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【Q】24時間テレビの「ガンバリズム」について

2019.01.23 Wednesday

+++vol.057 2018年9月18日配信号+++

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
■2 Q&Aコーナー

皆さんからお寄せ頂いた質問にお答えするコーナーです。

日頃の悩み、疑問、今更誰かに聞けないギモン、、、、
質問の種類は問いません。お気兼ねなくご質問をお寄せください。
ご利用は下記に基づいてご利用いただけると幸いです。

【Q&Aについて】
▼全てのご質問にお答えすることはできません。予めご了承ください
▼いただいたご質問は、ブログ・FVIメディアルームに掲載される可能性があります
▼本名での投稿の場合は「ペンネーム:無し」となります
▼必ず下記フォームからご質問を送信ください

::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::

【Q&Aコーナー専用フォーム】

▼URL
https://www.secure-cloud.jp/sf/1484051839NyovBkYI

※大変お手数ですが一つの1メール1質問を原則とさせてください。
ご協力宜しく御願い致します。

※頂いたメールはすべて目を通しております。
陣内俊への要望やメルマガの感想、激励などももちろん大歓迎です!

::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::

●【Q】24時間テレビの「ガンバリズム」について

ラジオネーム:トビー(女性)
お住いの地域:東京都

Q.

いつもメルマガ楽しく読ませていただいています。
先日、毎年恒例の日本テレビによる、
「24時間テレビ」が放映されていました。
今年も芸人のみやぞんがトライアスロンをしたりして、
「感動」を演出していたのですが、
私は毎年この光景を見る度になんだか気持ちが悪く感じます。
「人が涙しているのを見て、
 まったく感動もしなければ、
 むしろ不気味に感じる」
という私の感性が歪んでいるのかと不安にもなりますが、
何か気持ちが悪いというモヤモヤはあります。
陣内さんはどう思われますか?



A.

トビーさん、ご質問ありがとうございます。
そして、良い質問ですね!

早速お答えしていきます。

世の中には二種良類の人がいます。
「24時間テレビ的なものが好きな人」と、
「24時間テレビ的なものが嫌いな人」です。
そしてたいてい、
前者は「東京オリンピック的なもの」も好きであり、
後者は「東京オリンピック的なもの」も嫌いです。

これは趣味趣向の問題ですので、
それが「間違っている・正しい」という位相で話しを進めると、
「勝者のない泥仕合」になります笑。

作家のスティーブン・キングは、
「うんこの投げ合いの勝者は、
 それに参加しなかった者だけだ」
という名言を残していますが、
私も「うんこの投げ合い」に参加するつもりは毛頭ありません。

しかし、「正しい・間違っている」という位相ではなく、
「好き・嫌い」の位相でなら、
自らの立場を表明することは可能であり、
その立場は「うんこの投げ合い」とは無関係です。

「私はネコ派」という人は、
別にイヌ派にうんこを投げたことになりませんから。

、、、で、

まず私の立場を最初に表明しておきますと、
私も質問者のトビーさんと同じで、
「24時間テレビ的なるものが嫌い」な部類の人間です。
気が合いますね笑。

、、、その理由は、
大きく分けて2つあります。
ひとつめが、
「感動ポルノ問題」、
もうひとつが、
「ガンバリズム問題」です。

ご説明していきます。



▼▼▼感動ポルノ問題▼▼▼

まず、「感動ポルノ」とは何か。
この言葉はNHK、Eテレの「バリバラ」によって、
ずいぶん浸透しましたが、
まだまだ市民権を得るには至っていないので、
言葉の定義からご説明します。
以下は、Wikipediaからの引用です。


〈感動ポルノ(かんどうポルノ、英語: Inspiration porn) とは、
2012年に障害者の人権アクティヴィストであるステラ・ヤングが、
オーストラリア放送協会のウェブマガジン
『Ramp Up』で初めて用いた言葉である。

ステラによれば、この言葉は、
障害者が障害を持っているというだけで、
あるいは持っていることを含みにして、
「感動をもらった、励まされた」と言われる場面を表している。
そこでは、障害を負った経緯やその負担、
障害者本人の思いではなく、ポジティブな性格や努力する
(=障害があってもそれに耐えて・負けずに頑張る)
姿がクローズアップされがちである。

