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【Q】textが添付される?

2018.04.19 Thursday

+++vol.036 2017年10月31日配信号+++


●【Q】テキストが添付される?

ラジオネーム:のりボー(男性)
お住いの地域:東京都

Q.

メルマガ添付のtextは何に使うのでしょうか?


A.

ちょっと今回は実務的なことで、
のりボーさんから上記のような質問が届きましたので、
取り上げさせていただきます。

▼参考リンク:hetemlインフォメーション
https://heteml.jp/info/detail/id/1697

基本的にこのメルマガに添付ファイルを付けることはありませんので、
解凍が必要なファイルなどがメルマガに含まれていたら、
それはスパムメールであって偽物ですので、
決して開かないでください。

もしくはメーラー(Outlookなどのメールソフト)の設定上、
ある一定量のメールやHTML形式のメールの場合、
Textファイルで添付されるというような仕様があるのかもしれませんが、
すみません、具体的にそのようなことがあるのかどうか、
といったことは把握していませんので、
ご自身でお調べになっていただけますと幸いです。

もうひとつ、技術的な質問を頂いたついでなので書きますと、
何度も「入会」される方がいらっしゃいます。

ちょっとその意図が私にも分かりかねるのですが、
可能性としては
1.退会したい
2.入会したがメールが届かない

という二つの可能性があります。
退会したい場合は、
フォームから「退会する」というチェックボックスを押して、
お送りください。
(入会フォームと退会フォームが同じで、
 多少ややこしくなっているかもしれませんので、
 混同されていたらすみません)

また、入会したがメールが届かないと言う場合は、
特に携帯のドメインで多い事例ですが、
・URLのリンクがあるメールを拒否する
・パソコンのドメインからのメールを拒否する
・長文のメールを拒否する
などが初期設定になっている場合がありますので、
そういった設定を解除していただく必要があります。

まぁ、届いていない人はそもそもこれを読めないわけなので、
「何言ってんだ」という感じですが笑、
周囲に届かない人がいたら教えてあげてください。

ご理解のほど、よろしくお願いします。



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【Q】ベスト映画を教えて下さい

2018.04.12 Thursday

+++vol.035 2017年10月24日配信号+++

●【Q】ベスト映画を教えてください

ラジオネーム:一番搾り(男性)
お住まいの地域:福岡県

Q.

陣内さんこんにちは。
趣味が映画鑑賞の40代会社員です。
唐突ですが陣内さんのなかで「ベスト映画」は何ですか?
「ベスト映画」をいきなり聞くというのは愚問というのは知っていますので、
「今までに2回以上観た映画」を中心に教えていただけますと嬉しいです。
ちなみに私が2回以上観た映画には、
「ファイトクラブ」
「パルプフィクション」
「羊たちの沈黙」
などがあります。


A.

一番搾りさん、ご質問ありがとうございます。
私が今までに2回以上観た映画は、
かなりの本数があると思うのですが、
パッと思いつくやつを5本挙げます。

1.スタンド・バイ・ミー

これは私の「人生ベスト映画」かもしれない。
何度観ても良いですね。
6回ぐらいは見ているんじゃないかな。

見るたびに思います。
「この映画は完璧だ」と。

上映時間はけっこう短くて確か90分ぐらいです。
この映画は足すことも引くこともできません。
足したり引いたりした人はのろわれます(ウソです)。
聖書の「黙示録」のくだりみたいですね笑。

説明不要ですが、素晴らしい。
何もかも。
「あの少年時代の友情、
 あどけなさ、輝き、無垢さ、、、」
英語ではこれを一言で、
「アドレセンス」というのですが、
その「アドレセンス」を、
完璧な形で真空パックしたのがこの映画です。

かつて(今もあるのかな?)、
「富士山山頂の空気が入った缶詰」という、
意味不明な商品が売られていたことがありましたが、
スタンド・バイ・ミーは、
「少年時代のアドレセンス」を、
本当に缶詰にしてしまった奇跡の作品です。

今は亡きベン・E・キングの歌う主題歌も、
完璧です。

原作者スティーヴン・キングが、
「人物設定」をした時点でこの映画の勝利は決まっていた。

ぜんそく持ちの主人公はちょっと体が弱いですが、
頭が良く文学的センスを持っていて、
後に小説家になります。
ガキ大将は腕っ節が強く大人になると警察官になります。
(そして彼の後日談には泣けます。)
近眼で乱視の「ちょっとヤバイ奴」は、
家庭がめちゃくちゃ複雑で虐待を受けています。
太っちょのいじめられっ子は、
頭も性格もあまり良くないけど憎めない奴です。

「ジャイアン、のび太、スネ夫、しずかちゃん」
というカルテットに匹敵する、
パーフェクトバランスの人物設定です。
あの映画において「死体を見に行く」とか、
実はどうでも良いのです。

この4人が一緒に旅をして、
トラブルに遭遇し、
じゃれ合い、ふざけあい、
夜には互いに弱さを告白し合い、
そして旅によって「大人になる」という、
イニシエーションを経験する、
そういう「巡礼の旅」なのです。
それを疑似体験できる名作です。

メルマガ読者でスタンド・バイ・ミーを未見の人がいたら、
その人は人生を損している、もしくは、
「まだそんな楽しみを先に取っておいている」
という意味で人生を得していると思いますので、
ただちに鑑賞しましょう笑。


▼参考リンク:「スタンド・バイ・ミー」
http://amzn.asia/3VK7Br7



2.素晴らしき哉、人生!

これも4回ぐらいは見ていると思います。
家にDVDが置いてあるだけでなく、
プレゼントできるように複数所有しています。
この映画はクリスマスの日に観ると格別です。

そもそもこの映画を知ったのは、
以前行っていた愛知県の教会の「のぶさん」という牧師が、
毎年クリスマスの日に教会でこの映画の上映会をしていて、
それに参加したのがきっかけです。

のぶさんはこの映画が好きすぎて、
誰ひとり参加者がいなくても意に介さず、
教会のプロジェクタで礼拝堂にこのDVD映像を投影し、
ひとりで涙を流しながらこの映画を観る、
そうクリスマスを過ごすと決めていたのです。

私もあるとき「のぶさんがそんなに言うなら見てみようじゃないか」
と「仕方ないから付き合う」つもりで上映会に参加しました。

、、、結果、まんまと泣きました。

「人間が生まれてきた意義」について考えさせられ、
そしてそれを肯定する、人生賛歌です。
同じテーマでは黒澤明の「生きる」も良いですが、
私はこちらのほうが好きかな。

金融関係の仕事をしている人は、
この映画は余計にぐっと来るのではないでしょうか。
温かい手で「生きろ」と背中を押してくれるような、
そんな映画です。

この映画も未見の人がいたら、
人生を損している不幸な人か、
楽しみがまだ残されている幸せ者のどちらかなので、
DVD(安!!)を購入してただちに見ましょう。

▼参考リンク:「素晴らしき哉、人生」
http://amzn.asia/bB0QPIl



3.ストレイト・ストーリー

デヴィッド・リンチの名作です。
「ゆっくりと、おじいさんが、
 別のおじいさんに会いに行く」
という映画です。
(改めて文字化すると、
 なんなんだこの映画は、という感じですが笑)
筋書きだけ言うと死ぬほどつまらなそうなのですが、
これがいいんだ。

病気中、「音が派手だったりストーリーの起伏が激しかったり、
元気でバリバリ仕事している人の話が出てくる映画」は、
神経に障って落ち込みが激しくなるので見られませんでしたが、
この映画は「セラピー」のごとく、繰り返して見ました。

DVDを買って。
だから10回以上は見ています。

主人公の老人「アルヴィン」の表情と、
アメリカの田園部の自然の風景を見ているだけで、
なんとも言えない幸せで穏やかな気持ちになれます。

先ほど「セラピー」と言ったのはただの比喩ではありません。
主人公は州をまたぐ120キロメートルの「巡礼の旅」を、
改造した芝刈り機で達成するのですが、
その途中、彼の前には家出中の不良少女、
日々の生活に疲れ切った働く女性、
田舎の日常に満足した中産階級の人、
第二次世界大戦のトラウマを50年以上引きずる老人、、、
などアメリカの「群像の一部」としての何人かの個人が、
アルヴィンと出会います。

アルヴィンはとくに気の利いたことを言うわけではありません。
ただ、そこにアルヴィンとして存在するだけです。
しかし不仲の兄弟と会って和解するために、
芝刈り機で巡礼の旅をするアルヴィンじいさんに「触れ」るとき、
人々は何かを発見していきます。
それはとても小さな変化なのだけど、
重要な変化です。

「芝刈り機で旅をするおじいさん」という、
「日常ならざるものの存在」が、
「日常のなかにスタックした人々」を、
文字通り轍(わだち)から外し、
本来の道筋に戻していくのです。

この映画を未見の人は人生を、、、、
もういいか。

見ましょう。


▼参考リンク:「ストレイト・ストーリー」
http://amzn.asia/5koBq3F



4.エンディング・ノート

これはすごかったですね。
人生ベスト号泣映画です。
涙腺崩壊とはこのことです。

監督は砂田麻美さんといって、
是枝裕和監督の「弟子」をしていた人です。
ですからこの映画には是枝監督も少し関わっています。

ドキュメンタリー映画です。
内容は、、、言えません。
とにかく観ましょう。

この映画を観て泣かない人って、
たぶん日本には蛭子能収と東野幸治の二人だけだと思います笑。
もしこれを見て泣かなかったら、
サイコパスの資質ありと考えて見なして大丈夫です。

▼参考リンク:「エンディングノート」
http://amzn.asia/9b4xRGw


、、、という感じで、
複数回観た映画を4つご紹介しました。
他にも、

5.シン・ゴジラ
6.パーフェクト・ワールド
7.バッファロー66’

というラインナップを書いたのですが、
今日は文字数の関係で割愛!
全部名作です!

質問者様は映画好きなので、
全て観ているかもしれませんが、
もし未見のものがありましたら、
観て絶対に損しない作品ばかりですので、是非。

御参考に。



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【Q】キングオブコント2017について

2018.04.05 Thursday

+++vol.034 2017年10月17日配信号+++


●【Q】キングオブコント2017について

ラジオネーム:お笑いウォッチャー(男性)
お住まいの地域:三重県

Q.

陣内さんこんにちは。
いつも面白い文章をありがとうございます。
私は地方在住のお笑い好きで、
年に一度はお笑いライブに行きます。
職場には私と同じ熱量でお笑いのことを語れる人はいませんので、
陣内さんが時々お笑いを語ってくれると、
「同志」に出会った気持ちになり嬉しいです。

私も「ダウンタウン信者」で、
過去の「ごっつええ感じ」のDVDを未だに見ていますし、
「ビジュアルバム」も持っています。
一番好きな若手の芸人はちなみに、
「笑い飯」です。

、、、さて、お笑い知識人の陣内さんに質問ですが、
今年のキングオブコントはご覧になられたでしょうか?
もし見られていたら、陣内さんの目から見た、
キングオブコント2017の「総評」をお聞かせいただけたら嬉しいです。


A.

お笑いウォッチャーさん、
ご質問ありがとうございます。
私も同志に出会えて嬉しいです笑。
メルマガをやっていて良かった、と思います。

キングオブコント2017、もちろん観ました。
「にゃんこスターの衝撃」ばかり語られていますが、
今回の大会はそれ以外にも見所が沢山あったと思います。

▼参考リンク:キングオブコント2017
http://www.king-of-conte.com/2017/

まず、優勝した「かまいたち」に関しては、
文句なしですね。
「完全優勝」と言っていいと思います。
文句なしに一番面白かった。
すでに大阪では売れっ子の彼らはトーク力もあるし、
東京でもちゃんと売れるのではないでしょうか。

一発目のネタをやった後の採点後、浜ちゃんとの絡みの、
「え、、、ごめんなさい。
 まだ状況がよく分かってないんですけど、
 、、、これは『優勝』ということでいいんでしょうか?」
→浜ちゃん殴る
の絡みとか最高でしたね。

「わらふじなるお」の「ダル絡み」とは天地の差ですね。
ああいうウザい絡みは観ていていやーな気分になります。
あとで浜ちゃんにしこたま怒られたらいいのです笑。

ちなみに私は「かまいたち」が去年やった「給食費」というネタが、
一番好きです。
(私の妻もこのネタが一番好きです)

▼参考動画:かまいたちネタ「給食費」
https://youtu.be/hE3ZdZ7SLHs

、、、あと、あまり誰も言わないですが、
今回のキングオブコントの最大の功労者は、
アンガールズだと私は思っています。

アンガールズなんて、もうテレビに出まくっているわけだし、
ああいう賞レースに出ることは、
「ハイリスクローリターン」なわけです。
だだスベりするかもしれないし、
同じ事務所の後輩に完膚なきまでに負ける可能性もある。
良いことなんて1つもないわけです。

でも、彼らが出て、なおかつちゃんと笑いを取って、
大会を盛り上げたことで、今回の大会が「締まった」わけです。
バナナマンの設楽さんもラジオで、
アンガールズの功績を指摘していました。
バナナマンも10年前にキングオブコントに出ていますから、
そういう実感はことさらにあるのでしょう。

あと、毎回面白いなぁ、、、と思う、
キングオブコント常連も面白かった。
「アキナ」のサイコパスネタも面白かったです。
審査員では松ちゃんと設楽さんがこのネタにかなり高い評価をしていましたが、
その理由は彼らもまたサイコパスコントの作り手だからです。
松ちゃんなら「キャシー塚本」がいるし、
バナナマンのライブなんて、「サイコパスの見本市」です。

あと、「さらば青春の光」は毎回面白いですね。
彼らは芸能事務所に所属せず、
スタンドアローンで芸能活動をしている猛者で、
「お笑いに魂を売った」がごとく、
全国ライブツアーを毎年敢行して、
ネタを書きまくり、場数を踏みまくり、
腕を磨きまくり、賞レースでも毎回爪痕を残しています。
道場に所属せず野山で腕を磨いた宮本武蔵のようでカッコいいです。
「さらば青春の光」の森田の性格は最悪で、
「クズ人間」ということで有名ですが笑。
天は二物を与えないわけですね笑。

、、、キングオブコント2017には出ていませんが、
あと2、3年で確実にブレイクしそうだと思うコント師を挙げるなら、
私は「しゃもじ」「タイムマシーン3号」「ジェラードン」「ネルソンズ」
あたりに注目すべきだと思います。

先日「しゃもじ」の沖縄弁のネタを観て、
久しぶりに1人で声を出して笑いました。

、、、御参考に(?)



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【Q】ミスチルのマイナー曲

2018.03.29 Thursday

+++vol.033 2017年10月10日配信号+++


●【Q4】ミスチルのマイナー曲

ラジオネーム :ぼこ (男性)
お住いの地域:東京都

Q.

いつも愉悦に興じる空間として
拝読している東京在住のサラリーマンです。

陣内さんの中で, Mr childrenのマイナーな曲で挙
げるとすればどの辺りでしょう。
因みに私はSunrise, 掌, ポケットカスタネット,
ロードムービー, arrive, another mind, 旅人, fanfareあたりです。
これらの歌詞の中には時代を解く意味深なものが
あるように思います。よろしくお願いいたします。


A.

ぼこさん、ご質問ありがとうございます。
文面から拝察するに、相当にミスチル好きですね。
私も好きですので、ぼこさんとは小一時間、
この話題で盛り上がれそうです笑。
ぼこさんが挙げられた曲目のうち、
another mindは知らなかったです。
(多分聞いたことあるけど認識していない。)
ぼこさんの方が詳しいかもですね。

ミスチル好きな人って、
3種類ぐらいに分かれる気がします。
「クロスロード」とか「イノセントワールド」の初期が良かった、
という人、
「終わりなき旅」「Everything」あたりの中期が好きな人、
そして、
「放たれる」「365日」などの、わりと最近のミスチルが好きな人です。
なんか、「村上春樹論」とか、
「ドストエフスキー論」みたいですね。
それだけミスチルはキャリアが長いということなのですが。

私はちなみに「中期」が好きです。
最近のミスチルも聴きますが、
最高の名盤は「深海」か「ボレロ」の2枚だと思っていますので。

「深海」の、
「So Let's Get Truth」とか、
「ボレロ」の、
「タイムマシーンに乗って」「ALIVE」は、
めちゃくちゃ好きですねぇ。
「キングオブJ-POP」のミスチルが、
ポップどころか「実存的苦悩」みたいな袋小路で迷っていたあの時期は、
桜井和寿の健康には良くなかったのでしょうが、
聴く人々には滋養に満ちた「文学的果実」をもたらしたと思っています。

「侵略の罪を 敗戦の傷を あざ笑うように、
 足並みそろえて 価値観は崩壊していく」(byタイムマシーンに乗って)とか、
ミュージックステーションで歌えないレベルですから笑。
今なら自民党の幹部から怒られてお蔵入りになると思います笑。
テレビ局の社長の首が飛びます笑。

ミスチルが上手なのは、
「団塊ジュニア以降の世代の、
 実存的苦悩をいったん引き受けて、
 それに時代的な意義づけと色づけを行い、
 合気道みたいな形で最後に、
 『希望(めいたもの)』に昇華する」
という「職人芸的な手際」ですね。
「詩人」だからこそできる、
他の人に真似できない芸当だと思います。

10年ぐらい前にロッキン・オン・ジャパンという雑誌で、
「中島みゆきの正統な継承者は桜井和寿だ」って書いてあって、
なるほどねぇと感心したのを覚えています。

昨年ノーベル文学賞を受賞したボブ・ディランは、
日本だと中島みゆきと吉田拓郎と松任谷由実と、
長渕剛と桑田佳祐と大滝詠一を合せたような存在です。
「時代を代弁する詩人」という意味で、
そういった世代のミュージシャンたちがいました。

現在の日本の「詩人性」を引き受けているのは、
ミスチルでありBUMP OF CHICKENであり椎名林檎であり、
RADWIMPSであり宇多田ヒカルです。

5年ほど前から特に、
病気になった影響もたぶんあるのですが、
私は邦楽をあんまり聴かなくなりました。
特にミスチルより新しいやつは殆どキャッチアップできてません。

RADWIMPSはまだギリギリ「意味が分かり」ますが、
KANA-BOONとか、
セカイノオワリとか、
ゲスの極み乙女とか、
マジでよく分からん。
全部やたらとキーが高いし。
(おっさん全開な意見ですみません。)

、、、でも、この夏頃から
「クリープハイプ」はいいな、
と思って聴き始めました。
あれもイカれたぐらいキーが高いのですが、
聴いてると高いだけじゃない味わいがある。
ヴォーカルの尾崎世界観の書く詩は文学的味わいに満ちています。
「百円の恋」という映画の主題歌を聴いてから彼らに興味を持ち、
尾崎世界観の書いた小説も読みました。

彼らはなかなかの逸材なのではないか、
と私は思っています。

、、、あと、
ミスチルのマイナー曲、他にも思い出しました。
「独り言」「1999年、夏、沖縄」
「fake」「REM」あたりも好きです。

それと「ファスナー」も名曲だと思います。
スガシカオはこの曲を聴いて「やられた!」と思った、
とどこかに書いていました。
ぼこさんは恐らくご存じかと思いますが、
後にスガシカオのアルバムの中で、
桜井和寿とスガシカオのデュエットで、
「ファスナー」を歌っていますね。
あれも良いです。

「隔たり」という歌も好きです。
歌詞はやたらと生々しくエロいですが笑、
メロディーは甘くて美しい。

それから「SENSE」というアルバムに入っている、
「ロックンロールは生きている」と、
「擬態」は良い曲だと思います。
「擬態」もスガシカオがブログで、
「すごい曲」と言っていたのを読みました。
桜井さんとスガシカオはお互いに新しいCDが完成すると、
無言でお互いのポストに入れておく間柄だそうです。
なんかほほえましいですよね。
アルバムの一曲目(イントロの次だと二曲目)は、
基本的に名曲揃いですよね。

「It's a wonderful world」収録の、
「one two three」も良いですね。
アントニオ猪木の「道」をサンプリングするあたり、さすがだし、
映画「ショーシャンクの空に」への愛も感じます。
15曲目の「It's a wonderful world」も好きです。

桜井和寿は異常に器用で、
あるときは桑田佳祐の、
「音節をこれでもかと詰め込み、
 子音を基調として日本語が英語に聞こえる」
歌い方をするし、
あるときは長渕剛になりきれる。
(so let's get truthは完全に長渕です)
あと、吉田拓郎にもなれます。
「友とコーヒーと嘘と胃袋」は、
完全に吉田拓郎です。
多分意図的に「オマージュ」としてやってるのでしょうが、
ああいうことをできるミュージシャンってあまりいないと思います。

、、、というミスチル、J-POP論でした。
J-POP論、面白いね。
またやりたいです。


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【Q】ファシリテーター本

2018.03.29 Thursday

+++vol.033 2017年10月10日配信号+++

●【Q3】ファシリテーター本

ラジオネーム:だちゃま(男性)
お住いの地域:埼玉県

Q.

いつもメルマガ楽しみにしています。
このメルマガを聴く(読む)ようになってから、
毎月本を読むようになりました。
本当に感謝しています。
是非、ファシリテーターに関するお勧めの本を教えて下さい。
宜しくお願いします。



A.

だちゃまさん、ご質問ありがとうございます。
ファシリテーターに関するおすすめの本
ということですが、実はこの分野で「良い本」って、
少ないんですよね。

私はセミナーデザインをし、
ファシリテーションをするというのを、
この10年間ほど仕事の一部にしていますから、
非常に関心のある分野なのですが、
あまり良い本に出会っていない。
というより、この分野に関する本自体が、
非常に少ないのです。

逆に誰かにお勧めのテキストを教えていただきたいぐらいです笑。
メルマガ読者の方でもし心当たりがある方がいたら、
メッセージにてお教えください(マジで)。

数少ないなかでも、
私が読んで、「役に立った」と思ったのはこちらです。

▼参考リンク:オープン・スペース・テクノロジー
http://amzn.asia/gW0KNYq

読んだのはずいぶん前で、
キリスト教関連のグループファシリテーションをしていた、
私の友人がプレゼントしてくれました。
Amazonの書籍紹介を観るとこうあります。

〈オープン・スペース・テクノロジーはとてもシンプルなアプローチです。
テーマに関係するすべての人に招待状が送られ、
関心のある人々が一堂に集まります。
そして、主体的に議題を生み出し、
複数箇所で同時に話し合いのセッションを開くことで、
それぞれの課題に取り組みます。
参加者は互いに情熱と責任をもって話し合いに参加し、
本音の対話を行い、問題を共有し、
解決に向けてアクションプランがスピーディーに生成します。
本書は、オープン・スペース・テクノロジーの実践ガイドとなっています。
話し合いを行うための会場準備、
場づくり、ファシリテーション等について詳しく解説しています。〉

「そもそもファシリテーションとは何か」という話題に終始し、
具体的方策が何も語られない「がっかり本」が多い中、
具体的な手法について説明してくれる本書は有意義でした。
現在の私も取り入れている手法がたくさんあります。

、、、著者たちを擁護するわけではないのですが、
「ファシリテーションの分野の良書」が少ない理由は、
じっさいにやっている私には、なんとなく分かります。
この分野ってけっこう、
「職人的技術」によるところが大きいんですよね。
言語化するのが非常に難しい。
「絶対ウケをもらえるお笑いの教科書」だとか、
「絶対ヒットが打てるバッティングの教科書」
なんていうのは原理的に書くのが難しいのと似ています。

ファシリテーションスキルの言語化、体系化は難しいです。
もちろん方法論的に「ポストイットの使い方」とか、
「時間配分の原則」とか「グループの人数配分」とか、
「全体の構成をどうするのか」とか、
「どの位相までの問題設定を行うのか」とか、
そういったことまでは言語化できるのですが、
「ファシリテーターはディスカッション中にどこにいたらいいか」
とか、「どんな視線を投げかけたら良いか」とか、
そういうのは非常に言語化が難しい。

いわば「場の空気を支配する」ということに似た技術が必要です。
この「支配する」というのも正確ではなくて、
その場にいる人々の知的な「潮の流れ」や「風向き」みたいなのがあって、
そこに最小限のインプット(もしくはインプットしないこと)を通して、
「合気道」的に参加者の力を利用しながら、
設定された結論を遙かに凌駕するようなシナジーを生み出す、
ということですから。

本当に職人技です。
私もいつも上手くいくわけではなく、
トアイアンドエラーを繰り返しながら、
「体得」してきたとしか表現できません。
言語化し体系化するというのは私の能力を超えます。

、、、ただ、
私に言えることが二つあります。

ひとつめはグループファシリテーションって、
「1人の脳内のシナジーを多数で起こす」
という「脳の外在化」なので、
特にファシリテーター自身が「思考の技術」を、
沢山持っていることは必要です。

そういう意味で、「思考法」の本はかなり役立ちます。
「ブレーンストーミング」とか「KJ法」とか「マインドマップ」とか、
いろいろあるのですが、その手の本以上に役立ったのが、
「説明上手になる本」という本です。

▼参考リンク:「説明上手になる本」高嶌幸広
http://amzn.asia/0ixvT4s

この本は私が大学生のときに買って読んだ本で、
20年以上手もとに置いて時々読み返しています。
私は神学校で「説教学」みたいな訓練を受けていませんが、
私が人前で話す「方法論」の9割はこの本から学びました。
この本の良い所は「プレゼンの方法」を説明しているようでいて、
そのまま「思考法」の説明になっているところです。

ファシリテーションスキルの半分は、
ファシリテーターの「思考法」の「球種の多さ」に依存します。
「考える方法」の引き出しをどれぐらい持っているかです。
それを「教え」るのではなく、
それを利用して先ほどの比喩でいうなら、
「議論の潮目」の真ん中で舵を切るわけです。
「説明上手になる本」には、
「KJ法」やブレーンストーミングを通して、
自分の脳内でシナジーを起こすための思考法が
訓練できる素材が詰まっています。
けっこうおすすめです。

もうひとつは、
ファシリテーションスキルの「もう半分」なのですが、
それは「対人感性力」と言われる、
「話しや空気の流れを読む力」です。
アメトーークなどの「ひな壇トーク番組」で、
上手な司会者というのは「サッカーを上から見ているように」
「今、会話がどこに向かっていて、 
 誰が誰にパスをして、
 そのパスを誰がスルーして、
 その後誰がドリブルでボールを運んで、
 そして誰がシュートしたのか」
ということが全部「見えて」います。

「ひな壇」の左前前列に座って、
ひな壇の中で「司令塔」の役割を果たす人を、
「裏回し」と言いますが、裏回しができる芸人もまた、
「ボールの流れが全部見えている」必要があります。

実はオープンディスカッションのファシリテーターって、
この「裏回し」をする人なんです。
だから、あの手のトーク番組を「回す」人を観察すると、
ファシリテーションの参考になります。

彼らはマジでスゴイですから、
真似することはできませんが、
タイガーウッズのスウィングを観ることが
ゴルフの練習に役立つのと同じで、
とんでもなく対人感性力の高い芸人の司会を観ることは、
司会やファシリテーションの技術向上のために参考になります。

私は上田晋也をよく観察しています。
彼の「さばき方」はすごすぎます。
「オープンエンドな質問をすること」
「宙に浮いた参加者の発言を『処理』しつつ、
 次につながるように救うこと」
「自分の側にも知識を蓄えて、
 発言にいつでも、
 『いろんな種類の火をくべられる』ようにしておくこと」
「質問のストックを各種取りそろえておくこと」
なにより、
「参加者のことが全部頭に入っていること」など、
勉強になることばかりです。

、、、御参考に。



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【Q】「いのフェス」の動画

2018.03.29 Thursday

+++vol.033 2017年10月10日配信号+++


●【Q2】「いのフェス」の動画

ラジオネーム:miyoung(女性)

Q.

いつも楽しく拝読させて頂いています。
以前本の紹介をしたmiyoungです。
陣内さんが本当に本を読んでくださり、
メルマガで感想を書いてくださったことに
誠実さを感じました。ありがとうございました!

今回は本ではなく、動画の紹介です。
「信じるものは救われる?」という動画なのですが、
見たことありますか?

社会学者の宮台さんと
はれさく神父が対談する企画でとても面白いです。
赤ちゃんが産まれたら、
こんなものをオチオチ見ている時間もなくなると思うので、
是非今のうちに!見てみてください。

はれさくさんの言っていることは大体いつも同じなので、
そんなに目新しい所はないのですが、
私は宮台さんの視点が面白かったです。
嘆きのピエタという映画から、
人は人に見られてないとダメなんだ、っていうところが、
陣内さんの「共同体の創出」というメッセージのテーマと
重なるような気がしました。

またプロテスタントはご利益的、
という宮台さんの指摘に対して、
陣内さんはどう考えるのか意見を聞いてみたいです。

その1
https://www.youtube.com/watch?v=SgvbysxCb2o&t=1070s

その2
https://www.youtube.com/watch?v=dNICTl652Rk&t=21s


A.

miyoungさん、ありがとうございます。
「その他のご意見」ということでメッセージを受け取っていたのですが、
Q&Aコーナーで取り上げさせていただきます。
また、メッセージをずいぶん前にいただいていたのですが、
お答えするのにこんなにも時間がかかってしまいましたことを、
お詫び致します。

実はご紹介いただいた動画は、
8月31日に観ました。
miyoungさんはもしかしたらお気づきかもしれませんが、
この動画で興味を持ち、
先週「読んだ本」コーナーで紹介した、
宮台真司さんの映画評の書籍を読んだり、
「先月観た映画」で紹介した、
「嘆きのピエタ」をレンタルして鑑賞したりしました。

▼参考リンク:「正義から享楽へ」宮台真司
http://amzn.asia/9qXlDxw

▼参考リンク:「嘆きのピエタ」
http://amzn.asia/9UM2v6b


、、、というわけで8月31日に、
ご紹介いただいた「いのフェス」の動画を、
興味深く見させていただきました。
翻訳作業などの「脳内自動運転」でできる仕事をしながら、
ラジオを聴くのは私の習慣ですから、
このYouTube動画を教えてくださってありがたかったです。
翻訳作業もはかどりました。
(基本的に私はシングルタスク人間で、
 「ながら」はいっさいできないですが、
 ラジオ+翻訳は数少ない例外です。
 ラジオ+読書は脳内がバグります笑。)

、、、で、けっこうな「長さ」のある、
2人の論客の対話を網羅的に概説する、
というのは私の力の及ばぬところですので、
この動画を見ながら私がとった、
Evernoteのメモを以下にそのまま収録します。
晴佐久神父の発言と、
宮台真司氏の発言で、それぞれ箇条書きにしてあります。

【晴佐久】
・あなた(無神論者)が必要ないと思うような救いなら、
 それは「救い」とは言えない。
・あなたが存在しないと思うような神なら、それは神ではない。
・第二バチカン公会議「教会の外に救いなし」という原則は変わりない。
しかしそれは、「地上のすべての人がカトリック教会に属している」、
という意味においてである。
(よって「狭義の教会」の外にも救いがある)
・この第二バチカン公会議の「福音の広さ」を知ったことが、
 晴佐久神父が神父になろうと思ったきっかけだった。

【宮台】
・海外で人気がある石井隆の映画を観て、
日本人は「救いがない」と評するが、それがとても日本的。
どういう意味かと言えば「救い」が世俗的であるという意味において。
・こういう救済観は、アメリカの福音主義の「千年王国説」にも通ずる。
・日本でキリスト教が拡がらない背景というのは
「世俗主義」にあると宮台氏は感じている。
・利他的であること自体が目的なのか、
神からのご褒美を期待して利他的であるのかというのは
宗教社会学的に、ふたつに大別される。
・イエスの福音の本質は「神は分け隔てしない」ということだった。
・吉本隆明、橋爪大三郎、小室直樹について言及。
彼らはプロテスタントの影響が強いためにキリスト教を誤解している。
マグダラの女の箇所から、「イエスは内面を重要だと言った」
というのがキリスト教の真髄だと言うがそれは違うと宮台氏は批判する。
聖書が「内部矛盾しているというまさにそのこと」が、
キリスト教の本質だというのが宮台氏の意見。

、、、こんなメモを見て、
「あぁ、きっとこんな話し合いがなされていたんだなぁ」
という対話内容を脳内で再構築できる人は天才だと思います。
興味を持った方は動画を観て(聴いて)みてください。

、、、話しを極力シンプルにするために、
ここではmiyoungさんが質問のなかで言及されている、
「プロテスタントは御利益的かどうか?」という一点に絞って、
私の意見を述べたいと思います。
端的にいって私は宮台さんの指摘に完全に同意します。
ネットスラングでいうところの「それな!」です。

日本でキリスト教が拡がらない理由として、
日本の「世俗主義」を宮台さんは挙げています。
日本人が描いている「救い」の定義自体が、世俗的だと。
良く「日本人に超越性は理解不能だ」という言説を耳にしますが、
同じことを別の言葉で言っていると思います。

つまり、「何か自分に良いことが起こる」ことを、
救済だと思っており、
「自分という閉じた円環」の外とつながる救済、
つまり「超越性」を理解できない。

「神に従うと良いことがありますよ」
というのは世俗主義でありご利益的です。
「神に従うということ自体が既に報いです。」
と考えるのが超越性とつながった信仰です。
「この世」や「自己利益」、「自分という円環」では、
それは説明不能な救済だからです。
神に従った結果、何も「良いこと」などなかった。
それでも神に従うことには価値がある、
と考えるのがキリスト教の本当の救済だと私は考えます。

、、、この先が大事です。
「あの世で良いことがあるから」というのは実は違うのです。
「現世利益」じゃだめで「来世利益」なら良いというのは、
本当の意味の超越性ではありません。
(宮台氏がアメリカ福音主義の、
 「千年王国説」を批判しているのはまさにそこですね。)

だって、「定年後のゴルフ三昧の日々を夢見る人」というのは、
「快楽主義者(英語でヒードニスト)」の考え方です。
つまり「楽しんだものが勝ち」という哲学ですね。
殆どの人が気付いていないことなのですが、
「この世では最後の最後まで神のために犠牲的に仕える。
 、、、死んだら天国で最高に良い思いができるから。」
というのも実は同じことなのです。

だって、現在40歳の前者の「定年退職ヒードニスト」は、
25年(30年?)後の定年のあとの楽園を待ち望み、
後者の「死後ヒードニスト」は、
死んだ後(40〜50年後)の楽園を待ち望んでいるという、
それだけの差だからです。

「楽しみの時期」が20年ばかり後ろにずれだだけで、
本質的な思考形態は、なんと同じなのです。
「ルックス的」には真逆に見えますが、
究極的には「快楽主義的」であり「ご利益主義的」という意味で、
両者は実は、同じです。

聖書の救済の本質は、
「たとえ何の報いがなかったとしても、
 それでも神に従う。
 それ自体が報いである。」
ということのなかにあります。
(もちろん「報い」は約束されているわけですが、
 報いがあるから神に従うのではなく、
 神を愛するから神に従うのです。
 宮台さんも指摘しているように、
 この差は大きいです。)

おまけですが、もし私が動画の対話のような、
「キリスト教を考える」という座談会に参加したとしたら、
プロテスタント(福音派)の三つの脆弱性を指摘すると思います。

1.反知性主義
2.御利益主義
3.朱子学的な側面(実践の欠如)

2のご利益主義は先ほどから説明しているとおりです。
「神を信じると金持ちになって病気も治って、
問題が解決して仕事で成功するよ、、」
みたいな福音というのは、端的にいって福音ではありません。
そういうのは漫画週刊誌の裏表紙に載っている、
「札束の風呂に入って美女を侍らせる、
 パワーストーンの広告」と本質的に同じです。
救済はそんな安っぽいものではありません。

1と3の詳細には立ち入りませんが、
このふたつは矛盾しているようだがそうではない。
「まったく何も知らない人」と、
「めちゃくちゃ知っている人」は、
何かを実践する傾向にある。
「中途半端に物事を知っている人」が一番何もしません。
(さらに言えば、「まったく何も知らない人の実践」には、
 突き抜けられない見えないガラスの天井があります。)

「反知性主義」を少し説明しますと、
「信仰があれば良いんだ、
 知識は信仰の邪魔をする」とか、
「聖書だけを読めば良いんだ。
 そのほかの知識は信仰のノイズになる」
みたいなのって、ハッキリ言ってウソです。
そんなわけがないじゃないですか。
そういう言説で良く引用されるのは、
新約聖書の「知識をちりあくたと思っている」という言葉ですが、
これを発言したのが誰かを考える必要があります。

そうです。パウロです。

パウロって、当時の世界の5本の指に入る知識人です。
そしてパウロという知識人が初代教会の指導者でなかったら、
キリスト教は2000年後にも「ユダヤ教のセクトのひとつ」の域を出ず、
世界宗教になることは決してありませんでした。

繰り返しますがパウロというのは今の世界なら、
ユルゲン・ハーバーマスとか、
インマニュエル・トッドとか、
ウルリッヒ・ベックといった「知の巨人」です。
日本なら佐藤優とか立花隆みたいな人がパウロです。
その人が「知識をちりあくたと思っている」と言っているのと、
「中高生の頃から勉強は嫌いで、本って殆ど読まないんです。」
みたいな人が言う「知識なんて必要ないよ、信仰さえあれば」は、
位相が違うのです。

イチローが言う「最後には練習って言うのは大事じゃないんだ」
と、野球初心者の「練習は必要ない」はまったく違います。
東大生の言う「勉強なんて社会に出れば役に立たないことが多いよ」
と、勉強アレルギーの人の、
「勉強なんて役に立たないよ」は違うのです。

私は知の深さ広さで、
パウロの足下にも及びませんから、
今後も勉強を続けるつもりです。
私はすべての読書は「聖書の脚注」だと思って読んでいます。
神を知るために勉強しまくることは、
まったくもって霊的な行いですが、
プロテスタント教会(特に福音派)の知識軽視(反知性主義)は、
自らの社会における影響力を減殺する、
いわば「社会的自殺」に等しいと私は思っています。

、、、3の、
「朱子学的側面」というのは、
反知性主義と矛盾するようですがそうではありません。

かつての江戸時代の「儒学」には、
「朱子学」という知識を重視するグループと、
「陽明学」という実践を重視するグループがありました。
朱子学はスノッブで、「象牙の塔」のような、
世間と乖離した学問的ヒエラルキーを生みました。
それは江戸幕府を安定させるのには一役買いましたが、
最後に江戸幕府を転覆させた「水戸学」などは、
陽明学の系譜です。
(松下村塾の吉田松陰は陽明学を学んでいました)

陽明学というのは
「知って行わざるは、すなわち知らざるがごとし」
という「知行合一」に要約されます。
非常に実践的なのです。
だから江戸幕府という体制にとっては脅威だった。

今のキリスト教が独裁者や腐敗した体制にとって、
「(良い意味で)脅威」となっていないのは、
「知行合一」のセンスがないからだと、
私は思っています。

、、、色々書きましたが、
宮台氏は名前は知っていましたが、
今までしっかり読んだことはありませんでした。
miyoungさんのご質問によっていろいろ勉強になりました。
今は東浩紀と宮台真司の共著、
「父として考える」を、Kindleに入れて読んでいます。
miyoungさん、良い質問をありがとうございました。



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【Q】おすすめの援助団体は?

