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陣内が先週読んだ本 2019年4月4日〜5月8日 『知性は死なない』他

2019.10.22 Tuesday

第91号   2019年5月14日配信号

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
■2 陣内が先週読んだ本 
期間:2019年 4月4日〜5月8日
::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::

先週私が読んだ本(読み終わった本)を紹介していきます。
一週間に一冊も本を読まない、
ということは、病気で文字が読めなかった数ヶ月を除くと、
ここ数年あまり記憶にないですから、
このコーナーは、当メルマガの
レギュラーコーナー的にしていきたいと思っています。
何も読まなかった、という週は、、、
まぁ、そのとき考えます笑。

ただ紹介するのも面白みがないので、
twitterに準じて、
140文字で「ブリーフィング」します。
「超要約」ですね。
(どうしても140字を超えちゃうこともあります。
 140文字はあくまで「努力目標」と捉えてください笑。)

忙しい皆さんになり代わって、
私が読んだ本の内容を圧縮して紹介できればと思います。
ここで紹介した本や著者、テーマなどについて、
Q&Aコーナーにて質問くださったりしたら、
とても嬉しいです。


●神の傷みの進学

読了した日:2019年4月6日
読んだ方法:図書館で借りる

著者:北森嘉蔵
出版年:1980年
出版社:講談社

リンク:
https://goo.gl/NqG3id

▼140文字ブリーフィング:

これはずっと読みたかった本です。
国内外を問わず、20世紀以降の神学書に、
かなり頻度で引用されている、
日本の神学者による著作です。

インドの被差別民の解放のために尽力している、
ラムスラット氏という方を、
FVIは資金的に支援してきました。

▼参考リンク:FVIのプログラム
http://karashi.net/project/world/program_02/report/2016.html

先月インドに行った目的のひとつが、
このラムスラットさんと話すことだったので、
彼らの働きの神学的な支柱と、
きっと北森架蔵は関係があるに違いない、
という予感がしたため、
「予習」のために読みました。

、、、結果、
北森架蔵の話しをするのは忘れちゃったんですけど笑。
でも、去年読んだ栗林さんの「荊冠の神学」の話しはしました。
いずれにしても、これらの話しはかなり文脈的に共通するので、
予習しておいたことで深い話しが出来たと思います。

著者はエレミヤ書31章20節の「はらわたが痛む」、
という御言葉からインスパイアされて、
ギリシャ的な「痛まない神」から
非西洋的な「傷む神」への転回を計ります。
時を同じくして20世紀最大の神学者のひとり、
ドイツのユルゲン・モルトマンが
「十字架のうえの神」で「傷む神」を提示し、
当該書(十字架の上の神)で北森氏の本書に言及しています。

私たちが「(正統な)神学」というときそれは、
西洋キリスト教神学のことを指します。
神学校で学ぶのもこっちですね。
ただ、「正統的である」ということと、
それが本当に正しいと言うことは別のことです。
そもそも「真理は生成的」だ、
というヘブル的な観点に立てば、
「正統的」という言及自体が「そこで止まってしまう」、
という静的(スタティック)なイメージを含むため、
真理を言い表せていないことになる。

真理はもっとダイナミックなものです。
モルトマンや北森はそのへんをよく分かってるから、
西洋キリスト教神学にもアキレス腱がある、
という前提で話しを始めるわけです。

そのアキレス腱とは、
「ギリシャ的なるもの」です。
ギリシャ的なものというのは、
「概念化」とか「分析」を得意とする一方、
言葉にならない形容しがたい何かや、
分類不能なものを分類不能なまま扱う、
といった概念操作は苦手です。

そうするとどうなるか?

「神は完全である」という、
「定理(!)」をギリシャ的なものは好むのです。
そうするとそこから、
「神は間違わない」
「神はすべてを知っている」
「神に出来ないことはない」
などの概念が「演繹(!)」されます。

その中に、「神は苦しまない(痛まない)」
が入っています。

でも、それって本当なんだろうか?

