+++vol.077 2019年2月5日配信号+++
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■2 陣内が先月観た映画 2019年1月
月に一度のお楽しみ、
「陣内が先月観た映画」のコーナー。
タイトルそのまんまの企画です。
先月私がいろんなかたちで観た映画を、
一挙に紹介しちゃうというコーナー。
5本以上観た月だけの限定コーナーとなります。
先月はけっこう観たので、
けっこう紹介できます。
もともと映画を観るほうではありますが、
Amazonプライムのストリーミングで観るようになって、
観る本数が3倍ぐらいに増加しました。
移動中に観れるというのが大きいです。
電車の中やバスの中で本を読むのは少し疲れますが、
映画はノーストレスです。
長時間移動がある月なんかは、
往復の移動だけで4、5本観れたりします。
観るだけではもったいないので、
皆様に紹介しちゃおう、
というのがこのコーナー。
世界一小規模の映画賞、
「月間陣内アカデミー賞」もやります(笑)。
「おもしろそうだな」と思うやつがあったら、
それをレンタルして観てみる、とか、
あとこれを読んで、観たつもりになって、
誰かに知ったかぶりする(笑)などの
使い方をしていただければ、これ幸いです。
「陣内が先週読んだ本」の
140文字ブリーフィングが好評なので、
映画評論も140文字で試みます。
時短は正義(!)ですから笑。
「読んだ本」コーナーと同じで、
140文字はあくまで「努力目標」です。
*どうしても「ネタバレ」要素をいくらか含みますので、
絶対にネタバレしたくない作品がありましたら、
器用に読み飛ばしてくだされば幸いです。
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●葛城事件
鑑賞した日:2019年1月2日
鑑賞した方法:Amazonプライム特典
監督:赤堀雅秋
主演:三浦友和
公開年・国:2016年(日本)
リンク:
http://amzn.asia/d/bURhe3A
▼140文字ブリーフィング:
葛城(かつらぎ)事件と読みます。
これはねぇ。
テーマがテーマなので、
嫌いな人が多いと思いますが、
私はめちゃくちゃ楽しめました。
これは監督自身が言っていますが、
2001年「池田小事件」(宅間守死刑囚)と、
2008年の「秋葉原無差別殺傷事件」という、
実際に起きた日本犯罪史上最悪の二つの事件をベースに、
「架空の事件=葛城事件」という事件を描くという試みです。
しかし、この映画の「軸」は、
事件を起こし死刑囚となった、
次男の葛城稔(若葉竜也)ではありません。
自殺した長男の葛城保(新井浩文)でもない。
父親の葛城清(三浦友和)こそが、
この映画における最重要人物にして、
「最狂(最も狂っている)」の人間です。
次男の葛城稔がしたこと
(地下鉄の駅でダガーナイフで人々を殺傷する)は、
おぞましいですし、言葉もありません。
しかし、それよりももっと深い闇が、
父親の葛城清にはある。
見ていると吐き気のようなものを覚えてきます。
(映画の紹介として、これはどうなんだっていうね笑)
ただ、このジャンルの映画は、
「最低=映画として最高」なわけで、
その意味でこの映画は傑作なのです。
葛城清とはいかなる人物か?
彼はサイコパスなのだけど、
完全なそれではない、というのがまた恐ろしいのです。
もし彼がマンガに出てくるような、
典型的なサイコパスならそこまで怖くない。
しかし彼はそうではない。
完全に「共感能力」はぶっ壊れているし、
論理は破綻しているし、
世間と彼の常識はまったくかみ合わず、
どこまでもエゴイスティックなのです。
しかし、彼は、
「私たちが知る誰か」と、
地続きなのです。
具体的に葛城清という人物を素描すると、
彼は典型的な団塊世代の悪い部分
(男尊女卑、DV、無駄に高いプライド、
二言目には「日本人のほこり」、
正論で人をなじる、能力が低い)などを、
煮詰めたような存在です。
その葛城清が家族の力学を崩壊させていきます。
真綿で締められるように、
妻も、長男も、次男も、
それぞれにそれぞれの仕方で狂っていきます。
妻は人間であることを諦め、
長男は「良い子を演じて自我が死んだ」結果自殺する。
そして次男は無差別殺傷事件の犯人となる。
家族という太陽系を回る惑星たちは、
それぞれに崩壊していくのですが、
その「地場」を引き起こしているのは父親の清であり、
その清は「私たちが知る誰か」の顔をしている。
めちゃくちゃ怖くないですか?
