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陣内が先週読んだ本 2017年9月第四週 『共鳴力』宮嶋望 他7冊

2018.03.22 Thursday

+++vol.032 2017年10月3日配信号+++

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
■4 陣内が先週読んだ本 
期間:2017年9月第四週 9月22日〜28日
::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::

先週私が読んだ本(読み終わった本)を紹介していきます。
一週間に一冊も本を読まない、
ということは、病気で文字が読めなかった数ヶ月を除くと、
ここ数年あまり記憶にないですから、
このコーナーは、当メルマガの
レギュラーコーナー的にしていきたいと思っています。
何も読まなかった、という週は、、、
まぁ、そのとき考えます笑。

ただ紹介するのも面白みがないので、
twitterに準じて、
140文字で「ブリーフィング」します。
「超要約」ですね。
(どうしても140字を超えちゃうこともあります。
 140文字はあくまで「努力目標」と捉えてください笑。)

忙しい皆さんになり代わって、
私が読んだ本の内容を圧縮して紹介できればと思います。
ここで紹介した本や著者、テーマなどについて、
Q&Aコーナーにて質問くださったりしたら、
とても嬉しいです。


●ジャニーズと日本

読了した日:2017年9月25日
読んだ方法:図書館で借りる

著者:矢野利裕
出版年:2016年
出版社:講談社現代新書

リンク: http://amzn.asia/6aHetbs

▼140文字ブリーフィング:

「東京ポッド許可局」という、
最近私がハマっているラジオ番組で知りました。
ジャニーズの歴史って、
知っているようで案外知らないことが沢山ありました。
そしてその歴史は様々なことを私たちに語りかけます。
いくつか引用します。

→P19 
〈この経験(伝道師であったジャニー喜多川の父が
ロサンゼルスに持っていた真言密教の寺院で行われた
芸能人のステージ手伝い経験)は、
ジャニーズにおけるショービジネスのルーツにもなった。
ジャニーはこのとき、手伝いの一環として、
アメリカで公演する彼らのブロマイドを会場で一枚50セント、
三枚1ドルで売り、その売り上げをタレントが所属する芸能事務所に渡していた。
当時の日本の芸能事務所は、そんなお金はもらえないと断ったそうだが、
ジャニーは未成年ながらに強固な姿勢で売り上げを渡していたという。
ジャニーがラジオで強調していたのは、自分がこのとき、
早くも「肖像権」という「価値観」をもっていたことだ。
ジャニーズと言えば、AmazonにCDジャケットすら掲載しないくらい、
肖像権に対して異常に厳しいことで有名だ。
このエピソードは、そんなジャニーズの強硬な態度の
ルーツが示されているようで興味深い。〉

、、、ジャニーズの創業者はジャニー喜多川(通称ジャニーさん)という、
「アメリカ生まれの日本人」です。
彼の父親の職業はなんと真言密教をアメリカに伝える、
「伝道師」でした(知ってました?私は知りませんでした)。
その子どものジャニー喜多川が、
ジャニーズを通して生涯一貫してしてきたことは、
「日本にアメリカの自由、平等、民主主義といった価値観を伝道」
することだった、という著者の見立ては秀逸です。
「伝道者の子どもは伝道者」だったのです。
父は真言密教を日本→アメリカという方向で。
息子は自由・平等をアメリカ→日本という方向で。
ジャニーズが「アメリカの価値を日本に伝えた」
ということの意味を引用します。

→P21〜24 
〈アメリカ人ジャニー喜多川が芸能の世界に入る以前、
すでに戦後日本の芸能は少なからず、
アメリカとの関係の上で成立していた。
日本における芸能事務所の先駆的存在である
渡辺プロダクションを作った渡辺晋、あるいは、
堀プロダクションの堀威夫やサンミュージックの相沢秀禎。
戦後を代表する芸能事務所の創業者はいずれも、
アメリカ進駐軍が持ち込んだジャズやロカビリーといった音楽に影響を受け、
自身もミュージシャンとして活動をしていた。

とはいえ、そのなかで、
これら芸能事務所とジャニーズが決定的に異なるのは、
やはり「ジャニー喜多川がアメリカからやってきた」という一点においてである。
、、、ジャニーにとって芸能活動は、教育的な精神にもとづいたものである。
ジャニーズ事務所が、アイドル育成とともに
ひとりひとりの人格形成を目指すことを
標榜していることはよく知られているが、
そのことも、アメリカというジャニーの出自と立場に関わっている。

