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【Q】働いてみたい企業

2018.02.15 Thursday

+++vol.027 2017年8月29日配信号+++

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
■3 Q&Aコーナー

皆さんからお寄せ頂いた質問にお答えするコーナーです。
日頃の悩み、疑問、今更誰かに聞けないギモン、、、、
質問の種類は問いません。お気兼ねなくご質問をお寄せください。
ご利用は下記に基づいてご利用いただけると幸いです。

【Q&Aについて】
▼全てのご質問にお答えすることはできません。予めご了承ください
▼いただいたご質問は、ブログ・FVIメディアルームに掲載される可能性があります
▼本名での投稿の場合は「ペンネーム:無し」となります
▼必ず下記フォームからご質問を送信ください

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●【Q】働いてみたい企業2位〜5位

ラジオネーム:トリッキーファウラー(男性)
お住いの地域:愛知県


Q.

こんにちは、トリッキーファウラーです。
いつもメルマガありがとうございます。
とても「刺激的で」毎回楽しみにしています。

さて、唐突ですが本題です。
ぼくだけではないかもしれませんが、
「カロリーハーフ」の「能力があれば働いてみたい企業はありますか」
に出てきた第2位〜5位の詳細が気になっています。
特に第5位の「琉球大学」。
ぜひきいてみたいと思ったので、
機会があればよろしくお願いします。


A.

こちらの記事ですね。

▼参考記事:「能力があれば働いてみたい企業」
http://blog.karashi.net/?eid=194

、、、今後質問コーナーなどで、
過去記事に関する質問が来たときは、
その都度「アーカイブブログ」に、
先行アップロードしていきたいと思っています。

過去記事なんて読んでる暇ねーよ、
という人がほとんどだと思いますので、
どういった記事だったかと言いますと、
オープニングトークの「質問カード」で、
「能力があれば働いてみたい企業は?」
という質問が出たわけです。

その私の答えは、
1位が北海道の六花亭、
そして2位以下については説明を端折りました。
(今日と同じですね笑)
私はどうやら文章については「尺が読めない」みたいです笑。

最後の所だけ引用します。

〈、、、さて、5つ挙げたのですが、
ここで説明する脳の活力が枯渇しましたので、
2位から5位までは、説明は割愛し、
列挙するにとどめます。
2.十勝毎日新聞社(帯広)
3.キングジム(またはコクヨ)(東京都)
4.YKK(富山県)
5.琉球大学(沖縄県)
、、、という感じです。
説明が中途半端ですが、
以上!!〉

、、、なんて不親切な終わり方なんだ、
と我ながら思いますよね。

トリッキーファウラーさんがご質問してくださいましたので、
2位以下の理由について説明していきたいと思います。



▼2位:十勝毎日新聞

私が6年間大学生時代を過ごした帯広で、
朝日、読売、産経、毎日、日経の5大全国紙よりも、
もうひとつの地方紙の北海道新聞よりも、
圧倒的なシェアと影響力を誇っていたのが、
「十勝毎日新聞」でした。

通称「かちまい」。

よく、
「世界的なニュースが駆け巡った日も、
 阪神の負けを報じるデイリースポーツ」
などと揶揄されるように、
デイリースポーツはブレない報道をすることで有名です。
サッカーワールドカップで日本代表が勝ち星を挙げた翌日、
すべてのスポーツ紙の本田圭介でしたが、
デイリースポーツの一面だけは、
「阪神の選手が結婚!」だったりしますから笑。

全国紙とデイリースポーツの一面が同じになったとしたら、
それは本当に、「真正の」全国ニュースなのだ、
ということを「時事芸人」のプチ鹿島さんも指摘しています。

▼参考リンク:「芸人式新聞の読み方」
http://amzn.asia/g1cJVOQ

、、、で、十勝において、
常軌を逸した講読率を誇る「かちまい」もまた、
「ぶれない」新聞なのです。

私は大学を卒業してから十勝地方に何度か訪れていますが、
そのときのひとつの楽しみは、ビジネスホテルのロビーや、
たまたま入った食堂などで、「かちまい」を読むことです。

最近私が覚えている「かちまい」の一面は、
「音更でトラクター展開催!」でした。

紙面には「ジョン・ディアー」やら、
「●●馬力で●●気筒のエンジン」が、、、やら、
推進方式がなんだらかんたら、、やら、
農業の専門用語がずらりと並んでいます。

ちなみにその頃、
重要な国家首脳が集まる国際会議が開催されていて、
全国紙の一面は当然そちらを報じていますが、
「かちまい」はぶれません。
十勝人にとってはどこか遠い世界の動向より、
トラクターの挙動のほうがたいせつなのです。

この「地元への振り切り」っぷりがすごくて、
古き良きローカル紙の郷愁をたっぷりのこした、
「かちまい」の記者をやったら、
きっと楽しいだろうなぁと、
1年に一回ぐらい思うことがあります。

、、、十勝に住めるし。

▼参考リンク:十勝毎日新聞社
http://kachimai.jp/



▼3位:キングジム(次点でコクヨ)

▼参考リンク:キングジム
http://www.kingjim.co.jp/

いまの時代、文房具のマーケットというのは、
生き残るのが非常に難しい分野です。

思い出してみれば、
職員室の向かいにあった小学校の「購買」で、
「学校認定のはさみ」を買ったとき、
確かその価格は600円とかしていました。

「なんという値段!」
と今は思いますが、
私たちの文房具の値段の常識を破壊したのは、
そう、「ダイソー」です。

かつて文房具専門店で、
500円から1,000円の間で買っていた文房具、
つまりハサミ、ホッチキス、分度器、パンチャー、
セロテープ、ボールペン、色鉛筆、、、
といった商品群の、「底値」が、
ぜんぶ「108円」になった。

しかも百均のハサミの切れること切れること、、、。

文房具メーカーにとっては悪夢です。
そのような時代にも生き残っている文房具メーカーというのは、
やはり生き残るだけの理由があるのです。

「キングジム」はそういった文脈で、
よく引き合いに出される企業です。
この会社は社員から出たアイディアを、
ほとんど「稟議にかけずに」荒削りの状態で商品にしてしまう。
「会議に次ぐ会議、決済に次ぐ決済」こそが、
イノベーションの最大の障害だということを、
多くの日本企業は認識しています。

地方自治体が時々打ち出す、
「死ぬほどダサい地域おこしイベント(ゆるキャラ込み)」を、
よく私たちは目にするのですが、
あれの戦犯は職員のセンスのなさではなく、
「役所の決済規定」にあります。

多くの組織はそれに気付いていて、
もっとボトムアップでイノベーションが起こるよう、
努力はしているのですが、なかなかそこから脱却できない。
「明日会社がなくなるかもしれない」という危機感がなければ、
そこまで大胆な組織改革はできないからです。
もっとも厳しい文房具メーカーにいるキングジムは、
大胆な組織改革によりイノベーションを殺さない工夫をしました。

▼参考リンク:キングジムのイノベーション
http://news.mynavi.jp/articles/2012/09/25/kingjim/

具体的にどうやってるかというと、
彼らは製造業の定石である「市場調査」をしません。
「ない市場」を作ることを目指しているからです。
「ない市場」を調査することに意味はありません。
かつてヘンリ・フォードが、
「なにが欲しいかと顧客にたずねていたら、
『足が速い馬』と言われたはずだ」
と言ったという話しがありますが、
「自動車」を観たことがない人は、
「より速い馬」しか思い描けないのです。

彼らは「自分だったら使いたい文具」を、
次々と商品化します。
そのうち10分の1が大ヒットすれば、
十分収益を上げられる、
という大胆なビジネスモデルです。

キングジムで最も有名な商品は、
一定規模のオフィスになら必ずある「テプラ」です。
、、、で、最近のヒットだと「ポメラ」ですね。

▼参考リンク:ポメラ
http://www.kingjim.co.jp/pomera/

これは、パソコンから
「文字を入力するという以外のすべての機能」を、
そぎ落としたマシンです。
パソコン、スマホ時代の敢えての
「ワープロへの回帰」です。

ね?

とんがってるでしょ?

製造業はすぐに「足し算」をしたがるクセがあるのですが、
引き算にこそ答えがあった。

現にこの「ポメラ」は、
執筆を仕事にする人のなかでじわじわと支持され、
多くの作家が愛用を公言しています。
じつは私もこれのひとつ前の型を所有していまして、
ブログ記事をこれで書いたりしています。

これの良いところは、
執筆以外何もできないところ。
パソコンならば集中力が切れたときに、
ネットサーフィンしたりメールチェックしたり、
YouTubeで動画を見始めたり、、、という誘惑があるのですが、
ポメラはストイックにアウトプットする以外何もできません。

こういった「とんがった商品」を作る製造業の企画部って、
相当に楽しいだろうな、と私は時々夢想するのです。
文具業界は特に面白いものが出てくるサイクルが短いので、
けっこう刺激的なのでは、、、と想像します。



▼4位:YKK

富山県にある超有名企業です。
ファスナー業界では、
国内の95パーセント、世界でも45パーセントのシェアを誇ります。
つまり世界中のファスナーの二つにひとつが富山のYKKの製品なのです。
すごくないですか?
あと、YKKはファスナーだけでなく、
窓やサッシなんかも作っています。

最近、義理の兄と話したとき、
じつは今の日本の(クオリティ・オブ・ライフという意味で)
「真の勝ち組」というのは、地元の進学校を卒業し、
地元の国立大学を卒業し、
地元の優良な製造業の大手に就職した人なのでは、
という話しで意気投合しました。

下手に(というと語弊がありますが)東大とかに入ってしまい、
迂闊に(というと語弊がありますが)、
一種国家公務員(官僚)なんかになってしまったりすると、
仕事は激務だし、官舎はボロいし、
若いときは地方公務員より薄給だし、
ストレスで病気になる確率も高いし、
転勤も多いし、家族はそのせいで疲弊するし、、、
というような状況です。

獣医師にも数は少ないですが国家公務員一種に合格し、
農林水産省で働く同級生や知り合いがいますが、
本当に、かわいそうになるぐらい大変そうです。
彼らがエリートなのは間違いないけれど、
これが、はたして本当に幸せと言えるのだろうか、
というわけです。

官僚嫌いのマスコミや、
反体制がポジションになってしまっている人は、
絶対に認めないでしょうが、
日本という国は優秀な官僚によって
支えられているのは間違いない事実です。
彼らはある意味、
「ノブレス・オブリージュ(高貴なるものの責務)」
としてがんばってくれているわけで、
ただただ、頭が下がるわけです。

しかし、「本人の幸福度」でいうと、
地方の国立大学を卒業し、
地方の名士みたいな企業に就職した人というのは、
最強の勝ち組なのではないかと思うのです。

豊かな自然があり、
都会のストレスにさらされず、
地元の国立大学というのは地方では「絶対的存在」ですし、
地元の優良企業もまた地方では尊敬されます。
物価を換算すれば、東京の一流企業の年収1,000万よりも、
地方の優良企業の年収600万円のほうが価値があると、
言えなくもない。

だって家賃からして、
倍ぐらい違うのですから。

そんな「日本で幸せに暮す理想のキャリアパス」の、
ひとつのモデルケースが、富山大学→YKKなのでは、
とイメージしたのです。

「俺たちの会社がなかったら、
 世界中の男の社会の窓は開きっぱなしだ」
というのは仕事をする「誇り」を、
このうえなく与えてくれることでしょうし。



▼5位:琉球大学

琉球大学は、
まず沖縄で生活してみたい、
という不純な動機がいちばんです笑。
沖縄の海にはそれほどの訴求力があります。
「この海を観ながら暮らせるなら、
 今の生活なんてどうなってもいいな。」
と思わせる何かがある。

沖縄への本州からの移住者は後を絶ちませんが、
だいたいそういう理由です。

、、、で、沖縄で私が仕事をするとなると、
獣医師として豚の診療をするか、
もしくは大学教授になるか、
ぐらいしかないのでは、、、と思ったのです笑。

スキューバダイビングできませんし、
ペンション経営みたいな才能はゼロです。
(そもそも経営者の才覚はゼロです)

じっさいに教えられる資質があるかどうかは別として
大学で教えることは興味があります。
弟が大学で教えていますし、
なんか「気質的」なものとして、
私は「良い製品を作る」だとか、
「一つの分野を追求する」ことに向いているようです。
私は「モグラ」なのです。

掘って掘って掘り続けるのが好きで、
関心の対象を「拡げる」ことに興味がありません。
だから経営者にはまったく向かないし、
社交も嫌いなので政治家にも向かない。
「誰の役に立つかも分からないようなこと」
を、ひたすらに考えたり対話し続けたりするのが好きです。
私はたぶんソクラテスの子孫なのです笑。

あと、私が琉球大学に関心がある理由は、
じつは、海「だけ」ではありません。
沖縄って、学問的にと言うか、
思想的に面白そうだな、
と前から思っているのもあります。

沖縄って、日本文化のようでいて、
じつは日本文化ではない。
少なくとも「大和」文化ではない。
だから沖縄の人は本州の人を、
「大和人(やまとんちゅ)」と言います。
自分たちのアイデンティティと、
大和人のアイデンティティが同じだと、
沖縄の人たちは思っていない。

(無知な)本州の人は「沖縄も日本だろ」と言いますが、
彼らにとってその言説はそう簡単に受け入れられない。
沖縄の歴史を知れば「それはそうだろうな」と思います。
何度、沖縄が日本に捨てられてきたか。
殴ったほうは痛くないですが、
殴られた方は痛みを忘れることができないのです。
何が言いたいかというと、
「沖縄人が考える沖縄人」と、
「沖縄以外の日本人が考える沖縄人」は、
じつは別々のものです。
認知が非対称なのです。

彼らには彼らの思想があります。
それがとても興味深い。

「文体は思想そのもの」です。
日本の俳句は「575」ですが、
沖縄の歌は「8886」だそうです。
「8886」を理解できなければ琉球の内在的論理を理解できない、
と久米島にルーツを持つ佐藤優氏は指摘しています。

今上天皇は「8886」の琉歌を学んでいたそうですが、
きっとそれは先の戦争で日本が沖縄の人にもたらした哀しみの責任を、
天皇家が今も深く感じ続けていることの現れでしょう。

ひるがえって自民党の議員や菅官房長官を観るとき、
彼らが「8886の論理」を理解しているようには見えません。
理解する意志があるようにすら見えない。

、、、沖縄を学ぶと、
あるいは「琉球大学から沖縄のメガネで」何かを学ぶと、
日本というものが、あるいは世界というものが、
より立体的に見えてくるのではないだろうか、
という強い知的好奇心が私にはあります。



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【Q】会議での発言について

2018.02.08 Thursday

+++vol.026 2017年8月22日配信号+++

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■3 Q&Aコーナー

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●【Q】会議での発言について

ペンネーム:まる(女性)
お住いの地域:山梨県

Q.

陣内さんこんにちは!
いつもメルマガを楽しく読ませていただいています。
今回は、
「参加メンバーとして、会議の雰囲気をよくする方法」
を知りたくてメールしました。

私は司会とか事務局でなく、参加メンバーとして
会議に参加することが多いのですが、
一部の人しか話さなくて他の人は沈黙・・・とか、
きつい言い方をする人がいて会議が緊張感に包まれる・・・
などのときに、もうちょっと柔らかく、
前向きな雰囲気に持っていけたらいいなぁと
思うことがあります。

それで、自分はできるだけ穏やかに、
積極的に発言しようと思っているのですが、
発言しているうちに緊張してしまい、
より会議の緊張感を高めてしまっている気がします!

そこで、いろいろな会議やミーティングに
参加したことがあると思う陣内さんに質問なのですが、
会議の雰囲気をよくするために気をつけていることとか、
こんな発言で会議が和んだとか、あるでしょうか。
アドバイスをいただきたく、よろしくお願いします!


A.

まるさん、ご質問ありがとうございます。
ご質問いただいてから、
この問題について考えをめぐらした結果、
背後に膨大な裾野が広がる大ネタだということに、
徐々に気付いてめまいがしました。

「膨大な問題」というのはまるさんのことではなく、
「抽象思考や論理的思考」を得意としない、
日本の文化と教育の根本的なところにあります。

キリスト教会だろうが社会一般だろうが学生同士だろうが、
私はこれまで膨大な数の「会議」に参加してきましたが、
その分野や文脈にかぎらず端的に言って、
日本人というのは会議が「ド下手くそ」です(失礼)。

なぜかというと、
日本人のなかに脳内にロジックツリー(論理の樹形図)を、
作りながら話す論理的思考を得意とする人がいないこと、
「ルールよりも空気が支配する」日本の文化、
「具体と抽象」の違いを意識しながら話せる人が少ないこと、
「会議の目的と終了時間」がまず最初に措定されていないこと、
などなど山ほど理由はあります。

そして、会議というのはMC(司会進行役)の力量に左右されますから、
日本人のなかに10人に1人(以下)いる、
論理的思考が得意な人がその会議に「参加している」
だけでは不十分です。
その人が進行役をしていなければ、
会議はだらだらと長いだけで中身のないものになるでしょう。

会議の目的は「情報の共有と合意形成」です。
この目的をバシッと押さえ、
ゴールを設定し、終了時間を意識し、
とりとめもない会話がだらだらと長く続かないようにし、
ロジックツリーでいう「枝葉」の話しからつねに「幹」に戻し、、、
ということができる人が司会進行をすると、
会議は充実したものになりますが、
そのような技術を持った人は、
はっきり申しまして多くありません。

ですから、
まるさんがMCになられた場合どうしたら良いですか、
という質問でしたら、「論理的思考力を養うこと」
というのがその答えになります。

そのための良書を2冊ご紹介しておきます。

▼参考リンク:「論理トレーニング」野矢茂樹
http://amzn.asia/41tZ82Z

▼参考リンク:「具体と抽象」細谷功
http://amzn.asia/gM5ZeM4


、、、しかし、まるさんの質問は「これ」ではありません。
参加者として会議をよくするために何ができるか、
というのがまるさんのご質問です。

正確には「場を和ませたり雰囲気を良くする」ために、
参加者として何ができるか、ということですが、
「何か面白いことを言う」というのは答えにはなりません笑。
会議にとって有益な発言だからこそユーモアが生きるのであって、
「会議を円滑にし、議論を有意義にする有益な発言」
が安定してできてはじめて、ユーモアや「雰囲気を良くする」
といった対人感性力的な要素も生きてくるわけです。

、、、以上を踏まえたうえで、正直に申しまして、
会議の質は進行役によって8割以上決まってしまいますので、
参加者にできることはほとんどないのです(ないんかい!)。

、、、ですが、
即効性のある、「けっこう使える小技」を、
敢えてひとつだけご紹介します。

それは、
「とても普遍的な話しか、
とても具体的な話しのいずれかをする」
というテクニックです。

説明します。

たとえば会議の内容が、
そうですねぇ、
「教会として町内のために何ができるか?」
といったようなテーマだったとしましょう。

いろんな意見が出ると思います。
いちばん不毛なのは、
何かの提案に対して、
「それをするとこんな文句も出ると思う」
みたいな「減点方式」で、「欠落」を探していく行為です。
これをやり始めるとムダに長いだけの消耗戦になります。
関係ない思い出話を始めるとか、
過去の成功談を話し始めるなんていうのは論外です。

参加者としてとても大切なのは、
「普遍的な視点」と「具体的な視点」を持ち込むことだと私は思います。
たとえば「月に一回町内を清掃してはどうだろう?」
という提案に対して、先ほどの悪い例なら、
「じゃあ誰が担当するんだ?」
「警察の許可はどうするんだ?」
「ゴミ袋の財源はどうするんだ?」
みたいなのをバシバシ言うことです。

これはロジックツリーでいえば「枝葉」なので、
「やるかやらないか」を決めてから、
あとで実務担当者が詰めれば良い話しなのです。
複数の忙しい社会人を拘束してする話しではありません。
壮大な時間の搾取になります。

では参加者として「掃除をしては?」に対して、
どんな有意義な意見が出せるか?

まず「普遍的な視点を持ち込む」というのはその一つです。
「町内の清掃ってどうなの?」という話しから、
一気に「普遍」に振り子を振ってみるわけです。

たとえば、
「それって、聖書でいうとどういう意味になるのでしょう?」
と言ってみる。
そうしたら、創世記の2章に神は人間に、
「地を管理せよ」と言っているのだから、
掃除というのはそれの実践に他ならないのではないか、
という話しができる。

あるいはニューヨーク市のジュリアーニ前市長が実践した、
「割れ窓理論」という社会学説がある。
それによれば、落書きや落ちているゴミが減ると、
それに比例して窃盗やレイプなどの反社会的行為も減る。
だとしたら教会が町内の清掃をしているというのは、
目に見えぬ世界のゴミも拾っている霊的な実践なのではないか、
という話しができます。

こういった発言は会議の熱を高め、
「だとしたら同じ原則でこんな実践もあるかもしれない」
といった発想を広げる効果があります。

次に、逆に「具体的な視点を持ち込む」というのも、
会議において有意義な発言です。

先ほどの例ですと、
「町内のゴミ拾いを月一回する」案について議論しているとき、
「そういえば最近、
 この近所でコンビニの弁当の食べ残しを、
 まるごと道に捨てている大学生を見ました。
 そのとき、何か心のなかにゴミを捨てられたような、
 いやーな気持ちになって半日ぐらい尾を引いたのを思い出しました。
 逆に誰かが無償でゴミ拾いをしているのを、
 第三者が見たら、心の中のゴミを拾ってもらったような、
 さわやかな気持ちになるかも知れないですよね。」
といったような、自分の半径2メートルの話しをするのです。
そうすると、宙ぶらりんだった議論が「足下」に帰ってきます。
それによって議論が深まります。

つまり、議論がいま参加者の上空5メートルぐらいを、
ふわふわ浮いていると仮に描きまして、
参加者が「思い切り普遍的な話しをする」ことは、
大気圏外からその問題を捉えることに似ており、
「思い切り具体的な話しをする」ことは、
上空5メートルを浮いている話しを、
参加者の手もとに引き戻して手にとって眺めさせる効果があります。
両方とも議論の奥行きと幅を増やしますから、
会議に「熱量」を与えることになり、
会議の雰囲気を良くすることにも、
結果的にはつながります。

ちなみに今回の私の「回答」は、
「もっとも個人的なことは、もっとも普遍的なことである」
という、心理療法の大家、カール・ロジャースの言葉に、
ヒントを得ています。
個人的な体験と普遍的原則の間に橋をかけるのが、
心理カウンセリングだとしたなら、
会議というのは「集合的カウンセリング」なのかもしれません。
(これが「普遍的な話し」です。)

、、、御参考までに。




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【Q】芸人の「脱ぎ」について

2018.01.25 Thursday

+++vol.024 2017年8月1日配信号+++

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●【Q】芸人の「脱ぎ」について

ラジオネーム:ちょっちゃん(女性)
お住まいの地域:東京都

あまりにも馬鹿げた質問かな、
となかなか聞くに聞けなかったのですが、思いきって。

以前お薦めされていたアマゾンプライムビデオの「ドキュメンタル」ですが、
とても面白い!と思って見ていくうちに、みんなが下着を脱ぎ始め…。
女性だからなのか、個人的に「パンツだけは履いていて〜」と、
思います。汚い、と本能的に(すみません!)
嫌悪してしまいます。脱がないで勝負しろよー!とも思います。

森三中の大島さんが脱がなくて本当にほっとしました。
なぜにあんなに脱ぐのか…!
ただ、宮川大輔に関しては脱いでも許せます。
そしてアキラ100%は好きなのです。
男性は大体にして脱げば笑えるものなのですか??


A.

ちょっちゃんさん、ご質問ありがとうございます。
質問をいただいた瞬間、
「これは是非答えたい!」と思いました笑。

「ドキュメンタル」観られたのですね。
もうそれだけで親近感を覚えます。

、、、、さて、ご質問についてですが、
「これは是非答えたい!」と思ったあと数日間、
つらつらと考えをめぐらせていたのですが、
驚くほど名案が浮かびません(笑)。

芸人が服を脱いだり下ネタを言ったりするというのは、
じつは芸人としては「反則だし、かっこ悪い」ことです。
小学校2年生の男の子は、間が持たなくなったとき、
とりあえず「ウンコ!!チンコ!!」と絶叫しておけば、
30分ぐらい爆笑してくれます。

プロの芸人が下ネタや裸で笑いを取るというのは、
そのレベルまで自分を貶めるということですから、
本当はめちゃくちゃダサいことなのです。

それはプロの水泳選手が犬かきをしているようなものであり、
プロのスキーヤーが「ボーゲン」で滑っているようなものです。

、、、では、何故それでも芸人は脱ぎ、
芸人は下ネタを言うのか、
という問いがここで生じるのですが、理由は二つあります。

まず、
「プロの芸人が小学校2年生の男の子のレベルの笑いを、
本気で取りに行っている」というのは、
状況によっては「一周回って」、
めちゃくちゃ面白かったりするからです。

アキラ100%はまさにそれですし、
とにかく明るい安村もそうです。
今となっては飽きられて意味合いが変わりましたが、
初期の小島よしおなんかもそうですね。

ただ、芸人本人も、「自分は一周回った芸をしている」
という自覚がありますから皆、危機感は半端ないです。
あくまでも「王道の笑いという刷り込み」の裏切りとしての、
「裸というベタ」というカードを切っているわけですから。
いつかはそこから脱出しないと長くは芸人を続けられないことは、
本人がいちばんよく分かっているわけです。

裸芸とリズム芸はそういう意味では「危険な手札」で、
大きな大きなリスクを背負いながら、
芸人達はそれでもそこに手を出す。

何故か。

それでも、「まずは地上波に出ない」ことには、
レースへの出場権すら得られないからです。
スタート地点にすら立てない。
キャリア20年以上で、一度も地上波に出たことない芸人なんて、
いまどきゴロゴロいるわけです。
だからどんな形であれ、
「まずはテレビに出る」ことを優先させる。
そういう戦略のツートップが、
「リズム芸」と「裸芸」です。
そういった背景を知りながら彼らを観ると、
なんともいえない悲哀が加わるのです。
だから「笑ってあげようじゃないか」と思うのです。
もう「親心」に近いですね。

芸人の「脱ぎと下ネタ」の2つめの理由は、
「芸人が芸人を笑わせようとするから」です。

特に男の芸人同士の場合ですが、
プロの芸人がプロの芸人を本気で笑わせようと思うと、
どうしても「裸と下ネタ」に頼ることになります。

なぜかというとプロの芸人は、
一般の人が笑うような洗練された芸では、
もはや笑えなくなっているからです。

24時間料理のことを考えている一流コックに、
フォアグラのソテーを食べさせても、
もう「美味しい!」というシンプルな感動はそこにはありません。
「ははーん、こういう手法もあるのか、、、」
という「分析」が先立ってしまう。
料理のプロが純粋に「美味しいなぁ」と思えるのは、
むしろ家に帰ったときに奥さんが用意している、
何の変哲もない「ひじき」と納豆ご飯だったりします。

芸人も同じで、
プロの芸人に対してすごいコントや漫才や、
話芸を見せても、心からは笑えません。
「その手があったか!」とか、
「さっきのあの『フリ』を効かせて笑いを取るとは、、、 
 思いつかなかったぁ!」
という、分析や反省や向学心が先に来てしまう。

では、プロの芸人が、
腹を抱えて笑う瞬間はいつか。
つまり芸人にとっての「ひじき」は何か?
それはわりと「裸と下ネタ」だったりします。

男子運動部の部室で、
部員の人気者の「トーク」は下ネタ多めですし、
部員の人気者はかならず最後はケツを出します笑。
プロの芸人もその瞬間だけは、
「ひとりの男の子」となって、
無邪気に笑うことが出来る。

「内村プロデュース」という番組がかつてありまして、
あの番組は「芸人の芸人による芸人のための」番組でした。
有吉弘行は後に著書の中で、
「あの番組のおかげで芸人を辞めずに済んだ」
と語っています。

あの番組は芸人同士がお互いを笑わせあう、
という企画が満載ですが、
当時準レギュラー的に出ていた有吉は、
10回のうち9回は全裸になっていました笑。
人気司会者となった今では想像するのが難しいですが。

、、、で、MCのウッチャンが、
子どものようにケラケラ笑うのは決まって、
芸人が服を脱いで裸になったときか、
放送禁止レベルの下ネタを言ったときでした。

そういうものなのです。

「さまぁ〜ず×さまぁ〜ず」という、
さまぁ〜ずがフリートークをする30分番組も同じです。
大竹と三村が、本気でツボにハマって相手の発言に笑うときというのは、
相手が「ド下ネタ」を言ったときです。
お客さんはたいてい引いていますが笑。

、、、で、ドキュメンタルというのは、
企画の性質上、「芸人が芸人を笑わす」という構図になっていますから、
もうこれは、「下ネタと裸は不可避」ということになります笑。

、、、ただ、個人的には、
下ネタも裸も特に好きではありません笑。

どないやねん!

という話しですが。

私はさまぁ〜ず×さま〜ずの観覧席のお客さんの心境ですので、
ちゃんと「ドン引き」しています笑。

「下ネタに逃げるなよ。」
「裸に逃げるなよ。」

と思っています。
ドキュメンタルの場合は構造上仕方ないというところがありますから、
下ネタや裸の部分は「あんまり観ないようにして」、
やり過ごしています。

ミュージシャンのアルバムを買ったとき、
あんまり好きでない曲は飛ばして聴くように、
本を読みながら、さほど興味ない部分は読み飛ばすように、
お笑い番組のなかで、自分の好みに合わない、
度が過ぎた裸や下ネタが繰り広げられているときは、
脳内の入力スイッチをオフにするようにしています笑。

だから、ドキュメンタルは「前半戦」が好きです。
前半はまだ芸人達がそこまで追い詰められていないので、
下ネタ少なめ、裸少なめですから。

おそらく、ちょっちゃんさんと私は同意見のはずです。
でも、「骨が嫌だから魚は食べない」とか、
「種が嫌だから果物は食べない」
というのがもったいないのと同じで、
下ネタや裸が嫌だからお笑いをまったく観ない、
というのは、あくまで私の個人的な見解として、
人生を少し損しているなぁ、と思っています。

結局は、観るも観ないもその人の自由ですが、
本当に面白いお笑いは、人生を豊かにしてくれると、
私は個人的に思います。

もちろん、下ネタや裸への我慢が、
得られる豊かさに引き合わなければ、
ただちに観るのをやめることをオススメします。

御参考までに。


追伸:

「ドキュメンタル」でいちばん笑ったのは、
ダイアン津田のお母さんの写真のくだりと、
アントニーのお父さんの写真のくだり、
それから野性爆弾の川島の「フードのこし」のくだり、
あと案外「児島だよ!」「俺もだよ!」の攻防も好きでした。
とにかく、シーズン1もシーズン2も、
前半戦はすごかったですよね。
ジミーちゃんとフジモンはやっぱり重要だな、と思います。
(見た人しかわからない話しですみません)

追伸の追伸:

つい今しがた知ったグッドニュースが。
ドキュメンタル、シーズン3、8月2日からスタートします。
犬ならばおしっこ漏らすぐらい楽しみです。
今回は下ネタと裸少なめだと良いのですが、、、笑。





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【Q】「学校に床の間」の出典

2018.01.11 Thursday

+++vol.022 2017年7月18日配信号+++


●【Q】「学校に床の間」の出典

ラジオネーム:まる(女性)
お住いの地域:山梨県

Q.

こんにちは。いつもメルマガやブログを
読ませていただいています。ありがとうございます!
質問があり、またいつか機会がありましたら、
メルマガやブログ等で教えてください。

メルマガでの記載に
「安倍首相も参加している、というよりもその渦の中心にいる、
「日本会議」の議事録を読みますと、
「すべての公立学校に床の間を設けるにはどうすれば良いか」
というようなことが、真剣に話されている。」

とありましたが、
http://www.kantei.go.jp/jp/kyouiku/1bunkakai/dai4/1-4siryou1.html

のことでしょうか?
「日本会議の研究」を読んでみたのですが、記述がなかったので、
出典を教えていただけると幸いです。

キリスト教信仰にこれから関わってきそうなので、
情報を集めたいなぁと思っています。
質問ばかりですみません。
これからの働きも守られますように。



A.

こちらは先ほどと同じく、
ラジオネームまるさんのご質問です。

そうですね。
まるさんのご指摘されているリンクがそうです。

▼教育再生会議
http://www.kantei.go.jp/jp/kyouiku/1bunkakai/dai4/1-4siryou1.html

しかし私の書いた内容とは微妙に違っていて、
「おかしいな」と思い調べました。
私は「どこかで読んだ内容」を記憶していて書いたのですが、
調べましたら正確には間違っていました。
お詫びして訂正します。

じっさい「床の間を設けるにはどうしたら良いか」
という議事録があったのは、
日本会議ではなく自民党でした。
私が読んだネタ元は以下のとおりです。
手もとに本がないのでページ数までは
フォロー出来ませんでしたが引用します。

▼参考リンク:「すべての戦争は自衛意識からはじまる」森達也 
http://amzn.asia/1tDqy2q

〈自民党の議事録に「学校に床の間」を、
という発言が残されている。
本音は神棚を作るためだ。
安倍首相は、「神道政治連盟国会議員懇親会」の会長だ。〉

、、、ロビイ団体である日本会議ではなく、
自民党で話されていたとは改めて驚きです。
私が間違って書いた内容より、さらにぞっとする話しです。

同じ森達也さんの本には、
ナチス時代のドイツで生きたルター派の牧師、
マルティン・メーニラーのこんな詩が載っています。
引用します。

〈当初、ほとんどのドイツ国民と同様に、
メーニラーはナチスを強く支持していた。
しかしナチスによる迫害が教会に及ぶに至り、
これに強く抗議して最終的には強制収容所に送られた。
このメーニラーが戦後に書いた詩を引用する。

 最初に彼らが共産主義者を弾圧したとき、
 私は抗議の声を上げなかった。
 なぜなら私は、共産主義者ではなかったから。
 次に彼らによって社会民主主義者が牢獄に入れられたとき、
 私は抗議の声を上げなかった。
 なぜなら私は、社会民主主義者ではなかったから。
 彼らが労働組合員たちを攻撃したときも、
 私は抗議の声を上げなかった、
 なぜなら私は労働組合員ではなかったから。
 やがて彼らが、ユダヤ人たちをどこかへ連れて行ったとき、
 やはり私は声を上げなかった、
 なぜなら私はユダヤ人ではなかったから。
 そして、彼らが私の目の前に来たとき、
 私のために抗議の声をあげる者は、
 誰一人として残っていなかった。〉

「●●を排除する」というタイプの言説や法律は、
「●●」のなかに自分が含まれていなくても危険です。
もし今の自民党右派の支持者が喜んで、
「自民党に反対する奴は逮捕できる法律を作れ!」といって、
それをやったとしましょう。

何年かあとに、クーデターか政権交代が起きて、
共産党が政権を取ったとします。
そのとき弾圧されるのは、
「かつてその法律を作った自民党支持者達」です。
自分が作った処刑台で自分が死ぬことになります。

大事なのは社会に処刑台を作らないことです。
それが多様性を許容する、
市民社会のあるべき姿だと私は考えます。

、、、日本会議がらみでは、
菅野さんや青木さんの本以外では、
以下のようなリンクが参考になります。

▼森達也「ポリタス」寄稿
http://politas.jp/features/3/article/307

▼籠池氏は日本会議の大阪支部長
http://www.newsweekjapan.jp/stories/world/2016/12/post-6547.php

▼日本会議についての菅野さんのウェブ記事
http://diamond.jp/articles/-/91567

、、、先ほどのコーナーでも書きましたとおり、
「日本会議けしからん!」というだけの言説には、
社会を変える力はあまりありません。
そうではなく、真正面から「国を愛する」ことを考え、
「保守とは何か」「リベラルとは何か」「民主主義とは何か」を学び、
そして「このように生きる」という軸を持つことが大切です。

「作用・反作用の力学」で戦うと、
「作用」がなくなったとき逆に倒れ込みますから。

おそらくボンヘッファーは、
反作用ではなく、ヒトラー登場前から、
「このように生きる」という軸を持っていたと思われます。

、、、御参考までに。






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【Q】これからの日本でキリスト教信仰を持つこと

2018.01.11 Thursday

+++vol.022 2017年7月18日配信号+++


●【Q1】これからの日本でキリスト教信仰を持つこと

ラジオネーム:まる(女性)
お住いの地域:山梨県

Q.

陣内さんこんにちは。
陣内さんは、これから日本で
キリスト教信仰を持つのは難しくなると思いますか?

もしそうだとしたら、
今何をしておくべきだと思いますか?
私は自民党の憲法改正草案や内閣のメンバーを見ると、
日本では今後、「宗教ではなく、社会的儀礼や習俗的行為だよ」
という考えで、学校教育や一般社会の中に神道の考えや儀式が
入ってくる可能性があるのではないかと思っています。

国は宗教ではないと考えても、
キリスト教信仰とは相いれないところも、
もしかしたらあるかもしれません。

もしそうなったら私は、抵抗できる自信がないし、怖いなと思います。

戦中の日本も信仰を守り通すのは難しかったようですが、
何か過去から学んで、備えられることはないか・・・と思っています。
でもまだ何も見つけられていません。

今は、ただ日本のリーダーの働きが守られ、
神様を礼拝し、隣人に仕え、弱い人を大切にする国になるよう祈り、
また私もそのように歩めるよう祈っています。

陣内さんはどうお考えになりますか?



A.