2018.03.29 Thursday

+++vol.33 2017年10月10日配信号+++

●【Q1】おすすめの援助団体は?

ラジオネーム:夫は家電クリスチャン(女性)
お住いの地域:東京都

Q.

こんにちは。

いつも配信を楽しみにしています。
私は二児の母です。
突然ですが、どこかの団体または個人を継続的に支援したいと考えています。
方法は募金という形をとりたいと考えています。

栄養失調のために母乳が出ず、
目の前で子どもを失うという母親の話を聞いたことがあります。
私がその母親だったら、
なぜ誰も我が子を助けてくれないのだろうか…と、
怒りと悲しみに打ち震えるとともに、
我が子をこのような辛い目に合わせてしまった原因は自分にあるのだ…と、
自分を責める続けるだろうと思います。

貧困の中にある親や子どもを支援している団体または個人で、
陣内さんの「推し」団体または「推し」個人がいたら教えてください。
あるいは、支援先の調べ方や、こういうところに注目したら良いという
ポイントなどがあれば教えてください。


A.

ご質問ありがとうございます。
「自分がその母親だったら、、、」という視点が素晴らしいですね。
国際援助とか弱者救済を考えるときに、
「鳥の目」と「虫の目」のどちらを持てるかが、
その人のスタンスを決めると私は考えるからです。

物事には「俯瞰する鳥の目」と、
「当事者のひとりとしての虫の目」のふたつがあります。
とかく私たち先進国に住む人間はいろんな情報が手軽に手に入りますので、
「貧困?そりゃしょうがないよ、世界経済にはひずみもあるからね」とか、
「1人や2人を救済しても原因の根っことなる政治が変わらなきゃ、
 何も意味がないよね」
みたいな形で冷徹に物事を語りがちです。
(多くの場合したり顔で)

しかし、弱者に手をさしのべるときに必要なのは、
鳥の目ではなく虫の目だ、というのが私の意見です。
つまり、「全体として物事がどうなっているかは知らないが、
今、ここに、目の前に(あるいは地球の裏側に)苦しむ1人がいる。
その人にとっては自分が助けるかどうかは重大な問題だ」
と、「自分を当事者の立場において」考えられるかどうかです。

海辺で干上がる何十万のヒトデを、
一匹一匹海に戻す少年の話は有名です。
おじさんはその少年に
「おい、冷静になれ。
 お前のしていることは問題解決にはなってないよ。」
と言いますが、少年は言います。
「そんなことは分かってるよ。
 確かにそうかもしれない。
 でも、今僕の手の中にいるこの一匹のヒトデにとっては、
 僕が海に帰してあげるかどうかは重大な問題だと思うんだ。」

おじさんは鳥の目を持ち、
少年は虫の目を持っています。
願わくばおじさんがその権力で月を動かし、
満ち潮を作り出してすべてのヒトデを救ったらよいのですが、
多くの場合問題を抜本的に解決する人は、
鳥の目を持った「したり顔の評論家」ではなく、
この物語の「少年」のような素朴なコンパッションを持った人です。
マザー・テレサもガンジーもキリストもそうですね。

前置きが長くなりましたが、
NPOやNGOを選ぶ基準として、
最低限の条件は、そのNPOなりNGOが、
監査を受けた決算を一般公開していることです。

非営利の活動を行うと言うことは、
支援してくださる人々から託されたお金を運用して、
「企業にも行政にもできず、個人レベルでは達成できない」、
公益に資する活動を行うわけですから、
最も大切なのは、「お金の流れが公明正大」であることです。
英語で「クリスタルクリア」といいます。
ガラス張りにして、「このようにお金が使われました」
ということを公開していることは、
その団体が信用に値するかどうかのリトマス紙です。

私はNGO団体で働いていましたので分かりますが、
それでも結構、「決算書」というのは、
「ウソではないけれど、ある印象を与えるために『いじる』」
ことが可能です。
また、そのNGOの「ガバナンス」に問題があるけれど、
それが表には出てこないということも多々あります。
(だって普通、そういうのは表にだしませんよね笑)

けっこうおすすめなのは、
信頼できる知り合いが直接関与しているNPOなりNGOがありましたら、
その団体を通してご支援するのが良いかと思います。
知り合いならば表に出てこない活動の実態を教えてくれますから。

、、、で、
ご質問の件ですが、
正直な所、私はあまり援助団体について明るくないんです(笑)。
言い訳をするわけではないですが、
自分自身が援助団体で働いている人ですら、
自分が働いている援助団体以外については、
あまり詳しくないはずです。
「タコツボ」と言ってしまうのは乱暴かもしれませんが、
けっこう組織というのは「同業他社」のことを知らないです。

、、、なので非常に母数が少ない中からですが、
以下の働きをご紹介できます。
まず私たちの団体(FVI)がありますね(笑)。
私たちも海外のパートナー団体を支援しています。
現在はエチオピアやウクライナ、バングラデシュなどで、
その文化独自の社会的課題に対して取り組んでいる、
「声なき者の友」たちを支援しています。
(それらの働きは物質的社会的に貧しい、
 抑圧された人々の福祉に寄与します。)

以下のリンクからFVIの海外での働きの紹介ページに飛びますと、
活動内容を知ることができます。
郵便振替口座で、空白欄に「エチオピア指定」などと記入いただけますと、
その献金は海外での働きの支援に全額使われます。
(FVIは監査された年次会計を毎年、
 ホームページで公表しています。)

▼参考リンク:FVI「声なき者の友」の輪 海外での働き
http://karashi.net/project/world/program_02/index.html

、、、それから私が先週「小遣い1万円の中の10分の1」から、
1,000円の支援金を贈った団体がこちらです。

▼参考リンク:「シロアムの園」
https://www.thegardenofsiloam.org/

▼参考リンク:「ケニアの障害者に送迎車両を」
https://goo.gl/B6GrQ8

、、、これはカズコさんという、
日本人のキリスト教徒で小児科医の女性が、
ほぼ1人でやっている小さな団体です。
私は小児科医の友人を通してこの働きを知りました。
開発途上国では、日本の明治時代にそうであったように、
障害者というのは地下室で鎖をつけて「監禁」される、
などの非人道的な扱いがされており、
それが悪いことだという社会通念もありません。
(じっさい明治時代には、
 精神障害者は小さな部屋で動けないようにしなければならない、
 という法律が実在しました。
 開発途上国の障害者に対する考え方も、
 似たようなところがあります。)

長いこと地下室に監禁された障害をもつ子どもたちは、
太陽光がないのでビタミンDを合成できず、
くる病になってしまうこともあるそうです。
カズコさんは日本人医師として、
ケニアの障害児たちが尊厳ある生活ができるように、
現地で奮闘しています。


、、、もうひとつは里親制度です。
2013年から私たち夫婦は「里親制度」によって、
「アミラ」というニューヨークに住む、
黒人の孤児の女の子を支援しています。
メトロミニストリーズという、
ビル・ウィルソンという牧師によって始められた働きの、
日本支部を通して支援しています。
支援金から聖書や小学校の教材や文房具などがまかなわれ、
年に数回、本人から手紙と写真が送られてきます。

この団体に個人的知り合いはいませんが、
私は20代のころ、
ビル・ウィルソンという人の本を読んだり、
講演会を聴いたりしていました。
その経験は、現在私がキリスト教のNGOで働いていることの、
原因の何割かを占めます。
妻も2013年にウィルソン氏が日本に来たときの講演会に参加し、
感銘を受け、里親制度に参加することを夫婦で祈って決めました。

▼参考リンク:メトロミニストリーズの里親制度
http://metrojapan.seesaa.net/category/13642055-1.html


、、、さらにさらに言えば、
「支援金を送る」以外にも、
困窮した人々に仕える方法が沢山ありますので、
いくつかご紹介します。

まず、これは多少ハードルが高いのですが、
何らかの団体を通して海外にスタディ・ツアーに、
一度行かれると、ものすごーく色んなことが変わります。
(質問者様がもし、
 既にツアーに参加したことがあったら、
 適当に聞き流してください。)

ネットやテレビ番組で目にする「貧困」と、
現実の世界で、自分の目で見る「貧困」は意味が違います。
じっさいに海外で援助団体の活動現場を見た人は、
けっこうな確率でその後の人生が変わります。
それは何も宣教師になるとか海外に移住するとか、
そういうことだけでなく、
日本で生活し、仕事をしながらも、
「それが当たり前でない」ということを、
心の奥底で知りながらそうするようになります。
それはまさに「世界観の転換」で、
ライフチェンジングな出来事です。
本や映画やテレビやネットでは、同じことは起きません。

ちなみに私の妻も日本で幼稚園の先生をしながら、
いつか海外で貧しい人々に奉仕したい、
という願いを持ち続けていました。
それが私と妻の結婚の「遠因」なのですが、
妻のその「考え」は、中学生のときに、
家族でメキシコ旅行に行ったときに車窓から、
スラム街の人々の生活を見たときから芽生えました。
その時間はきっと1時間とかそこらですが、
それですら1人の人生を変えるインパクトがあったということです。


、、、おまけのおまけですが、
支援するつもりのお金を人に託すのではなく、
「自分で使う」ということも、
ひとつの挑戦です。
こちらもハードルはけっこう高いですが、
やる価値があります。
(FVIが他の援助団体と趣を異にするのはこの点で、
 変革のためにお金だけでなく、
 小さくても良いからアクションを起こしていこうよ、
 というのが私たちのメッセージのひとつです。)

たとえば日本国内にいる生活困窮者の人々に、
直接仕えるということを始めて見る。
私の知り合いのある方は、
おにぎりとお味噌汁を自宅で作り、
池袋に「突撃」しました。
そして出会うホームレスの方々にご飯を振る舞っていった。
定期的にそういうことをしていると、
ホームレスの方々に信頼されるようになり、
様々な形で生活支援をするようになっていった。
行政ではどうしても届かない領域がありますから、
そういった支援はたいせつな意味があります。
その働きは今も私たちの教会でメンバーたちによって続けられています。

また、海外の方々に仕えるのに、
日本に既にいる海外の人々に仕える、
というのもひとつの方法です。
こういうのを「ディアスポラ」の働きと言いますが、
ときには最も効果的な国際貢献になり得ます。

私がいまキリスト教徒になっているのは、
35年前に、シカゴ郊外に住んでいたアメリカ人の家族が、
日本人の私たち家族を家に招き、親切にし、生活の手ほどきをし、
一緒に祈り、遊び、「隣人」となってくれたからです。
35年後にその子どものひとりが、
日本国内の様々な教会に仕える働きをするようになるとは、
彼らは夢にも思わなかったに違いありません。
長期で日本に滞在する宣教師でも、
「最初のクリスチャンの実」を観るのに、
何年もかかったりしますから、
彼らは国外に長期で派遣される宣教師と同じ働きを、
シカゴ郊外にいながらしたことになります。

逆に私たちが近所に住む外国人に親切にするなら、
それは未来の世界宣教になる可能性があります。
アジアからの留学生や労働者や研修生、
アフリカからのビジネスマン、
南米からの移住者、、そういった人が周囲にいるならば、
それは「最も身近にある国際貢献のチャンス」です。

、、、長々と書いてきましたが、
夫は家電クリスチャンさんが、
神からの憐れみの心に背中を押されてした行動が何であれ、
神はそれを喜んでくださいます。
「それが効果的かどうか」という視点も大切ですが、
「信仰によって犠牲的に与えた」ということ自体が、
既に大きな奇跡であり、「神の業」です。

、、、御参考に。



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【Q】おすすめの娯楽小説は?

2018.03.15 Thursday

+++vol.031 2017年9月26日配信号+++

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
■3 Q&Aコーナー

皆さんからお寄せ頂いた質問にお答えするコーナーです。

日頃の悩み、疑問、今更誰かに聞けないギモン、、、、
質問の種類は問いません。お気兼ねなくご質問をお寄せください。
ご利用は下記に基づいてご利用いただけると幸いです。

【Q&Aについて】
▼全てのご質問にお答えすることはできません。予めご了承ください
▼いただいたご質問は、ブログ・FVIメディアルームに掲載される可能性があります
▼本名での投稿の場合は「ペンネーム:無し」となります
▼必ず下記フォームからご質問を送信ください

::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::

【Q&Aコーナー専用フォーム】

▼URL
https://www.secure-cloud.jp/sf/1484051839NyovBkYI

※大変お手数ですが一つの1メール1質問を原則とさせてください。
ご協力宜しく御願い致します。

※頂いたメールはすべて目を通しております。
陣内俊への要望やメルマガの感想、激励などももちろん大歓迎です!

::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::

●【Q1】おすすめの娯楽小説は?

ラジオネーム:かたつむり(女性)
お住まいの地域:長野県

Q.

いつも楽しみにメルマガ読んでます。
毎週火曜日の楽しみが増えました。
以前は夜寝る前、
スマホで下らないサイトを見ていたのですが、
このメルマガを読むようになって、
寝る前の時間が充実したインプットの時間になっています。
(ブルーライトが睡眠には良くないかもですが、、、(^_^;)

多種多様な本を読んでいる陣内さんに質問ですが、
純粋に「楽しむための小説」で、
この数年間でいちばん面白かったのは何ですか?

私の数少ない趣味はお気に入りのカフェで小説を読むことなので、
次に読む本の参考にしたいです。
ちなみに私は東野圭吾や湊かなえが好きです。
普段読まない本も知りたいので、
東野圭吾と湊かなえ以外で教えてもらえたら嬉しいです。


A.

かたつむりさん、ご質問ありがとうございます。
東野圭吾と湊かなえは私も好きです。
東野圭吾では「白夜行」が、
湊かなえでは「告白」がベストと思います。

この数年間で一番面白かった娯楽小説、
ということですが、思い浮かぶ本が3冊あります。
そのうち1冊は「読む人を選ぶ」本なので、
おすすめできるかどうか微妙ですが。

まずは「それ」ではない2冊のほうから。

▼▼▼「マチネの終わりに」平野啓一郎
http://amzn.asia/f4P7avH

一冊目は「マチネの終わりに」です。
かたつむりさんは読書好きとのことですので、
既にお読みかもしれませんが、
もし未読でしたらダントツにおすすめします。

この小説は去年の11月に読みました。
とにかく面白く、2日間ぐらいで一気に読みました。
物語の「軸」は恋愛で、
「映画化必至」という感じの、
王道の恋愛と人生ドラマが語られています。

しかしこの小説が独特なのは、
その「軸」をとりまく「背景」の豊かさと、
いわゆる「今の時代の精神」のようなものを言語化する技術です。
2001年の同時多発テロ、イラク戦争、
リーマンショック、東日本大震災といった、
00年代〜10年代前半、21世紀初頭の「人類的激動」を、
上手に切り取りそのなかで翻弄される主人公たちは、
「ポストモダン」を生きる我々の実存的な苦悩を代弁しています。

以下に私のEvernoteの「読書メモ」から引用します。

〈非常に上手だと思う。
「主体なきポストモダン時代の主人公」の
描き方のサンプルのような小説だった。
主人公たちは時代に翻弄され、作中にも言及される、
「運命劇」の主人公として振る舞う。
主役は「英雄の覚醒」ではなくあくまで「時代」が主人公で、
「役者」たちは添え物として機能する。
20世紀の物語は逆で、
「人間が未来をつくる物語」の添え物として「時代」があった。〉

、、、「その時代に語られる物語の類型」は、
その時代の思想の潮目を観察するのに適しています。
「近代は性格劇だったのが、
 現代は運命劇になりつつある」と、
作中で登場人物の映画監督が語りますが、
それは「マチネの終わりに」という作品自体の説明になっている、
というフラクタル構造を持たせています。
引用します。

→P371 
〈「けれども、脚本はなかなか進まない。
ーー教科書的な話だが、悲劇について、
古典悲劇が運命劇に対して、近代の悲劇は性格劇だと言われるだろう?」
「ええ。」
「オイディプスが実の父を殺し、母を娶ってしまったのは、
避けようのない運命だった。
しかし、オテロの過失は、彼の激情的な性格に起因している。
あんなに単細胞で、怒りっぽくなければ、
ハンカチ一つでデズデモーナを殺すこともなかっただろう。
もちろん、実際にはもっと複雑だが、・・・」
「ええ、勿論。」
「だが、・・・人間は結局、もう一度、
運命劇の時代に戻っているのではないかと近頃よく思う。
”新しい運命劇”の時代なのかもしれない。
私のような小説的な映画ではなくて、
早くから叙事詩的な英雄物語を描いてきたハリウッドは、
そういうことに意外と敏感だ。
《マトリックス》とか、色々ある。」
洋子は、椅子の背に軽く体を預けて腕組みした。
そして、具体例を二、三思い浮かべて頷いた。
「リチャードとも、そういう話をずいぶんとしたのよ。
グローバル化されたこの世界の巨大なシステムは、
人間の不確実性を出来るだけ縮減して、予測的に織り込みながら、
ただ、遅滞なく機能し続けることだけを目的にしている。
紛争でさえ、当然起きることとして前提としながら。
善行にせよ、悪行にせよ、人間ひとりの影響力が、
社会全体の中で、一体何になるって。」〉

、、、現代という時代は、
「覚醒した主人公が運命を変える英雄となる」という、
舞台用語で言う「エピファニー」を契機とするような物語が、
非常に語りにくくなっている時代です。
「大きな物語」が終焉し、人々が時代の激流の中で、
自らの主体性というものの無力さを日々感じている現代において、
「一人の英雄の覚醒が歴史を変える」という物語は、
空々しく響くしリアリティを伴いません。

そのような時代に、それでもなお意味や希望を語る、
というのはどういうことなのか、
ということを「現代の詩人たち」である、
ミュージシャンや小説家や映画監督はもがいています。

私もまた、現代という時代に、
キリスト教の普遍的なメッセージを発信するひとりとして、
同じことで格闘していますから、
本書のような小説を読むことは非常に有益でした。



▼▼▼「オールド・テロリスト」村上龍
http://amzn.asia/i4L4SMS

私は村上龍の長編小説はほとんどすべて読んでいます。
これまで「ベスト」は、
「コインロッカー・ベイビーズ」か、
「半島を出よ」か、
「希望の国のエクソダス」か、
「愛と幻想のファシズム」のいずれかだと思っていました。

この「オールド・テロリスト」は、
純粋に面白さだけで言えば、
もしかしたらこれらを凌ぐかもしれないと感じました。
とかく村上龍のファンというのは過去作品を美化する傾向にあり、
「村上龍はもう長編を書くエネルギーがなくなってしまった。」
「彼はもう終わった。」
などの批判的な声がネット上にも散見されますし、
私も「半島を出よ」を最後に、
長編小説の著者としての彼は、
もう面白いものが書けなくなってしまったのか、
と思った時期もありました。

しかし、「オールド・テロリスト」はすごかった。
「まだこれほどのものが書けるのか」と驚きました。
タイトルのとおり老人たちがテロリストとなる話しなのですが、
彼らが語る「日本近現代史」はリアルであり、
そして今の日本はやはり「彼らが作ってきた日本」だったのだ、
と再認識させられます。

何よりエンターテイメントとして優れており、
序盤からいきなり「もっていかれ」、
その緊張感が弛むことなく最後までピークのまま読ませます。
さらに、村上龍の小説独特の、
「ドラッグ・セックス・バイオレンスの過剰」うち、
最初の二つは殆どなくなり、バイオレンスすらも、
必要最小限しか描かれていません。

なぜか世間的にはあまり注目されていませんが、
村上龍の最高傑作の一つであるのは間違いないと思っています。



▼▼▼「黒い家」貴志祐介
http://amzn.asia/dDwnxnS

最後のこれは読む人を選びます。
ホラーとかグロテスクとかが苦手で、
犯罪映画を観た夜は寝れなくなる人は読まない方が良いです。
私はそういったものにさほど影響を受けませんから、
小説内で人体切断の描写が出てきて、
「おぉぉーー、こえーーー!!」
と思いながら本を閉じた次の瞬間、
魚と卵かけご飯を食べながら
テレビでアメトーーークを観て大笑いできます。

そういう人には自信をもってお勧めします。

ジャンルで言うと「サイコホラー」に属しますが、
心霊現象とかお化けが出てくるわけではありません。
「サイコパス」がテーマです。

貴志祐介は伊藤英明主演で映画化された、
「悪の教典」の作者でもあるのですが、
「サイコパス」を描くのがめちゃくちゃ上手です。
「サイコパス」とは人の気持ちが分からない人格障害のことで、
彼らには罪責感がないので、
自分がドーナッツが食べたいときに、
目の前にドーナッツを持った人が現れたとして、
「こいつを殺してドーナッツ食べたいなぁ」と心から思っています。
殺さないのは面倒なのと警察に捕まるのが嫌だからであって、
罪責感があるからではありません。
「本当は死んでくれたらいいんだけどなぁ」と、
本心から思っています。

ある種のサイコパスは知能指数が非常に高いですから、
本当に人を殺して自分の欲しいモノを手に入れ、
なおかつ自分は罪をかぶらないように細工して、
犯罪を重ねる人もおり、
「シリアルキラー」と言われる世界中の連続殺人者の多くは、
こういった「サイコパス」の症例です。

私は「サイコパス」にわりと興味があり、
実話ものもフィクションものも含めると、
20冊はくだらない「サイコパスもの」を読んできましたし、
10本以上の「サイコパスが出てくる映画」も観てきました。

結論として「黒い家」に出てくるサイコパスを超える恐怖は、
味わったことがありません。
楽しそうにサイコパスを語る私を、
「ヤバイ趣味」と思われるかもしれませんが、
サイコパスを知ることで学べる大切な真理があります。

それは、
「世の中には怖いものがたくさんある。
 幽霊、戦争、放射能、新型ウィルス、貧困、犯罪、、、。
 、、、しかし、世界でもっとも怖いものは『人間』である」
という真理です。

「人間の中に巣喰う悪」に比べれば、
幽霊なんて鼻くそほども怖くありません。
そして同じ人間のひとりとして、
その「悪」は自らと地続きです。
「自分が一番怖い」ということを本当に知った時、
私は世の中のほとんどすべてのものが怖くなくなりました。

いや、本当に。




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【Q】結婚前に読むべきオススメの本は?

2018.03.08 Thursday

+++vol.030 2017年9月19日配信号+++

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
■2 Q&Aコーナー

皆さんからお寄せ頂いた質問にお答えするコーナーです。

日頃の悩み、疑問、今更誰かに聞けないギモン、、、、
質問の種類は問いません。お気兼ねなくご質問をお寄せください。
ご利用は下記に基づいてご利用いただけると幸いです。

【Q&Aについて】
▼全てのご質問にお答えすることはできません。予めご了承ください
▼いただいたご質問は、ブログ・FVIメディアルームに掲載される可能性があります
▼本名での投稿の場合は「ペンネーム:無し」となります
▼必ず下記フォームからご質問を送信ください

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ご協力宜しく御願い致します。

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陣内俊への要望やメルマガの感想、激励などももちろん大歓迎です!

::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::

●【Q】結婚前に読むべきおすすめの本は?

ラジオネーム:ショウ(男性)
お住いの地域:静岡県

Q.
はじめまして、浜松の教会に通うクリスチャンでショウと言います
いつも楽しく、そして考えさせられながら、読んでいます
毎週のメルマガを通して、自分の中でも
疑いながら考える癖を持つことが出来てきました

今回は質問があり、メッセージ送らせて頂きました
私は来年3月にクリスチャン女性と結婚する事になりました
以前俊さんが紹介してくださった、
YouTubeのメッセージも面白かったですが
他に結婚を前にしてのアドバイスや本の紹介をして頂けると嬉しいです

よろしくお願いします


A.

ショウさん、来年3月にご結婚されるとのこと、
まずはおめでとうございます。
2人のご結婚の祝福を心よりお祈り申し上げます。

そして、ご質問ありがとうございます。
メルマガに関してさまざまなフィードバックをいただくなかで、
「疑いながら考えるクセを持つことができました」
というフィードバックは一番嬉しいかもしれません。

先週のオープニングトークでも少し触れましたが、
このメルマガの狙いの一つは、
「批判的に考えること」「複数の視点で物事を見ること」
が、毎週読むことによって習慣化されていくことだからです。
書く私自身も自分の思考を言語化する過程で、
「批判的に考え、複数の角度からものを見る」ということを、
いちばんに意識して書いていますので、
読者の皆様と共に「批判的思考力」を鍛えるというのが、
このメルマガの隠れた狙いです。

言及してくださったのは、
こちらの動画ですね。

▼参考動画:「結婚前の信仰者が知っておくべき恋愛・結婚に関する25のこと」
https://youtu.be/m9T1C7ug9CY

ちなみにこちらの動画は昨年の春に愛知県の教会の中高生会のために、
私と妻が話したセミナーを動画にしたものです。
そのときの参加者は8人(ぐらい)でしたが、
この動画の再生回数は1,200回を超えています。

8人に向けて話した話しが1,000回以上視聴されているのです。
FVIのYouTubeチャンネルは2015年に開設しましたが、
情報拡散のレバレッジ(てこ)の力を実感しております。
今後もYouTubeチャンネルは充実させていきたいと思っていますので、
是非チェックしておいてください。

、、、結婚を前にしてのアドバイスや、
おすすめの本を教えてくださいというご質問についてですが、
私の結婚の役にたったいくつかのアドヴァイスと、
役に立った何冊かの本をご紹介いたします。

まずはアドヴァイスから。

結婚前、たしか2011年にアメリカに行った時、
私はダロー・ミラーという方とお会いしました。
彼は私たちのNGO「声なき者の友の輪」と同じような働きを、
20年前から米国を本拠地に世界各国で行っている、
Disciple Nations Allianceという団体の創始者のひとりで、
「聖書的世界観」というテーマをライフメッセージとして、
「預言的」な働きをしている人です。
現在の私の思考を形成している原因のひとりと言えます。

▼参考リンク:Disciple Nations Alliance
http://www.disciplenations.org/

2008年に香港で彼に始めて会った時、
私が5分ぐらい英語で話したスピーチを聞いて、
「君は良い質問を問うている。
 問い続けろ。
 そして考え続けろ。
 疑問を抱き考えるのを止めてはいけない。」
と励まして下さいました。

その数年後の2011年にアリゾナでダローと話した時、
なかなかこんな機会はないと思い、質問しました。
「結婚生活を良いものにするために、
 大切なことは何かありますか?」と。

するとダローはこう言いました。
世間は「50:50」とか、「give and take」というが、
それでは上手く行かない。
結婚生活では正しい比率は「100:0」だ。

つまり自分が「0」で、
相手が「100」。
これで丁度良いんだ、というわけです。

この言葉は本当だと思います。

人間というのはみな、
「自己中心バイアス」を持っています。
自分の口の中の唾は汚いと思わないけれど、
シャーレの上に吐いた唾は汚いと感じる。
これは生理学的なレベルの、
「自己中心バイアス」です。
同じ物質であっても、自分の中にあるものはきれいだ、
という脳の認知バイアスが働いているわけです。

だから人間は、
「自分がしてあげた良いこと」や、
「自分がされた迷惑なこと」はいつまでも忘れず、
「自分が他者からしてもらったこと」や、
「自分が他者に迷惑をかけたこと」は、
きれいさっぱり忘れてしまいます。

だとするなら、
「50:50だな」と自分が感じているとしたらそれは、
確実に自分が迷惑をかけた分量が多く、
相手が我慢した分量が多いはずです。

「100:0だな」と自分が感じているときにはじめて、
客観的なレベルで「50:50」なわけです。
それでようやく維持できる。
それが夫婦関係だ、とダローはあのとき、
若い日本人の私に教えてくれたのです。

ですからここでのアドヴァイスは、
「相手がお姫様で自分が給仕だと思って仕えましょう」
ということになります。

聖書にも「キリストが教会に自身を捧げたように」
夫は妻を愛するべきである、とあります。
キリストが教会にしたことは「100:0」です。
ダローのアドヴァイスはだから、
まったくもって聖書に即していたのです。


もうひとつのアドヴァイスは、
「一緒に祈る」ということですね。
「一緒に祈る夫婦は離婚しない」
というのは統計的にも現れています。

以前私はこのことをブログに書きましたので、
以下に引用します。

〈聖書の真理は、
「教会用語」を使わずに説明可能である、
というのが、ぼくの一つの信念になっています。

リック・ウォレン牧師も、
ぼくに同意してくれるでしょう。
彼のメッセージにも、
専門用語は一切出てきません。
彼は山程の専門用語を知っているはずなのに。
そのリックのメッセージを聞いていて、
最近驚くべき統計に出会ったので紹介します。

アメリカでは、
すべての結婚のうち、
2.5組に1組が離婚に終わるそうです。
ここまではまぁ、
「そうだろうな。」
という話です。
何度も聞いてきた話です。
日本もその後を追っているので、
そこまで変わらない数字だろうと思います。
この統計に、
ひとつの条件を付け加えます。

「教会の礼拝で出会ったカップル」
という条件を加えると、
離婚の確率は一気に下がります。

「50組に1組」
というのがその割合です。
この統計に今度は、
もうひとつ条件を付け加えます。

そのカップルが、
毎週礼拝に一緒に出席し、
定期的に一緒に聖書を読み祈る、
という習慣を有していた場合、
この統計はどうなるか。

そのようなカップルが離婚する確率は、
「1,050組に1組」
だそうです。

驚きの数字です。

ぼくは自分が経験したことしか話せませんが、
夫婦が共に神を敬い、
自分の人生を神に捧げている場合、

その結婚は、
本当にすばらしいです。
筆舌に尽くしがたい。

「神なき世界」に、
「素晴らしい結婚」を想定するのは、
土台からして難しいとぼくは考えます。

結婚という制度を設計したのが神だから、
当然、そうなのです。
このためだけにでも、
クリスチャンになる価値がある、
とぼくは思います。〉

、、、いかがでしょう。
統計によると日本の平均的な夫婦が離婚する確率は、
3分の1です。

一方、アメリカの統計になりますが、
「一緒に祈る習慣のある夫婦が離婚する確率」は、
1,000分の1以下です。

一緒に祈らない理由が見つかりません。
けっこう重要なのは、
「結婚前から」一緒に祈る習慣を持つことです。
結婚して2年ぐらい一緒に祈る習慣がなく、
突然「じゃあ祈ろうか」と言っても難しいです。
照れてしまいますから。

