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自分で自分が嫌になるとき

2019.07.24 Wednesday

第82号   2019年3月12日配信号

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
■1 今週のオープニングトーク
YouTube放送始まってます!
::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::

このメルマガの公式ユーチューブ放送、
「陣内俊の読むラジオを聞くラジオ」が、
3月から始まっています。

今のところ7本の動画がアップされています。
YouTubeアプリかブラウザ上のユーチューブの検索バーに、
「読むラジオ」と入力してくださると、
視聴できる動画が上がってくるはずですので、
ご利用ください。
(万が一上がってこない人は、
 読むラジオ、スペース、陣内俊
 とすれば大丈夫だと思います。)

是非、ご視聴・チャンネル登録してくださり、
気に入って下さったら「高評価ボタン」や、
「シェアボタン」で、宣伝して下さると嬉しいです。
では、早速質問カード、いってみましょう!


▼▼▼自分で自分が嫌になるとき▼▼▼

質問:自分で自分がいやになるのはどんなときですか?

、、、そうですねぇ。
これはやはり、
「圧倒的に能力が低い部分」に関して、
自分でも自分がいやになる、
ということだと思うのですが。

思いつく限り3つあります。

1.方向感覚

私はスーパーウルトラ方向音痴です。
自分より方向音痴な人に出会ったことはありませんし、
方向音痴で誰かに負ける気がしません笑。

方向音痴界に現れた新星、
方向音痴に選ばれた男、
方向音痴の中の方向音痴、
方向音痴とともに生き、
方向音痴とともに死ぬ男、
それが俺、サンシャイン方向音痴陣内俊なのです。

俺の方向音痴には、
方向音痴のほうもビビっていると思います。

脳内のGPSがぶっこわれている、
もしくは最初から搭載されていないんだと思うのですよね。

なので、私に近道とか教えるのは、
純粋な時間の浪費なのでやめたほうが良い。

自動車生活をすると方向音痴は際だつわけですが、
私は10年前まではずっと地方都市に暮らし、
自動車生活をしていました。

市内にA地点(自宅)、B地点、C地点があったとします。
これが三角形を描いていたとしましょうよ。
今B地点にいたとして、
私はC地点に行きたい。
B→Cと行けば最短距離ですが、
私の場合はそれはリスキーなのです。
結果的に99%の確率で迷いますので、
時間的最短距離は違うのです。

B→A(自宅)→C
これが正解です。
一日にB、C、Dとハシゴしなければならないときも同じです。
B→A→C→A→Dです。

いやいや、それは非効率なんじゃ、、、

うるせぇ、ですよ。
俺になってみろ、
そんな寝言は言えなくなるから。

自宅の前を一日に何度もとおるわけですが、
本当に素通りするだけです。
いったんスタート地点にリセットしないと、
「そこからの行き方以外知らない」んですから。
ちょっとアドリブとか利かせたら絶対にだめです。
絶対に。

歩いていても同じです。
ビルのトイレに入りますよね。
トイレに左折して入ってから、
出るときに左折して戻ろうとしますから。

あれ?

エレベーターがあったはずの場所にない!
迷った!

ってなりますから(爆死)。

ある時期私は、
自分の方向音痴は、
逆に方向感覚の手がかりになるのでは?
と思ったことがあります。

私は頭がいいのです。

右または左という、
二択問題を、
私は99%の確率で間違えることができる。
ということは、
自分の直感と逆を選べば、
99%正しいということではないか!!

天才だ!

俺は天才だぁぁぁぁあぁ!

、、、で、やってみたんですよ。

自分の直感は明らかに右に曲がれと言っている。
ということは、、、
左が正解だぁあぁぁあぁ!!

みたか方向音痴よ!

ざまぁみろ!

オレの知性のほうがお前より一枚上だ!!

いつまでもお前の思い通りになると思うな!!

、、、2分後、、、

「どこだ?ここは?」

もうね、とんでもないところに連れて行かれるわけですよ。
手がかりすらない。

道を間違ったときの修正も面倒です。
左折して「間違った」と気づきますよね。
ふつうはUターンしたら右を選びなおしたことになるのですが、
私の場合、もういちどさっきの交差点に戻って選び直さなきゃ、
選んだことにならないんですよ。

たぶん、私はもともと一次元空間の生き物で、
それが間違って三次元空間に迷い込んだのでは、
と推理しています。
一次元空間には「進む」と「戻る」しかありませんから。
右とか左という概念はない。
あるいは五次元空間にいる、
方向音痴というモンスターに、
私はつけねらわれているのかもしれない。

私が選んだ道に、
時空の穴があいて、
いつも間違った場所に連れて行かれているのかもしれない。

いずれにしても、
「あー、迷うだろうな」
と思って、やっぱり迷ったときは思います。
F●●K!って笑。
放送禁止用語を心のなかで叫びますね笑。


2.役所などの書類記入

役所の書式あるじゃないですか。
印画紙になっていて、
「記入例」のところに、
「○○太郎」みたいな感じで書いてあって、、、
っていうやつ。

もうあれが、発狂しそうに苦手ですね。
絶対に1回では成功しません。
書き損じたり書き足りなかったり、
書くことをまちがえたり、
用紙を破ってしまったり、
8割書き上げたところで、
そもそも用紙が違っていることに気づいたりした挙げ句、
だいたい毎回、5回ぐらい書き直します。

数式を観ると吐き気を催す、
っていうぐらい数学苦手な人って、
たぶんこういう気持ちなんだろうな、って思います。

この書式を書けば税金が控除されて、
3万円還付される、
って言われても、
ちょっと迷いますもん。

書式を埋めることで受ける脳のダメージと、
3万円を天秤にかけて、、、
3万円ぐらい「くれてやりたくなる」ぐらい、
私はあの手の書式が嫌いです。

ガラスをツメでひっかいて、
「キーッ」てなる音が、
めちゃくちゃ嫌いな人いるじゃないですか。

あの書類を書く時間というのは、
私にとってはずーっと、
あの音が嫌いな人にとって、
あの音が鳴り響く部屋に居続けるぐらい苦痛です。
拷問といっても良い。

まぁ、還付の書類、
書きますけど。

、、、書くんかい!