まるさん、ご質問ありがとうございます。
長らく回答するのが遅れまして、
お待たせしたことをまずお詫び申し上げます。

おそらくお気づきのように、
べつに狙ってそうなったわけではありませんが、
奇しくも今回の「最近したメッセージ」の内容が、
まるさんのご質問へのそのまま回答になっています。

ですから、まるさんが、
「今は、ただ日本のリーダーの働きが守られ、
神様を礼拝し、隣人に仕え、弱い人を大切にする国になるよう祈り、
また私もそのように歩めるよう祈っています。」
とおっしゃっているのは、まったくその通りであり、
私も同意見です。

だいじなのは、
「順番」だと思います。
それが愛国心だろうが金銭への愛だろうが、
伴侶や恋人や友達や会社や出世への愛だろうが、
「●●への愛」が、「神への愛」を上回ったとき、
それは偶像崇拝であり、そのような人生は脆弱な人生になります。

内村鑑三の「2つのJ」にはじつは続きがあります。

「自分は2つのJを愛する。
ひとつはジーザス・クライスト(Jesus Christ)であり、
ひとつはジャパン(Japan)日本である。
2つのJ−イエスと日本−そのどちらをより多く愛するか、
自分は知らない。
自分はイエス(Jesus)を信ずるが故に、日本人に憎まれ、
また余りに日本的であるが故に、
欧米宣教師に嫌われる。
しかし、私は2つのJ−イエスと日本−を失うことはできない。」

というのがこの発言のフルバージョンです。
彼は「日本とイエス、どちらを多く愛するか私は知らない」
と言っていますが、彼は自らの人生と行動を通して、
この2つには順番があることを示しています。

「内村鑑三不敬事件」という事件がそうです。
彼は時の政府が「教育勅語」などに基づいて要請する、
「天皇への最敬礼」を拒んだことが批判され、
教師の職を失いました。

▼参考リンク:Wikipedia 「内村鑑三不敬事件」
https://goo.gl/Zn8bip

まるさんの言われる「備え」は内村のこの実践からも学べますし、
聖書のなかでこの問題に対する最良のテキストは、
「ダニエル書」だと考えます。

ダニエルは時の為政者ネブカデネザルが、
「自らを礼拝せよ」と国民に強要したときそれを拒みました。
そして彼はその罰として燃える火の中に投げ込まれましたが、
そのときにこう言っています。

ダニエル書3章17〜18節
「もし、そうなれば、私たちの仕える神は、
火の燃える炉から私たちを救い出すことができます。
王よ。神は私たちをあなたの手から救い出します。
しかし、もしそうでなくても、王よ、ご承知ください。
私たちはあなたの神々に仕えず、
あなたが立てた金の像を拝むこともしません。」

、、、ダニエルは内村鑑三と同じように、
為政者が強要する「神としての国家への忠誠」を、
拒絶しました。

この話しの顛末は、おそらくまるさんもご存じのとおり、
神は奇跡をもってダニエルたちを救われたのですが、
「たとえそうでなくとも」私は国家を神としない、
というのがダニエルの決意でした。
じっさい歴史上、多くの人々がダニエルと同じ覚悟を持って、
「国よりも神」を選んだ結果、
ある人は斬首され、ある人は拷問にあい、
ある人は磔刑にされ、ある人は火で焼かれて命を落としてきました。

ヘブル人への手紙の著者はそのような人々を、
「雲のように私たちをとりまく証人達」と呼び、
今生きている信仰者を彼らは応援しているのだから、
「目の前におかれている競争を忍耐をもって走り続けよう」
と鼓舞しています。

、、、予見される未来において、
日本が戦前の「大日本帝国憲法」のようなものを復活させ、
私たちが信仰を持つと言うこと自体が違法になったり、
国家への忠誠心と神への忠誠心を天秤にかけられるような、
そんな社会になる、ということは、
「考えにくい」というのが私の個人的見立てです。
日本が国際社会の一員であり続け、
自由主義陣営のメンバーとして米国との蜜月を続けようとすると、
「戦前回帰」は自殺行為だからです。
日本はそこまでバカではないと(希望的に)私は思っています。

しかし、歴史というのはいつも「まさか」の連続ですし、
2012年のグロテスクな自民党の憲法改正草案を読むと、
彼らが「大日本帝国憲法的なるもの」を復活させたいのは明白であり、
あまり考えたくない未来が、
あながち荒唐無稽でもなくなってきているかも、
と思うこともあります。

そのようななかで、まるさんは、
「そうなったときに抵抗できる自信がないし怖い」
とおっしゃっていますが、
それでいいのではないかと私は思います。

逆に、
「そうなっても俺は神に従う。
国家に逮捕されても命を落としても、
絶対にイエス様に忠実に生きる」
と言っているような人ほど危ないのではないかと笑。
キリストの処刑前夜のペテロを思い出してください。

、、、私だって分かりません。
私は強くないですから。
だからこそ、ダニエルのように、
そして内村鑑三のように、
自分の良心に忠実であれるよう、
いつも神に助けを求めています。

その戦いはきっと既に始まっていて、
それは毎日のデボーションであり、
毎月の什一献金であり、
キリスト者としての小さな愛の実践であり、
職場や公共空間における自分の信仰の公表です。

その程度のことさえできない人が、
「命をかけてキリストに従う」ことが出来るとは、
とうてい思えませんから。

「キリストのために死ねる。
 でも什一献金はかんべんしてほしい」
あるいは、
「キリストのために命を捨てられます!
 でも職場で教会に行ってることをカミングアウトするのは、
 ちょっと難しいです。」
というのはもう、ギャグですから笑。

さて、このような問題について参考になる本を、
何冊か紹介します。

まず思い出したのが、
「たといそうでなくても」という本です。
私はこの本を大学生のときに読みましたが、
「信仰というのは命をかけてするものなのだ」という、
何かずっしりとしたものが心に残ったのを覚えています。
タイトルの「たといそうでなくても」は、
先ほどのダニエル書からの抜粋です。

著者はちなみに戦時中、
日本に侵略された朝鮮半島で、
神社崇拝が強要されたときに、
キリスト教信仰のゆえに投獄され、
5年間もの間拷問に耐えた人物で、
自らのことを「失格した殉教者」と呼んでいます。
彼はキリストを拒んだから失格したのではなく、
死んでいった沢山の仲間と比較し、
自分は「死ねなかった」から、失格殉教者と、
自分の事を呼んでいるわけです。

Amazonで見てみると絶版になっているらしく、
とんでもない値段になっています。
再版を待つしかないかもですね。
こういう本というのはなにげに、
教会図書室に、ときどきさらっと置いてあったりします。
あったら「ラッキー」なので読みましょう。

▼参考リンク:「たといそうでなくても」安利淑
http://amzn.asia/4kE8nj2


次にオススメしたいのは、
遠藤周作の「沈黙」ですね。
まるさんはなんとなく既読のような気がしますし、
この本については説明不要でしょう。
「ほんとうの信仰とは何なのか」を突きつけられます。

▼参考リンク:「沈黙」遠藤周作
http://amzn.asia/aFmPjQk


三浦綾子「母」。
これは実は、キリスト教の話しではありません。
小林多喜二という「蟹工船」の著者の話です。
「蟹工船」はプロレタリア文学として、
知られていることからも分かるように、小林は共産主義者です。
当時の日本では共産主義もまた国家によからぬ思想として摘発され、
刑罰の対象になっていましたから、
小林多喜二は見るも無惨なむごたらしい拷問を受け殺されました。
「母」とは小林多喜二の母の事です。
自らの良心に殉じて死ぬ息子を見る小林の母の姿と、
磔刑に処せられたイエスの母マリアを重ねる名作です。

▼参考リンク:「母」三浦綾子
http://amzn.asia/eB0NTTC


最後に「ボンヘッファーとキング」です。
ボンヘッファーは、ナチスドイツによって、
国の大多数の教会が「ナチスに賛同」する側にまわるなか、
ひとり抵抗の声をあげ最後はヒトラーに殺されました。
マーティン・ルーサー・キング・ジュニア牧師は、
黒人の公民権のために戦い最後は暗殺されました。
この二人の足跡を辿ることで、
「自らの信念に殉じた生き方」から多くを学ぶことが出来ます。

▼参考リンク:「ボンヘッファーとキング」J.ディオティス・ロバーツ
http://amzn.asia/975I6BO

、、、御参考までに。





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【Q】文章を書くことについて

2018.01.04 Thursday

+++vol.021 2017年7月11日配信号+++


●【Q】文章を書くことについて

ペンネーム:ドンフライ(男性)
お住いの地域:東京都

Q.

俊さん
毎回圧倒的な情報量と内容のあるメールマガジンを”必死”に読んでいます。
しかし、軽いネタもあるのでなんとか”完走”できているような状況です。

私は文章書くのが下手で、
仕事でよく意味が分からんとか謎解きゲームだと不評買っています。
どうしてそんなにいろいろなネタが完結でたくさんかけるんですか?
昔から文章書くことをいっぱいしていたとか、
それとも実はものすごい労力と時間がかかっているんでしょうか。
どうやって読んだものを整理して表現しているのか興味がありまして、
よろしくお願いします。


A.

ドンフライさん、ご質問ありがとうございます。
まず言えますのは、ドンフライさんのご質問の文章、
これはまったく「謎解きゲーム」ではないので、
ご安心して大丈夫なのではないでしょうか、ということです。

質問の要点を言い得ていますし、
意味がハッキリわかる簡潔な文章です。

さて、ご質問の件ですが、
私がこのような文章を毎週書けますのは、
厖大な時間がかかっていると言えばかかっていますし、
かかっていないといえば、そこまでかかっていないのです。

説明します。

私は2008年に市役所の職員であることを辞めて、
NGOを通して国内外で活動する今のような働きを始めました。
社会人になって2002年から2007年の間、
私が毎月書いていた「文章」というのはたいてい、
起案分、報告文、通知文、学術報告論文といった、
いわば専門的な文章でした。

特に「役人の文章」というのは特徴があり、
「公文書の書き方のマニュアル」というのを新人は勉強し、
それに従って文章を書きます。

この文法になれるのに私は1年間かかりましたが、
慣れてしまえば簡単です。
役所の文書というのは没個性だとか、
それこそ暗号だとか言われますが、
「個性を出してはいけない」のが役人の文章です。

「誰が書いて誰が読んでも、
 解釈に幅がなく同じように受け取れる」のが、
公文書の勘所ですから、
「文体」にオリジナリティは必要ありません。
むしろオリジナリティは御法度です。
「自我」なんていうのは職場のロッカーで、
毎朝脱ぎ捨てるのが正解です笑。

、、で、そのような文章を、
上司に指摘されたり怒られたりしながら毎月書いていた、
というのが社会人の最初の6年間です。

このときの一ヶ月の文章量を「10」としますと、
単純に量だけの話しをするなら、
今は一ヶ月に「300」以上書いていると思います。
たぶん30倍ぐらいの文字数を常時書いている。

じゃあ、一足飛びにそこまで飛躍したかというと、
そうではありません。

2008年から私は、
「陣内俊Prayer Letter ONLINE」という、
支援者の方々への活動報告のブログを書き、
2013年に体調を崩すまでは、ほぼ毎日更新していました。

2008年から2013年までの5年間、
先ほどの単位だと毎月「100」ぐらい書いていた。
それは私にとって「文章を書くという行為の筋トレ」だった。

病気から回復して現在メルマガを開始しましたが、
もしブログを毎日書いていなければ、
この分量のメルマガを書き続けるという、
「言語運用」の基礎体力はついていなかったと断言できます。

このメルマガの文字数は、
以前ブログに書いていた文字数の3倍ぐらいはありますが、
それに割いている時間はブログのときと変わりません。

、、、もっと言えば、
役人だったときに勤務時間中に文章に向き合っていた時間数と、
今私がメルマガを書いたりすることで文章に向き合う時間数は、
たぶん同じぐらいです。

1週間に5時間〜10時間ぐらい、
総労働時間の4分の1とか5分の1ぐらいです。

じゃあなぜこういう「圧縮」が起きたのか。
なぜ文章を書くのが早くなったのか。

それは、こう言ってしまえば身も蓋もないのですが、
「たくさん書いた」からです。

料理をめちゃくちゃ早く手際よく作れる人は、
なぜそれが出来るかというと、
たくさん料理を作ったからです。

サッカーのドリブルがめちゃくちゃ早い人がなぜ、
それを出来るかというと、
グラウンドでボールを蹴った日々があるからです。

文章も原則としては同じです。
たくさん書いたら書いただけ上達します。

、、、それに加えて、
次のようなことを大切にしたらさらに上手くなりますよ、
というのを、いくつか挙げたいと思います。


1.たくさん本を読むこと

澤田昭夫さんの名著「論文の書き方」という本がありまして、
その本に、「書くこと」と「読むこと」というのは、
言語運用能力という意味でひとつの活動だ、という指摘があります。
引用します。

→P18 
〈「読み方」に続いて、
「話し方」「聴き方」についても簡単に触れました。
「論文の書き方」に関する本が、
「読む」、「話す」、「聞く」ことまでを扱うのは
奇怪に見えるかも知れませんが、そうしたのは、
この本の一つの柱になっているのが、
「書く」、「読む」、「話す」、「聞く」は根本的には同じ一つの
「ことば活動」の四つの働きだという考えだからです。
書く人、話す人、読む人、聞く人、この四人は、
たとえていえば、山の両側から二人で一組になり
一点に向かってトンネルを掘っているようなもので、
その作業原則は同じだからこそトンネルは一点で出会って貫通するわけです。
そうでなかったらトンネルは出会わない。
つまり、言葉は意思疎通の手段にならないわけです。〉

▼参考リンク:「論文の書き方」澤田昭夫
http://amzn.asia/6qjFs5m

、、、「読む」「書く」「聞く」「話す」というのは、
じつはひとつの活動の異なる側面なのだ、ということです。
そしてそのすべての基本になるのが「読む力」です。

佐藤優さんは「知の操縦法」という本のなかで、
ここからさらに「書く力」「話す力」「聞く力」が、
「読む力」を超えることはない、と言っています。
つまり「読む力」がすべての基本だと。

→位置No.11
〈「読む力」は表現力の基本だ。
「読む力」以上の「聞く力」「話す力」
「書く力」を持っている人はいない。〉

▼参考リンク:「知の操縦法」佐藤優
http://amzn.asia/68h3cVN

、、、言葉は「論理」ですので、
数式の比喩で現わせます。
「読む力」というのは、書かれた文字から、
論理構造を把握し、そこにある「数式」を取り出す行為です。

書く力はその数式(論理)を文字で再現する力であり、
話す力はその数式をオーラルに(口頭で)再現する力です。
(もちろん自分のアレンジを加えても同じです。
 いずれにせよ「脳内の論理」を、
 文字か音声で再現する能力が書く力、話す力です。
 「言語明瞭、意味不明」と言われるような
 支離滅裂な話し言葉や書き言葉というのは、
 そもそもその人の脳内に「論理という数式」が存在しない、
 もしくは定まっていないことによって起きます。)
、、、そして聞く力は耳で聞いた論理を把握することですから、
基本的に「読む力」を補完するものです。

こう考えると理解できますでしょうか。
つまりある文章を読んでその中の内在的論理を把握する力、
というのがその人の言語運用力の基礎体力となり、
そこから「書く、話す、聞く」が派生するのです。

本を読んで言語運用力を鍛えようとするとき、
「ちょっと難しくて全部は理解できない」という、
背伸びしたレベルの本を読むことをオススメします。

100%理解できる本というのは、
今の自分の能力の中で把握出来ているから、
それを読んでも「論理の筋トレ」にならないからです。

「自分には少し早い」ぐらいの複雑な論理に接することで、
その人の論理力は高まって行きます。


2.たくさん文章を書くこと

これは先ほど言ったとおりなので説明不要ですね。
サッカーが上手くなるコツは、
サッカーボールを蹴る事なのと同じで、
文章が上手くなるコツは、たくさん書くことです。


3.書いたものを「公開」すること

ただ「書く」よりも、
それを誰かに読んでもらった方が確実に上達します。
ブログなどはそういう練習をする格好の「場」です。
(もちろん職業上の守秘義務や服務規程に違反しない範囲で)

、、、芸能人はデビューから年月が立つと、
整形したわけでもないのに顔つきが洗練されていき、
同じ年齢の人よりも若々しく観られる人が多いです。

これは彼らが「人に見られる」職業だからです。

「人に見られる」ということによって、
彼らは自分の表情や体重や肌や声に自覚的になりますから、
その積み重ねが彼らの見た目を徐々に変えていくわけです。

文章も同じで、
「多くの人に読まれる」という、
「閲覧圧力(今私が作った造語です)」によって、
その人の書く文章はどんどん洗練され上達していく。

そういうものです。

試しに私が2008年に始めたブログの、
初期の文章を読んでみると、
今の私から見たら「下手すぎ」ます。

ひどい。

それだけ上達したということなのです。
それはとりもなおさず、
私の場合自分の身元を明かし、
不特定多数に自分の書いたものを「さらす」、
という「自己鍛錬」を10年近く続けてきたからです。


4.「文章を書くための本」から学ぶこと

文章力を磨くために参考になる本というのは、
古今東西たくさん出版されていまして、
たぶん私はこの手の本をこれまでに、
すくなくとも50冊は読んできているはずです。

その中でも最高だったのは、
2009年に弟に勧められて読んだ、
本多勝一の「日本語の作文技術」です。

他には友人に勧められた野矢茂樹の、
「論理トレーニング」も、「文章は論理だ」ということを知る上で、
非常に役に立ちました。

あと、山田ズーニーさんの、
「伝わる!揺さぶる!文章を書く」も良かったです。
この本を読むと最初の質問の「世間と半音ズレている人」は、
なぜ文章が上手になるのか、という理由が分かります。

この数ヶ月に限定しますと、
池上彰さんと読売新聞の竹内正直さんの、
「書く力」が参考になりました。

▼参考リンク:「日本語の作文技術」本多勝一
http://amzn.asia/15FcrJ2

▼参考リンク:「論理トレーニング」野矢茂樹
http://amzn.asia/iv9Gt89

▼参考リンク:「伝わる!揺さぶる!文章を書く」山田ズーニー
http://amzn.asia/7YH6Npv

▼参考リンク:「書く力 私たちはこうして文章を磨いた」池上彰 竹内正直 
http://amzn.asia/baCDGrH


5.スマホとSNSに依存しないこと

それから、編集と校閲が加えられていない、
ネット上のゴミ溜めのような情報に常時接していると、
「論理力」は、どんどん落ちていきます。
SNSに依存したりネットの掲示板を読む習慣を持つと、
文章はどんどん下手になっていくと考えて間違いないでしょう。

先ほどの佐藤優さんの「知の操縦法」から引用します。

→位置No.11 
〈一昔前まで、インターネットにアクセスできる人とそうでない人の間で、
情報空間に大きな差異が生じると言うことが言われた。
、、、むしろ深刻な情報格差は、
日常的に電子媒体を用いる人の間で生じている。

パソコンしか持っていない、
もしくはパソコンとスマートフォンを併用しているが、
主にパソコンを利用している人は「読む力」を維持することが出来ている。
これに対してスマートフォンしか持っていないか、
パソコンを持っていても使わずに
ほとんどスマートフォンから情報を得ている人の
「読む力」が落ちているとの感触を私は得ている。

それはスマートフォンを多用する人が、
LINEをはじめとするSNS、SMS(ショート・メッセージ・サービス)を
もっぱら利用することと関係している。
SNS、SMSでは、限られた語彙しか用いられず、
単文、体言止めが多い。
しかも絵文字やスタンプで感情を表現する。
ここで用いられているのは話し言葉だ。

学校や職場では複雑な日本語を用いていても、
日常的には簡単な話し言葉しか用いていないと、
急速に「読む力」が退化する。
「読む力」は表現力の基本だ。
「読む力」以上の「聞く力」「話す力」
「書く力」を持っている人はいない。〉

→位置No.909 
〈LINEで瞬時に返信することばかりしていると、
千語くらいの単語数でしかコミュニケーションをしなくなるので、
長いものや難しいものを読めなくなってしまうし、
他人に伝わる文章を書くことも出来なくなります。〉


6.Evernote

最後に、ドンフライさんのご質問中の、
「どうやって読んだものを整理して表現しているのか、、、?」
という点に関しては、もう、「Evernoteさまさま」ですね。

Evernoteを使い始める以前なら、
このメルマガは実現していないのではないかと思います。
私は記憶力は良いほうではありませんから、
「数ヶ月前にあの本で読んだあのセンテンス、、」というのを、
検索機能で一発で引っ張ってこれるEvernoteは私の第二の脳でであり、
すこぶる優秀な秘書です。

べつにEvernoteを必ずしも使わなくても良いのですが、
本を一冊読んだら、3行ぐらいでその内容をメモする、
という情報整理を習慣化すると、
「知的蓄積」の効率が非常に良くなります。
これは文章を書く訓練にも論理を把握する訓練にもなりますので、
非常にオススメな方法です。

御参考までに。





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【Q】「父になること」について

2018.01.04 Thursday

+++vol.021 2017年7月11日配信号+++


●【Q】「父になること」について

ラジオネーム:まるまる(男性)
お住いの地域:北海道

Q.

いつも楽しくメルマガ読んでいます。
10月にお子さんが生まれるとのこと、楽しみですね。
実は私も7月に第一子が生まれる予定なのです(同級生ですね!)。
そこで、「父になること」について質問させていただきます。

私は、妻の妊娠が発覚した時、「赤ちゃんを授かった!」
という喜びと共に妻とハグをしたその数秒後には
「これから何を準備すればよいのだろう」という
漠然とした不安のようなものが頭をよぎったことを覚えています。

具体的には、「家族を支えていけるのか」、
「今までと同じ時間の使い方では仕事はできないだろう」、
「大学院を卒業できるのか」、
「子どもに聖書の話をしてあげられるだろうか」
といったように、
「このままの自分でよいのだろうか」
という思いが強かったように思います。

しかし、妊娠がわかってからの約8ヶ月間、
自分はこれまでと同じように仕事をし、教会へ行き、
家のことをしてきたのが実際のところで、
自分の生活や考え方、信仰において、
何かが特別に変わったという感覚はあまりありませんでした。

相変わらず寝落ちはするし、
家事を手伝わなければと思っていてもできないこともあるし、
生活が以前と比べて整っているわけでもありません。
また、特に育児に関する本を読んで予習していたわけでもありません。
変わったところといえば、お腹の赤ちゃんと妻のために
手をあてて毎朝祈るようにしたことと、
あとは、どこからともなく「責任」と「覚悟」が
じわじわと増してきたと感じることです。

これまで私がしてきた「準備」といえば、
ピアノの発表会に向けての練習、受験勉強、
学会発表や日々の仕事の予習など、確かにその時は緊張するものの、
「それなりに準備をしていればある程度は対応できる」
という見通しがたつものが多かったです。

しかし、今回の子どもを迎えるという準備はそれらとは全く種類が違い、
「ここまでやったから大丈夫だろう」という感覚が全くないのです。
結婚する時も似たような感覚になりましたが、
今回は「一つの命を任される」というまた違った重みがあります。

完璧な準備というものはないとわかりながらも、
ここまでしてきた自分の備えがよかったのかどうかわからず、
自分が不完全な存在であることをひしひしと痛感して、
これから父になろうとしています。

自分のことでは色々と思うところはありますが、
赤ちゃんには生まれるその日まで安心してお腹の中で過ごし、
そして安心して出てきてほしいなと思っています。
「父になること」について陣内さんがどう考え、
何をしているのか、是非お聞かせ下さい。


A.

まるまるさん、ご質問ありがとうございます。
現在妊娠8ヶ月なのですね。
私の妻は現在7ヶ月ですから、
まるまるさんのおっしゃるとおり、
赤ちゃんの誕生日は近くなりそうですね。

先日私は自治体が主催する、
はじめてパパ、ママになる市民を対象にした、
「ファミリー学級」に妻と共に参加してきました。

▼参考リンク:西東京市「ファミリー学級」
http://www.city.nishitokyo.lg.jp/kosodate/bosi/ninsin/familyclass.html

出産までの栄養、歯磨きの仕方、
急に病院に行くときのタクシーの使い方、体調の変化、
産まれてからどのように周囲からサポートを受けるか、、、
などを丁寧に説明してくれてとても有益でした。

20名ほどの参加者があり、
皆さんもちろん妊婦さんなのですが、
私を含め男性も(全員ではないけれど)参加している。

そのなかで「参加した男性だけで」話し合いをする、
という時間が20分ほど設けられていましたが、
皆一様に、まるまるさんがおっしゃっているような、
「父親になることの実感のなさ」を語っておられました。

「タバコをやめなきゃなぁ」とか、
「もう今みたいな趣味は続けられないなぁ」とか、
そういう不安を口にしたりする方が多い。

あと講師の方が言われていたのは、男性は多くの場合、
「名前を考えている」とか「父になる心の覚悟」といった、
「観念的な」ものが多く、
生活実感を伴った話し合いがあまり出てこない、
というものでした。

確かに男性というのは、
「親になる実感」という意味において、
女性にかなうはずがないのです。

だって、自分の中に赤ちゃんがいるのと、
自分の体に変化がないのでは、
まったく違いますから。

「ファミリー学級」の講師の殆どは
自分も母親である女性でしたので、
栄養や歯科、産科的な専門的な内容以上に、
「母親としての経験」が行間からこぼれるのですが、
そちらのほうが講義そのものよりも、
私の場合、役に立ちました。

その「行間からこぼれる内容」というのはこれです。

「父親になる準備」の大部分というのは、
「子育てをする母親のサポートをする準備」である、
ということです。

講師の「先輩お母さん」は口々に、
「赤ちゃんが生まれてからは、
ご飯を作る、お風呂を入れる、買い物に行く、
洗濯をする、掃除をするといった、
一人の時は当たり前にできていたことができなくなるし、
寝られなくなる。
旦那さんが赤ちゃんをお風呂に入れてくれたり、
夜ご飯を用意してくれたりするだけでどれだけありがたいか」
ということをおっしゃっていました。

それは講師としての講義の内容というよりも、
ひとりの母親としての魂の叫びのようにも聞こえました。

これを聞きながら、
私は20年前に大学生として帯広に住んでいたとき、
帯広の「とかちプラザ」という市民ホールで開催された、
マケリゴットという先生による、
「子育て講演会」で聞いたことを思い出しました。

マケリゴット先生は滋賀県で33年間伝道牧会された、
イギリス人の宣教師です。
私は教会のHさんに誘われてその講演会に参加しましたが、
その講演会で聞いたフレーズは、20年経った今でも、
鮮明に私の脳内に焼き付いており、
自分が父親にならんとする今、
その言葉はさらに大きく私の中で反響しています。

その言葉というのはこれです。

「一人の男として、
 子どもに対してしてあげられる最高のことは、
 その子どもの母親を愛することだ。」

"The greatest thing a man can do
 for his children is to love their mother."

20年前に聞いたこの言葉は、
先ほどの「ファミリー教室」の講師の先輩ママの、
「行間のメッセージ」とも符号します。

お母さんとなった妻に肯定的な言葉をかけ、
面倒な家事を手伝い、料理を作り、
掃除をし、洗濯をし、やさしい言葉をかけ、
花を贈り、デートに誘い出す、
といった「愛の行為」ほど、
子どもの父親として素晴らしい行為はない、
というのは、多分真実なのだと思います。

、、、と考えますと、
まだ子どもと対面していない今から、
「父となること」は始まっており、
それは妻のために料理をし、掃除をし、
面倒な家事を手伝い、肯定的な言葉をかけ、
妻を楽しませ、妻のために祈り、妻と共に祈る、
というようなことだということになります。

まるまるさんの奥様は8ヶ月とのことですから、
お腹も大きくなり、「部屋の向こう側のもの取ってくる」
といった動作すらおっくうになっているころかもしれません。
まるまるさんが「フットワークを軽くし」、
何かを取って来てあげることはすでに「父としての行為」ですし、
一緒に歩いているときに「早すぎないかな」と聞いてあげることも、
「父になること」と地続きです。

幸いなことに、私は料理が大好きで、
トイレを磨いている時と料理をしているときが、
いちばん心が落ち着きますから、
他の「これからパパになる人たち」より、
一歩リードしていると(今んとこ)思っています。

、、、とか言ってられるのは今のうちだけで、
じっさい「その時」がきてみると、
まったく思ったように出来ないかもですが笑。

あと、先ほどの質問の「名言」にも似ていますが、
私がずっとたいせつにしているもう一つの言葉は、
「親はあっても子は育つ」というものです。

私の名言は「迷言」が多いのかも知れませんが笑。

通常、親は「なくても」子は育つと言いますが、
実は、親は「あっても」子は育つ、
が真実に近いのではないかと私は思うのです。

どういう意味かと言いますと、
私のような人間を親に持つというのは、
子どもにとって大変なことだと思うわけです。

いろいろ迷惑をかけるだろうなぁと。
害悪をもたらすだろうな、と。
傷つけたりするだろうな、と、
失敗もするだろうな、と。
親になる前からそう思います。

自分ほど不完全で未熟な人間はいないですから。

子どもにとっての最大のリスクファクター(危険因子)は、
「親である私自身」だと私は思っている。

子どもにとって最大の脅威は、
放射能でも化学物質でも細菌感染でも、
日本の教育システムでもネット社会でも、
ヒアリの繁殖でもない。

「私という父親」だと思う。

本当に。

意図的に傷つける事はもちろんないですが、
「愛だと思っていたことがプレッシャーになること」もあるし、
「しつけだと思ったことが暴力と感じられる」こともあるでしょう。
「かわいがったつもりが甘やかしたことになる」こともあるでしょうし、
「スキンシップが多すぎたり少なすぎたり」もするでしょう。
「親が何考えてるか分からない」と思われることもあるでしょうし、
「聞いてもないのに自分の考えを押しつけてくる」
と圧迫を感じることもあるでしょう。
「勉強を押しつけられた」と感じるかもしれないし、
「もっと勉強を教えてほしかった」と思われるかも知れない。
「親は完全主義すぎた」と思われるかも知れないし、
「親はいい加減すぎた」と思われるかも知れない。

子どもはデリケートですから。

それでも、にもかかわらず、
神が授けてくださる子どもには、
神がくださる生命力とたくましさがあるはずです。
なので私のような不完全な人間を父親にもったとしても、
「それでも」育つほどの力を、
神は与えてくださっている、そういう信仰があるのです。

だから、その「育つ力」をせめて邪魔しないように、
せめて妨害しないように、疎外しないように、
気をつけながら「付き合っていきたい」。
そう思うわけです。

だから、
「親はあっても子は育つ」。

神が育ててくださる。
「こんな親なのに、こんな素晴らしい子どもが、、、」
と周囲が言うように、神がしてくださるのではないかと、
私は神に期待している。
そういう意味です。

あと、私がとても頼りにしているのは、
妻のご両親です。

「いろいろ助けてもらおう」という意味ではありません。
もちろんいろいろ助けてもらうことは多いと思いますが。

しかし、もっと頼りにしているのは別の側面です。
妻の話を聞いていると、妻の両親、
つまり私の義理の両親は、
「親としての勘所」を押さえた方々です。
しかも「信仰者の親としての」勘所を押さえている。
そういう「ロールモデル」があるというのは、
本当に心強い。

「両親はこんなときこうしてくれた」
という話しを妻から教えてもらうことで、
間接的に「信仰者の子育てのイロハ」を、
私は学んでいると感じています。

私は妻と結婚する前に、
「自分が子どもだったらこの母親に育てられたいような人」
というのを結婚相手選択の条件に入れていましたが、
その通りの人と結婚したなぁと思います。
幼稚園教諭でもある妻は、
子どもの情操教育において全幅の信頼が置けます。

あと、まるまるさんの、
「毎日奥さんのお腹に手を置いて祈る」
というのは、すごく良いと思いました。
私の知っている友人の何人かの父親は、
毎日寝る前だったり学校に送り出すときに、
父親が子どものために祈るという習慣を持っています。
「父親は家庭の祭司である」ということの実践であり、
素晴らしいなぁと思います。

まるまるさんは産まれる前からそれをしている。
すごいと思います。
お子さんが10歳になっても毎日手をおいて祈り続けていたら、
素晴らしいですね。

もしかしたらこんな観念的なことを語っている私以上に、
まるまるさんはすでに自覚をもって、
「父親になって」おられるのでは、と思いました。

出産までの期間、無事守られますよう、
お祈り申し上げております。




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【Q】名言について

2018.01.04 Thursday

+++vol.021 2017年7月11日配信号+++

●【Q】名言について

ラジオネーム:ターコイズブルー(女性)
お住いの地域:愛媛県

Q.

こんにちは!
先日は質問に答えてくださり本当にありがとうございました。
「読書できない自分」を責める超真面目な一面があったのですが、
自己肯定できる良いきっかけになりとても役に立ちましたし、
嬉しかったです。重ねてお礼申し上げます。

さて、聖書を理解するための読書をされているという陣内さんですが、
私は最近マザーテレサがとても気になります。
また、そういった素晴らしい聖人たちの言葉にも、
励まされて生きられたら良いなぁなんて、思っています。

陣内さんも、たくさんの「好きな言葉」をお持ちだとは思いますが、
日常生活を送る上で、フッと思い出して、楽になったり、
救われたりする言葉をいくつかご紹介いただけないでしょうか?

そして、その言葉を好きな理由も、
合わせてコメント頂けるとなお嬉しいです。
(今までにたくさんメッセージをされたり、
書かれたりされた内容と被ってしまうのかもしれませんが)

あまり具体的な内容の質問ではないですし、
感想や要望のひとつとして受け取って頂いて全く問題ありません。

新コーナー、「名言集」みたいなのあったら面白いな、
とか、そんなノリです(笑)。
今日の夕方の配信も楽しみにしています。



A.

ターコイズブルーさん、ご質問ありがとうございます。
マザーテレサの言葉は、私もいつも励まされています。

我が家のトイレには何年も、
この本が置いてありました。

▼参考リンク:参考リンク:マザー・テレサ 日々の言葉
http://amzn.asia/hFU3N1g

この本は毎ページ「●月●日」というタイトルの、
「一日一章」方式でマザー・テレサの言葉が紹介されており、
トイレで読むのに適していました。

トイレで読むというのは
マザーを尊敬しているのか失礼なのか、
よく分かりませんが(笑)。

尊敬しているのです。

、、、あと、この本もよかったです。
私は鬱病療養の初期、脳がうまく働かず、
難しい本はまだ読めないときにこの本を読み、
励まされたことをよく覚えています。

▼参考リンク:マザー・テレサ 愛と祈りの言葉
http://amzn.asia/643f3C0

いくつか引用します。

「何かをくださいと神にお願いするとき、
同時に寛大に与える心もください、とお願いしましょう。」

「今や、貧しい人について語ることがひとつの流行になっています。
しかし残念なことに、貧しい人々と共に話すことを人々はあまり好みません。」

「貧困を作り出したのは神ではありません。
 私たちこそ、その張本人なのです。」

「持ち物が少なければ少ないほど、多く与えることが出来ます。
矛盾としか思えないでしょう。でもこれが、愛の論理なのですよ。」

「マザー・テレサ、あなたにとって共産党員とは何ですか?」
「神の子、私の兄弟姉妹に他なりません。」

「神が私に望んでいらっしゃるのは、
事業を成功させることではなく、
忠実に生きる事なのです。
神と相対して生きている時、
大切なのは結果ではなく、忠実さなのです。」

「イエスは最後の審判の審査基準をはっきり宣言なさいました。
それは私たちが貧しい人々に示した愛によって裁かれるのです。」

「私はすべての人、特に苦しんでいる人の中に、神を見ています。」

「誰もたずねてきてくれないことは、
老いた人々にとって一番耐え難い貧しさなのです。」

「黙って私の仕事をしばらく見たあと、
その(ヒンズー教徒の)人は言いました。
『あなたにそういう仕事をする力を授ける宗教は本物に違いない。』」

「ガンジーの言葉
『もしキリスト信者たちがその信仰に忠実に生きていたら、
インドにはヒンズー教を信じる者たちは
一人もいなくなってしまっただろう。』」

、、、深いですねぇ。

あと、去年読んだ「名言集」で覚えているのは、
FVIの正会員としてもお世話になっており、
シオンの群教会の牧師でいらっしゃいます、
吉川直美先生のこの本です。

▼ひと言でいいのです 吉川直美
http://amzn.asia/8uM4d84

いくつか引用します。

→P43 
〈真偽のほどは定かでありませんが、
こんな逸話が流布しています。
夏目漱石が英語の教鞭を執っていた頃、
「I love you」という英文を、
ある生徒が「我君ヲ愛ス」と訳しました。
すると漱石は、日本人はそんな言い方はしない、
「月が綺麗ですね」とでも訳しておきなさい、と教えたそうです。〉

→P112 
〈真の文明は 山を荒らさず 川を荒らさず 
 村を破らず 人を殺さざるべし 
 田中正造〉

→P134 
〈すべて正しく怒る者のみが正しく赦すことが出来る。
神の御名によって激怒する者のみが、
神の御名によって愛する者たり得るのである。 矢内原忠雄〉

この本のなかで吉川先生は、
柳田邦夫の「暗い時代の光の窓としての詩人の言葉」
というフレーズを紹介しています。

詩人によって紡がれた言葉は、
暗い時代に窓を作り、
そこから光と新鮮な空気を入れてくれます。
「この時代も捨てたものじゃない」
「人生は生きるに値するかも知れない」
まっ暗闇のように見える世の中で、
詩人の言葉は私たちにそう思わせてくれるのです。

即物的な利益はありませんが、
先ほどのお笑い芸人やJ-POP歌手にしても、
宗教家や哲学者にしても、
「目に見えない希望」を語れる人というのは、
社会に常に一定数必要だと私は考えます。

、、、ターコイズブルーさんのリクエスト、
「私の好きな言葉」ですが、
恥ずかしながらあまり人様に胸を張って、
紹介出来るようなものはありません笑。

聖書の言葉などはもちろん、
たくさんストックがあるのですが、
「そういうことじゃない」と思うので(笑)

パッと思いつくのはいくつかあります。
「恥ずかしながらオドオドと」紹介したいと思います。
(怒らないでください 笑)


▼「明日出来ることは今日しない」

、、、これはトルコのことわざです。
素晴らしいですね。
「待ったなしの改革!!」
「生き馬の目を抜くビジネスの世界!!」
「グローバル人材を育成する!!」
みたいなマッチョ思想へのアンチテーゼです。
「明日に延期できるようなことというのは、
 そんなに急いですることではないのだ」
という鷹揚な態度が、現代のぎすぎすした日本社会に、
必要なのではないかと(小声で)思うのです。
IT社長やグローバルマッチョ人間から、
フルボッコにされるので大きな声では言えませんが笑。


▼「どん底に堕ちたら、穴を掘れ」

、、、これはイタリアのことわざです。
燃え尽き症候群になり鬱病療養したとき、
この言葉はどんな聖書の言葉よりも(小声で)救いになりました。
今度はキリスト教徒からフルボッコにされそうなので、
大きな声で言えませんが笑。

「這い上がろう、這い上がろう」と、
私は病気の地獄を味わいながら思い続けたのですが、
「這い上がろう」という焦りの背景には、
「上の方が良い」という語られざる前提があります。

この言葉は「無意識の自明の前提」を疑わせてくれました。


▼「大切なことは向こうから来る」

私は20代のころビジネス書を読みすぎたためか、
「主体性神話」を深く内面化していました。
病気になり、2年間地獄を彷徨い、
違う自分になって社会に復帰したとき、
心の中に「あたかも以前からそこにあったかのように」、
ふわふわと存在するようになった言葉が、
この言葉です。

そうしたら作家の佐藤優さんも同じことを書いていて驚いた。
「大切なことは常に外部から来る」と彼は言っています。

彼の場合、東京地検特捜部に検挙され、
東京拘置所に512日間拘留された体験が、
「神からの啓示」だったのだと思います。
(彼はキリスト教徒ですから)

あの事件がなければ彼は今も外務省の職員であり、
作家になることは決してなかった。
しかし、特捜部の捜査員の顔をして、
神はある日家にやってきて、自分の人生をドラスティックに変えた、
というのが彼の原体験になったのです。

私の場合も同じです。
「病気という歓迎されざる来客」によって、
人生は一度壊滅しましたが、
その廃墟から最も大切な芽が芽吹いた。
「ノートに書かなきゃ覚えてられないようなビジョン」に、
人生をドライブする力はない、という諦念を私は得ました。
「たいせつなことは向こうから来る」
というのはそういう意味で私のモットーになっています。

しかしこのとき、
「能動的受動」というべき態度も必要です。

「果報は寝て待て」的に、昼寝をしてたらよいことが起きる、
という話しではないというのがポイントです。
「向こうから来た重要なこと」にいつでも対応できるよう、
日々「中腰」で生きているという感じでしょうか。

預言者イザヤの召命は外部からきましたが、
彼が「ここに私がおります。私を遣わしてください。」
と言えたのは、彼が「中腰」だったからです。

、、、秘密を明かしますと実はこのメルマガ執筆も、
私にとっては「中腰」の実践のひとつだったりします。

ターコイズブルーさんの、
「名言を紹介するコーナー」いいですね。
今月出会った「膝を打ったフレーズ」みたいなのを、
紹介していくような構成で。

検討してみます。


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【Q】笑いと芸術の関係性

2018.01.04 Thursday

+++vol.021 2017年7月11日配信号+++


●【Q】笑いと芸術の関係性

ラジオネーム:トリッキーファウラー(男性)
お住いの地域:愛知県

Q.

毎週楽しみしてます、初めましてトリッキーファウラーと申します。
(ゴルフと言えばMATSUYAMAがかなり注目を集めていますが、
米国のゴルファーであるRickie Fowlerの名前からペンネームを決めました。)
以前紹介されていた『本を読む本』や
『素数の音楽』などを購入して読んでいますが、
とても面白くためになっています。

私は教員をしていることもあり、
生徒たちに教える前にまず(今さらですが)
自分自身が本をどう読むかを学びたいという思いで読みました。

また、「読む力が話す、聴く、書く技術を超えることはない」
ということにもヒントを得て2020年以降大きく変わろうとしている
学校教育において何を優先すべきなのかを考えています。

さて質問コーナーは今がチャンス!
と聞いたので思い切って質問をしてみたいと思います。
それは、最近ではお笑い芸人が小説を書いて売れたりと
芸人さんたちの「芸術」への進出が目立っていうように思えますが、
お笑いと芸術との関係性について陣内さんのご意見を
お聞きできたらと思っています。

劇団ひとり、又吉、オードリー若林の文才にも触れていましたね。

なぜこの質問が出てきたかと言いますと、
先日ある小さな島を訪れた際、
立ち寄った喫茶店で鳥居みゆきの『夜にはぞっと深い夜を』を
読んだことが印象に残ったからだと思います。
(旅先で読んだ本はなぜか印象に残るとはこういうことなのかと思いました)
島で採れた梅を使った梅ソーダも確かに美味しかったです。
しかし彼女が秋田出身であることを知って
「そう言われれば秋田美人って感じだ」と思ったり、
彼女の表現力に「妄想」以上の迫力を感じたりしました。

陣内さんが紹介された中には北野武やさま〜ずもいたかと思います。
「お笑い論」の際には「笑いは理性を超えたところにある」
ということも話されていました。
そこで「笑いと芸術との関係性」についての
お考えを聞かせていただけたらと思います。



A.

