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加計学園問題について

2017.12.14 Thursday

+++vol.018 2017年6月20日配信号+++

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
■2 今週の時事ネタ

今週の「時事ネタ」のコーナーです。

実はブログに限界を感じメルマガをはじめた
理由のひとつはここにあります。

ブログで最も書きづらいのが「時事ネタ」です。
べつに私は「炎上」するほどの影響力があるわけではないのですが、
この手の話題というのは、英語で言うなら「Touchy」であり、
何気ない「意見の表明」が、ある読み手にとっては、
神経を逆なですることになりかねない。
逆にある受け手にとってその「意見の表明」は、
「これこそ自分の政治信条の代弁だ」みたいになって、
変な形で拡散されたり、「シンパ」のように思われたりしかねない。

だからこそ「政治の話はタブー」なのでしょう。

有吉弘行が、父親から唯一言われたアドヴァイスが、
「人気商売をするにあたって、
 政治の話と宗教の話はぜったいするな」
だったと彼は著作に書いていました。

彼はそれを忠実に守っているように見える。
そして成功しているように見える。
私も非常に限定された意味においては、
「人気商売」的な側面もありますから、
本当に「成功」したければ、
ここには立ち入らないのが「正解」です。

私は教会に関する仕事をすることが多いですが、
教会でも多くの場合「政治の話はタブー」です。

読者の皆様の多くは会社などで働いておられると思いますが、
職場でも「政治の話はタブー」と推察されます。

学校に行っている人ならば、
「学校でも政治の話はタブー」でしょう。

近所づきあいをしている人なら、
「地域社会でも政治の話はタブー」でしょう。

、、、とすると、
今の日本社会で、政治の話がタブーでない場所って、
どこにあるんでしょう?

なんと、現実世界にはそんな場所はないのです。

ではどこに、「政治の議論」はあるのか。
じつはインターネットです。

そして端的に言って、インターネット上の「政治の話」は、
悪臭が漂い、魑魅魍魎が跋扈する危険な領域であり、
首を突っ込むと、あなたの首ごと強烈に腐敗します。
または耳や鼻を持って行かれかねない。
いつか説明しますが、「あの界隈」は非常に危険なので、
首を突っ込まないのが正解です。

そうすると、ハーバーマスのいうような「公共圏」で、
政治について開かれた議論を安全に聞くことは、
まず不可能ということになる。

そして良識的な人が沈黙すると、
やがて非常識な人の声が相対的に大きくなる。
クレーマー問題がそうですね。
「ノイジーマイノリティ効果」とでも呼べる。

、、、だとすると、良識的な人が、
ときにはリスクを背負い、ある種の覚悟をもって、
「何の得にもならないけれど」発言しなければならない。
有吉弘行には鼻で笑われるでしょうが、
私はそう考えます。

その「発言」をする場所として、
メルマガを発行することにした、というのも、
このメルマガを刊行する一つの理由です。

じゃあ私が「良識的な人」なのかどうか?

それはお読みいただいて、
その判断は読者のあなたに一任いたします。

ちなみに私はフランスの思想家ヴォルテールの、
次の言葉をたいせつにしています。

「私はあなたの意見に反対だが、
 あなたがそれを言う権利は死んでも守る。」

::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::

▼▼▼加計学園問題について▼▼▼

先日、北海道のラジオネームbrotomさんから、
「獣医師としての加計学園問題に関する私見を聞きたいです」
というご質問をいただきました。

Q&Aコーナーでお答えしようと最初は思ったのですが、
「時事ネタコーナー」を久しくやっていなかったので、
今回はこちらで語っていきたいと思います。

ちなみに前回の「今週の時事ネタ」のコーナーで、
私は「森友学園問題」を扱いました。

そして現政権を思想的に支えている、
「日本会議」といった保守勢力の思想を分析し、
その思想的ルーツが、「成長の家」という、
新興宗教の創始者である谷口雅春氏の「生命の実相」という
「教典」にある、といったことを紹介しました。

