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「君たちが知っておくべきこと」佐藤優

2017.06.07 Wednesday

+++パイロット版vol.1 2017年1月31日配信号+++

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■本のエスプレッソ

私は、一年間に300冊ほど本を読みます。

そのほとんどは図書館で借りますが、
図書館に蔵書のない本はAmazonのKindleで買ったり、
専門書などは書店で購入したりします。

読書スタイルは、常時5〜10冊ぐらいを並行して読み、
ジャンルは多種多様で、
「乱読」に近い読み方をしています。

たとえが悪いですが
チェーンスモーカーが、
今ついているタバコの火を、
次のタバコにつけるように、
私の読書は、
「今読んでいる本に引用されている書籍」を、
芋づる式に辿っていく、
という選び方をします。
(私はタバコは吸いません。念のため笑。)

また、信頼する友人に勧められた本は、
なるべく必ず読むようにしています。

日常的に書籍を読むようになった大学生時代以降、
読書の記録はぜんぶ一冊の大学ノートにしてきました。

2014年から情報の集積を、
大きくデジタル方向にシフトして、
「読書ノート」をEvernoteに取るようにしていて、
現在そのファイル数は1000を超えています。
Evernoteは私の「第二の脳」なので、
これがないと日常の知的活動に支障を来たすレベルです。
メリットも大いにありますが、
デジタル化のリスクは大きいです(笑)。

「私のEvernote蔵書のなかで、
 なるべくその週に読んだ本のなかで、
 この本は良かった」
という本を厳選して、みなさんにその本を、
「コーヒーの高圧抽出」のような形でシェアするのが、
このコーナー。

いわば読書のエスプレッソです。
私のEvernoteの読書ノートから引用しつつ、
読者の皆様に毎週、選りすぐりの一冊を紹介し、
「本なんて読む時間ねぇよ!」という方にとっては、
時間短縮のツールとして、
「本が大好き」という方にとっては、
「読書を通した豊かな対話」のような、
ひとときを味わっていただくコーナーとして、
楽しんでいただけたらと思っています。

:::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::

●「君たちが知っておくべきこと」
著者:佐藤優
出版社:新潮社
出版年:2016年
http://amzn.asia/9wTSOKP


佐藤優さんの本は、
これまでに少なくとも50冊以上読んでいます。

佐藤優という人を私が知ったのは、
たしか、2010年のことでした。

北海道に住んでいる私の友人が、
「佐藤優って知ってる?」
と教えてくれたのが7年前のこと。

今の日本の「知の巨人」のひとりとして、
その友人は佐藤優のことを教えてくれました。
私はキリスト教徒ですし、
佐藤優氏も改革派の信仰を持っていて、
同志社大学神学部出身ですので、
何か学ぶ事があるはずと思って、
彼の著作を読むようになりました。

以降、6年間で毎年10冊ずつのペースで、
佐藤優の著作を読んできた、
ということになります。
(彼の「出版」のペースにはそれでも、
 とうてい追いつきませんが 笑)

6年間毎年10冊ずつ同じ著者の著作を読みますと、
ある程度その作者の思想体系といいますか、
思考の輪郭が、捉えられるようになってきます。

私が佐藤氏の著作から学んでいることは、
マルクス、地政学、国際問題、神学、勉強法など、
多岐に渡りますが、
ひとことで言うと、
「知性と信仰の弁証法的過程」
を、彼から学んでいるように思うのです。

難しい言葉を使いましたが、
「弁証法的過程」というのは言い換えると、
「絶え間ない発展的対話」とでも言えます。

どういうことか。

信仰と知性の弁証法的過程が、
うまく働いていないのが、
日本のキリスト教信仰の限界であり病理のひとつだ、
と佐藤氏は言います。

片方に、
「信仰さえあれば良いんだ。
 知性は信仰の邪魔をする」
という「反知性主義的信仰」があります。

この信仰には限界があります。
信仰が実証性、客観性に基づいていないので、
どこまで行っても「主観の世界の一人語り」になり、
社会を変えていく力をもちません。

もう片方に、
「知識こそ大事なんだ。
 聖書の釈義、神学、歴史、
 そういったことが大事だ。
 奇跡を信じる信仰?
 あれは宗教的熱狂者の妄言だ。」
という「知識偏重主義」があります。