ということを、
モルトマンや北森は言っているのです。
聖書をギリシャ的に読めばそうかもしれないけど、
非ギリシャ的に読むならば、
ちょっと違うんじゃないの?

ってことです。

引用しますね。

→P203〜204 
〈ギリシャ人の思惟を通過せずしては、
三位一体の真理は決して現に見るごとき
完全な明確さを獲得することは出来なかったであろう。
我々もまたこのことを感謝しつつこの真理に従い歩まねばならぬ。

しかしギリシャ的思惟はこの積極的意義と同時に、
一つの制限を持っていることも否定しがたいところである。
既に述べたごとく、
「本質」としての神はその性格において、
聖書に示される神の真実の姿から一つの決定的なるものを見失っている。
エレミヤが見た痛みにおける神の姿こそ、
その決定的なるものである。
今日の我々の任務は、
ギリシャ・ローマ的教会の真理に従い歩みつつ、
しかもそれが見失っていた聖書の真理を再び回復することによって、
その立場を一歩発展せしめることである。〉


、、、こういう話しをすると、
「そうだ、キリスト教神学なんてクソだ!」
「神学校さえ消えてなくなればキリスト教会は良くなる!」
みたいな結論に飛びつく人がいますが、
それは早計というものです。

さらに言えば「あさはか」ですし、
もっと言えば教養に欠き、不遜ですらある。
その路線で行くと、必ず失敗します。
歴史から学ばない愚者は失敗を繰り返しますから。

アイザック・ニュートンが言ったように、
私たちはみな、「巨人の肩」に載っているのです。
そして「巨人」とは2000年間の神学の歩みのことです。
私たちはその恩恵に感謝しつつ、
それを「一歩でも、1ミリでも」発展させる、
という態度が必要なのです。
(1,796文字)



●知性は死なない 平成の鬱をこえて

読了した日:2019年4月13日
読んだ方法:札幌のブックオフで購入(889円)

著者:與那覇潤
出版年:2018年
出版社:文藝春秋

リンク:
https://amzn.to/2U6o988

▼140文字ブリーフィング:

これはインドで読みました。
YouTube放送でも語ったのですが、
この本はもう、めちゃくちゃ面白かったです。
インドにいた3週間の中の、
「思い出ランキング」を作ったら、
「昼ごろに来る」、と言ってた人が、
19時まで来なかった7時間の間、
仕方ないから部屋でこの本を、
夢中で読んだことがベスト3に入ってくると思います笑。

日本でやれや、っていうね笑。

この本は札幌のブックオフで偶然出会った本です。
與那覇潤という著者のことは、
以前読んだ本で知ってて、
同世代の若手の論客、
ということでシンパシーを抱いていました。

ブックオフでこの本を手に取ると、
何とこの人、私がうつ病療養していた時期と、
1年ぐらい遅れて、ちょうど同じ期間、
うつ病を患って大学の職も失っていたのです。
本作はその「復帰作」です。

もうね、私自身の自叙伝を読んでいるごとく、
いちいちすべてのことに共感出来、
そして私もまだ言語化できていなかったようなことを、
見事に言語化してくれていて、
なんていうか、
「読んだ後に見える風景が変わる本」でした。

自分の病気と、
「平成」という時代が抱える行きづらさ、
そして思想的行き詰まりをパラレルに描き、
そこから「ナラティブの改変」によって抜け出した著者は、
新しい時代の新しいナラティブ(思想)について提案するようになります。

イタリアの精神科医の言葉に、
「Recovery is Discovery」という言葉があって、
私はこの言葉が好きです。
「回復は発見である」というような意味で、
精神疾患から「回復する」というのは
「もとの状態に戻る」ことじゃない、
ってこの人は言ってるのです。
そうじゃなくて、
せっかく病気になったのだから、
そこから何かを発見して、
新しい風景が見えるようになる。
新しい風景から見た時に、
もはや病気は障害ではなくなっていて、
問題は問題ではなくなっている、
というような「弁証法」の過程を、
このイタリアの精神科医の言葉は表しているわけです。

