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陣内が先週読んだ本 2019年11月11日〜17日 『死にがいを求めて生きているの』他

2020.04.14 Tuesday

第117号  2019年12月10日配信号

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
■2 陣内が先週読んだ本 
期間:2019年11月11日〜17日
::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::

先週私が読んだ本(読み終わった本)を紹介していきます。
一週間に一冊も本を読まない、
ということは、病気で文字が読めなかった数ヶ月を除くと、
ここ数年あまり記憶にないですから、
このコーナーは、当メルマガの
レギュラーコーナー的にしていきたいと思っています。
何も読まなかった、という週は、、、
まぁ、そのとき考えます笑。

ただ紹介するのも面白みがないので、
twitterに準じて、
140文字で「ブリーフィング」します。
「超要約」ですね。
(どうしても140字を超えちゃうこともあります。
 140文字はあくまで「努力目標」と捉えてください笑。)

忙しい皆さんになり代わって、
私が読んだ本の内容を圧縮して紹介できればと思います。
ここで紹介した本や著者、テーマなどについて、
Q&Aコーナーにて質問くださったりしたら、
とても嬉しいです。


●デジタル・ミニマリスト

読了した日:2019年11月11日
読んだ方法:図書館で借りる

著者:カル・ニューポート
出版年:2019年
出版社:早川書房

リンク:
https://bre.is/UnFkokgz

▼140文字ブリーフィング:

Facebook、YouTube、Instagram、
Twitter、Tiktokなどは、
現代社会で巨大な富を生み出すと共に、
スマホというツールを通して、
我々から二つのものを奪います。
ひとつは「注意」、
もうひとつが「時間」です。

上記のビジネスモデルは、
「アテンション・エコノミー(注意経済)」
と呼ばれていて、
消費者が1秒でも多くそのコンテンツにとどまれば、
その秒数が収益につながる収益構造になっているため、
作り手のエンジニアは意図的に、
「行為依存」という中毒状態を、
消費者に望むようになります。

パチンコやたばこなどと同じく、
消費者がそれに依存すればするほど、
作っている会社は得をするのです。

引用します。

→P13 
〈デジタル・ツールは
使わずにいられなくなるように設計されている。
しかもその行為依存を助長する文化的な圧力はすさまじく、
小手先の対処法では到底歯が立たない。

この問題を追及した結果、
私は次のような結論に達した。
必要なのは、自分の根本をなす価値観に基づいた、
妥協のない“テクノロジー利用に関する哲学”だ。

どのツールを利用すべきか、
どのように使うべきかという問題に明確な答えを提示できる哲学。
そして、選んだツール以外の一切を
無視できるだけの自信を与えてくれることも、
同じくらい重要な条件だ。

この二つの条件を満たす考え方は数多くある。
極端な例では、
ネオ・ラッダイト(ラッダイトは技術革新反対者のこと)が挙げられる。
新しいテクノロジーの
ほぼすべての利用を控えようと主張する人々だ。
これと対極に位置するのは、
自己定量化に熱中する人々だろう。
彼らは人生の最適化を目標とし、
生活のあらゆる領域にデジタル・デバイスを組み込む。

そういった多種多様な哲学を吟味するうち、
テクノロジー過多の時代をうまく渡っていきたい人々に
最適な答えとなりそうな一つが浮かび上がった。
私はそれを“デジタル・ミニマリズム”と命名した。
デジタル・ツールと付き合う上では、
”少ないほど豊かになれる”とする考え方だ。〉


著者は「注意」と「時間」を、
テック企業に搾取されないために、
「デジタルミニマリズム」を提唱します。
消費主義に人生を奪われないために、
モノをなるべく持たないようにする
「ミニマリズム」が発達したのと同じように、
これからの時代、
デジタル・ミニマリズムのような思想は、
私たちの心と人生を守る上で、
非常に重要な役割を果たすことになる、
と私は本書を読んで確信しました。