あおきひろし『ボクの夢はキミたちが描く夢
ーージャニー喜多川が語るジャニーズ塾の子供たち』(メタモル出版、1999)には、
ジャニーの教育方針として、次のような発言が掲載されている。

「夢を持った素朴な少年であればいいんだ。
そういう少年たちこそ、良い環境の中では育っていくものなんだ。
そのとき強烈な個性の持ち主でなくても、
それこそ磨いていくうちに、個性ある輝きを発してくるものなんだ。」

「僕がいつも注意していること、それは難しいことだが、
すべての子に分け隔てなく目線を向けてやることだ。
特に同じグループ内で不平等があってはならない。
そうしたことがシコリになってしまったら、もうおしまいだ。
誰かひとりを特別扱いしないことが一番大事なんだ。」

そこにあるのは、素朴な少年を導く教師のようなジャニーの姿である。
これ以外にも、ジャニーはしばしば、自身の教育哲学を語る。
内実はどうあれ一貫して彼が重視し言及しているのは、
引用部にあるような「個人の尊重」と「機会の平等」といったものである。
ここであることに気付く。
これらは、アメリカが戦後日本に教えようとした
民主的な価値観と少なからず重なってくると言うことだ。
つまり、ジャニーにとって芸能活動とは、
いわば民主的な教育機関としての役割を担っている。〉

どうです?
面白いでしょ?
昨年のSMAP解散によって、
ことはさらに複雑になり、さらに興味深くなってきます。
というのは「自由と平等と民主主義の伝道者」たるジャニーズ事務所が、
まさに「抑圧としがらみと権威主義」の象徴のように、
SMAP5人の上にのしかかったという皮肉がそこにはあるからです。
あとがきから引用します。

→P237 
〈本書でジャニーズの歩みを追って見えてきたのは、
戦後民主主義を体現するかのようなあり方だった。
しかし、執筆中に巻き起こったSMAP解散騒動は、
そのようなジャニーズのありかたが問い直されるような出来事だった。
、、、戦後70年以上経った現在、民主主義のあり方も、
日本とアメリカの関係も、ジャニーズのありかたも
再考すべき時代に来ているのかもしれない。
芸能にしても戦後日本にしても
誰かを抑圧することで成立する華やかな世界など、もうまっぴらである。
筆者は、ジャニー喜多川自身が本来目指したような、
自由で、それぞれの個性が発揮されるような芸能文化を
形成すべき時だと思っている。〉

おりしも先月、
ジャニーズ事務所を脱退した元SMAPの3名(香取、草なぎ、稲垣)が、
新しい活動を開始し、そのあり方はジャニーズ事務所と真逆です。
SNSの解禁、肖像権の自由化、YouTube、Twitterなどなど。
香取慎吾は私と同じ年生まれでもありますが、
彼の世代が「そういうこと」をしたくなる理由は分かります。
競輪のように「最初の挑戦者は風の抵抗で最後には負ける」のかもしれませんが、
それでも彼らの挑戦を私は応援したいと思っています。
「なんだかんだ言って体制にしがみつき、
 既得権益に守られた人が最後は勝つ」
そんな社会に住みたいなんて、
もうだれも思ってないんですから。
(2,466文字)



●オカルト

読了した日:2017年9月25日 とばし読み
読んだ方法:図書館で借りる

著者:森達也
出版年:2012年
出版社:角川書店

リンク: http://amzn.asia/2Dsui5q

▼140文字ブリーフィング:

ジャーナリストで映画監督の森達也氏が、
スプーン曲げやイタコや心霊現象やUFO召還者や超能力者に取材し、
「オカルトは本当なのか」を検証する本です。
科学者が真実を暴く、みたいな構図ではなく、
彼は冷徹に事実を見つめ、最後は判断を留保します。
結果的に彼の目の前で「オカルト現象」はついぞ起こりませんが、
オカルトを職業にする人々は、
「疑う人の前では何も起こらない」みたいなことを言います。
最後の「解説」が面白かったです。
オカルトの人々は「(疑う)鑑賞者がオカルト現象に影響を与えるから、
疑う人の前では何も起こらない」というがそれは、
「鑑賞者の観察が現象に干渉するというジレンマ」という意味で、
量子論とまったく同じだ、と森さんは指摘します。
「オカルトは鑑賞者の心の中にこそある」という仮説は有力です。
(344文字)