だって3万円は大きい。
比較的貧乏なので。

でも2千円だったらマジで悩みます。
その後にストレスで体調崩して病院にいったら、
治療費と私が仕事できないという「機会費用の損失」により、
余裕で1万円超えてきますから。ダメージが。


3.書類などの保管・管理

先ほどと似ていますがちょっと違う。
たとえば健康保険の税控除のための証明書、
みたいなやつが役所から送られてきたり、
「何かしら重要な書類」って、
なんかいっぱいあるじゃないですか。

あれが、
「重要なものから順番に」
なくなっていくんですよね笑。

選択的に捨てているつもりはありません。
「重要なやつだな」と思った瞬間には、
ちゃんとしかるべきジップロックに入れて、
みたいなことは一応するんです。

なのに。

なのにです。

そのジップロックから順番に、
私の視界と記憶から選択的に消えていくのです。
英語でこういったのを
「ドキュメンテーションが苦手」というのですが、
とにかく死ぬほど苦手なのです。

これは小学生のころからそうで、
私のランドセルにはいつも、
親に見せたり、自分が何か書いて提出したりする書類や、
通信簿や、健康診断関係の結果の書類、
それから各教科の宿題のプリント、
帰ってきたテストの答案、、、
といったものが、
「堆肥」のように10センチぐらいの層を作っていました。

くしゃくしゃになって。

だから私のランドセルは、
「底上げ」なのです。
シークレットブーツならぬ、
シークレットランドセルです。
教科書をその上から押し込みますから、
他の子のランドセルよりもやたらと「長い」。

もちろん年に何回も各方面から怒られるのですが、
できないんだからしゃーない。
別に最初から投げていたわけではないのです。
今だから分かるけど。
何らかの発達障害があるのでしょうね。
努力しても出来ない事って、
人間にはいくつかあるものなのです。
方向音痴もそうです。
私は小学校3年まで、
自分が毎日通う学校の中でときどき迷ってましたから笑。

私にとって書類を把握したり整理したり保管したりというのは、
運動神経悪い人にバク転しろといってるようなものなのです。
できるわけない。
今になると分かります。
人間、できないものはできないのです。

別に威張って言うことでもないけど笑。

、、、私の母は怒りながらも半ば諦めていましたから、
私の学校関係の連絡や知るべきことは、
私ではなく、私の姉と弟から情報収集していました。

でも年に何回か、
私が持っているはずの重要書類を、
母が学校宛てに持って行かなきゃいけない。
みたいなシーンが訪れます。

そうすると私はランドセルの中の「堆肥」をほじくって、
考古学者のように「地層」を探します。
今が3学期だとして、
必要なのは2学期の書類だから、
「白亜紀」「ジュラ紀」とかでいうと、
「ジュラ紀」あたりか、、
と、10センチの厚みのある、
くしゃくしゃになった紙の塊の、
下から3センチぐらいのところを広げていきます。

そうするとたいてい、
昔のテストの答案、
自分が描いたキン肉マンの絵、
学級通信、
なぜか自分じゃない人のテストの答案、
そんなものばかり出てきて、
肝心のやつ「だけ」なくなっています。

そういうときは本当に自分が嫌になりますね。
「マジでお前死ねや!」
「F●●K!!」と思います。

もはや放送禁止用語でしかお前のことを表せない、と。

大人になった今、
それは変わったのか?
変わってないんだなそれが。
プリントの堆肥はさすがになくなりましたが、
本質的に起きていることは変わっていません。

なくなってはいけないやつだけがなくなり、
なくなってもいいやつはいつまでも残ります。
第一コリントの言葉みたいになっちゃった。
「こういうわけでいつまでも残るのは、
 なくなってもいいプリントです。」

、、、で、
最近になって、やっと思うのですよね。
多分私の上記のような「極端な短所」というのは、
「極端な長所」の裏側なんではないかと。

私がもし方向音痴でなく、
文書をきちっと書くことが出来、
書類をちゃんと保管しておけるような人間だったら、
私は多分論理的思考力や抽象思考、
数学的分析力や集中力、
そういったものも「凡庸」だったのではないかと。

小学校のころ私は歩きながら、
いつも「脳内で足し算」をしていました。
1足す1は2、2足す2は4、、、
っていって、
10万ぐらいの桁まで、
脳内でやっていた。
それが楽しかったので。

なので、私の脳にはプリントだとか方角の概念が、
入る余地がなかったのです。

今も本質的には変わっていません。
電車に乗りながら、
「ヘーゲル弁証法」について考えていて、
駅を乗り過ごすなんてしょっちゅうです。
「ここは、どこだ?」

脳というのは「トレードオフ」だと思うんですよ。
だから「F●●K」としか思えない私の短所も
今はいとおしい気持ちでいっぱいです。

、、、どんなフォローだよ、っていうね。


終わり。

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