ちなみに私はデジタル・ミニマリストと言って良いでしょう。
なんせ、スマホを持ってないんですから。
その結果「注意」と「時間」を搾取されない。
だからこそ毎週こんな分量の文章を書けるのです。
「時間」を奪われるダメージは大きいですがそれ以上に、
「注意」を奪われることに私は耐えられません。

祈るにも考えるにも何かを生み出すにも、
「断片化した思考」は、
研いでいない包丁とおなじで、
何の役にも立ちませんから。
私は自分の能力を最大化するために、
スマホを拒絶しています。

しかしSNSなどを肯定する人々の中には、
「いや、人とつながるのは素晴らしいじゃないか!」
という人もいます。
それは否定しませんし、
私がSNSを「卒業」したけれど、
アカウントは削除していない理由もそこにあります。
しかし、スマホで1時間おきに
「いいね」をチェックするみたいな使い方は、
人をつなげるより、むしろ人を分断し、
孤独感を助長する、
という調査結果が出てきています。

引用します。

→P168 
〈これは2017年に、
権威ある学術誌《アメリカン・ジャーナル・
オブ・プリベンティブ・メディシン》に掲載された。
プリマック率いる研究チームは、
選挙期間中の世論調査でランダムに
サンプルを抽出するサイト同じテクニックを使い、
19歳から32歳までの成人を全国代表サンプルとした。

そして被験者に対し一連の質問をして、
被験者自身が認識する社会的孤独(PSI)
――いわば孤独指数――を計測した。
また人気のあるソーシャルメディア・サービスを
11種類選び、それぞれの利用頻度と利用時間を尋ねた。

解答を集計したところ、
ソーシャルメディアを利用すればするほど、
孤独指数は上昇する傾向にあることが分かった。
ソーシャルメディアの利用頻度と利用時間が
多い方から4分の1までに属する被験者は、
少ない方から4分の1に属する被験者に比べ、
孤独指数はなんと3倍高かった。

年齢、性別、交際相手の有無、世帯収入、
学歴などの要員を調整した後でも結果は変わらなかった。
NPRの取材に応じたプリマックは、
この結果に驚いていると延べている。
「ソーシャルメディアなのですから、
社会的(ソーシャル)なつながりが強まると思うでしょう?」
しかし、データは明快だった。
そういったサービスを使って
”つながればつながるほど”、
孤独感は強まる傾向が認められる。〉


、、、SNSでつながればつながるほど、
私たちは孤独になります。
時間も注意力も奪われます。
私はデジタルなダイエットは必須だと思いますが、
まぁ、強制はもちろんしません。
各自が決めたら良いと思います。
ただ、ダイエットすると幸せになるよ、
というのは証言しておきます。

こちらの書籍はYouTubeでもご紹介していますので、
ご興味のある方は見てみてください。

▼参考リンク:デジタル・ミニマリスト
https://youtu.be/6Ef3rHFHdTI
(2,201文字)



●ティール組織 マネジメントの常識を覆す次世代型組織の出現

読了した日:2019年11月16日 後半3分の1の「実践」はながし読み
読んだ方法:図書館で借りる

著者:フレデリック・ラルー
出版年:2018年
出版社:英治出版

リンク:
https://bre.is/DHKshut7

▼140文字ブリーフィング:

これもかなり面白かったです。
ボリュームがすごい本なので、
後半の「実例」は流し読みしましたが、
前半の「理論」のところだけでも十分に面白い。

「組織のあり方」を、
石器時代まで遡って、
それらがどう「進化」してきたかを分析し、
そして現代社会に到来している、
「未来の組織形態=ティール組織」について語る本です。

