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陣内が先週読んだ本 2019年5月9〜25日 『命のビザを繋いだ男』他

2019.10.29 Tuesday

第93号   2019年5月28日配信号

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
■2 陣内が先週読んだ本 
期間:2019年5月9日〜25日
::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::

先週私が読んだ本(読み終わった本)を紹介していきます。
一週間に一冊も本を読まない、
ということは、病気で文字が読めなかった数ヶ月を除くと、
ここ数年あまり記憶にないですから、
このコーナーは、当メルマガの
レギュラーコーナー的にしていきたいと思っています。
何も読まなかった、という週は、、、
まぁ、そのとき考えます笑。

ただ紹介するのも面白みがないので、
twitterに準じて、
140文字で「ブリーフィング」します。
「超要約」ですね。
(どうしても140字を超えちゃうこともあります。
 140文字はあくまで「努力目標」と捉えてください笑。)

忙しい皆さんになり代わって、
私が読んだ本の内容を圧縮して紹介できればと思います。
ここで紹介した本や著者、テーマなどについて、
Q&Aコーナーにて質問くださったりしたら、
とても嬉しいです。


●クォンタム・ファミリーズ

読了した日:2019年5月10日
読んだ方法:図書館で借りる

著者:東浩紀
出版年:2009年
出版社:河出書房

リンク:
https://bre.is/ys01hHfex

▼140文字ブリーフィング:

作家・思想家の東浩紀さんが、
2009年に書いたSF小説です。

彼の生き方に私はとても惹かれています。
「キリスト教界の○○」みたいな言い方ってあります。
この言い方を私はあんまり好きじゃないんですが笑、
敢えてこのカテゴライズに従いますと、
私の場合、目指しているのは、
「キリスト教会の東浩紀」
「キリスト教会の佐藤優」
このあたりだと思います。

東浩紀も佐藤優も、
読書層にしか知られていない、
世間的には「マイナーな有名人」ですから、
キリスト教=社会のなかでマイナー、
東浩紀=有名人としてマイナー、
という、「マイナー×マイナー」の掛け算なので、
私の活動はその天性からしてマイナーなのです笑。

佐藤優氏のことは今日は置いておくとして、
東浩紀はしかし、
凄い人だと私は思っていて、
個人的に「私淑」しています。
勝手に尊敬し、勝手にロールモデルのように考えている、
という意味です。

彼は東京大学大学院生時代に、
「動物化するポストモダン」という本を書き、
それが論壇に受け入れられ評価され、
「批評家・文筆家」としてのキャリアをスタートします。
その後大学で教えたり、論壇で活躍したり、、、
という時期を過ごした後、
「たこつぼ社会的な論壇・哲学会」という状況に、
可能性を感じられなくなります。

彼は大学の仕事や、哲学「業界」、
論壇「業界」との関係から足を洗い、
「起業」します。
彼は中小企業の社長になったのです。
それが「株式会社ゲンロン」という、
五反田に本社を構える会社で、
この活動をかれこれ10年近くしています。

「ゲンロン」の活動は、
「ゲンロンカフェ」という有料の討論会の主催、
本の出版、定期購読雑誌の刊行、
ゲンロンカフェの動画の有料配信、
各地でのゲンロン関係のイベント、
アートワークショップ、
チェルノブイリや福島へのツアーなど、
多岐にわたります。

なぜ彼についてこんなに詳しいのか?
端的に言って、私は彼の「ファン」なのです。

なんていうのかな。

彼は
「アリストテレスであることをやめて、
ソクラテスになることを選んだ人」
という風に私には見えるからです。

「トマス・アクィナスであることをやめて、
 パウロであることを選んだ人」
といっても良い。

あ、日本だとあれだ。
「親鸞」ですよ。

つまり、「象牙の塔」としての哲学会とか、
論壇を背にして、
「在野の思想家・哲学者」として、
民衆と共に苦しむことを選んだ人なのです。
そういう実践にしかこの世の中を変えられない、
という直観に従って。
そして、その直観はおそらく正しい。

「哲学会」「神学界」「キリスト教界」、
「何かしらの学会」「職能集団」、
こういったシェルターに引きこもると、
その人の思考は「たこつぼ化」します。

たこつぼ化とは思想家の丸山眞男が広めた概念で、
「その業界のローカルルールに引きこもる現象」を言います。
私はかれこれ10年ほどこのことについて考えてきました。

最近気づいたことが二つぐらいあります。
これを「日本社会の現象」と考えると見誤るということ。
英語で、「サイロ・エフェクト」という言葉があり、
たこつぼ化とほぼ同じ現象を指します。
そういった言葉が英語圏にもあるということは、
おそらく世界に普遍的な現象です。

もうひとつは、「たこつぼ化」の「ありか」です。
「たこつぼ」や「サイロ」はどこに存在するのか?
それは社会や集団の中にではなく、
「脳内」にある、というのが、
私の最近の思考的アップデートです。

つまり、その社会のなかに、
「見えない空気」のようなものが働き、
それが集団をたこつぼたらしめている、
という世界像そのものが、
「非常に日本的」なのです。

そうじゃない。

「たこつぼ化」とは端的に、
「思考パターン」のことだと整理すると、
私は問題がすっきりするのではないかと最近は思っています。

なので、「学会にいながら、たこつぼ化していない人」がおり、
分野横断的に活動しているはずなのに、
思考法が、たこつぼっぽい人がいる。

東浩紀は「文壇」というたこつぼを飛び出し、
「たこつぼ化する日本」に、
風穴を空けたいのだと私は理解しています。
そして言いたいのだと。
「思想とか哲学の本来の役割って、
 つまりはこういうことでしょ。」って。

めちゃくちゃカッコいい。
だからこそ、
彼はガンダムやエヴァンゲリオンを論じたり、
戦後日本社会を論じたり、
カントやフランス文学を論じたり、
そして小説を書いたりします。

彼の知性は縦横無尽に飛び回ります。
それは彼が半端ではない思考の燃料、
つまり骨肉となった知識を持っているからです。

めちゃカッコいい。
私がしたいと思っていることはそういうことです。
彼の100分の1にも達していませんが。

この小説、実は三島由紀夫賞を受賞してるんですよね。
東浩紀がどんな小説を書くのか、
私は興味がありました。
「思想的な人間が文学的なものを書くとどうなるのか?」
を知りたかった。

告白しますと、
私もいつか小説書くかも、
と、10%ぐらい思っていて、
その予備勉強のために読んだのです。

、、、で、この小説については?

文字数がなくなったので割愛します笑。
量子論の世界に、
「マルチバース」っていう考え方があるんですよね。
「シュレーティンガーの猫」とかの延長線上にある話しです。
「ユニ=唯一の」「バース=領域・宇宙」というのが、
ユニバース、つまり宇宙なのですが、
「マルチ=多数」の「バース=宇宙」
というのがマルチバースの考え方です。

「私たちの宇宙は、
 無数の『あり得たかもしれない宇宙』の、
 可能性のひとつに過ぎないのではないか」
と言う仮説です。
「地球が存在することは奇跡」
というのは天体学者のだれもが同意するのですが、
実は何兆個という、
「地球が存在しない宇宙」が、
我々の知覚できないかたちで存在していて、
私たちはたまたま「奇跡の宇宙」にいるだけなのではないか?
この考え方は「人間原理」という有名な思想とも親和性が高い。

これ、トンデモ学説とかじゃなくて、
物理学の世界では真面目に論じられています。
現代の物理学はますますSFに近づいているのです。

東浩紀はこの、
「マルチバース」の考え方を下敷きにしたSFの物語に、
デリタだとかドストエフスキーの思想・哲学を載せる、
という高度なことをしています。

私は村上春樹の、
「世界の終わりとハードボイルドワンダーランド」を、
東浩紀が書くとこうなる、
という話しとして読みました。
(2,433文字)



●英語を子どもに教えるな

読了した日:2019年5月10日
読んだ方法:図書館で借りる

著者:市川力
出版年:2004年
出版社:中公新書ラクレ

リンク:
https://bre.is/uKdn-qfOK

▼140文字ブリーフィング:

先日、メルマガ読者で友人の山田風音くんと、
愛知県で会ったときに教えてもらいました。
めちゃ面白い本でした。

「我が子に英語を話してほしい」と、
多くの親が思います。

グローバル化する世界で、
「英語を話せる」というのは、
麻雀で言うと(麻雀でいうのか!)、
ドラが一つ乗っかっている、
あるいは役がひとつ揃ってるみたいな感じです。
あ、やっぱ分かりづらかった笑。
トランプでいうと、
ジョーカーが手札にある感じです。
こっちのほうがいいね笑。

、、、私は断定調でそう書きましたが、
「果たしてそうなのか?」というのは、
私も思うわけです。

私自身が幼少期の一時期をアメリカで過ごし、
高校でかなり英語を頑張り(←これ重要)、
大学では留学生とめっちゃ時間を過ごしたのもありますが、
まぁとにかく、英語を話せるわけです。
なので「オマエに言われても説得力に欠く」と言われれば、
言い返す言葉もないのですが、
「英語が話せること」って、
そこまで大切なことだろうか?
というのは思うわけですよ。

「正確な日本語が話せる」
ことのほうがよほど大切だと、
それでも私は思うわけです。

「マジ」「うざい」「ヤバい」「きもい」
といった、だいたい10語ぐらいのボキャブラリーで、
日常を送っている人間というのは、
「日本語すらマスターしていない」
と思います。
そのような人が英語を学ぶ、
あるいは子どもに英語を身につけさせようとする、
というのは、
「もっと先にやることがあるんじゃないの?」
とか思うんですよね。

