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陣内が先週読んだ本 2017年9月第一週 『ぼくのおとうとは機械の鼻』みんなのことば舎 他8冊

2018.03.01 Thursday

+++vol.029 2017年9月12日配信号+++

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
■4 陣内が先週読んだ本 
期間:2017年9月第一週 9月3日〜9日
::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::

先週私が読んだ本(読み終わった本)を紹介していきます。
一週間に一冊も本を読まない、
ということは、病気で文字が読めなかった数ヶ月を除くと、
ここ数年あまり記憶にないですから、
このコーナーは、当メルマガの
レギュラーコーナー的にしていきたいと思っています。
何も読まなかった、という週は、、、
まぁ、そのとき考えます笑。

ただ紹介するのも面白みがないので、
twitterに準じて、
140文字で「ブリーフィング」します。
「超要約」ですね。
(どうしても140字を超えちゃうこともあります。
 140文字はあくまで「努力目標」と捉えてください笑。)

忙しい皆さんになり代わって、
私が読んだ本の内容を圧縮して紹介できればと思います。
ここで紹介した本や著者、テーマなどについて、
Q&Aコーナーにて質問くださったりしたら、
とても嬉しいです。


●福翁自伝

読了した日:2017年9月4日
読んだ方法:図書館で借りる

著者:福澤諭吉 斎藤孝編訳
出版年:2011年(初版)
出版社:ちくま新書

リンク: http://amzn.asia/7cmpLAR

▼140文字ブリーフィング:

先週読んだ岩田靖夫氏の本のなかで、
「福翁自伝」が紹介されていて興味を持ちました。
「一万円札のひと」福澤諭吉は、
「日本で最初の合理主義者」と言われることもありますが、
この自伝に出てくるエピソードを読むとなるほどとうなずける。
その「合理主義者ぶり」は筋金入りで、
小さい頃、「神社の中の物質に拝んでいる大人は馬鹿に違いない」
と思った福澤諭吉は神社の御神体の御札(おふだ)を盗み、
代わりに拾った小石を置いておきます。
、、、で、周囲の大人がずっと、
「自分の置いた小石をありがたそうに、
 うやうやしく拝んでいる姿」を観て、
「小石を拝んでめでたい人たちだ」と心で笑っていた。
、、、で、何のタタリもなかったから、
あの御札はやはりただの紙切れだったのだろうと結論します。
キリスト教徒の私ですら少し胸が痛むような話しですから(笑)、
彼の「破格のスケールの合理性」がわかります。

また、福澤諭吉は慶應義塾大学の創始者ですが、
その前身「慶應義塾」は、日本で初めて授業料をとった私塾でもあります。
→P191 
〈さて鉄砲州の塾を新銀座に移したのは
明治元年すなわち慶応四年(1886年)明治改元の前だったので、
塾の名をときの年号から取って慶應義塾と名付け、
一次散り散りになっていた生徒も
次第に帰ってきて塾は次第に盛んになった。
塾が盛んになって生徒が多くなれば、
校舎の取り締まりも必要になるから、
塾則のようなものを書き、これもいちいち書き写していては
手間がかかるというので版をつくって印刷本にして、
これもいちいち書き写していては手間がかかるというので
版をつくって印刷本にして、一冊ずつ生徒に渡した。
それにはいろいろな箇条のある中に、
「生徒から毎月金を取る」ということもあて、
これは慶應義塾がはじめた新案である
それまで日本の私塾では中国風を真似たのか、
生徒入学のときには「束しゅう」と言われる謝礼を納めて、
教授する日とを先生と仰ぎ奉り、入学の後も盆暮れの二度ぐらいに、
生徒それぞれの分に応じて、お金なり品物なり、
熨斗を付けて先生家に進上する習わしであった。
だが、私どもの考えでは、とてもこんなことでは活発に働く者はない。
「教授もやはり人間の仕事だ。
人間が人間の仕事をして金を取るのに何の不都合がある。
かまうことはないから公然と値を決めて取るが良い」
というので、授業料という名をつくって、
生徒ひとりから毎月金二分ずつ取り立て、
その生徒には塾中の先輩が教えることにしました。〉
(1,011文字)