トリッキーファウラーさん、
ご質問ありがとうございます。

小さな島の喫茶店で飲むその土地の梅ソーダ、いいですね。
ご質問から旅情を感じました。
どんな島だったんでしょう?
興味があります。

さて、ご質問内容の、「笑いと芸術との関係性」については、
私も普段から「なぜだろう」と考えていることでもあったので、
ご質問をいただいたときから、つらつらと考えていました。

あくまで私の個人的な見解ですが、
少なくとも2つの要因があるように思います。

ひとつは、「芸人の知性の高さ」です。
「頭の良さ」にはいろいろな種類がありますが、
もっとも高度な知性は「人を笑わせられる」ということだ、
というのが私の仮説です。

偏差値秀才になって東大に入学することも
ビジネスパーソンとしてめちゃくちゃ出世することも、
事業を立ち上げて金を稼ぎまくることも、
世界的な学術研究結果を遺すことも、
すべて難しいし「高度な知性」が要求されます。

しかし、これら以上に最も高度な知性を要求されるのが、
「(人を傷つけず)人を笑わせることだ」というのが、
私の持論です。

反論は受け付けます。

しかし、私が「マジでこの人頭良いなぁ!」
とため息が出るというのは、「すごい本」を読んだ時も、
サッカーの美しい戦術を観たときも、
政治家の狡猾で周到な外交戦略を目にしたときも、
ビジネスパーソンの優れた企業戦略を観たときもそうなのですが、
本当に本当に感嘆して「ため息」が出るというのは、
ある種のお笑い芸人が「人を見事に笑わせたとき」です。

「水曜日のダウンタウン」に引きつけるなら、
「あらゆる職種の中でお笑い芸人の地頭が最強説」
を私は唱えているのです。

しつこいようですが反論は受け付けます(笑)。

「地頭」というのは偏差値などに還元することのできない、
そのひとの「地の頭の良さ」を現す言葉ですが、
この「お笑い芸人地頭最強説」には、
根拠がまったくないわけではないのです。

私が「人の頭の良さ」を普段どこで観察しているかというと、
その人の学歴ではありません。
年収の多さでももちろんありません。
会話をしたときの素養や教養の深さももちろんありますが、
いちばんその人の「地の頭の良さ」が出るのは、
その人が「オシャレで優しくて、その場を救えるようなユーモア」を、
言えるかどうか、だったりします。

前にも話しましたが、
西洋社会では、「気の利いたユーモアで人を笑わせられる」
というのは、最高の教養の証明のひとつです。

学歴や年収は詐称できますし、
1時間ぐらいなら「知ったかぶり」で教養の低さを
ごまかせるかもしれませんが、
こればかりは詐称不能だからです。
ユーモアのレベルだけはどうしても、
「地の頭の力」が出てしまう。

いつも私が言っていることですが(え?知らない?)、
「笑いとは期待の裏切り」です。

「当然こうなるであろう論理的帰結」を、
裏切るところに笑いが起こる。
葬式で沈痛な顔をすることは「当然起こること」ですが、
葬式でおならを連発してしまうことは、「期待の裏切り」です。
お笑い芸人が「ネタ」を作るとき、
こういう公式を踏まえて作り込むわけですが、
複雑な論理の「当然の帰結」つまり正解が分かっているから、
彼らは「不正解」を意図的にネタに組み込み、
「期待の裏切り」を引き起こして笑いを生み出せる。

ということは彼らは、
数学で言うならば常に「正解を知っている」必要がある。
だから「正解とは違う、ななめ上の答案(=ボケ)」を、
生み出せるのです。

「笑いと芸術の関係」のひとつの秘密は、
「笑いに携わる人の地頭の良さ」が関係していると、
私は踏んでいます。

もうひとつの理由として私が考えるのは、
大多数のお笑い芸人は「世間とのズレ」と言いますか、
「何か自分がここにいることの違和感」
「世間に自分がハマっていない感覚」
を持っているという事です。

じつは私自身もそのような感覚を
小さい頃からずっと持っています。

「世間に私がいてもよいんだ」という、
当たり前のように世間の中に「居ることが出来る」人というのがいます。
そこに自分がいることをまったく疑っていない。
ごくごく自然に、そこに居ることが当たり前であるように、
その場に溶け込み、なじみ、「存在する」ことが出来る。

世間と「周波数」のようなものがぴったりと合っている。

それとは逆に、学校でも社会でもどんな集まりにいても、
談笑し、一緒に仕事することは出来たとしても、
心の奥の深い部分で、
「自分はここにいるべきではないのではないか」
「自分は何か異質な存在なのではないか」
という「実存的違和感」を抱えた人がいます。

喩えるなら
「自分は実は、たまたま地球人の形をした宇宙人なのではないか」
というような「世間との異質感」を常に抱えた人、
というのがいるのです。

前者のタイプには想像すらつかないかもしれませんが。

大丈夫です。

後者のタイプの人には、
前者のタイプの「ハマってる感」こそ、
想像すらつかないですから笑。

私の考えでは、
前者も後者もどちらが優れているわけでもなく、
違和感というのは心理的に治療した方が良い、
というものでもありません。

ただ、そういうものだと受け容れるものだと思います。

この考えを私が確信したのは、
「バカの壁」の著者で解剖学者の養老孟司さんが、
今私が書いたことと全く同じことを言っているのを、
「自分の壁」という本で読んだときです。

引用します。

→P81 
〈世間と言うものはすでにある。
でも、自分は世間と言うメンバー制のクラブの
メンバーシップを持っていない。
世間になじんでいる人の多くは、
自分がメンバーシップを持っていることに疑いを持っていない。
居心地の悪さを抱えているか、
自然と世間になじんでいるか。
どちらのタイプかで世の中の見方は変ってきます。〉

▼参考リンク:「『自分』の壁」養老孟司
http://amzn.asia/2qNzMLa

、、、養老さんも私と同じように、
小さい頃から「自分はこの世界のメンバーではないのではないか」
という「そこはかとない居心地の悪さ」を感じていた、
と告白しています。

そしてそれは80歳近くなった今もそうだ、と。

これを読んでから私は幾分心が楽になりました。
なんだ、「こういうもの」なんだ、と。

きっと今後遺伝学や脳科学が発達してきたら、
「このタイプ」には何らかの名前が付与されるかもしれませんし、
脳のニューロンの形が違うとかどこかの遺伝子が欠損しているとか、
そういった形質的な原因と結びつけられるかも知れませんが、
さしあたって、おそらく少数派である、
「世間というメンバーシップにハマらないタイプ」というのは、
ただの「傾向」です。

、、、大事なのはその原因がどこにあるかではなく、
その「結果」です。

どういうことか。

こういう「ハマらないタイプ」の人というのは、
普段は「見よう見まねで地球人と同じように」行動し、
適応しようと努力しているので、
他者以上に世間に馴染んでいるように「見え」ます。
特に成人以降はその傾向は顕著で、
このタイプの人は意図的に世間の振る舞いを学び吸収しますから、
「過剰適応」と言っていいほど馴染んでいる場合がある。

「地球人よりも地球人」なわけです。

しかし、このタイプの人は、
どうしても「結果的に」他の人と違うところがあります。

それは何か。

それは、「他の人よりいっぱいものを考える」ということです。
養老孟司さんはその代表例で、彼が「地球人タイプ」だったら、
間違いなくこれだけたくさんの本を書くことはなかったでしょう。
彼はいわば、自分が「世間と半音ズレている」感覚を、
いつも持っていたから、「なんでだろう?」と、
いつも考えていた。

だからこれだけ多くの著作を書くほどに、
ものごとを「考え続けた」わけです。
このタイプの人は実は、
「思考を止めることができない」仕様になっています。

その「考え」の副産物が、
養老さんの場合多くの著作であり、
そしてお笑い芸人の場合、
「お笑い芸人になる」ということになるのです。

説明します。

数ある職業の中、お笑い芸人を選び、
しかもそれを10年や20年、
売れていても売れていなくても「続ける」というためには、
「有名になりたい」「金持ちになりたい」「女にモテたい」
みたいな即物的なモチベーションだけでは不可能です。

5年間はそれで頑張れるかも知れませんが、
芸人を仕事にするというのは大変です。
収入は不安定ですし世間の風当たりも強い。
彼女の両親には会ってすらもらえない。
部屋も借りられないし、同窓会でも鼻で笑われる、
なんていうのはすべての芸人が経験していることです。

何十年もそれを仕事にするというのは、
即物的な動機では立ちゆきません。
「もっと深い実存的な動機(ドライブ)」が必要なのです。
それこそが多くの芸人にとって、先ほどの、
「世間と半音ズレているという感覚」
だと私は見立てています。

トリッキーファウラーさんの言っていた、
鳥居みゆきの「夜にはずっと深い夜を」は、
私は未読でしたので興味を持ち読んでみましたが、
これも「世間と半音ズレている」人でないと書けないものです。

また、オードリー若林の、
「社会人大学 人見知り学部、、、」を読んだ時も、
彼の「世間と半音ズレてる感」を強く感じました。

▼参考リンク「社会人大学 人見知り学部 卒業見込み」若林正恭
http://amzn.asia/ezq9Ygb

▼参考リンク:「夜にはずっと深い夜を」鳥居みゆき
http://amzn.asia/fe9RDlO

、、、この場合、
本当に半音ズレているかどうかではなく、
本人が「半音ズレている」と思っているかどうかが問題です。
若林にしても鳥居みゆきにしても、
「何で自分は大勢の人が振る舞うように、
 自然に振る舞えないのだろう?」
という劣等感にも似た違和感、
先ほどの言葉でいう「宇宙人感」を持っている。

そういう人はどうしても、
人より沢山考えてしまいます。
なんだったら、意識がある間は常に何かを考えている。

人生について、自分とは何か、
社会とは何か、生きるとは何か、
笑いとは何か、愛するとは何か、、、

、、、つまり「世間にハマらないタイプ」の人は、
「ナチュラルボーン哲学者」なわけです。

きっと100年前ならこの人々は文学をやったかもしれないし、
文字通り哲学者になったかもしれない。
芥川龍之介や三島由紀夫、夏目漱石、森鴎外、
あるいはスコット・フィッツジェラルドなど、
彼らの書いたものを読めば彼らが「半音ズレた」人であるのは明白です。

19世紀や20世紀に文学や哲学をした人々は、
21世紀の日本では多くの場合お笑い芸人になっている、
と私は見ています。

だから太宰治が1980年生まれなら、
いまは中堅芸人をしているかもしれない。

そんなの、もう「又吉直樹」じゃん!

って思ったあなたの見立ては正しいです。

そういうことなのです。

ジョンレノンがかつて、
「ベートーベンがいま生きてたら、
きっとロックンロールをやっていただろう」
と言ったというのを読んだことがあります。

「太宰治がいま生きていたら、
 きっと芸人をやっていただろう」
ということになります。

哲学性、文学性や芸術性というのは、
現代ではいわゆる「芸術プロパー」
「哲学プロパー」な世界にあるのではなく、
ポップカルチャーやサブカルチャーの世界にあります。

「半音ズレている」感でいえば芸人の他にも、
ある種のJ-POP作者がそうです。
彼らは現代の哲学者です。

Mr.Childrenとか、BUMP OF CHICKENとか、
椎名林檎とか、スガシカオとか、
彼らの歌詞は高度に哲学的であり文学的です。
「現代の詩人」「現代の宗教家」は、
芸術大学卒業生や宗教施設を探しても実はおらず、
演芸小屋やコンサートホールにいるのかもしれません。

御参考になったかどうか分かりませんが、
私が芸人と文学、芸人と芸術について考えているのは、
このようなことです。




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【Q】珈琲のおいしい入れ方は?

2017.12.28 Thursday

+++vol.020 2017年7月4日配信号+++

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
■3 Q&Aコーナー

皆さんからお寄せ頂いた質問にお答えするコーナーです。
日頃の悩み、疑問、今更誰かに聞けないギモン、、、、
質問の種類は問いません。お気兼ねなくご質問をお寄せください。
ご利用は下記に基づいてご利用いただけると幸いです。

【Q&Aについて】
▼全てのご質問にお答えすることはできません。予めご了承ください
▼いただいたご質問は、ブログ・FVIメディアルームに掲載される可能性があります
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陣内俊への要望やメルマガの感想、激励などももちろん大歓迎です!

::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::

●【Q】おいしい珈琲の飲み方

ラジオネーム:高所作業車(男性)
お住いの地域:東京都

Q.

陣内さんには、珈琲豆の違いがわかりますか?
よく○○産とかありますが、
果たしてどのくらいの違うねん、と思ったり、
酸化しちゃったらどれも一緒、
アイスコーヒーは氷が溶けたら一緒、と思ってしまいます。
おいしい珈琲の味わい方、にコツがあればおしえてください。


A.

高所作業車さん、ご質問ありがとうございます。
私はコーヒーはかなり好きで、
毎朝歯を磨き髭を剃り顔を洗った後に、
いちばんにすることはお湯を沸かしてコーヒーを淹れることです。

この時間は私にとって「神聖な時間」みたいになっています。
イチロー選手の朝のカレーと同じ「ルーティーン」でして、
コーヒーを淹れることで「一日が始まるぞ」という合図を、
身体にお知らせしている感じの「幸せの時間」です。

燃え尽き症候群になって「自分は病気だ」ということを、
もっとも深く感じたのは、この「コーヒーを淹れる」という、
本来「快」であるはずの行為をするエネルギーすら、
なくなったことです。

話しを戻しますと、
私は「ペーパードリップ」でコーヒーを淹れていて、
「ケトル」という先の細い湯沸かしポットを、
15年以上同じモノを使っています。

▼参考画像:ケトル
https://goo.gl/vjWrUC

▼参考画像:ペーパードリップ
https://goo.gl/Lq2NaE

私のケトルは信じられないほど使い込んであり、
時々人から「そのポット、一回、焼却炉で焼いた?」と、
聞かれるほどです(笑)。

何の必要があって焼却炉でポットを焼くのでしょうか(笑)。
たんに使い込んだだけです。

ペーパードリップのコツは、
あらゆるところで語り尽くされていますから、
詳細を説明することはしません。

▼参考リンク:ペーパードリップのコツ
https://goo.gl/PfQtck

「の」の字に注いだ方が良いとか、
いや、一点に集中して注いだ方が良いとか、
いろんな人がいろんな事を言うのですが、
私はふたつだけのことを守れば良いと思っています。

1.蒸らす。

10秒でも15秒でも良いので、
最初に「蒸らし」ましょう。


2.ゆっくり注ぐ。

「の」の字か「1点」か、
あるいは「ナイキのロゴ」か、
何でも良いのですが、
大事なのは「ゆっくり」注ぐことです。

新鮮なコーヒー豆であるほど、
注いだときに「膨らむ」わけですが、
その「膨らみ」の高さを目測し、
「ある一定の高さ以上にはならないように」、
注ぐのがコツです。

「その高さ」に達したら注ぐのをやめる。
低くなってきたらまた注ぐ、、、
という風に。


これで美味しい珈琲が飲めるはずです。

、、、豆はとても大事です。
豆の新鮮さがコーヒーの味を決めます。
もっと正確に言えば、「焙煎してから飲むまでの時間」が大事です。
コーヒーは生の豆を焙煎するから茶色になるわけですが、
大事なのは「焙煎後の時間」です。

▼参考画像:生の豆と焙煎した豆
https://goo.gl/tWNMZA

焙煎したその瞬間からコーヒーは空気に触れ、
「酸化」が進みます。
酸化していない豆ほど美味しく、
先ほど言ったようにお湯を注いだときに、「膨らむ」のです。

高所作業車さんがおっしゃるように、
酸化してしまったらどの豆も「マズい」です。
香りがなくなり、ただ苦いだけの飲み物になりますから、
パンの焦げを煮出したのと同じです(笑)。
多分身体にも悪いでしょう。

、、、で、
じゃあ焙煎したての豆って、
どこで買えば良いの?
ということですが、私がこれまででいちばん、
「新鮮だなぁ」と思ったお店はここです。

▼参考リンク:「やなか珈琲店」
http://www.yanaka-coffeeten.com/

これは弟に教えてもらい、
何度か取り寄せて飲んだこともありますが、
この店は「コーヒーは生鮮食品です」というポリシーを持っています。
「焙煎後2週間以内に飲みきってください」
と注意書きがされているほど「焙煎後の鮮度」をたいせつにしているのです。
ペーパードリップすると、見たことないぐらいふくらみます。
100グラムの豆をメール便で送ってくれるサービスもありますから、
メール便の豆2袋で、1,000円ぐらいの出費なので、
試しに一度買ってみるのも一興かも。
スタバならマキアート2杯にしかなりませんから。

、、、とか言っておきながら矛盾するようですが、
100グラム500円ぐらいするここの豆は安くはないですから、
この数年は注文してないです。
私はけっこう貧乏なのです(笑)。
べつに自慢することではないですが。

最後に買ったのはいつだろう?
思い出せません。

独身のときであるのは確かです。

「やなか珈琲店」は比較的大手ですので、
街を歩けば「自家焙煎」というのぼりを立てた、
もっとディープな、もっとこだわりの強い、
そういった店もあることでしょう。

ただ、そういった店は、
「店主のこだわりが強すぎる」
ということが時折あるので注意が必要です。
コーヒーは確かにすっきり飲みやすく香り高いのですが、
店主から「灰汁とえぐみ」が出ている(笑)。
店主のこだわりが酸化している(笑)。

個人的な体験を話しますと、
今年の春に友人と入った、
「こだわりの自家焙煎コーヒー豆屋さん」では、
試飲用のコーヒーを店内で注文したところ、
「スタバはぜんぜんダメ」「やなか珈琲店?あれもダメだね」
みたいな話しを10分ぐらい聞かされうんざりしました(笑)。
「さっさと飲ませてくれないかなあ、、、」
と思ったものです。

私の個人的な見解ですが、
スターバックスだとか「やなか珈琲店」だとか、
あのへんより「上」となると、
あまり人間には違いが分からないので、
それ以上を求めることに意味はない気がします。
あのへんを「10」だとすると、
多分20とか30もあるのでしょうが、
人間が「違うなぁ」と分かるのは、
10までなのではないかと。

良くテレビで、
2,000円のワインと5万円のワインを、
飲み比べたりしていますが、
あれと同じで、「2,000円以上はだいたい同じと感じる」
で良いのではないかと。

「選ばれし舌を持つ少数の人間」には、
違いが分かるのかも知れませんが、
私は選ばれなくて良かったと思っています笑。
お金がかかって仕方ないですから笑。

、、、さらに言いますと、
「10」ですら「オーバースペック」で、
コストとパフォーマンスの「スイートスポット」は、
「8」ぐらいにあると私は思っています。

つまり、スタバや「やなか珈琲店」みたいなのを、
普段から飲む必要はべつにないと。

「8」ぐらいで良ければ、
スタバの豆や「やなか珈琲店」の、
半額以下で買えたりします。

私は何年もそれで生活しています。

あと、私の場合「反則」なのですが、
「コーヒー好き」を公言しているためか、
周囲の人がアメリカに行ったときとか、
あるいはそうでなくても、コーヒー豆を買ってきて、
定期的にプレゼントしてくれます。
だからあまり自分で買う必要がないぐらいなのです。

私は周囲の人に愛されているのです。

特に義理の母の「けいちゃん」は、
私に毎月5,000円の「書籍献金」をくださっている、
とこの前メルマガに書きましたが、
会うたびにスーパーで、
200グラム450円ぐらいで売っているコーヒー豆を、
「差し入れて」くださいます。

このメルマガはけいちゃんがくれたコーヒーを飲みながら、
けいちゃんの支援によって買った本を読んで、
その内容の紹介をさせていただいていますから、
最大のスポンサーと言っても良い。

今度何か広告載せて欲しいかどうか聞いてみます笑。

、、、あと、
あんまり美味しくない豆を買ってしまったときとか、
買った豆が古くなって香りが落ちてしまったときの、
「裏技」をひとつ紹介しておきます。

▼参考リンク:フレーバーコーヒー ヘーゼルナッツ
http://item.rakuten.co.jp/life-freshmart/f807037/

これは私がリピート買いしている、
カナダの輸入フレーバーコーヒーなのですが、
豆の状態でジップロックで小分けしてこれを冷凍しておき、
必要に応じてブレンダーで細かく轢いて、
「あんまり美味しくないコーヒー豆」と、
「1:1」の割合でブレンドします。

フレーバーコーヒーって、
そのままだとちょっと人工的な味がして、
「キツい」のですが、普通の豆と混ぜると、
丁度いやらしくない感じの香りと味になり、
飲みやすくなります。

淹れると部屋中がハワイアンカフェのような甘い匂いになり、
けっこうお勧めです。

、、、あと、
産地による違いですが、
メジャーなところでいうと

モカ→エチオピア
キリマンジャロ→タンザニア
トラジャ→インドネシア
コナ→ハワイ
ブルーマウンテン→ジャマイカ

みたいな違いがあります。
キリマンジャロは酸味の強いコーヒーとして、
モカは甘みの強いコーヒーとして知られています。

私は酸っぱさがあまり好きではないので、
甘みのあるモカや、
しっかりダークなトラジャを好みます。

コナやブルーマウンテンは確かに美味いですが、
価格が高すぎて飲む機会があまりないです。
ハワイに行ったら是非「ハワイコナ」の豆を、
お土産に買ってあげてください。
コーヒー好きの人は飛び上がって喜ぶでしょう。

あと、アイスコーヒーは氷が溶けたら薄まる、、
という話しですが、
2重構造のコップはお勧めです。
氷が殆ど溶けないし結露しないので、
アイスコーヒーを最後まで美味しく飲むのに最適です。
私はつい最近二重構造のタンブラーを買いましたが、
夏の生活にはなくてはならないアイテムになりそうです。

▼参考リンク:二重構造のタンブラー
http://amzn.asia/iXMJXeE

ガラス製のものとステンレス製のタイプがありますが、
性能はあまり変わらないのであとは「好み」でしょう。
私はガラスのほうが中身が見えるし、
口触りが好きなのでガラスを買いました。

、、、という、コーヒーに関する「雑談」でした。
御参考までに。




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【Q】読書の代替物

2017.12.14 Thursday

+++vol.018 2017年6月20日配信号+++


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
■3 Q&Aコーナー

皆さんからお寄せ頂いた質問にお答えするコーナーです。
日頃の悩み、疑問、今更誰かに聞けないギモン、、、、
質問の種類は問いません。お気兼ねなくご質問をお寄せください。
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●【Q】読書の代替物

ラジオネーム:ターコイズブルー(女性)

お住いの地域:愛媛県

Q.

いつも応援させて頂いております。
いきなり質問です。
私は小さな頃から、本を読むのが大好きでした。
それは今も変わらずですが、
ただ単に忙しくて時間が取れなかったり、
また、疲れているとき、
体調が優れない日などが続いてしまい、
本を読むという作業さえ能動的に感じて、
まとまった時間が取れず、
脳と身体を休める方を優先させてしまいがちです。

そんな訳で、読書によって満たされる知的好奇心や探究心を、
何か他の方法で得られれば嬉しいというところです。
ちなみに、音楽を聴いたり、編み物をしたりはよくしています。
朗読を聴く、絵本や画集、写真集を見る、日記をつけてみる、
教会に行って歌を歌ったりお話を聞く、映画を観る、など、
いろいろあるとは思いますが、なるべく、
気張らない読書ができる方法や、
オススメの軽い本などあれば教えて下さい。

メールマガジンこれからも楽しみにしています。
よろしくお願いします。


A.

ターコイズブルーさん、ありがとうございます。
ご質問内容に関してですが、
率直な私の意見を言いますと、疲れて体調が優れず、
本を読むということさえおっくうに感じるような日は、
脳と身体を休めることを第一になさるのが一番だと思います。

ですから、ターコイズブルーさんが今なさっていることは、
たいへん正しいことだと私には思われます。

人には様々なライフステージがあり、
本を沢山読む時があり、本をほとんど読まない時があります。
きっと「本を読まない時期」というのは、
「それ以外の学び」をしているときなのです。
つまり「文字にならない知識」を「読んでいる」わけであり、
そこにはきっと「知的興奮」があります。

私が本を自分で買って読むという習慣を身に付けたのは、
大学生のころであり、私のスタート地点は「信仰書」でした。
ハドソン・テーラーやビリー・グラハムなどの、
偉大な信仰者の書いた自伝や、
国内外の卓越した教師による「祈り方」の手引きなどを、
洗礼を受けて間もない私はむさぼるように読みました。
そこからビジネス書に発展し、小説、哲学書、神学書、
歴史、数学、文学、建築、芸術、心理学、社会、経済、政治、、、
みたいに拡がっていきました。

池に落ちた石が波紋を拡げるように
私の読書の範囲は今も広がり続けているわけですが、
その円のはじまりは「信仰書」であり、
さらにその中心には「聖書」があるわけです。

ですから私のこの20年あまりの「読書生活」というのは、
「聖書を読むための長い脚注」と言っても過言ではない。

私は聖書という「関心の中心」があるから、
それが駆動力になって読書を続けています。
この習慣はおそらく死ぬまで続くでしょう。

だとすると、「聖書」に出会っていなければ、
私は読書をするという習慣を持たなかったはずであり、
それは「人生の大きな喜びを失う」ことと同じでした。

本を読まない人生は私にとって「灰色の人生」ですから、
今考えるとぞっとします。

、、、話しを戻しますと、
人生には本が読める時期と読めない時期があります。
私の20年あまりの読書ライフにおいて、
3回、「本を読まない時期」がありました。

1回目は獣医師国家試験の受験前の4ヶ月間。
この期間は受験勉強に集中しました。
一日12〜18時間、毎日勉強していました。
聖書だけは一日一章読んでいましたが、
他の本はいっさい読みません。
一日に読める「テキスト量」はつねに目一杯ですから。

2回目は就職してから1年間。
この期間は「社会人として適応する」ことに必死で、
毎日へとへとになって仕事場から家に帰ってきたら、
スラムダンクを読みながら寝落ちするという毎日でした。
仕事で疲れすぎて本を読むという余力はありません。

3回目は鬱病で療養中の2年間の、
断続的に「本が読めなくなる時期」合計1年間ぐらい。
最初鬱病の症状の顕在化が「文字を読むと神経が痛む」
というものだったのもあり、読めないときは、
まったく読めません。
「非言語的な思考停止活動」として私は、
テレビゲームをするようになりました。

振り返ってみますと、
この3つの期間は、私の「知的営為」において、
不毛な期間どころではなく、
人生のハイライトとも言えるような、
もっとも活発で濃密な3つの期間です。

獣医師国家試験の勉強は6年間の断片的授業を、
「体系知」にまでまとめる役割をしてくれましたし、
社会人1年目の日々は、「学生から社会人になる」、
というイニシエーションであり、甘ったれていた私を、
「社会のなかで生きる大人」にしました。

療養中の1年間はサナギのように、
「何もしていない」ように見えて実は、
最も重要で本質的な変化が私の中で起きていました。

「本を読めないほど疲れていたり、
 忙しかったり、病んでいたり」するときというのは、
おそらく本を読む以上に濃密な「知識」を、
私たちは皮膚から吸収しているのだと思います。

デカルトは「方法序説」のなかで、
「私は本から学ぶ『人文学』を捨て、
 『世界という大きな書物』から学ぼうと決意した」
という意味のくだりがあります。

上記3つの時期というのは、
私が「世界という大きな書物」を熟読することに忙しく、
書籍という形の書物から離れていた時期と説明可能です。

、、、しかしこの続きがあります。

よくデカルトのこの「世界という大きな書物」のくだりは、
そこだけが切り取られて誤解されています。

「そうか、そうだよな。
経験のほうが書物よりいいもんな。
学校の勉強とか教養とかクソ食らえだ。
経験だ、経験。 
現場がすべてだ。
考えるより身体を動かせ!」という、
「人生で読んだ唯一の本はONE PIECE」みたいな、
田舎のマイルドヤンキーがいかにも喜びそうな「教え」として、
このデカルトの発言は引用されたりしますが、
それはデカルトの意図した意味とまったく違います。

原典に当たってみましょう。
デカルトは同じ章でこのように言っています。

→P34 
〈しかし私は、学校時代以来、
どんなに奇妙で殆ど信じられないことを想像しようとも、
それはだれか哲学者によって必ず言われていることを知った。
その後、旅をして、われわれとまるで反対の意見を持った人はみんな、
だからといって野蛮で未開であるわけではなく、
かれらの多くはわれわれと同じか
それ以上に理性を使っていることを認めた。〉

▼参考リンク:「方法序説」ルネ・デカルト
http://amzn.asia/iFZeT6J

つまりデカルトは、本を読めば読むほど自分の無知を知る。
「世界というより広い本」を読めば読むほど
(つまり人と話し、様々な経験を積むほど)、
自分の思い込みが正しくなかったことを知る。

、、、だから私たちは真理を追い求めるのだ、
と言っているのです。

ターコイズブルーさんがおっしゃっている、
「知的好奇心」というのは別の言葉で、
「無知の知」と言います。

「自分が知らないことを知る」ということです。

これを「知って」いる人は、
「反知性主義」という怪物に人生を喰われることはありません。
ターコイズブルーさんのような方なら、
疲れているときも仕事をしているときも休んでいるときも、
「探究心」を持っていますから、
いつも「何かを読んでいる」状態にあります。

そういう人は本を読んでも学び、
本を読まなくても学びます。

、、、と、ここまで書いたところで、
いただいたご質問に答えたことになっているのかどうか、
不安になってまいりました笑。

ターコイズブルーさんの聞きたかったことは、
そんな壮大な話しではなく、
もっと具体的で手近な「知的好奇心の満たし方」
だったりするような気がして我に返りました笑。

軌道修正します。

音楽を聴く、朗読を聴く、
絵画や画集、写真集、日記、
教会で歌を歌ったり説教を聞く、
映画を観る、、、、

おっしゃっているすべては、
「知的好奇心を満たす」と思います。

デカルトにとって、
「世界というより大きな書物」を読むことのひとつは、
具体的には軍隊に入って戦争に参加することでした。
(彼はオランダの軍隊に入隊しました。)

現代の私たちに引きつけるなら、
会社で仕事をすることも、
子育てに奮闘することも、
地域社会でボランティアをすることも、
趣味に没頭することも、あらゆる活動が、
「世界という書物を読む」ことに他なりません。

望ましいのはそこに「テーマ」を持つことです。
私にとって「聖書」がそれですが、
何かひとつ、「テーマ」を持って読書をし、
仕事をし、あらゆる活動をするなら、
その「見識」は体系を持つようになります。

「体系をもった知識」というのは人の役に立ちますから、
そのように人生を生きた人の言葉は、
「老いてなお人を益する」し、
「死してなお生きる」のです。

「読書によって満たされる知的好奇心や探究心を、
何か他の方法で得られれば嬉しいというところです。
いろいろあるとは思いますが、なるべく、
気張らない読書ができる方法や、
オススメの軽い本などあれば教えて下さい」

、、、とのことですが、
最後に「読書」以外で、
読書に極めて近い知的体験が得られる、
「オルタナティブ読書」=「オルタナ読書」について、
私なりに持っているいくつかの引き出しをご紹介します。

人の情報系の主な入力器官は耳と目ですから、
大きく分けてそれらは、
「聞く系(耳)」、「読む系(目)」、
「視聴系(目と耳)」に分かれます。


▼▼▼聞く系▼▼▼

▼東京ポッド許可局
https://radiocloud.jp/archive/tokyopod

これは最近私の中でひそかなブームでして、
先日の「読んだ本コーナー」でも紹介した、
「時事芸人」のプチ鹿島さんを通して知りました。
3人の40代おじさん芸人が、
「いろんなことをあれこれ」語ります。
その雑談が面白くて、ずっと聞いていられるという。

聴き方は、「TBSラジオクラウド」または、
「ラジコ」というアプリをダウンロードするか、
もしくは「東京ポッド許可局アプリ」という、
この番組専用アプリをダウンロードするか、
などいくつかの方法があります。


▼養老孟司講演会

私は養老孟司さんの著作の殆どを読むほど、
彼の「思想」のファンです。

YouTube上には彼の講演会やラジオ出演の動画がいくつかあり、
「養老孟司 講演」などと検索すると出てきます。
私をこれらを繰り返し聞いていますが、
毎回新しい発見があります。
「本では読み落としていること」なども新たに発見出来たりして、
かなりお勧めです。

▼参考動画:「未来を変える選択」
https://youtu.be/l5rqJiXXkVc


▼FVIメディアルーム Voice for the Voiceless
https://goo.gl/ge2Qtu

FVIのYouTubeチャンネルです。
FVIのカタリスト(スタッフ)や、
関係する方々の講演や対談の動画が見られます。
忙しい現代人がどのように、
「世界観と隣人を愛するライフスタイル」を身に付けられるか、
という問題意識からスタートアップしました。
音声だけ聞いても分かる内容も多いので、
ラジオと同じようにご利用いただけます。

、、、余談ですがこのメルマガも、
「FVIメディアルーム」のコンテンツのひとつです。



▼▼▼読む系▼▼▼

気張らずに軽く読める本、とのことですので、
私がこの10年で読んだ、単純に「面白い」という点で、
突出していた本をいくつか紹介します。

これらの本は「徹夜本」で、
先が気になるのでついつい読んでしまい、
最後は「読み終わるのがもったいない」と感じるような本達です。

冒頭の30分で「ぐいっと」持って行かれれば、
あとは読むのは簡単です。
逆に読まないでいる方が難しい、という中毒性があります。
今日は説明は省き、タイトルだけ羅列します。

▼「白夜行」東野圭吾
http://amzn.asia/0j1kUW9

▼「フェルマーの最終定理」サイモン・シン
http://amzn.asia/esmwpHC

▼「オールド・テロリスト」村上龍
http://amzn.asia/bfIcpjk

▼「1Q84」村上春樹
http://amzn.asia/9aFqqZv

▼「スティーブ・ジョブズ」ウォルター・アイザックソン
http://amzn.asia/3NMgvfC

▼「空飛ぶタイヤ」池井戸潤
http://amzn.asia/7jbGx20

▼「語るに足るささやかな人生」駒沢敏器
http://amzn.asia/0eFXODy



▼▼▼視聴系▼▼▼

映画のなかには、その一本を見たほうが、
本を何冊か読む以上に勉強になるというものがあります。

いくつか紹介します。

▼「シン・ゴジラ」庵野秀明監督
http://amzn.asia/1vdTFXQ

この映画を観ることは、
おそらく沢山の「日本官僚主義の弊害と長所」
に関する本を読む以上に意味があります。

日本的組織の強さと弱さについて
多くのことを考えさせてくれますし、
日米安保条約についても考えさせられます。


▼「それでもボクはやってない」周防正之監督
http://amzn.asia/9t7xt1Z

この映画は、日本の裁判制度について多くを教えてくれます。
なぜ多くの「冤罪」が生まれるのか。
「検察」や「国選弁護士」といった日本の司法制度を知る、
非常に良い教材です。
映画としても面白く、引き込まれます。


▼「インビクタス」クリント・イーストウッド監督
http://amzn.asia/8UPHKy5

マット・デイモンとモーガン・フリーマンが出ています。
南アフリカのアパルトヘイトの問題と、
ネルソン・マンデラという「偉人」のことがよく分かります。
マンデラの伝記を読むのに匹敵する密度が、
この映画にはあります。


、、、というわけでいろいろ自由に語らせていただきました。
ターコイズブルーさんのご質問の意図に沿えているかどうか、
少し不安なのですが、また懲りずにいろんな質問を送ってください。

最近「質問メール不足」で、
そろそろメルマガを打ち切るころなのかな、、、
と気弱になっていました。

質問をくださることは、
何よりの執筆の糧となっています。
「こんなこと聞いて大丈夫かな、、?」という質問でも、
初めての方でも大歓迎です。
どしどし質問をお寄せください!





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【Q】Kindleってどうなの?

2017.11.30 Thursday

+++vol.016 2017年6月6日配信号+++

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■3 Q&Aコーナー

皆さんからお寄せ頂いた質問にお答えするコーナーです。
日頃の悩み、疑問、今更誰かに聞けないギモン、、、、
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●【Q】Kindleってどうなの?

ペンネーム:スタープラチナ(男性)
お住まいの地域:神奈川県


Q.

陣内さん、こんにちは。
神奈川県に住む大学生です。

陣内さんのメルマガを知り合いに教えてもらってから、
電車の中や寝る前にスマホでメルマガを読むという、
「暇つぶし」が充実するようになりました。

ありがとうございます。

これだけの量を毎週書くというのは大変なことだと思いますので、
陣内さんもどうかお身体に気をつけて活動してください。
これからもメルマガ楽しみにしています。

さて、質問です。

あまり深くない質問で恐縮ですが、
いま私はKindleを買おうかどうか、
この2ヶ月ぐらい迷っています。

私のエンゲル係数からすると、
14,000円するKindleは安い買い物ではないので、
レビューを見ながらずーっと悩んでいます。

友人も含め、携帯にKindleアプリは入っているけど、
Paper Whiteを持っている人もいないので、
使い心地について聞く機会もありません。

陣内さんの「今週読んだ本」で、
「Kindleで電子書籍購入」というのが時々出てきて、
そうだ、陣内さんに聞いてみよう、
と思ったわけです。

ズバリ、お勧めかどうかというのもありますが、
Kindleの利点だとか、逆にあまり良くない点だとか、
率直な感想をお教えいただけたら嬉しいです。


A.

スタープラチナさん、ご質問ありがとうございます。
「暇つぶし」にこのメルマガを使っていただけるというのは、
最高の褒め言葉です。

ラジオ視聴のように、
トイレの中でつい読んでしまうメルマガ、
を目指していますから(笑)。

私は志が高いのです。

さて、Kindleについてですが、
結論から言えば、めちゃくちゃ良いです。

以上。


、、、


、、、


で本当は良いのですが少し補足を。

モノを買うときに、
「コストに対する価値が得られるか」
というのは誰もが考えることです。

まったく音楽を聴かない人がiPodを買っても、
あまり便益を体験できないし、
あまり料理しない人が深夜番組の
「アメリカ発の消費電力の高そうな調理器具」を買っても、
お金に対する見返りは少ない。

、、、どうでもいいけど、
なぜか料理をあまりしない人に限って、
深夜番組の調理器具を買いがちだし、
掃除をあまりしない人に限って、
深夜番組のスチームクリーナーとか買いがちなのって、
前から思ってたんだけどあれ、何なんでしょうね笑?

、、、話しがそれました。

今述べたことから、Kindleで最高に幸せになれる人には、
以下の条件があります。

1.一定量の本を読む。
2.外出先で読書する習慣がある。
3.世界の森林の未来を本気で心配している。
4.握力が2キロ以下だ。

まず1ですが、どれぐらい読む人なら、
Kindle買うべきかというと、
私の実感から申しますとそうですねぇ。

一月に5冊以上読む人なら、
少なくとも買って十分「元が取れ」ます。

なぜか。

本を新品で買うよりKindleで買うと、
平均して100円〜500円ほど安く買えます。

当然です。

印刷代、流通代、紙代がすべて「ゼロ」になるんですから。
その分安くなります。

「なんで半額にはならないの?」と、
思われるかもしれませんが、
電子書籍という「エコシステムの構築と維持」に、
かなりのお金(特に人件費)がかかっています。
(GoogleやFacebookの社員数を考えてみてください)

、、、でもやはり電子書籍のほうが安い。
仮に一冊200円安くなるとしますと、
一月に本を5冊購入して読む人なら、
毎月平均1,000円本を安く買える。
年間なら12,000円です。

Kindle Paperwhiteは、
年に何度か突然訪れる「キャンペーン期間」ならば、
1万円を割ることもありますから、
1年間で十分元を取れることになります。

次に「2」の「外出先で読書をする習慣」ですが、
これは言うまでもありません。

特に満員電車などで、
文庫本または単行本を読むストレスが「10」だとすると、
Kindleを読むストレスは「2」ぐらいです。
ページめくりが片手でできるというのは思いの外、楽です。

肩を縮めながら電車で新聞を器用に読んでいるおじさんを、
想像してください。
あれが、「親指でサッサッ」に変わるのです。

、、、スマホで良いんじゃないの?
と思うかもしれませんが、
スマホはスクリーンと文字の小ささが制約になりますから、
そのストレスはやはり「5」ぐらい。
Kindleの「2」には及ばない。

タブレットは?
タブレットですら実はストレスレベルは「4か3」であり、
Kindle Paperwhiteには及びません。

なぜか。

それは「スクリーンの違い」です。
Kindle Paperwhiteに採用されているe-inkという技術は、
本当に革新的です。
実物を見ると分かるのですが、
本当に「紙」です。

「紙ってる」のです。

、、、、

、、、あ、「ウケ」をありがとうございます。

e-inkを発明した人は、
「目の健康を守る市民の会」から表彰されるべきです。
仮にそんな会があればの話しですが。

液晶スクリーンのような「反射による映り込み」が全くなく、
しかも晴れた日の昼間でも紙と同じように読める。
液晶スクリーンとe-inkでは、
目にかかるストレスは全然ちがいます。

さらにこれは使ってから気付いたのですが、
e-inkは紙をも超えています。

なぜか。

暗い場所で紙の本を読むときは、
当然読書灯をつけねばなりませんが、
Kindleの場合、紙と読書灯が、
ひとつの技術のなかに共存している。

すごい技術だと思います。

、、、あと、良く「中長期の旅」をする人は、
もうKindleは絶対に買った方が良い。

旅先で本を買えますから。

私はかつて、たとえば2週間以上家を空けるとき、
本を5冊も10冊もスーツケースに入れて、
本を読み終わったら、荷物を減らすために、
旅先の知り合いにあげたり駅のホームに本を捨てたりして、
そして新たに旅先の書店で本を買って、、、
とかやっていました。

海外だと日本の本を買えないので、
仕方なく洋書を買って読んだりして。
まぁそれはそれで意外な出会いがあって面白いのですが。

その時代は過去の話です。

いまや、エチオピアにいても、
日本の新刊を買って読むことができる。

世界が変わりました。

Kindleは革命的だ、
と心から思ったのはそのときでした。

「3」の森林資源については、
もうそのままですね。

世界平均で、一人が年間に使う紙の重さは、
56.5キログラムですが、日本人はその約4倍の、
214.6キログラム使っているそうです。

紙の本からKindleに変えますと、
年間60冊読む人なら、
最低でも15キロ以上の紙を節約できます。

電子書籍はそういう意味では、
地味に大事な環境保護活動かもしれない。

▼参考リンク:「森クイズ」
http://watashinomori.jp/quiz/quiz_07.html


「4」の握力が2キロ以下の人は、、、

、、、

その人は多分Q&Aコーナーに、
メールを打てないでしょうが(笑)、
Kindleはたった200グラムしかありません。

本を運ぶ力と、
本をめくる力を節約してくれるKindleは優れものです。

半分ギャグみたいに言っていますが、
半分本気です。

寝転がって仰向けになって
単行本を読むのは、私は10分と続けられません。
腕が疲れてきますから。
それがKindleなら1時間ぐらい余裕で読んでいられる。
この差は大きいです。

、、、あと「オマケ」ですが、
Kindleって、ネーミングも最高にカッコいい。

Kindleというのは英語の動詞で、
「ろうそくを灯す」という意味ですが、
このアルファベットを分解して再配列しますと、
e-inkという、Kindleを支える技術革新の名前が浮き上がる。

、、、最高にクールじゃないですか?