與那覇さんの著書『知性は死なない』は、
その弁証法的プロセスを、
まさに見事に言語化していて、
私は自分自身の活動と照らし合わせるとき、
もはや彼を他人とは思えなくなりました。
「同志」とか「兄弟」のように感じています。
一度も会ったことないけど笑。

でも病って人をつなげるんです。
同じ病を患った人って、
ときには家族以上に親しく感じます。
もちろん例外もあるけれど。
これは病気になった人だけが分かってくれる感覚だと思いますが、
そういうのって、確かにあります。
「あの苦しみのことを知ってる人としか、
 話したくない」という時期が、
病気の時はありますから。
病気を経た後もそうです。
「友よ!あの苦しみを知っているのか!」
というやつです。

これってたとえば、
「お前もノルマンディー上陸作戦にいたのか!」とか、
「あなたもあのレイテ島で戦っていたのですね!」
というような連帯に近い。
肉親ですらその感情的繋がりを理解出来ない。
「同じ地獄を共有した者同士」の連帯は、
それほどに特別なのです。

さっきからまったく本書の内容に触れていませんが笑、
あまりにも読書メモの分量が多いので、
いつか「本のカフェ・ラテ」で詳説しようかなぁ、
と思っています。

ちょっとだけ引用しますね。

→P26 
〈うつ病を始めとする精神の病を患った人は、
どなたも自分自身の「世界観」が
打ち砕かれてしまう体験をされたと思います。
いままであたりまえに出来ていたことが、できない。
自分がずっと信じてきたものが、信じられない。〉

→P14〜15 
〈知識人とされる人には往々にして
「世の中は移り変わるけれども、知性は変わらない」
という信仰があります。
知性を不動の価値基準として固定した上で、
目の前を移ろう諸現象の「問題点」や「限界」に筆誅を加える。
そうしたスタンスを取りがちなのです。

しかし知性の方こそが、
うつろいやすく限界付けられたものだとしたらどうか。
そのような観点に立たなければ、
日本のみならず世界的な、
知性の退潮を正しく分析できないのではないか。

いちどは知的能力そのものを完全に失い、
日常会話すら不自由になる体験をした私が、
そのような思考の転回を経験することで、
もういちどものごとを分析し語ることが出来るようになった。
その意味では本書もまた闘病記ではありますが、
それはけっして、読者の同情を惹くことが目的ではありません。

読んで下さる皆さんにお願いしたいのは、
本書を感情的に没入するための書物に、
してほしくないということ。
むしろ、ご自身がお持ちの知性を
「再起動」するためのきっかけにしてほしいと、
つよく願っています。

なぜなら、知性は移ろうかもしれないけれども、
病によってすら殺すことは出来ない。
知性は死なないのだから。〉


、、、著者は、平成を「知性が退潮した時代」と定義しています。
「反知性主義」や「ポスト真実」、フィエクニュースや、
公開集団リンチの場と化したSNSやワイドショーを見れば、
それは同意できます。

では、「知識には可能性がない」という時代は、
いったいどんな未来につながっていくのか?
歴史を見るとそのような時代の先には、
地獄が広がっていることが分かります。
端的にいって現代の世界は危機的状況にあり、
それは「知性の退潮・衰退」と関係がある。
思想家の東浩紀が「批評は終わったか?いや終わってない」
みたいなことをずっと言い続けているのって、
そのあたりの危機感があるからです。

ところがいわゆる「知識人」以外の人にとっては、
東浩紀や與那覇潤のような危機感は共有されていない。
「あの人たちは何をテンパっているんだろう?」
という人のほうが大多数でしょう。
「結局経済なんだよ、バーカ」という、
負けた候補にビル・クリントン言い放った言葉が、
現代世界を支配している。

