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本のカフェ・ラテ『AI VS 教科書が読めない子どもたち』(前編)

2019.03.27 Wednesday

+++vol.067 2018年11月20日配信号+++

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
■2 本のカフェ・ラテ
「本のエスプレッソショット」というこのメルマガの、
開始当初からの人気コーナーでは、
一冊の本を約5分で読める量(3,000〜10,000字)で、
圧縮し、「要約」して皆さんにお伝えしてきました。
忙しい読者の皆さんが一冊の本の内容を、
短時間で上っ面をなぞるだけではなく「理解する」ために、
「圧縮抽出」するというイメージです。
この「本のカフェラテ」はセルフパロディで、
本のエスプレッソショットほどは、網羅的ではないけれど、
私が興味をもった本(1冊〜2冊)について、
「先週読んだ本」の140文字(ルール破綻していますが)では、
語りきれないが、その本を「おかず」にいろんなことを語る、
というコーナーです。
「カフェ・ラテ」のルールとして、私のEvernoteの引用メモを紹介し、
それに逐次私がコメントしていく、という形を取りたいと思っています。
「体系化」まではいかないにしても、
ちょっとした「読書会」のような感じで、、、。
密度の高い「本のエスプレッソショット」を牛乳で薄めた、
いわば「カフェ・ラテ」のような感じで楽しんでいただければ幸いです。
::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::

▼▼▼久々?の、「本のカフェラテ」です。▼▼▼

さて。

本のカフェラテです。

「シーズン2」は「Q&Aコーナー」や、
「単発企画」が少なめです。
「Q&Aコーナー」が少ないのは、
単純に質問が届いていないからなのですが(質問募集してますよー!)、
単発企画が少ないのは、考えるのが面倒になったからと笑、
なんか、そういうシーズンなんでしょうね。
とりあえず「本のカフェ・ラテ」をいっぱいやってみよう、
という気分になっています。
紹介したい本のストックは一生分貯まっているので、
ネタに困ることはありません。

、、、今回ご紹介したいのは、こちらの本。



●『AI VS 教科書が読めない子どもたち』

読了した日:2018年5月2日
読んだ方法:図書館で借りる

著者:新井紀子
出版年:2018年
出版社:東洋経済新報社

リンク:
http://amzn.asia/cbeiDq8


、、、はい。
出ました。
話題の本ですね。
買って読んだと言う人もいるでしょうし、
読みたいけど時間がなくて読めていないという人もいるでしょう。

他にも自分的に、
「紹介したいなぁ」という本があるのですが、
需要と供給の交点を考えたときに、
「需要の大きさ」を優先してこちらを選びました。

本コーナーを読むことで、
「まるでこの本を読んだかのように」、
本の内容を把握することが出来ます。
情報の価値として純粋に1,620円分ぐらいがあるわけです。
(まぁ、厳密に言えば違うのは言うまでもないですが)

この本、多分今週だけでは終わりません。
文字数制限まで書いて、
足りなかったら「後編へ続く」という形にしたいと思います。

では始めて行きましょう。



▼▼▼シンギュラリティ論争▼▼▼

まず、この本が書かれた背景から始めましょう。

「シンギュラリティ論争」というものがあります。
「2045年問題」とも言われます。
「AIがこのまま発展していくと、
 ある時点で人類の知能を超える。
 この特異点(シンギュラリティ)を境に、
 人類の生活はまったく別のものになってしまうだろう」
という未来予測がありまして、
「いや、そう簡単にはAIが脳を超えることはない」という人と、
「そのとおり、AIは脳を超え、
 機械が人間を支配するSF的な未来が来るのだ!」
という人がいるのです。

AIや脳科学を研究する学者のなかでも意見が分かれているため、
これが「論争」と呼ばれるわけです。

まず、著者の新井紀子さんは、
「シンギュラリティは来ない」という立場です。
ただし「少なくとも予見される近未来においては」という条件がつきます。
つまり、100年以内にAIが人類を超えることはないだろう。
1,000年とかのスパンだと、「それは分からない」としか言えないけど、
ということです。

私(陣内)も新井さんと同じ立場です。
その論拠は、人間の脳の複雑性です。
人間はそもそも「脳」だけで考えているのではありません。
肝臓移植をした人の「性格」が変わることがある、
というのは外科医の間では以前から話題になっていたことで、
現在の脳科学の世界では「人間は身体でも考えている」
という数多くの証拠が加えられています。
つまり人間は内臓でも考えているわけです。
さらにはおそらく、100兆個といわれる腸内細菌叢が変わると、
そのひとの思考スタイルは変わるでしょう。

人間は脳だけで考えているという立場を、
「脳還元主義」と呼ぶとしますと、
私は「脳還元主義」を取りません。

何がいいたいのか?