「清く正しい障害者」が懸命に何かを達成しようとする場面を
メディアで取り上げることがこの「感動ポルノ」とされることがある。
また紹介されるのは常に身体障害者であり、
精神障害者・発達障害者が登場することがほとんどないとする指摘もある。

日本においては2016年8月28日に、
NHK Eテレが『バリバラ 障害者情報バラエティー』
「検証!『障害者×感動』の方程式」で感動ポルノを取り上げ、
裏番組に当たる24時間テレビを批判した。

英国BBCは1996年、障害者の「困難に耐えて頑張る」姿ばかりが
描写されがちなことに対する抗議運動を受けて
「障害者を“勇敢なヒーロー”や
“哀れむべき犠牲者”として描くことは侮辱につながる」
というガイドラインを制定している。〉


、、、いかがでしょうか?
Wikipediaによれば、
「感動ポルノ」とは、
障がい者が頑張る姿を、
その背後にある複雑な部分を省略して、
健常者が「感動をもらった、ありがとう!」などと言って、
溜飲を下げることを言います。

だとすると、「24時間テレビ」は、
「感動ポルノ」そのものです。

NHK Eテレの「バリバラ」は、
これに「ガチンコの批判」を加えたわけです。
これは私は2016年と2017年のやつを見ましたが、
抜群に面白かったです。

例えばこんな感じ。
筋ジストロフィーの障がい者が、
「野球をするのが夢」と番組スタッフに言う。
黄色いTシャツ(笑)を着た番組スタッフが、
彼の車いすを担ぎ、車いすにバットをくくりつけ、
野球場でピッチャーがバットめがけて投球する。
100球目に、やっと「ヒット」する。

、、、感動的な音楽が流れる。
(98%の確率で、
 曲はGreeeenの「キセキ」です。)

よく見る光景です。

その後、筋ジストロフィーの彼に、
スタッフが駆け寄り「どうでした?」と問う。
感動したでしょ!したでしょ!というトーンで。

彼は「いや、別に、、、」
「パワプロ(野球ゲーム)のほうが楽しいし、、、」

、、、沈黙。

部屋に帰り、
スタッフと「パワプロ大会」が行われ、
筋ジストロフィーの彼は、
圧倒的な強さで優勝する、、、
みたいな感じです。

まぁ、一種の「コント」なのですが、
それが「感動ポルノ批判」になっている。

是非何らかの方法で見ていただけると良いのですが、
こちらの記事を読むと、
なんとなく雰囲気が伝わってくるのではないでしょうか。

▼参考リンク:「バリバラ」に関するネット記事
https://sirabee.com/2018/08/26/20161766243/


さらに、日テレの24時間テレビには、
出演者に支払われる高額なギャラの裏で、
出演する障がい者にはギャラはない、
という話しとか、
マラソン自体もやらせ要素が強いことも分かっていて、
批判が絶えません。

、、これも「大企業病」のひとつだと思うのですが、
きっと現場の、特に若手の日テレ社員は、
絶対「もう、やめにしたい」と思ってると思うんですよね。
確認したことないけど。
でも、本音では誰しもが辞めたいと思っている。
時代的にもキツイものがあるし、
もはやアナクロニズム(時代錯誤)であることは、
誰の目にも明らか。
人員不足が慢性化する現場は疲弊するばかり。

、、、でも、辞められない。

なぜか。

現代の日本で、テレビを一番見ている世代は、
70代以上だからです。
彼らにとっては、まだこの文脈は有効なのです。
その一方で若い視聴者層は、
私のように「どん引き」している。

若い社員は「もう、やめようよ」と思ってるけど、
テレビ局の「お客さん」は高齢者なので、
高齢者に向けた番組しか作れない。

しかしそれは企業の延命措置であって、
本質的な生き残り戦略とは無関係です。

現場の誰もが辞めたい。
でも、やめられない。

そういう仕事って、
どこの職場にもあります。
特に大きな組織ほど、そういうものが多い。
これを「大企業病」と言います。

話しがそれましたが、
ことほどさように、
「24時間テレビ的なもの」というのは、
もはや限界に来ていると私は思います。

▼参考リンク:「24時間テレビのギャラ問題」に関するネット記事
http://netgeek.biz/archives/101891



▼▼▼ガンバリズム問題▼▼▼

質問者のトビーさんがご指摘しているように、
24時間テレビには、
毎年「マラソン」とか「トライアスロン」といった、
人気のタレントが「頑張る姿」が映し出されます。

あれ、必要か?

