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陣内が先週読んだ本 2017年9月第三週 『クリエイティブ都市論』リチャード・フロリダ 他4冊

2018.03.15 Thursday

+++vol.031 2017年9月26日配信号+++

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
■3 陣内が先週読んだ本 
期間:2017年9月第三週 9月17日〜23日
::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::

先週私が読んだ本(読み終わった本)を紹介していきます。
一週間に一冊も本を読まない、
ということは、病気で文字が読めなかった数ヶ月を除くと、
ここ数年あまり記憶にないですから、
このコーナーは、当メルマガの
レギュラーコーナー的にしていきたいと思っています。
何も読まなかった、という週は、、、
まぁ、そのとき考えます笑。

ただ紹介するのも面白みがないので、
twitterに準じて、
140文字で「ブリーフィング」します。
「超要約」ですね。
(どうしても140字を超えちゃうこともあります。
 140文字はあくまで「努力目標」と捉えてください笑。)

忙しい皆さんになり代わって、
私が読んだ本の内容を圧縮して紹介できればと思います。
ここで紹介した本や著者、テーマなどについて、
Q&Aコーナーにて質問くださったりしたら、
とても嬉しいです。


●感情の政治学

読了した日:2017年9月19日
読んだ方法:図書館で借りる

著者:吉田徹
出版年:2014年
出版社:講談社選書メチエ

リンク: http://amzn.asia/0R0u5lM

▼140文字ブリーフィング:

著者の吉田徹さんは北海道大学法学研究科教授で、
友人の医師、土畠智幸氏の「師匠」です。
土畠氏は医者をしながら北大の大学院に通い、
公共政策学の修士の学位を取りました。
彼は今は別の博士課程をやっています。
土畠氏から吉田先生のことはいろいろ聞いていたので、
興味をもって以前「ポピュリズムとは何か」を読みました。
今回別の本で「感情の政治学」が引用されていて面白そうだと思い、
また手に取りました。

吉田氏の本というのは、
政治に関する「考えるための補助線」を与えてくれる、
という感じがします。
どういうことかというと、この「感情の政治学」においては、
(「ポピュリズムとは何か」にも同じことが言えるのですが)
現代社会の人々の政治行動(投票、デモ、党派、献金など)を分析する際、
政治学者を含め専門家のほとんどは、
「人間というものは合理的に行動する」という前提で論じる。
しかしノーベル賞経済学者のアマルティア・センがいみじくも言ったように、
人間は必ずしも合理的に行動するわけではないのです。
彼の「合理的な愚か者」という言葉はそういうことを言っています。

現代人の政治行動を「読み解く」のに欠けている補助線は、
それでは何なのか。
それが「感情」だというのがこの本の論旨です。

→P25 
〈そもそもある人間がある目的を達成しようとした場合、
その目的がその人にとって価値あるものと信じる
「世界観」なり「信仰」がなければ、それは目的にすらならない。
「あらゆる価値信仰は、還元されることのない、
意味され得ないものがなければ成り立たず、
それが成り立つことではじめてある合理性の形態が出てくる」からだ。
簡単にいえば、人間は理性に還元され得ない目的を設定しなければ、
合理的な行動はとれない。
、、、どのような政策が正しいのかを論じることが不毛なのではない。
どのような政策を選択すべきかを決めるためには、
まず価値体系がなければならないのだ。〉

→P43 
〈個人の感情的態度を基礎にするポピュリズムや
テロリズムが2000年代に入って勃興してきたのはなぜなのか。
その説明として国際政治学者のドミニク・モイジは、
国際社会においてハンチントン流の「文明の衝突」のような見取り図よりも、
むしろ「感情の衝突」と形容することの方が
適切になってきている、と主張する。
それはグローバル化が人々の不安の根源と化している現状があり、
この不安はそのまま「我々は何者なのか」という
自分のアイデンティティに対する問いかけを
提起することになっているからである。
あるアイデンティティが齟齬なく獲得され、供給されるためには、
その国の人々が何らかの「自信」を持っていなければならない。
しかしグローバル化はその「自信」が絶えず他者からの承認、
その反対に他者からの否定にあうことでしか
得られないという状況を生み出している。
他人を介在させることになるがゆえに、
この「自信」はつねに希望や屈辱、
恐れといった感情に左右されてしまうことになるのだ。〉

→P76 
〈因果関係はさておくとしても、投票先や支持政党は、
人のイデオロギーではなく、
パーソナリティや心性と何らかの形で深く関わっている、
とみるのが妥当である。
例えば、右の研究では共産主義者だけでなく、
ファシズム支持者も、同じような「堅固な心」を持っているとされた。
このことは、共産主義とファシズムという、
本来は相対する政治イデオロギーが、
これを支持する人々のパーソナリティや心性を通してみた場合、
共通のものを持っていることを意味している。
その前提を置かないまま、
政策を合理的に選択すれば最適な選択がなされると主張するのであれば、
それはかなりナンセンスな議論となりかねない。〉