●ネット・バカ インターネットが私たちの脳にしていること

読了した日:2017年9月4日
読んだ方法:図書館で借りる

著者:ニコラス・G・カー
出版年:2010年
出版社:青土社

リンク: http://amzn.asia/790Rk1X

▼140文字ブリーフィング:

タイトルがバカっぽいですが、
かなり学術的で専門的な本です。
原題は「the Shallows」といい、
「薄っぺらな人々」あるいは「うつろな人々」というような意味です。
サブタイトルが示しているようにこの「薄っぺらな人々」は、
インターネットが人間の脳に働きかけたことにより生み出される、
「ある種の思考形態を身に付けた21世紀の我々」を指しています。
マーシャル・マクルーハンという人が「メディア論」という本のなかで、
「メディアはメッセージである」という名言を残しています。
インターネットで「何を」観るかは重要ではなく、
インターネットというメディアが脳の働き方を変えてしまうのだ、
ということをこの本は実証的に論じていきます。

→P168 
〈インターネットの使用には多くのパラドクスがともなうが、
われわれの思考様式に対して、
確実に最大の長期的影響を与えるだろうパラドクスは以下のものだ
ーーネットは注意を惹きつけるが、結局はそれを分散させる。〉

、、、インターネットが私たちの脳にいったい何を「した」のか、
その検証にはあと50年ぐらいはかかるでしょうが、
何をしつつあるのかは分かってきています。
それは注意を分散させ、
長い文章や長い理論を理解する能力を低下させ、
深い分析、内省、批判を行う力を衰えさせ、
物事を表層的に捉えさせるようにますますしているということです。
(570文字)



●このあとどうしちゃおう

読了した日:2017年9月4日
読んだ方法:図書館で借りる

著者:ヨシタケシンスケ
出版年:2016年
出版社:ブロンズ新社

リンク: http://amzn.asia/5GAoBn8

▼140文字ブリーフィング:

ヨシタケシンスケさんの絵本は、
メルマガ読者に教えてもらいました。
これは中でも特に傑作でした。
一冊購入して我が家に置いておきたいと思うぐらい。
死んだおじいちゃんが遺したノートには、
「このあとどうしちゃおう」と書かれていた、
というところからお話が始まります。
「天国にいってこんな楽しいことをして、、むふふ、、、」
というおじいちゃんの妄想がノートには書かれています。
ポップなようで深い本です。
その技巧は絶妙と言っても良い。
限りなく軽いユーモアだからこそ、
もう片方に限りなく重い「死」というテーマを載せて
バランスが取れているのです。
死を考えさせる絵本としては、
これもメルマガ読者に教えていただいた、
「かないくん」と双璧をなす傑作だと思います。
(317文字)



●子どもを守る30の祈り

読了した日:2017年9月4日
読んだ方法:キリスト教書店で購入

著者: ストーミー・オマーティアン
出版年:2001年
出版社: CS成長センター

リンク: http://amzn.asia/3zI7lLC

▼140文字ブリーフィング:

「親になる準備」として妻が読んでいた本を、
妻の後に読ませてもらいました。
「一日一章」のスタイルで30章まである本なので、
網羅的に語るのは不可能ですから、「目次」を載せます。
1.祈る両親になる。
2.わが子を御手にゆだねる。
3.危険からの守り
4.受容と愛を感じること
5.最も伝えたいこと 永遠の未来を築くために
6.父と母を敬うことと反抗の禁止
7.家族関係の平和
8.子どもの友人関係のために
9.神への飢え渇きを育てる
10.神につくられた目的をしる
11.真理に歩み、嘘を拒絶する
12.いやしと健康
13.自分の身体に気を遣う
14.学びへの熱意
15.賜物を明らかに
16.命をもたらす言葉を語る
17.きよさと純粋さの魅力
18.子ども部屋のための祈り
19.恐れからの解放
20.主からの全き心
21.主の喜びの中に
22.家系のくびきを打ち砕く
23.依存症や中毒を回避する
24.性的不道徳の拒絶
25.完璧な伴侶を見つける
26.ゆるせない思いからの解放
27.罪の告白と悔い改め
28.サタンの要塞を打ち砕く
29.知恵と見分ける力を求める
30.信仰に生かされて成長する

