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フィリピン・バギオからの手紙

2017.11.09 Thursday

+++vol.013 2017年5月16日配信号+++


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
■2【新コーナー】紀行文「○○からの手紙」

新コーナーです。

私は国際NGOという仕事柄、
けっこうさまざまな土地を訪れることが多いです。

紀行文「○○からの手紙」は、
私が自宅を離れて、全国津々浦々、
あるいは海外の各地を訪問したときに、
そこで体験し、考え、触れ、見たことを、
報告するという、そのままの内容。

離れたところから絵はがきを送るように、
海外や国内各地から皆様に、
お手紙を送らせていただきます。
::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::

▼▼▼ヴォルテア牧師とCRFV▼▼▼

今、私はフィリピンのバギオにある、
CRFVという現地のNGOの、「寮」の一室で、
これを執筆しています。

1995年に創立されたCRFVは、
数あるキリスト教理念に基づくNGOの中でも、
非常にユニークな働きをしています。

この働きを開始したヴォルテア牧師は、
バギオでも「名士」の家の出で、
彼の祖父母は古くから知られる
「いちご加工品工場」を営んでいました。

現在CRFVの寮、
兼、事務所、兼ヴォルテア牧師の自宅、
兼、日曜日に地域に向けて開かれた集会場は、
すべてヴォルテア牧師の、
祖父母の代からの持ち物です。

私が今いる寮の二階は、
かつて「工場」だった場所を改造しているため、
梁がむき出しだったり、
電気のスイッチがあり得ない場所に着いていたり、
採光用の窓が少なくて、
昼間でもトイレに自分の小便が名中しているかどうか、
認識出来ないほど暗かったりします。

ヴォルテア牧師の兄弟は8人いるらしく、
兄弟たちは弁護士になったりビジネスマンになったりして、
けっこう成功しています。

特にお姉さんはやり手の弁護士で、
ヴォルテア牧師の影響でプロテスタントに改宗したため、
CRFVの働きにも賛同してくれていて、
非営利団体のCRFVに結構な資金援助を
してくれたりしているそうです。

ヴォルテア牧師本人はというと、
かなり劇的な人生を歩んできました。

彼は大学で法律を学んだ後、
麻薬中毒者になりました。
そして、法律の知識を駆使して、
麻薬の売買でお金儲けをしていました。

、、、娘さんがいたのですが、
その娘さんが脳腫瘍になってしまいます。
アメリカで受ける手術のために、
親戚からお金をかき集めたのですが、
それをギャンブルですってしまった。

自己嫌悪に陥り、
自殺をしようとして病院の駐車場の車にいたとき、
3名の女性が近づいてきてこういった。
「私たちは神からあなたに話しかけるように言われました。」

彼はその出来事によって神との邂逅を経験し、
バギオに戻ってきて麻薬中毒者やスリや麻薬売人に、
イエスの愛を伝えはじめました。

それが90年代初頭のことで、
そのころ彼は30代中盤です。

その後娘さんは亡くなってしまい、
奥さんとも離婚しました。
今の奥さんとは再婚で、
22歳になる息子さんは奥さんの連れ子です。

バギオでの麻薬中毒者への彼の宣教は多くの実を結びました。
現在バギオにいるプロテスタントの牧師の半分ぐらいが、
彼の訓練を受けたヴォルテア牧師の「弟子たち」だそうです。

95年ぐらいから働きの性質が変化しまして、
警察官に向けて「職業倫理」の、
セミナーを依頼されたのをきっかけに働きが展開し、
時のラモス大統領時代の大統領府から、
政府職員の汚職撲滅のための、
セミナーや講習会を依頼されるようになります。

それ以降、
フィリピン各地に常時チームを派遣して
訓練会を開催するようになり、
現在では毎年合計すると、
1万人〜3万人の参加者があります。

私の滞在期間中はひとつのチームが、
ミンダナオ島に派遣されていました。

ミンダナオはイスラム教が多い島として有名で、
参加者の公務員たちも殆どがイスラム教徒です。

しかし彼らが「誠実、公正、勤勉などの価値観」と、
それを可能にする全能者の助けを口にすると、
涙を流して悔い改め神に立ち返る人もいるそうです。

、、、さらなる働きの詳細は、
次回の紙媒体およびPDFの、
活動報告の手紙に書きます。

アップロードしましたらメルマガでも報告しますので、
ぜひ御覧下さい。

▼参考リンク:PDF版「陣内俊Prayer Letter」
http://karashi.net/carrier/catalyst/jinnai/NL.html



▼▼▼汚職撲滅の活動▼▼▼

、、、フィリピンという国は、
皆様もご存じのとおり、
スペイン領から近世が始まります。
その後、1898年に起きた、
「米西戦争」でスペインが敗北し、
フィリピンはアメリカの影響下に下ります。