鑑賞中、「家族という地獄」という言葉がずっと、
私の心に響いていました。
「これは、家族という地獄だ」と。
後で作品について調べると、
私の中に鳴り響いていた「家族という地獄」という言葉こそが、
この作品のポスターに刷られていたコピーだった、
ということを知り、ぞっとしました。
「家族という地獄」などという言葉は、
台詞として一度も発せられていないのにもかかわらず、
監督は「イメージを共有する」という精度において、
これほどの力量を持つ、という証左ですから。
葛城家を象徴するひとつのこととして、
この家族が一度も「料理されたもの」を食べない、
というものがあります。
彼らはうわべだけを見れば仲の良さそうな家族にさえ見えます。
しかし、彼らは一度たりとも、
「料理されたたべもの」を食べません。
何度も何度も食事シーンが出てくるにもかかわらず、
そのすべてが、
出前の寿司、カップラーメン、コンビニ弁当など、
「出来合いの買った食品」なのです。
唯一の「まともなもの」を食べる中華料理のシーンは、
清が「マウンティング目的で」いちゃもんをつけ始め、
最終的に店員に罵声を浴びせ、
「店長を呼べ店長を!」状態になることで、
家族での記念日の団らんは、
台無しになっています。
(清自身は家族が居心地の悪い思いをしていることに気づかず、
自分の権威を示すことが出来たことにご満悦している)
葛城清という男がとにかく最低なのです(つまり映画として最高)。
ゴミです。
「救いようのない人間」というものがいるとしたら彼でしょう。
死刑判決を受けた次男もサイコパスですが、
彼の方がまだ希望があるかもしれない、
と鑑賞者は思う。
そして気づくのです。
「本当の闇」は、
拘置所の壁の「向こう側」にではなく、
「こちら側」にあるかもしれない。
そしてそれは、案外私たちの身近にいるかもしれない、
ということに。
『約束された場所で』という、
村上春樹がオウム真理教の実行犯を含め、
加害者側になった(元)信者達にインタビューした本があります。
この本には村上春樹と
心理療法家の泰斗、河合隼雄の対談も収録されています。
その中で二人が、「オウム事件」を、
マスコミが報道するように、
「あちら側に行ってしまった」人の起こした、
理解不能で凶悪な事件と捉えると、
私たちは認識を誤る、と指摘しています。
そうではなく、彼らと私たちを隔てる壁は、
もっともっと薄く、彼らのいる場所と私たちのいる場所は、
断絶しているのではなく地続きなのだ、
ということを認識しなければならない、と。
『葛城事件』は同じメッセージを私たちに伝える、
優れた作品です。
(2,045文字)
●スノーデン
鑑賞した日:2019年1月2日
鑑賞した方法:Amazonプライム特典
監督:オリバー・ストーン
主演:ジョセフ・ゴードン・レヴィット
公開年・国:2017年(アメリカ)
リンク:
http://amzn.asia/d/jkZsCrZ
▼140文字ブリーフィング:
エドワード・スノーデン事件を知らない、
と言う人はほとんどいないと思います。
当時日本でも大々的に報道されていましたから。
しかし、スノーデンという人がいったいどんな人で、
どんな経緯を辿って、
「米国政府はアメリカ人のすべてのSNS、
テキストメッセージ、ホームページの閲覧を把握しており、
それらの個人情報はすべて政府にアクセス可能になっている」
という衝撃的な事実をリークしたのか、
という詳細を知る人は多くはないでしょう。
私もご多分に漏れず、
事件の概要をぼんやりと把握していただけで、
これがどんな事件なのか、
映画を観るまで知りませんでした。
まず、スノーデンはハッカーです。
米国政府はハッカーを、
それも天才的なレベルのハッカーを、
大枚をはたいて雇っています。
本人は自分が政府で何の仕事をしているのか、
恋人にすら口外することを許されていません。
それらのハッカーが何をするか?
インターネットの情報の海に入り込み、
米国人3億人、およびネットに接続されている、
世界のほとんど全ての人間(当然日本人も含む)の、
インターネットアクセス履歴、
SNSの友だちのネットワーク、
投稿、ツィッターのダイレクトメッセージ、
Eメール、商品購入履歴などの、
個人情報の「鍵を開けていく」のです。
技術的には、
米軍は私、陣内俊のネット閲覧履歴、
Eメールの文章、
私の連絡アドレス帳、
過去のSNSの投稿、
過去のツィッターやFacebookのダイレクトメッセージ、
そういった情報を、
「意志さえあればいつでも参照可能」な状態にある、
ということです。
さらに、私のパソコンの画面の上には、
小さなウェブカメラが搭載されています。
米軍は遠隔操作できるミームソフトウェアを使い、
私がパソコンを起動すると、
カメラがそれと気づかず起動し、
そのレンズから私の生活をのぞくことも可能です。
これらがすべて、
9.11のテロの後、
「テロとの戦い」を掲げて米軍が進めてきたことです。
もはやジョージ・オーウェルのディストピア小説、
『1984年』の世界の、
「ビッグブラザーはあなたを見ている」
の世界です。
「いや、アメリカは善意の政府であり、
テロという巨悪と戦うために必要だから、
こういった行為は正当化される!」
と考える人もいるでしょう。
しかし、私はマックス・ヴェーバーが言った、
「国家とは基本的に暴力装置である」
という定義を忘れてはならないと思います。
政府は善意かもしれない。
政治家は「いい人たち」かもしれない。
しかし市民として国家と対峙するとき、
「国家性悪説」に基づき、
市民は国家に向き合うべき、
と私は思います。
「憲法」を市民が勝ち取った歴史を考えれば分かります。
自民党の政治家たちは完全に勘違いしていますが、
「近代の憲法」は、
国家という暴力装置から、
市民を守るために、
国家を鎖につないでおくために存在しています。
「市民が憲法を守る」ことは出来ません。
憲法を守る主体は国家権力であり市民ではないからです。
「市民の権利を国家は干渉してはならない」
というのが憲法の基本思想です。
こう考えてきますと、
スノーデンが告発したことで明るみにだされた、
アメリカの政府が進めてきた情報戦略は、
憲法に抵触するものだったのかどうか?