なんていうのかな。

パンツとズボン履いてない人が、
ネクタイの柄で悩んでるみたいな話で、
「まずパンツだろ」と笑。

まずはチンコをしまってから、
ネクタイにこだわろうぜ、っていうね。
「チンコ」ってメルマガに書く日が来るとは、
思ってませんでしたが笑。

、、、で、本書の著者は、
90年代に日本からアメリカにビジネスで来た家族の、
子どもたちのための「学習塾」で教えていた人です。
親たちは「せっかく幼少期をアメリカで過ごすのだから、
バイリンガルに育てなきゃ損」みたいな感覚で、
子どもたちを必死でバイリンガルにしようとしたそうです。

そのような多くの子どもたちを彼は、
10年とか20年という単位で観察し、
気づいたのです。
「小さいうちに英語を身につけさせようとすることが、
かならずしも子どもたちを幸せにしていない」と。
じっさい、親たちの期待に応えようとした結果、
「日本語も英語も中途半端にしか使いこなせず、
 変なプライドだけを身に着けて日本に帰った結果、
 引きこもりになり、拒食症になり、
 自殺までしてしまう」というような子どももいました。

自殺は極端にしても、
「子どもに英語をぶち込む」
という親のエゴが、
必ずしも子どもを幸せにしない、
ということを著者は経験的に確信するようになります。

論点がいくつかあるのですが、
代表的なところをピックアップしてご紹介します。

→P91 
〈「せっかくアメリカに来たのだから、
子どもに英語を身につけさせないで帰るのはもったいない」
と安易に発言する親が多かった。

しかし、それは、大人の自分勝手な発想に過ぎない。

英語を身につけながら、
日本語を維持することは並大抵のことではない。
比較的低年齢からアメリカに来ているのに
英語力の伸びが芳しくない場合や、
日本でもあまり読書習慣がなく、
豊かな日本語体験があったとは言えない場合、
英語も日本語も両方ともセミリンガル状態になる可能性が高いので、
まずは母語である日本語の力を養う指導に重点を置くべきだろう。〉


、、、「セミリンガル」というのは、
日常会話は出来るが、
論理的に話しをしたり、
本を読んでその内容を理解する、
といった言語能力にまで到達していない状態です。
英語と日本語の両方を子どもに同時にマスターさせようとするのは、
あきらかに「オーバーロード」で、
子どもの脳は「中途半端な英語」と、
「中途半端な日本語」だけを身に着け、
結果的にどちらも「使い物にならない」という風になる。

例外的に見事なバイリンガルになった子どもたちには、
共通する特徴があったそうです。
まず、その子どもと家庭に、
日本語で本を読む読書習慣があったこと。
そして親が子どもに、
本を読み聞かせる習慣があったことだそうです。

彼らの「日本語能力の足腰の強さ」が、
英語を習得する際にもプラスに働き、
バイリンガルになることに成功したのだろう、
と著者は予測しています。

いずれにしても、
「まずは日本語」なのです。
パンツが先なのです。

、、、そもそも、
なぜ親たちはそんなにも、
子どもに英語を話してほしいのか?
「国際人になってほしい」というのが理由ではないでしょうか?
もっと卑近に、「就職や就学に有利に働き、
将来高額な報酬をもらえる仕事に就ける」
と考える親もいるかもしれませんが、
いずれにせよやることは同じです。
日本語を第一言語としない人々と、
「意思疎通」出来る能力を獲得する、
という意味では両者は同じことを要求します。

ではどうすれば、
英語話者と英語で意思疎通できるか?
実はそのために必要なのは、
「発音が良いこと」ではなく、
「話している内容が良いこと」のほうです。
つまり論理力と、自分の考えをしっかり持つこと、
それを他者に伝達できる表現力のほうが大切なのです。

引用します。

→P112〜113 
〈いい発音で定型句を並べていけば、
非常に高度な英語力を持っているように見える。
その意味でいくら「ぺらぺら」になったとしても、
人間性と知識が「ぺらぺら」ならば、
国際社会でまったく相手にされないだろう。
まずは、外国人に伝えたいアイデアや意見を持つことが何よりも大事である。
それがないから話せないのであり、
英語力だけのせいにして妙なコンプレックスにこりかたまっているのは、
まったくの筋違いであることに気づかなければならない。
英語ぺらぺら幻想から目覚めることが、
今いちばん英語教育において必要なことなのかもしれない。〉


、、、実は英語以上に普遍的な科目は数学です。
全世界共通ですから。
これには深い理由があります。
数学というのは「論理学」なのです。

AゆえにB
BゆえにCならば、
AゆえにC、
といったような「ロジック(論理)」
を操作することが出来ることが、
良い発音で話すことよりも大事です。

たどたどしかったとしても、
「あなたが今言ったことと、
 この情報をつなげると、
 こういう結論になるのでは??」
というように論理的な話しを出来ることの方が、
「国際人」には必要な条件なのです。

最後に著者は、
「親のわがままな願望を子どもに投影するな」
という警句を発します。

→P98 
〈子どもに対する親の期待が、
親自身の「わがままな願望」を
実現させようとするものであったとき、
それは子どもにとって、過度で、
不当に期待になると言えるだろう。

親が子どもに英語を学ばせたいと思う動機が、
自分は英語で苦労したので、
我が子にはこの思いをさせたくないということであったり、
有名校に進学し、一流企業に就職するためには
英語が武器になるということであったりした場合は、
「子どものため」という理由を隠れ蓑にして、
実は親が自分のわがままな願望を子どもに託しているに過ぎない。

また、我が子を、他の子と比較して、
優れている子どもに育てることで、
自分の競争心を満足させたいという気持ちの延長線上に、
英語が出来る子どもにするという目標があるならば、
子どもは親の期待の犠牲者になる可能性が高いだろう。〉


→P99〜100 
〈我が子を思う気持ちの強さが、
気づかぬうちに親自身の自己愛を
満足させることにつながりやすいことを、
親は常に意識していなければならない。
子どもに対する親の期待には、
子どもを追い込む危険な罠が隠れている。〉


、、、子どもにとっての最大のリスクファクターは、
放射能でもスマホでもPM2.5でもありません。
それは「親」です。
親である自分自身が子どもを害していないか?
これが一番たいせつなことだと、
私は自分に言い聞かせています。
子育てって「何をするか」と同じかそれ以上に、
「何をしないか」が大事だと思います。
(3,252文字)



●シャーデンフロイデ

読了した日:2019年5月10日
読んだ方法:図書館で借りる

著者:リチャード・H・スミス
出版年:2018年
出版社:勁草書房

リンク:
https://bre.is/35fQOPmw7

▼140文字ブリーフィング:

早くも文字数がヤバくなってきたので、
ここからは駆け足で行きましょう。

中野信子さんが、
同じタイトルで新書を書いていますが、
こちらはその「元ネタ」のような本で、
学術的な知識に基づく緻密な本です。

「シャーデンフロイデ」とはドイツ語で、
「シャーデン=毒・損害」「フロイデ=喜び」
という意味なので、
「他者の不幸を見たときに沸き上がる喜び」
というような意味になります。

現代社会を理解する上でシャーデンフロイデは、
重要な補助線となります。
週刊誌の不倫報道や、
不正を犯した人物をとことん糾弾する「ネット自警団」など、
現代社会には「シャーデンフロイデ」で説明できる現象が、
非常に多く見られます。

自分が不幸なとき、
頑張って幸せになろう、
という方に行くのでなく、
他者が自分と同じく不幸になるのを見て、
溜飲を下げる、という心理的な力学ですね。

これに絡め取られないことが、
現代社会において非常に大切です。

→P177 
〈ダンテの神曲(煉獄篇)では、
妬み深い者の両目が針金で縫い付けられているが、
この描写は相応しいものであるように見える。
というのも、ラテン語のin「〜の上で」+videre「見る」が、
envy(妬み)の語源だからだ。
妬む人たちは有利な他者に悪意を抱きながら、
邪眼を向けている
――「そして、他者に不幸が降りかかると嬉しそうに眺める」。〉


、、、私たちは他者を「上から見る」のです。
FacebookやInstagramやネットニュースや匿名サイトで。
そして、「不幸が降りかかると嬉しそうに眺める」。
ダンテの神曲ではこの人たちは、
両目を針金で縫い付けられました。

現代人の多くもそれに一歩近づいています。
では、私たちはどうすればシャーデンフロイデから自由になるのか?
それには私たちに潜むいくつかの、
「心理バイアス」を理解し、
それに対処する必要があるのですが、
今日はそこまで説明する時間(文字数)がありません。
あしからず。
(798文字)



●逆転力

読了した日:2019年5月17日
読んだ方法:図書館で借りる

著者:指原莉乃
出版年:2014年
出版社:講談社MOOK

リンク:
https://bre.is/eoK6QktJWn

▼140文字ブリーフィング:

AKB48の指原さんの本です。
どちらかというと、
指原は嫌いなのですが笑、
彼女が頭が良いのは間違いありません。
「天才」と言っても良いかもしれない。

「地頭が良い」という言葉がありますが、
彼女こそその権化のような存在です。
本書を読んでそれを深く確信しました。
読むと分かりますが、
クソほど頭良いです、この人。
私の100倍ぐらい頭がキレるんじゃないでしょうか笑。
マジで。

ただね。

注意が必要です。

「自信を失ってるみんな、
 私を見てください!
 こんなに可愛くもないし、
 特別な才能もない指原でもできたんだから、
 みんなもできるって夢を見てほしい」
というのが彼女が言っていることですし、
秋元康もその「ストーリー」を商品化しているわけですが、
この商品には劇物が混ざっています。
「猛毒入りまんじゅう」なのです。

どういうことか?