さらに1900年代初頭は、
私たちもよく知るとおり、
日本の「大東亜共生圏」に組み入れられ、
一時的に日本の支配下におかれます。

第二次世界大戦で、
「レイテ」「ルソン」「ミンダナオ」などの、
フィリピンの島々が戦地として登場するのは、
米国が日本からフィリピンを取り戻すために、
そこで地上戦を戦ったからです。

話を少し戻しまして、
フィリピンという国の基本的な部分は、
スペイン領の時代に作られていますから、
その文化は「カトリック圏」といえます。

統計上も、約80%がカトリック、
10%がプロテスタント、
残り10%がイスラムなどその他、
となっています。

ここで詳述することは不可能なのですが、
めちゃくちゃ大づかみな話として、
世界中で「カトリック圏」というのは、
不正と汚職の問題と、貧困がつきまといます。

それに対し、プロテスタント圏は、
豊かな国が多く不正や汚職の度合いが低い。

日本がプロテスタント圏ではないのに、
不正も汚職も少なく、その勤勉さはまるで、
マックス・ウェーバーが、
「プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神」
で指摘した、「勤勉革命」そのものです。

これは近現代世界史の七不思議のひとつと言って良く、
さまざまな人がこれについて研究していますが、
山本七平の「日本資本主義の精神」という本が、
もっともわかりやすいです。

山本氏は、鎌倉時代の親鸞の
「鍬の一ふりは念仏なり」というところから、
鈴木正三や石田梅岩などの、後期江戸の儒学者につらなる、
「宗教心と職業倫理の連動という伝統」が日本にはあり、
それが明治以降の欧米化によって、
「プロテスタンティズムの倫理」と共振現象を起こし、
異例の最速な近代化という世界史的なエポックを作ったのだ、
と看破しています。

▼参考リンク:
「プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神」
マックス・ウェーヴァー
http://amzn.asia/fTExaID

▼参考リンク:「日本資本主義の精神」山本七平
http://amzn.asia/ad7K3mN


、、、話を戻します。

フィリピンはですから、
他のカトリック圏の例に漏れず、
不正と汚職の問題を抱えており、
これが国全体の生産性を著しく低下させ、
国力を損なっていることを政府も自覚していますから、
ラモス大統領時代に「不正を防ぐ委員会」が設立された。

CRFVは彼らと20年におよぶパートナーシップ関係を構築し、
2000〜2002年には、
「最も優秀な汚職防止活動」に選ばれました。

ヴォルテア牧師は言います。
「フィリピンはクリスチャンの国だが、
クリスチャンの価値体系は実践されていない。
私たちがあらゆる宗教背景からなる公務員に、
誠実、公正、正直、勤勉などを教えるとき、
それは福音を語り直しているのに他ならない。」と。



▼▼▼バギオの街▼▼▼

またCRFVの話になってしまいましたが、
働きのことはプレヤーレターに譲るとして、
ここでは8日間滞在したバギオの街や、
見聞録を書き記すことにしたいと思います。