知識を積み重ねれば、
いずれ真理に到達できる、
というある意味「無邪気」ですらある、
信仰の在り方です。

この種の信仰にも限界があります。
信仰の世界は知識でぎりぎりのところまで進んだ後に、
「命がけの跳躍」をするというところに、
その「精髄」があります。

知識だけで真理に到達できる、
という態度は、結局はその知識すらも、
不完全なまま腐らせてしまうという結末を迎えます。

ではどうすれば良いのか。

佐藤氏は、
「信仰と知性の弁証法的過程」が大切だ、
と言います。

私たちは神について、
神の言葉である聖書について、
人間について、
人間の営みである歴史について、
そしてこの世の中について、
知性でいけるところまで行きます。

それが「最後の命がけの跳躍」としての、
真の信仰に導きます。

そして信仰の営みが、
次の「未知の領域」に私たちを導き、
次の次元の知的活動に私たちを招き入れるのです。

このように、「らせん的に発展していく過程」を、
佐藤氏は「信仰と知性の弁証法的過程」と呼びます。

6年前、2010年に、
私は佐藤優さんの講演会に参加しました。
沖縄の久米島の教会に、
セミナー奉仕のために呼ばれたときに、
偶然にも佐藤さんが無料で講演会をしていました。

久米島町の体育館でその講演会は開かれ、
佐藤優氏と元沖縄県知事の大田昌秀氏が講師でした。
ふたりとも久米島にルーツを持つからです。

プロサッカー選手の、
たとえばリオネル・メッシのプレイを見ると、
私たちの網膜にその芸術的な動きは焼き付けれ、
完全に魅了されるでしょう。

それと同じ事が、
佐藤氏の講演会において繰り広げられました。
特に1時間ほどあった、質疑応答の時間は圧巻でした。

佐藤氏は今の社会について、歴史について、
それこそ森羅万象、あらゆる事象について、
鮮やかな「手さばき」で、
見事に回答していきます。

その手際は鮮やかで、たとえば、
「マグロの解体ショー」を見ているようでした。
その体育館いっぱいに集まった、
600名ほどの島民はみな、
私と同じように「魅了」されており、
その「知識量」「分析能力」「論理力」に、
ため息すら漏れるほどでした。

「知の巨人」とは、
こういうこをを言うのか、と。

そのときに休憩時間に質問に行き、
私は佐藤氏と二言三言言葉を交わしました。
佐藤氏が名刺をくださいましたので、
私はいまでもその名刺を持っています。

佐藤優
Mr.Masaru Sato

とだけ書いており、
事務所の住所と連絡先が書いてあります。

肩書きのないシンプルな名刺に、
「カッコいい」と思い、
今でも時々Mr.Shun Jinnaiと、
自分の肩書きをMrにすることで、
真似しています 笑。

前置きが長くなりましたが、
この本は、兵庫県にある灘高校の生徒と、
佐藤優との対話を書籍化したものです。

灘高校というのは、
学年の半数ぐらいが東大に入学する
(残りの半分は国立大の医学部に入学する)という、
もう言ってみたら「訳の分からない」学校で、
中高一貫の全寮制の男子校です。

東京の開成高校とよく比べられますが、
おなじ東京大学でも、
灘高校は難関学部への合格率では圧勝しています。

東大理科三類(医学部)という、
偏差値でいうとモンスターの狭き門があります。
その学年の、全国数十万人いる大学受験生の、
上位100名に入っていないとこの門はくぐれません。
統計的には上位0.02パーセントということになりますが、
その100名の合格者のうち、
灘高校出身者がなんと4人に1人です。
(ちなみに開成高校の理三合格者は10名以下です。)

どれほど桁外れな学校か、
おわかりいただけたでしょうか?