本書で一番多様される言葉は、
「自分はズルい」「自分は打算的だ」
「自分は計算高い」「自分が幸せなのが一番大事」
「死にたくない」「真正面から勝負しない」というような、
「エゴイスト宣言」「自己愛宣言」です。
彼女は「自己愛世代」の日本代表なのです。

まぁ、「こういう人が成功する社会」だ、
というのもよく分かるし、
彼女の在り方は、
現在の20代以下の世代の空気を良く表しています。

ただ、ここからが問題です。

彼女は明らかに天賦の才能に恵まれ、
天才的に頭が良いから良い方に転んだのであって、、、、
という留保が必要なのです。
「本物の凡人=つまり人口の99%」が、
彼女の哲学を内面化して実践したら、
完全に無視されるか、
社会に迷惑をかけるか、
大事故を起こします。

「自分を凡人に見せる」
ということを含め、
彼女は天才なのですから。
彼女は猫の着ぐるみをかぶった、
サーベルタイガーなのです。

騙されてはいけません。

それはさておき、
予見される未来において、
「日本初の女性総理大臣」になるとしたら、
それは指原だと思います。
まぁ、私は好きじゃないけど笑。
(620文字)



●えんとつ町のプペル

読了した日:2019年5月18日
読んだ方法:図書館で借りる

著者:にしのあきひろ
出版年:2016年
出版社:幻冬舎

リンク:
https://bre.is/Oa4B_BJX7

▼140文字ブリーフィング:

ひとつ罪を告白しますと笑、
インドにいる間、
Kindleで本を買って読んでいくうちに、
変な袋小路に迷い込んでしまい、
キングコングの西野亮廣の自己啓発書を、
買って読みました。

そのタイトルも「新世界」。
その本の中で彼がめちゃくちゃ「あおる」ので、
彼の絵本がどんなもんかと思って、
つい手に取ってしまいました。
罪に罪を重ねてしまいました笑。

、、、読んでどうだったか?

ノーコメントでお願いしたいところですが、
まぁ、端的にいって、
中二病が爆発してましたよ、そりゃ。
彼の中二病は凄いです。
「職業・中二病」ですから笑。
それで立身しているのですから、
それはそれで立派なものです。
(279文字)



●誰もが嘘をついている

読了した日:2019年5月18日
読んだ方法:図書館で借りる

著者:セス・スティーヴンス=ダヴィッドウィッツ
出版年:2018年
出版社:光文社

リンク:
https://bre.is/n4OVfvKCd

▼140文字ブリーフィング:

これはめちゃくちゃ面白かったです。
人間心理を広域に調べる場合、
現代の学問体系ですと、
社会学ではアンケートを用い、
心理学では学生による実験を用います。

ところが、
「第三の情報ソース」として、
著者は「グーグル検索バー」のビッグデータが、
それになるのではないか、と「予言」します。
当初学者たちは彼の主張を相手にしていませんが、
もはや無視できないところまで来ています。

たとえばインフルエンザの流行を、
予測したりモニタリングするのに、
米国でも日本でも手法は同じです。
医者が患者を診断します。
医者は特定の流行性疾患について、
保健所などの政府機関に報告が義務づけられています。
ところが発症→診断→報告→集計→発表、
というプロセスには、一週間から10日間のタイムラグができます。
「流行の予兆」から「流行の発表」まで、
いかにも官僚的な理由で、
かなりのタイムラグがあるわけです。

ところが、もう一つの感染予測ルートが、
現在真剣に検討されています。
ある町である日のグーグル検索バーに打ち込まれる、
「高熱」
「節々の痛み」
「筋肉痛」
「喉の腫れ」
「倦怠感」
などの検索ワードが跳ね上がったら、
それはかなりの高確率でインフルエンザの流行を示唆するのです。
しかも、役所よりも7日間も早く予測できる。

もちろん、
グーグルのプライバシーポリシーの問題や、
これによる発表が始まったときに、
その事実が検索項目に影響を及ぼすという、
「量子論的問題」など、
様々なクリアすべき課題はあるのですが、
あるトピックについては、
実験やアンケートよりも、
Google検索バーの情報のほうが、
正確に社会の実態を把握する情報源である、
ということは間違いなさそうです。

著者は検索バーは、
現代の告解室(カトリック教会の懺悔を行う場所)だ、
と指摘しています。

→P131 
〈ここでちょっと
「子どもを持ったことを後悔している」
などと検索することの意味を考えてみよう。
グーグル自体は情報を調べる手段として存在している。
天気予報や昨晩の試合結果、
自由の女神はいつ建てられたかなどだ。
だが時に人は、
たいして期待もせずに赤裸々な思いを検索ボックスに打ち込む。
この場合、検索ボックスはいわば告解の場だ。〉


、、、現代人は、
最愛の人や神父の前ではなく、
検索バーの前で、
最も正直になるのです。

2016年のアメリカ大統領選挙において、
メディアのほとんどは、
「ヒラリー圧倒的有利」を予測しました。
直前の電話予測調査でもそれは変わらなかった。

しかし、蓋を開けてみると、
トランプが勝った。
人々は電話調査で嘘をついていたのです。
「有権者の子どもへの調査」は、
これまでの大統領選では、
かなりの精度で当選者を予測する、
と知られていましたが、
それすらも裏切られました。
子どもたちは親たちのヒラリー支持を予測しましたが、
結果は逆になった。

親たちは子どもたちにすら嘘をついていたのです。

では、人々は正直に告白したのはどこか?
そうです。
検索バーです。

引用します。

→P25〜26 
〈予備選の初期、ネイト・シルバーは、
トランプが勝つ見込みはないに等しいと宣言した。
予備選が進み、
トランプが広範な支持を集めていることが明らかになるにつれて、
シルバーは何が起きているのかデータで検証することにした。
いったいどうしてトランプはこんなに快調なのか?

その結果、トランプが最も優位な地域をつなぎ合わせると、
奇妙な地図が出来ることが分かった。
北東部、中西部工業地帯、そして南部で勢いがあり、
西部では不振を極めていたのだ。
シルバーはこの勢力図を説明できる変数を探した。

失業率か?
宗教か?
銃所有率か?
移民率か?
反オバマ率か?

そしてシルバーは、
共和党候補予備選挙で
ドナルド・トランプの支持に最も相関性の高いある要因を見出した。
それは私が4年前に見出した判断の手がかりだった。
トランプ支持が最も強かった地域は、
「ニガー」という語を最も良く検索していた地域だったのだ。〉


、、、ニガーというのは、
黒人への蔑称です。
「クソ黒人」と検索した人が多い地域と、
トランプ支持との相関性が、
宗教、銃所持率、移民率、失業率、、、
などよりも正確な「トランプ予測変数」だったのです。

背筋の凍る話しです。

今後もグーグルのビッグデータは、
人類の動向を分析・予測する上で、
かつてないような規模の情報を与えてくれるでしょう。
社会学の概念が変わるかもしれないような変化の予兆が、
すぐそこまで迫っています。
(1,812文字)



●戦争する国の道徳

読了した日:2019年5月18日
読んだ方法:図書館で借りる

著者:東浩紀、宮台真司、小林よしのり
出版年:2015年
出版社:幻冬舎新書

リンク:
https://bre.is/VB8rd6Y-H

▼140文字ブリーフィング:

先ほど紹介した、東浩紀の「ゲンロンカフェ」で、
2015年3月14日に行われた鼎談の文字おこしです。
3人が沖縄の基地問題、福島の復興、日本の未来について語ります。
面白かったですが文字数の関係で泣く泣く割愛!

東浩紀が「回し役」なので、
最も発言機会も少なく話しも短いが、
彼が最も頭が良いというのが文字興しすると分かります。
宮台真司は衒学的でちょっと、、、。
もちろんそれはそれで圧倒されるわけなのですが、、。
(199文字)



●文藝春秋 2019年6月号 村上春樹「猫を捨てる」

読了した日:2019年5月24日
読んだ方法:駅の売店で購入(1000円)

著者:村上春樹
出版年:2019年
出版社:文藝春秋

リンク:
https://bre.is/kwdR44Vf_

▼140文字ブリーフィング:

村上春樹氏が書き下ろした、
お父さんとの和解の話し。
めちゃくちゃ興味があったので、
「文藝春秋」の雑誌を初めて駅で購入しました。
心がじんわり温まる、良い文章でした。
これも文字数の関係で割愛(泣)!
(96文字)



●命のビザを繋いだ男 小辻節三とユダヤ難民

読了した日:2019年5月25日
読んだ方法:義理の父から借りる

著者:山田純大
出版年:2013年
出版社:NHK出版

リンク:
https://bre.is/QJ2gCcIgm

▼140文字ブリーフィング:

ペース配分をまちがえました(爆死)。
本当がこの本が一番解説したいのですが、
文字数が足りないので簡単に説明します。

杉原千畝の「命のビザ」は、
今では多くの人が知っていますが、
命のビザでリトアニアから日本に逃げてきた難民たちが、
アメリカに行くために「中継」した人物の存在は、
これまで知られていませんでした。