●「他人」の壁

読了した日:2017年9月27日
読んだ方法:東京駅の本屋で購入

著者:養老孟司 名越康文
出版年:2017年
出版社:SB新書

リンク: http://amzn.asia/d1Nsn9a

▼140文字ブリーフィング:

この本は珍しく「リアル書店」で買いました。
この数年、KindleとAmazonで書籍を買うことが増えたので、
「リアルな書店」で買う本の割合はとても減りました。
年に10〜15冊ぐらいでしょうか、、、。
20代のころは多分30〜40冊は買っていたので、
Kindle、Amazonの力はすごいと思います。
ただ、「リアル書店」の良さは絶対にあります。
Amazonの場合「アルゴリズム」によって、
「あなたにおすすめの本」がパソコンに表示されますから、
「似たような本を読み続ける」ことになってしまう。
例えば政治なら、
リベラルな人はリベラルな本ばかり読み、
保守な人は保守な本ばかり読むことになってしまう。
そして不運な場合「意見が先鋭化し偏狭になる」という副作用をもたらす。
ネットのキュレーションサイトやニュースサイトもまったく同じです。
「リアル書店」はその解毒剤です。
自分が探している本の隣に、
「自分には抜け落ちた視点」をもたらす本や、
「これとこれがつながるとは思っていなかった」
という本が置いてあるからです。
リアル書店を歩くだけで、脳のシナプスのつなぎ替えが起こるのです。
学校の「クラス替え」のようなもので、
煮詰まった人間関係をリフレッシュし新たな刺激が生まれます。
2ヶ月ほど前にリアル書店で見つけたこの本も新鮮な発見がありました。
(私は書店で「養老孟司」という字を見つけると
 反射的に買ってしまう病気なのですが)
、、、で、気になる内容ですが、
文字数オーバーなので諦めます(笑)。
近々久しぶりにこの本で「本のエスプレッソ」を、
やろうかと思っていますので(やれなかったらすみません)、
詳細はそのときに。
(692文字)



●共鳴力

読了した日:2017年9月27日
読んだ方法:友人に借りる

著者:宮嶋望
出版年:2017年
出版社:地湧社

リンク: http://amzn.asia/0A94u7h

▼140文字ブリーフィング:

友人に借りて読みました。
衝撃を受けました。
北海道の新得町に「共働学舎」という牧場があります。
この牧場はキリスト教の精神で、
様々な障がいを抱えた人々とともに共同生活を行うコミューンで、
性質としては浦河の「べてるの家」だとか、
ジャン・バニエやヘンリ・ナウエンが関わった「ラルシュ共同体」に近いです。
「共働学舎」の独特なのはその「酪農との関連」であり、
彼らは約70人(健常者と障がい者が半々)で一緒に牧場経営をし、
付加価値の高いラクレットチーズを売ることで収益を上げ、
「寄付と自活の間」の運営をしています。
将来的には経済的に完全に自立したいと宮嶋望さんは考えているそうです。
「べてるの家」の向谷地生良さんもおっしゃっていたことなのですが、
何かの比喩でもなんでもなく「障がい者は現代の預言者である」
という確信であり思想が、2年間「障がい者同然」の経験をした私には強く響きました。
いくつか引用します。

→P222〜223 
〈やがてあるときから僕は、ここに来る弱い人たちは、
僕たちに何かを伝える貴重なメッセンジャーではないのか、
と考えるようになりました。
いつの時代のどんな社会にも、
それを動かす仕組みに巧く適応することができない人たちがいる。
見方を変えれば、彼らは多くの人に、
この社会がまだまだ不完全なものであることを教えてくれているのです。〉

→P229 
〈障がい者は救済されるべき対象ではなくて、
むしろ世の中を変える先駆者です。
病んでいるのはむしろ表の世界の人間であると。
今一般の人がはるかに病んでいると訴えていけば、
共感を得られると思っています。
これは今の社会のアンチテーゼなのです。
具体的には、その人がその人の考えで自分の肉体を使って
自由に行動していけることを目指しています。
この農場の究極の目的は、利潤を出すことではありません。
「その人その人の考えで自分の肉体を使って
自由に行動していけるようになること」です。
命令も指示もノルマもありません。〉