付き合ってる時からできないことは、
結婚してもできないですから、
今からやっておくことをおすすめします。


、、、さらに、「おすすめの本」ですが、
3冊ご紹介します。

まず一冊目は、
「『なんでわかってくれないの?』と思った時に読む本」

▼参考リンク:「なんでわかってくれないの?」と思ったときに読む本
http://amzn.asia/bInAguA

これは妻と私が交際期間中に、
二人で読んで学んだ本です。
正確にはこの本に私が出会ったのは、
28歳のときであり、
妻と出会い付き合い始めたのが33歳のときですから、
5年前に私が読んで良かったと思ったコミュニケーションの本を、
二人で学びなおした、ということになります。

著者はトーマ・ダンサンブールという、
たしかデンマークの人で、
心理学の大家、カール・ロジャースの弟子です。

で、この本は本当におすすめで、
夫婦関係にかかわらず、あらゆる側面における、
「コミュニケーション」に役立ちます。
この本に書かれていることを実践すると、
仕事にも夫婦関係にも親子関係にも良い影響が及びますし、
また、「自分という人間を知る」ためにも役立つツールです。


2冊目は、「愛を伝える5つの方法」です。
これも結婚以外にも役立つ本でおすすめです。

▼参考リンク:「愛を伝える5つの方法」ゲーリー・チャップマン
http://amzn.asia/27hm59P

この本には、「人間はそれぞれに愛の言語を持つ」
ということが書かれています。
私がドイツ人に「愛している」と言っても伝わらないわけで、
「イッヒ・リーベ・ディッヒ」と言わなければ伝わりません。
逆に火星人が(もしいたとして)私に、
「愛している」という意味の超音波を送ってきても、
人類である私の鼓膜は感知することができません。

同じことが私たちの日常にも起きている、
というのがチャップマン氏が言っていることです。

愛の言語には5種類ある、と彼は言います。
1.肯定的な言葉
2.スキンシップ
3.贈り物
4.質の高い時間の共有
5.奉仕の行為
の5つがそれです。

Aさんの愛の言語が「贈り物」だとして、
Aさんに対して「すごいねー」と褒めても、
公園ピクニックに誘っても、
肩をもんであげても、
さほど嬉しくないかもしれない。
Aさんには「サプライズプレゼント」が一番嬉しいからです。

逆にBくんの愛の言語が「質の高い時間の共有」だった場合、
Bくんに洋服をプレゼントしても、
「すごいねー」と褒めても、
さほど嬉しくないかもしれない。
Bくんには、「公園で一緒にボートを漕ぐ時間」が、
もっとも嬉しい愛の行為だったりします。

問題なのは人というのは、
「自分だったら嬉しいこと」をしがちですから、
AさんとBくんが付き合った場合、
Bくんは公園ピクニックに誘いがちですし、
AさんはBくんにマフラーをプレゼントしがちです。

お互いの「愛の第一言語」が違いますから、
二人の「愛の行為」は最大の効果を挙げられないわけです。
オー・ヘンリーの短編に「賢者の贈り物」という有名な話しがありますが、
お互いの「贈り物」同士がすれ違い続けると、
「愛情貯金」の目減りが激しく貯蓄の効率が悪いです。

お互いの「愛の第一言語」を知ることが、
とても大切だよ、というのがチャップマン氏の主張です。
この本には「あなたの愛の言語」の、
「第一言語」と「第二言語」は何か、
ということを診断するチェックリストもついていまして、
もし読んでいなければ非常におすすめの一冊です。


最後は内田樹さんの「困難な結婚」。
こちらは以前にメルマガでも紹介したことがあります。
たしか「先週読んだ本」の中だったかな。

この本のメッセージはただひとつ。
「結婚とは困難ベースだ」ということです。

▼参考リンク:「困難な結婚」内田樹
http://amzn.asia/f2vTcww

、、、何カ所か引用します。

→P23-24 
〈だって、婚前にはどのような厳しいハードルをクリアーした人でも、
結婚後もその条件を満たし続ける保障がないからです。
「年収2000万円以上の人」というような条件で結婚相手を絞った場合、
ある年度にはその条件をクリアーしても、
それが次の年も続くかどうかは分かりません。
、、、そのときになって年収が急減したからと行って
「こんなはずじゃなかった」って言っても始まらない。
「あなた、病気になって収入が減ったなんて、約束と違うじゃない。
じゃあ離婚しましょう。」というようなことは言えません。
だって、話は逆だから。
病気になったり、失業したり、
そういう困難に直面したときに支え合うために人間は結婚するからです。〉

→P30 
〈いいですか、勘違いしちゃ駄目ですよ。
配偶者を選ぶときに絶対に観ておかなくちゃいけないのは、
「健康で、お金があって、万事うまく行っているときに、
どれぐらいハッピーになれるのか」のピークじゃなくて、
「危機的状況の時に、どれぐらいアンハッピーにならずにいられるか」
その「危機耐性」です。〉

→P241 
〈自分自身の人生が楽しいと、倦怠期は起きても、
それほど致命的なものにはなりません。
「倦怠している」人たちというのは、
ある種の自己倦怠を病んでいるからなのです。
自分で自分のありようにうんざりしている。
、、、他者に対する好奇心は、自分に対する好奇心に相関する。
これは指摘する人があまりいませんけれど、とてもたいせつなことです。
自分の中にどんな「未知の資質」が眠っているのか、
「未開発の資源」が埋蔵されているのか、
それに対して真剣な好奇心を抱いている人は、
まわりの人に「飽きたり」しません。
だって、自分が変わるごとに
目の前にいる他者の顔のありようも一緒に変わるからです。
自分が変われば、世界が変わる。そういうものなんです。〉

→P262 
〈結婚しているのに他の人を好きになっちゃったのですけど、どうしましょう
というような寝ぼけた質問をしてくる人に僕が申し上げたいのは、
そういう薄っぺらなことを平気で口にできるような人は、
元々結婚生活向きじゃないと言うことです。 
別に結婚しなくても良いじゃないですか。
誰を好きになっても、誰とセックスしても、
誰からも文句言われない気楽な生き方をすれば良いじゃないですか。
なんで「その上」結婚までしたいんですか?
僕にはそれがわからない。
結婚というのは最初に申し上げましたように
「病めるとき、貧しいとき」に
一気に路上生活者に転落しないためのセーフティーネットです。
安全保障です。
相手が病めるとき、貧しいときに支援するという
「社会契約」を取り結んだことによって、
相手もあなたが病めるとき、
貧しいときにお支えしますという事になっている。
、、、いいですか、ここが肝腎なんです。
自分が落ち目の時、です。〉

、、、引用しながら改めて気付きましたが、
P241の「倦怠とは自己倦怠である」は名言ですね。

私たちは何かに飽きるとき、
それは飽きている対象に飽きているのではなく、
その対象に向き合う自分自身に飽きているのです。
よって仕事でも結婚でも趣味でも、
「それによっていつまでもどこまでも、
 新たな自分を発見出来る」という才能のある人は、
「飽きることを知らない」人です。

仕事がとてつもなくできる人や、
結婚生活をいつまでも新鮮な気持ちで楽しめる人、
友情や絆をどこまでも深められる人というのは、
「自己探求力」のある人なのだというのは至言ですね。

「結婚は自分がイエスに似るためのファーム」だというのは、
私の中の結婚の定義のひとつですが、
この話しともどこかでつながっています。


おまけでもうひとつ。

2012年に結婚して間もないときに、
妻と私は札幌の教会が主催する、
「マリッジコース」という、
夫婦関係改善のための宿泊セミナーに出席しました。

これが非常に良くて、
ここで学んだことは今でも「生きて」います。
先ほど紹介した「愛を伝える5つの言語」もコースに含まれていましたし、
ここで習った「マリッジタイム」という夫婦の時間を定期的に取る、
という習慣は今も続いていて、結婚を豊かなものにしています。

▼参考リンク:グレースコミュニティ「マリッジコース」
http://grace-community.or.jp/marriage/

、、、さすがに札幌まで行って参加するのは難しいかもですが、
こちらから動画を見られます。

御参考に。





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【Q】働いてみたい企業

2018.02.15 Thursday

+++vol.027 2017年8月29日配信号+++

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
■3 Q&Aコーナー

皆さんからお寄せ頂いた質問にお答えするコーナーです。
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質問の種類は問いません。お気兼ねなくご質問をお寄せください。
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●【Q】働いてみたい企業2位〜5位

ラジオネーム:トリッキーファウラー(男性)
お住いの地域:愛知県


Q.

こんにちは、トリッキーファウラーです。
いつもメルマガありがとうございます。
とても「刺激的で」毎回楽しみにしています。

さて、唐突ですが本題です。
ぼくだけではないかもしれませんが、
「カロリーハーフ」の「能力があれば働いてみたい企業はありますか」
に出てきた第2位〜5位の詳細が気になっています。
特に第5位の「琉球大学」。
ぜひきいてみたいと思ったので、
機会があればよろしくお願いします。


A.

こちらの記事ですね。

▼参考記事:「能力があれば働いてみたい企業」
http://blog.karashi.net/?eid=194

、、、今後質問コーナーなどで、
過去記事に関する質問が来たときは、
その都度「アーカイブブログ」に、
先行アップロードしていきたいと思っています。

過去記事なんて読んでる暇ねーよ、
という人がほとんどだと思いますので、
どういった記事だったかと言いますと、
オープニングトークの「質問カード」で、
「能力があれば働いてみたい企業は?」
という質問が出たわけです。

その私の答えは、
1位が北海道の六花亭、
そして2位以下については説明を端折りました。
(今日と同じですね笑)
私はどうやら文章については「尺が読めない」みたいです笑。

最後の所だけ引用します。

〈、、、さて、5つ挙げたのですが、
ここで説明する脳の活力が枯渇しましたので、
2位から5位までは、説明は割愛し、
列挙するにとどめます。
2.十勝毎日新聞社(帯広)
3.キングジム(またはコクヨ)(東京都)
4.YKK(富山県)
5.琉球大学(沖縄県)
、、、という感じです。
説明が中途半端ですが、
以上!!〉

、、、なんて不親切な終わり方なんだ、
と我ながら思いますよね。

トリッキーファウラーさんがご質問してくださいましたので、
2位以下の理由について説明していきたいと思います。



▼2位:十勝毎日新聞

私が6年間大学生時代を過ごした帯広で、
朝日、読売、産経、毎日、日経の5大全国紙よりも、
もうひとつの地方紙の北海道新聞よりも、
圧倒的なシェアと影響力を誇っていたのが、
「十勝毎日新聞」でした。

通称「かちまい」。

よく、
「世界的なニュースが駆け巡った日も、
 阪神の負けを報じるデイリースポーツ」
などと揶揄されるように、
デイリースポーツはブレない報道をすることで有名です。
サッカーワールドカップで日本代表が勝ち星を挙げた翌日、
すべてのスポーツ紙の本田圭介でしたが、
デイリースポーツの一面だけは、
「阪神の選手が結婚!」だったりしますから笑。

全国紙とデイリースポーツの一面が同じになったとしたら、
それは本当に、「真正の」全国ニュースなのだ、
ということを「時事芸人」のプチ鹿島さんも指摘しています。

▼参考リンク:「芸人式新聞の読み方」
http://amzn.asia/g1cJVOQ

、、、で、十勝において、
常軌を逸した講読率を誇る「かちまい」もまた、
「ぶれない」新聞なのです。

私は大学を卒業してから十勝地方に何度か訪れていますが、
そのときのひとつの楽しみは、ビジネスホテルのロビーや、
たまたま入った食堂などで、「かちまい」を読むことです。

最近私が覚えている「かちまい」の一面は、
「音更でトラクター展開催!」でした。

紙面には「ジョン・ディアー」やら、
「●●馬力で●●気筒のエンジン」が、、、やら、
推進方式がなんだらかんたら、、やら、
農業の専門用語がずらりと並んでいます。

ちなみにその頃、
重要な国家首脳が集まる国際会議が開催されていて、
全国紙の一面は当然そちらを報じていますが、
「かちまい」はぶれません。
十勝人にとってはどこか遠い世界の動向より、
トラクターの挙動のほうがたいせつなのです。

この「地元への振り切り」っぷりがすごくて、
古き良きローカル紙の郷愁をたっぷりのこした、
「かちまい」の記者をやったら、
きっと楽しいだろうなぁと、
1年に一回ぐらい思うことがあります。

、、、十勝に住めるし。

▼参考リンク:十勝毎日新聞社
http://kachimai.jp/



▼3位:キングジム(次点でコクヨ)

▼参考リンク:キングジム
http://www.kingjim.co.jp/

いまの時代、文房具のマーケットというのは、
生き残るのが非常に難しい分野です。

思い出してみれば、
職員室の向かいにあった小学校の「購買」で、
「学校認定のはさみ」を買ったとき、
確かその価格は600円とかしていました。

「なんという値段!」
と今は思いますが、
私たちの文房具の値段の常識を破壊したのは、
そう、「ダイソー」です。

かつて文房具専門店で、
500円から1,000円の間で買っていた文房具、
つまりハサミ、ホッチキス、分度器、パンチャー、
セロテープ、ボールペン、色鉛筆、、、
といった商品群の、「底値」が、
ぜんぶ「108円」になった。

しかも百均のハサミの切れること切れること、、、。

文房具メーカーにとっては悪夢です。
そのような時代にも生き残っている文房具メーカーというのは、
やはり生き残るだけの理由があるのです。

「キングジム」はそういった文脈で、
よく引き合いに出される企業です。
この会社は社員から出たアイディアを、
ほとんど「稟議にかけずに」荒削りの状態で商品にしてしまう。
「会議に次ぐ会議、決済に次ぐ決済」こそが、
イノベーションの最大の障害だということを、
多くの日本企業は認識しています。

地方自治体が時々打ち出す、
「死ぬほどダサい地域おこしイベント(ゆるキャラ込み)」を、
よく私たちは目にするのですが、
あれの戦犯は職員のセンスのなさではなく、
「役所の決済規定」にあります。

多くの組織はそれに気付いていて、
もっとボトムアップでイノベーションが起こるよう、
努力はしているのですが、なかなかそこから脱却できない。
「明日会社がなくなるかもしれない」という危機感がなければ、
そこまで大胆な組織改革はできないからです。
もっとも厳しい文房具メーカーにいるキングジムは、
大胆な組織改革によりイノベーションを殺さない工夫をしました。

▼参考リンク:キングジムのイノベーション
http://news.mynavi.jp/articles/2012/09/25/kingjim/

具体的にどうやってるかというと、
彼らは製造業の定石である「市場調査」をしません。
「ない市場」を作ることを目指しているからです。
「ない市場」を調査することに意味はありません。
かつてヘンリ・フォードが、
「なにが欲しいかと顧客にたずねていたら、
『足が速い馬』と言われたはずだ」
と言ったという話しがありますが、
「自動車」を観たことがない人は、
「より速い馬」しか思い描けないのです。

彼らは「自分だったら使いたい文具」を、
次々と商品化します。
そのうち10分の1が大ヒットすれば、
十分収益を上げられる、
という大胆なビジネスモデルです。

キングジムで最も有名な商品は、
一定規模のオフィスになら必ずある「テプラ」です。
、、、で、最近のヒットだと「ポメラ」ですね。

▼参考リンク:ポメラ
http://www.kingjim.co.jp/pomera/

これは、パソコンから
「文字を入力するという以外のすべての機能」を、
そぎ落としたマシンです。
パソコン、スマホ時代の敢えての
「ワープロへの回帰」です。

ね?

とんがってるでしょ?

製造業はすぐに「足し算」をしたがるクセがあるのですが、
引き算にこそ答えがあった。

現にこの「ポメラ」は、
執筆を仕事にする人のなかでじわじわと支持され、
多くの作家が愛用を公言しています。
じつは私もこれのひとつ前の型を所有していまして、
ブログ記事をこれで書いたりしています。

これの良いところは、
執筆以外何もできないところ。
パソコンならば集中力が切れたときに、
ネットサーフィンしたりメールチェックしたり、
YouTubeで動画を見始めたり、、、という誘惑があるのですが、
ポメラはストイックにアウトプットする以外何もできません。

こういった「とんがった商品」を作る製造業の企画部って、
相当に楽しいだろうな、と私は時々夢想するのです。
文具業界は特に面白いものが出てくるサイクルが短いので、
けっこう刺激的なのでは、、、と想像します。



▼4位:YKK

富山県にある超有名企業です。
ファスナー業界では、
国内の95パーセント、世界でも45パーセントのシェアを誇ります。
つまり世界中のファスナーの二つにひとつが富山のYKKの製品なのです。
すごくないですか?
あと、YKKはファスナーだけでなく、
窓やサッシなんかも作っています。

最近、義理の兄と話したとき、
じつは今の日本の(クオリティ・オブ・ライフという意味で)
「真の勝ち組」というのは、地元の進学校を卒業し、
地元の国立大学を卒業し、
地元の優良な製造業の大手に就職した人なのでは、
という話しで意気投合しました。

下手に(というと語弊がありますが)東大とかに入ってしまい、
迂闊に(というと語弊がありますが)、
一種国家公務員(官僚)なんかになってしまったりすると、
仕事は激務だし、官舎はボロいし、
若いときは地方公務員より薄給だし、
ストレスで病気になる確率も高いし、
転勤も多いし、家族はそのせいで疲弊するし、、、
というような状況です。

獣医師にも数は少ないですが国家公務員一種に合格し、
農林水産省で働く同級生や知り合いがいますが、
本当に、かわいそうになるぐらい大変そうです。
彼らがエリートなのは間違いないけれど、
これが、はたして本当に幸せと言えるのだろうか、
というわけです。

官僚嫌いのマスコミや、
反体制がポジションになってしまっている人は、
絶対に認めないでしょうが、
日本という国は優秀な官僚によって
支えられているのは間違いない事実です。
彼らはある意味、
「ノブレス・オブリージュ(高貴なるものの責務)」
としてがんばってくれているわけで、
ただただ、頭が下がるわけです。

しかし、「本人の幸福度」でいうと、
地方の国立大学を卒業し、
地方の名士みたいな企業に就職した人というのは、
最強の勝ち組なのではないかと思うのです。

豊かな自然があり、
都会のストレスにさらされず、
地元の国立大学というのは地方では「絶対的存在」ですし、
地元の優良企業もまた地方では尊敬されます。
物価を換算すれば、東京の一流企業の年収1,000万よりも、
地方の優良企業の年収600万円のほうが価値があると、
言えなくもない。

だって家賃からして、
倍ぐらい違うのですから。

そんな「日本で幸せに暮す理想のキャリアパス」の、
ひとつのモデルケースが、富山大学→YKKなのでは、
とイメージしたのです。

「俺たちの会社がなかったら、
 世界中の男の社会の窓は開きっぱなしだ」
というのは仕事をする「誇り」を、
このうえなく与えてくれることでしょうし。



▼5位:琉球大学

琉球大学は、
まず沖縄で生活してみたい、
という不純な動機がいちばんです笑。
沖縄の海にはそれほどの訴求力があります。
「この海を観ながら暮らせるなら、
 今の生活なんてどうなってもいいな。」
と思わせる何かがある。

沖縄への本州からの移住者は後を絶ちませんが、
だいたいそういう理由です。

、、、で、沖縄で私が仕事をするとなると、
獣医師として豚の診療をするか、
もしくは大学教授になるか、
ぐらいしかないのでは、、、と思ったのです笑。

スキューバダイビングできませんし、
ペンション経営みたいな才能はゼロです。
(そもそも経営者の才覚はゼロです)

じっさいに教えられる資質があるかどうかは別として
大学で教えることは興味があります。
弟が大学で教えていますし、
なんか「気質的」なものとして、
私は「良い製品を作る」だとか、
「一つの分野を追求する」ことに向いているようです。
私は「モグラ」なのです。

掘って掘って掘り続けるのが好きで、
関心の対象を「拡げる」ことに興味がありません。
だから経営者にはまったく向かないし、
社交も嫌いなので政治家にも向かない。
「誰の役に立つかも分からないようなこと」
を、ひたすらに考えたり対話し続けたりするのが好きです。
私はたぶんソクラテスの子孫なのです笑。

あと、私が琉球大学に関心がある理由は、
じつは、海「だけ」ではありません。
沖縄って、学問的にと言うか、
思想的に面白そうだな、
と前から思っているのもあります。

沖縄って、日本文化のようでいて、
じつは日本文化ではない。
少なくとも「大和」文化ではない。
だから沖縄の人は本州の人を、
「大和人(やまとんちゅ)」と言います。
自分たちのアイデンティティと、
大和人のアイデンティティが同じだと、
沖縄の人たちは思っていない。

(無知な)本州の人は「沖縄も日本だろ」と言いますが、
彼らにとってその言説はそう簡単に受け入れられない。
沖縄の歴史を知れば「それはそうだろうな」と思います。
何度、沖縄が日本に捨てられてきたか。
殴ったほうは痛くないですが、
殴られた方は痛みを忘れることができないのです。
何が言いたいかというと、
「沖縄人が考える沖縄人」と、
「沖縄以外の日本人が考える沖縄人」は、
じつは別々のものです。
認知が非対称なのです。

彼らには彼らの思想があります。
それがとても興味深い。

「文体は思想そのもの」です。
日本の俳句は「575」ですが、
沖縄の歌は「8886」だそうです。
「8886」を理解できなければ琉球の内在的論理を理解できない、
と久米島にルーツを持つ佐藤優氏は指摘しています。

今上天皇は「8886」の琉歌を学んでいたそうですが、
きっとそれは先の戦争で日本が沖縄の人にもたらした哀しみの責任を、
天皇家が今も深く感じ続けていることの現れでしょう。

ひるがえって自民党の議員や菅官房長官を観るとき、
彼らが「8886の論理」を理解しているようには見えません。
理解する意志があるようにすら見えない。

、、、沖縄を学ぶと、
あるいは「琉球大学から沖縄のメガネで」何かを学ぶと、
日本というものが、あるいは世界というものが、
より立体的に見えてくるのではないだろうか、
という強い知的好奇心が私にはあります。



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【Q】会議での発言について

2018.02.08 Thursday

+++vol.026 2017年8月22日配信号+++

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■3 Q&Aコーナー

皆さんからお寄せ頂いた質問にお答えするコーナーです。
日頃の悩み、疑問、今更誰かに聞けないギモン、、、、
質問の種類は問いません。お気兼ねなくご質問をお寄せください。
ご利用は下記に基づいてご利用いただけると幸いです。

【Q&Aについて】
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●【Q】会議での発言について

ペンネーム:まる(女性)
お住いの地域:山梨県

Q.

陣内さんこんにちは!
いつもメルマガを楽しく読ませていただいています。
今回は、
「参加メンバーとして、会議の雰囲気をよくする方法」
を知りたくてメールしました。

私は司会とか事務局でなく、参加メンバーとして
会議に参加することが多いのですが、
一部の人しか話さなくて他の人は沈黙・・・とか、
きつい言い方をする人がいて会議が緊張感に包まれる・・・
などのときに、もうちょっと柔らかく、
前向きな雰囲気に持っていけたらいいなぁと
思うことがあります。

それで、自分はできるだけ穏やかに、
積極的に発言しようと思っているのですが、
発言しているうちに緊張してしまい、
より会議の緊張感を高めてしまっている気がします!

そこで、いろいろな会議やミーティングに
参加したことがあると思う陣内さんに質問なのですが、
会議の雰囲気をよくするために気をつけていることとか、
こんな発言で会議が和んだとか、あるでしょうか。
アドバイスをいただきたく、よろしくお願いします!


A.

まるさん、ご質問ありがとうございます。
ご質問いただいてから、
この問題について考えをめぐらした結果、
背後に膨大な裾野が広がる大ネタだということに、
徐々に気付いてめまいがしました。

「膨大な問題」というのはまるさんのことではなく、
「抽象思考や論理的思考」を得意としない、
日本の文化と教育の根本的なところにあります。

キリスト教会だろうが社会一般だろうが学生同士だろうが、
私はこれまで膨大な数の「会議」に参加してきましたが、
その分野や文脈にかぎらず端的に言って、
日本人というのは会議が「ド下手くそ」です(失礼)。

なぜかというと、
日本人のなかに脳内にロジックツリー(論理の樹形図)を、
作りながら話す論理的思考を得意とする人がいないこと、
「ルールよりも空気が支配する」日本の文化、
「具体と抽象」の違いを意識しながら話せる人が少ないこと、
「会議の目的と終了時間」がまず最初に措定されていないこと、
などなど山ほど理由はあります。

そして、会議というのはMC(司会進行役)の力量に左右されますから、
日本人のなかに10人に1人(以下)いる、
論理的思考が得意な人がその会議に「参加している」
だけでは不十分です。
その人が進行役をしていなければ、
会議はだらだらと長いだけで中身のないものになるでしょう。

会議の目的は「情報の共有と合意形成」です。
この目的をバシッと押さえ、
ゴールを設定し、終了時間を意識し、
とりとめもない会話がだらだらと長く続かないようにし、
ロジックツリーでいう「枝葉」の話しからつねに「幹」に戻し、、、
ということができる人が司会進行をすると、
会議は充実したものになりますが、
そのような技術を持った人は、
はっきり申しまして多くありません。

ですから、
まるさんがMCになられた場合どうしたら良いですか、
という質問でしたら、「論理的思考力を養うこと」
というのがその答えになります。

そのための良書を2冊ご紹介しておきます。

▼参考リンク:「論理トレーニング」野矢茂樹
http://amzn.asia/41tZ82Z

▼参考リンク:「具体と抽象」細谷功
http://amzn.asia/gM5ZeM4


、、、しかし、まるさんの質問は「これ」ではありません。
参加者として会議をよくするために何ができるか、
というのがまるさんのご質問です。

正確には「場を和ませたり雰囲気を良くする」ために、
参加者として何ができるか、ということですが、
「何か面白いことを言う」というのは答えにはなりません笑。
会議にとって有益な発言だからこそユーモアが生きるのであって、
「会議を円滑にし、議論を有意義にする有益な発言」
が安定してできてはじめて、ユーモアや「雰囲気を良くする」
といった対人感性力的な要素も生きてくるわけです。

、、、以上を踏まえたうえで、正直に申しまして、
会議の質は進行役によって8割以上決まってしまいますので、
参加者にできることはほとんどないのです(ないんかい!)。

、、、ですが、
即効性のある、「けっこう使える小技」を、
敢えてひとつだけご紹介します。

それは、
「とても普遍的な話しか、
とても具体的な話しのいずれかをする」
というテクニックです。

説明します。

たとえば会議の内容が、
そうですねぇ、
「教会として町内のために何ができるか?」
といったようなテーマだったとしましょう。

いろんな意見が出ると思います。
いちばん不毛なのは、
何かの提案に対して、
「それをするとこんな文句も出ると思う」
みたいな「減点方式」で、「欠落」を探していく行為です。
これをやり始めるとムダに長いだけの消耗戦になります。
関係ない思い出話を始めるとか、
過去の成功談を話し始めるなんていうのは論外です。

参加者としてとても大切なのは、
「普遍的な視点」と「具体的な視点」を持ち込むことだと私は思います。
たとえば「月に一回町内を清掃してはどうだろう?」
という提案に対して、先ほどの悪い例なら、
「じゃあ誰が担当するんだ?」
「警察の許可はどうするんだ?」
「ゴミ袋の財源はどうするんだ?」
みたいなのをバシバシ言うことです。

これはロジックツリーでいえば「枝葉」なので、
「やるかやらないか」を決めてから、
あとで実務担当者が詰めれば良い話しなのです。
複数の忙しい社会人を拘束してする話しではありません。
壮大な時間の搾取になります。

では参加者として「掃除をしては?」に対して、
どんな有意義な意見が出せるか?

まず「普遍的な視点を持ち込む」というのはその一つです。
「町内の清掃ってどうなの?」という話しから、
一気に「普遍」に振り子を振ってみるわけです。

たとえば、
「それって、聖書でいうとどういう意味になるのでしょう?」
と言ってみる。
そうしたら、創世記の2章に神は人間に、
「地を管理せよ」と言っているのだから、
掃除というのはそれの実践に他ならないのではないか、
という話しができる。

あるいはニューヨーク市のジュリアーニ前市長が実践した、
「割れ窓理論」という社会学説がある。
それによれば、落書きや落ちているゴミが減ると、
それに比例して窃盗やレイプなどの反社会的行為も減る。
だとしたら教会が町内の清掃をしているというのは、
目に見えぬ世界のゴミも拾っている霊的な実践なのではないか、
という話しができます。

こういった発言は会議の熱を高め、
「だとしたら同じ原則でこんな実践もあるかもしれない」
といった発想を広げる効果があります。

次に、逆に「具体的な視点を持ち込む」というのも、
会議において有意義な発言です。

先ほどの例ですと、
「町内のゴミ拾いを月一回する」案について議論しているとき、
「そういえば最近、
 この近所でコンビニの弁当の食べ残しを、
 まるごと道に捨てている大学生を見ました。
 そのとき、何か心のなかにゴミを捨てられたような、
 いやーな気持ちになって半日ぐらい尾を引いたのを思い出しました。
 逆に誰かが無償でゴミ拾いをしているのを、
 第三者が見たら、心の中のゴミを拾ってもらったような、
 さわやかな気持ちになるかも知れないですよね。」
といったような、自分の半径2メートルの話しをするのです。
そうすると、宙ぶらりんだった議論が「足下」に帰ってきます。
それによって議論が深まります。

つまり、議論がいま参加者の上空5メートルぐらいを、
ふわふわ浮いていると仮に描きまして、
参加者が「思い切り普遍的な話しをする」ことは、
大気圏外からその問題を捉えることに似ており、
「思い切り具体的な話しをする」ことは、
上空5メートルを浮いている話しを、
参加者の手もとに引き戻して手にとって眺めさせる効果があります。
両方とも議論の奥行きと幅を増やしますから、
会議に「熱量」を与えることになり、
会議の雰囲気を良くすることにも、
結果的にはつながります。

ちなみに今回の私の「回答」は、
「もっとも個人的なことは、もっとも普遍的なことである」
という、心理療法の大家、カール・ロジャースの言葉に、
ヒントを得ています。
個人的な体験と普遍的原則の間に橋をかけるのが、
心理カウンセリングだとしたなら、
会議というのは「集合的カウンセリング」なのかもしれません。
(これが「普遍的な話し」です。)

、、、御参考までに。




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【Q】芸人の「脱ぎ」について

2018.01.25 Thursday

+++vol.024 2017年8月1日配信号+++

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■3 Q&Aコーナー

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●【Q】芸人の「脱ぎ」について

ラジオネーム:ちょっちゃん(女性)
お住まいの地域:東京都

あまりにも馬鹿げた質問かな、
となかなか聞くに聞けなかったのですが、思いきって。

以前お薦めされていたアマゾンプライムビデオの「ドキュメンタル」ですが、
とても面白い!と思って見ていくうちに、みんなが下着を脱ぎ始め…。
女性だからなのか、個人的に「パンツだけは履いていて〜」と、
思います。汚い、と本能的に(すみません!)
嫌悪してしまいます。脱がないで勝負しろよー!とも思います。

森三中の大島さんが脱がなくて本当にほっとしました。
なぜにあんなに脱ぐのか…!
ただ、宮川大輔に関しては脱いでも許せます。
そしてアキラ100%は好きなのです。
男性は大体にして脱げば笑えるものなのですか??


A.

ちょっちゃんさん、ご質問ありがとうございます。
質問をいただいた瞬間、
「これは是非答えたい!」と思いました笑。

「ドキュメンタル」観られたのですね。
もうそれだけで親近感を覚えます。

、、、、さて、ご質問についてですが、
「これは是非答えたい!」と思ったあと数日間、
つらつらと考えをめぐらせていたのですが、
驚くほど名案が浮かびません(笑)。

芸人が服を脱いだり下ネタを言ったりするというのは、
じつは芸人としては「反則だし、かっこ悪い」ことです。
小学校2年生の男の子は、間が持たなくなったとき、
とりあえず「ウンコ!!チンコ!!」と絶叫しておけば、
30分ぐらい爆笑してくれます。

プロの芸人が下ネタや裸で笑いを取るというのは、
そのレベルまで自分を貶めるということですから、
本当はめちゃくちゃダサいことなのです。

それはプロの水泳選手が犬かきをしているようなものであり、
プロのスキーヤーが「ボーゲン」で滑っているようなものです。

、、、では、何故それでも芸人は脱ぎ、
芸人は下ネタを言うのか、
という問いがここで生じるのですが、理由は二つあります。

まず、
「プロの芸人が小学校2年生の男の子のレベルの笑いを、
本気で取りに行っている」というのは、
状況によっては「一周回って」、
めちゃくちゃ面白かったりするからです。

アキラ100%はまさにそれですし、
とにかく明るい安村もそうです。
今となっては飽きられて意味合いが変わりましたが、
初期の小島よしおなんかもそうですね。

ただ、芸人本人も、「自分は一周回った芸をしている」
という自覚がありますから皆、危機感は半端ないです。
あくまでも「王道の笑いという刷り込み」の裏切りとしての、
「裸というベタ」というカードを切っているわけですから。
いつかはそこから脱出しないと長くは芸人を続けられないことは、
本人がいちばんよく分かっているわけです。

裸芸とリズム芸はそういう意味では「危険な手札」で、
大きな大きなリスクを背負いながら、
芸人達はそれでもそこに手を出す。

何故か。

それでも、「まずは地上波に出ない」ことには、
レースへの出場権すら得られないからです。
スタート地点にすら立てない。
キャリア20年以上で、一度も地上波に出たことない芸人なんて、
いまどきゴロゴロいるわけです。
だからどんな形であれ、
「まずはテレビに出る」ことを優先させる。
そういう戦略のツートップが、
「リズム芸」と「裸芸」です。
そういった背景を知りながら彼らを観ると、
なんともいえない悲哀が加わるのです。
だから「笑ってあげようじゃないか」と思うのです。
もう「親心」に近いですね。

芸人の「脱ぎと下ネタ」の2つめの理由は、
「芸人が芸人を笑わせようとするから」です。

特に男の芸人同士の場合ですが、
プロの芸人がプロの芸人を本気で笑わせようと思うと、
どうしても「裸と下ネタ」に頼ることになります。

なぜかというとプロの芸人は、
一般の人が笑うような洗練された芸では、
もはや笑えなくなっているからです。

24時間料理のことを考えている一流コックに、
フォアグラのソテーを食べさせても、
もう「美味しい!」というシンプルな感動はそこにはありません。
「ははーん、こういう手法もあるのか、、、」
という「分析」が先立ってしまう。
料理のプロが純粋に「美味しいなぁ」と思えるのは、
むしろ家に帰ったときに奥さんが用意している、
何の変哲もない「ひじき」と納豆ご飯だったりします。

芸人も同じで、
プロの芸人に対してすごいコントや漫才や、
話芸を見せても、心からは笑えません。
「その手があったか!」とか、
「さっきのあの『フリ』を効かせて笑いを取るとは、、、 
 思いつかなかったぁ!」
という、分析や反省や向学心が先に来てしまう。

では、プロの芸人が、
腹を抱えて笑う瞬間はいつか。
つまり芸人にとっての「ひじき」は何か?
それはわりと「裸と下ネタ」だったりします。

男子運動部の部室で、
部員の人気者の「トーク」は下ネタ多めですし、
部員の人気者はかならず最後はケツを出します笑。
プロの芸人もその瞬間だけは、
「ひとりの男の子」となって、
無邪気に笑うことが出来る。

「内村プロデュース」という番組がかつてありまして、
あの番組は「芸人の芸人による芸人のための」番組でした。
有吉弘行は後に著書の中で、
「あの番組のおかげで芸人を辞めずに済んだ」
と語っています。

あの番組は芸人同士がお互いを笑わせあう、
という企画が満載ですが、
当時準レギュラー的に出ていた有吉は、
10回のうち9回は全裸になっていました笑。
人気司会者となった今では想像するのが難しいですが。

、、、で、MCのウッチャンが、
子どものようにケラケラ笑うのは決まって、
芸人が服を脱いで裸になったときか、
放送禁止レベルの下ネタを言ったときでした。

そういうものなのです。

「さまぁ〜ず×さまぁ〜ず」という、
さまぁ〜ずがフリートークをする30分番組も同じです。
大竹と三村が、本気でツボにハマって相手の発言に笑うときというのは、
相手が「ド下ネタ」を言ったときです。
お客さんはたいてい引いていますが笑。

、、、で、ドキュメンタルというのは、
企画の性質上、「芸人が芸人を笑わす」という構図になっていますから、
もうこれは、「下ネタと裸は不可避」ということになります笑。

、、、ただ、個人的には、
下ネタも裸も特に好きではありません笑。

どないやねん!

