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続・続・美術館で観た芸術作品

2018.07.11 Wednesday

+++vol.048 2018年1月23日配信号+++

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
■2 オープニングトークのおこぼれ

オープニングトークがあまりに広がってしまった場合、
ここで「続き」を語ります。
延長戦、「おかわり」ですね。
::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::

▼▼▼先週からの続き▼▼▼

先週急ごしらえで作った「新コーナー」、
「オープニングトークのおこぼれ」です。
それですら収まらなかったので、
「オープニングトークのおこぼれのおこぼれ」ですね笑。
、、、先週の質問は何だったかというと、これです。

▼質問:
「美術館などで観た芸術作品で、
 最も印象に残っているのは?」

オープニングトークで私は、
大原美術館の大原孫三郎について語りました。
彼はキリスト教徒で日本の「児童福祉の父」とも言われる、
石井十次の影響でクリスチャンになり、
自分がもうけたお金は、社会に還元せねばならない、
と気づきます。

その大原さんが後世に残したプレゼントのひとつが、
倉敷にある「大原美術館」です。
大原美術館は「西の大原、東のブリヂストン」と言われ、
長いこと日本の二大美術館に数えられるまでになりました。

また彼は、教育機関なども創立していますから、
まさに内村鑑三の「後世への最大遺物」のうち、
「財産・事業・思想・教育・そして高潔な人生」という、
5つのすべてを遺した「偉人」です。

でも、あんまり大原孫三郎のことを知ってる人って、
いないのですよね。
岡山県民以外で。

なぜだろう?

もっと知られてもいい人なのに。
財を社会に還元した篤志家という意味では、
日本のアンドリュー・カーネギー、
日本のロックフェラーなのに。

文字数が足りなくなったので、
さらに私は「おこぼれ」のコーナーをもうけ、
そこで、井上雄彦の「最後のマンガ展」について語りました。
大阪の「最後のマンガ展」で観た「宮本武蔵」に、
私は圧倒された、という話をしたのです。

ここでさらに文字数オーバー。
よって、来週に持ち越し、
というわけで、
最後の「印象に残っている美術品」を、
今日はご紹介いたします。



▼▼▼インドのREFLECTIONアートギャラリー▼▼▼

あれは2008年のこと、
今から10年前の話です。
私は暑い暑いインドにいました。
2ヶ月間を首都のデリーで、
2ヶ月間をバラナシから車で2時間の田舎で過ごしました。

インドではトイレットペーパーを使うという習慣がないので、
コンクリで固められたトイレの脇を這うムカデを見ながら、
トイレの穴の横に置いてあるプラスティックの手酌に入っている水に、
「不浄の手」である左手をつけ、
その手ですくった水でおしりを「えいやっ」と拭いたときには、
なんていうんだろう、
世界が違って見えましたね。

それはもう、世界で最も高いバンジージャンプを飛んだ人や、
日本で最も高級な寿司を食べた人や、
一番チケットが取りにくいブロードウェイのミュージカルを観た人や、
エベレストやモンブランを踏破した人と同じで、
自分が英雄になった気がしました。

素手でおしりを拭くと、
人生は変わります。
「世界は広い」というのは、
DVD「世界遺産」を家で1,000時間観ても分かりません。

素手でおしりを拭いたとき、
人は思うのです。
「世界は広い」と。

そして、こうも思います。
「俺は、俺を超えていける」と笑。



▼▼▼ステファン・エイカー氏との出会い▼▼▼

そんなインド滞在中に、
私は生涯忘れることの出来ない様々な人に出会い、
生涯忘れることの出来ない様々な体験をしました。

デリーでは、
今FVIで私がしているような働きを、
インドでしているラージさん、
自閉症の子どもを持ち、
自閉症の子どもたちのための学校を開校した、
ラージさんの奥さんのギタさん、
デリーで包括的宣教の様々な取り組みをしている、
サンジブ牧師、
今もFVIで関わりを持ち続けている、
不可触民(ダリット)出身のラムスラットさんらに会いました。

また、サンジブ牧師に誘われ、
政府の建物の前でデモ行進にも参加しました。
オリッサ州というところで、
ヒンズー過激派による教会の焼き討ちや襲撃事件が多発し、
それに対する抗議を行うために。

