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陣内が先週読んだ本 2019年2月5日〜16日

2019.07.11 Thursday

第080号   2019年2月26日配信号

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
■2 陣内が先週読んだ本 
期間:2019年2月5日〜16日
::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::

先週私が読んだ本(読み終わった本)を紹介していきます。
一週間に一冊も本を読まない、
ということは、病気で文字が読めなかった数ヶ月を除くと、
ここ数年あまり記憶にないですから、
このコーナーは、当メルマガの
レギュラーコーナー的にしていきたいと思っています。
何も読まなかった、という週は、、、
まぁ、そのとき考えます笑。

ただ紹介するのも面白みがないので、
twitterに準じて、
140文字で「ブリーフィング」します。
「超要約」ですね。
(どうしても140字を超えちゃうこともあります。
 140文字はあくまで「努力目標」と捉えてください笑。)

忙しい皆さんになり代わって、
私が読んだ本の内容を圧縮して紹介できればと思います。
ここで紹介した本や著者、テーマなどについて、
Q&Aコーナーにて質問くださったりしたら、
とても嬉しいです。


●【映画パンフレット】こんな夜更けにバナナかよ 愛しき実話 

読了した日:2019年2月5日
読んだ方法:池袋の映画館で購入

著者:前田哲監督
出版年:2018年
出版社:松竹映画

リンク:
https://goo.gl/mEpU1C

▼140文字ブリーフィング:

映画館でパンフレットを買ったのは、
初めてかもしれません。
1月の「観た映画」コーナーでもご紹介した、
『こんな夜更けにバナナかよ』を、
ひさしぶりに、私は妻と二人で池袋の映画館で鑑賞しました。

映画の医療監修をしたのは私の友人で、
監督の前田さんには、
11月に札幌でお会いしました。
なので、パンフレット、そりゃ買うでしょ、
というわけで買いました。
当然友人も執筆しており、
買って得した気持ちになりました。

主演の大泉洋さんが、
主人公の筋ジストロフィー患者の鹿野さんは、
果たして「わがまま」だったのかどうか?
ということを自問しているんですよね。
これが面白い。


→P7 
〈この映画は鹿野さんがわがままだから
成り立っている映画だと思うですが、
究極のことを言うと、鹿野さんはわがままではないんです。
実は撮影初日に、鹿野ボラだった方たちにお会いして
「鹿野さんは別にわがままじゃなかったですよ」と言われ、
「え?それじゃあ映画にならないんだけど」と思いました(笑)。

鹿野さんは“普通に生きたかっただけ”なんですね。
彼が目指したのは、
障害があっても普通の人と同じようなことが出来る世の中。
だって“真夜中にバナナを食べる”ってことも、
健常者にとってはわがままではない。
食べたくなったときは食べればいいわけですから。
そこで「動けないんだから我慢しなさい」
というのは健常者の理論なんです。

一見わがままに聞こえるけど、
わがまま言うしかない。
そうしないと世の中は変わっていかないというのが、
鹿野さんの考えだったんです。〉


、、、駅のエレベーターについて、
原作者の渡辺一史さんはこんなことを書いています。

→P14 
〈おそらく平成の時代に生まれた人たちは、
駅にエレベーターがあるのは
「当たり前」と思って生活していることでしょう。
しかし、駅にエレベーターがあるのは
“自然の流れ”でそうなったわけでも、
鉄道会社や行政の”思いやり”でできたわけでもありません。

30年以上にわたる障害者の耐えざる運動によって、
ようやく実現しました。
それ以前は、行政も市民も
「障害者のためにそんな高価な設備を付けるのは不可能だ」
と考えていたからです。
こうした駅の段差解消のための運動は、
1970年代から全国各地で巻き起こり、
2000年に「交通バリアフリー法」(現・バリアフリー新法)
という法律制定に結びついたことで、
一定数以上の利用客のある駅での設置が義務づけられた経緯があります。
どこの街でも、そこに住む障害者が闘いを重ね、
勝ち取った成果を、私たちは知らず知らずのうちに享受しているのです。〉


、、、今の常識から考えれば「非常識」ですが、
40年前の日本では、
「障害者のために駅にエレベーターを設置する」ことは、
「わがまま」だと思われていたのです。

では、夜中にバナナを食べることは?
好きな女の子を誘ってデートに行くことは?
カラオケで歌うことは?