という話しですが。

私はさまぁ〜ず×さま〜ずの観覧席のお客さんの心境ですので、
ちゃんと「ドン引き」しています笑。

「下ネタに逃げるなよ。」
「裸に逃げるなよ。」

と思っています。
ドキュメンタルの場合は構造上仕方ないというところがありますから、
下ネタや裸の部分は「あんまり観ないようにして」、
やり過ごしています。

ミュージシャンのアルバムを買ったとき、
あんまり好きでない曲は飛ばして聴くように、
本を読みながら、さほど興味ない部分は読み飛ばすように、
お笑い番組のなかで、自分の好みに合わない、
度が過ぎた裸や下ネタが繰り広げられているときは、
脳内の入力スイッチをオフにするようにしています笑。

だから、ドキュメンタルは「前半戦」が好きです。
前半はまだ芸人達がそこまで追い詰められていないので、
下ネタ少なめ、裸少なめですから。

おそらく、ちょっちゃんさんと私は同意見のはずです。
でも、「骨が嫌だから魚は食べない」とか、
「種が嫌だから果物は食べない」
というのがもったいないのと同じで、
下ネタや裸が嫌だからお笑いをまったく観ない、
というのは、あくまで私の個人的な見解として、
人生を少し損しているなぁ、と思っています。

結局は、観るも観ないもその人の自由ですが、
本当に面白いお笑いは、人生を豊かにしてくれると、
私は個人的に思います。

もちろん、下ネタや裸への我慢が、
得られる豊かさに引き合わなければ、
ただちに観るのをやめることをオススメします。

御参考までに。


追伸:

「ドキュメンタル」でいちばん笑ったのは、
ダイアン津田のお母さんの写真のくだりと、
アントニーのお父さんの写真のくだり、
それから野性爆弾の川島の「フードのこし」のくだり、
あと案外「児島だよ!」「俺もだよ!」の攻防も好きでした。
とにかく、シーズン1もシーズン2も、
前半戦はすごかったですよね。
ジミーちゃんとフジモンはやっぱり重要だな、と思います。
(見た人しかわからない話しですみません)

追伸の追伸:

つい今しがた知ったグッドニュースが。
ドキュメンタル、シーズン3、8月2日からスタートします。
犬ならばおしっこ漏らすぐらい楽しみです。
今回は下ネタと裸少なめだと良いのですが、、、笑。





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【Q】「学校に床の間」の出典

2018.01.11 Thursday

+++vol.022 2017年7月18日配信号+++


●【Q】「学校に床の間」の出典

ラジオネーム:まる(女性)
お住いの地域:山梨県

Q.

こんにちは。いつもメルマガやブログを
読ませていただいています。ありがとうございます!
質問があり、またいつか機会がありましたら、
メルマガやブログ等で教えてください。

メルマガでの記載に
「安倍首相も参加している、というよりもその渦の中心にいる、
「日本会議」の議事録を読みますと、
「すべての公立学校に床の間を設けるにはどうすれば良いか」
というようなことが、真剣に話されている。」

とありましたが、
http://www.kantei.go.jp/jp/kyouiku/1bunkakai/dai4/1-4siryou1.html

のことでしょうか?
「日本会議の研究」を読んでみたのですが、記述がなかったので、
出典を教えていただけると幸いです。

キリスト教信仰にこれから関わってきそうなので、
情報を集めたいなぁと思っています。
質問ばかりですみません。
これからの働きも守られますように。



A.

こちらは先ほどと同じく、
ラジオネームまるさんのご質問です。

そうですね。
まるさんのご指摘されているリンクがそうです。

▼教育再生会議
http://www.kantei.go.jp/jp/kyouiku/1bunkakai/dai4/1-4siryou1.html

しかし私の書いた内容とは微妙に違っていて、
「おかしいな」と思い調べました。
私は「どこかで読んだ内容」を記憶していて書いたのですが、
調べましたら正確には間違っていました。
お詫びして訂正します。

じっさい「床の間を設けるにはどうしたら良いか」
という議事録があったのは、
日本会議ではなく自民党でした。
私が読んだネタ元は以下のとおりです。
手もとに本がないのでページ数までは
フォロー出来ませんでしたが引用します。

▼参考リンク:「すべての戦争は自衛意識からはじまる」森達也 
http://amzn.asia/1tDqy2q

〈自民党の議事録に「学校に床の間」を、
という発言が残されている。
本音は神棚を作るためだ。
安倍首相は、「神道政治連盟国会議員懇親会」の会長だ。〉

、、、ロビイ団体である日本会議ではなく、
自民党で話されていたとは改めて驚きです。
私が間違って書いた内容より、さらにぞっとする話しです。

同じ森達也さんの本には、
ナチス時代のドイツで生きたルター派の牧師、
マルティン・メーニラーのこんな詩が載っています。
引用します。

〈当初、ほとんどのドイツ国民と同様に、
メーニラーはナチスを強く支持していた。
しかしナチスによる迫害が教会に及ぶに至り、
これに強く抗議して最終的には強制収容所に送られた。
このメーニラーが戦後に書いた詩を引用する。

 最初に彼らが共産主義者を弾圧したとき、
 私は抗議の声を上げなかった。
 なぜなら私は、共産主義者ではなかったから。
 次に彼らによって社会民主主義者が牢獄に入れられたとき、
 私は抗議の声を上げなかった。
 なぜなら私は、社会民主主義者ではなかったから。
 彼らが労働組合員たちを攻撃したときも、
 私は抗議の声を上げなかった、
 なぜなら私は労働組合員ではなかったから。
 やがて彼らが、ユダヤ人たちをどこかへ連れて行ったとき、
 やはり私は声を上げなかった、
 なぜなら私はユダヤ人ではなかったから。
 そして、彼らが私の目の前に来たとき、
 私のために抗議の声をあげる者は、
 誰一人として残っていなかった。〉

「●●を排除する」というタイプの言説や法律は、
「●●」のなかに自分が含まれていなくても危険です。
もし今の自民党右派の支持者が喜んで、
「自民党に反対する奴は逮捕できる法律を作れ!」といって、
それをやったとしましょう。

何年かあとに、クーデターか政権交代が起きて、
共産党が政権を取ったとします。
そのとき弾圧されるのは、
「かつてその法律を作った自民党支持者達」です。
自分が作った処刑台で自分が死ぬことになります。

大事なのは社会に処刑台を作らないことです。
それが多様性を許容する、
市民社会のあるべき姿だと私は考えます。

、、、日本会議がらみでは、
菅野さんや青木さんの本以外では、
以下のようなリンクが参考になります。

▼森達也「ポリタス」寄稿
http://politas.jp/features/3/article/307

▼籠池氏は日本会議の大阪支部長
http://www.newsweekjapan.jp/stories/world/2016/12/post-6547.php

▼日本会議についての菅野さんのウェブ記事
http://diamond.jp/articles/-/91567

、、、先ほどのコーナーでも書きましたとおり、
「日本会議けしからん!」というだけの言説には、
社会を変える力はあまりありません。
そうではなく、真正面から「国を愛する」ことを考え、
「保守とは何か」「リベラルとは何か」「民主主義とは何か」を学び、
そして「このように生きる」という軸を持つことが大切です。

「作用・反作用の力学」で戦うと、
「作用」がなくなったとき逆に倒れ込みますから。

おそらくボンヘッファーは、
反作用ではなく、ヒトラー登場前から、
「このように生きる」という軸を持っていたと思われます。

、、、御参考までに。






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【Q】これからの日本でキリスト教信仰を持つこと

2018.01.11 Thursday

+++vol.022 2017年7月18日配信号+++


●【Q1】これからの日本でキリスト教信仰を持つこと

ラジオネーム:まる(女性)
お住いの地域:山梨県

Q.

陣内さんこんにちは。
陣内さんは、これから日本で
キリスト教信仰を持つのは難しくなると思いますか?

もしそうだとしたら、
今何をしておくべきだと思いますか?
私は自民党の憲法改正草案や内閣のメンバーを見ると、
日本では今後、「宗教ではなく、社会的儀礼や習俗的行為だよ」
という考えで、学校教育や一般社会の中に神道の考えや儀式が
入ってくる可能性があるのではないかと思っています。

国は宗教ではないと考えても、
キリスト教信仰とは相いれないところも、
もしかしたらあるかもしれません。

もしそうなったら私は、抵抗できる自信がないし、怖いなと思います。

戦中の日本も信仰を守り通すのは難しかったようですが、
何か過去から学んで、備えられることはないか・・・と思っています。
でもまだ何も見つけられていません。

今は、ただ日本のリーダーの働きが守られ、
神様を礼拝し、隣人に仕え、弱い人を大切にする国になるよう祈り、
また私もそのように歩めるよう祈っています。

陣内さんはどうお考えになりますか?



A.

まるさん、ご質問ありがとうございます。
長らく回答するのが遅れまして、
お待たせしたことをまずお詫び申し上げます。

おそらくお気づきのように、
べつに狙ってそうなったわけではありませんが、
奇しくも今回の「最近したメッセージ」の内容が、
まるさんのご質問へのそのまま回答になっています。

ですから、まるさんが、
「今は、ただ日本のリーダーの働きが守られ、
神様を礼拝し、隣人に仕え、弱い人を大切にする国になるよう祈り、
また私もそのように歩めるよう祈っています。」
とおっしゃっているのは、まったくその通りであり、
私も同意見です。

だいじなのは、
「順番」だと思います。
それが愛国心だろうが金銭への愛だろうが、
伴侶や恋人や友達や会社や出世への愛だろうが、
「●●への愛」が、「神への愛」を上回ったとき、
それは偶像崇拝であり、そのような人生は脆弱な人生になります。

内村鑑三の「2つのJ」にはじつは続きがあります。

「自分は2つのJを愛する。
ひとつはジーザス・クライスト(Jesus Christ)であり、
ひとつはジャパン(Japan)日本である。
2つのJ−イエスと日本−そのどちらをより多く愛するか、
自分は知らない。
自分はイエス(Jesus)を信ずるが故に、日本人に憎まれ、
また余りに日本的であるが故に、
欧米宣教師に嫌われる。
しかし、私は2つのJ−イエスと日本−を失うことはできない。」

というのがこの発言のフルバージョンです。
彼は「日本とイエス、どちらを多く愛するか私は知らない」
と言っていますが、彼は自らの人生と行動を通して、
この2つには順番があることを示しています。

「内村鑑三不敬事件」という事件がそうです。
彼は時の政府が「教育勅語」などに基づいて要請する、
「天皇への最敬礼」を拒んだことが批判され、
教師の職を失いました。

▼参考リンク:Wikipedia 「内村鑑三不敬事件」
https://goo.gl/Zn8bip

まるさんの言われる「備え」は内村のこの実践からも学べますし、
聖書のなかでこの問題に対する最良のテキストは、
「ダニエル書」だと考えます。

ダニエルは時の為政者ネブカデネザルが、
「自らを礼拝せよ」と国民に強要したときそれを拒みました。
そして彼はその罰として燃える火の中に投げ込まれましたが、
そのときにこう言っています。

ダニエル書3章17〜18節
「もし、そうなれば、私たちの仕える神は、
火の燃える炉から私たちを救い出すことができます。
王よ。神は私たちをあなたの手から救い出します。
しかし、もしそうでなくても、王よ、ご承知ください。
私たちはあなたの神々に仕えず、
あなたが立てた金の像を拝むこともしません。」

、、、ダニエルは内村鑑三と同じように、
為政者が強要する「神としての国家への忠誠」を、
拒絶しました。

この話しの顛末は、おそらくまるさんもご存じのとおり、
神は奇跡をもってダニエルたちを救われたのですが、
「たとえそうでなくとも」私は国家を神としない、
というのがダニエルの決意でした。
じっさい歴史上、多くの人々がダニエルと同じ覚悟を持って、
「国よりも神」を選んだ結果、
ある人は斬首され、ある人は拷問にあい、
ある人は磔刑にされ、ある人は火で焼かれて命を落としてきました。

ヘブル人への手紙の著者はそのような人々を、
「雲のように私たちをとりまく証人達」と呼び、
今生きている信仰者を彼らは応援しているのだから、
「目の前におかれている競争を忍耐をもって走り続けよう」
と鼓舞しています。

、、、予見される未来において、
日本が戦前の「大日本帝国憲法」のようなものを復活させ、
私たちが信仰を持つと言うこと自体が違法になったり、
国家への忠誠心と神への忠誠心を天秤にかけられるような、
そんな社会になる、ということは、
「考えにくい」というのが私の個人的見立てです。
日本が国際社会の一員であり続け、
自由主義陣営のメンバーとして米国との蜜月を続けようとすると、
「戦前回帰」は自殺行為だからです。
日本はそこまでバカではないと(希望的に)私は思っています。

しかし、歴史というのはいつも「まさか」の連続ですし、
2012年のグロテスクな自民党の憲法改正草案を読むと、
彼らが「大日本帝国憲法的なるもの」を復活させたいのは明白であり、
あまり考えたくない未来が、
あながち荒唐無稽でもなくなってきているかも、
と思うこともあります。

そのようななかで、まるさんは、
「そうなったときに抵抗できる自信がないし怖い」
とおっしゃっていますが、
それでいいのではないかと私は思います。

逆に、
「そうなっても俺は神に従う。
国家に逮捕されても命を落としても、
絶対にイエス様に忠実に生きる」
と言っているような人ほど危ないのではないかと笑。
キリストの処刑前夜のペテロを思い出してください。

、、、私だって分かりません。
私は強くないですから。
だからこそ、ダニエルのように、
そして内村鑑三のように、
自分の良心に忠実であれるよう、
いつも神に助けを求めています。

その戦いはきっと既に始まっていて、
それは毎日のデボーションであり、
毎月の什一献金であり、
キリスト者としての小さな愛の実践であり、
職場や公共空間における自分の信仰の公表です。

その程度のことさえできない人が、
「命をかけてキリストに従う」ことが出来るとは、
とうてい思えませんから。

「キリストのために死ねる。
 でも什一献金はかんべんしてほしい」
あるいは、
「キリストのために命を捨てられます!
 でも職場で教会に行ってることをカミングアウトするのは、
 ちょっと難しいです。」
というのはもう、ギャグですから笑。

さて、このような問題について参考になる本を、
何冊か紹介します。

まず思い出したのが、
「たといそうでなくても」という本です。
私はこの本を大学生のときに読みましたが、
「信仰というのは命をかけてするものなのだ」という、
何かずっしりとしたものが心に残ったのを覚えています。
タイトルの「たといそうでなくても」は、
先ほどのダニエル書からの抜粋です。

著者はちなみに戦時中、
日本に侵略された朝鮮半島で、
神社崇拝が強要されたときに、
キリスト教信仰のゆえに投獄され、
5年間もの間拷問に耐えた人物で、
自らのことを「失格した殉教者」と呼んでいます。
彼はキリストを拒んだから失格したのではなく、
死んでいった沢山の仲間と比較し、
自分は「死ねなかった」から、失格殉教者と、
自分の事を呼んでいるわけです。

Amazonで見てみると絶版になっているらしく、
とんでもない値段になっています。
再版を待つしかないかもですね。
こういう本というのはなにげに、
教会図書室に、ときどきさらっと置いてあったりします。
あったら「ラッキー」なので読みましょう。

▼参考リンク:「たといそうでなくても」安利淑
http://amzn.asia/4kE8nj2


次にオススメしたいのは、
遠藤周作の「沈黙」ですね。
まるさんはなんとなく既読のような気がしますし、
この本については説明不要でしょう。
「ほんとうの信仰とは何なのか」を突きつけられます。

▼参考リンク:「沈黙」遠藤周作
http://amzn.asia/aFmPjQk


三浦綾子「母」。
これは実は、キリスト教の話しではありません。
小林多喜二という「蟹工船」の著者の話です。
「蟹工船」はプロレタリア文学として、
知られていることからも分かるように、小林は共産主義者です。
当時の日本では共産主義もまた国家によからぬ思想として摘発され、
刑罰の対象になっていましたから、
小林多喜二は見るも無惨なむごたらしい拷問を受け殺されました。
「母」とは小林多喜二の母の事です。
自らの良心に殉じて死ぬ息子を見る小林の母の姿と、
磔刑に処せられたイエスの母マリアを重ねる名作です。

▼参考リンク:「母」三浦綾子
http://amzn.asia/eB0NTTC


最後に「ボンヘッファーとキング」です。
ボンヘッファーは、ナチスドイツによって、
国の大多数の教会が「ナチスに賛同」する側にまわるなか、
ひとり抵抗の声をあげ最後はヒトラーに殺されました。
マーティン・ルーサー・キング・ジュニア牧師は、
黒人の公民権のために戦い最後は暗殺されました。
この二人の足跡を辿ることで、
「自らの信念に殉じた生き方」から多くを学ぶことが出来ます。

▼参考リンク:「ボンヘッファーとキング」J.ディオティス・ロバーツ
http://amzn.asia/975I6BO

、、、御参考までに。





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【Q】文章を書くことについて

2018.01.04 Thursday

+++vol.021 2017年7月11日配信号+++


●【Q】文章を書くことについて

ペンネーム:ドンフライ(男性)
お住いの地域:東京都

Q.

俊さん
毎回圧倒的な情報量と内容のあるメールマガジンを”必死”に読んでいます。
しかし、軽いネタもあるのでなんとか”完走”できているような状況です。

私は文章書くのが下手で、
仕事でよく意味が分からんとか謎解きゲームだと不評買っています。
どうしてそんなにいろいろなネタが完結でたくさんかけるんですか?
昔から文章書くことをいっぱいしていたとか、
それとも実はものすごい労力と時間がかかっているんでしょうか。
どうやって読んだものを整理して表現しているのか興味がありまして、
よろしくお願いします。


A.

ドンフライさん、ご質問ありがとうございます。
まず言えますのは、ドンフライさんのご質問の文章、
これはまったく「謎解きゲーム」ではないので、
ご安心して大丈夫なのではないでしょうか、ということです。

質問の要点を言い得ていますし、
意味がハッキリわかる簡潔な文章です。

さて、ご質問の件ですが、
私がこのような文章を毎週書けますのは、
厖大な時間がかかっていると言えばかかっていますし、
かかっていないといえば、そこまでかかっていないのです。

説明します。

私は2008年に市役所の職員であることを辞めて、
NGOを通して国内外で活動する今のような働きを始めました。
社会人になって2002年から2007年の間、
私が毎月書いていた「文章」というのはたいてい、
起案分、報告文、通知文、学術報告論文といった、
いわば専門的な文章でした。

特に「役人の文章」というのは特徴があり、
「公文書の書き方のマニュアル」というのを新人は勉強し、
それに従って文章を書きます。

この文法になれるのに私は1年間かかりましたが、
慣れてしまえば簡単です。
役所の文書というのは没個性だとか、
それこそ暗号だとか言われますが、
「個性を出してはいけない」のが役人の文章です。

「誰が書いて誰が読んでも、
 解釈に幅がなく同じように受け取れる」のが、
公文書の勘所ですから、
「文体」にオリジナリティは必要ありません。
むしろオリジナリティは御法度です。
「自我」なんていうのは職場のロッカーで、
毎朝脱ぎ捨てるのが正解です笑。

、、で、そのような文章を、
上司に指摘されたり怒られたりしながら毎月書いていた、
というのが社会人の最初の6年間です。

このときの一ヶ月の文章量を「10」としますと、
単純に量だけの話しをするなら、
今は一ヶ月に「300」以上書いていると思います。
たぶん30倍ぐらいの文字数を常時書いている。

じゃあ、一足飛びにそこまで飛躍したかというと、
そうではありません。

2008年から私は、
「陣内俊Prayer Letter ONLINE」という、
支援者の方々への活動報告のブログを書き、
2013年に体調を崩すまでは、ほぼ毎日更新していました。

2008年から2013年までの5年間、
先ほどの単位だと毎月「100」ぐらい書いていた。
それは私にとって「文章を書くという行為の筋トレ」だった。

病気から回復して現在メルマガを開始しましたが、
もしブログを毎日書いていなければ、
この分量のメルマガを書き続けるという、
「言語運用」の基礎体力はついていなかったと断言できます。

このメルマガの文字数は、
以前ブログに書いていた文字数の3倍ぐらいはありますが、
それに割いている時間はブログのときと変わりません。

、、、もっと言えば、
役人だったときに勤務時間中に文章に向き合っていた時間数と、
今私がメルマガを書いたりすることで文章に向き合う時間数は、
たぶん同じぐらいです。

1週間に5時間〜10時間ぐらい、
総労働時間の4分の1とか5分の1ぐらいです。

じゃあなぜこういう「圧縮」が起きたのか。
なぜ文章を書くのが早くなったのか。

それは、こう言ってしまえば身も蓋もないのですが、
「たくさん書いた」からです。

料理をめちゃくちゃ早く手際よく作れる人は、
なぜそれが出来るかというと、
たくさん料理を作ったからです。

サッカーのドリブルがめちゃくちゃ早い人がなぜ、
それを出来るかというと、
グラウンドでボールを蹴った日々があるからです。

文章も原則としては同じです。
たくさん書いたら書いただけ上達します。

、、、それに加えて、
次のようなことを大切にしたらさらに上手くなりますよ、
というのを、いくつか挙げたいと思います。


1.たくさん本を読むこと

澤田昭夫さんの名著「論文の書き方」という本がありまして、
その本に、「書くこと」と「読むこと」というのは、
言語運用能力という意味でひとつの活動だ、という指摘があります。
引用します。

→P18 
〈「読み方」に続いて、
「話し方」「聴き方」についても簡単に触れました。
「論文の書き方」に関する本が、
「読む」、「話す」、「聞く」ことまでを扱うのは
奇怪に見えるかも知れませんが、そうしたのは、
この本の一つの柱になっているのが、
「書く」、「読む」、「話す」、「聞く」は根本的には同じ一つの
「ことば活動」の四つの働きだという考えだからです。
書く人、話す人、読む人、聞く人、この四人は、
たとえていえば、山の両側から二人で一組になり
一点に向かってトンネルを掘っているようなもので、
その作業原則は同じだからこそトンネルは一点で出会って貫通するわけです。
そうでなかったらトンネルは出会わない。
つまり、言葉は意思疎通の手段にならないわけです。〉

▼参考リンク:「論文の書き方」澤田昭夫
http://amzn.asia/6qjFs5m

、、、「読む」「書く」「聞く」「話す」というのは、
じつはひとつの活動の異なる側面なのだ、ということです。
そしてそのすべての基本になるのが「読む力」です。

佐藤優さんは「知の操縦法」という本のなかで、
ここからさらに「書く力」「話す力」「聞く力」が、
「読む力」を超えることはない、と言っています。
つまり「読む力」がすべての基本だと。

→位置No.11
〈「読む力」は表現力の基本だ。
「読む力」以上の「聞く力」「話す力」
「書く力」を持っている人はいない。〉

▼参考リンク:「知の操縦法」佐藤優
http://amzn.asia/68h3cVN

、、、言葉は「論理」ですので、
数式の比喩で現わせます。
「読む力」というのは、書かれた文字から、
論理構造を把握し、そこにある「数式」を取り出す行為です。

書く力はその数式(論理)を文字で再現する力であり、
話す力はその数式をオーラルに(口頭で)再現する力です。
(もちろん自分のアレンジを加えても同じです。
 いずれにせよ「脳内の論理」を、
 文字か音声で再現する能力が書く力、話す力です。
 「言語明瞭、意味不明」と言われるような
 支離滅裂な話し言葉や書き言葉というのは、
 そもそもその人の脳内に「論理という数式」が存在しない、
 もしくは定まっていないことによって起きます。)
、、、そして聞く力は耳で聞いた論理を把握することですから、
基本的に「読む力」を補完するものです。

こう考えると理解できますでしょうか。
つまりある文章を読んでその中の内在的論理を把握する力、
というのがその人の言語運用力の基礎体力となり、
そこから「書く、話す、聞く」が派生するのです。

本を読んで言語運用力を鍛えようとするとき、
「ちょっと難しくて全部は理解できない」という、
背伸びしたレベルの本を読むことをオススメします。

100%理解できる本というのは、
今の自分の能力の中で把握出来ているから、
それを読んでも「論理の筋トレ」にならないからです。

「自分には少し早い」ぐらいの複雑な論理に接することで、
その人の論理力は高まって行きます。


2.たくさん文章を書くこと

これは先ほど言ったとおりなので説明不要ですね。
サッカーが上手くなるコツは、
サッカーボールを蹴る事なのと同じで、
文章が上手くなるコツは、たくさん書くことです。


3.書いたものを「公開」すること

ただ「書く」よりも、
それを誰かに読んでもらった方が確実に上達します。
ブログなどはそういう練習をする格好の「場」です。
(もちろん職業上の守秘義務や服務規程に違反しない範囲で)

、、、芸能人はデビューから年月が立つと、
整形したわけでもないのに顔つきが洗練されていき、
同じ年齢の人よりも若々しく観られる人が多いです。

これは彼らが「人に見られる」職業だからです。

「人に見られる」ということによって、
彼らは自分の表情や体重や肌や声に自覚的になりますから、
その積み重ねが彼らの見た目を徐々に変えていくわけです。

文章も同じで、
「多くの人に読まれる」という、
「閲覧圧力(今私が作った造語です)」によって、
その人の書く文章はどんどん洗練され上達していく。

そういうものです。

試しに私が2008年に始めたブログの、
初期の文章を読んでみると、
今の私から見たら「下手すぎ」ます。

ひどい。

それだけ上達したということなのです。
それはとりもなおさず、
私の場合自分の身元を明かし、
不特定多数に自分の書いたものを「さらす」、
という「自己鍛錬」を10年近く続けてきたからです。


4.「文章を書くための本」から学ぶこと

文章力を磨くために参考になる本というのは、
古今東西たくさん出版されていまして、
たぶん私はこの手の本をこれまでに、
すくなくとも50冊は読んできているはずです。

その中でも最高だったのは、
2009年に弟に勧められて読んだ、
本多勝一の「日本語の作文技術」です。

他には友人に勧められた野矢茂樹の、
「論理トレーニング」も、「文章は論理だ」ということを知る上で、
非常に役に立ちました。

あと、山田ズーニーさんの、
「伝わる!揺さぶる!文章を書く」も良かったです。
この本を読むと最初の質問の「世間と半音ズレている人」は、
なぜ文章が上手になるのか、という理由が分かります。

この数ヶ月に限定しますと、
池上彰さんと読売新聞の竹内正直さんの、
「書く力」が参考になりました。

▼参考リンク:「日本語の作文技術」本多勝一
http://amzn.asia/15FcrJ2

▼参考リンク:「論理トレーニング」野矢茂樹
http://amzn.asia/iv9Gt89

▼参考リンク:「伝わる!揺さぶる!文章を書く」山田ズーニー
http://amzn.asia/7YH6Npv

▼参考リンク:「書く力 私たちはこうして文章を磨いた」池上彰 竹内正直 
http://amzn.asia/baCDGrH


5.スマホとSNSに依存しないこと

それから、編集と校閲が加えられていない、
ネット上のゴミ溜めのような情報に常時接していると、
「論理力」は、どんどん落ちていきます。
SNSに依存したりネットの掲示板を読む習慣を持つと、
文章はどんどん下手になっていくと考えて間違いないでしょう。

先ほどの佐藤優さんの「知の操縦法」から引用します。

→位置No.11 
〈一昔前まで、インターネットにアクセスできる人とそうでない人の間で、
情報空間に大きな差異が生じると言うことが言われた。
、、、むしろ深刻な情報格差は、
日常的に電子媒体を用いる人の間で生じている。

パソコンしか持っていない、
もしくはパソコンとスマートフォンを併用しているが、
主にパソコンを利用している人は「読む力」を維持することが出来ている。
これに対してスマートフォンしか持っていないか、
パソコンを持っていても使わずに
ほとんどスマートフォンから情報を得ている人の
「読む力」が落ちているとの感触を私は得ている。

それはスマートフォンを多用する人が、
LINEをはじめとするSNS、SMS(ショート・メッセージ・サービス)を
もっぱら利用することと関係している。
SNS、SMSでは、限られた語彙しか用いられず、
単文、体言止めが多い。
しかも絵文字やスタンプで感情を表現する。
ここで用いられているのは話し言葉だ。

学校や職場では複雑な日本語を用いていても、
日常的には簡単な話し言葉しか用いていないと、
急速に「読む力」が退化する。
「読む力」は表現力の基本だ。
「読む力」以上の「聞く力」「話す力」
「書く力」を持っている人はいない。〉

→位置No.909 
〈LINEで瞬時に返信することばかりしていると、
千語くらいの単語数でしかコミュニケーションをしなくなるので、
長いものや難しいものを読めなくなってしまうし、
他人に伝わる文章を書くことも出来なくなります。〉


6.Evernote

最後に、ドンフライさんのご質問中の、
「どうやって読んだものを整理して表現しているのか、、、?」
という点に関しては、もう、「Evernoteさまさま」ですね。

Evernoteを使い始める以前なら、
このメルマガは実現していないのではないかと思います。
私は記憶力は良いほうではありませんから、
「数ヶ月前にあの本で読んだあのセンテンス、、」というのを、
検索機能で一発で引っ張ってこれるEvernoteは私の第二の脳でであり、
すこぶる優秀な秘書です。

べつにEvernoteを必ずしも使わなくても良いのですが、
本を一冊読んだら、3行ぐらいでその内容をメモする、
という情報整理を習慣化すると、
「知的蓄積」の効率が非常に良くなります。
これは文章を書く訓練にも論理を把握する訓練にもなりますので、
非常にオススメな方法です。

御参考までに。





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【Q】「父になること」について

2018.01.04 Thursday

+++vol.021 2017年7月11日配信号+++


●【Q】「父になること」について

ラジオネーム:まるまる(男性)
お住いの地域:北海道

Q.

いつも楽しくメルマガ読んでいます。
10月にお子さんが生まれるとのこと、楽しみですね。
実は私も7月に第一子が生まれる予定なのです(同級生ですね!)。
そこで、「父になること」について質問させていただきます。

私は、妻の妊娠が発覚した時、「赤ちゃんを授かった!」
という喜びと共に妻とハグをしたその数秒後には
「これから何を準備すればよいのだろう」という
漠然とした不安のようなものが頭をよぎったことを覚えています。

具体的には、「家族を支えていけるのか」、
「今までと同じ時間の使い方では仕事はできないだろう」、
「大学院を卒業できるのか」、
「子どもに聖書の話をしてあげられるだろうか」
といったように、
「このままの自分でよいのだろうか」
という思いが強かったように思います。

しかし、妊娠がわかってからの約8ヶ月間、
自分はこれまでと同じように仕事をし、教会へ行き、
家のことをしてきたのが実際のところで、
自分の生活や考え方、信仰において、
何かが特別に変わったという感覚はあまりありませんでした。

相変わらず寝落ちはするし、
家事を手伝わなければと思っていてもできないこともあるし、
生活が以前と比べて整っているわけでもありません。
また、特に育児に関する本を読んで予習していたわけでもありません。
変わったところといえば、お腹の赤ちゃんと妻のために
手をあてて毎朝祈るようにしたことと、
あとは、どこからともなく「責任」と「覚悟」が
じわじわと増してきたと感じることです。

これまで私がしてきた「準備」といえば、
ピアノの発表会に向けての練習、受験勉強、
学会発表や日々の仕事の予習など、確かにその時は緊張するものの、
「それなりに準備をしていればある程度は対応できる」
という見通しがたつものが多かったです。

しかし、今回の子どもを迎えるという準備はそれらとは全く種類が違い、
「ここまでやったから大丈夫だろう」という感覚が全くないのです。
結婚する時も似たような感覚になりましたが、
今回は「一つの命を任される」というまた違った重みがあります。

完璧な準備というものはないとわかりながらも、
ここまでしてきた自分の備えがよかったのかどうかわからず、
自分が不完全な存在であることをひしひしと痛感して、
これから父になろうとしています。

自分のことでは色々と思うところはありますが、
赤ちゃんには生まれるその日まで安心してお腹の中で過ごし、
そして安心して出てきてほしいなと思っています。
「父になること」について陣内さんがどう考え、
何をしているのか、是非お聞かせ下さい。


A.