逮捕されなくて良かったです。
強制送還は嫌ですから。
その後海外渡航しづらくなるし。

そんなデリー滞在中に、
非常に印象的な働きをしている、
ステファン・エイカーという方にも私は出会いました。
この人です。

▼参考画像:ステファン・エイカー氏(左から二番目)
https://goo.gl/HNwwUf

彼のお父さんはドイツ系の宣教師ですから、
彼は宣教師二世です。
彼もまた宣教師なのですが、
彼の働きは非常にユニークです。

彼は宣教師であると同時に、
アーティストでもあります。
アーティストというのは、
「そう生まれついた」人が一定数います。
それらの人々は、アートを職業にしようがしまいが、
人生のなかでどうしてもアートを辞められません。
DNAに織り込まれているかのように、
アーティストとしての「血が騒ぐ」からです。

ちなみに私はそのような意味で、
「哲学者のDNA」を持っていると自認しています。
私はナチュラルボーンな哲学者なので、
私の仕事がたとえスーパーのレジ打ちだったとしても、
「それを哲学する」ことを辞められないでしょう。

話がそれました。

アーティストの中にはそれを職業にする人と、
そうでない人がいますが、
職業としなかった人の中には、
趣味としてひっそり楽しむ人もいれば、
自分の本業をアートと融合させてしまう人もいます。

ステファンさんはそのような人でした。

彼はあるとき考えます。
「芸術と宣教」を融合できないだろうか?
そして、彼は「インドのFVI」、
つまり包括的な宣教について啓発する、
ソルト・イニシアティブという、
ラージ・モンドールさんらの働きに出会い、
インドの社会が抱える問題に取り組むのに、
芸術が使えるのではないか、と思うようになります。

外は気温45度、
音が爆音な割にはあまり効かないエアコンが鳴り響く中、
デリーの一角にあるオフィスで、ステファン氏が私に言いました。
ちなみに彼の英語はいわゆる「インド英語(ヒングリッシュ)」ではなく、
欧米の英語に近いので、非常に聞き取りやすいのです。
彼はデンマークの思想家、キルケゴールの言葉を、
私に教えてくれました。

「あなたの国で歌われている歌を聴かせて下さい。
 そうすればあなたの国の未来を私は予言しましょう。
 あなたの国の法律家や政治家の言葉は、
 聞く必要がありません。」

この言葉が意味しているのはこういうことです。
その国を導く「思想・哲学」というのは、
学者たちによって言語化・体系化される前に、
感度の高い芸術家たちによってキャッチされ、
それが表現される。
それから学問の世界の人たちが遅れてそれを体系化し、
さらにそれを読んだ感度の高いビジネスマン、政治家、教育者らが、
それぞれの世界において実践に移す。
そのようにして、その思想の影響は私たちに可視化される。
さらに言えば、様々な領域でその思想が実践されて何十年か後、
一般大衆は完全にその思想に染まる。
しかし、彼らは「自分がその思想に影響されている」
という意識すらない、ということです。

これを「思想のピラミッド」と言います。
これは別にピラミッドの頂点に立つ人が偉いとか、
一般大衆が偉くないとか言ってるわけではありません。
そうではなく、思想というのは、
そのような順番で世の中に浸透してきたし、
それはこれからも変わらないだろう、ということです。

ちょっと難しいことを言いますと、
「価値相対主義」とか「多元主義」といった思想があります。
現代を生きるどんな人も、この影響から無縁ではいられません。
日本の田舎に住む、高卒の親に育てられた小学生ですら、
それに影響されているとは知らずに、
「価値相対主義」に影響されて生きています。

「価値相対主義」というのは、
「絶対的な真理なんてない。」
「真実は人間の数だけある。」
といった考え方です。
価値相対主義ということについて語ったり、
体系化した本が世の中にはたくさんありますが、
それより遙か以前に、
ジョン・レノンが「イマジン」という歌でそれを歌いました。

「イマジン」はあまりに有名でもはや「常識」なので、
ここでその歌詞を紹介するのは、
もはや野暮というものですが、
もしかしたら知らない人のために、
その歌詞と和訳を部分的に紹介します。

「Imagine there's no countries
It isn't hard to do
Nothing to kill or die for
And no religion too
Imagine all the people
Living life in peace

想像してごらん 国なんて無いんだと
そんなに難しくないでしょう?
殺す理由も死ぬ理由も無く
そして宗教も無い
さあ想像してごらん みんなが
ただ平和に生きているって...

