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陣内俊の聴き方講座(第1回)

2017.11.23 Thursday

+++vol.015 2017年5月30日配信号+++

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
■2 【新コーナー】陣内俊の聴き方講座

新コーナー、「陣内俊の聴き方講座」です。
2004年に「聞き屋」という、
街中で人の話に傾聴するボランティア活動をはじめて以来、
私はこの13年間、「人の話を聴く」ということに、
普通の人以上に考えてきましたし、学んでも来ましたし、
実践してもきました。

聞き屋ボランティアをしたい、
という人への入門講座として、
「陣内俊の聴き方講座」というのをはじめたのは、
2009年のことで、以来、教会、福祉施設、学校など、
いろんな場所で「人の話を聞く」ということについて、
偉そうに(笑)、レクチャーなぞしたりもしてきました。

傾聴=アクティブリスニングの世界というのは、
奥行きがあり深い世界ですので、
13年学び、考え、実践してもなお、
まだまだ新しい発見が次から次へとあるのです。

このコーナーでは、
「人の話を良く聞く」「傾聴」という分野について、
プロのカウンセラーを養成する目的ではなく、
私たち一般の社会生活を営む個人が、
ビジネス、家庭、学校、地域社会において、
どうすれば「今よりももっと人の話を聞けるようになるか」
ということをブラッシュアップするツールとして、
用いていただけるようなヒントを提供したいと考えています。

皆様の人間関係をより豊かにするための一助となりましたら、
著者としてこのうえない幸せです。
::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::

▼▼▼新コーナー「聴き方講座」について▼▼▼

今月は新コーナーを作りすぎている感はありますが笑、
今週から新しくコーナーを立ち上げます。

その名も「陣内俊の聴き方講座」。

上記の「コーナー趣旨説明」にも書きましたが、
私は「聞き屋ボランティア」というのを2004年からしています。

2013年に病気になってから、
しばらく活動を休止していますが、
折を見てまた再開しようと考えています。

聞き屋ボランティアをしているときに、
「私も聞き屋の活動に参加したい」という、
有志の方が一定数いるわけですが、
その方々が街で人の話を聞く前に、
最低限、「話の聞き方のイロハ」を学んでいる必要がある。

それを私は30分ほどのセミナーにまとめまして、
「陣内俊の聴き方講座」という形で、
いろんなところでそれを話してきました。

少し古いですが、2011年のころの動画のリンクを、
掲載します。

▼動画:「陣内俊の聴き方講座」
https://youtu.be/GWO0d3jbdSA



▼▼▼聞くには早く▼▼▼

ひとくちに「人の話を聞く」と言っても、
それは言うほど簡単なことではありません。

「神は人間を作ったとき、
口をひとつ、そして耳はふたつ付けた。
それは『自分が話す2倍は聞きなさい』
という神からのメッセージなのだ」
というユダヤの言い伝えがあります。

これは当然の話で、
「ロード・オブ・ザ・リング」のスメアゴル以外は、
たいてい人間同士が話しているとき、
そこには2人以上の人間がいます。

2人ならば自分が50%話したとき丁度良い。
残り50%は聞くことに徹する。

、、、ここにひとつトリックがあります。
往々にして、人間は、夢中で話しているときよりも、
目の前の人の話を聞いているときのほうが、
時間の経過が遅く感じます。

ですから、主観的には、
1対1で話しているとき、
相手の話を自分が話すのの2倍聞いたな、
と思ったぐらいのときに、
客観的には五分五分で話したことになります。

「ちょうど自分が50%話した」
というときは、おそらく相手より自分の方が、
多く話しているときです。

これは「親切の量」にも同じことが言えます。
主観的に50/50と思っているときは、
だいたい相手の方が多く我慢し、多く親切にしてくれている。
極端な話、夫婦関係なんかだと、
自分が99%親切にして、丁度五分五分になる、
というぐらいに思っておいた方が良い。