私はこの名前に「萌えて」います。

、、、今日は余談が多いですが、
ついでに言いますと、工業製品を売る上で、
「ネーミング」は思っている以上に大切です。

Kindleのネーミングは「100点」です。

iPodもそうですね。
iPodという名前を付けた時点で、
あの製品はすでに勝ちが決定していた。

あれが「mobile mp3 player」みたいなのだと、
あそこまで爆発的に売れたかどうかは疑問です。

、、、3ヶ月ほど前に読んだ、
スティーブ・ジョブズの伝記で知ったのですが、
iMacというデスクトップパソコンがあります。
あのパソコンが世に出る前、
当初、スティーブ・ジョブズはそれとは違う、
とっておきの名前を考えていたのです。

彼が、部下達の前で自信満々に発表した名前は、、、

なんと、「MacMan(マックマン)」でした。

ジョブズはこの名前をいたく気に入っていたのですが、
同僚と部下と会社役員の命がけの説得で、
「MacMan」は却下され、iMacになりました。
もしジョブズがあそこで断固「マックマン」を通していたら、
「Appleの奇跡の復活」はなかったかもしれない。

今頃「マックマン(笑)」と、
ネタにされているかもしれない。

名前って、大事です。

▼参考リンク:「スティーブ・ジョブズ」
http://amzn.asia/gFTJKrn


、、、いろいろしゃべりましたが、
買うも買わないも、結局は本人次第です。

KindlePaperewhiteは経年劣化も穏やかですので、
これから社会人になったりしても使えます。
私は買っても損はないのではないかと思いますが、
最後はスタープラチナさんがご自分でお決めになってください。

こんだけKindleを推しておいて「アレ」ですが、
最後に読書は、「何で読むか」ではなく、
「何を読むか」が大事です。

クオリティの高い読書ライフを送るためにも、
今後もこのメルマガをご利用いただけましたら幸いです。

、、、御参考までに。




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【Q1】国際協力について 【Q2】面白い本は?

2017.11.23 Thursday

+++vol.015 2017年5月30日配信号+++

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■3 Q&Aコーナー

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●【Q1】国際協力について

ペンネーム:築50年(女性)
お住いの地域:京都府

Q.
国際協力に関心を持っており、
NGOの寄付金集めについて考えさせられています。

偏った考え方や、
書き方に語弊があるかもしれませんので
事前にお詫びいたします。

少し前に欧米系の巨大NGOの
チャリティイベントに参加した時の事。
一晩で〇千万集まるそのイベントには社会的地位の高い人や
著名人たちが煌びやかな衣装を身にまとい、
自分たちの権力や財力を見せびらかすかのように、
オークションやゲーム、抽選会を楽しみ寄付という名目で
大金を出し合っていました。

その先には、
貧しい人途上国を助けるための開発資金集めという目的があり、
目標金額に達していないと要所要所で現地の貧しい現状を
写真とともに訴えることで同情心を誘います。

もちろん参加者は自らのお金を困っている人に
差し出す慈善の気持ちで行っているのだと思います。

それらのお金で立ち上げられたプロジェクトによって救われ、
自立に成功した人もいるかもしれません。

しかしそこにいる多くの出資者たちの様子をみていると、
現地の現状に心から寄り添おうとする雰囲気を
感じ取ることができませんでした。

運営者もセレブたちに働きを称賛されながらスピーチをする。
気分が良いことでしょう、これは病みつきになると思います。

非営利団体が行う途上国開発の巨大産業。
慈善をおこなう裏に隠れる現実を見たような気がして、
怖さを覚えました。
自分も気が付かないうちに
引きずられていくのではないかと怖さを覚えました。

このような方法で資金提供した人は、
「自分は彼らより上の立場であり助けてやっている」
という上下関係を強化し、
精神面で彼らを植民地化しているように思いました。

心に植え付けられたことは、
いずれ形に現れていくと思うのです。

そこで考えてのが、寄付する人の心が変えられて行かない限り、
どんな巨額が投じられても社会に何のインパクトを
もたらさないのだはないだろうか、ということです。

一時的には大それたことができて
助けにはなるかもしれません。
しかし長い目で見た時に、
結局現地の人は厳しい状況から抜け出せなかったり、
依存体質を生んだり、可能性を奪ってしまったり、
世界的貧富の格差の構図が変わることがない、
ぶつ切りの支援のように思います。

少額であったとしても、そこに寄り添う気持ち、
考え方、生き方が変革された人の寄付は
大きなインパクトをもたらし、
小さなことであっても途絶えることのない良い循環を
もたらす支援になるだろうと思わされています。

まとまりのない文章で恐縮です。

この事についてもう少し考えたく、
陣内さんのご意見を聞かせていただきたいと思って投稿しました。


A.

築50年さん、ご質問ありがとうございます。
ご質問のことをこの2週間ほど、
つらつらと考えてきました。

私自身も「海外援助」という働きに従事しているため、
すこしでも当事者感覚をお伝えできればと思い、
いろいろと思い巡らしていたわけですが、
あまりにも複雑な要素が絡んでおり、
それこそ「こうだ」と割り切れるような問題ではありません。

ですから、
ご質問を折角いただいたのに申し訳ないのですが、
すっきりとした答えを提供することは
どうやら叶いそうもありません。

この問題は実は、
ひとつの問題ではなく、
二つの別々の問題であるように思います。

まず、「支援する側からの問題」があり、
それから、「支援される側からの問題」があります。

そしてここが説明が難しいのですが、
この二つは実は、必ずしも「連動」しているわけではない、
というところに問題の捉えづらさがあります。

説明します。

まず、築50年さんがおっしゃっているように、
「支援する側」の問題があります。

セレブの人が有り余る中から、
あるときは自分の好感度を上げるためのパフォーマンスとして、
あるときは節税対策として、多額の寄付をすることがあります。

もちろん心から憐れみの心をもってなされる寄付もありますが、
どの寄付がどんな動機でされたかというのは、
「心の中の問題」なので外部から検証不能です。

2015年にFacebookの創業者のマーク・ザッカーバーグが、
総資産の99%(日本円で5兆円)を「寄付」した、
というニュースがありました。

あれなんかは良い例で、
実は彼は「慈善団体を称する有限会社」を創設したのであり、
それは大きな節税対策にもなりますし、
イメージアップ戦略としても優れている。

結局彼は、自分の資産を、
自分の右ポケットから左ポケットに移し替えただけだ、
という批判が後から上がったのには、そういう理由があります。

、、、だからと言って彼を偽善者と断罪するのは早計で、
もしかしたらその団体を通して、彼は近未来に、
人類に大きな貢献をするかもしれない。

、、、しないかもしれない。

マイクロソフト社の創業者ビル・ゲイツは早期退職をし、
私財を投じて「ビル&メリンダ財団」を作りました。

彼のアフリカでのマラリアやHIV撲滅のためのプロジェクトは、
この100年間に地上に存在したNGOで最大の効果をあげ、
何百万、何千万人という命を文字通り救っています。

パソコンを買い換えるたびに、
「Office」の高額さとそのアップデートの狡猾さに、
「マイクロソフト、どんだけ儲ければ気が済むんだ」
と思いますが、「私の生活をえぐるその数万円」が、
めぐりめぐって、アフリカでマラリアを撲滅しているかもしれない
(していないかもしれないけど)と思うと、
ちょっとだけ心が慰められます笑。

また、投資家のジョージ・ソロスなども、
自分の儲けたお金で慈善団体を設立していますし、
ミュージシャンのU2のボノも慈善活動に熱心です。
有名なサッカー選手やNBAの選手の中にも、
私財を投じて慈善活動や環境保護活動に肩入れする人々がいます。

こういう人々を見ると脊髄反射的に、
「売名行為だ、節税対策だ」と偽善を騒ぎ立てる人がいますが、
これは「ゲスの勘ぐり」の典型例で、
その批判内容は多くの場合、
騒ぎ立てているその人自身の内面の現実を表わしているだけで、
慈善活動をする人々の現実は別のところにあります。

これは私が到達したことのない領域なので想像でしかないのですが、
1000人にひとりとか、10000人にひとりみたいなレベルで成功した人、
というのは、多くの場合「自分だけ特別に贔屓にしてもらった」
「自分は不公平なほど運が良く、特別に良くしてもらっている。」
という、天とか神とか運命とかいうものにたいする、
畏敬の念を持っています。
(もちろん例外もたくさんいます。)

先ほど紹介した北野武もそれを書いていました。

日本の有名人は「勘ぐるゲス」が多いためか(笑)、
寄付をしたという表明が「逆売名行為」になってしまうので、
有名人の多くは「こっそり」寄付をしています。
北野武もそうとう影で寄付をしているという噂があるのは、
やはり彼もまた、
「自分は運が良かっただけだ。
 自分の成功を何らかの形で、
 この世の中に還元しなければならない」
という、いわば、
「ノブレス・オブリージュ」の感覚を持ってるからです。

(*ノブレス・オブリージュというのは、
 「高貴なるものの責務」という意味で、
 他者より優れたエリートは自分のためでなく、
 世のため人のためにその資産や能力を使わねばならない、
 という感覚のことです。)

今のは支援する「お金を出す人」の話しでしたが、
今度は、そのお金で現地で働くNGOの話し。

これは本当に、ちょっとここでは語りきれませんね笑。

なのでざっくりですが説明しますと、
まず、援助団体というのはその性質上、
「相手が貧困でなければ自分たちの活動が続けられない」
というジレンマを抱えます。

問題が解決しちゃったら、
もう寄付を集める理由がなくなっちゃいますから。

「世界から貧困をなくすのだ!」と言って、
純粋に慈悲の働きをしている援助団体の方々に、
悪意はまったくありません。

しかし、これは本当に無自覚なのですが、
私がアフリカなどで見た現実というのは、
哀しいことに、一部の援助団体は、
現地で何重にも問題を複雑化しています。

築50年さんがおっしゃるとおり、
現地に依存体質を生み出すという弊害。

それから、援助団体によっては、
現地スタッフは国家公務員なみの給料がもらえたりしますから、
それが「既得権」を生みます。

また、「問題をセンセーショナルに伝えた方が、
本部のある欧米諸国で寄付が集めやすい」という事情から、
現状をそのままに語るのではなく、
わかりやすい「お涙ちょうだいストーリー」を切り取る、
というようなことがなされたりもします。

「世界から虫歯を無くすのだ!」
という歯医者の抱えるのと同じパラドックスを、
援助団体というのは常に抱えます。

、、、現地で私が見て来た「良い」支援をするNGOはみな、
そういったパラドックスを、自覚している団体でした。

自分たちは本当は矛盾したことをしている。
混乱をもたらす「害毒」になるリスクを、
自分たちの活動は、はらんでいる。
、、、しかし、ここに自分たちがいて、
本国と連携して活動することに、
(限定された期間と条件ではあるが)意味があると信じている。

そういった「ある種の屈託」を抱えながら、
「それでもやはり必要だ」という、
骨太な理由で活動している団体は、
依存を生み出しにくいよう工夫して活動しています。

、、、そもそも、「援助」というのがいけないんじゃないの?
NGOとか非営利組織とかやってるから駄目なんじゃないの?

市場の原理に全部任せれば、
その国が工業化してGDPが成長して、
そしてみんなが喰えるようになるんじゃないの?
と言う人が時々いますが、
それは、もうひとつの「極論」であり、
ちょっと違うのかな、と私は思っています。
(だからこそ私はNGOの仕事をしているのですが)

たとえばインドに、
日本から巨額のODA(政府開発援助)資金があったとします。
それは「農村部での女の子の識字教育」という名目で出ている。

しかしインドでは、
中央政府から地方自治体、地方自治体から地元の施工業者、、、
という風に下請けに下請けを重ねた結果、
いろんな人の「ポケット」にそのお金は入り、
末端に行くときにはそのお金は当初の10分の1ぐらいになったりする。

そして企画書とは雲泥の差の、
粗末なバラックのような学校が建てられる。

私が見た学校は、全校生徒が1000名を超すが、
それを教える先生の数は5人、という小学校でした。
(私が見た学校は日本の援助ではありませんでしたが)

この学校には、国連関連の援助で、
「給食」も無料配当されますから、
地元の小学生達は勉強のためではなく、
昼食を食べるためにこの学校に集まる。
もっと言えば子どもではなく、親の家計のために、
子どもたちは学校に送られる。
「口べらし」ですね。

勉強はまったく教えられていないですから、
小学6年生の皆勤賞の子どもが、
自分の名前すら書けなかった。

それを見かねた現地の私の友人のNGO活動家は、
非営利の小さな学校を建て、
地元の少数の子どもたちを教え始めた。

私たちFVIが支援しているのはこのような小さな活動が殆どですが、
彼らの活動する現場に行くと実感として、
「経済万能説」も「政府万能説」も両方、
「慈善団体性善説」と同じように間違っている、
ということが分かります。

たいせつなのは、人は完全ではないということを知ることであり、
それでも良くなっていけるはずだという希望を捨てないことです。

養老孟司さんは私の尊敬する知識人ですが、
彼はイエズス会の幼稚園を卒業しています。

ちなみにキリスト教会は「世界最大のNPO」である、
と、ピーター・ドラッカーは、
「非営利組織の経営」という本で書いています。

▼参考リンク「非営利組織の経営」ピーター・ドラッカー
http://amzn.asia/7tAJauJ


、、、養老さんが大人になっても時々考えるのは、
「戦前の貧しい日本に多大な犠牲を払って、
 何の報いもないのに自分たちに熱心に教育を施してくれた、
 イエズス会のドイツ人の先生達」の姿だそうです。

見ず知らずの外国人の子どもに、
特に経済的インセンティブがあるわけでもないのに、
心骨を砕いて教育する、というのは相当に大変なことのはずだ。

しかし、そうやって善意で自分たちに何かをしてくれた人がいる、
ということ自体が自分の人生観を形作った、
と養老孟司は本に書いています。

彼らの存在と思い出が、大人になってからの長い人生で、
様々な失望や悲しみや不条理に遭遇したとき、
「それでも世の中は生きるに値するかもしれない」という、
生きる「よすが」になっている、と養老さんは言っている。

本当の「支援」というのは、
そういうものではないかと思います。

つまりその「スープ」だとか「パン」だとか、
「文房具」だとか「支援金」自体にも意味はありますが、
本当に大切なのは、その背後にいる、
「見ず知らずの他者のために犠牲を払っても良いと考える人が、
世の中には存在する」という事実ではないかと。

そういう人に、特に人生の早い時期で出会った人というのは、
養老さんも言っていますが「楽観的な人」になります。

世の中には詐欺もあるし嘘つきもいる。
とんでもない野郎もいるが、
それでも世の中は捨てたもんじゃない、
と心の深い部分で思うようになる。

キリスト教会は最大のNPOという話しをしましたが、
キリスト教徒の究極の目標というのは、
その生き方によって、周囲の人が、
「この人が生きているような世界なら生きるに値する」
と思うような迫力と魅力を備えた人になることだ、
と私は思っています。

、、、さて、
「支援される側の問題」つまり依存の問題などについて、
語る前に文字数が尽きてしまいましたので、
すみませんが割愛(!)します。

築50年さんのご質問のおかげで、
この3週間ほど、自分の中でも有意義な、
「内的対話」をすることができました。
ご質問ありがとうございました。

今後もご質問をお待ちしています。

私たちの団体「FVI」も、海外の活動を支援しています。
今はエチオピア、バングラデシュ、ウクライナなどの、
プロジェクトをサポートしています。

ホームページを見て活動のことを知り、
祈り、ご支援いただけましたら幸いです。

▼参考リンク:FVI「海外」ページ
http://karashi.net/project/world/program_02/index.html




●【Q2】面白い本は?

ペンネーム:のりまき(女性)
お住まいの地域:北海道

Q.
メルマガ配信、いつも楽しみにしています。
5月9日のぷにすけさんの質問の回答を読んで、
笑いって深いんだな、と教えられました。

最近私は、ヨシタケ シンスケさんという人の
絵本や本が面白くていいなと思っています。
この前は、『このあと どうしちゃおう』と
『結局できずじまい』の2冊を買いました。
『このあと どうしちゃおう』では、
天国にいてほしい神さまの話が面白かったです。

何度も読んでは笑っています。

私は、色々と深刻に考えてしまうことが多いのですが、
こういう本を読んで、ユーモアって大事なんだな〜と思いました。

お笑い好きな陣内さんとしては、
ヨシタケさんの本はどうですか?
ヨシタケさんの本に限らず、
陣内さんの好きな面白い本があれば、
教えて頂けるとうれしいです。


A.

のりまきさん、ご質問ありがとうございます。

ヨシタケシンスケさんの本は未読でした。

なので、出張先の愛知県で、
Kindleで買って読みました(笑)。

これは単に勧めていただいたので「悪いな」と思って、
とか、気を遣ってという話しではないのでご安心ください。

のりまきさんのご質問メールを読み、
Amazonで調べ、直観的に、
「これは面白いと見た」と思ったので、
自発的に買って読んだのです。

、、、結果、とても面白かったです。
ああいう脱力感のあるユーモアは、私も好きです。

ちょっとシュール系のギャグ漫画なども、
最近はあまり読んでないですが、
昔はよく読んでました。

「ピューっと吹くジャガー」が好きでした。

同じギャグ漫画でも、
「浦安鉄筋家族」はハイカロリーすぎて、
ちょっと疲れるかな(笑)。

ウンコの量が多すぎるかな(笑)。

私はKindleで手に入る中から
『なつみはなんにでもなれる』を読みましたが、
のりまきさんの勧めておられる
『このあと どうしちゃおう』も図書館に予約しました。

予約待ちがスゴイので、読むのは数ヶ月後になりそうですが。

、、、さて、私の思う面白い本ですが、
考えてみますと、案外「(ユーモアという意味で)面白い」本、
というのは多くはないのだと気がつきました。

文章で人を泣かせるよりも、
文章で人を興奮させるよりも、
文章で人を感心させるよりも、
なによりも難しいのは、
文章で人を笑わせることなのだ、
というのは新たな発見でした。

書籍の「面白い」は9割方interestingであって、
funnyやcomicalではないのだ、ということですね。

ただ、本を読みながら「笑ったなぁ」と思い出す本が、
3冊だけあります。

なんと、というか、当然というか、
全部お笑い芸人が書いた本です。

、、、では、三冊、紹介していきます。


▼1冊目:

ひとつめは、「さまぁ〜ずの悲しい俳句」。
10分ぐらいで読める「本」ですが、
めちゃ面白いです。

10年ぐらいに読んで、
それから本は手放していますから手もとにないですが、
めちゃ笑ったのを覚えています。

「雪でした 金かと思ったら 雪でした」とか、
「この葡萄 買ったらお金 かかるかな」とか、
「夏休み 白白白い 白いボク」とか笑。

悲し〜くなる大竹の俳句に対して、
三村が左のページでツッコむという、
素晴らしい構成の作品です。

▼リンク:「さまぁ〜ずの悲しい俳句」さまぁ〜ず
http://amzn.asia/dX2STQw


▼2冊目:

、、、つぎは、「ホームレス中学生」ですね。
これは社会現象になるほど流行りましたが、
この本は「美談」の部分も泣けるのですが、
なんといっても「キモ」は、
「メーターを振り切った自虐」が生む「笑い」です。

ご飯をかみ続けていると最後に一瞬、
甘みが戻ってくると言う「味の向こう側」の話しや、
「貝殻の形をした、
 どうみても巻きグソにしかみえない遊具のある、
 『まきふん公園』の貝殻で生活していたら、
 『ウンコの神さま』と崇められた」
というエピソードなどは最高です。

▼リンク:「ホームレス中学生」田村裕
http://amzn.asia/a9XQwZ7


▼3冊目:

、、、最後はこれですね。
純粋に「文章の力で笑わせる技術」では、
この人は日本で一番上手かもしれない。

劇団ひとりの「陰日向に咲く」は最高でした。
笑いましたし、ちょっと泣きました。

又吉直樹ばかり注目されますが、
劇団ひとりの作家性もとてつもないものがあります。

「陰日向に咲く」は本当にめちゃくちゃ巧く、
そしてめちゃくちゃ面白い。

そして二作目の「青天の霹靂」を、
彼は自分でメガホンを取って映画化していますが、
その映画の出来が素晴らしい。

この10年で見た邦画ランキングベスト5に入るぐらいです。
もっと評価されてもおかしくない作品だと思っています。
ちなみにこの映画も、めちゃ笑えます。
そして泣けます。
お勧めです。

「陰日向に咲く」の映画は「残念」でした。
原作の良さを台無しにしている。

「青天の霹靂」は原作よりも、
本人の監督した映画のほうが圧倒的に優れていた。
この映画は観て絶対に損はしません。
「必見」と言っても良い。

又吉直樹も「劇場」を自分で映画化したら良いのに、
と私は勝手に想像して楽しんでいます。

▼リンク:「陰日向に咲く」劇団ひとり
http://amzn.asia/j8QPpb5

▼リンク:映画「晴天の霹靂」
http://amzn.asia/hwhoCpz


、、、というわけで、
今のところ思いつく「面白い本」は、
そのようなところです。

また思い出したらシェアするかもです。

御参考までに。




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質問募集中!!

2017.11.09 Thursday

+++vol.013 2017年5月16日配信号+++

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
■3 Q&Aコーナー

皆さんからお寄せ頂いた質問にお答えするコーナーです。
日頃の悩み、疑問、今更誰かに聞けないギモン、、、、
質問の種類は問いません。お気兼ねなくご質問をお寄せください。
ご利用は下記に基づいてご利用いただけると幸いです。

【Q&Aについて】
▼全てのご質問にお答えすることはできません。予めご了承ください
▼いただいたご質問は、ブログ・FVIメディアルームに掲載される可能性があります
▼本名での投稿の場合は「ペンネーム:無し」となります
▼必ず下記フォームからご質問を送信ください

::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::

【Q&Aコーナー専用フォーム】

▼URL
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※大変お手数ですが一つの1メール1質問を原則とさせてください。
ご協力宜しく御願い致します。

※頂いたメールはすべて目を通しております。
陣内俊への要望やメルマガの感想、激励などももちろん大歓迎です!

::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::

*都合により今回は、「Q&Aコーナー」は、
お休みとさせていただきます。

今日予定していた質問「国際協力について」は、
次号でお答えいたしますので、お楽しみに!

、、、あと、
Q&Aコーナーは当メルマガの
「フラッグシップ」コーナーです。
皆様からの質問で成り立っていますので、
どうか、ご質問をどしどしお寄せください。

軽めの質問でも、
深刻な質問でも、
冗談半分の質問でも結構です。

読者の皆様からのご質問、
お待ちしております。

軽めの質問でも結構です。
しっかしと文章を書いてくださる方も多いですが、
たとえば、もう、
「昨今のパンケーキブームについて、
陣内さんはどう思いますか?」
みたいな質問でも良い。

、、、

、、、それに対する答えはきっと、
「あまり何とも思っていません。」
になるかもしれませんが(笑)。

あと、
「今年ブレイクする芸人は誰ですか?」とか。

、、、

、、、これはそうですねぇ。
たぶん語りはじめると、止らなくなるのでやめます。
とろサーモン久保田が、やっと面白さを、
世間に発見されつつあるのを私は最近嬉しく思っています、
ぐらいですかね笑。

あと、古坂大魔王(ピコ太郎)は、
笑いの地肩が強いから、
一過性のブームでは終わらないだろう、
という予言はしておきます笑。

そんな感じでそれこそ、
「140文字」とかでも良いので、
質問を下されば幸いです。


、、、ついでに、
リスナーの皆様に、
「広報活動」をよろしくお願いします(図々しい)。

メルマガの存在を周囲の人に教えて、
「読めば聞こえてくる親密な対話」の輪を、
広げることにご協力いただければ幸いです。

「メルマガとかよく分からん」とか、
そういう方のために、
FAQ(よくある質問)の欄も設けました。
「お金取られるの?」とか、
「ジャンクメールが増えるの?」とか、
「怪しげな内容じゃないの?」とか、
「スマホでも読めるの?」とか、
そういった基本的なギモンにお答えしています。

メルマガというのは本当にラジオに似ていて、
ラジオも番組の広告ビラには、
「ラジオの聴き方」が載っています(笑)。

、、、何か怪しげなものではなく、
読んでみたら案外楽しいんだ、
人生の悩みとか質問できたりもするんだ、
、、、さらには、
トイレで暇つぶしできるというメリットもあるんだぜ(笑)、
という感じで、友人知人にお勧めいただけたら、
幸いの至りです。

こういうじわじわ系のメディアは、
一気に広がることはないし、
それがまた良いところでもあるのですが、
「読者がインフルエンサーとなって、
 次の読者を生む」
という連鎖反応を願っています。
よろしくお願いします。


▼リンク:FVI「陣内メルマガ」ページ(FAQ付き)
http://karashi.net/carrier/catalyst/jinnai/mailmag.html

【Q】面白くなるには?

2017.11.02 Thursday

+++vol.012 2017年5月9日配信号+++

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
■3 Q&Aコーナー

皆さんからお寄せ頂いた質問にお答えするコーナーです。
日頃の悩み、疑問、今更誰かに聞けないギモン、、、、
質問の種類は問いません。お気兼ねなくご質問をお寄せください。
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●【Q】面白くなるには?


ペンネーム :ぷにすけ (男性)
お住いの地域 :北海道

Q.

いつもありがとうございます。
ヘビーリスナーのぷにすけです。

最近、悩んでいることがあります。
私はダウンタウンさん、くりぃむしちゅーさんを敬愛しています。

自分で言うのも変ですが、
時々、話術で人を笑わせることに成功し、
「ウケ」を頂戴することがあります。
ですが、自分の面白くなさも日々感じています。

私は面白い人になりたいと思っています。
面白くなるためにはどうしたら良いのでしょうか。


A.

ぷにすけさん、ご質問ありがとうございます。
申し合わせたかのように、「私のお笑い論」が始まった週に、
この質問!

息ぴったりですね笑。

、、、というか、
実を言いますと、ぷにすけさんのこの質問に
今週は答えることを先に決めていまして、
新コーナーをそれに「寄せた」わけです笑。

自作自演。

刑事モノなら則「逮捕」です笑。
「19時10分、被疑者確保しました。」です笑。

、、、偶然ですが、私もウケが大好きで、
ダウンタウンとくりぃむしちゅーが大好きです。

息、ぴったり笑。

「接しやすいぃ」
*(c)ロバート秋山

、、、「ウケ」というのは、
中毒性があります。

「べしゃり暮らし」という漫才師を主人公にした漫画を、
私はブックオフで全巻収集して読みました。

▼参考リンク:「べしゃり暮らし」森田まさのり
http://amzn.asia/2Honzi8

これは「ろくでなしブルース」や、
「ルーキーズ」で知られる森田まさのりさんが、
何人もの芸人さんたちにインタビューし、
楽屋裏とかにも行って取材して書き上げた、
渾身の「お笑い漫画」です。

これを読むと森田まさのりさんが、
「笑い」と「お笑い芸人」を、
深く愛しているのがよく分かります。

、、、なんと、
Kindle所有の方は、
いまなら第一巻が無料で読めるキャンペーン中です。

興味のある方は是非この機会に。

この「べしゃり暮らし」にも書かれていますが、
「いちどステージに立ち、
 お客さんの前で『笑い』を取るという快感を覚えた者は、
 それ以外の達成感ではもはや満足出来なくなる」
という中毒性を持っています。

「ウケ」は危険な薬なのです。

芸人って不安定な仕事で、
今テレビの第一線で活躍している芸人たちも、
殆どは数年前まで食うや食わずの生活をしていたはずです。

親には「早く就職しろ」と言われ、
結婚しようと思っても彼女の両親からは会ってすらもらえない。
同窓会では着実に地に足をつけて生活している同級生たちに、
白けたさげすみの目で見下される。
「あいつ、昔から変わってたからなー」
「いい年になって、良くやるよねー」
「保険とか入ってるのかな?」
「老後とか、どうするつもりなんだろうね?」

余談ではありますが、
私が芸人を好きなのは、
どこかでそれが自分と重なるからだと、
ここに正直に告白しておきます。

誰かに自分の仕事を言うと、
「それで食っていけるの?」とか、
「もったいないねぇ、安定した仕事に就けるのに、、、」とか、
「、、、、(無言)」とか、
そういった反応をあまりにも浴びせられ、
もはやセンサーがおかしくなって何も感じません笑。

芸人の話に戻ります。

不動産屋に行っても「その年収では」と部屋が借りられない。
だから芸人たちはシェアルームをするのです。

昔「ときわ荘」という、
漫画家だけが住むアパートがありましたが、
あれと同じです。

漫画家なんて食っていけると誰も思ってないから、
親からも勘当され、保証人にも誰もなってくれない。

不動産屋はそんな人に部屋を貸したくないですから、
住む場所すらままならない。

そんなとき数少ない先輩の「成功者」の、
成功に乗っかる形で、、
「あそこなら住めるらしい。
 、、、手塚先生のコネがあるから」
みたいな形で駆け出しの漫画家たちが集まった。

それが「ときわ荘」です。

芸人たちも似たようなもので、
みんな先輩のコネで、
「あそこなら貸してくれるらしい」というアパートを借り、
「あそこなら芸人でも働かせてくれるらしい」
「突然営業が入っても休ませてくれるらしい」
という噂を頼りにアルバイトをします。

、、、いまや芸人界は層が分厚く、
40歳でも「若手」に入るほどですから、
30を過ぎた良い大人が、そんな生活をする。

ハッキリ言って、屈辱です。

35歳を過ぎて芸人を続けている人で、
「やめようか」と一度でも思わなかった人など、
皆無です。

繰り返しますが、
くりぃむしちゅーやさまぁ〜ずのような、
今をときめく芸人ですら、それは同じです。

30代前半ぐらいまでは、
皆そんなものです。

、、、なぜ、彼らは、
そんな屈辱を受け、
もがき苦しみながら、
周囲から白眼視されながら、
それでも芸人をやめないのか。
「ケツを割らない」のか。
岩にかじりつくようにして、
「1,000に1つのチャンス」に賭け続けるのか。

それは「ウケ」に中毒性があるからです。
いちど「人を笑わせる」という快感を味わうと、
もはやその人はそれ以下の快感で満足できなくなる。

お笑いジャンキーです。

、、、さっきから、
一向に質問には答えていないわけですが笑、
ご安心ください。

文面から拝察するに、
ぷにすけさんは、笑いを愛しています。

だから大丈夫です。

笑いを愛している人を、
笑いの神は愛するのです。

サンシャイン池崎が叫んでいるとおりなのです。

、、、何かの宗教みたいになってきました笑。

私が言いたかったのは、
「人を笑わせる」というのは、
それほどまでに快感なのだ、
ということです。

実は、これにはたぶん、
世代的なものが関係しています。

それに気付いたのは、
オードリーの若林が書いた、
「社会人大学 人見知り学部 卒業見込み」
という一風変わったタイトルの本です。

ちなみにオードリーの若林は、
芸人の中で、抜群に文章が上手いです。

私は芸人が書いたものを読むのが好きで、
ビートたけしにはじまり、
松本人志、千原ジュニア、水道橋博士、
浜田雅功、さまぁ〜ず、又吉直樹といった、
数多くの芸人たちが書いたものを
今まで読んできました。

オードリー若林はそのなかでも、
又吉直樹、千原ジュニアなどと並び、
トップクラスの文章の巧さです。

彼は今、司会業などに忙しいですが、
そう遠くない将来、
文筆業で注目を集めるはずです。

それほどに巧い。

▼参考リンク「社会人大学 人見知り学部 卒業見込み」 若林正恭
http://amzn.asia/65RtTi0


、、、で、この本の中で、
オードリーの若林はこんなことを言っています。

→P160 
〈このあいだ、精神科医の人と話をしていて
お笑い芸人を目指す人の特性について聞いた。
即答で「人間不信でしょうね」と言われた。
笑うという反応は人間の中でも嘘のつきにくい反応なのだそうだ。
「若林さん、たとえばお芝居に出たとして、
終わってから楽屋に挨拶に来た人が
『良いお芝居でした!』と言ったら信用できないでしょ?」
と聞かれた。
ぼくは「はい、信用できません」と素直に答えた。
「じゃあ、お笑いライブでウケてたら信用できるでしょ?」
と言われ、「はい」と答えた。
スベった時の静寂も信じられるけど、
という言葉は飲み込んだ。
「それを求める人がお笑い芸人を目指すんじゃないですか?
だから、クラスの人気者とかイケメンとかで
満たされている人に面白い人いなくないですか?」
と聞かれ、それだけではないだろうけどと感じつつも
妙に納得してしまったのである。〉

、、、つまり彼が言っているのは、
すべてを信じられなくても「笑い」だけは信じられる、
という心理のことであり、もはや宗教性に近い。

これは冗談ではなく、
笑いには「宗教性」が備わっています。

現代の日本で「お笑い」がこれだけ長くブームなのも、
実は「宗教を代替しているからだ」と、
佐藤優氏も「現代に生きる信仰告白」という本で、
指摘しています。

私の言葉で言うと、
笑いは「オルタナ宗教」のひとつです。

、、、話がそれましたが、
「人間不信」が芸人を生む。
これは世代的な現象です。

去年これを「発見」したとき、
私は長いこと解けなかった数学の証明の、
謎が解けたときのような知的快感を味わいました。

それは何か。

養老孟司が以前、
「プロジェクトX」などの番組に描かれる、
技術者による奮闘と、自身が解剖学者になった理由は同じだ、
と言っていました。

それは彼が終戦を経験したからだ、
と彼は言います。

「一億荘玉砕」「鬼畜米英」が、
一夜にして
「天皇人間宣言」「民主主義万歳」になった。

これで人間不信にならなかったらウソです。

戦中世代はだから「政府」というものを、
心底から信じることは永遠にない。

、、、養老さんの場合はさらにその失望は深く、
彼は「言葉」というものを信じなくなります。

昨日「鬼畜米英」と言っていた先生が、
今日は「教科書のその部分に墨を塗るように」
と指導している。

当たり前です。

養老さんはしかし、後になって振り返ると、
「あれほど良い教育はない」と言っています。
つまり、「言葉なんてその程度のものですよ」、
ということを肌で教育してくれていたのですから。

「言葉」が信じられないという原体験を持つ彼は、
「解剖学」を選んだ。

なぜか。

死体はウソをつきませんから。

死体というのは昨日解剖したところまでで、
ちゃんと翌日とまっていてくれる。

動いていたらホラーです。

生きている患者と違って痛くないのに、
「痛いんです」と言わないし、
苦しいのに「大丈夫です」と言わない。

死体は信頼に値する。

少なくとも自分のやったアウトプットが、
賭け値なし、そのままの状態で目の前に有る。

そういう「ソリッドなもの」を求めたんだと。
その原因は「戦争のトラウマ」だったんだと。

彼はそれを50歳を過ぎてから事後的に気付いた、
と言っています。

プロジェクトX、つまり戦後の日本の高度成長を支えた、
「ものづくりの技術者たち」もたぶん同じだと、
養老さんは想像します。

「言葉」への不信です。
言葉や政府は信じられないが、
自分が作った自動車は信じられる。

そういう形であの世代が、
日本の二次産業を作ったんだ、
というのが養老さんの分析です。

「マジでこの人は頭良いなぁ」と、
私はそれを感動をもって読んだのを覚えています。

時は経ち、
私と同世代のオードリー若林は、
養老さんの子どもよりも、
さらに一世代下です。

彼は私と同じ、70年代後半生まれの、
「ロストジェネレーション」。

私たちの世代は、
「モノや金」を信頼していません。
お兄さんお姉さんが経験した、
バブルのバカバカしさを知っていますから。

じゃあ養老さんたちが信じなかった、
「言葉」を信頼しているかというと、
それも信頼していない。

「情熱」も信頼していない。
自分たちの親の世代が二度にわたり、
「学生紛争」という形で、
政府に抗議の声をあげたが、
政府に押さえつけられ、
就職するとウソのようにおとなしくなり、
今度は自分たちが「体制側」にまわった。

そしてしれっと、自分たちの子どもには、
「良い大学に入って良い会社に入れ。
 安定した道を選べ」なんて言っている。

私たちは「言葉」も「モノ」も「理想」も信頼しない。
非常にシニカルな世代です。

政府もウソをつくし、
先生もウソをつくし、
自分すらもウソをつくことを知っている。

また、当時流行っていた、「価値相対主義」
(今は見直されている)の風を、
もろに受けていますから、
「絶対的なるもの」を、自分自身も含め、
何も信頼していないのが、私たちの世代です。

、、、では、何が信じられるか。

ある人は恋愛に、ある人は快楽に、
ある人は鉄道に、ある人はゲームにむかいますが、
若林の場合はそれが、「笑い」だった。

「笑い」という感情は、
先述のベルクソンも指摘していますが、
すべての感情のなかで唯一、
「理性を超越したところにある。」

嘘泣きはできますし、
おべんちゃらで「感動しました!!」と人は言える。
激怒するフリをすることはできますし、
哀しそうなそぶりで恋人を振り向かせることもできる。

しかし、
「爆笑」を意図してできる人もいないし、
嘘の「ウケ」というのは原理的に存在しない。
「ウケ」というのは「笑わされた」という、
圧倒的な勝敗関係に基づく概念ですから。

理性を懐疑している世代にとって、
笑いは数少ない「信じるに値するもの」なのです。

、、、おまえさては、
質問に答える気ないだろ、
と言われそうなので、最後に実用的な話を、
少しだけします。

、、、折角質問くださったのに心苦しいのですが、
「笑い」というものを定式化することは不可能です。

それはなぜなら、
先ほどから申し上げているように、
「笑いは理性を超えたところにある」からです。

理性を超えたモノを理性の言葉で語ることは、
原理的に不可能なのです。

松本人志が良く、
「あらゆる芸能ジャンルで笑いが一番難しい」
と言っていますが、これがその理由です。

「泣きたい映画」はある程度定式化できる。
「見るとスカッとする映画」も計算で作れる。
しかし、
「笑わせよう」と考えると、
突如計算式はインフレを起こし、
「解」が得られなくなる。

笑いというのは超複雑系であり、
カオス理論のように、
そのアウトプットは予測不能です。

、、、だから面白いのですが。

最近私が読んだお笑い芸人の本に、
月亭方正の「僕が落語家になった理由」という本があります。

▼参考リンク:「僕が落語家になった理由」月亭方正
http://amzn.asia/2cB93sO

この中で方正は、
「笑いはバナナだ」と言っています。

これはお笑いを志す人が、
初日に学ぶ「笑いのABC」であり、
プロの芸人の方正がバナナの話を本に書いているというのは、
プロアナウンサーの書いた本に「滑舌が大事です」
と書いてあるみたいな話です笑。

これはもう、方正だから書けるという笑。
他の芸人はなかなかできません。
躊躇するでしょう。

私はちなみに、月亭方正の、
「こういうところ」が本当に大好きで、
だから私は彼のファンなのですが。

引用します。

→P25 
〈それまで僕が目指してきた笑いは”裏切り”です。
よく芸人さん同士でたとえるのが「バナナの話」です。
昔は落ちているバナナの皮に滑ってコケたら、
お客さんも笑っていました。
でもそのうち、それでは誰も笑わなくなって、
今度は素通りしたら笑うようになった。
それでも笑わなくなって、次にバナナの皮で滑ったら、
また笑うようになった。
つまり、笑いには構図が大事だという話。
僕が今までやってきた作業というのは、
バナナの皮を食べてしまうとか、
バナナのみを置いて帰るとかいうこと。
要するに、定番の笑いを否定してきたんです。
そんなことを20年間やってきました。
でも、まんまバナナの皮に、
”つるんと滑り続ける”のが落語で、
しかもそれが面白かった。
僕の20年なんてあっさり壊された感覚でした。
古い食材でも美味しい料理にしてしまう名コックです、
枝雀師匠は。
そんな世界があったことと、
そんな人がいたことに驚きました。〉


、、、ほらね。
めちゃくちゃわかりやすいでしょ笑。

解説不要なのですが、
方正がここで言っているのは、
別の言葉で「ベタ」と「シュール」の話です。

バナナで滑って転ぶのが「ベタ」。
バナナを素通りするのが「シュール」ですね。

笑いとは理性の超越、つまり「裏切り」ですから、
皆がベタを予測しているところでシュールをするとウケるし、
皆がシュールを予測しているところでベタをするとウケる。

しかし、シュールもコスられすぎると、
今度はベタになっていきます。

最初新しかったものが、
今度は古くなってくる。

そうするとまた、「バナナで滑るのが逆にシュール」
という風な時代がやってくる、
という具合に、笑いは波動のように動きます。

方正は落語という「古典」に出会ったことによって、
あらたな「啓示」を得たわけです。

すごいですね。
先ほどの「新しいことをしたければ古いモノを読め」
に、ここでつながるとは。

ちょっと自分でも驚いています。

方正、ありがとう。

、、、このあとに、
方正はさらに大切なことを言っています。
これは私も胸に刻んだことであり、
ぷにすけさんにとっても大切なことだと思いますので、
しっかり引用します。

→P36 
〈、、、笑いに携わる人すべてに対して言えると思うんですけど、
僕は一番大事なのはサービス精神だと思っています。
サービス精神がある人が「あいうえお」と言ったら楽しいんです。
、、、自分で言うのも恥ずかしいんですけど、
僕はサービス精神はある方だと思っています。
「ここで今出て行ったらスベるな」っていう場面でも
「でも僕がいかなアカンやろな」って思い、
出て行ったことが何度もありましたし、
何度も連れ出されました。
それで実際に何度もスベりました。
でも、そんなことを繰り返していくことで、
だんだん面白くなってくるんです。
それだけじゃなくて、
面白がってくれる人たちに対しても
「ああ、ありがたいな」っていう気持ちも湧いてきます。
スベった瞬間は、一般の人には「面白くない」とか
「変な人」って思われるかも知れませんけど、
それはじわじわ、じわじわ伝わっていくと思うんです。
自分のエゴで前に出ているのか、
それともサービス精神で前に出ているのか。
それは絶対に伝わるものだと、僕は信じています。〉


、、、どうです?