▼参考リンク:「日本会議の研究」
http://amzn.asia/iDFkZVK

、、、私はキリスト教徒なので、
彼らの「国家神道的な世界観」にまったく同意できませんし、
与するつもりはまったくありません。

かといってそれを「禁止」するのにも反対です。

「森友学園」にかかる問題でもっとも重要な論点は、
極右的な「思想そのもの」ではないと私は思っています。
むしろ右派勢力がその思想をどう思っているかという、
「メタ思想」に最大の問題があるというのが私の見方です。

どういうことか。

森友学園の籠池理事長は、
「国家神道は宗教ではない」と発言しています。
そして安倍昭恵夫人が名誉校長という形で、
ある時点までは全面的にそれに賛同していたことからもわかるように、
そのような「メタ思想」を現政権が好意的に見ていた、
という事実こそが、最大の「ドン引きポイント」なのです。

ここにこそ森友学園問題の本質がある。

「教育勅語」を唱和しようが、
「安倍首相、安保法制通過、おめでとうございます」
と、園庭で園児達が声をあわせて合唱しようが、
それは「思想信条の自由の範囲内」です。
保護者と幼稚園運営者が合意しているのであれば、
他人がとやかく言う権利はありません。
(私個人の感想を申し上げるのなら、
 端的に「クソ気色悪い」ですが 笑)

しかしそれは「自由」です。
園児が軍歌を歌おうが、
賛美歌を歌おうが、
長渕剛の「ろくなもんじゃねえ」を歌おうが、
私立の幼稚園では「自由」であるべきなのです。

「愚行権」というのがありまして、
民主的な市民社会において、
「それがいくら愚かなことであろうと」
それをする権利は認める、というのは、
公民権の基本です。

しかし、
「国家神道は宗教にあらず」
という主張は位相が異なります。

つまりそれは、
「あらゆる思想や宗教に卓越して」
「国家神道」という「宗教」を、
特異点に置く行為だからです。

明治政府や戦前の日本政府が、
仏教やキリスト教や創価学会を「合法的に弾圧」できたのは、
「国家神道を特異点に置く」という論理の詐欺があったからです。

安倍首相も参加している、というよりもその渦の中心にいる、
「日本会議」の議事録を読みますと、
「すべての公立学校に床の間を設けるにはどうすれば良いか」
というようなことが、真剣に話されている。

「床の間」って?
「茶道や華道のため?」

違います。

そこに「神棚」と「天皇の肖像」を設置し、
それを「礼拝」するための、
ミッションスクールでいう「礼拝堂」です。

これを公立学校で今やれば、
当然「政教分離の原則」に抵触しますから、
彼らは「国家神道は宗教にあらず」という論理で、
それを「押し切ろう」としているわけです。

まったく背筋の凍る話しです。

私は安倍政権がしている個々の政策や外交において、
部分的は支持・賛同するところも多いですが、
根底の部分、ガットレベルで忌諱感を持っています。

それは目に見える具体的な政策のもっと奥深くにある、
目に見えない思想的な位相において、
彼が持っていると思われる世界観・国家観と、
私が聖書から確信しているそれが相容れないからです。



▼▼▼「忖度」について▼▼▼

、、、さて、加計学園問題についてですが、
私は森友学園問題ほどには、
「語るべき言葉」を多く持ちません。

この問題は現政権に反対し、何が何でも失脚させたい、
一部マスメディアや野党によって「大問題」のように騒がれていますが、
皮肉なことに「とにかく反対することしか能がない」という、
野党の姿にこそ国民は失望しているのであり、
彼らの「狂騒曲」は逆に、
安倍政権の消極的支持者を増やしてしまっている。