まるまるさん、ご質問ありがとうございます。
現在妊娠8ヶ月なのですね。
私の妻は現在7ヶ月ですから、
まるまるさんのおっしゃるとおり、
赤ちゃんの誕生日は近くなりそうですね。

先日私は自治体が主催する、
はじめてパパ、ママになる市民を対象にした、
「ファミリー学級」に妻と共に参加してきました。

▼参考リンク:西東京市「ファミリー学級」
http://www.city.nishitokyo.lg.jp/kosodate/bosi/ninsin/familyclass.html

出産までの栄養、歯磨きの仕方、
急に病院に行くときのタクシーの使い方、体調の変化、
産まれてからどのように周囲からサポートを受けるか、、、
などを丁寧に説明してくれてとても有益でした。

20名ほどの参加者があり、
皆さんもちろん妊婦さんなのですが、
私を含め男性も(全員ではないけれど)参加している。

そのなかで「参加した男性だけで」話し合いをする、
という時間が20分ほど設けられていましたが、
皆一様に、まるまるさんがおっしゃっているような、
「父親になることの実感のなさ」を語っておられました。

「タバコをやめなきゃなぁ」とか、
「もう今みたいな趣味は続けられないなぁ」とか、
そういう不安を口にしたりする方が多い。

あと講師の方が言われていたのは、男性は多くの場合、
「名前を考えている」とか「父になる心の覚悟」といった、
「観念的な」ものが多く、
生活実感を伴った話し合いがあまり出てこない、
というものでした。

確かに男性というのは、
「親になる実感」という意味において、
女性にかなうはずがないのです。

だって、自分の中に赤ちゃんがいるのと、
自分の体に変化がないのでは、
まったく違いますから。

「ファミリー学級」の講師の殆どは
自分も母親である女性でしたので、
栄養や歯科、産科的な専門的な内容以上に、
「母親としての経験」が行間からこぼれるのですが、
そちらのほうが講義そのものよりも、
私の場合、役に立ちました。

その「行間からこぼれる内容」というのはこれです。

「父親になる準備」の大部分というのは、
「子育てをする母親のサポートをする準備」である、
ということです。

講師の「先輩お母さん」は口々に、
「赤ちゃんが生まれてからは、
ご飯を作る、お風呂を入れる、買い物に行く、
洗濯をする、掃除をするといった、
一人の時は当たり前にできていたことができなくなるし、
寝られなくなる。
旦那さんが赤ちゃんをお風呂に入れてくれたり、
夜ご飯を用意してくれたりするだけでどれだけありがたいか」
ということをおっしゃっていました。

それは講師としての講義の内容というよりも、
ひとりの母親としての魂の叫びのようにも聞こえました。

これを聞きながら、
私は20年前に大学生として帯広に住んでいたとき、
帯広の「とかちプラザ」という市民ホールで開催された、
マケリゴットという先生による、
「子育て講演会」で聞いたことを思い出しました。

マケリゴット先生は滋賀県で33年間伝道牧会された、
イギリス人の宣教師です。
私は教会のHさんに誘われてその講演会に参加しましたが、
その講演会で聞いたフレーズは、20年経った今でも、
鮮明に私の脳内に焼き付いており、
自分が父親にならんとする今、
その言葉はさらに大きく私の中で反響しています。

その言葉というのはこれです。

「一人の男として、
 子どもに対してしてあげられる最高のことは、
 その子どもの母親を愛することだ。」

"The greatest thing a man can do
 for his children is to love their mother."

20年前に聞いたこの言葉は、
先ほどの「ファミリー教室」の講師の先輩ママの、
「行間のメッセージ」とも符号します。

お母さんとなった妻に肯定的な言葉をかけ、
面倒な家事を手伝い、料理を作り、
掃除をし、洗濯をし、やさしい言葉をかけ、
花を贈り、デートに誘い出す、
といった「愛の行為」ほど、
子どもの父親として素晴らしい行為はない、
というのは、多分真実なのだと思います。

、、、と考えますと、
まだ子どもと対面していない今から、
「父となること」は始まっており、
それは妻のために料理をし、掃除をし、
面倒な家事を手伝い、肯定的な言葉をかけ、
妻を楽しませ、妻のために祈り、妻と共に祈る、
というようなことだということになります。

まるまるさんの奥様は8ヶ月とのことですから、
お腹も大きくなり、「部屋の向こう側のもの取ってくる」
といった動作すらおっくうになっているころかもしれません。
まるまるさんが「フットワークを軽くし」、
何かを取って来てあげることはすでに「父としての行為」ですし、
一緒に歩いているときに「早すぎないかな」と聞いてあげることも、
「父になること」と地続きです。

幸いなことに、私は料理が大好きで、
トイレを磨いている時と料理をしているときが、
いちばん心が落ち着きますから、
他の「これからパパになる人たち」より、
一歩リードしていると(今んとこ)思っています。

、、、とか言ってられるのは今のうちだけで、
じっさい「その時」がきてみると、
まったく思ったように出来ないかもですが笑。

あと、先ほどの質問の「名言」にも似ていますが、
私がずっとたいせつにしているもう一つの言葉は、
「親はあっても子は育つ」というものです。

私の名言は「迷言」が多いのかも知れませんが笑。

通常、親は「なくても」子は育つと言いますが、
実は、親は「あっても」子は育つ、
が真実に近いのではないかと私は思うのです。

どういう意味かと言いますと、
私のような人間を親に持つというのは、
子どもにとって大変なことだと思うわけです。

いろいろ迷惑をかけるだろうなぁと。
害悪をもたらすだろうな、と。
傷つけたりするだろうな、と、
失敗もするだろうな、と。
親になる前からそう思います。

自分ほど不完全で未熟な人間はいないですから。

子どもにとっての最大のリスクファクター(危険因子)は、
「親である私自身」だと私は思っている。

子どもにとって最大の脅威は、
放射能でも化学物質でも細菌感染でも、
日本の教育システムでもネット社会でも、
ヒアリの繁殖でもない。

「私という父親」だと思う。

本当に。

意図的に傷つける事はもちろんないですが、
「愛だと思っていたことがプレッシャーになること」もあるし、
「しつけだと思ったことが暴力と感じられる」こともあるでしょう。
「かわいがったつもりが甘やかしたことになる」こともあるでしょうし、
「スキンシップが多すぎたり少なすぎたり」もするでしょう。
「親が何考えてるか分からない」と思われることもあるでしょうし、
「聞いてもないのに自分の考えを押しつけてくる」
と圧迫を感じることもあるでしょう。
「勉強を押しつけられた」と感じるかもしれないし、
「もっと勉強を教えてほしかった」と思われるかも知れない。
「親は完全主義すぎた」と思われるかも知れないし、
「親はいい加減すぎた」と思われるかも知れない。

子どもはデリケートですから。

それでも、にもかかわらず、
神が授けてくださる子どもには、
神がくださる生命力とたくましさがあるはずです。
なので私のような不完全な人間を父親にもったとしても、
「それでも」育つほどの力を、
神は与えてくださっている、そういう信仰があるのです。

だから、その「育つ力」をせめて邪魔しないように、
せめて妨害しないように、疎外しないように、
気をつけながら「付き合っていきたい」。
そう思うわけです。

だから、
「親はあっても子は育つ」。

神が育ててくださる。
「こんな親なのに、こんな素晴らしい子どもが、、、」
と周囲が言うように、神がしてくださるのではないかと、
私は神に期待している。
そういう意味です。

あと、私がとても頼りにしているのは、
妻のご両親です。

「いろいろ助けてもらおう」という意味ではありません。
もちろんいろいろ助けてもらうことは多いと思いますが。

しかし、もっと頼りにしているのは別の側面です。
妻の話を聞いていると、妻の両親、
つまり私の義理の両親は、
「親としての勘所」を押さえた方々です。
しかも「信仰者の親としての」勘所を押さえている。
そういう「ロールモデル」があるというのは、
本当に心強い。

「両親はこんなときこうしてくれた」
という話しを妻から教えてもらうことで、
間接的に「信仰者の子育てのイロハ」を、
私は学んでいると感じています。

私は妻と結婚する前に、
「自分が子どもだったらこの母親に育てられたいような人」
というのを結婚相手選択の条件に入れていましたが、
その通りの人と結婚したなぁと思います。
幼稚園教諭でもある妻は、
子どもの情操教育において全幅の信頼が置けます。

あと、まるまるさんの、
「毎日奥さんのお腹に手を置いて祈る」
というのは、すごく良いと思いました。
私の知っている友人の何人かの父親は、
毎日寝る前だったり学校に送り出すときに、
父親が子どものために祈るという習慣を持っています。
「父親は家庭の祭司である」ということの実践であり、
素晴らしいなぁと思います。

まるまるさんは産まれる前からそれをしている。
すごいと思います。
お子さんが10歳になっても毎日手をおいて祈り続けていたら、
素晴らしいですね。

もしかしたらこんな観念的なことを語っている私以上に、
まるまるさんはすでに自覚をもって、
「父親になって」おられるのでは、と思いました。

出産までの期間、無事守られますよう、
お祈り申し上げております。




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【Q】名言について

2018.01.04 Thursday

+++vol.021 2017年7月11日配信号+++

●【Q】名言について

ラジオネーム:ターコイズブルー(女性)
お住いの地域:愛媛県

Q.

こんにちは!
先日は質問に答えてくださり本当にありがとうございました。
「読書できない自分」を責める超真面目な一面があったのですが、
自己肯定できる良いきっかけになりとても役に立ちましたし、
嬉しかったです。重ねてお礼申し上げます。

さて、聖書を理解するための読書をされているという陣内さんですが、
私は最近マザーテレサがとても気になります。
また、そういった素晴らしい聖人たちの言葉にも、
励まされて生きられたら良いなぁなんて、思っています。

陣内さんも、たくさんの「好きな言葉」をお持ちだとは思いますが、
日常生活を送る上で、フッと思い出して、楽になったり、
救われたりする言葉をいくつかご紹介いただけないでしょうか?

そして、その言葉を好きな理由も、
合わせてコメント頂けるとなお嬉しいです。
(今までにたくさんメッセージをされたり、
書かれたりされた内容と被ってしまうのかもしれませんが)

あまり具体的な内容の質問ではないですし、
感想や要望のひとつとして受け取って頂いて全く問題ありません。

新コーナー、「名言集」みたいなのあったら面白いな、
とか、そんなノリです(笑)。
今日の夕方の配信も楽しみにしています。



A.

ターコイズブルーさん、ご質問ありがとうございます。
マザーテレサの言葉は、私もいつも励まされています。

我が家のトイレには何年も、
この本が置いてありました。

▼参考リンク:参考リンク:マザー・テレサ 日々の言葉
http://amzn.asia/hFU3N1g

この本は毎ページ「●月●日」というタイトルの、
「一日一章」方式でマザー・テレサの言葉が紹介されており、
トイレで読むのに適していました。

トイレで読むというのは
マザーを尊敬しているのか失礼なのか、
よく分かりませんが(笑)。

尊敬しているのです。

、、、あと、この本もよかったです。
私は鬱病療養の初期、脳がうまく働かず、
難しい本はまだ読めないときにこの本を読み、
励まされたことをよく覚えています。

▼参考リンク:マザー・テレサ 愛と祈りの言葉
http://amzn.asia/643f3C0

いくつか引用します。

「何かをくださいと神にお願いするとき、
同時に寛大に与える心もください、とお願いしましょう。」

「今や、貧しい人について語ることがひとつの流行になっています。
しかし残念なことに、貧しい人々と共に話すことを人々はあまり好みません。」

「貧困を作り出したのは神ではありません。
 私たちこそ、その張本人なのです。」

「持ち物が少なければ少ないほど、多く与えることが出来ます。
矛盾としか思えないでしょう。でもこれが、愛の論理なのですよ。」

「マザー・テレサ、あなたにとって共産党員とは何ですか?」
「神の子、私の兄弟姉妹に他なりません。」

「神が私に望んでいらっしゃるのは、
事業を成功させることではなく、
忠実に生きる事なのです。
神と相対して生きている時、
大切なのは結果ではなく、忠実さなのです。」

「イエスは最後の審判の審査基準をはっきり宣言なさいました。
それは私たちが貧しい人々に示した愛によって裁かれるのです。」

「私はすべての人、特に苦しんでいる人の中に、神を見ています。」

「誰もたずねてきてくれないことは、
老いた人々にとって一番耐え難い貧しさなのです。」

「黙って私の仕事をしばらく見たあと、
その(ヒンズー教徒の)人は言いました。
『あなたにそういう仕事をする力を授ける宗教は本物に違いない。』」

「ガンジーの言葉
『もしキリスト信者たちがその信仰に忠実に生きていたら、
インドにはヒンズー教を信じる者たちは
一人もいなくなってしまっただろう。』」

、、、深いですねぇ。

あと、去年読んだ「名言集」で覚えているのは、
FVIの正会員としてもお世話になっており、
シオンの群教会の牧師でいらっしゃいます、
吉川直美先生のこの本です。

▼ひと言でいいのです 吉川直美
http://amzn.asia/8uM4d84

いくつか引用します。

→P43 
〈真偽のほどは定かでありませんが、
こんな逸話が流布しています。
夏目漱石が英語の教鞭を執っていた頃、
「I love you」という英文を、
ある生徒が「我君ヲ愛ス」と訳しました。
すると漱石は、日本人はそんな言い方はしない、
「月が綺麗ですね」とでも訳しておきなさい、と教えたそうです。〉

→P112 
〈真の文明は 山を荒らさず 川を荒らさず 
 村を破らず 人を殺さざるべし 
 田中正造〉

→P134 
〈すべて正しく怒る者のみが正しく赦すことが出来る。
神の御名によって激怒する者のみが、
神の御名によって愛する者たり得るのである。 矢内原忠雄〉

この本のなかで吉川先生は、
柳田邦夫の「暗い時代の光の窓としての詩人の言葉」
というフレーズを紹介しています。

詩人によって紡がれた言葉は、
暗い時代に窓を作り、
そこから光と新鮮な空気を入れてくれます。
「この時代も捨てたものじゃない」
「人生は生きるに値するかも知れない」
まっ暗闇のように見える世の中で、
詩人の言葉は私たちにそう思わせてくれるのです。

即物的な利益はありませんが、
先ほどのお笑い芸人やJ-POP歌手にしても、
宗教家や哲学者にしても、
「目に見えない希望」を語れる人というのは、
社会に常に一定数必要だと私は考えます。

、、、ターコイズブルーさんのリクエスト、
「私の好きな言葉」ですが、
恥ずかしながらあまり人様に胸を張って、
紹介出来るようなものはありません笑。

聖書の言葉などはもちろん、
たくさんストックがあるのですが、
「そういうことじゃない」と思うので(笑)

パッと思いつくのはいくつかあります。
「恥ずかしながらオドオドと」紹介したいと思います。
(怒らないでください 笑)


▼「明日出来ることは今日しない」

、、、これはトルコのことわざです。
素晴らしいですね。
「待ったなしの改革!!」
「生き馬の目を抜くビジネスの世界!!」
「グローバル人材を育成する!!」
みたいなマッチョ思想へのアンチテーゼです。
「明日に延期できるようなことというのは、
 そんなに急いですることではないのだ」
という鷹揚な態度が、現代のぎすぎすした日本社会に、
必要なのではないかと(小声で)思うのです。
IT社長やグローバルマッチョ人間から、
フルボッコにされるので大きな声では言えませんが笑。


▼「どん底に堕ちたら、穴を掘れ」

、、、これはイタリアのことわざです。
燃え尽き症候群になり鬱病療養したとき、
この言葉はどんな聖書の言葉よりも(小声で)救いになりました。
今度はキリスト教徒からフルボッコにされそうなので、
大きな声で言えませんが笑。

「這い上がろう、這い上がろう」と、
私は病気の地獄を味わいながら思い続けたのですが、
「這い上がろう」という焦りの背景には、
「上の方が良い」という語られざる前提があります。

この言葉は「無意識の自明の前提」を疑わせてくれました。


▼「大切なことは向こうから来る」

私は20代のころビジネス書を読みすぎたためか、
「主体性神話」を深く内面化していました。
病気になり、2年間地獄を彷徨い、
違う自分になって社会に復帰したとき、
心の中に「あたかも以前からそこにあったかのように」、
ふわふわと存在するようになった言葉が、
この言葉です。

そうしたら作家の佐藤優さんも同じことを書いていて驚いた。
「大切なことは常に外部から来る」と彼は言っています。

彼の場合、東京地検特捜部に検挙され、
東京拘置所に512日間拘留された体験が、
「神からの啓示」だったのだと思います。
(彼はキリスト教徒ですから)

あの事件がなければ彼は今も外務省の職員であり、
作家になることは決してなかった。
しかし、特捜部の捜査員の顔をして、
神はある日家にやってきて、自分の人生をドラスティックに変えた、
というのが彼の原体験になったのです。

私の場合も同じです。
「病気という歓迎されざる来客」によって、
人生は一度壊滅しましたが、
その廃墟から最も大切な芽が芽吹いた。
「ノートに書かなきゃ覚えてられないようなビジョン」に、
人生をドライブする力はない、という諦念を私は得ました。
「たいせつなことは向こうから来る」
というのはそういう意味で私のモットーになっています。

しかしこのとき、
「能動的受動」というべき態度も必要です。

「果報は寝て待て」的に、昼寝をしてたらよいことが起きる、
という話しではないというのがポイントです。
「向こうから来た重要なこと」にいつでも対応できるよう、
日々「中腰」で生きているという感じでしょうか。

預言者イザヤの召命は外部からきましたが、
彼が「ここに私がおります。私を遣わしてください。」
と言えたのは、彼が「中腰」だったからです。

、、、秘密を明かしますと実はこのメルマガ執筆も、
私にとっては「中腰」の実践のひとつだったりします。

ターコイズブルーさんの、
「名言を紹介するコーナー」いいですね。
今月出会った「膝を打ったフレーズ」みたいなのを、
紹介していくような構成で。

検討してみます。


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【Q】笑いと芸術の関係性

2018.01.04 Thursday

+++vol.021 2017年7月11日配信号+++


●【Q】笑いと芸術の関係性

ラジオネーム:トリッキーファウラー(男性)
お住いの地域:愛知県

Q.

毎週楽しみしてます、初めましてトリッキーファウラーと申します。
(ゴルフと言えばMATSUYAMAがかなり注目を集めていますが、
米国のゴルファーであるRickie Fowlerの名前からペンネームを決めました。)
以前紹介されていた『本を読む本』や
『素数の音楽』などを購入して読んでいますが、
とても面白くためになっています。

私は教員をしていることもあり、
生徒たちに教える前にまず(今さらですが)
自分自身が本をどう読むかを学びたいという思いで読みました。

また、「読む力が話す、聴く、書く技術を超えることはない」
ということにもヒントを得て2020年以降大きく変わろうとしている
学校教育において何を優先すべきなのかを考えています。

さて質問コーナーは今がチャンス!
と聞いたので思い切って質問をしてみたいと思います。
それは、最近ではお笑い芸人が小説を書いて売れたりと
芸人さんたちの「芸術」への進出が目立っていうように思えますが、
お笑いと芸術との関係性について陣内さんのご意見を
お聞きできたらと思っています。

劇団ひとり、又吉、オードリー若林の文才にも触れていましたね。

なぜこの質問が出てきたかと言いますと、
先日ある小さな島を訪れた際、
立ち寄った喫茶店で鳥居みゆきの『夜にはぞっと深い夜を』を
読んだことが印象に残ったからだと思います。
(旅先で読んだ本はなぜか印象に残るとはこういうことなのかと思いました)
島で採れた梅を使った梅ソーダも確かに美味しかったです。
しかし彼女が秋田出身であることを知って
「そう言われれば秋田美人って感じだ」と思ったり、
彼女の表現力に「妄想」以上の迫力を感じたりしました。

陣内さんが紹介された中には北野武やさま〜ずもいたかと思います。
「お笑い論」の際には「笑いは理性を超えたところにある」
ということも話されていました。
そこで「笑いと芸術との関係性」についての
お考えを聞かせていただけたらと思います。



A.

トリッキーファウラーさん、
ご質問ありがとうございます。

小さな島の喫茶店で飲むその土地の梅ソーダ、いいですね。
ご質問から旅情を感じました。
どんな島だったんでしょう?
興味があります。

さて、ご質問内容の、「笑いと芸術との関係性」については、
私も普段から「なぜだろう」と考えていることでもあったので、
ご質問をいただいたときから、つらつらと考えていました。

あくまで私の個人的な見解ですが、
少なくとも2つの要因があるように思います。

ひとつは、「芸人の知性の高さ」です。
「頭の良さ」にはいろいろな種類がありますが、
もっとも高度な知性は「人を笑わせられる」ということだ、
というのが私の仮説です。

偏差値秀才になって東大に入学することも
ビジネスパーソンとしてめちゃくちゃ出世することも、
事業を立ち上げて金を稼ぎまくることも、
世界的な学術研究結果を遺すことも、
すべて難しいし「高度な知性」が要求されます。

しかし、これら以上に最も高度な知性を要求されるのが、
「(人を傷つけず)人を笑わせることだ」というのが、
私の持論です。

反論は受け付けます。

しかし、私が「マジでこの人頭良いなぁ!」
とため息が出るというのは、「すごい本」を読んだ時も、
サッカーの美しい戦術を観たときも、
政治家の狡猾で周到な外交戦略を目にしたときも、
ビジネスパーソンの優れた企業戦略を観たときもそうなのですが、
本当に本当に感嘆して「ため息」が出るというのは、
ある種のお笑い芸人が「人を見事に笑わせたとき」です。

「水曜日のダウンタウン」に引きつけるなら、
「あらゆる職種の中でお笑い芸人の地頭が最強説」
を私は唱えているのです。

しつこいようですが反論は受け付けます(笑)。

「地頭」というのは偏差値などに還元することのできない、
そのひとの「地の頭の良さ」を現す言葉ですが、
この「お笑い芸人地頭最強説」には、
根拠がまったくないわけではないのです。

私が「人の頭の良さ」を普段どこで観察しているかというと、
その人の学歴ではありません。
年収の多さでももちろんありません。
会話をしたときの素養や教養の深さももちろんありますが、
いちばんその人の「地の頭の良さ」が出るのは、
その人が「オシャレで優しくて、その場を救えるようなユーモア」を、
言えるかどうか、だったりします。

前にも話しましたが、
西洋社会では、「気の利いたユーモアで人を笑わせられる」
というのは、最高の教養の証明のひとつです。

学歴や年収は詐称できますし、
1時間ぐらいなら「知ったかぶり」で教養の低さを
ごまかせるかもしれませんが、
こればかりは詐称不能だからです。
ユーモアのレベルだけはどうしても、
「地の頭の力」が出てしまう。

いつも私が言っていることですが(え?知らない?)、
「笑いとは期待の裏切り」です。

「当然こうなるであろう論理的帰結」を、
裏切るところに笑いが起こる。
葬式で沈痛な顔をすることは「当然起こること」ですが、
葬式でおならを連発してしまうことは、「期待の裏切り」です。
お笑い芸人が「ネタ」を作るとき、
こういう公式を踏まえて作り込むわけですが、
複雑な論理の「当然の帰結」つまり正解が分かっているから、
彼らは「不正解」を意図的にネタに組み込み、
「期待の裏切り」を引き起こして笑いを生み出せる。

ということは彼らは、
数学で言うならば常に「正解を知っている」必要がある。
だから「正解とは違う、ななめ上の答案(=ボケ)」を、
生み出せるのです。

「笑いと芸術の関係」のひとつの秘密は、
「笑いに携わる人の地頭の良さ」が関係していると、
私は踏んでいます。

もうひとつの理由として私が考えるのは、
大多数のお笑い芸人は「世間とのズレ」と言いますか、
「何か自分がここにいることの違和感」
「世間に自分がハマっていない感覚」
を持っているという事です。

じつは私自身もそのような感覚を
小さい頃からずっと持っています。

「世間に私がいてもよいんだ」という、
当たり前のように世間の中に「居ることが出来る」人というのがいます。
そこに自分がいることをまったく疑っていない。
ごくごく自然に、そこに居ることが当たり前であるように、
その場に溶け込み、なじみ、「存在する」ことが出来る。

世間と「周波数」のようなものがぴったりと合っている。

それとは逆に、学校でも社会でもどんな集まりにいても、
談笑し、一緒に仕事することは出来たとしても、
心の奥の深い部分で、
「自分はここにいるべきではないのではないか」
「自分は何か異質な存在なのではないか」
という「実存的違和感」を抱えた人がいます。

喩えるなら
「自分は実は、たまたま地球人の形をした宇宙人なのではないか」
というような「世間との異質感」を常に抱えた人、
というのがいるのです。

前者のタイプには想像すらつかないかもしれませんが。

大丈夫です。

後者のタイプの人には、
前者のタイプの「ハマってる感」こそ、
想像すらつかないですから笑。

私の考えでは、
前者も後者もどちらが優れているわけでもなく、
違和感というのは心理的に治療した方が良い、
というものでもありません。

ただ、そういうものだと受け容れるものだと思います。

この考えを私が確信したのは、
「バカの壁」の著者で解剖学者の養老孟司さんが、
今私が書いたことと全く同じことを言っているのを、
「自分の壁」という本で読んだときです。

引用します。

→P81 
〈世間と言うものはすでにある。
でも、自分は世間と言うメンバー制のクラブの
メンバーシップを持っていない。
世間になじんでいる人の多くは、
自分がメンバーシップを持っていることに疑いを持っていない。
居心地の悪さを抱えているか、
自然と世間になじんでいるか。
どちらのタイプかで世の中の見方は変ってきます。〉

▼参考リンク:「『自分』の壁」養老孟司
http://amzn.asia/2qNzMLa

、、、養老さんも私と同じように、
小さい頃から「自分はこの世界のメンバーではないのではないか」
という「そこはかとない居心地の悪さ」を感じていた、
と告白しています。

そしてそれは80歳近くなった今もそうだ、と。

これを読んでから私は幾分心が楽になりました。
なんだ、「こういうもの」なんだ、と。

きっと今後遺伝学や脳科学が発達してきたら、
「このタイプ」には何らかの名前が付与されるかもしれませんし、
脳のニューロンの形が違うとかどこかの遺伝子が欠損しているとか、
そういった形質的な原因と結びつけられるかも知れませんが、
さしあたって、おそらく少数派である、
「世間というメンバーシップにハマらないタイプ」というのは、
ただの「傾向」です。

、、、大事なのはその原因がどこにあるかではなく、
その「結果」です。

どういうことか。

こういう「ハマらないタイプ」の人というのは、
普段は「見よう見まねで地球人と同じように」行動し、
適応しようと努力しているので、
他者以上に世間に馴染んでいるように「見え」ます。
特に成人以降はその傾向は顕著で、
このタイプの人は意図的に世間の振る舞いを学び吸収しますから、
「過剰適応」と言っていいほど馴染んでいる場合がある。

「地球人よりも地球人」なわけです。

しかし、このタイプの人は、
どうしても「結果的に」他の人と違うところがあります。

それは何か。

それは、「他の人よりいっぱいものを考える」ということです。
養老孟司さんはその代表例で、彼が「地球人タイプ」だったら、
間違いなくこれだけたくさんの本を書くことはなかったでしょう。
彼はいわば、自分が「世間と半音ズレている」感覚を、
いつも持っていたから、「なんでだろう?」と、
いつも考えていた。

だからこれだけ多くの著作を書くほどに、
ものごとを「考え続けた」わけです。
このタイプの人は実は、
「思考を止めることができない」仕様になっています。

その「考え」の副産物が、
養老さんの場合多くの著作であり、
そしてお笑い芸人の場合、
「お笑い芸人になる」ということになるのです。

説明します。

数ある職業の中、お笑い芸人を選び、
しかもそれを10年や20年、
売れていても売れていなくても「続ける」というためには、
「有名になりたい」「金持ちになりたい」「女にモテたい」
みたいな即物的なモチベーションだけでは不可能です。

5年間はそれで頑張れるかも知れませんが、
芸人を仕事にするというのは大変です。
収入は不安定ですし世間の風当たりも強い。
彼女の両親には会ってすらもらえない。
部屋も借りられないし、同窓会でも鼻で笑われる、
なんていうのはすべての芸人が経験していることです。

何十年もそれを仕事にするというのは、
即物的な動機では立ちゆきません。
「もっと深い実存的な動機(ドライブ)」が必要なのです。
それこそが多くの芸人にとって、先ほどの、
「世間と半音ズレているという感覚」
だと私は見立てています。

トリッキーファウラーさんの言っていた、
鳥居みゆきの「夜にはずっと深い夜を」は、
私は未読でしたので興味を持ち読んでみましたが、
これも「世間と半音ズレている」人でないと書けないものです。

また、オードリー若林の、
「社会人大学 人見知り学部、、、」を読んだ時も、
彼の「世間と半音ズレてる感」を強く感じました。

▼参考リンク「社会人大学 人見知り学部 卒業見込み」若林正恭
http://amzn.asia/ezq9Ygb

▼参考リンク:「夜にはずっと深い夜を」鳥居みゆき
http://amzn.asia/fe9RDlO

、、、この場合、
本当に半音ズレているかどうかではなく、
本人が「半音ズレている」と思っているかどうかが問題です。
若林にしても鳥居みゆきにしても、
「何で自分は大勢の人が振る舞うように、
 自然に振る舞えないのだろう?」
という劣等感にも似た違和感、
先ほどの言葉でいう「宇宙人感」を持っている。

そういう人はどうしても、
人より沢山考えてしまいます。
なんだったら、意識がある間は常に何かを考えている。

人生について、自分とは何か、
社会とは何か、生きるとは何か、
笑いとは何か、愛するとは何か、、、

、、、つまり「世間にハマらないタイプ」の人は、
「ナチュラルボーン哲学者」なわけです。

きっと100年前ならこの人々は文学をやったかもしれないし、
文字通り哲学者になったかもしれない。
芥川龍之介や三島由紀夫、夏目漱石、森鴎外、
あるいはスコット・フィッツジェラルドなど、
彼らの書いたものを読めば彼らが「半音ズレた」人であるのは明白です。

19世紀や20世紀に文学や哲学をした人々は、
21世紀の日本では多くの場合お笑い芸人になっている、
と私は見ています。

だから太宰治が1980年生まれなら、
いまは中堅芸人をしているかもしれない。

そんなの、もう「又吉直樹」じゃん!

って思ったあなたの見立ては正しいです。

そういうことなのです。

ジョンレノンがかつて、
「ベートーベンがいま生きてたら、
きっとロックンロールをやっていただろう」
と言ったというのを読んだことがあります。

「太宰治がいま生きていたら、
 きっと芸人をやっていただろう」
ということになります。

哲学性、文学性や芸術性というのは、
現代ではいわゆる「芸術プロパー」
「哲学プロパー」な世界にあるのではなく、
ポップカルチャーやサブカルチャーの世界にあります。

「半音ズレている」感でいえば芸人の他にも、
ある種のJ-POP作者がそうです。
彼らは現代の哲学者です。

Mr.Childrenとか、BUMP OF CHICKENとか、
椎名林檎とか、スガシカオとか、
彼らの歌詞は高度に哲学的であり文学的です。
「現代の詩人」「現代の宗教家」は、
芸術大学卒業生や宗教施設を探しても実はおらず、
演芸小屋やコンサートホールにいるのかもしれません。

御参考になったかどうか分かりませんが、
私が芸人と文学、芸人と芸術について考えているのは、
このようなことです。




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【Q】珈琲のおいしい入れ方は?

2017.12.28 Thursday

+++vol.020 2017年7月4日配信号+++

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
■3 Q&Aコーナー

皆さんからお寄せ頂いた質問にお答えするコーナーです。
日頃の悩み、疑問、今更誰かに聞けないギモン、、、、
質問の種類は問いません。お気兼ねなくご質問をお寄せください。
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●【Q】おいしい珈琲の飲み方

ラジオネーム:高所作業車(男性)
お住いの地域:東京都

Q.

陣内さんには、珈琲豆の違いがわかりますか?
よく○○産とかありますが、
果たしてどのくらいの違うねん、と思ったり、
酸化しちゃったらどれも一緒、
アイスコーヒーは氷が溶けたら一緒、と思ってしまいます。
おいしい珈琲の味わい方、にコツがあればおしえてください。


A.