萌えるでしょ?

私はもう、このくだりを読んだとき、
思いました。

「師匠〜!」
「カッコいいです〜!」
と。

方正は臆することなく言い切ります。
笑いは「サービス精神」であると。

サービス精神とはつまり、
「相手のことを考える」ということです。
もっと大胆に言い換えるならそれは「愛」です。

相手のことを考え、思いやり、
サービス精神をもって、「愛」をもってするなら、
その笑いは必ず伝わります。

ウケても面白いし、
スベっても面白い。

バナナで転んでも面白いし、
バナナを食べても面白い。

しかしそこにサービス精神がなく、
「どうだ、俺、おもしろいだろう」みたいな気持ちとか、
ひどい場合は相手を貶めてやろうという気持ちがある場合、
その現場ではたとえウケていたとしても、
トータルでは、まったく面白くないのです。

「イジるかイジられるか」とか、
「イジりはいじめかそうじゃないか」とか、
そういう議論がありますが、
それは「サービス精神」と「愛」という言葉で、
解決可能です。

イジろうがイジられようが、
ツッコもうがツッコまれようが、
ウケようが滑ろうが、
そこにサービス精神と愛があれば、
それは面白いし、
そこに我欲や他者へのおとしめの気持ちがあれば、
それは「笑い」ではありません。

そんなもので「笑い」を汚してはいけないのです。

だから笑いに必要なのは実は、
「限りないやさしさ」です。

やさしい人がトライして滑ったら、
それは面白いのです。

愛のない人がウケたら、
それはつまらないのです。

、、、もう文字数制限はオーバーしているのですが、
最後にもうひとつだけ、
私が日頃大切だなぁと思っていることを。

今私がお笑いという意味で
最も楽しみにしているコンテンツは、
松本人志プレゼンツ、
Amazonプライム会員特典の
「ドキュメンタル シーズン2」です。

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入会したと言っても過言ではない。
(「副産物」もめちゃくちゃ沢山ありますが。)

賞金1000万円をかけて、
10人の芸人がアルティメットな状態で笑わせあう。
笑ったら退場で、最後の一人になるまで、
バトルロワイヤルを繰り広げるという、
夢のような企画です。

この番組を見てると分かるのは、
「笑いの攻撃力と防御力は反比例関係にある」
ということです。

つまり「人を笑わせる破壊力」のある人は、
みな「ゲラ(笑いやすい体質)」だということです。

これは考えてみれば当然で、
「面白い人」というのは、
「面白がる人」でもあるからです。

普段街を歩きながら、
面白い看板を見つけて笑い転げる心を持った人が、
人を転げるほど笑わせることができる。

「笑いの感受性が高い」人が、
笑わせる攻撃力も高い、ということです。

人への影響力ということを考えたときも同じです。

影響力のある人というのは、
影響を受けやすい人でもあります。

人に影響を受けた分だけ、
その感動が伝播して、
その人は人に影響力を発揮するのです。

笑いも同じです。

いつも「ああ、あれって面白いよな」とか、
「職場の○○さんって、面白いよな」とか、
そういったことを愛と思いやりをもって考えている人は、
「面白い人」になることができます。

ここで注意があります。
誰かが「面白いなぁ」と思うとき、
上から目線ではなく敬意をもってそうするのが大事です。

また「こんな面白い俺、どうよ?」という自己愛から、
発していないことも大切です。
そういう笑いは鼻につきますから笑。

たいせつなのは「利他の精神」で笑いを発見することです。

、、、最後の最後に追伸(しつこい)ですが、
「この人を笑わせよう」という具体的な誰かが、
何人かいることも大切です。

お笑い芸人がコンビでいることの一番の良さは、
「相方だけはこの笑いを理解してくれる」
という絶対的信頼関係が培われることです。

これはダウンタウンもそうですし、
くりぃむしちゅーも、
さまぁ〜ずもそうです。

相方のことを互いに、
「世界で俺の次に面白く、
 世界で俺の笑いについてこれる唯一の存在」
と思っている。
「他の誰が笑わなくても、
 コイツが笑えば大丈夫」
と思っている。

そういうコンビは売れます。

私たちの日常生活に引きつけるなら、
ぷにすけさんの周囲に、
「この人を笑わせたときが一番嬉しいんだよなぁ」
という人が何人か思い浮かぶはずです。
10人もいる必要はないです。
2、3人いればいい。

1人でもいい。

その「誰か」を、
次はどうやって笑わせてやろうか、
と思いながら生きるのです。

そうすると人は、めきめきと面白くなっていきます。
これは私の経験則にのっとった、
かなり確かな教訓です。

ちなみに私にとっての「誰か」というのは、
数名の私の友人と、そして「妻」です。

情熱があふれて、
いろいろ詰め込みすぎたきらいがありますが、
どうぞご容赦を。

ぷにすけさんの「笑い」に、
ますます磨きがかかり、
愛とやさしさが加えられていきますように、
お祈り申し上げています。

御参考までに。




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【Q】続けることが苦手です

2017.10.26 Thursday

+++vol.011 2017年5月2日配信号+++


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
■3 Q&Aコーナー

皆さんからお寄せ頂いた質問にお答えするコーナーです。
日頃の悩み、疑問、今更誰かに聞けないギモン、、、、
質問の種類は問いません。お気兼ねなくご質問をお寄せください。
ご利用は下記に基づいてご利用いただけると幸いです。

【Q&Aについて】
▼全てのご質問にお答えすることはできません。予めご了承ください
▼いただいたご質問は、ブログ・FVIメディアルームに掲載される可能性があります
▼本名での投稿の場合は「ペンネーム:無し」となります
▼必ず下記フォームからご質問を送信ください

::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::

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※大変お手数ですが一つの1メール1質問を原則とさせてください。
ご協力宜しく御願い致します。

※頂いたメールはすべて目を通しております。
陣内俊への要望やメルマガの感想、激励などももちろん大歓迎です!

::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::

●【Q】「続ける」ことが苦手です

ペンネーム:クレイジーでもなくジャーニーでもない(女性)
お住いの地域:香川県

A.

いつもメルマガを楽しみにしています。

私は「続ける」ことが苦手です。
というよりも、ちょっとしんどいけど自分のためになること、
向上するためのことを続けるのが苦手です。

緊急じゃないけど重要なことが苦手なのです。
やった方がいいことはわかっているのですが…。
夕方仕事から帰ってきて夕食を作り、
子ども達をお風呂に入れて寝かせる。
という一連のことが終わって、
寝るまでの残り2時間くらいを有意義なことではなく、
テレビを見たり、何度も読んでる好きな本を読んだり、
ゲームをしたりして過ごします。生産性はないです。

このままではいけない!と思い、
友人にコーチングをお願いして夜にエクササイズを始めました。

これまで3日坊主にもならなかったのが、3日続いています。
なんとか続けたいと思ってます。

考えてみると、
子どもの頃から夏休みの宿題の面倒くさいやつは後回しにして、
ギリギリまでやらなかったタイプです。

続けるために、できない言い訳ばかりするのではなく、
何かモチベーションを上げる方法というのはありますでしょうか。



A.

「クレイジーでもなくジャーニーでもない」さん、
ご質問ありがとうございます。

なかなかジャーニーなペンネームですね(笑)。
勝手に省略して(笑)、
「クレジャーさん」と呼ばせていただきます。

さて、ご質問の件ですが、
私も夏休みの宿題は最後の2日間ぐらいでやっていました(笑)。
いちど「踏み倒した」こともあります(笑)。

夏休みの宿題を「頑としてスルー」していたら、
途中から「これは冬休みまで粘ればイケるのではないか」
と思い始めた。

結果、踏み倒した(笑)。

というのも私は小中学生のころ、
「宿題というのは右手の運動だ」
という持論を持っていまして、
「もはや自明なこと」を、
なんでもう一度繰り返さなければならないんだろう、
といつも思っていました。

私は中学までは授業を一回聞けば、
だいたいのテストで90点〜100点取れました。
(すみません、これは自慢とかそういうんじゃなく、
 もう、そうだったんだから仕方がない。
 「靴のサイズが28センチもあった」みたいな話と、
 あまり変わらない話と思ってくれれば幸いですし、
 私自身も心からそう思っています。)

、、、話を戻しまして、
もうすでに教科書の内容は理解しているのに、
それをなんでまた手を真っ黒にして
「反復」する必要があるのだろうと、
心から宿題を無意味に感じていたわけです。

宿題というのは知的に意味がないのだから、
その本質は右手の運動である。
   ↓
右手の運動だったら、私はキャッチボールや、
プラモデル作りによってすでに終えている。
   ↓
よって私は宿題をやらなくて良い。
   ↓
なんだったら、無意味な宿題を一律に出す、
学校の方こそ、その思考停止を反省すべきである。

、、、というロジックによって、
私は宿題を踏み倒していたわけです。

私が先生ならそんなガキは、
一回暴れ馬にロープでくくって、
運動場を引きずり回してやりたいぐらい、
ムカつく奴だったと、今は思うのです。

クラスで一番宿題やらない奴が、
クラスで一番テストの点が良いんですから。

なんていうか、当時の私は、
「学校」みたいなものを、
なめ腐っていたわけです。

だからやらなかった。

今となっては、
過去の自分のその腐った心根を、
心底反省しており、
謝罪と後悔と慚愧の念に堪えません。

お父さん、お母さん、
学校の先生、文部省(当時)、
日本政府、福沢諭吉、
ベネッセコーポレーションの皆様、
ジャポニカ学習帳を作っていた工場の人、
購買のおばさん、
グラウンドの隅で飼育されていたウサギ、
私に観察されるのを待っていたアサガオ、
その他諸々の、諸先輩方、関係各位に、
痛切なお詫びをいたしたい。

そう思っているわけであります。

、、、そんな私ですから、
クレジャーさんの言わんとすることは、
痛いほどよく分かります。

私は上記のように「なめ腐っていた」だけでなく、
やはり「ものぐさ」で怠け者で、
そして「未来の達成感より、現在の快楽」を求める、
そんなタイプの人間と自認しています。

さらにクレジャーさんのように健康な危機感をもって、
「それを治さなきゃなぁ」という気持ちがあったのは、
もはや過去の話で、最近はわりと、
「明日出来ることは今日しない」
というトルコのことわざがむしろ大好きで、
座右の銘にしようかと思うぐらいの人間だったりします。

ですから、もうなんていうか、
クレジャーさんはどちらかというと、
「ダイエット法」を、
ブラマヨ小杉に聞いているようなところがあるのです笑。

、、、さて、しかし。

しかしです。

この質問は、わりと深いところに根があったりします。

まず、私は上記のようにものぐさですから、
「自分の意志の力」みたいなものを、
本能的に信頼していないわけです。
実はその傾向は、私が高校生のときにすでに現れています。

中学生のときまで先ほど申しましたように、
私はのらりくらりと、「適当に」過ごしていました。
勉強は全然しないけどクラスではテストの点が一番良い。
高校受験は私立の名門などにはチャレンジせず、
地元の公立進学校ですから、勉強せずとも入れる。

だから中学3年生のときは、
勉強できない友達を集めて「陣内塾」を開き、
彼らが志望校に行けるように「テストの点の取り方」を、
指南して感謝されたりしていました。

何やってるんだよ!という話ですが笑。

しかし高校に入りますと、
友人たちはみな高専や工業高校や商業高校に行ってしまい、
あまり友達になる人が周囲にいない。

バスケ部に入りましたが、
運動神経がそこまで良いわけでもないので、
あまりパッとしない。

成績も、高校に入ると授業だけで点を取れる段階は過ぎて、
学年で3分の1に入れるか否か、みたいな感じになってくる。

なんだかつまらないなぁ、
勉強する意味ってなんだろう、
生きてるってなんだろう、、、
みたいな時期がしばらく続き、
私はある日、思いました。

「よし、勉強しようじゃないか!」

9年間以上「スルー」してきた「タメ」というのは、
思いの外大きく、ひとたび勉強をはじめると、
私は「カムバック時のロッキー・バルボア」かのように、
火がついたような猛勉強をはじめました。

しかしその「ロッキーのトレーニング」の前に、
当時高校2年生だった私が、
最初にしたことは何だったか。

それが今日のポイントです。

それは、「勉強同好会」という、
非公式のサークルを作ることでした。

成績はどうでも良いので、
1.そのときクラスで良く休み時間に話していた人
2.良い大学に入りたいという純粋な願いを持つ人

という二つの条件でヒットした二人を、
私は「勉強同好会」に誘いました。
濱田くんと森田くんといいます。
(確かそうでした。)
二人とも学年の順位は当時、
下から3分の1ぐらい。
私は上から3分の1ぐらい。

まぁ、そこまでの大きな差はない。
でも、ポイントはそこではありません。
では何がポイントなのは後から説明します。

「俺はこの夏から勉強をすることに決めたんだ。
 ついては仲間が欲しい。
 非公式の勉強同好会を作って、
 休み時間とかに問題集を解いたり、
 テストの攻略法を教えあったりしようぜ」
と、私は濱田君と森田君を誘いました。
真顔で言うと「引かれる」ので、
やや冗談がかって、
「悪ノリ半分・真面目半分」ぐらいで。

私たちは特別なことをしたわけではありません。
しかし、高校3年生になるころには、
私は学年で5位以内に入るようになり、
森田君濱田君も上位3分の1とかに入るようになりました。

その後私は滑り止めすら受けることなく、
国立大学の獣医学科に現役で合格しました。
あまり知られていないですが、
帯広畜産大学の獣医学科というのは結構「狭き門」で、
偏差値は医学部なみです。
東大京大を除けば、
旧帝国大学の工学部などよりも高いです。
前期も後期も、受験倍率は12倍前後でした。

もしあの「勉強同好会」がなければ、
私はそもそも「国立大学の獣医学科」を志望するような、
射程範囲にいなかった可能性が高い。

牛や馬の生態も、
帯広の空の高さも知らず、
私は今とは全く違う人生を歩んでいたかもしれない。

しかし「勉強同好会」が、
私の成績を押し上げてくれたおかげで、
私は今の私になりました。

、、、さて、ここからがポイントです。

では、「勉強同好会」の、
活動内容とはいかなるものだったのか。
創始者かつ「会長」として、
私は、濱田くんこと濱ちゃんは、そして森田君は、
いったい何をしたのか。

、、、実は、特に何もしていません(笑)。
強いて言えば休み時間に、
「俺たちって勉強同好会だよなー」
「そうだよなー」
と確認し合うことぐらいです。

あと、弁当を食べながら、
「おい会員、最近勉強はどうだ?
 何か良い参考書とかあった?」
ぐらいの会話をするだけです。

しかし、それが致命的に大事なのです。
特に私のような「意志の力」が弱い人間は。

あぁ、だから私は、
あのとき「勉強同好会」を作ったんだ、
と、20年越しに「その理屈を納得」したのは、
じつは最近のことです。

それについて今から説明します。
この一週間、私はわりと、
気がつくとこのことを考えていました。

いろんな情報が散らかっているので、
上手いこと整理できるかどうか分かりませんが、
なるべくわかりやすく説明を試みてみますので、
どうかおつきあいください。

まず、
昨年、一年間で私が読んだ「信仰書」の中で、
非常に印象に残った2冊を紹介します。

(*信仰書、というのは、
 キリスト教徒が自らの信仰生活をおくる上で、
 実用的に役に立つことを学ぶ書物のジャンルです。
 一般書店では買うことが出来ず、
 「神学書」とも違う位置づけの本を総称します。)


、、、まず1冊目が、
ケン・シゲマツという、
日系カナダ人の牧師が書いた、
「賢者の生活リズム」という本です。

▼参考リンク「賢者の生活リズム」ケン・シゲマツ
http://amzn.asia/1XlROsh

この本は義理の兄から教えてもらいました。
著者は、義理の兄がカナダ留学中に
通っていた教会の牧師です。

この本の中でシゲマツ牧師は、
「信仰者の健全な生活の在り方」というものを、
私たちはどのように構築していけるのだろうか、
という問いを措定しています。

そしてこの本の中で彼が提案しているのが、
「トレリス」という概念です。

「trellis」というあまり聞き慣れないこの英単語は、
日本語では、
「つる植物を上にはわせるための四角、
またはダイヤ状の縦の格子(こうし)垣」
というのが辞書的な意味です。

日本ではあまりそれに当てはめる固有名詞がないんです。
普通に「柵」とか、「(例えば)ゴーヤの網」とか、
状況に応じて、言い分けていますが、
決まった言い方はありません。

英語では「蔓状の植物を這わせる垣または柵」に、
名前がついていて「トレリス」と呼びます。

以降、トレリスというそのままの言葉で、
説明していきます。

シゲマツ牧師がトレリスという言葉で表現している、
「格子を形成する棒」は、では何なのか?

格子ですから縦軸と横軸があるわけですね。

▼縦軸
・安息日
・祈り
・みことば

▼横軸
・関係
・回復
・みことばの実践

これがシゲマツ牧師の提案するトレリスで、
絵にすると以下リンクのようになります。

▼参考リンク:「トレリス」の図(英語)
http://www.plymouthchristiancentre.org/filerequest/2506

図のように3本の縦軸の棒と、
3本の横軸の棒を交差させますと、
「交点」は9つできます。

その交点ひとつひとつに一章ずつ割いて、
本書では丁寧に説明されています。
ちなみに9つの交点とは、
横軸の、
「関係」なら「友情」「セックス」「家族」
「回復」なら「身体のメンテ」「遊び」「お金」
「みことばの実践」なら「仕事」「正義」「証」
という風に。
それぞれが縦軸にも対応している。

これを立ち入って説明しますと、
「本のエスプレッソショット」のコーナーが出来ますので、
ここでは割愛しますが、
ポイントは「トレリス」という概念です。

トレリスというのは「構造」です。

つまりシゲマツ牧師が言外に言っているのは、
「意志の力とか根性とか努力とか気合い」ではなく、
「構造」こそが人の生活を変えるのだ、
ということです。

これを覚えておいてください。
「トレリス」(構造)です。


、、、そして2冊目が、
ジェームズ・スミスさんという人が書いた、
「エクササイズ」という本です。

▼参考リンク:「エクササイズ」ジェームズ・ブライアン・スミス
http://amzn.asia/6cXXMTY

この本を翻訳したのは、
FVIの正会員としていつもご尽力いただいていて、
大変お世話になっている、神奈川県にある、
カンバーランド長老教会高座教会の主任牧師、
松元雅弘先生です。

この本から引用します。

→P29 
〈私たちは単に「自分は変わりたい」と
 宣言することによっては決して変わることが出来ません。
 そのためにはまず、私たちが思うこと(私たちの物語)、
 そして何をどのように練習するか(霊的訓練)、
 そして誰とかかわりを持つのか(社会的文脈)
 について吟味しなければならないのです。
 もしこうした事柄を変えるならば
 ーーもちろん、変えることが出来るのですが、
 ーー変化は自然な形で起こってきます。
 そのことこそイエスがいわれた
 「わたしのくびきは負いやすい」(マタイ11:30)
 ということの意味なのです。〉

、、、ここでスミス牧師が
言っているのはこういうことです。

私たちは意志によっては変わることが出来ない。
そうではなくて、
「心の中の物語の語り替え」(心的)、
「具体的で身体的な訓練」(身体的)、
「社会的な文脈の組み替え」(社会的)、
という、「構造の変化」が私たちを変えるのだ、
と言っているのです。

先ほどのシゲマツ牧師のトレリスの話と、
驚くほど似ているのにお気づきでしょうか?

つまり、最近出版された、
この卓越した2冊の「信仰書」は、
共通した「人間観」を持っており、
ある種の前提を共有しているということです。

その前提とは何か?

それは「自由意志の力」というものへの、
深い疑いです。

これは、最新の脳科学の知見によって、
社会全体の「人間観」が変わってきた影響が大きいと、
私は見立てています。

つまり「自由意志神話」が崩壊したわけです。

どういうことか。

西洋社会はデカルトの「近代的自我」以降、
「自由意志神話」というものに、
深く影響を受けてきました。

「他の誰でもないこの私」という確たる「自我」があり、
「他の誰のものでもない自由意志」によって、
私は他の誰でもない私の未来を切り拓いていく。
「意志のあるところに道が出来る。」
すべては「私」次第。
大事なのは強い意志を持つこと。

そういった「神話」が、
西洋の近代社会には共有されていまして、
特にアメリカでその傾向が強く、
日本の福音主義の教会というのはアメリカの風を、
真正面に受けます。

ですから20世紀に出版された、
(特に米国発の)信仰書というのは、
「自由意志神話」を前提とするものが多かった。

「あなたの信じたとおりにあなたになる。」
「ポジティブな告白をすればポジティブなことが起こる」
「主にあって努力をし祈った結果、卓越した成功を手にした」
「教会は爆発的に成長した、、、
 それは一人の男の決断と不屈の精神から始まった、、、」
みたいな「物語」です。

そこには「大木」のように確固たる「意志」
(それを「信仰」という言い換えをすることが多い)
を持つ「信仰者」が、その意志を働かせた結果、
運命や未来を動かしていく、、、みたいな話です。

真理は多義的ですから、
じっさいそういう側面が信仰にはあります。
アブラハムの「行き先を知らず旅する」という決断に、
私たち人類の信仰は負っているわけですし、
おそらくノアの不屈の精神によって、
方舟は作られました。

しかし、「それだけじゃないぞ」ということに、
特に21世紀になって、人々は気づきはじめた。

これは脳科学の発達と大いに関係があります。

人間の意志というのは以前、
「木」のようなものだと思っていたけど、
脳科学の知見によって分かってきたのは、
実は人間は、「ツタ」に近いんだ、というのが、
その要約です。

人間の在り方や成長というのは、
「構造や環境」によって規定される部分が大きく、
「意志の力」というものの占めるウェイトは
思っていたほど大きくはないんだ、ということが、
脳科学研究の結果、分かってきたのです。

その名も「デカルトの誤り」という有名な本があります。
この本を書いたのは神経科学者で、
「意識や理性」の働き、つまりデカルトの
「コギト・エルゴ・スム(我思うゆえに我あり)」の、
「我」というもの、つまり「意識や理性」は、
「脳」に還元出来ないということを発見するのです。

つまり、「脳だけを調べても理性のことは分からない。」
というのが彼の結論です。

▼「デカルトの誤り」 アントニオ・R・ダマシオ
http://amzn.asia/4ccxvNc


引用します。

→P379 
〈人間の心を包括的に理解するには有機体的視点が必要であり、
 また心は非物質的な思考(コギト)から生物組織の領域に
 移動しなければならないだけでなく、
 統合的な純身体と脳を有する有機体全体と関連づけられ、
 さらに物質的、社会的環境と
 完全に双方向的であらねばならない、、。〉

、、、つまり彼が言っているのはこういうことです。

よくSF作品などに、
「脳を培養液に浮かべて、
 そこに電極をつなぎ、
 ロボットの手足と接続させた、
 200年生きている男」
みたいな話が出てきますが、それは、
完全なるフィクションで、
脳科学的には、「あり得ない」ということです。

脳というのは、全身に張り巡らされた
神経全体からの入力があって、
はじめて動くように出来ている。

肝臓癌で生体肝移植をして「臓器の一部」が、
他者のそれと入れ替わった人の性格が、
手術後に微妙に変化することがあるということは
医療現場でずいぶん前から指摘されていまして、
ダマシオの論はそれを裏付ける格好になっています。

さらにそれだけではない。

全身の神経は、筋肉や皮膚や内臓の影響を受ける。
筋肉や皮膚や内臓は、外気温や湿度、
食べたものや飲んだもの、
緯度や経度、海抜や気圧、風景や音、
匂い、周囲の人の気配、動植物の有無、
電磁波、その他諸々と、「有機的につながっている」。

、、、とすると、
私たちの脳は身体の一部であり、
私たちの身体は「環境」の一部である。

だから私たちの脳はなんと、
環境の一部だ、ということになる。
比喩的な意味ではなく、
科学的な意味において。

デカルトの「近代的自我」はフィクションだった、
ということがこの本の結論で、
こう書いてくると、「環境決定論」に近づくのですが、
「環境決定論」「環境還元主義」が、
この本の結論ではありません。

ダマシオは
「だからこそ、理性が大切だ。
意識が感情や環境に強く影響を受けるということを自覚し、
それらを意図的に制御する理性を、
『それだからこそ』ちゃんと働かせる必要があるのだ」
というところに落とします。

また、それとは別に、
違う脳科学者らの最近の実験で、
最近分かってきた面白いことはさらに衝撃です。
これは西洋の「自由意志神話」に
致死的なダメージを与えるのに十分な、
画期的な発見です。

脳のニューロンの動きがコンマ1秒単位で
調べられるようになってきて、
新たに分かってきたことです。

今Aさんの目の前には、コーヒーとペンがある。
Aさんはペンではなくコーヒーを右手に取る。
Aさんは脳内で「コーヒーを取るぞ」と意識します。
なんとそれより0.5秒前に、脳内のニューロンはすでに、
コーヒーを取る動きを開始しているのです。

すごくないですか?

つまりAさんが「選択した」という「意識」は幻想であり、
ニューロンの決定を「追認」しているだけなのです。
ダマシオの言うようにニューロンは環境要因によって、
「理屈抜きに」意識に先駆けてすでにコーヒーを
選択しているわけです。

「喉が渇いているからコーヒーを選んだんだ」というのは、
「意識による後付けの理屈に過ぎない」というのです。

これは驚愕の事実です。

、、、こういった科学的知見を踏まえて、
近年ますます「意志の力」への信仰が薄れている。

それによってスポーツも勉強も「信仰書」も、変わってきた。
その現れが先ほどの「トレリス」なのです。

スポーツならば個人的なコーチをつける。
つまり、そう、ライザップですね。

タイガーウッズも個人的なコーチを雇用しますし、
NBAのレブロン・ジェームズにも、
彼をコーチする「チーム」があります。
これも「トレリス」です。

勉強ならば「周囲の環境が成績を決める」
とますます人々は思うようになってきている。

よく言われることですが、
地方の公立進学校でぶっちぎりの1位をキープした人より、
灘高校(東大進学率日本一の学校)の、
後ろから10番の人のほうが簡単に東大に入ります。

なぜか。

灘校という「トレリス」が優れているからです。
クラスで出回っている問題集が優れているし、
休み時間にかわされる「勉強法」の会話のレベルが高い。
公立高校の1位は孤高の大木のように生きなければなりませんが、
灘校の下位グループは、トレリスにもたれかかるだけで、
東大に入れる。

信仰書で言えば先ほど紹介した
「賢者の生活リズム」「エクササイズ」などは、
「自由意志神話の崩壊」のひとつの現れです。

人々は、「鉄の意志」というような話って、
どうやら半分はウソだったらしいぜ、
という空気を敏感に察知していますから、
20世紀に流行った「信仰の力(その内実は意志のちから)で、
あなたは何でもできるのだぁぁっ!!」というような、
マッチョな信仰書は減ってきているし、
そもそも売れなくなってきている。

、、、というわけで、
過去最長にひとつの質問に答えていまして、
もはや質問者様を置き去りにしていないか、
非常に心配なのですが(笑)、
このへんで結論を急ぎます。

めちゃくちゃ迂回ルートで伏線を回収しますと、
そう、私の「勉強同好会」は、
「お手製のトレリス」だったのです。

私の家は平均的なサラリーマン家庭でしたので、
私立の高校にも行かないし高価な学習塾にも行けない。
でも私は自分の自由意志の力を根本的に疑っていますから、
「構造」が必要だと、当時(無意識に)考えたのです。
それで「勉強同好会」を作った。

こういうことを私はけっこう今までもしてきましたし、
今現在も続けています。

まず、このメルマガがトレリスです。
100人の人が楽しみに(であってほしいなぁ)、
毎週メールを待ってくれている。

だからものぐさな私は、
毎週3万字の文章が書けるのです。

そうでなければ、毎週3万字は、
自信をもって言いますが、絶対に書きません。
1ヶ月に3万字も無理だと思います。

そして続かない。

また私は年間300冊ほどの本を読みますが、
これは私の友人に私以上に読む人がいまして、
その人が私の「トレリス」になってくれているから、
読めるのです。

私が「この本は相当に難解だぞ」という古典に挑戦する。
彼に「あの本ってあれだよね」と水を向ける。
彼の返しは「うん、確かにそうだけど、その著者が、
若い頃に書いたものを読むと、別の意味があるんだよね」
みたいなものだったとする。

そうすると、「俺まだまだ読めてねぇ!!」と思う。
この瞬間は、私の人生で最高の快感のひとつです。
伸びるべき「トレリス」がまだまだ残っているのを、
知ることが出来るからです。

余談ですが、大学院とか博士課程に進むことの、
理由の大きな部分は、授業にあるのでなく、
「トレリスに所属する」ことにあります。
ゼミの先生や学生が、さまざまな背景を持ちながら、
「知の高み」を目指している姿が、
自分を育てるトレリスになるのです。

私はブログを毎日更新していまして、
この1年半ぐらい、そこには「デボーション」という、
毎日聖書を読んで何を学んだかの記録が更新されます。

これは読み物としてはまったく面白くなく(笑)、
ブログのファンだった私の妻ですら、
読むのをやめてしまいました。

正直、いったい誰が読んでいるのか疑問です。
しかし、これはやる意味があるのです。
なぜならこれが、私の霊的生活のトレリスだからです。

ブログにデボーションをアップするようになって、
私のデボーション履行率は、50〜70%だったのが、
90〜100%にまで上がりました。

まさにライザップです。

他にも沢山のトレリスに囲まれて、
私たちは生きています。

教会の小グループはまさにトレリスそのものですし、
会社もトレリスです。
会社という「構造」があるから、
人は毎日安定して仕事が出来ます。

フリーランスになるとそれを痛感します。
トレリスを会社に外注していたのが、
自前で作らなければならなくなるというのは、
非常に大きな変化です。

「フリーランスの人が集まるシェアオフィス」が、
都内に沢山ありますが、あれは考えてみると不思議です。
折角フリーランスになったのになんでまた、
会社みたいな環境に戻るのだろう、と。
スタバでいいじゃないか、と。

ダメなのです。

人は「構造」がないと仕事が出来ない、
ということに、ノマドワーカーはあるとき気付く。
だからシェアオフィスなのです。

考えてみると、私たちの周囲は、
トレリスだらけです。

人間は「木」ではなく「ツタ」に近い。

それが分かってくると、
問題は「意志の弱さ」ではない、
ということに気がついたりします。

イチロー選手のような「鉄の意志」を称揚する文化というのが、
それでも日本社会には根強く残っていますから、
「意志に還元する傾向」はこれからもある程度続くでしょう。
しかし、人間は環境の一部です。

ダマシオが言うように、
「環境に還元するのも不正解」ですが、
「意志に還元するのも不正解」です。

そういう視点で聖書を読みますと、
イエスは「個人の意志」も重視しつつ、
あらゆる側面で「トレリス」を大切にしています。

弟子が12人いたのもそうですし、
2人ずつ派遣したのもそうです。
「教会」がそもそもそうですし、
神ですら「三位一体」なわけです。

「神の前にたったひとり立つ個人」という神話が、
いかに偏ったものの見方かが分かってきます。

、、、そういうあなたにも、
DNAを分けてくれた親がいるでしょう、と。
そのDNAは何億人という人々とつながっています。
私たちは大きな大きな有機体の一部なのです。


、、、クレジャーさんは、
すでに正しい方向に歩み始めているように、
私には見受けられます。

というのは、質問文中にありますように、
クレジャーさんが「友人にコーチングをお願いした」
と書かれていまして、それはトレリスに他ならないからです。

トレリスになってくれるよう頼めたり、
別に頼まなくても自分から勝手に「私淑トレリス」したり、
出来る友人や同僚や上司や家族がいる人というのは、
非常に幸せな人です。

人間が「ツタ」だと考えますと、
幸せな人生を過ごすのに必要なのは、
1億円の貯金ではなくこういった有機的なトレリスです。

トレリスは流動的なものですから、
上手く行かなかったら解消して、
また次のトレリスを見つけたら良いのです。

「ツタ」もめちゃくちゃ時間が経つと、
ぶどうや藤のように根元は「木」に近づきます。
その「木」は今度は誰か他の人のトレリスになります。

そうやって有機的に支え合って、成長し合う、
これはイエスが教会を「創造」したときの意図に近いと、
私は考えています。

それから、一日の終わりに、
好きな本を読んだりテレビをみたりゲームをしたりして、
何ら生産的なことが出来ていない、
とクレジャーさんは書かれていますが、
それはまったく気に病むようなことではないかと、
私には思われます。

人間には「生産性」という言葉など、
足蹴りにしてゴミ箱に放り込み、
徹底的に自堕落に好きなことをする、
という時間が必要です。

「エクササイズ」という信仰書の、
第一章の「霊的訓練」は、「十分な睡眠を取ること」ですし、
「賢者の生活リズム」のトレリスの交点のひとつは、
「遊び」です。

引用します。

→P179 
〈解放の神学の父グスタヴォ・グティエレスは、
健全な霊性は次の三つのことを通して
養うことが出来ると指摘しています。
それは、祈り、正義の活動、そして娯楽
(友情、おいしい食事やワイン、遊びなど)です。
私たちに回復力を与える生活のルールを作るためには、
遊びやレジャーの時間を加えるべきです。〉

、、、シゲマツ牧師はその遊びに
「生産性があってはならない」
「仕事に活かせるメリットがあってはならない」
「競技性があってはならない」
というような制約を設け、
「遊びに生産性という色気を出すな!」
「遊びを汚すな!!」
と警告しています(笑)。

時代は変わったのです。

トレリスや環境の変化の結果、
寝る前の2時間、本当は自堕落に過ごさねばならないのに、
どうしても●●(エクササイズや勉強など)をしちゃう。
それほどにエクササイズや勉強が楽しくなったら、
それは仕方ないので時々なら自堕落をサボって良し、
ぐらいで良いのではないでしょうか笑。

ご参考までに。



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【Q】アドラーってどうなの?

2017.10.19 Thursday

+++vol.010 2017年4月25日配信号+++

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
■2 拡大版Q&Aコーナー

今週は拡大版でお送りします、
「Q&Aコーナー」!

皆さんからお寄せ頂いた質問にお答えするコーナーです。
日頃の悩み、疑問、今更誰かに聞けないギモン、、、、
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※大変お手数ですが一つの1メール1質問を原則とさせてください。
ご協力宜しく御願い致します。

※頂いたメールはすべて目を通しております。
陣内俊への要望やメルマガの感想、激励などももちろん大歓迎です!

::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::


●【Q1】アドラーってどうなの?

ペンネーム:ぼこ(男性)
お住いの地域:東京都

Q.

ゲーム脳について書かれていましたが、
僕は中学生の頃にFF6で全員をレベル99にしました。

しかしそれは、その後の勉強や仕事における
細部へのこだわりとなって現れているのかもしれません。
真理は細部に宿る、真理は阿呆に宿る。

ところで、近年関連書籍が話題となったアドラーの心理学については、
陣内さんはご経験を踏まえてどのようにお考えですか。
アドラーの学説は厳しい言説ともとれ、
一方でコペルニクス的に人の視座の転換を促すものとも思いました。

何かにつけ「信仰に丸投げする」生き方よりも、
「自己が与えられた人生に責任をもって向き合う」生き方に、
個人的にはより誠実さを感じます。



A.

ぼこさん、ご質問ありがとうございます。
ファイナルファンタジー6で全員レベル99とは、
すごいですね(笑)。

私は忍耐力がないのか、そこまでゲームをやりこんだことはなく、
だいたいラスボスを倒すと(ときには倒す前に)飽きてしまい、
「クリア後の世界」とかにはあまり深く立ち入りません笑。

おそらくぼこさんは「何かを徹底的に追求する」という、
職人気質の人なのかも知れません。
ものづくりやプログラミングなどの仕事で、
活躍されるタイプなのかもしれないですね。

「細部へのこだわり」というのは日本人の比較優位が高く、
過去何十年か、日本は世界において、これで外貨を稼いできた、
と言っても過言ではありません。

外国にいくとそれがよく分かります。
いろんなことがおおざっぱですから。
日本人がミリ単位とかナノ単位でこだわるところを、
彼らはメートル単位ぐらいで考えていますから笑。
日本の工業製品が信頼されるゆえんはそこにあります。

、、、さて、アドラーについてのご質問ですが、
これはまた大きなテーマですね。

私は一度も見ていませんが、
ドラマにもなったりしたことで分かるとおり、
世間はちょっとした
「アドラーブーム」と言っても過言でない。

しかし果たして「アドラーの理論」を、
おおづかみでも良いので把握している人が、
世の中にどのぐらいいるのかは甚だ疑問です。

ざっくりとでもアドラーの理論を理解しようとすると、
フロイトに言及するのを避けることはできません。

あまり「風呂敷を広げすぎたくない」のですが、
ここを避けては通れないので説明します。

(質問者のぼこさんはとっくにご存じかもしれませんが、
 他の読者のためにひととおり説明してから、
 私の経験と意見を述べたいと思いますので、
 少々おつきあいください。)

アドラーの学説というのは、
大きく分類しますと「力動精神医学」
という分野に分類されます。

英語では、dynamic psychiatryと言います。
精神現象をダイナミックな(動的な)力のぶつかりあい、
およびその相互の関係の結果として捉える、
という考え方にもとづく精神医学の分野です。

「力動精神医学」の対義語はちなみに、
「記述精神医学」です。
英語では、descriptive psychietryといいます。

その言葉が指し示すとおり、
力動精神医学が「動画を撮ること」だとしたら、
記述精神医学は「静止画を分析すること」に主眼を置きます。

これはどちらが優れているかという話ではなく、
どちらにも有利な点があります。

日本においていわゆる「精神科医」が
ベースにしているのは後者であり、
だから後者から生まれた「DSM分類」などが、
心療内科や精神科では使われているわけです。

、、、で、
力動精神医学と、その実践である「心理療法」の、
「創始者」とはだれでしょう?

プロレスで言うなら力道山、
柔道で言うなら嘉納治五郎、
漫画で言うなら手塚治虫は誰か、
ということですね。

それは、そうです。
「フロイト」です。

現代社会で、心理療法に携わるいかなる人間も、
フロイトに影響を受けていない人はいません。
現代の日本のプロレス界に、
力道山とは無縁だと言える人間はいないのと同じです。

フロイトの何がそんなにすごいかと言いますと、
「人間の深層心理」という、中世においては、
「人の知り得ない神秘的な領域」とされていたものを、
「啓蒙の光」のもとに晒したことにあります。

これはコペルニクスやガリレオやニュートンが、
「星の運動だとか重力、運動の法則」という、
「神のご支配される隠された法則」を、
人類の「知」の中に、
引きずり出したことと同じであり、
「伝染病という神秘の領域」を、
「微生物の発見」によって「脱魔術化」した、
細菌学の祖、パスツールやコッホがしたのと同じ事です。

これを「近代化」といい、
この大本の流れを作ったのは哲学者のデカルトです。

「神の支配したもう神秘の領域」として、
「立ち入り禁止の暗い森」だった場所に、
「啓蒙の光」によって人間が入って行った。

この大きな流れを「近代」と言います。
その「近代」を作ったのがデカルトなわけです。

こうして見てくると、
哲学は実態のない「虚学」だ、
なんていうのは大嘘だということが分かります。
哲学は世の中を変えます。
それもドラスティックに。

それに気付かないのは、
現代人があまりに忙しく近視眼的で、
3ヶ月先ぐらいのことしか考えておらず、
「100年後に世界はどうなるだろう」
という視点も関心も欠いているからです。

、、、話を戻しますと、
ニュートンやガリレオが物理学の世界でしたことと、
フロイトが心理学の世界でしたことというのは、
完全にパラレルになっており、
「近代的心理学」という扉をこじあけたのが、
フロイトなのです。

フロイトが心理学の「開祖」と
言われるゆえんはここにあります。

、、、で、
フロイトには沢山の弟子がいまして、
その中には後に大学者になる人々もいました。

、、、で、最も有名な二人が、
カール・グスタフ・ユングと、
アルフレッド・アドラーなわけです。

いわば力道山に対する、
アントニオ猪木とジャイアント馬場ですね。
どっちが猪木で、どっちが馬場なのかは、
まったく謎ですが(笑)。

で、アドラーにもユングにもフロイトに師事し、
共同研究をした時期があるのですが、
二人ともある時点でフロイトと「袂を分かつ」わけです。

それがどのような経緯を辿ったか、
ということをなぞったときはじめて、
「アドラーの意義」が理解されます。

だから私はこんな回りくどい方法で、
「いちどフロイトを経由してから」
アドラーの説明を試みているわけですね。
「ダウンタウンの意義を説明しようとすると、
 やすしきよし、紳助竜介を経由してからでないと、
 説明不能である」というのと同じ理由です。

さて、この3人の学説の違いを理解するのには、
「無意識」および「心の力の源泉」がキーワードです。

まずフロイトは、人の「心の力の源泉」は、
乳児期から無意識に活発に働く性欲と、
性欲が抑えられて生まれた「ゆがみ」なのだ、
と考えました。

これを「リビドー学説」と言います。
ここから発展したのが皆さんも耳にしたことがあるであろう
「エディプス・コンプレックス」という言葉だったりするわけです。
エディプス・コンプレックスというのはギリシャ神話の、
「オイエディプス神話」に語源があり、
「父殺しの欲求」と言い換え可能です。

現代の主流の心理学というのはこの流れを汲んでおり、
「キリスト教カウンセリング」の主流も、
ここに基礎を起きます。

この論理によると、
あなたの「弱さや傷やコンプレックスやトラウマ」は、
母親や父親との関係性にルーツを発する。
だからその「原因」を取り除けば、
「症状」は治るであろう、という考え方になります。

「ああすればこうなる」式の考え方で、
医学ならば西洋医学に近い。

物事をわりと単純に考える人は、
この考え方が好きです。

だって「簡単」だから。

車のバッテリーが上がったら、
それを取り替えるとまた走り出すかのように、
私の心も「父と母とのトラウマ」を治せば、
ふたたび健康に走り出す。
「ああすればこうなる」。

エンジニアみたいなものだ。
単純でいいじゃないか。

、、、でも、
人の心ってそんなに単純じゃないんじゃないか?