、、、最初の引用の、
「合理性は理性に還元されない価値を抜きに存在し得ない」
というのは至言です。
人は「合理的に考えて超越的な結論に至る」と考えがちですが逆だと。
超越的な結論を直観的に持ち、それを後から合理化している、
というのが本当です。

また、二番目の引用の、
「文明の衝突」ではなく「感情の衝突」というのも納得です。
2016年の「Brexit(英国のEU脱退)」、
そしてアメリカ大統領選挙もそうです。
大統領選は表面では「共和党(保守)」と、「民主党(リベラル)」の、
思想的政治的対立ですが、本当に起きていたのは
「感情の対立」だったと考えるとすっきりします。
「テレビ討論会」で圧勝し論理的に人を納得させたヒラリーより、
Twitterで人々のエモーションに直接訴えかけたトランプが勝ったのは、
あれが「政治的な戦い」ではなく「感情の戦い」だったからです。

三番目の引用では、
「同じ感情傾向をもつ投票者」が、
まったく逆のイデオロギーを支持することもあり得る、
と指摘されています。
リベラルを「パヨク」と罵倒する「ネトウヨ」と、
「アベ政治を許さない」というデモを行う左翼活動家は、
じつは同じ感情的理由からそうしているかもしれないということです。
それはたとえば「ルサンチマン」といった抑圧だったりします。

21世紀になって政治はますます宗教に近づいてきている、
というのは私の実感ですが、「なぜそうなるのか」、
ということをこの本は腑に落ちる形で説明してくれています。
(2,103文字)

▼参考リンク:「ポピュリズムを考える」吉田徹
http://amzn.asia/c03TLqb



●メディア論 人間の拡張の諸相

読了した日:2017年9月20日 後半速読
読んだ方法:図書館で借りる

著者:マーシャル・マクルーハン
出版年:1987年
出版社:みすず書房

リンク: http://amzn.asia/1DvpBa9

▼140文字ブリーフィング:

この本は実にさまざまな本で引用される「定本」ですので、
いつか読みたいと思っていたのがやっと実現しました。
「メディアはメッセージである」という名言はこの本が元ネタです。
メディアはそれ自体メッセージであり、
それによって伝わる内容ではなく、そのメディアのあり方が、
人々の考え方や行動様式を変えてしまうのだという主張です。
インターネット登場前に書かれた本ですが、
ネット社会の現在、この本の重要性はかえって増しています。
(205文字)



●頼るな、備えよ

読了した日:2017年9月20日
読んだ方法:図書館で借りる

著者:櫻井よしこ
出版年:2017年
出版社:ダイヤモンド社

リンク: http://amzn.asia/2cnuChP

▼140文字ブリーフィング:

ネット右翼に代表される、
日本における「明治復古運動」かのような「超保守」は、
先ほどの吉田徹さんの論に引きつけるなら、
政治活動と言うよりも「宗教」だというのが私の見解ですが、
その「宗教」における「巫女」の役割を果たしているのが、
「保守の女神」櫻井よしこ氏です。

私は「この宗教」の信者ではありませんから、
彼女の意見に大筋において同意しません。
しかし、「彼らの内在的論理」は何か、
を知ることはたいせつだと考えますので、
この手の本を定期的に読むようにしています。
先週の稲田朋美氏の本と同じです。

彼女の本をひとことで要約してヤンキーの言葉で言い換えると、
「中国と韓国にはマジでトサカ来てるんですけど」ということです。
もうひとつおまけを言えば、
「日本人マジ最高なんですけど」です。
自覚的にかそうでないのかは定かでありませんが、
彼女らの陣営は「日本人性善説」「中国・韓国人性悪説」
という二本柱に支えられています。

私はこの人間観・歴史観をまったくの間違いだと思います。
「サイコーの日本人もいればサイテーの日本人もいる」
「サイテーの韓国人、中国人もいるが、
 サイコーの韓国人、中国人もいる」
が私が聖書から学んでいる普遍的な人間観であり歴史観です。

、、、というような疑義を呈すると百田尚樹氏のように、
「中韓を擁護する日本人は日本人にあらず」みたいな超論理が登場します。
櫻井よしこ氏と共著も出している百田氏はツィッターで今年の4月13日に、
「もし北朝鮮のミサイルで私の家族が死に、
私が生き残れば、私はテロ組織を作って、
日本国内の敵を潰していく。」
と発言しています。

私のように「日本人性善説」への疑義を呈する人は、
「非国民・売国奴」と「敵認定」され、
切り捨てていくの彼らの「超論理」は、
もはやちょっと手が付けられません。
こういう言説を野放図にさせてはいけないと、
私は個人的に思っています。

公正を期すために言っておきますと本書には、
ドゥテルテ大統領が中国に接近しているのは、
亡くなった彼の無二の親友が共産党の重鎮だったという事実や、
安倍首相とオバマ首相の広島ー真珠湾双方訪問に、
安倍昭恵首相夫人の隠れたファインプレーがあったから、
などの私が知らなかった有用な情報も含まれていました。
(922文字)