「バギオからの手紙」または、
「バギオからの絵はがき」のつもりで、
お読みいただければ幸いです。

まず、バギオの街というのは、
人口が約25万人、街のサイズは、
半径10キロぐらいという、
かなりコンパクトな街です。

マニラから北にバスで5〜6時間でつきます。
高速バスは毎時間運行しており、
料金は700ペソ(1400円)ぐらい。

バスにはフリーWiFiがついており、
時折道の穴で「ガタンっ」となって
びっくりする以外は、かなり快適です。

標高が1,400メートルとかなり高いため、
マニラの気温が40度ぐらいあるときにも、
30度を切る、「避暑地」でもあります。

マニラはちなみに、
地獄のサウナのように暑く、
真夏の本州の大都市以上に高温多湿な場所を、
今のところ私は他に知りません。

なので夏の期間は大統領府はバギオに移動します。
これを「サマーキャピタル」といいます。

日本で言うと、
7月〜9月は内閣府が軽井沢に引っ越します、
みたいな話です。

街は山間部にありますから、
どこにいっても「坂だらけ」で、
ここに暮していたらかなり心肺機能が発達するのではないか、
と私は想像しました。

日本なら長崎と同じです。

CRFVの場所も、50段以上ある階段を上り下りしないと、
ストリートに出ることができないため、
それだけでかなり良い運動になります。

、、、酸素も少し薄いので、
息が上がります。



▼▼▼乗り物について▼▼▼

、、、バギオに限らず、
フィリピンを旅行したことのある方はご存じかと思いますが、
乗り物は「ジプニー」が有名です。

ジープの後部を改造し、
全部で最大20人(ぎゅうぎゅう)ぐらい、
乗れるようにした「乗り合いタクシー」です。

料金はかなり安く、
通常のタクシーだと150ペソ(300円)ぐらいの区間を、
10ペソ(20円)ぐらいで行けます。

インドの「オートリキシャ」や、
タイやベトナムの「トゥクトゥク」は、
ホンダの名作、「スーパーカブ」を改造したものなのは、
有名な話ですが、
ジプニーはもともと何の車種なのかが気になって、
ヴォルテア牧師に聞いてみました。

すると、ジプニーは実は、
どの車種でもなく、米軍のジープの払い下げだそうです。

それが今も走っている。

すごくないですか?

先の戦争の遺産が、改造に改造を重ね、
原型をとどめず21世紀の市街地を走っている。

おそらく動力部分も含めて、
当時の部品はあらかた取り替えられているのではないか、
と思われます。

なんせ70年経っているわけですから。

すべての部品が「入れ替わった」自動車は、
果たしてもとの自動車と同じなのだろうか、
という「哲学的な問い」を思い出させます。

この問いの答えは、
「自動車という物質は別物だが、
 自動車というシステムは保存されている」
になります。

、、、人体も同じです。

、、、話を戻します。

ジプニーはその装飾も有名で、
こういうところに国民性が出ます。
なんていうか、南国の昆虫のようにケバケバしい、
「トラック野郎」のトラックが日本にもありますが、
それをさらにケバケバしくした感じです。

赤、青、紫、黄色、金、銀、ラメ、ホログラム、
あらゆる色彩で身をおおった米軍払い下げのジプニーは、
果てしなく陽気で、あくまでもカラフルです。

クリスチャンの国らしく、
バンパーに「Jesus is Lord」なんて書いてあったりします。
ときどきキティちゃんの絵だとか、
ドラゴンボールのなり損ないみたいな、
ジャパニメーションを意識した絵が描かれていたりもします。


▼参考写真:「ジプニー」
https://goo.gl/GyxNSA



▼▼▼買い物の話▼▼▼

今回の滞在で、
CRFVの働きの視察以外でもっとも面白かったのは、
市場を歩けたことです。

私は海外に行き、
ホテル以外のところに宿泊し、
誰か人にお世話になるときは、
たいていその地で「日本料理」を振る舞うようにしています。

これは8年前ぐらいから私がはじめた習慣で、
どこに行っても大変喜ばれますし、
会話も弾み、距離が縮められます。

アメリカ、インド、アフリカ、、
いろんな場所で日本料理を振る舞う回数を重ね、
だんだん分かってきたのは、
「現地では入手不能な代替不能な材料」が日本食にはあり、
それらさえ持っていけば、あとは現地の材料で代用可能、
ということです。

その「代替不能な食材」とは、
端的に言いますと「出汁」と「醤油」です。

この二つがあれば、
世界のどこにいても大抵の日本食は作れます。
親子丼も、牛丼も、天ぷらも、お好み焼きも、
焼きそばも、チャーハンも、コロッケも作れる。

今回はカレーも作りたかったので、
本だし(粉末)、醤油(100ミリリットル)、
カレールウ(2箱)、コンソメキューブ(5個)を、
持参しました。

そして滞在中、
鳥の生姜焼きと、
ポークカレーの二種類の料理を作りました。
カレーは20皿分という、
あまり作り慣れていない量だったので、
よくある「子ども会のカレー」みたいに、
ちょっとシャビってしまいましたが、
どちらも大好評でした。