You may say I'm a dreamer
But I'm not the only one
I hope someday you'll join us
And the world will be as one

僕のことを夢想家だと言うかもしれないね
でも僕一人じゃないはず
いつかあなたもみんな仲間になって
きっと世界はひとつになるんだ」

これは「価値相対主義」そのものです。
彼は「まだ言語化されていない思想を、
彼にしかない感度でキャッチし、
そしてそれを歌にした」のです。
ジョン・レノン自身は、
「価値相対主義」という言葉すら知らなかったかもしれません。
しかし彼はそれを芸術の言葉で語り、
この歌はじっさい、「世界を変えました」。



▼▼▼弟子とするか、弟子とされるか▼▼▼

ステファン・エイカー氏の話に戻りましょう。
彼はキュルケゴールの言葉を紹介し、
「思想のピラミッドの話」を私に教えてくれました。
そして言いました。

「教会は、このプラミッドの頂点にいるべきだと僕は思う。
 しかし現実には残念なことに、
 教会は最下層の一般大衆とさほど変わらない。
 つまり自覚することすらなしに、
 教会は世の中の価値観に影響を受けてしまっている。」

FVIの働きのアメリカにおけるネットワークである、
DNA(Disciple Nations Allience)という団体があります。
私の人生のメンターであるボブ・モフィット氏は、
この団体に属しています。
ボブと一緒にこの団体を立ち上げた、
ダロ―・ミラーという人がいますが、
彼がこんなことを言っています。

「もし教会が世界を弟子化していないとすれば、
 そのときは世界が教会を弟子化しているのだ。」

教会は影響を与えるか、
もしくはゼロか、ではありません。
影響を与えていないとしたら、
そのときは(自覚の有無にかかわらず)、
影響を受けているのです。

物理化学の用語を使えば、
世の中と教会の影響力は、
浸透圧の関係にあります。

もし教会が影響を受けるだけの存在となり、
この世の中とまったく区別が付かないとしたら、、、、
イエスは言われました。
「塩気をなくした塩は、
 役に立たず外に放り出され、
 人々に踏みつけられるだけです。」

、、、というわけで、
ステファン氏は、インドの社会において、
教会(の一部)である自身が、
影響を与える芸術家でありたいと願いました。

彼が始めた働きはユニークです。
アーティストのためのワークショップを始めたのです。
まずは10名前後のアーティストを集めます。
(ステファン氏は第一回、画家として参加者も兼務しました。)
宗教的背景は問いません。
ステファン氏がキリスト教徒なので、
キリスト教徒が当然多いのですが、
ヒンズー教徒でもイスラム教徒でもかまいません。

そしてそのメンバーで、
1週間とか2週間、合宿をします。
毎回「テーマ」が決められています。
「命の尊厳」とか、「平和」とか、「社会の分断と一致」とか、
そういったテーマです。
基本的にはアトリエの中で、
決められた期間、アーティストたちは、
だれにも邪魔されずに制作活動をします。

一つだけルールがあります。
毎朝1時間ほど時間をとり、
聖書からそのテーマについて学びます。
そして一緒に祈ります。
それから制作活動をするのです。

ワークショップが終わると、
たくさんの作品が生み出されます。
それらを集めて、「展覧会」を開きます。

それが、ステファン氏が始めた活動でした。
面白そうでしょ?



▼▼▼インドにおける女の子の堕胎▼▼▼

私が訪問した2008年には、彼らの働きは、
そういった作品を常設展示したり、
希望する人に売ったりするための、
アートギャラリーをデリー市内に持っていました。
(デリーの家賃高騰のため、現在はギャラリーは引き払っています)
私は滞在中何度もこのギャラリーを訪れました。

▼参考画像:REFLECTIONアートギャラリー
https://goo.gl/crdGxn

訪問するたびに「テーマ」が違っていました。
つまり、別のワークショップで生み出された作品が、
展示されていたわけです。

あるときのテーマは、
「女の子の堕胎」でした。
インドには「ダウリー」と呼ばれる非常に高額な結納金を、
女の子の親が婿に支払うという慣習があります。
それだけでなく、ヒンズー教の世界観では、
「女に生まれる」というのは、
前世の悪いカルマの「罰」だという考え方があります。
ですから親は、あまり女の子が生まれることを喜びません。

あまりにも女の子の堕胎や間引きが多いので、
インド政府は、性別が判明してからの堕胎を禁止しています。
しかし医者の中には、
「女の子ならカルテに赤いボールペンで、
男の子なら青いボールペンで書く」などの「隠語」を使って、
親たちに性別を教え、堕胎するということで金を稼ぐ人もおり、
法律の抜け穴をくぐる女の子の堕胎は後を絶ちません。

その結果、インドの男性と女性の比率は、
自然状態ではあり得ない状態になっています。
自然状態ではどんな人種でもだいたい男女は、
51%対49%で生まれます。
男の方が身体が弱いので、
成人になると半々に近づきます。
ところがインドでは優位に女の子が少ない。

なぜか?