私は言うまでもなくエリートではなく、
中学校、高校は岡山県倉敷市というところの、
市立中学校、県立高校に通いました。

市立倉敷南中学校の私の友人で、
ひとりだけ灘高校に入学した男がいます。
M君といって、サッカー部に入っていました。
彼の家でスーパーファミコンの、
「スーパーフォーメーションサッカー」を、
何時間も遊んだことがあります。
(あれは名作です。)

彼は2年生の冬ぐらいから猛勉強をはじめました。
やや治安の悪い公立中学でしたから、
誰もそんなことをする生徒はいません。
周囲からは「無理だ」と揶揄されていました。

ところが、彼はなんと灘高校に「補欠合格」したのです。
何か自分のことのように誇らしかったのを覚えています。

自分は何も努力したわけでもないのに 笑。
風の噂ではM君はその後、
名門・千葉大学医学部に入学したそうです。
今頃どこかの病院で働いているのでしょうか。
それとも大学で研究しているのでしょうか。

懐かしいです。

、、、で、
そんな佐藤優と、
そんな灘校生の対話を、
書籍したのがこの本。

面白くない訳がない。

前置きがあまりにも長くなったので、
本の内容には詳しく立ち入らないことにします笑。

かなり長くなりますが、
フランス革命について、
佐藤氏と灘校生が語り合う箇所を、
引用するだけで十分でしょう。

佐藤氏は久米島で、
「歴史は反復する」と言いました。
その言葉が6年前、私の脳裏に焼き付きました。
「歴史は反復する、ってどういことだろう?」
と、それから3、4年の間、
私は頭のどこかで考え続けていました。

後にこの言葉はヘーゲルの言葉だと分かりました。

この引用箇所から、
佐藤氏が「歴史は反復する」をどう理解しているのかが、
よく分かります。

過去の歴史は反復します。
しかし同じようには反復しません。
容れ物を変えて、形を変えて、
歴史は確かに反復します。
これも「らせん運動」に近い。

人類がもし学ばないなら、
このらせん運動は、
単なる「ラットレース」、
もしくは「ミニ四駆サーキット」になります。

それこそが、
「愚か者は経験から学ぶ
 賢者は歴史から学ぶ」
とビスマルクが言ったことの真意です。

以下に引用する対話で、
佐藤氏が提示するのは、
「歴史はどのように反復するのか」
「我々はどのように歴史から学ぶのか」
ということです。


▼▼▼「君たちが知っておくべきこと」から引用▼▼▼

〈佐藤:(中世の農民は一日当たりカロリーを)3400ぐらい摂ってた。

生徒:えー!!

佐藤:中世初期には、ほとんど大麦に牛乳をかけて食べているような状態で一日中働いていたのが、フランス革命時には「パンをよこせ」と言って、みんながパンを食べるようになっていたわけ。生産力、経済力が増して生活状況が格段に向上し、また都市に人が集中している様子も分かるよね。
 あの時代にはもう、人々が圧倒的にホモ・エコノミクス、つまり、経済最優先、利益最優先の考え方になって商品経済ができあがっていました。そうすると、経済状態を改善することが政治の第一の課題になる。
 すなわちフランス革命がどうして起きたかというと、当時の王政では国民が経済状態に対して抱いていた不満を改善することが出来なかったから。それゆえに革命が起きた。まず最初に権力を取ったのは?

生徒:ジロンド派でした。

佐藤:そのジロンド派の政策のポイントは?

生徒:ブルジョアに優しい

佐藤:そう。ブルジョアに優しくて、王さまの首を取って、王さま、貴族、教会のもっていた財産を市民層に再分配した。これは民主党政権がやった事業仕分けと一緒でしょ。日本の民主党政権は基本的にジロンド的だったんだよ。「今までは政治家・官僚・事業家の間に癒着があった。そのせいで、われわれは豊かじゃなかった。豊かにするためには子ども手当、高校無償化、さらに事業仕分けをして、霞ヶ関埋蔵金を吐き出させて国民を豊かにするんだ」というジロンド政策の論理なんです。
 しかしジロンド政策は2つの問題点から長くは続かない。一つ目は財源の壁。ジロンド派が政権を握ったときも、アッシニア紙幣という没収した教会財産を担保にした国際紙幣を大量に刷ったでしょ。二つ目の問題点は?