、、、障害者、疾病当事者の声が、
「おもしろい」というと違うかもしれませんが、
「注目すべき」なのは、
彼らの声が単なる声ではないからです。
それらは「預言」だと私は思っています。
彼らの声は、健常者から見た「常識」が、
未来の価値観からすると非常識かもしれない、
ということに気づかせてくれる、
天からのアラーム音だと私は捉えています。
渡辺さんはこんなことを言っています。

→P14 
〈大切なことは、自立生活をする障害者たちが、
従来の「自立」という言葉の意味を
ひっくり返すような主張を込めていたことです。

従来、自立というのは、
「他人の助けを借りずに、
自分で何でも出来ること(身辺自立と言います)」、
あるいは
「自分で収入を得て生きていくこと(経済的自立と言います)」
を意味していました。

しかし、そうではなくて、自立というのは、
自分で物事を選択し、自分の人生をどうしたいかを自分で決めること、
そのために他人や社会に堂々と助けを求めることである。
彼らが、そんなふうに「自立」の意味を180度転換してくれました。

主演の大泉洋さんはこう語っています。
「こんなにいろいろ考えさせられた作品はなかった。
一番シフトチェンジしたのは、
迷惑かけるのってそんなにダメ?と思うようになったこと。
これからは子どもに『できないことは人に頼りなさい』と教えると思う。
そして、頼られたときに応えられる人でありたい、と思う」〉


、、、人に迷惑をかけちゃいけません、
という「日本教の第一戒」は、
実は社会を非常に窮屈なものにしています。
鹿野さんは、そしてこの映画は、
そんな日本社会への「預言者の声」なのです。
(1,857文字)



●プラットフォーム革命 経済を支配するビジネスモデルはどう機能し、どう作られるのか

読了した日:2019年2月8日
読んだ方法:図書館で借りる

著者:アレックス・モサド、ニコラス・L・ジョンソン
出版年:2018年
出版社:英治出版

リンク:
https://goo.gl/5rTR1G

▼140文字ブリーフィング:

これはかなり有名なビジネス書ですから、
読まれた方もいるかもしれません。
本書で言う「プラットフォーム革命」とは、
「プラットフォーム企業による産業革命」
というような意味合いです。

2000年代以降、
従来のビジネスモデルがことごとく通用しなくなっている、
というのはビジネスの現場にいる人が口をそろえることですが、
その背景にどんな理由があるのか、
ということを本書は明らかにします。
変化の時代に生き残るには、
変化の理由を知らなければならない。
その理由について説明するのが本書だ、というわけです。


→P14 
〈ノキアの全盛期から現在までの間に、
企業の経営環境は根本から変わった。
業界のトップ企業も、数年後には落ちこぼれる可能性がある。
60年前、アメリカの代表的株価指数S&P500種を構成する企業の
「平均寿命」は50年だったが、今は15年以下だ。
この大変動は、既存の企業にとてつもないリスクと、
巨大なチャンスをもたらす。
この時代の変わり目を最大限に利用するには、
その変動がなぜ起きているのか、
どうすれば利用できるのかを理解する必要がある。
あなたにその知識をもたらすこと、それが本書の最大の目的だ。〉


、、、現代世界の「四大企業」は、
20世紀とは様変わりしています。
20世紀の巨大企業は、
自動車会社、鉄鋼会社、石油会社、電話会社でしたね。
現在の四大企業は「AGFA」と言われます。
アップル、グーグル、Facebook、アマゾンです。
この四つの企業に共通するのが、
すべて「プラットフォーム企業だ」ということです。
つまり、「変化の時代」の勝者は、
プラットフォーム企業に変身できたか、
あるいはプラットフォーム的な企業として創業したか、
さもなくば既存のプラットフォームを上手く利用するか、
この三択になります。


→P15〜16 
〈これから長期にわたり、
新しいビジネスモデルが伝統的な組織構造を脅かすだろう。
この新しいビジネスモデルとは、プラットフォームだ。
 (中略)
プラットフォームは消費者とプロデューサー
(モノやサービスやコンテンツを作ったり提供したりする人)を結びつけて、
モノやサービスや情報の交換を可能にする。
たとえば、イーベイ(eBay)は買い手と売り手を結びつけるし、
iOSやアンドロイドは消費者とアプリ開発者を結びつける。
ウーバー(Uber)は乗客とドライバー、
エアビーアンドビー(Airbnb)は旅行者と住宅所有者を結びつける。
こうしたプラットフォームは新しい市場を作り、
そのネットワークとビジネスを、
ごく最近まで想像もできなかった規模に拡大した。〉


