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大切なことは向こうから来る

2017.07.26 Wednesday


+++vol.002 2017年2月28日配信号+++

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
■1 今週の「ブログでは言えないこと」
大切なことは向こうから来る
:::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::

▼▼▼002号をむかえて▼▼▼

メルマガ読者の皆様、こんにちは、陣内俊です。
このメルマガも第002号を配信できて、
大変嬉しく思います。

第001号を配信した火曜日の夕方、
私は思いました。

、、、さて、次は何を書こう?

まさかのネタ切れかと思いましたが(笑)、
でも、何かは書こうと思います。

メルマガ第一号は、
30名に配信しました。
10名の協力者にパイロット版を配布していたので、
1週間で新たに20名が登録してくれた、
ということです。

これといった広報活動はしていないので、
まずまずの広がりかな、と思っています。
今後も読者の皆様に、口コミをよろしくお願いします。

別にたくさんの人に拡がれば拡がるほど良いわけではないですが、
このメルマガを楽しい場所にしたいと思っていますので。

さて、002号です。

今日は、ブログにはあまり書いてこなかった、
去年一年間の個人的なことを書こうと思います。
2016年の、私の個人的なライフストーリーについて。

2008年から私は「陣内俊Prayer Letter ONLINE」という、
ブログを書き続けてきました。

2014年の冬に、FVIの働きに復帰してから、
私はブログ更新を再開しました。

それから1年ほどが経過していますが、
更新頻度はあまり高くはありません。

毎朝「デボーション」という、
聖書の一章を読んでそこから学び取ったことを記録する、
ジャーナルを掲載していますが、
それは「ブログのために書いている」というよりも、
自分の記録のついでとしてそれを公開している、
というのに近いですから。

更新頻度が高くないだけでなく、
その内容も、病気になる以前とは、
少し違ったものだったように記憶しています。

あまり個人的な体験のことは書かず、
観た映画だったり、読んだ本のレビューを時々書く、
みたいな感じでした。

要するに、あまりテンションを上げずに、
この1年間、ブログを書いてきたわけです。



▼▼▼体力の壁▼▼▼

しかしこの1年間もやはり、
私の人生の旅は続いてきました。
そのすべてを書き記すことは難しいですが、
今日はその一部でも良いので、
書けたらと思っています。

わりかしこの手のことは、
ブログでシェアするのに、適していませんでしたが、
メルマガでは書けるようになりましたので。

2016年の1年間は、
私にとっては仕事には復帰していましたが、
2年間の休職のあとの1年間ということで、
まだまだ体調の波も不安定でしたし、
本格的な復帰には至っていませんでした。

通常の会社でいうならば、
出勤を午後か午前のどちらかだけにしてもらい、
病欠も多い、みたいな感じでしょうか。

とうてい使い物になりません(笑)。

FVIはしかし、
組織によって何かを成し遂げるという性格よりも、
むしろ吉本興業などのタレント事務所のようなものに近く、
各々の「ライフミッション」があり、
それらを相互に刺激し合いながら推し進めるための、
「活動家のプラットフォーム」なので、
体調と相談しつつ自分のペースを配分出来、
回復のプロセスを比較的スムーズに歩めました。
(それを可能にしてくれたのは言うまでもなく、
 支えてくださった支援者の皆様のおかげでした)

2013年の冬に燃え尽きに陥って、
最初のカウンセリングを受けたとき、
カウンセラーは、
「また働けるようになるには4年ぐらいはかかりそうだ」
と思ったと回復後に告げられました。

結果的に2年後に仕事に復帰し、
いまはまる3年が経つわけですが、
思ったよりは早く回復出来た、
ということになるでしょう。

去年1年間はですから、
一度海外に出かけ、
6回ほど国内の出張がありましたが、
そのほかは東京で「ゆっくりと」、
自分のペースで仕事をこなしました。

1年間で何が最もつらかったかと聞かれれば、
「とにかく、体力がない」ことでした。

病気から仕事に復帰してからというもの、
「話す、聞く、書く、読む、動く」などの、
基本的な動作は以前と同じように出来るようになりました。

ところが、おそらく80歳代ぐらいの体力しかなく、
たとえば半日どこかに出かけると、
次の一日はまるまる家で動かないようにしないと、
体力が回復しない、という調子でした。