「忖度」という言葉が今年のキーワードみたいに言われていますが、
官僚の世界で「忖度」なんていうのは常識です。
私の6年間の「小役人」の経験からもそう言えます。

入札だとか建設のコンペなども、
市民への説明責任のために、
あいみつ(複数の見積もり)を取りますが、
本気で100社が入札してきたら困るので、
「この部品が入っていないといけないよ」という、
内部のルールを作るのです。

そうすると「その部品」を作れるのは、
国内に2社しかない。
だから話しは簡単だ、となる。

市長や市議会のコネクションがあって、
「今回はこの企業で」という根回しが出来ている場合は、
議会から上層部へ、上層部から担当部局へ、
「証拠が残らないような形」で、
しかし関係者には明確に分かるような形で、
指示が伝達される。

たとえばA社を「落としたい」場合、
「あの件に関して、A社は特に厳密に精査してくれよ」
という指示が飛ぶ。

B社を「受からせたい」場合、
「B社には、常日頃お世話になっているから、
 いつもどおり、しっかりとやってくれよな。」
みたいな形の指示が飛ぶ。

それが録音されていたとしても、
あとで証拠にはなりませんが、
関係者にはその「意図」が分かる。

こういう「犬笛型の指示」というのが、
役人にはあるわけです。

(*念のため言っておきますと、
 私が市役所で勤めていた時代の職場には、
 そもそもそんな「政治力」はありませんでしたので、
 そういった「犬笛」は存在しませんでした。
 しかし、そういったことが起こる「文脈」を、
 私は皮膚感覚で理解できます。)

今回のことも安倍首相の親友の学園が、
他には選択肢のないような状態で、
異例のスピードで認可が下りたといういうのは、
「そういうこと」なのです。

菅官房長官も安倍首相も、
その辺はたぶん自信があったから、
最初に「強く否定」しすぎた。

大見得を切りすぎたわけです。

しかし後で調べたら証拠が出てきた。
怪文書は怪文書ではなかった。

文科省はあまり優秀ではなかった笑。

、、、で、あわてて発言を撤回した、という顛末です。

▼参考リンク:「菅官房長官が『怪文書』発言を撤回」
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20170616-00000086-mai-pol



▼▼▼「ネポティズム(縁故主義)」の問題▼▼▼

こういう、身内の忖度だとか縁故によって、
ものごとが決まっていくことを、
「ネポティズム(縁故主義)」といい、
それは日本の「伝統」です。

何も今に始まったことではありませんし、
おそらく一般企業や市民社会、ひいては教会ですら、
こういったことは日常的に行われており、
ある意味でこういう「根回し型のネポティズム」は、
日本社会の潤滑油でもありますから、
一概に「けしからん!」と一蹴することも出来ない、
と私は思っています。

政治家が利益誘導をする。
そんなの当たり前のことです。
政治家なんて、利益誘導をする装置とも言えますから。

「組織票」って、そういうことですから。

しかし、行政はそうではない。

行政は「市民社会に開かれた公正な」決断をしなければ、
税金を使って施策を実行するという行為の、
「公明正大さ」が失われる。

文部省は建前上はすくなくとも、
公正に「ルールに則って」、
「新規学部設置の許可」の判断をせねばならない。
しかし、「政治家による利益誘導」というのは当然ある。
文科省はその辺を「上手に隠せなかった」というのが、
今回の話しだと私は理解しています。

、、、「加計学園問題」の問題に隠れて報道が小さいですが、
現政権の「ネポティズム」の件で本当に問題なのは、
こちらのほうだと思っています。

▼参考記事:レイプ疑惑は検察審査会へ 山口敬之氏は「起訴」されるか
https://www.nikkan-gendai.com/articles/view/news/206541

山口敬之氏の書いた「総理」という本を、
私は昨年の7月に読みました。

▼「総理」山口敬之
http://amzn.asia/6JZfWlW

この本は、安倍首相の祖父・岸信介、
そして麻生太郎氏の祖父・吉田茂から引き継がれた、
自民党のDNAみたいなものを解説してくれて勉強になりましたし、
そこにある「人間ドラマ」を興味深く読みました。