、、、ではそもそも、プラットフォームとは何か?
本書の定義を引用します。


→P49 
〈プラットフォームとは何か。
それは複数のユーザーグループや、
消費者とプロデューサーの間での価値交換を円滑化するビジネスモデルだ。〉

→P62 
〈究極的には、プラットフォームは
取引を円滑化することによって、価値を創造する。
直線的なビジネスが、
商品やサービスを作ることで価値を生み出すのに対して、
プラットフォームはつながりを作り、
取引を「製造する」ことで価値を生み出す。

GMは自動車を作るが、ウーバーはドライバーと乗客の取引を作る。
ただし輸送そのものをするのではなく、
ドライバーと乗客の繋がりと、両者間の価値交換を円滑化する。〉


、、、20世紀的な直線的ビジネスが生む「価値」は、
「モノやサービス」でした。
しかし、モノやサービスがコモディティ化し、
それらは「低価格化」ぐらいしか魅力がなくなった世の中で、
21世紀的な企業が立ち現れた。
彼らが提供する価値は「取引」だというのです。
つまりユーザー同士の取引コストを低下させる、
ということが、巨大な価値を生むということに、
いち早く気づいたグーグル、アマゾン、アップル、Facebookは、
21世紀の巨大企業になりえたのだ、ということです。


、、、残り文字数が足りなくなってきたので、
本論の詳細には立ち入りません。
今後解説することがあるかもしれないし、
ないかもしれない笑。

私が最も興味深く読んだのは、
プラットフォーム時代の企業経営が、
もはや「公共政策」に接近している、
というところでした。
つまり、Facebookの運営は、
会社経営というより、
もはや政府に近いのです。

引用します。

→P196〜197 
〈(ライアン)サーバーがツイッターにいたのは、
ツイッターが飛躍的な成長を遂げてIPOを果たすまでの2009〜13年だった。
「当時、ツイッターのチームによく言っていたのは、
私たちは市長だと言うことだ」と、サーバーは語る。
「私たちの仕事は、会ったこともない人たちから、
最善の行動や最善の結果を引き出すインセンティブと
逆インセンティブを作ることだった」サーバーは事実上、
ツイッターの開発者コミュニティ向けの公共政策を作っていたわけだ。

こうした姿勢は、
プラットフォームのリーダー的役割を果たす人たちに驚くほど共通する。
それはマーク・ザッカーバーグが、
シェリル・サンドバーグ(クリントン政権で財務長官のもと働いた経歴を持つ)
を最高執行責任者(COO)に雇った最大の理由でもある。
「長い時間をかけて、彼女が政府でした仕事の話を聞いた」と、
ザッカーバーグは言う。
「多くの意味で、フェイスブックは伝統的な会社よりも政府に近い。
私たちは巨大なコミュニティーを持ち、
他のどんなテクノロジー企業よりも本気で政策(ポリシー)を作っている」

サーバーも同じ考えだ。
「それまで私は、ポリシー関連の仕事をしたことは一度もなかったし、
その後ポリシーがいかに重要になるか考えもしなかった。
でも、いつの間にか、
ポリシー作りが私たちの仕事の大部分を占めるようになっていた」。
サーバーの仕事は事実上、
ツイッターの開発者コミュニティーの市長になることだった。〉
(2,369文字)



●悪意とこだわりの演出術

読了した日:2019年2月8日
読んだ方法:図書館で借りる

著者:藤井健太郎
出版年:2016年
出版社:双葉社

リンク:
https://goo.gl/CiifgK

▼140文字ブリーフィング:

「水曜日のダウンタウン」は、
私が今最も楽しみにしているテレビ番組のひとつです。
(私は普段テレビは一分も視聴しませんが、
 毎週録画している3〜5本ぐらいのお笑い番組は、
 撮りためておいて、ひとりで食事するときとか、
 夕食後、たまたま子どもが静かにしてるときとかに、
 ハイライト式に一気に見ます。
 これはお笑いルポライターとしての「勉強」として)