それではまず、過去に組織はどう「進化」してきたか、
これを著者は「色分け」しながらこう説明します。

1.無色 
血縁関係中心の小集団。
「自己と他者」「自己と環境」という区別がない。

2.マゼンダ(神秘的) 
数百人の人々で構成される部族への拡大。
自己と他者の区別が始まるが世界の中心は自分。
物事の因果関係の理解が不十分で神秘的。

3.レッド(衝動型) 
組織生活の最初の形態、数百人から数万人規模。
力、恐怖による支配。
マフィア、ギャングなど。
自他の区分、単純な因果関係の理解により分業が成立。

4.アンバー(順応型) 
部族社会から農業、国家、文明、官僚統制の時代へ。
時間の流れによる因果関係を理解し、計画が可能に。
規則、規律、規範による階層構造の誕生。
教会、軍隊、官僚。

5.オレンジ(達成型) 
科学技術の発展と、イノベーション、起業家精神の時代へ。
「命令と統制」から「予測と統御」。
実力主義の誕生。効率的で複雑な階層組織。多国籍企業。

6.グリーン(多元型) 
多様性と平等と文化を重視するコミュニティ型組織の時代へ。
ボトムアップの意志決定。
多数のステークホルダー。

7.ティール(進化型) 
変化の激しい時代における生命体型組織の時代へ。
自主経営(セルフマネジメント)、
全体性(ホールネス)、
存在目的を重視する独自の慣行。


、、、読めばわかるように、
通常我々が「組織」と呼ぶのは、
レッド以降です。
あえて現代の日本社会に落とし込むと、
・レッド=前時代的なワンマン社長中小企業
・アンバー=官僚・地方自治体的のような、
      めちゃくちゃ「書類や決済」の多い組織
・オレンジ=能力主義の株式会社・多国籍企業
・グリーン=先進的なNPOや社会企業
(『世界でいちばん大切にしたい会社』に紹介されるたぐいの)
・ティール=まだ出てきていないが、あるとしたら多分、
 周囲から「不可解な集団」と思われている。

この「ティール」というパラダイムが、
どれだけ異質か?
ティールの世界観に経つと、
リーダーシップやマネジメントという言葉自体が、
前時代的で不要なものになる、といいます。

→P474 
〈今日の大規模な組織を支える
リーダーシップやマネジメントという思想は
組織としての成功に制約を与えている。
これは、16世紀、と17世紀に
封建制度という思想が
経済的な成功に制約を与えていたのと同じである
――ゲイリー・ハメル〉


、、、本書では世界中の組織を調査した著者が、
現代社会で未来を先取りしている、
「ティール組織」の実例をいくつか紹介します。
業界は本当に様々で、
看護師の集団から、医療組織、
機械の部品を作る工場から、
エネルギー企業まで多岐にわたり、
規模も数十人から数万人までばらばらです。

しかしその「組織の動き方」に、
共通するものがあることを、
著者は紹介していくのです。

ティール組織はときに中枢神経を持たないクラゲのようです。
現場で働く人数に対し、
「コスト部門」と呼ばれるホワイトカラーの部門が、
異常に小さい。
あり得ないぐらい小さい。
たとえば7000人の看護師を擁するティール企業の、
オランダの「ビュートゾルフ」のスタッフ部門には、
たった30名!しか働いていません。
その全員が看護師をサポートすることのみに献身していて、
彼らには何の決定権はないのです。
組織で働いたことのある人ならわかるでしょうが、
これは非常に「異常な事態」です。
なぜなら通常の組織では常に、
「コスト部門」が意志決定するからです。

それを言い表すビュートゾルフの看護師の言葉が、
脚注に引用されています。

→P119 
〈官僚主義は、自分たちは必要な仕事をしていることを
(とりわけ実は必要ないのではないか、と思っているときほど)
証明しようと忙しく動き回っている人々によって築かれていく
――リカルド・セムラー〉


、、、フロリダにあるサン・ハイドローリックスもまた、
ティール組織のひとつとして紹介されます。
この会社は製造業ですが、
会議も文書仕事もありません。
理由は、「忙しくしている」ことに、
無駄な時間を過ごす暇はないからだ、といいます。