それこそがまさに「危機的状況」に含まれるわけですが、
また思考はそこでループしてしまい、、、
という自己言及の無限ループに陥る。

、、、で、
病気になる前の與那覇さんは、
東大卒の博士で大学の准教授でしたから、
知識人のひとりとして、
そのループをいかに抜け出すか、、、
みたいなことをやってたわけです。

ところが彼はうつ病に襲われた。
それによって「知性」が根幹から蝕まれ、
機能不全になる経験をした。
病のどん底で入院をし、
「同じく何も出来なくなった同病者たち」
と話し関わるなかで、
「そもそも知性の定義とは、、、」
というものが変わってくるわけです。

それはまさに、「世界観の改変」でした。
上から見ていたジオラマ地図を、
横から見るようになる、みたいな感じです。
別の風景が見えてくるわけです。

そこから見た時に、
「知性は死んだ。
でも知性は死なない。」
という、「弁証法的に止揚された希望」
が語られるのが本書です。

ヤバいですよ、この本。
オススメです。
(2,685文字)



●FACTFULNESS ファクトフルネス

読了した日:2019年4月5日
読んだ方法:図書館で借りる

著者:ハンス・ロズリング他
出版年:2019年
出版社:日経BP社

リンク:
https://goo.gl/Y6eh99

▼140文字ブリーフィング:

けっこう話題になっている本です。
本屋にも平積みされてるんじゃないかな。
この本を読むと、
2019年の私たちは、
世界の実像に関する知識が、
1990年ぐらいからアップデートされていないことが分かります。
著者が独自に作ったテストによると、
「どれぐらい分かってないか」の度合いは、
職業や学歴やその人の知性とまったく関係なかったそうです。

高卒の工場労働者も、
ハーバード卒のエリートも、
シリコンバレーの億万長者も、
田舎の主婦も、
そして(最も深刻なことに)最先端のジャーナリストまでも、
全員が、「世界の実像を把握していない」
ということを本書は実証していきます。

なぜそういうことが起きるのか?

それは世界のあまりにも急激な変化と、
私たちがもついくつかの認知的バイアスによる、
というのが著者の主張です。

私たちはWindows10とiPhoneの世界に生きているのに、
多くの人のOSはWindows95と固定電話の世界に生きているわけです。
これはヤバいでしょ。

文字数制限に近づいてきましたので、
一つの例だけを挙げます。
この本、面白いですよ。

→P42〜44 
〈低所得国と高所得国のあいだには分断があると思われているが、
実際に分断はなく、代わりに中所得国がある。
そこには、人類の75%が暮らしている。

中所得の国と高所得の国を合わせると、
人類の91%になる。
そのほとんどはグローバル市場に取り込まれ、
徐々に満足いく暮らしが出来るようになっている。
人道主義者にとっては喜ばしいことだし、
グローバル企業にとってもきわめて重要な事実だ。

世界には50億人の見込み客がいる。
生活水準が上がるにつれ、シャンプー、バイク、
生理用ナプキン、スマートフォンなどの購買意欲も高まっている。
そういう人たちを「貧困層」だと思い込んでいる内は、
ビジネスチャンスに気づけないだろう。

わたしはよく講演の中で、
「途上国」という言葉を使うべきでないと唱えている。

だから、話しの後で、
「では、わたしたちはあの人たちを何と呼ぶべきですか?」
と聞かれることが多い。
しかしよく考えてみると、この質問も勘違いの一つだ。
「わたしたち」と「あの人たち」という言葉を使うこと自体が間違っている。

まず、世界を2つに分けることはやめよう。
もはやそうする意味はない。
世界を正しく理解するためにも、
ビジネスチャンスを見つけるのにも、
支援すべき貧しい人々を見つけるのにも役に立たない。〉