これは一考の価値があります。
スノーデンは米国の法律に違反し、
「国家に反逆した罪」で、
米国に入国することが出来なくなりました。
(彼は今ロシアにいると言われている)
アメリカに帰るやいなや、
裁判→有罪→懲役(死刑を求める議員もいる)です。
じっさい、日本にも「特定機密保護法」という法律があり、
それに違反すると最長懲役10年の量刑に処されます。
スノーデンが米国の法律に違反したのは異論の余地はありません。
しかし、劇中でスノーデンは「ニュルンベルク原則」について語ります。
それは第二次大戦後のナチスの実行犯を裁くために採用された、
国際法に関する原則で、こういうものです。
「法令遵守という国民の義務を超越した、
人類普遍の義務を、すべての個人は有している。
したがって、個々の市民は、
平和と人道に対する犯罪が生じることを防ぐために、
ときに国内法にそむく責務を持つ」
「法令遵守という国民の義務」を超越した、
人類普遍の義務があるので、
たとえば国内法が「ユダヤ人を殺す」ことを要求する場合でも、
それを「破る義務」が「人間として」あるのだ、
というのがこの原則です。
この原則でなければアイヒマン(ナチスの高官)は裁けないわけです。
だってアイヒマンはナチスの国内法を、
完全に遵守していたので、
あの枠組みの中ではまったく犯罪者ではないわけですから。
この映画「スノーデン本人」が最後に登場します。
あれ、どうやって撮ったんだろ。
監督がロシアまで行ったのかな?
いずれにせよ面白い映画でした。
(1,933文字)
●blank13
鑑賞した日:2019年1月2日
鑑賞した方法:Amazonビデオでレンタル(500円)
監督:斎藤工
主演:高橋一生、松岡茉優、斎藤工、リリー・フランキー
公開年・国:2018年
リンク:
http://amzn.asia/d/g9hll2t
▼140文字ブリーフィング:
義理の兄が「出張に行く飛行機で見て面白かった」
と以前話していたのを聞いていて、
Amazonでレンタル出来たので観ました。
これはねぇ。
映画と言うよりも、
「斎藤工による70分の長編コント」と考えた方が良い。
松本人志の「ビジュアルバム」という、
長編コントだけを収録したDVDがあるのですが、
その類いと考えた方が良いでしょう。
しかも「葬式コント」。
しかし、といいますか、
それなのに、といいますか、
いや、だからこそ、泣けるのです。
借金だけを残して失踪した父親(リリー・フランキー)に、
息子(斎藤工と高橋一生)が、
13年ぶりに会う。
父親がガンで余命わずかだという知らせが、
再会のきっかけになります。
後半はほとんど「葬式コント」です。
葬式という特殊空間のなかで、
お父さんの友だちだという人々の、
「キャラ祭り」なわけですよ。
お父さん、どんな人生歩んできたんだよ、という。
詳しくは言えませんが、
最後の「作文のくだり」はヤバいです。
ヒントを言いますと、構造的には、
「オールウェイズ三丁目の夕日」に、
茶川先生(吉岡秀隆)お田舎のお父さんが死んで、
実家に帰るシーンに似ています。
この作品、
はしもとこうじさんという放送作家のお父さんの、
実話に基づく話しだそうです。
(516文字)
●渇き。
鑑賞した日:2019年1月3日
鑑賞した方法:Amazonプライム特典
監督:中島哲也
主演:役所広司、小松菜奈
公開年・国:2014年(日本)
リンク:
http://amzn.asia/d/0k3uA6P
▼140文字ブリーフィング:
『告白』の中島哲也監督の作品ということで、
期待して見ました。
失踪した娘を追う父親(役所広司)が、
娘の加奈子(小松菜奈)の異常さ、
恐ろしさに出会う、という筋書きです。
加奈子がもう「すげーサイコパス」なわけです。
系列でいうと東野圭吾の『白夜行』の雪穂に近いかな。
「サイコパスもの」と中島哲也監督の相性は良いし、
撮り方も嫌いじゃないです。
ただ、構成的にこの映画、
加奈子の「サイコパスパート」と、
役所広司の「ハードボイルドパート」が、
交互に展開されるのですが、
ハードボイルドパートがちょっと「?」だったかな。
「ぶっ殺す、クソがぁ!」の連続で食傷しました。
もう、お腹いっぱい。
「ぶっ殺すキャラ」の役所広司が「ノイズ」になって、
サイコパスの怖さをちゃんと感じることが出来ないんすよね。
どちらかが正常じゃないと、
味わえないタイプの映画だと思うんですよ。
『白夜行』で、雪穂を追いかけ続ける笹垣刑事が、
ずっと血まみれで、銃をぶっ放しまくり
「ぶっ殺すぞコラァ」って言い続けてたら、
なんか「冷める」でしょ。
雪穂の怖さが際立たなくなる。
異常者が異常者を追いかける話になっちゃうから。
志は面白いが、失敗作と感じました。
(496文字)