本書の著者・山田純大さんはなんと俳優さんで、
歌手の杉良太郎の子どもらしいです。
彼は子ども時代をハワイで過ごしたそうで、
小辻節三という人の存在を知ったことから興味が湧き、
綿密な調査をして、
「日本にこういう人間がいたことを、
 日本人に知ってほしい」
という一心でこの本を書き上げました。

小辻節三という人について引用します。

→P9 
〈杉原(千畝)が発給したビザは
あくまでも日本を通過することを許可するビザであり、
彼らに許された日本での滞在日数は多くても十日ほどであった。

たった十日間で目的地の国と交渉し、
船便を確保するのは不可能である。
ユダヤ難民たちはビザの延長を求めたが、
その願いは叶わなかった。

もし、ビザが延長されなければ、
ユダヤ難民たちは本国へ強制送還されることになる。
それは彼らにとって「死」を意味していた。

そんなユダヤ難民たちの窮地を救った一人の日本人がいた。
その人の名は小辻節三。

小辻節三は次々に神戸に辿り着くユダヤ難民たちの窓口となり、
日本政府と様々な形で交渉した。
そして見事にビザの延長を実現したのだ。

それだけではない。
ビザがないために日本に入国できず、
日本海の船上で助けを待つユダヤ難民たちに救いの手を差し伸べたり、
彼らが日本で安心して生活を送れるように尽力した。
また、目的地へ向かう船便の確保のために
船会社と交渉するなど東奔西走した。〉


、、、ユダヤ人たちを救済した外国人たちに、
「諸国民の中の正義の人」という賞が、
イスラエルから送られます。
『シンドラーのリスト』のシンドラーや、
杉原千畝などにも贈られているのですが、
小辻節三はこれを授与されていません。

それには理由があり、
これは「異邦人」に贈られる賞なのですが、
小辻節三は異邦人ではないのです。
彼は若いときにキリスト教に改宗し、
神学校に行き牧師になり、
旭川で教会の牧師として働きます。
しかしその「教会文化」になじまず、
むしろ「ヘブル語と聖書」に惹かれた小辻は、
アメリカにわたりヘブル語の博士号を取ります。

そして日本に帰ってきて、
ヘブル語を教える私塾を運営した後、
満鉄総裁の松岡洋右に呼ばれ、
満州国に行って、
当時満州国に多数いたユダヤ人と、
当局との橋渡しをするようになります。

帰国してからは鎌倉でヘブライ語の研究をしていましたが、
「命のビザ騒動」で再び日本のユダヤコミュニティから要請され、
東奔西走して彼らの命を文字通り救います。

戦後彼は穏やかな日々を過ごしますが、
老年になり、「改宗してユダヤ人になりたい」
という長年の夢を達成するために、
エルサレムに渡ったのです。
彼は「日本人初のユダヤ教徒(ユダヤ人)」でもあるのです。

「諸国民の中の正義の人」は、
「ユダヤ人のために尽力した異邦人」に贈られますから、
ユダヤ人となった小辻は対象に入っていなかったことを、
山田純大さんは突き止めます。
しかし、彼の「日本人としての」業績が認められ、
今後もしかしたら「諸国民の中の正義の人」
に加えられる可能性がないわけではありません。

こういう人が日本にいたことが、
誇らしくなりました。
まったくこれまで知らなかったことが申し訳ないですし、
知らせてくれた山田純大さんに感謝したいです。
(1356文字)



▼▼▼リコメンド本「今週の一冊」▼▼▼

ご紹介した本の中から、
「いちばんオススメだったのは?」という基準でリコメンドします。
「いちばん優れていた本」というよりも、
「いちばんインパクトの大きかった本」という選考基準です。
皆さんの書籍選びの参考にしていただけたら幸いです。


▼今週の一冊:命のビザを繋いだ男 小辻節三とユダヤ難民

コメント:

これは非常に面白かった。
紹介してくれた義理の父に感謝です。
小辻節三という人の、
学究肌で政治的な権力や名声や富に無頓着な、
いわば不器用な生き方は、
どこか自分自身と重なるところがあり、
他人事とは思えませんでした。

彼は自分の人生を、
「霊的な探求の旅路だった」と晩年に言っています。
「100年以内に自分を理解してくれる人が、
 きっと現れるだろう」
と言い残して死んだ、と娘たちは語っています。
じっさい山田純大さんが「掘り起こす」まで、
ほとんどまったく日本で知られてこなかった。
むしろイスラエルや、
アメリカのユダヤ社会では有名な人らしいですが。

同時代に理解されることにまったく頓着しない、
というのもとても惹かれる。
「宗教家として成功することと、
 霊的な歩みをすることは矛盾する」
というのを最近何かで読んだのですが、
私は後者に傾いているので、
同じ傾向を持つ小辻節三に共鳴を覚えるのでしょう。



▼▼▼部門賞▼▼▼

ご紹介した書籍の中から、
陣内の独断と偏見で、
「○○賞」という形で、
特筆すべき本をピックアップします。
こちらも何かのご参考にしてくだされば幸いです。

▼「検索データの衝撃賞」
『誰もが嘘をついている』

コメント:

この本はヤバかったです。
解説に書いた通りですが、
「世の中の認識」が、
今後変わっていくかもしれない、
ということを感じます。
私たち現代人は「グーグルという祭司」に、
いつも罪を告白しながら生きているのです。
そして祭司がその気になれば、
私たちを操作することもできる。
面白かったです。

心惹かれる生き物

2019.10.28 Monday

第93号   2019年5月28日配信号

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
■1 今週のオープニングトーク
::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::

▼▼▼心惹かれる生き物▼▼▼

どうも、筋肉を増やすための「増量」を続けていたら、
ジムの体組成計の判定がついに、
「やや肥満」から「肥満」になった陣内俊です。
脂肪が増えるのを恐れていたら筋肉は増えない。
筋トレユーチュバーのコアラ小嵐の言葉を信じて、
もうちょっと増量を続けます。
秋口ぐらいから減量に移行しようかと思ってます。

今のところ。

さて。
メルマガ読者の皆様、こんにちは。
今週も質問カードからいってみましょう!

▼質問:地球上に生息する生き物の中で最も心惹かれるのは?

そうですねぇ。
ゾウですね。

終わりです。


、、、


、、、


嘘です。
ウソウソウソ。

質問カードって、
実は「話しをふくらませる練習カード」
でもあるんですよね。
「使用上の注意」には書いてないんですが笑、
これって、話しをふくらませる意欲のない人とやっても、
まったく面白くないゲームですからね、マジで。

これを続けると、
「どんな切り口からでも面白い話しが出来る人」
になります。
「どんな切り口からでもつまらない話しを、
 ダラダラと垂れ流す人」ではないので注意が必要です。
「話し好きな人」と、「話しが上手な人」は違います。
そしてたいてい前者と後者は重なりません。

「質問カード」は、
「話しが上手な人」にあなたを近づけます。
「会話の大リーグボール養成ギブス」なのです。

というわけで、
例によって3つやっていきましょう。

(最初に「(理由は)3つある」と言って話し始めるのは、
 「フランス人論法」というそうです、ちなみに)


▼▼▼3位:深海魚

3位は深海魚です。
深海魚って、マジで面白くないですか?
深海魚の写真をネットで見るだけで、
小一時間は軽くつぶせます。
それぐらい面白い。

デザインというか造形というか発想というか、
そういうのが「ぶっとんでる」。
パリコレとかミラノコレクションの比じゃないですね。
神様はクリエイティブだ、
っていう、もう同語反復も甚だしい、
わりと陳腐な感想を漏らしてしまいそうです。
(創造者は創造的だ、
 って言ってるのと同じですから笑)

これとか凄いですよ。
「コックピット」みたいなやつがありますから。
ガンダムとかに出てくる操縦席みたいなやつ。

▼参考画像:デメニギス
https://bre.is/CscxLEj4p

これも凄いです。
ガチャガチャで出てきそうでしょ笑。
もしくは中にあんこが入った和菓子みたい。

▼参考画像:サルパ
https://bre.is/RXJAc6cs5

このページとか面白いです。
ずっと見ちゃいますね。
https://ailovei.com/?p=3903


もし、もう一回人生があったら、
「深海生物研究者」になるのも、
かなり面白いだろうな、と思ってるぐらいですから。


▼▼▼2位:牛(特にホルスタイン)

牛は好きですね。
牛が好きで帯広畜産大学に入りましたから。
今も大好きです。

牛って体重600キロ(オスは1トン)
あるのに、脳はソフトボールぐらいしかない。
犬とかよりも「頭は悪い」です。
でも、そこがなんとも愛らしい。
愛くるしいのです。
行動を観察してると、
小一時間ぐらいすぐに過ぎます。

なんというか、
いとおしいのです。

ハエをしっぽで追い払ったり、
かゆい部分を長いベロでかこうとするんだけど、
届かなかったり。

あと牛の性格って、
一言で言うと、
「好奇心旺盛だが臆病」なんですよね。
この「アンビバレント」な感じがまた良い。

さらに牛の「目」が好きですね。
牛の瞳孔って、横に広いんです。
猫の瞳孔が縦に長いのと逆ですね。

牛の横長の瞳孔と、
いわゆる「黒目」の部分が大きいという特徴から、
とっても「やさしげ」な表情をしてるんですよね、牛って。

個体によっては目つきが悪い奴もいます。
そしてそういうヤツは性格もキツいです。
経験上。

性格が顔に表れるのは、
人間だけではありません。

これホント。



▼▼▼1位:ゾウ

ゾウが一番好きです。
直接触れあった経験はほぼありませんが、
ゾウのものを集めちゃうぐらい好きです。
私の書斎には、
2008年にインドの露店で買った、
ゾウの絵画が飾ってありますし、
リビングにもタイで買ったゾウの油絵が飾ってあります。
ゾウの置物や縫いぐるみのたぐいも、
気づけば複数ある。
見つけるとつい買っちゃう。

バナナリパブリックというアパレルメーカーの、
ロゴがゾウなので、一時期好んで来ていた時期がある。

なんでゾウなのか?