、、、そういうことです。
イギリスの医師会が「これは放置できない」と、
調査を行いました。
その結果、これまでに1,000万人以上の女の子が、
何らかの形で「消されて」いる、
ということがわかり、世界に発表されました。
インド政府はそんな不名誉なことは国益を損じるので、
いろんな法律で是正しようとするのですが、
人々の世界観や宗教観、そして因習というのは、
なかなかすぐには変わらないものです。

、、、そのような社会に生きている信仰者だとしたら、
あなたなら何をするでしょうか?

政府の前でデモ行進をするのも一つ。
本を書くのも一つ。
不正な堕胎を行う医師がいる病院を、
爆破するのも一つ(オススメしません)。

ステファン氏は絵を描いたのです。

なぜ「絵」なのか?

それは、「言葉」というのはいつも、
「壁」を作るからです。
「言語」は物事を「分ける」性質があります。
この話題について言葉で戦争をしかけると、
ヒンズー教徒の人は、
自分の信じている神を否定されたように感じます。
しかし、「絵で語る」ときに、
そこに言語が介在しませんから、
その人の良心、あるいは心の深い部分に、
直接に語りかける事が出来るのです。

そうです。

先週のメルマガの「Q&Aコーナー」で語った、
「社会はなぜ右と左に分かれるのか?」
のテーマと、まったく同じですね。
言語は「象使い」(理性)に語りかけます。
絵は「象」(情動)に語りかけるのです。
ヒュームが言ったように、
「情動に語りかけない説得が人を動かすことは少ない」のです。

そろそろ文字数オーバーですので、
「女の子の堕胎」がテーマだったときの、
ギャラリーに飾られていた絵を2枚だけ紹介して、
この記事を閉じたいと思います。

▼参考画像:「虎は守るが、女の子は殺す」
https://goo.gl/VkF1in

、、、この絵は少し説明が必要です。
インド政府は一時期、絶滅危惧種だった、
ベンガルトラを国を挙げて保護しました。
その活動は実り、数は増えました。
しかし、数百頭のベンガルトラを国を挙げて守った政府が、
一千万の女の子の命を守れないというのは、
いったい何なんだろうね?という問いかけです。

▼参考画像:「神の傑作」
https://goo.gl/qjeKYx

、、、こちらは説明不要ですね。
胎児を描いている手は、
神様の手です。
軽率な堕胎というのは、
「神の傑作」を闇に葬ることになるんですよ、
という「言葉」以上に、絵は雄弁です。

ステファン・エイカー氏が言うには、
これらの作品をギャラリーの展示会で観た、
あるヒンズー教徒の弁護士はこう言ったそうです。
「私はヒンズー教徒ですが、
 これらの絵を見て魂を揺さぶられました。
 このような問題を放置しておくのは、
 社会的に正しくありません。
 私は弁護士として何らかのアクションを起こすつもりです。」



▼▼▼そして福島へ、、、▼▼▼

2011年3月11日の東日本大震災以降、
FVIは福島での支援活動に従事しました。
2011年に開催した「福島未来会議」はシリーズ化し、
第四回の「福島未来会議4 全国聞き屋サミット」を、
行った後の2013年に私たちは話し合いました。
今度は「原発」「エネルギー」「環境」をテーマにしないと、
この活動は嘘になるだろう、と。
そして、「福島未来会議5」は、
そういったテーマに切り込もう、と。

ところがこの話題というのは、
今でもある程度そうですが、
けっこう国論を二分する議論になっていて、
さらにそれが生理的な感情と結びついているので、
言葉で何かをしようとしても、
「泥仕合」になってしまう可能性が高い。

どうしよう、、、。

そこで、私は2008年に観た、
ステファン・エイカー氏の働きを思い出したのです。
あれを原発問題でやってみたらどうだろう?
という発想で行ったのが、
「福島未来会議5」でした。
私は2013年11月の導入のときにだけ、
参加アーティストの方々に、
ステファン氏の働きを紹介しただけです。
その翌月に私は燃え尽き症候群に陥り、
2年間休職しましたから。

その間、アーティストの方々は作品を生み出し、
福島県内で展覧会が開催されただけでなく、
カナダでも展覧会が開かれました。
さらに参加されたアーティストの方々は、
FVIの働きとは関係なく、今も交流を続けています。

▼参考リンク:福島未来会議5
http://karashi.net/project/fukushima/future_forum05.html

人生というのは冒険です。
何と何がつながるか分かりませんね。

、、、で、何の話だっけ?

そう!忘れられない美術品でした!
私にとっては、インドで観た作品群も、
その一つです。



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