●ザ・ウォーク
鑑賞した日:2019年1月2日
鑑賞した方法:Amazonプライム特典
監督:ロバート・ゼメキス
主演:ジョゼフ・ゴードン・レヴィット
公開年・国:2015年(アメリカ)
リンク:
http://amzn.asia/d/f0fkMmN
▼140文字ブリーフィング:
実話に基づく話です。
「スノーデン」に続き、
今月2本目のジョゼフ・ゴードン・レヴィット主演作品。
フィリップ・プティという実在の大道芸人の話です。
フランス人の彼は「芸術的犯罪」を行う芸人で、
1971年にはノートルダム大聖堂の二つの尖塔の間にワイヤーを張り、
綱渡りに成功しています。
当然建物の管理者も警察もそんな奇行を許すわけがありませんから、
無許可です。
「誰も殺さないテロリズム」なのです。
しかし、そこを通りがかった人々は熱狂の渦に包まれる。
翌日の新聞も騒ぎ立てる。
当局は彼を拘留し、
「なんかいろんな条例に違反してるので」
という理由で罰則を与えますが、
彼の「犯罪」は各地で人気を博するのです。
そんな彼がある日、
ニューヨークにワールドトレードセンタービルという、
世にも巨大なツインタワーが建設中であることを、
新聞で読んでから、それに取り憑かれたようになります。
そしてチームを形成し、
アメリカに渡り、
その「犯行計画」を実行に移す、
というのがこの映画が描いていることのすべてです。
「ケイパーもの」という映画のジャンルがあります。
チームで強盗などのミッションを行う有様を描くジャンルがそれで、
オーシャンズシリーズが代表的ですし、
日本のアニメ「ルパン三世」もケイパーものですね。
この映画、高所恐怖症の人は見ない方が良いです。
つまりこれは映画に対する褒め言葉であり、
それだけ「高いところにいる恐怖」がちゃんと伝わっているということです。
まだ完成していないワールドトレードセンタービルにワイヤーを張り、
プティが綱渡りを敢行した犯行当日、
ニューヨーク市は騒然となります。
地上には黒山の人だかりが出来、
テレビ中継車が集まり、
たくさんの消防車、パトカーが出動し、
消防のヘリコプターが飛ばされます。
ヘリコプターから警察がプティに拡声器で警告します。
「あなたは今100以上の条例に違反しています。
落ち着いてゆっくりと、
ただちに戻ってきなさい。」
そんなヘリコプターをおちょくるように、
彼はロープを何往復もした後、
「やりとげた満足感」に浸って、
数十人の警察に逮捕されます。
彼は一躍「時の人」となり、
ニューヨーカーは彼のしたことを大絶賛します。
警察はそんな彼に重罰を科すことは出来ず、
「厳重注意」だけで釈放する。
(実は警察官も「人間としては」彼のした、
「オシャレな犯罪」を心では応援していたのが分かります)
この映画、『バック・トゥ・ザ・フューチャー』、
『フォレスト・ガンプ』のゼメキス監督が撮ってるんですよね。
ゼメキス監督は愛国主義者で知られていて、
背後に政治性が潜んでいることが指摘されることもある。
なんでそんな人が「こんな題材」を選んだんだろう?
という疑問があります。
私は「9.11」にその理由があると思っています。
世界の誰もが知るように、
21世紀が始まった年に、
ワールドトレードセンタービルは民間機の突撃という、
衝撃的なテロ行為によって、
この世から姿を消しました。
ニューヨーカー(およびアメリカ人)にとって、
1974年に完成したツインタワーは、
30年以上、「景色の一部」であり、
自分たちのアイデンティティでもあったと思うんですよ。
東京という街にとっての東京タワーとスカイツリー、
パリという街にとってのエッフェル塔みたいなもので、
「それが消えてなくなる」というのは、
心にぽっかり穴が空くような、
自分たちのアイデンティティがダメージを受けるような、
そんなトラウマ体験だと思うのです。
日本から「富士山」が消えたら、
「何か足りない」と思うのと同じで、
ニューヨーカー(およびアメリカ人)は、
9.11以降ずっと、「何かが失われた感覚」を、
持ち続けているだろうことは想像に難くない。
この映画の最後に、
「ニューヨーカーはこの一件で、
ワールドトレードセンタービルが好きになった。
彼がしたことがツインタワーに命を吹き込んだ」
という後の言説が紹介されます。
ワールドトレードセンタービルは、
エッフェル塔がかつてそうだったように、
建設前、建設中は、批判する人が多かったのです。
「景観が損なわれる」とか、
「そんなデカいものを作って、
ニューヨーク市の美しい景観を乱す」とか、
そういうことを言う人も多かった。
しかし、プティの「テロ行為」により、
ツインタワーは「物語」を与えられたのです。
それにより、ツインタワーが「ニューヨーカー」になった。
何が言いたいのか?