ゾウって、「哲学者」みたいなんですよね。

▼参考画像:
https://bre.is/5tHsbXoip

こんな感じに。

インドでは「ガネーシャ」という、
ゾウの神がいます。
私はゾウが神だと思っていませんが笑、
古代の人がゾウを神聖視したその気持ちは分からんでもない。

「きっとこの生き物は、
 人間なんかよりも、
 ずっと深い考えを持っているんだろうなぁ」
という畏敬にも似た気持ちを抱くというのは、
とてもよく分かる。

じっさい、
人間が理解していないだけで、
動物がかなり高度な知性を持ち合わせていて、
測る尺度がないだけで、
ある分野においては人間すら超越するかもしれない、
というのは最近の研究で証拠が見つかってきています。

「動物は人間より下だ」
「動物には知性も共感能力もない」
と言っている人こそが、
知性も共感能力も残念な人だと私は思います。
デカルト先生の罪は重いのです。

弁護するわけではないですが、
デカルトが現代に生きていたら、
研究結果を見て考えを改めるのは間違いありませんが。
デカルトって、そういう人なんです。
「教条主義的デカルト主義者」ほど、
デカルトとかけ離れた人物はいません。
皮肉なことに。


、、、今日はここまで。
では本編いってみましょう!

陣内が先週読んだ本 2019年4月4日〜5月8日 『知性は死なない』他

2019.10.22 Tuesday

第91号   2019年5月14日配信号

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
■2 陣内が先週読んだ本 
期間:2019年 4月4日〜5月8日
::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::

先週私が読んだ本(読み終わった本)を紹介していきます。
一週間に一冊も本を読まない、
ということは、病気で文字が読めなかった数ヶ月を除くと、
ここ数年あまり記憶にないですから、
このコーナーは、当メルマガの
レギュラーコーナー的にしていきたいと思っています。
何も読まなかった、という週は、、、
まぁ、そのとき考えます笑。

ただ紹介するのも面白みがないので、
twitterに準じて、
140文字で「ブリーフィング」します。
「超要約」ですね。
(どうしても140字を超えちゃうこともあります。
 140文字はあくまで「努力目標」と捉えてください笑。)

忙しい皆さんになり代わって、
私が読んだ本の内容を圧縮して紹介できればと思います。
ここで紹介した本や著者、テーマなどについて、
Q&Aコーナーにて質問くださったりしたら、
とても嬉しいです。


●神の傷みの進学

読了した日:2019年4月6日
読んだ方法:図書館で借りる

著者:北森嘉蔵
出版年:1980年
出版社:講談社

リンク:
https://goo.gl/NqG3id

▼140文字ブリーフィング:

これはずっと読みたかった本です。
国内外を問わず、20世紀以降の神学書に、
かなり頻度で引用されている、
日本の神学者による著作です。

インドの被差別民の解放のために尽力している、
ラムスラット氏という方を、
FVIは資金的に支援してきました。

▼参考リンク:FVIのプログラム
http://karashi.net/project/world/program_02/report/2016.html

先月インドに行った目的のひとつが、
このラムスラットさんと話すことだったので、
彼らの働きの神学的な支柱と、
きっと北森架蔵は関係があるに違いない、
という予感がしたため、
「予習」のために読みました。

、、、結果、
北森架蔵の話しをするのは忘れちゃったんですけど笑。
でも、去年読んだ栗林さんの「荊冠の神学」の話しはしました。
いずれにしても、これらの話しはかなり文脈的に共通するので、
予習しておいたことで深い話しが出来たと思います。

著者はエレミヤ書31章20節の「はらわたが痛む」、
という御言葉からインスパイアされて、
ギリシャ的な「痛まない神」から
非西洋的な「傷む神」への転回を計ります。
時を同じくして20世紀最大の神学者のひとり、
ドイツのユルゲン・モルトマンが
「十字架のうえの神」で「傷む神」を提示し、
当該書(十字架の上の神)で北森氏の本書に言及しています。

私たちが「(正統な)神学」というときそれは、
西洋キリスト教神学のことを指します。
神学校で学ぶのもこっちですね。
ただ、「正統的である」ということと、
それが本当に正しいと言うことは別のことです。
そもそも「真理は生成的」だ、
というヘブル的な観点に立てば、
「正統的」という言及自体が「そこで止まってしまう」、
という静的(スタティック)なイメージを含むため、
真理を言い表せていないことになる。

真理はもっとダイナミックなものです。
モルトマンや北森はそのへんをよく分かってるから、
西洋キリスト教神学にもアキレス腱がある、
という前提で話しを始めるわけです。

そのアキレス腱とは、
「ギリシャ的なるもの」です。
ギリシャ的なものというのは、
「概念化」とか「分析」を得意とする一方、
言葉にならない形容しがたい何かや、
分類不能なものを分類不能なまま扱う、
といった概念操作は苦手です。

そうするとどうなるか?

「神は完全である」という、
「定理(!)」をギリシャ的なものは好むのです。
そうするとそこから、
「神は間違わない」
「神はすべてを知っている」
「神に出来ないことはない」
などの概念が「演繹(!)」されます。

その中に、「神は苦しまない(痛まない)」
が入っています。

でも、それって本当なんだろうか?

ということを、
モルトマンや北森は言っているのです。
聖書をギリシャ的に読めばそうかもしれないけど、
非ギリシャ的に読むならば、
ちょっと違うんじゃないの?

ってことです。

引用しますね。

→P203〜204 
〈ギリシャ人の思惟を通過せずしては、
三位一体の真理は決して現に見るごとき
完全な明確さを獲得することは出来なかったであろう。
我々もまたこのことを感謝しつつこの真理に従い歩まねばならぬ。

しかしギリシャ的思惟はこの積極的意義と同時に、
一つの制限を持っていることも否定しがたいところである。
既に述べたごとく、
「本質」としての神はその性格において、
聖書に示される神の真実の姿から一つの決定的なるものを見失っている。
エレミヤが見た痛みにおける神の姿こそ、
その決定的なるものである。
今日の我々の任務は、
ギリシャ・ローマ的教会の真理に従い歩みつつ、
しかもそれが見失っていた聖書の真理を再び回復することによって、
その立場を一歩発展せしめることである。〉


、、、こういう話しをすると、
「そうだ、キリスト教神学なんてクソだ!」
「神学校さえ消えてなくなればキリスト教会は良くなる!」
みたいな結論に飛びつく人がいますが、
それは早計というものです。

さらに言えば「あさはか」ですし、
もっと言えば教養に欠き、不遜ですらある。
その路線で行くと、必ず失敗します。
歴史から学ばない愚者は失敗を繰り返しますから。

アイザック・ニュートンが言ったように、
私たちはみな、「巨人の肩」に載っているのです。
そして「巨人」とは2000年間の神学の歩みのことです。
私たちはその恩恵に感謝しつつ、
それを「一歩でも、1ミリでも」発展させる、
という態度が必要なのです。
(1,796文字)



●知性は死なない 平成の鬱をこえて

読了した日:2019年4月13日
読んだ方法:札幌のブックオフで購入(889円)

著者:與那覇潤
出版年:2018年
出版社:文藝春秋

リンク:
https://amzn.to/2U6o988

▼140文字ブリーフィング:

これはインドで読みました。
YouTube放送でも語ったのですが、
この本はもう、めちゃくちゃ面白かったです。
インドにいた3週間の中の、
「思い出ランキング」を作ったら、
「昼ごろに来る」、と言ってた人が、
19時まで来なかった7時間の間、
仕方ないから部屋でこの本を、
夢中で読んだことがベスト3に入ってくると思います笑。

日本でやれや、っていうね笑。

この本は札幌のブックオフで偶然出会った本です。
與那覇潤という著者のことは、
以前読んだ本で知ってて、
同世代の若手の論客、
ということでシンパシーを抱いていました。

ブックオフでこの本を手に取ると、
何とこの人、私がうつ病療養していた時期と、
1年ぐらい遅れて、ちょうど同じ期間、
うつ病を患って大学の職も失っていたのです。
本作はその「復帰作」です。

もうね、私自身の自叙伝を読んでいるごとく、
いちいちすべてのことに共感出来、
そして私もまだ言語化できていなかったようなことを、
見事に言語化してくれていて、
なんていうか、
「読んだ後に見える風景が変わる本」でした。

自分の病気と、
「平成」という時代が抱える行きづらさ、
そして思想的行き詰まりをパラレルに描き、
そこから「ナラティブの改変」によって抜け出した著者は、
新しい時代の新しいナラティブ(思想)について提案するようになります。

イタリアの精神科医の言葉に、
「Recovery is Discovery」という言葉があって、
私はこの言葉が好きです。
「回復は発見である」というような意味で、
精神疾患から「回復する」というのは
「もとの状態に戻る」ことじゃない、
ってこの人は言ってるのです。
そうじゃなくて、
せっかく病気になったのだから、
そこから何かを発見して、
新しい風景が見えるようになる。
新しい風景から見た時に、
もはや病気は障害ではなくなっていて、
問題は問題ではなくなっている、
というような「弁証法」の過程を、
このイタリアの精神科医の言葉は表しているわけです。