しかしひとつだけ「違和感」がありました。

それは筆者が現政権や安倍首相との「近さ」を、
ジャーナリストとして恥じるどころか、
むしろ自慢げに語っているというその語り口でした。

政治について書くジャーナリストというのは、
政治家とある種の共生関係になるということも、
「必要悪」なのである。
私は安倍さんと非常に近しい友人関係にある。
(どうだすごいだろう)
安倍ちゃんとゴルフしたり食事したり、
携帯でメール打ったり話したりもしちゃう。
だから人には書けないようなことが、
私には書けてしまうのだよ。
(どうだすごいだろう)

、、、というようなスタンスが、
「ダサいな」と思ったのです。

池上彰さんは彼とは真逆の立場です。
池上さんは「政治家と食事には絶対に行かない」
と公言し、それを実行しています。

なぜか?

政治家になるような人というのは、
絶対に何かの「魅力」を持っている。

そういう人間的魅力があるからこそ、
政治家になれたわけですから。

特に国会議員ともなると、
何万人、何十万人の人々が、
「一票」を投じています。
そのような「支持」を集めるには、
ある種の「磁場」が必要であり、
それは「人並み外れた人間的魅力」なのです。

池上さんはそれを分かっていますから、
政治家とは絶対に食事をしない、と決めている。
「個人的に付き合うと、そうしまいと思っていても、
 好きになってしまい、『ファン』になってしまう。」
池上さんはその危険性を自覚している。
自分を過信していないわけです。

磁場に入ってしまうと「砂鉄のように吸着する」から、
磁石のような魅力を持つ「政治家」という人種からは、
「半径10メートル以上の距離」を取る。
つまり、個人的には付き合わない。
彼はそう決めているのです。

ジャーナリストというのは、
市民に成り代わって権力を監視する「監視機関」ですから、
権力側の「ファン」になってしまったら、
肝腎なところで批判の手が弱まったり、
問題点を指摘する筆が鈍ってしまう。

池上さんは「プロ意識」としてそれを守っている。

山口さんはその真逆の生き様をしていて、
政権、もっと言えば安倍首相と「ズブズブ」です。

彼が「準強姦」をして、
それが安倍さんの政治力によって、
「不起訴」になったという疑惑は、
非常に問題です。

もしこれが本当なら、
日本が法治国家ではなく、
中世の日本や中国のような「人治政治」の国だ、
ということになる。

これは本当に良くない。
私は個人的にはこちらをもっと、
しっかりと追求してもらいたいと思っています。



▼▼▼獣医師として思うこと▼▼▼

、、、話を戻しまして、といいますか、
問題の切り口の角度をここで変えまして、
「獣医師としての私見」を書きます。
たぶんbrotomさんはこちらを聞きたかったと思われますから。

これは「ネポティズム」の問題とは、
まったく位相の異なる、
「もうひとつの別の問題」なので、
「選挙権を持つ市民として」ではなく、
「職能集団である獣医師の一員として」、
語りたいと思います。

私は岡山県倉敷市の公立高校から、
北海道にある国立・帯広畜産大学の、
畜産学部獣医学科に入学し、
2002年に獣医師になりました。
全国に「獣医学科」もしくは、
「獣医学部」がある国公立大学というのは、
たったの10校しかありません。

これに私立大を加えても17校。
私立大学は国公立の定員の三倍ぐらいありますから、
人数配分は同じぐらいです。
(国公立は一学年30〜40名、
 私立は100名以上です。
 今回の加計学園が新設する獣医学部も私立ですから、
 定員は100名ですね。)

1年に獣医師国家試験に受かって新たに獣医になる人数は、
全国で約1,000名。
ちなみに医師国家試験はその10倍の規模で、
年間約9,500名の人が新たに医師になります。