→P140〜141 
〈サン・ハイドローリックスでは、
以上のすべての手順が徹底的に簡素化されている。
この複雑な状況をすべて理解して統制したいという経営陣は存在しない。
プロジェクトは有機的に、かつ非公式に起こる。
エンジニアはたいてい並行して複数のプロジェクトに携わっている。
彼らは、その時点で最も重要な仕事、
最も緊急な仕事、あるいは最も楽しい仕事は何かを考えながら、
自分の優先順位を常に調整し直す。

グーグルには、
エンジニアたちが毎週金曜日の時間をどう過ごすかを自由に決められる、
「20%ルール」として知られる慣行がある。
サンをはじめとする自主経営(セルフマネジメント)組織の場合、
基本的にこの自由時間が100%なのだ。
全体計画(マスタープラン)は存在しない。
プロジェクト計画ではなく、人員配置を心配する者もいない。
プロジェクト・チームは自然発生的に生まれ、
仕事が終われば解散する。
プロジェクトが時間通り、
あるいは予算通りに進んでいるかを誰も知らない。
なぜならば90%の人々は、文書でスケジュールを書いたり、
予算を立てたりすることを気にしていないからだ。
プロジェクト計画に関する手続きが
一切ないことで膨大な時間が削減される。

要するに、計画書の作成、承認プロセス、
進捗状況の報告、変更点の説明、
スケジュールの組み直し、再見積がないのだ。

もちろん、プロジェクトのための
経営資源を獲得するための政治的な動きも、
プロジェクトが予定通りに進まず、
また予算がオーバーしたときに
責任を押しつける相手を探す必要もない。

私がサンのリーダーの一人、カーステン・リーガルに、
同社の会議室がほとんど使われていないように見えますね、
と話したとき、彼女はあっさりとこう答えた。
「私たちは『忙しくしている』
ことに無駄な時間を費やしていないのです」〉


、、、ティール組織を理解するのに必要な二つの言葉があります。
これが前のパラダイムでいう
「リーダーシップ」と「マネジメント」に替わる言葉です。

その二つの言葉とは何か?

ひとつめは、
「自主経営」
もうひとつが、
「自己組織化」です。

なぜティール組織というパラダイムが、
「アンバー=順応型・官僚型」
「オレンジ=達成型・効率型」や、
「アンバー=多元型」に、
取って代わられると筆者が予測するのか?

それは、世界が「複雑系」になっていくからだ、
というのが筆者の回答です。

引用します。

→P354〜355 
〈予測と統御という枠組みで働くと、
人は完全な答えを探したくなってくる。
もし将来が予測できるのであれば、
自分たちの仕事は、
予測できる将来にベストな結果をもたらす解決策を探し出すことになる。

入り組んだ(complicated)世界で予測をすることは有益だが、
複雑な(complex)世界ではあらゆる関連性が失われてしまう。
FAVIのジャン・フランソワ・ゾブリストは、
この違いを説明する比喩を見つけ出した。
ボーイング747などの航空機は
「入り組んだ」システムだ。
数百万の部品がスムーズに連携しないと動かないからだ。
しかし、あらゆる部品は精密に組み立てられているので、
一つの部品を変更すると、
それがどのような結果をもたらすかを予想出来る。

一方、ボウルいっぱいのスパゲッティは、
「複雑な」システムだ。
もちろん、数十の「パーツ」はあるだろうが、
たとえばボウルからはみ出ている
一本のスパゲッティの先を引っ張ると
何が起こるのかを予測するのは事実上不可能なのだ。

予測をすると、
自分が統制しているという安心感を得ることが出来る。
しかし実際には、私たちの生きている組織や世界は
スパゲッティのような複雑なシステムなのだ。
そのようなシステムでは、将来を予測することにも、
ベストの判断にたどり着くために
それまでのやり方を分析することにも意味がない。
習慣的に分析したところで、
自分たちは統制と予測をしているのだという幻想を抱くだけで、
エネルギーと時間を浪費しているに過ぎない。