と疑い、自らの理論を発展させる過程で、
フロイトと喧嘩別れしたのが、
ユングとアドラーなわけです。

説明していきます。

ユングはどう考えたか。

ユングの父親は牧師でしたが、
彼は父に反発し東洋思想に傾倒しました。

だからフロイトの「ああすればこうなる」が、
しっくり来なかった。
人のこころってそんな「合理的」なものなのだろうか。
人の心は「機械論的に説明できるのか」。

で、ユングは、「完全性」ではなく、
「全体性」という概念を大切にしました。

そして「個性化」という言葉をつかって、
「人間が全体としてその人自身になっていくプロセス」
こそが大切なのであり、そのプロセスを、
助産師がお産を手伝うように助けるのが、
心理学の役割だと考えるようになります。

そして「心の力の源泉」は、
人類全体に集団的に備わっている「何か」にある、
と言いました。

それはオカルト的な霊の力とか、
そういったものとは違い、
もっと「生活スタイルとか文化とか物語」
に根ざしたものです。

それをユングは「集合的無意識」と呼びました。
フロイトが「西洋的自我」を所与の前提としているのに比べ、
ユングが「西洋近代的自我」という人間観を根底から疑っているのが、
分かっていただけるでしょうか?

ここがポイントです。

現代は「ポストモダン(近代以降)」と呼ばれていまして、
近代を形作った「西洋近代的自我」という神話が崩れている時代です。
「そればっかりだと上手く行かないぞ」と人々が気付いてきた時代、
と言っていい。

ユングは生きている当時は、
世界からは「キワモノ」扱いされていました。
まともに相手をする人はあまりいなかった。
特に西洋社会でその傾向は顕著でした。

しかしこの20年ぐらいで、ユングは、
めちゃくちゃ読み直されています。

それも西洋で。

これはとりもなおさず、
西洋世界全体が、
自らの合理主義を疑いはじめていることの証左です。


、、、では最後に、
アドラーはどう考えたか。

アドラーはなんと、
「人の心の力の源泉」は、
自分のコンプレックスや傷や弱さやトラウマ、
そのものにこそある、と言ったのです。

彼は「フロイトの見方を逆転」したのです。

人間には弱さがある。
フロイトはその弱さや傷を、
幼少期の「(特に異性の)親」との葛藤にあるとし、
その葛藤を解消することで弱さを取り除こうとした。

しかしアドラーは「弱さや傷」こそが、
人間の創造性や生きる力の源泉なのだ、と言ったのです。

こんなふうにアドラーは、
「因果律を逆転させる」天才でした。

「じつは原因と思っていたものが目的(結果)であり、
 目的(結果)と思われていたものが原因である」
というのが彼のロジックの特徴です。

だから彼に言わせれば、
感情というのは結果ではなく逆に目的なのです。

腹が立ったから怒りという感情が生まれるのではなく、
怒るという目的のために人は腹を立てるのだ、という具合に。

アドラーは幼少期に「くる病」を患っており、
その「マイナスなるもの」を補完するために、
社会性が養われた、という経験を持ちます。

身体にコンプレックスを持つ人が、
それをネタに笑いを取って友達を得たりしますが、
そのようなことがアドラーにも起こった。

彼の「コンプレックスとその補償こそが力の源泉」というのは、
そんな彼の生い立ちも関係しているのではないかと思われます。

ちなみにバルセロナにある「サクラダファミリア」を設計した、
ガウディという天才建築家も子どもの頃、
関節リウマチに苦しんでおり、
幼少期に友達と一緒に遊ぶことが出来ませんでした。

それを「補償」するように、
ひとりで木の葉脈や蝶々の翅の模様、
バッタの足の美しさや自然の岩の持つ造形美に魅せられ、
夢中でスケッチを取りました。

天才的建築物を生んだ彼の創造性は、
病気というハンディのおかげで、
自然を観察できたという膨大な時間から生まれています。
この意味においてガウディは、アドラー心理学の実践者です。

アドラーは、
「世界で最も無断で発言を剽窃された人」
と言われていたそうですが、
彼にインスパイアされた学者やビジネスマンは数知れません。

アブラハム・マズロー、
カール・ロジャーズ(二人とも20世紀を代表する心理学者)、
ヴィクトール・フランクル(「夜と霧」の著者)、
スティーブン・コヴィー(「7つの習慣」の著者)。

これらの人はみなアドラーの思想に連なる人です。

アドラーは無断で発言を借用され、
アイディアを利用されましたが、
彼はそれが「人類への恩返し」であるとして、
目くじらをたてるようなことはしませんでした。

「真理の採掘場」から自分は無料で掘り出したのだ。
真理にコピーライトはない。
私の生きる目的は世の中をちょっとでも良くすることなのだから、
私のアイディアはコピーフリーだ。

これがアドラーの基本的考え方であり、
私たちFVIの考え方でもあります。

だからこのメルマガは「無料」なのです。

だいぶ大がかりな話になってしまいました。

最後に私は2年間の療養期間中、
フロイト的なカウンセリング(キリスト教カウンセリング)
ユング的なカウンセリング(仏教的なカウンセリング)
アドラー的なカウンセリング(ナラティヴ・セラピー)
の、三つを受けましたが、
病気の回復において功を奏したのはユングとアドラーの考え方であり、
フロイト的なキリスト教カウンセリングは症状を悪化させました。
やればやるほど追い込まれていった笑。

人によって「合う薬、合わない薬」があるように、
ある人にはフロイト的な考えに基づく、
キリスト教カウンセリングも有効ですが、
それだけが解決ではない、と知っておくのは大切です。

ナラティヴ・セラピーというのはちなみに、
近年注目されているカウンセリング技法で、
これもルーツを辿ればアドラーの考え方に行き着きます。

私の個人的体験から申しますと、
フロイト的なカウンセラーは、
「あなたは今病んでいる。
 それはあなたの過去に何か問題があったからに違いない。
 だからその問題を解決しましょう。」
と言いました。

アドラー的なカウンセラー(ナラティヴ・セラピー)は、
同じトピックについてこう言いました。
「あなたが過去にトラウマを抱えたのはもう分かった。
 では、そのトラウマ(弱さ、傷、障害)があったからこそ、
 あなたに何か良いことが起きたとしたら、
 それは何だっただろうか?」

この質問をきっかけに、
私はめきめき回復していった、
と言っても過言ではない。
私の人生をめぐる「ナラティヴ(物語)」が、
語り直され、「治療すべき恥部」が、
「誇るべき強み」に変わっていったのです。

つまり、私はアドラーに「救われた」のです。

、、、フロイト的なアプローチをしてくれた、
カウンセラーの助言にも非常に助けられましたし、
また「私をぎりぎりまで追い込む」という、
魂にとって大切な役割を果たしてくれたので、
その意味で「役に立った」ということを、
ここに付言しておきます。

(とうに時間切れなので、
 「ユング的アプローチ」については割愛します。
 またいつか別の機会に。)


*アドラー、ユング、フロイトが絡んでいる本というのは、
私は50冊ちかくこれまで読んでいると思うのですが、
以下に特に良かった3つを紹介します。

▼「こころの最終講義」河合隼雄
http://amzn.asia/9t0v8Xj

▼「ユングの生涯」河合隼雄
http://amzn.asia/0G9KwCI

河合隼雄さんは日本にユングを紹介した人として有名で、
彼の書くものは全部めちゃくちゃ面白いです。
ユングの理論を知る上では、
上記2冊がとってもわかりやすいです。


▼「アドラー 人生を生き抜く心理学」岸見一郎
http://amzn.asia/8QFNIQq

岸見一郎さんはアドラー関連の本を沢山出していますが、
この本がいちばんわかりやすく、
私の上記のアドラーに関する文章は、
ほとんどこの本の言い換えです。

上記で質問の答えになっているかと思いますが、
ぼこさんの質問への私の答えは、
「アドラー的なものの見方」は非常に有益だと思いますし、
近代という枠組みが行き詰まる昨今、
ますます注目され必要になってくるものの見方であり、
心や社会へのアプローチなのではないかと思っています。

、、、あともうひとつ。

「何かにつけ「信仰に丸投げする」生き方よりも、
『自己が与えられた人生に責任をもって向き合う』生き方に、
個人的にはより誠実さを感じます。」

ぼこさんはこうおっしゃっていますが、
私もまったく同感です。

責任が分からない人に「恵み」は分かりませんし、
努力を知らない人に「恩寵」は理解できません。

でも人の努力なんていうものは「なく」、
100%、私たちが生きるのはすべて神の恵みです。

この二つは矛盾して聞こえますが、
同じ一人の人間に、同居可能です。

「神の恵み」って、
「私が昼寝をしている間に神が全部してくれるのだ」
みたいに語られることが多いのですが、
それは間違いだと私は思います。

むしろこうです。

私が死ぬような思いをしてエベレストを登る。
8000メートル上る。
頂上ではもう死にかけている。
登山中、
「もはや神をも信じられない寸前」まで追い詰められた。

やめてしまおうかと何度も思った。

しかし上った。

そのとき、山頂で倒れ込んだ私を、
神は地表から太陽ぐらいまでの距離を、
(1億5000万キロメートル)引き上げてくださる。

私が上ったのは8000メートル(8キロメートル)。
神が引き上げたのは1億5000万キロメートル。

だからほぼ100%、神が成し遂げてくださったのだ。
私は何もしていない、と言い切ることが出来る。
同時に、私は死ぬほどの努力をした。

最初から「寝てたら神がやってくれる」というのは、
昼寝中に8000メートル、神が引き上げて、
起きたらエベレスト山頂にいる、
みたいな話です。

その人には1億5000万キロメートルの恵みを
体験できませんし、
その価値も理解出来ないでしょう。

恵みはその定義により無償ですが、
同時に、信じられないほど高価なのです。



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【Q】どうしたら自分の意見を的確に伝えられますか?

2017.10.12 Thursday

+++vol.009 2017年4月18日配信号+++

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●【Q】どうすれば自分の意見を的確に伝えられるか?

ペンネーム:ママはだいすけロス(女性)
お住いの地域:東京都

Q.

いつも楽しく読ませてもらっています。
早速質問です。
私は、意見や感想を求められたときに、
なかなか自分の言葉でまとめることができず、
相手に上手く伝えられません。
後になって、ああ言えばよかったな、と後悔してしまいます。

陣内さんは、いつも分かりやすくかつ的確に
ご自分のお考えを述べていらっしゃいます。
そのようになるにはどうしたらよいでしょうか。



A.

ママはだいすけロスさん、ご質問ありがとうございます。

まずひとつ言えるのは、
ママはだいすけロスさんの上記の質問の文章は、
非常に的確かつ簡潔に言いたいことが表現できています。

同じ質問をするのに、
非常に難解な文章でご質問される方もいますし、
結局何が聞きたいのかわからず、
こちらが「解読」しなければならない、
入り組んだ文章を送られる方もいます。

そう考えますと、
ママはだいすけロスさんは、
少なくとも「書く」という点については、
わかりやすく的確にご自身の考えを表現することが、
おできになっている、と拝察いたします。

物事を説明するのに、
「簡単なこと、難しいこと」
という対象があり、
その方法として、
「簡単な表現、難しい表現」があるとします。

これでマトリックス(表)をつくると、
1 簡単なことを簡単に説明する
2 簡単なことを難しく説明する
3 難しいことを難しく説明する
4 難しいことを簡単に説明する

この4種類に分かれます。

このなかで最も明晰な頭脳の持ち主は、
4の「難しいことを簡単に説明する」人です。

では、最も残念な頭脳の持ち主は誰でしょう?

答えはなんと、
1ではなく、2なのです。
「簡単なことを難しく説明する」というのが、
もっとも残念な頭脳の持ち主です。
もうすこしストレートな表現をしますと、
もっとも頭の悪い人、ということになる笑。

なぜか。

それは、脳の働きというのはそもそも、
「情報のエントロピー(複雑度)を減らす」ためにあるからです。
「その人の脳」を経由した結果、
情報の複雑度が増していた場合、
頭脳の働きを「逆に使用した」ということになるので、
車でいえばバックギアに入っている。

この人の頭脳は残念な頭脳です。

「複雑度を減らす」というのは、
「要するに○○でしょ!」という
乱暴な単純化とは違います。
これは「知性の放棄」であって、
頭がいいのとはちょっと違う。

「複雑度を減らす」というのは、
本当は難しい、例えば素粒子論であったり、
例えば中東の国際情勢の話などを、
卑近な例などを駆使して、
「やさしい話」として伝えることが出来ることです。

「東大生が選ぶ、
『この人は頭がいいと思う有名人ランキング』」
というのがありまして、
このランキングの第一位は池上彰氏です。

さすが東大生は物事の本質をよくわかっていて、
「難しい話をする人ではなく、
 やさしく話せる人が頭がいい」
という基本を踏まえています。

本人も書籍などで「種明かし」をしてらっしゃいますが、
池上彰さんにあんな芸当が出来るのには理由があります。

彼はNHK時代に、長いこと「週刊こどもニュース」
という人気番組を担当していました。

この番組の「デスク」は本物の子どもだったそうで、
池上さんが原稿を作っても、
難解な言葉は理解してもらえませんし、
「バズワード(わかったようなわからないような言葉)」に逃げる、
ということもできない。
子どもは知ったかぶりをすることもありませんから、
「日銀の利子率が、、、」と言っても、
「それって何?」と残酷なまでに返されます。

その経験を経て、
池上さんは「難しい話をひらたく翻訳する技術」を学び、
現在に至るわけです。

話がそれますが、
池上さんと同様の訓練を出来る場所というのは、
私たちの生活圏内だと、「子どもに何かを教える機会」です。
じつは「教会の子どもクラスで教える」ことは、
「大人に教える」以上に勉強になる、
というのはよく言われます。

大人に教える時は「なんかそれっぽい専門用語」に逃げられますが、
子どもに教える時は「自分が本当に腹から理解したこと」
以外は伝わりません。

「わかりやすく人に何かを説明する」という技術を研鑽する上で、
教会学校の教師以上に理想的な環境はないのではないか、
と私は思っています。

私は18歳から30歳まで、
12年間教会の小学生に教えましたが、
その経験は今に生きていると強く感じます。

さて、話を戻しますと、
「簡単な話を難しく説明する」
という頭の悪い人というのは、
世間の至る所に存在します。

驚くべき事に、大学教授だとか、
政治家だとか、高学歴者だとか、
あるときは文筆家にもこういう人がいる。

逆に職人さんだとか、
スポーツ選手だとか、
肉体を使うことを仕事にする人に、
「難しい話をやさしく話す」、
恐ろしく頭のいい人がいる。

いわゆる「インテリ」かどうかと、
「明晰に話をする」事は、
実はあまり関係がない。

学校での偏差値は、
話のわかりやすさと関係ありません。

しかし、
「明晰な文章(論理)に、
 普段接しているかどうか」
は、明晰に伝えることと、
大いに関係あります。

今私がKindleで読んでいる本に、
佐藤優氏の「知の操縦法」という本があります。

▼「知の操縦法」佐藤優
http://amzn.asia/3H6G6jq

その中で佐藤さんが強調しているのが、
「書く力、話す力、聞く力」が、
「読む力」を上回ることはない、
ということです。

佐藤優さんのこの論の「元ネタ」は、
澤田昭夫さんの「論文の書き方」という、
「論理的思考法」の古典的名著です。

▼「論文の書き方」澤田昭夫
http://amzn.asia/2mgEAML

この中で澤田さんは、
「話す、聞く、読む、書く」というのは、
「言語を運用する」という意味でひとつの活動である、
と指摘しています。

「論文の書き方」から二カ所引用します。

→P18
、、、「書く」、「読む」、「話す」、「聞く」は
根本的には同じ一つの「ことば活動」の
四つの働きだという考えだからです。

書く人、話す人、読む人、聞く人、この四人は、
たとえていえば、山の両側から二人で一組になり
一点に向かってトンネルを掘っているようなもので、
その作業原則は同じだからこそトンネルは
一点で出会って貫通するわけです。
そうでなかったらトンネルは出会わない。
つまり、言葉は意思疎通の手段にならないわけです。


→P205 
よい「話し手」は、「聞き上手」の人でもあります。
ふつうの会話でも「何を話して良いか分からない」という人は、
相手の話をよく聞く努力をすれば、
自然に自分でも話をすることが出来るようになるはずです。
聞き方については説明する場所が少なくなりましたが、
それはかまいません。
「読み方」の章で申し上げたことが、
だいたい「聞き方」に通じるからです。


澤田さんも佐藤さんも、
「話す」「書く」ということの基本にあるものは、
「読む能力」と「聞く能力」だと言っている。

つまり「話したり書いたり」を鍛えるためには、
「読んだり聞いたり」という能力を鍛えるのが、
一見遠回りに見える近道であるということです。

私の経験もこれを裏付けていて、
「話がわかりやすい人」というのは聞き上手であり、
「文章が巧い人」というのは良い読み手です。

例外は全くない、と言っても良い。

そして佐藤さんが言うように、
聞くことの基本は読むことであり、
その逆ではない。

佐藤さんが「知の操縦法」で警鐘を鳴らしているのは、
近年特に顕著になってきている「読む力の低下」です。

現代の社会人が、高学歴であるにもかかわらず、
高校生の知識があれば読解可能な書籍について、
「佐藤さん、あの本を読んだんだけどいまいちわからない」
と言ってくる。

つまり「読めて」いない。

その人たちには共通項があり、
普段、メールのやりとりや情報の取得などのほとんどを、
PCではなくスマホでやる人々と重なっている、というのです。

佐藤さん曰く、
スマホでのやりとりというのは、
LINEなどに代表されるように、
「センテンス」を読む必要もなければ
「センテンス」を作る必要もない。

スタンプと単語で、すべてのコミュニケーションが完結する。
またスマホのコンテンツは「長い文章を読ませる」ことを、
前提においておらず、「フレーズ」で情動を動かし、
そして衝動的にクリックさせることに特化している。

そのような「情報環境」に自らを浸していると、
「論理の力」は劣化し、高校生レベルの本が、
「読めなく」なる。

、、、ということは、
その人たちが話す話は要領を得ず、
その人たちの書く文章は理解不能だ、
ということになる。

この傾向は非常に危険で、
まず、「読む力」を鍛えよう、
そう佐藤さんは言っているわけです。

さきほども申しましたように、
今説明したようなことを踏まえて、
ママはだいすけロスさんは、
「質問がわかりやすい」という一点をとっても、
「読めているし、聞けているし、話せている」
と推察することが可能なのです。

文字数がふくれあがってきましたが(笑)、
「話す」というテーマであと3倍は書けるぐらい、
このテーマは膨大です。

なので小難しいことはおいといて、
明日から「わかりやすく話す」ための、
「チート業」を最後に紹介します笑。

ママはだいすけロスさんが、
「この問題ってどうなの?」
「これについてどう思う?」
「これについて教えて」
と誰かに言われた時に、
第一声で返す「魔法の言葉」を、
「伝授」します笑。

これは結構効果てきめんです。

池上彰もこの手法を使っていると、
自身の書籍で明かしていますし、
私よりも頭が切れる私の友人も、
まったく同じことを言っていましたので、
自信をもってお勧めできる「鉄板の」方法論です。

ひとつめは、
何かを聞かれた時、
「3ポイントあります。」
とまず言う。

それから考え始める。
そして無理矢理「着地」する。

そうすると、簡単に「明晰っぽく」なります。

例えば、「パンツで大切なことは?」
と私が今とっさに聞かれたとしましょう。

頭の中は真っ白ですが、
まず「パンツで大切なことは三つあります。」
と言っちゃう。

そして走り始める。

まずひとつは、
「ブリーフにするのかトランクスにするのか」
これは大きな選択です。

ふたつめは、「どんな素材を選ぶか」
これによって肌心地が違ってきますし、
長期旅行のときには乾きやすい素材を選んだ方が良いでしょう。

三つ目は「ジンクス」ですね。
千原ジュニアは真っ赤なパンツを何十枚も持っている、
と聞きますが、気合いの入ったパンツを履くことで、
精神的に「しまる」という側面があります。

、、、みたいな感じです(笑)。

初心者向けには「ポイントは2つあります」
という変形もありますから、
こちらから練習しても良いでしょう。

次のチート業はこれです。

何かを質問されたとする。
そうすると反射的に、こう返します。

「その質問に対する答えは、
 イエスでもありノーでもあります」
とまず言う。

言っちゃう笑。

それから考える笑。

たとえば、
「円高って日本にとって良いんですか?」
と聞かれる。

「その質問に対する答えは、
 イエスでもありノーでもあります。」
と答える。

それから考える笑。

まず、円高になって良いことというのは、
輸入品が安くなることですね。
石油なども安くなりますから、
大概の「消費財」は安くなる。
アメリカで5ドルのものが、
例えば600円から500円になるということですから、
海外旅行する人にとっては円高はグッドニュースです。

一方で、円高になると、
日本の基幹産業の輸出工業品が、
売れなくなりますから困ります。
同じアメリカのカローラが、
1万ドルから1万2000ドルに上がってしまう。
そうするとアメリカ人は、フォードだとか、
ヒュンダイとかを買い始める。
そうなると日本の産業は打撃を受けますから、
雇用が減ったり、不景気になったり、
いろんな都合が悪いことがあるのです。

、、、とこんな具合に。

「3ポイント法」も、「YesでありNo法」も、
共通項は、質問に対する答えを求められた時、
つまり「お題」をもらったときに、
最初に「容れ物」を用意しちゃうことに、
その秘密があります。

料理する前に弁当箱を用意する、
みたいな話で、これをしておくと、
少なくとも説明している間に、
「自分の話の中で迷子になって」しまったり、
「支離滅裂な話」をせずにすみます。

ちなみにこの、
「3ポイント法」も、「YesでありNo法」も、
とっさの質問や会話の流れだけでなく、
結婚式のスピーチや、会社のプレゼンなどにも、
応用可能です。
(なんか今日は結婚式のスピーチ多いですね笑)

特に結婚式のスピーチというのは、
目の前に食べ物があったりすることもあるので、
「短く簡潔が正義!」です。

ですから最初に「3ポイント」あるいは「2ポイント」と、
終わりを見せてあげることができるこの手法は、
まさに聞く側にとっては「福音」なわけです。

だって、「いつ終わるかが読める」んだから。

「終わりの見えない長たらしい話」を、
強制的に聞かされることほど辛いことはない、
というのはメルマガ読者の皆様も小中学校の、
終業式や始業式などで経験済みかと思います。

「終わりの見えない長たらしい話をすること」は、
キリスト教の「7つの大罪」にも数えられています(ウソです)。

、、、今のは冗談としても、
「3ポイント法」や「YesでありNo法」は、
何かをアウトプットする時のひとつの、
「思考のメソッド」として有用です。

、、、ご参考までに。




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【Q】おすすめレシピは?

2017.10.05 Thursday

+++vol.008 2017年4月11日配信号+++

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■3 Q&Aコーナー

皆さんからお寄せ頂いた質問にお答えするコーナーです。
日頃の悩み、疑問、今更誰かに聞けないギモン、、、、
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●【Q】お勧めのレシピは?

ペンネーム:ぷにすけ(男性)
お住いの地域:北海道


Q.

いつもありがとうございます。
毎週とても楽しみに読んでいます。
俊くんに紹介していただいたおかげもあって、
読書のペースが私なりに上がってきました。

以前のメルマガで、Evernoteの分類を紹介していたとき、
「5位:レシピ(212個)」と書かれていたのが気になっています。
また、以前にブログで「そうめんチャンプルー」を
紹介されていたこともあったと記憶しています。

最近のおすすめレシピはありますか?



A.

ぷにすけさん、ご質問ありがとうございます。
私は23歳、大学5年目のときに料理に「目覚め」ました。
以来、料理教室にも通ったりして、
料理は趣味と言えます。

ハッキリ申しまして、
私の作る料理は「美味い」です笑。
外食するより自炊のほうが美味しいことの方が多い。

あと、料理をしているときと、
トイレを磨いているときと、
靴を磨いているときが、
いちばん心穏やかな気持ちになります。

料理のプロセスのなかでは、
セロリやゴーヤなどの「絶妙な堅さの野菜」を、
ざくざくと切っているときと、
全部の肉と野菜と調味料を準備したあとに、
最強火力にして中華鍋をあおりながら、
おたまで「ジャー」ってやるときが至福です。
最後はもちろん水溶き片栗粉で。

私最初の「師匠」は、大学の研究室の「Hさん」という、
学部在学12年目(!)という30代の「おじさん」だったのですが、
その次の「師匠」は、グッチ裕三でした。

一時期はグッチ裕三のレシピ本ばかりから、
料理を作っていました。

グッチ裕三のレシピの何がいいかというと、
なんていうんだろう、気取っていないところですね。

地方都市にある、超庶民的な、
品揃えも良いとは言えないスーパーですら、
材料のすべてがそろう。

油、塩、砂糖、醤油、めんつゆ、
ケチャップ、ソース、料理酒、みりん、
だしの素、鶏ガラスープの素、コンソメキューブ、
これぐらいそろってれば、
グッチ裕三の料理の90%は作れます。

肉類も手軽です。
挽肉、鶏もも肉、鶏胸肉、
豚バラ肉、豚ロース、牛肉、
手羽先、手羽元ぐらい。

野菜も、キャベツ、はくさい、
にんじん、ニンニク、生姜、
ネギ、きのこ類なんでも、
タマネギ、ジャガイモ、、、、
それぐらいです。

これらの材料で、
あとは普通のフライパンと、
普通の鍋がひとつずつあれば、
グッチ裕三のレシピの8割は再現可能です。

すごくないですか?

速水もこみちの「Moco'sキッチン」なんて、
ブラックジョークか何かに思えてきます。

「ここでレモングラスを、、、」
とか、
「ブーケガルニを、仔牛の頬肉の、
 切れ目に入れてたこ糸で縛り、
 オーブンの弱火で長時間焼いたものに、
 バーナーで焦げ目をつけます。
 それから、、、っと。
 (普通にご家庭にあると思いますが)
 おろしたホースラディッシュを載せ、
 クレソンを添えて、、」
とか、もう、
「死んでくれ」と思います笑。

そんなの南青山とかに在住の、
「成城石井は安いわよね〜」
って言ってるマダム以外、
作れないんですから。

こっちは成城石井クラスですら、
おしっこちびりそうなんですから!

あと、人間は、
あんな高い位置からオリーブオイル垂らしませんから!

残念!!

切腹!

(ギター侍、なつかしいね)

、、、という、
「簡単なレシピ至上主義」の私は、
ぷにすけさんのご指摘のとおり、
レシピはEvernoteで管理しており、
その数は200を超えます。

数年前までは、
広告の裏とかにメモしたり、
レシピ本を切り抜いたりしたものを、
A4のクリアファイルフォルダーに、
ファイリングしていたのですが、
なつかしいその「マイレシピ」は、
先日、引っ越しのときに捨てました。

ほとんど見てないことに気付いたから。
Evernoteですべて見ていることに気付いたから。

、、、で、Evernote内のレシピですが、
案外「クックパッド」の切り貼りだったりします笑。

なので、ここで紹介するまでもない笑。

クックパッドのリンクURLを貼り付けて、
「紹介しました」じゃあ、あまりにも味気ないので。

私のEvernoteのノートには、
クックパッドの切り貼りと、
自分なりのアレンジメモが書いていまして、
それが、「自分なりのレシピ」たらしめているわけです。

その辺を考慮しつつ、
「文字で説明するだけで再現可能」という制約を設け、
さらに、140文字以内(努力目標)で説明可能な、
レシピを紹介する、ということに挑戦してみたいと思います。
いつかコーナー化することも視野に入れて。

今日は、
1.鍋
2.パーティ料理
の2つのジャンルで紹介します。

一気に放出すると、
後々コーナー化したときに、
ネタ切れになってしまいかねないので、
レシピは小出しにさせていただきます。


●キャベツの千切り鍋

▼140文字レシピ:
キャベツの千切り、にんじんの千切り、
鷹の爪ひとつまみを鍋に入れ、その上に豚バラ肉を敷き詰める。
白だし大さじ3〜4を入れた水を、
上から見えないぐらいのひたひたに入れて蓋をし火を入れる。
ポン酢に白ごまをすり下ろしたつゆでいただく。
(113文字)


補足:

この鍋はマジで美味いです。
一昨年ごろから我が家で流行しており、
一冬に10回ぐらいしています。

豚肉の鍋は、心情的には白菜を行きたくなるのですが、
騙されたと思ってここはキャベツを行ってください。
「千切り」というのがポイントです。

料理というのは、
野菜類のうまみ成分である「グルタミン酸」と、
肉類のうまみ成分である「イノシン酸」があわさったとき、
「掛け算的に美味くなる」という方程式があります。

ロールキャベツやカレーが異常に美味いのはそのためです。

この鍋も、「グルタミン酸×イノシン酸」の、
お手本のような料理で、「かけた手間と料理の美味さ」が、
まったく釣り合っていません。

美味さ÷労力=料理効率指数

という数式で表すのなら、
「料理効率指数」において、
この鍋にまさるものはないでしょう。

あと、この鍋は、
残しておいて次の日に味噌を溶かすと、
そのまま豚汁になるのですが、
その豚汁もエグいぐらい美味いです。
ちょっとごま油を垂らしたり、
油揚げを入れても良いでしょう。



●グァカモレ&チップス

▼140文字レシピ:
アボカド、トマトを1センチ各のサイコロ状に切る。
タマネギとパクチーをみじん切りにする。
ニンニクを一欠片すり下ろす。
上記の材料、およびレモン汁小さじ2、
塩こしょう適量をボウルに入れ、
アボカドをすりつぶすように混ぜる。
塩味のトルティーヤチップスにそれをディップして食べる。
(134文字)


補足:

欧米のパーティでけっこうな率で出るのが、
「グァカモレ&チップス」で、
アペタイザーとして使われます。

自家製の「フレッシュグァカモレ」は特に喜ばれますが、
日本で私は、アメリカのダイナーのチェーン店以外で、
フレッシュグァカモレを食べたことがなかった。

しかし去年、「これって、作れるんじゃね?」
と思い、作ってみたら、超絶美味しかった。

このレシピは残念ながら、
1.パクチー
2.塩味のプレーントルティーヤ
という、普通のスーパーでは手に入らない材料が、
二つも入ってしまっています。

申し訳ない笑。

しかし昨今のパクチーブームで、
地方都市でも大きめのスーパーなら
野菜売り場にパクチーは並ぶようになってきた。

また、プレーントルティーヤチップスは、
「KALDI」などの輸入食品店に行けば手に入ります。

人を家に招いた時に、
料理を作る間の「アペタイザー」として、
つまんでもらえば好評間違いないでしょう。

唯一の欠点は、美味すぎるので食べ過ぎ、
メインの料理の前に
お腹を満たしすぎてしまうことでしょうか。




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【Q】情報の正しい見極め方

2017.09.28 Thursday

+++vol.007 2017年4月4日配信号+++

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
■3 Q&Aコーナー

皆さんからお寄せ頂いた質問にお答えするコーナーです。
日頃の悩み、疑問、今更誰かに聞けないギモン、、、、
質問の種類は問いません。お気兼ねなくご質問をお寄せください。
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●【Q1】正しい情報の見極め方

ペンネーム:うろこ雲(女性)
お住いの地域:兵庫県


Q.

陣内さんは正しい情報をどのように
見極めながら得るようにしていますか?
インターネットの普及によって
国内外のいろんな情報が流れるように出回っている中で、
どんな情報をどのように得ていけばいいのかよく迷います。
ニュースでもコラムでも、
きちんと調べがついた情報からそうでないものまで、
誰でも投稿できるようになっていると思います。
調べようと思えばいくらでも調べられる分、
何を信頼したらいいのか、余計な情報に流されていないか、
知っている気になってしまっていたり、など難しいです。
だからと知らないわけにもいかないし、どうしたらいいでしょう。



A.

うろこ雲さん、ご質問をありがとうございます。
このテーマについては、メルマガが何本も書けるぐらい、
深い問題でありテーマですので、
ここで網羅的に説明することは最初から諦めます(笑)。

インターネットの台頭によって、
うろこ雲さんもご指摘しておられるとおり、
「情報発信のハードル」が下がり、
「情報を受信する側のアクセス方法」が、
激変したところに、この問題は起因します。

この問題はインターネットが「マス層(大衆)」にまで普及した、
2000年をすぎたころからくすぶっていたのですが、
それが「顕在化」したのは2011年の震災、
もっと踏み込めば、福島での原発事故後でした。

原発事故からはや6年が経ちますが、
この「メディアリテラシー問題」は、
収束するどころかさらなる混乱の様相を呈しています。

2016年、オックスフォード英語辞典が、
「今年の言葉」に、
「Post Truth(ポスト真実)」を選びました。

「ポスト真実」とはどういうことかと言いますと、
人々がもはや「真実」に興味を持たなくなった、
という世相を表現した言葉です。

つまり、「実証性や客観性」ということには人はもう関心がない。
「今、ここ、自分」の感情と主観がすべてだ、
人々は自分が欲望することを信じるのであって、
実証された事実かどうかには興味がない、
という一連の「世界観」を指しているのです。

この傾向は「反知性主義」とも呼ばれ、
このままこういった傾向が進んでいくなら、
社会は著しく脆弱になるでしょう。

オックスフォード英語辞典の選考は間違いなく、
ドナルド・トランプ大統領を意識しています。

小泉政権の時代に「劇場型の政治」と言われましたが、
現代は「炎上型の政治」と言われます。

それが真実だろうがそうでなかろうが、
裏付けのあるファクトだろうがそうでなかろうが、
あるインフルエンサー(SNS上で影響力のあるカリスマ)が、
「この問題は簡単、○○だ。」
「これに関しては国家の陰謀が働いている!」
「いまの政府が言っていることは全部うそ!これが真実だ!」
「大手新聞社やテレビ局の言っていることはデマで、
 これが真実だ!
 われわれネット民を、
 もはや巨大資本と官僚はだませない!」
といった言説が幅を利かせます。

それを読む人も、
そのツィートなりSNSの投稿が「ファクトかどうか」を、
確認する習慣を持たず、そのような習慣を持たない人ほど、
その不確かな情報を「リツイート」などの形で拡散しがちですから、
「デマゴーグによる炎上」は山火事のように拡がり、
社会全体を動かしてしまいます。

社会を動かす力という意味において、
「事実」よりも「デマ」のほうが強い、
という倒錯した状況にあるのが現代世界の悪夢で、
ドナルド・トランプ大統領誕生というのは、
その「具現化」のようなところがある。

「人は事実を信じるのではない。
 自分が信じたいことを信じるのだ。」

というのは真理であり、
いつの時代も同じです。

しかし、重要なのはそのあとです。
「だからこそ、『信じたいこと』と、『真実』を腑分けし、
 自分の主観を検証する、という視座を持とう。
 自分自身を疑おう。」
というのが本来だったわけですが、
インターネットの台頭とSNSの普及は、
それを逆転してしまった。

「人は自らの信じたいことを信じる。
 、、、ということは、人が信じたいと思うような、
 直観と情念に訴えかける、
 『欲望』に忠実な情報には拡散力がある。
 つまり、『排外主義やナショナリズム』は『売れる。』
 それが真実かどうかは、もはや問題ではない。
 『売れる』ことは正義だ。
 、、、ならばそれを利用しようじゃないか。
 それの何が悪い。」
という開き直りみたいなものが、
ある一定の影響力を持つようになってしまった。

このような社会において、
「情報の海で溺死する」ことなしに、
本当に大切な情報を腑分けし、
(少し大げさに言うならば)自分の世界観を構築していく、
というのは至難の業なのです。

種明かしをしますと、このメルマガは、
そのような読者の皆様の「世界観の構築」の、
微力ながらお助けになれば、という願いをこめて、
毎週私は執筆していたりもします。

文字数も尽きてきましたので、
この問題について考えるとき、
大切な視点のひとつを挙げますとそれは、
「編集の有無」です。

その情報が「編集を経た」ものであれば、
そこまで極端な情報やデマというのは、
除去されている可能性が高いし、
少なくとも「事実関係を誤認している」ということは、
確率的に低い。

なぜならば、後で編集者にクレームが来るかもしれない、
というリスクを彼らは負いますから。

それでもデマや事実に反することが含まれるのは、
もはや仕方ない。

しかし、「確率論的に低い」というのは間違いない。
だから「編集を経た情報」にまずは接することを私はお勧めします。

具体的に言いますと、
新聞、書籍、テレビ、ラジオです。

「なんだ、旧態依然のメディアじゃないか」
と思われるかも知れませんが、そうなのです。

このなかで特に重要なのは、「新聞と書籍」です。

なぜか。

この二つは「読者が書き手に直接お金を払う」からです。
この「お金」は「編集者の給料」でもあります。
つまり「お金を払って情報を得る」ということの中には、
「情報の確度(確からしさ)に払っているお金」が含まれているのです。

「情報は無料だ」ともし、
うろこ雲さんが思っておられるならば、
その考えは改めた方が良い。

情報は無料ではありません。
少なくとも、「ポスト真実」の時代に、
「漂流」するのではなく「目的地まで泳ごう」とするのなら、
情報に対してお金を払う、という覚悟が必要です。

書籍と新聞が重要です。

もっと言えば、
「複数の新聞」と、
「複数の書籍」です。

ひとつのトピックについて、
「左派の新聞」と「右派の新聞」がそれぞれ何を言っているかを知る。
書籍ならば、ひとつのトピックについて、
両極端の意見と、真ん中の意見、
それぞれ1冊ずつ読む。
合計三冊読むと、その話題について、
「これぐらいの解釈の幅があるんだな」という、
座標が自分の中に引かれるわけです。

そこではじめて、
自分はそれでは、どう考えるか、
というスタート地点に立てるわけです。

最後に、この問題について、
教科書的に利用可能な本を紹介します。

▼「10代からの情報キャッチボール入門」下村健一
http://amzn.asia/gq4jYPP

著者は現代の学校教育の「盲点」になっている
(もしくは対応が追いついていない)、
「情報リテラシー」を、学校教育の必須科目にすべきだ、
と言い続け、自身もさまざまな学校で
情報について教えてきた「情報のプロ」です。

この本の最初に引用されていますが、
アメリカの小説家、マーク・トウェインは、
「真実が靴を履いている間に、嘘は世界を半周する。」
と言いました。

では、嘘に翻弄されないためにはどうすれば良いか。
また、自分が無自覚に嘘の吹聴者とならないために、
どうすれば良いか。

著者は情報を「受信」する場合の「疑う力」として、
「情報受信の4つのギモン(疑問)」を、
情報を「発信」する場合の「疑う力」として、
「情報発信の4つのジモン(自問)」を、
それぞれに交通ルールと咀嚼を応用して説明します。

これらを意識することで、
「情報の食中毒事件」や、
「情報の交通事故」が避けられる、
と著者は提唱しています。


→「情報受信の4つのギモン」(P93)

▼ギモン1 
まだわからないよね? 
結論を即断するな=「飛び出すな」

▼ギモン2 
事実かな?意見・印象かな? 
ごっちゃにして鵜呑みにするな=「よくかんで食べましょう」

▼ギモン3 
他の見え方もないかな? 
ひとつの見方に偏るな=「好き嫌いするな」

▼ギモン4 
隠れているものはないかな? 
スポットライトの周囲を見よ=「左右確認」


→「情報発信の4つのジモン(自問)」(P99)

▼ジモン1 何を伝えたいの? 明確さ 

▼ジモン2 キメつけてないかな? 正確さ

▼ジモン3 キズつけてないかな? 優しさ

▼ジモン4 これで伝わるかな? 易しさ


シンプルですが実用的で実際的な助言です。
うろこ雲さんに限らず、すべての「親(未来の親)」は、
子どもに「情報リテラシー」を教える日が来る、
(教えないという「最低の教え方」も含め)
と考えますと、この本は「すべての親の必読書」
といえるかもしれません。




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【Q】時間の使い方 【Q】結婚ってする価値あるの?

