエージェントという働き方が登場した背景には、
4つの重要な変化があった。

1.従来の労使間の社会的契約、
すなわち従業員が忠誠心と引き換えに
会社から安定を保障して貰うという関係が崩壊した。

2.生産手段(富を生み出すのに必要な道具)が
小型で安価になって個人で所有できるようになり、操作も簡単になった。

3.繁栄が社会の広い層に行き渡り、しかも長期間続いている結果、
生活の糧を稼ぐことだけが仕事の目的ではなくなり、
人々は仕事にやりがいを求めるようになった。

4.組織の寿命が短くなり、
人々は勤め先の組織より長く生きるようになった。〉

著者が指摘しているのは、
「大きな組織に個人が自由を差し出し、
 それと引き換えに安定と報酬を得る」
という働き方のスタイルは、巨視的に歴史を見た場合、
19世紀から20世紀だけの一時的な現象だということです。

なぜか。

製造業が主軸産業だと「規模の経済」が働くからそうなるのです。
18世紀には靴職人、画家、大工、船乗り、農家、、、
全員、フリーランサーだったのです。
21世紀にはそれが元に戻るだけだ、と著者は言います。

私は10年間フリーランサー的に働いています。
めちゃくちゃ大変な部分もあります。
巨大組織に属するというのは、「30年後の給料が計算できる」
ということですから。
フリーランサーは、明日の収入の保障もありません。

しかし、その「保障」ってなんなんでしょう?
とも思います。
新約聖書のヤコブ書には「来年あそこで商売しよう」
と計画している人に、警告がなされています。
「あなたたちは明日生きてるかどうかすら、
 自分で計画できないじゃないか。」と。
これは現代の「組織に属していれば将来安泰」と考える人にも、
当てはまる警告です。

フリーランサーに「保障」はなく、「庇護」もありません。
スパイダーマンの名言を借りれば、
「大きな自由には大きな責任が伴う」のです。
しかし、10年やってみて私が確信しているのは、
この「大きな自由」はその大変さに見合う報酬がある、
ということです。

それは、
「私は今、自分にしか出来ない仕事を、
自分に与えられた能力を使って、
社会のために還元し、神の栄光のために働けている」
という圧倒的な充実感と、
そして、地獄の通勤時間がないことで、
家族との時間をたくさん過ごせること。
子育てにいつでも協力できること。
「定年後の不安」がないこと。
だって、もう私は「早めの定年(退職金・年金なし)」を、
すでに10年前にスタートさせているのですから。
組織を辞めると地獄ですが、
地獄の先には大きな祝福がまっています。
(あくまで個人的な体験なので、
 一般化するつもりはさらさらありません。
 結局のところ、それぞれの人生というものは、
 その人が選択するしかないのですから。)
(2,063文字)



●思考する言語(上) 「ことばの意味」から人間性に迫る

読了した日:2018年11月7日
読んだ方法:図書館で借りる

著者:スティーブン・ピンカー
出版年:2009年
出版社:NHKブックス

リンク:
http://amzn.asia/d/2H8tTdG

▼140文字ブリーフィング:

やばい。文字数が足りなくなってきました。
こちらは、「人間の本性を考える」の著者、
スティーブン・ピンカーの、「言語」に関する本です。
かなり難しかったです。
というのも著者は英語の動詞を研究している人で、
「動詞」と「脳の働き」にはどんな関係があるか、
ということを綿密に考察するというのが本書の内容ですから。
日本語ですら難しいことを、英語でやられるとかなりキツイ。
今年面白かった本ベスト10に必ずランクインする、
『中動態の世界』で書かれていたことにかなり近いと思いました。
(232文字)



●なぜ世界は存在しないのか

読了した日:2018年11月7日
読んだ方法:柳沢美登里さんに借りる

著者:マルクス・ガブリエル
出版年:2018年
出版社:講談社新書メチエ

リンク:
http://amzn.asia/d/d1syJYu

▼140文字ブリーフィング:

こちらは、FVIの柳沢美登里が読んで、
面白いよ、とお勧めされていた本です。
図書館で予約が100人待ちぐらいだったので、
柳沢さんからお借りしました。
「存在するとは何か」という哲学分野における、
現代の卓越した哲学者がどう考えているか、
ということが分かる面白い本です。

一般向けに書かれているとは言え、内容はかなり難しい。
なるべくかみ砕いて言えばこうなります。
「科学的な唯物論」という実在論が今日の世界では支配的です。
目に見える世界だけがすべてだ、ということですね。
人間というのは結局のところ水分とアミノ酸だし、
この宇宙というのはたくさんの水素原子とヘリウム原子、
そして広大な空間、ときどき炭素がある場所だ、みたいなことです。
日本の知識人にはなぜかこれを支持する人が多いですが、
著者に依れば、この世界観は「完全に破綻」している、
というのです。

その代わりに著者が定立する実在論が、
「意味の場の存在論」というものです。
何かが存在するときそれは、
「何らかの意味の場」に立ち現れるという形でしか存在し得ない。
では、「あらゆる意味の場」を包摂するような「意味の場」はあるのか?
この問いは「世界は存在するのか?」という問いに置き換えられる。
この問いの答えが「その意味における世界は存在しない」ということです。

そうすると人間は不安になる。
だからその「世界」を「物質界」と置き換えたのが近代の、
科学的世界観であると著者は看破します。
しかし、「すべての意味の場を包摂する世界」を人間が作るとき、
それは例外なく偶像崇拝の一形態となる。
だから近代の科学的唯物主義は、
外観は近代的だが、その実は古代の偶像崇拝に似ているのだ、
というのです。

面白いでしょ。

本書の結論部分を引用します。

→P292〜293 
〈意味の場の存在論が、
ハイデガーの有名な表現を借りて言えば
「存在の意味」とは何かという問いに対する、わたし自身の答えです。
存在の意味、つまり「存在」という表現によって指し示されているものとは、
意味それ自体に他なりません。

このことは、世界は存在しないと言うことのうちに示されています。
世界が存在しないことが、意味の炸裂を引き起こすからです。
いかなるものも、何らかの意味の場に現象するからこそ存在する。
そのさい、すべてを包摂する意味の場が存在し得ない以上、
限りなく数多くの意味の場が存在するほかない、というわけです。
それらの意味の場は、互いに連関を為して一個の全体を形作ったりはしません。
もしそうなら、世界が存在することになってしまいます。
さまざまな意味の場が為す連関は、じっさい、
わたしたちによって観察されたり引き起こされたりしますが、
それ自体、つねに新たな意味の場のなかにしかあり得ません。
わたしたちは、意味から逃れることは出来ません。
意味は、いわばわたしたちの運命に他なりません。
この運命は、わたしたち人間にだけでなく、
まさに存在するいっさいのものに降りかかってくるのです。

人生の意味に対する答えは、意味それ自体の中にあります。
わたしたちが認識したり変化させたりすることの出来る意味が、
尽きることなく存在ししている
――このこと自体が、すでに意味に他なりません。
ポイントをはっきりさせて言えば、
人生の意味とは、生きるということに他なりません。
つまり、尽きることのない意味に取り組み続けるということです。〉
(1,377文字)



▼▼▼リコメンド本「今週の一冊」▼▼▼

ご紹介した本の中から、
「いちばんオススメだったのは?」という基準でリコメンドします。
「いちばん優れていた本」というよりも、
「いちばんインパクトの大きかった本」という選考基準です。
皆さんの書籍選びの参考にしていただけたら幸いです。


▼今週の一冊:『フリーエージェント社会の到来』

コメント:

これは面白かったです。
日本も近未来に必ず、
「フリーエージェント社会」に近づくでしょう。
それはAI、3Dプリンタ、インターネットとグローバリズムにより、
二次産業的な「規模の経済」が成り立たなくなること、
そして労働集約的なホワイトカラーの機能がなくなることにより、
社会が「フリーランサーの集合体」として形成されたほうが、
競争力を持てるからです。

マルクスは「生産手段の独占による労働の疎外」を説き、
「生産手段を資本家から労働者に取り戻す」ために、
全世界に連帯を呼びかけました。
ダニエル・ピンクは現代を「デジタルマルクス主義」と呼んでいます。
つまり、ムーアの法則により小さく安くなったPC、
インターネット環境の整備、シェアエコノミーの浸透など、
社会インフラの変革により、
「生産手段が労働者の手に取り返されている」のだと。

人気ユーチューバーのHIKAKINを考えて下さい。
20年前なら彼がひとりでやっている、
動画の撮影、編集、アップロード、配信などは、
大手テレビ局と総務省と広告企業と書店とビデオ屋さんと、、
という企業複合体にしかその「生産手段」がなかったのですが、
彼はいまひとりでそれをやっています。
「生産手段」はフリーランサーの手に取り戻されたのです。

その結果訪れるフリーランスの世界というものは、
HIKAKINを観れば分かるように、
決して「お花畑」ではありません。
私も実感していますが、むしろ雇用されて働くよりも、
何倍も厳しく辛い側面もあります。
何より日々は「不安定」の連続です。

しかし10年間フリーランスとして活動をして、
最近強く思うのです。
「終わりなき不安定の積み重ね」こそが、
振り返ったときに「安定」と呼べるのではないか、と。
それは「瞬間において不安定な自転車」が、
500キロ走り終えたとき、
ずっと安定していた、と呼べるのと同じです。
これを「動的安定」と言います。
逆に大企業や自治体など大きな組織に雇われて得られる安定は、
「静的安定」です。
東京都庁のような大きなビルが、
20年立ちつづけていて、
今後50年もおそらく立ち続けるだろう、
という種類の安定。

どちらが本当の安定なのか?

どちらも「本当の安定」には違いないのでしょう。
しかし両者の安定は質的に異なります。

思い出さなければならないのは現代が、
「(比喩的にも文字通りにも)巨大地震が頻繁に起きる時代」
だということです。
福島第一原発の事故を思い出して下さい。
そのような時代に、
一人でこぎ続ける自転車と、
「安全神話」によって支えられた高層ビル、
どちらが「強い」のでしょう?
「強さ」は見た目とは逆のこともあります。

どちらを選ぶのも、その人の人生ですので、
ご自由にしたらいいと思うのですが、
実は現代というのは、
「東京都庁的な安定」というものが、
本当に盤石な安定なのかどうか、
問われている時代なのは間違いありません。



▼▼▼部門賞▼▼▼

ご紹介した書籍の中から、
陣内の独断と偏見で、
「○○賞」という形で、
特筆すべき本をピックアップします。
こちらも何かのご参考にしてくだされば幸いです。

▼「久しぶりに哲学に浸ったで賞」:
『なぜ世界は存在しないのか』

コメント:

「実在とは何か」ということを、
数百ページにわたって延々と語る、
という本書。
いかにもドイツ人らしい「シワの深い議論」が、
延々と続きます。
冬のドイツで、暖炉を囲みながら、
静かにこんなことを対話したら、
本当に豊かな時間だろうなぁ、
と思います。

人間の性格を、国民性でタイプ分けする、
みたいな性格診断を私は観たことがありませんが、
作ったら面白いかも、とときどき思います。

・ブラジルのダンサータイプ、とか、
・アメリカの田舎のおじさんタイプ、とか、
・ニューヨークの女優志望の野心家タイプ、とか、
・韓国の情熱的なオムニタイプ、とか、
・日本の生真面目サラリーマンタイプ、とか、
・ロシアの筋肉ウォッカマッチョ野郎、とか、
・イタリアの陽気な店主タイプ、とか、
・フランスの愛想悪い官僚タイプ、とか、
・イギリスのスノッブな貴族気取りタイプ、とかね。

私はそんな性格診断があったら、
「ドイツの哲学者タイプ」だと自分で思います。



陣内が先週読んだ本 2018年10月7日〜20日 『子育ての大誤解』(上)(下)など

2019.02.27 Wednesday

+++vol.062 2018年10月23日配信号+++

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
■2 陣内が先週読んだ本 
期間:2018年 10月第二〜三週 10月7日〜20日
::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::

先週私が読んだ本(読み終わった本)を紹介していきます。
一週間に一冊も本を読まない、
ということは、病気で文字が読めなかった数ヶ月を除くと、
ここ数年あまり記憶にないですから、
このコーナーは、当メルマガの
レギュラーコーナー的にしていきたいと思っています。
何も読まなかった、という週は、、、
まぁ、そのとき考えます笑。

ただ紹介するのも面白みがないので、
twitterに準じて、
140文字で「ブリーフィング」します。
「超要約」ですね。
(どうしても140字を超えちゃうこともあります。
 140文字はあくまで「努力目標」と捉えてください笑。)

忙しい皆さんになり代わって、
私が読んだ本の内容を圧縮して紹介できればと思います。
ここで紹介した本や著者、テーマなどについて、
Q&Aコーナーにて質問くださったりしたら、
とても嬉しいです。



●ユダヤ人の贈り物 文明をつくりだした砂漠の遊牧民

読了した日:2018年10月12日
読んだ方法:図書館で借りる

著者:トマス・ケイヒル
出版年:1999年
出版社:青土社

リンク:
http://amzn.asia/d/2L2xBHa

▼140文字ブリーフィング:

この本は、先日タイのチェンマイに行き、
Disciple Nations Allianceのアジアフォーラムに参加したとき、
創始者のひとりダロー・ミラー師が、
基調講演的な分かち合いのなかで引用していて興味を持ちました。
「西洋の思考の枠組み」は、ユダヤ人が作った、
ということを論証している本です。

「西洋の思考の枠組み」とはとりもなおさず、
近代以降の日本の思考の枠組みのことでもあります。
民主主義、資本主義、法治主義、契約の概念など、
近代社会の制度を利用しているという意味で、
日本人もまた西洋人の、
「無意識の思想的奴隷(by ジョン・メイナード・ケインズ)」
なのです。
その西洋人がユダヤ人の
「無意識の思想的奴隷」だよ、
と言っているのがこの本です。

一箇所だけ引用します。

→P260〜261 
〈ユダヤ人はまったく新しい「語彙」をつくった。
まったく新しい「心の伽藍」、
これまでになかった認識と感情の内面風景である。
長い世紀にわたる痛みと受苦を経て、
彼らは唯一の神を信ずるに至る。

この唯一神は宇宙の創造主で、
その意味は神のあらゆる被創造物の土台を形成し、
人間の歴史に介入してその目的を成就しようとする。
この独特の信仰――「一神教」――により、
ユダヤ人は「大いなる全体」を世に提示した。

それは理に適った宇宙観で、他の宇宙観より明らかに優れている。
それゆえ、様々な矛盾を伴う多神教を完全に圧倒した。
ユダヤ人は西欧の良心を世に提示した。
唯一であるこの神は、外面の見せかけの神ではなく、
良心の「静かで小さな声」である。
憐れみの神、「そこにある」神、
特に「自らにかたどって」造った人間を中心に、
被創造物の各自を思いやり、
同じ事を行うように人間にも求める神である。
 (中略)
ユダヤ人は「外面」と「内面」を世に提示した。
私たちの外部に対する見方と私たちの心の中の生き方である。
私たちは、ユダヤ人であることなしでは、
朝起きることも通りを横切ることも出来ない。
私たちはユダヤ人の夢を見、ユダヤ人の希望を希望する。
私たちの最良の語彙の大部分
――たとえば、新しい、冒険、
おどろき、独自の、個人の、人柄、使命、
時間、歴史、未来、進歩、精神、
信仰、希望、正義――はユダヤ人の贈り物である。〉


、、、創世記12章で、
ウルの地にいたアブラムに、
神が「旅に出よ」と呼びかけ、
アブラムが、どこへ行くのかさえ分からないまま、
その声に応答したとき、「人類史は変わった」
と著者は言います。

創世記12章以前、
人類にとって「時間」「歴史」とは、
「無目的で無意味な永遠の繰り返しのループ」でした。
アブラハムの応答以降、
歴史はゴールのない反復であることをやめ、
人間の人生は運命によって決定されている現象であることをやめました。
歴史には目的があり、人生には意味があり、
そして人は自らの将来を変えることができる、
という、「歴史観・人間観」が生まれたのです。

近代科学や民主主義や資本主義は、
この「歴史観・人間観」がなければ生まれ得なかった、
と断言できます。
自覚しようとそうでなかろうと、
私たちは「無意識のユダヤ人」なわけです。
これを踏まえるとき、
神がアブラハムに「あなたの名は祝福となる」
と言われたのは、決して大げさではなかった、
ということがおわかりいただけると思います。
(1,344文字)




●ユートピア

読了した日:2018年10月14日
読んだ方法:図書館で借りる

著者:湊かなえ
出版年:2018年
出版社:集英社文庫

リンク:
https://amzn.to/2A6VNnE

▼140文字ブリーフィング:

湊かなえの小説は、ときどき読みたくなります。
読書ログを調べると、過去3年間で8冊読んでました。
やはり最高傑作は映画化もされた「告白」ですね。
これは映画もスゴイです。
映画のほうがスゴイかもしれない。
今Amazonプライムで見られますから、
興味ある方は是非。

湊かなえの魅力は、
「(特に女性同士の)エゴとエゴの殴り合い」
みたいなものを、リアルに描写出来るところですね。
例えばタワーマンションのセレブママ友同士の、
「ママカースト」の在り方、
そこにある「マウンティング」や、
権力のしのぎあいを描かせたりしたら、
もうヒリヒリするような描写をするわけです。
絶対近寄りたくないですが、怖いもの見たさで、
読み始めると止まらなくなります。
これは小説を読むというより、
総合格闘技を観戦する気持ちに近いですね。
「怖いけど見ちゃう」っていう笑。
(359文字)




●子育ての大誤解(上) 〜重要なのは親じゃない〜

読了した日:2018年10月9日
読んだ方法:図書館で借りる

著者:ジュディス・リッチ・ハリス
出版年:2017年
出版社:早川書房

リンク:
http://amzn.asia/d/4HvFJ1M

▼140文字ブリーフィング:

この本は面白すぎて、上下巻、一気に読んでしまいました。
べらぼうに面白かったのですが、
多分まだ上手に説明できません。
なぜならこの本は、
私たち近代社会に暮らす人間にとって、
当たり前に染みついている価値観である、
「親の育て方が子どもの運命を決める」
という前提自体に疑問を投げかける「問題作」だからです。

著者は親の育て方が子どもの将来を決める、
という「子育て神話」という洗脳を解こうとしているのです。
結果だけを申し上げるなら、
私自身は大いに説得され、
かなり「子育て神話」が「神話」に過ぎず、
根拠薄弱なものであると理解するようになりました。
さしあたり「とびら」にある、
ジブラーンの詩を引用します。

→P5 
〈あなたの子は、あなたの子ではなく、
大いなる生命(いのち)の希求(あこがれ)の息子であり、娘である。
あなたを経て現れてきても、あなたから生まれたのではない。
あなたとともにいても、あなたに属するものではない。
あなたの愛を与えることはできても、
あなたの考えを与えることはできない。
子どもは自らの考えを持つのだから。
その身体(からだ)を住まわすことはあっても、
その魂(こころ)までも住まわすことはできない。
子どもの魂は、あなたが夢にも訪れることのできない、
明日の館に住んでいるのだから。
子どもらのようになろうと努めるのはいいとしても、
子どもらをあなたのようにしようとしてはならない。
生は後ろには歩まず、昨日を待つことはないのだから。

――ジブラーン(小林薫訳『プロフェット(預言者)』ごま書房)〉
(640文字)



●子育ての大誤解(下) 〜重要なのは親じゃない〜

読了した日:2018年10月19日
読んだ方法:図書館で借りる

著者:ジュディス・リッチ・ハリス
出版年:2017年
出版社:早川書房

リンク:
http://amzn.asia/d/bccw2rD

▼140文字ブリーフィング:

先ほどの「上巻」では、
内容について何も説明していませんから笑、
こちらでは多少内容にも立ち入ります。
著者が「親の育て方が子どもの将来を決定する」
という子育て神話を否定し、
「では何が子どもの性格を決めるのか?」
という問いへの代替案として提唱するのが、
「集団社会化説」という著者の理論です。

簡単に言いますと、
著者が主張しているのは、
子どもは、親の育て方によってよりも、
子ども同士の付き合いによって、
より大きな影響を受け、
彼ら自身の性格を形成していく、
というものです。

この本は米国でものすごい議論を生んだそうです。
めちゃくちゃ怒る人と、
めちゃくちゃ慰められた、と絶賛する人がいた。
なぜ怒る人がいるかというと、それは、
「全人生をかけて子育てにかけてきたのに、
 それはさほど意味がないというのですか!!!」
という憤りに基づく批判です。

著者の答は、
「はい、そうです。」というものです。
「残念ながら、様々な調査研究がそう言っています。
 でもお母さん、お父さん、
 『子どもが将来賢くなって欲しいから』
 絵本を読み聞かせるのと、
 二度と戻ってこないこのいとおしい時間を子どもと過ごすために、
 絵本を読み聞かせるのでは、どちらが豊かなんでしょう?
 『子どもが将来自信に満ちあふれ有能な人材になって欲しいから』
 サッカーチームに入らせるのと、
 子どもがサッカーをするのを喜んでいるから、
 サッカーを一緒に楽しむのとでは、
 どちらが『有史以来人間が営んできた本来の子育て』
 に近いんでしょうね?
 子どもは「機械」ではないので、
 『ああすればこうなる』式には動きません。
 『ああしてもこうならない』のが子どもです。
 だとしたら、今与えられている、
 子どもとの時間を楽しみましょう。
 そして、天がその子に与えた将来を、
 あなたも楽しみに心待ちにしたら良いじゃないですか?」

著者はどのように「子育て神話」を否定し、
「集団社会化説」を支持するようになったか?
その主張の根拠は膨大な「双子の研究」から来ています。
「異なる家庭で育てられた一卵性双生児」と、
「同じ家庭で育てられた血のつながっていないきょうだい」、
どちらが「似るか」?
答は圧倒的に「前者」です。
つまり遺伝子の影響は私たちが思っている以上に強く、
子育ての影響は私たちが思っている以上に弱いのです。
さらに、様々な子どもに関する調査が、
各子どもは家庭の中と家庭の外(学校)では、
別の人格を持つかのように行動することが分かってきています。
そして、子どもの将来の性格を決定するのは後者だ、
ということも。

19世紀まで、イギリスの上流階級では、
「子育ての理想は、
 なるべく子どもと関わらないことだ」
と言われていました。
「できれば子どもと目を合わせない方が良い。」
そして6歳になるとイートン校という、
全寮制のエリート養成学校に行きます。
不思議なことに、ほとんど接触のない父子が、
そっくりの性質の大人になります。
理由が2つあります。
ひとつは遺伝子。
もうひとつが「イートン校」です。
父子は同じ学校を卒業したから、
同じような性格になったのです。
父子が似たことに関して、
「家庭内の環境」はいっさい介在していません。

著者は批判者から
「では、親は子育てに責任を持たなくて良いんですか!」
「じゃあ、虐待してもいいっていうんですか?」
などと詰め寄られることも多いそうですが、
そんなことはまったく言っていません。
親は子どもの性格に影響を及ぼせないとしても、
人生の最初の十数年を過ごす、
家庭内での時間が幸せになるかどうかについては、
親は絶大な影響を及ぼせる。
それをサボって良いなどと一言も言っていない、と。

本書の要約的一節をご紹介します。

→P303 
〈私たちの思い通りに子どもを育て上げることが出来る
という考えは幻想に過ぎない。
あきらめるべきだ。
子どもとは親が夢を描くための真っ白なキャンパスではない。

育児アドバイザーの言葉に気をもむことはない。
子どもには愛情が必要だからと子どもを愛するのではなくて、
いとおしいから愛するのだ。
彼らと共に過ごせることを楽しもう。
自分が教えられることを教えてあげれば良いのだ。
気を楽に持って。

彼らがどう育つかは、あなたの育て方を反映したものではない。
彼らを完璧な人間に育て上げることも出来なければ、
堕落させることも出来ない。
それはあなたが決めることではない。
子どもたちは「明日の館」に住んでいるのだから。〉


、、、さらに、本書の最後の一文に、
すべてが込められています。
これが先ほど、「大いに慰められる人も多い」
と言った理由です。


→P325 
〈あなたに悪いところがあるとしても、
決してそれを親のせいにしてはならない。〉


「子育て神話」を放棄しますと、
これまで「自分が不幸なのは親のせいだ」
と思ってきた人は拠り所を失います。
しかし、そんなものは失うべきなのです。
だってその「杖」がある以上、
永遠にその人は前進できませんから。
ビートたけしは、「30過ぎて親を許せない奴はバカ」
と言っています。
また、
「私の育て方が悪かったから子どもが不幸になっている」
と自分を責め続ける親には、慰めを与えます。
子どもの人生はあなたのせいではありません。
だって、子どもはあなたのものではないのですから。
(2,015文字)




●とんねるずと『めちゃイケ』の終わり 〈ポスト平成〉のテレビバラエティ論

読了した日:2018年10月16日
読んだ方法:

著者:ラリー遠田
出版年:2018年
出版社:イースト新書

リンク:
http://amzn.asia/d/1k5I3e7

▼140文字ブリーフィング:

結構面白かったです。
現代のテレビの状況を語ることで、
時代そのものを語ることに成功している。
目次を掲載します。

第一章 なぜ『みなさん』『めちゃイケ』の時代は終わったのか
第二章 なぜ、フジテレビは低迷しているのか
第三章 なぜ、ダウンタウンはひとり勝ちしているのか
第四章 なぜ、『アメトーーク!』『ゴッドタン』『水ダウ』はウケているのか
第五章 なぜ、視聴者は有吉とマツコから目を離せないのか
第六章 なぜ、大物芸人はネットで番組を始めるのか


、、、著者は、今の時代、
「めちゃイケ」や「みなさん」のような、
「王道バラエティ番組」が衰退し、
時事問題についてタレントがコメントする、
「情報バラエティ番組」が増える理由を、こう説明しています。

→P91〜92 
〈そもそも時事問題を扱う情報番組がこれほど増えているのは、
それが手堅く視聴率を取りやすいコンテンツだからだ。
なぜ、時事問題が良いのかというと、
価値観が多様化している現在では、
人々の間に共通する関心事がニュースぐらいしかないからだ。

芸能を含む時事ネタは新聞や雑誌でも大きく扱われるし、
ウェブでも話題になりやすい。
ネット上のSNSなどでは、
世間で話題になっていることに関して、
個人が好き勝手に意見を言う。

いわば、「一億総コメンテーター化」とでも
いうべき状況になっているのだ。
情報バラエティ番組がやたらと増えているのには、
そういう背景がある。〉


、、、非常に説得力がありますね。
王道バラエティ番組の衰退と入れ替わるように、
「最強テレビスター」として台頭したのが、
マツコ・デラックスと有吉弘行です。
彼らの人気も「一億総コメンテーター化」で説明できます。

私の好きなラジオ番組「東京ポッド許可局」の、
パーソナリティのひとり、マキタスポーツは、
「一億総ツッコミ時代」という本を書いており、
そのなかで平成以降の日本は、
「西高東低」などの気圧配置の表現を借りれば、
「ツッコミ高・ボケ低」が進み続けている、と分析しています。

一億人がみんな「ツッコミ目線」なのです。
SNSの炎上、モンスターカスタマー、
クレーマー問題などを考えれば分かるかと思います。
ネットの普及に伴い、
全員が「批評的に何かを見る」ようになり、
「ツッコミ目線」になったわけです。

めちゃイケやとんねるずは「ボケ番組」です。
テレビという装置を使って、
「思い切りボケて」くれているわけです。
それを「わはは」と笑うだけの幸せな時代は終わったのだ、と。
今のテレビスターは全員「ツッコミ要素」を持ちます。
ダウンタウンは二人ともツッコミ能力があります。
上田晋也はツッコミの天才ですし、
マツコ・有吉は、テレビスターでありながら、
テレビの中からテレビ自体を批判する、
という革命的な手法を確立した二人です。

、、、ここまでが現状分析。

では、テレビの未来はどうなるのか?
私は正直あんまり興味がないので笑、
興味ある人は本書を読んで下さい。
私が興味があるのはむしろ、
マキタスポーツが指摘している、
「ツッコミ高社会」のほうです。
マキタスポーツは、「ツッコミは楽だ」と言います。
SNSで他人の揚げ足を取っている人を考えれば分かります。
(注:上田晋也や有吉のやってるそれは、
 一般人のツッコミとは次元が違いますので、
 あれは「楽」ではありません。
 彼らの技術は国宝職人やトップアスリートのそれです。)

対して「ボケ」は楽じゃない。
社会における「ボケ」とは何か。
自分が自ら何かに没頭し、ガムシャラにやることです。

文化祭のメタファーを使うなら、
クラスが演劇を作っているのを横目に、
隅っこで固まって「音楽、センスないよね」
「よくこの暑いのに青春してられるよね」
と、冷ややかに批判を加えるのが「ツッコミ」です。
文化委員に立候補し、汗をかきながら、
みんなで1つのものを造り上げるのが「ボケ」です。

今の時代はみんな「ツッコミに引きこもり」ますから、
「ボケ」の希少価値が高まっている、
とマキタスポーツは語るわけです。
今の時代、「ボケ」は大変だし、割に合わないぞ!
だからこそ、ボケろ!!!
というのがマキタスポーツの熱いメッセージであり、
私もそう思います。

経済学の基本なのですが、
「過剰なものの価値は下がり、
 稀少なものの価値は上がり」ます。
現代の日本で過剰なのは「ツッコミ」で、
稀少なのは「ボケ」です。
みなさん、社会で重宝される人材になりたければ、
おおいに汗かいて、「ボケ」ましょう!!!
冷ややかな批判者には、
「うるせえ、バーカ」どでも返せば良いのです。
(1,829文字)




●生命の現象 ザ・ネイチャー・オブ・オーダー 建築の美学と生命の本質

読了した日:2018年10月18日
読んだ方法:図書館で借りる

著者:クリストファー・アレグザンダー
出版年:2013年
出版社:鹿島出版社

リンク:
http://amzn.asia/d/1rSTyGV

▼140文字ブリーフィング:

定価9500円、B4の電話帳サイズで500ページ弱の大著です。
重さは3キロ以上あったんじゃないかな。
いろんな意味で疲れました笑。

こんな重くて分厚い本を読んだのは、
大学の時の「獣医解剖学図説」以来かもしれません笑。
たぶんこの本って、建築学部とかの教科書として使われてます。
本来、一般の人が読むような本ではない笑。

でも、何かのきっかけでこの本の存在を知り、
大変興味を引かれたので読んでみました。
結果、めちゃくちゃ面白かったです。
疲れた甲斐があった。

一言で説明するのが非常に難しい本なのですが、
著者は「デカルト的な近代思想が建築を醜くした」
という前提から話しを進めていきます。
そして、「生命」という尺度を持つことで、
「そこにいることで人が生き生きするような」建築を目指す、
ということを提唱していくわけです。

私は以前から建築には興味がありました。
じっさい中学生のときは、
「将来の夢は建築家」って言ってましたから。
大人になってからも建築には興味があり、
安藤忠雄、隈研吾、ル・コルビュジエらの本を読んだりしました。
数年前に漫画家の井上雄彦を通して、
アントニオ・ガウディに興味を抱くようになりました。
サクラダ・ファミリアを設計した人ね。

アレグザンダー氏のこの大著の主張を、
かなり私の主観を交えて「要約」しますと、こうなります。
「コルビュジエ的な「近代建築」は世界から生命を奪い醜くした。
京都の寺やタージマハール、トプカプ宮殿などが、
並外れて美しいのはそこに「生命」があり、
それは「自然の秩序」が建築に反映されているからだ。
ガウディ的な「自然の秩序」を背景とする建築を取り戻すことが、
21世紀的な課題なのである。」

冒頭部分の二箇所を引用します。
忍耐強く読んでいただければ分かっていただけると思うのですが、
実は著者のアレグザンダー氏が言っていることは、
先週「本のカフェ・ラテ」で私が解説した、
「西洋と東洋の思想」とテーマが重なっています。
西洋人は分析的に物事を考えます。
デカルト以降それが近代の機械論的世界観を生みました。
しかし、東洋の「統合的思考」は「全体性」を志向します。
「全体性」を再獲得することこそ、
未来の建築に必要なことだ、と著者は言っているわけで、
それはとりもなおさず、東洋の再評価に他なりません。
この本に無数に出てくる建築物の写真には、
数多くの東洋の伝統的な建築物が出てきますが、
それは偶然ではありません。


→P16〜17 
〈この深い「秩序」の本質は、
単純で基本的な疑問に関わっています。
「真偽はどのように説明できるのか」。
これがデカルトによって構築された機械論的世界観と
私が本書で説明する世界観とを分ける問題なのです。

デカルトにより始まり、
20世紀の科学者に広く受け入れられた世界観の中では、
真実か偽りかはメカニズムだけでしか
説明できないものと信じられています。
20世紀の誰にとっても馴染みのある、
いわゆる「事実」という指標です。

私が示している世界観の中では、
真偽を説明できるものとして、2つ目の指標が考えられます。
それらは、「生命」「調和」「全体性」の相対的尺度、
簡単に言うと価値の指標です。
私の視点では、相対的な「全体性」に関するこれらの指標は、
いずれも事実に基づくものであり、根本的なものです。
そして機械的な指標よりもより根本的な役割を担っています。
だからこそ、私が本書で説明している「秩序」の視点によって、
私たちは世界観を変えて行かざるを得ないのです。〉


→P21 
〈「生命」と完全な「秩序」を有する建築をつくるためには、
機械論的な罠から抜け出して、
建築に目に見える形で備わっている
「生命」や「秩序」そのものに注目することが必要です。
そのような形は、新しい世界観からのみ可能であると信じています。
それは、ものごとを部分や断片として捉えるのではなく、
「全体性」の中のものとして意識的に見ることであり、
建築のような無生物であるとされるものの中にさえ、
「生命」を実際にリアルなものとして認識するというものです。

「秩序」に関するこの新しい視点から、私たちは必然的に、
どのような説明が正しいと言えるのかを見出すための
ポスト・デカルト的・非機械論的思考を発見することでしょう。
それは、「秩序」の基本的特徴を示す「調和」や「生命」、
「全体性」の相対的指標であり、
それによって潜在的な真偽を理解出来るのです。

これは、異なる「全体」同士に当てはめる「生命」の相対的指標が、
ものごとを語る上でごく当たり前で
かつ必須の方法であるという世界観を持つ、
ということを意味します。

そのような新しい「秩序」の視点は、
装飾や機能に関する考えについて新しい関係を創造することでしょう。
現在の建築における秩序の考え方では、
機能は頭で理解出来るものであり、
デカルト的機械論的基準によって分析することが出来ます。
一方、装飾は嗜好的なものであり、
知的に理解されるものではありません。
一方は厳粛で、もう一方は面白半分のようなものとされています。
それゆえ装飾と機能は、切り離されたものとなっているのです。
建築の機能面と装飾面とを
同時に私たちに見せてくれるような「秩序」の概念はありません。

私が本書で説明している「秩序」の視点は、とても異なっています。
装飾と機能に関して公平の立場を取っています。
「秩序」はおおいに機能的であり、おおいに装飾的です。
装飾の「秩序」と機能の「秩序」に違いはありません。
それらが異なるように見えるときは、
それらは単に一種類の「秩序」の
異なった一面を見ているに過ぎないということなのです。〉
(2,239文字)




●応仁の乱 戦国時代を生んだ大乱

読了した日:2018年10月19日 ほぼ飛ばし読み
読んだ方法:図書館で借りる

著者:呉座勇一
出版年:2016年
出版社:中公新書

リンク:
http://amzn.asia/d/9iP41I7

▼140文字ブリーフィング:

アメトーーク!の、「読書芸人」の回で、
たしかカズレーザーがお勧めしていて興味を持ちました。
「応仁の乱」は日本で最も有名な内戦のひとつですが、
じっさいに何が起きたのかほとんど誰も説明できない。
これを分かりやすく説明したことでこの本は注目され、
じわじわ売れ続けているんだ、というのを、
カズレーザーが熱く語っていたので、読みたくなりました。

結果、私には読みこなせませんでした(爆死)。
私は早々に理系を選択し、高校2年以降は、
リソースの8割を英語と数学に突っ込んだので、
高校レベルの歴史の知識が欠落しています。
基礎知識が欠けているので、
まだこの本は私には早かった。
まずは高校の教科書を読まねば、ということですね笑。

ただ、あとがきで著者が書いている、
応仁の乱と第一次世界大戦の類似性については、
「なるほどねー」とうなずきましたので引用します。


→P284〜286 
〈2014年は第一次世界大戦開戦から100年と言うことで、
同大戦に関する書籍・雑誌特集などが散見された。
そういったものにぱらぱらと目を通していると、
応仁の乱は第一次世界大戦と似た構図を持つのではないか、と思い至った。

第一次世界大戦は様々な要因が絡み合って生じた戦争だが、
一言で述べるならば、新興の帝国であるドイツが、
覇権国家イギリスを中心とする国際秩序に挑戦した戦争であろう。
だがサラエボ事件を受けてオーストリア支持を打ち出し、
セルビアへの開戦をうながしたドイツにしても、
セルビアを支持するロシアやフランスとの全面戦争を
最初から望んでいたわけではなく、
ましてイギリスとの激突など想定していなかった。

これは英仏露など他の列強にも言えることで、
各国の指導層は必ずしも好戦的ではなく、
むしろ誰も意図しないまま世界大戦に突入していった。
しかもすべての参加国が短期決戦を志向したにもかかわらず、
戦争は長期化し総力戦の様相を呈した。
結局、イギリス海軍の海上封鎖によって
補給路を断たれたドイツが屈服する形での終戦となったが、
勝者である英仏も甚だしく疲弊し、
ヨーロッパ世界全体の没落を招いたのである。

応仁の乱も、新興勢力たる山名氏が
覇権勢力たる細川氏を中心とした幕府秩序に
挑戦した戦争という性格を持つ。
だが山名宗全は最初から細川勝元との全面戦争を望んだわけではなく、
畠山義就(よしなり)と政長との間の局地戦である御陵合戦に軍事介入し、
義就を勝たせるという以上の目的を持っていなかった。
勝元の反撃にしても、
山名氏の打倒という積極的・攻撃的なものと言うより、
同盟者である政長を見捨てたままでは
大名としての面目を失うという危機感からやむなく報復に出た、
と見るべきである。

東西両軍は共に短期決戦を志向したが、
戦争は長期化し足軽や郷民を動員する総力戦の様相を呈した。
結局、東軍に補給路を断たれた西軍が屈服する形で終戦となったが、
東軍諸将も大きく傷つき、
鉄の結束を誇った細川一族でさえ今後は内紛を繰り返すようになる。
参戦大名たちの没落を尻目に、
いわゆる「戦国大名」が台頭してくるのである。
古今東西を問わず、人類は同じような過ちを繰り返すのかもしれない。〉
(1,288文字)



●イエス像の二千年

読了した日:2018年10月19日
読んだ方法:図書館で借りる

著者:ヤロスラフ・ペリカン
出版年:1998年
出版社:講談社学術文庫

リンク:
http://amzn.asia/d/0FT07id

▼140文字ブリーフィング:

先月、愛知で山田風音くんと話しているなかで、
会話に登場して「面白そうだ」と思ったので手に取りました。
目次のなかに、本書のユニーク性が現れています。

〈本書の性格と目的:
イエス伝でも、キリスト教史でもなく、
イエスについての神学的教理史ですらなく、
文化史の中のイエスの位置を描写している彼の様々な像の通観〉


、、、つまり、この本は、各時代が、
どのような「イエス像」をもっていたかを探ることで、
その時代(およびイエス)を知ろうという試みです。
私たちがイエスを語るということは、
私たち自身について物語っていることに他ならないのだ、
と著者は言います。


→P22 
〈この一世紀の
「きのうも今日も、また永遠に変わることのない(ヘブル書)」
という言い方は、
20世紀のアルベルト・シュヴァイツァーの言葉に
替えた方が正確ではないだろうか。

シュヴァイツァーは次のように言っている。
「それぞれの時代が、イエスのなかに自分自身の思想を見出した。
実際、それこそがイエスを生かしうる唯一の道だったのである」。
というのは、類型化して言えば、
人は「自分の性格に応じてイエスを造り上げたのである」。
そして、彼は次のように結論づけている。
「イエス伝を書くことほど、
ある人の本当の自己をあらわす史的作業はない」。〉
(530文字)




▼▼▼リコメンド本「今週の一冊」▼▼▼

ご紹介した本の中から、
「いちばんオススメだったのは?」という基準でリコメンドします。
「いちばん優れていた本」というよりも、
「いちばんインパクトの大きかった本」という選考基準です。
皆さんの書籍選びの参考にしていただけたら幸いです。


▼今週の一冊:「子育ての大誤解」(上・下)

コメント:

いろんなところで引用されているので、
前から気になっていたこの本は、
確かに「衝撃の内容」でした。
一卵性双生児のコホート研究は、
「大事なのは親の育て方ではなく子ども同士の社会」
であるという数多くの証拠を私たちに突きつけます。

子育ての「地動説」が、
「天動説」に変わるようなパラダイムシフト。

、、、では、(親として私たちは)どうするか?

「子育て神話」崩壊前後で、
じつはまったく変わりません。
子どもを愛し、子どもを躾け、
子どもに教育を施し、
子どもとの時間を楽しむのです。
ただ、神話崩壊の前後でその「動機」と、
「強迫観念および事後の強い罪責感と後悔の有無」が違います。
子育て神話に基づく親は、
「子どもが人生を有利に進めるために」
「子どもを天才にするために」そうします。

神話崩壊後は、
「子どもが可愛くて仕方ないから」
「子どもだって(将来ではなく)現在幸せになる
 権利はあるので、ひとりの人間として、
 親としてそれを邪魔する権利はないので」
そうします。

子育て神話に基づく親は、
子どもが問題を抱えたらどうしよう、
学習に遅れをとったらどうしよう、
落伍者になったらどうしよう、
という不安と恐怖を抱え、
もし自分が考えたように子どもが育たなかった場合、
強い罪責感と後悔を一生涯背負わされることになります

子育て神話崩壊後の親は、
自分はベストを尽くしたが、
子どもは自分とは違う生き物であり、
自分とは違う運命を神から与えられているので、
あとは「未来の館」に住む子どもたちを信頼して、
自分は自分の務めを果たし続ける、
という態度で安心していられます。

著者曰く「子育て神話に洗脳された西洋の教育学者」が、
インドに行き、農村の母親に、
「この子に将来どうなって欲しいですか?」
と聞いたときの応答のくだりが私は好きです。
引用します。

〈子どもにどんな人間になってもらいたいと
思っているかと聞かれた彼女は、
肩をすくめて「それはこの子の運命で、
私が望むことではありません」と答えたのである。〉



▼▼▼部門賞▼▼▼

ご紹介した書籍の中から、
陣内の独断と偏見で、
「○○賞」という形で、
特筆すべき本をピックアップします。
こちらも何かのご参考にしてくだされば幸いです。

▼「世界観変わるで賞」:「生命の現象 ザ・ネイチャー・オブ・オーダー」

コメント:

この本は私の「世界観」を変えました。
本書には膨大な数の建築や家具や器や風景の写真があり、
そのほとんどが二枚ひと組の一対になっています。
著者は読者に問い続けます。
「この2つのうち、
 どちらがより『生命』があるか?」
この質問自体が、著者の言うところの
「ポスト・デカルト的な世界観」を現しています。

この本を読み終えてからと言うもの、
街を歩いていて、あるいは電車の車窓から、
風景のなかにある建物、
あるいは雑誌の家具などのデザインを見ては、
「これは生命があるなぁ」とか、
「これは生命がないなぁ」と思うようになりました。
デカルト的機械論的な世界観から、
全体性と調和を志向する、
「生命の強弱」をめざす世界観へ。

建築はその時代の思想を反映しますので、
現在の世界で「脱・近代合理主義」が進んでいるとしますと、
22世紀の世界の風景は、
私たちが想像したものとは、
まったく別のものになるかもしれません。
無機的な直線や直角や幾何学模様は姿を消し、
生命がもつぬくもり、曲線、躍動感にあふれた構造物が、
もしかしたら世界を満たしていくかもしれません。
悪くない世の中だと思います。

陣内が先週読んだ本 9月23日〜10月6日 読んだ本なし

2019.02.13 Wednesday

+++vol.060 2018年10月9日配信号+++

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
■2 陣内が先週読んだ本 
期間:2018年 9月第四週〜10月第一週 9月23日〜10月6日
::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::

先週私が読んだ本(読み終わった本)を紹介していきます。
一週間に一冊も本を読まない、
ということは、病気で文字が読めなかった数ヶ月を除くと、
ここ数年あまり記憶にないですから、
このコーナーは、当メルマガの
レギュラーコーナー的にしていきたいと思っています。
何も読まなかった、という週は、、、
まぁ、そのとき考えます笑。

ただ紹介するのも面白みがないので、
twitterに準じて、
140文字で「ブリーフィング」します。
「超要約」ですね。
(どうしても140字を超えちゃうこともあります。
 140文字はあくまで「努力目標」と捉えてください笑。)

忙しい皆さんになり代わって、
私が読んだ本の内容を圧縮して紹介できればと思います。
ここで紹介した本や著者、テーマなどについて、
Q&Aコーナーにて質問くださったりしたら、
とても嬉しいです。


●読んだ本:なし。

出ました。

ついに。

60号にして、「先週(今回は過去二週間)」、
一冊も本を読了しなかった回が。

こういうこともあるだろうな、
とは思っていましたが、
案外早く訪れましたね。

9月最終週はタイのチェンマイにいまして、
その期間はカンファレンス参加以外の時間は、
「寝ることを最優先」させましたのでほとんど読書せず。
帰国してからの1週間(10月第一週)は、
9月後半の疲れを取るために、
やはり寝ることを最優先させましたので、
いつもの私の読書時間(夜7時〜9時半ぐらい)を、
寝ることに充てていました。

よって、今週は、読了した本は「なし」。
私は普段たいてい5冊から10冊の本を、
並行して読んでいます。
なので、だいたい1週間のうちに新しい本を5冊ほど読み始め、
読んでいた本を5冊ほど読み終える、
というのが平均的なペースだったのですが、
この2週間は本当に何も読み終わりませんでした。

でも、タイでは、
トーマス・フリードマン氏の、
「遅刻してくれて、ありがとう」という本に、
Kindleにて没入していました。
この本、上下巻からなるかなり分厚い本ですので、
読了にはもう少し時間がかかりますが、
いつかご紹介できればと思います。



▼▼▼質問、募集中▼▼▼

、、、さて。

読み終わった本がありませんので、
今回、話すことがありません笑。

なので、閑話休題ということで、
「質問募集中」のアナウンスを。
「シーズン2」が始まって2ヶ月が過ぎましたが、
「質問」がほとんど届いておりません笑。
読者の方から「Q&Aコーナーが一番面白い」
と言っていただくことが多いのですが、
いかんせん、「質問」が届かないと、
Q&Aコーナーが継続できません。

「陣内に聞いてみたいな〜」
「こんなこと今更人に聞けないよな〜」
「なんか疑問に思ってるけど、
 知り合いに聞くのは恥ずかしいんだよね〜」
と思うことがございましたら、
是非、ご質問をお寄せください。



▼▼▼ご意見、募集中▼▼▼

、、、同様に、
ご意見・ご感想もお待ちしております。
この話しは面白かった、
とか、この方向性の話しをもう少し掘り下げて欲しい、
とか、そういったご意見は
今後の執筆活動に反映されます。
ご意見・ご感想・激励をお待ちしております。



▼▼▼宣伝してね!▼▼▼

あと、当メルマガを毎週読んで下さっている方は、
どうぞお知り合いも登録を勧めていただけると感謝です。
聞いてるラジオ番組や読んでるメルマガというのは、
そもそも全体のパイが小さいので、
あまり拡がってはいきません。
その「ひっそりとやってる感」が楽しいところもあるのですが、
今後執筆を続けて行くモチベーションを維持し、
メルマガの質を向上し、
「学習する共同体の立ち上げ」という私の人生のテーマにおいて、
少しでも前進していくために、
新規の読者をコンスタントに獲得していくことが不可欠です。
多分普通に月1000円ぐらいは課金出来るであろうこのメルマガ、
何と言っても「無料」ですから、
是非、宣伝していただければありがたいです。



*いろんな人から、「何で有料にしないの?」
と繰り返し聞かれるので、
これで3回目ぐらいですが一応説明しておきます。
まず、有料にすると、読者数は今の20分の1以下になります。

これは、確実になります。

そうすると、私は毎週10名以下とかの人のために、
何万字もの文章を書くことになる。
それによって、月に得られる購読料は、
数千円です。
割に合いません。
クレジットカード決済システムの手数料のほうが、
ヘタしたら高くつくかもしれない。
完全に赤字運営になります。

ちなみにメルマガをマネタイズできるのは、
日本全国のメルマガ執筆者の0.1%ぐらいです。
なおかつ、それで生活出来る人は、
「日本で20人」に満たないはずです。

ホリエモンを考えていただければ分かるのですが、
彼は「知名度」というマスへの影響力を活用し、
メルマガを浸透させていきました。
それでも彼のメルマガ購読者はだいたい1万人ぐらいです。
(ちなみにホリエモンのメルマガ購読者数は日本トップです。)

1万人ですよ。
日本人口の1万人にひとりです。

有名人ですらその程度ですから、
有名人以外が本当にマネタイズしたければ、
「メルマガを選ぶ」時点で、
もう負けているのです。

というわけで、
私は最初から儲けることを考えていません。
このメルマガはだから、
「聖書の内容を語るラジオ放送」なんかに近いですね。
日本ではそれを聞く人の数がどうしても少ないので、
スポンサーをつけるにしても放映料に追いつきません。
だから、「こういうメッセージが社会に必要だ」と、
志を共有する人々の募金によって、
運営・維持されています。

社会の「ニッチな領域」というのはそうやって始まっていくのです。
日本で一番野球が上手かったらマネタイズは簡単ですが、
日本で一番クリケットが上手くても、
多分他者からの援助、あるいはアルバイトなしには、
生活していけません。

私が選んだ「道」は、そういう道ですので、
どうかご理解ください。
別にビジネスを舐めているとか、
そういうことではありません。
むしろ「これ、儲けれるじゃん!」
と簡単に言う人のほうが、
ビジネスをなめていると私は思います。
(気を悪くしたらすみません)



▼▼▼ボブとの会話▼▼▼

、、、さて。
せっかく読んだ本がなかったので、
閑話休題をもう一つ。

9月最終週に、私はタイのチェンマイにおりました。
そこで、「人生のメンター」の、
ボブ・モフィット師に5年ぶりに会いました。
「シュン、一週間のどこかで、
 二人で話す時間を取りたい。」
とボブから言われ、
私も「そうですね、是非そうしましょう」と答えました。
たしか3日目の昼の時間だったと思うのですが、
ボブの部屋に行き、1時間ほど話しました。

そのときボブは、
「この5年間、
 燃え尽きとそこからの回復の過程で、
 何があったのか1から10まで説明してくれないか」
と聞いてくれました。
この話しは日本語ですら説明するのが大変なので、
英語でどれだけ伝わったかは分かりませんが、
私が体験したことをそのまま話しました。

そして、回復してから私が最も強く感じていることを、
ボブに言いました。

「この5年間で、
 僕は死んでもおかしくなかった。
 今生きているのは、
 本当に、文字通り、
 いっかい死んで、
 二回目の命を与えられているように感じてるんだ。
 だから今しているすべてが『おまけ』のように感じる。
 本当は『ゼロ』だったかもしれないのに、
 毎日、毎朝、『与えられている』驚きに包まれる。
 以前は仕事や働きをするとき、
 『これが上手く行くか失敗するか』という位相で考えていたけど、
 今はちょっと違うんだよね。
 今は『上手く行こうが失敗しようが関係ない。
 神の恵みによって何かが出来ている、
 というそれ自体が成功以外の何ものでもない』
 と思うようになった。
 だから、『働けている』という大成功を、
 僕は毎日噛みしめて幸せに浸っているよ。
 今、僕は人生で一番幸せだ。」

ボブは嬉しそうに、言いました。

「・・・そうだ。
 そうなんだ!シュン!
 それが、成功なんだよ。
 成功とは、それのことなんだよ!」と。

私がボブに15年前に出会い、
彼から学んだ大切なことのひとつは、
「神に従うということの報いは、
 神に従ったということそれ自体だ」
ということであり、
「他者を愛することの報いは、
 他者を愛することが出来たという奇跡それ自体」
ということでした。

私は5年間の長い「黄泉への旅」を経て、
やっとそのことの本当の意味が分かってきたのかもしれません。
そういう、「嬉しい再会」がありました。
ボブ・モフィット師は現在79歳です。
私たちは大変離れた場所で生活していますので、
人生であと何回、彼に会えるか分かりません。
でも、彼との出会いは確実に私の人生を変えましたし、
今も変え続けています。
彼の神に従う背中は、
これまでも多くの国の若者の人生を変えてきたのでしょう。
人生は人からの影響で変わります。
私は正しい人の影響を受けたのだと再認識しました。

陣内が先週読んだ本 2018年9月9〜22日 『デジタルエコノミーはいかにして道を誤るか』他

2019.01.30 Wednesday

+++vol.058 2018年9月25日配信号+++

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
■2 陣内が先週読んだ本 
期間:2018年9月第二週〜第三週 9月9日〜22日
::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::

先週私が読んだ本(読み終わった本)を紹介していきます。
一週間に一冊も本を読まない、
ということは、病気で文字が読めなかった数ヶ月を除くと、
ここ数年あまり記憶にないですから、
このコーナーは、当メルマガの
レギュラーコーナー的にしていきたいと思っています。
何も読まなかった、という週は、、、
まぁ、そのとき考えます笑。

ただ紹介するのも面白みがないので、
twitterに準じて、
140文字で「ブリーフィング」します。
「超要約」ですね。
(どうしても140字を超えちゃうこともあります。
 140文字はあくまで「努力目標」と捉えてください笑。)

忙しい皆さんになり代わって、
私が読んだ本の内容を圧縮して紹介できればと思います。
ここで紹介した本や著者、テーマなどについて、
Q&Aコーナーにて質問くださったりしたら、
とても嬉しいです。



●筋トレは必ず人生を成功に導く

読了した日:2018年9月10日
読んだ方法:図書館で借りる

著者:テストステロン
出版年:2018年
出版社:PHP出版

リンク:
http://amzn.asia/d/dPHbXmX

▼140文字ブリーフィング:

今年に入って、
著者のテストステロン氏の本はこれで3冊目です笑。
他には、
『人生の99.9%の問題は筋トレで解決できる!』
『筋トレが最強のソリューションである』
などを読みました。

まぁ、この本はジャンルで言うと、
「フィットネス・健康」
というよりも「宗教書」の類いですね笑。
私が図書館の司書ならば、
この本は「宗教」の棚に入れますから笑。

じっさい、
『人生の99.9%の問題は筋トレで解決できる!』の4ページで著者は、
「筋トレとプロテインで
 この世の99.9%の問題は解決します。
 本当です。」
と書いています笑。

「だってそうだろう。
 70億人が筋トレすれば、 
 戦争なんてなくなる!」

著者、、、、いやもうこの際、
「尊師」と読んだほうが良いかな。
、、、尊師はそう言っておられます笑。

他の著書で彼は
「筋トレはスポーツじゃない。
瞑想とか祈りに近い」
って言っていますから(爆)。
「信じれば救われる」というわけです笑。

これを本気でやられると引きますが、
尊師は「ネタ」としてやってるので、
ちょっと笑えます。
サンドウィッチマンの伊達ちゃんの、
「ゼロカロリー」とか、
アンジャッシュ渡部の、
「明太マヨ!」と同じ論法ですね笑。

「会社に落ちた?」
→「筋トレしろ!!そんなこと忘れるぞ!!」

「え?恋人に振られた?」
→「筋トレしろ!
 女は裏切るが、バーベルは俺たちを裏切らない!」

「何?上司が気に入らない?」
→「筋トレしろ!
 生物学的に強いと言う一点で、優越感に浸れるぞ!!」

みたいな感じです笑。

、、、そんなわけで、
私はこの宗教に入信したわけではないですが、
今、「求道中」ぐらいのレベルにはいますので、
尊師のお言葉に触れているわけです。

ちなみにその人がこの宗教に「出家」したかどうか、
判断する基準は「タンクトップを着るかどうか」です。
タンクトップを着ることを、
この業界では「ダークサイドに落ちる」と言います。

、、、嘘です。

そこまで行ったら殴ってでも止めてくれ、
と周囲に言ってありますので、
私の場合大丈夫だと思っているのですが、、、。

尊師はお優しいので、
トレーニーたち(筋トレする人々)の、
脳の負荷を増やさないようにと、
本の中身の文字数は「スッカスカ」です。

ほぼ、空白ですね。

本を読み慣れていない人でも、30分で完読出来る。
「早く本なんて閉じて、筋トレしろ!」
という尊師のお心が込められているわけです笑。

私がこの本で響いたのは、
「ワンモアレップの精神」というところです。

→P172 
〈筋トレ用語に「レップ」というものがある。
これは「回数」という意味で、
「腹筋を10レップ、3セット」なら、
腹筋10回×3セットということになる。
10レップやって、「もう限界」と思ったとしても、
もし君が筋肉を大きくしたいなら、あと1レップ挙げる必要がある。
限界を突破しないといけないのだ。

限界を突破して初めて筋肉に
「新しいストレスだ。次回は耐えられるように成長しなくては」
というシグナルを送ることができる。
僕はこの最後のもう一押しを「ワンモアレップの精神」と呼んでいる。
このワンモアレップができるかどうか、
君の成長はこのポイントに集約されているのだ。
限界突破なしに、成長はない。〉
(1,244文字)


*この時点で執筆時間が充分にとれないと判断して、
以降の書籍は、「ブリーフィング」ではなく、
私のEvernoteの読書メモに、
簡単なコメントを加える、という、
「省力バージョン」でお送りします。
あしからず。



●朝日ぎらい よりよい世界のためのリベラル進化論

読了した日:2018年9月10日
読んだ方法:図書館で借りる

著者:橘玲(あきら)
出版年:2018年
出版社:朝日新書

リンク:
http://amzn.asia/d/1sZmW6a


▼▼▼保守とリベラルの逆転:
現代の自民党支持の若者は今も「リベラル」であるゆえに、
自民党を支持しているという衝撃

→P20〜22 
〈図1―2は読売新聞社と
早稲田大学現代政治経済研究所(田中愛治教授ら)による共同世論調査から、
世代別の政党観を示したものだ。
回答者は、「保守的」を0、「リベラル」を10(中間は5)として、
11段階で既成政党がどこに位置するかを答えている。

70代以上では、もっとも保守的なのは自民党、
次いで日本維新の会(維新)、公明党で、民進党が中道、
共産党がリベラルに位置づけられている。
これは、メディアなどが前提とする
「保守」VS「リベラル」の対立の構図と同じだ。

ところが左図の政党の位置は年齢が下がるにつれて変わっていき、
18〜29歳ではもっとも保守的なのが公明党、
次いで共産党、自民党は中道、
もっともリベラルなのが維新になっている。

驚くべき事に、
いまの若者は共産党を「右派」、
維新を「左派」と見なしているのだ。

さらに詳細を見ると、
この「左右逆転」は50代と40代のあいだで起きていることが分かる。
また30代で共産党の「右派度」と維新の「左派度」が最大になっている。
この興味深いデータからは、
「若者が右傾化している」というのがまったくの俗説であることが分かる。
若者はむかしもいまも一貫して「リベラル」なのだ。

だとしたら、日本の政治に一体何が起きているのか。
これはものすごくシンプルに説明できる。
かつて「リベラル」とされていた政党が「右傾化」したのだ。
こうして「リベラル」な若者は、
より自分たちの政治的主張に近い
自民党=安倍政権を支持するようになった。

私たちは、「右」と「左」が逆になった
『不思議の国のアリス(鏡の国のアリス)』
のような世界に迷い込んでしまったのだ。〉



、、、これは衝撃でした。
今の若者は自民党を「リベラル」、
共産党を「保守」と認識しているのです。
若者は保守化したのではありません。
リベラルだからこそ、自民党を支持しているのです。



▼▼▼日本の保守とリベラルは、
「保守」するものが違うだけで、両方保守だ、という指摘

→P41 
〈日本の近現代史には、
明治維新と敗戦による占領という2つの大きな屈折がある。
このうち保守は明治維新(すなわち近代化)の「伝統」を、
リベラルは米軍占領下で制定された「民主憲法」を
保守する立場だと取りあえずは定義できるだろう。
ところが小泉以降の自民党政権が、
安全保障で保守的な立場を堅持しながら経済政策を
リベラル化(ネオリベ化)したことでこの関係が混乱し、
私たちは「右」と「左」が逆になった
「不思議の国」に放り込まれることになった。〉


▼▼▼左右逆転の仕組み:世代間対立

→P30〜31 
〈日本社会は、「既得権にしがみつかないと生きていけない世代」と、
「既得権を破壊しなければ希望のない世代」によって分断されている。
「リベラル」を自称する人たちは世代間対立論を毛嫌いするが、
これ以外に高齢者と若者で右と左が逆転する理由は説明できない。
 (中略)
50代以上にとっては、日本的雇用や(年金などの)社会保障制度を
「保守」することが最大の利益だ。
高齢のリベラル層が保守化することによって
「リベラル」な政党が支持者に合わせて「右傾化」していった。
 
野党(共産党や旧民主党・民進党)が「右傾化」すれば、
当然、与党(自民党)は「リベラル化」していく。
こうして小泉政権は「郵政改革」を掲げ、
安倍政権は「同一賃金同一労働」や「女性が活躍する社会」
などのリベラルな政策を押し出すようになった。

このように考えれば、若者が”改革派”の安倍政権を支持し、
高齢者層で支持率が低くなることに何の不思議もない。
奇妙なのは、保守「守旧派」でしかないひとたちが
自分のことを「リベラル」と言い張り、
改革を進める安倍政権を「独裁」と批判していることなのだ。〉



、、、著者が「右傾化」を保守化の文脈で使っているのか、
国家主義の意味なのか、
定義が定まっていないのは問題ですが、
「現状を維持する」ということを、
「右傾化」と表現しているのなら意味は通ります。
「朝日新聞的なるもの」は、実は、
「既得権を守る」という意味で保守的なのです。
彼らが自らを「リベラル」と自称している欺瞞性こそが、
「朝日が嫌われる」理由なのだ、というわけです。
かなり納得しながら読みました。




●人間とは何か (『死と愛』最終エディション)

読了した日:2018年9月10日
読んだ方法:図書館で借りる

著者:ヴィクトール・フランクル
出版年:1957年(『死と愛』として。『医師による魂の癒し』は1946年に出版された)
出版社:春秋社

リンク:
http://amzn.asia/3ab7JSm


▼▼▼創造価値・体験価値・態度価値。
映画「あん」のメッセージにも似ているし、
「Serenity Prayer」とも共通する。

→P193〜194 
〈人生の意味の問題を論じた際に、
われわれはまったく一般的に三つの可能な価値カテゴリーを区別した。
それは創造価値、体験価値および態度価値であった。
創造価値は行為によって実現され、
体験価値は世界(自然・芸術)を自我の中に
受動的に受け容れることによって実現される。
これに対して態度価値は、
変えることのできないもの、運命的なものが、
まさにそのまま受け容れられねばならない場合に至るところで実現する。
人間がこの運命的な事項を
いかに自らに受け容れるかというその仕方のうちに、
かぎりなく豊かな価値可能性が生まれるのである。
すなわち、人生は想像や喜びにおいて満たされうるだけでなく、
苦悩においてすらも充たされうるのである。


cf.映画「あん」
最後の手紙:
「ねえ、店長さん。わたしたちはこの世を見るために、
聞くために生まれてきた。だとすれば、
何かになれなくてもわたしたちは、
わたしたちには、生きる意味が、あるのよ。」〉



、、、ヴィクトール・フランクルは、
20世紀の名著中の名著、「夜と霧」の著者です。
彼はナチスの収容所の「生き残り」で、
家族は全員収容所で処刑されました。
戦後アメリカに渡った彼は、
臨床心理学の泰斗、アルフレッド・アドラーに師事し、
自らの論理を構築していきます。

彼の独特な論理は「ロゴセラピー」として知られます。
日本語では「意味による癒し」と説明されます。
様々な精神疾患を「生きる意味を獲得する」ことによって、
快方に向かわせようとするアプローチです。
創造価値・存在価値・態度価値、
という三つの価値がある、という話しは、
「創造価値・存在価値」を収容所で奪われた当事者である、
フランクルの口から語られているところに迫力があります。

「態度価値」について最も良く分かるのは、
ハンセン氏病に関する隔離政策の対応遅れによって、
一生を療養施設で「棒に振った」人を描いた、
「あん」という映画です。




●ワーシップソングの研究:福岡における現状調査と音楽的分析

読了した日:2018年9月11日
読んだ方法:山田風音くんにPDFでいただく

著者:山田風音
出版年:2010年
出版社:九州大学 芸術工学部 音響設計学科

リンク:
https://memorandomeyo.wordpress.com/
(ブログ:ちょうをゆめみるいもむし)

▼▼▼ワーシップソングは礼拝自体を変容させた。
ペンテコステ運動からの影響

→P14〜15 
〈ワーシップソングの誕生と発展は礼拝音楽のみならず、
礼拝の形式そのものに対して大きな変化をもたらしていることは、
ワーシップソングについて論ずる際に非常に重要な視点である。
ワーシップソングが礼拝にもたらした変化とは、
ただ単にワーシップソングが伝統的な讃美歌にとってかわるという
「礼拝の中の音楽の交換」ではなく、
むしろ礼拝スタイルの「刷新」とまで言えるほどの変化である。
ただ、その変化が十分に理解されるためにはまずそれまで一般的であった
(そして今日でも多数の教派で用いられている)礼拝形式、
そして礼拝音楽についての理解が必要である。

初代教会における礼拝は
ユダヤ教のシナゴーグでの礼拝から引き継がれた「説教」と、
キリストが弟子たちに直接命じた「主の晩餐」という
二つの要素を融合したものであったが、
313年のコンスタンティヌス皇帝のキリスト教公認以降、
キリスト教礼拝はしっかりとした様式を整えた。
礼拝の方向性を決めるものは「式文」であり、
それに従って聖書朗読や賛美、説教や儀式等が行われた。
ただし礼拝がラテン語で行われるようになり、
会衆は礼拝にただ受動的に参加するだけとなっていった。
16世紀の宗教改革において礼拝の実践を
どのようなものとするかは非常に大きな焦点であったが、
自国語で歌う賛美は改革以前よりも
はるかに積極的な礼拝への参与の手段であった。
しかし一方的に宗教改革から派生した礼拝も
やはり「式文」に依存していた。
伝統的な礼拝は決められた式文に沿って進行されるものであり
讃美歌は祈祷・聖書朗読・信条唱和などの
合間に歌われることが一般的である。

対照的に、ワーシップソングを用いるような「現代的礼拝形式」では
一定の式文のようなものはほとんど存在しない。
複数のワーシップソングはほとんど切れ目なしに歌われていくが、
祈りや奉献も音楽が演奏される中で行われるなど
礼拝の中で音楽の占める割合は非常に大きく、
会衆の礼拝への参与以上の役割を担っている。
現代的礼拝形式は伝統的な讃美歌では成立しないし、
ワーシップソングも式文によって
進行されるような礼拝では本領を発揮できない。

そもそもこの新しい礼拝形式は前述したように
ペンテコステ・カリスマ運動と
結びついて発展してきたという経緯があるが、
Paul Basdenはこの新しい礼拝形式に関連して
ペンテコステ・カリスマ派の礼拝の独自な特徴を
以下の3つにまとめている(Basden 1999:100-101)。

1.非構造的であり形式主義を退け自発性を重視する。
2.全てのメンバーが自分に与えられた霊的な賜物を用いて礼拝に参与する。
3.すべての礼拝参加者が聖霊を直接的に体験することが目標とされている。

この現代的礼拝形式を実践する教会が
全てペンテコステ・カリスマ運動の影響を受けた教会というわけではない。
しかしながら新しい礼拝形式と思われているものが
このような背景から生まれてきたものであり、
ワーシップソングがそれに適する礼拝音楽として
発展してきたことは確かなことであろうと思われる。〉



、、、これは本ではなく、「論文」です。
正確には「卒業論文」ですね。
「よにでしセミナー2017伊勢志摩」で出会った、
山田風音くんと先日話したときに、
彼の卒論の話しになって、
あまりに興味深かったので、
「何らかの形で読めるの?」と聞いたら、
翌日にFacebook経由でPDFを送ってくれました。

彼の学部は「音響」に関することなので、
彼は自らの信仰の内容を、
「音楽的に分析する」ということをしたわけです。

具体的にはどうやったか。

まず、福岡市内91のプロテスタント教会にアンケートを依頼し、
51の教会から回答を得、
讃美歌の使用状況、伴奏の種類、
ワーシップソングの使用状況、感じている課題、
音楽の礼拝における意義づけなどについてデータを集め、
社会学的に分析しています。
また、アンケート調査に加えて、
ワーシップソング300曲以上についてデータ分析を行い、
調・拍子・和音構造・音符密度・音符の種類
・和音進行の傾向などについて分析し、
「歌いにくさの定量分析」を行いました。

このような実地調査は多分、
日本で他に行われていないと思います。
「信仰」とか「礼拝」とか「伝道」って、
「学術的に(社会学・自然科学的なアプローチで)研究する」
ということが他の分野に比べてきわめて立ち後れていると、
私は分析しています。

多分「学術的な分析が聖霊の働きを妨げる」
みたいな論理が背後にあるかもしれませんが、
ハッキリ言ってナンセンスです。
学術的に考えることと聖霊に導かれることは、
まったく矛盾せずに両立する、
というのが私の確信していることですので。

彼の論文、面白かったです。
こういう考え方をする信仰者・牧師が増えると、
日本のキリスト教は変わっていくだろうな、
と思わされました。
もちろん良い意味で。



●逃げられない世代 日本型「先送り」システムの限界

読了した日:2018年9月11日
読んだ方法:図書館で借りる

著者:宇佐美典也
出版年:2018年
出版社:新潮新書

リンク:
http://amzn.asia/d/0EKLMzU


▼▼▼日本型先送りシステムとは、、、
与党・官僚・野党が先送る構造的な欠陥

→P54 
〈このように日本の政治は2〜3年スパンで政治を考える与党議員、
与党議員の意向を踏まえて対症療法的な政策を立案し
問題を先送りする官僚、そして政権・与党を
刹那的な視点で批判し足を引っ張る野党、
という構図の「先送りシステム」で回っています。

その結果、我が国は
「問題は分かっているけれど対策が講じられない」
という状況が続き、当座社会は安定しているものの、
問題の先送りが続き将来的なリスクが拡大し、
それが財政赤字などの形で顕在化しつつあります。
ここまで説明してきたようにこの政治構造は属人的なものではなく、
システム的なものなので、
容易には変えることはできず今後とも続いていくものと思われます。〉



、、、著者は東大卒、元経産相の官僚で、
だいたい私と同じぐらいの年齢のときに、
公務員を辞めて「フリーランス」になった人です。
「肩書き捨てたら地獄だった」という本も書いており、
めちゃくちゃ共感した記憶があります。
つまり、彼は組織の中にいたときは、
「実力4割、肩書き6割」ぐらいに思っていたのが、
じっさい組織を離れてみると、
とんでもないことが分かった。
じつは「実力0.5割、肩書き9.5割」だった。

日本の社会の構造上、
「個人と組織の力関係」は、
生卵と万里の長城ぐらい、その堅牢さが違います。

嘘だと思うなら、
組織を辞めてフリーランスになってから、
付き合いのあった仕事相手に連絡してみてください。
会ってもらえませんから。
相手にされません。

あと、フリーランスになってから、
家を買おうとしてみてください。
ローンが借りられませんから。
銀行は「所属している組織」を信用しているから
あなたにお金を貸すのであって、
あなたに実力があるからではありません。

この「不都合な真実」を知るのは、
多くの場合著者や私のように、
大きな組織を離れてからです。

しかし、私は著者に同意します。

彼は組織を離れたこそ、
この著書に書かれているような、
日本社会に対する、客観的で冷徹で、
どこにも肩入れしない現状分析が出来、
なおかつ社会の弱者の側に立って、
暖かい励ましに満ちた立論ができるのです。

「肩書き捨てたら地獄」ですが、
「地獄を最後まで掘ったら希望が見つかった」
というのが私の実感であり、
きっと著者も共感してくれるでしょう。




●せいぎのみかた ワンダーマンの巻

読了した日:2018年9月11日
読んだ方法:図書館で借りる

著者:みやにしたつや
出版年:2012年
出版社:学研教育出版社

リンク:
http://amzn.asia/d/4Jl8ldP

▼▼▼「とびら」より

〈「せいぎのみかた」は、
ただパンチやキックで
「えい、やー!」とわるいやつを
やっつけるひとではありません
やさしい心、ひとをおもいやる
愛する心をもったひとのことです。〉


、、、これも、山田風音くん関連です。
家に泊まって貰ったとき、
彼と妻と私の3人で、
「質問カード」をしました。

出た質問が、
「子どもに読ませたい本は?」でした。
彼の答えが「ワンダーマン」だったので興味をもって手に取りました。
同じ著者の「おまえ、うまそうだな」などは読んだことあったのですが、
こちらは初めてです。

「正義とはお腹が空いた人にパンを与えること」
というやなせたかしのメッセージに通ずるものがあります。
こういう「正義観」はハリウッド映画には皆無です。
このようなメッセージって、
日本が世界に誇れるものだと思うんですよね、私は。
「正義とは悪を完膚なきまでにたたきのめすこと」
というのがアメリカ・ハリウッド製の正義だとしたら、
「正義とは悪(敵)をも包摂する愛」が、
願わくば日本の未来の正義であって欲しい、と私は願います。
「柔よく剛を制する」の国ですから。




●デジタルエコノミーはいかにして道を誤るか 労働力余剰と人類の富

読了した日:2018年9月17日
読んだ方法:図書館で借りる

著者:ライアン・エイヴェント
出版年:2017年
出版社:東洋経済新報社

リンク:
http://amzn.asia/d/aaW2GtV

▼▼▼本書の前提。
デジタル革命は未曾有の出来事ではなく、
産業革命の再上演だということ。

→P22 
〈逆に、デジタル革命が産業革命と
よく似ていると主張するのが本書だ。
産業革命の経験が教えてくれるように、
テクノロジーがもたらす新世界の果実を分かち合うための
誰もが納得する社会制度が合意を得るまでに、
社会は苦しい政治的変化の時期をくぐり抜けなければならない。
残念ながら、経済変化から最大の恩恵を受ける層は、
獲得した富を進んで分かち合おうとはしないものだ。
負け組が取り分の拡大を求めて社会的・政治的に
力を行使する手立てを見つけたとき、社会に変化が起きる。
今私たちが心配すべき問題は、
単にテクノロジーの未来をよりよく生きるために
どんな政策を採るべきかではなく、
誰が何をどんなメカニズムを獲得するかを決める、
始まったばかりの激しい社会闘争にいかに対処するかである。〉



、、、この本、めちゃ面白かったです。
本当は1万字ぐらい書けるのですが、
今回は私が多忙で執筆時間切れのため、簡潔に。

この本を知ったのは金融関係の仕事をしている、
義理の兄のEvernoteシェアによってです。
彼の勧める本はハズレがありません。
こういう知り合いを持つというのは、
お金には換算出来ない価値があります。
いや、マジで。

この本の著者であるライアン・エイヴェントの主張は、
現在「二回目の産業革命が起きている」ということです。
歴史をひもとくと、産業革命により「分配を巡る闘争」が起きました。
二度の世界大戦、核による人類滅亡の危機、大恐慌などの動乱を経て、
産業革命期の動的平衡(富む資本家と労働者の地獄)が、
現在私たちの知る動的平衡
(労働者もまた中世の貴族の生活が出来る社会)に移行したわけです。

デジタルエコノミーが経済を変化させている今、
新たな「分配を巡る闘争」が起きている、
とういのが著者の現状分析です。
著者の提案はベーシックインカムの実践や移民の受け入れ、
公共投資などによる、世界的な富の再分配です。
それによって起きるのは「ゼロサム的な富の奪い合い」ではなく、
全員がちょっとずつ得をする状態だ、
ということを論証していきます。

「ゼロサム的世界観に生きている人々は、
移民排斥運動やゲーテッドコミュニティ、
ティーパーティなどの手法で分配を阻止しようとするが」
と著者は言います。
「アダム・スミスの言う『同胞』とは、
 同質性の高い民族のことではなく、
 『人間』と考えようではないか」と。

「自分たちは努力して富を勝ち得たのだから、
それを独占して何が悪い」という富裕層は、
「そう思っているのは自分だけで、
 どんな成功者も、
 社会のおかげで運良くそうなった」
ことをもっと自覚すべきだ、と著者は指摘します。
だって、ビルゲイツがもしアフリカのスーダンの田舎に生まれていたら、
と想像してみてください。
彼はきっと時代の寵児にはなっていません。
おそらく同じような時期に、彼ではない誰かがアメリカで、
マイクロソフトのような企業を立ち上げていただけです。

私たちは自分で思っているのよりもはるかに、
「生まれたときにもらったトランプのカード」
の上にあぐらをかいているのです。
「いやいや、俺のカードは『ブタ』だよ!」
と思われる方もいるかもしれません。
しかし、もしあなたの家に冷蔵庫があり、
あなたにこのメルマガをここまで読める教養があるなら、
それは世界人口の上位2割に入る、
「強いカードを引いた」ことになります。
私たちは富を自分で築いたと思っているかもしれないが、
その多くは「天からの恵み」なのです。

、、、その富を他者に分け与えないのは当然だ、
と考えるのは、虫が良すぎやしないですか?
と著者は言っているのです。




●世論(上)

読了した日:2018年9月21日
読んだ方法:図書館で借りる

著者:ウォルター・リップマン
出版年:1987年(英語初版1922年)
出版社:岩波文庫

リンク:
http://amzn.asia/d/cLEBujB

▼▼▼報道(報告)は、観察者と出来事の「合作」である。

→P109〜110 
〈ただし、目撃者といえども、
現場そのままの姿を持ち帰って報告するわけではない。
経験から次のようなことが分かるように思われる。
目撃者自身が現場に何かを持ち込んでいるのに、
あとではそれを抜きにして語ったり、
彼が事件そのものと思い込んで語っているものが、
実はその事件の変形であったりすることが非常に多い。
意識の中にある事実が、
与えられた事実そのままである場所はごく少ないように思われる。
意識の中に在るほとんどの事実は、
部分的に潤色されているように思われる。
ひとつの報告は、知ろうとするものと知られるものとの合作である。
観察者役はその過程で必ず選択をするし、たいていは創作もする。
われわれが見る事実はわれわれの置かれている場所、
われわれが物を見る目の習慣に左右される。〉



、、、これは、ずっと「いつか読まなきゃ」と思ってた本です。
「古典」「定本」に分類される本です。
メディア論に関する本にはおおかた引用されています。
先日ご紹介した「フィルターバブル」も、
下敷きとなる理論は、
リップマンの「世論」から取られています。
20世紀最高のジャーナリスト、知の巨人と称された彼の言葉は、
20世紀初頭の我々が読んでも、
「これは、まさに現在の我々のことじゃないか」
と思わせる説得力があります。

保障しますが、
この本は100年後にも、
今と変わらず読まれ続けることでしょう。




▼▼▼リコメンド本「今週の一冊」▼▼▼

ご紹介した本の中から、
「いちばんオススメだったのは?」という基準でリコメンドします。
「いちばん優れていた本」というよりも、
「いちばんインパクトの大きかった本」という選考基準です。
皆さんの書籍選びの参考にしていただけたら幸いです。


▼今週の一冊:『デジタルエコノミーはいかにして道を誤るか』

コメント:

この本、上記の説明では捉えきれないほど、
もっともっと本当は深くて面白いです。

私が一番うならされたのは、
マルクスが『資本論』で指摘した、
「生産手段の独占による労働の疎外」が、
今、デジタルエコノミーで起きている、という分析です。

産業革命のときの「生産手段」が工業機械だったのに対し、
現在の「生産手段」は「イノベーションを起こす企業文化」なのだ、
というのが著者の主張です。
「サンフランシスコ近郊に住み、
 シリコンバレーの企業に所属していること」
によって人間は生産性を高め、
高額な年収を得られるのであって、
そこにアクセスできない人間は、
どんどん辺縁的な労働に追いやられていきます。
これはマルクスが『資本論』を書いたイギリスの状況に似ている、
と著者は分析していくのです。
良い本でした。




▼▼▼部門賞▼▼▼

ご紹介した書籍の中から、
陣内の独断と偏見で、
「○○賞」という形で、
特筆すべき本をピックアップします。
こちらも何かのご参考にしてくだされば幸いです。


▼「目から鱗で賞」
『朝日ぎらい よりよい世界のためのリベラル進化論』

コメント:

この本は「若者は自民党をリベラルと考えている」
という「目から鱗」の他にも、
安倍政権がなぜ長期政権なのか、
という現状分析も卓越していましたので引用します。


▼▼▼著者の安倍政権の分析は養老孟司の指摘と一致する。
「政治をナショナリズムに振り、
経済をグローバリズムに振る政権以外長持ちしない」

→P32〜33 
〈安倍政権がリベラル化する理由は、
「右(保守)」にライバルがいないことと、
「リベラル」以外に政策の選択肢がないことで説明できる。
安倍首相は「保守」「伝統主義者」「右派」のイメージによって
軸足を右に置き、中国や韓国に(もちろん北朝鮮にも)
強い態度を取ることで右翼・保守派(そしてもっとも面倒なネトウヨ)
を黙らせることができる。

そのうえで、「女性が活躍できる社会」や
「働き方改革」で「左(リベラル)」にウィングを伸ばしていく。
この戦略が有効なのは、
安倍政権と競合する有力な保守勢力が存在せず、
これ以上「右」にウィングを伸ばしても新たな支持層は開拓できないが、
「左」側には広大な沃野が広がっているからだ。〉



▼▼▼全方位支持層という、安倍一強の理由
→P171〜172 

〈ここから「安倍一強」の秘密を読み解くこともできる。
それは、以下の4つの戦略の組み合わせだ。

1.国際社会では「リベラル」
2.若者に対しては「ネオリベ」
3.既存の支持層に対しては「保守」
4.日本人アイデンティティ主義者に対しては「ネトウヨ」

「モリカケ問題」で権力基盤が揺らいでいるとはいえ、
これが現代日本において最も広範な支持者を確保する
最強の戦略であることは間違いない。
とりわけ有利なのは、中国や韓国・北朝鮮に強固なポーズを取り、
「朝日」「民主党」を批判することで、
もっとも面倒なネトウヨを「私設応援団」にできることだろう。

安倍政権を批判する人は、
”ネトウヨ”的な部分だけしか見ていないが、
これでは国際社会での評価や若年層での高い支持率の理由が説明できなくなり、
「左の陰謀論」にはまりこむことになる。
ここまで述べてきたように、
「安倍一強」はリベラル化とアイデンティティの衝突の
微妙な天秤の上に成り立っている。
現代の世界は(ほぼ)同じ価値観を共有する
巨大な「リバタニア(リベラル共和国)」と、
別々の価値観で分断された多数の「ドメスティック」で構成されている。
だからこそ、世界中で、「右傾化」が進みながらも、
ひとびとの価値観はますますリベラルになっていくのだ。〉



、、、現代世界では「外交では保守」、
「経済ではリベラル」の組み合わせが最強であり、
これ以外の政権は逆に長続きしません。
それを忠実に実行しているのが安倍政権であり、
なのでこれだけ長持ちしているのだ、
と著者は分析しています。
私は安倍さんを全面的に支持しているわけではありませんが、
それでも著者の分析は正しいと思います。

安倍さんがモリカケ問題で失点しても、
野党が10点ぐらいオウンゴールを入れてくれるので、
安倍政権は「負けない」わけですね。
あまり国民にとっては良い状況とは言えないのですが、、、。


陣内が先週読んだ本 2018年8月26日〜9月8日 『共働学者の構想』他

2019.01.16 Wednesday

+++vol.056 2018年9月11日配信号+++

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■2 陣内が先週読んだ本 
期間:2018年8月第五週〜9月第一週 8月26日〜9月8日
::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::

先週私が読んだ本(読み終わった本)を紹介していきます。
一週間に一冊も本を読まない、
ということは、病気で文字が読めなかった数ヶ月を除くと、
ここ数年あまり記憶にないですから、
このコーナーは、当メルマガの
レギュラーコーナー的にしていきたいと思っています。
何も読まなかった、という週は、、、
まぁ、そのとき考えます笑。

ただ紹介するのも面白みがないので、
twitterに準じて、
140文字で「ブリーフィング」します。
「超要約」ですね。
(どうしても140字を超えちゃうこともあります。
 140文字はあくまで「努力目標」と捉えてください笑。)

忙しい皆さんになり代わって、
私が読んだ本の内容を圧縮して紹介できればと思います。
ここで紹介した本や著者、テーマなどについて、
Q&Aコーナーにて質問くださったりしたら、
とても嬉しいです。


●あたらしい北海道旅行

読了した日:2018年8月29日
読んだ方法:木村さんに借りる

著者:セソコマサユキ
出版年:2017年
出版社:WAVE出版

リンク:
http://amzn.asia/d/1xT0Sjz

▼140文字ブリーフィング:

こちらの本は、札幌にいる支援者の、
木村さんという方からお借りしました。
木村さんと出会ったのはもうずいぶん前のことです。
たしか2009年とかそのぐらいだった気がします。
グレースコミュニティの益田結師にご紹介いただいて以来、
「なんか感性というか、センスが似ているなぁ」と、
勝手に思っていました。

木村さんが話す内容だとか、
知っているお店だとか、
お勧めしてくださる映画などが、
なんか、「良い所をついてくる」わけです。
しかも、私の知らない良いところを。
「やたらそればっかり猛プッシュしてくるけど、
 それ、もう知ってるから。」
というパターンってありますよね。

木村さんはそれとは逆で、
きっと私の「興味と既知の範囲」を抑えていて、
その少し先を提示してくださる、
非常に「よく分かった人だなぁ」と思っていたのです。
(一方的にかもしれないですが)

2013年に私が病気を経験してから、
さらに木村さんとの心理的距離はさらに近くなりました。
(これも一方的かもですが笑)
というのも、私の鬱病の回復の、大きなヒントといいますか、
「難題を解くための補助線」の役割をしてくれたのが、
北海道浦河にある「べてるの家」という、
障がい者のコミューンの考え方だったのですが、
木村さんはなんと、私が病気になる前から、
もう何年も、そこで行われる「べてるまつり」というイベントに、
参加し続けていた、ということを聞いたからです。

仕事復帰後に、「べてるの家」のことなどもお話をするなかで、
私が病床に伏せっていた間、
木村さんは、わがことのように心配し祈って下さっていた、
ということも強く伝わりました。

というわけで、私からしますと木村さんは人生の大先輩ですが、
気取らず、気を遣わせず付き合って下さるので、
「年の離れた友人」のように感じており、
今回も千歳から東京に戻るタイミングで、
木村さんのお勧めのカフェに連れて行っていただいたのです。
その際の参考に、と、事前にこの本を貸して下さいました。

、、、という長い前置きのあとで、本の紹介です。
面白かったです。
様々なお店を紹介するのですが、
店を紹介しているようでいて、
人の生き方を紹介している本です。
この本に登場する多くの店主たちに共通するのは、
東京などの大都市の会社勤めを経て、
途中でリタイアし、独立して、移住先を探して、
自分の力で食べていくことを選んだ結果が、
工芸、陶芸、デザイン、本屋、カフェ、パン屋、チーズ屋、
皮革製品屋、ゲストハウスなどたった、ということです。

また多くの店主が世界各地を旅する経験をしたあとに、
人生が変わっている、というのも印象的です。

たしかに世界を回ると、
「人間って、いかようにでも生きていける」
という気持ちになるのは非常に分かります。
日本社会の「世間が敷いたレールを外れたら死ぬ」
みたいな洗脳が、海外に行くと解けるわけですね。

「生き方図鑑」としてのこの本は面白いですが、
それは著者のセソコマサユキさん自身が出版社を辞めて沖縄に移住し、
フリーのライターとして生活しているわけなので、
セソコさんもまた「彼らのひとり」だからなのだと思います。

この本に登場する函館の「山田農場チーズ工房」の、
山田圭介さんという方は、次に登場する、
新得共働学舎にいた人だったりして、
旅のなかで「リンク」する感覚も楽しめました。
(1,352文字)



●共働学舎の構想

読了した日:2018年8月26日
読んだ方法:土畠氏に借りる

著者:共働学舎(宮嶋望)
出版年:1973年
出版社:新得共働学舎

リンク:(共働学舎のHPのリンク)
http://www.kyodogakusha.org/
 
▼140文字ブリーフィング:

この本は滞在先の北海道の「定宿」、
土畠氏のお宅にて読みました。
そもそも今回、共働学舎を見学してみたい、
と思うようになったのは土畠氏が2年前にここに立ち寄り、
「きっと俊君はヒットするに違いない」と勧めてくれたのがきっかけです。

それから共働学舎代表の宮嶋望さんの本を何冊か読み、
ここには「べてるの家」にも通ずる、
「たいせつな何か」があると直観して見学することにしました。
土畠氏が2年前に共働学舎で購入した、
書店では入手できないパンフレットがこれです。

一通り読んだ後に、
この文章が1973年に書かれているのを知り二度驚きました。
現在でもまったく有効な言葉です。
二箇所引用します。


→P16〜17 
〈共働学舎は、これらの願いと祈りをもって始められた、
独立自活を目指す教育社会、福祉集団、農業家族です。〉

→P20 
〈共働学舎は、一般社会から遊離した保護施設ではありません。
大人も若者も子どもも、与えられている賜物をその多少によらず、
精一杯働かせて生きねばなりません。
生命がある限り、どんな人にもその責任があります。
弱者とされる前に自分の弱さに負けて甘えている人が多いために、
まず自分の弱点とたたかわねばなりません。
そして常に共に働き、必要なことを共に学び、
全体が一つの家庭のような舎(いえ)となることを
最も望ましいあり方と考えています。〉


「教育社会・福祉集団・農業家族」
という、聞き慣れない言葉の羅列が、
彼らの「自己規定の難しさ」を表しています。
彼らは「自分が何ものであるか」ということを、
既存の社会に流通している言葉では定義しきれないわけです。

祈りによって始められたが、宗教施設ではない。
障がい者と共に生きるが、福祉施設ではない。
チーズを作って売っているが、酪農業ではない。
経済活動を営んでいるが、株式会社ではない。
経済活動の外の共同体だが、血縁的な意味での家族ではない。

つまり、彼らの「文脈」が、
既存の社会の文脈と違うわけです。
近代産業社会がx軸(経済)、y軸(医療)という、
平面上の言葉しか持たないとしたら、
彼らは立体的に斜めに走っている。
だから、「投影」としての言葉でしか、
近代産業社会に向けて、自らを表せません。
北海道の「べてるの家」もまた、
まったく同じ傾向を感じました。

時代は「ポスト近代産業社会」に向かうと言われています。
彼らは実は、100年後には標準的な生き方を、
今既に先取りしているだけなのかもしれない、
と私は解釈しています。
(999文字)



●東大入試 至高の国語「第二問」

読了した日:2018年9月8日
読んだ方法:図書館で借りる

著者:竹内康浩
出版年:2008年
出版社:朝日選書

リンク:
http://amzn.asia/d/hz3dkJP

▼140文字ブリーフィング:

この本は、とあるメルマガ読者の方から教えてもらいました。

東大入試の現代文の第二問は、
「めちゃくちゃ尖っている」ことで有名なんだそうです。
私は東大受験を試みたことがないので知りませんでしたが、
身近にいる東大OBに、いつか聞いてみます。

、、、で、著者はこの「東大現代文第二問」が、
受験生にどんな「メッセージ」を発しているのかを読み解いていきます。
著者が推論する、東大からの東大受験生への、
「メッセージ」とは、「死」と、
そして「円環的時間構造」です。

解説していきます。

著者はまず金子みすゞの、
「鰯の大漁の祭りと同時に、海の底では鰯の葬式が行われている」
という、出題された詩を紹介します。
これが鍵になってきます。

そこには「存在の罪」とか、「食う罪」
(創世記の原罪も果実を食う罪だったことに注目!!)といった、
人類の不可避な「原罪」が強調されています。
その「原罪」は常に人類社会から、
組織的に巧妙に隠されるのですが、
宮澤賢治(デクノボー)や金子みすゞのような詩人たちは、
それに気づいています。

それに気づくと何が分かるか?

それは「命の円環構造」であり、
時間の円環構造であり、
食物連鎖的な円環的時間観です。
この時間観は、「債権者の倫理」=ピンポン式倫理から、
「負債者の倫理」=ドミノ式倫理
(パウロの負債と同じ。私はAさんに良くして貰ったから、
Bさんに良くする、という)への転換をもたらします。

私たちは命のリレーのなかに不可避的に組み込まれています。
私たちは死屍累々の山の上に立っているのです。
だからこそ、次のリレーをつなぐという意味で、
倫理的に生きようと願うという、巨視的な、
そして非常に東アジア的・日本的な視点を、
東大入試は問うているのではないか、
と著者は深読みしています。

西洋と東洋の時間観の一番の違いは、
西洋のそれが直線であるのに対し、
東洋は円環であることです。
「聖書は始まりと終わりがあるから直線」
というのは短絡的です。
それは「西洋の直線的な思考」によって聖書を読んだ、
「西洋キリスト教神学」の説明でしかありません。

そして、ユダヤは西洋ではありません。

では、聖書の時間観は円環なのか?
「円環でもあり直線でもある」
というのが私の聖書の読み方です。

なぜか。

聖書には終わりと始めがあります。
始点(創世記)と終点(黙示録)がある。
インド哲学の言うような「永遠のループ」ではない。
しかし聖書は、「ひとりの人(アダム)」ではじまり、
「ひとりの人(キリスト)」で終わります。
「いのちの木」は、創世記と黙示録にだけ登場します。
(箴言に例外的に一度出てきますが)
物語としての旧約聖書を読むとき、
そこに弁証法的な「反復」があるのが分かります。
ノア、ヨセフ、モーセ、ダビデ、預言者たち、、、
というように、繰り返しキリストの「予表」が現れるわけです。
これは歴史が「反復」しているようでいて、
確かに進んでいる、という「らせん構造」になっていると、
私は読んでます。

以前は注解書などに書いているそのまんま、
「東洋は非聖書的で円環」
「西洋は聖書的で直線」と、
バカのように信じ込んでいましたが笑、
この数年で私の考えは変化し、
聖書の時間観というのは「らせん」だと、
今は考えるようになりました。
らせんは上から見れば円環ですし、
横から見れば起点と終点を持つ直線ですから。

出題された金子みすゞの詩が名作なので紹介します。
「蜂と神さま」というのがそのタイトルです。


→P51 
〈「蜂と神さま」

蜂はお花のなかに、
お花はお庭のなかに、
お庭は土塀のなかに、
土塀は町のなかに、
町は日本のなかに、
日本は世界のなかに、
世界は神さまのなかに。

そうして、そうして、神さまは、
小ちゃな蜂のなかに。〉


どうでしょう。
神をよく表現しています。
神は宇宙を包み込むと共に、
私の鼻毛と鼻毛の間にも偏在するのです。
いや、ホントに。
冒涜とかじゃなくて、マジでマジで。

こういう「マクロ」と「ミクロ」が、
一瞬でひとつになるレトリックというのは、
やはり東洋ならではのもので、
西洋の詩人からはこういう詩は出てこないんじゃないかなぁ、
と私は思っています。
(1,655文字)



▼▼▼リコメンド本「今週の一冊」▼▼▼

ご紹介した本の中から、
「いちばんオススメだったのは?」という基準でリコメンドします。
「いちばん優れていた本」というよりも、
「いちばんインパクトの大きかった本」という選考基準です。
皆さんの書籍選びの参考にしていただけたら幸いです。


▼今週の一冊:共働学舎の構想

コメント:

「共働学舎の構想」はパンフレットですが、
インパクトがありました。
Amazonでも買うことができません。
欲しい人は新得町の共働学舎まで行くか、
長野県の共働学舎、
もしくは東京の本部に行ったら買えるかも。

じっさいに見学もさせていただき、
この働きに私も賛同し、
正会員として活動に参加することにしました。
「正会員」といってもそんな大げさなものではなく、
年6,000円の会費を寄付として納めることと、
年に一回の総会に参加すること、
というのが正会員の参加方法です。
私自身が非営利組織の成員であることもあり、
様々な非営利組織を私は応援するようになりました。
(金子みすゞの論理です。
 Aさんに良くして貰ったから、
 私はBさんに良くするわけです)
支援の金額には様々なものがありますが、
その団体数(個人数)は、全部で10近いんじゃないかな。
無鉄砲に決めているわけではなく、
毎回、お祈りして、支援することを決めています。

「共働学舎」の場合、
東京に住んでいるので日程が合えば総会に参加できますし、
今回案内していただいた村上さんという、
有機農業の実践家の方とも、
また会えるというのが魅力だと思いまして。

あと、じっさい共同生活を行っている、
精神疾患者の方々が生き生きと、
台所でジャガイモの皮を剥いたり、
有機農園で雑草を一日中抜いていたり、
そういう姿が、「なんかいいなぁ」と思ったので。
こういうものに投資(寄付)できるというのは喜びです。



▼▼▼部門賞▼▼▼

ご紹介した書籍の中から、
陣内の独断と偏見で、
「○○賞」という形で、
特筆すべき本をピックアップします。
こちらも何かのご参考にしてくだされば幸いです。

▼「旅情賞」
あたらしい北海道旅行

コメント:

旅先で読む本というのは記憶に焼き付きます。
今回も、道東のホテルの一室や、
十勝の国民宿舎の部屋で、
この本をぱらぱらとめくりました。
出張中って、がっつりと集中して本を読むほどの、
まとまった時間がないので、
読書は細切れになりがちですが、
でも、内容はやたらと脳に焼き付きます。
「あぁ、あそこに行く飛行機のなかで読んだなぁ」とか、
「あの港でフェリーを待っているときに読んだなぁ、」
という本というのは、不思議と、
内容を鮮明に覚えているのです。
旅と読書は相性が良い。
旅とInstagramよりも、
私は断然「旅と本」ですね。

この本も「旅のお供」になりました。
今週は愛知県に出張ですが、
どんな本を持っていこうか今から悩んでいます。
「どの本を持っていくか悩んでいる間」が、
旅行(もしくは出張)の、いちばん楽しい時間です。
さほど読まない(読めない)ことも多いですが、
それでも、やはり。

陣内が先週読んだ本 2018年8月12日〜25日

2019.01.01 Tuesday

+++vol.054 2018年8月28日配信号+++

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■2 陣内が先週読んだ本 
期間:2018年 8月第三〜四週 8月12日〜25日
::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::

先週私が読んだ本(読み終わった本)を紹介していきます。
一週間に一冊も本を読まない、
ということは、病気で文字が読めなかった数ヶ月を除くと、
ここ数年あまり記憶にないですから、
このコーナーは、当メルマガの
レギュラーコーナー的にしていきたいと思っています。
何も読まなかった、という週は、、、
まぁ、そのとき考えます笑。

ただ紹介するのも面白みがないので、
twitterに準じて、
140文字で「ブリーフィング」します。
「超要約」ですね。
(どうしても140字を超えちゃうこともあります。
 140文字はあくまで「努力目標」と捉えてください笑。)

忙しい皆さんになり代わって、
私が読んだ本の内容を圧縮して紹介できればと思います。
ここで紹介した本や著者、テーマなどについて、
Q&Aコーナーにて質問くださったりしたら、
とても嬉しいです。


●僕に踏まれた町と僕が踏まれた町

読了した日:2018年8月13日
読んだ方法:図書館で借りる

著者:中島らも
出版年:1997年
出版社:集英社文庫

リンク:
http://amzn.asia/3oWq4jR

▼140文字ブリーフィング:

私の弟のオススメで読んだ本です。
中島らもという人は、
めちゃ頭が良く、文章が上手です。
彼は「文章を書く天才」の部類でしょう。
彼は「文章を書くのが面倒だった」と書いています。
それは文章が出てこないのではなく、
文章は常に脳内で完成しているのだそうです。
供給過剰なほどに。

それを、手を動かして、
「具現化するという単純作業」が、
たまらなく面倒くさくて、
だから酒を飲まなければ文章を書けなかった、
と書いています。

私は天才ではないので、
文章を書くのは苦労します。
文章を書くという創造的な行為は、
私にとっては、脳が最も良い状態のとき、
1日2時間が限度です。

でも、天才には天才なりの苦労があるのでしょう。
彼はアル中と躁鬱病を煩い、
52歳で夭折してしまいました。
惜しい才能です。

ふたつ、彼の文章が上手だ、
ということを示す文章をご紹介します。


→P73 
〈僕のいた高校は一学年がだいたい百四、五十人いる。
そのうち百人ぐらいが東大に行き、三、四十人が京大に行く。
考えてみれば化け物みたいな学校だ。

そしてそのすみっこのほうに、十人ぐらいの「落ちこぼれ」がいる。
この連中はとうに受験をあきらめて、
某部室にたれこめてはたばこを吸ったり酒を飲んだり、
シンナーを吸ったりマルキシズムについて議論したり、
セックスについて見栄の張り合いをしたりしていたのだ。

そのようすはちょうど高価なワインのびんの透明な底に沈んでいる、
ほんのすこしの澱(おり)を思い出させた。〉



「灘校という高級ワイン」の澱(おり)という譬えは秀逸です。

もう一箇所を引用します。
これは彼の予備校時代の友人が、
自殺したことを懐古して書いているものです。

→P193 
〈そしてある日、彼はタヌキを見たというその田舎の家で、
自分の命を絶った。
致死量の睡眠薬を飲んでガスを放ったうえに手首を切る、
という覚悟の自殺だった。

あれから18年が過ぎて、
僕たちはちょうど彼が亡くなった歳の倍の年月を生きたことになる。
かつてのロック少年たちも今では、
喫茶店のおしぼりで耳の穴をふいたりするような「おっさん」になった。
そうした軌跡は、かっこうの悪いこと、
みっともないことの連続で、
それに比べて18で死んでしまった彼のイメージは、
いつまでも18のすがすがしい少年のままである。

自分だけすっぽり夭折するとはずるいやつだ、と僕は思う。
薄汚れたこの世界に住み暮らして、
年々薄汚れて行く身としては、
先に死んでしまった人間から嘲笑されているような気になることもある。

ただ、こうして生きてきてみると分かるのだが、
めったにはない、何十年に一回くらいかもしれないが、
「生きていて良かった」と思う夜がある。
一度でもそういうことがあれば、その思いだけがあれば、
あとはゴミクズみたいな日々であっても生きていける。

だから「あいつも生きてりゃよかったのに」と思う。

生きていて、バカをやって、
アル中になって、醜く老いていって、
それでも「まんざらでもない」瞬間を額に入れてときどき眺めたりして、
そうやって生きていれば良かったのに、と思う。
あんまりあわてるから損をするんだ、わかったか、とそう思うのだ。〉




、、、おい、聞いてるか。
おっさんになると分かるぞ。
ゴミクズみたいなこの世界で、
醜く老いていくばかりの我が身だが、
めったにはないけれど、
それでも何十年かに一回くらい、
「生きていて良かった」と思う夜があるぞ。
そんな瞬間を額縁に入れてときどき眺めたりして、
生きていれば良かったのに、、、。

これを弔辞かなんかで読まれたら泣いちゃいますね。
「世界は素晴らしい!
 あなたは価値がある!!
 死んじゃだめだ!!」
といった、押しつけがましく薄っぺらなメッセージにはない、
哀愁と深みがあります。
(1,510文字)



●歳を取るのも悪くない

読了した日:2018年8月14日
読んだ方法:図書館で借りる

著者:養老孟司 小島慶子
出版年:2018年
出版社:中公新書ラクレ

リンク:
http://amzn.asia/00CIEC5

▼140文字ブリーフィング:

養老さんの本は、新刊が出るとほぼ必ず読みます。
こちらは元TBSアナウンサーの小島慶子さんとの対談本。
小島さんは30代でTBSを退社して、
無職の夫と共にオーストラリアに移住しました。
養老さんは57歳で東京大学の教授を早期退職し、
その次の日、何の収入を得る手段もなかったそうです。
でも、二人ともちゃんと生きてますし、
むしろ彼らがそういった選択をしたことで、
人生は豊かにされ、世の中を益しているようにも見える。

「不確実性の中に飛び込む勇気」を持つ二人の話しからは、
日本の組織と個人のほどよい関係性とはどんなものか、
みたいな話しが透けて見えます。

2箇所引用します。

まずは、年寄りの「世の中への怒り」と「生への執着」は、
ちゃんと生きてこなかったこのとの結果だ、
という養老さんの指摘から。


→P22 
〈養老:年寄りが世の中に八つ当たりしたくなるのは、よく分かります。
もう、自分はどうでも良くなっちゃっているからね。
だから、どんな人間だと思われようがかまわなくなる。
そうすると、自分の事より怒りの方が大きくなるのでしょう。
世の中、なんとなく気にくわない。
いらいらして、毎日を暮らす。
何に向かって怒っているのか、
たぶん自分でもわかっていないんじゃないかな。
そういう人たちを見ると、僕は、生きそこなっているなあと思います。

小島:生き損なっている?

養老:そう、生き損ない。
これまできちんと生きてこなかった人、
一生懸命、真剣に生きてこなかった人のことです。
何かにつけて文句ばかり言っている人は、
こんなはずじゃなかったっていう気持ちを常に抱えていて、
それを人のせいにする。
そういう性質の人が、現代社会ではますます増えていると思う。

小島:自分は誰かのために、
長年我慢させられてきたという気持ちがあるのかも知れません。
じっと耐えてきたのに報われないというやるせなさが、
世間への八つ当たりになってしまうのかも。

養老:それもあるでしょう。
だから、あまり我慢はしちゃいけない(笑)。
まあ、自分が上手く行かないのは人のせい、
会社のせい、世の中のせい、で片付けちゃう方が楽だからね。
いまいる環境の中できちんと生きていれば、
自分一人で生きているわけじゃないことなんか、すぐわかるはずです。
そうしたら、なんでもかんでも世の中のせいにして、
当たり散らすような年寄りにはならないですよ。
それに、本気で生きていれば、
「死にたくない」って繰り返すようなこともない。
その場その場を一生懸命生きてきた人は、
死ぬことが怖くないからね。
自分の人生を先送りしてきた人は、
いつまでたってもこの世に未練がある。

小島:周囲への感謝があれば、寛容になれるんですね。
それにしても、そのときそのときを本気で生きるというのは、
意識しないと難しいですね。
いくつになっても将来設計にばかり気を取られて、
肝心の”今この瞬間”はないがしろにしてしまう。

養老:明日のために今日を犠牲にして、
将来のために現在を犠牲にしていたら、
保険をかけているような毎日しか送れないでしょう。
その途中で死んだら、どうすの?

小島:ああ、それが生き損なうということですね。

養老:この歳になるとよくわかりますが、
人間は必死で生きているときが一番幸せですよ。
毎日がつまらない人は、
他でもない自分自身が
退屈に暮らすことを選んでいるのだと思った方が良い。〉



、、、私は今でも、
「10年前、公務員を辞めていなかったらどうなっていただろう、、、」
とときどき夢想することがあります。
確言はできませんが、
多分養老さんの言うところの「生き損なって」いたと思います笑。

きっと今の10分の1も努力してないし、
(だって努力する必要ないですから)
その結果、肉体も精神も中年太りをし、
いつも(自分がぶらさがっているところの)、
市役所という組織の悪口を言い、
社会に不満を言い、政治に文句を言い、
教会の文句を言い、他人の文句を言っていた気がする。

いや、本当に。

それだけこの10年は必死で生きてきたし、
今も、この瞬間も、「生きるのに必死」です。
誰かに文句を言う余裕などないし、
養老さんの言うように、
思い残しはいつもありませんので、
いつ死んでも本望です。

良い人生を生きてるなぁ、
いや、生かされてるなぁ、
と、最近思うことが多くなりました。

次にもう一箇所。
組織に守られると「安全、安心」を得ますが、
それと引き換えに「学習と成長」を失う、
と養老さんが指摘しているところを引用します。


→P29〜30 
〈小島:、、、それにしても、
かつては若者の悩みだった”どう生きるか”という問題について、
なぜ現代は中年が悩むようになってしまったのでしょうか?