與那覇さんの著書『知性は死なない』は、
その弁証法的プロセスを、
まさに見事に言語化していて、
私は自分自身の活動と照らし合わせるとき、
もはや彼を他人とは思えなくなりました。
「同志」とか「兄弟」のように感じています。
一度も会ったことないけど笑。

でも病って人をつなげるんです。
同じ病を患った人って、
ときには家族以上に親しく感じます。
もちろん例外もあるけれど。
これは病気になった人だけが分かってくれる感覚だと思いますが、
そういうのって、確かにあります。
「あの苦しみのことを知ってる人としか、
 話したくない」という時期が、
病気の時はありますから。
病気を経た後もそうです。
「友よ!あの苦しみを知っているのか!」
というやつです。

これってたとえば、
「お前もノルマンディー上陸作戦にいたのか!」とか、
「あなたもあのレイテ島で戦っていたのですね!」
というような連帯に近い。
肉親ですらその感情的繋がりを理解出来ない。
「同じ地獄を共有した者同士」の連帯は、
それほどに特別なのです。

さっきからまったく本書の内容に触れていませんが笑、
あまりにも読書メモの分量が多いので、
いつか「本のカフェ・ラテ」で詳説しようかなぁ、
と思っています。

ちょっとだけ引用しますね。

→P26 
〈うつ病を始めとする精神の病を患った人は、
どなたも自分自身の「世界観」が
打ち砕かれてしまう体験をされたと思います。
いままであたりまえに出来ていたことが、できない。
自分がずっと信じてきたものが、信じられない。〉

→P14〜15 
〈知識人とされる人には往々にして
「世の中は移り変わるけれども、知性は変わらない」
という信仰があります。
知性を不動の価値基準として固定した上で、
目の前を移ろう諸現象の「問題点」や「限界」に筆誅を加える。
そうしたスタンスを取りがちなのです。

しかし知性の方こそが、
うつろいやすく限界付けられたものだとしたらどうか。
そのような観点に立たなければ、
日本のみならず世界的な、
知性の退潮を正しく分析できないのではないか。

いちどは知的能力そのものを完全に失い、
日常会話すら不自由になる体験をした私が、
そのような思考の転回を経験することで、
もういちどものごとを分析し語ることが出来るようになった。
その意味では本書もまた闘病記ではありますが、
それはけっして、読者の同情を惹くことが目的ではありません。

読んで下さる皆さんにお願いしたいのは、
本書を感情的に没入するための書物に、
してほしくないということ。
むしろ、ご自身がお持ちの知性を
「再起動」するためのきっかけにしてほしいと、
つよく願っています。

なぜなら、知性は移ろうかもしれないけれども、
病によってすら殺すことは出来ない。
知性は死なないのだから。〉


、、、著者は、平成を「知性が退潮した時代」と定義しています。
「反知性主義」や「ポスト真実」、フィエクニュースや、
公開集団リンチの場と化したSNSやワイドショーを見れば、
それは同意できます。

では、「知識には可能性がない」という時代は、
いったいどんな未来につながっていくのか?
歴史を見るとそのような時代の先には、
地獄が広がっていることが分かります。
端的にいって現代の世界は危機的状況にあり、
それは「知性の退潮・衰退」と関係がある。
思想家の東浩紀が「批評は終わったか?いや終わってない」
みたいなことをずっと言い続けているのって、
そのあたりの危機感があるからです。

ところがいわゆる「知識人」以外の人にとっては、
東浩紀や與那覇潤のような危機感は共有されていない。
「あの人たちは何をテンパっているんだろう?」
という人のほうが大多数でしょう。
「結局経済なんだよ、バーカ」という、
負けた候補にビル・クリントン言い放った言葉が、
現代世界を支配している。

それこそがまさに「危機的状況」に含まれるわけですが、
また思考はそこでループしてしまい、、、
という自己言及の無限ループに陥る。

、、、で、
病気になる前の與那覇さんは、
東大卒の博士で大学の准教授でしたから、
知識人のひとりとして、
そのループをいかに抜け出すか、、、
みたいなことをやってたわけです。

ところが彼はうつ病に襲われた。
それによって「知性」が根幹から蝕まれ、
機能不全になる経験をした。
病のどん底で入院をし、
「同じく何も出来なくなった同病者たち」
と話し関わるなかで、
「そもそも知性の定義とは、、、」
というものが変わってくるわけです。

それはまさに、「世界観の改変」でした。
上から見ていたジオラマ地図を、
横から見るようになる、みたいな感じです。
別の風景が見えてくるわけです。

そこから見た時に、
「知性は死んだ。
でも知性は死なない。」
という、「弁証法的に止揚された希望」
が語られるのが本書です。

ヤバいですよ、この本。
オススメです。
(2,685文字)



●FACTFULNESS ファクトフルネス

読了した日:2019年4月5日
読んだ方法:図書館で借りる

著者:ハンス・ロズリング他
出版年:2019年
出版社:日経BP社

リンク:
https://goo.gl/Y6eh99

▼140文字ブリーフィング:

けっこう話題になっている本です。
本屋にも平積みされてるんじゃないかな。
この本を読むと、
2019年の私たちは、
世界の実像に関する知識が、
1990年ぐらいからアップデートされていないことが分かります。
著者が独自に作ったテストによると、
「どれぐらい分かってないか」の度合いは、
職業や学歴やその人の知性とまったく関係なかったそうです。

高卒の工場労働者も、
ハーバード卒のエリートも、
シリコンバレーの億万長者も、
田舎の主婦も、
そして(最も深刻なことに)最先端のジャーナリストまでも、
全員が、「世界の実像を把握していない」
ということを本書は実証していきます。

なぜそういうことが起きるのか?

それは世界のあまりにも急激な変化と、
私たちがもついくつかの認知的バイアスによる、
というのが著者の主張です。

私たちはWindows10とiPhoneの世界に生きているのに、
多くの人のOSはWindows95と固定電話の世界に生きているわけです。
これはヤバいでしょ。

文字数制限に近づいてきましたので、
一つの例だけを挙げます。
この本、面白いですよ。

→P42〜44 
〈低所得国と高所得国のあいだには分断があると思われているが、
実際に分断はなく、代わりに中所得国がある。
そこには、人類の75%が暮らしている。

中所得の国と高所得の国を合わせると、
人類の91%になる。
そのほとんどはグローバル市場に取り込まれ、
徐々に満足いく暮らしが出来るようになっている。
人道主義者にとっては喜ばしいことだし、
グローバル企業にとってもきわめて重要な事実だ。

世界には50億人の見込み客がいる。
生活水準が上がるにつれ、シャンプー、バイク、
生理用ナプキン、スマートフォンなどの購買意欲も高まっている。
そういう人たちを「貧困層」だと思い込んでいる内は、
ビジネスチャンスに気づけないだろう。

わたしはよく講演の中で、
「途上国」という言葉を使うべきでないと唱えている。

だから、話しの後で、
「では、わたしたちはあの人たちを何と呼ぶべきですか?」
と聞かれることが多い。
しかしよく考えてみると、この質問も勘違いの一つだ。
「わたしたち」と「あの人たち」という言葉を使うこと自体が間違っている。

まず、世界を2つに分けることはやめよう。
もはやそうする意味はない。
世界を正しく理解するためにも、
ビジネスチャンスを見つけるのにも、
支援すべき貧しい人々を見つけるのにも役に立たない。〉


、、、「世界人口の91%は中所得か高所得国に住んでいる」
といったことを問う、
回答の簡単な3択のクイズを著者は考案しました。
全部で13問あるのですが、
OECD諸国のどの国で調査しても、
平均回答率は3割を切ります。
3択問題で3割を切る、
というのはランダムに選ぶ、
チンパンジーよりも正答率が低いと言うことです。

さらに深刻なことに、
問いの種類によっては、
教育レベルが高ければ高いほど、
正答率が下がるものもありました。
これはメディアと教育に、
何か深刻な問題があると考えなければならない。

「世界は、じっさいにどうなっているのか」
という現状認識が誤った状態で何かをするのは、
それがビジネスでも人道支援でも宣教活動でも、
「間違った地図で目的地を目指している」
というようなものですので、
先行きは暗いと言わざるを得ない。
その意味でこの本はすべての人の必読書と言えるでしょう。
(1374文字)



●有名人になるということ

読了した日:2019年5月5日
読んだ方法:図書館で借りる

著者:勝間和代
出版年:2012年
出版社:ディスカバー・トゥエンティワン

リンク:
https://bre.is/gT10Hz0Mn6

▼140文字ブリーフィング:

勝間和代さんの本、久しぶりに読みました。
「意識高い感じ」が苦手で、
この10年ぐらい遠ざかっていたのですが笑、
あるYouTubeをラジオ代わりに聞いていて、
この本が絶賛されていたので興味を持ち。

「案外」(というと失礼ですが笑)、
まともなことが書いてありました。
彼女は印税の20%を慈善団体に寄付する、
「Chabo」というプロジェクトを主宰していることを見ても、
社会的弱者への共感が彼女の原動力であることが分かります。
最近彼女が自分が性的マイノリティであることを、
カミングアウトしたことで私は、
「なるほどなぁ」と思いました。

実はこの人「意識高い系の教祖」みたいに言われますが、
それはまさにマスコミの貼ったレッテルであり、
そのレッテルを引き受けて自分をキャラ化する、
ということも含めて、彼女の「有名人戦略」のひとつだと、
この本を読むと分かります。

実はこの人、志が高いひとです。
「意識高い系」とは一線を画する。

「有名になること自体を目的とするのは
お金持ちになること自体を目的とするのと同じで、
やめた方が良い。」と彼女は語ります。

「○○を達成するために有名になる」
「○○を達成するために金持ちになる」
という、より高次の目的がないと、
その先にあるのは破滅だと彼女は経験から語ります。
では勝間氏の場合それは何か?