日本で自分のキッチンで作るのが100としたら、
85点以上には持って行けるようになった。

、、、で、その買い出しのために、
バギオの市場にいったのですが、
それがめちゃくちゃ面白かった。

まず、当然かもしれませんが、
野菜がめちゃくちゃ安いです。

タマネギ1キログラムで70ペソ(140円)とか、
にんじん1キログラム60ペソとか、
日本で買うのの5分の1ぐらいで買えます。
なんだか「ウハウハ」してきます。

肉もあり得ないぐらい安い。

豚バラ肉ブロックが1キロ220ペソ(440円)、
牛肉のステーキ肉1キロ300ペソ(600円)、
鶏もも肉1キロ180ペソ(360円)とか、
そんな感じです。

市場を歩いていると、
料理のイマジネーションが広がって止らなくなる。
日本なら高くて躊躇するような食材が、
激安で手に入りますから、
「これとあれを買えば、たった500円で、
 あれが作れちゃうじゃないか!
 素晴らしい!!」
みたいに。

バギオには3カ所ぐらい日本料理屋があるそうですが、
4店目を私がはじめるのもアリかな、
と妄想してみたりして笑。

市場でもっとも面白かったのは、
「精肉コーナー」でした。

なんていうか、
市場の精肉コーナーは、
日本のそれとは違い、
「解体現場」そのものです。

切り離された豚の頭、牛の頭、牛や豚の手足、
胃袋、腸、肝臓、心臓、腎臓、脾臓、肺、
そんなものが「まんま」の形で陳列されています。

私は以前、食肉衛生検査員として、
食肉処理場で働いていましたから、
「既視感」がハンパない。

世界でも動物の内臓を食べることで知られる日本ですら、
脾臓や肺や腎臓は食べませんから、
私は前職を退職して、
9年ぶりに「動物の脾臓と肺」を見ました。

「つぶしたて」の動物の内臓の、
湯気を放つ熱気とその生臭さ、
血まみれ肉まみれのステンレス製の机などは、
本当に以前の職場に戻ったような感覚を味わいました。

、、、ただし、
衛生状態はもう、ファンタジーで、
目に見える場所をネズミがかけて行きますし、
吹きさらしなのでおびただしい数の蠅が飛んでいます。
翌日まで売れ残れば蛆がわくことでしょう。
さらに自動車の排気ガスはもろに浴びていますし、
あと、検査員として言わせてもらうと、
完全に細菌感染の病巣がある肝臓が売られていたりして、
日本なら即日営業停止処分(笑)でしょう。

それでも、私の場合、
「これは食べられない」とは感じません。

むしろ、
人間はこれでも全然生きていけるんだよなぁ、
と、どこか健全な気持ちになります。

日本は食品にしても環境にしても、
過剰に衛生的すぎるので、
ショック療法としては丁度良い。

加熱すれば菌というのは死にますから、
食肉を媒介する病気なんて言うのは、
ある特定のハザードをのぞいて、
実はそんなに気にするほどのこともない。

「検査員」という立場上、
それを言ったら自分たちが喰いっぱくれてしまいますし、
日本人はめちゃきれい好きですから、
私がこんなところでぶつぶつ言ったところで、
日本の衛生過剰社会、除菌社会にブレーキがかかるとも、
思っていません。

しかし、フィリピンのアナザースカイな衛生環境は、
いろいろ大切なことを、私たちに思い出させてくれるのです。

あと、もうひとつアナザースカイ*だったことは、
肉売り場での光景です。

(*普通に形容詞的に使っていますが、
 アナザースカイって何だよ!
「異次元」とかの言い換えだと思って、
 読んでいただければ幸いです。)