養老:それだけみんなが不安を抱えるようになったと言うことでしょう。
必死で生きている時は、その過程でいろいろなことを覚えるでしょ。
覚えなきゃ生きていけないから。
でも、安心、安全で安定した状況に置かれると、人は学習しない。

現代は、都市化されていく中で、安全に安心に暮らすことを基準にして、
同じ事の繰り返しをよしとしてきた。
そうすると、歳を重ねても人間が育っていかない。
だから、人生をいかに生きるべきか、とか、
人類の将来はどうなるのか、とか、
いつまでたっても自分なりに考えることができない。
ずっと人々が考え続けていたことが、
表面に出てきちゃったって事じゃないでしょうか。

でも、ここであらためて考えてみるのもいいですよ。
人生とは何か、生きるとはどういうことか、考えてみるのは楽しいですから。
人間は、考えたくないことは考えなくなりがちで、
東京って、その典型だと思う。
僕は、だいぶ前から東京という都市は健康じゃないと思っているの。
それが会社を辞めたら不安だ、老後が不安だ、
という話しにつながっていくのかな、と。
そりゃあ、不安でしょ。
どう生きれば良いのか、わからないわけだから。〉



、、、「安全・安心」と、
「成長・学習」はトレードオフです。
動物園の檻の中で餌を与えられるだけの動物は、
サーカスで「働いている」動物より平均余命は短いそうです。
大きな組織に守られて「一生安泰」な人って、
動物園的な人生を自ら選んでいる。
それが悪いとか良いとかいう価値判断はできません。
しかし、「トレードオフだ」ということは知った方が良い。

私は市役所を辞めなければ、
それを知るのが60歳を過ぎてからだった気がします。
今考えるとぞっとします。
早いところジャングルに飛び出し、
野生動物になっていて良かった。
もちろん「ここ」には、予期せぬ危険もあるわけですが、
「緩慢な死」よりは「リスクと隣り合わせの生きる実感」を、
私は貴重だと思うので。

繰り返しますがどちらが良いと考えるかは、
その人によりますし、
私は「安全で緩慢な死」を選択することを、
まったく悪いこととは思いません。
ただ、「トレードオフの事実」だけは知っておいたほうが良い、
という話しです。
そうしないと、「不機嫌な老人」になっちゃうから。
(2,802文字)



●多動力

読了した日:2018年8月16日
読んだ方法:央君から引き受ける

著者:堀江貴文
出版年:2017年
出版社:幻冬舎

リンク:
http://amzn.asia/9rtNbuZ

▼140文字ブリーフィング:

「究極の合理主義者」の話しです。
論理的で明晰な言葉で語られていて、すべて納得できます。
完璧な論理体系であり人生論・仕事論です。

、、、しかし、ひとつ問題があります。

まったく羨ましくないことです。
彼は毎日、美味しいものだけを食べ、
1ミリも「我慢」をせず、
ホテル暮らしだから掃除や洗濯といった無駄な時間がないと言います。
着た服は毎日捨てていくので洗濯しない。
ファーストクラスで海外に行って美味しいものを食べ、
日本に帰ってきたその日にフルバンドで演奏してもらうカラオケ屋さんで、
カラオケを歌い、そのあと高級寿司店などをはしごして、
4次会ぐらいまで飲む。
毎日がそんな調子で「楽しいこと」以外何もなくなる。
みんなが楽しくないのは、「我慢教」に洗脳されているからだ、
というような話しです。

すばらしい!
御意!

でも、問題は、不思議なことに、
「彼になりたい」と1ミリも思わないことです。
何一つ羨ましくない。

いや、マジで。

「完璧な肉体理論をもつ、
超絶筋肉のボディビルダーの、
非常に勉強になるトレーニングや栄養の話を、
納得し、うなずきながら聞いたが、
では最後に、自分があの体型になりたいかと聞かれれば、
できればなりたくない。」
と思うのとちょっと似ています笑。

一つだけ、彼が「教養が大事だ」
と力説しているところがあり、
そこだけはとても納得しましたので引用します。

→P117 
〈原液*を作るようになれと言ったはいいが、
やみくもに走り回っても「原液」になるものは作れない。
 では、いかにしたら原液を作れるようになるか。

 それは「教養」を身につけることだ。

 教養とは、表面的な知識やノウハウとは違い、
 時代が変化しても変わらない本質的なことを言う。
 僕は疑問に思うことは、とことんまで徹底的に掘り下げる。
 (中略)
 「教養」という幹なるものがあれば、
 枝葉となるさまざまな事象はすべて理解できる。
 2016年の9月に発刊された『サピエンス全史』は上下巻で分厚いが、
 教養を体系的に身につけるための格好の良書だ。
 現在人類であるホモ・サピエンスが、なぜホモ属の中で唯一生き残り、
 繁栄することができたのか。
 本書ではその疑問に対して丁寧に解説している。
 (中略)
 僕は「原液」となる、
 時代の一歩も二歩も先のビジョンを提示しているが、
 それはシステムの本質と歴史の変遷を追った
 深い教養を身につけているからできることなのだ。
 教養なき者は「今」という時代の変化に振り回され、
 目の前の仕事をこなす歯車で終わってしまう。
 反対に「教養」があれば、
 ジャンルを横断する「原液」となるものを生み出すことができる。
 
 急がば回れ。
 
 表面的な情報やノウハウだけを身につけるのではなく、
 気になった物事があれば歴史の奥まで深く掘って、
 本質を理解しよう。〉

*彼が「原液」と呼んでいるのは、「情報の原液」のことです。
カルピスの原液のような。
前章で彼は、人間には情報の原液を作る小数の人間と、
他人の原液を薄めて売る多数の人間の二種類がいる。
前者になれ、ということを書いています。

、、、彼が考える教養と、
私が考える教養がまったく同じものかどうかは不明ですが、
「教養が大事だ」という意見には同意します。
「面白いコンテンツ」を作るには、
最新のものを追いかけたらダメです。
必ず二番煎じになりますから。
そうじゃなく、「古典」を読むのが最短ルートです。
(1,368文字)



●さらば、GG資本主義

読了した日:2018年8月17日
読んだ方法:図書館で借りる

著者:藤野英人
出版年:2018年
出版社:光文社新書

リンク:
http://amzn.asia/3ySIqpX

▼140文字ブリーフィング:

著者の言う「GG」とは、
「ジージー」つまり、「ジジィ」、
要は「高齢者」のことです。

高齢者を「ジジィ」と呼んだら、
ポリティカリーにコレクトではない、
と彼は判断したのでしょう笑。

彼の判断は正しい。

要するにこの本は、
ますます高齢化する日本の社会が、
若い人々の活躍を妨げている、ということを指摘しています。
日大アメフト部問題で注目された田中英寿理事長なんかは、
まさに「そういうこと」ですよね。

この本、最初のほうと最後のほうは面白かったのですが、
真ん中あたりは著者の投資会社の宣伝みたいになっていて、
正直トーンダウンしてます。
最初は日本社会を論じている本かと思ったら、
会社のミッションステートメントのコマーシャルを見せられたような、
複雑な気分になりました。

「プロフェッショナル 仕事の流儀」みたいな、
ドキュメンタリー番組かと思ったら、
最後まで観ると青汁の宣伝だった、
みたいなパターンと似ています。

、、、というわけで、
この本、最初の章はとても面白いです。

二つ引用します。

「待っていても順番は来ない」話しと、
統計から観る「GG資本主義」。


→P10〜11 
〈高齢化社会と成長との関係性について考える上で、
非常に示唆的だなと思ったエピソードがあります。

私のベンチャーファイナンスの先生である、
斉藤惇さんとお話ししたときに、聞いた話です。
斉藤さんは野村證券の副社長、
東京証券取引所グループの社長などを歴任された
辣腕の実業家で、年齢は70代後半。

彼は、こんなふうにいっていました。
「私は40代のころ、自分が前に出ようとしたら先輩たちから止められた。
『君はまだ若いから、年長者を立てなさい。
そのうち順番が回ってきたら、主導権を握れるから。』
というのが、先輩たちの言い分でした。
そういうものかと思って順番を譲り、待っていてどうなったか。
いま私は70代ですが、
まだ80代のみなさんがお元気で現役として残っています(笑)。
藤野君、これが高齢化社会というものですよ。
待っていても順番は回ってこない。
だから、チャンスがあれば主導権を奪取しなさい。」

70代になってなお先輩が君臨する社会。
考えただけでぞっとしますね。
言ってみれば体育会系の部活で先輩にしごかれて
「1年我慢すれば3年生が出て行く」と思ってがんばったのに、
何年経っても先輩たちは出て行かない――そんな状況です。〉



→P18〜19 
〈高齢者が経済の真ん中に居座り、
牛耳り続ける「GG資本主義」。
データをひもとくと、至る所にその影響力が見て取れます。

例えば、会社を動かすトップ。
日本企業の社長の平均年齢は近年上がり続けていて、
2017年時点で、59.5歳。
調査を始めてから最も高い数字で、
90年以降に比べて平均年齢は5歳も高くなっています。
さらに年齢構成を見ると、60歳以上が全体の約半数を占めています。
日本における女性社長の割合はわずか7.69%ですから、
日本の会社の半分近くが「還暦を過ぎた男性」によって
動かされていることが分かります。

経済の主体は、会社だけではありません。

われわれ個人が生活の中で行う「消費活動」も
大きなインパクトを与えます。
会社とは詰まるところ、モノ・サービスを提供して、
顧客に買って貰うことで成り立っている。
消費者がお金を使わなければ、事業活動は回っていきません。

実は、消費で存在感を放っているのも、60歳以上です。
結婚して家を構えたり、交際費に使ったりする
働き盛りの人々が一番消費していそうですが、
2015年の消費シェアに占める30〜39歳の割合は、わずかに9.9%。
40〜49歳ですら、19.8%でしかありません。
29歳以下となると1.5%で、統計上の存在感はほとんどありません。

一方、60歳以上は47.8%にも上ります。
世の中の消費の約半分が60歳以上によって行われているって、
少し意外な結果ではないでしょうか。

調べていくと、それもそのはず、と思わせるデータがありました。
各資産の保有者の割合を年代別に見ると、
60歳以上の保有率が金融資産で68.8%、
土地保有で56.4%という、非常に高い数値です。〉



、、、凄いデータ&凄い話しですよね。
先ほどの日大の田中理事長の話ですと、
あれはアメフト部の内田前監督が、
「待っていれば順番が回ってくる」と思ったら、
途中でポカをして「トカゲのしっぽ切り」にあったという話しですね。
田中理事長は安泰(!!)という。
ホラーのような話しです。
この「出世の椅子取りゲーム」は、
人口減少社会では、悪いことは言わないので、
始めから参加しないのが「吉」です。
現在の70代、80代までが、
「ネズミ講で本当に儲けられる最後の世代」であり、
60代以下は「カモ」と思ったほうが良い。
早く「野生動物」になりましょう笑。

終盤で著者は自らが投資している企業の中で、
若い経営者が成功している場合、
それは「仕事とは穴を埋めること」という概念を持つ人に多い、
と指摘しています。
これは養老孟司が別の本でまったく同じ事を言っていました。
「仕事とは、山をつくることだと思っている人が多いが違う。
 仕事というのは、穴を埋めることなんだ」と。
私も本当にそう思います。
仕事というのは基本的に「社会の雪かき」なのです。


→P166〜167 
〈これまで多くの成長企業の経営者を見てきましたが、
塔を建てたと言うより、
「穴を見つけて、穴を埋めた」人のほうが多いのです。

「なんでこんなところに穴があるんだろう?
これを埋めたらもっとスムーズに通れるのにな。
それならいっそ、自分で埋めちゃおうか」といった感じです。

余っているところから砂を持ってきて、
スコップを入れてガサッと入れていく。
それがビジネスというものの本質です。
まずは気づいた穴から埋めていって、
そのうち世界中に空いているたくさんの穴を埋めて、
世の中のためになっていく。
それが私のイメージする成長企業です。〉
(2,388文字)



●フィルターバブル インターネットが隠していること

読了した日:2018年8月21日
読んだ方法:図書館で借りる

著者:イーライ・パリサー
出版年:2016年
出版社:ハヤカワ文庫NF

リンク:
http://amzn.asia/gv3u0x3

▼140文字ブリーフィング:

この本は、くっそ面白かったです。
ネット社会の本をこの数年わりと読み漁っていますが、
けっこう毎回引用されるので、
興味をもって手に取りました。

内容が豊富すぎてここで全部解説できませんが、
著者の言う「フィルターバブル」とは何か、
ということだけ解説しておきます。

それは、私たちの日々観ているインターネットというのは、
2009年を境にその性質が変わった、というところから始まります。
この年の12月にグーグルがポリシー変更をしました。
多くの人はそれを見逃しましたが、
これはインターネットの在り方を本質的に変えてしまうほどのものだった。
私たちが検索した単語、クリックした履歴、
閲覧したページやそのページに留まった時間、、、
そういったものがすべて検索サイト(やAmazon、楽天)
に「フィードバック」されるようになった。

これを「フィルター」と呼びます。
そしてフィルターは私たちがインターネットを使えば使うほど、
「私たちに最適化されたフィルター」となる。
つまり、インターネットが、
「私たちが見たいものを先回りして、
 それを見せてくるようになる」わけです。

このプロセスは「再帰的」と言いまして、
無限のポジティブフィードバックのループをもたらします。
そうすると私たちは、
「自らの価値観という泡」の中に閉じ込められてしまう。

これが「フィルターバブル」です。

この「フィルター」から自由でいられる個人は、
たぶんこのメルマガ読者のなかにはいません。
パソコンを一からプログラムできるぐらいの知識があれば、
私たちの行動を追跡し、情報を吸い上げるシステムから、
「脱獄」できますが、そんな人はとっくに、
インターネットの中の世界で働いていますから。

私がかなりショックを受けたのは、
「グーグル検索の結果は、
 検索者によって異なる」ということです。

知ってました??

ヒット件数すら異なるのです。
保守派の思想を持つAさんと、
朝日新聞を購読するBさんとで、
「安倍晋三」を検索した場合、
最初に出てくるページが違うのはもちろんのこと、
「ヒット件数」にまで差が出てくるのです。
これは、かなりショックです。

インターネットは「世の中を見ている」のではなく、
「世の中を見る自分のメガネ」を観ている、
と考えた方が、これからは良さそうです。

以上説明したようなことが、
以下の引用に書かれています。

→P13〜15 
〈2009年12月4日、
グーグルの公式ブログに登場した一文に
注目した人はほとんどいなかった。
 (中略)
この日の朝から、
グーグルは57種類もの「信号(シグナル)」
――ログインの場所や使っているブラウザーから
過去に検索した言葉まで――を使い、
各ユーザーがどういう人物で
どういうサイトを好むのかを推測するようになった。
ログアウトしても検索結果のカスタマイズが行われ、
そのユーザーがクリックする可能性が高いと
推測したページが表示されるのだ。

グーグルの検索は誰に対しても同じ結果を返してくると思う人が多い。
つまり、グーグルの有名なページランクアルゴリズムによる結果
――他ページからのリンクを基準にした権威ある検索結果だ。

2009年12月以降は違う。

いま、返ってくる検索結果はあなたにぴったりだと
グーグルのアルゴリズムが推測したものであり、
他の人はまったく違う結果となっている可能性がある。

規格品のグーグルというものはなくなったのだ。

この結果、大きな違いが生じていることは簡単に確認出来る。
2010年春、メキシコ湾原油流出事故まだ収まっていない頃、
友人二人に「BP」の検索をして貰った。
ふたりは似たようなレベルの教育を受けた左寄りの白人女性で、
米国北東部に住んでいる。

だが、検索結果は大きく異なっていた。
片方が見たのはBPの投資情報、もう片方はニュースだった。
片方は1ページ目に流出事故に関するページへのリンクが含まれていたが、
もう片方はBPの広告以外関連する情報はなかったのだ。

ヒット数さえも大きく異なっていた。

片方は1億8000万、もう片方は1億3900万。

東海岸に住む革新的な女性同士でもこれほど結果が違うのなら、
テキサス州に住み共和党を支持する老人や、
それこそ、日本の会社員とではすさまじい違いになるはずだ。

パーソナライズされたグーグルで「幹細胞」を検索した場合、
幹細胞研究を支持する研究者と
反対する活動家では正反対の結果になるかもしれない。
「気候変動の証拠」でも、環境運動家と石油会社役員では
まったく違う結果になるかもしれない。

調べ物をするとき、
ほとんどの人は検索エンジンを不偏だと考える。
でも、そう思うのは、自分の主義主張へと
少しずつ検索エンジンがすり寄っているからなのかもしれない。
あなたのコンピューターのモニターは
マジックミラーのようなものになりつつある。
あなたがなにをクリックするのかが
鏡の向こうからアルゴリズムに観測され、
自分の興味関心を映すようになっているのだ。

前述したグーグルの発表は、
情報を消費する方法について
水面下で大きな変化が始まったことを意味している。
パーソナライゼーションの時代は
2009年12月4日に幕を開けたと言えるだろう。〉



、、、いかがでしょう?
ぞっとしませんか?

私はぞっとします。
情報源がインターネットだけになったとき、
私たちはどうやって「公正な議論」をするのでしょう?
ある人の検索結果では、
「南京虐殺はひどかった」となっており、
ある人の結果では、
「あれは史実ではない」となっている場合、
その二人はどうやって議論すれば良いのでしょう?

アメリカには未だに、
「オバマがイスラム国の創始者だ」
というトランプが言ったデマを、
信じている人が一定数いるそうですが、
インターネットだけが情報源の場合、
彼らがその事実誤認を訂正する機会は永遠に訪れません。
(2,349文字)



●貧乏も宝物

読了した日:2018年8月22日
読んだ方法:山田風音くんにいただく

著者:ライフストーラー企画(山田シマ子)
出版年:2018年
出版社:ライフストーラー企画

リンク:
https://life-storier.com/

▼140文字ブリーフィング:

先週、私の家に山田風音くんという青年が宿泊してくれました。
彼と最初に出会ったのは去年、伊勢志摩で開催された、
「よにでしセミナー 第一回」においてでした。
彼は「ライフストーラー企画」という会社を立ち上げた、
若手起業家(アントレプレナー)です。
上記リンクのホームページを観ていただければ分かりますが、
この会社は、人の人生のストーリーを聞いて、
それを本にして出版するというサービスを提供しています。
特にクリスチャンの場合、
それこそが「福音の物語」になります。
私もこの会社を応援していますので、
ちょっとでも力になれればいいなーと思っています。

3月に名古屋に立ち寄ったときに、
一冊目の「本」のサンプル(試作品)をいただいていて、
彼が泊まりにくるので読んでおこう、と思い読みました。
(ちなみにこの本、非売品です。
 依頼者によって冊数は異なるのですが、
 依頼者が周囲の人に配ったり売ったりするのは、
 依頼者にお任せし、
 本を指定冊数納品するのがライフストーラー企画の仕事です)

この本の「著者」は山田シマ子さんという女性ですが、
戦後の物のない時代のリアルな生活の様子だとか、
当時の結婚の在り方とか、
日本が右肩上がりに成長していく時代の空気感だとか、
あまり他では聞けない話がたくさんあります。
しかし、もっとも強く感じたのは、
「普通の人生」などない、ということです。

街行く人、人、人は、
記号のように私たちの前を通り過ぎていきますが、
どの一人をピックアップしても、
もし私たちが時間をとって耳を傾け、
山田君がしているようにストーリーに起こすなら、
きっと「特別で唯一の、他にはない人生」に、
私たちは驚くんじゃないか、そう思わされました。

この仕事をするとそういう意味で、
「世界観」が変わりそうです。
終盤の、著者が自分の人生を振り返っている一節を引用します。

→P55〜57 
〈神様を信じていてよかったことは、
頼れるお方がいるっていうことかな。
安心できるっていうか、平安を与えてくれるお方。
不安がないわけじゃないけど、
でも祈ることができるっていう安心感、
神様にいつも守られているっていう安心感。

あと信仰を通して家族がひとつにまとまってきたかなとも思う。
それも、信じて生きることの大きな祝福だと思う。
子どもたちとの関係にしても夫婦の間にしても、
共通のものをもっているわけでしょう、
教会へ行くとか神様との関係を持つとか。
孫たちもそうやって教会につながっていてくれるから、
暗黙の家に共通のものがあるなあっていう安心感があるよね、
別に家で聖書の話しをするわけじゃないけれどもね。

生活の中でイエス様が一緒にいてくれるっていうか、
まぁ、家庭が幸せって言うことよ。
今のところ健康の心配もなくて、
お金の心配もせずにいい家に住ませて貰っているし。
私の子どもの頃は貧乏でいつもお金がなくって、
住む家もおんぼろで冬は寒くて夏は暑くて凄く大変だった。
それを思えば今は天国だよね。

こうやってインタビューして下さって
子ども時代のことをたくさん聞き出してくれたでしょ。
だから最近、自分の子どもの頃住んでいた家なんかを思い出すと、
よくもまあこんなところに住んでたなぁと思うんだわね。
同時にそういう子ども時代のことを思えば、
今はなんて幸せなんだろうと思うわけ。〉
(1,342文字)



▼▼▼リコメンド本「今週の一冊」▼▼▼

紹介した本の中から、
「いちばんオススメだったのは?」という基準でリコメンドします。
「いちばん優れていた本」というよりも、
「いちばんインパクトの大きかった本」という選考基準です。
皆さんの書籍選びの参考にしていただけたら幸いです。


▼今週の一冊:『フィルターバブル インターネットが隠していること』イーライ・パリサー

コメント:

この本は抜群に面白かったです。
先ほどのブリーフィングで、
「見たい世界しか観られなくなる」ことによる、
「民主主義の土台となる公正な議論」が不可能になる、
というリスクを挙げましたが、
他にもたくさんの「フィルターによる障害」が指摘されています。

二つ、ピックアップします。

一つ目は、「思いもよらぬアイディアとの遭遇がなくなる」ことです。

→P126〜127 
〈バージニア大学メディア学科の教授で
グーグルを専門に研究しているシヴァ・ヴァイディアナサンは、
『グーグル化の見えざる代償――ウェブ・書籍・知識・記憶の変容』
にこう書いている。
「学びというのは、その定義から、
自分が知らないこととの遭遇となる。
考えもしなかったこととの遭遇、想像もできないこととの遭遇、
理解などできないこと、とても楽しめないこととの遭遇となる。
なにか別のものとの遭遇――そのような異なるものとの遭遇となる。
インターネットを検索する人と検索結果との間に
グーグルが置こうとしているようなフィルターは、
そのような根源的な遭遇を検索者から隠してしまう」。〉


、、、もう一つは、
「問い」を生み出す能力の退化です。
これは先週のメルマガのQ&Aでも引用した箇所ですね。

→P127 
〈パーソナライズされた環境は
自分が抱いている疑問の解答を探すには便利だが、
視野に入ってもいない疑問や課題を提示してはくれない。
ここからは、パブロ・ピカソの有名な言葉が思い出される
――「コンピューターは役立たずだ。答しか与えてくれない。」〉


、、、最後に、本書の要約的なセンテンスを紹介します。

→P296 
〈本書で私は、あらゆるところにフィルタリングが
組み込まれるようになりつつあり、その結果、
インターネットにおける体験が変わりつつある、
また、最終的に世界自体が変わりつつあると訴えてきた。

その原因は、ユーザーがだれで、なにを好み、
なにを望むのかを判断する力を媒体が初めて持ったからだ。
コードによるパーソナライゼーションは
常にジャストフィットとは限らないが、
適切な広告を提示し、また、我々が読み、
閲覧し、聞く内容を調整して利益を持たせる程度には正確である

その結果、インターネットは圧倒されるほど
豊富な情報源や選択肢を提供してくれているというのに、
我々はフィルターバブルに包まれ、
その大半を気づかずに過ごしてしまう。

インターネットは自らのアイデンティティを育て、
さまざまなことをトライするチャンスを提供してくれているというのに、
パーソナライゼーションという経済性の追求は
個性を不変なものにさせようとする。

インターネットによって知識やコントロールが
分散する可能性があるというのに、実際には、
我々が何を見てどういうチャンスを手にできるのかといった選択が
かつてないほど小数の人の手に集中しつつある。〉



▼▼▼部門賞▼▼▼

ご紹介した書籍の中から、
陣内の独断と偏見で、
「○○賞」という形で、
特筆すべき本をピックアップします。
こちらも何かのご参考にしてくだされば幸いです。

▼「ライフストーラー賞」:『貧乏も宝物』山田シマ子

コメント:

山田シマ子さんの人生に触れ、
じんわりと心温まりました。
風音くんはいま、
広島の被爆者の方のお話を聞いているそうです。
日本における「世代から世代への精神的な遺産の継承」という意味で、
ライフストーラー企画のような働きはとても大きな意味を持ちます。

とかく、土地や金融資産の遺産相続ばかりがビジネスになりますが、
「精神的な遺産相続」は本当はもっと大切なはずです。
お近くに本を出版してみたい方がいらっしゃいましたら、
ライフストーラー企画にご一報を。
一回目のインタビューのための、
インタビュアーの交通費は無料です(宣伝)。

陣内が先週読んだ本 『ヒキコモリ漂流記』他12冊

2018.12.17 Monday

+++vol.052 2018年月14日配信号+++

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
■2 陣内が先週読んだ本 
期間:2018年7月第四週〜8月第二週 7月22日〜8月11日
::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::

先週私が読んだ本(読み終わった本)を紹介していきます。
一週間に一冊も本を読まない、
ということは、病気で文字が読めなかった数ヶ月を除くと、
ここ数年あまり記憶にないですから、
このコーナーは、当メルマガの
レギュラーコーナー的にしていきたいと思っています。
何も読まなかった、という週は、、、
まぁ、そのとき考えます笑。

ただ紹介するのも面白みがないので、
twitterに準じて、
140文字で「ブリーフィング」します。
「超要約」ですね。
(どうしても140字を超えちゃうこともあります。
 140文字はあくまで「努力目標」と捉えてください笑。)

忙しい皆さんになり代わって、
私が読んだ本の内容を圧縮して紹介できればと思います。
ここで紹介した本や著者、テーマなどについて、
Q&Aコーナーにて質問くださったりしたら、
とても嬉しいです。



●数学を使わない数学の講義

読了した日:2018年7月24日
読んだ方法:図書館で借りる

著者:小室直樹
出版年:2005年
出版社:ワック出版

リンク:
http://amzn.asia/ijBzMPl

▼140文字ブリーフィング:

小室直樹は、橋爪大三郎とか宮台真司などの「師匠」である、
「知の巨人」といいますか、「大知識人」です。
東大の教授をしていました。
彼の書くものを2年前ぐらいから読み始めました。
どれも面白いですが、
『日本人のための憲法原論』
『日本人のための宗教原論』
の2冊が特にオススメです。

彼の主張はこのようなものです。

今の日本を近代国家たらしめている、
「立憲主義」とか「民主政治」とか、
「法の支配」とか、「契約の概念」とか、
そういったことは全部、
西洋の一神教(具体的にはユダヤ・キリスト教)から生まれている。
ところがそもそも日本にはその、
一神教的コスモロジー(宇宙論)という前提がないため、
制度だけを「和魂洋才」的に採り入れても、
上手く機能しない。

こういったことを小室さんは、丁寧に説明してくれます。
古くは山本七平や丸山真男が語っていたことですが、
この論は未だに有効です。
日大や日本ボクシング協会、
そして自民党や財務省・文科省の問題に共通するのは、
「ガバナンス問題」です。
「ガバナンス」とは直訳で「統治」ですが、
「その組織の意志決定の透明性や公平性を担保するための、
 一連の制度的構造」がもっと精確な使われ方です。
毎回この長い説明をするのが面倒なので、
「ガバナンス」と一言で言うのは便利です。
カタカナ英語は何でも使えばいいわけではないですが、
こういった、日本語にはない言葉は、
やはりカタカナ英語が便利です。
「インテグリティ」などもそうですね。

話しがそれましたが、
この「ガバナンス問題」も、
広い意味で小室直樹が指摘している、
「一神教に基づく契約の概念・性悪説・法治主義」
が浸透していないところに、
「理事会」「定款」「評議委員」などの、
民主的な意志決定機構を準用すると、
アジア的な「人治政治」が、
制度を呑み込んでいき、
「ひとりのボス(及びその取り巻き)」が、
すべてを牛耳る状況を誰も止められない、
ということになる。

、、、で、この本。

先に紹介した2冊ほどにはオススメではないですが、
小室直樹は立憲主義や契約の概念などをさらにさかのぼると、
「そもそも」数学に行き着く、と主張します。
数学的センス(論理的思考)こそが、
実はこういった「西洋の制度」の通奏低音にはある。
ユーグリッドの「原論」だとか、
アリストテレスの論理学ですね。
小室先生は、人生をかけて日本人に呼びかけたのだけど、
あ、こりゃ聞いてもらえないわ、と思ったのでしょうね。
「西洋の一神教とか、もういいです。
 理解しなくても。
 でも、少なくともこれをまず理解しましょうよ。
 それは『数学』です。
 数学なら分かるでしょ。
 数学的(論理的)に思考するって、
 こういうことですよ。」
と、幼稚園児に語るような気持ちで、
この本を書いたのだろう、と私は心中を察します。

、、、「数学と社会、何の関係があるんだよ!!」
と思われる方もいるかもしれません。

、、、大ありです。

「数学的(論理的)思考」ができるかどうかが、
今の日大やボクシング協会や「モリカケ問題」のような、
「ガバナンスの破綻」に対抗する「知的ワクチン」だからです。

、、、なぜ?

それはこの本を読めば分かります。
(1,225文字)



●シュタイナー教育入門 現代日本の教育への提言

読了した日:2018年7月24日
読んだ方法:図書館で借りる

著者:高橋巌
出版年:1984年
出版社:角川選書

リンク:
http://amzn.asia/44qo8I1

▼140文字ブリーフィング:

この本は、前半が特に面白かったです。
「シュタイナー教育」という、
「子どもの内発的学習意欲」を育てる教育思想があるのですが、
これを、古代ギリシャから現代にまで至る、
「教育史」のなかに、
本の半分を割いて位置づけるところから始まります。

ラーメンの本が、
「そもそも人類が小麦を食べ始めたのは、、、」
という書き出しで始まるようなものです。
私はこういう「そもそも論」から語り起こす本が大好物ですから、
序章を読んだ段階で「期待できる」と思いました。

著者の高橋さんが指摘しているのは、
シュタイナー教育とは、
「ローマ的な思想に基づく近代知識教育」から、
「古代ギリシャ的思想に基づく包括的教育」への、
「復古運動(ルネッサンス)」なのだ、ということです。

教育における、
ローマ的なるものと、ギリシャ的なるもの、
この対比が面白かったので引用します。

→P37 
〈ギリシアの場合には、
七歳から、十四、五歳まで体育教師の下で体育を学んだのですが、
ローマでは十五歳から二十歳の頃に
集中的にレトール(弁論教師)によって
レトリックが学ばれることになります。

もちろんローマでも七歳からの教育があります。
しかし、そのときには何を学ぶかというと、
読み方、書き方、計算、暗誦などです。
基本的には今の教育と同じ教育をローマからするようになるのです。

このことをどう考えたら良いかというと、
ローマの時代に人間の意識にかなり大きな変化が生じまして、
もはや、ギリシアのように、
肉体と魂が一つだという考え方が成り立たなくなってしまったのです。
ですから魂そのものを教育しようと考えるようになるわけです。
肉体だけが発達しても魂は発達しない、
という一種のペシミズムが興ってくるのです。

それにはキリスト教の影響も考えられます。
キリスト教は、肉体と魂を分離させるのに、
非常に大きな役割を果たしました。
肉体の思想と霊の思想は、はっきり違うと考えたのです。

肉体が発達すると、エゴイズムが強くなり、神の国から遠くなる、
という考え方も出てきますから、
魂そのものを純粋に育成しなければいけないと考えるようになってくるのです。
そして魂は肉体の影響をできるだけ受けずに済むように、
そして肉体を支配できるようにという考え方が、
中世、またはローマから出てくるわけです。

最初ローマは功利主義の立場から、
社会生活を有効に営むのに、
魂が肉体をどう支配したら良いか、と考えるのですが、
中世になるともっと宗教的になります。
神の国を実現するために、
魂が肉体をどう支配すれば良いかと考えますから、
今度は肉体に対しては禁欲とか、
苦行とかが問題になってくるわけです。
方向が逆転するわけです。〉



、、、高橋さんがここで言っているのはつまり、
ギリシャにおいては教育は「心と体はひとつ」という前提に基づいていた。
ローマにおいては教育は「心と体が別々」という前提に変化した。
ということです。
この前提の違いによって何が変わったか?
ギリシャでは、「体育」と「無意識の教育」が優先されました。
「体育」と言っても軍隊のような体育ではなく、
踊りや歌や武道です。

ところがローマではキリスト教の「霊肉二元論」の影響もあり、
「肉体は意識の支配下に置かれるべし」と変わりましたから、
「知識偏重教育」になるのです。
「正しい知識を詰め込みさえすれば、
 自然に正しい行動をするようになるだろう。」
ということです。
ここでは、ギリシャの教育にあった、
歌や踊りなどの「遊び」の概念は排除されます。

、、、さて、近代の教育はどちらに近いか。

そうです。
お察しのとおり、ローマに近いのです。
これは近代教育の出自を考えれば分かります。
近代産業国家は、工場で働く労働者や、
自国の軍隊の兵士となる人材を、
安定的に供給する必要があった。
彼らには同じことばを喋って貰わないと困るし、
四則演算ができて貰わないと困る。
また、上の身分の人に従属するという行動規範も欲しい。

、、、そうして作られたのが私たちの知る「学校」です。
学校の体育座りやランドセルは軍隊から来ていますが、
それはそのはずなのです。
だって、作られた理由がそうなのですから。

シュタイナー教育は、
「近代のローマ的教育」から、
「ギリシャ的な包括的教育」への復古運動だ、
というのはそのような意味においてです。

リベラルアーツ(一般教養)というアイディアも、
実は専門知識教育を重視するローマ的なものと比較すると、
包括的であり、「ギリシャ的」です。
日本の現政権はリベラルアーツ的なものを嫌悪し、
専門知識教育に大きく舵を切っています。
無意識でしょうが、今の政権は、
とても「近代産業国家的」なのです。
明治の「殖産興業・富国強兵」への、
「先祖返り」が起きています。

あくまで個人的な意見ですが、
この動きには私は、断固反対します。
理由は、長期的にはこの傾向は、
国力を衰退させるからです。

これからの時代は
「こういう人材を作ると国が富む」という、
方程式に当てはまらないような「珍種」をいかに多く生むかが、
イノベーションの種を蒔くことになり、
生き残りにつながるからです。
だから昨今の文部省(と官邸)の腐り具合には、
本当に辟易としているのです。

本当に「クソ食らえ」と思います。
もう一度言います。
「クソを、食らえ。」
(2,111文字)



●モチベーション3.0

読了した日:2018年7月27日
読んだ方法:Kindleで電子書籍購入

著者:ダニエル・ピンク
出版年:2015年
出版社:講談社

リンク:
http://amzn.asia/ctTEOsm

▼140文字ブリーフィング:

この本は有名なのでご存じの方も多いかもしれません。
各所で引用されています。
人間の「働き方の歴史」を考えた時に、
古代から中世、近世にかけては、
農業を中心とする世襲制の職業的身分制度があったため、
「人間の働き方」は、長いこと変わりませんでした。
弥生時代の労働と、鎌倉時代の労働は、
さほど大きくは変わらなかった、ということです。
この時代の「仕事の動機付け」を、
「モチベーション1.0」としましょう。

産業革命はすべてを変えました。
農家や靴職人のような働き方は人口の1割以下になり、
二次産業(工場での仕事)や、
政府に代表される官僚(テクノクラートとビュロクラート)のような、
「ある時間内に規定の仕事を規定のやり方でする」
という働き方が主流になった。
この時代に、「仕事の動機付け」はバージョンアップした、
と著者は話しを進めます。
「モチベーション2.0」です。
これは、一言で言うと、「アメとムチ」です。
怠惰な労働者や効率の悪いホワイトカラーには懲罰を、
勤勉な労働者や生産性の高いホワイトカラーには金銭的報酬を、
ということです。

実は今、「産業革命以来の労働革命」が進行中なのでは?
というのは、多くの人が指摘していることですが、
著者ダニエル・ピンクもそれを支持します。
そして、産業革命以降、200年ほど続いた、
「アメとムチ」の動機付けが、
21世紀以降の世界では通用しなくなるどころか、
むしろ仕事にとってマイナスになるのでは?
という指摘をしているのが本書です。
この時代には「モチベーション3.0」が必要なのでは?
ということです。

それはいったいいかなるものなのか?

まず、現代の労働革命とは何なのか?
から解説しましょう。
それは一言で、仕事が「アルゴリズム的なもの」から、
「ヒューリスティック的なもの」へと変遷してきている、
ということです。

引用します。


→位置No.549 
〈行動科学者は、仕事と勉強を、
「アルゴリズム」(段階的手法またはルーティンワーク)と
「ヒューリスティック」(発見的方法)の二つに分類することが多い。

アルゴリズム的な仕事とは、
一つの結論に至る一本の道を、
実証された指示に従ってたどる類の仕事だ。
つまり、解決にはアルゴリズムが存在する。

ヒューリスティックな仕事は逆だ。
解決にアルゴリズムが存在しないからこそ、
可能性を試行錯誤して新たな解決策を考案する必要がある。

スーパーの仕事は、たいていアルゴリズム的な仕事だ。
ほとんど同じことを、何度も何度も一定の方法で行う。
広告キャンペーンの企画は、大概ヒューリスティックだ。
何か新しいアイディアを生み出さなくてはならない。〉



、、、アルゴリズムとヒューリスティックの違い、
ご理解いただけたでしょうか?
「計算ドリル」はアルゴリズムです。
「クラスで協力して演劇を作る」はヒューリスティックです。
「センター試験」はアルゴリズムで、
「実社会で生き抜く」はヒューリスティックです。
前者は正解へのパターンがひとつですが、
後者の「正解」は無数にあります。
前者は「解答」があり、
後者には「答え」がありません。

、、、で、「ポスト近代工業社会」である現代では、
仕事はますますアルゴリズム的なものから、
ヒューリスティック的なものに置換されていくだろう、
と著者は言っています。
私もそうなるだろうな、と思います。

なぜか?

アルゴリズムは、人工知能が最も得意とするところだからです。
これらはAIに代替可能です。
しかし、ヒューリスティックな仕事は、
その原理からしてAIに代替不能です。
コンピュータというのは0と1の二進法ですから、
「0と1の間に無数の正解がある」、
ヒューリスティックな世界は、
AIには見えないのです。
このへんのことは、新井紀子さんの、
『AI VS 教科書の読めない子どもたち』
という本に詳しいです。
(この本、AI関連の本ではバツグンに分かりやすく内容も濃いです。
 AIに興味ある人には、是非オススメです。)

▼参考リンク:『AI VS 教科書の読めない子どもたち』
http://amzn.asia/cbeiDq8


、、、話しを戻します。
では、何が問題なのか?
世の中はヒューリスティックな仕事を、
今後ますます必要とするようになるが、
企業や国や官僚は、
いまだに「モチベーション2.0」の呪縛から抜け出せていない、
ということにあります。

労働者はもはや「モチベーション2.0」では動かないのに、
経営者や国家は、「人間はアメとムチで動くに違いない」
という思い込みを捨てられない。
ヒューリスティックな仕事に必要なのは、
新しいタイプの動機付け、
つまり「モチベーション3.0」なのです。

引用します。

→位置No.570 
〈ハーバード・ビジネススクールのテレサ・アマビルなどの研究者は、
外的な報酬と罰――つまりアメとムチ――は、
アルゴリズム的な仕事には効果を発揮するが、
ヒューリスティックな仕事には、
むしろマイナスに作用する恐れがあると気づいた。

この種の課題――新たな問題を解決したり、
独創性に富んだ製品を創造することなど――は、
ハーロウの唱えた第三の動機付けに頼るところが大きいからだ。
アマビルはこれを、創造性に関する〈内発的動機付けの法則〉と呼び、
「内発的動機付けは創造性につながり、
統制された外発的な動機付けは創造性を奪う」と主張した。
言い換えれば、〈モチベーション2.0〉の核となる信条は、
現代経済が依存するヒューリスティックな、
右脳的な仕事に”有害”な影響を及ぼしかねないと言うことだ。〉



、、、どうでしょう。
これは実験によって立証されています。
「ローソク問題」というのがあります。

▼参考リンク:ローソク問題
https://cdn-ak.f.st-hatena.com/images/fotolife/P/PARM/20160831/20160831223740.jpg

机の上にマッチ箱、マッチ、画びょう、
ローソクが置いてあります。
問題は
「これらの道具を用いて、
 ローソクが机に付かないように、
 ローソクに火を付けてください」
というものです。

、、、皆さんも考えてみてください。

このタイプの問題は「アルゴリズム」ではなく、
「ヒューリスティック」です。

考えてみた方に、
「答え」をお見せします。

▼ローソク問題解答
https://cdn-ak.f.st-hatena.com/images/fotolife/P/PARM/20160831/20160831212106.jpg



、、、「なーんだ」と思うでしょ。
そうです。
この手の問題は、
「なーんだ」と思うのです。
でもその「ワンアイディア(ひらめき)」が、
問題を解決する。
そのひらめきはアルゴリズム的な努力によっては得られず、
ヒューリスティックなひらめきによってもたらされる。

「コロンブスの卵」は、
ヒューリスティックの話しなのです。

、、、ここからが大切なところです。
本書に、プリンストン大学の心理学者、
サム・グラックスバーグが行った実験が紹介されています。
彼はこの「ローソク問題」を二つのグループに解いてもらい、
解決までの時間を計りました。

ひとつめのグループ(グループA)には、
「この実験は、この種の問題解決に、
 通常どのぐらいの時間がかかるかの調査のためです」
と伝えました。
もうひとつのグループ(グループB)には、
「かかった時間が上位25%に入っていたら、
 賞金として5ドルが、
 グループで1番早かったら、
 20ドルが与えられます。」
とアナウンスしました。

つまりグループAとグループBの違いは、
「金銭的なインセンティブの有無」です。

実験結果はどうなったと思いますか?

、、、引用します。

→位置No.800
〈インセンティブを提示されたグループは、
もう片方のグループと比べてどのくらい早く解いたのだろうか?
平均すると、実はほぼ三分半長くかかった。
もう片方のグループより、三分半遅かったのだ
(ビジネスパーソンにこの結果を伝えると、
必ずと言って良いほど、
ショックのあまり大きく息をのむ音が聞こえる)。〉



、、、金銭的インセンティブは、
ローソク問題を解くに当たって、
効率性を上げるのではなく、下げたのです。
金銭的報酬のないグループAよりも、
金銭的な報酬を示されたグループBのほうが、
3分半も長くかかってしまったのですから。

その理由は何か?
これも引用します。


→位置No.810
〈〈モチベーション2.0〉の中心となる信条とは相反して、
思考の明晰さと創造性の向上を意図したはずのインセンティブが、
かえって思考を混乱させ、創造性を鈍らせたのだ。
どうしてなのだろう。
報酬には本来、焦点を狭める性質が備わっている。
解決への道筋がはっきりしている場合には、この性質は役立つ。
前方を見据え、全速力で走るには有効だろう。

だが、「交換条件付き」の動機付けは、
ロウソクの問題のように発想が問われる課題には、
まったく向いていない。

この実験結果から分かるように、広い視野で考えれば、
見慣れたものに新たな用途を見つけられたかもしれないのに、
報酬により焦点が絞られたせいで
功を焦ってそれができなかったのである。
既存の問題を解決するのではなく、
新しいことを次々と応用する必要がある課題に対して、
これと似たような現象が起こるようだ。〉



、、、さて、
これからの社会では、
「解決の道筋がはっきりしている問題を解くような労働」と、
「新しいことを次々と応用する必要があるような労働」の、
どちらが大切になってくるでしょうか?

もちろん後者です。

前者はいわゆる「コスト部門」と呼ばれる、
企業でいうと人事部、総務部、経理部などの、
ホワイトカラーの労働です。
これらの部門は近未来に人工知能によって駆逐されます。
では、人間が働く領域はどこに残されるのか?
それが「ロウソク問題を解くような労働」なのです。

そして、「アメとムチの動機付け」は、
逆に効率性を下げてしまうということが分かった。
では、どうすれば良いのか??

文字数が足りなくなってきたので、
キーワードだけご紹介します。
1.自律性(仕事それ自体を楽しむ)
2.マスタリー(熟達)
3.自己を超えた目的
です。

本書は親切にも、
本書の内容を短く他者に伝えるためのまとめを、
ツイッター用のサイズと、
カクテルパーティー向けのサイズに、
要約してくれています。
それを引用したいと思います。

→位置No.3288 
・ツィッター向けのまとめ
「アメとムチは前世紀の遺物。
〈モチベーション3.0〉によると、
21世紀の現場では、〈自律性〉〈マスタリー〉〈目的〉へと
アップグレードが必要。」

・カクテルパーティー向けのまとめ
「モチベーションの話となると、
科学の知識とビジネスの現場にはギャップがある。
ビジネスにおける現在の基本ソフト(OS)は、
外部から与えられているアメとムチ式の動機付けを中心に構築されている。
これはうまくいかないし、有害な場合も多い。
アップグレードが必要なんだ。
科学者たちの研究成果がその方法を示している。
この新しいアプローチには三つの重要な要素がある。
一つは〈自律性 オートノミー〉
――自分の人生を自ら導きたいという欲求のこと。
二番目は〈マスタリー(熟達)〉
――自分にとって意味のあることを上達させたいという衝動のこと。
三番目は〈目的〉
――自分よりも大きいこと、
自分の利益を超えたことのために活動したい、
という切なる思いのことだ。」
(4,402文字)



●暴力の世界で柔和に生きる

読了した日:2018年7月28日
読んだ方法:Amazonで書籍購入

著者:スタンリー・ハワーワス、ジャン・バニエ
出版年:2018年
出版社:日本基督教団出版局

リンク:
http://amzn.asia/ayp6MRd

▼140文字ブリーフィング:

この本もすごかったです。
年間ベスト10に入る可能性が高いですね。
ジャン・バニエは「ラルシュ」という、
障がい者のためのコミューン
(共同生活をする相互扶助の共同体)を始めた、
フランス系カナダ人で、ヘンリ・ナウエンや、
ジェームズ・フーストンらとも交流のある、
「知る人ぞ知る思想家であり実践家」です。

彼の「人間になる」は名著です。

▼参考リンク:『人間になる』ジャン・バニエ
http://amzn.asia/dKH8ffP

共著者のスタンリー・ハワーワスは、
現代アメリカの最高の神学者のひとりです。
この本を読んで知ったのですが、
ハワーワスはこれまでバニエに会ったことがなかったけれど、
自らの神学を構築する上で、「ラルシュ共同体」の実践と、
バニエがしていることというのは、
とても大切な「カギ」を握っていると直観しており、
彼はいろんな場所でラルシュについて書いてきたそうです。

ハワーワスは、ラルシュの実践を、
「神学的に言語化」するということを、
人生の使命のひとつと思っている節があり、
本書はそのような両者が交互に章を記すという、
非常に面白い試みです。

本書についてはあと1万字ぐらい書けますが笑、
著しく文字数が足りなくなってきたので、
本書のなかで私がもっとも好きだった一節を引用し、
簡単に解説するにとどめたいと思います。
ちなみにこの箇所はバニエのパートです。


→P14 
〈数年前、わたしは「牧会ケア」の授業を担当していました。
それは、通信教育のプログラムで、
アバディーンで授業に出席している人以外は、
イギリス各地の電話口にいます。

そのような状況において、そのクラスは、
多様な背景と考え方を持つ人たちが参加していました。
そこに目が見えない人と、
重度の聴覚障がいのために手話通訳を介して話していた人がいました。
あるときの授業で、学生たちが
自分のさまざまな霊的(スピリチュアル)な
経験の分かち合いをしていました。

耳の聞こえない女性、アンジェラは、
彼女が見た夢について話し始めました。
その夢の中で、イエスに天の国でお会いしたというのです。
イエスとしばらくの間会話をしたのですが、
あのときの平安と喜びはそれまで全く経験したことがないものだった、
と彼女は語ってくれました。

「イエス様は、ほんとうにわたしが思い描いていたとおりの方でした」。
さらに、このように続けました。
「そしてね、イエス様の手話はほんとうにすてきだったの!」
アンジェラにとって、天の国の完全の中には、
自分の聴覚障がいが「治る」ということは入っていなかったのです。

むしろ、天の国は、彼女の現在の生活を制約している社会的、関係的、
そしてコミュニケーションの障壁がもはや存在しない場所でした。
それまでは「障がい」と呼ばれていたものが、
いまや社会の標準となったのです。
それまでは排除や不安や機会損失につながっていたものが、
いまや、イエスが彼女に語りかける、まさにその手段となったのです。
アンジェラの物語を聞くにつれて、
わたしたちの心は新たにされます(ローマ12:2)〉



、、、解説はほぼ不要だと思います。
「完璧な場所である天国」において、
アンジェラの聴覚障がいが「治っていなかった」
ということは私たちの世界観を揺るがします。

「私たちが思う完璧」と、
「神の完全」は違うのかもしれません。
「神の国」は、すべての障がい者が「いなくなる」のではなく、
障がい者が生きづらいと感じる「社会の側の病」が癒やされ、
障害(と勝手に人間が思ってるだけかもしれない)という名の、
「個性」(アンジェラの場合音ではなく手話で会話できるという)が、
輝く場所なのかもしれません。
(1,481文字)



●HUNTER×HUNTER 11〜35巻

読了した日:2018年7月27日
読んだ方法:ともおくんに借りる

著者:冨樫義博
出版年:1999〜2018年
出版社:集英社

リンク:
http://amzn.asia/fBNWBwf

▼140文字ブリーフィング:

ともおくんに借りていたHUNTER×HUNTER、
一気に読みました。1週間ぐらいで。
面白かったー。

数年ぶりに、漫画を一気読みしました。

HUNTER×HUNTERのすごいのは、
11巻以降のこの25冊が出るのに、
約20年かかっているところです。

同じ週刊少年ジャンプの、
たとえばスラムダンクは31巻ありますが、
連載期間は7年間です。

HUNTER×HUNTERの11巻が出たのは、
なんと私が大学三年生のときです。
35巻は今年出ました。

すごいペースです。
まぁ、漫画家は命を削って書いていて、
そのすさまじい競争ゆえに働き過ぎだと思いますので、
本当はみんなが富樫さんぐらいのペースでできるようになると、
「才能の枯渇」を防ぎ、
「才能の保存」につながると私は個人的に思います。
あまりのプレッシャーと激務で精神を病んだり、
自殺してしまう漫画家も少なくないと聞きますし。

めちゃくちゃ長いことかけて書いているという点以外では、
ストーリーテリングの巧さにも感服します。
冨樫義博は、「神」として、
「将棋のコマ」である登場人物を動かすのではなく、
「登場人物の内在的論理に入り込んで勝手に動くのを楽しんでいる」
タイプの作家だと思います。
物語が多声的で躍動感があります。

これはドストエフスキーの系譜であり、
村上春樹や井上雄彦が言っていたこととも似ています。
作家は登場人物を「召還」するのではありません。
登場人物たちが生きる世界に「降りていき」、
彼らの声に耳を澄ますのです。
そうすると、彼らが次に何を言うか、
何をするかが分かってくる。

漫画でも小説でも、
そういう「書き方」ができる作家は一流です。
(659文字)



●戦争と平和

読了した日:2018年7月28日
読んだ方法:図書館で借りる

著者:百田尚樹
出版年:2017年
出版社:新潮新書

リンク:
http://amzn.asia/9kwd2rR

▼140文字ブリーフィング:

百田尚樹の最近のツィッターでの発言には辟易としています。
脳に虫がわいているのではないでしょうか笑。
しかし、彼の書いた「永遠の0」は面白かったですし、
彼のつくる「探偵!ナイトスクープ」は最高です。

私の考えは彼の思想性とまったく相容れませんが、
時々、彼の書いたものを読みます。
「彼に象徴される、ネット右翼的言説の背後に、
 どんな内在的論理があるのだろう??」
ということに興味があるからです。
いったん自分の意見は留保し、
相手の靴を履き、相手のメガネで世界を見るのです。

あらゆる問題についてこの態度が必要です。
「自分の考えをサポートしてくれる本」ばかり読んだり、
「自分の考えを支持してくれるウェブサイト」ばかり閲覧してくると、
思考回路が固定化され、考えが深まることがありませんから。

、、、というわけで、
百田尚樹が書いたこの手の本を、
今回も手にとったのです。

第一章は零戦とグラマン戦闘機を比較したりして、
日米の戦争思想(米国の合理性と日本人の言霊信仰的な非合理生)
の対比があって面白く読めました。
山本七平にも通ずるものがあります。

第二章は「永遠の0」に関する自慢話で、
第三章は、日本国憲法を変えた方が良いというアジテートと、
うすっぺらなGHQ批判です。

まったく話題に統合性がなくてびっくりしました。
第一章は面白いです。
第二章は喫茶店でやってくれ。
第三章に関しては、彼の憲法改正論については部分的に賛成できるが、
そもそも憲法が「どちらからどちらに向いているか」
という「憲法観」に関する議論はありません。
「立憲主義」の理解が彼にはあまりないようです。
残念でした。

憲法九条に関して言いますと、
今までで私が読んだ中で最も筋の通った憲法議論は、
小室直樹の理論と、井上達夫の「九条削除論」でした。
「憲法を聖典化」し、「神聖不可侵のものとする」みたいな、
極端な左派の言説に私はついていけないし、
逆に「九条があるから日本はすべておかしいんだ」みたいな、
櫻井よしこ的なぶっとんだ議論にもついて行けません。

まずはホッブスの「リヴァイアサン」とかから考えないと、
憲法は話し始められないと思うからです。
(872文字)



●関トレ

読了した日:2018年7月30日
読んだ方法:図書館で借りる(ななめ読み)