▼参考リンク:獣医師国家試験受験者数
http://www.maff.go.jp/j/press/syouan/tikusui/170310.html

▼参考リンク:医師国家試験受験者数
https://www.tecomgroup.jp/igaku/topics/111.asp


、、、これを見て、
獣医の数が「多い」と見るか「少ない」と見るかは、
その人の価値観によるでしょう。

元NHK職員で現在「アゴラ研究所」代表の池田信夫氏が、
この問題に関して、
「獣医はそもそもそんなに勉強する必要はなく、
 動物には『人権』がないのだから誰も困らない」
という主旨の発言をして「軽く炎上」しました。

▼参考記事:「獣医の免許って必要なの?」池田信夫
http://agora-web.jp/archives/2026391.html


、、「動物には人権がないのだから、、、」の部分は、
獣医師としてはとても心が痛みますし、
獣医学の勉強量に関しては単純に、
池田氏の事実誤認です。
医者の勉強は「人間というほ乳類一種類」ですが、
獣医師は牛、馬、犬、豚、羊、山羊、鳥類、、
といった動物種の臓器や組織や代謝の違いについても勉強する。
知識の深さは人の医者のほうが深いですが、
勉強する範囲の広さは獣医のほうが広いです。

、、、それはそれとして、
池田氏は「あらゆる規制と資格制度の撤廃」を提唱した、
自由主義の経済学者・ミルトン・フリードマンの信奉者ですから、
「医師免許も撤廃した方が良い」と考えているため、
彼の言うことに賛同するかどうかは別として、
それなりに一貫性はあります。

しかし池田信夫氏が見落としていることが、
実はもう一つあります。
それは獣医師の仕事は「動物の病気を治す」
ということだけではない、ということです。

特に公務員の獣医師(かつての私のような立場)は、
慢性的に人員不足状態にあります。

私が在籍していたときにすでにその傾向はありましたが、
近年はさらに状況は悪くなっていると聞きます。

▼参考記事:「公務員獣医師不足」の本質議論されず 
「実情を知って」と現場からは切実な訴え
https://goo.gl/vWoC4c

▼参考ブログ記事:【加計学園問題】って何?
と言う人が忘れないでほしい、たった一つの疑問
http://toulezure.hatenablog.jp/entry/2017/05/22/202047

この問題は一部新聞やテレビでも報道されたようですが、
これは精神論で片付く話しではなく、
「構造的な問題」があります。

獣医師というのは、医師と同じく6年間の専門教育を受け、
大学で188単位取り、司法試験と医師国家試験に、
次ぐボリュームと言われている獣医師国家試験も受けます。

私は国立大学でしたから他の学部と同じですが、
私立の学費は医学部に準ずるぐらい高い。

、、、何が言いたいかというと、
ひとりの人が獣医師になるのに、
厖大な時間とお金が「先行投資」
されているということです。

その先行投資をお金に換算すると、
医師に決してひけを取らない。

ところが、市民病院や保健所などに就職する、
「公務員医師」の初任給と、
同じく保健所や動物園などに就職する、
「公務員獣医師」の初任給は、
3倍近く違う。

市役所の職員として24歳で就職した私の、
初任給の手取りは、たしか197,000円でした。
市役所職員には、「技術吏官」「事務吏官」ごとに、
等級というのがあり、職種毎にそれは違います。
市の職員になると他の職種の給料も見られます。
医者の初任給を見て驚きました。
額面で600,000円を超えている。
つまり手取りで50万円近いはずです。

この差はあまりにも大きい。

*医師には「研修医制度」がありますから、
就職の時点で年齢も事実上の必要学習量も、
医師のほうが多いです。
それを差し引いても、大きな差です。

、、、それだったら一般企業(製薬会社など)の、
専門職として働いた方が給料が良い。
(獣医師手当だけで10万円以上出ることもあります。)