この映画『ザ・ウォーク』は、
ロバート・ゼメキス監督なりの、
ツインタワーへの「追悼」なのだ、
というのが私の見立てです。
こんなことを言ってる人は他にいないので、
間違っているかもしれませんがあくまで私の読みとして。
ツインタワーは「テロ行為」によってこの世から姿を消しました。
しかし「テロ行為」によって命を吹き込まれたビルでもある。
それを思い出すことによって、
「かつてのニューヨークのシンボル」に、
ちゃんとお別れを告げる儀式だったのではないか、
と私は思うわけです。
(2,027文字)
●アイヒマンを追え!
鑑賞した日:2019年1月2日
鑑賞した方法:Amazonプライム特典
監督:ラース・クラウメ
主演:ブルクハルト・クラウスナー
公開年・国:2015年(ドイツ)
リンク:
http://amzn.asia/d/0Dsudrh
▼140文字ブリーフィング:
アイヒマンっていう名前、
聞いたことがある人ってどのくらいいるんでしょう?
アドルフ・ヒトラーは知ってるけど、
アイヒマンは知らないっていう人が多いかもしれない。
ただ、アイヒマンはナチスを語る上で外せない重要人物です。
彼はナチスの「SS」と呼ばれる親衛隊のトップで、
ナチスのユダヤ人虐殺の実務における最高責任者でした。
私はハンナ・アーレントという哲学者が、
アイヒマンについて書いたとき、
「凡庸な悪」という有名な形象を使ったことを知っていました。
700万人とも言われるユダヤ人の虐殺をその手に掌握していた、
アイヒマンという人物はさぞかし悪人の形相をしており、
さぞかし悪魔的な人間なのだろう、
と誰もが思っていたが、その実相は違った、と。
彼は「小役人」だったと。
自分の保身のことだけを考える、
「生真面目で小心で偏差値秀才的な官僚」だった、と。
本当の巨悪は、マンガに出てくるような「いかにも悪者」ではない、と。
そうではなく、
「あなたや私のような小市民」も、
その悪と地続きなのだ、ということを、
アーレントは「凡庸な悪」で語っています。
そういえば東京裁判で日本の将校たちも、
「上に言われたのでやるしかなかった」と、
口をそろえていましたね。
はい。
先ほどの話とつながりますね。
葛城事件ともつながります。
巨悪は私たちと地続きであり、
私たちはいつでも「向こう側」に堕ちかねない。
そういう認識を持つ人だけが、
巨悪に肩を叩かれたとき、
それと自覚的に戦うことが出来るのです。
、、、で、
ヒトラーは敗戦直前に自殺したことは多くの人が知っていますが、
アイヒマンはどうなったか?
彼は戦後もしばらくアルゼンチンに潜伏していたのです。
私はこの事実を知らなかった。
戦後すぐニュルンベルク裁判で裁かれ処刑された、
というのが私の認識でしたから。
やはり私は近現代史に弱い。
この映画は、アルゼンチンに潜むアイヒマンに気づき、
それを追いかけるバウアー検事の物語です。
日本もそうですが、戦前と戦後って、「地続き」です。
戦後日本を作った二人の総理大臣、
安倍首相のおじいちゃんの岸信介と、
麻生太郎のおじいちゃんの吉田茂が、
戦前の日本政府が太平洋戦争を推し進める上で、
最重要人物だったのと同じで、
戦後西ドイツの指導部には、
あらゆる場所に「ナチの残党」が残っていました。
バウアー検事がしたことは、
彼らの「虎の尾を踏む」ことだった。
つまり、アイヒマンが捕まると、
芋づる式に自分たちにも捜査の手が及ぶのでは、
と彼らは恐れたのです。
あらゆる汚い手を使って、
バウアー検事のアイヒマン追跡は妨害されますが、
最終的にバウアー検事は、
イスラエルのモサド(イスラエル版CIA)の協力を取り付け、
アイヒマンを追い詰めることに成功します。
アイヒマンは最終的にどうなったか?