著者:笹川大瑛
出版年:2018年
出版社:朝日新聞出版

リンク:
http://amzn.asia/6TKMq6Y

▼140文字ブリーフィング:

関節を守る筋肉をピンポイントで鍛えると、
運動のパフォーマンスが上がる、という話です。
理学療法士の著者が論理的に解説しています。
正直、実践しようという気持ちに今のところなりませんでした。
興味深い話ではあるので、
今後スポーツをしていて故障などをしたら、
思い出して実践するかもしれません。
(141文字)



●ヒキコモリ漂流記

読了した日:2018年7月30日
読んだ方法:図書館で借りる

著者:山田ルイ53世
出版年:2015年
出版社:マガジンハウス

リンク:
http://amzn.asia/gP1SrQy

▼140文字ブリーフィング:

著者は「髭男爵」というお笑いコンビの、
「髭の方」。山田ルイ53世です。
彼の書いた「一発屋芸人列伝」を先日Kindleで購入して読みました。
それが非常に面白かったので、こちらを手に取りました。
彼の半生を記した自伝です。

しょうもない親父、しょうもない母親、
しょうもないプライドだけが高く実力はない両親の元で、
しょうもないプライドとひねくれた心を持つに至った、
「何も持たない男」の魂の叫びがここにあります。
圧倒的な筆力に感動させられました。

西村賢太氏が芥川賞を受賞し、
映画化もされた『苦役列車』という小説があります。
本書は芸人が書く「苦役列車」とでも言えるでしょうか。

『苦役列車』も以前読みましたが、
こちらのほうが笑いがあって私は好きです。
両方とも何の救いもない話しなのですが、
こちらのほうは「笑い」が救済になっています。

漫画『最強伝説 黒沢』の黒沢は、
途中からキリストに見えてくるのですが
(この話しはいつか別のところでします)、
彼もそういうところがあります。
このギリギリの人生を、「自己相対化」できているのは、
本当にすごいことだと思います。。
地頭が良い人です。
文章も巧いし。

彼はあらゆるものに恵まれなかった人です。
ある意味、暖かい人々に恵まれた、
『ホームレス中学生』の田村裕よりも恵まれていないかもしれない。
しかし、それが彼をして、文章の天才たらしめたのかもしれないと、
この本を読むと思わされます。
彼のスティグマ(困難)こそが、
彼の生きる力の源泉になっています。
「アドラーのくる病」が、ここにもあります。

最後に「あとがき」から引用します。


→P256 
〈もう、四十歳。
 これまでの自分の人生を振り返ってみると、
 これはもう明らかに、弁解の余地なく、「失敗」している。

「中学受験に合格」
→「中学校で留年」
→「引きこもる」
→「苦し紛れに高校受験するも、不合格」
→「五年間、二十歳まで引きこもる」
→「大検取得」
→「大学合格」
→「二年足らずで失踪」
→「上京」
→「芸人として、下積み生活始まる」
→「借金で首回らなくなる」
→「債務整理」
→「やっと一回売れる!!」

・・・そして「今」である。
こんなに嫌なマスが多いスゴロクも珍しい。
「サイコロ」の方もおかしい。
こんなに出目に偏りがあって良いのだろうか?
ここ数年に至っては、サイコロ自体紛失した。
一向に、次のマスに進めない。

それでも、粛々と生きていくしかない。
別に悲観しているとか、諦めているとかそういうことでもない。
「そんな人生だな・・・」というだけだ。
お笑い芸人なんて仕事をしているのに、
これは致命傷だが、そもそも人間が苦手だ。

人間関係の一番の基本と言えば当然「親子関係」だが、
そもそもそこからして失敗している。
例えば、この二十年で考えても、両親に二回ぐらいしか会っていない。
(中略)
自分でもなぜそんな風になってしまったのか分からない。
ただただ、「そんな家族」だということだろう。〉



、、、ほらね。
救いがないでしょ。
「安っぽい救済」に逃げないところに、
私は尊敬を覚えます。
本当の救済は、安物の救済を拒絶するところから始まるからです。
(1,264)




●心が雨漏りする日には

読了した日:2018年8月3日
読んだ方法:図書館で借りる

著者:中島らも
出版年:2002年
出版社:青春出版社

リンク:
http://amzn.asia/7SNH6MD

▼140文字ブリーフィング:

文字数が著しく足りなくなってきましたので、
ここからの解説は駆け足で行きます。

弟が中島らもの書くものが面白い、
と前から言っていたので、今回初めて手に取ってみました。
彼はアル中で躁鬱病を患っていました。
最後は泥酔して階段から落ちて52歳で死んでしまいましたが、
彼はIQが180あったそうです。
灘校出身の明らかな「天才」です。
頭が良すぎてそれが「生きづらさ」になり、
アルコールと躁鬱につながるというパターンです。
珍しいことではありません。

頭が良くなさ過ぎても「生きづらさ」につながりますが、
頭が良すぎても「生きづらさ」につながります。
あまり指摘されることがありませんが。

ベルカーブと呼ばれる「標準偏差曲線」というのがありますが、
そのちょうど真ん中ぐらいが一番生きやすいように、
世の中というのは設計されているものなので、
それは当たり前なのです。

太りすぎていても「生きづらい」ですが、
やせすぎていても「生きづらい」でしょ。
それと同じです。
身長140センチ台の男性は結構たいへんですが、
身長210センチ台の男性も結構たいへんなのです。

自分の子どもに天才であってほしいという親は、
子どもの本当の幸せを望んでいることになるのかどうか疑問です。
子どもが小錦のような体型だと、
それはひとつの「才能」ではあるけれど、
いろんな犠牲も出てくるよ、という話しです。
幸せだけを願うなら「ほどほどの頭脳」を望むのが「正解」です。
まぁ、子どもというのは親の願ったようにはならず、
神の願うとおりになりますから、
この議論自体がするだけ無駄なのですが笑。

彼は頭がずば抜けて良いので、
自らのアルコール依存症と躁鬱病を、
完全に醒めた視点で語ります。
これはなかなかできないことです。
引用します。

→P106 
〈ただ酒のほうは静かに再開されていた。
 人と一緒に楽しく飲む酒ではない。
食事がおいしく食べられるからとか、
ストレスを発散させるためという酒ではないのだ。
ただ酒のための酒。なんの目的もない酒である。

 自分一人で時間を潰すことができる能力のことを「教養」というと、
どこかに書いたことがある。
自説に従えば、おれには教養がないのだ。
酒を飲まなくてはどうにも時間を消費できない。
ひとりでいる時間には、
ウィスキーのボトルを手放せなくなっていた。〉
(720文字)



●我が一家全員死刑 福岡県大牟田市4人殺害事件 死刑囚 獄中記

読了した日:2018年8月6日
読んだ方法:図書館で借りる

著者:鈴木智彦
出版年:2014年
出版社:コア新書

リンク:
http://amzn.asia/6WSHnyT

▼140文字ブリーフィング:

この本は映画化され、『全員死刑』というタイトルで公開されました。
映画は未見なのですが、ちょっと興味をもって本を手に取りました。

家族3人とその友人1名、
合計4人をつまらない理由で殺し、
一家四人全員が死刑になった北村家の次男(実行犯)の手記を、
著者がまとめ、解説を加えた、という構図になっています。

読んでいると怒りが湧くというよりも、悲しくなって来ます。
彼らには「良心」というものはありません。
彼らはサイコパス性をおびており、
一家四人全員が自分の都合と金のことしか考えていません。
このような「家族」が、日本には一定数いるのだろうと思うと、
地獄の深淵をのぞき込んだ気持ちになります。
「肝を冷やす」とはこのことです。
心霊写真なんかよりよっぽど怖いです。

この手の良心を持たぬ凶悪な人々に、
「地獄に落ちろ!」と言う人がいますが、
その心配は無用です。
もう既に、生きながらにして、
彼らは地獄にいるのだからです。
(381文字)



●あなたを天才にする スマートノート

読了した日:2018年8月8日
読んだ方法:Amazonプライム特典一ヶ月無料本(書籍も購入)

著者:岡田斗司夫
出版年:2011年
出版社:株式会社ロケット

リンク:
http://amzn.asia/3LI0JDt

▼140文字ブリーフィング:

「オタキング」こと岡田斗司夫さんは、
その人格といいますか、プライベートの素行は別として、
地頭の良い人です。
エヴァンゲリオンやジブリ作品を語らせたら、
彼は突出した面白さを持っています。

この本に書かれていることを私は、
半年ほど前から実践するようになりました。
文字数が足りないので詳述は割愛しますが、
この本で最も印象的であり、共感した箇所をご紹介します。
それは「脳内は工場ではなく農場だ」という話しです。

→位置No.1425 
〈これまでの思考法やノート術というものは、
効率的にインプットやアウトプットを行うものでした。
効率よく順列組み合わせをして
工業的にアイディアを生み出すという方法です。
確かにそのやり方で、仕事の効率や生産性は上がります。
しかし工業的な効率の追求のみを求める方法を続けると、
すぐに脳は涸れてしまうことになります。
無理をするので辛くなって辞めてしまう。
そして、また別のメソッドに飛びつくと言うことを繰り返してしまいます。

書店にいつもノート本や思考法本、
能力開発本があふれる理由、
そしてそれらが売れる理由がここにあります。

脳は一時的な効率追求で、確かに生産性は上がる。
だから効果があるとみんな思って、新メソッドに飛びつく。
しかし同時に、脳は工場ではない。
生産ラインを作るように思考プロセスは作れない。
だからみんな、身につけたはずの思考法が
いつの間にか上手く作動しないことに気づく。

「ははーん、耐用年数が過ぎたんだな。
どうれ、新型の海外製思考法でも導入するか」と考える。

違います。

「思考法が古くなって作動しない」ではなく、
あなたの脳内農場は「収穫物を促成栽培で作りすぎて、
涸れ地になっている」だけの状態なのです。
涸れ地はしばらく休ませると復活します。
別の作物を植えると収穫できることもある。

するとあなたは
「おお、やはりこの新型思考法が役に立ったのか!」
と解釈してしまう。

そしてまた、農地から促成栽培で収穫を急ぐ、
というサイクルに戻るわけですね。
ぶっちゃけ、だからいろんな自己啓発本やセミナーを受けても、
頭が良くならないんですよ。

脳は工業じゃないんだから。
もっと農業的に考えないとダメです。
身体的に、と言ってもいい。〉
(911文字)




●フロー体験 喜びの現象学

読了した日:2018年8月9日
読んだ方法:図書館で借りる

著者:M.チクセントミハイ
出版年:1996年
出版社:世界思想社

リンク:
http://amzn.asia/cISEtv2

▼140文字ブリーフィング:

この本は「モチベーション3.0」の「定本」です。
文字数の都合で説明は割愛しますが、
めちゃくちゃ面白いです。
「モチベーション3.0」は10年後も読まれているかどうか不明ですが、
この本は10年後にも必ず読まれ続けているでしょう。
これが「定本」の威力です。
何か面白い本を読んだら、
その本が依拠している「定本」に当たる、
というのは「良い読書をするキモ」です。
「今流行っている本」の耐用年数は数年間ですが、
定本の議論を抑えておくと、
その知識の耐用年数は数十年単位ですから。
この本はいつか「本のカフェラテ」でご紹介したいと思います。
(261文字)



▼▼▼リコメンド本「今週の一冊」▼▼▼

書回した本の中から、
「いちばんオススメだったのは?」という基準でリコメンドします。
「いちばん優れていた本」というよりも、
「いちばんインパクトの大きかった本」という選考基準です。
皆さんの書籍選びの参考にしていただけたら幸いです。


▼今週の一冊:『フロー体験 喜びの現象学』M.チクセントミハイ

コメント:

これは年間ベスト10級に面白かったですね。
「フロー体験」という言葉の語源は、
チクセントミハイが「オートテリックな経験」と名づけた、
何かに夢中になって取り組む時の忘我の境地を、
それを体験した人々が「流れるようだ」と表現したことに由来します。
スポーツの世界で「ゾーンに入る」とか言われますが、
これもチクセントミハイのこの研究がルーツです。

面白いのは、人間が最も幸せを強く感じるのは、
南の島のリゾート地のビーチでカクテルを飲んでいる時や、
フランスの一流レストランでフルコースを味わっている時や、
休みの日に何もせずにテレビの前にいる時ではなかった、
という研究結果です。

そうではなく、多くの人が最も幸せを強く感じたのは、
ある課題に取り組む過程で、
我を忘れるほど夢中で取り組んでいるときでした。
キーワードは「自己目的的経験」と、
「内発的報酬」です。

引用します。

→P85〜86 
〈最適経験の基本要素は、それ自体が目的であるということである。
たとえ初めは他の理由で企てられたとしても、
我々を夢中にさせる活動は内発的報酬をもたらすようになる。
外科医は、
「手術がとても楽しいので、
私がやる必要のない手術でも引き受けるだろうね」と言い、
航海者は「このヨットのために多くのお金と時間を費やしますが、
それだけの価値があります
――帆走している時に感じることと比べられるものなどありません」と言う。

「自己目的的」(autotelic)という言葉は、
ギリシャ語の自己を意味するautoと目的を意味するtelosからきている。
それは自己充足的な活動、つまり将来での利益を期待しない、
することそれ自体が報酬をもたらす活動を言う。

儲けるために株の売買をすることは自己目的的な経験とはならないが、
将来の動向を予見する能力を証明するためにする売買は
――結果として手に入るドルやセントが全く同一だとしても――
自己目的的な経験となる。
子どもを良き市民に仕立てるための教育は自己目的的ではないが、
子どもたちとの相互作用を楽しむための指導は自己目的的である。

この二つの状況で生じるものは、
表面上は同一である。
違いはその経験が自己目的的である時、
人はその活動それ自体に注意を払うが、
そうでない場合にはその結果に注意の焦点を置くところにある。

我々が行うことのほとんどは、
純粋に自己目的的でもなければ外発的
(以下、外的な理由によってのみ行われる活動を指す)でもなく、
両者が混ざり合っている。
外科医は通常、人を助けること、金を稼ぐこと、
権威を得ることなどの外発的な期待から長い訓練に入る。
もし幸運に恵まれるなら、まもなく彼らは自分の仕事を楽しみ始め、
手術はきわめて自己目的的なものになる。〉



▼▼▼部門賞▼▼▼

ご紹介した書籍の中から、
陣内の独断と偏見で、
「○○賞」という形で、
特筆すべき本をピックアップします。
こちらも何かのご参考にしてくだされば幸いです。

▼「芸人文学賞」:『ヒキコモリ漂流記』山田ルイ53世

コメント:

山田ルイ53世の筆力は相当なものがあります。
芸人の書いた本を私は定期的に読んでいますが、
芸人には「文豪」が本当に多い。
言葉を扱う職業だから、当然と言えば当然ですが。

芥川賞作家となった又吉直樹もそうですし、
数多くの著作をもつ北野武もそうです。
あと、若林正恭の、
『表参道のセレブ犬とカバーニャ要塞の野良犬』は、
昨年斉藤茂太賞というノンフィクションの賞を受賞しています。
ちなみに若林の『表参道のセレブ犬・・・』は、
昨年、書店で買って読みましたが面白かったです。
普段あまり本を読まない人でも読めるボリュームと写真の多さで、
かなりオススメです。
水道橋博士の文才もすごいです。
『藝人春秋』はすばらしい。
1も2も読みましたが、彼の文章は本当に読ませます。
劇団ひとりもすごい。
『陰日向に咲く』をどうか読んで下さい。
天才ですから。
いつか当メルマガで、
「芸人文豪ランキング」みたいな企画をしても、
面白いかもしれません。

、、、というわけで、
「芸人作家」は今後もどんどん増えて行くでしょう。
なぜなら芸人は言葉を扱う職業であり、
そしてある種の芸人は、
「社会に対する屈折した視点」を持っているからです。
両方、良い物書きの大切な資質です。

養老孟司もよく言っていますが、
社会と自分との間に「ズレ」があるといつも感じている。
その「ズレ」こそが文章を生むのです。
「まぁこういうものか」と、現実を丸呑みできるひとは、
あまりモノを書こうなどと思わないものです。

陣内が先週読んだ本 2018年1月第五週 『アメリカ福音派の歴史』青木保憲 他6冊

2018.07.24 Tuesday

+++vol.050 2018年2月6日配信号+++

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
■4 陣内が先週読んだ本 
期間:2018年 1月第五週 1月28日〜2月3日
::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::

先週私が読んだ本(読み終わった本)を紹介していきます。
一週間に一冊も本を読まない、
ということは、病気で文字が読めなかった数ヶ月を除くと、
ここ数年あまり記憶にないですから、
このコーナーは、当メルマガの
レギュラーコーナー的にしていきたいと思っています。
何も読まなかった、という週は、、、
まぁ、そのとき考えます笑。

ただ紹介するのも面白みがないので、
twitterに準じて、
140文字で「ブリーフィング」します。
「超要約」ですね。
(どうしても140字を超えちゃうこともあります。
 140文字はあくまで「努力目標」と捉えてください笑。)

忙しい皆さんになり代わって、
私が読んだ本の内容を圧縮して紹介できればと思います。
ここで紹介した本や著者、テーマなどについて、
Q&Aコーナーにて質問くださったりしたら、
とても嬉しいです。


●歩き続ければ、大丈夫

読了した日:2018年1月28日
読んだ方法:図書館で借りる

著者:佐藤芳之
出版年:2014年
出版社:ダイヤモンド社

リンク:
http://amzn.asia/hzrnVXp


▼140文字ブリーフィング:

サブタイトルは、
「アフリカで25万人の生活を変えた日本人起業家からの手紙」です。
1939年生まれの著者は、30代でアフリカにわたり、
ケニアでナッツビジネスを創業して成功に導いた、
「社会起業家」の「はしり」みたいな人です。
彼はスタートアップしていないと気が済まない人のようで、
ケニアのビジネスは現地に譲り、
現在はルワンダで微生物ビジネスを立ち上げています。
「とにかく行動してみなきゃ上手く行くかどうかも分からない。」
「たくさん失敗して、その中のいくつかがたまたま上手く行く。
 やってもないのに失敗したときのことを考えるのは愚の骨頂。」
成功した創業者はだいたい同じ事を言います。
本田宗一郎も言っています。
「失敗した奴は偉い。
何もしない、というのが本当の失敗だ。」
彼は映画「フィールド・オブ・ドリームズ」の、
「作れば、彼らはやってくる」という「啓示」を引用していますが、
この原型は「ノアの箱舟」だと読みながら気づいたのは、
私にとって「アハ体験」でした。

→P77 
《新規プロジェクトを始める時、私は良く社員にこう言います。
「If you build it, they will come.(つくれば、人はやってくる。)」
 新しい農園に木を植える時も、新しい工場を建てるときも、
私はみんなにこう声をかけるようにしています。
1989年公開の映画「フィールド・オブ・ドリームス」
によって広く知られるようになった言葉で、
この言葉を耳にした主人公は周囲に馬鹿にされても構わず、
トウモロコシ畑を切り開き野球場を作り始めます。
要は、つべこべ言わずに、さっさとつくってしまいなさいということ。》

現在の世界は「複雑系の世界」であり、
古典力学よりも量子力学に近いです。
なので、「成功へのアルゴリズム」や、
「成功するための方程式」を定式化することは不能です。
ひとつだけ「秘策」があるとしたら、
「とにかくいろいろやってみる」ことです。
その人が成功するとは限りませんが、
成功している人は例外なく、
「とにかくいろいろやってみて」います。
したり顔で他者の挑戦や失敗を批評する人や、
失敗のリスクばかり恐れる事なかれ主義の人が成功することは、
永遠にありません。
(900文字)



●そのノブはひとりの扉

読了した日:2018年1月28日
読んだ方法:図書館で借りる。

著者:劇団ひとり
出版年:2012年
出版社:文藝春秋

リンク:
http://amzn.asia/8JYAkLr

▼140文字ブリーフィング:

私と同じ年生まれの芸人、劇団ひとりの自伝です。
帯に「こんに泣けない自伝があったとは」とあります。
めちゃ面白かったです。
劇団ひとりの文才に舌を巻きます。
自分を相対化し自虐できる高度な知性に感服しました。
「文章で人をうならせる」よりも
「文章で人を泣かせる」ほうが難しく、
「文章で人を笑わせる」のはもっと難しいです。
つまり「笑い」が文章技術の最高峰なのです。
「本を読んでいて笑う」ことって多くはないですが、
彼はそれをやってのける数少ない天才です。
(220文字)



●時間の比較社会学

読了した日:2018年1月31日 速読
読んだ方法:図書館で借りる

著者:真木悠介
出版年:1997年(初版1981年)
出版社:岩波書店

リンク:
http://amzn.asia/8YhBqT9

▼140文字ブリーフィング:

メルマガ読者に教えてもらって手に取りました。
結果的に、内容が私にはかなり難解で、
「まだ早かったかな」と思いました。
いちおう中身には目を通しましたが理解度は4割に満ちません。
もう少し理解力がついたら再トライしてみたいと思います。

私が理解した範囲で無責任にも概説しますと、
ヘブルは直線的で質的な時間、ギリシャは円環的で量的な時間、
近現代は直線的で量的な時間、原始やアフリカの土着民、
古代日本の時間は非直線的(反復的)で質的な時間、
という「時間のマトリックス」の発想は面白かったです。
また、現代の「直線的で量的な時間」が、
共同体の解体(ゲマインシャフトからゲゼルシャフトへ)をもたらし、
貨幣と同じように「時間の阻害」を引き起こしているという指摘も新鮮でした。
(326文字)



●ザ・フィフティーズ 1

読了した日:2018年1月31日 最後の3章は飛ばし読み
読んだ方法:図書館で借りる

著者:デイヴィッド・ハルバースタム
出版年:2015年(英語初版)
出版社:ちくま文庫

リンク:
http://amzn.asia/aW7wGac

▼140文字ブリーフィング:

アメリカのジャーナリストデイヴィッド・ハルバースタムによる、
50年代のアメリカを素描する試みです。
なんとこの本日本語訳では500ページ×3巻の大著で、
一章ごとにひとりの人物(や現象)が取り上げられています。
1巻をなんとか読みましたが、ものすごいボリュームなので、
2巻、3巻はちょっとほとぼりが冷めてから手を出す、
もしくは永遠に手を出さないかもしれません笑。

でも内容はとても面白い。
なぜか。
「50年代のアメリカ」こそが、
現代世界のデファクトスタンダードを作ったからです。
現代の世界の基礎は50年代のアメリカで作られたのです。
確かにそうです。
水爆、マッカーシズム(共産党狩り)、
一戸建ての大量生産とマイホームの夢、
マクドナルドのハンバーガー、
「ホリデイ・イン」というフランチャイズモーテル
(とフランチャイズという概念)、
ラジオの時代からテレビの時代へのメディアの変遷、
テレビと政治の結婚、などなど、
現在の「効率化され脱人間化された社会の光と闇」は、
すべて1950年代、アメリカ生まれです。

問題はそれから70年が経過した現在、
その大きな枠組み(パラダイム)が耐用年数を迎え、
崩落した笹子トンネルのごとく、
ミシミシと鈍い音を立てているところです。
未来は混沌としてかすんでいます。
そんなときは過去を見るとヒントがある。
そういう意味で、50年代アメリカを学ぶことは、
現在の世界で非常に意義深いことだと思います。
(597文字)



●アメリカ福音派の歴史

読了した日:2018年1月31日
読んだ方法:図書館で借りる

著者:青木保憲
出版年:2012年
出版社:明石書店

リンク:
http://amzn.asia/9lp0fcJ

▼140文字ブリーフィング:

この本は、昨年秋の「よにでしセミナー@伊勢志摩」の、
参加者の書いているブログで知り、
「面白そうだ」と思い手に取りました。

結果、めちゃくちゃ面白かったです。
ここに概説は不能なので、
いつか「本のカフェラテ」で紹介したいと思っています。
私は福音派と呼ばれる教会で洗礼を受けて、
キリスト教徒になりましたので、
「それが絶対的に正しいものだ」と、
あるところまでは疑いもなく信じてきました。
しかし、「なぜ福音派が福音派になったのか」を知ると、
必ずしもそれ「だけ」が唯一の見方ではない、
ということにうっすら気づいてくるわけです。

「だから、余計な知識は入れない方が良い」
というのは、言っちゃ悪いけどバカの所行です。
そうじゃなくて疑うところまで疑った先に、
「本当に価値のあるもの」が浮かび上がってくるのです。
「疑うことを経ずして本当の信仰には至らない」
というのは信仰の真理です。
聖書に「疑うこと」は奨励されています。
咀嚼することなく鵜呑みにして信じる態度のほうこそ、
聖書は何度も警告しているのです。

では、「疑った先にある信仰」とはどんなものか?
著者はそれを後書きで、
「スターウォーズ」に喩えて上手に表現しています。

著者も私と信仰的背景が似ていて、
幼い頃から福音主義の宣教師が開拓した教会に通っていた著者は、
スター・ウォーズを初めて見たときと同じで、
「世の中には善と悪しかない。そして自分は善の側にいる」
と疑ったことなどなかった、といいます。
しかし、後のスター・ウォーズシリーズが告げるのは、
ダース・ベイダーとならざるを得なかった
アナキン・スカイウォーカーの生身の人間としての葛藤であり、
善と悪は簡単に切り分けられないという事実です。

著者が同志社大学で学んだのはまさに、
スター・ウォーズシリーズだったといいます。
福音派は善、という単純な世界観から、
「福音派がそう主張するようになった経緯」を学ぶとき、
そこにアナキン・スカイウォーカーの姿がある、と。
矛盾と間違いに満ちている福音派の歴史を紹介したことで、
もはや「自分たちは善」と思えなくなるかもしれないが、
福音派の人にも本書を読んでもらいたい、と著者は言います。
だからといって「敬虔でありたい」と願う、
その真摯な姿勢が色あせることはないと。
逆に「福音派は悪」と決めつけている人にも本書を読んで欲しい、と。
薄っぺらな原理主義批判を持っていた人も考え直す、
きっかけになるだろう、と。
私は著者のスタンスに好感を持ちます。
500ページに及ぶ大著ですがずっと面白かったです。
定本となる良書に出会いました。
(1,060文字)

▼参考リンク:ブログ「ちょうをゆめみるいもむし」
https://memorandomeyo.wordpress.com/



●木を見る西洋人 森を見る東洋人

読了した日:2018年1月31日
読んだ方法:図書館で借りる

著者:リチャード・E・ニズベット
出版年:2004年
出版社:ダイヤモンド社

リンク:
http://amzn.asia/cJx57Lj

▼140文字ブリーフィング:

この本も飛び抜けて面白かったです。
私は「東洋と西洋の出会い」ということを、
人生の隠れたテーマのひとつにしています。
私が河合隼雄やユングや鈴木大拙に惹かれるのも、
彼らが東洋と西洋の思想のぶつかる「潮目」にいると思うからです。

この本のタイトルが示しているのは、
東洋人は包括的に物事を捉え(森を見)、
西洋人は分析的に物事を捉える(木を見る)、
という東西の世界観、考え方の「クセ」の違いです。

そのほかにも東洋ではこう考え、西洋ではこう考える、
という実例が実証的な実験結果とともにたくさん紹介されるのですが、
私がもっとも面白かったのは第六章の議論で、
それは、「東洋人は世界を動詞で、西洋人は世界を名詞で捉える」
という話です。

こんな実験があります。
アジア人の子どもとアメリカ人の子どもに、
二枚のカードを見せます。
ニワトリの描かれたカードと、草が描かれたカードの二枚です。
三枚目に牛の絵が描かれたカードを見せて、
「これはどちらの仲間?」
と聞くと、アジア人の子どもの多くは、
牛と草をセットにし、
アメリカ人の子どもの多くは、
牛とニワトリをセットにします。

なぜか?

西洋人の子どもの多くは分類学上の理由から、
ふたつとも動物だから、ニワトリと牛をセットにし、
東洋人の子どもの多くは
「牛は草を食べるから」牛は草の仲間だと言っているのです。
西洋人は世界を名詞の集合として、
東洋人は世界を動詞(関係性)の集合として捉えている、
ということを示す非常に面白い実験です。

著者は「プロローグ」の結語で、
今後の文化はフランシス・フクヤマが、
『歴史の終わり』という本に書いたように、
世界が全部アメリカになるのでもなく、
サミュエル・ハンティントンが書いた『文明の衝突』のように、
西洋化は挫折し、多元主義の世界が訪れることもない、と予測します。
そうではなく東洋と西洋は互いに「出会い」、侵襲し合い、
相互に影響し合い、溶け合っていく未来を彼は描きたい、と。

曰く、シチューの具は具のままだが全部変化する。
そしてそのシチューにはそれぞれの具の
一番おいしいところが含まれている、というように。
私も著者の意見に同意します。
(883文字)



▼▼▼リコメンド本「今週の一冊」▼▼▼

陣内が過去一週間に読んだ本の中から、
「いちばんオススメだったのは?」という基準でリコメンドします。
「いちばん優れていた本」というよりも、
「いちばんインパクトの大きかった本」という選考基準です。
皆さんの書籍選びの参考にしていただけたら幸いです。


▼今週の一冊:『木を見る西洋人 森を見る東洋人』

コメント:
本当は「アメリカ福音派の歴史」も同じくらいリコメンドしたいですが、
こちらはかなりの大著で、手を出す人は限定的になると思いますので、
より広い読者が面白いと思えるだろう、
『木を見る西洋人、森を見る東洋人』をオススメします。
私たちはグローバル化する昨今、
人生において「西洋的なものの考え方」と出会わずに生きるのは、
もはや不可能です。
必ず西洋的な世界観と私たちは出会います。
そのときに、「彼らの靴を履いて」世の中を見ることができ、
さらに「自分の世界観は東洋的なのでこうなのです」、
というようにメタの視点でそれを説明できる知性というのは、
世界に影響を与えようとしたら、「必須」になってくるでしょう。
実は「テクニックとしての英語のスキル」なんかより、
こちらのほうが異文化コミュニケーションを考える上で、
はるかに大事なんじゃないかと私は思っています。



━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
■5 編集後記
1年間のご愛読ありがとうございました。
::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::

まだまだ東京は寒い日が続きます。
今週は私は毎日のようにミーティングがあり、
土日は(多分)東京よりも寒い、新潟に出張です。
「読むラジサロン」も5名のメンバーで開始しました。
参加者の地域も職業も性別もライフステージも様々で、
多様性に富んだ良いメンバーが集まったなぁと思っています。
まだ始まったばかりですが、
これからどんなやりとりや学びあいがなされるか、
主催者の私が一番、楽しみにしています。
メルマガ読者の皆様にも追ってご報告しますので
お楽しみに。

というわけで、今号で1年間続いた私のメルマガの、
「シーズン1」も最終回です。
ご愛読いただいた皆様には感謝を申し上げます。
多くの皆様に楽しんでいただき、
今は感謝に満たされています。

次に「シーズン2」を開始するのがいつになるか分かりませんが、
そのまえに「号外」の配信もありますのでお楽しみに。
その日まで、皆様もお元気でお過ごし下さい。
ご愛読、ありがとうございました!


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陣内が先週読んだ本 2018年1月第四週 『死ぬほど読書』丹羽宇一郎 他4冊

2018.07.17 Tuesday

+++vol.049 2018年1月30日配信号+++

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
■4 陣内が先週読んだ本 
期間:2018年 1月第四週 1月21日〜27日
::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::

先週私が読んだ本(読み終わった本)を紹介していきます。
一週間に一冊も本を読まない、
ということは、病気で文字が読めなかった数ヶ月を除くと、
ここ数年あまり記憶にないですから、
このコーナーは、当メルマガの
レギュラーコーナー的にしていきたいと思っています。
何も読まなかった、という週は、、、
まぁ、そのとき考えます笑。

ただ紹介するのも面白みがないので、
twitterに準じて、
140文字で「ブリーフィング」します。
「超要約」ですね。
(どうしても140字を超えちゃうこともあります。
 140文字はあくまで「努力目標」と捉えてください笑。)

忙しい皆さんになり代わって、
私が読んだ本の内容を圧縮して紹介できればと思います。
ここで紹介した本や著者、テーマなどについて、
Q&Aコーナーにて質問くださったりしたら、
とても嬉しいです。


●良心をもたない人たち 25人に1人という恐怖

読了した日:2018年1月23日
読んだ方法:

著者:マーサ・スタウト
出版年:2006年
出版社:草思社

リンク:
http://amzn.asia/dLZ9CM1

▼140文字ブリーフィング:

心理カウンセラーである著者は、
PTSDに苦しむ人々のケアをしてきました。
その当事者たちのあまりにも多くの人が、
「サイコパスの被害者」だといことに驚きを持った著者は、
彼らから身を守る方法を考えるほうが大切、
と考えるようになり、本書を記しました。

アジアではもうすこし割合が低いそうですが、
欧米では良心を持たないサイコパスと言われる人が、
「25人にひとり」の割合で存在します。
これは著者によると「衝撃的な多さ」で、
他の疾病や障害や個性よりも、かなり多く、
私たちが人生で「良心を持たない怪物」に遭遇する確率は、
かなり高いといって差し支えない。
そして彼らは魅力的にみせるのが非常に上手なので、
外側からは分からないのがさらに危険だ、という。

多くの優秀で善良な人が、「良心を持たない怪物」によって、
食い物にされ、人生をめちゃくちゃにされてきた、
というわけです。
著者はその被害者たちの無残さを見て確信します。
「サイコパスは森で出会う熊のようなもので、
 見かけたら直ちに逃げる以外の方法はない。
 大事なのは早く見分けることだ」と。

著者によればサイコパスは短期的には成功することがあります。
じっさい歴史上の「英雄」とされている人の中にも、
偉大な事業を興した人の中にも、
おそらくはサイコパスだっただろうと思われる人がたくさんいる。
しかし、心理学の研究が告げているのは、
サイコパスが長期的に幸せになることは不可能だということです。
なぜなら「幸せ」とは愛することでしか得られないものであり、
サイコパスには「愛する能力」が欠如しているからです。
(651文字)



●カムイ伝 第一部 (2)

読了した日:2018年1月23日
読んだ方法:図書館で借りる。

著者:白土三平
出版年:1967年
出版社:小学館

リンク:
http://amzn.asia/a3rXCiU


▼140文字ブリーフィング:

先週から読み始めたマンガです。
第二巻でなんとカムイは死にます。
「死ぬんかい!」と思ったら、
死んだのはそっくりの弟であり、
彼の兄の物語がそこから始まります。
「後書き」が面白く、作者の白土三平の父は、
「プロレタリア画家」でした。
つまりプロレタリア文学者であった小林多喜二らと一緒で、
当時の大政翼賛的な監視社会のなかで、
思想犯として弾圧された人です。
作者自身もは「アカの子」として屈辱的な幼少期を過ごしました。
カムイ伝のルーツはそこにある、と後書きの筆者は言います。
そう見ると、「カムイ伝」は江戸時代の被差別部落の話ではなく、
完全に、「現代社会のメタファー」なのだと言うことが分かります。
「一億層中流社会」が過去のものとなり、
OECD加盟国の中でも貧富の格差が最も大きい国のひとつとなった、
「新しい階級社会(とそれを覆い隠したい政府)」に暮らす私たちこそ、
この物語を読むべきだと思わされます。
(393文字)



●死ぬほど読書

読了した日:2018年1月23日
読んだ方法:図書館で借りる

著者:丹羽宇一郎
出版年:2017年
出版社:幻冬舎新書

リンク:
http://amzn.asia/2Xd1Bfn

▼140文字ブリーフィング:

今週の「私の読書論」で詳しく論じたので割愛します。
「教養を育てるのは仕事と読書」とか、
「読書は無知の量を増やす」とか、
「空気を読むのか、本を読むのか」とか、
名言がちりばめられていました。
また、ネット社会を生きる現代人の、
「正解主義」がもたらす思考の浅薄化への警鐘も、
非常に共感を覚えました。
(145文字)



●キリスト教思想史入門 歴史神学概説 第一章〜第二章

読了した日:2018年1月24日
読んだ方法:新宿オアシスブックセンターで購入

著者:アリスター・E・マクグラス
出版年:2008年
出版社:キリスト教新聞社

リンク:
http://amzn.asia/cuJsSgj

▼140文字ブリーフィング:

この本は2年ほど前に、
新宿にあるキリスト教書店で買いました。
最初の10ページぐらい読んで放置していたのですが、
「こういうのはやはり、意識的に読まなきゃ駄目だ」
と思って、先月ぐらいから、
「キッチンタイマー法」を使って読んでいます。
キッチンタイマー法とは、私が発明した読書法で、
タブレットのタイマーアプリを使い、
30分をカウントダウンします。
そのタイマーが鳴るまで、
「歯ごたえがあるハードな本」を集中して読む、
という、ただそれだけです笑。
読んでいて止まらないような趣味の本は、
タイマーなんて使う必要がないのですが、
今の自分の知力では、けっこう集中して読んでも、
理解が8割ぐらい行けば良い、みたいな本に関しては、
こういった「時間設定」がないと集中して読めません。
筋トレをするときに回数とか時間を決めるのとまったく同じです。
毎日30分ずつ読んで、一月でやっと半分まで読めました。
著者のアリスター・マクグラスは他の著書で、
「過去の神学的議論を踏まえていない人は、
 現在の神学論争に加わる資格を持たない」
と書いています。

当たり前の話です。
これは自然科学でもそうです。
過去の研究成果を知らない人は、
新しい論文を書く資格を持ちません。
、、、で過去の神学論争を知ると、
本当に面白いことが分かります。
というのは、だいたい現在の論争というのも、
「過去の議論の焼き直し」というか、
過去の議論がかたちを変えて再燃している、
というものが非常に多いからです。

今一番ホットな教会での議論があったとします。
それは実は、2世紀の神学者たちがした議論を、
別の言葉で言い換えているに過ぎないことがあるわけです。
「だから答えが分かるってこと?」
というのはバカ、、、あ、間違えた。
現代の「正解主義」の弊害です。
こういった事は、考える弁証法的プロセスにこそ意味があり、
その中からこそ社会を変える思想や実践が出てくるのです。
「神学をどこかで学んだことがある」ということと、
「神学する生き方」を生きるというのは違うんだ、
と尊敬する牧師先生から教えてもらったことがあります。
私はプロパーな教育機関で神学を学んだことがありません。
だからこそ、真剣に「神学する生き方」を追求していきたいと、
思っています。

関係ないですがこの本、
買ったときは9,000円でした。
義理の母からいただく「書籍献金」を貯めてあったのを、
「えいや!」っとはたいて買ったのは2年前。
現在絶版となっているこの本は30,000円します。
あのとき買っておいて良かったぁ。
この種の本ではよくあることです。
良い神学書は買えるときに買っておけ!
というのは我が家の家訓にしたいと思います。
(1,092文字)



▼▼▼リコメンド本「今週の一冊」▼▼▼

陣内が過去一週間に読んだ本の中から、
「いちばんオススメだったのは?」という基準でリコメンドします。
「いちばん優れていた本」というよりも、
「いちばんインパクトの大きかった本」という選考基準です。
皆さんの書籍選びの参考にしていただけたら幸いです。


▼今週の一冊:『死ぬほど読書』

コメント:

「私の読書論」でも紹介しましたが、
読書する意味を再確認してくれる良書でした。
ページ数も文字数も少なめですので、
普段読書し慣れていない人でも、
1週間もあれば必ず読了できる「軽さ」も魅力です。
オススメします。



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陣内が先週読んだ本 2018年1月第三週 『より少ない生き方』ジョシュア・ベッカー 他8冊

2018.07.11 Wednesday

+++vol.048 2018年1月23日配信号+++

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
■4 陣内が先週読んだ本 
期間:2018年1月第三週 1月14日〜20日
::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::

先週私が読んだ本(読み終わった本)を紹介していきます。
一週間に一冊も本を読まない、
ということは、病気で文字が読めなかった数ヶ月を除くと、
ここ数年あまり記憶にないですから、
このコーナーは、当メルマガの
レギュラーコーナー的にしていきたいと思っています。
何も読まなかった、という週は、、、
まぁ、そのとき考えます笑。

ただ紹介するのも面白みがないので、
twitterに準じて、
140文字で「ブリーフィング」します。
「超要約」ですね。
(どうしても140字を超えちゃうこともあります。
 140文字はあくまで「努力目標」と捉えてください笑。)

忙しい皆さんになり代わって、
私が読んだ本の内容を圧縮して紹介できればと思います。
ここで紹介した本や著者、テーマなどについて、
Q&Aコーナーにて質問くださったりしたら、
とても嬉しいです。


●アーティストのためのハンドブック

読了した日:2018年1月14日
読んだ方法:図書館で借りる

著者:ディヴィッド・ベイルズ、テッド・オーランド
出版年:2011年
出版社:フィルムアート社

リンク:
http://amzn.asia/a8FXD8V

▼140文字ブリーフィング:

この本は、アメリカでロングセラーになった、
「古典的なハンドブック」だそうです。
アーティストというのは右脳優位の人が多いので、
ロジカル(論理的)な話が展開されるわけではないのですが、
その分心にひっかかりを覚えるフレーズが散見され、
そっと背中を押されたような気持ちになります。

訳者後書きには、この本が出来た背景が説明されています。
この本の著者の二人は副業をしながら写真家として活動し、
アーティストのコミュニティのなかで、
お互いの不安や製作状況を分かち合い、
そして「明日も食えるか」という話をしながら、
アーティストであり続けるとは何かというテーマについて
共同執筆したそうです。
その生身を削ったような言葉だからこそ、
多くの人に届いたのでしょう。

この本はミュージシャンや画家という意味のアーティストのみならず、
すべての「自分で自分の仕事を創り出す創造的な人々」へのエールです。
私も「自分の仕事を自分で創り出す」業種ですから、
「あー、分かる分かる」と感じる部分は多かったです。

いくつか引用します。

→P208 
《最終的に、すべては次のことに帰結します。
あなたには選択肢が与えられています。
より正確には、それは複雑に絡まり合った選択肢です。
自分の仕事に全力を打ち込んだとしても幸せになれないか、
あるいは全力を打ち込まないために
幸せになれないことが約束されているか、その二つなのです。
つまり不確実性をとるか、確実性をとるかの選択肢です。
興味深いことに、不確実性を選択することは、心地よいことなのです。》

、、、アーティストとして生きるというのは、
「不確実性」に留まることです。
不確実性に耐えられない人は、
「アーティストであり続ける」ことは出来ません。

その中で大切なのは、
「不確実性」の中に身を置きつつ、
バランスを取るようにして、
「自分のルーティーン」を見つけ出すことです。
私も10年をかけて、これを自分なりに作ってきました。
やっと、人様に紹介できるようなルーティーンが、
自分の中で固まってきたわけです。

組織で働く人は、
「外部」に構造があります。
それに対してアーティストなどの、
クリエイティブな仕事をするフリーランサーは、
「外部」に構造がありません。
だから自分の内部に構造を作らなければならない。
外側の殻が形を保つ甲殻類と、
内側の骨格が形を保つほ乳類の違いですね。

繰り返しますが市役所職員という
「甲殻類の中身」だった私が、
その殻を出てからこの「骨」を作るまでに、
10年間かかりました。

フリーランスというのは、
まったく「お気軽」ではありません。
「お気軽」でもいいけど、
そういう人は淘汰されるだけですから。
これがサラリーマンと違うところです。
私はトップユーチューバーのヒカキンを、
心から尊敬しています。

組織の中にいる人にはあまり理解できないのですが、
彼がイチローにも劣らぬ克己の人だというのは、
フリーランサーならだれでも分かります。

→P115〜116 
《最初の一筆を真新しいキャンバスに描き始めるための工夫があるのであれば、
それはどんなものであっても実践する価値があります。
 時間はかかりますが、作品制作をする人だけが、
制作にじっくり向き合うことによって、
このような小さな習慣や儀式が
どれほど大切なことかを知る機会に恵まれます。
観客は作品を制作する際の詳しい過程などに関心がないかもしれません。
それは多くの場合、教師にとっても同じです。
なぜなら、その詳細が見えないからです。
あるいは知ることが出来たとしても、
仕上がった制作物を吟味することからかけ離れているからです。
作家のヘミングウェイは、タイプライターをカウンターの高さにおいて、
立ったままの状態ですべての原稿を書いていたそうです。
もちろんこの奇妙な習慣は、彼の作品の中に見つけることは出来ません。
しかしこの習慣が否定されてしまっていたら、
たぶんヘミングウェイの物語は
この世に一編も存在していなかったでしょう。》
(1,600文字)



●宗教的経験の諸相 上

読了した日:2018年1月14日
読んだ方法:図書館で借りる

著者:ウィリアム・ジェームズ
出版年:1969年
出版社:岩波書店

リンク:
http://amzn.asia/cCMXUr2

▼140文字ブリーフィング:

心理学者のウィリアム・ジェームズのこの著作は、
「古典」のひとつに数えられます。
私はいろんな本で引用されていたこの本を、
いつか読みたいなぁと思い続けて約3年、
やっと手に取りました。
決め手は神谷美恵子が引用していた、
彼の「二度生まれの人」という概念について、
もっと知りたいと思ったからです。
引用します。

→P251〜252 
《その(前回の講義の)終わりのところで、
私達は二つの人生観の対照を完全に看取するに至った。
一つは私達が「健全な心」の人生観と呼ぶものであって、
それは幸福になるためにただ一回の誕生だけで足りる人間に特有なものであり、
もう一つは「病める魂」の人生観であって、
幸福になるためには二回の生誕を必要とする人間に特有なものである。
その結果として、私達の経験の世界について
二つの違った考え方が生じてくる。
一度生まれの人の宗教では、世界は一種の直線的なもの、
あるいは一階建てのものであって、その勘定は一つの単位で行われ、
その部分部分はきっかりそれらが
自然に持っているように見えるだけの価値を持っており、
単に代数的にプラスとマイナスとを合計するだけで
価値の総和が出てくると言ったようなものである。
幸福と宗教的平安とは、
その差引勘定のプラスの側で生活するところにある。

これに反して、二度生まれのものの宗教にあっては、
世界は二階建ての神秘である。
平安は、ただプラスのものを加え、
マイナスのものを生活から消去するだけでは達せられない。
自然的な善は、ただ量的に不十分で移ろいやすいと言うばかりではなく、
その存在自体の中に、ある虚偽が潜んでいるのである。
自然的な善はすべて、たとい死の前に現れる
いろいろな敵によって抹殺されることがなくても、
結局は死によって抹殺されてしまうのであるから、
最後の差し引きで残高ができることなどないし、
私達の永久的な崇拝を受けるべきものでは決してあり得ない。
むしろ、それは私達を私達の真の善から遠ざけるもので、
そのような自然的な善を放棄し、それに絶望することこそ、
私達が真理の方向へ向かって踏み出すべき第一歩なのである。

要するに、
自然的な生命と霊的な生命との二つの生命があるのであって、
私達はその一つに預かりうるためには、
まず他方を失わなければならない。》

、、、ここでジェームズが、
「二度生まれ」とか、
「世界が二階建てであるような人」というのは、
宗教的な、あるいは哲学的なセンスを持ち合わせた人間のことです。
タイプA(一度生まれ)の人間にとって世界はシンプルです。
幸せとは「良い出来事」−「悪い出来事」という世界です。
タイプB(二度生まれ)の人間にはもっと複雑で、
悪い出来事が必ずしも不幸ではないし、
良い出来事が必ずしも幸福ではない、と考える。
物事の向こう側にあるもう一層深い「真相」を、
彼らはいつも捉えようとする。

タイプBの人は得てして、
「一度この世に生まれた後、
 二度目の誕生をする」というような、
実存的な生まれ変わり体験をする、
とジェームズは指摘しています。

歴史の中でその代表例として、
「天路歴程」の著者のジャン・バニヤン、
それからひどいうつ病を患ったトルストイを挙げています。

→P284〜285 
《バニヤンは福音の使者になった。
そして彼が神経病的な素質の持ち主であったにもかかわらず、
また、彼が国境を信じないという理由から
12年間も獄中で過ごさねばならなかったにもかかわらず、
彼はきわめて活動的な生涯を送った。
彼は平和ならしむる人であり、善を行う人であった。
そして彼の書いた不朽の寓意物語は
イギリス人の心に宗教的忍耐の精神をしみじみ浸透させたのであった。

しかし、バニヤンもトルストイも、
私達が「健全な心」と呼んだようなものにはなれなかった。
彼らは苦い酒杯をあまりにもしたたか飲んでしまったので、
その味を忘れ去ることが出来なかった。
そして彼らの贖いは二階建ての宇宙へ入っていくことであった。
二人はそれぞれその悲しみの鋭い刃をなまらせるような善を実現した。
けれどもその悲しみは、それを克服した信仰の心の中に
一つの小さな要素として保存されていた。

私達にとって重要なことは、事実において、
彼らが、彼らをしてそういう極度の悲しみを
克服させることの出来たようななにものかが
彼らの意識の内部にわき出ているのを見つけることが出来たし、
また見つけた、ということである。

トルストイがそれを
「人々がそれによって生きるところのもの」と言っているのは正しい。
なぜなら、それはまさしくそのとおりだからである。
それは一つの刺激であり、興奮であり、信仰であり、
以前には人生を耐えがたいものと思わしめたような悪が
眼前に充満していることが認められるにもかかわらず、
生きようとする積極的な意欲を再び注入する力なのである。

トルストイが悪を認める態度は、その範囲内では、
変わることなく残っていたように思われる。
彼の晩年の著作は、彼が公定の全価値体系と
あくまでも和解しなかったことを示している。
つまり、上流社会の生活の下劣さ、統治者の破廉恥な行為、
教会の偽善、役人の空威張り、大成功につきものの卑劣で残酷な行動、
そのほか、この世間の華やかな犯罪と偽りの制度、
これらのものと彼は和解しなかった。
すべてこのようなことを許容することは、
彼の体験によれば、自らを永遠に死の手に委ねることであった。》

、、、二度生まれの人はしばしば、
歴史に残るような著作を記したり、
歴史を変えるような偉業をなしたりします。
アブラハム・リンカーン大統領は、
生涯にわたり重いうつ病を患った、
「二度生まれ」の典型のような人ですが、
彼の葛藤は人類を一歩前に進めました。
本人たちは本当にたいへんですが、
世界の発展は「二度生まれ」の人々に、
多くを負っています。
(2,344文字)



●人間の本性を考える 心は「空白の石版」か (下)

読了した日:2018年1月14日
読んだ方法:図書館で借りる

著者:スティーブン・ピンカー
出版年:2004年
出版社:NHKブックス

リンク:
http://amzn.asia/fiZlc4q

▼140文字ブリーフィング:

上・中・下巻からなる大作です。
全部で1,000ページぐらいありました。

「生まれか育ちか(nature or nurture)論争」において、
「ブランクスレート仮説」とよばれる、
「育ちがすべてだ。遺伝子の影響は小さい。」
という人気のある仮説への著者の反論です。

私は著者の遺伝子決定論的な立場と、
ブランクステート説の「心は空白の石版」説、
どちらに立つかと言われれば、
真ん中ぐらいかなと自分では思います。
心は空白の石版、は言い過ぎだし、
すべては遺伝子によって決定されているとも思いません。
(*著者がそういっているわけではありません。
 著者は環境要因もあると言っていますが、
 それでも私は著者が言う以上に「環境も重要」だと思います。)

いずれにせよ、
ブランクスレート説に立つ人の「逆説的な盲点」を、
著者はたくさん指摘していて、それは納得しました。
前提が違うと教育の方向は逆になります。
「暴力は学ばれるもの」ならば、
暴力をテレビで見せなければ自動的に平和な子どもになる、
という教育方針になります。
しかし、(特に男の子は)「生まれつき暴力的だ」
という前提に立つならば、
「暴力はいけませんよ」と教えなければ、
自動的に暴力的な子どもになる、ということになります。
私は自分の経験からも、後者を支持します。
小学生低学年のときなどは、
理由もなく無性に弟を殴りたくなるときがあります。
そのとき「いや、殴られたら痛いもんな」
と思うのは、親が苦労してそれを教えてくれたからです。

子どもに将来刑務所に入ってもらいたくなければ、
「仮面ライダー」を禁止するだけでは十分ではなく、
「暴力を振るうことで自分と他人にどんな悪いことが起きるか」
を教育する必要があるのです。

聖書は別の言葉でこれを表現しています。
そう。「人間は生まれながらに罪人だ」と。
東洋ではこれを「性悪説」と言います。

→P71 
《それに子どもは、戦争ごっこのおもちゃや
文化のステレオタイプの影響を受け始めるずっと前から暴力的である。
もっとも暴力的なのは、青春時代ではなくよちよち歩きの頃なのだ。
近年の大規模な研究によれば、
2歳を過ぎたばかりの子どものうち、
叩いたり噛みついたり蹴ったりする子どもは、
男児で半分近くもおり、女児もそれをわずかに下回るだけである。
つまりこの著者が指摘しているとおり、
「赤ん坊が殺しあいをしないのは、
私たちがナイフや銃を使う機会を与えないからだ。
私たちは過去30年間、
子どもはいかにして攻撃することを学ぶのかという問いに
答えを出そうとしてきた。
しかし、その設問は間違っていた。
正しいのは、子どもはいかにして攻撃しないことを学ぶのかという設問だ。」
という状況なのである。》

さらに著者は、多くの教育学者から、
石を投げつけられるようなこんな発言をします。
「子育ては子どもに影響しない」。

マジか?

先ほども言ったように、
私は彼を全面的に支持するわけではありません。
教育は大切だと思います。
しかし、「育って欲しいと思ったように子どもは育たない」
という意見には同意します。

これは私が「生物系」だからこう考えるのだと思います。
この「ああすればこうなる」という子育て論は、
多分に「エンジニアリング(工学)」の考え方に近いです。
しかし人間は機械や装置ではなく、生物なのです。
生物と装置の一番の違いは、
「複雑系かどうか」です。
複雑系は「インプットに対するアウトプットが読めない」
というところに、一番の特徴があります。
「ああしたのにこうならない」
のが複雑系であり、そして何度も言いますが、
子どもは複雑系なのです。

「子どもを優秀にするアルゴリズムなどない」
と著者は言います。
私もまったく同じ意見です。
じゃあ、子育てには意味がないのか?