「それによって社会に貢献すること」が、
勝間氏の「より高次の目的」と語ります。

、、、この手のことを掲げる人って、
「それを言う自分の理念に酔っちゃってる」
感じの人も散見されるのですが、
彼女の場合じっさいにChaboというプロジェクトで、
慈善団体に寄付したり、自分の社員を厚遇したりという、
じっさいに行動しているところから語っている。
「まだまだ全然出来てないんですけどね」
という、じっさいやってる人ならではの発言もある。

私の中で、勝間和代さんが、
「ネタ」の対象から、
尊敬に変わりました。

ちなみにこの本で勝間さんは、
有名になることのメリットを「1つ」と、
デメリットを100個ぐらい挙げています。
メリットはちなみに「お金」ではありません。
これを読んで私は絶対に無理だと思いました。
無理無理無理、、、て笑。
自分には向きません。
生活と人格が破綻をきたすと思いますので。
(926文字)



●上を向いてアルコール

読了した日:2019年5月8日
読んだ方法:図書館で借りる

著者:小田嶋隆
出版年:2018年
出版社:ミシマ社

リンク:
https://bre.is/-QXfXcCv0

▼140文字ブリーフィング:

小田嶋隆さんは好きなコラムニストです。
彼が「たまむすび」というラジオ番組で、
週に一回コメンテーター(15分ほど)をしているのですが、
それを「ラジコ」というアプリで聴くのが、
ちょっとした習慣になっています。

彼はいろんな本で、
「若い頃アルコール依存症だった」
という告白をしているのですが、
このようにそれをテーマとして書くのは、
今回が初めてなのだそう。
禁酒して20年が過ぎて、
やっと「語れる」ようになった、
というほどの経験だったのです。

アルコール依存症の告白を聴きながら、
「中動態の世界」という本を思い出しました。
依存症という状態は実は、
「関係の病」であり「物語(ナラティブ)の病」
なんですよね。
「個人の意志」を主戦場としている限りは、
絶対にそこから抜け出すことが出来ない。

だからAA(アルコホリック・アノニマス)の、
「宣言」の最初に、
「私たちは自分ではこの問題を解決できないことを認める」
という重要な告白が登場するのです。

彼が本書の終盤で、
「アルコール依存症の元当事者の観点から、
 アルコール依存とスマホ依存は非常によく似ている」
ということを指摘していて、
そこが面白かったので、
多少長いのですが引用します。


→P196〜197 
〈SNSなんかはおそらく、
肝臓だとかそういうことじゃなくて、
ある年齢より若い世代の、
基本的な生活習慣であるとか、
世界観であるとかいった、
人間の脳みその根本のOSにあたる部分を蝕んでいる気がしますね。
そのできあがり方は、
きっとアルコールがアル中さんの脳内に
アルコール専用の回路を作る過程に似ていると思います。

コミュニケーションは、
アルコールみたいにボトルに入った実態として目に見えないので、
自分が依存しているっていうことにわりと気づきにくいと思うんだけど、
私なんか間違いなく依存してますよ。
PCだったりスマホだったりをウチに忘れて
一日過ごすときのあの心細さっているのは、
酒浸りだった時代に、
アルコールを摂取できずにいたときのあのなんとも言えない焦燥感と、
実感としてはほとんど同じだったりします。

だって丸二日スマホなりPCなりから遮断されると、
実務上の不便とは別の次元で、
パンツをはいてないみたいな心細さを感じるじゃないですか。
あれは依存です。〉


→P198〜199 
〈電車の中でみんながスマホを見ているのを見てもわかるように、
われわれは、何かあるわけじゃないんだけど、
ちょっとした細かい空き時間に見る先がないと
落ち着かないという段階に達しています。
(中略)
まあ、依存とはいっても肝臓壊すわけじゃないから、
ある程度自分自身の依存との付き合い方を心得ていれば、
やってやれないこともない人生だとは思うんですよ。
私の場合なんかは。
でも、子どもなんかだとヤバいと思いますね。

ひとりでいる時間、
たとえば電車でおよそ景色を見なくなる。
景色を見る必要があるのかって真面目に問われると、
実のところそんな必要はないかもしれないんですけど、
でもそういう一分二分の空き時間の過ごし方が
スマホを見る以外に選択不能になっていくことの問題って、
お酒飲んじゃった人間が、
お酒に全部余暇を奪われちゃうっていうことと近い気がするんですね、
経験上。

酒の場合、身体を壊すとかみたいなことももちろんあるんだけど、
働いていない時間の全てを酒に吸い取られる、
という部分が、実は最も大きい損害なんですね。
とすると、それは実はスマホでも同じ事だったりします。
肝臓は壊さないでも、
脳がゆっくり壊されるんだとしたら、
そりゃやっぱりヤバいだろ、ってことです。〉


→P202〜203 
〈年季の入った酒飲みが毎度おなじみの酩酊状態に到達すると、
ひとつの、なんというんだろう、ロボットみたいなものになります。
すると、架空人格みたいなものが自分に降りてきて、
そいつに任せればいいみたいな状態になる。
で、自分という主体を取っ払ったところで
暮らした方が本人にとっても楽なわけで、
だからこそ彼らは酒を飲むわけです。

してみると、何かに依存するって事は、
自分自身であり続けることの重荷から逃れようとすることで、
逃避という行為自体はスマホでもお酒でもそんなに変わらないんですね。

まあ、スマホ依存って言い方をしてスマホの悪口を言うと、
「ああ、また老害の親父がなんか言ってる」って、
どうせそんなふううに思われるでしょうけど。
でも、これはスマホの問題じゃなくて
コミュニケーションの問題ですからね。〉


、、、私からは何のコメントもありません。
小田嶋さんの言うとおりだと思います。
ただ、
「酒を楽しんでいる人がすべてアルコール依存症じゃない」
のと同じように、
「スマホをいじっている人がすべてスマホ依存ではない」
わけです。

その「境界線」はどのあたりにあるのか?
スマホを家に忘れると、
西野カナぐらいに震える、
ということであれば、
それはアルコール依存症者の手の震えと、
同じ震えかもしれないってことは確かです笑。

例によって、
あとは各自で考えて下さい。
(2,030文字)



▼▼▼リコメンド本「今週の一冊」▼▼▼

ご紹介した本の中から、
「いちばんオススメだったのは?」という基準でリコメンドします。
「いちばん優れていた本」というよりも、
「いちばんインパクトの大きかった本」という選考基準です。
皆さんの書籍選びの参考にしていただけたら幸いです。


▼今週の一冊:知性は死なない 平成の鬱をこえて

コメント:

「神の傷みの神学」
「FACTFULLNESS」の2冊も、
相当に面白かったのですが、
今回はこれですね。

本当に面白かった。
私が病気療養から復帰して、
最初に教会でしたメッセージのタイトルが、
「魂の夜を越えて」でした。
私の体験と著者の経験は、
あまりにも符号しすぎていて、
何か「人間を越えた計画」みたいなものすら感じました。



▼▼▼部門賞▼▼▼

ご紹介した書籍の中から、
陣内の独断と偏見で、
「○○賞」という形で、
特筆すべき本をピックアップします。
こちらも何かのご参考にしてくだされば幸いです。

▼「ファクトフル賞」
『FACTFULNESS』

コメント:

これは素晴らしい本でした。
あとがきを読むと、
本書の著者が本書執筆中に亡くなっていることが分かります。
この本は著者と子どもたちの合作です。
素晴らしいプレゼントを世界に残してくれた著者に、
感謝を表したいと思います。

→P338 
〈『ファクトフルネス』の著者、
ハンス・ロスリングは医師であり、
公衆衛生の専門家であり、
またTEDトークの人気スピーカーでもあります。
 (中略)
ハンスはスウェーデンのウプサラに生まれ、
母国スウェーデンとインドで医学を学び、医師になりました。
その後モザンビークのナカラで医師として働き、
貧しい人々の間で流行していた神経病の原因を突き止めます。
この病気がコンゾです。
この本にも当時の経験のいくつかが描かれています。
その後、スウェーデンに戻って
カロリンスカ医科大学で研究と教育に励みました。
この頃から、人々の知識不足と闘うことが
ハンスの人生の使命となったのです。
以来、世界の舞台で
「事実に基づく世界の見方」を広めることに尽力してきました。
残念なことに、ハンスはこの本の完成を待たずして
この世を去ってしまいました。
 (中略)
ハンスはあるとき、
人々がとんでもなく世界を誤解していることに気づきます。
教育レベルの高い人も、
世界中を飛び回っているビジネスマンも、
またノーベル賞受賞者でさえ、
事実に基づいて(ファクトフルに)世界を見ることができていないのです。
なぜでしょう?
その理由は、誰もが持っている「分断本能」
「ネガティブ本能」「パターン化本能」「焦り本能」
など10の本能にありました。
この10の本能を抑えなければ、
事実に基づいて正しく世界を見ることができません。
いまある世界を正しく認識できなければ、
社会問題を解決することも、
未来を予測することも、
危機に対応することも出来ないでしょう。〉

住みたい街ランキング【国外版】

2019.10.21 Monday

第91号   2019年5月14日配信号

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■1 今週のオープニングトーク
::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::

▼▼▼住みたい街ランキング【国外版】▼▼▼

メルマガ読者の皆様、こんにちは。
今週も質問カードからいってみましょう!