進化型組織は、完璧な予測など出来ない複雑な世界と、
うまく折り合いを付けられる。
考えられる限りでベストの判断を明確に狙うわけではなく、
すぐに使える実行可能な解決策を狙う。
新しい情報が入ると、それに応じて判断は見直され、
どの時点でも改善が図られる。〉


、、、飛行機の機体には「予測と統御」が成り立ちますが、
ボウルいっぱいのスパゲッティには、
「予測と統御」が成り立ちません。

前者は「非・複雑系」で、
後者は「複雑系」だからです。
なぜそうなるのかも、
数学的に「証明」されています。

では、世界はどちらなのか?
現代の世界は間違いなく、
「複雑系」なのです。

だとしたら、
飛行機の機体を運営するような、
「マネジメントとリーダーシップ」ではなく、
生き物が自分をアップデートしていくやり方、
「自己組織化」と「自主経営」のほうが、
次の時代には主流になっていくのではないか?
という未来予測です。

世界にまだ数えるしかないティール組織が、
厳しい事業環境のなかで、
卓抜した業績を残し続けているのは、
彼らの戦略が時代にフィットしていることの、
ひとつの証拠だといえるでしょう。
(3,855文字)



●夜

読了した日:2019年11月17日
読んだ方法:図書館で借りる

著者:エリ・ヴィーゼル
出版年:1967年
出版社:みすず書房

リンク:
https://bre.is/uVmfrCwq

▼140文字ブリーフィング:

何度も耳にしたことはあったのだけど、
やっと手に取って読みました。
エリ・ヴィーゼルはナチスの収容所を生き延びた人物で、
収容所の現実を小説として世に問い、
1986年にノーベル平和賞を受賞しています。

彼は経験なユダヤ教徒で神を信じていましたが、
ナチスの収容所での経験が、
「彼の中の神を殺した」といいます。
しかし彼の小説を読むとわかるのですが、
「神が死んだ世界をそれでも生きる彼」のなかに、
「信仰」という言葉では包摂できない、
さらに深い「信仰心」のようなものがあるのがわかるのです。

少年が収容所で絞首台に乗せられたとき、
ヴィーゼルのとなりにいた男が
「神はどこにいるのか?」と呟くシーンは忘れられません。

→P127〜128 
〈三人の死刑囚は、
いちどきにそれぞれの椅子に乗った。
三人の首は同時に絞索の輪に入れられた。

「自由万歳!」と、二人の大人は叫んだ。
子どもはというと、黙っていた。
「〈神さま〉はどこだ、どこにおられるのだ」。
私のうしろでだれかが尋ねた。

収容所長の合図のもと、三つの椅子が倒された。
全収容所内が完全に静まりかえった。
地平線には、太陽が沈みかけていた。

「脱帽!」と、収容所長がどなった。
その声はかれていた。
私たちはというと涙を流していた。

「着帽!」
ついで行進が始まった。
二人の大人はもう生きていなかった。
膨れ上がり、青みがかって、彼らの舌はたれていた。
しかし三番目の綱はじっとしてはいなかった
――男の子はごく軽いので、まだ生きていた…。

三十分あまりというもの、
彼は私たちの目のもとで臨死の苦しみを続けながら、
そのようにして生と死の間を闘っていた。
そして私たちは、彼をまっこうから見つめねばならなかった。
私が彼のまえを通ったとき、彼はまだ生きていた。
彼の舌はまだ赤く、
彼の目はまだ元気が消えていなかった。

私のうしろで、さっきと同じ男が尋ねるのが聞こえた。
「いったい〈神〉はどこにおられるのだ」
そして私は、心の中で、
だれかの声がその男に答えているのを感じた。
「どこだって?ここにおられる
――ここに、この絞首台につるされておられる・・・」
その晩、スープは死体の味がした。〉