イスラエルで裁かれるのです。
いやー知らなかった。
自分の近現代史の知識がアップデートされました。
(1,190文字)
●ムーンライト
鑑賞した日:2019年1月2日
鑑賞した方法:Amazonビデオで有料レンタルして観賞
監督:バリー・ジェンキンス
主演:トレヴァンテ・ローズ
公開年・国:2016年(アメリカ)
リンク:
http://amzn.asia/d/aXIV8hR
▼140文字ブリーフィング:
2017年アカデミー賞の作品賞受賞作品です。
アカデミー作品賞って、
日本の芥川賞と似たところがあるんですよね。
「エンターテインメントとして面白いかどうか」よりも、
「文学的かどうか」が評価基準になる。
『ムーンライト』もまさにそれで、
映画というより、明治の私小説を読んでいるような、
文学的な趣のある作品でした。
ゲイ・黒人・ドラッグ・虐めなどの悲惨な現実にゆれる、
ひとりの黒人青年の半生を描く作品です。
三部構成が特徴的で、
第一部(少年期)、
第二部(十代)、
第三部(青年)となっています。
第一部、第二部でいじめにあっていた主人公のシャイロンが、
第三部で筋骨隆々になり、金歯を入れ、
金のネックレスを付けたドラッグディーラーになります。
彼の過去を知る私たちは、
「彼がなぜこの鎧をまとっているのか」ということを、
身を切られるほど痛々しく知っているわけです。
切なく甘酸っぱく、そして美しい話でした。
(390文字)
●イントゥ・ザ・ストーム
鑑賞した日:2019年1月2日
鑑賞した方法:Amazonビデオで有料レンタル
監督:スティーブン・クォーレ
主演:リチャード・アーミティッジ
公開年・国:2014年(アメリカ)
リンク:
http://amzn.asia/d/9myQ9J5
▼140文字ブリーフィング:
低予算のB級映画の部類ですが、
けっこう凄い映画でした。
竜巻の中心に行き、そこで映像を撮る、
ということに人生をかけた、
「ハリケーンハンター」という人たちがアメリカにはいます。
テレビ番組の『クレイジージャーニー』に出てきそうですね。
そのハリケーンハンターチームが、
巨大な竜巻に遭遇し、、、という筋書き。
実はこの映画、「怪獣映画」なんですよね。
怪獣が竜巻だ、というだけで。
では怪獣映画として出来はどうか?
素晴らしい出来でした。
能書きは抜きにしていきなり本題に入る感じとか、
竜巻が出てきてからのスピード感とか、
「竜巻」というフォーカスが、
ひとつの街の人々の群像を浮き彫りにし、
それぞれの人生の歯車が狂ったり変わったりする感じとか。
私の映画評論の師匠、ライムスター宇多丸氏が、
ハリケーンハンター「タイタス」のリーダーは、
メルヴィルの名作「白鯨」におけるエイハブ船長なのだ、
と語っていて思わず唸りました。
「ああ、ホントだ、その通りだ」と。
(413文字)
●勝手にふるえてろ
鑑賞した日:2019年1月3日
鑑賞した方法:Amazonビデオで有料レンタル(400円)
監督:大九明子
主演:松岡茉優
公開年・国:2017年(日本)
リンク:
http://amzn.asia/d/8wL1zxV
▼140文字ブリーフィング:
これは面白かったです。
これは松岡茉優の演技力の勝利ですね。
「自意識の中に引きこもってしまった」、
オタク的なこじらせ女子の話なのですが、
彼女じゃない下手な人がやると、
「キワモノ」みたいになってしまうでしょう。
過剰なモノローグや妄想を、
「これは特別な人間の話ではなく、
普通の女の子の話である。
いや、これは私の話だ」
と多くの女性に思わせる説得力を備えている。
そしてこれは「他者性」の話しでもあります。
主人公は誰の名前も覚えません。
自分の中で勝手に周囲の人々に名前を付け、
「記号化」します。
(それを当人にも、もちろん他人にも言いません。
基本的に自分以外の人間はバカだと思っているので、
それを他人に共有しても理解しないと、
ハナから決めつけているので)
彼女には自分に言い寄ってくる彼氏候補「二」と、
学生時代から妄想の中で恋人にしている「一」という、
二人の男性がいます。
その二人の間で揺れてる、と彼女は思っているが、
それを誰にも共有していない。
(どうせみんなバカだから)
、、、この先はネタバレ注意です。
▼▼▼ネタバレ注意▼▼▼
▼▼▼ネタバレ注意▼▼▼
▼▼▼ネタバレ注意▼▼▼
「二」は会社の同僚なのですが、
うざいぐらいに彼女にアプローチをかけてきます。
彼女はラストシーンで初めて、
「二」の名前を「○○君」と呼びます。
このとき初めて彼女は「他者に対して開かれる」のです。
「他者に対して開かれる」ことは、
現代の若者にとっての救済の物語だ、
というのがよく分かります。
「他者」がないときの彼女が、
同窓会で会った「一」と話しているとき、
「まるで自分と話しているみたいだから好き」
と言います。
その後、「一」は彼女の名前すら覚えていなかったことを知り、
そのショックで彼女は会社に「不登校」になります。
これに対して彼女のことを心配して、
ほとんどストーカーのように、
家の前まで来て叫ぶ「二」は、
「あなた、私の何を知ってるって言うのよ」
と突き放す彼女に対し、
「君のことを僕は何も知らない。
正直、まったく分からないことだらけだ。
だから好きなんだ!」
と叫びます。