1週間出張に行きますと、
次の1週間はひとつも予定を入れないようにし、
家で静かに過ごしました。

それを越える仕事量をこなすと、
翌週や翌月に、必ず病気の症状が戻ってくるのでした。



▼▼▼祈る以外出来ない日々▼▼▼

ですから、あらゆることをするときに、
「体力」がボトルネックになりました。

能力があろうが、人脈があろうが、機会があろうが、
お金があろうが(ありませんが)、
知識があろうが、舞台がそろっていようが、
すべての活動が、
「体力」というボトルネックの制約を受けました。

これは結構なストレスで、
去年一年間は、毎日のように、
「体力を回復させてください」と、
神に祈っていました。

祈ってないで、体力が回復するように、
身体を鍛えたらいいじゃん。

と思われるかも知れません。

もっともに聞こえますが、
実はここにも罠があります。
療養中にも去年一年間にも、
私は何度も「ジョギング・水泳・外出」などの、
体力をつけるための試みをしてきました。

ところが、それをするエネルギーがまず枯渇しているので、
その試みによって軽い燃え尽きに陥り、
鬱の症状が戻ってくるのです。

「骨折のリハビリをしたいのは山々だが、
 腕を動かすたびに新たな部分が骨折する」
みたいなのっぴきならない状況に、
私はただ祈る以外ありませんでした。



▼▼▼変化の兆しと睡眠時間▼▼▼

去年の年末から今年のはじめにかけて、
その「エネルギー不足の無限ループ」から、
ちょっと抜けたように感じた瞬間がありました。

それはまるで「初雪」のように、
気がついたら天から静かに降りてきた兆候として、
私の内面に「エネルギー源の復活」として感じられました。

それはたとえば、
ウォーキングを続けても、
そのウォーキングによって
ぐったり疲れてしまわなくなったことであったり、
今日の午後人と会って話して、疲れるけれど、
一日寝れば次の朝には疲れが残っていない状態だったり、
「何かをしようという意欲」という、
「なつかしい感覚」が戻ってきたり、
という兆候として感じ取られました。

その兆候を捕まえて、
私は時期を見計らっていたこのメルマガを開始したわけです。

睡眠時間も変わりました。

病気以前の私は短くはないけれどだいたい1日7時間睡眠でした。

療養中は寝られないときと寝過ぎるときを繰り返し、
どのぐらい寝たのかよく覚えていません。

復帰後の1年は、とにかくよく寝ました。
1日9時間〜10時間、平均して寝ていました。
特に何かの予定をこなした日には、
10時間以上、こんこんと眠りました。

眠りは「脳のデフラグ」と呼ばれていますから、
私の脳のOSを、「2.0」にアップデートする1年間に、
それぐらいたくさんのデフラグが必要だったのだろう、
と今は思っています。

その睡眠時間が、
今年に入って、7時間半〜8時間程度で、
十分寝た、と思えるように変わってきました。
もちろんたくさん活動した日などは、
10時間寝るときもありますが、
それでも病気以前の水準に近づきつつあります。


▼▼▼「陣内OS2.0」とは▼▼▼

さて、先ほどOSが「2.0」に変化した、
と書きました。

OSとはオペレーティング・システムのことで、
Windowsだとか、MacOSだとか、
シェアウェアのLinuxだとかを指します。

たいていの人はWindowsかMacのどちらかを使っているはずです。
スマホやタブレットだと、
iOSまたは、Androidのどちらか、
ということになるでしょう。

OSというのはソフトウェアやアプリケーションを、
「動かすためのシステム」のことですから、
たとえば個々のアプリケーションが「単語」ならば、
OSは「文法」ということになります。

MacOSXという「文法」の上で、
「iMovie」という「単語」を走らせます。

また、Windows10という「文法」の上で、
「Microsoft Word」という「単語」を走らせます。

つまりOSは「メタソフトウェア」であり、
人間にとってOSの比喩で現されるものは、
「世界観」ということになります。

私は病気療養の2年間で、このOSが書き換えられた、
と思っています。そして去年の1年間は、
新しいOSへの、各アプリケーションの調整期間だったと。

では、私にとって新しいOS「2.0」とは何だったのか?