、、、で、「水曜日のダウンタウン」って、
探偵ナイトスクープと同じで、
演者ではなく作り手の力によって面白くなってる番組なんですよね。
ナイトスクープの探偵さんは面白いし、
水曜日のダウンタウンのクロちゃんやフジモンや小宮は面白いんだけど、
あくまで「パーツ(素材)」として面白いのであって、
それを料理する作り手の「やりたいこと」がハッキリ見える。

こういう番組は現代のテレビでは、
全体の1%にも満たないでしょう。
それが私がテレビを見ない理由なのですが。

、、、で、この番組のプロデューサーに私は興味を持ち、
彼が書いた本書を手に取った次第です。
彼の番組の手法は、「サンプリング世代の番組作り」という意味で、
前世代のそれらと一線を画する、というのが、
この本を読んで「なるほど」と唸ったことです。

サンプリング的手法というのは、
言い換えれば「ヒップホップ的手法」でして、
つまり様々な名作や古典などのアーカイブから、
切り取ってきてコラージュするという作り方です。
これを映画の世界で初めてやったのが、
クエンティン・タランティーノです。
日本のテレビ番組では彼が初めてなのかもしれません。


→P32〜33 
〈「サンプリング世代の番組作り」
 自分に何かをゼロから生み出す能力があるとは思っていなかったけれど、
昔から面白いモノや良いモノをジャッジする能力、
センス的な部分には少しだけ自信がありました。
ヒップホップ以降のモノ作りには、
引用やオマージュといった手法があらゆるジャンルで用いられていますが、
テレビにおいても、ある程度パターンが出尽くした中で、
どうやって、すでに存在するモノを違う文脈で使って新しい魅力を引き出すか、
いかに新しい表現に結びつけるかは重要なポイントだと思います。

そのときに必要になるのが過去のインプットです。
もちろん、そんなつもりで溜め込んでいたわけではありませんが、
カルチャー全般に興味があったので、
テレビはもちろん、音楽や本、映画
・・・そういったインプットの量は多い方だと思います。

ただし、なんでもかんでも覚えていけば良いわけではなく、
やはり自分の中での「面白いこと」のストックを
たくさん作っておくことが大事です。〉


、、、サンプリング的手法で何かを発信するというのは、
レンタルビデオ屋の店員をしながら、
浴びるほど過去の名作映画を観たタランティーノを考えるまでもなく、
「分野横断的な膨大なインプット」が前提になります。

私は多分「無限に文章を書けます」し、
今はYouTube動画を撮っていますが、
「無限に話し続けられ」ます。
それは、「インプットの幅と深さがある閾値に達した」
ことと関係あると思っていて、
藤井さんやタランティーノの感覚というのはなんとなく分かります。
レゴのパーツ数がある桁に達すると、
あらゆるものを組み立てられるとか、
腐葉土の量が一定数を超えると、
輪作によって春夏秋冬作物が実り続けるのと同じです。
(1,364文字)



●ぼぎわんが、来る

読了した日:2019年2月9日
読んだ方法:図書館で借りる

著者:澤村伊智
出版年:2015年
出版社:角川書店

リンク:
https://goo.gl/eDGqu4

▼140文字ブリーフィング:

私は分野横断的にあらゆるインプットをします。
特に読書は、「読書家」のなかでも、
かなり守備範囲の広い方だと思います。
私より「深く」読んでいる人はけっこういます。
特に学者なんかはそうでしょう。
特定の分野に関する読書の深さでは学者には太刀打ちできない。
でも、「広さ」ではあまり負けることがありません。
数学の本から芸能人のエッセイまで、
神学書からビジネス本まで、
純文学から筋トレの本まで、
ありとあらゆる分野の本を読んでいます。
なかんずく、
「こんなのも読むの!?」というひとつが、
「ホラー」ですね。

「そこはさすがに手を出さないなぁオレは」
と、読書好きな知人・友人からも、
若干引き気味のリアクションをいただくこともある笑。

でもホラー、好きなんですよね。
「リング」もシリーズ全部読みましたし、
貴志祐介の「黒い家」はすべてのジャンルで、
最も面白かった中の一冊です。

、、、なぜ、ホラーが面白いのか?
多分皆さん興味ないと思うけど、
その「構造」をご説明したいと思います。
私は「構造フェチ」なので、
「なんでそれが面白いのか?」という、
構造的な理由を言語化するのが一番好きなのです。

突然ですが世界で最も有名なホラー作家は多分、
スティーブン・キングでしょう。
彼は「IT」や「シャイニング」を書いたホラー作家でもあり、
「スタンド・バイ・ミー」、「グリーンマイル」、
「ショーシャンクの空に」
(原作タイトルは「刑務所のリタ・ヘイワース」)などの、
ヒューマンドラマ作家でもある。

彼はジキルとハイドのように、
ほっこり心温まる話しを書く人格と、
戦慄する恐怖を書く人格を、
使い分けているのでしょうか?