この瞬間「二」によって心をこじ開けられた彼女は、
初めて「二」を名前で呼ぶのです。
現代の若者の「自己という地獄」は、
「自らが閉じた系になっている」
というのが特徴です。
オタクカルチャーに、
「セカイ系」という言葉がありますが、
その特徴を良く表しています。
この映画、かなり変化球に見えて実は、
「セカイ=自分」の、「自我こじらせOL」が、
「他者」と出会うという正統派のストーリーなのです。
(1,043文字)
●ネブラスカ ふたつの心をつなぐ旅
鑑賞した日:2019年1月5日
鑑賞した方法:Amazonビデオで有料レンタル(400円)
監督:アレクサンダー・ペイン
主演:ブルース・ダーン、ウィル・フォーテ
公開年・国:2014年(アメリカ)
リンク:
http://amzn.asia/d/epQep5S
▼140文字ブリーフィング:
おじいちゃんになった父親が、
「宝くじに当たったから100万ドルを取りに来てください」
というダイレクトメールを受け取り、
「取りに行く!」と言って聞かない。
40代の息子は当然止めます。
「それはよくある詐欺だ!」と。
しかし、息子は、
行けば気が済むのなら、、、
と途中で考えを変え、父と息子の二人旅を始める、、、
という筋書きです。
アメリカにおけるネブラスカというのは、
ワイオミングなどと一緒で「田舎」の代名詞でして、
アメリカ人はネブラスカと聞いて、
「何もないところ」と連想するのです。
英語で「ネブラスカ州」を検索すると、
検索バーの第二検索ワードに「何もない」が出る、
と町山智宏さんがラジオで言ってました笑。
田舎をおじいちゃんが旅する映画が私は好きです笑。
「シルバーロードムービー」とでも言いましょうか。
このジャンルには『ストレイト・ストーリー』という名作がありますね。
町山智宏さんの書籍によると、
アレクサンダー・ペイン監督はネブラスカ州出身で、
小津安二郎の大ファンだそうです。
そうか!!
これはアメリカ版『東京物語』なのです。
「老人の旅」が家族の再発見をもたらす、という。
何のこと?
という人は是非『東京物語』見てください。
映画の古典中の古典ですから、観て損はないです。
白黒映画苦手っていう人は、
山田洋次監督のリメイク『東京家族』でも良いので。
(565文字)
●シェフ 三ツ星フードトラック始めました
鑑賞した日:2019年1月10日
鑑賞した方法:Amazonプライム特典
監督:ジョン・ファブロー
主演:ジョン・ファブロー
公開年・国:2014年(アメリカ)
リンク:
http://amzn.asia/d/3MdNVbc
▼140文字ブリーフィング:
これは予想をはるかに上回って面白かった、
「掘り出し物ムービー」でした。
素晴らしかった。
監督は『アイアンマン』の監督をしてブレイクした、
ジョン・ファブロー。
なんと主演もジョン・ファブロー。
ジョン・ファブローの監督&主演作です。
脇役がやたら豪華なのも納得です。
スカーレット・ヨハンソンや、
ロバート・ダウニー・Jrなどが、
「ちょい役」で出ています。
この映画の素晴らしいところは、
1.料理がとにかく美味そう。(空腹時には観ないほうが良い)
2.「料理の手際」がとにかくセクシー。惚れる。
3.音楽が最高にアガる。
3.父と息子の絆、同僚の絆にグッとくる
これだけ揃ってれば、
あとは何の情報もなくても観て損はないのですが、
さらにさらにこの映画、
私は宇多丸師匠の解説で知ったのですが、
ジョン・ファブロー監督の、
「監督としてのキャリアの葛藤」を、
主人公のシェフとしてのキャリアの葛藤として、
換骨奪胎して語った「自伝的作品」でもあるのです。
胸熱ですね。
手際よく解説してくれるAmazonレビューを見つけたので、
それを引用します。
〈映画単体としては薄っぺらいという意見も目立つけど、
本作の主演・監督はアイアンマンを撮った監督。
アイアンマンの成功を皮切りに今日のマーベル関連作品があるわけだが、
監督はある作品の興行的失敗をきっかけにドン底に陥る。
本作はそこからの再起を料理に置き換えた脚本。
(中略)
料理と映画が多重構造になっているのが、本作の隠し味だと思う。〉
、、、映画の中で主人公は、
雇われシェフとして高給を貰うが、
オーナーの言うとおり、
「万人受けするつまらない料理」を作ることに葛藤を覚えます。
自分はもっと、人に感動を与えるような料理を作りたい。
自分が料理人になったのは、
金儲けしか興味がないオーナーの言いなりになるためなのか?
有名レストランを辞職し、
フードトラック(屋台)を始めた彼は、
料理を通して人が笑顔になる、
という原点に返ります。
雇われシェフを「ビッグバジェット雇われ監督」
オーナーを「マーベルや大手配給会社」
フードトラックを「低予算の手作り映画=この映画!」
と置き換えたら、まったく彼自身の話なのです。
素晴らしい映画でした。
(905文字)
●ボヘミアンラプソディー
鑑賞した日:2019年1月11日
鑑賞した方法:大泉の映画館で鑑賞(1800円)
監督:ブライアン・シンガー
主演:ラミ・マレック
公開年・国:2018年(イギリス)
リンク:
http://www.foxmovies-jp.com/bohemianrhapsody/
▼140文字ブリーフィング:
これは解説の必要があるのでしょうか?