、、、神は、絞首台につるされておられる。
人間はこんなにも残酷になれるのだ、
ということを示したのがナチスの所業でした。
その残酷性は我々の中にも内在しています。

訳者は後書きで、
神を信じていた「エリエゼル(エリ・ヴィーゼルの本名)」と、
ナチスを生き延びたエリ・ヴィーゼルの間には、
「超えられない溝」があると言います。
その溝には600万人の死者たちがいると。

戦後に生まれた人間のなかで、
「いや、神はいるよ。
 信じようよ!」
なんてこの人に言えるのは、
頭がすっからかんのバカだけだというのは確かです。

私は600万人の死を見ていないし、
少年が30分絞首台でつるされるのを見ていません。
見ていない私に言えることはありませんが、
エリ・ヴィーゼルのその「うめき」こそが、
私たちが未来に神を知るための、
細い糸になっているのは確かです。
彼のような人を「預言者」というのでしょう。

→P208 
〈彼は今、幼少時の、
神秘に憑かれていた頃の自分に戻ることが出来ずにいます。
なぜならば、戦後のエリと幼年期のエリエゼル
(《神は我が祈りを叶え給えり》または《神は助けである》の意)
とのあいだに、墓に埋められなかった
600万人の死者たちがいるからです。

それに、収容所での第一夜に〈神〉を殺害されたエリエゼルは、
いわばその瞬間に〈神〉とともに死んだのです。
エリエゼルと〈神〉とが去った後、
彼の内面には底なしの空洞が残りました。
彼が果てしなく続けてきた、
その空洞との対話の最初の結実が『夜』なのです。〉
(1,511文字)



●死にがいを求めて生きているの

読了した日:2019年11月17日
読んだ方法:図書館で借りる

著者:朝井リョウ
出版年:2019年
出版社:中央公論新社

リンク:
https://bre.is/ksgC8JDt

▼140文字ブリーフィング:

朝井リョウさんは、
映画『桐島、部活やめるってよ』
の原作者として認識していました。
映画があまりにも面白かったので、
文庫本を買ってはあったのですが、
今まで読んでなかった、っていうね笑。

買うと安心して読まないというね笑。
「積ん読」というやつです。

、、、でひょんなことから、
彼の長編小説を今回読んでみたんですよね。

まぁ、とんでもないですよ。

面白くて度肝を抜かれました。
彼は1989年生まれでまだ若干30歳!ですよ。
20代でこれを書くって、
もう、なんか、ため息が出ます。
嫉妬とかいうレベルじゃなく、
脱力してしまう。
あーあ、って。
天賦の才能、ってあるなぁ、って。
すげー書き手が出てきたなぁって。

具体的に何がすごいかを説明するのは困難ですが、
あえて言うと、
SNS時代の「強い嫉妬と自己愛ゆえの存在不安」
みたいなものを、
本当に上手に言葉として結晶化させている、という感じ。

今まで彼の小説で映画化されたのは、
『桐島、部活やめるってよ』と、
『何者』なのですが、
2本ともすこぶる面白いし、
彼の小説の雰囲気を損なってません。
彼の作品は映像化しやすいんだと思います。
これも彼がデジタルネイティブ世代なのと、
おそらく関係あるでしょう。

朝井リョウの文才に、
ちょっと、驚きましたね。
またひとり、天才が出てきたな、って。
(543文字)



●躁うつ病を生きる

読了した日:2019年11月17日
読んだ方法:図書館で借りる

著者:ケイ・ジャミソン
出版年:1998年
出版社:新曜社

リンク:
https://bre.is/WQGPJmpC

▼140文字ブリーフィング:

著者は躁うつ病の研究者であり、
同時に躁うつ病の患者、という珍しい本です。
彼女は自伝的に躁うつ病を軸に自分を語る。
詩的センスにあふれているが学術的な匂いもする不思議な書籍でした。
彼女は「躁うつ病と対決するのでなく、
躁うつ病をパートナーとして歩むことを選んだ」
といっていて、それが私の経験とも合致していて共鳴しました。
エピローグの4ページが素晴らしいのでご紹介します。

→P237〜239 
〈ときどきわたしは自分に聞いてみる。
かりに選択できるなら、
わたしは躁うつ病であることを選ぶだろうかと。
もし炭酸リチウムがなかったら、
あるいはわたしに効かなかったら、答えははっきりしている。
ノーだ。
恐怖にぞくっとしながら、
それが唯一の答えだ。

だが、炭酸リチウムはしっかり効いている。
だからこの質問を考え直すことができそうだと思う。
奇妙なことだが、わたしは病気であることを選ぶと思う。
説明しにくいことだ。
うつ病はことばや響きやイメージを超えた恐ろしいものだ。
わたしは長期のうつ病をもう一度は切り抜けられないだろう。

疑い深くなって人とのつながりを絶ち切り、
信頼と自尊心を失い、生活を楽しむことができなくなり、
普通に歩くことも話すことも考えることもできず、
疲れ切り、夜も日中も恐怖におののく。

いいことは何一つない。

年を取るとは、年を取って病気になるとは、
死ぬとは、物わかりがわるいとは、
優雅さ、洗練、調和を欠くとは、不機嫌とはどういうことか、
人生の可能性、セックスの楽しさ、音楽の絶妙さ、
あるいは自分自身と他人を笑わせる力を
信じられなくなるとはどういうことかと経験できるほかは。

離婚や失業、別れをくぐり抜けてきたから、
憂うつになるとはどういうことか知っていると人は言う。
しかし、そういう経験は彼らに気持ちを味わわせるだけだ。
うつ病は、そうではなく、鈍く、うつろで、耐えられないのだ。
やっかいでもある。

あなたがうつ病なら、人はあなたのそばにいられない。
彼らはそうすべきだと思うかもしれない。
そうしようとさえするかもしれない。
しかし、あなたにはわかる。
そして彼らにもわかる。
あなたは信じられないほど退屈なのだ。
怒りっぽく、偏執的で、ユーモアがなく、
生気に欠け、不安定で、わがままで、まったく自信がない。
あなたはこわがり、こわがらせ、あなたは
「まったく自分らしくないけど、
すぐになんとかなるはず」だとおもい、
しかしなんともならないことを知っている。

それなのに、なぜこの病気に望むことがあるというのだろう。
だが、病気だったから得たものがあると、
本当にわたしは思うのだ。
わたしはより多くのことを、より強く感じた。
より多くのことを、より強烈に経験した。
より愛し、より愛された。
よく泣いたがよく笑った。
どんな長い冬にも春の喜びがあるのを知った。
「デニムのように擦り切れた」死を味わい、
そして生をさらに味わった。
人のもっとも優れた面ともっとも恐ろしい面を見て、
そしてすこしずつ、人を思いやること、誠実さ、
物事の本質を見抜くことを学んだ。

わたしは自分の心の大きさ、深さ、広さを見た。
それがいかにもろいものか、そしてついに、
それがいかに知ることのできないものかを知った。

うつ病の時、わたしは部屋の向こうへ
四つんばいになって這っていくしかなかった。
わたしは何ヶ月もそうした。
けれども正常なとき、あるいは躁病のとき、
わたしは速く走った。
頭は素早く回転した。
いままででもっともすばやく愛した。
自分の病気がそれに深く関連していると思う。
病気の激しさ、それが新たな物事をもたらし、立ち向かわせた。

わたしの心の限界(望む限りもちこたえている)と
わたしの育ち、家族、教育、友人の力が試されたのだと思う。〉


、、、躁うつ病、
今は双極性障害と呼ばれている病気について、
私は多くを知りません。
精神疾患というのは、
脳という臓器の複雑性ゆえ、
同じうつ病でも、
100人いれば100通りの症状があります。

