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陣内が先月観た映画2019年10月 『ジョーカー』他

2020.03.10 Tuesday

第112号  2019年11月5日配信号

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
■2 陣内が先月観た映画 2019年10月

月に一度のお楽しみ、
「陣内が先月観た映画」のコーナー。

タイトルそのまんまの企画です。
先月私がいろんなかたちで観た映画を、
一挙に紹介しちゃうというコーナー。

5本以上観た月だけの限定コーナーとなります。
先月はけっこう観たので、
けっこう紹介できます。

もともと映画を観るほうではありますが、
Amazonプライムのストリーミングで観るようになって、
観る本数が3倍ぐらいに増加しました。
移動中に観れるというのが大きいです。
電車の中やバスの中で本を読むのは少し疲れますが、
映画はノーストレスです。
長時間移動がある月なんかは、
往復の移動だけで4、5本観れたりします。

観るだけではもったいないので、
皆様に紹介しちゃおう、
というのがこのコーナー。

世界一小規模の映画賞、
「月間陣内アカデミー賞」もやります(笑)。

「おもしろそうだな」と思うやつがあったら、
それをレンタルして観てみる、とか、
あとこれを読んで、観たつもりになって、
誰かに知ったかぶりする(笑)などの
使い方をしていただければ、これ幸いです。

「陣内が先週読んだ本」の
140文字ブリーフィングが好評なので、
映画評論も140文字で試みます。

時短は正義(!)ですから笑。

「読んだ本」コーナーと同じで、
140文字はあくまで「努力目標」です。

*どうしても「ネタバレ」要素をいくらか含みますので、
絶対にネタバレしたくない作品がありましたら、
器用に読み飛ばしてくだされば幸いです。
:::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::

●福福荘の福ちゃん

鑑賞した日:2019年10月20日
鑑賞した方法:Amazonプライム特典(途中早送り)

監督:藤田容介
主演:大島美幸(森三中)、水川あさみ
公開年・国:2014年(日本)
リンク:
https://bre.is/xFdUQBZp

▼140文字ブリーフィング:

この映画は酷かったです。
純粋に時間を浪費しました。
なんかのレビューで「面白い」っていうのを、
読んだか聴いたかした記憶があったので、
「面白くなるかなぁ」と思いながら、
1時間経過しても面白くならないというね笑。
たぶんあのレビューも、
じつは記憶違いだったのかもしれません。
そんなレビュー観たことなかったのかも笑。
(153文字)



●イーストサイド寿司

鑑賞した日:2019年10月10日
鑑賞した方法:Amazonプライム特典

監督:アンソニー・ルセロ
主演:ダイアナ・トレス
公開年・国:2015年(アメリカ)
リンク:
https://bre.is/8xAqkDJB

▼140文字ブリーフィング:

非常に低予算なインディペンデント映画なのですが、
良く出来ています。
なんかの賞も受賞しているらしいし(適当)。

カリフォルニアに住むメキシコ人シングルマザーのファナが、
屋台で強盗に遭ったことをきっかけに転職し、
寿司職人を目指す、というのが筋書きです。

最後は「アイアンシェフ(料理の鉄人)」
みたいな展開になっていきます。
低予算ながら丁寧に作られている佳作でした。
こういった映画のポイントは、
料理のクオリティなのですが、
この映画は明らかに日本人が監修に入っていて、
好感が持てました。
(233文字)



●アラジン

鑑賞した日:2019年10月17日
鑑賞した方法:Amazonビデオでレンタル(399円)

監督:ガイ・リッチー
主演:ウィル・スミス、メナ・マスード、ナオミ・スコット
公開年・国:2019年(アメリカ)
リンク:
https://bre.is/mZkpK9Uo

▼140文字ブリーフィング

実は「アラジン」のアニメ版を私は見てないのですよね。
なので「ホール・ニュー・ワールド」という、
100人中95人が聴いたことあるディズニーの名曲が、
アラジンのものだとこの実写版で知りました。
ディズニー好きな人からすると、
たぶん言語道断なんでしょうけど。

あと、アラジンって、
原作が「千一夜物語」なんですね。
それも知らなかった。
千一夜物語、いつか読みたいんですよね。
「世界の古典」で必ず出てくるから、
いつか押さえておきたい。