2017.09.21 Thursday


+++vol.006 2017年3月28日配信号+++

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
■2 拡大版 Q&Aコーナー

今週は拡大版でQ&Aコーナーをお送りします!

このコーナーは、皆さんからお寄せ頂いた
質問・疑問にお答えするコーナーです。
日頃の悩み、疑問、今更誰かに聞けないギモン、、、、
質問の種類は問いません。お気兼ねなくご質問をお寄せください。
ご利用は下記に基づいてご利用いただけると幸いです。

【Q&Aについて】
▼全てのご質問にお答えすることはできません。予めご了承ください
▼いただいたご質問は、ブログ・FVIメディアルームに掲載される可能性があります
▼本名での投稿の場合は「ペンネーム:無し」となります
▼必ず下記フォームからご質問を送信ください

::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::


●【Q3】時間の使い方

ペンネーム:ぐりぐり(女性)
お住いの地域:東京都

Q.

メルマガ楽しみに読んでおります。
対話しているようで面白いですね。

さっそくですが質問です。
自分は仕事をしており子どももいます。
いつも時間に追われ、やるべきことが山積みで終わった!
という体験が全くありません。
それほど神経質な性格でもないのですが、
時間の使い方や要領が悪いのだとおもいます。

陣内さんの、時間の使い方、
(1日、1週間、1ヶ月単位などで前もって
やることを計画しておくのか?など)などをおしえてください。
たくさん本を読んでおられ、地方でも奉仕をされ、
ご家族もいて、料理もして、どのような優先順位と、
時間の割り振りで生活しておられますか?
ぜひおしえてください。


A.

ぐりぐりさん、ご質問ありがとうございます。
私は「時間管理」については、
20代前半から30代中盤にかけて、
「マニア」と言って良いほどハマっていましたので、
「時間管理」という一つのテーマだけで、
この18年ほどの間に、
本を100冊から200冊ぐらい読んでいるはずです。

それだけでなく、
二十歳から数えたら、「自作手帳」も含め、
30〜40種類ほどのシステム手帳を試しました。

いわば「時間活用術」のマニアみたいなところがあります。
そして私の経験則から言いますと、
「時間活用術のマニア」には、
時間の使い方が上手な人はほとんどいません(笑)。

なぜか。

時間管理の本を読んだり、システム手帳を年に何度も変えたり、
いろんな時間活用術を試す人というのは、
「うまく行ってないから」そうするのです。

20年間「目下ダイエット中」と言い続けている人に、
ダイエット成功者がおらず、
20年間「禁煙中」と言い続けている人に、
禁煙成功者がいないのと同じです。

うまく行っている人というのは、
さまざまな手法を試したり、
書籍を読んだりする必要を感じません。

時間活用の真の達人というのは、
上記のスザンナ・ウェスレーのような人を言うのであり、
スザンナ・ウェスレーはおそらく、
時間活用術の書籍も読まなければ、
システム手帳も持っていないはずです。

時間の使い方が下手だと自認するそんな私でも、
これだけの期間、ひとつのテーマについて、
勉強とトライ&エラー&エラー(笑)を繰り返せば、
何かしら「時間に関する哲学」のようなものが、
形成されてくるから不思議です(笑)。

メイプル超合金の安藤なつの語るダイエット哲学みたいなもので、
そんなものには何の説得力もない、と感じる方は、
ここまでで読むのをやめていただいても結構ですが、
「もしかしたら何か発見があるかもしれない」
と思われる奇特な方は、続けてお読みください。

、、、という前置きの後に、ここからは、
私の中の「時間に関する哲学」、
あるいは、「時間との付き合い方」についての話です。

これまでさまざまな時間活用法の書籍を読んできた、
と先ほど申しましたが、
100冊ほど読んだあたりで気づくのは、
だいたい、同じ事が書いてあるということです(遅!)。

、、、
「、、、ははーん、
 だいたい同じだなぁこれは。」

なので、100冊読む、ということ自体、
時間を有効利用出来てないわけです(爆死)。

100冊の時間活用法の書籍の内容は、
だいたい見開き4ページぐらいの文字数に、
要約可能だったりします笑。

それが分かってからは、
あまりその手の本を読まなくなりましたが、
それでも今も年に1冊か2冊ぐらいは読んでしまう、
というのはもうそれが習慣化しているからでしょう笑。

腐れ縁なのです笑。

しかし、4ページに要約できる時間活用法の書籍ですが、
例外的にすごい「啓示に満ちたもの」もありますので、
それを今からご紹介します。

というのも、いまでも脳内に焼き付いている、
時間管理に関する「名言」がありまして、
それは「7つの習慣」という、
スティーブン・コヴィー氏の本の中の一節でした。

「私たちは誰も、時間を管理できない。
 管理できるのは自分自身だ。」

まさに「至言」です。

▼「7つの習慣」スティーブン・コヴィー
http://amzn.asia/6o8gxJ2


「7つの習慣」には他にも、
やるべき事を4つに分ける、
という有名な原則を紹介しています。

1.重要かつ緊急なこと

2.重要かつ緊急でないこと

3.重要でないが緊急なこと

4.重要でも緊急でもないこと

時間との付き合い方が上手な人、
つまり「自分を上手に管理出来ている人」というのは、
このカテゴリの「2」に資源と時間を集中投資する、
というのがコヴィー氏の論理です。

多くの人は「1」と「3」に、
ほとんどの時間を持って行かれ、
「2」に投資する時間は残っていない。

ちなみに「4」にたくさん時間を使う人の別名は「バカ」です。
言うまでもないですが。

社会は広いので、
時々職場でこういう人がいるから
びっくりするのですが笑。

話を戻しますと、
だから意図的に「2」の時間を
最初にスケジュール帳に書いてしまおう、
というのがコヴィーさんの意見。

それをするときにコヴィーさんは、
ビーカーに「こぶし大の石」と、
「ビー玉〜米粒大の小石」と、
「海岸の砂」の三種類を入れていく実験の話をします。

この3種類を出来るだけたくさん、
ビーカーに入れるにはどうしたら良い?
というあれです。

砂を先に目一杯入れてしまうと、
あとは何も入りません。

順番があります。

最初にこぶし大の石を入れる。
次に隙間から小石を入れる。
最後に砂を流し込む。

そうすると、
3種類がちゃんと目一杯入る。

時間管理もこれと同じだと、
コヴィーさんは言います。

先ほどのカテゴリの「2」というのは、
「こぶし大の大石」なので、
一番最初に入れる必要がある。
つまり、年間スケジュールだとか、
半年、3ヶ月、1ヶ月のスケジュールに、
最初に入れちゃうわけです。

年に一度のリフレッシュ休暇の計画とか、
一週間のセミナーに通い自己研鑽するとか、
両親を慰安旅行に連れて行くとか、
会社の組織体質の抜本的な改革のために、
集中的に会議を重ねるとか、
語学を集中的に学ぶとか、
長年読みたかった難解な古典読破に挑戦するとかは、
これに当たるでしょう。

1年の最初に、スケジュールに書く必要がある。

次に「小石」というのは、
領域でいうと「1」ですね。

大事なのは、「2」を先に入れておかないと、
勝手に「1」というのは入ってくる。
だから永遠に「2」は出来ない、ということです。

最後に砂粒である「3」と「4」が入ってくる。
これらは「止むことのない小雨」のようなもので、
自分で何かしなくても、勝手に振ってきます。
非常に「受動的な状態」でいると、
ビーカーつまり私たちの時間は、
「3」と「4」に支配されますよ、
ということです。

、、、ということは、
自分の「主体性」に比例するかのように、
「2」と「1」の割合は増え、
「3」と「4」の割合は減る。

最初に「管理できるのは時間ではなく自分」と言いましたが、
「自分を管理できる人」は「2」と「1」が増え、
「自分を管理できない人」は「3」と「4」が増える。
「2」と「1」が高い人は生産性と幸福度が高く、
「3」と「4」が高い人は生産性と幸福度が低い。

これがコヴィー氏の「7つの習慣」の、
ある意味で要約になっています。

これでみなさんは、
「7つの習慣」を読む手間が省けたわけです笑。
おめでとうございます。

私がコヴィー氏の理論に付け加えるとしたら、
「4」も結構大事だぜ、という話です。

仕事の中で「4」ばかりやってる人は給料泥棒ですが、
私生活を含めた人生全体で考えた場合、
「重要でも緊急でもないこと」というのはけっこう大事だと、
私は思います。

体脂肪率が5%を切るような人というのは、
免疫が低くなり病気に非常に弱いというのが、
医学的に分かっています。

それと同じで、人生に無駄がない人は脆弱です。

だらだらとマンガを読んだり、
何の役にも立たないお笑い番組を観たり、
たいして面白くもないテレビゲームをしたり、
友達と不毛な会話を何時間も続けたり、
クソみたいな芸能ゴシップサイトを眺めたり、
面白くもないYouTubeの動画をぼーっと見る、
、、、
あるいは、
ただ、ひたすらに寝る。
必要限度を超えて、惰眠をむさぼる。

そういう「無駄な時間」がまったくない、
という人は体脂肪率2%のボディビルダーのようなもので、
見た目とは逆に、すぐに風邪を引いてしまうような、
脆弱な人生なのではないか、というのが私の持論です。

「無駄の効用」という一冊の本が書けるのではないかと笑。

このメルマガも何を隠そう、
皆様のカテゴリ「4」のなかで読んでいただきたい、
と誇りを持って(笑)思っています。

ぜひ、トイレのお供にしていただきたい、と(笑)。

、、、ここまで書いて、
コヴィーさんの要約に終始してしまい、
ぐりぐりさんのもともとの質問であった、
私の時間管理法については、
ほとんど言及していないことに気づきました(汗)。

私は3年前に病気で倒れるまでは、
けっこういろんなことをしていたのですが、
病気になってからというもの、
療養中はもちろんスケジュール帳はみごとに真っ白ですし、
去年一年間も、手帳は基本的に、驚くほどスッカスカでした。

今年に入って少しずつ手帳は黒くなりつつありますが、
多忙な読者のみなさんと比較すれば、
手帳はかなりキレイです。
言い換えれば「予定が少ない」のです。

さきほどのビーカーの比喩でいえば、
ビーカーの大きさが病気前は人並みにビールジョッキぐらいあったのが、
病気をした後は、日本酒のおちょこであるとか、
テキーラを飲むショットグラスぐらいになってしまった、
という感覚です。

なので、ひとつ小石を入れたら、
それでおしまい。

1年間の計画だとか1ヶ月の計画なんてとんでもない。
「今週は、この人に会う。」
それでエネルギーを使い果たして今週は終わり。
「、、、さて、来週は何だっけ?」
というのが去年までの私でした。

病気をしたことは私の知人はみんな知ってますから、
優しく思慮深い皆さんは、
やたらむやみに連絡も取ってきません。
電話が鳴るのは1ヶ月に2回ぐらい。
携帯メールは年に10本ぐらい。
LINEもしない。
(そもそもガラケーだし笑)
パソコンメールも、返信必要なメールは、
2日に一回ぐらい、
というのが、去年一年の生活でした。

情けないなぁ、みんなはバリバリ働いているのに、、、
と最初は思っていましたが、
後で気づいたのはそれは、理想郷のような生活で、
私が望んでいた生活そのものでした。

だから私はメルマガも書けますし、
けっこう難解な本に挑戦できたりもしたのです。

あと、もうひとつ気づいたのは、
私のビーカーは、小さくなったのではなく、
病気によって脳の不調を経験し、
体力を失ったことで、
「休息」という、カテゴリ「5」の、
「こぶし大以上に大きな石」が、
最初に「ゴン、ゴン」と入ったのです。

その隙間にいろんな予定を埋めていくようになった。

これは大きな啓示でした。

「休むこともまた仕事」と、
魂の深い部分に刻まれた。

なので、「休む」という、
いちばん大きな石を、
スケジュール帳に書きます。
(「心のスケジュール帳」でも良い。)

それから、やるべき事を入れていくのです。
今は体力が回復しつつありますが、
このカテゴリ「5」を優先するやり方を、
私は捨てようとは思いません。

それほどに大切な人生の宝を、
病気から私は学んだと思っています。

昨年読んだ吉越浩一郎という人の、
「気力より体力」という本は、
私のその直観の背中を押してくれる良書でした。

▼「気力より体力」吉越浩一郎
http://amzn.asia/iZoh1qN

吉越さんは下着メーカーのトリンプの社長をされた、
有名な日本の経営者です。

彼は同社を19年連続増収増益に導いたという実績のある、
敏腕の経営者で、奥さんがフランス人だったり、
毎年二回は2週間の長期休暇を取って海外で遊んだり、
その実績とライフスタイルから、
「経営者に人気のある経営者」として知られています。

吉越さんが「気力より体力」で一番強調していたのが、
「8時間寝る」ということでした。

じっさい彼はどんなに忙しくても、
「8時間寝る」ことを自分に課し続けていて、
それが自分の成功の大きな理由の一つだと言ってはばからない。

忙しいから寝られない、
というのは愚の骨頂で、
忙しい?
ならば寝ろ、というわけです。

なぜか。

睡眠は脳のデフラグなので、
それが出来ていない脳で長時間働かれても、
会社は迷惑するし生産性も上がらない。

本当のプロは「責任感をもって長時間寝るのだ」
というわけです。

私はロングスリーパーなので、
この言葉には勇気づけられました。

私は今年に入って彼の教えを実践するようになり、
「10時半前に布団に入って寝ることは神への礼拝だ」
と思うようになりました。

そしてしっかり8時間寝る。

特に私のような「知識集約的な」仕事をしていると、
寝ているか、寝ていないか、は、
仕事のクオリティに直結します。

コヴィーさんに大胆にも異論を唱えるとしたら、
「休む」という、もしかしたら、
「第二領域」にもまさる「第五領域」を、
彼が忘れていた、ということでしょうか。

彼は「休むことは第二領域だ」と反論するかもしれませんが、
やはり違うと思う。

休むことはもうひとつ位相が違う、
「メタ時間管理」なんだよなぁと。

、、、ということで、
スティーブン・コヴィーと、
吉越浩一郎の要約みたいになりましたが、
私の時間管理の哲学についての話でした。

私の時間管理の具体的方法から、
ぐりぐりさんが学ぶに値することはだから、
何もないと思います笑。

きっとぐりぐりさんの方が、
私より多くのことを達成しているように、
文面からお見受けしますから笑。

「何をなし得たか」という生産性よりも、
「その時間をどんな風に過ごしたか」という、
時間の質のほうをたいせつにする、
ということをこの数年で私は学んできました。

高価なものをなるべく沢山たべるビュッフェよりも、
それが「ふりかけご飯」一膳だったとしても、
どれだけ味わって食べられるかが大事、
と思えるようになってきた、という感じでしょうか。

ご期待したような回答になってなかったらすみません。
また懲りずにご質問くだされば幸いです。





●【Q4】 「結婚ってする価値あるの?」

ペンネーム:原付男(男性)
お住まいの地域:愛知県

Q.

先日は、「20代のうちにしておいたほうが良いこと」
についてお教えいただきありがとうございました。
大いに参考にさせていただきます。

ところで、陣内さんは結婚についてどう思いますか?
陣内さんは結婚されていますが、
結婚って、する意味があるのでしょうか?

上司や先輩でも離婚している人や、
家庭内別居状態にある人、
そのせいで不幸になっている
子どもたちがいることなどを考えると、
これから結婚することに
意味があるのか分からなくなります。

私は今は付き合っている人はいないですが、
いずれ結婚したいと漠然と考えてはいます。

既婚者の職場の先輩に以前、
「結婚は人生の墓場だぞ」と言われ、
「そういうものなのかなぁ」とか思いました。

あと、職場で離婚する人が定期的にいたり、
浮気・不倫をしているという話を聞きますと、
結婚は「面倒を抱え込むこと」というようにも思えてきます。
限られたお金とエネルギーと、人生の時間を、
結婚で「消耗」してしまう、ということにならないのか。

既婚者としてそのあたりをどう思いますか?



A.

原付男さん、ご質問ありがとうございます。

これは深いテーマです。

まず、結婚というのは、
(そもそも結婚するかどうかも含め)
「人生で最も大事な選択・決断のひとつ」
であることは間違いないでしょう。

このあとの「先週読んだ本」でも、
ブリーフィングしていますが、
「養老孟司の人生論」という本を先週読みました。

その中で、
選択には2種類がある。
「対象を選ぶ」か、
もしくは
「方法を選ぶ」かだ、
という趣旨のことが書かれていて、
いろんなことの参考になるなぁ、と思いました。

スーパーで魚を選ぶという「選択」で言いますと、
こういうことになります。
「対象を選ぶ」というのは、
「どの魚を買うか」という選択です。

一般に「選ぶ」という場合、
こちらが言われます。

しかし、もうひとつ「選び方」があると養老さんは言う。
それは「方法を選ぶ」という選び方です。

つまり、「どうやって魚を選ぶか」を決めておく。
たとえば、
「お魚コーナーの担当者に、
 最もあたらしく、ここに陳列されたパックはどれ?
 と訊いて、指さしたパックを買う」
と決めるのです。

または、
「その日、最もグラム単価の安い魚を買う」
と決めます。

あるいは、
「眺めていて最初に目が合った魚を買う」
でもいい。

とにかく「方法」を決めるのです。
そして個別具体的な選択は、
その「ルール」に従う。
これも立派な「選択」です。

結婚で言うなら、
「誰と結婚するか」は対象の選択です。
「どうやって結婚相手を決めるか」は、
方法の選択です。

AさんかBさんかCさんか、
それとも誰でもないのか、
これは「対象」の選択です。

「親戚に勧められたらその人と結婚する」
「お見合いで決める」
「100回合コンに行き、
 一番ピンと来た人にアタックする」
「付き合ってみて、
 このポイントをクリアしたら、
 その人と結婚する」
これは「方法の選択」です。

「対象を選択するか、方法を選択するか」
これは個人の趣味の問題ですので、
私は原付男さんに強要することは出来ません。

しかし、
一般的に申しまして、
結婚相手を選ぶと言うとき、
「対象で選ぶ」よりも、
「方法で選ぶ」ほうが得策、
というのが私の個人的見解です。

理由を説明します。

魚を「対象で選ぶ」のと、
結婚相手を「対象で選ぶ」のでは、
何が違うかを考えるとわかりやすくなります。

魚の場合、「対象で選ぶ」はまったく問題ない。
その日に食べるんですから。
鮭の気分の日もあればブリの気分の日もあるでしょう。

しかし結婚相手を「対象で」選んだ場合、
その「方法」は隠されています。
ブラックボックスと言って良い。

たいがいその中身というのは、
「見た目」だったり「年収」だったり、
「性格」だったり、そんなものが、
ないまぜになったものなのですが、
なにせ「方法」を自覚的に選んでいませんから、
それが自分でも明確に説明できない。

その中にたとえば、
「年収」が大きな要素として入っていたとしましょう。

スーパーの魚ならば良いのです。
その日に食べるのですから。

しかし結婚の場合、
結婚した年に年収が2000万円あった人が、
10年後にその年収を維持していると、
だれが言えるでしょう?

もしかしたら無職になって借金を抱えるかもしれない。

あるいは「見た目」が大きな要素だったとしましょう。
めちゃくちゃイケメンだから、あるいは、
めちゃくちゃ可愛いから結婚した。

その人が30年後、同じようなルックスを保っているというのは、
ありそうもないことです。

人間ですから7年ですべての細胞が入れ替わります。
見た目も「別人」になるでしょう。

あるいは結婚したとき健康だった人が、
結婚して3年目に交通事故にあって半身不随になり、
車いす生活になるかもしれない。

結婚式では花嫁の自分を旦那さんが持ち上げてくれたが、
今度は自分が旦那さんの腰を持ち上げて、
おしめを替えてあげないといけなくなるかも知れない。

それが結婚です。

結婚というのは「消費行動」ではないですから、
「年収が○○」「見た目が○○」「健康が○○」
という条件で「選択」すると、
その与件が変わったときに、足場が大きく揺らぐことになる。

キリスト教の結婚式では神父や牧師が、
新郎新婦に、こう尋ねます。

「健やかなるときも、病めるときも、
 喜びのときも、悲しみのときも、
 富めるときも、貧しいときも、
 これを愛し、これを敬い、
 これを慰め、これを助け、
 その命ある限り、真心を尽くすことを誓いますか?」

結婚の誓約です。

これを読んで分かるように、
結婚というのは、「順調ベース」ではなく、
「災難ベース」なのです。

「健康ベース」ではなく「病気ベース」
「飽食ベース」ではなく「貧乏ベース」です。

健康で嬉しくてお金がるときに、
隣にいる誰かにほほえみかけるのは簡単です。

しかし、結婚はそうじゃない。

病気や怪我をし、不機嫌で、貧乏なとき、
隣にいる相手を支えます、という「契約」が結婚です。

話が逆なのです。

これは内田樹さんの「困難な結婚」という本に、
わかりやすく説明されていました。
「困難な結婚」はちなみに、
結婚前のすべての独身者に強烈にお勧めしたい本です

▼「困難な結婚」内田樹
http://amzn.asia/hcYsuAk

ここから引用します。

→P23-24 
〈だって、婚前にはどのような厳しいハードルをクリアーした人でも、
 結婚後もその条件を満たし続ける保障がないからです。
 「年収2000万円以上の人」というような条件で
 結婚相手を絞った場合、ある年度にはその条件をクリアーしても、
 それが次の年も続くかどうかは分かりません。
 、、、そのときになって年収が急減したからと行って
 「こんなはずじゃなかった」って言っても始まらない。
 「あなた、病気になって収入が減ったなんて、
 約束と違うじゃない。じゃあ離婚しましょう。」
 というようなことは言えません。
 だって、話は逆だから。病気になったり、
 失業したり、そういう困難に直面したときに
 支え合うために人間は結婚するからです。〉

私のポイントはこうです。
結婚は「対象」で選ぶのではなく、
「方法」で選んだ方が賢い。

では、その「方法」とは何か?
話せば非常に長くなりますので、
「私の場合、その方法はこうだった」
という一本のセミナーが、
YouTube上にありますので、
それをご視聴ください(丸投げ 笑)。

▼結婚前の信仰者が知っておくべき、恋愛・結婚に関する25のこと
https://www.youtube.com/watch?v=m9T1C7ug9CY

このセミナーで私は、
「神を敬う人が、結婚の『方法を選択』する上で、
 どんなことに注意したら良いか」
ということを自分の体験談を交えて語っていますが、
原付男さんが信仰を持たない人だったとしても、
十分適応可能だと思っています。

「信仰」の部分を、
「自分の人生の信念」とか、
「自分の理想の家庭像」とかに、
置き換えて聞いてくだされば、すべて応用可能です。

最後に、職場の先輩が、
「結婚は人生の墓場だ」と、
言われたとおっしゃっていますが、
それは忘れてかまいません笑。

それはその先輩の現実を語っているだけであり、
結婚の現実を語っているわけではありませんから。

ちなみに私にとって、
「結婚は人生の楽園」であり、
毎日結婚できたことを神に感謝する日々です。

それは問題が何もくハッピーでお花畑だ、
と言う意味ではなく、結婚を通して、
「それぞれが人間として成熟しイエスの似姿に近づく」という、
信仰と目的が夫婦で共有されているからです。

原付男さんが、結婚をされるにしても、
そうでないにしても、
実り多い人生を歩まれますようお祈りしています。






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【Q】そろそろ○○するころ、という圧 【Q】今までで一番つまらなかった本は?

2017.09.21 Thursday

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●【Q1】そろそろ○○するころ

ペンネーム:匿名希望(女性)
お住まいの地域:愛知県

Q.

私は5歳と3歳のこどもの子育てをしている30代です。
時々ママ友たちと「そろそろ〇〇する年頃だよね」的な、
このくらいの年頃になったらこれをやらせるといい、
という基準があるのか、
こどもたちの習い事や学習塾に通わせる話で盛り上がります。

けど本当にそれが必要なのか正直疑問です。

こどもたちに合うものを見極めて
やるやらないを決めるのが大切だとおもいます。
ただ、そう分かっているのに、
周りに流されてしまう自分もいます。

やらせないと仲間はずれにされちゃうかも、
とか、遅れてしまうかも、とか考えると、
こどもたちも嫌そうじゃなさそうだし通わせてしまいます。

話は違うかもしれませんが、主人も昨年からゴルフのレッスンを始めました。
そろそろ会社で接待のために必要になるかもしれないからだそうです。

そろそろ〇〇する年頃、これって一生付きまとうものなんですかね〜。
なんだかぼやきを投稿してしまいました(笑)。

こんな質問もいいのでしょうか。
質問コーナーの趣旨に沿っていなかったらごめんなさい。



A.

ご質問ありがとうございます。

まず、私はまだ子育てをしたこともありませんし、
ママにはなりたくても一生なれませんので、
そういった角度からのアドバイスは出来ません。

ただただ、世の中の「ママ」の皆様に、
頭が下がる、これだけです。

プレッシャーにながされようが、
愚痴を言おうが、パニックになろうが、
子どもを両親に預けてエステに通おうが、
もう、子どもを産んで育てる、
というだけですごい仕事をしているのですから、
尊敬する以外何もできません。

アドバイスなどとんでもない。

日本で「偉大な母親」といえば野口英世の母親、野口シカですが、
欧米で偉大な母親といえばイエスの母のマリヤを除けば、
イギリスの伝道者で社会改革者のジョン・ウェスレーの母、
スザンナ・ウェスレーです。

アメリカの教会の「母の日のメッセージ」では、
8割の教会で彼女のことが語られる、
と言っても過言ではない。

スザンナ・ウェスレーはなんと、19人の子どもの母親でした。
子ども達はみな健全な信仰をはぐくみ、
奴隷廃止法案を通したウィリアム・ウィルバーフォースの盟友であり、
イギリスの歴史を変えた宗教指導者であり社会改革者の、
ジョン・ウェスレーは15番目の子どもでした。
その弟のチャールズ・ウェスレーは賛美歌作者として有名です。

スザンナ・ウェスレーのことが語られるときはセットで、
「ゆりかごを揺らす手は世界を揺らす」という詩が引用されます。
赤ちゃんというのは、世界の未来に他ならないのだから、
赤ちゃんを育てるというのは「世界の未来」を育てているのだ、
ということですね。

スザンナ・ウェスレーはまた、
忙しい信仰者がどのようにして神との時間を確保するか、
という話題のときもよく英米の教会の説教で語られます。

19人の母親だったスザンナほど忙しい人間はきっと、
現代でも探すことが難しいでしょう。
狭い家の中に、一人になれるスペースなどありません。
当時はまだ馬が交通手段の時代ですから、
自動車で人里離れたところに行くわけにもいかない。

スザンナはどうしたか?

彼女はなんと、枕に顔を押しつけて神に祈ったそうです。
ウェスレー家には「鉄の掟」がありました。
「お母さんが枕に顔を押しつけているとき、
 お母さんの邪魔をしたら、
 それはあなたが死ぬときだ(笑)」

なので、子ども達はみんな知っていた。
お母さんが枕に顔を押しつけているときは、
神聖な時間であることを。
子ども達はそれを尊重したというのです。

こういう話を聞くと、
「忙しいから○○出来ない」というあらゆることが、
言い訳に聞こえてきますね笑。

、、、で、何でしたっけ笑。

ちょっとテーマが起動を逸れてしまいました。
失礼しました。

質問者さんのご質問内容に戻ります。

「そろそろ○○するころ」という感覚というのは、
世界共通のようで、それを表す英単語があります。

Peer Pressureと言います。
「仲間からの同調圧力」という意味です。

とくにPeerには、
「同年齢、同輩、同僚」という意味がありますから、
質問者様のおっしゃる、「この年齢ならばこういうことを、、、」
というのはまさに、「Peer Pressure」なのです。

そして世界でも非常に「同質性の高い」と評判の日本社会では、
「Peer Pressure」も当然、強くなるわけです。

山本七平という人が
「空気の研究」という本を書いています。

▼「空気の研究」山本七平
http://amzn.asia/dwRvaGu

この本を読むと分かるのは、
日本社会には「独裁者」は登場しない、
ということです。
だから「アベはヒトラーだ」という、
左翼運動家の主張は、端的に間違いです。
日本社会は「強い中心」を持つように出来ていない。
むしろ中心を空虚にする、
「ドーナツ型支配」の伝統を持ちます。
だから「ヒトラー」は日本に登場しない。

日本史の中での例外的な「力強い中心」は、
後醍醐天皇と織田信長の二人だけです。
その二人は例外中の例外であり、
彼らの先にも後にも、「中心を占めよう」と、
試みた人も、そのようなスケールの構想を持った人もいない。
こちらを読むと分かります。

▼「げんきな日本論」橋爪大三郎×大澤真幸
http://amzn.asia/6G1oPCJ

そうではなく、日本社会を「支配」するのは、
いつも「目に見えない空気」だというのが、
山本七平の主張です。

山本七平は戦争中、兵隊として、
「上官に徹底的にいじめられた経験」から、
「この国を支配しているのは空気だ」と、
気づいたわけです。

どういうことか。

敗戦間際に、「神風特攻隊」というのがありましたが、
あれを右翼の人は、
「かつて若者たちは未来のために、国を思って志願した」
(なのに最近の若者は国のために死ぬ気概がない)
などと、過去を美談にしたがりますがそれは誤解です。

戦時中の若者たちが喜んで国のために命を捧げた、
というのは右翼の人の脳内にしかない「フィクション」です。

死にたくないに決まってるじゃないですか笑。
「死にたくない」と手紙に書くと、検閲で焼かれましたから、
今残っている資料は「国の未来のために散ります」という、
「よろこびにあふれた」ような内容だけが残っている。

しかしその行間には暗号のように、
「死にたくない。」と書かれています。
それを読み取れないとしたら、その人に読解力がないか、
ある種のイデオロギーに支配されているからでしょう。

でも、形の上では特攻隊は「志願」になっている。
どういうことか。

「特攻隊として命を捨てる覚悟のある者は、
 一歩前に出よ!!」
(ここで一歩出なかったら、
 マジで空気を読まないやつ、
 という雰囲気がその場を支配する。)

一人、また一人と前に出る。
そのとき、最後の一人になっても一歩前に出ない、
という勇気を持てる日本人は、1万人に一人でしょう。
そしてその人は平和時には「変人」と呼ばれている笑。

例として基準を言えば、
2000人が聞いている講演会の最後に、
講演者が「何か質問がある人は挙手してください」
と言ったとき、周囲に手をあげている人がいるかどうかを、
をいっさい見渡さず、挙手できる人なら、
「そのとき」上官の圧力のまえで、
「志願しない」という選択が出来ます。

そして後で、タコ殴りにあう勇気がある。
ほら、1万人にひとりでしょ笑。

日本社会では、万事がこのように進みますから、
森友学園のことについて財務省が、
「忖度」をしたというのは、
本当にそうなのです。

「その場の空気を読んで」そうしたから、
記録が残っていない。

だから戦後も、米軍がいくら探しても、
「これを首謀したのが誰か」という一次資料が、
見つからなかったわけです。

だって、犯人は「空気」なんですから。

話が大きくなりすぎたみたいですが、
しかし日本社会を「空気」が支配している、
ということを「認識しているかどうか」は、
大切なポイントです。

認識している人は、
少なくとも「あ、これは空気がやっているな」
と察知する事が出来、そこに選択肢がある。

しかし認識していないと選択肢がなく、
空気に流されて人生を送っているうちに、
とんでもない場所に流されていることもある。
でもそれを選んだのは「自分」という自覚はないので、
「あのときはそういう空気だったから、、、」
ということになる。

東京裁判のときに、A級戦犯が放った言葉とまったく同じです。
「あのときはそれに反対出来るような空気ではなかった。」

空気を自覚しながら生きる生き方と、
空気に流されて生きる生き方。

日本には二通りの生き方があり、
どちらが「楽」かと聞かれたら、
後者です。

しかし、
どちらが「本当に生きているか」と聞かれたら、
前者です。

私はキリスト教徒ですから、
「空気を神としてはならない」というのは、
十戒の第一戒に含まれていると思っていますので、
断固前者の生き方を選びます。

楽だけど「生きていない」のと、
苦しいけれど「生きている」のでは、
私は後者のほうを望みます。

この問題についての「教科書」ともいえる、
良書がありますからご紹介します。

▼「自由からの逃走」エーリッヒ・フロム
http://amzn.asia/9w4ezpN

私に言えるのはここまでです。
あとは質問者様が、ご自身でお考えになってください。
冷たいみたいですみません笑。

質問者様とご家族が、
意義深い人生を送られますよう祈っております。

、、、あと、
「同調圧力」から完全に自由な人間というのは、
どういうものか、という、ある種のフィクションとして、
非常に気持ちの良い小説がありますので紹介します。
これを読むと、「ピア・プレッシャー」を、
蹴飛ばしたような気持ちになり、
すごくスカッとします。

ゴジラが東京のオフィス街を蹴散らすのをみて、
スカッとするのと同じです笑。

▼「コンビニ人間」村田沙耶香
http://amzn.asia/abyWSdI





●【Q2】「いままでで一番つまらなかった本は?」

ペンネーム:ねりまる(男性)
お住まいの地域:東京都

Q.

30代会社員(営業職)のねりまるです。
お世話になっています。
先日はEvernoteの質問にも答えてくださり、
ありがとうございました。
参考にしてEvernoteを活用していきたいと思います。
陣内さんはメルマガでたくさんの面白そうな本を紹介してくださいますが、
逆に、最も役に立たなかった本、というのはあるのでしょうか?
お教えいただければ幸いです。


A.

同じ質問を何度かされたことがあるのですが、
私の答えはいつも同じです。

▼「金持ち父さん 貧乏父さん」ロバート・キヨサキ
http://amzn.asia/fRKKk7b

この本は10年前に読みました。
それ以来私は、数千冊の本を読んできたはずですが、
この本を上回る「ひどい本」に出会っていません。
今後もたぶん出会わない。
出会ったら真っ先にメルマガで報告します笑。

「金持ち父さん 貧乏父さん」は私の、
「オールタイム・ワースト本」です笑。

世間で、なぜこの本が一定の評価を受けているのか、
私にはいまだに分からない。
自分の感覚のほうがおかしいのではないかと、
疑いたくなってくるぐらいです。

「金持ち父さん貧乏父さん」は、
悪い意味でそれほどに衝撃的な本でしたから、
いまだに内容が悪い意味で脳内に焼き付いています。

記憶を辿って再現していますので、
ディテールは違うかも知れませんが、
おおかたにおいて、この本の骨子は、
次のような話です。

序章に、ひとりの「お父さん」が出てきます。
このお父さんは「貧乏父さん」です。

彼は20代で学校の教師になり、
それ以来、40年以上、生徒たちを教えて、
定年まで勤め上げます。

アメリカでは、日本以上に公立学校の教師は薄給ですから、
このお父さんは、少ない年金で汲々とする老後を過ごします。

そこへ、「金持ち父さん」が現れます。

金持ち父さんは20代のうちに副業をし、
30代で不動産を買い、FXとか株式投資とかをして、
40代で、会社で勤める必要のないほどの蓄財をします。
あとはハワイに移住し、自分の不動産を、
「安く買い、高く売る」ことによって、
あるいは、
FXや株で「カネに働いてもらう」ことによって、
不労所得を得、悠々自得のゴルフ三昧の老後を過ごします。

みなさん、「貧乏父さん」の生き方をやめて、
「金持ち父さん」の生き方をしましょう!

という本です。


は?


、、、いや、だから、


は?


私は耳を疑う、
もとい、目を疑いました。

ツッコミ所だらけで、
どこからツッコんで良いのかもはや分からないのですが、
この本に「完全に欠落した視点」があります。

それは「貧乏父さん」のなした「偉業」です。
40年以上、少年少女たちの成長を見守り、
身を粉にして、低い給料で、
「社会の未来」を育てるために、
貴い労働をしたのです。

ロバート・キヨサキの目はたぶん節穴なのでしょう。
自分が学校に行き、そのおかげで言語を話し、
そして四則演算を使える。
だから不動産で金儲けをし、
くだらない本を書いてさらに金儲けをすることが出来る。
自分が四則演算と英語を運用できるのは、
名前も忘れたあの「貧乏父さん」がいたからだ、
ということに彼は思いが及んでいないようです。

ちなみに、
かのドナルド・トランプ大統領は、
ロバート・キヨサキの友人で、
「共著」も出しています。

さもありなん、という感じです。

▼「あなたに金持ちになってほしい」
 ドナルド・トランプ ロバート・キヨサキ 共著
http://amzn.asia/fwtgO18

世の中につまらない本はない。
どんな本からでも、何か学ぶ事があるはずだ、
と思いながら私は読書をしていますし、
その期待が裏切られることはほとんどないのですが、
「金持ち父さん貧乏父さん」は、
記憶に残るほど例外的な「ゴミ本」でした。

「あなたに金持ちになってほしい」も、
たぶんゴミ本、いやゴミだと思います。

読むことは永遠にないでしょうが笑。

すみません。

ねりまるさんの質問に答えてしまったら、
熱くなってしまいました。

これ以上ヒートアップして、
放送禁止用語が飛び出す前に、
質問に戻りますと、
「この本はつまらなかった」という本の、
「ぶっちぎりのワースト・ワン」を挙げましたが、
それ以外では、正直、あまり記憶にありません。

私は自分の意見と反対の本をよく読みます。

たとえば自分が原発反対派なら、
原発推進派の人が書いた本を読みますし、
自分がリベラルなら、
保守の人が書いた本を読みます。
(あくまでこれらは「例え」です。)

そこには目的がありまして、
「相手の内在的論理」を知らなければ、
自分の考えに深まりが生まれないからです。

自分の政治信条をサポートするような本ばかり読んでいると、
「あぁ、やはりボクチンの意見は正しいんだ(ウットリ)」
という、不毛なポジティブフィードバックが繰り返され、
ギリシャ神話のナルキッソスのように、
湖に映った自分の顔に見惚れて動けなくなり、
知的活動は腐ってしまうのです。
(ネットの世界で起きているのはまさにこれです。)

だから自分と反対意見の人の書いたものを、
私は意識して読みます。

「この人の論理の筋道は一応把握出来たが、
まったく前提を共有できていないこの著者とは、
私はやはり立場を異にする。」
という確認に終わることもしばしばです。

それでもやはりそこには必ず「学び」がある。
だから「つまらない本」というのはない。

「金持ち父さん貧乏父さん」は、
「まったく学びがなかった」という、
本当に希有な本なのです。

だから熱くなってしまった。
取り乱してしまってすみません笑。






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【Q】引っ越して良かったことは?

2017.09.14 Thursday

+++vol.005 2017年3月21日配信号+++

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
■3 Q&Aコーナー

皆さんからお寄せ頂いた質問にお答えするコーナーです。
日頃の悩み、疑問、今更誰かに聞けないギモン、、、、
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●【Q1】引っ越して良かったことは?

ペンネーム:原付男(男性・製造業勤務)
お住まいの地域:愛知県

Q.

いつも楽しくメルマガ読んでいます。
先日は20代にしておくべきこと、という質問に、
丁寧にお答えいただきありがとうございました。
参考にさせていただきます。

陣内さんは先週引っ越されたようですが、
引っ越して良かったことは何かありますか?
まだ引っ越して間もないので評価は難しいかもしれませんが、
何かありましたら教えてください。
私も引っ越し、嫌いではないので。



A.