、、、「世界人口の91%は中所得か高所得国に住んでいる」
といったことを問う、
回答の簡単な3択のクイズを著者は考案しました。
全部で13問あるのですが、
OECD諸国のどの国で調査しても、
平均回答率は3割を切ります。
3択問題で3割を切る、
というのはランダムに選ぶ、
チンパンジーよりも正答率が低いと言うことです。

さらに深刻なことに、
問いの種類によっては、
教育レベルが高ければ高いほど、
正答率が下がるものもありました。
これはメディアと教育に、
何か深刻な問題があると考えなければならない。

「世界は、じっさいにどうなっているのか」
という現状認識が誤った状態で何かをするのは、
それがビジネスでも人道支援でも宣教活動でも、
「間違った地図で目的地を目指している」
というようなものですので、
先行きは暗いと言わざるを得ない。
その意味でこの本はすべての人の必読書と言えるでしょう。
(1374文字)



●有名人になるということ

読了した日:2019年5月5日
読んだ方法:図書館で借りる

著者:勝間和代
出版年:2012年
出版社:ディスカバー・トゥエンティワン

リンク:
https://bre.is/gT10Hz0Mn6

▼140文字ブリーフィング:

勝間和代さんの本、久しぶりに読みました。
「意識高い感じ」が苦手で、
この10年ぐらい遠ざかっていたのですが笑、
あるYouTubeをラジオ代わりに聞いていて、
この本が絶賛されていたので興味を持ち。

「案外」(というと失礼ですが笑)、
まともなことが書いてありました。
彼女は印税の20%を慈善団体に寄付する、
「Chabo」というプロジェクトを主宰していることを見ても、
社会的弱者への共感が彼女の原動力であることが分かります。
最近彼女が自分が性的マイノリティであることを、
カミングアウトしたことで私は、
「なるほどなぁ」と思いました。

実はこの人「意識高い系の教祖」みたいに言われますが、
それはまさにマスコミの貼ったレッテルであり、
そのレッテルを引き受けて自分をキャラ化する、
ということも含めて、彼女の「有名人戦略」のひとつだと、
この本を読むと分かります。

実はこの人、志が高いひとです。
「意識高い系」とは一線を画する。

「有名になること自体を目的とするのは
お金持ちになること自体を目的とするのと同じで、
やめた方が良い。」と彼女は語ります。

「○○を達成するために有名になる」
「○○を達成するために金持ちになる」
という、より高次の目的がないと、
その先にあるのは破滅だと彼女は経験から語ります。
では勝間氏の場合それは何か?

「それによって社会に貢献すること」が、
勝間氏の「より高次の目的」と語ります。

、、、この手のことを掲げる人って、
「それを言う自分の理念に酔っちゃってる」
感じの人も散見されるのですが、
彼女の場合じっさいにChaboというプロジェクトで、
慈善団体に寄付したり、自分の社員を厚遇したりという、
じっさいに行動しているところから語っている。
「まだまだ全然出来てないんですけどね」
という、じっさいやってる人ならではの発言もある。

私の中で、勝間和代さんが、
「ネタ」の対象から、
尊敬に変わりました。

ちなみにこの本で勝間さんは、
有名になることのメリットを「1つ」と、
デメリットを100個ぐらい挙げています。
メリットはちなみに「お金」ではありません。
これを読んで私は絶対に無理だと思いました。
無理無理無理、、、て笑。
自分には向きません。
生活と人格が破綻をきたすと思いますので。
(926文字)



●上を向いてアルコール

読了した日:2019年5月8日
読んだ方法:図書館で借りる

著者:小田嶋隆
出版年:2018年
出版社:ミシマ社

リンク:
https://bre.is/-QXfXcCv0

▼140文字ブリーフィング:

小田嶋隆さんは好きなコラムニストです。
彼が「たまむすび」というラジオ番組で、
週に一回コメンテーター(15分ほど)をしているのですが、
それを「ラジコ」というアプリで聴くのが、
ちょっとした習慣になっています。