と考えてみますと、
別に必要ではないのです。
チャリティ(博愛)が番組の趣旨だとするなら、
たいせつなのは社会の困窮者に対して、
適切な援助がじっさいに届くことであって、
タレントが汗を掻き、痛めた足を引きずりながら、
必死に走るという要素は、
まったくもって無関係なわけです。

論理的につながっていない。

もちろん、チャリティの歴史のなかで、
「自分が1マイル走るごとに、
 1000ドルの寄付が孤児院に届けられるようにする」
といった形で、マラソンを走った有名人がいたりして、
日テレはそういう手法を踏襲しているわけです。
あれは「ハンガーストライキ」などと似ていて、
広く衆目を集めるためのアドバルーンとしてのマラソン、
という意味があります。

だとしますと、
別にその「見世物」は、
芸人の卓越したネタでも良いし、
総合格闘技のマッチでも良いし、
料理対決でも良いし、
シルクドソレイユのサーカスでも良いし、
「万引き家族」のような映画でも良いはずです。

ところが、日テレは、
遠い過去の成功体験という足かせによって、
「タレントが足を引きずって走る姿を応援する黄色Tシャツ軍団」
→「それを見るタレントがワイプ(画面の小窓)で涙を流す」
→武道館にタレントが入ってくる
→全員で「サライ」の合唱の大団円

という、吉本心喜劇的なコテコテ展開を、
「まるでそれに関する法律でもあるかのように」、
厳格に守り続けているのです。

私から見ますと正気の沙汰には思えませんが、
彼らはそれを続けています。

しかし、この手法、
現代の世界で支持されているかどうかははなはだ疑問ですが、
少なくとも最初のころに「スマッシュヒット」したから、
テレビ業界の上層部は「あれは外せないだろう」と、
判断し続けているのです。

テレビ業界の「正義」は視聴率です。

つまり、
「人が苦しそうにマラソンする姿」が、
視聴率を取る、という現実が最初にあったから、
テレビ業界はそれを「売る」わけですね。

先ほどの「感動ポルノ」の文脈で言えば、
これは「頑張りポルノ」と言えるかもしれません。

こう考えますと、
なぜ甲子園が日本人に見られ続けるのかも、
説明がつきます。

そして甲子園に残る、
悪名高き高野連による様々な前時代的な決まり事も、
これで説明がつきます。

アメリカでは大学や高校のバスケやアメフトは、
ショービジネスとしても非常に人気があり、
日本の高校野球と同じく視聴率を取ります。

ただ、アメリカの場合、
プロと同じようにグッズも売りますし、
ちゃんとお金を儲けます。
儲けたお金は日本と違い、
学校のスポーツ部に還元されます。
コーチはプロスポーツ選手並みの高年収です、
強いアメフト部やバスケ部の大学・高校の練習施設は、
日本のプロスポーツ並みに充実しています。
プロと同じように選手を酷使しないように協定があり、
「丸坊主」などというのは愚の骨頂だし、
炎天下の中、一試合につき200球の投球を
3試合連続でする、などという、
未来のある投手にとっての自殺行為なことは行われません。

アメリカと日本で、
学生スポーツが「売っているもの」が違うのです。
アメリカは「スポーツの面白さ」であり、
日本は「頑張る姿」なのです。

ここに24時間テレビの、
「頑張りポルノ」との類似点を、
私は見るわけです。

頑張りポルノの悪い所は、
感動ポルノの場合もそうですが、
それによって儲かるのが、
頑張った本人ではなく、
日テレだったり、スポンサー企業だったり、
「電通」だったり、スポーツ庁だったり、
オリンピック委員会だったり内閣府だったり、
そういう「巨大組織」であることです。

ヘドが出ます。

さらに言えば、
「東京オリンピック2020」も、
「壮大な国家的頑張りポルノ」となることでしょう。
そしてその利益は選手や国民ではなく、
やはり電通や関連省庁、内閣府やオリンピック委員会に、
吸い取られていくことでしょう。