人間の身体は「超複雑系」だということです。

地球上に存在する機械で最も複雑なのは航空機だと、
大手自動車メーカーに勤める友人から聞いたことがあります。
現代の自動車というのは複雑化が進み、
「部品の数」は、1台につき10万点に上る、
と彼は言いました。
これがパーソナルコンピュータだと1万点です。
だから、コンピュータの自作は、
秋葉原で部品を買って組み立てるマニアがいるぐらい、
「まぁまぁ可能」なのです。
ところが、10万点の部品となるとどうなるか。
量の変化は質の変化を生みます。
現代の大手自動車メーカーの社員のうち、
この10万点を全て把握している人は誰もいないそうです。
つまり、各社員は、自分の担当するパーツの部品に関しては、
全体像を把握しているが、
「全体像の全体像」を把握している人は誰もいない、
という驚くべき状況なのです。

航空機になりますとこれが「100万点」になります。
こうなるともう、複雑系も複雑系で、
さらに把握困難になります。
その設計図を平面に敷き広げれば、
お台場ぐらいの広さになってしまうかもしれない。

では、みなさん。

人体を、細胞のリボゾームとか細胞膜とか核とか、
ミトコンドリアとかのレベルで、
「設計図」にしたらどのぐらいになると思いますか?
なんと、敷き広げられた設計図は、
月まで到達するそうです。

人体の複雑さは、
ジャンボジェットの複雑さなど相手にならないのです。

何が言いたいのか?

AIは、機械です。
機械が出来ることと言うのは極論すると、
全部、四則演算に還元可能です。
AIの進歩とは「四則演算のスピードが上がる」
ということにすべて還元できます。

しかし人間の「思考」の働きは、
四則演算に還元できません。

これが複雑系の生物と、
複雑系ではない「人工物」の違いです。

科学が進歩したというマスコミの報道に踊らされる前に
思い出さなければならないのは、
現代の科学で、人類はまだ、
ゼロから「大腸菌」ですら作れていないということです。
「ハエを作る」なんて無限の彼方の技術です。

いやいやiPSがあるじゃないか!

違います。

あれは全部「すでにあるものの複製」です。
iPSというのは分岐した体細胞から分岐前の幹細胞つくる技術であって、
ゼロから細胞を作るのとはまったく異なる技術です。
近代になりパスツールが細菌培養の方法を見つけましたが、
ゼロから細菌(細胞)を作ることは、
ジャンボジェットを作るよりはるかに難しく、
いまだに成功していませんし、
100年以内に成功する見込みもまったくありません。

この「複雑性」というのが、
AIと人間の脳を本質的に分ける深い溝になっていて、
その「溝」は、予見される近未来に超えることは不可能、
というのが新井紀子さんの主張であり、
私もそれを支持します。


、、、では、AIなんて無視して、
私たちは「のほほん」と生活してれば良いのか?
「良かった。シンギュラリティは来ないんだ。
 じゃあ、我々の仕事も安泰だ」と。

いや、それは違う。

というのがこの本の主張です。

そうではないのです。
AIがある種の仕事を奪うのは間違いありません。
その仕事とは端的に「四則演算に還元可能な仕事」です。
銀行の窓口業務がATMに代替され、
多くの役所の窓口業務もAIのほうがコスト安で正確で、
しかも人を不快にさせない(笑)ようになる日は、
案外近いと思います。
いや、もしくは既にそうなのだけど、
「公務員の職場を減らさない」という政治的圧力によって、
本来起きるべき淘汰圧が起きていないだけかもしれません。

しかし公務員とは違い、
営利企業の場合、コスト安の淘汰圧に抗うと、
その会社はなくなっていきますから、
現在ある「AIに代替可能な仕事」は、
ことごとく機械に代替されていくでしょう。

このとき人間がすべきは何か?