肉売り場では祭りの出店よろしく、
だいたい3メートル感覚で、
隣り合う「店舗」が、
「これを買って、美味しいよ、安いよ」
みたいな形で客を呼び込むのですが、

鶏肉売り場で、
3つの店舗が同じように、
鳥のもも肉、胸肉、手羽を売っている。
切り方も同じ。
おそらく出所も同じ。
値段も同じ。
なにもかも同じ。

しかし、売っている主体は違う。
、、、で、「(隣ではなく)こっちで買って!」
と呼び込み合戦をしている。

なんていうか、「市場の原理」だとか、
「需要供給曲線」なんていう社会通念を、
彼らは木っ端みじんに爆破してくれているのです。

3つの店がまったく同じものを、
まったく同じ値段で売り、
そして呼び込みあっている。

それをおそらく長年続けている。
それに対して、どこからもツッコミが入らない。

他店より1ペソでも安くするだとか、
買った人に何かしらの特典をつけるとか、
ポイントカードを作るなどして、
「消費者のインセンティブ」をつければ、
一瞬で勝てる試合なのに、
誰も「勝とう」としない。

おそらくそういう発想がないのだと思いますが、
資本主義の淘汰原理に慣れきっている日本人の私からすると、
ちょっとしたコントを見ているようで、
しばらくジワジワと面白さを味わったのでした。



▼▼▼食べ物、文化の話▼▼▼

乗り物、買い物と来て、
次は食文化をば。

フィリピンの料理というのは、
とにかく「大味」です。

これでもかというぐらい味が平板で、
とにかく甘辛く、子ども好きがする味を、
前面に押し出す。

音楽でいうと「通奏低音」のようなものはなく、
全部の料理が「独唱」です。
複雑な味のハーモニーはない。

甘いものはあくまでも甘く、
しょっぱいものは断固としてしょっぱいのです。

あと、8割方の料理は、
揚げてあります。

先ほど申しましたように、
動物の肺や腎臓など、
匂いのキツい食材も使いますから、
「揚げてすべてをごまかす」というのが、
彼らの知恵なのでしょう笑。

、、、そして彼らは、
とにかく食べます。

「ぼくは日本にいるときは1日2食のことも多いから、
 明日の朝食はスキップさせてもらってもいいかな?」
と調理当番のキャサリンに言うと、
「マジですか?
 フィリピンではみんな一日6食ですよ(爆笑)」
と返されました。

これは大げさな誇張ではなく、
本当にみな、ずっと食べてます。

食べて、つまらないジョークを言って笑って、
また食べて、歌って、ジョークを言って、
大笑いして、踊って、また食べて、
仕事して、食べて、笑って、、、、
みたいなのがフィリピン人の流儀です。

近年の脳科学の知見では、
長生きや幸福度を決定するのは、
「オキシトシン優位」の生活を送れるかどうかだ、
と言われています。

つまり、人とスキンシップをとり、
沢山笑い、一緒に食べ、歌って踊って、
ものごとを深刻に捉えずジョークを言い、、、
という生活をする人が長生きして健康で、
重大な疾病リスクが低い、
ということが科学的に分かってきている。

フィリピン人は典型的な、
「オキシトシン優位民族」です。

しかし彼らの平均余命が他国に比べてさほど優っていないのは、
食事量の過剰と栄養バランスの偏りが、
それらを相殺しているからだと、
医者でも研究者でもない私ですら、
「断定」できます笑。

笑いと歌と陽気で15年伸びた寿命を、
化学調味料とカロリーの過剰摂取で、
15年縮めているという笑。
「プラマイゼロ」です。

日本人はこれと「対偶関係」にあります。

食事に気を遣い健康なものを食べて伸びた寿命を、
「健康に気を使いすぎる神経質さ」「過剰な心配と潔癖さ」
というストレスで相殺し平均余命を押し下げている、
というのが私の見立てで、
これはそんなに間違っていないと思っています。

、、、だから寿命にとって最適解は、
「日本でガサツでテキトーな人間として生きる」、
もしくは、
「フィリピンで、食べるものと量に多少気をつけて生きる」
になります。

話を戻しましょう。

フィリピンで、今回ダントツに美味しかったのは、
じつはフィリピン料理ではなく、
スペイン料理です。

しかもデザート。

「チュロス」です。

チュロスは「スペイン生まれディズニーランド育ち」と、
日本では言われていますが、
スペイン文化圏のフィリピンで食べたチュロスは、
日本の遊園地で食べるチュロスとは「別物」でした。