「壺をこすったら魔神が出てくる話」
っていうことだけは知ってる、
ぐらいの予備知識で見たので新鮮でした。

でも今回の実写版って、
かなり大胆なリメイクをしているらしく、
基本を押さえていないので、
これが良く出来たリメイクなのかどうか判断出来ない。
ドラえもんのアニメ一度も見てない人が、
CG版の「STAND BY ME ドラえもん」を見る感じです。
明らかに正しい見方ではない笑。

ウィル・スミスのジーニーが、
ラップで歌って踊るのとか、
全体がインド映画っぽくアレンジしているのが秀逸でした。
もとを知らないからこの評価もどうかと思うけど。
アレンジ効かせてるなぁ、っていうのだけは伝わってきた。
これは間違いない。

あと、この映画、
珍しく妻と一緒に見たのですが、
アニメ版を見ている妻に言わせると、
一番の違いはと「女性の地位」だと言ってました。
鋭い着眼点ですね。

ディズニーって時代を如実に反映するんですよね。
20世紀後半のディズニーって、
「お姫様が王子様を待ってる話」でしたが、
徐々に「女性の主体性」が際立ちます。
「アナと雪の女王」が大きなターニングポイントで、
あれに至っては、男性はほとんど、
「カレーの福神漬け」みたいなものですから。
まったくプレゼンス(存在感)がなくなっている。
あの「少しも寒くないわ!!」は、
世の中の女性たちの
「男なんていらないわ!!」
というカタルシスを歌ったから大ヒットした、
とある映画評論家が言っていました。
アラジンでも、
アニメ版は「お姫様物語」に近かったけど、
実写版は「女性が自分の道を発見する物語」になっています。
男はそれにちょっと色を添えるぐらいの役割しかない。
「ディズニーを見ると世相が分かる説」ですね。
(912文字)



●42 世界を変えた男

鑑賞した日:2019年10月25日
鑑賞した方法:Amazonビデオでレンタル(100円)

監督:ブライアン・ヘルゲランド
主演:チャドウィック・ボーズマン、ハリソン・フォード
公開年・国:2013年(アメリカ)
リンク:
https://bre.is/PmNu7YcE

▼140文字ブリーフィング:

メジャーリーグ初の黒人選手、
ジャッキー・ロビンソンの実話をもとにした映画です。
この映画はヤバかったですね。

現在、「背番号42番」は、
大リーグの全チームで、
永久欠番になっている唯一の背番号です。

知ってました?

私は知りませんでした。

その42番こそ、
ジャッキー・ロビンソンが、
ブルックリン・ドジャーズ(当時)で、
背負っていた背番号です。

あと、大リーグでは毎年、4月15日には、
すべての選手が42番を背負ってプレーするそうです。

知ってました?

私は知りませんでした。

4月15日はジャッキー・ロビンソンが、
メジャーリーグにデビューした日です。
彼を覚えて全選手が42番を背負ってプレーするのです。

▼参考記事:4月15日の大リーグ
https://www.baseballchannel.jp/mlb/31102/

50年前の当時、
「黒人が白人に混ざって野球をする」
というのは、それほど信じられないことだったのです。
日本でいうと、
両国国技館で、女性の力士がデビューする、
みたいな話なわけです。

いやいや、それほどじゃないだろう、
とおっしゃるかもしれませんが、
全然大げさじゃない。

それぐらい「黒人差別」っていうのは、
当時のアメリカには色濃く残っていたのです。
トイレも同じトイレを使っちゃいけないし、
ホテルも同じホテルに泊まれない。

彼のデビューはだから衝撃的で、
敵チームからは言うに及ばず、
味方チームからも様々な嫌がらせを受けます。
球団オーナーのところには、
毎日何十通もの「殺害予告」の手紙が届きます。

しかし、オーナーとジャッキーは戦いました。
暴力によってではなく、
良いプレーをすることによって。
翌年には2人の黒人が新たにプレーするようになります。

現在、メジャーリーグで有色人種がプレーする、
とういうのは当たり前のことですが、
ジャッキー・ロビンソンの先例があるから、
道が出来たわけです。

忘れてるかもしれませんが、
イチローもダルビッシュも野茂も、
「有色人種」ですからね。

彼らがのびのびと活躍できるのも、
偉大な「背番号42」がいたからです。

この映画は感動不可避です。
(868文字)



●ジョーカー

鑑賞した日:2019年10月30日
鑑賞した方法:TOHOシネマズ新宿にて鑑賞(1900円)

監督:トッド・フィリップス
主演:ホアキン・フェニックス、ロバート・デ・ニーロ他
公開年・国:2019年(アメリカ)
リンク:
http://wwws.warnerbros.co.jp/jokermovie/

▼140文字ブリーフィング:

いやー、観に行っちゃいましたよ。
『ジョーカー』を。

意味なく倒置法を使ってしまうぐらい、
この映画は凄かったですね。

本作は公開前から「問題作」で、
アメリカでは上映映画館に警察が派遣されたり、
銃乱射事件が起きた地域では、
公開が取りやめになったりしています。

なぜか?