それは「AIに代替不能な能力」を磨くことです。
生存戦略として、それ以外の戦略はないのです。

しかし、驚くべき事に新井紀子さんは気づきます。
それは彼女が「東大ロボ君」という、
「●●年までにAIによって東大入試に合格する」
という国家プロジェクトを率いたことと関係しています。
実は東大ロボ君はすでに、
MARCH(明治、青山、立教、中央、法政)の合格ラインは超えています。
AIは大学入試の得点において、
これらの大学の入学基準を超えているのです。

さて、ここからが問題です。

では、東大ロボ君は今後、東大に「入れる」のか?
新井紀子さんの結論は「NO」でした。

なぜか。

MARCHと東大を分けるものは何か?
それは「文章を読解する能力」でした。
これが「四則演算に還元不能な能力」であり、
AIが最も不得意とする領域だということに彼女は気づきます。

ところが、ここからが一番面白いのですが、
この20年ぐらいの学生や若い社会人の、
「読解能力」を調査したとき、
なんと、その能力は下がり続けているというのです。
むしろこの世代がどんどん伸ばしている能力は何か?
それは「単純な暗記・四則演算のスピード」などです。
これはまさに「AIが最も得意とする能力」です。

つまり、現代の日本の教育は、
「若者がAIに代替されやすいように、 
 されやすいように」教育し続けている、
というわけです。

ヤバいでしょ。

「教科書が読める」(=読解力がある)
というのがAIに代替できない能力ですが、
実は日本の(東大など最難関大学を除く)入試システムは、
特にマークシート化してから、
どんどん読解力方向ではなく「AIが得意な方向」に、
シフトしてきた。

この結果、若者は、
「未来において淘汰されやすい方向に」
教育によって誘導されている。

怖いでしょ。

新井紀子さんは、
「では、私たちはどうすれば良いのか」
ということまでこの本で語っています。


、、、という、
長―――――い予告でした。


本題に入ってきましょう。



▼▼▼教育と産業構造の変化の「タイムラグ」
→P4〜5 
〈では、AIに多くの仕事が代替された社会では
どんなことが起こるでしょうか。
労働市場は深刻な人手不足に陥っているのに、
巷間には失業者や最低賃金の仕事を掛け持ちする人々があふれている。
結果、経済はAI恐慌の嵐に晒される――。

残念なことに、それが私の思い描く未来予想図です。

実は、同じようなことはチャップリンの時代にも起こっています。
ベルトコンベアの導入で向上がオートメーション化される一方、
事務作業が増えホワイトカラーと呼ばれる新しい労働階級が生まれました。
でも、それは一度に起こったことではありません。
タイムラグがありました。

大学が大衆化し、ホワイトカラーが大量に生まれる前に、
多くの工場労働者が仕事を失い、社会に失業者があふれました。
それが、20世紀初頭の世界大恐慌の遠因となりました。

その時代、ホワイトカラーという新しい労働需要があったのに、
なぜ失業者があふれたのか。

答えは簡単です。

工場労働者はホワイトカラーとして働く教育を受けておらず、
新たな労働市場に吸収されなかったからです。
AIの登場によって、それと同じことが、
今、世界で起ころうとしています。〉


、、、まず近代が生んだ「学校教育」の、
出自について語りましょう。
これは案外知らない人が多い。
当の学校の教師ですら知らなかったりしますから

なぜ私たちの知る公的教育機関が「出来た」のか?

それは「兵隊と工場労働者を大量生産するため」です。
日本だと明治の「富国強兵・殖産興業」にあたるものが、
ヨーロッパでは一足先に起きました。
イギリスで産業革命が起き、
石炭と蒸気機関の力によって、
「手工業」が「工場生産」に変わった結果、
生産性は飛躍的に向上しました。
近代国家が工業化し生産性が上がるのと時期を同じくして、
軍隊の近代化も起きます。
大砲や機関銃、戦車や軍艦などの近代兵器が出来、
軍隊は組織化される。

このとき、「軍隊と工場労働者」には、
いくつかの最低限の「資質」が必要になります。
それは工場ならば始業の終業のベルの合図で、
一斉に作業を始めたりやめたりする規律。
そして上司が指導する言葉を理解することです。
軍隊ならば上官の合図に従う規律、
そして上官が命令する言語を理解する事です。

つまり「規律と共通言語(標準語)」を、
社会に出る年齢になった若者が身につけていることが、
各国にとって急務となったのです。

なぜか。

この変化はヨーロッパ各国で同時多発的に起こったので、
各国は競争する必要に駆られたからです。
隣国より工業化と軍隊の組織化が遅れれば、
それだけ侵略される可能性が高まる、ということですから。