父親は「一家の祭司」ですから、
子どもや妻のために日々祈ることを、
ますます習慣化していきたいと思わされました。
(524文字)



●黒本 弐

読了した日:2017年9月6日
読んだ方法:Amazonプライム特典月一冊無料本

著者:高城剛
出版年:2015年
出版社: Amazon Services International, Inc.

リンク: http://amzn.asia/8YVxkdz

▼140文字ブリーフィング:

「ハイパーメディアクリエイター」の、
高城剛のメルマガに寄せられた「Q&A」の書籍化です。
ハズレもありますが時々面白い回答もあります。
365日ホテル住まいで世界を放浪している著者ならではの視点、
というのが具体的にはそういった面白い回答でした。
「世界のあれこれ」とは無関係ですが、
「CO2クリエイター」という言葉には笑いました。
→位置No.1209 
〈また、僕が「なんじゃその言葉っ」と仰天した言葉は、
「無職」「引きこもり」の別名が「CO2クリエイター」であることです。
やるなあ。〉

、、、「CO2クリエイターの陣内です(キリッ)。」
って、言ってみたいなぁ。
いや、言ってみたいか?
やっぱり言ってみたくないです。
(298文字)



●ヘンな論文

読了した日:2017年9月7日
読んだ方法:図書館で借りる

著者:サンキュータツオ
出版年:2015年
出版社:角川学芸出版

リンク: http://amzn.asia/bNCWFoR

▼140文字ブリーフィング:

大学で教えたりもしている「文系芸人」の、
サンキュータツオさんが、
「ヘンな論文」を紹介していく、という本です。
たとえば「川辺に座るカップルの間の距離」は、
その隣にいる人との距離とどのように相関するか、
といったことをデータをもとに検証する論文だとか、
「ヘンな論文」が世の中にはたくさんあります。
論文の常ですが、研究している人は大まじめなので、
「ツッコミ甲斐」があるのです。

私が一番興味をもったのは、
「○○とかけて××と解きます、その心は●●でしょう。」
という、「なぞかけ」を面白くさせるのは、
一体何なのか、という研究です。

→P132 
〈、、、「反応速度」の測定方法は、
学生が「なぞかけ」を読んで、
おもしろさがわかったところで、
パソコンのエンターキーを押してもらうというもの。
その結果判明したことは「強く面白い」(非常に面白い)作品は
「短い時間で分かる」ということである。
これは、笑いの研究における定説通りだった。
しかし、その一方で、「おもしろい」と思える作品は、
「つまらない」と思う作品よりも「時間がかかる」ものが多かったのである。
つまり、「その心は○○」と聞いてから「あー、なるほど!」と
腑に落ちるまでの時間のかかるものが多かったというのだ。
あとからジワジワくる、というやつですね。
これは非常に興味深い実験結果であった。〉

これはIPPONグランプリなどの大喜利にも言えることなのですが、
「面白さ」には2種類あります。
瞬発的に爆笑が起こるタイプと、
1、2秒あとに「じわじわ」と笑いが起こるタイプです。
「爆発的な笑い」はコスられすぎていますから、
「時差の笑い」をできるコンビは今は有利なんだろうなぁ、
とか思いながら読みました。
「笑撃戦隊」というコンビが、
ツッコミを先に言って、
後でボケを考えるというネタをやっていますが、
これは典型的な「時差の笑い」です。
(773文字)

