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自分の家でもっとも落ち着く場所

2019.03.05 Tuesday

+++vol.063 2018年10月30日配信号+++

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■1 今週のオープニングトーク
今週も質問カードから。
::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::

▼▼▼いちばん落ち着く場所と時間帯▼▼▼

今週も「質問カード」、引いていきましょう。

▼質問:
「自分の家で、
最も落ち着く場所と時間帯を教えて下さい。」


、、、これは、簡単ですね。
私の家は全部で部屋が三つあります。
間取りでいうと「2DK」というやつです。
6畳のダイニング、6畳の寝室、
そして4.5畳の北側の部屋があり、
そして2畳ぐらいのキッチン、
浴室、トイレ、という構成。
総床面積は50平米だったと思います。
かなり良くあるタイプの賃貸マンションの1室に、
家族3人で住んでいます。

以前は1LDKでしたので、
去年引っ越しをして、一部屋増えたことで、
私は晴れて「書斎」を持つこととなりました。
これは私にとって死活的に大事なことだった、
と1年経ってしみじみと思います。
私の仕事の多くは「知的に創造的な作業」です。
そのうえで大切なのは、
「広い机」だったりします。

私たちの団体は事務所をもっていませんので、
私の主な仕事場は私の自宅です。
その環境って結構大事で、
こういった仕事にとってデスク周りの環境というのは、
靴職人にとっての金槌だったり、
大工にとってのカンナだったり、
調理師にとってのキッチンだったり、
ゴーストバスターズにとっての、
背中に背負う掃除機みたいなやつと同じぐらい、
仕事の出来を左右する大切な要素だったりします。

机で大切なのはやはり、「広さ」ですね。
デスクが狭いとなぜか、
思考も小さく縮こまるような感じがします。

まぁ、「気のせいだよ」と言われれば、
そうかもしれませんが。

カール・マルクスは『資本論』を、
移住先のイギリスで、極貧の家族が生活する、
子どもたちが騒ぎまくるキッチンテーブルで書き上げましたし、
村上春樹はデビュー作『風の歌を聴け』を、
当時彼がオーナーだったジャズバーのカウンターで、
すべての業務が終わった深夜に、
ひとりでカリカリ書き上げたそうですから。

必ずしも理想的な環境が、
理想的な作品を生むわけではありません。
しかし、なるべく理想的な環境のほうが、
日々のストレスは減らせる、というのも事実。

私は引っ越しをしてから、
かなり仕事がしやすい環境になりました。
これは喜ばしいことであり、
神に感謝しています。



▼▼▼落ち着く場所と時間帯▼▼▼

、、、話しがそれました。

家の中で私の落ち着く場所と時間帯ですが、
場所は自分の書斎です。
時間は、夜ですね。
晩ご飯を食べてから寝るまでの時間は、
たいてい「読書タイム」と決まっています。
この1時間〜3時間が、
私にとっての一日の最もリラックスしている時間です。

書斎の「読書椅子」に座り、
今読んでいる5〜10冊の本を積み上げます。

知人から1500円で買った、
「iPodとして使っているiPhone4s」に、
Amazonプライムで音楽をたくさん入れていまして、
その中からたいていジャズをかけます。
2回に一回は、ビル・エヴァンスの、
「ワルツ・フォー・デビー」で、
あとはマイルス・デイビスだったり、
アート・ブレイキーだったりのジャズ。
ジャズは読書を邪魔しない、というのが私の経験則です。
邦楽は読書と干渉してしまう。
歌詞が詩的だったりすると、
そちらに聞き入ってしまったりしますから。
気分によってボブ・ディランとか、
ブルース・スプリング・スティーンをかけることもあります。

音楽をかけたら、1章から2章ずつ、
ぐるぐる回しながら読んでいく。
ノートパソコンも横に置いておいて、
重要な箇所はEvernoteに書き写します。
そうすることで、重要箇所を熟読し、
二度読むことになる。
多読のコツのひとつは、
複数のジャンルにまたがって読むことです。
小説もあれば神学書もある。
社会学の本もあれば芸人が書いたタレント本もある。
新書もあれば学術書もある。
経済学の本もあれば童話もある。
伝記もあれば詩集もある。
政治学の本もあればSF小説もある。
古典もあればビジネス書もある。
筋トレに関する本もあれば、読書術の本もある。