この変化が起きる前は、
若者は地方によって違う言葉を話していました。
つまり世界に「国家の共通言語」なるものはなかった。
その名残がスペインのカタルーニャ地方や、
バスク地方です。
この人々は今でもスペイン語を第一言語としません。
近代国家はそれでは困る。
軍隊に徴用し、工場労働者として田舎の若者を動員するには、
全国が一律の言語を使って貰わなければ困る。
政府の検閲を受けた学校教科書がその役割を果たすのです。

次に、この変化が起きる前は、
若者は主に家庭で教育され、
職人の子どもなら職人の技術を学び、
金持ちの子どもならば家庭教師をつけ、
地域の教会や地域コミュニティが、
「子どもを大人にする」という役割を担っていました。
しかし、これでは軍隊は困る。
「上官の命令には従う」という規律がないと、
軍隊で使い物にならないからです。
学校教育において「体育座り」「前に倣え」、
「絶望的につまらない校長の長い話しを黙って聞く」
「先生が机を叩いたらシーンとする」

これらは何なのか?

軍隊の「予備教育」です。
これは詭弁ではなく、
本当にそうなのです。

これが学校教育の「出自」です。

現代はもちろんそのような性質は薄くなっていますが、
たとえば無駄に重いランドセルや学校の制服、
手足を縛る体育座りなどは、その当時の名残です。


、、、何の話し?


そう。
学校は「工場労働者を生産するため」に、
近代国家に生まれたシステムです。

しかし、大きな組織というのは、
巨大な戦艦が急には方向転換できないように、
社会の変化のスピードに往々にしてついて行けないのです。
20世紀に入り、先進国の労働環境は変わります。

農業はかつて人口の8割以上が従事していましたが、
現在は先進国では5%以下です。
工場労働者も、かつての農業と同じ運命を辿っています。
現在先進国における二次産業従事者は下降の一途を辿り、
一時期は社会の大多数だったのが、
現在は20%を軒並み切っている。

なぜか。

工場がオートメーション化されたからです。
かつてラインに100人の作業員が張り付いていたのが、
今はひとつのラインに、1人のオペレーターで充分になる。
そういう淘汰圧が働き、
労働市場は大きく変わります。

では余った労働者を吸収するのはどこか?

それが20世紀だとホワイトカラーだった、
と新井紀子さんは言っています。
機械がオートメーション化され、
組織が近代化・複雑化・官僚化した結果、
かつては存在しなかったホワイトカラーという仕事が、
20世紀に生まれました。
ところが学校教育は相変わらず、
「良い工場労働者(や兵隊)」を社会に排出する、
という旗印のもと教育を続けました。

その結果、現場は人手不足なのに、
街には失業者があふれる、という状況が生まれた。
これが大恐慌の遠因だった、
と新井紀子さんは指摘しています。

はい。

ここまで説明してくるとだいぶ分かっていただけると思います。
では、今、何が起きているのか。
「ホワイトカラーのオートメーション化」がAIによる変化です。
つまりホワイトカラーが労働市場を吸収できなくなってきた。
企業のコスト部門といわれる人事部、総務部、経理部などは、
かつて農業や工場労働者が経験したのと同じことを経験するでしょう。
つまり「その仕事自体はなくならないが、
人数はかつての100分の1で充分」になる。
産業構造が変化するのです。
ところが、学校は相変わらず、
「良いホワイトカラー」を社会に排出する、
という旗印のもと教育を続けているのです。

「・・・あれ?

 ・・・声が

 ・・・遅れて

 ・・・聞こえるよ」

という「いっこく堂」の芸のごとく、
学校教育は社会の変化に1テンポずつ遅れるのです。
この「遅れ」が社会に混乱と恐慌をもたらすのですが、
かわいそうなのは巷にあふれる失業者となるべく、
「良いホワイトカラーとなるための英才教育」を、
受けてしまう子どもたちです。

この子どもたちのことを、
新井紀子さんはタイトルで、
「教科書が読めない子どもたち」
と表現しているのです。

どういうことか。
ホワイトカラーが駆逐された後、
新たな労働力を吸収する職種はどんなものか?
その職種の多くはまだ私たちが耳にしたことすらない、
と新井さんは考えているし、私もそう思います。
しかしそれらの職種に共通する資質にはどんなものがあるのか?
というのは予測可能です。

それは端的に、
「教科書が読める」ということです。
この「教科書が読める」というのは、
単に文字が追える、というのとは違います。
それならAIも得意ですから。

そうではなく、
教科書を読んで、
それが言っている意味を把握出来る、
ということです。
つまり「読む力」「読解能力」のことを、
新井さんは言っており、
驚くべき事に、この数十年、
子どもの「読む力」「文章を読んで意味を取る力」は、
低下し続けている、というのです。