▼参考動画:「笑撃戦隊」ネタ
https://youtu.be/y6YkzXjTjf0



●わかりあえないことから

読了した日:2017年9月7日 後半とばし読み
読んだ方法:図書館で借りる

著者:平田オリザ
出版年:2012年
出版社:講談社現代新書

リンク:http://amzn.asia/783xyPW

▼140文字ブリーフィング:

著者は大阪大学で教えている、
「コミュニケーション能力」の専門家です。
現代の若者たちは企業から「ダブルバインド」を課せられている、
というところから話しは始まります。
どういうことか。
表向き企業は、
「異文化コミュニケーション能力」のある若者を求める、
ということになっています。
つまり自分と他人の意見の違いや文脈の違いを理解し、
その上で自分の意見をしっかり主張し、
相手との妥協点を見つける、といったスキルですね。
ところが実際の職場では逆のことが求められる。
つまり上司や先輩の思惑を「忖度」し、
場の空気を読んで相手に合せる、
という能力が求められる。

これは明らかなダブルバインドで、
「ゆっくり早く走れ!」という命令と同じです。
「静かに大声を出せ!」と同じです。
命令された方はフリーズしてしまう。
平田オリザさんは、この「ダブルバインド」がなぜ起こるかというと、
「21世紀になってコミュニケーションの定義が変化しつつある」ことに、
企業の側が気がついてもおらず言語化もできておらず、
ゆえに当然対応できていないからだ、と言います。
この本の「結論」でもある部分を引用します。

→P205 
〈、、、日本人に要求されているコミュニケーションの質が、
いま、大きく変わりつつあるのだと思う。
いままでは、遠くで誰かが決めたていることをなんとなく理解する能力、
空気を読むと言った能力、あるいは集団論で言えば
「心を一つに」「一致団結」といった
「価値観を一つにする方向のコミュニケーション能力」が求められてきた。
しかし、もう日本人はバラバラなのだ。
さらに、日本の個の狭い国土に住むのは、
決して日本文化を前提とした人々だけではない。
だから、この新しい時代には、
「バラバラな人間が、価値観はバラバラなままで、
どうにかしてうまくやっていく能力」が求められる。
私はこれを「協調性から社交性へ」と呼んできた。〉
(746文字)



●ひとの目、脅威の進化

読了した日:2017年9月8日 後半飛ばし読み
読んだ方法:図書館で借りる

著者: マーク・チャンギージー
出版年:2012年
出版社: インターシフト

リンク: http://amzn.asia/d1un4Kh

▼140文字ブリーフィング:

この本は4つの章からなり、
「ひとの目」のすごさを教えてくれます。
1章では「肌の色の不思議」について、
2章では「両目があることによって障害物の先を見る力」について、
3章では「0.1秒後を脳内で予測する標準装備のソフト」について、
4章では「文字を形として一瞬で識別する力」についてです。

私は「肌の色がどんな色にでもなる」というくだりに、
一番驚きました。
色というのはただ「白」「赤」というだけでなく、
どの光の波長がどのぐらい強いか、
という「スペクトル」を形成します。
「声紋」のようなものです。
その波形を比べると、黒人、アジア人、白人の、
「スペクトルの形」はそっくりです。
クレヨンで描いた肌色と本当の肌のスペクトルはまったく違いますが、
白人と黒人の肌のスペクトルは「ほぼ相似」なのです。
人種による違いはそのスペクトルが音楽ならば、
「0.5オクターブ」高かったり低かったりするだけで、
波形は同じなのです。
、、、で、顔色の違いというのは顔を流れる静脈の色で変わるのですが、
その色はなんと、あらゆる色を表現出来る、
という驚くべき事実に私は打たれました。