高所作業車さん、ご質問ありがとうございます。
私はコーヒーはかなり好きで、
毎朝歯を磨き髭を剃り顔を洗った後に、
いちばんにすることはお湯を沸かしてコーヒーを淹れることです。

この時間は私にとって「神聖な時間」みたいになっています。
イチロー選手の朝のカレーと同じ「ルーティーン」でして、
コーヒーを淹れることで「一日が始まるぞ」という合図を、
身体にお知らせしている感じの「幸せの時間」です。

燃え尽き症候群になって「自分は病気だ」ということを、
もっとも深く感じたのは、この「コーヒーを淹れる」という、
本来「快」であるはずの行為をするエネルギーすら、
なくなったことです。

話しを戻しますと、
私は「ペーパードリップ」でコーヒーを淹れていて、
「ケトル」という先の細い湯沸かしポットを、
15年以上同じモノを使っています。

▼参考画像:ケトル
https://goo.gl/vjWrUC

▼参考画像:ペーパードリップ
https://goo.gl/Lq2NaE

私のケトルは信じられないほど使い込んであり、
時々人から「そのポット、一回、焼却炉で焼いた?」と、
聞かれるほどです(笑)。

何の必要があって焼却炉でポットを焼くのでしょうか(笑)。
たんに使い込んだだけです。

ペーパードリップのコツは、
あらゆるところで語り尽くされていますから、
詳細を説明することはしません。

▼参考リンク:ペーパードリップのコツ
https://goo.gl/PfQtck

「の」の字に注いだ方が良いとか、
いや、一点に集中して注いだ方が良いとか、
いろんな人がいろんな事を言うのですが、
私はふたつだけのことを守れば良いと思っています。

1.蒸らす。

10秒でも15秒でも良いので、
最初に「蒸らし」ましょう。


2.ゆっくり注ぐ。

「の」の字か「1点」か、
あるいは「ナイキのロゴ」か、
何でも良いのですが、
大事なのは「ゆっくり」注ぐことです。

新鮮なコーヒー豆であるほど、
注いだときに「膨らむ」わけですが、
その「膨らみ」の高さを目測し、
「ある一定の高さ以上にはならないように」、
注ぐのがコツです。

「その高さ」に達したら注ぐのをやめる。
低くなってきたらまた注ぐ、、、
という風に。


これで美味しい珈琲が飲めるはずです。

、、、豆はとても大事です。
豆の新鮮さがコーヒーの味を決めます。
もっと正確に言えば、「焙煎してから飲むまでの時間」が大事です。
コーヒーは生の豆を焙煎するから茶色になるわけですが、
大事なのは「焙煎後の時間」です。

▼参考画像:生の豆と焙煎した豆
https://goo.gl/tWNMZA

焙煎したその瞬間からコーヒーは空気に触れ、
「酸化」が進みます。
酸化していない豆ほど美味しく、
先ほど言ったようにお湯を注いだときに、「膨らむ」のです。

高所作業車さんがおっしゃるように、
酸化してしまったらどの豆も「マズい」です。
香りがなくなり、ただ苦いだけの飲み物になりますから、
パンの焦げを煮出したのと同じです(笑)。
多分身体にも悪いでしょう。

、、、で、
じゃあ焙煎したての豆って、
どこで買えば良いの?
ということですが、私がこれまででいちばん、
「新鮮だなぁ」と思ったお店はここです。

▼参考リンク:「やなか珈琲店」
http://www.yanaka-coffeeten.com/

これは弟に教えてもらい、
何度か取り寄せて飲んだこともありますが、
この店は「コーヒーは生鮮食品です」というポリシーを持っています。
「焙煎後2週間以内に飲みきってください」
と注意書きがされているほど「焙煎後の鮮度」をたいせつにしているのです。
ペーパードリップすると、見たことないぐらいふくらみます。
100グラムの豆をメール便で送ってくれるサービスもありますから、
メール便の豆2袋で、1,000円ぐらいの出費なので、
試しに一度買ってみるのも一興かも。
スタバならマキアート2杯にしかなりませんから。

、、、とか言っておきながら矛盾するようですが、
100グラム500円ぐらいするここの豆は安くはないですから、
この数年は注文してないです。
私はけっこう貧乏なのです(笑)。
べつに自慢することではないですが。

最後に買ったのはいつだろう?
思い出せません。

独身のときであるのは確かです。

「やなか珈琲店」は比較的大手ですので、
街を歩けば「自家焙煎」というのぼりを立てた、
もっとディープな、もっとこだわりの強い、
そういった店もあることでしょう。

ただ、そういった店は、
「店主のこだわりが強すぎる」
ということが時折あるので注意が必要です。
コーヒーは確かにすっきり飲みやすく香り高いのですが、
店主から「灰汁とえぐみ」が出ている(笑)。
店主のこだわりが酸化している(笑)。

個人的な体験を話しますと、
今年の春に友人と入った、
「こだわりの自家焙煎コーヒー豆屋さん」では、
試飲用のコーヒーを店内で注文したところ、
「スタバはぜんぜんダメ」「やなか珈琲店?あれもダメだね」
みたいな話しを10分ぐらい聞かされうんざりしました(笑)。
「さっさと飲ませてくれないかなあ、、、」
と思ったものです。

私の個人的な見解ですが、
スターバックスだとか「やなか珈琲店」だとか、
あのへんより「上」となると、
あまり人間には違いが分からないので、
それ以上を求めることに意味はない気がします。
あのへんを「10」だとすると、
多分20とか30もあるのでしょうが、
人間が「違うなぁ」と分かるのは、
10までなのではないかと。

良くテレビで、
2,000円のワインと5万円のワインを、
飲み比べたりしていますが、
あれと同じで、「2,000円以上はだいたい同じと感じる」
で良いのではないかと。

「選ばれし舌を持つ少数の人間」には、
違いが分かるのかも知れませんが、
私は選ばれなくて良かったと思っています笑。
お金がかかって仕方ないですから笑。

、、、さらに言いますと、
「10」ですら「オーバースペック」で、
コストとパフォーマンスの「スイートスポット」は、
「8」ぐらいにあると私は思っています。

つまり、スタバや「やなか珈琲店」みたいなのを、
普段から飲む必要はべつにないと。

「8」ぐらいで良ければ、
スタバの豆や「やなか珈琲店」の、
半額以下で買えたりします。

私は何年もそれで生活しています。

あと、私の場合「反則」なのですが、
「コーヒー好き」を公言しているためか、
周囲の人がアメリカに行ったときとか、
あるいはそうでなくても、コーヒー豆を買ってきて、
定期的にプレゼントしてくれます。
だからあまり自分で買う必要がないぐらいなのです。

私は周囲の人に愛されているのです。

特に義理の母の「けいちゃん」は、
私に毎月5,000円の「書籍献金」をくださっている、
とこの前メルマガに書きましたが、
会うたびにスーパーで、
200グラム450円ぐらいで売っているコーヒー豆を、
「差し入れて」くださいます。

このメルマガはけいちゃんがくれたコーヒーを飲みながら、
けいちゃんの支援によって買った本を読んで、
その内容の紹介をさせていただいていますから、
最大のスポンサーと言っても良い。

今度何か広告載せて欲しいかどうか聞いてみます笑。

、、、あと、
あんまり美味しくない豆を買ってしまったときとか、
買った豆が古くなって香りが落ちてしまったときの、
「裏技」をひとつ紹介しておきます。

▼参考リンク:フレーバーコーヒー ヘーゼルナッツ
http://item.rakuten.co.jp/life-freshmart/f807037/

これは私がリピート買いしている、
カナダの輸入フレーバーコーヒーなのですが、
豆の状態でジップロックで小分けしてこれを冷凍しておき、
必要に応じてブレンダーで細かく轢いて、
「あんまり美味しくないコーヒー豆」と、
「1:1」の割合でブレンドします。

フレーバーコーヒーって、
そのままだとちょっと人工的な味がして、
「キツい」のですが、普通の豆と混ぜると、
丁度いやらしくない感じの香りと味になり、
飲みやすくなります。

淹れると部屋中がハワイアンカフェのような甘い匂いになり、
けっこうお勧めです。

、、、あと、
産地による違いですが、
メジャーなところでいうと

モカ→エチオピア
キリマンジャロ→タンザニア
トラジャ→インドネシア
コナ→ハワイ
ブルーマウンテン→ジャマイカ

みたいな違いがあります。
キリマンジャロは酸味の強いコーヒーとして、
モカは甘みの強いコーヒーとして知られています。

私は酸っぱさがあまり好きではないので、
甘みのあるモカや、
しっかりダークなトラジャを好みます。

コナやブルーマウンテンは確かに美味いですが、
価格が高すぎて飲む機会があまりないです。
ハワイに行ったら是非「ハワイコナ」の豆を、
お土産に買ってあげてください。
コーヒー好きの人は飛び上がって喜ぶでしょう。

あと、アイスコーヒーは氷が溶けたら薄まる、、
という話しですが、
2重構造のコップはお勧めです。
氷が殆ど溶けないし結露しないので、
アイスコーヒーを最後まで美味しく飲むのに最適です。
私はつい最近二重構造のタンブラーを買いましたが、
夏の生活にはなくてはならないアイテムになりそうです。

▼参考リンク:二重構造のタンブラー
http://amzn.asia/iXMJXeE

ガラス製のものとステンレス製のタイプがありますが、
性能はあまり変わらないのであとは「好み」でしょう。
私はガラスのほうが中身が見えるし、
口触りが好きなのでガラスを買いました。

、、、という、コーヒーに関する「雑談」でした。
御参考までに。




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【Q】読書の代替物

2017.12.14 Thursday

+++vol.018 2017年6月20日配信号+++


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■3 Q&Aコーナー

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●【Q】読書の代替物

ラジオネーム:ターコイズブルー(女性)

お住いの地域:愛媛県

Q.

いつも応援させて頂いております。
いきなり質問です。
私は小さな頃から、本を読むのが大好きでした。
それは今も変わらずですが、
ただ単に忙しくて時間が取れなかったり、
また、疲れているとき、
体調が優れない日などが続いてしまい、
本を読むという作業さえ能動的に感じて、
まとまった時間が取れず、
脳と身体を休める方を優先させてしまいがちです。

そんな訳で、読書によって満たされる知的好奇心や探究心を、
何か他の方法で得られれば嬉しいというところです。
ちなみに、音楽を聴いたり、編み物をしたりはよくしています。
朗読を聴く、絵本や画集、写真集を見る、日記をつけてみる、
教会に行って歌を歌ったりお話を聞く、映画を観る、など、
いろいろあるとは思いますが、なるべく、
気張らない読書ができる方法や、
オススメの軽い本などあれば教えて下さい。

メールマガジンこれからも楽しみにしています。
よろしくお願いします。


A.

ターコイズブルーさん、ありがとうございます。
ご質問内容に関してですが、
率直な私の意見を言いますと、疲れて体調が優れず、
本を読むということさえおっくうに感じるような日は、
脳と身体を休めることを第一になさるのが一番だと思います。

ですから、ターコイズブルーさんが今なさっていることは、
たいへん正しいことだと私には思われます。

人には様々なライフステージがあり、
本を沢山読む時があり、本をほとんど読まない時があります。
きっと「本を読まない時期」というのは、
「それ以外の学び」をしているときなのです。
つまり「文字にならない知識」を「読んでいる」わけであり、
そこにはきっと「知的興奮」があります。

私が本を自分で買って読むという習慣を身に付けたのは、
大学生のころであり、私のスタート地点は「信仰書」でした。
ハドソン・テーラーやビリー・グラハムなどの、
偉大な信仰者の書いた自伝や、
国内外の卓越した教師による「祈り方」の手引きなどを、
洗礼を受けて間もない私はむさぼるように読みました。
そこからビジネス書に発展し、小説、哲学書、神学書、
歴史、数学、文学、建築、芸術、心理学、社会、経済、政治、、、
みたいに拡がっていきました。

池に落ちた石が波紋を拡げるように
私の読書の範囲は今も広がり続けているわけですが、
その円のはじまりは「信仰書」であり、
さらにその中心には「聖書」があるわけです。

ですから私のこの20年あまりの「読書生活」というのは、
「聖書を読むための長い脚注」と言っても過言ではない。

私は聖書という「関心の中心」があるから、
それが駆動力になって読書を続けています。
この習慣はおそらく死ぬまで続くでしょう。

だとすると、「聖書」に出会っていなければ、
私は読書をするという習慣を持たなかったはずであり、
それは「人生の大きな喜びを失う」ことと同じでした。

本を読まない人生は私にとって「灰色の人生」ですから、
今考えるとぞっとします。

、、、話しを戻しますと、
人生には本が読める時期と読めない時期があります。
私の20年あまりの読書ライフにおいて、
3回、「本を読まない時期」がありました。

1回目は獣医師国家試験の受験前の4ヶ月間。
この期間は受験勉強に集中しました。
一日12〜18時間、毎日勉強していました。
聖書だけは一日一章読んでいましたが、
他の本はいっさい読みません。
一日に読める「テキスト量」はつねに目一杯ですから。

2回目は就職してから1年間。
この期間は「社会人として適応する」ことに必死で、
毎日へとへとになって仕事場から家に帰ってきたら、
スラムダンクを読みながら寝落ちするという毎日でした。
仕事で疲れすぎて本を読むという余力はありません。

3回目は鬱病で療養中の2年間の、
断続的に「本が読めなくなる時期」合計1年間ぐらい。
最初鬱病の症状の顕在化が「文字を読むと神経が痛む」
というものだったのもあり、読めないときは、
まったく読めません。
「非言語的な思考停止活動」として私は、
テレビゲームをするようになりました。

振り返ってみますと、
この3つの期間は、私の「知的営為」において、
不毛な期間どころではなく、
人生のハイライトとも言えるような、
もっとも活発で濃密な3つの期間です。

獣医師国家試験の勉強は6年間の断片的授業を、
「体系知」にまでまとめる役割をしてくれましたし、
社会人1年目の日々は、「学生から社会人になる」、
というイニシエーションであり、甘ったれていた私を、
「社会のなかで生きる大人」にしました。

療養中の1年間はサナギのように、
「何もしていない」ように見えて実は、
最も重要で本質的な変化が私の中で起きていました。

「本を読めないほど疲れていたり、
 忙しかったり、病んでいたり」するときというのは、
おそらく本を読む以上に濃密な「知識」を、
私たちは皮膚から吸収しているのだと思います。

デカルトは「方法序説」のなかで、
「私は本から学ぶ『人文学』を捨て、
 『世界という大きな書物』から学ぼうと決意した」
という意味のくだりがあります。

上記3つの時期というのは、
私が「世界という大きな書物」を熟読することに忙しく、
書籍という形の書物から離れていた時期と説明可能です。

、、、しかしこの続きがあります。

よくデカルトのこの「世界という大きな書物」のくだりは、
そこだけが切り取られて誤解されています。

「そうか、そうだよな。
経験のほうが書物よりいいもんな。
学校の勉強とか教養とかクソ食らえだ。
経験だ、経験。 
現場がすべてだ。
考えるより身体を動かせ!」という、
「人生で読んだ唯一の本はONE PIECE」みたいな、
田舎のマイルドヤンキーがいかにも喜びそうな「教え」として、
このデカルトの発言は引用されたりしますが、
それはデカルトの意図した意味とまったく違います。

原典に当たってみましょう。
デカルトは同じ章でこのように言っています。

→P34 
〈しかし私は、学校時代以来、
どんなに奇妙で殆ど信じられないことを想像しようとも、
それはだれか哲学者によって必ず言われていることを知った。
その後、旅をして、われわれとまるで反対の意見を持った人はみんな、
だからといって野蛮で未開であるわけではなく、
かれらの多くはわれわれと同じか
それ以上に理性を使っていることを認めた。〉

▼参考リンク:「方法序説」ルネ・デカルト
http://amzn.asia/iFZeT6J

つまりデカルトは、本を読めば読むほど自分の無知を知る。
「世界というより広い本」を読めば読むほど
(つまり人と話し、様々な経験を積むほど)、
自分の思い込みが正しくなかったことを知る。

、、、だから私たちは真理を追い求めるのだ、
と言っているのです。

ターコイズブルーさんがおっしゃっている、
「知的好奇心」というのは別の言葉で、
「無知の知」と言います。

「自分が知らないことを知る」ということです。

これを「知って」いる人は、
「反知性主義」という怪物に人生を喰われることはありません。
ターコイズブルーさんのような方なら、
疲れているときも仕事をしているときも休んでいるときも、
「探究心」を持っていますから、
いつも「何かを読んでいる」状態にあります。

そういう人は本を読んでも学び、
本を読まなくても学びます。

、、、と、ここまで書いたところで、
いただいたご質問に答えたことになっているのかどうか、
不安になってまいりました笑。

ターコイズブルーさんの聞きたかったことは、
そんな壮大な話しではなく、
もっと具体的で手近な「知的好奇心の満たし方」
だったりするような気がして我に返りました笑。

軌道修正します。

音楽を聴く、朗読を聴く、
絵画や画集、写真集、日記、
教会で歌を歌ったり説教を聞く、
映画を観る、、、、

おっしゃっているすべては、
「知的好奇心を満たす」と思います。

デカルトにとって、
「世界というより大きな書物」を読むことのひとつは、
具体的には軍隊に入って戦争に参加することでした。
(彼はオランダの軍隊に入隊しました。)

現代の私たちに引きつけるなら、
会社で仕事をすることも、
子育てに奮闘することも、
地域社会でボランティアをすることも、
趣味に没頭することも、あらゆる活動が、
「世界という書物を読む」ことに他なりません。

望ましいのはそこに「テーマ」を持つことです。
私にとって「聖書」がそれですが、
何かひとつ、「テーマ」を持って読書をし、
仕事をし、あらゆる活動をするなら、
その「見識」は体系を持つようになります。

「体系をもった知識」というのは人の役に立ちますから、
そのように人生を生きた人の言葉は、
「老いてなお人を益する」し、
「死してなお生きる」のです。

「読書によって満たされる知的好奇心や探究心を、
何か他の方法で得られれば嬉しいというところです。
いろいろあるとは思いますが、なるべく、
気張らない読書ができる方法や、
オススメの軽い本などあれば教えて下さい」

、、、とのことですが、
最後に「読書」以外で、
読書に極めて近い知的体験が得られる、
「オルタナティブ読書」=「オルタナ読書」について、
私なりに持っているいくつかの引き出しをご紹介します。

人の情報系の主な入力器官は耳と目ですから、
大きく分けてそれらは、
「聞く系(耳)」、「読む系(目)」、
「視聴系(目と耳)」に分かれます。


▼▼▼聞く系▼▼▼

▼東京ポッド許可局
https://radiocloud.jp/archive/tokyopod

これは最近私の中でひそかなブームでして、
先日の「読んだ本コーナー」でも紹介した、
「時事芸人」のプチ鹿島さんを通して知りました。
3人の40代おじさん芸人が、
「いろんなことをあれこれ」語ります。
その雑談が面白くて、ずっと聞いていられるという。

聴き方は、「TBSラジオクラウド」または、
「ラジコ」というアプリをダウンロードするか、
もしくは「東京ポッド許可局アプリ」という、
この番組専用アプリをダウンロードするか、
などいくつかの方法があります。


▼養老孟司講演会

私は養老孟司さんの著作の殆どを読むほど、
彼の「思想」のファンです。

YouTube上には彼の講演会やラジオ出演の動画がいくつかあり、
「養老孟司 講演」などと検索すると出てきます。
私をこれらを繰り返し聞いていますが、
毎回新しい発見があります。
「本では読み落としていること」なども新たに発見出来たりして、
かなりお勧めです。

▼参考動画:「未来を変える選択」
https://youtu.be/l5rqJiXXkVc


▼FVIメディアルーム Voice for the Voiceless
https://goo.gl/ge2Qtu

FVIのYouTubeチャンネルです。
FVIのカタリスト(スタッフ)や、
関係する方々の講演や対談の動画が見られます。
忙しい現代人がどのように、
「世界観と隣人を愛するライフスタイル」を身に付けられるか、
という問題意識からスタートアップしました。
音声だけ聞いても分かる内容も多いので、
ラジオと同じようにご利用いただけます。

、、、余談ですがこのメルマガも、
「FVIメディアルーム」のコンテンツのひとつです。



▼▼▼読む系▼▼▼

気張らずに軽く読める本、とのことですので、
私がこの10年で読んだ、単純に「面白い」という点で、
突出していた本をいくつか紹介します。

これらの本は「徹夜本」で、
先が気になるのでついつい読んでしまい、
最後は「読み終わるのがもったいない」と感じるような本達です。

冒頭の30分で「ぐいっと」持って行かれれば、
あとは読むのは簡単です。
逆に読まないでいる方が難しい、という中毒性があります。
今日は説明は省き、タイトルだけ羅列します。

▼「白夜行」東野圭吾
http://amzn.asia/0j1kUW9

▼「フェルマーの最終定理」サイモン・シン
http://amzn.asia/esmwpHC

▼「オールド・テロリスト」村上龍
http://amzn.asia/bfIcpjk

▼「1Q84」村上春樹
http://amzn.asia/9aFqqZv

▼「スティーブ・ジョブズ」ウォルター・アイザックソン
http://amzn.asia/3NMgvfC

▼「空飛ぶタイヤ」池井戸潤
http://amzn.asia/7jbGx20

▼「語るに足るささやかな人生」駒沢敏器
http://amzn.asia/0eFXODy



▼▼▼視聴系▼▼▼

映画のなかには、その一本を見たほうが、
本を何冊か読む以上に勉強になるというものがあります。

いくつか紹介します。

▼「シン・ゴジラ」庵野秀明監督
http://amzn.asia/1vdTFXQ

この映画を観ることは、
おそらく沢山の「日本官僚主義の弊害と長所」
に関する本を読む以上に意味があります。

日本的組織の強さと弱さについて
多くのことを考えさせてくれますし、
日米安保条約についても考えさせられます。


▼「それでもボクはやってない」周防正之監督
http://amzn.asia/9t7xt1Z

この映画は、日本の裁判制度について多くを教えてくれます。
なぜ多くの「冤罪」が生まれるのか。
「検察」や「国選弁護士」といった日本の司法制度を知る、
非常に良い教材です。
映画としても面白く、引き込まれます。


▼「インビクタス」クリント・イーストウッド監督
http://amzn.asia/8UPHKy5

マット・デイモンとモーガン・フリーマンが出ています。
南アフリカのアパルトヘイトの問題と、
ネルソン・マンデラという「偉人」のことがよく分かります。
マンデラの伝記を読むのに匹敵する密度が、
この映画にはあります。


、、、というわけでいろいろ自由に語らせていただきました。
ターコイズブルーさんのご質問の意図に沿えているかどうか、
少し不安なのですが、また懲りずにいろんな質問を送ってください。

最近「質問メール不足」で、
そろそろメルマガを打ち切るころなのかな、、、
と気弱になっていました。

質問をくださることは、
何よりの執筆の糧となっています。
「こんなこと聞いて大丈夫かな、、?」という質問でも、
初めての方でも大歓迎です。
どしどし質問をお寄せください!





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【Q】Kindleってどうなの?

2017.11.30 Thursday

+++vol.016 2017年6月6日配信号+++

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■3 Q&Aコーナー

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日頃の悩み、疑問、今更誰かに聞けないギモン、、、、
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●【Q】Kindleってどうなの?

ペンネーム:スタープラチナ(男性)
お住まいの地域:神奈川県


Q.

陣内さん、こんにちは。
神奈川県に住む大学生です。

陣内さんのメルマガを知り合いに教えてもらってから、
電車の中や寝る前にスマホでメルマガを読むという、
「暇つぶし」が充実するようになりました。

ありがとうございます。

これだけの量を毎週書くというのは大変なことだと思いますので、
陣内さんもどうかお身体に気をつけて活動してください。
これからもメルマガ楽しみにしています。

さて、質問です。

あまり深くない質問で恐縮ですが、
いま私はKindleを買おうかどうか、
この2ヶ月ぐらい迷っています。

私のエンゲル係数からすると、
14,000円するKindleは安い買い物ではないので、
レビューを見ながらずーっと悩んでいます。

友人も含め、携帯にKindleアプリは入っているけど、
Paper Whiteを持っている人もいないので、
使い心地について聞く機会もありません。

陣内さんの「今週読んだ本」で、
「Kindleで電子書籍購入」というのが時々出てきて、
そうだ、陣内さんに聞いてみよう、
と思ったわけです。

ズバリ、お勧めかどうかというのもありますが、
Kindleの利点だとか、逆にあまり良くない点だとか、
率直な感想をお教えいただけたら嬉しいです。


A.

スタープラチナさん、ご質問ありがとうございます。
「暇つぶし」にこのメルマガを使っていただけるというのは、
最高の褒め言葉です。

ラジオ視聴のように、
トイレの中でつい読んでしまうメルマガ、
を目指していますから(笑)。

私は志が高いのです。

さて、Kindleについてですが、
結論から言えば、めちゃくちゃ良いです。

以上。


、、、


、、、


で本当は良いのですが少し補足を。

モノを買うときに、
「コストに対する価値が得られるか」
というのは誰もが考えることです。

まったく音楽を聴かない人がiPodを買っても、
あまり便益を体験できないし、
あまり料理しない人が深夜番組の
「アメリカ発の消費電力の高そうな調理器具」を買っても、
お金に対する見返りは少ない。

、、、どうでもいいけど、
なぜか料理をあまりしない人に限って、
深夜番組の調理器具を買いがちだし、
掃除をあまりしない人に限って、
深夜番組のスチームクリーナーとか買いがちなのって、
前から思ってたんだけどあれ、何なんでしょうね笑?

、、、話しがそれました。

今述べたことから、Kindleで最高に幸せになれる人には、
以下の条件があります。

1.一定量の本を読む。
2.外出先で読書する習慣がある。
3.世界の森林の未来を本気で心配している。
4.握力が2キロ以下だ。

まず1ですが、どれぐらい読む人なら、
Kindle買うべきかというと、
私の実感から申しますとそうですねぇ。

一月に5冊以上読む人なら、
少なくとも買って十分「元が取れ」ます。

なぜか。

本を新品で買うよりKindleで買うと、
平均して100円〜500円ほど安く買えます。

当然です。

印刷代、流通代、紙代がすべて「ゼロ」になるんですから。
その分安くなります。

「なんで半額にはならないの?」と、
思われるかもしれませんが、
電子書籍という「エコシステムの構築と維持」に、
かなりのお金(特に人件費)がかかっています。
(GoogleやFacebookの社員数を考えてみてください)

、、、でもやはり電子書籍のほうが安い。
仮に一冊200円安くなるとしますと、
一月に本を5冊購入して読む人なら、
毎月平均1,000円本を安く買える。
年間なら12,000円です。

Kindle Paperwhiteは、
年に何度か突然訪れる「キャンペーン期間」ならば、
1万円を割ることもありますから、
1年間で十分元を取れることになります。

次に「2」の「外出先で読書をする習慣」ですが、
これは言うまでもありません。

特に満員電車などで、
文庫本または単行本を読むストレスが「10」だとすると、
Kindleを読むストレスは「2」ぐらいです。
ページめくりが片手でできるというのは思いの外、楽です。

肩を縮めながら電車で新聞を器用に読んでいるおじさんを、
想像してください。
あれが、「親指でサッサッ」に変わるのです。

、、、スマホで良いんじゃないの?
と思うかもしれませんが、
スマホはスクリーンと文字の小ささが制約になりますから、
そのストレスはやはり「5」ぐらい。
Kindleの「2」には及ばない。

タブレットは?
タブレットですら実はストレスレベルは「4か3」であり、
Kindle Paperwhiteには及びません。

なぜか。

それは「スクリーンの違い」です。
Kindle Paperwhiteに採用されているe-inkという技術は、
本当に革新的です。
実物を見ると分かるのですが、
本当に「紙」です。

「紙ってる」のです。

、、、、

、、、あ、「ウケ」をありがとうございます。

e-inkを発明した人は、
「目の健康を守る市民の会」から表彰されるべきです。
仮にそんな会があればの話しですが。

液晶スクリーンのような「反射による映り込み」が全くなく、
しかも晴れた日の昼間でも紙と同じように読める。
液晶スクリーンとe-inkでは、
目にかかるストレスは全然ちがいます。

さらにこれは使ってから気付いたのですが、
e-inkは紙をも超えています。

なぜか。

暗い場所で紙の本を読むときは、
当然読書灯をつけねばなりませんが、
Kindleの場合、紙と読書灯が、
ひとつの技術のなかに共存している。

すごい技術だと思います。

、、、あと、良く「中長期の旅」をする人は、
もうKindleは絶対に買った方が良い。

旅先で本を買えますから。

私はかつて、たとえば2週間以上家を空けるとき、
本を5冊も10冊もスーツケースに入れて、
本を読み終わったら、荷物を減らすために、
旅先の知り合いにあげたり駅のホームに本を捨てたりして、
そして新たに旅先の書店で本を買って、、、
とかやっていました。

海外だと日本の本を買えないので、
仕方なく洋書を買って読んだりして。
まぁそれはそれで意外な出会いがあって面白いのですが。

その時代は過去の話です。

いまや、エチオピアにいても、
日本の新刊を買って読むことができる。

世界が変わりました。

Kindleは革命的だ、
と心から思ったのはそのときでした。

「3」の森林資源については、
もうそのままですね。

世界平均で、一人が年間に使う紙の重さは、
56.5キログラムですが、日本人はその約4倍の、
214.6キログラム使っているそうです。

紙の本からKindleに変えますと、
年間60冊読む人なら、
最低でも15キロ以上の紙を節約できます。

電子書籍はそういう意味では、
地味に大事な環境保護活動かもしれない。

▼参考リンク:「森クイズ」
http://watashinomori.jp/quiz/quiz_07.html


「4」の握力が2キロ以下の人は、、、

、、、

その人は多分Q&Aコーナーに、
メールを打てないでしょうが(笑)、
Kindleはたった200グラムしかありません。

本を運ぶ力と、
本をめくる力を節約してくれるKindleは優れものです。

半分ギャグみたいに言っていますが、
半分本気です。

寝転がって仰向けになって
単行本を読むのは、私は10分と続けられません。
腕が疲れてきますから。
それがKindleなら1時間ぐらい余裕で読んでいられる。
この差は大きいです。

、、、あと「オマケ」ですが、
Kindleって、ネーミングも最高にカッコいい。

Kindleというのは英語の動詞で、
「ろうそくを灯す」という意味ですが、
このアルファベットを分解して再配列しますと、
e-inkという、Kindleを支える技術革新の名前が浮き上がる。

、、、最高にクールじゃないですか?

私はこの名前に「萌えて」います。

、、、今日は余談が多いですが、
ついでに言いますと、工業製品を売る上で、
「ネーミング」は思っている以上に大切です。

Kindleのネーミングは「100点」です。

iPodもそうですね。
iPodという名前を付けた時点で、
あの製品はすでに勝ちが決定していた。

あれが「mobile mp3 player」みたいなのだと、
あそこまで爆発的に売れたかどうかは疑問です。

、、、3ヶ月ほど前に読んだ、
スティーブ・ジョブズの伝記で知ったのですが、
iMacというデスクトップパソコンがあります。
あのパソコンが世に出る前、
当初、スティーブ・ジョブズはそれとは違う、
とっておきの名前を考えていたのです。

彼が、部下達の前で自信満々に発表した名前は、、、

なんと、「MacMan(マックマン)」でした。

ジョブズはこの名前をいたく気に入っていたのですが、
同僚と部下と会社役員の命がけの説得で、
「MacMan」は却下され、iMacになりました。
もしジョブズがあそこで断固「マックマン」を通していたら、
「Appleの奇跡の復活」はなかったかもしれない。

今頃「マックマン(笑)」と、
ネタにされているかもしれない。

名前って、大事です。

▼参考リンク:「スティーブ・ジョブズ」
http://amzn.asia/gFTJKrn


、、、いろいろしゃべりましたが、
買うも買わないも、結局は本人次第です。

KindlePaperewhiteは経年劣化も穏やかですので、
これから社会人になったりしても使えます。
私は買っても損はないのではないかと思いますが、
最後はスタープラチナさんがご自分でお決めになってください。

こんだけKindleを推しておいて「アレ」ですが、
最後に読書は、「何で読むか」ではなく、
「何を読むか」が大事です。

クオリティの高い読書ライフを送るためにも、
今後もこのメルマガをご利用いただけましたら幸いです。

、、、御参考までに。




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【Q1】国際協力について 【Q2】面白い本は?

2017.11.23 Thursday

+++vol.015 2017年5月30日配信号+++

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■3 Q&Aコーナー

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●【Q1】国際協力について

ペンネーム:築50年(女性)
お住いの地域:京都府

Q.
国際協力に関心を持っており、
NGOの寄付金集めについて考えさせられています。

偏った考え方や、
書き方に語弊があるかもしれませんので
事前にお詫びいたします。

少し前に欧米系の巨大NGOの
チャリティイベントに参加した時の事。
一晩で〇千万集まるそのイベントには社会的地位の高い人や
著名人たちが煌びやかな衣装を身にまとい、
自分たちの権力や財力を見せびらかすかのように、
オークションやゲーム、抽選会を楽しみ寄付という名目で
大金を出し合っていました。

その先には、
貧しい人途上国を助けるための開発資金集めという目的があり、
目標金額に達していないと要所要所で現地の貧しい現状を
写真とともに訴えることで同情心を誘います。

もちろん参加者は自らのお金を困っている人に
差し出す慈善の気持ちで行っているのだと思います。

それらのお金で立ち上げられたプロジェクトによって救われ、
自立に成功した人もいるかもしれません。

しかしそこにいる多くの出資者たちの様子をみていると、
現地の現状に心から寄り添おうとする雰囲気を
感じ取ることができませんでした。

運営者もセレブたちに働きを称賛されながらスピーチをする。
気分が良いことでしょう、これは病みつきになると思います。

非営利団体が行う途上国開発の巨大産業。
慈善をおこなう裏に隠れる現実を見たような気がして、
怖さを覚えました。
自分も気が付かないうちに
引きずられていくのではないかと怖さを覚えました。

このような方法で資金提供した人は、
「自分は彼らより上の立場であり助けてやっている」
という上下関係を強化し、
精神面で彼らを植民地化しているように思いました。

心に植え付けられたことは、
いずれ形に現れていくと思うのです。

そこで考えてのが、寄付する人の心が変えられて行かない限り、
どんな巨額が投じられても社会に何のインパクトを
もたらさないのだはないだろうか、ということです。

一時的には大それたことができて
助けにはなるかもしれません。
しかし長い目で見た時に、
結局現地の人は厳しい状況から抜け出せなかったり、
依存体質を生んだり、可能性を奪ってしまったり、
世界的貧富の格差の構図が変わることがない、
ぶつ切りの支援のように思います。

少額であったとしても、そこに寄り添う気持ち、
考え方、生き方が変革された人の寄付は
大きなインパクトをもたらし、
小さなことであっても途絶えることのない良い循環を
もたらす支援になるだろうと思わされています。

まとまりのない文章で恐縮です。

この事についてもう少し考えたく、
陣内さんのご意見を聞かせていただきたいと思って投稿しました。


A.