私の仮説は、「そうではない」です。

そうではなく、キングはずっと、
「人間の奥深く」を描きたいと思っているのです。
人間の奥深くを描くとき、ある種のテーマについては、
「ホラーという容れ物を借りる」のが最も効率的だ、
ということをスティーブン・キングはよく知っているのです。

どういうことか?

古今東西「怪談」というものがあります。
現代はそれがホラー映画やホラー小説になっている。
それらは「何のためにあるのか?」を考えるのが重要です。
逆に言えば人間はなぜ怪談を必要とするのか?
ということです。

フロイト精神分析の基本に、
「投影(投射)」というものがあります。
人間は自己の内面を直視することに耐えません。
そこには自分ですら目を背けたくなるような醜いものがあるからです。
歪んだ自己愛、嫉妬、憎しみ、思い上がり、殺意、執着心、強欲、etc...
そこで、それらを無意識の領域へ押しやります。
これを心理学用語で「否認」と言います。
しかし、「否認」した本人は無意識では、
それが「ある」ことを知っているのです。

そこで否認した人というのは、
無意識に押しやった自分の醜悪な性質を、
何か他のものに投影します。
それが自分と似た誰かだった場合、
「同族嫌悪」という状態になります。
つまり、「あの人のああいうところが本当に嫌だ」
という「ああいうところ」というのは、
まさに自分が否認した自分自身の性質だ、ということですね。

しかし、投影は必ずしも他の人間だけに向かうのではありません。
それが「幽霊」「怪物」「ゴースト」、なんでもいいですが、
「この世ならぬもの」としての幻影をつくり、
そこに投射される場合もあります。
人間の内面は何よりも怖ろしいので、
実は「この世ならぬもの」のほうがちょっとマシなのです。
これが、古今東西、昔も今も、人が幽霊を見てきた理由のひとつだと、
私は思っています。

少なくともスティーブン・キングは、
この構造を把握している。
だから「この世ならぬもの」を語ることで、
実は読者に、人間の内面の現実を知らしめているわけです。
でなければ、時代を問わず、
ホラーがこんなにも読まれる理由は説明できません。

、、、なので、
私はオカルト現象に興味があるのではなく、
オカルト現象を必要とする人間の心の中に興味があるのです。
そういう人にとって、この澤村伊智という新人作家は、
「彗星のように現れた非凡な書き手」だと思います。