彼はいろんな本で、
「若い頃アルコール依存症だった」
という告白をしているのですが、
このようにそれをテーマとして書くのは、
今回が初めてなのだそう。
禁酒して20年が過ぎて、
やっと「語れる」ようになった、
というほどの経験だったのです。

アルコール依存症の告白を聴きながら、
「中動態の世界」という本を思い出しました。
依存症という状態は実は、
「関係の病」であり「物語(ナラティブ)の病」
なんですよね。
「個人の意志」を主戦場としている限りは、
絶対にそこから抜け出すことが出来ない。

だからAA(アルコホリック・アノニマス)の、
「宣言」の最初に、
「私たちは自分ではこの問題を解決できないことを認める」
という重要な告白が登場するのです。

彼が本書の終盤で、
「アルコール依存症の元当事者の観点から、
 アルコール依存とスマホ依存は非常によく似ている」
ということを指摘していて、
そこが面白かったので、
多少長いのですが引用します。


→P196〜197 
〈SNSなんかはおそらく、
肝臓だとかそういうことじゃなくて、
ある年齢より若い世代の、
基本的な生活習慣であるとか、
世界観であるとかいった、
人間の脳みその根本のOSにあたる部分を蝕んでいる気がしますね。
そのできあがり方は、
きっとアルコールがアル中さんの脳内に
アルコール専用の回路を作る過程に似ていると思います。

コミュニケーションは、
アルコールみたいにボトルに入った実態として目に見えないので、
自分が依存しているっていうことにわりと気づきにくいと思うんだけど、
私なんか間違いなく依存してますよ。
PCだったりスマホだったりをウチに忘れて
一日過ごすときのあの心細さっているのは、
酒浸りだった時代に、
アルコールを摂取できずにいたときのあのなんとも言えない焦燥感と、
実感としてはほとんど同じだったりします。

だって丸二日スマホなりPCなりから遮断されると、
実務上の不便とは別の次元で、
パンツをはいてないみたいな心細さを感じるじゃないですか。
あれは依存です。〉


→P198〜199 
〈電車の中でみんながスマホを見ているのを見てもわかるように、
われわれは、何かあるわけじゃないんだけど、
ちょっとした細かい空き時間に見る先がないと
落ち着かないという段階に達しています。
(中略)
まあ、依存とはいっても肝臓壊すわけじゃないから、
ある程度自分自身の依存との付き合い方を心得ていれば、
やってやれないこともない人生だとは思うんですよ。
私の場合なんかは。
でも、子どもなんかだとヤバいと思いますね。

ひとりでいる時間、
たとえば電車でおよそ景色を見なくなる。
景色を見る必要があるのかって真面目に問われると、
実のところそんな必要はないかもしれないんですけど、
でもそういう一分二分の空き時間の過ごし方が
スマホを見る以外に選択不能になっていくことの問題って、
お酒飲んじゃった人間が、
お酒に全部余暇を奪われちゃうっていうことと近い気がするんですね、
経験上。

酒の場合、身体を壊すとかみたいなことももちろんあるんだけど、
働いていない時間の全てを酒に吸い取られる、
という部分が、実は最も大きい損害なんですね。
とすると、それは実はスマホでも同じ事だったりします。
肝臓は壊さないでも、
脳がゆっくり壊されるんだとしたら、
そりゃやっぱりヤバいだろ、ってことです。〉


→P202〜203 
〈年季の入った酒飲みが毎度おなじみの酩酊状態に到達すると、
ひとつの、なんというんだろう、ロボットみたいなものになります。
すると、架空人格みたいなものが自分に降りてきて、
そいつに任せればいいみたいな状態になる。
で、自分という主体を取っ払ったところで
暮らした方が本人にとっても楽なわけで、
だからこそ彼らは酒を飲むわけです。