これを一言で説明するのは非常に難しいからこそ、
こうしてメルマガを刊行しているわけです(笑)。

しかし、いくつかのメジャーな変化のひとつを、
ここで敢えて説明してみたいと思います。



▼▼▼大切なことは向こうからやってくる▼▼▼

それは、「大切なことは向こうからやってくる」
という「諦念にも似た確信」を得られたことです。

「諦念にも似た確信」というのは実は語義矛盾で、
「絶望にも似た希望」とか、
「過去にも似た未来」とか、
そういう表現にも似ています。

諦めているのか信じているのか分からない、という笑。

しかし、そうとしか表現出来ない「世界観」が、
病気を介してインストールされたOS2.0には、
ビルトインされていたわけです。

以前の私は、
「主体性」というものを、わりと無邪気に信じていました。
人生は自分から働きかけて、意図的に行動して、
そして構築していくものだ、と。

ですから1年後の目標、
5年後の目標、10年後の目標、
20年後、30年後、40年後、、、
と来て、自分の葬式で知り合いに何と言ってもらいたいか、
みたいなことまで考えていました。

何もこれは悪いことでも荒唐無稽なことでもなく、
かの有名なスティーブン・コヴィー氏の「7つの習慣」にも、
自分の葬式をイメージせよ、と書いてあります。

私の場合、たとえば10年後の目標ならば、
健康面、精神性、
人間関係、仕事における達成、
趣味や楽しみ、経済面、家族、、、
といったカテゴリーに分けて、
それぞれに目標を言葉化し、
自分の「ミッション・ステートメント(出た!)」を書いて、
それを印刷し、縮小コピーし、ラミネートし、
財布の中にしまって時々見返したりしていました。

OS2.0に自分の「世界観」が変わったとき、
それらのことをあまりしなくなりました。

理由は二つあります。

一つは、
「紙に書かなければ忘れてしまうようなことなど、
そもそもあまり重要ではないかもしれない」
と思うようになったこと。

人間にとって、それが本当に本当に大事ならば、
紙にではなく、脳の最も深い部分、
心臓にもっとも近い部分に、「見えない文字」で、
書きつけられているのです。

「息子のことを大切にする」という父親の「価値観」は、
あえて手帳に書く必要はないはずです。
なぜなら父親にとってそれは、
自分の血肉になっているからです。

きっと人生で大切なことも同じで、
本当に大切なことは、書かなくとも、
心に刻まれています。

逆に刻まれていないとしたら、
それを内面化するように、
生き方のほうを再構築する必要があるでしょう。

二つ目は、再三書いてきたように、
「大切なことは向こうから来る」
ということが、まるで啓示のように、
気がついたら私の脳内に書きつけられていたからです。

作家の佐藤優さんがまったく同じ事を言っていて驚きました。
彼は「重要なことは常に外部からやってくる」と言っています。

彼がその「啓示」を、
いつ、どこで、どのように、
自分のものとしたのかは、
明確に分かっています。

それは、鈴木宗男事件のときに、
東京地検特捜部の取り調べを受け、
512日間小菅の独房に入ったという経験が、
彼にそのような人生観を抱かせるようにさせた、
というのは彼の書いたものを読めば自明です。

それによって彼は、外務省の職員という職を失い、
前科一犯という、日本の世の中では
生きづらい経歴を持つ身分になりました。
きっと部屋一つ借りるのも難しいというような、
つらい思いもしたことでしょう。