本作でも、「ぼぎわん」という化け物が、
家庭内暴力や虐待などの心の闇の映し鏡になるよう、
緻密な設計が施されています。

今私が説明したようなことを、
本作に登場するオカルトライターが語っているシーンを引用します。


→P238〜239 
〈唐草は不審そうな顔で答えた。話の着地点が分からないのだろう。
 「三流オカルトライターっぽく、ザックリ言わせてもらえば」
俺は自嘲の笑みを浮かべて、
「ドッペルゲンガー」というやつのバリエーションなんですかね?
自分そっくりの存在を目撃してしまう、
見て数日後には死んでしまうという、
古今東西あまねく伝わる現象ですが・・・?」
 「専門にしてる先生もいらっしゃるよ。で、それが?」
 唐草はうんざりした口調で訊いた。
 俺は彼の後ろ、窓の外を眺めながら、
 「トモカヅキは海女を海の底にひきずりこみ、
殺してしまうという。だからトモカヅキを目撃した海女は、
それ以降は基本海に潜らなくなる――いわばセミリタイヤしてしまう。
まあ、生き死にに関わる体験をしたんだから、当然といえば当然です。
しかし面白いのは、目撃した海女だけでなく、
目撃談を聞いた他の海女たちも、
しばらく仕事を休むという言い伝えだ。この恐れ方は尋常じゃない」
 と、一気に言った。
 唐草は黙っている。俺は彼の目を見据えて、
 「先生、トモカヅキはなぜそれほどまだに恐れられているんでしょうね?」
 「まあ、ただでさえ海は怖いからね。
トモカヅキが出ようが出まいが、ずっと潜ってたら死んでしまう」
 彼は溜息交じりに言った。
真剣に考えて答えるつもりはないようだが、
それでいてでたらめな回答をしない――
一定の真実を踏まえているあたり、
どんな状況にあっても仕事に関しては真面目なのだろう。立派なものだ。
 「なるほど。トモカヅキは海に対する畏怖そのもの、
というわけですか。先生の解釈によると」
 「安直な思いつきだ。仮に裏が取れたとしても、学術的な価値はないよ」
 「俺の考えでは違います」
 そういって、俺は唐草の机に両手をついた。上から見下ろす。
 こちらの出方を伺う彼を見ながら、俺は、
 「昔から人間は考えていた。自分そっくりのモノは恐ろしいと。
見てはいけない。見たら死んでしまうとすら言い伝えていた。
それは何故か?今の俺には分かる。少なくとも、分かる気がします」
 一呼吸置いて、
 「それは――自分の醜さや、おぞましさや、
弱さや愚かさを目の当たりにするのは、
耐えがたいほど苦痛だからです。
先生を見ていて嫌と言うほど分かりましたよ。
おかげさまで今は最悪な気分です。」〉
(2,700文字)



●ポスト・モダンの条件 知・社会・言語ゲーム

読了した日:2019年2月12日
読んだ方法:図書館で借りる

著者:ジャン=フランソワ・リオタール
出版年:1989年
出版社:水声社

リンク:
https://goo.gl/KRoG53

▼140文字ブリーフィング:

「ポストモダン」とはもともと建築用語ですが、
思想の世界でこの言葉が使われるようになったのは、
リオタールの本書が最初だと言われています。
前から読みたかったので読んでみましたが、
怖ろしく難解で、マジでほとんど何言ってるのかわかりませんでした笑。
サンドウィッチマンの富澤さんのごとく、
「ちょっと何言ってるか分からないんですけど」
と、心の中で何度も言いました。
分かったセンテンスが2行ぐらいあったので笑、
それをご紹介します。

→P8〜9 
〈極度の単純化を恐れずに言えば、
《ポスト・モダン》とは、まずなによりも、
こうしたメタ物語に対する不信感だと言えるだろう。〉


、、、「メタ物語」というのは「大きな物語」とも言われます。
19世紀と20世紀の前半は、「近代」や「啓蒙」という、
「大きな物語が成立し得た時代」だった。
しかし20世紀後半のポスト産業社会においては、
「大きな物語」が崩壊した。
人々はそれから「小さな差異」を語るようになる、
というのがポストモダンの解説の定型です。

本書を手にとって一番良かったのは、
訳者あとがきの解説での指摘でした。
上に書いたことはすべて「近代思想という学問的には正解」なのですが、
「近代」が終わり「ポストモダン」という時代が来たのだぁ!!
という語り口そのものが、「メタ物語的」であり、
モダンのパラダイムに生きていることの証左だ、
ということを訳者が解説していて、
それは「なるほどなぁ」と唸ってしまいました。
(601文字)



●暇と退屈の倫理学

読了した日:2019年2月13日
読んだ方法:図書館で借りる

著者:國分功一郎
出版年:2015年
出版社:太田出版

リンク:
https://goo.gl/kafvVN

▼140文字ブリーフィング:

著者の國分功一郎氏は、
2017年に『中動態の世界』という本を書いています。
これがまぁ、べらぼうに面白いわけです。
それで、1つ前のこの本を手に取りました。
『中動態の世界』ほどではありませんでしたが、
不思議と引き込まれる本でした。
ポスト産業社会における「生き方」の指南書、
と言っても良いかもしれません。

『ファイト・クラブ』というデビッド・フィンチャー監督の映画があります。
この映画の主人公はエリートサラリーマンですが、
「忙しいが絶望的に退屈」な状態を過ごしています。
彼は高級マンションに住み、家に北欧家具をコレクションしています。
「記号的消費」が彼にとっての一時的な鎮静剤ですが、
その消費をするためにはさらに忙しく働かなければならない。
彼のように忙しいビジネスマンによって、
さらに「記号的消費のための商材」は世の中に増えていく。
「大量消費・大量生産」を錦の御旗とする近代消費社会の歯車は、
すべてを破壊したい衝動に駆られるほどに、
「疎外」された状態にある。