してみると、何かに依存するって事は、
自分自身であり続けることの重荷から逃れようとすることで、
逃避という行為自体はスマホでもお酒でもそんなに変わらないんですね。

まあ、スマホ依存って言い方をしてスマホの悪口を言うと、
「ああ、また老害の親父がなんか言ってる」って、
どうせそんなふううに思われるでしょうけど。
でも、これはスマホの問題じゃなくて
コミュニケーションの問題ですからね。〉


、、、私からは何のコメントもありません。
小田嶋さんの言うとおりだと思います。
ただ、
「酒を楽しんでいる人がすべてアルコール依存症じゃない」
のと同じように、
「スマホをいじっている人がすべてスマホ依存ではない」
わけです。

その「境界線」はどのあたりにあるのか?
スマホを家に忘れると、
西野カナぐらいに震える、
ということであれば、
それはアルコール依存症者の手の震えと、
同じ震えかもしれないってことは確かです笑。

例によって、
あとは各自で考えて下さい。
(2,030文字)



▼▼▼リコメンド本「今週の一冊」▼▼▼

ご紹介した本の中から、
「いちばんオススメだったのは?」という基準でリコメンドします。
「いちばん優れていた本」というよりも、
「いちばんインパクトの大きかった本」という選考基準です。
皆さんの書籍選びの参考にしていただけたら幸いです。


▼今週の一冊:知性は死なない 平成の鬱をこえて

コメント:

「神の傷みの神学」
「FACTFULLNESS」の2冊も、
相当に面白かったのですが、
今回はこれですね。

本当に面白かった。
私が病気療養から復帰して、
最初に教会でしたメッセージのタイトルが、
「魂の夜を越えて」でした。
私の体験と著者の経験は、
あまりにも符号しすぎていて、
何か「人間を越えた計画」みたいなものすら感じました。



▼▼▼部門賞▼▼▼

ご紹介した書籍の中から、
陣内の独断と偏見で、
「○○賞」という形で、
特筆すべき本をピックアップします。
こちらも何かのご参考にしてくだされば幸いです。

▼「ファクトフル賞」
『FACTFULNESS』

コメント:

これは素晴らしい本でした。
あとがきを読むと、
本書の著者が本書執筆中に亡くなっていることが分かります。
この本は著者と子どもたちの合作です。
素晴らしいプレゼントを世界に残してくれた著者に、
感謝を表したいと思います。

→P338 
〈『ファクトフルネス』の著者、
ハンス・ロスリングは医師であり、
公衆衛生の専門家であり、
またTEDトークの人気スピーカーでもあります。
 (中略)
ハンスはスウェーデンのウプサラに生まれ、
母国スウェーデンとインドで医学を学び、医師になりました。
その後モザンビークのナカラで医師として働き、
貧しい人々の間で流行していた神経病の原因を突き止めます。
この病気がコンゾです。
この本にも当時の経験のいくつかが描かれています。
その後、スウェーデンに戻って
カロリンスカ医科大学で研究と教育に励みました。
この頃から、人々の知識不足と闘うことが
ハンスの人生の使命となったのです。
以来、世界の舞台で
「事実に基づく世界の見方」を広めることに尽力してきました。
残念なことに、ハンスはこの本の完成を待たずして
この世を去ってしまいました。
 (中略)
ハンスはあるとき、
人々がとんでもなく世界を誤解していることに気づきます。
教育レベルの高い人も、
世界中を飛び回っているビジネスマンも、
またノーベル賞受賞者でさえ、
事実に基づいて(ファクトフルに)世界を見ることができていないのです。
なぜでしょう?
その理由は、誰もが持っている「分断本能」
「ネガティブ本能」「パターン化本能」「焦り本能」
など10の本能にありました。
この10の本能を抑えなければ、
事実に基づいて正しく世界を見ることができません。
いまある世界を正しく認識できなければ、
社会問題を解決することも、
未来を予測することも、
危機に対応することも出来ないでしょう。〉

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