→P235 
〈もし彼らがうちで生活する中で、前向きに人生を考えるようになり、
何かしらできることを見つけて活動し始めたとしたら、
そこには問題解決の糸口があるわけです。
彼らはそれを伝えに来たメッセンジャーなのです。
次の世の中がもう少し良くなるために、
何が必要なのかを伝えに来ている。
これはとても大切な、大きな使命でしょう。〉

余談ですが「障がい者」と「障害者」という二つの表記があり、
宮嶋さんは「障がい者」という言葉を使っているので今回私は、
それに従っています。
しかし普段私は「障害者」と敢えて言う方を好みます。
なぜなら、「障害者を障害者だと思う健常者のほうに『害』がある」
というメッセージを薄めたくないからです。

被差別部落にしても視覚・聴覚障害者にしてもそうですが、
外部者が「この呼び方やめようよ」というとき、
それは外部の人々の自らの偏見の罪責感を薄めるための、
たんなるエクスキューズであったり、
無意識の「自己正当化」が透けて見えますから、
あの手の「言葉狩り」ほど嫌いなものはありません。
人を無自覚に差別している偏差値秀才の腐臭がします。

私は以前いわゆる「屠殺場(とさつば)」で働いていました。
それが昭和に「屠畜場(とちくじょう)」になり、
平成に「と畜場」になりました。
「屠」「殺」という言葉がそこで働いている人への差別になるから、、
という理由だそうですが、そういう「声」にこそ偏見と傲慢を感じます。
毎日動物から命をいただいて肉を食べていながら、
どんだけ「死」を直視したくないんだ、と。
どこまでわがままなんだ、と。
働いている当事者は誰も「屠殺場で働いている」ことを恥じていません。
むしろ世間の嫌がるような仕事をして社会に貢献していることを、
誇りに思っている。私はそうでした。

話しがそれましたが、「障がい者」「障害者」問題。
どちらでも良いです。
「障害者は外部にいて自分が健常者である」と思っている人ほど、
重い(認知的)障害を抱えた人はいないのですから。
(1,485文字)



●歴史を変えた6つの飲物

読了した日:2017年9月29日  途中飛ばし読み
読んだ方法: 図書館で借りる

著者: トム・スタンデージ
出版年:2017年
出版社:楽工社

リンク:http://amzn.asia/bo1Rp1B

▼140文字ブリーフィング:

「人類史というものはない。
 何かについての人類の歴史があるだけだ。」
という名言から始まるこの本は、
「飲物」という切り口から人類史を語ります。
ビール、ワイン、蒸留酒、コーヒー、茶、コーラです。
茶はイギリスの象徴でありコーラはアメリカの象徴、
という話しは面白かったです。

→P244 
〈アメリカの台頭と、20世紀における戦争、政治、
コミュニケーションのグローバル化は、
コカ・コーラーー世界で最も価値の高い有名ブランドであり、
アメリカとその価値観を体現している、
と世界中の人々に思われている飲物
ーーが世界に普及していく動きと、ぴったりと符合している。
合衆国を肯定する人々にとって、コーラは経済的・政治的な選択の自由、
消費者主義と民主主義、そしてアメリカン・ドリームの象徴だ。
一方の否定派にしてみれば、この飲物が象徴しているのは、
情け容赦のないグローバル資本主義、グローバルな企業とブランドによる支配、
そしてさまざまに異なる地域文化や価値観のアメリカ化および均質化である。
一杯の茶の中に大英帝国の物語が隠されているように、
アメリカが台頭し、世界一にまで上り詰める物語は、
コカ・コーラという、茶色くて甘い炭酸飲料の普及と併行して進んだのである。〉

→P277 
〈、、、両連合(NATOとワルシャワ条約機構)がたがいの影響力を競い合い、
直接対決こそなかったが、世界各地で代理戦争を繰り広げる中、
コカ・コーラはアメリカだけでなく、自由、民主主義、
自由市場を基盤とする資本主義という西側の価値観全体と結びついていく。
共産主義者の間では反対に、コカ・コーラは資本主義の
ありとあらゆる欠点の象徴であると、
なかでも消費者の往々にして取るに足らない需要を
満たすことが経済を成り立たせる基本であるべき、
という考えの代表的存在であると、みなされるようになった。
1948年のコカ・コーラ社の総会で掲げられたプラカードの文章に、
この対比が端的に表れているーー
「共産主義者について考える時、我々の頭には鉄のカーテンが思い浮かぶ。
だが、共産主義者が民主主義について考える時、
彼らの頭に浮かぶのはコカ・コーラだ」