もちろんフィリピンが圧勝です。

もう、アメリカで食べるカリフォルニアロールと、
日本の美味しいお寿司屋さんの寿司ぐらい違います。

このチュロスを食べたのは、
バギオの庶民ではなく、
ちょっとハイソサイエティな人たちが集まる場所でした。

ヴォルテア牧師は健康維持のため、
カントリークラブでゴルフをする習慣を持っています。

このゴルフ場は本来会員制で、
会員になるには200万円ぐらいかかり、
会員以外は敷地内に入ることすらできません。

しかし彼は、お父さんが、
軍隊のエライ人だった関係かなにか
(詳しくは教えてくれませんでした笑)で、
特別に一回のプレイと朝食ビュッフェ、
それからプレイ後のサウナの料金も含めて、
20ドルぐらいで遊べるのだそうです。
(あり得ない)

、、、で、
私は朝6時にカントリークラブに同行し、
ヴォルテア牧師がプレイを終えて一緒にサウナに入るまでの間、
3時間半〜4時間ほど、カントリークラブのカフェで過ごしました。

ゴルフのグリーンを見ながら、
鳥の声を聞きながら、
Kindleで本を読みながら、
おかわり自由のコーヒーとトロピカルフルーツ、
最高の贅沢を味わいました。

、、、で、
このカントリークラブでヴォルテア牧師が奢ってくれた、
「チョコレートチュロス」がもう、最高だったのです。

日本の遊園地のチュロスは、
あれはあれで美味しいのです。
値段が高いことをのぞけば。

シナモン味は合っていますし、
あのもっちりとした感じも嫌いじゃない。
タイミングが良ければ外側はカリカリの、
良い感じを味わえる。

しかし、本場スペイン仕込みは違いました。

なんていうのか、「軽い」のです。
歯触りは「カリ」ではなく「サクッ」という感じ。
そして口の中で消えてなくなる感じです。
パウダーシュガーのさわやかな香りだけが、
後から鼻に抜けます。

この「異次元のチュロス」を、
溶かしたチョコレートソース(ねっとりと濃厚な)に、
つけて食べます。

丁度こんな感じです。
(写真はスペインのもの)

▼参考画像:チョコレートチュロス
https://goo.gl/nkQRaD

これで、値段はたしか220ペソ(440円)ぐらいです。
日本なら1,500円は取られます。

量もかなりあり、
日本のパンケーキ屋でパンケーキを食べるぐらいの、
ボリュームがあります。

久々に食べ物で一本取られました。
「チュロス観」を打ち破られる体験でした。



▼▼▼ジョリビーへ行こう▼▼▼

あと、フィリピンで最も有名なフランチャイズ店は、
「ジョリビー」です。

私は実はフィリピンは初めてではなく、
16年前にいちど来ています。

2001年に、大学の卒業旅行をかねて、
弟と一緒に来たことがあるのです。

私は大学1年目、18歳のときに洗礼を受けて、
キリスト教徒になりましたが、
私の最初の「信仰のメンター」は、
フィリピン人でした。

ベガさんとダニエルさんといいます。
当時20歳そこそこの私にとって、
30代半ばの彼らの、神に対する献身と、
家族に対する愛、人々に対する誠実さと、
イエスに似せられた性格は、
今振り返ると私のひとつの「モデル」になっています。

あと、彼らは私の「英会話」のメンターでもありました。
私は英語を話しますが、それが培われたのは、
2〜4歳の時にシカゴに住んでいたときです。

そのときに「脳の言語野」に、
英語の回路が構築された。

日本に戻ってからその「回路」は、
完全に失われていました。

ところがベガさん、ダニエルさんと、
その家族たちの家に入り浸り、
大学のために祈ったり、
聖書の勉強をしたり、
熱い信仰の会話をしたりしているうちに、
半年後には私はスラスラと英語を話していた。

しかもその発音はフィリピンのそれではなく、
アメリカ英語のそれです。

2歳のときに脳に埋められ、
失われた「回路」が、
フィリピン人との会話のおかげで、
「再発掘」されたのです。

不思議な体験でした。

、、、話を戻します。

彼らは国費留学でフィリピンから
日本に博士課程を学びに来ている、
いわば「ベスト・アンド・ブライテスト」でした。
信仰においても学者としても、
卓越した彼らが、私のそばにいたというのは、
私の青春時代の大きな僥倖でした。