それを理解するには、
『タクシードライバー』という、
マーティン・スコセッシ監督の、
アメリカンニューシネマを知る必要があります。

実はこの『ジョーカー』は、
2019年版の『タクシードライバー』
と言って良い作品なんです。

これは素人の憶測なんかじゃなく、
トッド・フィリップス監督は、
あからさまにタクシードライバーを
意識してこの作品を作っていることが、
随所に現れています。
じっさい『タクシードライバー』の主演は、
若き日のロバート・デ・ニーロですが、
本作でもロバート・デ・ニーロは非常に重要な役どころとなっており、
このキャスティングは完全に「確信犯的」です。

さて。

このスコセッシ監督の『タクシードライバー』とは、
いったいいかなる作品だったのか?

それは、低賃金労働者である、
タクシーの運転手をしている、
主人公トラヴィス(デ・ニーロ)が、
鬱屈した社会への怒りを爆発させるという話です。
最後に主人公は肉体改造をし、
銃撃の訓練をし、モヒカン頭になり、
大統領候補の狙撃を企て、、、
という話です。

この映画、何度見ても、
主人公トラヴィスの行動に一貫性がなく、
彼が何を考えているか分からないように作られています。
彼が「悪魔」なのか「天使」なのか分からない。

スコセッシ監督はカトリックの司祭を目指していた人で、
「映画を通して神学する」のが彼のライフワークです。
近年『沈黙』を映画化したのはまさにスコセッシ的です。
ではスコセッシは『タクシードライバー』で、
どう「神学」していたのか?

以下、私の私的な解釈になりますが解説します。

この映画はアメリカの振り子が新自由主義に振れる、
直前に作られています。
つまり「フラワームーブメント」とかが終わり、
80年代のレーガン・サッチャー時代に、
突入する手前のアメリカなんです。

新自由主義がアメリカに何をしたのか?
端的に「格差の拡大」がいつもあげられます。
レーガンの共和党は生活困窮者への社会保障を削り、
「小さな政府」を標榜する一方、
大金持ちや大企業を優遇しました。
それはアメリカ経済を加速させましたが、
「持てる者と持たざる者」の溝を大きく広げ、
「中流層というボリュームゾーン」を空洞化させました。

現代アメリカはこれをさらに加速化させた感じになっていますが、
この「潮流」の発端は80年代にあり、
レーガンはそれを推し進めた「アイコン」です。
レーガンが俳優出身で「非・教養人」であることも、
今のトランプ政権と毛色が似ていますね。
トランプもプロレスで有名になった人ですから。
(大統領になったレーガンは南米に複数国があることを知らず、
 外交旅行から戻ってから側近に、
 「南米って国がたくさんあるんだ、知ってたか?」
 ってもらした、というエピソードがあります。)

トラヴィスに話を戻しましょう。
トラヴィスって「持たざる者」の象徴なんですよ。
・収入は低い。
・仕事はキツい肉体労働。
・社会から無視されている。
・友だちがいない。
・非モテ。
「持たざる者のロイヤルストレートフラッシュ」
なんですよ。

日本だと、
漫画『カイジ』とかに出てくる感じの人なわけです。
「ストロングゼロとパチンコと風俗という蜘蛛の糸で、
 なんとかこのクソ世界にしがみついている」
というような。

いつ死んでも本望だし、
逆に言えば死ぬことは何の恐怖でもない。
そんなトラヴィスが大統領候補暗殺を企てる理由について、
映画内ではいっさい語られませんが、
彼にとって「自分が死ぬこと」と、
「このクソ世界がなくなること」が、
「等価」なんです。
主観的には。

客観的には違いますよ、もちろん。

スコセッシは、
トラヴィスの主観レンズで世の中を見る映画を撮って、
何が言いたかったのか?
「おまえみたいな奴を、
 見てるよ。
 おまえは、『いる』よ。」
っていいたかったんだと、
私は解釈しています。