ヘドが出ます。

だから、私は東京オリンピックには一貫して反対しています。
まだオリンピックが始まってすらいないのに、
「頑張りポルノ」の様相を呈しているのですから。
先が思いやられる。
私は今から「げんなり」しています。

具体的に挙げていきましょう。

まず、おそらく安倍さんの「思いつき」で始まったと言われる、
「サマータイム制」の導入。

▼参考記事:「サマータイム制」
http://blogos.com/article/317586/


、、、別に私はサマータイム制自体を、
良いとも悪いとも思いません。
世界的な趨勢で言いますと、
サマータイム制をなくす方向に行っていますので、
それと逆行するということはありますが、
別にそれ自体は良いとも悪いとも思わない。

私は小さい頃シカゴに住んでいましたが、
かの地では夏は夜の8時とか9時頃まで明るくて、
けっこう楽しんで遊んでいた記憶もありますし。
でも、そうするとどうなるんだろう。
花火業界とか、困らないんだろうか、、、。

まぁ、いいや。

別にサマータイム制自体は良いのです。
でも、2年間限定、というのはいただけない。
社会が制度を変更するのには、
金銭的にも心理的にも社会的にも「コスト」がかかります。
そのコストをかけて始めた制度を、
2年で元に戻してしまうというのは、
コストの無駄使いとしか言えない。

あまりにも「場当たり的」な政府の方針に、
国民は付き合わされるわけです。
迷惑な話です。
国民はもっと怒って良いと思う。


次。

東京オリンピックの五輪委員会および政府は、
「ボランティア」を集めることに必死です。

なぜか。

それは、「過去最高の人数のボランティアが集まった五輪」
という名声を得たいからです。
そうすると、「過去最高に国民に支持された五輪」ということになる。
そうすると、東京都や現政権や五輪委員会は、
「国民の支持の厚い東京都・日本政府・五輪委員会」
ということになる。

そういう「評判を得たい」わけです。

しかし、「ボランティア」というのはただ働きです。
これはあくまで人が自主的にするものであって、
東京都や国が国民に「それをするように」と圧をかけるものではありません。
それをしたらもう「強制労働」ですし、
戦時中の「国家総動員法」と同じです。

、、、ところが、それが今、起きているのです。
この記事をご覧ください。

▼参考記事:「五輪に向けた学校への通達」(朝日新聞)
https://www.asahi.com/articles/ASL704HGRL70UTQP01H.html

▼参考記事:「五輪に向けた学校への通達」(アゴラ)
http://blogos.com/article/313941/


、、、国は全国の学校に、
五輪の期間、試験を遅らせたり、
クラブ活動や合宿を自粛したりして、
学生がボランティアに参加しやすいように呼びかけています。

さらにさらに。

企業にも、学生が五輪でボランティアしたことを、
採用の際に加味するようにという通達を出す動きまであります。
これはもはや、戦時中の「学徒動員」です。

いい加減にしろ、と言いたい。

背筋が凍ります。


、、、これだけではありません。
もはや「国家的なコント」
または「壮大なブラックジョーク」の様相を呈しているのが、
この事実。

こちらをご覧ください。

▼参考リンク:みんなのメダルプロジェクト
https://tokyo2020.org/jp/games/medals/project/


、、、これは、
国民の古いスマホや電化製品が、
オリンピックのメダルに生まれ変わります!
というプロジェクト。

これを考えた人の頭の中はどうなっているのでしょう。
「どん引き」以外の正しい反応が私には分かりません。
第二次大戦末期、日本には金属がなくなりました。
家にある鍋、お寺の鐘、教会のロザリオ、先生の自転車、
そういったものも「兵隊さんの銃弾にするため」に、
「国家総動員」されました。

私はいったい、何世紀に生きているのでしょうか?