まして双極性障害のことは、
うつ病を患っただけの私には、
理解したとは到底言えません。

著者は自らの躁うつ病と闘いながら、
自らの病気を研究者として研究し、
それによってキャリアを築くという、
まさに「病気を職業としてしまった」ような人です。

彼女が引用した文章で言っている、
「病気だったからこそ得たものがあると、
 本当に思うのだ」
というのは心からの言葉だと思います。
私も同じですから。

病気は本当に辛いです。
本当に。
嫌に決まってるじゃないですか。
マジで辛いですから。
文字通り、死ぬほど辛いですから。

でも、それによって得たものもある、
と私も思います。
それは「雨降って地固まる」みたいな話とはちょっと違っていて、
著者もそうだと思うのだけど、
私の病気と、私というパーソナリティは、
切っても切れないのだと思うのです。

ある種の極端な能力を持った人に、
精神疾患の人が多いというのは、
脳の機能のベルカーブ曲線みたいなものを書いたとき、
それらの人々は、そのカーブの、
「とてつもなく端っこ」にいるからだと思うんですよ。
とてつもなく何らかの分野で優秀な人というのは、
実は「疾病」に分類されるほどの個性と、
「抱き合わせ」みたいな形でそのような能力を持ってたりする。

「角を矯めて牛を殺す」という言葉があります。
危険な角を切ったは良いが、
牛全体が死んでしまってはなんともならない、
ということですね。

彼女にとっての躁うつ病も、
私にとってのうつ病も、
この「角」みたいなものなのかなーと思ってます。
だから「病気は悪いモノ。治すべき。」
という「勝利主義」みたいなものを押しつけられると、
当事者は二重にも三重にも苦しむわけです。

当事者の魂からの言葉だけが、
そういった薄っぺらな世界観を、
内在的に批判し、脱構築することができます。
彼女のような存在はだから、
世界にとって貴重なのです。
(2,338文字)



▼▼▼リコメンド本「今週の一冊」▼▼▼

ご紹介した本の中から、
「いちばんオススメだったのは?」という基準でリコメンドします。
「いちばん優れていた本」というよりも、
「いちばんインパクトの大きかった本」という選考基準です。
皆さんの書籍選びの参考にしていただけたら幸いです。


▼今週の一冊:『死にがいを求めていきているの』

コメント:

全部、とても面白かったのだけど、
迷った結果、朝井リョウの小説を、
今週の一冊に選びました。
「平成以降の日本」を、
世代を代表する形で描くことのできる、
希有な作家です。
村上春樹がポストモダン的だと良く言われるのだけど、
どこか無理してるところがあるんですよね。
昭和の重力と戦いながらそうしているというか。
1989年生まれの朝井リョウは、
昭和の重力から完全に自由です。
ポストモダンネイティブって感じで、
ちょっと衝撃を受けました。


▼▼▼部門賞▼▼▼

ご紹介した書籍の中から、
陣内の独断と偏見で、
「○○賞」という形で、
特筆すべき本をピックアップします。
こちらも何かのご参考にしてくだされば幸いです。

▼「じわじわ面白い賞」
『ティール組織』

コメント:

『ティール組織』は、
急いで読んだのもあって、
まぁ良くある流行りのビジネス書のひとつかな、
ぐらいに思って「一応眼を通しておくか」ぐらいな感覚でしたが、
後々、じわじわとそれについて考える感じの本です。
これを神格化して、「これがすべてを解決する!」
みたいに興奮するのは、
そもそも本の読み方として間違っています。
(でもそういう人多いんだろうなー。)

話を戻しますと、
「未来の組織」は、
「機械モデル」から「有機体モデル」に変わる、
みたいな「自己組織化」の考え方は、
組織論を考える上で有力な補助線になります。