、、、「グッバイ・レーニン」という映画があります。
心臓発作で倒れた東ドイツに住む主人公の母親は共産党に忠誠を尽くし、
「共産主義の理想」に燃えるコミュニストママです。
彼女が8ヶ月意識を失っている間にベルリンの壁は崩壊し、
ベルリン市内に「西ドイツと資本主義」が侵入してきます。
「東ドイツ」という国がなくなってしまったことを知ったら、
母親はまた発作を起こすのではないかと恐れた主人公は、
家の状態を「東西ドイツ統一前」に戻します。

具体的には過去のニュースの録画を流して体制が続いているとうそぶき、
「資本主義」を連想させるすべての製品を家から除去します。
そのとき主人公が一番苦慮したのが、
窓から見えている「コカ・コーラ」の看板でした。
「コカ・コーラの看板が窓から見える」ということは、
「自由化」の象徴だったのです。

私はアメリカ至上主義者ではありませんし、
コカ・コーラの飲み過ぎは体に悪いと思っていますが、
いつの日か北朝鮮の家々の窓からコカ・コーラの看板が
見えるようになったらいいな、と願わずにいられません。
そのときは誰かが「グッバイ・イルソン(金日成)」という、
オマージュ映画を作るでしょう笑。
(1,373文字)

▼参考リンク:「グッバイ・レーニン」
http://amzn.asia/3Jul1WC



●はじめてのアンガーマネジメント実践ブック

読了した日:2017年9月29日
読んだ方法: 図書館で借りる

著者: 安藤俊介
出版年:2016年
出版社: ディスカバー・トゥエンティワン

リンク: http://amzn.asia/5cvqSTl

▼140文字ブリーフィング:

「自分の怒りのパターンを知り、怒りをコントロールできるようになる」
という手引き書です。
アンガーマネジメントは「怒らなくなる方法」ではない、
ということや、「怒りは二次感情である」
「怒りの正体は『べき』である」などの心のからくりは、
「なるほどぉ」と思いました。
→P32 
〈アンガーマネジメントとは、
怒らなくなることが目的ではなくて、
怒る必要になることは上手に怒れるようになる一方で、
怒る必要のないことは怒らなくてすむようになることです。〉

→P34 
〈アンガーマネジメントができるようになると、
人を傷つけず、自分傷つけず、モノに当たることなく、
「自分は怒っている」ということを上手に表現出来るようになります。〉

→P42 
〈怒っている人は、基本的にこの一次感情
(つらい、悲しい、不安、痛い、疲れた、嫌だ、むなしい、さみしいなど)を
理解して欲しくて怒っていると言っても過言ではありません。
この怒りのメカニズムを知っておくと、
怒っている人と上手に付き合うことができるようになります。〉

→P50 
〈簡単に言うと、私たちが怒るのは、
自分が信じている「べき」が目の前で裏切られた時です。
、、、ということは、自分がどのような「べき」を
信じているのかが分かれば、いつどういう場合に
自分が怒ってしまうのか、ある程度は想像がつきます。〉
(551文字)



●正義から享楽へ 映画は近代の幻を暴く

読了した日:2017年9月29日  途中飛ばし読み
読んだ方法: 図書館で借りる

著者: 宮台真司
出版年:2016年
出版社: 垣内出版

リンク: http://amzn.asia/2ucvHyk

▼140文字ブリーフィング:

思想家の宮台真司さんによる映画評です。
クリントン的〈正義〉とトランプ的〈享楽〉と帯に書いてあります。
映画評は高度すぎるし観ていない映画が殆どなので、
正直読みにくい本でしたが、
映画という窓から現代の政治を読み解く、
という姿勢は参考になります。
今のリベラルがなぜ空転するのか、というのが隠れテーマです。