今は21世紀のはずなんだが、、、。

ただただ、背筋が凍ります。


まだあります。

今年の猛暑で、こんな中マラソンを走ったら、
東京オリンピック2020のマラソンランナーは大丈夫だろうか?
というのは今年の猛暑で誰もが思ったことです。
それに対して五輪委員会がこんなアイディアを出しています。
その名も「クールシェアリング」。

▼参考リンク:クールシェアリング
http://blog.esuteru.com/archives/9165487.html

どういうことか。
つまり、マラソンコースの沿道にあるすべてのビルや民家が、
一階にガンガンに冷房を効かせ、
スタートの合図とともに、一斉に、
「ドアと窓を全開にする」。
そうするとマラソンコースが涼しくなる(かも)。
という発想。


、、、



、、、



、、、



怖いって。


、、、、



、、、


だから、怖いって。


もうこんなの、
「竹槍でB-29に立ち向かう」の精神と一緒じゃん。

、、、


、、、


もう一度聞きますが、
今私が生きているのは、
21世紀ですよね!?

2018年ですよね?
1918年じゃないですよね?

日本の政財界の指導層というのは、
敗戦のときと本質的に何も変わっていないのだ、
というのが透けて見えて、
絶望的な気持ちになります。


、、、さらにさらに。

根本的なことを言えば、
五輪招致の支持をとりつけるために、
当時の政府や東京都は、
「世界で最も安いオリンピック」を謳っていました。
予算をコンパクトに、というかけ声で。

「そんなに財政を圧迫しないから、
 大丈夫ですよ。」というわけです。
「経済効果で国民も潤いますし。」

しかし、蓋を開けてみたら、
当初7000億でやると言っていた予算は、
3兆円まで膨らみました。
今後さらに膨らむことでしょう。

(繰り返しますがその膨らんだ分で受益するのは、
 大手テレビ局とマスコミ各社、
 電通やゼネコンや政府機関であって、
 国民ではありません。)

家族で7000円だと思って回転寿司に入ったら、
会計のときに3万円を超えていたとしたら、
そのお父さんの経済感覚は相当イカれていると考えて良いでしょう。

国と東京五輪委員会がしているのは、
まさにそういうことです。

▼参考記事:「なぜ東京オリンピックの予算は3兆円に膨らんだのか」
https://president.jp/articles/-/20806


、、、もう、
24時間テレビなんてどうでも良くなってきました笑。
トビーさん、申し訳ありません。
取り乱してしまい、
質問からずいぶん脱線しました笑。

私が今書いたようなことを全部、
思想家の東浩紀さんがラジオ番組で言ってくれています。
彼のキレッキレの批判には、
ちょっと笑っちゃいます。
全部的を射ていて、全部面白い。
この音源、お勧めです。

▼参考リンク:東浩紀の「東京オリンピック2020批判」(キレッキレ)
https://youtu.be/B-1lydPsBrY



▼▼▼まとめ:「縄文人」と「弥生人」▼▼▼

、、、このまま終わると、
単なる東京オリンピック批判になっちゃうので、
最後に「ガンバリズム」「頑張りポルノ」問題に戻しましょう。

おそらくこんだけ批判しても、
いざ2020年のオリンピックが始まれば、
99%の人間が「感動をありがとう」と言うことでしょう。
今から言っておきますが、私は言いません。
多分、競技も見ないんじゃないかな。

五輪種目のなかでは、
サッカーと卓球以外、
あまり興味ないし。

ねちねち批判を続ける私のような人間は、
古代ユダヤで姦淫の罪を犯した人間のように、
世間から冷たい視線と非難という石を投げられることでしょう。
「選手が頑張ってるのに水を射すようなこと言うな」
みたいな形で。

まぁ、それこそ「頑張りポルノ」であり、
「頑張りマウンティング」なのですが笑。

でも私は言いたい。
ブルーハーツの「少年の唄」に乗せて、
「陣内の声は〜風に消されても〜
 ララララーラララー
 間違っちゃいない〜♪」と。

では、なぜ日本人はこんなにも、
「頑張り」が好きなのか?
「頑張りポルノ」は視聴率を取るのか?