じっさい『タクシードライバー』みたいな映画って、
それ以前には撮られたことがなかったんです。
映画の主人公って、
「かっこいい人」とか、
「裕福な人」とか、
「夢を追っている人」とか、
「大恋愛をしている人」とか、
「成功した人(成功に向かって走る人)」
と、相場が決まっていたわけです。

しかし、『タクシードライバー』のトラヴィスは、
生まれたときから、
「人生スーパーハードモード」が決定されている、
「持たざる者」だった。

これを見た多くの「持たざるアメリカ人」が、
「これは自分の話だ」って思ったと言われています。
そして次にこう思いました。
「スコセッシは俺を見つけてくれた」って。

『タクシードライバー』は、
彼らにとっての「救済」だったのです。
人間にとって最も辛いのは、
「いない」ことにされることです。
しかしトラヴィスの主観レンズの映画を撮ることで、
スコセッシは
「おまえみたいな奴、
おれは知ってる。
そして見ている。」
って言ったわけです。

映画を鑑賞した今でいう
「非モテ・非リア充」たちは、
「ああ、俺を見つけてくれた」
っておもったんです。

彼らにとっての救済は、
「解決」ではなく、
「見つけてもらうこと」だったのです。

これはイエスの物語(福音書)にも言えます。
イエスは、サマリヤの女やザアカイなど、
何重にも社会からの偏見にさらされている人々を、
「見た」って、何度も書かれてるんです。
彼ら、彼女らの問題が解決したかどうかは、
そのエピソードによって違うのですが、
私が類推するに、
イエスが「見つけた」時点で、
彼らの実存的問題の半分ぐらいは
解決していたんじゃないかと思うんです。
ザアカイはイエスが「見つめた」ときに、
「ああ、俺は忘れられてない」と思った。
そのときにすでにザアカイの救済は
ほとんど達成されているわけです。

スコセッシ監督がしたことはまさにそういうことです。
じっさい、この『タクシードライバー』は、
カンヌ映画祭のパルムドールも受賞し、
アメリカでも大ヒットになった。

ここまでは良い。

ところがある事件が起きます。
『タクシードライバー』の公開は1976年ですが、
5年後の1981年に起きた、
「レーガン大統領暗殺未遂事件」っていうのがそれです。
この事件の犯人ヒンクリーは、
後に『タクシードライバー』を何度も見て、
登場する12歳の売春婦アイリス(子役時代のジョディ・フォスター)に、
偏執狂的な恋心を抱きます。

そして劇中のトラヴィスと同じように、
彼はレーガンを狙撃したのです。
レーガンは一命を取り留めましたが、
ヒンクリーの犯行により、
『タクシードライバー』は、
「危険な映画」というレッテルを貼られます。

そして、21世紀の今、
『タクシードライバー』の再解釈のように登場したのが、
『ジョーカー』なわけです。

アメリカの公安当局がピリピリするのは、
こういった理由があるわけです。
折しもトランプ政権下で頻発する、
銃乱射事件の犯人のなかには、
いわゆる「トラヴィス型犯行」といいますか、
「持たざる者の破壊願望」が動機になっている、
というニュースがいくつか流れたところでの公開だったので、
なおさらです。

つまり『ジョーカー』は、
「持たざる者の破壊願望」に火をつけ、
それを「扇動」し、
彼らが社会を破壊する衝動に身を任せる、
そんな動機付けを与えることになる、
と考える人たちが、
『ジョーカー』を公開禁止するよう訴えたりした、
という流れがあるわけです。

当メルマガの読者なら予想出来るでしょうが、
私の立場は「禁止にしろ!」という人々と、
真逆です。

そもそも『タクシードライバー』は、
救済の映画であって「暴力の扇動」の映画ではない。
暴力の扇動というなら、
無数に作られる『アベンジャーズ』などのマーベル映画、
あれこそ暴力の扇動だろう、と思いますから。
「正義」という名の下に、
記号的に大量の人間の死が描かれる。
その「死」はあくまで軽く、
「痛み」を伴わない記号的な死です。
あのような「命の大量消費」こそが、
「PG15」にすべきであって、
『ジョーカー』のように、
「一つ一つが痛い死」というのは、
むしろ見ることで暴力抑止効果があると、
私は考えます。

ヒンクリーの犯罪のような偶発的な出来事だけを取り上げ、
『タクシードライバー』は危険だ、
というのは誤解で、
むしろ「ハリウッド的命の消費」のほうが、
人の死を匿名化し、
銃乱射事件の多発と連動していると考えるのは、
私だけでしょうか?