あるに決まってるじゃないですか。
二度と戻ってこない子どもとの時間を、
神に感謝しながら過ごす。
これ以上の「意味」があるでしょうか?
著者もそこを指摘しています。

→P225 
《ハリスは、親が子どもの人格を形成できるという信念が
どれほど歴史の浅い偏狭な考え方であるかを指摘して、
1950年代にインドの僻地の村に住んでいたある女性のことばを引用している。
子どもにどんな人間になってもらいたいと思っているかと聞かれた彼女は、
肩をすくめて「それはこの子の運命で、
私が望むことではありません」と答えたのである。

だれもがこのように運命や、あるいは遺伝子や仲間といった
親のコントロールの及ばないそのほかの力を受け入れているわけではない。
「これが本当ではないことを神に祈っています」と、
ある母親は『シカゴトリビューン』紙に語った。
「子どもに注ぎ込んでいるこの愛情がすべて無意味だなんて、
恐ろしくてとても考えられません。」
人間の本性に関するそのほかの発見についてと同様に、
本当ではありませんようにと人々は神に願う。
しかし真理は私達の願いなどは気にかけない。
そうした願いを解放的な方法で再び取り上げることを余儀なくさせる。

たしかに、子どもを幸福な成功する人間に育てるための
アルゴリズムがないというのは、残念なことである。
しかし私達は本当に、子どもの特性を先に決めてしまいたいと願い、
それぞれの子どもが世界にもたらす予測できない天分や奇抜さに
喜びを感じないのだろうか?
人々は人間のクローンや、遺伝子操作によって
親が子どもをデザインできるようになるかもしれないという
怪しげな見通しにぞっとするような驚きを感じる。
しかしそれは、親の育て方によって
子どもをデザインできるという夢想といったいどれだけ違うのだろうか?

たぶん現実的な親のほうが、
あれこれと気に病む親にならなくて済むだろう。
そういう親は、たえず子どもに刺激を与え、社会化し、
性格を改善しようと試みないで、
子どもと過ごす時間を楽しむことが出来る。
子どもの脳細胞に良いという理由からではなく、
楽しんで本を読み聞かせることが出来る。》

、、「子どもの脳細胞に良いと言う理由からではなく、
楽しんで本を読み聞かせすることが出来る。」
良い言葉です。

「この子の将来のためにぃぃぃいぃ!!」
という「力んだ親」が世の中にたくさんいますが、
自分が子どもだったら思いますもん。
「重いっす!」

私は、将来秀才になって欲しいからではなく、
今楽しいから一緒にジャングルジムで遊ぶ親でありたいです。
(2,568文字)



●アメリカのデモクラシー 第一巻(下)

2018年1月14日読了
読んだ方法:図書館で借りる

著者:トクヴィル
出版年:1835年
出版社:岩波文庫

リンク:
http://amzn.asia/cY4FQRE

▼140文字ブリーフィング:

もうこれは、「古典中の古典」ですね。
あり得ないぐらい、めちゃくちゃ引用されています。
「またトクヴィルかよ!」と思った時期があります。

なぜ本書がこれほど引用されるかというと、
これが非常に珍しく詳細な「一次資料」だからです。
1800年代、まだアメリカの人口が1,200万人だったとき、
フランス人のトクヴィルはアメリカを旅して、
その「見聞録」を記しました。

そしてこの「新大陸(アメリカ)」は、
旧大陸(ヨーロッパ)と、何が違うのかと言うことを、
彼は克明に書き記したのです。
当時のアメリカは今のような「超大国」ではありません。
世界のスーパーパワーは大英帝国であって、
アメリカやロシアではありませんでした。
しかしトクヴィルは、100年後、
世界はアメリカとロシアが二分するだろう、と「予言」します。
それは見事に的中します。

日本人論の名著ならルース・ベネディクトの「菊と刀」であるように、
アメリカ論の古典はフランス人トクヴィルの「アメリカのデモクラシー」です。
そして、トクヴィルの観察眼には本当に舌を巻きます。
彼が、100年後の東西冷戦を「予言」した箇所を抜粋します。

→P418〜419 
《今日、地球上に、異なる点から出発しながら
同じゴールを目指して進んでいるように見える二大国民がある。
それはロシア人とイギリス系アメリカ人である。
どちらも人の知らぬ間に大きくなった。
人々の目が他に注がれているうちに、
突如として第一級の国家の列に加わり、
世界はほぼ同じ時期に両者の誕生と大きさを認識した。

他のあらゆる国民は既に自然の引いた限界にほぼ達しており、
あとは守るだけであるが、両者は成長の途上にある。
他のあらゆる国民は引き留められ、
多大の努力を払わなければ前に進めないが、
両者だけは軽やかにして速やかな足取りで行くべき道を歩き、
その道がどこで終わるのか、いまだに目に見えない。

アメリカ人は自然が置いた障害と闘い、ロシア人は人間と戦う。
一方は荒野と野蛮に挑み、他方はあらゆる武器を備えた文明と争う。
それゆえ、アメリカ人の征服は農夫の鋤でなされ、
ロシア人のそれは兵士の剣で行われる。

目的の達成のために、前者は私人の利害に訴え、
個人が力を揮(ふる)い、理性を働かせるのに任せ、命令はしない。
後者は、いわば社会の全権を一人の男に集中させる。
一方の主な行動手段は自由であり、他方のそれは隷従である。
両者の出発点は異なり、たどる道筋も分かれる。
にもかかわらず、どちらも神の隠された計画に召されて、
いつの日か世界の半分の運命を手中に収めることになるように思われる。》
(1,063文字)



●アインシュタイン その生涯と宇宙 上

読了した日:2018年1月17日
読んだ方法:図書館で借りる

著者:ウォルター・アイザックソン
出版年:2011年
出版社:ランダムハウスジャパン

リンク:
http://amzn.asia/7S95mh2

▼140文字ブリーフィング:

去年読んだ伝記、「スティーブ・ジョブズ」が面白すぎて、
その著者、ウォルター・アイザックソンの書いた、
そのほかの伝記も読んでみたくなりました。

私はアインシュタインにミーハー的関心を寄せる「ファン」です。
小学生のころから「漫画で分かる相対性理論」とか、
児童用のアインシュタインの伝記を読むなど、
アインシュタインに並々ならぬ関心を寄せていました。
今、私がパジャマにしているスウェットのプリントは、
アインシュタインです。

、、、で、ウォルター・アイザックソンが、
アインシュタインの伝記を書いているというのを知り、
「これは読まねば」と思って手に取りました。

「天才」の定義は様々ですが、
私の「天才」の定義は「論理を飛び越えること」です。
天才は直観的に何が正しいかを捉えるので、
一見、論理に飛躍があるように見えます。

私はちなみに、天才ではありません。
(言うまでもありませんが笑)
私は抽象思考は得意で、
論理を緻密に組み立てていくことは得意ですが、
飛躍することは苦手ですから。
ある人の論理が飛躍している場合、
99%は「ただのバカ」なのですが、
1%は「天才」です。
前者と後者の見分け方は簡単です。
前者はそもそも論理が分かっていないから、
無自覚に飛躍し論理が破綻しているだけですが、
後者は「破綻しない論理」を自在に操った上で、
なおかつ「意識的に飛躍」できています。

アインシュタインは、
自分が意識的に飛躍している、
ということそれ自体にも意識的な、
「天才のなかの天才」でした。
それを彼は「帰納より演繹が大事」と、
自分で表現しています。

→P187〜188 
《実際1905年の三編の画期的な論文において、
演繹的アプローチを取る意図を始めに述べている。
彼は説明の付かない実験結果ではなく、
さまざまな理論がもたらす矛盾を指摘する所から論文を書き始めている。
それから実験データの役割を過小評価しつつ基本原理を持ち出している。
ブラウン運動の理論も、黒体放射の理論も、光速に関しても同じ事である。

『物理学における帰納と演繹』という1919年の本の中で
彼は後者のアプローチ、つまり演繹法の方を好むことを述べている。
「経験科学の創造について最も簡単な描像は
一連の帰納的手法である。ここの事実が結ばれ、
まとめられ、それらをつなぐ法則が明らかになる。
・・・しかしこのような方法で得られる大きな科学的知識の進歩は少ない。
・・・自然の理解における真に偉大な進歩は
帰納的手法とほとんど正反対の所にある。
事実の複雑な集大成から直感的に本質をつかみ出すことで
科学者は仮説的な法則を導き出す。
これらの法則から科学者は結論を引き出す。」》

、、、アインシュタインの相対性理論は、
実は「神学的なブレークスルー」でもありました。
もっと大胆な言葉を使えばそれは「神殺し」だった。

なぜか。

ニュートンの古典力学における、
「絶対空間・絶対時間」は、
神によって担保されている、とニュートンは言ったが、
アインシュタインはそれを「相対化」してしまったからです。
時間や空間さえも「ゆがむ」としたら、
もはや「神が書きたもうた」物理法則のなかに、
「絶対的な座標軸」は存在しないことになってしまう。
「聖なる天蓋」を突き崩し、転覆させ、
古典的な世界観に依って立っていた宗教観を、
がらがらと音を立てて崩れさせた原因は、
ひとつはダーウィンの「種の起源」、
そしてアインシュタインの「相対性理論」だったのです。

→P197 
《絶対時間の概念――「実際に」存在して、
測定とは同時に時を刻むという意味での時間――は、
ニュートンが216年前に著書『プリンキピア』で仮定して以来、
物理学の支えであった。
同じ事は絶対空間と距離に関しても言える。
「絶対的な真の数学的な時間は、他の何者にもよらず、
それ自体それ自身の性質として、一様に流れる。」
とニュートンが『プリンキピア』の第一巻で書いていることは有名だ。
「絶対空間は、他の何者にもよらず、
それ自身の性質として常に同一であり動かない。」

しかしこれらの概念が直接に観測できないことに、
ニュートンでさえ不満であった。
「絶対時間は理解の対象ではない」と彼は認めている。
このジレンマから逃れるのに彼は神の存在に頼った。
「神は永遠にどこにでも存在して、
時間の経過と空間を定める。」》

、、、神の支配する時間と空間が、絶対ではない?
では、「神の居場所」はどこにもないのか?

ないはずがないじゃないですか。
神学はそんなにヤワなものではありません。

自分たちの古い世界観に引きこもり、
世間から隔絶され、明白な科学的知見を「否定」し、
物理学や生物学や社会学「批判」をくりかえす宗教者は、
「ヤワ」だなぁと私は個人的に思いますが。
(1,887文字)



●やさしいライオン

読了した日:2018年1月17日
読んだ方法:Amazonで書籍購入(中古)

著者:やなせたかし
出版年:1975年
出版社:フレーベル館

リンク:
http://amzn.asia/4AtIjsl

やなせたかしが初めて描いた絵本です。
犬に育てられたライオンの話。
悲しいけれど、心に残る話でした。
Amazonで古本を買いましたが、
裏表紙に「××さんへ、お世話になりました。
心をこめて云々、、、●●より」というメッセージが。

、、、売るなよ泣。
(120文字)



●知性の顛覆 日本人がバカになってしまう構造 

読了した日:2018年1月17日
読んだ方法:図書館で借りる

著者:橋本治
出版年:2017年
出版社:朝日新聞出版

リンク:
http://amzn.asia/cvBDkPg

タイトルに期待して読みましたが、
正直、内容が散漫で、あまり面白くはありませんでした。
「不機嫌」と、「反知性主義」が結びついている、
という部分だけは、なるほど、と思いました。

→P206
《トランプ新大統領が主要メディアを「敵」と言ったり、
ワシントンの既成政治を「だめだ」と言っているのは、
その相手が、「複数の問題の整合性」を考えようとしているからで、
単純な多くの人と同じように「よく分からない複雑な問題」を
突きつけられた大統領が腹を立てて、
「そういうものはみんなナシ!」と言ってしまったのに等しい。
がしかし、「複雑な問題」は、やはり考えなければ答えがでないものだ。

もう一度「反知性主義」に戻ってしまえば、
「世の中には面倒なことを考えさせられると、
それだけで腹が立ってしまう人たちは多い」―――そのことが、
「反知性主義の高まり」なのだ。
私にはそうとしか思えない。
理性をはねつけてしまった不機嫌は強い。》
(398文字)



●より少ない生き方 ものを手放して豊かになる

読了した日:2018年1月17日
読んだ方法:図書館で借りる

著者:ジョシュア・ベッカー
出版年:2016年
出版社:かんぎ出版

リンク:
http://amzn.asia/0XCfo6v

▼140文字ブリーフィング:

1年ぶりぐらいに「ミニマリズム本」を読みました。
あまり期待はしていませんでしたが、
これが思いの外面白かったのです。

それは、この著者が「牧師」だからです。
ミニマリズムって、「禅」とか「ニューエイジ」とか、
「スピリチュアル」となぜか相性が良いので、
キリスト教徒である私からすると、
「ここまでは共感できるけど、
 ここから先はついて行けない」
というラインがあるのですよね。

しかし、この著者は牧師なので、
「ミニマリズム」を「聖書的」に理解している。
「最後まで納得のいくミニマリズム論」として、
一押しの本です。

たとえば著者は、福音書に出てくる有名な、
「金持ちの青年」をミニマリズム的に解釈します。
引用します。

→P46〜48 
《前の章でも述べたように、私のミニマリズム哲学は、
イエスの教えから大きな影響を受けている。
とはいえ、ミニマリズムに興味を持つようになったおかげで、
前から知っていたイエスの教えを、
新しい角度から眺められるようになったのも事実だ。

このイエスと役人の物語は、その典型的な例だろう。
昔の私は、イエスと役人の物語を読むたびにこう考えた。
「自分の持ち物とお金をすべて上げてしまったら、
惨めな人生になるに決まっている。
イエスは本当にそういう意味で言ったのだろうか?」

持っているものの数で幸せを図るような世界で暮らしていると、
イエスの言葉はまるでピンとこない。
機嫌の良い日だったら、こんな風に考えて自分を納得させていたものだ。
「たぶん現世で物質欲を手放せば、
天国に行ったときに報われるのだろう。
きっとイエスは、そういう取引のことを言っていたのだ」

ところがこの理屈では、他のイエスの言葉とかみ合わなくなる。
たとえばイエスは、別のところで、
「私が来たのは、あなたが本物の人生を手に入れるためだ。
それは、あなたが夢に見たよりも豊かで素晴らしい人生だ。」
ということも言っている。

イエスの教えはいつだってそうだった。
天国に行ってからだけでなく、
この地球上での日常生活を最大限に生きる方法を説いている。

ミニマリスト生活を実際に始めて、
これまで紹介したような利点をすべて経験すると、
イエスがお金持ちの若い役人に投げかけた言葉が、
新しい意味を持つようになった。

イエスが本当に言いたかったのは、
「持ち物をすべて売り、そのお金を貧しい人に与えれば、
自分も不要な荷物から解放されるだろう」ということだったのだ。

ものに執着していると、
本当に豊かな人生からはむしろ遠ざかる。
ものを減らしなさい。
物質欲の重荷から解放されれば、
目指しているものには何でもなれるだろう。
これが、イエスの答えの本当の意味だ。

イエスの答えは、若い役人の信仰心を試しているのではない。
信仰が真実であることを証明するために、
究極の犠牲を払うことを求めているのでもない。
むしろ、より豊かな人生への招待状だったのだ。
あの若い役人は、自分の所有物のせいで、
真の意味では生きていなかったのだ。
このイエスの教えは、どんな宗教を信じる人にも共感できるだろう。》

、、、また、著者は牧師として、
ミニマリズム本に時々出てくる、
「人間関係も整理しましょう」という教えに、
疑義を呈しています。
引用します。

→P286〜289 
《ミニマリストの中には、
「自分の人生に利益をもたらさない人とはさよならしよう」
というアドバイスをする人がたくさんいる。
つまり、クローゼットや引き出しのガラクタだけでなく、
人間関係のガラクタも処分しようというのだ。
彼らの言いたいことは理解できるが、同意できるわけではない。
 (中略)
自分に利益のある関係だけを大切にするのなら、
それは愛ではない。利己主義だ。
 (中略)
ジョンの人生は平坦ではなかった。
親からは育児放棄され、ドラッグとアルコールの問題を抱え、
ホームレスになったこともある。自分の失敗のことも平気で話す。
彼が苦労をしたのは、もちろん育った環境も原因になっているが、
自業自得の面もあることは否定できない。
実際に会うときは、彼はいつもひげを剃らず、だらしない格好で現れる。
しかし、表情は明るく、今度こそ立ち直って神の道を進むと誓い、
参加している後世のための集まりについて話してくれる。
私はいつも、彼を応援している人がいることを伝え、
自分でもできる限り力になると約束する。
そして最後に、私はたいてい「来週もまた会えるかな」と言うのだが、
次に彼が連絡してくるのは数ヶ月後だ。

正直にいえば、ジョンとの関係で私が得るものは特にない。

ジョンから何らかのアドバイスがもらえるわけでもないし、
私が助けてもらえるような仕事をしていたり、
特技があったりするわけでもない。
有名人や偉い人の知り合いがいて、私に紹介してくれるわけでもない。
私のことは人として大切に思ってくれているのかもしれないが、
たとえそうだとしても、その気持ちを表現する方法は
少々変わっていると言わざるを得ないだろう。

それでも、彼がいつも与えているものが一つある。

それは、誰かを愛するチャンスだ。
それも、見返りを期待する愛ではなく、無条件の純粋な愛だ。
忍耐力、慈悲の心、責任、犠牲が必要な愛だ。
つまり、本物の愛ということだ。
ジョンとの関係は、私が本物の愛を示すチャンスだ。
彼がどこに行こうと、どんなに長い間音信不通でも、
いつでも待っていると伝えることが出来る。》

、、、メールをしても返信せず、
電話をしても出ず、人生がめちゃくちゃになったときだけ、
SOSの連絡をして「逢いたい」と言ってくる、
著者の友人の「ジョン」は、
他のミニマリストなら「処分ボックス行き」と言うでしょう。
しかし彼は言います。
「ジョンは、私に無条件で人を愛するチャンスをくれている」。

シビれますね。

さらに、彼は、ミニマリズムの最大の益は、
「より多くを与えられるようになること」と言います。
これは「こんまり先生」を含む、
多くのミニマリストがだれも、一言も言っていないことです。
彼らは「減らすことが自己目的化」していますが、
本書の著者は、「与えること」が目的です。
私はこちらのミニマリズムを支持します。
引用します。

→P302〜303 
《たしかに矛盾して聞こえるかもしれない。
それでも、本物の幸せと満足感を手に入れる一番の近道は、
自分の利益を追求することではなく、人のためになることだ。

ここで、人のために生きる道を選んだらどうなるのか考えてみよう。
まず、自由が増える。ストレスが減り、不安が減り、不満が減る。
満足感が大きくなり、生きている実感が持てる。
人のために生きていると、人と比べる必要がなくなる。
人の上に立ちたいという気持ちがなくなるので、肩の荷が下りる。
自分のしていることがよく分かっていて、
それが大切なことだということも知っている。
人生に満足し、目的意識を持って生きることが出来る。
 (中略)
あなたには大きな夢を持ってもらいたい。
そしてその夢から、大きな満足感を手に入れてもらいたい。
人のためになることがあなたの夢なら、それは実現するだろう。
インドの詩人のラビンドラナート・タゴールは、こんな言葉を残している。
「私は眠り、人生は喜びだという夢を見た。
私は目を覚まし、そして人生は他者に仕えることだと悟った。
私は実行し、そして目撃する。人に仕えることは喜びだった。」》
(2,957文字)



▼▼▼リコメンド本「今週の一冊」▼▼▼

陣内が過去一週間に読んだ本の中から、
「いちばんオススメだったのは?」という基準でリコメンドします。
「いちばん優れていた本」というよりも、
「いちばんインパクトの大きかった本」という選考基準です。
皆さんの書籍選びの参考にしていただけたら幸いです。


▼今週の一冊:より少ない生き方

コメント:
ほとんど期待せずに読んだ分、
カウンターで右フックを食らった感じです笑。
ミニマリズムやシンプルライフの本は
今まで結構たくさん読んで来ましたし、
それらに啓発され教えられてきました。
私もシンプルに生きたいと思っていますので、
真似できると思うことは真似してもきました。

しかし、そこに「何かが足りない」と感じてきた、
「何か」が何だったのかに、
この本は気づかせてくれました。

それは「与えること」「他者のために生きること」でした。
ミニマリズムという哲学に、
キリストの光を当ててくれた著者に、
感謝の意を表します。




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陣内が先週読んだ本 2018年1月第一週 『LIFE SHIFT』リンダ・グラットン 他4冊

2018.06.27 Wednesday

+++vol.046 2018年1月9日配信号+++

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
■4 陣内が先週読んだ本 
期間:2018年1月第一週 12月31日〜1月6日
::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::

先週私が読んだ本(読み終わった本)を紹介していきます。
一週間に一冊も本を読まない、
ということは、病気で文字が読めなかった数ヶ月を除くと、
ここ数年あまり記憶にないですから、
このコーナーは、当メルマガの
レギュラーコーナー的にしていきたいと思っています。
何も読まなかった、という週は、、、
まぁ、そのとき考えます笑。

ただ紹介するのも面白みがないので、
twitterに準じて、
140文字で「ブリーフィング」します。
「超要約」ですね。
(どうしても140字を超えちゃうこともあります。
 140文字はあくまで「努力目標」と捉えてください笑。)

忙しい皆さんになり代わって、
私が読んだ本の内容を圧縮して紹介できればと思います。
ここで紹介した本や著者、テーマなどについて、
Q&Aコーナーにて質問くださったりしたら、
とても嬉しいです。


●内側から見た富士通 「成果主義」の崩壊

読了した日:2017年12月31日
読んだ方法:図書館で借りる

著者:城繁幸
出版年:2004年
出版社:光文社ペーパーバックス

リンク:
http://amzn.asia/cFEb1UL

▼140文字ブリーフィング:

00年代に、富士通は「成果主義」を鳴り物入りで導入ました。
その結果、なんと富士通はどんどん業績を落とし、
納期の半年遅れなどを起こしニュースに取り上げられたのです。
成果主義の導入後、内部は崩壊しました。
著者はその時代に富士通に入社し、
あまりの不条理に退職してフリーランスになった人ですから、
この本は「内部からの告発」のような様相を呈します。
面白かったです。

著者の分析によると、成果主義自体に罪があったわけではなく、
組織体質には手を付けず成果主義を導入した結果、
成果主義が実力主義を後押しするのではなく、
逆に「コネと根回しのムラ社会のルール」を強化し、
「責任をとらない」という悪い部分だけが残った、
という逆説的で皮肉な現象が起きたことが悲劇だったと言います。

引用します。

→P221 
〈年功的組織下で濫造された従業員数の3割を占める管理職に、
公平で有能な評価者を期待しても、理論通りには動かないのだ。
まして、彼らは従来の超・年功的価値観の下で何十年も育成された、
新しい価値観への順応度だけで観れば新人より遙かに劣る「抵抗勢力」だ。
まったく異質な「成果主義」という理念を理解することなど、
とうてい無理なのだ。
そして、この点がクリアできないなら、
どんなに頭をひねっても、何回制度をいじくり回しても、
「成果主義」は機能しない。
そういう意味では、
富士通は貴重なモデルケースを提供してくれたと言えるかもしれない。
組織の大枠を崩すことなく、評価システムを変えた所で、
結局何一つ変わらなかったからだ。
むしろ悪化したあげくに、社業まで大きく傾いてしまった。
社員の不満、嫉妬、怨念、若手社員の離職率急上昇、
そして業績低迷。これらの現象は、
いずれも「中途半端な成果主義」という一本の線でつながっている。〉

もうひとつ面白かったのは、
日本企業が00年代に「成果主義」を大挙して導入した、
「本当の理由」です。
それは実は、「働く人のやりがい」とか、
「イノベーションを起こす」とかではないと著者は指摘します。

企業が成果主義を導入した本当の理由は「コストカット」です。
年功序列制度を維持するコストを担保できなくなったので、
「成果主義の導入」という名のコストカットが行われたわけです。

説明します。
高度経済成長の「人口ボーナス時代」が終わり、
労働人口と内需が縮小していく「人口オーナス時代」に入った結果、
日本で年功序列制度を維持するのは「無理ゲー」になったのです。

なぜか。

年功序列制度というのはつまるところ、
「ピラミッド型組織の維持」だからです。
下が大きくて上が少ない、ということですね。
組織の階級を上昇するにつれて「席の数」は減って行きます。
この「三角形の形」を維持するには、
裾野が際限なく広がらなければなりません。
「ネズミ講」の理論です。

それはつまり、企業が右肩上がりに成長するということを意味します。
そして昭和の一時期それは本当にうまくいきました。
実はこのネズミ講式の構造は年金制度にも言えます。
人口オーナス時代に入り、
それが破綻した時に企業の人事部や財務部などの、
官僚ホワイトカラー部門(コスト部門)が成果主義に飛びついたのはつまり、
今後逆三角形になっていくときに膨らむコストをカ
ットしたかったからです。
こんな動機で改革をすること自体が「欺瞞でありゆがみ」なのであり、
成果主義自体が悪だったからではない、と著者は指摘しています。
私も同意します。
引用します。

→P146 
〈「年功序列制度」の組織は、
前述のように際限なく組織が拡大することと、
ビジネスモデルが不変である
(少なくとも非常に緩やかな変化しかあり得ない)
という前提がなければ維持できない。
維持できれば毎年安定して若い人材も確保できる。
そうなると、人事制度の主眼は
「いかに個々の人材の能力を伸ばしていくか」ではなく、
「いかに個々の人材の規格を維持するか」
という点に力点を置いた方がずっと合理的だ。
こう考えると、「ムラ社会」の掟にも、
それなりの存在理由はあるのだ。
たとえてみると、「成果主義」は脚本もステージも設定も
まだ決まっていない自由演劇のようなもので、
「年功序列制度」は先人から代々受け継がれてきた「しきたり」にそって、
決まった衣装と舞台で毎回同じように演じる歌舞伎のようなものだろう。
前者には、自由に才能やスキルを生かせる反面、
客の反応は実際公演をやってみるまで全く予測できないというリスクがある。
その一方、歌舞伎役者にはオリジナリティや新鮮な感動は期待できないだろうが、
公演中の客の反応はもちろん、1度の興業の売り上げまで予測可能だ。〉
(1,826文字)



●人間の本性を考える 心は「空白の石版」か (中)

読了した日:2017年12月31日
読んだ方法:図書館で借りる

著者:スティーブン・ピンカー
出版年:2004年
出版社:NHKブックス

リンク:
http://amzn.asia/747Tijo

▼140文字ブリーフィング:

上・中・下にまたがるこの大著は、
「ブランクスレート仮説」と呼ばれる、
「人間の心は空白の石版であり、教育や学習によって、
 どんなものにでもなり得る」という仮説への反論です。
その反論にはある程度の「遺伝子決定論」が含まれます。
つまり、(教育には効果があるものの)、
遺伝的にどうにもならない脳の優劣だったり、
人を傷つける傾向だったり、そういうものがあるのだ、
という行動遺伝学と呼ばれる分野の知見です。

困った(と著者は思っている)ことに
この分野はめちゃくちゃ評判が悪いのです。
右派(保守派)からも、左派(進歩派)からも。
引用します。

→P247 
〈心が生物学的に解明されることに対して人々が抱く重大な恐れの一つは、
解明が道徳のニヒリズムにつながるのではないかというものである。
もし人間が高尚な目的のために神によって創造されたのでなければ、
と右派の批判者は言い、
もし利己的な遺伝子の所産であるなら、
と左派の批判者は言う。
私たちが自分のことばかり気にかける
道徳性のないエゴイストになってしまうのを、
何が防止してくれるのだろうか。
、、、そして両派とも、人間性についての
生物学的な理論を受け入れた結果がナチズムであると指摘する。〉

行動遺伝学が左派からも右派からも評判が悪いその理由は、
「道徳性がなくなる」という人々の恐れだ、と著者は言います。
そして、それは完全な誤解だ、と。
「行動や心や能力が遺伝的に決定されること」と、
「道徳的に生きることの意味が失われてしまうこと」の間に、
なんの相関もないんだ、と。
この誤解は、
「至近要因と究極要因の混同による誤解」と呼ばれるそうです。
本書をここまで読んで一番のヒットは、
私にとってはこれでした。
引用します。

→P105〜106 
〈科学的知識によって人間の価値が
損なわれるのではないかという不安について考えると、
私は映画『アニー・ホール』の冒頭で、
主人公のアルビー・シンガーが子どもの頃に、
かかりつけの医師のところに連れてこられたシーンを思い出す。

母親:気分が落ち込んでいるんです。急に何もできなくなってしまって。
医師:どうして落ち込んでいるの、アルビー。
母親:フリッカー先生にお話ししなさい。
(息子の代わりに答える)何か読んだらしいんです。
医師:何か読んだ?
アルビー:(うつむいて)宇宙は膨張している。
医師:宇宙は膨張している?
アルビー:宇宙はすべてでしょ。それが膨張しているなら、
いつかばらばらになって、何もかも終わりになってしまうんだ。
母親:それがあなたになんの関係があるの?
(医師に向かって)宿題もしなくなってしまって。
アルビー:宿題なんかに、何の意味があるのさ。

このシーンがおかしいのは、
アルビーが分析の二つの水準――宇宙をはかる数十億年という尺度と、
数十年、数年、数日という人生の尺度とを混同しているからだ。
アルビーの母親の言うとおり、
「宇宙があなたに何の関係があるの?
あなたはブルックリンにいるのよ。
ブルックリンは膨張していません!」なのだ。
私たちの動機がすべて利己的であるという答えに出会って落ち込む人は、
アルビ―と同じくらい混乱している。
究極要因(何かが自然淘汰で進化した理由)と
至近要因(それが、いまここでどのように働いているか)とを
混同しているのだ。
二つの説明はよく似ているように見える場合があるので、
混同されるのも無理はない。〉

、、、私たちの周りには他にもたくさんの、
「究極要因と至近要因の混同」による混乱や誤解が、
存在するのではないか、と私は感じました。
いつか世の終わりが来るからといって、
明日の宿題をやらなくて良いわけではありません。
人間はいつか必ず死ぬからといって、
暴飲暴食をして良い理由にはならないのです。
(1,442文字)



●歩くような速さで

読了した日:2018年1月1日
読んだ方法:図書館で借りる

著者:是枝裕和
出版年:2013年
出版社:ポプラ社

リンク:
http://amzn.asia/2eVy9kJ

▼140文字ブリーフィング:

私の好きな映画監督、是枝裕和さんによるエッセイ集です。
散文的ですが、とても面白かったです。
いろいろ面白かったところがあったのですが、
その中から一つだけ厳選して引用して紹介します。

→P25 
〈作品は自己表現ではなくコミュニケーションだと昨日書きましたが、
もう少しその話題。
テレビの仕事を始めたときに一番言われたのは、
「わかりやすく」ということでした。
「誰にでも分かるように」と。
「視聴者は馬鹿なので」と平気で言う放送局員もいました。

もちろん人に伝える職業ですから、
どうしたらその話を真剣に聞いてくれるか?
語る言葉は選びますし、話す順序も考えます。
しかし、誰にでも分かる作品などあり得ない。
それは言葉や映像、
もっと言うとコミュニケーションを過信しているのだと思います。
難しくてわかりにくいことを
5分で説明してくれるのがテレビだと思われている方も多いと思いますが、
実は簡単だと思われている事象の背後に隠れている
複雑さを描いてこそテレビだという価値観も一方で存在するわけです。
だって世界は複雑なんですから。

その複雑さを無かったことにして
「わかりやすさ」だけを求め客に媚びた結果
(すべてとは言いませんが)映画もテレビも幼稚化したのだと思います。
そして現実から逃避した。
「早くこの味が分かるようになれよ」と
大人がこどもを高みへと導くような態度は、
作り手としては傲慢であるといつしか言われるようになりました。
しかし、ではどちらの態度がよりコミュニケーションというものと
真面目に向き合おうとしているでしょうか?

「誰か一人の人間を思い浮かべながら作れ」。
これもデビュー当時、先輩に言われた一言です。
視聴者などと言う曖昧な対象へ向かって作ったって結局誰にも届かない。
母親でも恋人でも良いから「ひとりの人に語りかけるように作れ」と。
つまり、作品を表現ではなく対話として捉えろ、
とその人は言いたかったのでしょう。
確かにそのことを意識すると、作品は自らのドアや窓を開き、
風通しが良いものに変質します。
僕が自己表現という言葉に感じる
「自己完結感」をこの風が払拭してくれるのです。

映画『奇跡』は、今3歳の娘が10歳になった時に見せたいと思って作りました。
世界は豊かで、日常はそのままで美しく、
生命はそれ自体「奇跡」なのだと、
そう語りかけるように作ったつもりです。〉

、、、「世界は複雑なのだから。」
痺れますね。
こういう表現者がいる日本は、
「まだ大丈夫だ」と思います。
彼は日本の宝ですね。
あらゆるものを「分かり易く説明してくれ」と要求する視聴者は、
言い換えると「俺は難しいことは考えたくない」と言っているのであり、
その人々は「複雑な世界を複雑なまま理解する」
という努力を放棄しています。
厳しく言えば「知的に怠慢」なのです。
そういった一人一人の「ちょっとずつの怠慢」が、
テレビをつまらなくし、
世の中に「分かり易いお手軽なもの」を充満させ、
そして世界をちょっとずつ行きづらくしている、
と私は感じていますから、
この是枝監督の言葉には大いに共感しました。
(1,229文字)



●LIFE SHIFT 100年時代の人生戦略

読了した日:2018年1月1日
読んだ方法:図書館で借りる

著者:リンダ・グラットン、アンドリュー・スコット
出版年:2016年
出版社:東洋経済新報社

リンク:
http://amzn.asia/cq7YpSm

▼140文字ブリーフィング:

こちらは小泉進次郎が引用したりして、
去年話題になったベストセラーです。
この著作は前著「WORK SHIFT」を下敷きにして書かれていますが、
そちらのほうが包括的で内容も重厚でした。

「WORK SHIFT」のレビューはかつてメルマガでがっつり書き、
アーカイブブログのほうにもアップロードしていますから、
是非そちらをご参照ください。

▼参考リンク:メルマガ記事「WORK SHIFT」
http://blog.karashi.net/?eid=154

両方読んでみて、
今回の本が前著より売れた理由は私には分かります。
それは後半にケーススタディを持ってきて話を単純化したところにあります。
戦後の団塊世代のジャック、
団塊ジュニア世代で1971年生まれのジミー、
1998年生まれのジェーンという、
3人の人生をシミュレーションするという構成になっていて、
その対比が話を分かり易くしています。

著者の言いたいことの要約はこうです。

過去200年の人類の寿命の推移から割り出すと、
現在生まれる赤ん坊は、
かなりの確率で100年近く生きることになる。
そして、彼らが60歳になったとき、
世の中に「定年退職」という概念自体がなくなる。
(それは人類の長寿化と国家の年金運営が、
 早晩破綻するという二つの理由による)
そのような時代の働き方は、
産業革命後に人類が経験した
「働き方の革命」に匹敵する大変革となる。
具体的には過去の革命は、農業主体から工業主体への変革であり、
その時代に「8時間労働・週休2日制・年功序列・年金制度」
といった現在私たちが知る労働慣行が形成された。
しかし我々がこれから経験する「働き方革命」は、
「農業から工業へのシフト」とは違うインパクトをもたらすであろう。
工業時代(現在)は「3ステージの人生」がスタンダードだ。
つまり「教育のステージ(〜20歳前後)
→労働のステージ(20前後〜65歳前後)
→引退のステージ(65歳〜)」
という3ステージである。
しかし今後このような「3ステージ」は完全に解体されるだろう。

、、、で、この「ポスト3ステージ」の働き方を、
著者は「ポートフォリオ・ワーカー」と呼びます。
直訳すれば「分散投資型の労働者」という意味であり、
じっさいには、人生がマルチステージになるということです。
教育→職業A→職業B→
教育に戻る→職業C→サバティカル(長期の休養)
→職業D→、、、、
みたいな働き方です。
「3ステージ」との大きな違いは、
1.人生に引退という概念がなくなることと、
2.そして職業A〜D(もしくはそれ以上)のうち、
かなりの部分を「雇われて」働くのでなく、
「フリーエイジェント」として働くことになること、
3.「教育」は人生の最初に一度だけでは間に合わず、
職業人生の途中に随時技術や情報をアップデートするために、
自己教育が欠かせなくなること
などが挙げられています。

グラットン氏が指摘している、
「100年ライフ」における大切な無形資産(お金以外の資産)には、
「変身資産」という、
これまでには必要とされなかったタイプの「資産」が含まれる、
という点が、私にとっては最も新鮮でした。
引用します。

→P127 
〈こうした(先天的な)要素を除いても、
無形の資産には非常に多くのものが含まれる。
長寿化との関係を基準に、これらを三つのカテゴリーに分類してみた。

1.一つ目は、生産性資産。
人が仕事で生産性を高めて成功し、
所得を増やすのに役立つ要素のことだ。
スキルと知識が主たる構成要素であることは言うまでもないが、
ほかにもさまざまな要素が含まれる。

2.二つ目は活力資産。
大ざっぱに言うと、肉体的・精神的な健康と幸福のことだ。
健康、友人関係、パートナーやその他の家族との良好な関係などが該当する。
長期追跡調査によれば、活力資産を潤沢に蓄えていることは、
良い人生の重要な要素の一つだ。

3.最後は変身資産。
100年ライフを生きる人たちは、その過程で大きな変化を経験し、
多くの変身を遂げることになる。
そのために必要な資産が変身資産だ。
自分についてよく知っていること、
多様性に富んだ人的ネットワークを持っていること、
新しい経験に対して開かれた姿勢を持っていることなどが含まれる。
このタイプの資産は、
旧来の3ステージの人生ではあまり必要とされなかったが、
マルチステージの人生では非常に重要になる。〉

、、、で、この変身資産には、
「自分に関する知識」が含まれるというのです。
つまり、「己を知っている人」ほど、「変身」がしやすい。
一つの職業的アイデンティティだけで、
100年ライフ時代のキャリアを全うできる人は少数派になります。
人間はほぼ例外なく「転職」「転身」を経験する世の中が到来した時、
「アイデンティティを確立できているかどうか」が
勝負を決めるというのです。

日本に引きつけて語るなら、昭和の日本は、
「私は●●株式会社の●●部で部長をしていた者です」
というアイデンティティが、退職後も通用した。
しかし、100年ライフ時代には、
そういった名刺=アイデンティティは通用しません。
「なんですかそれ?」になります。

なぜか?

現代の「企業」は人の職業人生より短いからです。
ということはあなたは、「私は山田太郎です」という、
固有名詞を名乗らなければならない。
その「山田太郎」は、
去年までは勤め人として中間管理職に就き、
今は大学院に通いながら、
新しい会社を起こす準備をしているかもしれない。
そのときに大切なのは、
「役割」ではない自分を語れることです。

引用します。

→P161〜163 
〈生涯に多くの役割を経験するほど、
一つの役割によってはアイデンティティが決まらなくなる。
アイデンティティは、引き受けるものや親から受け継ぐものと言うより、
丹念に作り上げるものになったのだ。
そのプロセスでは、自分についての知識が大きな意味を持つ。
自分のことをよく理解し、よく学ぶためには、
他の人たちに意見を求め、寄せられた意見について内省することが有効だ。
内省の重要性はきわめて大きい。

自分と世界についての認識に新しい情報を加えるだけなら、誰でもできる。
変身資産を積極的に築こうとする人が他の人と違うのは、
単に情報を加えるだけでなく、自己認識と世界の見方を変更することだ。
その結果として、自分についての理解が広く深くなり、
いくつもの欲求と不確実性に対処する能力が高まる。

心理学者のロバート・キーガンによれば、
人が大きく変わるのは、一歩下がって内省し、
その結果について判断を下す時だ。
行動の仕方やものの感じ方だけでなく、
ものの知り方を変えるとき――そう、何を知っているかだけでなく、
どのように知っているかを変える時――変化は起きる。
アイデンティティを主体的に作り上げる側面が大きくなると、
私たちは、心理学者のヘーゼル・マーカスと
ポーラ・ヌリウスが言うところの「ありうる自己像」への理解を深め、
その結果、アイデンティティが未来に広がるようになる。

、、、自分についての知識は、
変化を遂げるための道筋を示すことに加えて、
人が変化を経験しながらもアイデンティティと
自分らしさを保てるようにする役割を持つ。
自分についてよく理解している人は、
人生に意味と一貫性を持たせる道を選びやすい。
そのため、過度に落ち着きのない人生を送らずにすむ。
往々にして、寿命が延びると、
外的要因により慌ただしい日々を強いられたり、
職や居住地を頻繁に変えることでせわしない生活に陥ったりする。
その点、自分についての知識を持っている人は、
人生の新しいステージで成功する確率が高く、
変化によりアイデンティティが脅かされているとあまり感じない。〉

→P163 
〈アイデンティティの変化は、本人にとって難しい経験だ。
なにかが変わる時は、なにが変わらないのかが重要な意味を持つ。
人類学者のシャーロット・リンデは、
大勢の人たちとのライフ・ストーリー
(みずからの人生や生活について語る物語)に耳を傾けた。
すると、とくに際立っていたのは、
一貫性を持った人生の物語を描くことに
人々が多大なエネルギーを費やすという点だった。

人生の物語が一貫性を持つためには、
継続性(自分の変わらない要素とはなんなのか?)と因果関係
(自分に起きたどの出来事が原因で変化が起きたのか)
の両方の要素が欠かせない。
リンデによれば、自分についての深い知識は、
その継続性と因果関係の要素を形作る上できわめて重要だという。〉

、、、以上の分析から著者は、
現代の若者が「自分探し」などをするのは、
「世代論」に還元できない、と強調します。
つまり、若者の自分探しなどの「自己意識の高さ」は、
世代の特徴ではなく、寿命の長さこそが
真の理由だと彼女は分析しています。
鋭い分析です。

→P361 
〈ジェーン(1998年生まれ)の人生には、
自己意識を一つの旅として捉える姿勢がよく表れている。
「私はどういう人間か?」という問いに対するジェーンの答えは、
長い人生の間に変わっていく。
基本的には、人生のどの時点でも未来のあり得る自己像を多数持っているのだ。
この世代の行動が年長世代と大きく異なる理由は、この点にある。
世代による行動様式の違いを生んでいる要因は、誕生年の違いではない。
それは「ミレニアル世代だから」「Y世代だから」といった
怪しげな世代論で説明すべきものではないのだ。

その真の要因は、寿命が延びていることだと、著者達は考えている。
この世代は、無責任だとか、権利意識が強すぎるなどと批判されることが多い。
しかし、そうした行動は明らかに、
人生という長旅を始めるにあたって
自己意識に投資しようとする姿勢と見なせる。
ジェーンたちは、人生の様々なステージと
移行期間の構成を決める上で、
自己意識が非常に大きな意味を持つとよく理解しているのだ。〉
(3,894文字)



▼▼▼リコメンド本「今週の一冊」▼▼▼

陣内が過去一週間に読んだ本の中から、
「いちばんオススメだったのは?」という基準でリコメンドします。
「いちばん優れていた本」というよりも、
「いちばんインパクトの大きかった本」という選考基準です。
皆さんの書籍選びの参考にしていただけたら幸いです。


▼今週の一冊:LIFE SHIFT

コメント:
ご紹介したとおりですが、
「LIFE SHIFT」は前著「WORK SHIFT」とあわせて、
購入して読むに値する本です。
欧州では既に定年退職の年齢を68歳に引き上げ、
長期的には撤廃する動きが始まっており、
日本も近未来において必ず同じ事が起きます。

私は「自分が定年退職する未来」を、
人生のシナリオの中にもはや持っていません。
おそらく私達の世代以下は全員そうだと思いますが、
年金を「もらえる」などとは、最初から思っていない。

、、、そのような社会で、自分が社会のお荷物になるのでも、
既得権益にしがみつくのでも、
老害となって若者の邪魔をするのでもなく、
社会を益する存在として能力を還元し続けられるように、
今から体力においても知力においても経験においても、
信仰においても準備しておくべきだ、という危機感を、
私はこの二冊を読んでから自然に抱くようになりました。



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陣内が先週読んだ本 2017年12月第四週 『怪獣使いと少年 ウルトラマンの作家たち』切通理作

2018.06.20 Wednesday

+++vol.045 2018年1月2日配信号+++


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
■4 陣内が先週読んだ本 
期間:2017年12月第四週 12月24日〜30日
::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::

先週私が読んだ本(読み終わった本)を紹介していきます。
一週間に一冊も本を読まない、
ということは、病気で文字が読めなかった数ヶ月を除くと、
ここ数年あまり記憶にないですから、
このコーナーは、当メルマガの
レギュラーコーナー的にしていきたいと思っています。
何も読まなかった、という週は、、、
まぁ、そのとき考えます笑。

ただ紹介するのも面白みがないので、
twitterに準じて、
140文字で「ブリーフィング」します。
「超要約」ですね。
(どうしても140字を超えちゃうこともあります。
 140文字はあくまで「努力目標」と捉えてください笑。)

忙しい皆さんになり代わって、
私が読んだ本の内容を圧縮して紹介できればと思います。
ここで紹介した本や著者、テーマなどについて、
Q&Aコーナーにて質問くださったりしたら、
とても嬉しいです。


●41歳からの哲学

読了した日:2017年12月25日
読んだ方法:図書館で借りる

著者:池田晶子
出版年:2004年
出版社:新潮社

リンク:
http://amzn.asia/35rPR8m

▼140文字ブリーフィング:

池田晶子さんの「14歳からの哲学」は以前読んだことがあったのですが、
ある方から私が教会で話していた内容から連想した、、、
とご指摘いただき、池田さんの本を久しぶりに手に取りました。
この本はエッセイ集で内容は「軽い」ですが、
私の好きな養老孟司の「女性版」みたいな感じで、
その超然とした態度や、たっぷりの皮肉と少量の猛毒と、
しかし不思議と愛がある、、、という語り口は養老先生そっくりです。
(183文字)



●怪獣使いと少年 ウルトラマンの作家たち

読了した日:2017年12月17日 速読
読んだ方法:図書館で借りる

著者:切通理作
出版年:2015年
出版社:洋泉社

リンク:
http://amzn.asia/34aBmqG

▼140文字ブリーフィング:

「円谷プロ」のウルトラマンのシナリオライター、
金城哲夫、佐々木守、上原正三、市川森一の人物像を探り、
彼らがウルトラマンや怪獣たちにいったい何を象徴させたのか、
ということを分析する本です。
00年代の若手文芸批評家の間で「古典」のように読まれ参照されている本です。
本書を読むと分かりますが実はこの4名はみな、
「社会のなかのマイノリティや被差別側のアイデンティティ」を抱えた人です。
たとえば金城は沖縄出身ですし上原は長崎出身のクリスチャンです。

、、、で、その「マイノリティ=被差別側」から「正義」を観た時、
その正義は微妙に「屈折」しているわけです。
「俺が正義でお前が悪」という、たとえばアメリカのブッシュ(子)のような、
平板な世界観は彼らからは生まれません。

ウルトラマンという正義を彼らは描いたわけですが、
そこにはブッシュ的な正義の押しつけはなく、
むしろ怪獣とウルトラマンのどちらに正義があるのか、
途中で分からない筋立てが多く含まれている。
「帰ってきたウルトラマン」の、「怪獣使いと少年」という、
いまでは伝説になった上原正三のストーリーはその代表です。

メイツ星という星から地球に墜落した宇宙人である老人の、
金田さんは、河原で宇宙船を探します。
金田さんは地球人の少年とともに掘削をしていますが、
日本人の子ども達は彼らに石を投げて差別し迫害します。
金田さんが死ぬとその怨念が「怪獣」となりますが、
ウルトラマンはなんと、その怪獣を退治しません。
「これは金田さんの悲しみの結晶だから、、、」と。

「河原」という場所や、「金田」という名前に暗示されていますが、
メイツ星人が象徴するのは、
関東大震災のときに虐殺された朝鮮人や、
沖縄から本州に移住した移民、
そして江戸時代から続く「被差別部落」の人々です。
要するに「社会のアウトサイダー」であり「マイノリティ」です。
こういった人々の視点から物事を見た時、
私たちが正義だと思っていたものが本当に正義なのか、
私たちが描いてきた世界像が本当に盤石だったのか、
その地盤が揺るがされます。

その「揺るがされる」体験こそ、
本当の正義への旅の始まりだと私は考えます。
王としてではなく社会の弱者として生まれ、
当時のユダヤのマイノリティや被差別民たちを「自分の友」と呼び、
自分の側に正義があると疑いを持たない支配者や王達を唾棄したイエスは、
「私はこの世界に平和をもたらすためではない、
 火を投げ込みに来たのだ」とおっしゃいました。
それは「本当の正義への旅」が、価値観の揺さぶりから始まることを、
イエスがよくわきまえておられたからです。

ウルトラマンは「正義は単純ではない」と子どもに訴えることで、
イエスと同じく「火を投げ込む」存在だったのです。

「怪獣使いと少年」の脚本家でキリスト者だった上原正三氏は、
ガンでなくなる少し前に、キリスト教の業界紙のインタビューで、
「自分の脚本は使徒としての宣教だった」と告白しています。
引用します。

→P380〜381 
〈「ドラマは戦いにしても表側から表現するわけですけど、
インナーの、心の問題を投げかけるのが大事。
善と悪が対立するけれども、人間そのものが禅なのかという疑問が、
市川さんのキリスト教的な問いでもあったと思うんです。
キリスト教では、
神が創世記で自身に似せた良いものとして作られたはずの人間が、
蛇に勧められた知恵の木の実を食べたことによって、
嘘をつくことを覚え、神と同じくらいな存在だと思い上がることで、
神に背いたと考えます。
人間の心の中に悪を目覚めさせることを狙う敵と、
正義のウルトラマンという対立構図を描いていたのではないでしょうか」
(真船禎監督談)

、、、(2011年、キリスト新聞社「Ministry」のインタビューにて)
それまでは、健全なテレビ番組の世界に
自分は悪意を仕掛けていたのだ・・・という部分を
強調して話すことの多い市川森一だが、
この日には教会という場であったためか、
自分はなんのために書いてきたのか、
ギョーカイ的な韜晦(とうかい)のフィルターなしに、
素直に語っている印象を受けた。
「クリスチャンの自分は一貫して福音をもたらすために書いてきた。」
と市川は言った。
僕は内心「初めてそういう言葉を聞けた」と思ったのを覚えている。

「僕が東京の大学へ入るために田舎を出る時に、
諫早(いさはや)の駅で
林田秀彦先生(諫早教会牧師・当時)が見送ってくれたんです。
そのときに、握手しながら
『君はこれからディアスポラになるんだよ』と言われて旅立ちました。
『ディアスポラ』ってなんだろうと考えて、
あとで辞書を引いたら、『散らされていく者』という意味でした。
そういう牧師の言葉の呪縛というのは、
結構ずっと引きずるんです。
それはやっぱり、作家になってからも、
『自分はディアスポラのつとめを果たしているか』
と自問自答するんだよね。
だから、使徒としての役割を果たしていける番組に、
知らず知らずのうちに寄り添っていったという面はあるかもしれません。」
(市川森一談)

そして、こうも語った。
「長いライター生活の中で、
教会に通うという習慣は維持できませんでしたが、
この年になって時間もできて、
やっぱりもう一度教会に戻らなければいけないかなと思い始めています。
ここから旅立っていったというのは紛れもない事実ですから。」
(市川森一談)〉
(2,163文字)



●こころの旅

読了した日:2017年12月27日
読んだ方法:図書館で借りる

著者:神谷美恵子
出版年:2005年
出版社:みすず書房

リンク:
http://amzn.asia/j63fsXS

▼140文字ブリーフィング:

「何でも良いから何か一冊、オススメの本って何かありますか?」
という無茶な質問(笑)を受けることが、年に2回ぐらいあります。
そのときには私は結構な確率で、
ヴィクトール・フランクルの「夜と霧」か、
もしそれは既読だったら、
神谷美恵子の「生きがいについて」を読むと良いよ、と勧めます。
「生きがいについて」は、もはやクラシック(古典)です。
福祉や医療の世界で働く指導者は全員読んでいると言って過言ではない。
私がこの本を読んだのはわりと最近で、3年ほど前のことです。
「べてるの家」の向谷地生良氏が著作のなかで、
自分のバイブルのように読んだ本として紹介していたのがきっかけです。
、、、で、この「こころの旅」も「生きがいについて」と同じ、
「神谷美恵子コレクション」のひとつです。
この本のテーマは「人生の四季」です。
人が生まれ、成長し、働き、病気になり、老い、そして死ぬ、
ということはどういうことかを、
ピアジェの発達理論やエリク・エリクソン、フロイトの理論を補助線にして、
丁寧にひもといていきます。

神谷美恵子氏はキャリアの半分以上を、
ハンセン氏病の療養施設で働いていましたので、
彼女の「苦しみ」というものに対する理解は、
通常の著者のそれよりも、もう一層か二層、深い気がします。
私も2年間の療養で「地獄の深淵」をのぞき込みましたから、
彼女の洞察の深さに舌を巻き、大いに共感します。
この本では特に「苦難の中の連帯」というものを彼女は指摘してて、
私も病気の地獄の中で、
「共に苦しむ仲間達」の声を確かに聞きましたから、
経験から深く同意することができます。
引用します。

→P169〜171 
〈ひとたび烈しい苦痛を経験した人は、
以後、すっかり変わってしまうことが多い。
苦痛そのものの感覚はときの経過と共に案外忘れ去られてしまうが、
これに伴ったこころの苦悩は完全に流れ去ることはない。
傷の瘢痕のようなものがこころに残り、
知らず知らずのうちに病前とは考え方や判断の仕方が変わり、
物事や人々や自分自身に対する態度まで変わってしまうことが少なくない。
つまり苦痛の経験は、それまでの「形而上学的軽薄さ」から
われわれをひきずり出してしまうらしい。

それは前にも述べたとおり、
苦痛の中で人間の心身の分裂が起こり、
そこで別の現実を発見するからではなかろうか。
つまり、人間存在の根底には、こういう世界があったのか、という発見である。
結核やらいの療養所に長年住む人たちが、
互いに「療友」とよび合うのは決して偶然ではない。
ひとりで病んでいても、この「苦痛の連帯感」は生まれる。
その例として、前にあげた詩集からもう一つの詩を
ここにかかげさせていただこう。
これを書きのこした女性は28歳でガンで逝いた(ゆいた)人である。