世界的に「社会現象」となっている本作。
「東京ポッド許可局」というお気に入りのラジオ番組でも語られていて、
興味はあったのですが、友人が「観た、良かった!」
というのを聞き、なんとか時間を作って観に行きました。
この映画は、映画というよりも「コンサート」なので、
批評には向きません。
クイーンの音楽の力であり、
フレディ・マーキュリーの天才の力です。
最後の「ライブエイド」の20分はサブイボものですよ。
あと、フレディ・マーキュリーがゲイだというのは知っていましたが、
彼がインドからの移民だとは私は知りませんでした。
彼の孤独の深さが映画を観るとよく分かります。
「孤独と創造性」というのは表裏一体なんですよね。
(315文字)
▼▼▼月間陣内アカデミー賞▼▼▼
世界一小さな映画賞、
「月間陣内アカデミー賞」を、開催いたします。
主催者、プレゼンターは陣内がつとめます。
作品賞、主演(助演)俳優賞、そしてもうひとつ、
という感じで、ぬるーくやります。
皆さんの映画選考の参考にしていただければ幸いです。
▼作品賞
『葛城事件』
コメント:
ブリーフィングの熱量から予想はついたかもしれませんが、
『葛城事件』が、「月間陣内アカデミー賞・作品賞」です。
たぶんこの映画は、嫌いな人のほうが多いでしょう。
観た後に心理的にダメージを受ける、
そしてそれを楽しむ「マゾヒズム映画」ですから。
激辛ラーメンを好んで食べに行ったりする心理に似てますね。
でも、マゾヒズム的な面白さだけじゃないんですよね。
この映画はある意味、「ディストピアSF」と同じで、
「徹底的に病んだ個人と家族」を見せられることで、
その裏側の「では健全とは何か」のヒントが得られる。
凶悪な殺人事件などがあると、
ワイドショーで何週間も何週間も、
「犯人の心の闇とは何だったのか?」
みたいな報道が繰り返されますよね。
あれを1,000時間観るより、
この映画を1本観た方が、
よほど役に立ちます。
なぜか?
ワイドショーは、
「凶悪な犯人はあちら側におり、
善良な視聴者(我々)はこちら側にいる」
という人間観に基づくが、
この映画(や村上春樹のオウム関連ノンフィクション)は、
「私たちと犯人を隔てる膜は驚くほど薄い」
という前提に立つからです。
そして、耳の痛いことに、真実は後者にあります。
真実とは多くの人が聞きたいと思わないことなのです。
「真実は視聴率を取らない」。
マスコミ報道のジレンマがここにあります。
▼主演(助演)男優賞
三浦友和(葛城事件)
コメント:
葛城事件の三浦友和は、
めちゃくちゃ説得力がありました。
もうね「クソ」なんですよ。
真まで腐ってしまってるんですよ。
つまり、映画として最高、ってことです。
▼主演(助演)女優賞
松岡茉優(勝手にふるえてろ)
コメント:
解説した通り、
このポジションの役は、
めちゃくちゃ難しいバランスの上にあります。
「普通の人の中にある深い病理」を描く上で、
普通じゃんと思わせたら駄目だし、
これは異常な人じゃんと思わせても駄目。
明らかに異常なんだけど、
でも、満員電車の向かいの席に座るOLの、
10人に7人ぐらいの内面は、
実はこれと似たものなのかもしれない、
と思わせなければならない。
そのバランスを成立させている、
松岡茉優の演技は白眉です。
▼その他部門賞「胸熱賞」
『シェフ 三ツ星フードトラックはじめました』
コメント:
これは胸が熱くなりました。
ジョン・ファブロー監督が凄いんですよとにかく。
じっさいこの低予算映画のために、
彼は一流シェフの弟子入りをして、
料理の手際などを身に着けています。
彼が野菜を切るシーン、
パスタをゆでるシーン、
肉を皿に盛り付けソースをかけるシーン、
本当にそそります。
惚れます。
この映画の興行成績はどうだったか?
メガヒットだそうです。
米国で当初小数の映画館での上映だったのが、
SNSの口コミにより火がつき、
異例のロングランヒットになった。
まさにこの映画のシェフに起きたことと同じです。
自分自身の自画像を映画で描き、
しかもそれが自分の本当のキャリアの再起となった、
という意味では、「ロッキー」における、
スタローンとまったく同じですね。
彼はあの映画の脚本を書いて主演し成功する前は、
劇中のロッキーとまったく同じで、
鳴かず飛ばずの脚本家志望の30代であり、
もう人生を棒に振ってしまったのか、
という危機の中にあり、
ロッキー本人と同じく、あの映画で起死回生しましたから。