築50年さん、ご質問ありがとうございます。
ご質問のことをこの2週間ほど、
つらつらと考えてきました。

私自身も「海外援助」という働きに従事しているため、
すこしでも当事者感覚をお伝えできればと思い、
いろいろと思い巡らしていたわけですが、
あまりにも複雑な要素が絡んでおり、
それこそ「こうだ」と割り切れるような問題ではありません。

ですから、
ご質問を折角いただいたのに申し訳ないのですが、
すっきりとした答えを提供することは
どうやら叶いそうもありません。

この問題は実は、
ひとつの問題ではなく、
二つの別々の問題であるように思います。

まず、「支援する側からの問題」があり、
それから、「支援される側からの問題」があります。

そしてここが説明が難しいのですが、
この二つは実は、必ずしも「連動」しているわけではない、
というところに問題の捉えづらさがあります。

説明します。

まず、築50年さんがおっしゃっているように、
「支援する側」の問題があります。

セレブの人が有り余る中から、
あるときは自分の好感度を上げるためのパフォーマンスとして、
あるときは節税対策として、多額の寄付をすることがあります。

もちろん心から憐れみの心をもってなされる寄付もありますが、
どの寄付がどんな動機でされたかというのは、
「心の中の問題」なので外部から検証不能です。

2015年にFacebookの創業者のマーク・ザッカーバーグが、
総資産の99%(日本円で5兆円)を「寄付」した、
というニュースがありました。

あれなんかは良い例で、
実は彼は「慈善団体を称する有限会社」を創設したのであり、
それは大きな節税対策にもなりますし、
イメージアップ戦略としても優れている。

結局彼は、自分の資産を、
自分の右ポケットから左ポケットに移し替えただけだ、
という批判が後から上がったのには、そういう理由があります。

、、、だからと言って彼を偽善者と断罪するのは早計で、
もしかしたらその団体を通して、彼は近未来に、
人類に大きな貢献をするかもしれない。

、、、しないかもしれない。

マイクロソフト社の創業者ビル・ゲイツは早期退職をし、
私財を投じて「ビル&メリンダ財団」を作りました。

彼のアフリカでのマラリアやHIV撲滅のためのプロジェクトは、
この100年間に地上に存在したNGOで最大の効果をあげ、
何百万、何千万人という命を文字通り救っています。

パソコンを買い換えるたびに、
「Office」の高額さとそのアップデートの狡猾さに、
「マイクロソフト、どんだけ儲ければ気が済むんだ」
と思いますが、「私の生活をえぐるその数万円」が、
めぐりめぐって、アフリカでマラリアを撲滅しているかもしれない
(していないかもしれないけど)と思うと、
ちょっとだけ心が慰められます笑。

また、投資家のジョージ・ソロスなども、
自分の儲けたお金で慈善団体を設立していますし、
ミュージシャンのU2のボノも慈善活動に熱心です。
有名なサッカー選手やNBAの選手の中にも、
私財を投じて慈善活動や環境保護活動に肩入れする人々がいます。

こういう人々を見ると脊髄反射的に、
「売名行為だ、節税対策だ」と偽善を騒ぎ立てる人がいますが、
これは「ゲスの勘ぐり」の典型例で、
その批判内容は多くの場合、
騒ぎ立てているその人自身の内面の現実を表わしているだけで、
慈善活動をする人々の現実は別のところにあります。

これは私が到達したことのない領域なので想像でしかないのですが、
1000人にひとりとか、10000人にひとりみたいなレベルで成功した人、
というのは、多くの場合「自分だけ特別に贔屓にしてもらった」
「自分は不公平なほど運が良く、特別に良くしてもらっている。」
という、天とか神とか運命とかいうものにたいする、
畏敬の念を持っています。
(もちろん例外もたくさんいます。)

先ほど紹介した北野武もそれを書いていました。

日本の有名人は「勘ぐるゲス」が多いためか(笑)、
寄付をしたという表明が「逆売名行為」になってしまうので、
有名人の多くは「こっそり」寄付をしています。
北野武もそうとう影で寄付をしているという噂があるのは、
やはり彼もまた、
「自分は運が良かっただけだ。
 自分の成功を何らかの形で、
 この世の中に還元しなければならない」
という、いわば、
「ノブレス・オブリージュ」の感覚を持ってるからです。

(*ノブレス・オブリージュというのは、
 「高貴なるものの責務」という意味で、
 他者より優れたエリートは自分のためでなく、
 世のため人のためにその資産や能力を使わねばならない、
 という感覚のことです。)

今のは支援する「お金を出す人」の話しでしたが、
今度は、そのお金で現地で働くNGOの話し。

これは本当に、ちょっとここでは語りきれませんね笑。

なのでざっくりですが説明しますと、
まず、援助団体というのはその性質上、
「相手が貧困でなければ自分たちの活動が続けられない」
というジレンマを抱えます。

問題が解決しちゃったら、
もう寄付を集める理由がなくなっちゃいますから。

「世界から貧困をなくすのだ!」と言って、
純粋に慈悲の働きをしている援助団体の方々に、
悪意はまったくありません。

しかし、これは本当に無自覚なのですが、
私がアフリカなどで見た現実というのは、
哀しいことに、一部の援助団体は、
現地で何重にも問題を複雑化しています。

築50年さんがおっしゃるとおり、
現地に依存体質を生み出すという弊害。

それから、援助団体によっては、
現地スタッフは国家公務員なみの給料がもらえたりしますから、
それが「既得権」を生みます。

また、「問題をセンセーショナルに伝えた方が、
本部のある欧米諸国で寄付が集めやすい」という事情から、
現状をそのままに語るのではなく、
わかりやすい「お涙ちょうだいストーリー」を切り取る、
というようなことがなされたりもします。

「世界から虫歯を無くすのだ!」
という歯医者の抱えるのと同じパラドックスを、
援助団体というのは常に抱えます。

、、、現地で私が見て来た「良い」支援をするNGOはみな、
そういったパラドックスを、自覚している団体でした。

自分たちは本当は矛盾したことをしている。
混乱をもたらす「害毒」になるリスクを、
自分たちの活動は、はらんでいる。
、、、しかし、ここに自分たちがいて、
本国と連携して活動することに、
(限定された期間と条件ではあるが)意味があると信じている。

そういった「ある種の屈託」を抱えながら、
「それでもやはり必要だ」という、
骨太な理由で活動している団体は、
依存を生み出しにくいよう工夫して活動しています。

、、、そもそも、「援助」というのがいけないんじゃないの?
NGOとか非営利組織とかやってるから駄目なんじゃないの?

市場の原理に全部任せれば、
その国が工業化してGDPが成長して、
そしてみんなが喰えるようになるんじゃないの?
と言う人が時々いますが、
それは、もうひとつの「極論」であり、
ちょっと違うのかな、と私は思っています。
(だからこそ私はNGOの仕事をしているのですが)

たとえばインドに、
日本から巨額のODA(政府開発援助)資金があったとします。
それは「農村部での女の子の識字教育」という名目で出ている。

しかしインドでは、
中央政府から地方自治体、地方自治体から地元の施工業者、、、
という風に下請けに下請けを重ねた結果、
いろんな人の「ポケット」にそのお金は入り、
末端に行くときにはそのお金は当初の10分の1ぐらいになったりする。

そして企画書とは雲泥の差の、
粗末なバラックのような学校が建てられる。

私が見た学校は、全校生徒が1000名を超すが、
それを教える先生の数は5人、という小学校でした。
(私が見た学校は日本の援助ではありませんでしたが)

この学校には、国連関連の援助で、
「給食」も無料配当されますから、
地元の小学生達は勉強のためではなく、
昼食を食べるためにこの学校に集まる。
もっと言えば子どもではなく、親の家計のために、
子どもたちは学校に送られる。
「口べらし」ですね。

勉強はまったく教えられていないですから、
小学6年生の皆勤賞の子どもが、
自分の名前すら書けなかった。

それを見かねた現地の私の友人のNGO活動家は、
非営利の小さな学校を建て、
地元の少数の子どもたちを教え始めた。

私たちFVIが支援しているのはこのような小さな活動が殆どですが、
彼らの活動する現場に行くと実感として、
「経済万能説」も「政府万能説」も両方、
「慈善団体性善説」と同じように間違っている、
ということが分かります。

たいせつなのは、人は完全ではないということを知ることであり、
それでも良くなっていけるはずだという希望を捨てないことです。

養老孟司さんは私の尊敬する知識人ですが、
彼はイエズス会の幼稚園を卒業しています。

ちなみにキリスト教会は「世界最大のNPO」である、
と、ピーター・ドラッカーは、
「非営利組織の経営」という本で書いています。

▼参考リンク「非営利組織の経営」ピーター・ドラッカー
http://amzn.asia/7tAJauJ


、、、養老さんが大人になっても時々考えるのは、
「戦前の貧しい日本に多大な犠牲を払って、
 何の報いもないのに自分たちに熱心に教育を施してくれた、
 イエズス会のドイツ人の先生達」の姿だそうです。

見ず知らずの外国人の子どもに、
特に経済的インセンティブがあるわけでもないのに、
心骨を砕いて教育する、というのは相当に大変なことのはずだ。

しかし、そうやって善意で自分たちに何かをしてくれた人がいる、
ということ自体が自分の人生観を形作った、
と養老孟司は本に書いています。

彼らの存在と思い出が、大人になってからの長い人生で、
様々な失望や悲しみや不条理に遭遇したとき、
「それでも世の中は生きるに値するかもしれない」という、
生きる「よすが」になっている、と養老さんは言っている。

本当の「支援」というのは、
そういうものではないかと思います。

つまりその「スープ」だとか「パン」だとか、
「文房具」だとか「支援金」自体にも意味はありますが、
本当に大切なのは、その背後にいる、
「見ず知らずの他者のために犠牲を払っても良いと考える人が、
世の中には存在する」という事実ではないかと。

そういう人に、特に人生の早い時期で出会った人というのは、
養老さんも言っていますが「楽観的な人」になります。

世の中には詐欺もあるし嘘つきもいる。
とんでもない野郎もいるが、
それでも世の中は捨てたもんじゃない、
と心の深い部分で思うようになる。

キリスト教会は最大のNPOという話しをしましたが、
キリスト教徒の究極の目標というのは、
その生き方によって、周囲の人が、
「この人が生きているような世界なら生きるに値する」
と思うような迫力と魅力を備えた人になることだ、
と私は思っています。

、、、さて、
「支援される側の問題」つまり依存の問題などについて、
語る前に文字数が尽きてしまいましたので、
すみませんが割愛(!)します。

築50年さんのご質問のおかげで、
この3週間ほど、自分の中でも有意義な、
「内的対話」をすることができました。
ご質問ありがとうございました。

今後もご質問をお待ちしています。

私たちの団体「FVI」も、海外の活動を支援しています。
今はエチオピア、バングラデシュ、ウクライナなどの、
プロジェクトをサポートしています。

ホームページを見て活動のことを知り、
祈り、ご支援いただけましたら幸いです。

▼参考リンク:FVI「海外」ページ
http://karashi.net/project/world/program_02/index.html




●【Q2】面白い本は?

ペンネーム:のりまき(女性)
お住まいの地域:北海道

Q.
メルマガ配信、いつも楽しみにしています。
5月9日のぷにすけさんの質問の回答を読んで、
笑いって深いんだな、と教えられました。

最近私は、ヨシタケ シンスケさんという人の
絵本や本が面白くていいなと思っています。
この前は、『このあと どうしちゃおう』と
『結局できずじまい』の2冊を買いました。
『このあと どうしちゃおう』では、
天国にいてほしい神さまの話が面白かったです。

何度も読んでは笑っています。

私は、色々と深刻に考えてしまうことが多いのですが、
こういう本を読んで、ユーモアって大事なんだな〜と思いました。

お笑い好きな陣内さんとしては、
ヨシタケさんの本はどうですか?
ヨシタケさんの本に限らず、
陣内さんの好きな面白い本があれば、
教えて頂けるとうれしいです。


A.

のりまきさん、ご質問ありがとうございます。

ヨシタケシンスケさんの本は未読でした。

なので、出張先の愛知県で、
Kindleで買って読みました(笑)。

これは単に勧めていただいたので「悪いな」と思って、
とか、気を遣ってという話しではないのでご安心ください。

のりまきさんのご質問メールを読み、
Amazonで調べ、直観的に、
「これは面白いと見た」と思ったので、
自発的に買って読んだのです。

、、、結果、とても面白かったです。
ああいう脱力感のあるユーモアは、私も好きです。

ちょっとシュール系のギャグ漫画なども、
最近はあまり読んでないですが、
昔はよく読んでました。

「ピューっと吹くジャガー」が好きでした。

同じギャグ漫画でも、
「浦安鉄筋家族」はハイカロリーすぎて、
ちょっと疲れるかな(笑)。

ウンコの量が多すぎるかな(笑)。

私はKindleで手に入る中から
『なつみはなんにでもなれる』を読みましたが、
のりまきさんの勧めておられる
『このあと どうしちゃおう』も図書館に予約しました。

予約待ちがスゴイので、読むのは数ヶ月後になりそうですが。

、、、さて、私の思う面白い本ですが、
考えてみますと、案外「(ユーモアという意味で)面白い」本、
というのは多くはないのだと気がつきました。

文章で人を泣かせるよりも、
文章で人を興奮させるよりも、
文章で人を感心させるよりも、
なによりも難しいのは、
文章で人を笑わせることなのだ、
というのは新たな発見でした。

書籍の「面白い」は9割方interestingであって、
funnyやcomicalではないのだ、ということですね。

ただ、本を読みながら「笑ったなぁ」と思い出す本が、
3冊だけあります。

なんと、というか、当然というか、
全部お笑い芸人が書いた本です。

、、、では、三冊、紹介していきます。


▼1冊目:

ひとつめは、「さまぁ〜ずの悲しい俳句」。
10分ぐらいで読める「本」ですが、
めちゃ面白いです。

10年ぐらいに読んで、
それから本は手放していますから手もとにないですが、
めちゃ笑ったのを覚えています。

「雪でした 金かと思ったら 雪でした」とか、
「この葡萄 買ったらお金 かかるかな」とか、
「夏休み 白白白い 白いボク」とか笑。

悲し〜くなる大竹の俳句に対して、
三村が左のページでツッコむという、
素晴らしい構成の作品です。

▼リンク:「さまぁ〜ずの悲しい俳句」さまぁ〜ず
http://amzn.asia/dX2STQw


▼2冊目:

、、、つぎは、「ホームレス中学生」ですね。
これは社会現象になるほど流行りましたが、
この本は「美談」の部分も泣けるのですが、
なんといっても「キモ」は、
「メーターを振り切った自虐」が生む「笑い」です。

ご飯をかみ続けていると最後に一瞬、
甘みが戻ってくると言う「味の向こう側」の話しや、
「貝殻の形をした、
 どうみても巻きグソにしかみえない遊具のある、
 『まきふん公園』の貝殻で生活していたら、
 『ウンコの神さま』と崇められた」
というエピソードなどは最高です。

▼リンク:「ホームレス中学生」田村裕
http://amzn.asia/a9XQwZ7


▼3冊目:

、、、最後はこれですね。
純粋に「文章の力で笑わせる技術」では、
この人は日本で一番上手かもしれない。

劇団ひとりの「陰日向に咲く」は最高でした。
笑いましたし、ちょっと泣きました。

又吉直樹ばかり注目されますが、
劇団ひとりの作家性もとてつもないものがあります。

「陰日向に咲く」は本当にめちゃくちゃ巧く、
そしてめちゃくちゃ面白い。

そして二作目の「青天の霹靂」を、
彼は自分でメガホンを取って映画化していますが、
その映画の出来が素晴らしい。

この10年で見た邦画ランキングベスト5に入るぐらいです。
もっと評価されてもおかしくない作品だと思っています。
ちなみにこの映画も、めちゃ笑えます。
そして泣けます。
お勧めです。

「陰日向に咲く」の映画は「残念」でした。
原作の良さを台無しにしている。

「青天の霹靂」は原作よりも、
本人の監督した映画のほうが圧倒的に優れていた。
この映画は観て絶対に損はしません。
「必見」と言っても良い。

又吉直樹も「劇場」を自分で映画化したら良いのに、
と私は勝手に想像して楽しんでいます。

▼リンク:「陰日向に咲く」劇団ひとり
http://amzn.asia/j8QPpb5

▼リンク:映画「晴天の霹靂」
http://amzn.asia/hwhoCpz


、、、というわけで、
今のところ思いつく「面白い本」は、
そのようなところです。

また思い出したらシェアするかもです。

御参考までに。




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質問募集中!!

2017.11.09 Thursday

+++vol.013 2017年5月16日配信号+++

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
■3 Q&Aコーナー

皆さんからお寄せ頂いた質問にお答えするコーナーです。
日頃の悩み、疑問、今更誰かに聞けないギモン、、、、
質問の種類は問いません。お気兼ねなくご質問をお寄せください。
ご利用は下記に基づいてご利用いただけると幸いです。

【Q&Aについて】
▼全てのご質問にお答えすることはできません。予めご了承ください
▼いただいたご質問は、ブログ・FVIメディアルームに掲載される可能性があります
▼本名での投稿の場合は「ペンネーム:無し」となります
▼必ず下記フォームからご質問を送信ください

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【Q&Aコーナー専用フォーム】

▼URL
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※大変お手数ですが一つの1メール1質問を原則とさせてください。
ご協力宜しく御願い致します。

※頂いたメールはすべて目を通しております。
陣内俊への要望やメルマガの感想、激励などももちろん大歓迎です!

::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::

*都合により今回は、「Q&Aコーナー」は、
お休みとさせていただきます。

今日予定していた質問「国際協力について」は、
次号でお答えいたしますので、お楽しみに!

、、、あと、
Q&Aコーナーは当メルマガの
「フラッグシップ」コーナーです。
皆様からの質問で成り立っていますので、
どうか、ご質問をどしどしお寄せください。

軽めの質問でも、
深刻な質問でも、
冗談半分の質問でも結構です。

読者の皆様からのご質問、
お待ちしております。

軽めの質問でも結構です。
しっかしと文章を書いてくださる方も多いですが、
たとえば、もう、
「昨今のパンケーキブームについて、
陣内さんはどう思いますか?」
みたいな質問でも良い。

、、、

、、、それに対する答えはきっと、
「あまり何とも思っていません。」
になるかもしれませんが(笑)。

あと、
「今年ブレイクする芸人は誰ですか?」とか。

、、、

、、、これはそうですねぇ。
たぶん語りはじめると、止らなくなるのでやめます。
とろサーモン久保田が、やっと面白さを、
世間に発見されつつあるのを私は最近嬉しく思っています、
ぐらいですかね笑。

あと、古坂大魔王(ピコ太郎)は、
笑いの地肩が強いから、
一過性のブームでは終わらないだろう、
という予言はしておきます笑。

そんな感じでそれこそ、
「140文字」とかでも良いので、
質問を下されば幸いです。


、、、ついでに、
リスナーの皆様に、
「広報活動」をよろしくお願いします(図々しい)。

メルマガの存在を周囲の人に教えて、
「読めば聞こえてくる親密な対話」の輪を、
広げることにご協力いただければ幸いです。

「メルマガとかよく分からん」とか、
そういう方のために、
FAQ(よくある質問)の欄も設けました。
「お金取られるの?」とか、
「ジャンクメールが増えるの?」とか、
「怪しげな内容じゃないの?」とか、
「スマホでも読めるの?」とか、
そういった基本的なギモンにお答えしています。

メルマガというのは本当にラジオに似ていて、
ラジオも番組の広告ビラには、
「ラジオの聴き方」が載っています(笑)。

、、、何か怪しげなものではなく、
読んでみたら案外楽しいんだ、
人生の悩みとか質問できたりもするんだ、
、、、さらには、
トイレで暇つぶしできるというメリットもあるんだぜ(笑)、
という感じで、友人知人にお勧めいただけたら、
幸いの至りです。

こういうじわじわ系のメディアは、
一気に広がることはないし、
それがまた良いところでもあるのですが、
「読者がインフルエンサーとなって、
 次の読者を生む」
という連鎖反応を願っています。
よろしくお願いします。


▼リンク:FVI「陣内メルマガ」ページ(FAQ付き)
http://karashi.net/carrier/catalyst/jinnai/mailmag.html

【Q】面白くなるには?

2017.11.02 Thursday

+++vol.012 2017年5月9日配信号+++

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
■3 Q&Aコーナー

皆さんからお寄せ頂いた質問にお答えするコーナーです。
日頃の悩み、疑問、今更誰かに聞けないギモン、、、、
質問の種類は問いません。お気兼ねなくご質問をお寄せください。
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【Q&Aについて】
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●【Q】面白くなるには?


ペンネーム :ぷにすけ (男性)
お住いの地域 :北海道

Q.

いつもありがとうございます。
ヘビーリスナーのぷにすけです。

最近、悩んでいることがあります。
私はダウンタウンさん、くりぃむしちゅーさんを敬愛しています。

自分で言うのも変ですが、
時々、話術で人を笑わせることに成功し、
「ウケ」を頂戴することがあります。
ですが、自分の面白くなさも日々感じています。

私は面白い人になりたいと思っています。
面白くなるためにはどうしたら良いのでしょうか。


A.

ぷにすけさん、ご質問ありがとうございます。
申し合わせたかのように、「私のお笑い論」が始まった週に、
この質問!

息ぴったりですね笑。

、、、というか、
実を言いますと、ぷにすけさんのこの質問に
今週は答えることを先に決めていまして、
新コーナーをそれに「寄せた」わけです笑。

自作自演。

刑事モノなら則「逮捕」です笑。
「19時10分、被疑者確保しました。」です笑。

、、、偶然ですが、私もウケが大好きで、
ダウンタウンとくりぃむしちゅーが大好きです。

息、ぴったり笑。

「接しやすいぃ」
*(c)ロバート秋山

、、、「ウケ」というのは、
中毒性があります。

「べしゃり暮らし」という漫才師を主人公にした漫画を、
私はブックオフで全巻収集して読みました。

▼参考リンク:「べしゃり暮らし」森田まさのり
http://amzn.asia/2Honzi8

これは「ろくでなしブルース」や、
「ルーキーズ」で知られる森田まさのりさんが、
何人もの芸人さんたちにインタビューし、
楽屋裏とかにも行って取材して書き上げた、
渾身の「お笑い漫画」です。

これを読むと森田まさのりさんが、
「笑い」と「お笑い芸人」を、
深く愛しているのがよく分かります。

、、、なんと、
Kindle所有の方は、
いまなら第一巻が無料で読めるキャンペーン中です。

興味のある方は是非この機会に。

この「べしゃり暮らし」にも書かれていますが、
「いちどステージに立ち、
 お客さんの前で『笑い』を取るという快感を覚えた者は、
 それ以外の達成感ではもはや満足出来なくなる」
という中毒性を持っています。

「ウケ」は危険な薬なのです。

芸人って不安定な仕事で、
今テレビの第一線で活躍している芸人たちも、
殆どは数年前まで食うや食わずの生活をしていたはずです。

親には「早く就職しろ」と言われ、
結婚しようと思っても彼女の両親からは会ってすらもらえない。
同窓会では着実に地に足をつけて生活している同級生たちに、
白けたさげすみの目で見下される。
「あいつ、昔から変わってたからなー」
「いい年になって、良くやるよねー」
「保険とか入ってるのかな?」
「老後とか、どうするつもりなんだろうね?」

余談ではありますが、
私が芸人を好きなのは、
どこかでそれが自分と重なるからだと、
ここに正直に告白しておきます。

誰かに自分の仕事を言うと、
「それで食っていけるの?」とか、
「もったいないねぇ、安定した仕事に就けるのに、、、」とか、
「、、、、(無言)」とか、
そういった反応をあまりにも浴びせられ、
もはやセンサーがおかしくなって何も感じません笑。

芸人の話に戻ります。

不動産屋に行っても「その年収では」と部屋が借りられない。
だから芸人たちはシェアルームをするのです。

昔「ときわ荘」という、
漫画家だけが住むアパートがありましたが、
あれと同じです。

漫画家なんて食っていけると誰も思ってないから、
親からも勘当され、保証人にも誰もなってくれない。

不動産屋はそんな人に部屋を貸したくないですから、
住む場所すらままならない。

そんなとき数少ない先輩の「成功者」の、
成功に乗っかる形で、、
「あそこなら住めるらしい。
 、、、手塚先生のコネがあるから」
みたいな形で駆け出しの漫画家たちが集まった。

それが「ときわ荘」です。

芸人たちも似たようなもので、
みんな先輩のコネで、
「あそこなら貸してくれるらしい」というアパートを借り、
「あそこなら芸人でも働かせてくれるらしい」
「突然営業が入っても休ませてくれるらしい」
という噂を頼りにアルバイトをします。

、、、いまや芸人界は層が分厚く、
40歳でも「若手」に入るほどですから、
30を過ぎた良い大人が、そんな生活をする。

ハッキリ言って、屈辱です。

35歳を過ぎて芸人を続けている人で、
「やめようか」と一度でも思わなかった人など、
皆無です。

繰り返しますが、
くりぃむしちゅーやさまぁ〜ずのような、
今をときめく芸人ですら、それは同じです。

30代前半ぐらいまでは、
皆そんなものです。

、、、なぜ、彼らは、
そんな屈辱を受け、
もがき苦しみながら、
周囲から白眼視されながら、
それでも芸人をやめないのか。
「ケツを割らない」のか。
岩にかじりつくようにして、
「1,000に1つのチャンス」に賭け続けるのか。

それは「ウケ」に中毒性があるからです。
いちど「人を笑わせる」という快感を味わうと、
もはやその人はそれ以下の快感で満足できなくなる。

お笑いジャンキーです。

、、、さっきから、
一向に質問には答えていないわけですが笑、
ご安心ください。

文面から拝察するに、
ぷにすけさんは、笑いを愛しています。

だから大丈夫です。

笑いを愛している人を、
笑いの神は愛するのです。

サンシャイン池崎が叫んでいるとおりなのです。

、、、何かの宗教みたいになってきました笑。

私が言いたかったのは、
「人を笑わせる」というのは、
それほどまでに快感なのだ、
ということです。

実は、これにはたぶん、
世代的なものが関係しています。

それに気付いたのは、
オードリーの若林が書いた、
「社会人大学 人見知り学部 卒業見込み」
という一風変わったタイトルの本です。

ちなみにオードリーの若林は、
芸人の中で、抜群に文章が上手いです。

私は芸人が書いたものを読むのが好きで、
ビートたけしにはじまり、
松本人志、千原ジュニア、水道橋博士、
浜田雅功、さまぁ〜ず、又吉直樹といった、
数多くの芸人たちが書いたものを
今まで読んできました。

オードリー若林はそのなかでも、
又吉直樹、千原ジュニアなどと並び、
トップクラスの文章の巧さです。

彼は今、司会業などに忙しいですが、
そう遠くない将来、
文筆業で注目を集めるはずです。

それほどに巧い。

▼参考リンク「社会人大学 人見知り学部 卒業見込み」 若林正恭
http://amzn.asia/65RtTi0


、、、で、この本の中で、
オードリーの若林はこんなことを言っています。

→P160 
〈このあいだ、精神科医の人と話をしていて
お笑い芸人を目指す人の特性について聞いた。
即答で「人間不信でしょうね」と言われた。
笑うという反応は人間の中でも嘘のつきにくい反応なのだそうだ。
「若林さん、たとえばお芝居に出たとして、
終わってから楽屋に挨拶に来た人が
『良いお芝居でした!』と言ったら信用できないでしょ?」
と聞かれた。
ぼくは「はい、信用できません」と素直に答えた。
「じゃあ、お笑いライブでウケてたら信用できるでしょ?」
と言われ、「はい」と答えた。
スベった時の静寂も信じられるけど、
という言葉は飲み込んだ。
「それを求める人がお笑い芸人を目指すんじゃないですか?
だから、クラスの人気者とかイケメンとかで
満たされている人に面白い人いなくないですか?」
と聞かれ、それだけではないだろうけどと感じつつも
妙に納得してしまったのである。〉

、、、つまり彼が言っているのは、
すべてを信じられなくても「笑い」だけは信じられる、
という心理のことであり、もはや宗教性に近い。

これは冗談ではなく、
笑いには「宗教性」が備わっています。

現代の日本で「お笑い」がこれだけ長くブームなのも、
実は「宗教を代替しているからだ」と、
佐藤優氏も「現代に生きる信仰告白」という本で、
指摘しています。

私の言葉で言うと、
笑いは「オルタナ宗教」のひとつです。

、、、話がそれましたが、
「人間不信」が芸人を生む。
これは世代的な現象です。

去年これを「発見」したとき、
私は長いこと解けなかった数学の証明の、
謎が解けたときのような知的快感を味わいました。

それは何か。

養老孟司が以前、
「プロジェクトX」などの番組に描かれる、
技術者による奮闘と、自身が解剖学者になった理由は同じだ、
と言っていました。

それは彼が終戦を経験したからだ、
と彼は言います。

「一億荘玉砕」「鬼畜米英」が、
一夜にして
「天皇人間宣言」「民主主義万歳」になった。

これで人間不信にならなかったらウソです。

戦中世代はだから「政府」というものを、
心底から信じることは永遠にない。

、、、養老さんの場合はさらにその失望は深く、
彼は「言葉」というものを信じなくなります。

昨日「鬼畜米英」と言っていた先生が、
今日は「教科書のその部分に墨を塗るように」
と指導している。

当たり前です。

養老さんはしかし、後になって振り返ると、
「あれほど良い教育はない」と言っています。
つまり、「言葉なんてその程度のものですよ」、
ということを肌で教育してくれていたのですから。

「言葉」が信じられないという原体験を持つ彼は、
「解剖学」を選んだ。

なぜか。

死体はウソをつきませんから。

死体というのは昨日解剖したところまでで、
ちゃんと翌日とまっていてくれる。

動いていたらホラーです。

生きている患者と違って痛くないのに、
「痛いんです」と言わないし、
苦しいのに「大丈夫です」と言わない。

死体は信頼に値する。

少なくとも自分のやったアウトプットが、
賭け値なし、そのままの状態で目の前に有る。

そういう「ソリッドなもの」を求めたんだと。
その原因は「戦争のトラウマ」だったんだと。

彼はそれを50歳を過ぎてから事後的に気付いた、
と言っています。

プロジェクトX、つまり戦後の日本の高度成長を支えた、
「ものづくりの技術者たち」もたぶん同じだと、
養老さんは想像します。

「言葉」への不信です。
言葉や政府は信じられないが、
自分が作った自動車は信じられる。

そういう形であの世代が、
日本の二次産業を作ったんだ、
というのが養老さんの分析です。

「マジでこの人は頭良いなぁ」と、
私はそれを感動をもって読んだのを覚えています。

時は経ち、
私と同世代のオードリー若林は、
養老さんの子どもよりも、
さらに一世代下です。

彼は私と同じ、70年代後半生まれの、
「ロストジェネレーション」。

私たちの世代は、
「モノや金」を信頼していません。
お兄さんお姉さんが経験した、
バブルのバカバカしさを知っていますから。

じゃあ養老さんたちが信じなかった、
「言葉」を信頼しているかというと、
それも信頼していない。

「情熱」も信頼していない。
自分たちの親の世代が二度にわたり、
「学生紛争」という形で、
政府に抗議の声をあげたが、
政府に押さえつけられ、
就職するとウソのようにおとなしくなり、
今度は自分たちが「体制側」にまわった。

そしてしれっと、自分たちの子どもには、
「良い大学に入って良い会社に入れ。
 安定した道を選べ」なんて言っている。

私たちは「言葉」も「モノ」も「理想」も信頼しない。
非常にシニカルな世代です。

政府もウソをつくし、
先生もウソをつくし、
自分すらもウソをつくことを知っている。

また、当時流行っていた、「価値相対主義」
(今は見直されている)の風を、
もろに受けていますから、
「絶対的なるもの」を、自分自身も含め、
何も信頼していないのが、私たちの世代です。

、、、では、何が信じられるか。

ある人は恋愛に、ある人は快楽に、
ある人は鉄道に、ある人はゲームにむかいますが、
若林の場合はそれが、「笑い」だった。

「笑い」という感情は、
先述のベルクソンも指摘していますが、
すべての感情のなかで唯一、
「理性を超越したところにある。」

嘘泣きはできますし、
おべんちゃらで「感動しました!!」と人は言える。
激怒するフリをすることはできますし、
哀しそうなそぶりで恋人を振り向かせることもできる。

しかし、
「爆笑」を意図してできる人もいないし、
嘘の「ウケ」というのは原理的に存在しない。
「ウケ」というのは「笑わされた」という、
圧倒的な勝敗関係に基づく概念ですから。

理性を懐疑している世代にとって、
笑いは数少ない「信じるに値するもの」なのです。

、、、おまえさては、
質問に答える気ないだろ、
と言われそうなので、最後に実用的な話を、
少しだけします。

、、、折角質問くださったのに心苦しいのですが、
「笑い」というものを定式化することは不可能です。

それはなぜなら、
先ほどから申し上げているように、
「笑いは理性を超えたところにある」からです。

理性を超えたモノを理性の言葉で語ることは、
原理的に不可能なのです。

松本人志が良く、
「あらゆる芸能ジャンルで笑いが一番難しい」
と言っていますが、これがその理由です。

「泣きたい映画」はある程度定式化できる。
「見るとスカッとする映画」も計算で作れる。
しかし、
「笑わせよう」と考えると、
突如計算式はインフレを起こし、
「解」が得られなくなる。

笑いというのは超複雑系であり、
カオス理論のように、
そのアウトプットは予測不能です。

、、、だから面白いのですが。

最近私が読んだお笑い芸人の本に、
月亭方正の「僕が落語家になった理由」という本があります。

▼参考リンク:「僕が落語家になった理由」月亭方正
http://amzn.asia/2cB93sO

この中で方正は、
「笑いはバナナだ」と言っています。

これはお笑いを志す人が、
初日に学ぶ「笑いのABC」であり、
プロの芸人の方正がバナナの話を本に書いているというのは、
プロアナウンサーの書いた本に「滑舌が大事です」
と書いてあるみたいな話です笑。

これはもう、方正だから書けるという笑。
他の芸人はなかなかできません。
躊躇するでしょう。

私はちなみに、月亭方正の、
「こういうところ」が本当に大好きで、
だから私は彼のファンなのですが。

引用します。

→P25 
〈それまで僕が目指してきた笑いは”裏切り”です。
よく芸人さん同士でたとえるのが「バナナの話」です。
昔は落ちているバナナの皮に滑ってコケたら、
お客さんも笑っていました。
でもそのうち、それでは誰も笑わなくなって、
今度は素通りしたら笑うようになった。
それでも笑わなくなって、次にバナナの皮で滑ったら、
また笑うようになった。
つまり、笑いには構図が大事だという話。
僕が今までやってきた作業というのは、
バナナの皮を食べてしまうとか、
バナナのみを置いて帰るとかいうこと。
要するに、定番の笑いを否定してきたんです。
そんなことを20年間やってきました。
でも、まんまバナナの皮に、
”つるんと滑り続ける”のが落語で、
しかもそれが面白かった。
僕の20年なんてあっさり壊された感覚でした。
古い食材でも美味しい料理にしてしまう名コックです、
枝雀師匠は。
そんな世界があったことと、
そんな人がいたことに驚きました。〉


、、、ほらね。
めちゃくちゃわかりやすいでしょ笑。

解説不要なのですが、
方正がここで言っているのは、
別の言葉で「ベタ」と「シュール」の話です。

バナナで滑って転ぶのが「ベタ」。
バナナを素通りするのが「シュール」ですね。

笑いとは理性の超越、つまり「裏切り」ですから、
皆がベタを予測しているところでシュールをするとウケるし、
皆がシュールを予測しているところでベタをするとウケる。

しかし、シュールもコスられすぎると、
今度はベタになっていきます。

最初新しかったものが、
今度は古くなってくる。

そうするとまた、「バナナで滑るのが逆にシュール」
という風な時代がやってくる、
という具合に、笑いは波動のように動きます。

方正は落語という「古典」に出会ったことによって、
あらたな「啓示」を得たわけです。

すごいですね。
先ほどの「新しいことをしたければ古いモノを読め」
に、ここでつながるとは。

ちょっと自分でも驚いています。

方正、ありがとう。

、、、このあとに、
方正はさらに大切なことを言っています。
これは私も胸に刻んだことであり、
ぷにすけさんにとっても大切なことだと思いますので、
しっかり引用します。

→P36 
〈、、、笑いに携わる人すべてに対して言えると思うんですけど、
僕は一番大事なのはサービス精神だと思っています。
サービス精神がある人が「あいうえお」と言ったら楽しいんです。
、、、自分で言うのも恥ずかしいんですけど、
僕はサービス精神はある方だと思っています。
「ここで今出て行ったらスベるな」っていう場面でも
「でも僕がいかなアカンやろな」って思い、
出て行ったことが何度もありましたし、
何度も連れ出されました。
それで実際に何度もスベりました。
でも、そんなことを繰り返していくことで、
だんだん面白くなってくるんです。
それだけじゃなくて、
面白がってくれる人たちに対しても
「ああ、ありがたいな」っていう気持ちも湧いてきます。
スベった瞬間は、一般の人には「面白くない」とか
「変な人」って思われるかも知れませんけど、
それはじわじわ、じわじわ伝わっていくと思うんです。
自分のエゴで前に出ているのか、
それともサービス精神で前に出ているのか。
それは絶対に伝わるものだと、僕は信じています。〉


、、、どうです?