 暗闇の中で一人枕をぬらす夜は
 息をひそめて
 私をよぶ無数の声に耳をすまそう
 地の果てから 空の彼方から
 遠い過去から ほのかな未来から
 夜の闇にこだまする無言のさけび
 あれはみんなお前の仲間達
 暗やみを一人さまよう者達の声
 声も出さずに涙する者達の声〉
(1,240文字)



●結局、トランプのアメリカとは何なのか

読了した日:2017年12月27日
読んだ方法:図書館で借りる

著者:高濱賛
出版年:2017年
出版社:海竜社

リンク:
http://amzn.asia/6LrqWln

▼140文字ブリーフィング:

私にはアメリカに住んでいる友人・知人・家族がいますが、
彼らは口をそろえて「トランプ大統領という異常事態」を語ります。
曰く「なぜこの状態で国家が回っているのか不思議だ」と。
よく国家が麻痺せずに運営できているな、と。

私もまたトランプ政権後1年間いろいろ考えてきまして、
最近、「天啓」のようにトランプ政権を日本に置き換える、
良い比喩を見つけました。

政治経験ゼロの不動産屋で、
「誇大妄想気味の素人」トランプが大統領になり、
フェイクニュースを作っていたブライバート・ニュースの、
スティーブ・バノンが補佐官(すでに解任された)になった、
というのは、日本に置き換えて考えるなら、
ナチスを擁護するなどあり得ない言動が目立つ、
「超国家主義者で排外主義者の大金持ち」、
高須クリニックの高須委員長が総理大臣になり、
「朝鮮人は殺せ」と書いた看板を掲げて新大久保を練り歩く、
ヘイトスピーチで知られる、
「在日特権を許さない市民の会(在特会)」の、
桜井誠が官房長官になるようなものです。

まぁ、端的にいって「地獄」ですね。

私は本気でカナダに移住することを考えます。
じっさいトランプが当選した時、
連邦政府の「カナダへの移住」のサーバーがダウンしたそうですから、
「私はアメリカ人であることを恥じる」と考えるアメリカ人が、
少なからずいた、ということでしょう。

いまアメリカは「そういう状態」なのです。
日本では今年J-アラートがなりましたが、
アメリカでは一年中T(トランプ)アラートが鳴りっぱなしだったのです。
(笑)と書きそうになりましたが、笑えません。

この本の著者はアメリカに長く住む日本人ジャーナリストですが、
「長いことアメリカの政治を観てきたが、
こんなことは起きたことがない」と彼も書いています。
この本は「では、それはどんな風に具体的に異例なのか」
という解説です。

じっさい、「トランプは1年間はもったが、
あと何年持つかは解らない。」という議論は、
アメリカ国内で今も続いています。
いつ何らかの形で失脚しても、誰も驚かないでしょう。
具体的に「失脚」のシナリオは4つあります。
「暗殺・病気・弾劾・解任」です。
引用します。

→P167〜174 
シナリオ1 暗殺説
「アメリカでは大統領4人が暗殺されていますし、
いつ、どこで起きるか分かりませんね。
殺人未遂は16人とも言われていますし。」

シナリオ2 病気説 
トランプ大統領はきわめて偏食家らしいんです。
大好物はマクドナルドのハンバーガーとケンタッキーフライドチキンとか。
大金持ちのくせに粗食のようで、
こんなものばかり食べていたのでは長生きしないだろうと言われています。
おまけに17年10月初旬には、
ハーバード大学の精神科教授ら27人の医師達が、
トランプ師の精神障害についてまとめた「診断報告」を
「The dangerous Case of Donald Trump」という本として発表しました。
その「診断」によると、トランプ氏の状態は、
「自己陶酔・人格障害・非社会化型行為障害・悪性ナルシズム」だというのです。
これは、直接診断した結果ではありませんが、
可能な限りのデータを集めて精神科医としての
知識と経験に基づいて「診断」したものだとのことです。

シナリオ3 弾劾説 
一言で弾劾だ、弾劾だ、といっても、
制度的にはそう簡単なものじゃないんです。
、、、共和党議員の中に模範トランプの議員はいますが、
よほどのことがない限り、
自分の党が全国党大会で指名した大統領の弾劾には賛成できません。
それではよほどのことってなんでしょう。
ウォーターゲート並みの犯罪行為が立証された時です。
これまでのケースを見ても、弾劾に値する犯罪行為は「司法妨害」です。
つまり捜査当局が犯罪行為を追求している際に
大統領令を行使して邪魔をすれば、これは即弾劾の対象となってきます。

シナリオ4 解任説 
これは、ペンス副大統領がトランプ大統領の政策運営そのほかを観ていて
「こりゃ、どうしようもないわ」と判断した時です。
ペンス副大統領がティラーソン国務、マティス国防各長官ら主要閣僚と相談し、
全閣僚に諮り、閣僚の過半数が
「トランプ氏は大統領としての権限と義務を遂行できない」
というペンス副大統領の判断に賛同すれば、
大統領に辞任を突きつけることができるというものです。
つまり大統領に引導を渡すわけです。
これは、憲法修正代25条4項に明記されています。〉

この1年間、様々な人の「トランプ評」を読んできましたが、
最も納得したのは村上春樹のトランプ評です。
トランプを「非難」しても何もならない。
「この現実を受け止め、
 これはいったいなんなのか」
ということを真摯に知ることが大事だ、と。
村上氏は、トランプとヒラリーの違いを、
人々の心のどれほど深くにまで語りかけたかの違いだ、
と分析しています。
曰く「ヒラリーは地下一階(理性)に語りかけた。
一方トランプは地下二階(情念)に語ることに成功した。」
理性と情念じゃ勝負にならない。
その結果、トランプが勝った、と。

この本には「ポストトランプ」についても紹介されています。
キーワードは「ミレニアム世代」と呼ばれる、
1977年以降に生まれた若者達で、
アメリカではこの世代はほどなく有権者の50%を超えます。
この世代は「右か左か」といったポジショニングにあまり興味がなく、
是々非々で、現実にアメリカをよくしてくれるのなら、
共和党であろうが民主党であろうがかまわない、
と考える世代です。
この世代に支持されている二人の候補が、
次の台風の目になるだろう、と著者は言います。

まず共和党のベン・サーサ議員。
彼はネブラスカ州出身のプロテスタントで教育に熱心なインテリです。
もう一人は民主党のエリザベス・ウォーレン議員。
オクラホマ州出身の女性で、彼女の父親は掃除夫です。
彼女は中産階級を代弁し、富裕層への徴税優遇を批判しています。

この二人に共通するのは、
トランプとヒラリーの両人が、
「本人が主張しているのに、実際は自らに欠けている」ものを、
持っているところです。
ウォーレン議員はヒラリー・クリントンにはなかった、
「自らが特権階級ではない」という庶民性を備えていますし、
サーサ議員はトランプがもっていない、
「プロテスタントの倫理や規範(ついでに知性)」を持っています。

日本にいるとアメリカの状況を皮膚感覚で知ること難しいですが、
この本はとても勉強になりました。
(2,513文字)



▼▼▼リコメンド本「今週の一冊」▼▼▼

陣内が過去一週間に読んだ本の中から、
「いちばんオススメだったのは?」という基準でリコメンドします。
「いちばん優れていた本」というよりも、
「いちばんインパクトの大きかった本」という選考基準です。
皆さんの書籍選びの参考にしていただけたら幸いです。


▼今週の一冊:なし

コメント:
相変わらず判定が厳しいです。
今週読んだ4冊はどれも違う意味で面白かったですが、
「買った方が良いよ」というほどなのはありません。
ただし、先ほど触れた神谷美恵子の「生きがいについて」は、
買って本棚に入れておく価値のある本です。
オススメです。



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陣内が先週読んだ本 2017年12月第三週 『人間の本性を考える 上』スティーブ・ピンカー 他3冊

2018.06.13 Wednesday

+++vol.044 2017年12月26日配信号+++

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
■4 陣内が先週読んだ本 
期間:2017年12月第三週 12月17日〜25日
::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::

先週私が読んだ本(読み終わった本)を紹介していきます。
一週間に一冊も本を読まない、
ということは、病気で文字が読めなかった数ヶ月を除くと、
ここ数年あまり記憶にないですから、
このコーナーは、当メルマガの
レギュラーコーナー的にしていきたいと思っています。
何も読まなかった、という週は、、、
まぁ、そのとき考えます笑。

ただ紹介するのも面白みがないので、
twitterに準じて、
140文字で「ブリーフィング」します。
「超要約」ですね。
(どうしても140字を超えちゃうこともあります。
 140文字はあくまで「努力目標」と捉えてください笑。)

忙しい皆さんになり代わって、
私が読んだ本の内容を圧縮して紹介できればと思います。
ここで紹介した本や著者、テーマなどについて、
Q&Aコーナーにて質問くださったりしたら、
とても嬉しいです。


●ニュースの“なぜ?”は歴史に学べ 2

読了した日:2017年12月18日
読んだ方法:図書館で借りる

著者:茂木誠
出版年:2017年
出版社:SB新書

リンク: http://amzn.asia/8fVjwpM

▼140文字ブリーフィング:

こちらは夏頃に「1」を読んで非常に面白かったので、
続編を手に取りました。
池上彰の「知らないと恥をかく世界の大問題」シリーズも好きですが、
こちらもとても面白いです。
茂木誠さんの切り口は「歴史」で、
今日本や世界で問題になっている「時事ネタ」というのを、
時代を100年、200年、1000年さかのぼると、
実はこういう根っこがあって、、、という風に解説してくれることです。
そうすることで今の世界に対する理解が立体的に深まります。

たとえばトルコは親日国家として知られていますが、
同時に親ドイツ国家としても知られています。
ドイツでは多くのトルコ人移民が働いていますから、
ドイツの貿易黒字を作り出しているのはトルコ人労働者の力も大きいわけです。
「トルコの親日」というと、
四国で起きた船の難破事件などがよく引き合いにだされますが、
事はそんな単純ではありません。
これにも歴史的な経緯が関係しています。
引用します。

→P110 
〈(戦後経済発展を遂げたフランスに
チュニジア・モロッコ・アルジェリア系のイスラム教徒が
移民労働者としてやってきたのに対し)
ドイツには、トルコ人が大挙して出稼ぎにやってきました。
なぜ、トルコ人かというと、
トルコ人は心情的にドイツに好感を持っているからです。
歴史的にいうと、トルコ人には
イギリスやフランスに「いじめられた」記憶があります。
トルコ人のオスマン帝国は、第一次大戦の敗戦によって、
支配下においていたアラブ地域の領土を
イギリス、フランス、ロシアの3国に分割され、奪われてしまいます。
この取り決めを「サイクス・ピコ協定」といいますが、
その後、オスマン帝国は滅亡、
トルコは大幅な領土縮小を余儀なくされました。
したがって、トルコ人にとって、
「二度の大戦を通じて宿敵のイギリスはフランス、
そしてロシアと戦ったドイツ人は偉い」というわけです。
ちなみに、トルコ人が日本に好感を持っているのも根は同じで、
日露戦争や第二次世界大戦で
ロシアやイギリスと一戦交えた歴史が根底にあるのです。〉

、、、「敵の敵は味方」の理論ですね。
今世界中で起きていることの多くには、
「歴史的な理由」があり、それを知っているかどうかで、
世界で今起きている事象はいったいなんなのか、
という理解の深さが変わります。

ウェーブ(波)とカレント(潮流)は違います。
この二つを理解しないとサーファーは命の危険にさらされます。
世界の時事問題をウェーブとカレントに喩えると、
ウェーブは「今大統領が●●になった」というような位相の話、
カレントは「過去1000年ぐらいの歴史を見た時の理由」です。

トルコやイランは現在「東欧〜中東〜中央アジア地区」の、
国際情勢における「台風の目」ですがそれには理由があります。
歴史を見るとトルコやイランというのはあの地域の他の国と違うのです。
それは「かつて帝国だったことがある」国だということです。
オスマントルコと、ペルシャですね。
こういった「帝国のDNAがある国」とそうでない国は、
肝心なときにふるまいが違ってきます。
ちなみに日本も、すっかり忘れている人が多いですが、
「帝国のDNAがある国」に分類されます。
(1,224文字)



●人間の本性を考える 心は「空白の石版」か(上)

読了した日:2017年12月19日
読んだ方法:図書館で借りる

著者:スティーブン・ピンカー
出版年:2004年
出版社:NHKブックス

リンク: http://amzn.asia/jfFKtYe

▼140文字ブリーフィング:

「ブランクスレート理論」という有名な学説があります。
「人の心は空白(blank)の石版(slate)だ」という「人間観」です。
この理論は人気があり20世紀に流行しましたし今も強い影響力をもっています。
つまり、真っ白なキャンパスのような「人間の脳(や心)」があり、
それは「育て方」によっていかようにでも変わるという考え方です。

この「真逆」の極には「遺伝子決定論」があります。
つまり、「人間の能力や資質というものは生まれつき決まっている。
いくら努力をしたり教育をほどこしても、
遺伝的に決定されたことをを人間は超えられない」
というわけです。

こちらの説は人気がありません。
欧米では特にナチスの苦い経験がありますから、
そういった言説は「優生学につながる」と受け取られ、
ものすごーく警戒されるからです。

しかし神経生理学や脳科学の最新の知見は、
人間の心は「生まれつきすべてが決定している」
というのは言い過ぎだとしても、「空白の石版」とは言いがたい、
という事実を明らかにしています。
引用します。

→P96 
〈その後の発見で、脳の大まかな解剖学的構造
(サイズ、形状、脳葉や核のつながり、大脳皮質の基本的な設計)のほとんどが、
胎児期の正常な発育の中で遺伝子によって形成されることが分かった。
さまざまな人のさまざまな脳領域の灰白質の量も、
言語や推論に関与する領域も含めて同様である。
この生得的な形状や配線は、実際に思考や感情や行動に影響を及ぼす。
後の章で見るように、特定の脳領域に損傷のある赤ちゃんは、
しばしば特定の心的能力を永久的に欠如したまま成長する。
標準設計に生まれつき異変のある人は、心の動き方にも異変がある。
一卵性および二卵性双生児の脳を調べた最近の研究によれば、
前頭葉の灰白質の量は遺伝的影響を受け、
また知能との間に有意な相関関係がある。
アインシュタインの脳を調べたある研究によれば、
彼の脳は空間的推論と数についての直観に関する
下頭頂小葉という部位が非常に大きく、変わった形状をしていた。
ゲイ男性は視床下部の前方部にある第三間質核が小さい傾向があるが、
この核は性差に関係することが分かっている。
殺人犯や凶暴性のある反社会的な人たちは、
意思決定や衝動の抑制をつかさどる前頭前皮質が小さく不活発な傾向がある。
このような脳の肉眼的な特徴が
感覚からの入力情報で形成されることは、ほぼあり得ない。
これは知能や科学の才能や性的指向や衝動的暴力の個人差が
学習だけによるのではないことを示唆している。〉

、、、この本は数多くの書籍に引用されている「底本」のひとつですが、
これを読みたいと思ったのは橘玲さんの、
『残酷な世界で生き延びるたったひとつの方法』で紹介されていたからです。
橘さんは「努力は必ず報われる」とか、「成功は頑張れば手に入る」
といった勝間和代的(ナポレオン・ヒル的と呼んでも良い)、
「成功哲学」の前提が間違っているのではないか、という疑義から始まります。
「努力は必ずしも報われないし、
成功は頑張っても手に入るとは限らない。」
その冷酷な事実をまず受け入れた上で、
「成功哲学」を構築することが必要だ、と彼は書いていて、
「確かにそうだよな」と私は思いました。
、、、で、その「前提」の根拠が本書なわけです。
(中)(下)はいま読んでいるところです。
また紹介しますのでお楽しみに。
(1,364文字)



●プライベートバンカー カネ守りと新富裕層

読了した日:2017年12月21日
読んだ方法:図書館で借りる

著者:清武英利
出版年:2016年
出版社:講談社

リンク:http://amzn.asia/5WWwr9t

▼140文字ブリーフィング:

シンガポールの法改正により、
ゼロ年代以降、日本の超富裕層が、
オフショア(租税回避地)としてシンガポールを利用しています。
相続税を払いたくないために彼らは5年間、
年の半分(183日)をシンガポールで過ごすが、
そこでの毎日はたまらなく退屈な地獄だ。
という半ノンフィクションルポ的小説です。
主人公は野村證券の商社マンから、
シンガポールで超富裕層の資産を運用するために
顧客を獲得する仕事をするバンカーで、
実在の人物をもとに構成されています。

「資産を運用するだけで毎年何千万もの不労所得があるので、
 働くモチベーションはない。
 唯一の関心は、国に税金を払わずに資産を子どもに遺すこと」
という「新富裕層たち」の絶望的に不幸な人生が描かれます。

→P9 
〈てらてらと脂で光る焼き台が店の真ん中にあり、
そこから流れる焼き鳥と醤油ダレの煙が、
コの字型のカウンターに取り付いた十数人の客をぼんやりと包んでいる。
 薄く垂れ込めた煙の中から声が聞こえてきた。
「あかん、もう退屈で死にそうや。日本に帰りたいわ」
 男は五十がらみ、「カウス」というあだ名がついている。
 吉本興業大阪の漫才コンビ、
 中田カウス・ボタンのボケ担当にそっくりなのである。
 だが、本人はあだ名で呼ばれていることを知らない。
隣に座る中村咲子たちがそう名付けて、
いつの間にか彼女の勤め先で広がっていることも、もちろん知らなかった。
男は柔ら中名茶髪の彼女を口説くのでもなく、
四角の顔を天井に向け、脂の染みのあたりを見つめていた。
 「やることがないのや。暇なんが一番怖いのう」
 「何を言ってるんですか!贅沢ですよ」
 咲子から軽くたしなめられたカウス氏はうつむいて、
しばらくするとまた愚痴り始めた。
 「わしな、毎日、手帳にバツ印をつけて数えているんや。
あと何年と何日ってな。一日が過ぎると大きくバツ書き入れるんやが、
五年は長いなあ。大阪に戻りたいな。」
 彼は関西でパチンコ屋や不動産業を手広く営んできたが、
それらの多くを売ってシンガポールに移住してきた。
 永住権も取得済みだ。
 資産額は三十億円をくだらないという。
そのうち約十億円を当地にあるムーディーズ格付けAa1の名門行
「Bank of Singapore(シンガポール銀行)」で運用し、
残りを不動産投資に充てている。
シンガポールが不動産バブルと言うこともあって、
ぶらぶら日々を送るだけで毎年数千万円は増えていく計算だ。〉

→P127 
〈元会長やM氏は、「イグジット(exit)組」と当地で呼ばれている。
本来、イグジットとは「出口」を意味する。
金融業界では、ベンチャービジネスの創業者や
ファンドなどの投資家が株式を売却し、
利益を手にすることを指すのだが、
シンガポールでは「ゴールイン」、
あるいは「あがり」の人々という意味で受け取られている。
 日本で会社を売ったり、株やFX取引などで一稼ぎしたり、
あるいは仕事をやり終えたりして”収穫”を済ませ、
海を渡ってきた人々のことである。
 上がりの人々の大半は、シンガポールの中心である
オーチャードロードから車で十分以内のところのに住んでいる。
 オーチャードロードの西の端にあるのが、
高級住宅街のタングリン地区だ。
ここにも、資産三十億円の元パチンコ業者が暮らしている。
冒頭に紹介したカウス氏である。
M氏とカウス氏の共通点はBOSの顧客であり、
時間つぶしに苦労をしていることだ。〉

、、、アーリーリタイアして南の島でゴルフ三昧、、、
というのは、想像している間は天国ですが、
じっさいにやってみると地獄だというのが、
「本人たちの実感」だというのがよく分かります。
彼らは例外なく絶望的なまでに孤独です。
詳しい説明は省きますが、
「莫大な金融資産」と「親しい友人」はトレードオフだからです。
アメリカの宝くじは配当金数十億円という規模ですが、
当選者の5年後を調査すると例外なく当選前より不幸になっている理由も、
ここにあります。

人は労働を離れては幸福を得られませんし、
親しい友人は幸せを得るうえで金融資産より大切です。
これは別に「価値観や道徳の押しつけ」ではなく、
人間という生き物の本性(脳の性質)に基づく科学的事実です。

聖書の箴言に、
「貧しさも富も私に与えず、
ただ、私に定められた分の食物で私を養ってください。
私が食べ飽きて、あなたを否み、
『主とはだれだ』と言わないために。
また、私が貧しくて、盗みをし、
私の神の御名を汚すことのないために。」
という言葉がありますが、
知恵に富んだ教えです。
「中庸」は人が不幸にならないための知恵なのです。
(1,848文字)



▼▼▼リコメンド本「今週の一冊」▼▼▼

陣内が過去一週間に読んだ本の中から、
「いちばんオススメだったのは?」という基準でリコメンドします。
「いちばん優れていた本」というよりも、
「いちばんインパクトの大きかった本」という選考基準です。
皆さんの書籍選びの参考にしていただけたら幸いです。


▼今週の一冊:該当なし

コメント:
3冊ともそれなりに面白かったですが、
「これは買って読む価値があるよ!」というレベルのものはありません。
この「リコメンド本」のコーナー、判定がシビアになってきました笑。
、、、ということはここに紹介する本というのは、
けっこう「本当に良い本」が多いので、
どうぞ皆様の書籍選びにお役立てください。



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陣内が先週読んだ本 2017年12月第二週 『身体知性』佐藤友亮 他4冊

2018.06.06 Wednesday

+++vol.043 2017年12月19日配信号+++

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
■4 陣内が先週読んだ本 
期間:2017年12月第二週 12月10日〜16日
::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::

先週私が読んだ本(読み終わった本)を紹介していきます。
一週間に一冊も本を読まない、
ということは、病気で文字が読めなかった数ヶ月を除くと、
ここ数年あまり記憶にないですから、
このコーナーは、当メルマガの
レギュラーコーナー的にしていきたいと思っています。
何も読まなかった、という週は、、、
まぁ、そのとき考えます笑。

ただ紹介するのも面白みがないので、
twitterに準じて、
140文字で「ブリーフィング」します。
「超要約」ですね。
(どうしても140字を超えちゃうこともあります。
 140文字はあくまで「努力目標」と捉えてください笑。)

忙しい皆さんになり代わって、
私が読んだ本の内容を圧縮して紹介できればと思います。
ここで紹介した本や著者、テーマなどについて、
Q&Aコーナーにて質問くださったりしたら、
とても嬉しいです。


●貧乏はお金持ち

読了した日:2017年12月12日
読んだ方法:図書館で借りる

著者:橘玲
出版年:2009年
出版社:講談社

リンク:http://amzn.asia/8q78eah

▼140文字ブリーフィング:

最近橘玲さんの本を3冊ほど立て続けに読みました。
ずっと面白かったのですが、この本だけはクソでした。
前半は面白かったです。
エンロンの不正の話しなども面白かったし、
アメリカに「マイクロ法人」を立ち上げる
フリーエイジェントが3000万人いるし、
これからの日本でもそういう人は増えていくだろう、という話も、
私自身がある種のフリーエイジェントに近いですから
参考になる点も多かったです。

しかし、後半はクソでした。

ほとんどが「節税」の話しで読んでいて不快になりました。
マイクロ法人を立ち上げ家計と会社の会計を連結させることで
国家に税金を払わないどころか補助金までもらえる、
というようなクソみたいな話しです。
サザエさんをモチーフに、
マスオさんが「株式会社フグタ」を作ると、
磯野家はいろんなものを経費で落とせるので収入が増えて、
さらには国から補助金をむしり取れる、
などのシミュレーションも不快でした。

もし日本の全員がそれをしたら国家は破綻し、
道は穴ぼこだらけになり、治安は悪化し、
いつか「警察からの保護と上下水道は金持ちの贅沢品」になるでしょう。
「自由は大切」だし、国家や組織にぶらさがるのではなく、
自分で自分の人生を設計していくのだ、というところには共感します。
そして私も将来、いずれかの時点でマイクロ法人を作るかもしれませんが、
彼と私とでは思想的な根本が違うのが確認できました。
この本に全く書かれていない大事なことは
「じゃあ、何をしてお金を稼ぐのか」という部分です。
社会に貢献する、という視点は皆無です。
彼は、土地を転がしたりFXや株で儲ける利ざやとしての金融資本と、
「社会に役立つ労働によって稼いだお金」が本質的に異なる、
というマルクスやアダム・スミスの基本である、
「労働価値説(価値の源泉は労働にある)」を押さえていないので、
議論が空転しています。
私のオールタイム・ワースト本、
「金持ち父さん貧乏父さん」と同じニオイを感じました。
(628文字)



●変態する世界

読了した日:2017年12月13日
読んだ方法:図書館で借りる

著者:ウルリッヒ・ベック
出版年:2017年
出版社:岩波書店

リンク: http://amzn.asia/4xr8UJt

▼140文字ブリーフィング:

ウルリッヒ・ベック氏は、
現在世界に生きている「知の巨人」のひとりです。
私は2011年3月11日の震災発生以降、
2年ほど福島に定期的に通っていました。
そのときに友人を通してベック氏の書いた、
「危険社会」という本を知り読みました。
「危険社会」をベック氏が書いたのは、
ソ連邦が管理していたチェルノブイリ原発の事故が、
ドイツの人々の健康を脅かし政策決定に影響を与える、
という現実に直面したとき、
「もはや私たちの暮らす世界は『国民国家』という単位では、
 とらえきれなくなっているのではないか」
という疑問を抱いたことが契機でした。

「危険社会」は福島原発事故後に世界が直面したことを、
まったくなぞっているような「予言的な本」であり、
ベック氏も私の記憶が確かなら震災後日本に来て提言をしています。
この本はそれからさらに5年間、ベック氏が何を考えたか、
という足跡です。
ポイントは、「国民国家という枠組み」どころか、
私たちが「世界を捉えてきたその方法がことごとく無効になってきている」
というのが現代世界の現状であり、その理由は、
今、世界が「変態(メタモルフォーゼ)」しているからだ、
というのがベック氏の指摘です。
幼虫がサナギになり、そして蝶になる、
という「変態」です。
引用します。

→P9 
〈世界の蝶番が外れてしまっている。
多くの人々が考えるように、このことは、
この言葉(unhinged)の持つ二つの意味で正しい。
つまり、世界は“継ぎ目が外れ”ており、”狂ってしまった”のだ。
私たちはあてどなくさまよい、混乱し、
「これには賛成、あれには反対」と議論している。
しかしながら、あらゆる対立を超えて、
また国や地域を問わず、大方の人が合意できる意見が一つある。
それは、「私はもはやこの世界を理解できない」というものだ。
本書の目的は、「なぜ私たちは、もはや世界を理解できないのか」を理解し、
説明を試みることだ。
そのために「変化・変動(change)」と
「変態(metamorphosis)」を区別することにする。
より正確には、「社会における変化」と「世界の変態」の区別だ。〉

、、、ベックは本書で世界の変化、
つまり(原発事故などの)リスクのグローバル化や代理母、
国際的な「格差の拡大による新たな階級の形成」、
ネットネイティブ世代の出現と旧世代のティラノサウルス化、
気候変動などにより、
「方法論的ナショナリズム」から「方法論的グローバリズム」へと、
人びとはシフトしていくだろう、という未来予測をしています。
具体的にはそれは国家の民主主義から、
都市のグローバルな結びつきによる民主主義へ、といったような方向です。

この本のまえがきで、
ベック氏が2015年に心臓発作で他界したことを私は知りました。
この本は彼の妻らが死後に彼の原稿をまとめた遺稿です。
よく知られた名作・カフカの「変身」の英語タイトルは、
「メタモルフォーゼ」であり、2015年はちょうど、
「変身」出版から100周年記念でした。
ベックの構想は、100年越しのカフカへのオマージュとして、
本書を書くことだったかもしれない、
と訳者はあとがきで推論しています。
(1,286文字)



●身体知性

読了した日:2017年12月13日
読んだ方法:図書館で借りる

著者:佐藤友亮
出版年:2017年
出版社:朝日選書

リンク:http://amzn.asia/iHuP5gV

▼140文字ブリーフィング:

めちゃくちゃ面白かったです。
医者であり合気道の先生でもある著者が、
医学という領域で「西洋の分析的知性」と、
「東洋の統合的知性」の融合を試みています。
西洋医学の本質は「科学的態度」であり、
それが医学をここまで発展させ死亡率を劇的に下げ、
人の幸せに貢献してきたのは疑いようがない。
しかし、西洋医学がもつその分析的性質は、
「患者の身体をダイナミックで有機的な現象」と観る東洋的な視点から遠ざけ、
「患者の身体をパーツの寄せ集めと検査数値の集合」と観る、
近代医学が抱える数多くの矛盾の原因となっている、と指摘しています。
アントニオ・ダマシオら「神経生理学者」による最新の科学的知見は、
身体の機能というのは各臓器個々の働きではなく、
臓器間の有機的なつながりによってもたらされる、
という「東洋的な」概念を裏付けています。
つまり、脳の記憶やら分析やらという機能は、
肝臓や胃腸などの臓器と連動している、というわけです。
「肝臓移植した患者の性格が変わる」というのは、
現場の外科医の間では以前から噂されていたのですが、
ダマシオらの研究はそれを裏付ける証拠を与えています。
これは「ソマティックマーカー仮説」と呼ばれる
有力な学説として知られています。
一カ所だけ引用します。

→P48〜49 
〈肉眼解剖学が、「科学」から「知識」へと変化したことは、
西洋医学の身体観の変化を端的に現しています。
解剖学を知識として理解すると言うことは、
身体各部位を固定化した概念にはめ込むと言うことです。
これは、人間の身体を、部品、パーツの集まり、
ととらえることにつながっています。
身体を部品として扱うことは、
多くの人を対象として均質に品質が整えられた医療を提供する上では有用です。
しかしこれは、医学・医療が科学(サイエンス)の範疇を逸脱し、
工学(エンジニアリング)の世界に踏み込んでいることを意味します。
半ば揶揄的に、そしてインパクトを強くするために用いられてきた、
「人間ドック」という言葉は、今や当たり前に使われるようになっています。
身体を部品の集まりと見なすことは、
すでに医師だけが行っていることではなく、
広く一般社会に浸透していると言っても良いでしょう。
西洋医学が、科学的態度よりも知識を重視するようになったことの善し悪しを、
一概に結論づけることは難しいです。
ただ、西洋医学の特徴である分析の追求は、
医学における情報量を莫大に増やし、
情報と知識の蓄積に、より大きな価値が置かれる傾向をもたらしました。
本来、分析とは、医師が科学的態度を取るために利用するものでした。
しかし現代の西洋医学では、
分析の追求によって膨大になった情報や知識が、
医師の科学的態度を呑み込みつつあります。〉
(1,116文字)



●ポストモダン科学と宇宙論

読了した日:2017年12月13日
読んだ方法:図書館で借りる

著者:S.トゥールミン
出版年:1991年
出版社:地人選書

リンク:http://amzn.asia/8LVhkmX

▼140文字ブリーフィング:

学術的な内容で、わりと「難解な」部類に入る本ですが、
内容は非常に興味深く面白かったです。
現代は「科学が神話(宗教)を駆逐した」と言われるが、
それは本当か?という話です。
現代の合理主義は「私たちは神話に支配されていない」と誇らしげに歌うが、
実は彼らがよって立つ「科学」こそが神話に他ならない、
という「ミステリー小説で犯人が著者だった」という、
よくある大オチに近いのではないか、
と著者は分析します。
そして「進化論」「重力」「不可能性定理」「素粒子論」
などの科学用語が「神話的に」つかわれるとき、
つまりそれらの言葉が例えば社会学、経済学などの分野で使用されるとき、
それらは「神話」として機能している、と。

「あとがき」で著者が語っているのは、
近代科学的宇宙論が無効になった現在、
再び「全体を語る」ことの必要性です。
これは「非分析的な知性」によって物事を統合する、
という「身体知生」の話にも通じます。
これは西洋医学が近代科学の落とし子であることを考えれば
当然といえば当然なのですが。
そう考えると「ポストモダン医学」は東洋と西洋の融合、
分析と物語の統合、といったものになるかもしれないなぁ、
と思いながら二冊の本を読みました。
(502文字)



▼▼▼リコメンド本「今週の一冊」▼▼▼

陣内が過去一週間に読んだ本の中から、
「いちばんオススメだったのは?」という基準でリコメンドします。
「いちばん優れていた本」というよりも、
「いちばんインパクトの大きかった本」という選考基準です。
皆さんの書籍選びの参考にしていただけたら幸いです。


▼今週の一冊:「身体知性」

コメント:
この本は面白かったです。
自信をもっておすすめできます。
特に医療や介護や福祉に従事している方は、
多くのインスピレーションを得られるに違いありません。
最後の章はなんと、私も見学に訪れたことがあり、
このメルマガで何度も語ってきた「べてるの家」の話です。
「身体知性」とベテルの家、何の関係があるの?
と思われるかもしれませんが、関係あるのです。
引用します。

→P176〜177 
〈「ところが次第に不眠がちとなり、
身体がこわばったかと思うと、
突然大声を上げて掴みかかってくるようになった。
壁をたたき、ガラスを割った。
(中略)入院させる度に、
私たちは自らの対応に落ち度があるのではないかと自責の念にとらわれていた。
私たちは無力だった。
そんなくりかえしの毎日を過ごしながら、
相変わらず言葉を失い、体は固まり、口は渇き、
やせていく彼のまえにへたり込むように座っていた私は、
自分自身の鬱々とした感情を吹き払うように、
『潔どん!歌でも歌おうか!』と声をかけていた。
すると、彼は自分の中に何かを探そうとでもするかのように、
ゆっくりと目を閉じ、もがくように口を動かした。
『いつくしみふかき ともなるイエスは 
 われらのよわきを しりてあわれむ・・・』
彼が歌った!
それは信じられない光景だった。
ことばを失った彼が、愛唱の賛美歌を口ずさんだのだ。」
(『「べてるの家」から吹く風』)
向谷地氏は、この歌を聴いて「涙が止まらなかった」と書いています。
そしてこのときに
「彼らの悩みを共に悩み、共に挫折し、共に戸惑い、
無力の中でただ祈るしかない悩み多い教会の現状の前にひれ伏したとき、
そこには『悩む教会』という新しい可能性と希望が与えられた」としています。
、、、私には、そのように人の心を揺さぶることが出来るのが身体の力であり、
賛美歌の力なのだと思われます。
賛美歌とは「祈り」の身体的行為であり、
祈るという振る舞いの中に、
自分とは異なるもの(神や他者)とつながる力が宿っているのでしょう。
何を祈るかという内容(意味)ではなく、
祈るという身体的行為そのものに力があります。
、、、私は、早坂氏が賛美歌を歌ったときに
この「べてるの家」が生まれたのだと思います。
身体は、「個」を超えて行為を表現するときに不思議な力を発揮するようです。
これはもはや、身体知性という言葉では
包括しきれない身体の持っている力なのでしょう。〉



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陣内が先週読んだ本 2017年12月第一週 『失敗の科学』マシュー・サイド 他2冊

2018.05.30 Wednesday

+++vol.042 2017年12月12日配信号+++

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
■4 陣内が先週読んだ本 
期間:2017年12月第一週 12月3日〜9日
::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::

先週私が読んだ本(読み終わった本)を紹介していきます。
一週間に一冊も本を読まない、
ということは、病気で文字が読めなかった数ヶ月を除くと、
ここ数年あまり記憶にないですから、
このコーナーは、当メルマガの
レギュラーコーナー的にしていきたいと思っています。
何も読まなかった、という週は、、、
まぁ、そのとき考えます笑。

ただ紹介するのも面白みがないので、
twitterに準じて、
140文字で「ブリーフィング」します。
「超要約」ですね。
(どうしても140字を超えちゃうこともあります。
 140文字はあくまで「努力目標」と捉えてください笑。)

忙しい皆さんになり代わって、
私が読んだ本の内容を圧縮して紹介できればと思います。
ここで紹介した本や著者、テーマなどについて、
Q&Aコーナーにて質問くださったりしたら、
とても嬉しいです。


●失敗の科学

読了した日:2017年12月8日
読んだ方法:図書館で借りる

著者:マシュー・サイド
出版年:2016年
出版社:ディスカバー・トゥエンティワン

リンク:http://amzn.asia/3d9wVuY

▼140文字ブリーフィング:

義理の兄に教えてもらいました。
非常に、非常に、面白かったです。
著者の問題設定は、
「航空機事故は一貫して減り続けているのに、
 医療ミス、警察の誤認逮捕、裁判所の冤罪はなぜ減らないのか」
という疑問に端を発します。

報告されていないものも含めると医療事故というのは、
ものすごい件数が起きており、その死者数はアメリカ一国だけで、
毎月3回、9.11のテロが起きているのと同じぐらいになるそうです。
一方、航空機事故というのはこの数十年、一貫して下がり続けており、
飛行機は自動車よりはるかに安全な乗り物だということはもはや常識です。
具体的には飛行機事故の確率は100万フライトに0.37回。
生涯100万フライトした人、つまり80歳まで生きた人だと、
生まれてから死ぬまで一日休まず30回飛行機に乗り続けると、
3分の1の確立で事故にあいます。
つまるところ、殆ど宝くじに当たるような確率でしか、
私たちは事故にあいません。
一方、一生の間に自動車事故で私たちが死ぬ確率は、
車に乗らなくてもだいたい「200〜100分の1」ぐらいです。
(事故死の半分は歩行者ですから)
これはかなり高い。

人は感情の生き物なので、
「コントロールできないが低いリスク」を、
「コントロールできるが高いリスク」より高く見積もる、
という認知バイアスを持っています。
この認知バイアスが多くの不合理な行動を取らせるのですが、
この話はまた別の話なので今日は置いておきます。

、、、で、本書ですが、
著者は、
「なぜ航空業界はこんなに安全性が高まっているのに、
 医療はそうではないのだろう?」
ということの原因を探り始めました。

すると面白いことが分かってきた。

航空業界は「失敗を解析し、次の事故防止につなげる」
という確固たる意志と構造的な仕組みと、
そして失敗を報告することが報償され、
失敗を隠すことが懲罰される(そもそも不可能)という、
長年の経験知を積み上げてきてきたのです。
すべてのフライトで「ブラックボックス」と言われる、
操縦室のすべての音声と操作が録音、記録されているデータは、
飛行機が墜落しても壊れないようになっており、
そのブラックボックスは「宝の箱」と考えられています。

一方医療、裁判官、警察官の場合、
失敗を報告するインセンティブ(誘引)よりも、
失敗を隠蔽するインセンティブが高くなっていることが多い。
そこに共通するのは「権威の無謬性」と、
「検証を拒む態度」だと著者は言います。
医者や裁判官や警察官は、「自分が間違っていた」と、
言いづらい組織文化、精神構造を持っており、
その組織体質は「失敗から学ばない」ように構造化されている、
というのです。

医療ならば具体的には、
患者が死後の病理解剖に献体することを意思表示していても、
それが実際に行われるケースは究めて低い、というところに現れます。
つまり、解剖しちゃったら、「全部分かっちゃい」ますから。
どの部分が誤診で、どの部分が正しかったのか、
「答え合わせ」できてしまう。
それは困るわけです。
「医師は常に正しい」という神話が崩れてしまいますから。

航空機ならばどうでしょう?
何か大きな事故や「ヒヤリ・ハット」事象があったとき、
「病理解剖」は必至です。
ただちに「ブラックボックス」がまな板の上に乗せられ、
何が悪かったのか、何を改善すれば再発しないのか、、、
といった議論が行われます。
その議論には「対策という宝」が詰まっています。

「自分たちは無謬で失敗は悪である」と考えるか、
「人間は間違う。失敗は宝の山である」と考えるか、
個人や組織や業界には、この二種類があり、
長期的にみてその質を高め続けられるのは明らかに後者だ、
というのが著者の主張です。

詳述はしませんが、
二つの印象的な箇所を引用します。
ひとつは質の向上のためには、
「質より量!」だというのを証明する実験。
もうひとつは、
「日本全体が先ほどの意味で『前者(失敗を悪と考える)』だ」
という話です。

→P169〜170 
〈『アーティストのためのハンドブック
――制作につきまとう不安との付き合い方』の著者
デイヴィッド・ベイルズとテッド・オーランドは、
同書でこんな実験を紹介している。

ある陶芸クラスの初日、生徒が2組に分けられ、
一方は作品を「量」で評価し、もう一方は「質」で評価すると告げられた。
量のグループは最終日に全作品を提出し、
各自、総重量が50ポンドなら「A」、40ポンドなら「B」と評価される。
質のグループは質のみによる評価なので、
自分で最高だと思う作品を一つ提出すれば良い。

結果、面白い事実が明らかになった。
全作品中最も「質」の高い作品を出したのは、
「量」を求められたグループだったのだ。

ベイルズとオーランドはこう指摘する。
「量のグループは、実際に作品を次から次へと作って試行錯誤を重ね、
粘土の扱いも巧くなっていった。
しかし質のグループは、
最初から完璧な作品を作ろうとするあまり
頭で考えることに時間をかけすぎてしまった。
結局後に残ったのは、壮大な理論と粘土の塊だった」

似たようなことは政治分野でもみられる。
たとえば「制服の着用は規律を高める要因になるか」
と言う議論(空論になることも多い)があったとしよう。
こういう場合、政治家はすぐに心理学者に意見を聞き、
高い役職の人間を集め協議を開く。
これこそまさに無駄に綿密なトップダウン式のやり方に他ならない。
時間を浪費する代わりに、得られるものは「粘土の塊」だ。
本来彼らがなすべきなのは検証作業であり、
何をどうすれば本当に規律が高まるのか、
何が役に立たないのかをひとつひとつ実際に試すことだ。
もちろん失敗の数は増えるだろう。しかし、だかこそ多くを学べる。〉


→P302〜303 
〈失敗に対する姿勢の違いについて、
ここでは起業精神という観点から考えてみたい。
アメリカの起業家は、最初のベンチャーが失敗しても
そこであきらめることは滅多にない。
「自動車王」のヘンリー・フォードはその典型だ。
彼が最初に起業したデトロイト自動車会社は失敗に終わった。
次のヘンリー・フォード・カンパニーもそうだ。
そして3番目に創業したフォード・モーター・カンパニーで世界を変えた。
彼はこんな言葉を残している。
「失敗は、より賢くやり直すためのチャンスに過ぎない」

一方、日本ではまったく文化が異なる。
複雑な社会的・経済的背景の影響によって、
失敗は不名誉なものとみなされる傾向が強い。
失敗は、基本的に自分だけでなく家族にとっても恥なのだ。
ビジネスが失敗して非難されるのは珍しいことではなく、
非常に厳しく責任を追及されることも多い。

起業精神に関する統計を見てみよう。
世界銀行のデータによれば、日本の年間起業率はOECD諸国のなかで最下位だ。
2013年においては、アメリカの3分の1に留まった。
また「OECD科学技術・産業スコアボード2008」によれば、
ベンチャー投資額についても日本が最下位だ。
アメリカの投資額は、対GDP比で見ると日本の20倍以上になった。
同様のデータはまだある。
国際的起業家調査(グローバル・アントレプレナーシップ・モニター)では、
日本の18〜64歳の人口のうち、
起業活動を積極的に行っているのはたった1.9%という結果が出ている。
カウフマン財団(起業家育英などにかかわるアメリカの非営利団体)の調査によれば、
現在アメリカでは8人に1人(11.9%)が企業活動に従事しているという。
これは先進国の中ではほぼトップだ。

起業意識の違いが、経済全体に実質的な影響を及ぼすことは言うまでもない。
ウォートン・スクールの学生が書いた論説では次のように書かれていた。
「日本では『機会志向 Opportunity-driven』の起業精神が相対的に不足しており、
それが過去20年間の経済停滞の一因となっている」。
一方、アメリカでは、起業家精神が
経済繁栄をもたらした要因の一つと考えられているようだ。
「実証研究によって、機会志向の起業精神こそが、
現在の市場経済における成長の源だということが明らかになっている」
 
しかし起業精神の違いは、
本当に失敗の受け止め方の違いによるものなのだろうか?
その答えを出そうと、GEMは2009年、
イノベーション志向の先進諸国20カ国で、
起業に関する大々的な意識調査を行った。
結果は明白だった。
起業失敗に対する恐怖心が最も高かったのは、
日本人だったのである。アメリカ人は最低クラスだった。〉

、、、どうです?
インパクトがありますね。
失敗するのが嫌だからチャレンジしない、
という日本の文化が変わらなければ、
「失われた20年」は、「失われた30年」になり、
最後には「失われた国」になる日も遠くありません。
日本社会は「失敗を奨励する」方に舵を切らなければばならないと、
私はあらゆる意味で思うのですが、
子どもの将来の夢の第一位が「正社員(公務員)」であり、
メディアは失敗した人を嬉々として袋叩きにしていますから、
しばらくは望み薄かもしれません泣。

最後に本書に引用されていた、哲学者カール・ポパ―の名言を紹介します。 
「真の無知とは、知識の欠如ではない。学習の拒絶である。」
(3,637文字)



●ラストシーン

読了した日:2017年12月8日
読んだ方法:蒲郡のツタヤで書籍購入

著者:北野武
出版年:2017年
出版社:(株)ロッキング・オン

リンク:http://amzn.asia/ce0Bju4

▼140文字ブリーフィング:

70歳の北野武のインタビュー。
彼の書いたもの(語りおろし)を読むといつも、
とんでもなく頭の良い人だ、と私は感服します。
思考の切れ味というか、そういうのがハンパじゃない。
しかも彼の頭の良さの質は、文系ではなく理系のそれです。
漫才でもテレビ番組でも映画撮影でも、
彼は感性とかいうフワフワしたものに頼っておらず、
全部「素因数分解」の考え方で分解し構築している。
そして、そのギリギリのところを詰めると、
最後は「感性(情緒)」に行き着くことも知っている。
まさに日本が生んだ数学の天才、岡潔の思想です。
私の脳はかなり理系寄りなので、
余計彼の思考に心酔するのかもしれません。
(276文字)



▼▼▼リコメンド本「今週の一冊」▼▼▼

陣内が過去一週間に読んだ本の中から、
「いちばんオススメだったのは?」という基準でリコメンドします。
「いちばん優れていた本」というよりも、
「いちばんインパクトの大きかった本」という選考基準です。
皆さんの書籍選びの参考にしていただけたら幸いです。


▼今週の一冊:「失敗の科学」

コメント:
先週は実は風邪を引いてしまい2冊しか本を読めなかったのですが、
久しぶりに自信を持ってお勧めできる本を紹介できます。
勢い余って3,500文字以上紹介した、
「失敗の科学」。
すばらしい本でした。
今Kindleで、タレブの「反脆弱性」を読んでいますが、
まったく同じテーマです。
「失敗の科学」のほうが短くて読みやすいと思います。
買って読むに値する本です。超お勧めです。



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陣内が先週読んだ本 2017年11月第五週 『安全保障は感情で動く』潮匡人 他4冊

2018.05.24 Thursday

+++vol.041 2017年12月5日配信号+++


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
■4 陣内が先週読んだ本 
期間:2017年11月第五週 11月26日〜12月2日
::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::

先週私が読んだ本(読み終わった本)を紹介していきます。
一週間に一冊も本を読まない、
ということは、病気で文字が読めなかった数ヶ月を除くと、
ここ数年あまり記憶にないですから、
このコーナーは、当メルマガの
レギュラーコーナー的にしていきたいと思っています。
何も読まなかった、という週は、、、
まぁ、そのとき考えます笑。

ただ紹介するのも面白みがないので、
twitterに準じて、
140文字で「ブリーフィング」します。
「超要約」ですね。
(どうしても140字を超えちゃうこともあります。
 140文字はあくまで「努力目標」と捉えてください笑。)

忙しい皆さんになり代わって、
私が読んだ本の内容を圧縮して紹介できればと思います。
ここで紹介した本や著者、テーマなどについて、
Q&Aコーナーにて質問くださったりしたら、
とても嬉しいです。


●最貧困女子

読了した日:2017年11月27日
読んだ方法:図書館で借りる

著者:鈴木大介
出版年:2014年
出版社:幻冬舎新書

リンク:http://amzn.asia/2OyHENj

▼140文字ブリーフィング:

私と同世代の著者、鈴木大介さんはこの本を執筆後、
脳梗塞になりその闘病を記した
「脳が壊れた」という本を書きました。
私は自分自身も「脳の器質異常」のひとつである、
バーンアウトと鬱病を経験したので、
彼の闘病記は大きな共感をもって読みました。
フリーランスのジャーナリストとして貧困の現場を自分の足で取材し、
後ろ盾なく「筆一本」で食べていくというプレッシャーの大きさは、
想像に難くないですし、その取材対象の「貧困の現実」はあまりにも過酷で、
それも脳梗塞の遠因になったのではないか、
と同書で分析しています。
、、、で、取材するだけで彼に病因を与えた、
日本の「最も虐げられた弱者」のひとつである、
「再貧困女子」の現状を訴えるのが本書です。
その現状はあまりにも壮絶で過酷すぎて、
読み進めるのがつらいほどでした。
書き進めた鈴木さんはもっとつらかったでしょう。
(何度も言うようにそれは彼の健康を蝕むほどでした)
、、、しかし、「声なき者の声」となって、
社会的弱者に「ヴォイス」を与える代弁者としての彼の姿勢を、
私は尊敬しますし、大いに共感します。
彼の魂の叫びとも言える「あとがき」から引用します。

→P209〜210 
〈助けて下さいと言える人と言えない人、
助けたくなるような見た目の人とそうでない人、
抱えている痛みは同じでも、後者の傷みは放置される。
これが、最大の残酷だと僕は思う。
観念的なことを書いてしまったが、
現代の日本ではこうした最悪の残酷が拡がりつつある。
格差社会、若者の所得の低さ、特に貧困が単身世帯の女性や、
ひとり親(特にシングルマザー)に集中しているという報道は、
昨今否応なく耳に入ってくる。
だがそんな中、その貧困や抱えた痛みが「不可視化」され、
それどころか差別や批判の対象とすらなってしまう女性や
未成年の少女らがいること、
それがセックスワーク(売春・性風俗)周辺に
集中していることを本書では描いた。

本音を言えばルポラーターとしての僕の心情は、もう限界だ。
売春する相手への嫌悪感を消すために薬物中毒になった少女がいた。
「身体が売れなくなったら死ぬときだ」と真顔で言う16歳の少女は、
初めての売春は小学5年生の時だと言った。
その身体中に、虐待の傷痕があった。
街娼する母親の元に生まれたが、
いまは売春で得た金で母と弟たちを養っていると
誇らしげに語る中学3年生がいた。
知的障害を抱える母親の元から家出し、
同じく知的障害を持つ姉と二人で
路上生活と売春を1年続けたという少女がいた。
義父からの性的虐待を看過してきた母親に殺意を抱き続ける少女がいた。
風俗店5店舗に連続で面接落ちし、
その週のうちに売春相手が見つからなければ
「肝臓を売れるところを教えて欲しい」と言う20歳がいた。
取材期間中、幼娘を残して自殺してしまった売春シングルマザーもいた。
彼女は売春相手とホテルに向かう際、
愛娘が児童養護施設で作ってくれた折鶴を御守りのように財布に入れていた。

何も与えられず、何にも恵まれず、
孤独と苦しさだけを抱えた彼女らは、
社会からゴミくずを見るような視線を投げかけられる。
もう、こんな残酷には耐えられない。
繰り返す。抱えた痛みは同じなのに、
なぜ彼女らを救おうとするものがこれほどまでに少ないのか。
彼女らを放置することとは、
例えば病院の待合室で同じ病気で苦しむ人々がいるとして、
一方を診察室に入れ、一方を放置する状態と何ら変わりない。
果たしてこれが正しい社会とはとても思えないし、
それを見過ごすことは絶対的に悪ではないのか。〉

、、、私は公務員時代に教会の仲間と共に、
愛知県で「聞き屋ボランティア」という、
人の話を無料で聴くボランティア活動をしていました。
月曜日と金曜日の夜8時から10時まで、
仕事が終わった後に豊橋駅に看板を掲げて座ります。
「あなたのお話無料で聴きます」と書かれた看板です。
OLさんや酔っ払ったサラリーマンや年配のホームレスの話も沢山聞きましたが、
私たちが最も多くの時間を割いたのが鈴木さんがこの本で紹介しているような、
「貧困の再生産」のなかで生まれ育った少女たちでした。
私はデリバリーヘルスの「従業員」寮(ヤクザが取り仕切っている)から、
十代の少女が夜逃げするのを自分の軽自動車で手伝ったこともありますし、
リストカットの傷痕で両腕がいっぱいの少女の「母親」は、
彼女が「家」に帰るとリストカットをしていました。
それを観たくないから彼女は毎晩駅にたむろし、
そして泊めてくれる友人の家を渡り歩いていました。
多くの少女たちは身体にあざがあり、
家に帰ると母親の恋人に暴力を振るわれ、
常にドラッグの危険と隣り合わせでした。

鈴木さんの取材対象のルポを読みながら、
私は過去に出会った何人かの少女たちの顔を思い出していました。
鈴木さんがこの本で書いているのは、
こうした人々に寄り添うことの大切さというよりも、
(それももちろん必要ですが)
もっと構造的な問題に社会が注目することの必要性です。

鈴木さん曰く(私の経験からも同意するのですが)、
セックスワークに搾取される「最貧困女子」たちは、
何らかの障害「知的障害、発達障害、精神障害」を抱えていることも多く、
さらに彼女らは「家族の縁・地域の縁・制度の縁」からも切れています。
日本には公的なセーフティネットが確かに充実していますが、
そういった制度と彼女らは、「絶望的なほどに相性が悪い」のです。
結果として彼女らの最後のセーフティネットが、
性風俗産業になってしまっている、という現状がある。
鈴木さんの提言は、公的な制度がもっと柔軟に対応することと、
民間の援助者が彼女らの「自由」を奪わない形で
「安心して寝られる場所」としてのシェルターを提供すること、
といったことです。私も同意します。
(2,310文字)