それほど人間の主観的解釈は自分勝手なのです。

自分のした親切や相手からの迷惑は忘れませんが、
相手にしてもらった親切や、
自分がかけた迷惑は都合良く選択的に忘れるのが、
人間の性(さが)です。

、、、話を戻します。

3人ならば自分が33%の時間話し、
残りの67%は聞くと丁度良い。

4人ならば25%話し、75%は聞く。

5人ならば20%話し、80%聞く。

、、、という風に、
人数が増えれば増えるほど、
「聞く」ことのウェイトは増えます。

しかしこの「聞く」ということの重要性も、
その技術も、理解していない人が多いのが、
全世界共通の傾向です。

、、、だからこそ上記のような、
ユダヤの格言が必要なのだ、とも言えますが。

新約聖書にもこうあります。
「だれでも、聞くには早く、語るにはおそく、
 怒るにはおそいようにしなさい。」
(ヤコブ書1章19節)



▼▼▼教えない、裁かない、秘密厳守▼▼▼

「聞く」ことに関して、
私はこの15年ほどの年月をかけて、
相当に考えてきましたし、
相当に実践もしてきましたし、
相当に本も読んできました。

「聞く」というテーマだけで、
50冊は読んでいると思います。

「聞く」(聴く)ことの「技術」、
聴くことの効用、聴くことの意味、
聴くとは何か、聴くために何が必要か、、、、
みたいな話しは延々と書くことができます。

「聴く」というテーマで、
一冊の本を書けるぐらいのストックが、
たぶん私の中にはあります。

ただ、メルマガでそこまで包括的、体系的に書くのも、
味気ないので、今日はまず、「さわり」を話し、
そしてこれまで「聴き方講座」で、
あまり語ってこなかったことを書きたいと思います。

「セミナーでは言えない話」ですね。

文字数も限られてきましたので、
「さわり」はさっくりと話します。

聴くときの心構えとして、
「教えない、裁かない、秘密厳守」というのを、
私は聞き屋ボランティアの「モットー」として、
大切にしてきました。

この三原則はじつは、
ICBCが主催していた「チェンジングライフキャンプ」
というキャンプから生まれたものを、
聞き屋ボランティアをする際に、
私が、白昼堂々とパクった(笑)のです。

「チェンジングライフキャンプ」というのは、
「人生が変わるキャンプ」とあるとおり、
キリスト教徒が自分のとらわれから自由になって、
神の愛を内面生活の全体で体験できるようにデザインされています。

そこでは当然、過去に自分がしてしまった罪や、
人には言えないような恥ずかしい事や、
家族にすら隠していたような秘密を、
イエスの代理として傾聴してくれて、
祈ってくれるカウンセラーに話すわけです。

そこで「教えない、裁かない、秘密厳守」を、
大切にしましょう、というルールができたのです。

「教えない、裁かない、秘密厳守」という、
この三大原則は非常によくできていて、
これは聴くということの「技術論」に入る前の、
「原則的な精神論」にあたります。

ゴルフというスポーツをプレイする前に、
「これが紳士のスポーツだ」ということを心得よ、
というような話しです。

「オウム返し」「リフレーズ」「あいづち」、
「90度の角度で座る」「ミラーリング」などが、
ゴルフで言うならフォロースルーだとか、
両肩とグリップで二等辺三角形を作るだとか、
頭を最後まで残す、とか、そういう技術論にあたる。



▼▼▼聴ける人は必要とされる▼▼▼

ではなぜこの三大原則が大前提となるのか。

それは、「安心して人が話す」ためには、
安全な心理的空間が必要だからです。

そして傾聴する人が、
教えず、裁かず、秘密を漏らさない、
というのは安全な空間の最低条件です。

何かを話したときに、
「それは俺の経験ではこうだから、
 おまえはこうしたほうが良い」
と言われたなら、
話している人は思います。
「この人にはもう二度と相談しない。」

今まで人に話せなかった自分の弱さを打ち明けたとき、
「そんなことでは駄目だ、
 それは間違っている。
 正しい考え方はこうだ。」
と裁かれたなら、その人は、
もうひとつのトラウマを抱えることになるでしょう。

誰かに秘密を打ち明けたとき、
次の週には職場の全員がそれを知っていたとしたら、
あなたは思うでしょう。
「もう自分の秘密は絶対に人に打ち明けない」と。

「教えない、裁かない、秘密厳守」
これを意識して人の話を聞くだけで、
あなたの「聴き方」は変わります。

、、、また、長年この三大原則について話してきて、
近年私が改めて思うのは、
これは聴き方の原則であるだけでなく、
人間関係成功の秘訣でもある、ということです。

あなたが自分の職場で、
「(求められた時以外)上から教えない」人であり、
「人の意見を頭ごなしに否定しない(裁かない)」人であり、
「他者の秘密を絶対に漏らさない」人として知られていたら、
あなたは必ず上司や部下に信頼され、出世するでしょう。

逆にあなたの上司に、
上から教えず、意見を価値判断せずに聴いてくれ、
そして秘密を漏らさない人がいたらどうでしょう?