彼は寝る暇もないぐらい忙しいが、
同時に絶望的に退屈している。

この人はでは、どのように生きたら良いのか?
というのをハイデッガーやユクスキュルといった、
哲学者たちの言説を解説、発展させることで、
ひもといていこうとする試みです。

「じゃあ、どうすれば良いの?」
という結論だけ求める人は、
まずは本書を読みましょう。

何かというと答えを急ぐその人は、
ファイト・クラブの主人公のメンタリティに近い、
「疎外された人間」の可能性が高いので。
(635文字)



●ずうのめ人形

読了した日:2019年2月13日
読んだ方法:図書館で借りる

著者:澤村伊智
出版年:2016年年
出版社:角川書店

リンク:
https://goo.gl/e1fdwy

▼140文字ブリーフィング:

「ぼぎわんが、来る」があまりに面白かったので、
こちらも手に取りました。
現代の問題と「ホラー」を融合させる著者の手際は見事です。
本書はホラー要素もありますが、ミステリー要素が強く、
謎によって読者を引っ張っていく話にドライブ感があります。
(117文字)



●自分では気づかない、ココロの盲点 本当の自分を知る練習問題80

読了した日:2019年2月5日
読んだ方法:図書館で借りる(2回目)

著者:池谷裕二
出版年:2016年
出版社:ブルーバックス

リンク:
https://goo.gl/euVVvh

▼140文字ブリーフィング:

前回本コーナーでご紹介した、
「パパは脳研究者」が面白かったので、
本書も手に取りました。
Evernoteの読書ノートを見返してみると、
なんとこの本、既に読んだことありました笑。
こういうことって、けっこうあります。
「読書家あるある」ですね。
以前買った本をもう一度買う、
っていうこともあるぐらいですから。

2度目に読むことがムダかというとそうではない。
1度目に読んだときから、自分は変わっているわけですから、
「別人」が読んでいるわけです。
別人が読んでいるので、発見することも違う。

この本は、「人間の認知の誤謬」にもとづく勘違いを、
延々と紹介していく、というものです。
そしてほとんどが「自己奉仕バイアス」に関わるものです。

人間の認知というのは、
「自分をえこひいきするように」歪んでいます。
頭の良い人とそうでない人の違いというのは、
端的に言うと、自己奉仕バイアスを、
自覚しているかそうでないかの差です。

つまり頭の良い人というのは、
「自分には自分が正しい(能力があるetc.)と思うが、
 それは自己奉仕バイアスのせいかもしれない。
 客観的に見れば、自分はさほど正しくない(能力がない)
 かもしれない。」
と思える人のことです。

頭の良くない人というのは、
自分の自己奉仕バイアスにダマされる人のことです。
その人は端的にこう言います。
「自分は正しい。
 自分は能力がある。
 自分は天才だ。」

つまり「自分は天才だ」と言っている人は、
たいていバカだ、ということになります笑。
「自分は傲慢だ」と言っている人ほど謙虚であり、
「自分はたいしたことない」と言っている人ほど、
実は能力があるのは世の常ですが、
それは「自己奉仕バイアス」と関係があります。

本書の扉に、
「神よ、他人が自分を見るように自分が見える能力を、
我らに与え給え」という、スコットランドの詩人、
ロバート・バーンズという言葉が紹介されていますが、
この言葉の意味は深いです。

「自己奉仕バイアス」がどんなものかがわかる、
以下の箇所をご紹介します。

→P98 
〈脳は、成功を「自分の手柄だ」と思い、
失敗を「他人のせいだ」「不可抗力のせいだ」と解釈します。
次の例を見れば、思い当たるでしょう。

・人がやらないのは怠慢だから。
 自分がやらないのは忙しいから。

・人が出世したのは運が良かったから。
 自分が出世したのは頑張ったから。

・人が時間をかけるのは要領が悪いから。
 自分が時間をかけるのは丹念だから。

・人が上司に受けが良いのはおべっか使いだから。
 自分が上司に受けが良いのは協力的だから。

・人が仕事が出来ないのは才能がないから。
 自分が仕事が出来ないのは上司がアホだから。

・人がテストに失敗したのは勉強不足だから。
 自分がテストに失敗したのは難しかったから。

・人が言われていないことをやるのは出しゃばりだから。
 自分が言われていないことをやるのは積極的だから。

 脳は自尊心を保つために、
知らぬ間に心地よい理由を創作します。〉
(1,204文字)