▼参考リンク:「脳が壊れた」鈴木大介
http://amzn.asia/5SNQGrB



●残酷な世界で生き延びるたったひとつの方法

読了した日:2017年11月28日
読んだ方法:図書館で借りる

著者:橘玲
出版年:2010年
出版社:幻冬舎

リンク:http://amzn.asia/f6F8WUG

▼140文字ブリーフィング:

橘玲(たちばな・あきら)さんは、
夏頃に「(日本人)」という本で初めて知りました。
勝間和代に代表される、
(アンドリュー・カーネギー、ナポレオン・ヒルなどから連なる)、
「成功哲学」は、「やればできる」という前提に立っています。
筆者はしかし、「やってもできない」というのが、
現在の科学が私たちに告げる残酷な現実だ、と指摘します。
つまり、
「人間の能力は生まれたときにかなり決まってしまっている」
という身も蓋もない現実であり、
スティーブン・ピンカーらの著作で論証されています。
しかし、現在の民主主義政治と自由主義経済の
「世界の仕組み」を維持するためには、
この「不都合な真実」はあまりにも「政治的に正しくない」ために、
誰もそれを口にしません。
(口にしたら一発退場のタブーです)
しかし、だかといって「やればできる神話」を前提に人生を構築しても、
結果的に殆どの人は幸福になれないよ、と橘さんは指摘しています。
私たちに今必要なのはタブーに踏み込み、
「やっても出来ない(能力は生まれつきほぼ決定している)」
という前提に立つ「新たな成功哲学」を構築すべきだ、
というのがこの本の骨子です。
面白かったです。
(490文字)



●安全保障は感情で動く

読了した日:2017年11月28日
読んだ方法:図書館で借りる

著者:潮匡人
出版年:2017年
出版社:文春新書

リンク:http://amzn.asia/dVi30sp

▼140文字ブリーフィング:

「トゥキュディデスの罠」という言葉があります。
こえれは歴史家のトゥキュディデスが、
「スパルタが新興国アテネを恐れたことが戦争の原因になったのだ」
という分析をしたことから生じた命題で、
「新興国の急激な勃興が、
究めて高い確率で現覇権国との戦争に帰結する。」
という「歴史の法則」であり、
第二次世界大戦(欧州)ならば、
ドイツという新興国を覇権国のイギリスが恐れたこと、
第二次世界大戦(太平洋)ならば、
日本という新興国を大国アメリカが恐れたことが、
戦争の原因と言えます。
このトゥキュディデスの罠のポイントは、
戦争の引き金を引く「恐れ」が論理や分析ではなく、
「感情」だということを著者は指摘しています。

現在の国際情勢が「一触即発」なのは、
北朝鮮のトップだけでなくアメリカのトップまでが、
きわめて感情的に行動する「偶発的行動」が多い、
「先の読めない指導者」だからです。
2台の車が交差点で交わる際、
片方が無免許の暴走族でも、片方が優良ドライバーなら、
事故の危険性はまだ低いですが、
片方が無免許の暴走族で、
もう片方が認知症が始まっている老人の場合、
きわめて高い可能性で「事故」が起きます。
北朝鮮情勢での「事故」が起きた場合、
第二次朝鮮戦争が始まり、朝鮮半島ではもちろん、
横田基地が米軍の拠点となる日本本土でも多数の死者が出ますし、
アジア経済全体が壊滅的なダメージを受けるので、
日本は無傷でいられないどころか、戦後最大の国難となり、
最悪の場合、破局のシナリオも考えられる、
と元外交官の佐藤優さんは警告しています。

日本の首相は「異次元の圧力」かのように、、
「圧力一辺倒」を続けていますが、
この場合何よりも避けるべきは戦争なので、
トランプに同調するばかりというのは危険だと私は考えます。
(ちなみに先月私は拉致被害者の家族・横田早紀江さんですら、
 安倍首相に「圧力一辺倒は止めて」と発言している、
 というネット記事を読みました。)
▼参考記事:ついに横田早紀江さんも、「圧力一辺倒」に異論
https://www.excite.co.jp/News/politics_g/20171123/Gendai_428124.html

著者の本に話を戻しますと、
著者はキリスト教徒でもあり、
「戦争は感情で起こる」ということを理解することが、
今の局面にもっとも大切だと主張しています。
私もこれに同意します。
米ソが核兵器を本当に使う一歩手前までいった「キューバ危機」のときに、
J・F・ケネディの側近だったマクナマラ氏が回顧録を出版していて、
著者は彼のことばを紹介しています。
曰く「キューバ危機の最大の教訓は、
『相手の靴を履いて考える』ということの大切さだ。
ケネディ大統領は最も長い時間をかけて、 
『フルシチョフならどう考えるか』を考え抜いた。
そしてフルシチョフの自尊心を傷つけないように、
面目をつぶさないように、恥をかかせたりしないように、
細心の注意を払い最大の努力をした。」と。
トランプにケネディのような知性は期待できませんから、
どうかせめて、安倍さんには冷静であってほしい、
と願わずにいられません。
(1,245文字)



●反省させると犯罪者になります

読了した日:2017年11月30日
読んだ方法:図書館で借りる

著者:岡本茂樹
出版年:2013年
出版社:新潮新書

リンク:http://amzn.asia/6tUp3dF

▼140文字ブリーフィング:

著者は刑務所での累犯受刑者の更生支援の経験から、
「反省文」は逆に抑圧を強め孤立を生み出し再犯の可能性を高める、
と主張しています。
むしろ大切なのは被害者の立場に立つまえに加害者としての
「被害者や両親への怒り、憎しみ、不満」を吐き出させることだという。
そうすると自然に彼らは被害者の気持ちにも気がつき本当の反省に至るのだと。
同じことが「いじめ教育」にも当てはまり、
「いじめをすることがどれほど被害者を傷つけるか」を教え込む、
というアプローチが現在推奨されているのですが著者によれば、
それは逆効果を生む、と。
なぜか。
いじめをする生徒はたいてい、自分が傷ついているからです。
家で虐待を受けていたり、プレッシャーで追い詰められていたりする。
まずはそれを吐き出す場を設けなければ、
「形だけの反省文」と同じで、より「よい子バイアス」を与え、
もうひとつの抑圧を追加しているだけなのだ、と。
引用します。

→P163 
〈さらに言えば、親から虐待されていたり
厳しいしつけを受けていたりする子どもたちにとって、
「いじめられた子どもの気持ち」を考えさせることは
とてもしんどいことにはならないでしょうか。
そうした子どもたちは心の中にいつも鬱積した否定的感情が渦巻いています。
彼らは、自分の心の中にある否定的感情のはけ口を求めています。
それは、具体的にはいじめという形に発展する場合もあるでしょう。
そうした子どもたちにとって、
いじめられた子どもの気持ちを考えさせることは、
さらに抑圧を強めることになり、
結果として大きな爆発をもたらすことになるのではないかと危惧します。
彼らにとって本当に必要なことは、
いじめられた被害者のことを考えることよりも、
自分自身が親から受けた「被害」を語る(吐き出す)ことなのです。〉
(738文字)



▼▼▼リコメンド本「今週の一冊」▼▼▼

陣内が過去一週間に読んだ本の中から、
「いちばんオススメだったのは?」という基準でリコメンドします。
「いちばん優れていた本」というよりも、
「いちばんインパクトの大きかった本」という選考基準です。
皆さんの書籍選びの参考にしていただけたら幸いです。


▼今週の一冊:該当なし

コメント:
最近ずっと、「該当なし」ですね笑。
あまり冊数も読めていないし、
軽いものばかり読んでいたので。
11月もけっこう忙しかったので。
敢えて言えば、「残酷な世界で生き延びるたったひとつの方法」は、
けっこう面白かったです。
橘玲さんの著書の悪いところは、
引用されている本が興味深すぎて、
読みたい本が雪だるま式に増えて行くことです笑。
まぁ、良いところでもあるんですけど。



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陣内が先週読んだ本 2017年11月第四週 『一億相ツッコミ時代』槙田雄司 他3冊

2018.05.17 Thursday

+++vol.040 2017年11月28日配信号+++

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
■4 陣内が先週読んだ本 
期間:2017年11月第四週 11月19日〜25日
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先週私が読んだ本(読み終わった本)を紹介していきます。
一週間に一冊も本を読まない、
ということは、病気で文字が読めなかった数ヶ月を除くと、
ここ数年あまり記憶にないですから、
このコーナーは、当メルマガの
レギュラーコーナー的にしていきたいと思っています。
何も読まなかった、という週は、、、
まぁ、そのとき考えます笑。

ただ紹介するのも面白みがないので、
twitterに準じて、
140文字で「ブリーフィング」します。
「超要約」ですね。
(どうしても140字を超えちゃうこともあります。
 140文字はあくまで「努力目標」と捉えてください笑。)

忙しい皆さんになり代わって、
私が読んだ本の内容を圧縮して紹介できればと思います。
ここで紹介した本や著者、テーマなどについて、
Q&Aコーナーにて質問くださったりしたら、
とても嬉しいです。


●すべてのJ-POPはパクリである 【現代ポップス論考】 

読了した日:2017年11月23日
読んだ方法:図書館で借りる

著者:マキタスポーツ
出版年:2014年
出版社:扶桑社

リンク:http://amzn.asia/4Dp8w0x

▼140文字ブリーフィング:

マキタスポーツさんはオフィス北野所属の中堅芸人で、
最近は俳優として様々な映画やドラマに出演しています。
彼を私が知るようになったのは、
「東京ポッド許可局」というラジオ番組で、
彼の語る内容が面白いなぁと思って著書を手に取りました。

マキタスポーツという芸名は彼の実家のスポーツ用品店の名前です。
また、彼はミュージシャンでもあり、彼の音楽ネタは秀逸です。
そんな彼が「J-POPは工業製品である」という仮説のもとに、
それをロジカルに「素因数分解」し、
さらには自分で「公式に則って」自分で曲を作ってしまったのが、
「十年後のプロポーズ」という曲です。
私もこの書籍でその存在を知ったわけですが、
これがなかなか良くできている。

参考動画:「十年後のプロポーズ」
https://youtu.be/0Li5q8hrxkY

彼はJ-POPのヒット曲を分析すると、
「カノンコード」、「歌詞」、「構造」という三つの要素に分解される、
と言っています。

カノンコードというコード進行は「大逆循環」といって、
キーを「C」とすると、ベースラインが「ド」から始まって、
シ→ラ→ソ→ファ→ミ→レ→と順に下がりながら、
「ソ」を経過して上がって、また最初の「ド」に戻って、
これを繰り返すというものです。(P28)
「歌詞」はといえば、J-POPに多用される以下のようなフレーズがあります。
「桜舞い散る」「夢に向かって」「瞳の奥に」
「深く息を吸い込んで」「君と同じ空の下」「あの日の君の言葉」など。
そして「構造(楽曲構成)」は、
Aメロ、Bメロ、サビ、ブリッジ、というあれです。

十年後のプロポーズの場合、
確信犯的なカノンコードを使い、
J-POPフレーズをこれでもかとぶち込みまくり、
曲構成もこれまた、
サビ出し→間奏→Aメロ→A'メロ→Bメロ
→サビ→間奏→大サビ→アウトロ
という確信犯的に盛り上げる手法を盛り込んで、
工業製品としてのJ-POPを完成させています。

ここで終わりません。
マキタスポーツさんは4つめの要素として、
「その人でなければ歌えないオリジナリティ」を挙げており、、
それは「身体性」と言っています。
ここが非常に「味噌」だし、彼の慧眼です。

ちょっと関係ないですが、
彼はビジュアル系バンドも「素因数分解」し、
自分も「コミックビジュアルバンド」を作って、
コアなビジュアルファンからひんしゅくを、
お笑いファンからは賛同を買っています笑。
彼の「ビジュアル語変換」が面白いので(関係ないけど)引用します。

→P133 
〈「ビジュアル語変換」という遊びなのですが、
まずは、日常の何でもない言葉を「ドレスアップ」してみましょう。
・バイト→定められた瞬間(とき)
・ポケットティッシュ→街角からふいに差し伸べられる神の御加護
・お中元→灼熱のギブ&テイク
どうでしょう?くだらない日常が、
ずいぶんと耽美的で頽廃的な空気をまとってきた感じがしないでしょうか。
、、、もしもビジュアル系っぽい歌詞を書こうとして迷ったら、
「昼ご飯を食べたら美味しかった」でも
「お母さんに怒られた」でも何でも良いので、
日常的などうでも良いことをビジュアル語変換していけば、
容易にそれっぽいものが作れるはずです。

、、、蛇足ながら「ドレスダウン」もしてみましょう。
・悩ましい鼻腔の叫び→花粉症
・とどまることを知らない無限の欲望→ハッピーターン
・極彩色に彩られた日曜日のミサ→笑点
このように、とかくビジュアル系の世界は色々と倒錯しています。〉

子羊たち(どくしゃ)を、
禁断の言葉たちの羅列(メルマガ)の迷宮(ラビリンス)へと、
導く運命(さだめ)から、
そろそろ解き放たれたいと思います。
あ、つまりですね、要するに、「以上です」。
(1,437文字)



●一億総ツッコミ時代

読了した日:2017年11月23日
読んだ方法:図書館で借りる

著者:槙田雄司
出版年:2010年
出版社:星海社新書

リンク:http://amzn.asia/g8P1DB4

▼140文字ブリーフィング:

槙田雄司というのは、
先ほどのマキタスポーツさんの本名(ペンネーム)です。
芸人の時と文化活動のときで名前を使い分けるのは、
映画監督北野武と、芸人ビートたけしの「社長」からの、
オフィス北野の伝統なのでしょう。

、、、で、この本の議論はシンプルであり、
私はこれに何も付け加えることはありませんので、
引用のみをします。

→P29 
〈自分では何もしていなくても、他者のことは評価したい。
そうすることで自分の価値を手軽に上げようとするわけです。
日常がバラエティ番組化し、
笑いがツールとして気軽に使われるようになった日本。
多くの人がマスコミ的な視点を持つようになった日本。
そんな「ツッコミ人間」が多く出現するようになったこの国の気圧配置を
私は「ツッコミ高ボケ低」と呼んでいます。〉

→P34
〈自分はツッコまれないように、
つまりボケをやらないように気をつけながら、
ツッコミを入れるわけです。
ツッコミだけを入れていれば、安全な場所から他人を攻撃できます。
そのことで自分の価値を高めようと考えている。
リスクを最小限にしながらリターンを最大限にしたいと考えたネット民は
そのような方法をとってきたのです。〉

→P41 
〈何かとすぐにツッコミを入れようとする態度は、もう有効ではありません。
私は、折角お笑い的な能力を身に付けるなら、
他人を笑うためのツッコミの技術ではなく、
「自らまわりに笑いをもたらすような存在」
になったほうがいいのではないかと思います。
もしくは、他人を笑わず、自分で面白いものを見つける能力を育て方が良い。
ツッコミ的な減点法ではなく、
面白いところに着目する加点法の視点を身に付けるべきだと思っています。〉

、、、現代社会を象徴する言葉は、
「成功したいよりも、失敗したくない」です。
人々はますます「ローリスク・ハイリターン」を求めるようになっている。
リスクは犯さず、リターンは欲しい。
それとSNSの登場によって、
人々が自分は何もせずに斜め上から他者に評価を加える、
「ツッコミ高ボケ低」の気圧配置になってしまっていて、
それが社会を息苦しくしている、と槙田さんは言っているわけです。

なので、他罰的なツッコミではなく、
自ら笑いを生み出す存在になろう、
というのが彼の提案です。
体を動かさずリスクを冒さず、自らを高みに置き、
他者の「ボケ」に対して「ツッコ」む。
つまり評価を加える。
そういう人が増えている日本だから、
「人を笑いたい人」が過多で、
「人に笑われてもいいから何かに夢中になる人」が希少なのです。
言い換えれば「ツッコミ過多・ボケ希少」な社会なのです。

狩野英孝や出川哲朗がこれだけ人気があるというのは、
「そのポジション」に人がいないからです。
みんなローションまみれになってザリガニに鼻を挟まれて、
「痛いよ痛いよ、ガチで痛いよ」と言いたくない笑。
それを斜め上から笑っていたいわけです。

▼参考画像:ザリガニと出川哲朗
http://nackan77.up.n.seesaa.net/nackan77/image/0006.jpg?d=a1

私はローションまみれでザリガニに鼻を挟まれる趣味も、
おでんを顔に押しつけられる趣味もありませんが、
10年前に公務員を辞めて(信仰によって)非営利団体を立ち上げた私は、
比喩的には社会の中でローションまみれになって、
ザリガニに鼻を挟まれる側です。
「斜め上からツッコまれる」側であり、
ケツの穴まで「自己開示」して、
「安全な場所にいる人からいろいろと評価される」側にいます。
私は比喩的には出川哲朗なのです。

、、、そう考えますと、世の中の「芸人」は、
ボケだろうがツッコミだろうがリアクションだろうが、
全員、「社会的にはローションまみれ」なのです。
「30になって売れない芸人とか痛いな、いいかげん就職しろよwww」
といった、安全圏からの悪意のツイートが世の中には溢れていますから。
「ボケている俺たちを笑うのは良いが、
 それを斜め上からSNSでニヤけて馬鹿にするお前たちは、
 本当に自分の人生を生きていると言えるのか!?」
という芸人たちの魂の叫びを小説にしたのが又吉直樹の「火花」です。
私が芸人を好きなのは、「ローション仲間」だからです。
(1,513文字)



●九十歳まで働く!

読了した日:2017年11月24日
読んだ方法:図書館で借りる

著者:郡山史郎
出版年2017年
出版社:WAC BUNKO

リンク:http://amzn.asia/dJ69RVg

▼140文字ブリーフィング:

御年82歳の著者、郡山史郎さんは、
ソニーの重役などを経た後、
退職後も現役ビジネスマンを続けています。
「天下りの子会社の社長」は老害だからやりたくない、と拒み、
彼は「70歳の新入社員」なども経験した結果、
ひとつの結論に達します。

それは年齢が上になってしまうと、
どうしても若手に気を遣わせちゃうから、
定年退職後のビジネスマンの理想的な労働形態は「自営業者」だ、と。
じっさい彼は小さな人材紹介会社を起こし、
自分と同じような高齢の就業希望者と、
社会の雇用ニーズをマッチングすることでお金を稼ぎ、
そして国家に税金を納めています。

最後の最後まで働いて、
税金をもらう側じゃなく払う側でいたい。
人の尊厳は働くことのなかにある。
それが自分の生き方だ、
という彼の美学には共感します。

著者の世代は「生きている間に平均寿命が2倍になる」
という空前絶後の現象を生きた世代であり、
したがって自分が生きている間に働き方が、
まったく別のものに変わってしまった(変わりつつある)世代です。
その変化はあまりにドラスティックなので、
私たち働き盛り世代にすら、その未来は霧の中というか、
自分たちの未来を手探りでもがいているのが現状です。

彼のような国家や大企業にぶらさがろうとせず、
「自分の未来は自分で切り開く」という気概をもった、
「カッコいいおじいちゃん」がいることは、
私たち後輩世代への大きな遺産だと思います。

一部引用します。

→P43 
〈私たちの世代は、二つの特色がある。
一つは平均寿命が生きているうちに二倍になってしまったことだ。
1935年生まれの日本男子の平均寿命は、
当時の日本の統計によると43歳だった。
今は80歳を越していてさらに伸びつつある。
「ゼノンの逆説」(俊足のアキレスは先行するカメに追いつけない?)のように、
生きるにつれて寿命が延びると、
永遠に生きていくような錯覚に陥る。
もう一つは、成人期に日本経済が徹底した右上がり、
成長を継続したことである。
好不況はあっても、仕事にあぶれると言うことはあり得なかった。
常にすべての分野で人不足で、
普通の人ならいくらでも正社員として就職する上での選択肢があった。
それが、現今の情勢といかに違うかは、
少なくとも今五十歳前後以下の人に説明の要はあるまい。〉

→P159〜160 
〈いくら自由があり、好きなことができる時間があっても、
人は幸せにはならない。
アンドレ・ジッドが、「人の幸福は、したいことが出来ることの中にはない。
しなければならないことを受け入れることの中にある」と書いている。
「リベルテ」(自由)ではなく「デボワール」(義務)の中にある。
ある人がインドの貧民窟で孤児の世話をしているマザー・テレサに、
「そんな大変なことを、よく自分からなさいますね」と言ったら、
マザー・テレサは、「とんでもない、ボランテアーをしているのではない、
キリスト様に言われてやってるだけです」と答えたという。
義務を、自分の意志で受け入れる。その中に幸せがある。
高齢になるということは、神が命令しているのだ、と思えば、わかりやすい。
私は平凡な仏教徒で、およそ信心などはないが、
家族、友人、後輩に、亡くなった人が多いので、
なぜ自分だけが生きているのだろうと考える。
偶然以外に理由はないだろうが、その偶然を支配しているのは、
人ではない。高齢になると、神と付き合ってしまう。
自分は何をしなければならないか、を考えて、
出来ることがあったら、神が命じたことにして、
一生懸命にやる。それで幸せになる。生活の知恵としか言いようがない。〉

「人の幸福は義務を受け入れることのなかにある」
というアンドレ・ジットの言葉は深いです。
早期退職したゴルフ三昧の人は見た目とは裏腹に、
ほとんどが「絶望的に不幸だ」というのはあまり知られていませんが、
年齢にかかわらず「労働」を離れては
人間は幸福に生きていけないように作られていると、
私も信仰者として著者と考えを同じくします。
(1,611文字)



▼▼▼リコメンド本「今週の一冊」▼▼▼

陣内が過去一週間に読んだ本の中から、
「いちばんオススメだったのは?」という基準でリコメンドします。
「いちばん優れていた本」というよりも、
「いちばんインパクトの大きかった本」という選考基準です。
皆さんの書籍選びの参考にしていただけたら幸いです。


▼今週の一冊:なし

コメント:

今週もあまり多くの本は読めませんでした。
マキタスポーツさんのラジオ番組、
「東京ポッド許可局」は非常におすすめです。
私のこのメルマガも、あの番組の半分ぐらいでも、
面白いものが作れれば、、、という目標として書いています。
聴ける環境にある人は、是非。



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陣内が先週読んだ本 2017年11月第三週 『世俗都市の宗教』ロバート・ベラー 他5冊

2018.05.10 Thursday

+++vol.039 2017年11月21日配信号+++


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
■4 陣内が先週読んだ本 
期間:2017年11月第三週 11月12日〜19日
::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::

先週私が読んだ本(読み終わった本)を紹介していきます。
一週間に一冊も本を読まない、
ということは、病気で文字が読めなかった数ヶ月を除くと、
ここ数年あまり記憶にないですから、
このコーナーは、当メルマガの
レギュラーコーナー的にしていきたいと思っています。
何も読まなかった、という週は、、、
まぁ、そのとき考えます笑。

ただ紹介するのも面白みがないので、
twitterに準じて、
140文字で「ブリーフィング」します。
「超要約」ですね。
(どうしても140字を超えちゃうこともあります。
 140文字はあくまで「努力目標」と捉えてください笑。)

忙しい皆さんになり代わって、
私が読んだ本の内容を圧縮して紹介できればと思います。
ここで紹介した本や著者、テーマなどについて、
Q&Aコーナーにて質問くださったりしたら、
とても嬉しいです。


●孤独 自己への回帰

読了した日:2017年11月13日
読んだ方法:図書館で借りる

著者:アンソニー・ストー
出版年:1994年
出版社:創元社

リンク:http://amzn.asia/bcHGS5f

▼140文字ブリーフィング:

先日読んで大きな影響を受けた、
「リンカーン うつ病を糧に偉大さを鍛え上げた大統領」
に引用されていて興味を持ち手に取りました。
著者の要点はひとつで、
「孤独」と「創造性」には、
何らかの関連性があるのではないかという仮説です。
つまり、卓越した創造性を発揮した著述家や発明家や科学者というのは、
「孤独を志向する」もしくは「孤独に耐えうる」という、
共通の資質が見いだされるのではないか、ということです。
「まえがき」から引用します。

→P2 
〈何年か前に、友人のある哲学者が、
古代ギリシアの時代から西洋の偉大な哲学者の大多数は
個人的に親密な人間関係や家族関係を持とうとしなかった、と指摘した。
このことは私に、孤独と、抽象的な思考において何かを創造することの間に、
ある種の関連があるのではないかと疑問を抱かせたのである。
、、、創造的な思考は恐らく、
誰からも干渉されない孤独な長い期間と
情緒的な要求が何もない状態を必要とするのである。〉

著者は作家のみならず、
哲学者や科学者にも、孤独とある種の創造性に相関がある、
と分析しています。

→P257 
〈カント、ヴィトゲンシュタイン、ニュートンはすべて、
ほかの点ではどれだけ異なっていたとしても、
他の人間との親密な関わり合いを欠いているが、
独創的で抽象的な思考の巨大な能力を享有している。〉

私は数学に関する本を読むのが好きですが、
多くの数学者も人付き合いを避ける傾向があります。
(もちろん例外もあります)
「ある種の社交性とある種の独創性は、
トレードオフである」という仮説には、
私も賛同の票を投じます。
(659文字)

▼参考リンク:リンカーン うつ病を糧に偉大さを鍛え上げた大統領
http://amzn.asia/7UIaoKm



●キリストのうちにある生活

読了した日:2017年11月14日
読んだ方法:お茶の水のクリスチャンブックストアで購入

著者:ジェームズ・フーストン(著)高橋秀典(監修)
出版年:2017年
出版社:いのちのことば社

リンク:http://amzn.asia/iTXb9nr

▼140文字ブリーフィング:

ジェームズ・フーストン師の本は、
日本語で読めるものは(多くはないけれど)すべて読んでいます。
それほどに去年の夏休みに読んだ「喜びの旅路」は衝撃でしたし、
私の人生に大きな影響をもたらしました。
この本は夏にお茶の水のキリスト教書店に立ち寄った際に、
たまたま見つけて則購入しました。

、、、そうしたら、10月末のFVI総会にて、
この本の翻訳を監修したのが、
役員の高橋秀典先生だったことを知り、
家に帰ってすぐに本棚から取り出し読み始めたというわけです。
フーストン師のユニークな点のひとつは、
彼が西洋人でありながら、「東洋と西洋の出会い」を意識し、
「西洋人としてキリスト教を解釈する自分」というものを、
相対化して見つめる視点です。
自らが根ざす文化を自己相対化する、
というのは思っている以上に難しいですから、
すごーく頭のいい人なんだなぁ、といつも思います。

たとえば、
→P11 
〈日本の男性牧師たちも「リーダーシップ」という
米国的なカルトに陥るべきではありません。
これは日本文化にとって異質なものです。〉

これは私も以前から感じていました。
二言目には「リーダーが、、、」とか、
「次世代のリーダーを育成し、、、」
というキリスト教の関係者がいますが、
私はこの数年、こういった言説を右耳から左耳に聞き流しています。
目の前に「リーダー教の信者」がいるときは、
「そうですねー(死んだ目)」と言いながら、
99パーセント脳内は寝ています(不真面目)。
だって、全員がリーダーになったら、
誰がフォロワーになるんでしょう?
単純に、計算が合わないじゃないですか。
(私はリーダーが大切じゃないとか不要だとか、
 そういうことを言ってるんじゃないことは付言しておきます)

私は東洋人で、なおかつ西洋にかぶれることを、
人一倍警戒するタイプの人間なのでわかりますが、
自らが西洋人でありその思想の真ん中にいながら、
なおかつこういった批判的な視点を持てる西洋人は多くはありません。
東洋に西洋を導入する際、多くの米国人は、
「我々が持っている良いものを、
 後発国の日本に伝授しよう」
という無意識の態度を持ちますが、
その多くは前提が異なるために的外れです。
フーストン師は西洋を「相対化」し、
なおかつ時には日本人以上に日本を悉知しているので、
こういった冷徹な視点が持てるわけです。

目次を紹介します。

序論
第一章 変動する現代グローバル化社会におけるクリスチャンのアイデンティティー
第二章 東洋と西洋で基督教を脅かす実利主義、組織主義、テクノクラシー
第三章 家族関係ーー日本、欧米、そしてクリスチャン
第四章 個人的感情ーー古典、日本、西洋、そしてクリスチャンとして
第五章 人間関係に関する文化的価値観の核心ーー友情と共同体、日本人と欧米人という文脈において
第六章 人生の四季における成熟と知恵
第七章 クリスチャンによって豊かにされる苦難、沈黙、美に対する日本人の考察
結論

本書は長くないですが密度が非常に高いため、
網羅的に解説するのは不能です。

序論の前の紹介文に、
フーストン師の思想の要約が非常に端的な言葉で表されていたので、
そちらを引用したいと思います。
→P5 
〈ジェームズ・フーストンの
「霊性」と「神学」を短いことばで表そうとするなら、
「物語」と「交わり」ということができるだろうと思う。
「物語」は、「旅」「歴史」「文化」「人生行路」と言い表すこともできる。
「交わり」は、「対話」「人間関係」「家族」「社会」としても考えられる。
この「物語」と「交わり」は、それぞれの時代、
それぞれの文化によって、異なった解釈と表現がなされてきた。〉

、、、21世紀のキリスト教のあるべき姿を探る上で、
フーストン師の言葉には多くの滋養があります。
(1,179文字)



●父として考える

読了した日:2017年11月15日
読んだ方法:Kindleで電子書籍購入

著者:東浩紀 宮台真司
出版年:2010年
出版社:生活人新書

リンク: http://amzn.asia/6DWThEc

▼140文字ブリーフィング:

めちゃくちゃ頭の良い人と、
めちゃくちゃ頭の良い人の対話です。
面白くないわけがない。
、、、しかも2010年になされたこの対談は、
このタイトルが示すように二人が、
「世間より少し遅れて父になった」タイミングでなされました。
今の私にとっては非常にタイムリーで面白い題材でした。
この2ヶ月ほど、電車の中でAmazonプライムの映画を観てる時以外の、
ひとつの楽しみとして読みふけりました。
私のEvernoteメモは膨大になり全部を引用不能です。

たくさんの「目から鱗」があったのですが、
そのなかで特に2つ紹介します。

1.ネットのリスクは匿名性よりも親密圏で起きる。

→位置No.1783 
〈宮台:、、、ネットには「つながりができる面」と、
裏腹に「オフラインとオンラインの二重性ゆえの
疑心暗鬼が広まって防衛的になる面」の、両方があります。
ネットのネガティブ面というと「匿名性を利用した誹謗中傷」や、
「匿名性を利用した犯罪」が語られがちだけど、
「親しい間柄での疑心暗鬼」のほうが重大です。
子どもに携帯電話を持たせない方がいい理由として、
いまでも「匿名性を利用した犯罪」に
巻き込まれることを危惧する向きがありますが、トンチンカンです。
数的に圧倒的に問題なのは、「親しい間柄での疑心暗鬼」のせいで、
コミュニケーション一般において過剰に防衛的になったり、
親友にさえ腹を割れなくなってしまうことです。〉


2.社交性があり優秀な人間ほど単純労働を嫌がらない。

→位置No.1952 
〈宮台:最近、面白いことに気がつきました。
ソーシャルスキルのある人間ほど単純労働を嫌がらないことなんです。
最近は「一人出版社」が結構あって、出版社の社長をやりながら、
夜は別の仕事をするような人がいます。
彼が言うのは、就職状況が宮台さんの言うとおりだとしても、
世の中に仕事がないというのは完全にウソであると。
時給800円から1,000円の範囲内で「なんでもやります」と言えば、
仕事はいくらでもある。
実際に僕の知り合いの60代の人も全く困っていない。
彼は中卒で、昼は出版社の社長をやりながら、
夜は皿洗いや荷運びをやっている。
彼が言うには、「仕事はあるに決まっている。
そうじゃなければ、中国人がどうしてこれだけ接客業にいるんですか」と。
、、、親の期待過剰ゆえにはじめから無理な枠内でエントリーしていない。
つまり、ある幅以外の仕事は仕事に見えていないのが問題なんです。
、、、ここにもう一つ問題がある。
いまの大学院生の多くが単純労働を間違って捉えていることです。
単純労働「でも」大丈夫ですという人たちはおしなべて
「単純労働は非クリエイティブだ」と理解しているが、
じつは単純労働の中にも習熟がある、
と彼(前出の社長兼深夜労働者)は言います。
それまで注意を集中しなければできなかった作業が、
次第に自動的にできるようになるプロセスの事です。
自動化的習熟による負担免除によって、
自分の注意力が別の所にも拡がって、
他の新人たちにアドバイスできるようになっていく、ということもあります。
「だから単純労働に喜びがないというのはウソで、
やったことのないやつが言うことだ」と彼は言います。
「釘をまっすぐ打ち込めるようになる喜びも、
他人に教える喜びも、あるんです」と。
、、、だから堀内くんは
「単純労働まで拡げれば仕事はいくらでもある」
という僕の言い方は間違いだというわけです。
「そもそも大学院生の多くには単純労働に耐える力がないのだから」と。
このことをいろんなひとに振ってみましたが、
「本当にそうなんだよ」と誰もが首肯します。
ちなみに、単純労働に必要な資質は、実は頭脳労働にも必要なんです。〉

、、、これは本当に納得です。
私の職歴の実感からも納得できます。
獣医の世界にも、たとえば後輩のなかに、
やたら偏差値とプライドが高く「頭脳労働こそ労働」と豪語し、
試験管を洗ったり床磨きなどを嫌がる後輩が時々いるのだけど、
たいてい汚れ仕事を嫌がったり、
試験管磨きが上手にできない後輩に限って、
そいつの「頭脳労働」の結果もたいしたことはありません。
そして「言い訳」が長い。
「言い訳は時間の無駄だよ」と、
そいつに説教するのもまた時間の無駄ですから、
有能な先輩ほど早い段階でそういった後輩を見限ります。
なんでも嫌がらずにやる後輩というのは、
何をやらせても上手にできます。
いや、本当に。
(1,698文字)



●世俗都市の宗教

読了した日:2017年11月15日
読んだ方法:図書館で借りる

著者:H・コックス
出版年:1986年
出版社:新教出版社

リンク:http://amzn.asia/dEkkNuu

▼140文字ブリーフィング:

面白くて夢中で読みました。
ここに概説は不能ですので、
またいつか別の機会にします。
著者は「ポストモダン神学」の大家で、
「近代が衰微する時代」に、
宗教はいかにあるべきか、という問いを、
ライフワークとして問うている神学者です。
彼が言うには「ポストモダン」は宗教衰退の時代ではなく逆だ、
ということです。
むしろ宗教性がモノを言う時代だ、と。
引用します。

→P26 
〈ポストモダン時代がどんなものになるか、
だれも自信をもって言えないにしても、
一つだけ、明白だと思われることがある。
それは激しい世俗化と宗教没落の時代であるというよりもむしろ、
宗教復興と聖なるものの復帰の時代であるようなのだ。
今日ではもう、宗教の長い夜や、
政治に対する宗教の影響力ゼロの状態について、喋々する者はいない。〉

、、、ところがその先があります。
ポストモダン時代の「宗教性」は、
前近代や近代の「伝統的」な宗教が認知できないような、
形態をとる可能性がある、と著者は言うのです。
つまり伝統的宗教者からすると宗教に見えない場所に、
ポストモダン時代の宗教性は滑り込むのだ、と。
私はそれを「オルタナ宗教」と自分で名付けました。
日本には「拝金教」「国家主義」「学歴主義」
「出世教」「安全/安心教」などの宗教があります。
キリスト教のライバルはもはや仏教や神道や八百万ではありません。
そちらはむしろ「仲間」であって、
「世俗に潜り込んだ宗教性」こそが、
私たちの「顧客を奪い合うライバル」であり、
そこに潜む人々の心の叫びをすくい上げることができなければ、
日本のキリスト教の未来は暗いでしょう。

、、、本書の話に戻しますと、
彼は80年代に特に隆盛をきわめた、
プロテスタントの側からの「ファンダメンタリズム」と、
カトリックの側からの「解放の神学」を、
ポストモダンへの両派からの対応として取り上げます。
著者は後者(解放の神学)には可能性と希望があるが、
前者(ファンダメンタリズム)にはポストモダン時代に
対応できる意義あるものとなる可能性は低い、
と結論づけています。
私はプロテスタント教徒なので、
どちらかというと前者に知り合いが多いので心苦しいのですが、
それでも著者に同意します。
(ちなみに著者もバプテスト信徒でプロテスタント教徒です)
理由は、、、まずはこの本を読んでください、
としか言いようがありません。
(965文字)



●なぜ人と組織は変われないのか

読了した日:2017年11月16日 途中とばし読み
読んだ方法:図書館で借りる

著者:ロバート・キーガン、リサ・ラスコウ・レイヒー
出版年:2013年
出版社:英治出版

リンク:http://amzn.asia/gkXvA1i

▼140文字ブリーフィング:

ハーバードビジネススクールのキーガン氏とレイヒー氏の共著です。
彼らは「なぜ人は変わりたいのに変われないのか」
ということを「変革を阻む免疫機構」という言葉を使って説明します。
彼らがこの本を書く動機になった「ダボス会議」の記事は面白いです。

→P400〜401 
〈世界で最も垂涎のチケットと言えば、
毎年一月の世界経済フォーラム年次総会(ダボス会議)のものだろう。
4日間にわたり、スイスのアルプス地方の小さな街ダボスに
2000人ほどの世界の頭脳が集結する。
ここで、世界を代表する企業経営者、政府首脳、
大学教授、評論家、知識人たちが世界の様々な問題について話し合う。
、、、しかし、話し合われる話題は一つに集約できる。
そのテーマとは、変化だ。
「世界は変わりつつある。ビジネスも変わろうとしている。
あなた自身も変わった方がいい」というわけだ。
朝、昼、晩と、大小様々なシンポジウムや討論会、食事会、
そして移動のバスの中で、誰もが変化を話題にする。
しかし、世界の頭脳が集まっているのにもかかわらず、
――いや、それだからこそと言うべきかもしれないが――
人間の「首から下」に関心が払われることはほとんどない。
感情、不安、やる気など「変わりたくない」
という決意を強めさせる要因については、あまり話し合われない。
ダボス会議で四日間過ごしても、
「なぜ、変わることが難しいのか?」
「変わるためには、どうすればいいのか?」
について意見交換する場には一度も遭遇しない可能性もある。
この本で私たちは、これまでの研究と実践の成果を紹介し、
個人と集団の変革を妨げる主立った障害と、
その障害を克服する方法を実践的に解説してきた。
これからの時代それぞれの分野で最も成功を収めるのは、
”変革を阻む免疫機能”をくつがえす方法を身に付けたリーダーと組織だろう。〉

、、、では、変革を阻む免疫機能をくつがえしたいリーダーは、
どんなことを肝に銘じる必要があるのか?
詳述はしませんが羅列します。

1.大人になっても成長できるという前提に立つ:メタ視点、思考様式の変容

2.適切な学習方法を採用する:そのトレーニング(学習)はオンジョブ的か?

3.誰もがうちに秘めている成長への欲求をはぐくむ:
「よい問題」とは、それを通して成長できる問題である。
全員が取り組んでいる問題は、それによってその人が成長できるような問題か?

4.本当の変革には時間がかかることを覚悟する。

5.感情が重要な役割を担っていることを認識する。

6.考え方と行動のどちらも変えるべきだと理解する:
洞察思考のアプローチと行動変容思考のアプローチの二者択一は両方正しくない。
二つのアプローチを一体化させることが大切。

7.メンバーにとって安全な場所を用意する:
「試練と支援」をセットで与える。

、、、じつはこの7つ、
私が先月埼京のぞみチャペルと一緒に取り組んだ、
「愛の種まきプロジェクト」にすべて含まれていますし、
今月はじめに伊勢志摩で開催した、
「よにでしセミナー」にも、意図的に織り込んだ要素が含まれています。
特に「成長には葛藤と矛盾が必要」のところなどはまさにど真ん中です。
自分がしていることは間違っていない、
という承認を与えてくれるような本に出会い励まされました。
(1,330文字)


▼▼▼リコメンド本「今週の一冊」▼▼▼

陣内が過去一週間に読んだ本の中から、
「いちばんオススメだったのは?」という基準でリコメンドします。
「いちばん優れていた本」というよりも、
「いちばんインパクトの大きかった本」という選考基準です。
皆さんの書籍選びの参考にしていただけたら幸いです。


▼今週の一冊:「世俗都市の宗教」

コメント:
この本は神学者の書いた専門書ですので、
ここでリコメンドしたところで、
じっさいに手にとって読む人が何人いるかは疑問ですが笑、
非常に、非常に、とっても、学ぶ事の多い本でした。
私の中では先日の、「リンカーン、、、」にも匹敵します。
「今年の本ベスト5」には入るでしょう。




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陣内が先週読んだ本 2017年11月第二週 『羽仁もと子 生涯と思想』斉藤道子 他4冊

2018.05.03 Thursday

+++vol.038 2017年11月14日配信号+++

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
■3 陣内が先週読んだ本 
期間:2017年11月第二週 11月5日〜11日
::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::

先週私が読んだ本(読み終わった本)を紹介していきます。
一週間に一冊も本を読まない、
ということは、病気で文字が読めなかった数ヶ月を除くと、
ここ数年あまり記憶にないですから、
このコーナーは、当メルマガの
レギュラーコーナー的にしていきたいと思っています。
何も読まなかった、という週は、、、
まぁ、そのとき考えます笑。

ただ紹介するのも面白みがないので、
twitterに準じて、
140文字で「ブリーフィング」します。
「超要約」ですね。
(どうしても140字を超えちゃうこともあります。
 140文字はあくまで「努力目標」と捉えてください笑。)

忙しい皆さんになり代わって、
私が読んだ本の内容を圧縮して紹介できればと思います。
ここで紹介した本や著者、テーマなどについて、
Q&Aコーナーにて質問くださったりしたら、
とても嬉しいです。


●神の子どもたちはみな踊る

読了した日:2017年11月9日
読んだ方法:図書館で借りる

著者:村上春樹
出版年:2000年
出版社:新潮社

リンク: http://amzn.asia/3kgF4QZ

▼140文字ブリーフィング:

村上春樹の短編集です。
この本は以前にも読んだことがありますが、
あるきっかけで再読したくなり手に取りました。
村上春樹の作風が変わった明らかな「節目」となっている作品で、
阪神淡路大震災をめぐる短編集です。
10年近く前に初めて読んだ時とは違い、
新たな発見が多数ありました。
小説って、5年ぐらい間を開けて再読すると、
「自分の変化」を再認識できる良いツールですね。

今回新しく発見したのは、
最後の短編「蜜蜂パイ」です。

「蜜蜂パイ」の主人公の淳平は西宮で生まれ育ったこと、
早稲田大学文学部に進んだが両親には経済学部と偽っていたこと、
そのおかげで「勘当」されたこと、
海外で神戸の地震のニュースを知り、
「自分には根がない」という啓示を受けたことなど、
あらゆる村上春樹の作品の登場人物のなかで、
村上春樹本人の自画像に最も近いです。
その主人公が最後に「決意表明」をしますが、
これは彼の作風の変化を予言する象徴的な話しです。
引用します。
(*まさきち、とんきちとは、
 淳平が親友の元妻の子どもに語り聞かせた、
 動物園のクマの「とんきち」の話です。)

→P236〜237 
〈淳平は壁に掛かった時計の針を眺めながら、
沙羅に聞かせるお話の続きを考えた。
まさきちととんきちの話しだ。
まずはこの話しに出口を見つけなくてはならない。
とんきちは無為に動物園に送られたりするべきではない。
そこには救いがなくてはならない。
淳平は物語の流れをもう一度最初から辿ってみた。
そのうちに漠然としたアイデアが彼の頭に芽を出し、
少しずつ具体的なかたちをとっていった。

「とんきちは、まさきちの集めた蜜蜂をつかって、
蜜蜂パイを焼くことを思いついた。
少し練習してみたあとで、
とんきちにはかりっとしたおいしい蜜蜂パイを作る才能があることがわかった。
まさきちはその蜜蜂パイを街に持っていって、人々に売った。
人々は蜜蜂パイを気に入り、それは飛ぶように売れた。
そしてとんきちとまさきちは離ればなれになることなく、
山の中で幸福に親友として暮すことができた。」

沙羅はきっとその新しい結末を喜ぶだろう。
おそらくは小夜子も。
これまでとは違う小説を書こう、と淳平は思う。
夜が明けて当たりが明るくなり、
その光の中で愛する人々をしっかりと抱きしめることを、
誰かが夢見て待ちわびているような、そんな小説を。
でも今はとりあえずここにいて、二人の女を護らなくてはならない。
相手が誰であろうと、わけのわからない箱に入れさせたりはしない。
たとえ空が落ちてきても、大地が音を立てて裂けても。〉

、、、じわっと感動しました。
「そこには救いがなくてはいけない」と、
「物語を紡ぐ」ことを仕事にする職業人としての村上春樹は、
1995年、阪神淡路大震災とオウム真理教のニュースを見ながら考えたのです。
あれから22年が経ちます。
日本には「新たな救済の物語」が必要とされているように見受けられます。
現代の詩人たちは大変な仕事を引き受けているのだなぁ、
と尊敬の念を覚えます。
(1,172文字)



●羽仁もと子 生涯と思想

読了した日:2017年11月9日
読んだ方法:図書館で借りる

著者:斉藤道子
出版年:1988年
出版社:ドメス出版

リンク:http://amzn.asia/0vsrr2S

▼140文字ブリーフィング:

羽仁もと子という人は、
明治後期、大正、昭和初期という三つの時代を生きた信仰者です。
賀川豊彦などと、ちょうど重なります。
先月宮嶋望さんという、新得にある共働学舎という、
困難を抱えた人々のコミューンを導いておられる方の本を読み、
非常に感銘を受けました。
彼は「自由学園」というキリスト教理念に基づく東京の学校を卒業しており、
この学園の理念の「実践」が共働学舎だ、と宮嶋さんは言っています。
その「自由学園」の創始者が羽仁もと子夫妻です。
で、彼女の思想を私は知りたいと思った次第です。
しかしいかんせん、彼女の書いたものは量が多すぎます。
全集が出ていますが、まずは他者が書いた伝記を読むのが、
彼女の思想を知る近道だと思い本書を手に取りました。
彼女は賀川豊彦同様、非常にスケールの大きな「社会変革者」です。
英語ではソーシャルリフォーマーと言います。
彼女は雑誌の発行、世界初の主婦による女性運動体「友の会」の創設、
「日本人が家計簿を付けるようになるという習慣」の創始者、
自由学園の創立者など、その活動は多面的で、
常人にはすべてを把握できないほどです。
FVIは「小さな愛の行動」によって「神の国の実現」を目指す、
ということをその活動の理念としていますが、
羽仁もと子は「小から大への社会変革」を唱え、
「友の会は神の国のための運動体である」と唱道していましたから、
羽仁もと子という人は「100年前のFVI」なわけです。
学ぶところがあまりにも多いので今回は詳述を差し控えます。
いつか「本のカフェ・ラテ」で紹介出来たらと思います。
(652文字)



●米国人弁護士だから見抜けた日本国憲法の正体

読了した日:2017年11月9日
読んだ方法:図書館で借りる

著者:ケント・ギルバート
出版年:2017年
出版社:角川新書

リンク:http://amzn.asia/14DOnNW

▼140文字ブリーフィング:

ケント・ギルバートさんは保守的な言説で有名な人で、
私とはスタンスが違いますが彼の言うことの多くは筋が通っています。
ちなみに私は憲法改正に関しては、
「原理的護憲派」ではありません。
日本国憲法は不磨の大典とも思いませんし、
それが日本の平和を守っているとも思いません。

しかし2012年自民党改正草案のような暴挙は、
あらゆる意味で許容することができませんし、
あのやりかたを押し通すと安倍さんの本意(と本人は言っている)の、
「平和の維持」からも著しく遠ざかるでしょう。

「憲法があれば平和は守られる」という原理的護憲派も、
「憲法を改正すれば平和は守られる」という原理的改憲派も、
両方バカだと私は思っています。

憲法というのは安全保障上の数多くある要素のひとつで、
しかも憲法における安全保障というのは数多くある憲法の意義の、
小さなひとつに過ぎません。
「憲法」のもっとも大切な機能は、
「国家権力から個人の自由を守る」ということです。
これは保守とかリベラルとか関係ありません。
だから現在の自民党の「憲法観」はヤバイのです。
イカれていると言ってもいい。

これは保守派で改憲派のケント・ギルバートさんも指摘しています。
引用します。

→P149 
〈日本を含めた主要国で権利章典(人権規定)の
憲法改正事例がほとんどないのは、
正しい意味での立憲主義が根付いているからでしょう。
国民の人権は自然権として保護されるべきもので
とりわけ権利章典の中核をなす基本的人権を否定することは、
先進国においては許されません。
権利章典を巡る憲法典の改正があるとすれば
それは新しい権利を追加する場合に限られるというのが常識です。

その意味で、自民党の2012年版「日本国憲法改正草案」は、
第11条で「国民は、すべての基本的人権を享有する。
この憲法が国民に保証する基本的人権は、
侵すことのできない永久の権利である」としながらも、
第12条では「この憲法が国民に保障する自由及び権利は、
国民の不断の努力により、保持されなければならない。
国民は、これを濫用してはならず、
自由及び権利には責任及び義務が伴うことを自覚し、
常に公益及び公の秩序に反してはならない」とし、
第13条でも「全て国民は、人として尊重される。生命、
自由及び幸福追求に対する国民の権利については、
公益及び公の秩序に反しない限り、立法その他の国政の上で、
最大限に尊重されなければならない」としています。

自民党の2012年版「日本国憲法改正草案」にある
「公益及び公の秩序」という表現は、
「国や社会の利益や秩序」が、
自然権として保護されるべき「個人の人権」よりも大事だという
考えに立っているように受け取れます。
もしそうだとしたら、傲慢な考えと言うしかありません。〉
(1,125文字)



●アナログ

読了した日:2017年11月10日
読んだ方法:Amazonで書籍購入

著者:ビートたけし
出版年:2017年
出版社:新潮社

リンク:http://amzn.asia/6BDufh5

▼140文字ブリーフィング:

ビートたけしが又吉直樹の「劇場」を読んで、
刺激を受けて書いた恋愛小説です。
出来はともかくとして、
70歳になったビートたけしが、
30代の中堅芸人の小説を読んで、
「俺だって、、、」といって書くというそのバイタリティに、
私たちの世代は呆れるわけです。
あぁ、この世代には勝てないわ、と笑。
小説の出来では又吉の圧勝です。
当たり前じゃないですか。

でも、すごいよなぁ。
団塊の世代のバイタリティには、
私たちロスジェネ世代は歯が立ちません。
きっと彼らが「この世から退場」しても、
良くも悪くも彼らの残した遺産の上にしか、
私たちは社会を構築出来ませんし、
良くも悪くも親世代である彼らの「亡霊」と、
戦い続けるのが私たちの世代でしょうから、
今後も私たちが彼らに太刀打ちして勝つことはないでしょう。

、、、という世代論は置いておいて、
この小説のビートたけしの人間観察や日常観察力は上手です。
2つ引用します。

→P57 
〈仕方なくテレビをつける。特に観たい番組はないが、
外国の刑事ドラマを何気なく観ていた。
しかし、どれも同じような内容だ。
主人公は白人、部下に若手の白人と黒人、女性の刑事、
必ずいるのがコンピューターのプロでハッキングの天才。
豚みたいに太った厚化粧の女か、
いかにもおたく風のアジア人だ。
いつも、プロファイリングから始まり、
地元の刑事ともめて時間が来るとDNA、
指紋がプロファイル通りの人物と一致して一件落着。
まるで外国版水戸黄門だが、つい観てしまう。
合間で流れるCMは決まって、
高齢化社会を反映してか膝腰の痛みが取れたり、
目がよく見えるようになったり、デブが痩せたり、シミが取れたり、
ウンコがよく出るようになったりするサプリメントの話ばかりだ。
また必ず画面の隅に、小さくて読みづらい字で、
「あくまでも個人の感想です」と書いてある。
そして「効果効能を示すものではありません」とか
「運動と食事制限を併用しています」とか、
さらには今から三十分以内に買えば半額だとか言っている。
ところが二時間後には他のチャンネルでも同じことを言っている。
それじゃ、その金額で一日中売ってんじゃねーかと思いながら、
また明日から面倒くさい仕事がなきゃいいな〜、
とボーっとしているうちに週末は過ぎていく。〉

、、、こういう日常描写は、
「よく見てるなぁ」と思います。
お笑い芸人の「日常観察力」はたぶん、
全職業最強です。

→P104 
〈「向こうのスケジュールもあるから、
簡単には変えられないだろう。
ホテルの予定地の下水や電気の配管の件で、
地下を何階まで作れるかペンディングになっていた件があっただろ。
大阪市と話を詰めた結果、どうにか地下二階まで作れるようになったらしい。
バジェットやキャパも考えると、
もう一度プレゼンのグランドデザインを
コンシダーしてくれとオーダーしてきたんだ。」〉

、、、これは岩本という、
カタカナ語を連発する頭の悪い上司の会話です。
普段からこういう人間をビートたけしは疎ましく思っているか、
もしくは間接的に小池百合子をディスっているのでしょう笑。

私も目の前でこんな会話されたら、
顔面をグーで2回殴りますね笑。


嘘です。


「あなたの言いたいことはアンダスタンドしました」
といって、それから二度と話しかけないだけです笑。
(1,111文字)



▼▼▼リコメンド本「今週の一冊」▼▼▼

陣内が過去一週間に読んだ本の中から、
「いちばんオススメだったのは?」という基準でリコメンドします。
「いちばん優れていた本」というよりも、
「いちばんインパクトの大きかった本」という選考基準です。
皆さんの書籍選びの参考にしていただけたら幸いです。


▼今週の一冊:該当なし

コメント:
今週も「買って読んだ方が良いよ」と言えるほどの本はありません。
個人的に「羽仁もと子・・・」はヒットでしたが、
万人に勧められるようなものではありませんし。
「神の子どもたちはみな踊る」を未読の人がいたら、
読んで損はない本だ、というのは自信をもって言えます。



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陣内が先週読んだ本 2017年11月第一週 『村上春樹はくせになる』清水良典 他3冊

2018.04.26 Thursday

+++vol.037 2017年11月7日配信号+++


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
■3 陣内が先週読んだ本 
期間:2017年11月第一週 10月29日〜11月4日
::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::

先週私が読んだ本(読み終わった本)を紹介していきます。
一週間に一冊も本を読まない、
ということは、病気で文字が読めなかった数ヶ月を除くと、
ここ数年あまり記憶にないですから、
このコーナーは、当メルマガの
レギュラーコーナー的にしていきたいと思っています。
何も読まなかった、という週は、、、
まぁ、そのとき考えます笑。

ただ紹介するのも面白みがないので、
twitterに準じて、
140文字で「ブリーフィング」します。
「超要約」ですね。
(どうしても140字を超えちゃうこともあります。
 140文字はあくまで「努力目標」と捉えてください笑。)

忙しい皆さんになり代わって、
私が読んだ本の内容を圧縮して紹介できればと思います。
ここで紹介した本や著者、テーマなどについて、
Q&Aコーナーにて質問くださったりしたら、
とても嬉しいです。


●村上春樹はくせになる

読了した日:2017年10月31日
読んだ方法:図書館で借りる

著者:清水良典
出版年:2006年
出版社:朝日新書

リンク: http://amzn.asia/c5gM3Fk

メルマガ読者の読書会テキストで知って興味を持ちました。
村上春樹って、時々、語りたくなります。
「世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド」が、
ユングの「シャドウ」とか「アニマ、アニムス」、
あるいはフロイトのオルターエゴなどを踏まえている、
という話しは説得力がありました。
著者は批評家としてではなくあくまでいちファンとして、
村上春樹を「読む」ことを楽しむというスタンスを維持していて好感が持てます。
これは村上春樹自身がインタヴューなどで言っていることですが、
彼は95年の阪神大震災とオウム真理教の地下鉄サリン事件以降、
明らかに作風を変えました。
具体的には「ディタッチメント」方向から、
「コミットメント」方向に舵を切ったのです。
ターニングポイントの「竹の節」は、
阪神大震災を題材にした短編集「神の子どもたちはみな踊る」と、
地下鉄サリン事件の被害者へのインタヴュー集である、
「アンダーグラウンド」です。

2011年の東日本大震災以降、村上春樹は何を考えてきたのか、、、。
じつは私の読みは、まだ「形になっていない」というのが、
正直なところなのではないかと思っています。
2011年以降の村上春樹作品は2つ。
「色彩を持たない多崎つくると彼の巡礼の旅」
そして、「騎士団長殺し」です。
騎士団長殺しには「東北で出会うスバルフォレスターの男」
という表象が出てきますが、その伏線は回収されずに終わっています。
また最近友人から「多崎つくる・・・」の多崎とは、
岬がたくさんあるリアス式海岸であり、
彼を襲う友人たちとの離別や死別は、
東北の津波を意味している、という解釈を聞きました。

なるほどねぇ。。。

あくまで一読者としての、一見識にすぎないのですが、
村上春樹にとっての「95年問題」は、
2009年の「1Q84」で一応の決着を見た、と思っています。
それでも約15年かかっている。
2011年の地震はもっと大きな出来事でした。
「もう村上春樹は駄目だ」と思っている方がもしいましたら、
あと10年ぐらいは待ってあげてください笑。
(845文字)



●コミュニティデザイン

読了した日:2017年10月29日 とばし読み
読んだ方法:図書館で借りる。
著者:山崎亮
出版年:2011年
出版社:学芸出版社
リンク:http://amzn.asia/iYtGTkL

▼140文字ブリーフィング:

「街作りワークショップ」的なことを全国で行っている人です。
情熱大陸にも取り上げられたらしいです。
「復興のハード面とソフト面」という話しを思い出しました。
私が時々行っている「市長のワークショップ」にも似ています。
ただ、この本からは抽象的な原則などはほとんど何も引き出せません。
事例紹介は面白いのだけど、深い学びにはなりませんでした。
(165文字)



●ネイティブが感動する 英語にない日本語

読了した日:2017年11月2日
読んだ方法:図書館で借りる

著者:フォーンクルック幹治
出版年:2017年
出版社:河出書房出新社

リンク:http://amzn.asia/6aSUmlX

▼140文字ブリーフィング:

著者は母親が日本語しか話せず、
父親が英語しか話せないという特殊な環境で育ちました。
両親の通訳を著者はしなければならないのですが、
「英語にない日本語」「日本語にない英語」に苦労しました。
そして彼は「英語にない日本語」のほうがより苦労した、
と言っており、さらにそれを集めていくと、
日本らしさとか、日本の良さみたいなものが浮き上がってきた、
と言っています。
特に本阿弥光悦の「金継ぎ」の話しは面白かったです。
引用します。

→P87 
〈日本独自の修理法「金継ぎ」については、
なじみのない人もいるかもしれません。
破損した陶器を修理する際に、
継ぎ目に金や銀などの金属粉で装飾して仕上げる技法で、
その元祖は、江戸時代初期の芸術家・本阿弥光悦とされています。

茶の湯では、金を施した疵(きず)の繕いを美しい景色と見立て、
芸術として鑑賞されてきたのだそうです。

英語では、
"Fixing pottery and putting gold between the cracks."
「陶器を修理して継ぎ目に金をまぶすこと。」
と言いますが、
最近ではそのまま”Kin-tsugi”として知られるようになっています。

一度壊れたものを修理するだけでなく、
工夫を凝らして修復後の形を楽しむ発想は、
”It gives birth to a new work of art through its own history.”
(陶器の歴史を基に新たな作品を生む)といわれ、
英語圏の人々に大変愛されている文化です。
本来、「金継ぎ」は陶器の破損している部分を
漆(うるし)で修復してから金をまぶしますが、
最近の欧米では、接着剤と金色の絵の具を用いて行う
"Kin-tsugi DIY"が一部で流行っているのです!