その人と働きたい、と思うはずです。

世間で考えられているのとは実は逆で、
出世し成功するのは「話し上手な人」ではなく、
「聴き上手な人」のほうです。

詳細を説明するのは次回以降にしますが、
聴き上手は必ずいつか話し上手になりますが、
話し上手(話し好き)はそのままでは、
聞き上手になれないからです。

そして、世間のニーズは常に、
「聴く」ほうにウェイトがあります。

「あなたの話し聴きます」という看板を立てて待っていると、
人が来ます(私は10年以上それを実証してきています)。

しかし、「私の話を聞いてください」という看板に、
近づいてくる人はいません。

「聴ける人」には常に市場価値があるが、
「話したい人」にはあまりないのです。



▼▼▼「知識」の大切さ▼▼▼

今週読んだ本で後ほど紹介しますが、
北野武の「全思考」という本で、
「話を聞くための知識の大切さ」が強調されていて、
激しく同意したので紹介します。

この話しは実は、「聴き方講座」では、
あまりしてきませんでした。

、、、というのも、聴き方講座は様々な方が参加しますから、
「聴くために知識量は大切」と言う話しは、
あまりにも「身も蓋もない」話しすぎて、
言及を避けてきたというところがあります。

例えば、バスケットボール入門市民講座で、
「身長と運動神経がかなり大事です」
みたいな話しをすると、
心折れてしまう人もいるじゃないですか。

それと同じです。

しかし、この「メルマガ」では、オーディエンスは、
登録してくださった読者の皆様に限定されていますので、
「この領域」にも踏み込みたいと思います。

北野武が「全思考」の中でこう書いています。

→位置No.1608〜1630 
〈他人への気遣いで、もうひとつ大切なのは、話を聞いてやることだ。
人間は年を取ると、どういうわけかこれが苦手になるらしい。
むしろ、自分の自慢話ばかりしたがるようになる。
だけど、自慢話は一文の得にもならないし、
その場の雰囲気を悪くする。
他人の自慢話を聞いていれば、それはよく分かるはずだ。

それよりも、相手の話を聞く方がずっといい。
料理人に会ったら料理のこと、
運転手に会ったらクルマのこと、
坊さんに会ったらあの世のことでも何でも、
知ったかぶりをせずに、素直な気持ちで聞いてみたら良い。

自慢話なんかしているより、
ずっと世界が広がるし、
何より場が楽しくなる。

、、、たとえ知っていたとしても、
一応はそうやってちゃんと聞くのだ。

そうすれば、専門家というものは、
きっとこっちの知らないことまで話してくれる。

井戸を掘っても、
誘い水をしないと水が湧いてこないように、
人との会話にも誘い水が必要なのだ。

どんなにワインに詳しくても、
ソムリエにワインのことを語ってはいけない。
そんなことをしたら、
ソムリエは何も大切なことを教えてくれなくなる。
「このワインはどうしてこんなに美味しいの?」と、
聞くべきなのだ。

 、、、

年寄りと話すのはつまらないっていうのは、
自分に年寄りの知識を引き出すだけの能力がないからなのだ。

相手が小学生だって、話せるはずだ。
「算数で何を習ってるの?」って聞けば、
答えは返ってくるんだから。

きっと、大人は小学生の算数だって、
相当難しく感じるだろうから、
同じ問題を一緒になって考えることだってできるはずだ。

そんなもの、じゃんじゃん引き出せばいくらでも引き出せるのに、
世代が違うと話が合わないなんて言うのは間違い。
話が合わないんじゃなくて、
話を引き出せない自分がバカなのだ。〉

、、、私が言いたいことはすべて言い尽くされていますが、
つまり北野武が言っているのは、
「相手の話を引き出す傾聴力」には、
呼び水としての知識が必要だ、ということです。