●絶望読書 苦悩の時期、私を救った本

読了した日:2019年2月14日
読んだ方法:図書館で借りる

著者:頭木弘樹
出版年:2016年
出版社:飛鳥新社

リンク:
https://goo.gl/BT4W42

▼140文字ブリーフィング:

この本はメルマガ読者の方から紹介してもらいました。
めちゃくちゃ面白かったです。
文字数の関係で詳説はまた別の機会に譲りますが、
本書のユニークな点は、
以下のまえがきを引用するだけで
十分分かっていただけるかと思います。


→P4〜6 
〈絶望した瞬間から立ち直りが始まるわけではなく、
 絶望したままの期間というのがあります。
 こういう時期を一体どう過ごせば良いのか?
 自分が絶望したとき、それがわかりませんでした。
 
 絶望からどうやって立ち直るのかという本はありました。
 励ましてくれるような本もありました。
 絶望するな、という本もありました。

 でも、絶望している期間を、
 どう過ごせば良いのか、という本はありませんでした。
 絶望において、一番大切なのは、
 じつはこの時期の過ごし方だと私は思います。
 
 立ち直り方というのは、つまりは、倒れた状態から、
 いかに起き上がって、また歩き出すかということです。
 でも、人は一旦倒れてしまうと、
 そうすぐには起き上がれないときもあります。
 その起き上がれないときを、倒れたままでいるときを、いかに過ごすか。
 それが結局は、立ち直りにも一番大きく影響します。
 深い絶望から、無理に早く浮かび上がろうとすると、
 海に潜っていて、時間をかけずに海面に急上昇したときのように、
 かえって悪影響があります。
 
 そこで、自分自身の十三年間の絶望体験をもとに、
 絶望の期間をどう過ごせば良いのかについて書いてみました。
 過去の自分がそういう本を読みたかったからです。
 あくまで個人的な体験や思いに基づいたものに過ぎません。
 それでも、絶望のさなかにある人の、
 いくらかでもお役に立てれば幸いです。〉


、、著者は大学時代に難病を患い、
13年間の闘病生活を送ります。
その中で気づくのです。
世の中にあふれる本には、
「絶望から立ち直った人の話」は溢れているが、
「絶望している本人の語り」はほとんど存在しない、と。

著者は「絶望している本人たち」を、
物語の中に発見していきます。
それはドストエフスキーであったり、
フランツ・カフカであったり、
ヘルマン・ヘッセといった作家の「古典」でした。

「古典」は理由があって古典になっています。
つまり時代を超えて読み継がれてきた、ということです。
それはなぜか?
人は絶望したときに絶望の物語を必要とする。
しかし、それは物語という形を通してしか語れないのではないか。
それが著者の発見でした。

私もまた絶望には詳しい方なので、
著者の意見に賛同します。
私も自分の「絶望読書」を、
いつか書いてみたいと思いました。
(1,039文字)



▼▼▼リコメンド本「今週の一冊」▼▼▼

ご紹介した本の中から、
「いちばんオススメだったのは?」という基準でリコメンドします。
「いちばん優れていた本」というよりも、
「いちばんインパクトの大きかった本」という選考基準です。
皆さんの書籍選びの参考にしていただけたら幸いです。


▼今週の一冊:絶望読書

コメント:

これは面白かったです。
3月から始まるYouTube放送で、
もうちょっと詳しく紹介しようと思っています。



▼▼▼部門賞▼▼▼

ご紹介した書籍の中から、
陣内の独断と偏見で、
「○○賞」という形で、
特筆すべき本をピックアップします。
こちらも何かのご参考にしてくだされば幸いです。

▼「ホラー傑作賞」:ぼぎわんが、来る

コメント:

これはねぇ。
多分誰も読まないと思うんですけど笑、
ホラーもイケる人にはお勧めです。
ちなみに本作、
「来る。」というタイトルで、
中島哲也監督が映画化しています。
今も上映中なんじゃないかな?
妻夫木聡、岡田准一、松たか子主演で。
こちらもかなり面白そう。
ソフト化されたら観る予定。

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