原付男さん、ご質問ありがとうございます。
3月8日に引っ越してきましたから、
まだ2週間しか経っていません。

なので街のことなどはまだ、
あまり分からないのですが、
最寄り駅の東伏見という駅は、
近くに早稲田大学体育学部がありますので、
ちょっと学生街のようなところがあり、
私はその雰囲気が好きです。

私が通う教会は江古田というところにありますが、
そこも学生街です。

学生街の雰囲気って、
なんか心落ち着きます。

それはとりもなおさず、
私がまだ社会人として成熟しておらず、
モラトリアムを引きずった「子ども」である、
動かぬ証拠なのかもしれませんが。

今日(3月20日)は祝日でもありましたので
歩いて45秒(!)のところにあるラーメン屋に行きましたが、
自家製麺を作っているだけあり麺は歯ごたえがよく、
麺大盛り無料で「半ライスはサービス」、
そしてご飯おかわりも出来る、
という「学生仕様」になっています。

店内には「ラクロス部入部希望者募集中!!」とか、
「早稲田大学○○部卒業生」からの店への寄せ書きなどがおいてあり、
「学生」感が満載です。

味も美味しかったですし、
何よりトッピングし放題のネギと高菜が素晴らしい。

優良店でした。

あとは、先月までは「練馬図書館」を使い倒していましたが、
今月からは「西東京市図書館」を使うことになりそうです。

西東京市の人口は練馬区の5分の1程度ですから、
蔵書数が練馬を上回ることはないでしょう。

でも、図書館の分室が我が家のすぐ近くにあり、
そこで借りたり返したりも出来ますし、
資料の取り寄せも出来ますので、
案外便利です。

あとは、何より、これが目的の一つだったのですが、
「心機一転」の意味合いが大きいです。

私は2年間病気療養をし、
去年の1年間は活動には復帰していましたが、
まだまだリハビリ期間といういうか、
療養の延長のようなところがありました。

先月まで住んでいた家は、
その病気のつらい時期の記憶が染みついた家でもあります。
病気は私にとって「宝」でもありますが、
やはりつらいものはつらいので、
いったん場所を移して、新たな気持ちで人生の再スタートを切る、
という上で、引っ越しはとても大きな効果があると、
この2週間でも噛みしめております。

あと、引っ越しをすると、
荷物が減ります。
定期的に引っ越しをすると、
定期的に強制断捨離が実施されますので、
雪だるま式に持ち物が増えるという人は、
時々引っ越しされると良いかもしれません。

季節の変わり目ですので、
原付男さんもお身体に気をつけて、
お仕事頑張ってください。
物作りの愛知で、日本の生活を支えてくださり、
ありがとうございます。





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【Q】旅の楽しみ方

2017.09.07 Thursday

+++vol.004 2017年3月14日配信号+++

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
■2 拡大版Q&Aコーナー

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今号は拡大版でお送りします。

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●【Q3】 旅について

ペンネーム:旅ぼうず(男性)
お住いの地域:静岡県

Q.
陣内さんこんにちは。
ぼくは旅が好きで時々一人で遠出します。
同じ日本であっても、その土地に住む人々の独自の文化や食べ物、
歴史に触れること、何より人との出会い話をすることが好きででかけます。
今月は久しぶりに長崎に行く予定です。
陣内さんは旅をする時、心がけていることなどありますか?
FVIの仕事で出張も多いことかと思います。
仕事でも私用でも、旅を通して得てきたいモノ、
楽しみにしているコトなどはありますか?



A.

旅ぼうずさん、こんにちは。

長崎、いいですね。
特に五島列島は遠からず必ずユネスコ世界文化遺産に登録されます。
そうなると宿代も高騰するでしょうし、観光客も多くなるでしょう。
(今でも少なくはないでしょうが)
今のうちに行っておくのは得策です。

私も五島列島行ったことないですが、
近々機会があれば是非行きたいと願っています。
叶うかどうか分かりませんが笑。

是非、遠藤周作の「沈黙」の文庫本を携帯し、
読みながら旅されることをお勧めします。
カズオイシグロの「遠い山なみの光」もお勧めです。
両方とも長崎を舞台としたすばらしい小説です。
(Kindle所有なら、両方Kindleにあります。)

▼「沈黙」
http://amzn.asia/fZuZU0k

▼「遠い山なみの光」
http://amzn.asia/0spUG2t

もしかしたら既読かも知れませんが、
両方とも再読に耐える小説ですので、
お勧めできます。

さて、ご質問の内容、
「旅を通して得てきたモノ、
 楽しみにしているコト」
ということですが、これは本当に、
人によって様々なので定式化することが出来ません。

私は30歳でNGOの仕事をするようになってから特に、
国内外の多くの場所に行くようになりました。
体調のことがあり、この数年間はずいぶん遠出は少なくなりましたが、
この5月にはフィリピンに行く予定があったり、
少しずつ外出も増えてきています。

先ほども言いましたが、旅の目的は人それぞれでしょう。

美味しいものを食べることが目的という人もいるでしょうし、
写真を撮ってSNSでシェアすることが一番嬉しいという人も、
いらっしゃるでしょう。

また旅先で「出会い」を求めており、そこで生まれる恋が楽しみ、
という人もいるかもしれません。(寅さんか)

これはあくまで私の場合ということですが、
仕事、私用、休暇、すべての場合に当てはまる、
「旅の効用」があるとしたら、それは、
「地理的に移動することで、普段とは違うことを考える」
ということに集約されるように思います。

若手の論客として注目されている、
思想家の東浩紀さんという人が、
「弱いつながり 〜検索ワードを探す旅〜」
という本を書いています。

こちらですね。

▼『弱いつながり』
http://amzn.asia/fxmPUMf

この本の「要約」は、次のようになります。
「自分を変えるには検索ワードを変える必要がある。
 検索ワードを変えるには地理的に移動する必要がある。
 旅や移住や、『環境』を変えることが
 自分を変えることに他ならない。」

東浩紀さんは震災後チェルノブイリツアーを毎年行っています。
言論界にいる「コトバの人」である彼が、
なぜ「ツアー」という物理的な企画を組むのか。

もし原発や放射能汚染やエネルギー問題について、
人々に何か発信し、影響を与えたいと願うのならば、
餅は餅屋なので、彼の得意分野である、
コトバで伝えれば良いのではないか。

そう思われる方もいるかも知れません。
『弱いつながり』というこの本は、
そのような疑問へのアンサーになっています。

つまり、人には、
「物理的に動くことでしか働かない脳の領野」
のようなものがあり、
それは部屋に籠もっていて本を読んだり、テレビを見たり、
あるいはインターネット上の情報に接しているだけでは、
決して働かない、ということを東さんは言っている。

この「物理的に移動することではじめて発動する思考様態」を、
東さんはひとこと「検索ワード」という言葉で言い表しているわけです。

つまり「環境」が変わらないと、
「検索ワード」が変わらないのだ。

逆に旅をする目的は何か?

それは「今まで検索バーに入れたことのない検索ワード」を、
探すためだ、というのがこの本が言っていることなのです。

今の時代に重要なのは「正しい答え」ではありません。
体制が崩壊した南米の国の通貨のごとく、
「ある問いに対する正しい答えを導き出すということの意味」は、
インフレを起こし、その相対的な価値は暴落し続けています。

そんなの、小学生でもiPhoneをいじって導き出せるからです。
今の時代に重要なもの、それは「答え」ではなく「問い」なのです。
「問題設定」がすべて、という時代になりつつあるのです。

21世紀は、
「正しい答えを導き出せる者ではなく、
 正しい問いを発することのできる者が生き残る時代」
と言えるでしょう。

東さんの言葉では、「問い」は、
「検索ワード」と言い換えられています。

つまり、Googleのアルゴリズムとビッグデータは、
万人に平等に与えられている。
だとしたらどこで差別化が起こるか。

それは「検索バー」に何を入れるか、
という「検索ワード」のセンスなのです。
それはその人の「問題設定」、
つまり、人生、仕事、学びに関する、
その人の「問い」の質と直接関連しています。

つまり「問い」の質が、
あなたの成長の質になる、
そういう時代なのですよ、ということです。

私は奇しくも1年前の4月に、東さんと同じ、
ウクライナのキエフに、チェルノブイリ事故後30年の実体を視察するため、
現地のFVIのパートナー団体を訪ねました。

私がそこで得た「情報」は、じつはすべて、
東京の自宅からでもアクセス可能です。

しかし、東京の自宅にいながらにして、
その情報にアクセスする、ということは99.9999%、
なかったと断言できます。

それらの情報とは何か。

それはチェルノブイリ周辺の野生動物や絶滅危惧種の実体であり、
キエフの人々の生活習慣であり、
キエフルーシという、今のロシアの元となった中世の王国の存在であり、
ウクライナの親ロシア派のヤヌコビッチの退陣に至るデモであり、
ウクライナの現大統領のポロシェンコが経営するお菓子会社の、
「ロシェン」というチョコレートの値段と味と、
その利益がどこの国の銀行に預けられているか、といことであり、
ウクライナにおけるユダヤ人のおかれた立場と、
ソ連邦崩壊後にいかにしてそのユダヤ人たちの多くが、
キリスト教信仰に導かれたか、ということであり、
ロシアによるクリミア半島併合の持つ意味です。

行き帰りの飛行機の中で、
事前に買っておいた文庫本で読みながら、
あるいは現地の人々との会話や、街の様子や、
チェルノブイリ博物館のガイドの音声や、
地元の広告や新聞記事(を現地の人に通訳してもらう)などを元に、
私は「旅をしなければ見つからなかった検索ワード」つまり、
「旅をしなければ発することなかった問い」を見つけたのです。

夜に、キエフ市内のホテルの一室で、
あるいは帰りの航空便のイスタンブール空港のラウンジで、
インターネットの検索バーに入れることで、
WiFiを経由して、私は、
「ウクライナ、チェルノブイリ、キエフに関する、
 一連の、ひとかたまりの情報」を得ました。

それらの「検索ワード」は、
日本語だったり英語だったりしますが、
じっさいにウクライナに行かなければ、
未来永劫、私が検索バーに入れることのない
「検索ワード」だったわけです。

つまり、旅は、「私の思考様式」を、
ルーティーンから脱線させ、
思考の轍(わだち)というところから、
私の思考を解き放ってくれたわけです。

東さんが言っている「検索ワードを捜す旅」とは、
そういうことを意味しています。

東さんは、
「ツーリズムの語源は巡礼であり、
 その役割は新しい欲望を喚起すること」
だとも言っています。

その箇所を引用します。

→P85 
〈「ツーリズム(観光)」の語源は、
 宗教における聖地巡礼(ツアー)ですが、
 そもそも巡礼者は目的地になにがあるのかすべて事前に知っている。
 にもかかわらず、時間をかけて目的地を回るその道中で、
 じっくりものを考え、思考を深めることが出来る。
 観光=巡礼はその時間を確保するためにある。
 旅先で新しい情報に出会う必要はありません。
 出会うべきなのは新しい欲望なのです。〉

イスラム教徒はいまでも「巡礼」を大切にしますし、
四国の八十八カ所をまわる「お遍路さん」は、
この10年以上、「静かなるブーム」を続けています。
なぜ「巡礼」がこれほどホットなのか。

それは人々のなかに、
「自分を変えたい」あるいは「成長したい」
という欲望があり、セミナーや読書や学位では得ることの出来ない、
「全人的な自己の変革」において、「巡礼」が果たす大切な役割を、
本能的に人は知っているからだと私は見ています。

近代は「巡礼」が持つような全人的な通過儀礼を、
ことごとく「脱魔術化」し、辺縁に追いやってきてしまいましたから、
それによって空疎になった人々が、人間性を取り戻そうとして、
「巡礼」をし、あるいは「一人旅」をする、
というのは至極当然のことだと思います。

旅ぼうずさんも、
長崎で、「新しい検索ワード」に出会い、
新たな「視角」を得、人生を豊かにする「問題設定」を、
得られますようにとお祈りいたします。

、、、あと、
旅の効用のマイナーなものを追加で。

旅先で読んだ本は、やけに記憶に残ります。

これは私の経験からなのですが、
インドで、アフリカで、日本の各地で、
何年の何月頃読んだ本、というのは、
たいてい正確に、その内容も含めて、
そのときに車窓から見た風景とセットで、思い出せます。

何故そうなるのかうまく説明出来ないのですが、
家で読んだ本よりも旅先で読んだ本のほうが、
内容が色濃く脳内に焼き付くのです。
情報量は「車窓からの風景」の分、
増えているはずなのですが、
不思議とそうなるのです。

冒頭で「沈黙」と「遠い山なみの光」をお勧めしたのには、
そういった事情があります。

べつに何の本でも良いのですが、
本を持って旅に出る、というのは是非お勧めしたいです。
カメラは忘れても本は忘れるな、と言いたい笑。

さらに、もし飛行機に乗られるのでしたら、
飛行機に難解な本「だけ」持ち込む、
というのも私はよくやる手法です。

飛行機のシートは「独房」のようなもので(笑)、
逃げ場がどこにもないですから、難解な本を持ち込むと、
それを読むしかない状況に追い込まれます。
そうすることでしかなかなか読めない本、
というのがありまして、
「飛行機効果」を利用して読んだ学術書が、
私には過去にいくつかあります。

それらはやはり記憶に焼き付きますので、
一石二鳥です。

よろしければご参考にしてください。


、、、と、ここまで書いて、
2万6千字をオーバーしてしまいました。

このメルマガの文字数は、
だいたい2万字前後を目安にしていますので、
だいぶオーバーです笑。

本当は5つの質問にお答えする予定だったのですが、
ここまでで文字数オーバー。

近々、またQ&Aコーナー拡大版、
やりますので、お楽しみに。





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【Q】お笑いについて 【Q】Evernoteの使い方

2017.09.07 Thursday

+++vol.004 2017年3月14日配信号+++

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
■2 拡大版Q&Aコーナー

皆さんからお寄せ頂いた質問にお答えするコーナーです。
今号は拡大版でお送りします。

日頃の悩み、疑問、今更誰かに聞けないギモン、、、、
質問の種類は問いません。お気兼ねなくご質問をお寄せください。
ご利用は下記に基づいてご利用いただけると幸いです。

【Q&Aについて】
▼全てのご質問にお答えすることはできません。予めご了承ください
▼いただいたご質問は、ブログ・FVIメディアルームに掲載される可能性があります
▼本名での投稿の場合は「ペンネーム:無し」となります
▼必ず下記フォームからご質問を送信ください

::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::

【Q&Aコーナー専用フォーム】

▼URL
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※大変お手数ですが一つの1メール1質問を原則とさせてください。
ご協力宜しく御願い致します。

※頂いたメールはすべて目を通しております。
陣内俊への要望やメルマガの感想、激励などももちろん大歓迎です!

::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::

●【Q1】 お笑いについて

ペンネーム:宇宙戦艦トマト(男性)
お住いの地域:神奈川県

Q.

メルマガ楽しみに読んでいます。
陣内さんはお笑いが好きだとききました。
私は日々の仕事で疲れると、
その日やってるお笑い番組を適当にみて、
笑ってスッキリするようにしています。
でもこだわりがあるわけではありません。
せっかく見たのにそんなに笑えなかったなぁという日もあります。

一人暮らしなので平日はそんなに友達や家族と
会ったり話すことがないので、気分転換したいのです。
そこで、陣内さんのオススメの芸人や番組、
とにかく笑いたい時はこれがいいなど、
おすすめがあったら教えてください。


A.

宇宙戦艦トマトさん、ご質問ありがとうございます。
私は「お笑いソムリエ」を自称しているので(笑)、
この手の質問だけであと5本はメルマガを書くことが出来ます(笑)。

ただ、ワインやラーメンと同じでお笑いというのは、
人によって好みや「向き不向き」というものがあります。

ボルドーが好きな人もいれば、
カリフォルニアピノが好きな人もいる。

塩トンコツが好きな人もいれば、
横浜の家系が好きな人もいる、という具合に。

お笑いも同じで、
コントひとつとっても、
吉本新喜劇のようなコッテコテの関西系から、
バナナマンやアンジャッシュのような、
スタイリッシュな東京のコント、というのもあります。

ただ、これはお笑いのイロハなのですが、
めちゃくちゃザックリした分類として、
「ベタ」と「シュール」に分類されます。

ファッションで言うなら「コンサバ」と「プログレッシブ」、
ワインならば「赤」と「白」、
ラーメンならば「こってり系」と「あっさり系」、
政治ならば「保守」と「リベラル」、
受験勉強ならば「理系」と「文系」のような、
というような最もザックリとした二分法は、
「ベタ」と「シュール」です。

多くの人が「関西系」と「関東系」が、
それ(お笑いの二分法)だと勘違いしていますが、
そうではありません。

「ベタ」と「シュール」がお笑いの正統な二分法です。

関西系と関東系で仮に二分したとすると、
じゃあ東北は?沖縄は?北海道は?
さらに言えばアメリカは?イギリスは?
となります。

しかし「ベタ」と「シュール」に大別すると、
世界中ありとあらゆる笑いが分類可能です。

ちなみに「ベタ」と「シュール」にあたる、
英語の分類は、ベタが「comical」、
シュールが、「dry humor」とか「black humor」
あるいは「ironical humor」となります。

明確に対応関係にあるわけではないですが、
これで分類すれば、世界中の笑いを
このふたつに分類可能なわけです。

ですから宇宙戦艦トマトさんは、
自分が好きな笑いが「ベタ」なのか「シュール」なのかを、
まず見極められると良いでしょう。

ベタが好きな人が好む芸人には、
FUJIWARAの原西、
ダチョウ倶楽部などがおり、
ベタが好きな人が好むお笑い番組には、
「志村けんのバカ殿様」
「吉本新喜劇」などがあります。

シュールが好きな人が好む芸人には、
ラーメンズ、
東京03、
ジャルジャルなどがおり、
シュールが好きな人が好むお笑い番組には、
(過去の番組ですが)
「ダウンタウンのごっつええ感じ」、
「全力!脱力タイムズ」などがあります。

今のテレビ界は、「全方位型」の、
「総合バラエティ番組」が多くなっているため、
恐ろしく面白くない番組だらけというのが私の正直な感想です。

「お年寄りから子どもまで楽しめて、
 さらにクレームがこない」
という制約というのは、「創造性の自殺」に他ならず、
そんなところから面白いものが生まれるはずがないのです。

従って現在のテレビ番組で面白いというのがむしろ例外であり、
ゲロが出るほどつまらない番組が99%、
と考えてまず間違いないでしょう笑。

ですから「その日にたまたまやっている面白い番組」
に出会おうとするのは、あまり得策とは言えないかも知れません。
「その日にたまたま出会う美味しいラーメン屋」に出会う確率より、
遙かに低いですから。

ラーメン好きな人が「たまたまラーメン屋に入る」
ということをしないのと同じで、
お笑い好きな人は、たまたま面白い番組に出会おう、
とはしません。

できればHDDレコーダーなどをご利用することをお勧めしますが、
もしそのような環境にないとしても、
「1%の面白い番組」の時間とチャンネルをピンポイントで把握しておくか、
さもなければDVDをレンタルして鑑賞することをお勧めします。

99%のクソつまらない番組をザッピングするというのは、
壮大な時間の無駄であるばかりか、精神衛生上もよろしくないし、
なにより宇宙戦艦トマトさん自身のお笑い能力が下がります笑。

低質な笑いは自らのお笑い偏差値をも下げるのです笑。

では、1%の良質なお笑い番組とは何なのか、
というのが次の質問になりますが、
これに答えるのは簡単ではありません。

というのも、先ほども申しましたように、
お笑いというのはラーメンと同じで、
「万人にとって面白い笑い」というのは、
原理的に存在しないからです。

ですからあくまで私個人の基準に基づき、
今放送している(不定期も含め)番組のなかで、
録画予約する価値のあるお笑い番組を以下に紹介します。


▼全力!脱力タイムズ
http://www.fujitv.co.jp/DNN/

これは有田哲平の悪ふざけ番組です。
「全編コント」みたいな仕掛けで、
ずーっとシュールです。



▼LIFE!人生に捧げるコント
http://www.nhk.or.jp/life/

コント職人内村光良の、
「魂のコント」です。
「夢で会えたら」や、
「笑う犬」シリーズが好きだった、
という人は絶対好きです。



▼IPPONグランプリ
http://www.fujitv.co.jp/ippon/

テレビで唯一の、大喜利バトル番組(笑点を除く)です。
年に3、4回の放送ですが、やはり面白いです。
本編とは違いますが、松本人志の大喜利が見られるのは、
テレビ番組ではここだけです。



▼水曜日のダウンタウン
http://www.tbs.co.jp/suiyobinodowntown/

今、毎週やってる番組のなかで、
一番好きかも知れません。
ドッキリの内容や素人さんの「活かし方」が、
ある意味振り切っていて、昨今では珍しい
「攻めの番組」となっています。



▼くりぃむナンチャラ
http://www.tv-asahi.co.jp/nanchara/

くりぃむしちゅーは、お笑い第四世代のなかで、
頭一つ抜けたスターになってしまいました。
スターになる弊害は司会やタレントとしての仕事が多くなり、
「芸人」としての仕事のボリュームが減ることですが、
くりぃむしちゅーの「芸人」の部分を見られる、
数少ない番組がこの深夜番組です。
企画がとにかく下らないです笑。



▼しゃべくり007
http://www.ntv.co.jp/007/

いわずと知れた、という感じですが。
近年、女優や俳優が新しい映画やドラマを宣伝する番組みたいになって、
失速した感はありますが、それでもやはり面白いです。
芸人がゲストのときが狙い目です。
7人が楽しそうにはしゃいでいるだけで幸せになります。
上田晋也の「ツッコミ無双」も見られるし笑。



▼ダウンタウンのガキの使いやあらへんで
http://www.ntv.co.jp/gaki/

高校生のころから断続的に、
ずっと見ている番組です。
企画によって「ムラ」が大きいですが、
その分「ハネた」ときの爆発力はやはりすごいです。
安定感のあるコーナーとしては、
「利き○○シリーズ」、
「方正ガキ使やめへんで」、
「ハイテンショングランプリ」
「七変化」
このあたりが面白いです。



▼下がり上がり
http://www.fujitv.co.jp/b_hp/sagariagari/

この番組は最近知りました。
陣内智則と松本人志がホスト役となり、
まだあまりテレビでは知られていないけれど、
苦労人の芸人たちとトークをした後、
その芸人たちのネタを見せる、という構成。
年に数回の放送ですが、良いコンテンツです。



▼ENGEIグランドスラム
http://www.fujitv.co.jp/engei/

ちゃんと芸人のネタを見せる、
ネタ番組がとても少なくなってきた昨今ですが、
「M-1」などの賞レース以外では、
数少ない「良質なネタ番組」と言えるのではないでしょうか。
中堅の実力派を中心に、新人と、
飛び道具のベテラン(たとえば村上ショージ)を適度に配剤しつつ、
最後は安定の中川家と爆笑問題で締める、という構成も良い。
あと、ナイナイの司会も安定です。
いつかナイナイが爆笑問題の後とかにネタやってくれたら、
私はちょっと泣いてしまうかも知れないです。
あともうひとつ。
この番組は「カメラ」が良いです。
芸人が出囃子とともに登壇するのを、
芸人の背中「なめ」で、観客の拍手を映すのですが、
それが超カッコいい。
芸人を愛する人が作った番組なんだろうなぁ、
というのが伝わってきます。



▼探偵!ナイトスクープ
http://www.asahi.co.jp/knight-scoop/

年に1回か2回、私はテレビを見ながら、
腹筋が痙攣し、涙がこぼれるほど笑うことがあるのですが、
その多くはこの番組で起こります。
また年に1回か二回、私はテレビを見ながら、
感動で涙をこらえきれないことがあるのですが、
その多くもこの番組です。
素人さんの爆発力は、プロにはないものがあります。
その分つまらないときのつまらなさったらないですが笑。
この番組を観るというのは、ずいぶんオッズの高い博打なのです。
「時間の無駄」になることも少なくないが、
「当たったとき」の飛距離はハンパない。
場外ホームランが年に何度か出ます。



▼人志松本のすべらない話
http://www.fujitv.co.jp/suberanai/

説明不要でしょう。
ジュニア、宮川大輔らの初期メンバーの、
安定したトークが好きです。
今まで累計で一番笑っているのは、
兵藤大樹です。
話の構成とかが、あの人は本当に上手です。
ジュニアはちょっと「作り込みすぎ」のことがあるのだけど、
兵動はいやらしさがなく、しかもよく練られている。
人前で話すときの勉強になります。



▼さまぁ〜ず×さまぁ〜ず
http://www.tv-asahi.co.jp/summers2/

「ガキの使いやあらへんで」のフリートークが、
私は大好きでしたが、松本人志が結婚したあたりから、
まったくやらなくなってしまって寂しい限りです。
『さまぁ〜ず×さまぁ〜ず』は、
ちょっとだけ「ガキの使いフリートーク」を彷彿とさせてくれる、
良質なトーク番組です。



▼アメトーーーク
http://www.tv-asahi.co.jp/ametalk/

『アメトーーーク』は、「中学のときイケてない芸人」とか、
「天下一品大好き芸人」「昭和プロレス芸人」などの、
スマッシュヒットを飛ばしていた7、8年前に比べると、
だいぶ失速した感がありますが、
それでも時々、めちゃくちゃ面白いことが今でもあります。
最近では「ナダル・アンビリーバボー」が凄かったです。
あと「立ちトーク」の回は安定です。


、、、番外編としまして、DVDも。

▼ラーメンズDVD
http://amzn.asia/iwd3eiC

ラーメンズ見たことない、という方は、
「ALICE」だけでも、レンタルして見てみてください。
ぶったまげます。
とんでもないクオリティの「笑い」がそこにはあります。
テレビの笑いに慣れている方からすると、「別世界」という感じ。
パック寿司しか食べたことがない人が、
銀座の有名店のカウンターで寿司を食べるような衝撃がある。
完成度が半端ないです。
やはりスポンサーからの収入で不特定多数に発信するものと、
高いお金を払って、足を運んで見に来てくれるファンのために作った、
「2時間、夢を見させる」という志で作るのは、
あらゆる意味で仕上がりが違うのだとよく分かります。
、、、それでも「パック寿司のほうが好きだ」という人も多いし、
じっさいパック寿司的な笑いも好きだから、
私もこれだけテレビ番組を紹介したわけですが。



▼ガキの使い罰ゲーム名作選「24時間耐久鬼ごっこ」
http://amzn.asia/cCryTjr

ガキの使いの「笑ってはいけない」はいつの間にか、
大晦日の風物詩みたいになりましたが、
「原点」はこのあたりにあります。
「24時間耐久鬼ごっこ」は、
これまでに4度ぐらい見ていますが、
毎回、同じ所で笑います。
完成度高いです。



▼ガキの使い罰ゲーム名作選「松本ひとり廃旅館の旅」
http://amzn.asia/0lUNAww

同じガキの使いの罰ゲームですが、
これも相当に面白い。
妻はガキの使いDVDの中でこれが一番好きです。



▼さまぁ〜ずLIVE
http://amzn.asia/dml1KtH

これもラーメンズのDVDと同じで、
「完成度の高いコント」を見られます。
さまぁ〜ずのライブは、発売2時間で完売するプラチナチケットで、
数多くのお笑い芸人も勉強のために自費でチケットを買い観に行くそうです。
10まで出ており、私はほとんどすべて観ていますが、
6以降は失速している感があります。
二人が忙しすぎるのでしょう。
3、4、5あたりがとてもお勧めです。
「マイナスターズ」は、マジで笑います。


▼リチャードホールDVD
http://amzn.asia/3bMtdpi

くりぃむしちゅ〜、おぎやはぎ、森三中、
アンタッチャブル、中川家、劇団ひとりがやっていた、
伝説のコント番組です。
今観てもやはり面白い。



▼M-1グランプリDVD
http://amzn.asia/7cWOtHD

2001〜2010まで、当然私はすべて観ていますが、
いちばんのお気に入りは2007年大会で、
サンドウィッチマンが敗者復活からの優勝をした回です。
二人は「今年テレビに出られなかったらお笑いやめよう」という、
最後のタイムリミットの年だったそうです。
それを知って観ると、泣きそうになります。
あと、あの時のネタ「アンケート」は、
体操で言うと10点満点の出来で、
「完璧な漫才」です。
あれが完璧すぎたので、あの時以来10年間、
「アンケート」のネタは、どこでもやっていない、
と伊達ちゃんがどこかでしゃべっているのを聞いたことがあります。


ものすごい熱量と文字数でお送りしました。
宇宙戦艦トマトさんとしては、
ここまでの答えは求めてないよ、
という話かも知れませんが笑。

私に笑いの質問をするとこういうことになります笑。

、、、もういいぜ!(笑)。




●【Q2】 「Evernoteの使い方を教えて」

ペンネーム:ねりまる(男性)
お住まいの地域:東京都

私は30代の会社員です。
仕事は営業をしています。
陣内さんは以前、
「Evernoteは第二の脳」とおっしゃっていましたが、
具体的にどのような使い方をしていますか?

私は読書ログをつけるのにEvernoteを使おうと考えています。
持っている端末はiPhone6と、MacbookAirと、iPadminiです。
仕事とプライベートでは端末は別です。
差し支えない範囲で結構ですので、
お教えいただけたら参考にしたいと思い質問しました。


A.

ねりまるさん、こんにちは。
これは興味深いご質問です。

私はPCはWindows、タブレットはAndroid、
携帯はガラケーという、
ねりまるさんとは対極(!)をなすような、
デジタルガジェット構成となっています。

しかしEvernoteは、
Android、Windows、iOS、MacOSの区別なく、
シームレスに使うことが出来るようになっているところが、
その強みだというのが私の認識です。

ですから、
AppleかWindowsか、
iPhoneかAndroidか、
という差についてはあまり気にせず、
私のEvernoteの使い方について、
ご指南(偉そう!)したいと思います。

先日書きました通り、
Evernoteは「第二の脳」であり、
Evernoteのない生活というのは、
ちょっともう考えられないぐらいです。

それほどに私はEvernoteの便利さを享受しており、
本当に様々な使い方をしているので、
ここにすべてを書き切る自信がありません笑。

まず、Evernoteは「ノート」という最小単位のメモ書きを、
デジタルでストックしていくという「ノート」アプリです。

いわば「ノート」というのはルーズリーフのようなものであり、
それをバインダーでバインドしていくわけです。
それが「ノートブック」という単位になります。

さて、この手の情報整理には必ずつきまとう問題に、
「コウモリ問題」というのがあります。

つまり、動物をフォルダごとに分類していった場合、
「飛べる動物」にコウモリは入ります。
しかし「ほ乳類」にもコウモリは入る。
このような「分類の重複」が起こる、というのが、
情報整理の抱える原理的な悩みなのです。
図書館司書をしている人がもし読者にいらっしゃったら、
年中「コウモリ問題」に悩まされている、
と共感してくださることでしょう。

Evernoteはこの「コウモリ問題」を見事に解消してくれる、
魔法のようなアプリです。

私のEvernoteには今4,560のノートがあり、
27のノートブックがあります。

つまり4,560枚の「情報のルーズリーフ」を、
27冊のファイルでバインドしている状態、
とイメージしてください。

その場合、必ず起きるのが、「コウモリ問題」ですね。

しかしEvernoteには「タグ」という機能があり、
それが「コウモリ問題」を解消してくれます。

つまり、
「飛べる動物」
「地を這う動物」
「水中を泳ぐ動物」
「地中に潜る動物」
というようなバインダーを作ったとして、
コウモリは「飛べる動物」に入るわけです。
しかし、「ほ乳類」でソートしたい場合、
コウモリは探すのが大変になる。

Evernoteの場合、ノートに「タグ」をつけることが可能です。
なので、「飛べる動物」フォルダで作った、
「コウモリ」のノートに、
「ほ乳類」「夜行性」「肉食」など、
複数のタグをつけることが出来ます。

物理的な世界では再現出来ない、
立体的に交差する分類がこれによって可能になります。

さらに、Evernoteのキラー機能は、
「検索」です。

「検索」がその威力を発揮するのは、
ノートの数が一定の水準を超えたときです。

たとえばノートの数が3つしかないとすると、
「検索」にほとんど意味がありません。
検索しなくても一覧できますから。

しかし情報蓄積がある程度進み、
「セルフメイドのデータベース」が出来てくると、
「検索機能」のすさまじい威力が発揮されます。

私の実感から言いますと、
「検索機能すげーな」、つまり、
「Evernoteすげーな」と思い始めたのは、
ノートの数が1,000を超えたあたりからです。
最初の1年半ぐらいはだから、
Evernoteが真価を発揮するまでの、
「投資」としてのデータストックだったと言っても過言ではない。

例を挙げましょう。
現時点で私の「読んだ本」ノートブックには、
1,096のノートがあります。

そのノートブック内の検索バーに、
たとえば「ソクラテス」と入力しますと、
5つのノートが浮上します。

その5つの読書ノートには、
ミハイル・バフチン、アブラハム・ヘシェル、
吉満義彦、ロロ・メイ、米原万里といった、
何の脈絡もない著者たちが、
何の関連もないそれぞれの文脈で、
ソクラテスについて「何か言ってた」のです。

それを並べて参照すると、
「私がこれまで読んできた本の蓄積のなかでの、
 ソクラテスに関する情報やエピソード」が、
立体的に浮かび上がってきます。

もうひとつ例を挙げますと、
私のEvernoteの「デボーション」ノートブックには、
現在ノートが856あります。

このノートブックの検索バーに、
「人間関係」と打ち込みますと、
ノートが20個浮上します。
新約から旧約まで、様々な箇所から、
「人間関係について私がこれまでに聖書から教えられたこと」を、
当時の日付と共に読むとき、私の「ジャーナル」に、
ひとつの体系が加えられるわけです。

まだ、病気から回復して毎朝のデボーションが、
コンスタントに記録できるようになってから、
2年は経過していませんので、
聖書を「一周」はしていません。
しかしノート数が、1,000や2,000を超えてくると、
聖書を2周、3周目のデボーション記録になるわけです。
そうすると、たとえば、
「今日読んだローマ書10章の箇所を、
 前回、2年前に読んだときには、
 何を教えられたのだろう?」
ということが一瞬で参照可能なわけです。

これは革命的にすごいです。

私の具体例を挙げましたが、
ねりまるさんは読書ログはもちろんのこと、
仕事、趣味、あらゆることにEvernoteを利用可能です。
Evernoteは「第二の脳」として、
ねりまるさんの知的活動をサポートしてくれるでしょう。

ひとつだけご注意というか、確認のために申し上げると、
ねりまるさんも十分ご存じかとは思いますが、
仕事によっては服務規程の守秘義務や、
個人情報保護法に基づく情報管理の責任が伴います。

クラウド上にデータをアップロードするEvernoteには、
適さない内容(たとえば顧客情報管理や部外秘社内会議の記録)
というのがありますので、プライベートと仕事では、
使い方を分けた方が無難です。

Evernoteには「パスワードによるロック」もありますし、
「暗号化」という機能もありますが、
あまり過信しないほうが良いでしょう。
とくにスマホでも利用するとなると、
「情報の塊」を紛失するリスクと隣り合わせだということを、
自覚しつつデジタルライフをお送りするのが賢明かと思います。

、、さて、使い方の実例として、まだまだ挙げられますが、
なんとなく把握していただくために、
私のノートブックの中の「ノートの個数が多いベスト5」
を、以下に挙げることで、
大づかみにイメージしていただけるかと思います。

1位:読んだ本(1,096個)
2位:デボーション(856個)
3位:更新済みブログ記事(482個)
4位:観た映画・ドラマ(408個)
5位:レシピ(212個)

となっています。
なんとなく分かっていただけたでしょうか。

そのほかにも食事、睡眠、体重、運動の記録、
飛行機や新幹線のチケットの管理、
旅程の記録、名刺の管理、
祈りの記録、暗唱聖句、
メルマガやブログのアイディアのストック、
紙に書いた重要なメモの写真記録などにも、
Evernoteを利用しています。

基本的にEvernoteのデータは、
パソコンで作られ、
その写像(コピー)がクラウド上に作られますから、
万が一パソコンが壊れてもデータは救われ、
さらにタブレットとパソコンが常に同期されるので、
超絶便利です。

もう読者は「お腹いっぱい」でしょうが、
関係あらへん(笑)、空気を読まずに、
もう二つだけ言わせてください。

一つめ。
ここまで説明してもまだ誤解する人がいると思うので、
念には念を押しておきますが、Evernoteは、
情報の「ストック」を作るための道具ではありません。

ノートを取るのは情報を蓄積するためではないのです。
情報のストックならば、インターネット上のビッグデータは、
私のEvernoteの4,000ぽっちのノート数の、
1,000億倍(いや、たぶんそれ以上)のストックがあるわけです。

そして、いくらEvernoteの検索バーが優れものだと言っても、
Googleのアルゴリズムに勝てるはずがありません。

なので、目的は「情報のストック」ではないのです。

じゃあ、何を作るのか。

それは情報の「フロー」です。

梅棹忠夫という人が、
「知的生産の技術」という本を書いていまして、
これは情報整理の「定本」となる名著です。

彼は学術論文を書くときなどに、
カードを使って情報を整理する手法などを紹介しています。
「KJ法」という、カードを使ったブレインストーミング、
およびその収束のさせ方などを提案しています。
「コウモリ問題」などもこの本には出てきます。

ちなみに彼の「理想郷」は、
100%、Evernoteにおいて実現しています。

彼は2010年に90歳で亡くなっていますが、
もし今、生き返ってEvernoteを見たら、
歯ぎしりして悔しがるでしょう。
「おれはこれを夢見ていたんだ!!
 くそ!あと50年、生まれるのが遅ければ!!」

、、、でこの梅棹さんが、こんなことを書いています。

→P54 
〈カードについてよくある誤解は、
 カードは記憶のための道具だ、というかんがえである。
 英語学習の単語カードなどからの連想だろうが、
 これはじつは、完全に逆なのである。
 頭の中に記憶するのなら、カードに書く必要はない。
 カードに書くのは、そのことを忘れるためである。
 わすれてもかまわないように、カードに書くのである。〉

(↑あ、当然ですが、こういった引用も、
 私のEvernoteから検索機能で「スッ」と出して、
 「スッ」っと、コピー&ペーストしています。)

、、、梅棹さんがここで言っていることは大切です。

情報をカードやノートに書くというのは、
覚えるためではなく、逆に忘れるためなのです。
Evernoteは、「忘れるための道具」なのです。

忘れてどうするのか。

机の上を整理したら作業がはかどるように、
脳内の「情報」をメモすることによって「忘れる」ことで、
「思考に使えるメモリ数」が増大するのです。

脳内の情報をいったん「外部化」することで、
脳内の「思考につかえる領域」が拡がります。
そうしてやっと「考えに集中」することが出来るのです。

考えに集中した結果、
過去に辿ったことのある思考を参照したくなると、
今度はまたEvernoteの検索機能でそれを思い出す。

Evernoteはまさにパソコンにとってのクラウドそのもので、
「外部にある脳の延長」として活躍してくれます。
その目的は「情報のストック」ではなく、
「情報のフロー」です。

「情報のフロー」とは何か。

「知的生産」と言い換えても良い。
それは、
「思考を、様々な形でアウトプットすることで、
社会を良くすること」と私は定義しています。

アウトプットというのは何も、
ジャーナリストや新聞記者のように、
考えを文章化して出版したり公開することだけを指すのではありません。

あなたがどんな仕事をしていても、
「職場のみんながどうしたらもっと心地よく働けるか」
ということを「考え」ます。
書籍は考えることの燃料になります。
人と話したり、本を読んだり、自分の経験を参照して、
考えます。

その結果
「そうだ、仕事のモチベーションと、
 自分の成長のモチベーションが連動するような、
 仕組み作りを構築したら良いんだ」
というアウトプットが生まれたとします。

それを手書きのフローチャートにし、
上司に提案、相談し、実現したとします。
それは立派な「知的生産」であり、
そして「情報のフロー」なのです。

ストックされただけの情報というのは、
ストックされただけの食材と同じで、
やがて腐っていき、腐敗臭を放ちます。

「高慢でいけ好かない物知り」という人がどこの世界にもいますし、
インターネット上で「ググレカス」と人を罵倒している人々は、
見事な腐敗臭を放っているわけです笑。
(「ググレカス」の意味が分からない方は、
 どうぞ、「ググレカス」と、検索バーに入れて、
 Google検索なさってください笑。)

情報のフローというのは、料理を作ることです。
その作られた料理で社会をより良くするのです。
「知的生産」によって社会に貢献している人の情報は、
いつまでも腐りません。

川の水が腐らないのと同じです。

、、、あとひとつだけ。

Evernoteの私が多用している最後の大ネタは、
「ワークシェア」という機能です。

これはEvernoteを使っている友人、知人と、
ファイルの交換や、チャットが出来る機能です。

基本的にはFacebookのチャット機能(Messenger)や、
LINEやGoogleハングアウトで出来ることと同じなのですが、
Evernoteの場合、自分の読書ノートなどが、
そのまま共有できて、複数人数のチャットも出来ますから、
「知的共有」にはこれ以上ないツールだと思っています。

私は2013年に病気療養してからというもの、
TwitterやFacebookなどにログインして、
自分のタイムラインを眺めて他人の投稿を見ていますと、
新宿駅の人混みで「人酔い」するような感覚に襲われるようになりまして、
消耗が激しいので、必要最小限しかログインしていません。
3ヶ月に1回ログインするかどうか、という感じで、
自分のアカウントがのっとられていないことの
確認のため(笑)にログインしていました。

これからもうすこし気力が出てきたら、
SNSを活用することもあるかとは思いますが、
「生まれたときからSNS疲れ」のような内向型人間の私には、
「あの界隈」は、ちょっと「圧力」が高すぎる空間なわけです。

しかしEvernoteのチャットはまったく違います。
招待制の「サロン」のような感じで、
クローズドで、親密で濃密なやりとりを楽しむことが出来ます。

私の「Evernoteともだち」はまだ、10人に満たないのですが、
チャットを通した情報のやりとりは非常に有意義です。

このメルマガを始めたのも、
「こういう実り多いやりとりを、
 どうやったら少しでも多くの人に体験してもらえるだろうか」
という問題意識とも関係しています。

ねりまるさんがEvernoteを活用し楽しみ始めた暁には、
どうぞEvernoteワークチャットで私に話しかけてください。
私の読書ログも、ご要望に応じてシェアします。
そういった「学習する共同体」としてのサロンのような場所を、
いつか生み出していきたいと最近は考えています。






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