ほんとうに人の話を聞こうとすると、
教養が必要になります。

これは紛れもない事実です。

「教養」というのは、
何もインテリになるとか、
偏差値の低い人を見下すとか、
そういったことではありません。

養老孟司がこう言っています。
「教養とは、人の気持ちがわかることだ。」

私もこれに120%賛同します。

私たちが良い小説を読み、
良い映画を観、いろんな場所に行き、
社会に出て仕事をし、おカネを稼ぐ辛さを味わい、
挫折を経験し、世界のいろんな文化を知り、
スポーツや遊びを体験し、
政治、歴史、哲学、数学、宗教、自然科学を学ぶのは、

、、、

つまり、成人教育もふくめた、
「生涯教育」のつまるところの究極の目的は、
ただ一点にあると思います。

それは「人の気持ちが分かるようになる」ことです。

教養とは人の気持ちが分かること、
と養老さんが言っているのはそういうことです。

すべてにおいて専門家になることはできません。
しかし、少なくとも宗教改革の歴史を知っていなければ、
アイルランドの人々の、イギリス人への屈託を、
理解することはできません。

少なくとも世界の様々な貧困の現実を知らなければ、
海外に行って困窮する国々の人の気持ちを理解できません。

少なくとも自動車産業の構造と、
小泉改革の労働法改正についての基礎知識がなければ、
愛知県のトヨタのラインで期間工として働く、
契約社員の30代男性と対峙したとき、
その人の行き詰まりをすくい上げることはできません。

少なくともヒンズー教に関する基礎知識がなければ、
一般的なインド人の宗教感覚を理解できません。

その人を理解するには、
その人と対峙する「だけ」では実は駄目です。

あまりここまでハッキリ言う人がいないのは、
やはり「いいづらい」ことだからです。

大人に向かって「もっと勉強しようね」という苦言は、
親兄弟か、(親切な)上司ぐらいしか、
言ってくれませんから。

しかしこれは、真実です。

、、、大原則があります。

いつも、気持ちを理解してあげるのは、
「(包括的な)知識と教養」が大きい方です。

大きな「教養の円」を持つ人が、
小さな「教養の円」を持つ人を、
理解して、「聴いて」あげられるのです。

逆はあまり起こりません。

、、、極論を考えれば分かります。

あなたが30代男性だとしましょう。

あなたは小学3年生の男の子の、
「クラスで勉強ができる奴からバカにされて悔しい気持ち」
を、すくい取ってあげることができる。

なぜなら、あなたの「円」のほうが大きいからです。
経験においても、知識においても、教養においても。

「、、、そうだよなぁ。
 ボクも会社で仕事ができる同僚ばかり評価されると悔しい。
 君の気持ちはすごくよく分かるよ。
 辛かったなぁ」と共感してあげられる。

逆に小学3年生の男の子は、
あなたが給料がなかなか上がらず、
付き合っている彼女から結婚したいという圧力を感じるが、
それに対して応えてあげられないもどかしさについて、
あながた話したとしても、ピンとこない。

分かってあげたくてもあげられないし、
気持ちをすくってあげたくてもあげられない。

、、、それは男の子の「教養の円」が、
あなたの「教養の円」より、小さいからです。

大人同士でも実は、毎日、同じことが起きています。

あなたが「本当に」聞ける人になりたいのなら、
たくさん本を読む必要があります。

佐藤優さんは、
「書く力、話す力、聞く力」
この三つの力が、
「読む力」を超えることはない、
と著書に書いていますが、
それには今言ったような意味もあるのです。

「本なんて読んでる時間ねぇよ!」
と思われる方もいるでしょう。

確かに現代社会に生きる社会人は多忙を極めます。
、、、だからこそ、当メルマガを利用してください。

大胆にも自己宣伝させていただきますと、
このメルマガで得られる「教養の質と量」は、
毎回、その辺の質の悪い新書を一冊読むよりも多い、
と自負していますし、
そのような気概で書いています。

ですからこのメルマガは「時短ツール」でもあるわけです。
30分ほどで、一冊の書籍を読むぐらいの情報密度を、
吸収することができるわけですから。

、、、このメルマガを半年読み続ければ、
読む前よりも確実にその人の「教養」が底上げされ、
したがって人の話も良く聞けるようになる、
というようなメルマガを目指しています。

どうぞ皆様の「傾聴ライフ」にも、
このメルマガをお役立てください。


▼参考リンク:「全思考」北野武
http://amzn.asia/8yXe0Cr





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