→P35 
〈血液の量を調節すると、肌の色は黄と青の間で変わり、
血液中の酸素飽和度を調節すると、肌の色は赤と緑の間で変化する。
この味気ない観察から途方もない結論が導かれる。
肌はどんな色合いも帯びうるのだ!
それはなぜか?
どんな色合いも原色(青、緑、黄、赤)の組み合わせで生み出せるからだ。〉

、、、すごくないですか?
他者の顔色を見て感情を読み取ることが、
人間にとって生死を分けるほどに大切なことだから、
こういう仕組みになっているのです。
「黒人が青ざめる」「黒人の顔が真っ赤になる」
というのは比喩でも何でもなく、日々起きていることですが、
人種が違うと「デフォルト値」が異なるため、
それに慣れるのに数ヶ月かかるだけだそうです。
アフリカに2ヶ月ぐらいいると、黒人の顔が「紅潮」するのが、
本当に分かります。
(814文字)



●ぼくのおとうとは機械の鼻

読了した日:2017年9月9日
読んだ方法:Amazonで予約購入

著者:みんなのことば舎
出版年:2017年
出版社:医療法人稲生会

リンク: http://amzn.asia/bsRsNxM

▼140文字ブリーフィング:
私の友人の土畠智幸氏が理事長を務める、
札幌の医療法人稲生会が出版した絵本です。
Amazonで予約購入しました。
この絵本は実は私も数年前から構想を聞いていましたし、
去年ぐらいから「ゲラ段階」のものも逐次見させていただいていて、
「ついに形になった」という感慨があります。
内容は、YouTubeに動画がありますから、
是非そちらを御覧下さい。
絵本は教材として非常に良いので、
個人でも教会でも学校でも、
是非一冊、買って持っておいても損はないと思います(宣伝)。

→あとがき より
〈僕は子どもの頃、「自分には価値がない」と思い込んでいました。
でも、病気や障害があっても、なくても、
人はそれぞれ多様性のある存在として、
「みんな、とくべつなひとり」として、
愛されているのだということを知ることができました。
それを子どもたちに伝えたくて、小児科医になりました。
自分は「とくべつなひとり」なんだ、
自分には価値があるんだと子どものときに知ることができれば、
他の人に対しても優しくなれるかもしれない。
そう思って、この絵本をつくりました。〉

土畠氏が講演会などでよく話す、
私の好きなエピソードがあります。
彼の奥さんも小児科医なのですが、
お互い医学生同士で交際していたとき、
土畠氏は彼女であった今の奥さんに、
「僕は障害児医療に進みたい。
 神さまが間違えて作ってしまった先天性の障害を、
 僕は治してあげたいんだ」
と言いました。
多分、自信をもって。
そのとき奥さんが、
かつて観たことがないほどに「激怒」したそうです。
「神さまは間違いなんて犯さない。
 障害児はそのままで完全な神の作品。
 そんな傲慢な考え方は絶対に受け入れられない。」と。
それが彼にとっての「天啓」だったと言います。

中世のヨーロッパや近世以前の日本では、
精神や肉体に先天的な障害をかかえた人は、
「神の使い」と考えられていた、と私は本で読んだことがあります。
それが「近代」に完全に逆転し、
障害を隠すべきもの、なるべくないほうが良いもの、
と人々は考えるようになった。

しかし障害を持つ人が「神の使い」というのは比喩ではなく、
まったく事実なのではないかと私はこの数年思うのです。
土畠氏の実践や「べてるの家」の精神疾患当時者の「声」は、
まさに鬱病療養中の私にとって「啓示」に他ならなかった、
という経験からそう確信するようになりました。
「困難を抱える人と共に生きる」彼の実践から学べるのは、
当事者やその家族だけではありません。
私たちの社会全体が、困難を抱える方々から、
滋養に富んだ豊かな真理を学べると思うのです。
(1,059文字)

▼参考動画:「ぼくのおとうとは機械の鼻」
https://youtu.be/oHA2q2jE6lA



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