、、、博士過程を終えたダニエルさんは、
2001年に故郷のセブ島の大学に戻っており、
そのダニエルさんを尋ねるのを、
卒業旅行に組み入れちゃおうということで、
私は弟と二人で、彼の家を訪ねました。

それが私の最初のフィリピン体験です。

そのときに覚えていたのが、
「ジョリビー」でした。

フィリピン発祥のこのファストフード店で、
何かは思い出せませんが何かを、
ダニエルさんと一緒に食べたのを覚えています。

▼参考画像:「ジョリビー」
https://goo.gl/lhYmUl


、、、15年経つと、
国の風景というのは変わります。

私が今回、一番驚いたのは、
「ジョリビーの増殖」です。

「こんなにあったかなぁ?」
と思うぐらい、ジョリビーが増えている。

体感としては
「すべての曲がり角にジョリビー」
という感じです。

後で聞いてみますと、
確かにジョリビーはこの10年でめちゃくちゃ成長していて、
フィリピンのファストフード界では、「圧勝」だそうです。
一人勝ち状態。

マクドナルドもKFCも、
まったく歯が立たない。

最後の日に、
「どうしても行きたい場所がある」と、
頼み込んで私はジョリビーに行きました。

日本で言うなら、
「最後に行きたい場所は?」と聞かれた外国人が、
「どうしても松屋にだけは行っておきたいんだ。頼む。」
と答えるようなもので、
私のジョリビーリクエストに対し、
CRFVのメンバーたちは、
「ジョリビー?
 そんなのでいいの?
 確かにジョリビー、みんな好きだけど(笑)。」
というものでした。

私がそこまで切望したのは、これを食べれば、
フィリピン人の「何か」が、
理解できるような気がしたからです。

正真正銘のソウルフード。

フィリピン人の情緒が、
これを食べれば分かるはずだ、と。

私は念願のジョリビーに行きました。
チキンとパスタとコーラのセット(220円)と、
チーズガーリックポテト(100円)と、
ハロハロ*(120円)を頼みました。

*ハロハロというのは、
代表的なフィリピン人のデザートで、
いわば、「南国のパフェ」ですね。
ソフトクリーム、タピオカ、フルーツ、ココナッツの果肉、
そういったものが混在している、
甘さと冷たさにおいて振り切ったデザートです。

▼参考画像:ハロハロ
https://goo.gl/Pllofg


結果、フィリピン人の秘密は分からないままでしたが(笑)、
シンプルに美味しかった。

あぁ、これはマックもケンタッキーも負けるわな、
と思いました。

チキンは非常にクリスピーで、
いかにもフィリピン人に受けそうなポップな味付け、
そしてどことなーくアジアを感じさせる、
茶色い甘酸っぱい味付けのソースがついています。

病みつきになる感じです。

あと、マスコットキャラクターや、
料理の容れ物や、いろんなものが、
絶妙に安っぽいのも、
なんか安心感を与えます。

なるほど、これは流行るわな、と。

ジョリビーは現在世界中に展開しています。
場所はアメリカやカナダなど、
主にフィリピン人が在住する地域です。

彼らはきっと、
アメリカで思うのです。

「私の日常には何かが足りない。
 そうだ、ジョリビーだ!」と。

そして、ないなら作っちゃおう、
ということで世界に広がるジョリビー。

近未来の日本において、
介護の現場などでフィリピン人の労働者の数が増え、
ある「閾値」に達したときに、
東京に「ジョリビー1号店」が、
出店されるかもしれません。

そのときは真っ先に、
フライドチキンとハロハロを食べにいくつもりです。

、、、なんか、
とりとめもなく、よもやま話をした、
みたいな感じになっちゃいましたが、
今週はここまでとします。

「○○からの手紙」というより、
「地球の歩き方」に近いですね。

またいつか、
どこかに出張の際には、
「○○からの手紙」をやります。

絵はがきを書くつもりで、
旅先からいろいろリポートします。

、、、実は今週末から今度は、
愛知県に行くのですが、
それはあまりに身近すぎるので、
さすがにやらないかな笑。

あまりにも面白いことに出会ったりしたら、
やっぱりやるかも笑。

ゆるーい感じでご期待くだされば幸いです。





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