、、、続けましょう。



▼▼▼読解力調査(RST)▼▼▼

新井さんは本書で、
「読解力調査(RST)」という調査方法を紹介しています。
例(P200)としてこんな問題が挙げられています。

・次の文章を読みなさい。

「Alexは男性にも女性にも使われる名前で、
女性の名Alexandraの愛称であるが、
男性の名Alexanderの愛称でもある。」

(問題)この文脈において、
以下の文中の空欄にあてはまるもっとも適当なものを
選択肢の中から1つ選びなさい。

 Alexandraの愛称は(   )である。
1.Alex 2.Alexander 3.男性 4.女性



、、、はい。


いかがでしょう。


シンキングタイム!


「なんだこの問題は?
 俺をバカにしてんのか?」
と怒る前に、
どうぞ、みなさんも考えてみて下さい。


、、、


、、、


答えは出ましたか?


、、、


正解は、、、、


「1」のAlexですね。
問題文に答えが含まれています。
一部省略すると、
「Alexは、、、、Alexandraの愛称である。、、、」
っていうのが問題文なのですから、
「Alexandraの愛称はAlexである」
が正解です。


ここからが問題です。


中学生にこの問題を出したところ、
その正答率は何%だったと思いますか?

90%?

いやいや、違います。

70%?

いいえ。


正答率は、45%でした。


なんと、33%がDの「女性」を選んでいます。



、、、ちょっと、衝撃じゃないですか?
たった1、2行の文章の「意味」が取れていないのです。
これでは、説明書を読んでもその意味が把握できませんし、
会社で上司から支持されてもその内容が把握できません。
フェイクニュースにも簡単に踊らされてしまうでしょう。


、、、次に行きましょう。


P205にはこんな問題が出てきます。

・次の文を読みなさい。

「幕府は、1639年、ポルトガル人を追放し、
 大名には沿岸の警備を命じた。」

(問題)上記の文が表す内容と以下の文が表す内容は同じか。
「同じである」「異なる」のうちから答えなさい。

「1639年、ポルトガル人は追放され、
 幕府は大名から沿岸の警備を命じられた。」


、、、これは二択問題です。
コインを投げて占っても、
2分の1の確率で当たる問題です。


さて、シンキングタイムです。


皆さんも考えてみて下さい。


はい。


ここまで。


、、、正答は、「異なる」ですね。

前半は合っています。
1639年にポルトガル人は追放されました。
後半が間違っています。
大名が幕府に警備を命じられたのであり、
幕府が大名に命じられたのではありませんから。


、、、ここからが本当の問題でしたね。


中学生の正答率は何%だったでしょう?


100%?

違います。


80%?


いいえ。


なんと、55%です。


マジか!


2択問題の正答率55%というのは、
確率論で言うと、
問題文を読んでいない状態とほぼ同じ、
つまり「確率的には正答率ゼロの近似値」なのです。

ところがです。


ここからさらに衝撃の事実を、
新井紀子さんは本書で語っています。


この二択問題の正答率が55%だったと、
新聞記者に告げたところ、
「57%の正答率では駄目ですか?」と、
その新聞記者は新井さんに聞いてきたというのです。
「100点満点で57点ということは、
平均点としては悪くないのではないですか?」


、、、


、、、


みなさん。


この新聞記者の言ったことが新井さんを、
どれほど奈落の底に突き落としたかおわかりでしょうか?
子どもの学力(読解力)の現状を嘆いた新井さんに、
大人である新聞記者はさらなる読解力のなさを、
ぶっ込んで来たわけですから。


なぜか。


二択問題ではコインを投げても50%は正答する、
ということを加味すると、正答率がコイン並みだというのは、
先ほど私が言ったように「0点の近似値」です。
ところがかの新聞記者はこれを「100点満点の55点」と、
完全に誤った解釈したのです。
確率論の「読解」ができない人が、
現代の新聞の記事を書いていることに、
著者はさらに愕然とします。


私もこの箇所を読んだときには背筋が凍りました。


、、、


はい。


盛り上がってきたところですが、
今日はここまで。

文字数オーバーです。


続きは「後編」で。


、、、年末は恒例の、
「陣内が今年読んだ本・観た映画ベスト10」
などの企画も目白押しですから、
後編を紹介できるのは年明けになるかもですが、
「教科書が読めない子どもたち」の衝撃の余韻を噛みしめつつ、
楽しみにお待ち下さい!

(後編へ続く)

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