環境問題が深刻になりつつある現代では
「物と自然をたいせつにする」という価値観がますます重要視されています。
「金継ぎ」や「もったいない」など、
古来、日本に伝わる文化が時代の流れと共に
世界に拡がっていることが実感できます。〉

金継ぎ、確かに良いですよね。
私が自分の家で一番気に入っている食器は、
ブラジルで買ってきた大きな水色のお皿ですが、
それは全部砂浜に落ちていた空き瓶を溶かしてつくった一点ものです。
売れ残り商品を大量に捨てまくるのも「日本文化」ですが、
ものを大切にし、渋さを味わうのも日本の文化です。
物事には両面ありますね。
(969文字)



▼▼▼リコメンド本「今週の一冊」▼▼▼

陣内が過去一週間に読んだ本の中から、
「いちばんオススメだったのは?」という基準でリコメンドします。
「いちばん優れていた本」というよりも、
「いちばんインパクトの大きかった本」という選考基準です。
皆さんの書籍選びの参考にしていただけたら幸いです。


▼今週の一冊:該当なし

コメント:
今週も忙しかったので、
あまり冊数を読めていないというのもあるし、
1時間以上集中して読書する時間が確保できないので、
深い読みができていません。
ですから今週も、「該当なし」です。
来週もこんな感じかな、、、。



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陣内が先週読んだ本 2017年10月第四週 『世界一の生産性バカが1年間、命がけで試してわかった25のこと』クリス・ベイリー 他4冊

2018.04.19 Thursday

+++vol.036 2017年10月31日配信号+++

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
■3 陣内が先週読んだ本 
期間:2017年10月第四週 10月22日〜28日
::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::

先週私が読んだ本(読み終わった本)を紹介していきます。
一週間に一冊も本を読まない、
ということは、病気で文字が読めなかった数ヶ月を除くと、
ここ数年あまり記憶にないですから、
このコーナーは、当メルマガの
レギュラーコーナー的にしていきたいと思っています。
何も読まなかった、という週は、、、
まぁ、そのとき考えます笑。

ただ紹介するのも面白みがないので、
twitterに準じて、
140文字で「ブリーフィング」します。
「超要約」ですね。
(どうしても140字を超えちゃうこともあります。
 140文字はあくまで「努力目標」と捉えてください笑。)

忙しい皆さんになり代わって、
私が読んだ本の内容を圧縮して紹介できればと思います。
ここで紹介した本や著者、テーマなどについて、
Q&Aコーナーにて質問くださったりしたら、
とても嬉しいです。


●世界一の生産性バカが1年間、命がけで試してわかった25のこと

読了した日:2017年10月23日
読んだ方法:図書館で借りる
著者:クリス・ベイリー
出版年:2017年
出版社:TAC出版
リンク:http://amzn.asia/5S1UxgY

▼140文字ブリーフィング:

著者は一年間を使って、
自らの身体であらゆる「人体実験」をすることによって、
「生産性を上げるには何が効果があり、何が効果がないのか」
を調べ、それをブログにアップしていたら人気になり、
TEDカンファレンスに呼ばれるまでになった、という変わり者です。

彼は3日間まったく寝ないとか、
一日3時間睡眠で働き続けるとか、
逆に10時間以上寝まくるとか、
6時間瞑想をやるとか(片岡鶴太郎?)、
ベジタリアンになるとか、コーヒーを絶つとか、
運動をしまくるとか、逆にまったく運動をしないとか、
スマホを触るのを自らに禁止するとか、
ありとあらゆることを試すことで、
「こういったことは効果があるが、
 こういったことはあんまり効果がない」
という体系をまとめていきます。

その「体系」が、わりと「穏当なもの」であるということも含め、
私は興味深く読みました。

そもそも「生産性」という言葉がなぜ大事かというと、
産業構造の変化と関係がある、と著者は指摘していて、
それは「なるほど」と思いました。
引用します。

→P101〜102 
〈1950年代以降は、多くの人が工場からオフィスへと移っていった。
オートメーション化がどんどん進んでいたのも関わらず、
この60年間でアメリカのGDPに占める製造業の割合は
28パーセントから12パーセントに減った。
この間、アメリカで最も成長した業界は、
”専門およびビジネスサービス”で、ハイテク、
エンジニアリング、法律・経営・会計のコンサルティング企業が含まれている。
たとえば、アップル、グーグル、ボーイング、ゼネラル・エレクトリック、
マッキンゼー・アンド・カンパニー、デロイトなどだ。
製造業と対照的にこの業界の規模は60年間で三倍になっている。
知識を基盤とする知識経済に移行してからは、ぼくらは時間だけではなく、
技術、知識、社会的知性、ネットワーク、
そして生産性を組み合わせて報酬を得ている。
いまでは“時は金なり”だけでは通用しない。
”生産性こそが金なり”なのだ。
では、知識経済における時間管理とはどんなものだろうか。
このPARTをじっくりと読めば、うなずいてもらえるだろう。
あなたが生産的になりたいなら、
時間管理より活力と集中力のコントロールを第一に考えるべきだ。〉

「時は金なり」といういうのは二次産業(製造業)時代の遺物だ、というのです。
たしかにそうです。「ライン」が支配する工場ではまさに時は金です。
ひとつの工程を1秒縮められたら自動車会社は10億円ぐらい儲けられますし、
全労働者の労働時間を10分延ばせたら純利益はそれに比例して上がります。

しかし、知識経済においてはそうではない。
10時間かけてつくった粗悪な論文と、
30分で書いた優良な論文では、
優れているのは明らかに後者です。

「時は金」ではなく「生産性が金」なのです。
このとき大切なのは「どれだけ長時間働けたか」ではなく、
「集中して働ける時間をどれだけ確保できたか」です。

知識経済時代の長時間労働は無意味どころか害悪だ、
ということを示す実験結果を引用します。

→P112〜113 
〈研究報告によると、一週間の理想的な労働時間は、
だいたい35時間〜40時間。これ以上になると生産性は下がり始めるそうだ。
数字だけ見ると、35時間〜40時間というのは少ない気がする。
あなたのto-doリストはいつもの労働時間ではこなしきれないほど長い。
そんな状態で、週に40時間労働を始めてみたら?
同僚が50時間、60時間以上、働いているときはとくに心苦しいだろう。
締め切りが目前に迫っている場合などは、
長時間働くことで大いに生産性は上がるだろう。
しかし、長時間労働は最悪の事態を招きかねない。
とりわけ集中力と活力を上向かせるための時間がほとんどないときは要注意だ。

ここで労働時間と生産性の関係をまとめてみよう。
労働時間が35時間〜40時間を超えると、生産性が低下し始める。
週60時間労働が8週間続くと、こなした仕事量は、
週40時間労働を8週間続けた場合とほぼ同じになる。
70〜80時間労働を三週間続けると、40時間労働の時の仕事量と同じになる。
ぼくの場合は、90時間労働の達成項目数がたった二週間で20時間労働と同じになった。
短期的な場合でも、長時間労働は生産性を低下させ得る。
ある報告では、たとえ短期でも週60時間労働を続けると、
普通なら一時間で終わる仕事を片付けるのに二時間かかるという。
別の報告では、生産性は週50時間労働で完全に落ち込み、
週に70時間働く人はそのうち15時間分は何もしていないに等しい、と述べられている。

つまり、労働時間がある一点を超えると、時間ばかり費やして、
殆ど目標を達成できない状態になる。
ぼくが週90時間働いたときのように、
満足感を覚えるかもしれないが、生産的になったとは言いがたい。

誰よりも生産的で成果を出す人は時間だけでなく、
活力と集中力もしっかり制御している。
時間と集中力と活力を有効活用するためには、
仕事の時間を制限することが格好の手段となる。
これは重要なタスクでも通常業務でも同じだ。
仕事をコントロール出来ない立場では、
労働時間に制限を設けるのは難しいかもしれない。
しかしぜひとも実践して、やるべきことに活力を注ぎ込んで欲しい。〉

、、、なんと週90時間働く人の生産性は、
週20時間働く人のそれと同じに収斂する、というのです。

もうひとつ著者が20時間/90時間の労働時間を
1週間毎に2サイクルした実験で注目すべきは、
じっさいには両者の客観的な生産性は同じだったが、
主観的には90時間のときのほうが
「二倍も生産的だったと感じた」という記述です。

著者はこう言っています。
「一日中忙しくしていると生産的だった気になる。
しかし、何も達成できなければ、生産的とは言えない。」
先日紹介したデイヴィッド・アトキンソン氏が指摘する、
日本の長時間労働と生産性の低さは、
日本人が「主観的な生産性」に浸り、
客観的な結果に注目しないという
「契約より情緒」的なセンスにも起因するかもしれない、と感じます。
(2,467文字)



●大直言

読了した日:2017年10月23日
読んだ方法:図書館で借りる

著者:青山繁晴×百田尚樹
出版年:2017年
出版社:新潮社

リンク:http://amzn.asia/0rXuQ90

▼140文字ブリーフィング:

ぼくちゃん大好きナルシシストと、
脳内戦争中のイカれオヤジの対談です。
「愛国心はならず者の最後の逃げ場所」という言葉を思い出します。

青山氏はルー大柴かのように横文字を連発し、
「俺は国際派だ」ということをちらつかせながら、
日本の反対勢力を批判するときは
「国際基準ではこれがスタンダードなのに、
 日本はまったく追いついていない。
 日本はナショナリズムが足りない」などと言います。
しかし国家の評価ではなぜか
「日本人ほど礼儀正しく利他的で秩序ある素晴らしい民族は他にいない」
に反転します。論理が破綻しています。

また、彼はいつも、
「実直、誠実、愚直、まっすぐ、逃げない」といっていますが、
森友学園問題のときは見事に逃げました。
彼は自らのラジオ番組で、
「森友学園は日本で最もまっとうな教育をしている」
と過去に発言していますが、国会で問題になったとき、
「かご・・いけさん、、、さて、だれでしょう?」
とすっとぼけました。
まったく信頼できません。
胡散臭さが半端ないですね。

とにかく無意味に挟む英語が不快です。
会話の文字起こしだったとしても文字化するときに、
多少直せば良いのに、と思います。

→P178 
〈百田:国力というのは、最終的には経済力が支えます。
中国も、経済がポシャったら軍事力も駄目になります。
ですから、まず、日本は中国から全面撤退してもらいたいと思っていますが。
青山:エヴリカントリーズ・エクセプト・チャイナ・アンド・コリア。
中韓以外のすべての国とのビジネスを進めていくべきだとぼくもいいたい。
チャイナの大きな問題点は、実は、国内で本当に起きていることが、
まず報道されないという点です。、、〉

、、なぜいっかい英語で言ったんだ、とぼくはいいたい。
(701文字)

▼参考記事:青山議員の手のひら返し
http://netgeek.biz/archives/94443



●シャンタラム(中)

読了した日:2017年10月26日
読んだ方法:図書館で借りる

著者:グレゴリー・デイヴィッド・ロバーツ
出版年:2011年
出版社:新潮文庫

リンク:http://amzn.asia/3Zgd5iH

▼140文字ブリーフィング:

先日上巻を読み、今回は「中」です。
インドを旅する冒険談です。
インド版「アラビアンナイト」みたいな感じでしょうか。
この小説は音と色と匂いに満ちています。
また、読んでいる間、「無常観」と「多様性」を感じます。
インドの持つ生命への肯定のようなエネルギーを感じる不思議な小説です。
インドに行きたいなぁと思いました。
(153文字)



●朝日新聞 日本型組織の崩壊

読了した日:2017年10月26日
読んだ方法:図書館で借りる

著者:朝日新聞記者有志
出版年:2015年
出版社:文春新書
リンク:http://amzn.asia/iYffOlR

▼140文字ブリーフィング:

2011年の原発問題以降、
私は朝日新聞には辟易としています。
「プロメテウスの罠」はデマの垂れ流しだし、
結論ありきの報道姿勢によって、
「吉田調書」というきわめて悪質性の高い誤報によって、
真面目に働いている東電社員に汚名をきせました。

また従軍慰安婦に関する吉田証言の誤報に関して謝罪すべきだ、
と書いた池上彰氏のコラムを氏に相談なしに不掲載にし、
ついには世論に押し切られて社長が謝罪するに至りました。

なぜ朝日新聞がこれほど「結論ありきのイデオロギー」を、
無反省に一方的に語り続けられるのか、、、
それはじつはきわめて「日本的で官僚的」な組織体質にある、
という内部告発の意味合いを含むのがこの本です。

朝日新聞は官僚批判や政権批判で有名ですが、
彼らほど官僚的で「既得権」的な動きをする組織も他にない、
と著者らは言います。
だって、マスコミの中でも最も給料が高く、
その組織体質は中国共産党にも類比するピラミッド構造ですから。
社員の一番のモチベーションは「失敗しないこと」だそうです。
上に逆らうなど考えられない。
つまり彼らこそ「体制そのもの」であり、
「反体制を標榜する体制」と言う意味で二重に屈折しているのです。
引用します。

→P7〜8 
〈ではいったい、、、、朝日新聞のリアルな問題とは、何だったのだろうか――。
 その本質は、企業構造そのものにあるとわれわれは考える。
硬直化した官僚主義、記者たちの肥大した自尊心と自己保身のせめぎ合い、
エリート主義、減点主義の人事評価システム、
派閥の暗闘、無謬神話、上意下達の日常化・・・。
言うなれば、終戦直後に立案した食糧増産計画を平成の世にごり押しした
諫早湾(いさはやわん)干拓や、2000年代に三菱自動車で発覚した
複数回に及ぶ大規模リコール隠し、
さらには旧日本陸軍参謀本部など、
官僚的な組織に過去見られたような愚行・スキャンダルと同根の問題である。
その意味で朝日は「反日」どころか、
悪い意味で極めて日本的な組織の病に冒されている、と言える。〉

右翼からは朝日新聞は「反日」と呼ばれていますがいやいや、
彼らは反日どころか、「純日本的」なのです。
、、ちなみに戦前に最も国威発揚のための、
「戦争万歳記事」を書いて世論を煽ったのも、
朝日新聞です。

今までのは軽い悪口ですが、
ここからは真剣な話しです。
以前私の弟と会話していたとき、
「新聞社にとって戦争は最後の倒産回避策」という話しになりました。
つまり、戦争が起こると新聞の部数が一気にあがり、
新聞社(メディア)の業績はV字回復します。
じっさい、CNNという放送局は絶対に失敗すると言われていましたが、
湾岸戦争勃発によってCNNは売り上げを伸ばし生き延びました。
FOXも絶対に上手く行かないといわれていましたが、
イラク戦争がFOXを救ったと言われています。

次に日本が戦争に突き進むとしたら、
インセンティブから考えたとき、
「新聞社がつぶれそうになると、ちょっとヤバいな」
と私は思うのです。
多分彼らは無意識に経験的に知っています。
「戦争は逆転満塁ホームランになる」と。
私は「メディア性悪説」に立って、そのように警告します。
戦争リスクを考えるにあたり、
もちろん政治家を注視するのも大事ですが、
歴史を振り返れば本当に怖いのは政治ではなくメディアと世論です。
いや、ホントに。
(1,358文字)



▼▼▼リコメンド本「今週の一冊」▼▼▼

陣内が過去一週間に読んだ本の中から、
「いちばんオススメだったのは?」という基準でリコメンドします。
「いちばん優れていた本」というよりも、
「いちばんインパクトの大きかった本」という選考基準です。
皆さんの書籍選びの参考にしていただけたら幸いです。


▼今週の一冊:該当なし

コメント:

今週は、やたらと忙しかったので、
正直本はあまり読めませんでした。
来週もこんな感じになるかな、と思います。

敢えて言えば「生産性バカ、、」の本はけっこう面白かったですが、
「買った方がいいよ」と勧められるほどではありません。
「リコメンド本」の審査基準は、
「買って読むことをオススメできる」ということですから、
今週は該当なし。

ただ、価値基準というのは人それぞれですので、
「めちゃくちゃ良いじゃん、この本!!」
というものも含まれるかもです。
あくまで私が考える「オススメ」ですのでご了承ください。




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陣内が先週読んだ本2017年10月第三週 『リンカーン うつ病を糧に偉大さを鍛え上げた大統領』ジョシュア・ウルフ・シェンク 他4冊

2018.04.12 Thursday

+++vol.035 2017年10月24日配信号+++

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
■3 陣内が先週読んだ本 
期間:2017年10月第三週 10月15日〜21日
::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::

先週私が読んだ本(読み終わった本)を紹介していきます。
一週間に一冊も本を読まない、
ということは、病気で文字が読めなかった数ヶ月を除くと、
ここ数年あまり記憶にないですから、
このコーナーは、当メルマガの
レギュラーコーナー的にしていきたいと思っています。
何も読まなかった、という週は、、、
まぁ、そのとき考えます笑。

ただ紹介するのも面白みがないので、
twitterに準じて、
140文字で「ブリーフィング」します。
「超要約」ですね。
(どうしても140字を超えちゃうこともあります。
 140文字はあくまで「努力目標」と捉えてください笑。)

忙しい皆さんになり代わって、
私が読んだ本の内容を圧縮して紹介できればと思います。
ここで紹介した本や著者、テーマなどについて、
Q&Aコーナーにて質問くださったりしたら、
とても嬉しいです。


●農山村は消滅しない

読了した日:2017年10月17日
読んだ方法:図書館で借りる

著者:小田切徳美
出版年:2014年
出版社:岩波新書

リンク: http://amzn.asia/507diVM

▼140文字ブリーフィング:

著者の小田切徳美さんに、
9月にお会いしたことから興味を持ちました。
南浦和バプテスト教会でメッセージをさせていただいたとき、
小田切先生のほうから話しかけてくださり名刺を交換しました。
先生は東大農学部卒、明治大学教授で、専門が農業で、
さらに日本の地域再生について研究なさっている、とのことでした。
著書もあることを後で知ったため、手にとって読みました。

この本の要点は、この数年で頻繁に耳にするようになった、
「限界集落」「スマートシティ」などの言葉が指し示す、
「過疎化した農山村は消滅することを前提として未来を描く」
という政府主導の考え方に異議を唱えるということです。

じっさいこれらの言葉の発端は、
「増田レポート」と呼ばれる、財務省、経産省、政府が関与している
行政と政治主導の調査報告にあります。
引用します。

→P2 
〈いわゆる「増田レポート」が「地方消滅」を言い、
世間に衝撃を与えている。
それは、「増田ショック」と表現されることさえある。
元岩手県知事、元総務相大臣の増田寛也氏を中心として
作成されたこの「増田レポート」は一本の論文ではない。
段階的に公表された複数のレポートや著作を指している。

最初に「増田レポート」が世に出たのは、『中央公論』(2013年12月号)の特集
「壊死する地方都市」の中にあった(第一レポート)。
これは「増田寛也+人口減少問題研究会」の菜で公表されており、
その研究会には、増田氏のほか、人口問題、、
労働問題の研究者等が参加している。
、、、爆発的に話題となるのは、
翌年の日本創成会議・人口減少問題検討分科会によるレポート
「成長を続ける21世紀のために『ストップ少子化・地方元気戦略』」(2014年5月8日)である(第二レポート)。
ここでは、若年女性(20〜39歳)の2040年人口を独自の方法で推計し、
現状から半分以下になる市町村を
「今後、消滅する可能性が高い」としたことにより、
注目が一挙に高まった。
この第二レポートには
、、、、財務省と総務省の二人の元事務次官も加わっている。

たたみかけるようにその二日後に刊行された「中央公論」六月号には、
「増田寛也+日本創成会議・人口減少問題兼と分科会」の名で
「消滅する市町村523」という「緊急特集」が組まれ
「ストップ人口急減社会」が公表された(第三レポート)。

、、、その後、8月25日には「増田寛也編著」として
第一レポートから第三レポートまでに加えて、
関連する座談会(いずれも『中央公論』に掲載されたもの)等を集収する本が公刊された。
タイトルは「市町村消滅」からさらにエスカレートして「地方消滅」となっている
(増田寛也編著『地方消滅』中央公論新社、2014年)。
増田レポートを「地方消滅論」と呼ぶのはこの点からである。〉

、、、小田切さんは研究者なので、プロパガンダ的に、
「そんなことはない」という結論ありきの議論を展開しません。
むしろ自分の足で地方を歩いたその「データ」を真摯に開示し、
結論は「農山村は簡単には消滅しないが、
このまま何もしないと、『臨界点』に達し、
消滅する事例も出てくるだろう。」
という控えめな反論にとどまります。

地方を実際に歩いて現場を調査する研究者として、
安倍内閣の「地方創生」が実は「地方たたみ」を前提としているのではないか
ということに対して、「消滅のレッテルを貼られた地方生活者」を代弁し、
異議を申し立てているわけです。
また反論にとどまらず、「ではどうすれば良いのか」という提案も触れられます。
この本は「過疎」という言葉が語られるようになってからこのかた、
地方がどのように格闘してきたかという
「地方創生の体系化」の試みでもあります。

政府が進めている方針への判断は別にしても、
私たちが「これからの国家像を描き直す」という
鳥羽口に立っていることは間違いありません。
引用します。

→P238 
〈前回の東京オリンピックから半世紀、
そして「過疎」という言葉が生まれてから約半世紀の今日、
日本の社会がこのような岐路にあるのは決して偶然ではない。
「これまでの50年、これからの50年」という視野での国民的議論が、
いま必要である。〉
(1,712文字)



●リンカーン うつ病を糧に偉大さを鍛え上げた大統領

読了した日:2017年10月19日
読んだ方法:図書館で借りる

著者:ジョシュア・ウルフ・シェンク
出版年:2013年
出版社:明石書店

リンク:http://amzn.asia/7UIaoKm

▼140文字ブリーフィング:

とんでもなく面白かったです。
夢中で読みました。

リンカーンが生涯、重い鬱病を患っていたのは今では常識ですが、
リンカーンの死後
1.リンカーンを英雄と祭り上げたかった親族
2.鬱病を「信仰上の汚点」と見なすキリスト教保守派の勢力
このふたつのイデオロギーによって、
リンカーンを語る上で避けられない「鬱病患者」としてのリンカーンは、
「歴史修正主義者」たちによって闇に葬られてきました。
つまり、「完全無欠のヒーロー」として世間は彼を神格化したわけです。
しかし近年、「等身大のリンカーン」を見直そう、
という「英雄史観からの脱却」が起き、リンカーンの鬱病研究が進んでいます。
この本はそのような歴史調査の集大成とも言える大作です。

逆説的ですが、「英雄史観」のリンカーンよりも、
鬱病を抱えながら、その内面における弁証法を、
アメリカ合衆国の「自由と奴隷制の弁証法」に適用する彼の姿を知った読者は、
リンカーンをより偉大な英雄と見なすようになる、
という不思議な読後感を持ちます。

じっさい私はこの本を読んだ後、30秒ほど放心状態で静かに遠くを見、
思いました。「歴史上で最も尊敬するイエス以外の人物は、
今までガンジーだったけど、今やリンカーンをより尊敬する」と。

限られた文字数で語る事は不能ですが、
導入の文章が本書の本質を要約してくれています。

→P22〜23 
〈本書の狙いは、
リンカーンのメランコリーを完膚なきまでに知ることではなく、
それを精一杯知ることであり、
どのような成り行き(ストーリー)になるかを見届けることである。
広義に言って、その成り行きはかなり単刀直入だ。
リンカーンは、若い頃から心理的な苦悩や苦痛をなめ、
自分は気質的に異常な程度まで苦しむ傾向があると思い込んだほどだった。
彼は自力で自分の苦しみを突き止め、自力で救いの手を見いだし、
がまんして適応する術を身に付けた。
ついに彼は、自らの苦悩から意味を鍛え上げた。
すなわち、それによって、苦悩を打ち勝つべき障害ばかりか、
その苦悩を己の良き人生の要因にまで高めたのである。

本書は、現代のためのストーリーである。
うつ病は、毎年世界中で一億人以上の人を苦しめる、
世界でもトップクラスの疾病である。
2000年、世界でおよそ100万人がこれで自殺した。
これは、同年度の戦争による死者数、
殺人による死者数を合せたのにおおよそ匹敵する数値である。

、、、この現実に直面するとき、
歴史上の卓越した人物の罹病は新たな痛切さを帯びてくる。
特に彼の病の特質ばかりではなく、
それが生産的な人生の一部になり得た姿においてこそ、痛切となるのである。

、、、本書は、大きな苦痛を大きなパワーに合体させた男の物語である。
自分の性質に「固有な不運」を嘆く少年時代の手紙から、
自殺や狂気という主題を書いた詩に至るまで、
リンカーンの生涯は自分の苦しみを説明し、
それを高い次元へと高めてさえくれる意味を求める模索が始発点になっていた。
大統領としての彼は、同胞に彼らの祝福と重荷を受け入れ、
彼らの苦悩には意味があることに気付き、
より完璧な合衆国連邦を目指す旅程に同行することを求めたのである。〉

近いうちに、この本は「本のカフェ・ラテ」コーナーで
もう少し詳述します。
(1,318文字)



●分断社会ニッポン

読了した日:2017年10月19日
読んだ方法:図書館で借りる

著者:井手英策 佐藤優 前原誠司
出版年:2016年
出版社:朝日新書

リンク:http://amzn.asia/iMrYlxf

▼140文字ブリーフィング:

去る日曜日には衆議院選挙がありました。
結果は自民党が議席数を保持し、
分裂した野党は思うように票を伸ばしませんでした。
私はテレビ東京の池上彰の特番を見ていました。
あの番組はめちゃくちゃ面白いです。

あの番組での池上彰の目は「人殺しの目」ですね。
宮本武蔵と佐々木小次郎が対峙したときの目というか。
得に小泉進次郎とのやりとりとか、二階幹事長とのやりとりなんて、
「命の切り結び」のようなヒリヒリした緊張感を覚えました。

あの間を間違って通行したら死ぬな、
と思うような、「張り詰めた空気感」は、
かつてのPRIDEの、
「ヴァンダレイ・シウバ対ミルコ・クロコップ」のような緊張感があります。
池上彰の目はシウバの目でした。

池上彰は自著に、
「政治家とは今まで一度もご飯を食べたことがないし、
これからも一緒にご飯を食べない。」と書いています。
理由は、政治家になるような人というのは、
「半径2メートルに入ってしまったら、
 好きになって惚れ込んでしまうような磁力」
とでも表現すべき人間的魅力を持っているに決まっているからだ、
と彼は言っています。
特に国政選挙に出るような人なんて、
1分話したらファンになってしまうような魅力を備えている。
だから政治家は「握手」するのです。
握手した政治家とは、心理的アタッチメントができますから、
投票する確率は格段に高まることを政治家自身がよく知っているのです。

池上さんは自らを「報道代表」と自認していているのがよく分かる。
報道の仕事は政治を見張ることです。
政治を見張りまっとうな批判を加える報道が、
政治家と「馴れ合ったら終わり」と彼は思っている。
だから距離を置くのです。

ある国に行ってその国の「民主化度」を知りたければ、
「新聞を読んでそこにどれぐらい政府への批判が含まれるか」
を観察すべきだと池上さんは言っています。
だいたいその批判の量と質が、
その国の民主化の度合いと比例する、と。

そんな池上さんと「政治代表」の、
小泉進次郎のやりとりはしびれます。
お互いへのリスペクトがありながら、
息もできない「心の竹刀のつばぜり合い」が、
見えたような気がしました。

、、、で、本の話し。
危なく本の話しを忘れてました。

、、、今回の選挙を、佐藤優氏はラジオで、
「バタフライ効果」を使って説明していました。
複雑系の科学では、その複雑性を、
「ブラジルで蝶が羽ばたくとテキサスで竜巻が起こる」
という言葉で説明します。
つまり小さなインプットが、別の場所で、
予測もつかない大きなアウトプットを引き起こす、ということです。

今回の「蝶の羽ばたき」は間違いなく、
元民進党の前原誠司氏の離党です。
彼の動きが小池新党を生み、
小池代表の「排除」発言が逆に立憲民主党人気に火を点けた。
その「つぶし合い」の漁夫の利をまんまと得たのが自民党、
というのが今回のあらかたの顛末と言って良いでしょう。

今回の選挙では自民党の中でも老獪な政治家は一様に、
厳しい顔つきをしています。
小泉進次郎は池上さんに、
「野党がボタンを掛け違えていなければ、
 政権は交代していた。」
と先の特番のなかで語りました。

今の日本の政治というのは大変不思議で、
内閣支持率は低く、安倍政権が終わって欲しいと、
国民の過半数が思っている(アンケート調査の結果)にもかかわらず、
選挙をしてみると自民党が圧勝し続ける、
という「倒錯」した状態が続いているわけです。

そんななかで大切なのは、
「与党の文句を言い続ける野党」ではなく、
「魅力的なオルタナティブ(代替案)」を、
しっかりと作り上げていく「脳に汗かく」人々の存在です。

この本は、前原誠司氏の友人である佐藤優氏と井手英策氏が、
彼が今後日本の国政で達成していく「理論武装」をするにあたり、
「一肌脱いだ」鼎談を文字化したものです。

内容については多数面白いところがあるのですが、
二つだけ紹介します。
ひとつめは佐藤優氏の指摘している、
「制度設計は性悪説で、制度運用は性善説で」
行うことの大切さです。

→P155 
〈佐藤:やはり、制度設計というのは、
基本的に性悪説で行わないといけないと思うんです。
その代り、制度の運用は性善説で行う。
往々にして我々のやり方というのは、
制度は性善説で作って、運用が性悪説になる。
そもそも論として、私はインテリジェンスの世界にいて思ったんですけど、
日本と諸外国って、制度設計の基本哲学が逆なんですよね。
例えば、イスラエルはインテリジェンスが最も進んでいますから、
これは制度設計として性悪説が基本なんです。
ところが運用になると性善説なんです。〉

、、、もうひとつは前原さんの「心の叫び」のような語りです。

→P95 
〈前原:、、、国の礎は教育にかかっていますね。
どれだけひもじい思いをしたって
大人が子どもの教育に投資をするのは大事なことで、
税の使い方や政策も含めて、
これはなんとしても国を挙げてやるべきことだと思います。
先ほど申し上げた0歳から5歳までの就学前教育は無償で行う。
大学も基本的に無償化する。
こんなことは2.7兆円、消費税1%ぐらいの税収でできることです。
これは私が自分に対していっている事ですけど、
それが実現できなかったら国会議員をやっている意味なんてないですからね。
そこの財源を取って中身をどのように充実させるかという議論があって良いと思います。
少なくともすべての子どもにチャンスを与えるべきです。
どこの地域に生まれても、親がどんな所得階層に生まれても、
子どもに教育のチャンスを等しく与える仕組みは
最低でも作らないといけません。〉

、、、前原誠司さんという人は、
自分からはあまり語りませんが大変な苦労人です。
彼は中学生のときにお父さんを鉄道自殺で亡くされています。
そして高校も大学も奨学金をもらって卒業した。
京都大学法学部では授業前に毎日、
卸売り市場でアルバイトをしてから授業を受けていた。

同志社大学神学部にいた佐藤優氏と前原氏は、
「京都に住んでいた時期」が重なっています。
佐藤氏は仕送りをもらいアルバイトをする必要がなく、
神学書をひたすら読みふけり時々飲みに出かけるような余裕があった。
前原さんのような苦学をした人を、
そんな佐藤さんは非常に尊敬しているのがわかります。

前原さんはその後松下政経塾に入り政治家になりましたから、
彼が「貧しい家庭の子どもも良い教育を受けられる社会を」というときそれは、
「本物のコンパッションから生まれた魂のこもった政治哲学」なのです。
だって、もし「奨学金制度」だとか国立大学の安い学費といった、
「優秀な学生が社会的上昇をするための国側のサポート」がなければ、
彼はきっと大学を卒業できていないし、政治家にもなれていないし、
もしかしたら父親の自殺を乗り越えられていないかもしれない。
だから彼は切実であり、それが今回の「バタフライエフェクト」となった、
「民進党への見限り」を生んだわけです。
彼の政治的な選択についてはいろんな評価があるでしょうが、
教育機会に関する政治哲学については私は彼を支持します。
(2,702文字)



●自問力 「5つの質問」と「自問自答」ですべてが好転する

読了した日:2017年10月19日
読んだ方法:図書館で借りる
著者:堀江信宏
出版年:2017年
出版社:ダイヤモンド社
リンク:http://amzn.asia/346YYWF

軽い本でした。30分で読みました。
内容の99パーセントは過去に読んだことのある話しでしたので、
超速で読めます。
読書のスピードは知の集積により上がっていきます。

内容はといえば、「偽の願望」から「本物の願望」に
気付く道具としての、という話しです。
著者は2015年にガンを宣告され、2016年に寛解したそうです。
ガンはギフトだ、と考え、
自分のメソッドを当てはめてガンを克服したのは尊敬に値します。
「5つの質問」の部分を引用します。

→P30 
〈質問1 「自分が得たい結果は何だろう?」・・・問題を「自分事」として捉える質問
質問2 「どうして、自分はそれを得たいのだろう?」・・・自分の目的を明確にする質問
質問3 「どうしたら、それを実現できるだろう?」・・・可能性に目を向ける質問
質問4 「これは、自分の将来にとってどんな意味があるだろう?」・・・いい意味づけをする質問
質問5 「今、自分がすべきことは何だろう?」・・・自分を動かす質問〉

これを繰り返すことで、
「人に認められたい」「見返したい」というような偽の願望から、
「幸せを感じたい、充実した仕事がしたい」という本当の願望に気付き、
そしてそれを具体的な行動に落とし込んでいく、、、
というメソッドです。
奇抜な発想ではなく、多くの成功している人は、
無意識に毎日していることです。
(552文字)



▼▼▼リコメンド本「今週の一冊」▼▼▼

陣内が過去一週間に読んだ本の中から、
「いちばんオススメだったのは?」という基準でリコメンドします。
「いちばん優れていた本」というよりも、
「いちばんインパクトの大きかった本」という選考基準です。
皆さんの書籍選びの参考にしていただけたら幸いです。


▼今週の一冊:リンカーン うつ病を糧に偉大さを鍛え上げた大統領

コメント:
文句なしにオススメします。
ただ、この本の唯一にしてけっこう大きな難点は、
「翻訳が小難しい」ことです。
翻訳下手だなぁ、、と思いながら読んでみると、
訳者はどうやら日本の翻訳界の最大の大御所みたいな人でした笑。
上手すぎて読みづらいのかな、、?
そんなことってあるのかな、、、?
とか思いながら、最後の方は彼の、
「わざと難解にしているような翻訳」に慣れてきましたが、
やっぱりこの本、内容があまりにもすばらしいので、
それでも訳者には「この本を翻訳し、世に出してくれてありがとう」
という感謝を抱きました。



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陣内が先週読んだ本2017年10月第二週 『新・所得倍増論』デービッド・アトキンソン 他4冊

2018.04.05 Thursday

+++vol.034 2017年10月17日配信号+++

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
■3 陣内が先週読んだ本 
期間:2017年10月第二週 10月8日〜14日
::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::

先週私が読んだ本(読み終わった本)を紹介していきます。
一週間に一冊も本を読まない、
ということは、病気で文字が読めなかった数ヶ月を除くと、
ここ数年あまり記憶にないですから、
このコーナーは、当メルマガの
レギュラーコーナー的にしていきたいと思っています。
何も読まなかった、という週は、、、
まぁ、そのとき考えます笑。

ただ紹介するのも面白みがないので、
twitterに準じて、
140文字で「ブリーフィング」します。
「超要約」ですね。
(どうしても140字を超えちゃうこともあります。
 140文字はあくまで「努力目標」と捉えてください笑。)

忙しい皆さんになり代わって、
私が読んだ本の内容を圧縮して紹介できればと思います。
ここで紹介した本や著者、テーマなどについて、
Q&Aコーナーにて質問くださったりしたら、
とても嬉しいです。


●新・所得倍増論

読了した日:2017年10月10日
読んだ方法: 図書館で借りる

著者: デービッド・アトキンソン
出版年:2016年
出版社: 東洋経済新報社

リンク: http://amzn.asia/b0ep8t8

▼140文字ブリーフィング:

この二年ぐらい、アトキンソンの名前は、
いろんなところで目にするようになりました。
彼は30年以上日本に住んでいて日本語ペラペラのイギリス人です。
このレベルの外国人って、
並大抵の日本人よりはるかに日本に詳しいです。

彼はかつてゴールドマン・サックスにいた、
経済アナリストでもあります。
彼の論点は、「日本人の日本経済分析は甘い」というものです。
本書ではどこが甘く、何を見落としているのか、
ということが様々なデータから説得的に述べられます。

彼の最大の主張は、
「日本はGDPでは世界第三位だが、
 『ひとり当たり生産性』は先進国で最低ランクだ」
ということです。
それだけなら「改善すれば良い」わけですが、
問題は多くの日本人にその自覚がないことだ、と彼は言います。
「分析が甘い」からです。

日本人の多くが認識していない、
本書の前提となる現状認識を引用します。

→P3〜4 
〈日本は1990年、世界第10位の生産性を誇っていましたが、
今では先進国最下位です。
労働者ベースで見てもスペインやイタリアよりも低く、
全人口ベースでは世界第27位です。
1990年には韓国の2.4倍も高かった生産性が、
今は1.04倍まで低下しています。
このまま何も手をうたなければ、
あと2〜3年で韓国に抜かれて、
アジア第4位の生活水準にまで低下するでしょう。

なぜ、そうなったのでしょうか。
これにも、二つの原因があると思います。

ひとつは、日本は世界ランキングに酔いしれて、
実態が見えていない傾向があると言うことです。
厳しい言い方をすれば、「妄想」に浮かされているのです。

日本は、一見すると素晴らしい実績を上げているように見えます。
たとえば世界第三位のGDP総額、世界第3位の製造業生産額、
世界第4位の輸出額、世界第6位のノーベル賞受賞数
―――枚挙にいとまがありません。
しかし、これらすべては日本の人口が多いことと深く関係しています。
潜在能力を発揮できているかどうかは、
絶対数のランキングではなく、「ひとり当たり」で見るべきです。
それで見ると、1人あたりGDPは世界第27位、
1人あたり輸出額は世界第44位、1人当たりノーベル賞受賞数は世界第39位。
潜在能力に比べて明らかに低すぎる水準です。
やはり、やるべきことをやっていないといった問題以前に、
世界ランキングに酔いしれて、
何をやるべきかを分かっていないのではないかと思います。

2つめは、人口減少問題です。
いうまでもなく「GDP=人口×生産性」ですので、
日本人の数が減る中で経済成長するためには、
生産性を上げるしかありません。
本来なら、人口増加が止まった1990年には、
「生産性向上型資本主義」を目指すべきでした。
1995年以降、日本経済が横ばいに推移している理由はここにあります。
人数が増えていないのに、生産性も上げていないので、
GDPは横ばいのままです。
これに関しては、難解なデフレ論などの経済論は不要です。

分析してみて分かるのは、日本型資本主義は1977年以降、
基本的には人口激増による人口ボーナスの恩恵を受けながら
伸びてきた経済モデルだと言うことです。
1990年代に入ってから、
日本型資本主義の基礎であった人口増が人口減に転じたことで、
日本経済のあり方を全面的に変える必要がありましたが、
いまだにその意識は足りないと感じます。
だからこそ、経済は停滞したままなのです。〉

、、、「日本がアメリカの51番目の州になったら、、、」
という議論が時々出ますが、
もし今日本が「本当に」アメリカの51番目の州になったら、
人口ではもちろんトップですが、広さでは5番目です。
アラスカ、テキサス、カリフォルニア、モンタナの次です。
、、、では「ひとり当たりGDP」は?
なんと、下から2番目です。
「日本州」の下にはミシシッピ州しかありません。

「いつの間に日本はそんなに落ちぶれたんだ、、、」
と呆然とする人も多いでしょう。

じっさい生産性という意味での日本の国際的な地位は、
「失われた20年」を経て、1970年のレベルに戻ったことが、
この本を読むとよく分かります。。
まだ90年代の幻想を引きずったまま生きている人が多いのが、
頭の痛い所なのですが、、、。
それは印象論ではなくてデータ的にも確かで、
この45年の世界の株価成長率(約3,500%)は、
1,990年以降の日本の67%という異常な株価成長率の低さによって、
45年で世界平均の成長率に収斂しました。
日本は成熟国家どころか、「生産性発展途上国」であるという認識が必要です。
そのためには具体的には女性の生産性向上が喫緊の課題ですがそれは
「かけ声」や「保育所」によっては起こらないと著者は言います。
「外圧」によってインセンティブが働かなければ
「経営者が経営者の仕事をし、女性の生産性を活用する」
というところに行きません。
著者によればそのプレッシャーは政府によってかけられるべきだし、
何より変化を嫌う経営者は、
そのまま変化しなければ首が飛ぶという仕組みが必要です。
経営者は格差も貧困も自分には関係がないので、
今の仕組みのままだとひとり当たりGDPが上がらなくても、
まったく意に介しません。
「生産性が上がり株価が上がらなければ経営者が職を失う」という
インセンティブによってしか日本の経営者は動かない、
と著者は指摘しています。
私も同感です。
(2,013文字)

追伸:「希望の党」の内部留保課税というのは、
ここでいう「インセンティブ」ではありません。
あれは完全に二重課税だし、設備投資へのインセンティブは働きません。
「何年か後に非正規雇用を正社員にしなければならない法律」が、
労働者を守るどころかより苦しめる法律になるのと同じで、
「内部留保課税」はよりいびつな状況を生み出すだけです。



●天才たちの日課 クリエイティブな人々の必ずしもクリエイティブではない日々

読了した日:2017年10 月10日
読んだ方法: 図書館で借りる

著者: メイソン・カリー
出版年:2014年
出版社: フィルムアート社

リンク: http://amzn.asia/8LABePz

▼140文字ブリーフィング:

古今東西の、161人の「天才」たちの日課を、
ただただ記録するという「ブログの書籍化」です。
かなり面白いです。
「天才たち」と言ってもカテゴリはかなり限局していて、
8割は作家、残りは画家、シナリオライター、物理学者などです。
「文章を紡ぐという労働」が過酷なものであることを多くの作家が告白していて、
その部分は共感とともに読みました。
「創作活動」というのは過酷な肉体労働に勝るとも劣らない、
苛烈な労働だというのがよく分かります。

→P136 
〈創作活動は非常に過酷で心身を消耗するため、
夜は休んで頭をすっきりさせる必要があると感じていたらしい
(ジェイムス・ジョイス)〉

→P140 
〈「文芸作品がどれほどの高みを極めるかは、
苦しみが作家の心をどれほど深く削ったかによる。
それは井戸を深く掘れば掘るほど、
水面が上昇するのと同じだ」(マルセル・プルースト)〉

→P142 
〈その〈部屋ごもり期〉は、あるとき、ふとひらめいて始まった。
深夜にダブリン港の近くを散歩していたとき、
自分が冬の嵐のさなかに、埠頭の端に立っていることに気づいた。
吹きすさぶ風と荒れ狂う水に挟まれて、とつぜん悟った。
自分がそれまでの人生で―――あるいは創作で、
「必死に押さえ込もうとしていた暗闇」は、
これまで注目されることもなく、自分の目標とも一致しなかったが、
じつはそれこそが創造的インスピレーションの源にちがいない。
「これからずっと暗くふさぎ込むことになるだろう」ベケットはそう考えた。
「しかし、慰めはある。それは、このくらい側面こそ、
自分の優れた面だということを、ようやく受け入れることができた、
その実感だ。それを受け入れ、今後、自分のために役立てよう」(サミュエル・ベケット)〉

→P219 「作家業はきついなんてもんじゃない。悪夢だ」
ロスは1987年にそういっている。
炭鉱を掘るのはきつい仕事だが、作家業は悪夢だ・・・この職業には、
大きな不確実性が構造的に組み込まれている。
これでいいんだろうかという疑念が常につきまとうんだ。
それがある意味で作家を支えてもいる。
よい医者は自分の仕事と格闘したりしない。
だが、よい作家は自分の仕事と格闘している。
大抵の職業では、初期、中期、末期がある。
だが作家業には初期しかない。
仕事の性質上、我々にはそういった新鮮さが必要なんだ。
もちろん作家業にも繰り返しはある。
じっさい、すべての作家に必要なのは、
この非常に退屈な作業をしながら、
じっと座っていられる能力だ。(フィリップ・ロス)〉

、、、161人の「知的労働のポートレイト」を観ていると、
いろんなタイプの「格闘の仕方」があるというのが分かります。
しかし共通していたのは、
一日に創造的な頭脳を使える時間は多くても4時間、
短ければ1時間という「天才ですらその程度」という時間の短さでした。
その「ゾーン」を生活に組み込むためにある人はジョギングをし、
ある人は長時間睡眠をし、ある人は眠らず、
ある人は酒浸りになり、ある人はアンフェタミンに頼り、
ある人は女を抱きまくり、ある人は散歩をし、
ある人は水泳をし、ある人は料理をし、
ある人はまったく料理をしません。
ある人は収入と脳のリフレッシュのために作家業とは別に、
退屈な事務仕事などを掛け持ち、
ある人はまったくそのような仕事と無縁にひたすら書きます。

なんかよく分からないが、励まされました。
グールドが最後から二番目のインタビューで語っていますが、
脳と身体には個性があり、それは天賦のもので、
それをいかにうまく「手なずけるか」にかかっているのだ、
という先人たちのメッセージが聞こえたような気がしました。
「知的で創造的な労働」に携わる人はこの本から得るものが多いと思います。
(1,516文字)



●みんな神様をつれてやってきた

読了した日:2017年10月12日
読んだ方法:図書館で借りる

著者:宮嶋望
出版年:2008年
出版社:地湧社

リンク: http://amzn.asia/0SqAl5k

▼140文字ブリーフィング:

先週に引き続き、
北海道新得にある障害を抱える人々が働く牧場、
「共働学舎」の宮嶋望さんの本を読みました。
先週読んだ「共鳴力」のほうが網羅的でしたが、
こちらの本も面白かったです。
ゼロからの酪農とチーズ作りというのは、
私も帯広に6年いましたからどれぐらい大変か想像がつきます。
私には絶対にできないと思います。
宮嶋さんは人から「どれぐらい苦労しましたか?」
と聞かれるといつも、
「北の国から」の黒板五郎さんよりちょっと大変でした、
と答えているそうです笑。
私は「純」のように根性がないので、
彼のような人を本当に尊敬します。
30年間の共働学舎の歩みを彼は「宝探し」と総括しているのが、
とても印象的でした。

→P206 
〈次の時代が求める新しい種は、どこに埋まっているだろう。
どこかで芽を出す時を待っているはずだ。
これからも僕らがいる農場には、
そうした種を宿した人間がやってくるに違いない。
それはどんなふうに育ち、どんな花を咲かせるだろう。
社会の中に存在する意味が見いだされなかった人の中に、
次の社会をつくり出す新しい可能性を見つけることができたら、
それは僕らの宝となる。
僕らが見つけてきた宝は、その持ち主を豊かにし、
周りを豊かにし、社会を豊かにしてくれる。
共働学舎新得農場を三十年続けてきて「何をしてきたか」と問われたら、
僕は「宝探し」と答えるだろう。〉
(568文字)

▼参考リンク:「共鳴力」宮嶋望
http://amzn.asia/0A94u7h



●紙の月

読了した日:2017年10月12日
読んだ方法: 図書館で借りる

著者: 角田光代
出版年:2012年
出版社: ハルキ文庫

リンク: http://amzn.asia/5QE5PlK

▼140文字ブリーフィング:

吉田大八監督の映画を観て、
原作を読みたくなりました。
銀行で横領をした女性の話ですが、
「集金カバンから5万円を借りる」という小さな行動が、
雪だるま式にエスカレートし、最後は1億円を横領します。
臨場感があり、「ホラー」よりも人の内面は怖い、
ということを再確認できる作品です。
(135文字)



▼▼▼リコメンド本「今週の一冊」▼▼▼

陣内が過去一週間に読んだ本の中から、
「いちばんオススメだったのは?」という基準でリコメンドます。
「いちばん優れていた本」というよりも、
「いちばんインパクトの大きかった本」という選考基準です。
皆さんの書籍選びの参考にしていただけたら幸いです。


▼今週の一冊:「新・所得倍増論」

コメント:
アトキンソン氏の書籍はちょっとしたブームの様相を呈しています。
日本の「労働時間は長いが労働の密度は薄い」という状況を、
なんとかしなければならないのですが、
構造的な問題が潜んでいるため改革はなかなか進まない。
「一日中お茶を飲みながら噂話をし、
時々書類にはんこをついている50代の管理職が、
現場をかけずり回りながら、
社会にとってイノベーティブな生産をしている、
非正規の30代の契約社員の4倍の給料をもらっている」
というような状況が続く限り、日本の未来は暗いでしょう。
まずは「同一労働、同一賃金」に近づけることが大切、
と私は思います。
(250文字)



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