現に、銃規制支持者で有名な、
マイケル・ムーア監督は、
『ジョーカー』は、
銃乱射事件の頻発する現代アメリカへの、
最大のアンチテーゼになっている、
と賛辞を送っています。

これがアンチテーゼだと分からない知性の劣化こそ、
私たちは嘆くべきなのではないでしょうか。

、、、というわけで、
『ジョーカー』。

ヤバかったです。
見てる間は、
案外あっさり時間が過ぎて、
「え?ここで終わり?」
とか正直思ったのですが、
鑑賞後、家に帰ってから、
ずっとこのことについて考えてしまう映画です。

正直、まだ考えがまとまってません。

あと、本作の『ジョーカー』って、
「ビジランテ(私的に正義を実現する自警団)」の要素もあるので、
実はこれ、バットマンを批判する構図にもなっているんですよ。
「ジョーカーとバットマン、
 何が違うの?」って話でもある。

見るこちら側が、
勝手に彼らを正義だとか悪だとか、
色分けしているだけであって、
彼らがやってることは、
お互い本質的には同じなのでは?
ってことです。

バットマンの正体のブルース・ウェインが、
大金持ちの息子で、
「持てる者」のアイコンだ、
という対称性も見事です。

まさに現在の「分断の時代」を象徴する作品です。
無理に時間作ってでも、
映画館で観ておいて良かった作品でした。

、、、あ、まだ公開中なので、
内容についてはこれ以上立ち入りません。
ひとつ言えるのは、
「DCコミック映画」とか「マーベル映画」が大好き、
という人は、絶対に失望するので見ないほうが良いです笑。
「DCコミック」というパッケージはブラフです。
漫画本のブックカバーの純文学作品みたいなものです。
「欺された!」ってなります笑。
『ジョーカー』は各所で絶賛されていますが、
数%の割合ですごーく怒ってる人がいる理由はこれだと思います。
(4,151文字)



▼▼▼月間陣内アカデミー賞▼▼▼

世界一小さな映画賞、
「月間陣内アカデミー賞」を、開催いたします。
主催者、プレゼンターは陣内がつとめます。

作品賞、主演(助演)俳優賞、そしてもうひとつ、
という感じで、ぬるーくやります。
皆さんの映画選考の参考にしていただければ幸いです。


▼作品賞
「ジョーカー」

コメント:

言うまでもないでしょう。
これは「今年を代表する一本」になりました。
他にも「SNS時代のインフルエンサー要素」とか、
「人生は近くで見ると悲劇だが、
 遠くから見ると喜劇だ」
っていう、チャップリンオマージュ要素とか、
トッド・フィリップス監督の、
「サンプリング世代の映画技法」とか、
語りたい要素はてんこ盛りなのですが、
いかんせんまだ公開中なので、
それは別の機会に。


▼主演(助演)男優賞
ホアキン・フェニックス(ジョーカー)

コメント:

ホアキン・フェニックスのジョーカー、
つまり本作では主人公のアーサーは、
ヤバかったです。
マジで。

『ダークナイト』でジョーカーを演じた、
ヒース・レジャーは、
ジョーカーという「役に飲まれる」形で、
薬物に溺れ命を失った、
というのは有名な話ですが、
ホアキン・フェニックスは大丈夫なのでしょうか?
とラジオで赤江珠緒が町山智宏に聴いてたんですよね。
そしたら町山さんは、
ホアキン・フェニックスはもともとイカれてるので、
あれが通常営業だから彼は大丈夫、
って言ってました笑。

でも、ホント凄いですよ。
このアーサーという役は。
彼の異常に痩せた体、
そして彼の「笑い」は、
脳内にこびりついて離れません。


▼主演(助演)女優賞
ダイアナ・トレス(イーストサイド寿司)

コメント:

カリフォルニアに住む、
寿司職人を目指すメキシコ人を好演しています。
映画俳優って料理シーンがかっこいいと、
それだけで2割増しぐらいに見えますね。


▼その他部門賞「ヤバい映画賞」
「ジョーカー」

コメント:

もう、ジョーカーについて語ることはなくなりましたが、
まぁ「ヤバい映画」でした。
褒め言葉です。

こんだけシリアストーンで語ってきてなんですが、
この映画が「全体としてはコメディだよーん!」
っていうことを何度も監督は強調するんですよね。
それもチャップリンに通ずるところがありますよね。

なんせ監督のトッド・フィリップスは、
『ハング・オーバー』作った人ですからね。
凄くないですか?この振り幅。