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【Q】「神様の方法」とは?

2018.04.26 Thursday

+++vol.037 2017年11月7日配信号+++


●【Q2】「神様の方法」とは?

「自分の方法」ではなく「神様の方法で」とありますが、
どうやってそれが「神様の方法」だと判断すればいいでしょうか?
祈っていれば確信が与えられるのでしょうか?
確信が持てないうちは、まだ実行に移さない方がいいですか?


▼▼▼陣内からの回答:

あらゆる「神の導き」に言えますが、
「100%の確信」というものは基本的にありません。
私も「100%確信して」何かを行ったことは一度もありません。

イザヤ・ベンダサン(山本七平)の「日本人とユダヤ人」によると、
ユダヤ人は多数決の際「全員が一致」した場合、
その結論は棄却されるそうです。
(全会一致を良しとする日本の合議とは真逆ですね)
それは彼らが「全能なのは神だけ」という前提を持っているため、
人間全員が一致するような結論は何か間違っているに違いない、
と考えるからです。

同じように「100%御心だと確信していること」というのは、
不完全な私の「主観」が多分に反映されていることが濃厚ですから、
疑ってかかった方が良いです。

では何が「神の御心なのか?」。

それは、小さな決断をするときでも、
「自分はこうしようと思いますが、
 神様はどう思われますか?」と祈る習慣を持つこと、
それ自体は、間違いなく神の御心です。

神の御心というのは個別具体的な「正解」を与えるものではなく、
「私たちの生き方」という大きなスタンスにこそあります。
そして、ひとつひとつの愛の実践をする前に、
「これは神様の御心ですか?
 それとももっと別の方法を神様は用意しておられますか?」
と神に聞くということ自体が、神の御心に沿って生きる訓練です。

「完璧に確信しなければ何もしない」のではなく、
「こう語られているような気がする」ことをやってみてください。
そうやって試行錯誤する中で、
「トライアンドエラー」を繰り返して行くと、
3割だった「打率」が7割になり、何年も続ければ9割になるかもしれません。
しかし私たちは人間ですから99%はあっても100%はありません。
「自分が100%」だと思ったときは、
逆に「何かおかしいのでは?」と思いましょう。


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