質問:あなたのなかの、
「住みたい街ランキング【国外版】」を教えてください。


、、、先週は住みたい街ランキングの国内版でした。

こちらのサイトでは、
こんなランキングが出ています。
▼参考サイト:
https://www.travelvoice.jp/20180816-116146

1位:ウィーン(オーストリア)/99.1点
2位:メルボルン(オーストラリア)/98.4点
3位:大阪(日本)/97.7点
4位:カルガリー(カナダ)/97.5点
5位:シドニー(オーストラリア)/97.4点
6位:バンクーバー(カナダ)/97.3点
7位:トロント(カナダ)/97.2点
7位:東京(日本)/97.2点
9位:コペンハーゲン(デンマーク)/96.8点
10位:アデレード(オーストラリア)/96.6点


、、、大阪が3位、って凄いですよね。
こういうのってどんぐらい信憑性があるのか分かりませんが、
まぁ、まったく参考にせず(じゃあなんで出したんだ笑)、
私の主観のみで、例によって3都市選んでみたいと思います。


▼▼▼第3位:シドニー(オーストラリア)

この「シドニー」っていうのは、
「シドニーに住みたい」という意味ではないです。
そうじゃなくて、メルボルンでも、
ゴールドコーストでも、
ブリズベンでもアデレードでも良いので、
オーストラリアに住んでみたい、っていう意味です。

さらに言えば、ニュージーランドでも良いんです。
オークランドでもクライストチャーチでも、
ウェリントンでも良い。

あのへんに住んでみたいなー、
という、めちゃくちゃ雑な所感です。

ほとんどの外国人が、
「東京と大阪の違い」を理解してないのと同じで、
私もゴールドコーストとアデレードの差は分かりません。

なんせ、実はオーストラリアも、
ニュージーランドも行ったことないですから(爆死)。

でも、あの「オセアニア地域」に、
私は心のどこかでずっと惹かれてるんですよね。
なんせ、牛や羊のほうが人間より多いっていうんですから。

最高じゃないですか笑。

ちなみに私の母校、帯広畜産大学も、
それに近い大学でしたし、
6年間住んだ十勝地方も近いものがあります。
そして、オセアニアの国々はといえば、
それをさらに極端にした感じなんでしょ。

もう、ヤバいじゃないですか。

なんか、感動しちゃうじゃないですか。
強く引きつけられます。
なんせ土地が広くて人が少ないんですから。
そりゃ、「自然を独り占め感」というか、
「自然を見るために行列する」という、
意味の分からない倒錯を経験しなくて良いんでしょ。

素晴らしいじゃないですか。

あと、オーストラリアとかニュージーランドに住んでた日本人や、
そちらの出身の方とこれまでに話したことをまとめると、
かの地は「アメリカ的な自然の雄大さ・素晴らしさ」と、
「アメリカ的フランクさ・オープンさ」を備えつつ、
アメリカほど人々が忙しくないっていうじゃないですか。
もっと言えば世界で最もゆったりと働き、
人生を謳歌する地域だって言うじゃないですか。

もう、良いことしかありません。

パラダイスです。

ヤバいです。

そりゃ、大橋巨泉も移住するわな、と思います。



▼▼▼第2位:バンクーバー(カナダ)

バンクーバーも行ったことありません(爆死)。

ないんかい!

ないんです。

ないけれど、私は「カナダ」って、
ずっと憧れ続けてるんですよね。
アメリカも好きですが、
カナダはもっと好きです。
カナダってめちゃくちゃ広いのですが、
人口3億人のアメリカに対し、
カナダの人口は3700万人。

この広さが魅力です。
日本からアメリカの東海岸に飛行機で行くと、
北極近くを通って飛行機は飛びますので、
たとえばニューヨークのJFK空港に近づく前の、
3〜4時間ってカナダ上空を飛ぶんですよね。

そのとき「海のように森が広がっている」のが分かるんですよ。
もうねぇ、あれは憧れちゃいます。

そして、カナダは先週の、
「クリエイティブ都市論」の理論で言っても、
非常に有利な場所です。
思想的にリベラルだからです。
思想におけるリベラル性と、
ベンチャーや論文、執筆、芸術活動などの、
アウトプットの質は相関関係がある、
とリチャード・フロリダは指摘しています。

つまり、「リベラルな気風」の土地ほど、
クリエイティブな職業の人は働きやすく、
そしてその仕事の質も高まる、ということです。

この理由によりリチャード・フロリダは、
『クリエイティブ都市論』を執筆後に、
アメリカのワシントンD.Cから、
カナダのトロントに移住してますから。

カナダ、いいなーと思います。


、、、あ!
ここで大事な訂正を。
先週のメルマガのオープニングトークで、
『クリエイティブ都市論』の著者を、
ダニエル・ピンク氏と書いていましたが、
正しくはリチャード・フロリダ氏です。
お詫びして訂正します。
失礼しました。



▼▼▼第1位:デンバー(コロラド)

ちょっとカナダと似てるんですけど、
風土が良さそうだなぁというイメージで、
コロラド州は昔から憧れてるんですよね。

まぁ、行ったことないんですけど。

だからないんかい!!!

ないんです笑。

でもねぇ、コロラドは憧れるんですよねぇ。
コロラドってロッキー山脈のふもとにあって、
日本で言うと「長野県」なんですよ。
アメリカの自然って、
スケールにおいて常に日本の自然の10〜100倍ですから。
長野のあのさわやかな気候、
きれいな空気と水、
日本アルプスの景観、、、
それらの規模をとことん拡大したのがコロラドだと考えたら、
もうね、そんなの言葉を失うぐらいきれいに決まってるじゃないですか。

昔『リバー・ランズ・スルー・イット』という映画がありました。
ブラピが主演していて、大学のときに友人たちの界隈で、
一時期流行っていたので私も見ました。
まったくどんな映画だったのか覚えていませんが笑、
ブラピがフライフィッシングをするシーンだけは、
今でも鮮明に覚えています。

清流につかり、
森のなか、
自然と会話するようにフライフィッシングをする姿は、
神々しさすら漂う。

あの映画はモンタナ州の話しだそうですが、
私がコロラドに求めているのは、
「つまりそういうこと」です。

しかもデンバー(コロラド)は、
気風においてもリベラルです。
いち早く大麻を合法化した州でもあります。
素晴らしいじゃないですか。

「大麻が素晴らしい」んじゃないですよ。
説明すると長くなるけど、
大麻とかギャンブルとかは、
合法化してちゃんと税金取った方がいい、
っていうのが私の意見です。

「禁酒法」が何を生み出したか?
マフィアと政治家の利権と、
そしてアル中です。

グレーなギャンブルとしての、
「パチンコ」が何を生んだか?
ヤクザの収入と警察および政治家の利権と、
パチンコ中毒です。

お酒を合法化して取税をとり、
ギャンブルを合法化して賭博税をとると、
何が生まれるか?
先ほどの「ヤクザの収入と官僚の利権」が消え、
「税収」が生まれます。
依存症はどちらのシミュレーションでも、
多分同じぐらい発生します。
なぜなら法制度と依存症は関係ないから。
でも、「税収」が生まれることは大事です。
その税収で、依存症患者の治療や福利に使うべきです。
マフィアやヤクザは依存症患者を治療してくれませんから。

どんな仕組みにしても、
依存症は生まれるのです。
仕組みの問題と依存症の問題、
これは違う二つの問題です。
みんな、ごちゃごちゃに論じすぎです。
、、、で、これらの問題を考えたとき、
「合法化+税収」の組み合わせの方が、
常に優れていると私は思っています。
私はこの点においては、
リベラルだから大麻合法化を支持しているのでなく、
合理主義者だから支持しているのです。

、、、すみません、大麻で熱くなりすぎました。

話しを戻しましょう。
とにかく、多様な価値観を認める姿勢というのは、
社会の風通しを良くしますから、
私はリベラルな気風の場所に住みたいです。



▼▼▼番外編1:ベルリン(ドイツ)

これも行ったことないです(ないんかい!)。

でもドイツはずっと惹かれてるんですよね。
オーストラリアのときと同じで、
バイエルンでもミュンヘンでも良いんです。
別にベルリンである必要はない。
ドイツの街に住んでみたい、という話しです。

ドイツって、なんか好きなんですよねぇ。
ドイツの哲学者の本を読むのが好きです。
あの「過剰に論理的」なところというか、
眉間にしわをよせて「存在とは、、、」とか言ってる感じが、
とっても好きです。

私にはドイツ人の遺伝子が入っているのではないかと、
疑っているぐらい。
ビールとソーセージも絶対美味いし。
面白いボードゲームがいっぱいあるし。
作るモノも質実剛健で、
媚びや洒落っ気、かわいげがなくて、
無骨なデザインで過剰に丈夫で、、、
それは家も街並みもそうで、、、。
ああいう感じ、ちょっと息が詰まるんだろうなぁ。
ときどきイタリアに行って息抜きしたくなるんだろうなぁ。
でも、魅力的だなぁ、と、ずっと思ってるのです。

唯一英語圏じゃない国ですが、
ドイツは惹かれます。
とりあえず死ぬまでに訪れたいですね、いつか。