しかし後に、
小菅で512日間「修行」したことによって、
思わぬ果報を得た、と彼は語っています。

まず、独房は読書するのに理想的な環境だったため、
読みたかった古典を片っ端から読めたというのを、
彼は語っています。

次に、自分の人生についてゆっくり考える良い時間だった、
とも言っています。

立ち止まることを知らず走り続けた外務省職員は、
小菅の拘留生活によって強制的に立ち止まらされた、と。

この二つがなければ、「作家 佐藤優」は、
誕生していなかったと彼は言います。
512日間は彼の思想を結晶化させる、
「さなぎ」のような役割を果たしました。

最後に、本当の友達が誰か分かった、
と彼は言っています。

捕まる前に向こうから擦り寄ってきて、
とても親しくしていたたくさんの人が、
手のひらを返したようにさーっと離れていった。

逆に捕まる前は水のような交わりをしていた数人の知り合いが、
彼を助けるための組織を作り、経済的にも社会的にも、
あらゆる援助をしてくれた、と。

その数人の人こそが本当の友人だと分かった。
逆境のときにも離れなかったこの人たちは一生の盟友だ。
私はだから、逆境によって「盟友」を得たことになる、
これは財産です、と彼はラジオで語っていました。



▼▼▼「風」を察知する▼▼▼

私も佐藤さんの話を聞いて、
かなりの部分で共感出来ます。
鬱病になる、ということと、独房で過ごす、
という経験は異なるものですが、
似ている部分もあります。

「思想のさなぎ期間」というのは、
私にも完全に当てはまりますし、
盟友のくだりも、共感出来ます。
じっさいに私も、友人がいなければ、
病気という牢獄から生きて出てこられなかったと思いますから。

、、、で、
佐藤さんはこの経験を通して、悟ったのです。
「重要なことは常に外部から来る」と。

東京地検特捜部が家のドアをノックしたとき、
それが悲劇とともに、
「作家への転身」
「精神と知性の修養」
「本物の友達」を連れてくるとは、
彼は思っていないわけです。

しかしそれは「外部」からやってきました。

佐藤さんはキリスト教徒ですから、
神の召命がそのような
「そのときはそれとは気づかぬ思わぬ方法」
によってもたらされることを、
感覚的に知っていたのではないかと思います。

さて、長々と書いてきましたが、
私が今年になってしみじみ思うのが、
「大切なことは向こうからやってくる」
ということです。

いみじくもボブ・ディランが、
「答えは風の中」と歌ったように、
人生を運ぶ「風」に身を任せるときに、
体当たりしても開かなかった運命の扉は、
あっさりと開いたりします。

しかし「風に身を任せる」というのは、
ハンモックで寝ている、というのとは違います。

「それとは気がつかない神の呼ぶ声」を、聞き逃さぬよう、
時代の徴を見分けつつ、何かに「居着かぬ」ように気をつけつつ、
ニュートラルな状態で待っている必要があります。

「ゼロからわかるキリスト教」という本のなかで、
佐藤さんはとても良い表現でそのことを現していますから、
それを引用します。

→P203 
〈真に社会を変え「生きていて苦しい」状況から脱するためには
 「急ぎつつ、待つ」という姿勢を取ることが重要だと思う。
 社会を変えるチャンスは外部からやってくる。
 その機会を取り逃してはならない。
 そのためには、常に緊張して、
 全身で時代の徴(しるし)を受け止めなくてはならない。
 このことを私はキリスト教神学の研究を通じて学び取った。〉

、、、現代は、生きるのが困難な時代です。
そのなかでも確かに、「社会を変革する主体となるような機会」が、
大小や分野の違いはあれ、誰にでも訪れます。

その「風」が吹いたときに、
それが「風」だと分かるために、
私たちは備えておく必要があります。

そのためには自分自身をよく知り、
同時に世の中のことをよく知り、
そして様々な情報をバラバラな断片としてではなく、
一定の「視座」をもって捉える「世界観」を
獲得しておく必要があります。

このメルマガを一定期間読み続けると、
そのような「視座」「世界観」が、
読者の内面に構築される、ということを意図して、
私はこのメルマガを執筆しています。

どうかメルマガが、
みなさんの人生を豊かにすることに、
貢献できますようにと祈りつつ。



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