●クリエイティブ都市論

読了した日:2017年9月20日
読んだ方法:図書館で借りる

著者:リチャード・フロリダ
出版年:2009年
出版社:ダイヤモンド社

リンク: http://amzn.asia/59yP04j

▼140文字ブリーフィング:

リチャード・フロリダのこの本は、
けっこう多くの本で引用されている「定本」ですが、
非常に面白かったです。
本書の前提となる認識は、
「インターネットによってどこでも仕事ができるようになったから、
 住む場所というのはどこでもかまわなくなったのだ!」
という言説への反論です。
フロリダ氏が指摘するのは、
「状況はむしろ逆である。
 さまざまな数量的なデータを解析すれば、
 世界というのはますますフラットでなくなり、
 住む場所によって成功もすれば失敗もするようになってきている」
という、あまり認識されていない事実です。引用します。

→P17 
〈私が本書を書いたのは、読者が、
自分に適した居住地を選ぶのに役立つためだ。
25年以上にわたる独自の調査結果と、
ほかの人が行った多数の研究や調査結果について、
皆さんと共有することにしたい。
本書では次の3つのポイントに沿って、私自身の意見を構築している。

1.グローバリゼーションや「フラットな世界」について、
誇大な主張が数々なされている。
だが現実には、居住地がグローバル経済の中で占める重要性は、
これまでになく増している。

2.住む場所の多様化と特殊化は、さまざまな観点において進んでいる。
それは経済的な構造や労働市場に始まり、得られる生活の質、
そこに住む人間の性格にまでおよぶ。

3.私たちはきわめて移住志向の強い社会に生活している。
ゆえに居住地について考える機会を何度も持ち得る。

以上、三つの事項が総合的に意味すること、
それは居住地の選択が、家計や仕事の選択肢、友人関係、
未来の結婚相手、子どもの将来に至るまで、
ありとあらゆる物事に大きな影響を与えると言うことだ。〉

、、、住む場所は重要です。
これは親の転勤や大学、就職、転職、、、といった理由で、
いままでの人生で多分20回ぐらいは転居している私も、
実感を伴って言うことができます。
自分の人生の質を最大限に高めるのはどの都市か、、、
この質問に答えるのは簡単ではありません。

自然を好むか都会を好むか?
知的な刺激か芸術か買い物か?
医療や学校や公共サービスの質は?
どんなタイプの人と友人でありたいか?
保守的で閉鎖的な場所かオープンでリベラルな場所か?
職場までの通勤時間はどれぐらい許容できるか?
家賃や物価などは得られそうな収入とバランスが取れているか?

、、、変数が複数ある関数を解く作業が、
「自分がどこに住むか」を決定するためには必要だ、
と著者は語ります。

この本の最後の章にはこの関数を解く、
11ステップからなる手引きが載っていますが、
それを自分でやってみたところ、
世界で私が最も住みたい都市の候補が、
いくつか挙がりましたので掲載します。
(詳しい説明は省きますが)
・バンクーバー(カナダ)
・デンバー(アメリカ、コロラド州)
・神戸(日本)
・札幌(日本)
・シドニー(オーストラリア)

、、、で、もうひとつ本書で再認識したのは、
いろんな要素があるが、「友人が近くにいる」ことの価値です。
引用します。

→P104 
〈ロンドン大学の経済学者ナッタブド・ポウドサベーは、
2007年に興味深い研究を行っている。
その内容はアンケート調査によって、
頻繁に会う友人や親戚の金銭的価値を試算するものだった。
彼によると、友人や親戚と毎日欠かさず会えることは
10万ドル以上の追加収入に匹敵するという。
その喪失感は13万3,000ドルに相当するというのだ。〉

、、、ゴミゴミしてコンクリートで固められた東京は、
「どこにでも住んで良いと言われたら私が挙げる、
 最下位の土地のひとつ」ですが(笑)、
なぜここに住んでいるかは、これがすべてかと思います。

東京にいる妻の両親や家族からは子育てや信仰について多くを学べますし、
FVIやお世話になっている教会からも多くの益を受けています。
また東京は「日本の交差点」ですので、
国内外のいろんな人が最も会いに来やすく、
そして自分もいろんな場所の人に会いに行きやすい。
30代を東京で過ごしたことによって、
(そして今のところしばらくはそうするつもりであることによって)
私が得ているもの(人との出会いと友人・親族との交わり)を、
金銭に換算したらこの研究と同じように、
「年間1,000万円以上の価値」は、
余裕であるというのは否定できません。

将来神が召し出されるところにいつでもいけるように、
私たち夫婦は「持ち家は買わない」
(買おうと思っても頭金すら払えないですが笑)と、
早々に決めていますから、
10年後に東京に住んでいるかどうかは神にしか分かりません。
居住地を「選べる」時代に生きているということは幸せなことでもありますが、
同時に難問を突きつけられていることでもあります。
「クリエイティブ都市論」はその難問を解くのに良い手引き書です。
ちなみに著書のフロリダ氏はこの本に書いたことを自ら実践し、
10年ほど前にワシントンDCからトロントに移住したそうです。
(1,946文字)


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