地方自治体の上層部は、
「獣医の職員が減ることをいぶかしがって」いますが、
本当は「いぶかしがるのがおかしい」のです。
需要と供給バランスから言えば当たり前のことが、
起きているだけですから。
人員不足になるのは経済合理性を考えたら、
自然な成り行きなのです。

(私の場合、公務員よりもさらに給料が激減し、
 加えて将来の保証もない仕事に転職する、
 という、「あり得ないキャリアパス」を選んだので、
 私というサンプルは何の参考にもなりませんが笑。)

何がこの「差」を生んでいるかと申しますと、
大ざっぱに言えば「政治力」です。
医師免許は厚生労働省の管轄であり、
獣医師免許は農林水産省の管轄です。
省庁の力関係でいうと、厚労省のほうが圧倒的に強い。
また「日本医師会」は、
日本で最も力のあるロビイ団体のひとつです。
対する「日本獣医師会」に政治力があるという話しは、
獣医師になって15年以上たちますが、
そんな話しは「聞いたこともない」。

この「政治力」の差が、下っ端の給料の、
3倍の差となって跳ね返ってくるのです。

半分ブラックジョークとして聞いて欲しいのですが、
「政治力」って大事ですね笑。

、、、さらに言いますと、
加計学園は愛媛県今治市に新設予定ですが、
四国にはひとつも獣医学部がありません。
北海道に3つ、九州に2つあるのに、です。

特に牛や馬や豚など畜産業に関わる、
「産業医」という意味では、
都市部よりも農村部でニーズが高いわけですから、
中国四国地方にひとつも獣医学部がない、
というのはバランスが悪い。

私は岡山県倉敷市の高校から、
北海道の獣医学科に進学した話しをしましたが、
中国四国地方の高校出身者で獣医師になって、
地元の畜産業に貢献したいと思うと、
一度中四国を出る以外選択肢はありません。
(唯一山口大がありますが、
 定員はたったの30名です。)

安倍さんがらみの「ネポティズム」の話しを別にすれば、
私は四国に獣医学部が新設されること自体には賛成です。
「職能集団の一員としてのポジショントーク」
としてではなく、率直な現場感覚からの「私見」として。

もっと言えば私立も良いのですが、
国公立で中国四国地方に獣医学科をつくればいいのに、
と本音では思います。
(少子化の世の中で国公立大学のサイズアップは、
 事実上非常に困難だとは思いますが。)
でも私立だと、学費が高すぎて、
獣医学科には貧乏人は入れないですから。

岡山大学とか香川大学、広島大学など、
すばらしい大学があの地方にはあり、
獣医学科が出来ることで、
医学部や薬学部、農学部や生物系の研究にも、
大きな刺激になるはずですから。

、、、あと、公務員以外にも、
今後獣医師の専門知識はますます必要になると、
私は「予言」します。

なぜか。

ズーノーシス(人獣共通感染症)の問題があるからです。
今後ますます人々が国際的に交流するようになりますと、
「鳥インフルエンザ」や「SARS」などの病気の流行は必至です。
これらの病気を媒介するのは動物ですから、
動物の病気と公衆衛生を専攻した獣医師は、
ますますなくてはならないものになるでしょう。

さらに「iPS細胞」などの再生医療の現場や、
遺伝子工学の分野でも、獣医師は必ず重要になります。
「実験動物学」と言いまして、獣医の大切な単位があります。
それはマウスやラット、犬や馬、猿といった動物を、
人への医療に応用する前に「実験動物」として用いるための学問です。
あらゆる再生医療はまず動物で予備実験されますから、
その解剖、データ分析、病理学的解析など、
あらゆる場面で獣医の知見は必要になります。

私は今「現場にはいない獣医」ですが、
不足している公衆衛生の分野も含め、
獣医の専門分野というのは「面白くてやりがいがある」、
素晴らしい仕事です。

もしこのメルマガを読んでいる、
進路に悩む高校生がいましたら、
獣医、おすすめです(笑)。



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