萌えるでしょ?

私はもう、このくだりを読んだとき、
思いました。

「師匠〜!」
「カッコいいです〜!」
と。

方正は臆することなく言い切ります。
笑いは「サービス精神」であると。

サービス精神とはつまり、
「相手のことを考える」ということです。
もっと大胆に言い換えるならそれは「愛」です。

相手のことを考え、思いやり、
サービス精神をもって、「愛」をもってするなら、
その笑いは必ず伝わります。

ウケても面白いし、
スベっても面白い。

バナナで転んでも面白いし、
バナナを食べても面白い。

しかしそこにサービス精神がなく、
「どうだ、俺、おもしろいだろう」みたいな気持ちとか、
ひどい場合は相手を貶めてやろうという気持ちがある場合、
その現場ではたとえウケていたとしても、
トータルでは、まったく面白くないのです。

「イジるかイジられるか」とか、
「イジりはいじめかそうじゃないか」とか、
そういう議論がありますが、
それは「サービス精神」と「愛」という言葉で、
解決可能です。

イジろうがイジられようが、
ツッコもうがツッコまれようが、
ウケようが滑ろうが、
そこにサービス精神と愛があれば、
それは面白いし、
そこに我欲や他者へのおとしめの気持ちがあれば、
それは「笑い」ではありません。

そんなもので「笑い」を汚してはいけないのです。

だから笑いに必要なのは実は、
「限りないやさしさ」です。

やさしい人がトライして滑ったら、
それは面白いのです。

愛のない人がウケたら、
それはつまらないのです。

、、、もう文字数制限はオーバーしているのですが、
最後にもうひとつだけ、
私が日頃大切だなぁと思っていることを。

今私がお笑いという意味で
最も楽しみにしているコンテンツは、
松本人志プレゼンツ、
Amazonプライム会員特典の
「ドキュメンタル シーズン2」です。

▼参考リンク「ドキュメンタル シーズン2」
http://amzn.asia/5I02Oil


これを見るためにAmazonプライム会員(年会費3900円)に、
入会したと言っても過言ではない。
(「副産物」もめちゃくちゃ沢山ありますが。)

賞金1000万円をかけて、
10人の芸人がアルティメットな状態で笑わせあう。
笑ったら退場で、最後の一人になるまで、
バトルロワイヤルを繰り広げるという、
夢のような企画です。

この番組を見てると分かるのは、
「笑いの攻撃力と防御力は反比例関係にある」
ということです。

つまり「人を笑わせる破壊力」のある人は、
みな「ゲラ(笑いやすい体質)」だということです。

これは考えてみれば当然で、
「面白い人」というのは、
「面白がる人」でもあるからです。

普段街を歩きながら、
面白い看板を見つけて笑い転げる心を持った人が、
人を転げるほど笑わせることができる。

「笑いの感受性が高い」人が、
笑わせる攻撃力も高い、ということです。

人への影響力ということを考えたときも同じです。

影響力のある人というのは、
影響を受けやすい人でもあります。

人に影響を受けた分だけ、
その感動が伝播して、
その人は人に影響力を発揮するのです。

笑いも同じです。

いつも「ああ、あれって面白いよな」とか、
「職場の○○さんって、面白いよな」とか、
そういったことを愛と思いやりをもって考えている人は、
「面白い人」になることができます。

ここで注意があります。
誰かが「面白いなぁ」と思うとき、
上から目線ではなく敬意をもってそうするのが大事です。

また「こんな面白い俺、どうよ?」という自己愛から、
発していないことも大切です。
そういう笑いは鼻につきますから笑。

たいせつなのは「利他の精神」で笑いを発見することです。

、、、最後の最後に追伸(しつこい)ですが、
「この人を笑わせよう」という具体的な誰かが、
何人かいることも大切です。

お笑い芸人がコンビでいることの一番の良さは、
「相方だけはこの笑いを理解してくれる」
という絶対的信頼関係が培われることです。

これはダウンタウンもそうですし、
くりぃむしちゅーも、
さまぁ〜ずもそうです。

相方のことを互いに、
「世界で俺の次に面白く、
 世界で俺の笑いについてこれる唯一の存在」
と思っている。
「他の誰が笑わなくても、
 コイツが笑えば大丈夫」
と思っている。

そういうコンビは売れます。

私たちの日常生活に引きつけるなら、
ぷにすけさんの周囲に、
「この人を笑わせたときが一番嬉しいんだよなぁ」
という人が何人か思い浮かぶはずです。
10人もいる必要はないです。
2、3人いればいい。

1人でもいい。

その「誰か」を、
次はどうやって笑わせてやろうか、
と思いながら生きるのです。

そうすると人は、めきめきと面白くなっていきます。
これは私の経験則にのっとった、
かなり確かな教訓です。

ちなみに私にとっての「誰か」というのは、
数名の私の友人と、そして「妻」です。

情熱があふれて、
いろいろ詰め込みすぎたきらいがありますが、
どうぞご容赦を。

ぷにすけさんの「笑い」に、
ますます磨きがかかり、
愛とやさしさが加えられていきますように、
お祈り申し上げています。

御参考までに。




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【Q】続けることが苦手です

2017.10.26 Thursday

+++vol.011 2017年5月2日配信号+++


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
■3 Q&Aコーナー

皆さんからお寄せ頂いた質問にお答えするコーナーです。
日頃の悩み、疑問、今更誰かに聞けないギモン、、、、
質問の種類は問いません。お気兼ねなくご質問をお寄せください。
ご利用は下記に基づいてご利用いただけると幸いです。

【Q&Aについて】
▼全てのご質問にお答えすることはできません。予めご了承ください
▼いただいたご質問は、ブログ・FVIメディアルームに掲載される可能性があります
▼本名での投稿の場合は「ペンネーム:無し」となります
▼必ず下記フォームからご質問を送信ください

::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::

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※大変お手数ですが一つの1メール1質問を原則とさせてください。
ご協力宜しく御願い致します。

※頂いたメールはすべて目を通しております。
陣内俊への要望やメルマガの感想、激励などももちろん大歓迎です!

::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::

●【Q】「続ける」ことが苦手です

ペンネーム:クレイジーでもなくジャーニーでもない(女性)
お住いの地域:香川県

A.

いつもメルマガを楽しみにしています。

私は「続ける」ことが苦手です。
というよりも、ちょっとしんどいけど自分のためになること、
向上するためのことを続けるのが苦手です。

緊急じゃないけど重要なことが苦手なのです。
やった方がいいことはわかっているのですが…。
夕方仕事から帰ってきて夕食を作り、
子ども達をお風呂に入れて寝かせる。
という一連のことが終わって、
寝るまでの残り2時間くらいを有意義なことではなく、
テレビを見たり、何度も読んでる好きな本を読んだり、
ゲームをしたりして過ごします。生産性はないです。

このままではいけない!と思い、
友人にコーチングをお願いして夜にエクササイズを始めました。

これまで3日坊主にもならなかったのが、3日続いています。
なんとか続けたいと思ってます。

考えてみると、
子どもの頃から夏休みの宿題の面倒くさいやつは後回しにして、
ギリギリまでやらなかったタイプです。

続けるために、できない言い訳ばかりするのではなく、
何かモチベーションを上げる方法というのはありますでしょうか。



A.

「クレイジーでもなくジャーニーでもない」さん、
ご質問ありがとうございます。

なかなかジャーニーなペンネームですね(笑)。
勝手に省略して(笑)、
「クレジャーさん」と呼ばせていただきます。

さて、ご質問の件ですが、
私も夏休みの宿題は最後の2日間ぐらいでやっていました(笑)。
いちど「踏み倒した」こともあります(笑)。

夏休みの宿題を「頑としてスルー」していたら、
途中から「これは冬休みまで粘ればイケるのではないか」
と思い始めた。

結果、踏み倒した(笑)。

というのも私は小中学生のころ、
「宿題というのは右手の運動だ」
という持論を持っていまして、
「もはや自明なこと」を、
なんでもう一度繰り返さなければならないんだろう、
といつも思っていました。

私は中学までは授業を一回聞けば、
だいたいのテストで90点〜100点取れました。
(すみません、これは自慢とかそういうんじゃなく、
 もう、そうだったんだから仕方がない。
 「靴のサイズが28センチもあった」みたいな話と、
 あまり変わらない話と思ってくれれば幸いですし、
 私自身も心からそう思っています。)

、、、話を戻しまして、
もうすでに教科書の内容は理解しているのに、
それをなんでまた手を真っ黒にして
「反復」する必要があるのだろうと、
心から宿題を無意味に感じていたわけです。

宿題というのは知的に意味がないのだから、
その本質は右手の運動である。
   ↓
右手の運動だったら、私はキャッチボールや、
プラモデル作りによってすでに終えている。
   ↓
よって私は宿題をやらなくて良い。
   ↓
なんだったら、無意味な宿題を一律に出す、
学校の方こそ、その思考停止を反省すべきである。

、、、というロジックによって、
私は宿題を踏み倒していたわけです。

私が先生ならそんなガキは、
一回暴れ馬にロープでくくって、
運動場を引きずり回してやりたいぐらい、
ムカつく奴だったと、今は思うのです。

クラスで一番宿題やらない奴が、
クラスで一番テストの点が良いんですから。

なんていうか、当時の私は、
「学校」みたいなものを、
なめ腐っていたわけです。

だからやらなかった。

今となっては、
過去の自分のその腐った心根を、
心底反省しており、
謝罪と後悔と慚愧の念に堪えません。

お父さん、お母さん、
学校の先生、文部省(当時)、
日本政府、福沢諭吉、
ベネッセコーポレーションの皆様、
ジャポニカ学習帳を作っていた工場の人、
購買のおばさん、
グラウンドの隅で飼育されていたウサギ、
私に観察されるのを待っていたアサガオ、
その他諸々の、諸先輩方、関係各位に、
痛切なお詫びをいたしたい。

そう思っているわけであります。

、、、そんな私ですから、
クレジャーさんの言わんとすることは、
痛いほどよく分かります。

私は上記のように「なめ腐っていた」だけでなく、
やはり「ものぐさ」で怠け者で、
そして「未来の達成感より、現在の快楽」を求める、
そんなタイプの人間と自認しています。

さらにクレジャーさんのように健康な危機感をもって、
「それを治さなきゃなぁ」という気持ちがあったのは、
もはや過去の話で、最近はわりと、
「明日出来ることは今日しない」
というトルコのことわざがむしろ大好きで、
座右の銘にしようかと思うぐらいの人間だったりします。

ですから、もうなんていうか、
クレジャーさんはどちらかというと、
「ダイエット法」を、
ブラマヨ小杉に聞いているようなところがあるのです笑。

、、、さて、しかし。

しかしです。

この質問は、わりと深いところに根があったりします。

まず、私は上記のようにものぐさですから、
「自分の意志の力」みたいなものを、
本能的に信頼していないわけです。
実はその傾向は、私が高校生のときにすでに現れています。

中学生のときまで先ほど申しましたように、
私はのらりくらりと、「適当に」過ごしていました。
勉強は全然しないけどクラスではテストの点が一番良い。
高校受験は私立の名門などにはチャレンジせず、
地元の公立進学校ですから、勉強せずとも入れる。

だから中学3年生のときは、
勉強できない友達を集めて「陣内塾」を開き、
彼らが志望校に行けるように「テストの点の取り方」を、
指南して感謝されたりしていました。

何やってるんだよ!という話ですが笑。

しかし高校に入りますと、
友人たちはみな高専や工業高校や商業高校に行ってしまい、
あまり友達になる人が周囲にいない。

バスケ部に入りましたが、
運動神経がそこまで良いわけでもないので、
あまりパッとしない。

成績も、高校に入ると授業だけで点を取れる段階は過ぎて、
学年で3分の1に入れるか否か、みたいな感じになってくる。

なんだかつまらないなぁ、
勉強する意味ってなんだろう、
生きてるってなんだろう、、、
みたいな時期がしばらく続き、
私はある日、思いました。

「よし、勉強しようじゃないか!」

9年間以上「スルー」してきた「タメ」というのは、
思いの外大きく、ひとたび勉強をはじめると、
私は「カムバック時のロッキー・バルボア」かのように、
火がついたような猛勉強をはじめました。

しかしその「ロッキーのトレーニング」の前に、
当時高校2年生だった私が、
最初にしたことは何だったか。

それが今日のポイントです。

それは、「勉強同好会」という、
非公式のサークルを作ることでした。

成績はどうでも良いので、
1.そのときクラスで良く休み時間に話していた人
2.良い大学に入りたいという純粋な願いを持つ人

という二つの条件でヒットした二人を、
私は「勉強同好会」に誘いました。
濱田くんと森田くんといいます。
(確かそうでした。)
二人とも学年の順位は当時、
下から3分の1ぐらい。
私は上から3分の1ぐらい。

まぁ、そこまでの大きな差はない。
でも、ポイントはそこではありません。
では何がポイントなのは後から説明します。

「俺はこの夏から勉強をすることに決めたんだ。
 ついては仲間が欲しい。
 非公式の勉強同好会を作って、
 休み時間とかに問題集を解いたり、
 テストの攻略法を教えあったりしようぜ」
と、私は濱田君と森田君を誘いました。
真顔で言うと「引かれる」ので、
やや冗談がかって、
「悪ノリ半分・真面目半分」ぐらいで。

私たちは特別なことをしたわけではありません。
しかし、高校3年生になるころには、
私は学年で5位以内に入るようになり、
森田君濱田君も上位3分の1とかに入るようになりました。

その後私は滑り止めすら受けることなく、
国立大学の獣医学科に現役で合格しました。
あまり知られていないですが、
帯広畜産大学の獣医学科というのは結構「狭き門」で、
偏差値は医学部なみです。
東大京大を除けば、
旧帝国大学の工学部などよりも高いです。
前期も後期も、受験倍率は12倍前後でした。

もしあの「勉強同好会」がなければ、
私はそもそも「国立大学の獣医学科」を志望するような、
射程範囲にいなかった可能性が高い。

牛や馬の生態も、
帯広の空の高さも知らず、
私は今とは全く違う人生を歩んでいたかもしれない。

しかし「勉強同好会」が、
私の成績を押し上げてくれたおかげで、
私は今の私になりました。

、、、さて、ここからがポイントです。

では、「勉強同好会」の、
活動内容とはいかなるものだったのか。
創始者かつ「会長」として、
私は、濱田くんこと濱ちゃんは、そして森田君は、
いったい何をしたのか。

、、、実は、特に何もしていません(笑)。
強いて言えば休み時間に、
「俺たちって勉強同好会だよなー」
「そうだよなー」
と確認し合うことぐらいです。

あと、弁当を食べながら、
「おい会員、最近勉強はどうだ?
 何か良い参考書とかあった?」
ぐらいの会話をするだけです。

しかし、それが致命的に大事なのです。
特に私のような「意志の力」が弱い人間は。

あぁ、だから私は、
あのとき「勉強同好会」を作ったんだ、
と、20年越しに「その理屈を納得」したのは、
じつは最近のことです。

それについて今から説明します。
この一週間、私はわりと、
気がつくとこのことを考えていました。

いろんな情報が散らかっているので、
上手いこと整理できるかどうか分かりませんが、
なるべくわかりやすく説明を試みてみますので、
どうかおつきあいください。

まず、
昨年、一年間で私が読んだ「信仰書」の中で、
非常に印象に残った2冊を紹介します。

(*信仰書、というのは、
 キリスト教徒が自らの信仰生活をおくる上で、
 実用的に役に立つことを学ぶ書物のジャンルです。
 一般書店では買うことが出来ず、
 「神学書」とも違う位置づけの本を総称します。)


、、、まず1冊目が、
ケン・シゲマツという、
日系カナダ人の牧師が書いた、
「賢者の生活リズム」という本です。

▼参考リンク「賢者の生活リズム」ケン・シゲマツ
http://amzn.asia/1XlROsh

この本は義理の兄から教えてもらいました。
著者は、義理の兄がカナダ留学中に
通っていた教会の牧師です。

この本の中でシゲマツ牧師は、
「信仰者の健全な生活の在り方」というものを、
私たちはどのように構築していけるのだろうか、
という問いを措定しています。

そしてこの本の中で彼が提案しているのが、
「トレリス」という概念です。

「trellis」というあまり聞き慣れないこの英単語は、
日本語では、
「つる植物を上にはわせるための四角、
またはダイヤ状の縦の格子(こうし)垣」
というのが辞書的な意味です。

日本ではあまりそれに当てはめる固有名詞がないんです。
普通に「柵」とか、「(例えば)ゴーヤの網」とか、
状況に応じて、言い分けていますが、
決まった言い方はありません。

英語では「蔓状の植物を這わせる垣または柵」に、
名前がついていて「トレリス」と呼びます。

以降、トレリスというそのままの言葉で、
説明していきます。

シゲマツ牧師がトレリスという言葉で表現している、
「格子を形成する棒」は、では何なのか?

格子ですから縦軸と横軸があるわけですね。

▼縦軸
・安息日
・祈り
・みことば

▼横軸
・関係
・回復
・みことばの実践

これがシゲマツ牧師の提案するトレリスで、
絵にすると以下リンクのようになります。

▼参考リンク:「トレリス」の図(英語)
http://www.plymouthchristiancentre.org/filerequest/2506

図のように3本の縦軸の棒と、
3本の横軸の棒を交差させますと、
「交点」は9つできます。

その交点ひとつひとつに一章ずつ割いて、
本書では丁寧に説明されています。
ちなみに9つの交点とは、
横軸の、
「関係」なら「友情」「セックス」「家族」
「回復」なら「身体のメンテ」「遊び」「お金」
「みことばの実践」なら「仕事」「正義」「証」
という風に。
それぞれが縦軸にも対応している。

これを立ち入って説明しますと、
「本のエスプレッソショット」のコーナーが出来ますので、
ここでは割愛しますが、
ポイントは「トレリス」という概念です。

トレリスというのは「構造」です。

つまりシゲマツ牧師が言外に言っているのは、
「意志の力とか根性とか努力とか気合い」ではなく、
「構造」こそが人の生活を変えるのだ、
ということです。

これを覚えておいてください。
「トレリス」(構造)です。


、、、そして2冊目が、
ジェームズ・スミスさんという人が書いた、
「エクササイズ」という本です。

▼参考リンク:「エクササイズ」ジェームズ・ブライアン・スミス
http://amzn.asia/6cXXMTY

この本を翻訳したのは、
FVIの正会員としていつもご尽力いただいていて、
大変お世話になっている、神奈川県にある、
カンバーランド長老教会高座教会の主任牧師、
松元雅弘先生です。

この本から引用します。

→P29 
〈私たちは単に「自分は変わりたい」と
 宣言することによっては決して変わることが出来ません。
 そのためにはまず、私たちが思うこと(私たちの物語)、
 そして何をどのように練習するか(霊的訓練)、
 そして誰とかかわりを持つのか(社会的文脈)
 について吟味しなければならないのです。
 もしこうした事柄を変えるならば
 ーーもちろん、変えることが出来るのですが、
 ーー変化は自然な形で起こってきます。
 そのことこそイエスがいわれた
 「わたしのくびきは負いやすい」(マタイ11:30)
 ということの意味なのです。〉

、、、ここでスミス牧師が
言っているのはこういうことです。

私たちは意志によっては変わることが出来ない。
そうではなくて、
「心の中の物語の語り替え」(心的)、
「具体的で身体的な訓練」(身体的)、
「社会的な文脈の組み替え」(社会的)、
という、「構造の変化」が私たちを変えるのだ、
と言っているのです。

先ほどのシゲマツ牧師のトレリスの話と、
驚くほど似ているのにお気づきでしょうか?

つまり、最近出版された、
この卓越した2冊の「信仰書」は、
共通した「人間観」を持っており、
ある種の前提を共有しているということです。

その前提とは何か?

それは「自由意志の力」というものへの、
深い疑いです。

これは、最新の脳科学の知見によって、
社会全体の「人間観」が変わってきた影響が大きいと、
私は見立てています。

つまり「自由意志神話」が崩壊したわけです。

どういうことか。

西洋社会はデカルトの「近代的自我」以降、
「自由意志神話」というものに、
深く影響を受けてきました。

「他の誰でもないこの私」という確たる「自我」があり、
「他の誰のものでもない自由意志」によって、
私は他の誰でもない私の未来を切り拓いていく。
「意志のあるところに道が出来る。」
すべては「私」次第。
大事なのは強い意志を持つこと。

そういった「神話」が、
西洋の近代社会には共有されていまして、
特にアメリカでその傾向が強く、
日本の福音主義の教会というのはアメリカの風を、
真正面に受けます。

ですから20世紀に出版された、
(特に米国発の)信仰書というのは、
「自由意志神話」を前提とするものが多かった。

「あなたの信じたとおりにあなたになる。」
「ポジティブな告白をすればポジティブなことが起こる」
「主にあって努力をし祈った結果、卓越した成功を手にした」
「教会は爆発的に成長した、、、
 それは一人の男の決断と不屈の精神から始まった、、、」
みたいな「物語」です。

そこには「大木」のように確固たる「意志」
(それを「信仰」という言い換えをすることが多い)
を持つ「信仰者」が、その意志を働かせた結果、
運命や未来を動かしていく、、、みたいな話です。

真理は多義的ですから、
じっさいそういう側面が信仰にはあります。
アブラハムの「行き先を知らず旅する」という決断に、
私たち人類の信仰は負っているわけですし、
おそらくノアの不屈の精神によって、
方舟は作られました。

しかし、「それだけじゃないぞ」ということに、
特に21世紀になって、人々は気づきはじめた。

これは脳科学の発達と大いに関係があります。

人間の意志というのは以前、
「木」のようなものだと思っていたけど、
脳科学の知見によって分かってきたのは、
実は人間は、「ツタ」に近いんだ、というのが、
その要約です。

人間の在り方や成長というのは、
「構造や環境」によって規定される部分が大きく、
「意志の力」というものの占めるウェイトは
思っていたほど大きくはないんだ、ということが、
脳科学研究の結果、分かってきたのです。

その名も「デカルトの誤り」という有名な本があります。
この本を書いたのは神経科学者で、
「意識や理性」の働き、つまりデカルトの
「コギト・エルゴ・スム(我思うゆえに我あり)」の、
「我」というもの、つまり「意識や理性」は、
「脳」に還元出来ないということを発見するのです。

つまり、「脳だけを調べても理性のことは分からない。」
というのが彼の結論です。

▼「デカルトの誤り」 アントニオ・R・ダマシオ
http://amzn.asia/4ccxvNc


引用します。

→P379 
〈人間の心を包括的に理解するには有機体的視点が必要であり、
 また心は非物質的な思考(コギト)から生物組織の領域に
 移動しなければならないだけでなく、
 統合的な純身体と脳を有する有機体全体と関連づけられ、
 さらに物質的、社会的環境と
 完全に双方向的であらねばならない、、。〉

、、、つまり彼が言っているのはこういうことです。

よくSF作品などに、
「脳を培養液に浮かべて、
 そこに電極をつなぎ、
 ロボットの手足と接続させた、
 200年生きている男」
みたいな話が出てきますが、それは、
完全なるフィクションで、
脳科学的には、「あり得ない」ということです。

脳というのは、全身に張り巡らされた
神経全体からの入力があって、
はじめて動くように出来ている。

肝臓癌で生体肝移植をして「臓器の一部」が、
他者のそれと入れ替わった人の性格が、
手術後に微妙に変化することがあるということは
医療現場でずいぶん前から指摘されていまして、
ダマシオの論はそれを裏付ける格好になっています。

さらにそれだけではない。

全身の神経は、筋肉や皮膚や内臓の影響を受ける。
筋肉や皮膚や内臓は、外気温や湿度、
食べたものや飲んだもの、
緯度や経度、海抜や気圧、風景や音、
匂い、周囲の人の気配、動植物の有無、
電磁波、その他諸々と、「有機的につながっている」。

、、、とすると、
私たちの脳は身体の一部であり、
私たちの身体は「環境」の一部である。

だから私たちの脳はなんと、
環境の一部だ、ということになる。
比喩的な意味ではなく、
科学的な意味において。

デカルトの「近代的自我」はフィクションだった、
ということがこの本の結論で、
こう書いてくると、「環境決定論」に近づくのですが、
「環境決定論」「環境還元主義」が、
この本の結論ではありません。

ダマシオは
「だからこそ、理性が大切だ。
意識が感情や環境に強く影響を受けるということを自覚し、
それらを意図的に制御する理性を、
『それだからこそ』ちゃんと働かせる必要があるのだ」
というところに落とします。

また、それとは別に、
違う脳科学者らの最近の実験で、
最近分かってきた面白いことはさらに衝撃です。
これは西洋の「自由意志神話」に
致死的なダメージを与えるのに十分な、
画期的な発見です。

脳のニューロンの動きがコンマ1秒単位で
調べられるようになってきて、
新たに分かってきたことです。

今Aさんの目の前には、コーヒーとペンがある。
Aさんはペンではなくコーヒーを右手に取る。
Aさんは脳内で「コーヒーを取るぞ」と意識します。
なんとそれより0.5秒前に、脳内のニューロンはすでに、
コーヒーを取る動きを開始しているのです。

すごくないですか?

つまりAさんが「選択した」という「意識」は幻想であり、
ニューロンの決定を「追認」しているだけなのです。
ダマシオの言うようにニューロンは環境要因によって、
「理屈抜きに」意識に先駆けてすでにコーヒーを
選択しているわけです。

「喉が渇いているからコーヒーを選んだんだ」というのは、
「意識による後付けの理屈に過ぎない」というのです。

これは驚愕の事実です。

、、、こういった科学的知見を踏まえて、
近年ますます「意志の力」への信仰が薄れている。

それによってスポーツも勉強も「信仰書」も、変わってきた。
その現れが先ほどの「トレリス」なのです。

スポーツならば個人的なコーチをつける。
つまり、そう、ライザップですね。

タイガーウッズも個人的なコーチを雇用しますし、
NBAのレブロン・ジェームズにも、
彼をコーチする「チーム」があります。
これも「トレリス」です。

勉強ならば「周囲の環境が成績を決める」
とますます人々は思うようになってきている。

よく言われることですが、
地方の公立進学校でぶっちぎりの1位をキープした人より、
灘高校(東大進学率日本一の学校)の、
後ろから10番の人のほうが簡単に東大に入ります。

なぜか。

灘校という「トレリス」が優れているからです。
クラスで出回っている問題集が優れているし、
休み時間にかわされる「勉強法」の会話のレベルが高い。
公立高校の1位は孤高の大木のように生きなければなりませんが、
灘校の下位グループは、トレリスにもたれかかるだけで、
東大に入れる。

信仰書で言えば先ほど紹介した
「賢者の生活リズム」「エクササイズ」などは、
「自由意志神話の崩壊」のひとつの現れです。

人々は、「鉄の意志」というような話って、
どうやら半分はウソだったらしいぜ、
という空気を敏感に察知していますから、
20世紀に流行った「信仰の力(その内実は意志のちから)で、
あなたは何でもできるのだぁぁっ!!」というような、
マッチョな信仰書は減ってきているし、
そもそも売れなくなってきている。

、、、というわけで、
過去最長にひとつの質問に答えていまして、
もはや質問者様を置き去りにしていないか、
非常に心配なのですが(笑)、
このへんで結論を急ぎます。

めちゃくちゃ迂回ルートで伏線を回収しますと、
そう、私の「勉強同好会」は、
「お手製のトレリス」だったのです。

私の家は平均的なサラリーマン家庭でしたので、
私立の高校にも行かないし高価な学習塾にも行けない。
でも私は自分の自由意志の力を根本的に疑っていますから、
「構造」が必要だと、当時(無意識に)考えたのです。
それで「勉強同好会」を作った。

こういうことを私はけっこう今までもしてきましたし、
今現在も続けています。

まず、このメルマガがトレリスです。
100人の人が楽しみに(であってほしいなぁ)、
毎週メールを待ってくれている。

だからものぐさな私は、
毎週3万字の文章が書けるのです。

そうでなければ、毎週3万字は、
自信をもって言いますが、絶対に書きません。
1ヶ月に3万字も無理だと思います。

そして続かない。

また私は年間300冊ほどの本を読みますが、
これは私の友人に私以上に読む人がいまして、
その人が私の「トレリス」になってくれているから、
読めるのです。

私が「この本は相当に難解だぞ」という古典に挑戦する。
彼に「あの本ってあれだよね」と水を向ける。
彼の返しは「うん、確かにそうだけど、その著者が、
若い頃に書いたものを読むと、別の意味があるんだよね」
みたいなものだったとする。

そうすると、「俺まだまだ読めてねぇ!!」と思う。
この瞬間は、私の人生で最高の快感のひとつです。
伸びるべき「トレリス」がまだまだ残っているのを、
知ることが出来るからです。

余談ですが、大学院とか博士課程に進むことの、
理由の大きな部分は、授業にあるのでなく、
「トレリスに所属する」ことにあります。
ゼミの先生や学生が、さまざまな背景を持ちながら、
「知の高み」を目指している姿が、
自分を育てるトレリスになるのです。

私はブログを毎日更新していまして、
この1年半ぐらい、そこには「デボーション」という、
毎日聖書を読んで何を学んだかの記録が更新されます。

これは読み物としてはまったく面白くなく(笑)、
ブログのファンだった私の妻ですら、
読むのをやめてしまいました。

正直、いったい誰が読んでいるのか疑問です。
しかし、これはやる意味があるのです。
なぜならこれが、私の霊的生活のトレリスだからです。

ブログにデボーションをアップするようになって、
私のデボーション履行率は、50〜70%だったのが、
90〜100%にまで上がりました。

まさにライザップです。

他にも沢山のトレリスに囲まれて、
私たちは生きています。

教会の小グループはまさにトレリスそのものですし、
会社もトレリスです。
会社という「構造」があるから、
人は毎日安定して仕事が出来ます。

フリーランスになるとそれを痛感します。
トレリスを会社に外注していたのが、
自前で作らなければならなくなるというのは、
非常に大きな変化です。

「フリーランスの人が集まるシェアオフィス」が、
都内に沢山ありますが、あれは考えてみると不思議です。
折角フリーランスになったのになんでまた、
会社みたいな環境に戻るのだろう、と。
スタバでいいじゃないか、と。

ダメなのです。

人は「構造」がないと仕事が出来ない、
ということに、ノマドワーカーはあるとき気付く。
だからシェアオフィスなのです。

考えてみると、私たちの周囲は、
トレリスだらけです。

人間は「木」ではなく「ツタ」に近い。

それが分かってくると、
問題は「意志の弱さ」ではない、
ということに気がついたりします。

イチロー選手のような「鉄の意志」を称揚する文化というのが、
それでも日本社会には根強く残っていますから、
「意志に還元する傾向」はこれからもある程度続くでしょう。
しかし、人間は環境の一部です。

ダマシオが言うように、
「環境に還元するのも不正解」ですが、
「意志に還元するのも不正解」です。

そういう視点で聖書を読みますと、
イエスは「個人の意志」も重視しつつ、
あらゆる側面で「トレリス」を大切にしています。

弟子が12人いたのもそうですし、
2人ずつ派遣したのもそうです。
「教会」がそもそもそうですし、
神ですら「三位一体」なわけです。

「神の前にたったひとり立つ個人」という神話が、
いかに偏ったものの見方かが分かってきます。

、、、そういうあなたにも、
DNAを分けてくれた親がいるでしょう、と。
そのDNAは何億人という人々とつながっています。
私たちは大きな大きな有機体の一部なのです。


、、、クレジャーさんは、
すでに正しい方向に歩み始めているように、
私には見受けられます。

というのは、質問文中にありますように、
クレジャーさんが「友人にコーチングをお願いした」
と書かれていまして、それはトレリスに他ならないからです。

トレリスになってくれるよう頼めたり、
別に頼まなくても自分から勝手に「私淑トレリス」したり、
出来る友人や同僚や上司や家族がいる人というのは、
非常に幸せな人です。

人間が「ツタ」だと考えますと、
幸せな人生を過ごすのに必要なのは、
1億円の貯金ではなくこういった有機的なトレリスです。

トレリスは流動的なものですから、
上手く行かなかったら解消して、
また次のトレリスを見つけたら良いのです。

「ツタ」もめちゃくちゃ時間が経つと、
ぶどうや藤のように根元は「木」に近づきます。
その「木」は今度は誰か他の人のトレリスになります。

そうやって有機的に支え合って、成長し合う、
これはイエスが教会を「創造」したときの意図に近いと、
私は考えています。

それから、一日の終わりに、
好きな本を読んだりテレビをみたりゲームをしたりして、
何ら生産的なことが出来ていない、
とクレジャーさんは書かれていますが、
それはまったく気に病むようなことではないかと、
私には思われます。

人間には「生産性」という言葉など、
足蹴りにしてゴミ箱に放り込み、
徹底的に自堕落に好きなことをする、
という時間が必要です。

「エクササイズ」という信仰書の、
第一章の「霊的訓練」は、「十分な睡眠を取ること」ですし、
「賢者の生活リズム」のトレリスの交点のひとつは、
「遊び」です。

引用します。

→P179 
〈解放の神学の父グスタヴォ・グティエレスは、
健全な霊性は次の三つのことを通して
養うことが出来ると指摘しています。
それは、祈り、正義の活動、そして娯楽
(友情、おいしい食事やワイン、遊びなど)です。
私たちに回復力を与える生活のルールを作るためには、
遊びやレジャーの時間を加えるべきです。〉

、、、シゲマツ牧師はその遊びに
「生産性があってはならない」
「仕事に活かせるメリットがあってはならない」
「競技性があってはならない」
というような制約を設け、
「遊びに生産性という色気を出すな!」
「遊びを汚すな!!」
と警告しています(笑)。

時代は変わったのです。

トレリスや環境の変化の結果、
寝る前の2時間、本当は自堕落に過ごさねばならないのに、
どうしても●●(エクササイズや勉強など)をしちゃう。
それほどにエクササイズや勉強が楽しくなったら、
それは仕方ないので時々なら自堕落をサボって良し、
ぐらいで良いのではないでしょうか笑。

ご参考までに。



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