→P359 
〈最後に、ヒラリーに代表されるリベラルのどこが
クソ感を与えるのかをお話しします。
結論から言うと、昨今のリベラルは〈安全・安心・便利・快適〉が柱の一つです。
実際ヒラリーは「フィール・グッド・ステイト」という言葉で
それを理念化しています。
しかし人はそれで幸せになれるのか。
でも、僕がよく言うように、〈安心と安全〉より
〈混沌と眩暈〉こそが大切だという価値観があり得ます。 
、、、僕の考えでは、新反動主義やそれを含むオルタナ右翼に媚びる
トランプの移民排斥への呼びかけは、
一見ヒラリーと同じく「テロの脅威」を口実にしますが、
メッセージの質感は、〈安心と安全〉よりもむしろ闘争による
〈混沌と眩暈〉の取りもどしを呼びかけるものだと断言できます。
リベラルのもう一つの柱が〈権利獲得〉です。
昨今の典型がLGBT問題です。しかし僕が各所で述べるように、
〈権利獲得〉しても性愛で幸せになれるわけではない。
むしろ無関係です。
性愛の幸せは〈権利獲得〉ではなく
〈生き方〉ー生存の美学ーの問題だからです。
フェミニズム界隈に目立つ勘違いです。
、、、リベラルは〈権利獲得〉に傾斜するあまりに
〈生き方〉への美学的注目をないがしろにしてきました。
オルタナ右翼は、女性憎悪というゲイの〈生き方〉を肯定しています。
、、、勘違いにまみれた昨今のリベラルは、
マルクーゼに照らせば一次元性に塗れたクソです。
そう感じる者が、ヒラリーを嫌悪し、
トランプに軍配を挙げるのは、何の不思議もありません。
たとえ演技にせよ、トランプが、〈安心と安全〉と〈権利獲得〉で
フラット化するしかない生Livingの、
反対側を生きているように見えるからです。
トランプはリベラルのクソ化が生み出したのです。〉

→P381〜383 
〈世界中でリベラルや左翼が退潮する理由は簡単だ。
「正しいけれど、つまらない」からである。
「正義」の軸と「享楽」の軸がある。
「正しさ」と「楽しさ」と言ってもいい。
昨今のリベラルは「正しいけれど、つまらない」。
享楽が欠けているという事実に鈍感なのだ。
、、、正義と享楽の一致は稀だというこの問題を、
伝統的な大衆社会論が主題化してきた。
一致の条件は分厚い中間層が支えるソーシャル・キャピタル(人間関係資本)だ。
仲間に自分が埋め込まれているという感覚があれば、
仲間を傷つける連中に憤ることが、正義であり享楽になる。
中間層が空洞化し、個人が分断され孤立した状態で、
貧困化「しつつある」とのおびえがある場合、
正義と享楽は分離し、正義ならぬ享楽へとコミットするようになる。
、、、私はいってきた。必要なのは「正義」と「享楽」の一致だ。
でも「正しいけれど、楽しくもある」じゃあ駄目。
「楽しいけど、正しくもある」が必要だ。
多くの人は鬱屈して「享楽」が欲しいのだから
「同じ楽しむなら、正しい方がいいぜ、続くし」と巻き込むのがベストだ、と。〉

、、、今の日本で民進党が「融解」するのは必然なのです。
みな「リベラルの正しさと退屈さ」にうんざりしているからです。
、、、では、どんな「道」があるのか?
「希望の党」に関する評価は私はまだ留保しています。
小池百合子という人間を私はまだ把握できていないからです。
彼女がリベラルではないことは間違いないわけで、
日本は10月22日の選挙後、「保守二大政党」という、
世界で誰も見たことのない政治状況を迎えるのかもしれません。

ここまで来ると「リベラルを再生する」という発想では無理です。
息絶え絶えのリベラルにカンフル剤を打って再生させる試みには、
もはや何の効果もないし、そういう段階ではありません。
「リベラルを内側から解体し、脱構築し、
 そして新しい何かを立ち上げる。」
という換骨奪胎、もしくは「破壊と創造」が必要なのですが、
そういった思想的な基礎工事は大変な作業です。
(キリスト教にもほぼ同じことが言えると、
 ちなみに私は思っています。)
世界で多くの人が脳に汗してそれを構築しようとしていますが、
日本だと東浩紀さんが良い仕事をしていると感じます。
「ゲンロン0」はそのような取り組みのひとつです。
(1,710文字)

▼参考リンク:「ゲンロン0」
http://amzn.asia/jh4QWE0



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