それは、日本人が長い歴史の中で、
特に弥生時代以降の農耕文化によって、
「農本主義」と呼ばれる、
「頑張ることそれ自体を美徳とする」というセンスを、
深く内面化してきたからです。

山本七平はこの「日本的農本主義」というガンバリズムを、
「殖産興業・富国強兵」という形で、
「工業生産」に結びつけたことが、
日本がアジアで先駆けて西欧化に成功し、
異例の早さで近代産業国家の仲間入りを果たした原因だ、
と著書『日本資本主義の精神』の中で指摘しています。

これはいわゆる「DNAレベル」に刻印された傾向なので、
これが数世代で変わるというようなことはないでしょう。

しかし、
世界の産業構造は、
19世紀に一次産業から二次産業へ、
20世紀に二次産業から三次産業へ、
そして21世紀には三次産業の多くもAIに代替され、
人間の労働は「創造的な知的労働」へ、
移行していくだろうと言われています。

実は「農本主義」が本当の意味で通用するのは、
二次産業までです。
工場労働では、「勤勉と長時間労働が命」ですから。
しかし三次産業はそうではない。
創意工夫や効率化が必要なのであって、
「ただ頑張れば良い」というわけではない。

日本は先進国のなかでずば抜けて、
サービス業(三次産業)の生産性が低いということを、
デイビッド・アトキンソンと言う人が、
『新・所得倍増論』という著書で指摘しています。

それは、「農本主義の限界」を告げるものでしょう。
さらに、高度な知的労働においては、
もはや労働は違う次元に行きます。
10時間真面目に考え続けたがアイディアが出なかった人は、
2分間でアイディアを提示出来た人より「悪い労働者」です。

足を引きずり、
滝のように汗を掻き、
武道館に這いつくばって到達することに感動するセンスは、
来たるべき「高度知的労働以外人間の活躍の場が残らない」
ような世界においては、メリットどころか邪魔にしかならない。

21世紀の労働はむしろ、
弥生時代以降の農本主義的なものから、
縄文時代以前の狩猟採集生活時代のものに近づく、
というのが私の見立てです。

狩猟採集生活では、
働いた時間の長さは意味をなしません。
タイムカードを押して狩りに行く愚かさを考えてください。
狩猟採集生活に「ガンバリズム」は不要です。
ただ、「獲物を獲った」という結果が大事なのです。
それ以外の時間はひたすらに待ち、
身体を鍛え、仲間と作戦を練る。

そういった時代に、
「頑張ること自体をもてはやす」
という弥生的なDNAは、
むしろ労働の改革を阻む悪しき因習となる。

めちゃくちゃ乱暴に言えば、
日本には99%の弥生的な人と、
1%の縄文的な人がいます。

東京オリンピックをメタメタにけなす東浩紀や、
やはり甲子園的なガンバリズムを「洗脳」と言ってはばからない、
ホリエモンこと堀江貴文も典型的な「縄文人」でしょう。

私の見立てでは、
今後の日本が世界で生き残るには、
「縄文的な人」の比率を高めることが大切になります。
そういう意味で、
24時間テレビのマラソンは、
そろそろやめたほうが良いと思う。

あれをやるぐらいなら、
黄色いTシャツを着た羽生名人と、
黄色いTシャツを着た藤井聡太くんの対局を、
見守った方が良い。
そして両者が、
「バリアフリー化の実現のために、
この一局を全力で指します!」
という。

賭博の法律とかの特措法をつくり、
「どちらが勝つか合法的に賭けられるように」する。
その掛け金の収益が、障害者福祉に使われる。

すばらしいじゃないですか。

みやぞんは、
家でそれを見て休んでれば良いのです。
そして来たるべきコンビの危機に備え、
相方のあらぽんと、
新ネタについて相談するべきなのです。

私はそう思います。

ご参考に。



━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
■3 バックナンバー Pick up
「シーズン1」の過去のバックナンバーから、
「そういえば、こんな記事もあるよ!」
というものについて、
こちらでオススメいたします。
選考基準は独断と偏見ですが、
今号で話した内容と併せて読むと、
役に立つというものをご紹介できればと思っています。
::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::

今週のバックナンバーピックアップは、
Q&Aコーナーで触れた、
デービッド・アトキンソンの
『新・所得倍増論』をご紹介した回。

この本、面白かったです。
「ガンバリズム」から、
「狡猾に知恵を使う」時代へのシフトを、
アトキンソン氏は様々なデータを根拠に、
論証していきます。

お勧めです。

▼参考リンク:陣内が先週読んだ本2017年10月第二週 
『新・所得倍増論』デービッド・アトキンソン 他4冊
http://blog.karashi.net/?eid=278


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