生徒:貧困層の不満・・・?

佐藤:いや、まだ本格的なプロレタリアートが生まれていないから、貧困層の不満はそれほどでもない。市民層を満足させることによって、労働者層をある程度満足させることが出来ていたんだ。二つ目の問題は非常事態だ。

生徒:んん?

佐藤:フランス国王の首を取ったら、恐慌を来たした周辺国が第一次対仏大同盟を組んだでしょう?第一次対仏大同盟は、どこが加わった?

生徒:オーストリア。

佐藤:オーストリア、当時の大国だよね。それにスペイン、プロシア、これらによって囲まれて、戦争を仕掛けられた。ジロンドは基本的に平和主義だから、戦争という非常事態に対応できなくなった。そこで生まれてきたのが?

生徒:ジャコバン派

佐藤:ジャコバンはどういう政策?

生徒:貧困に優しくて、規律の厳しい政治。

佐藤:そう。ジャコバンは公安委員会を作り、貧困に優しいと同時に再分配をしていくために、その根本になる「新しい公共」という概念を打ち出した。それから最高価格法で物価の上限を決めて緊縮財政。さらに国民皆兵制度。全国民を武装化し、規律を強化していく。実はこれらは戦争に対応し、財源に対応していく政策だったわけ。

生徒:「新しい公共」とはどういうことですか?

佐藤:個人の利益ではない公共心。ブルジョアは個人の利益だけを追求しているけど、世の中には貧しい人もいる。それに「国家を守る」と言う点でも公共心を持つと言うことを非常に重視した。これは、3.11の東日本大震災以降の民主党政権、それから今の自民党政権にも見られるよね。国民に愛国心を求めるとか、対外的な緊張関係を力で処理していくとか、ジャコバン派的な要素は明らかにある。ただ、ジャコバン派も長続きしない。どうしてか。

生徒:厳しすぎる。

佐藤:そう。厳しすぎて長続きしない。息切れする。そこで生まれてきたのは?

生徒:ナポレオン

佐藤:じゃあジャコバンに代わるナポレオンの政策は?「国内では、そこそこ自由にやりましょうや。生活水準は上げてあげますから。」と言って国の外から収奪してきたんだよね。だから、帝国主義政策というのはナポレオン政策なんです。
 じゃあ、ナポレオン政策を具体的に日本に当てはめてみよう。
 「原発は、おっかないから日本国内では新たに作りません。しかし原発を買いたいという外国があるんだったら、喜んで売ります。その利益で国内を豊かにします」。これって帝国主義、ナポレオン的政策じゃない?
 それから「武器輸出三原則を緩和します」と言ったその結果、そうりゅう型の潜水艦をオーストラリアに売ることが可能になった。これもそうだよね。〉

(63〜64項) 


▼▼▼「時代を見分けなさい」▼▼▼

以上のように佐藤氏は、
フランス革命という過去の歴史から、
2009年の民主党政権とは何だったのか、
2011年3月のあとの「絆」ムーブメントとは何だったのか、
そして2012年以降の第二次安倍政権とは何なのか、
ということの「本質」を学び取るという方法を提示してくれます。

私たちは先の見えない時代に生きています。

先が見えないとき、手がかりになるのは過去の歴史です。
歴史から「今何が起きているのか」を見通す目を持つことは、
信仰者にとって「も」というより、
信仰者にとって「こそ」大切だと私は考えています。

イエスは自分に従う者たちに
「なぜ時代を見分けないのか」と叱責しました(マタイ16:3)。
私たちは今の時代、目に見える表層のさらに奥深い位相で、
いったい神が何をなさっているのかを透徹する視点を、
獲得するようイエスに期待されています。

その視点を鍛える上で、
佐藤氏のスタンスから、
多くを学ぶ事が出来ます。



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