こうやって読むことの二つのメリットは、
まずこれらをぐるぐる回すことで、
脳の領野が広く使われ、
疲労が抑えられる(当社比)ことです。
筋トレの「分割法」と一緒で、
脚がオールアウトしても、
肩のトレーニングはまだ出来るわけですね。
(何言ってるか分からない方、すみません)

もうひとつはやはり、
「知識というのは分野横断的に得てこそ、
 初めて活きる」からです。
いつもビジネス書ばかり読んでいる人は、
ちょっと危ういですね。
いつも神学書ばかり読んでいる人も、
その創造性の射程は限られてきます。
小説しか読まない、と言う人は、
知識が相当に偏ってくるでしょう。
あと、分野横断的な読書により、
「読書の総合力」がつきます。
筋トレのメタファーで言いますと、
大腿四頭筋だけをひたすら鍛えても、
スクワットの重量は頭打ちになります。
スクワットは背筋、腹筋、肩、腕の筋肉も関与しますから、
これらすべてを鍛えたときに、
限界を超えることが出来るわけです。
何言ってるか分からない方、すみません(無反省)。

、、、小説をたくさん読むことで、
神学書の意味がより深く分かる、
ということがあります。
社会学の本を一定量読むと、
ビジネス書を読んだときに、
より深く理解できる、ということがあります。
古典を一定数読んだときに、
初めて分かる経済学の本、というのもある。

こういう風になると、
もう、読書というのは、
「永遠に出られない沼」になります。
それも、良い沼です。
私たちの知っていることは全体の1%にも満たないわけですから、
死ぬ瞬間まで「発見の喜び」
「あたらしく理解する新鮮な喜び」
「センス・オブ・ワンダー」にあふれて、
生きることが出来ます。

ガンジーは
「明日死ぬかのように生きろ
 永遠に生きるかのように学べ」
と言いました。

本当に読書が好きな本読みは、
「何かのために読む」ということをしません。
結果として何かのためになる、ということは大いにあるでしょう。
一ヶ月に読む本の冊数と、その人の平均余命には、
正の相関関係がある、という研究結果を最近目にしました。
「本を読む人ほど長生きだ」ということですね。
「まぁ、そうでしょうね」と思います。
しかし、逆説的ですが、
本当に本が好きな人は、
本を読むことで長生きになれるからそうするのではありません。

「読むこと自体が何にも勝る快楽だから」読むのです。
お金のためにする競技者に一流はいますが、
「超一流」の競技者で、お金のためにしている人はいません。
彼らは口をそろえ、その行為をすること自体が喜びだから、
そうするのだ、といいます。
それをしない、ということは私にとって苦しみなのだ、と。
チクセントミハイという人が、
『フロー体験 喜びの心理学』で看破していることです。
読書は私たちの最も身近にある「フロー体験」です。

そんなわけで、
読書椅子に座って本を読んでいると、
気づくとすぐ2時間ぐらい経ってます。

なんか、家の話しではなく、
「読書について」の話しになっちゃいましたが、
今日はここまで。

では、コーナーに移っていきましょう。

プレヤーレター秋号など

2019.02.26 Tuesday

+++vol.062 2018年10月23日配信号+++

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■1 今週のオープニングトーク
プレヤーレター秋号・質問カード
::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::

▼▼▼プレヤーレター秋号▼▼▼

メルマガ読者の皆様、こんにちは。
今週もメルマガ書いてます。
結構、やることが増えてきて忙しいのですが、
メルマガ執筆は続けます。

感覚的なことをいいますと、
定期的にこれぐらいの分量の文章を書くと、
生活(仕事)が「構造化」されるような気がします。
「骨格を与えられる」ような感じというか。
「自分が何をしているか」
という問いが日常に埋もれがちなのが、
忙しい現代人に共通する傾向だと思うのですが、
メルマガを書くようになって、
「あぁ、今、自分はこういうことをしているなぁ」
というのが意識化されるようになったと感じます。
さらにそれを後で検証する事も出来るし、
何より、記憶に焼き付きます。

メルマガ執筆中に読んだ本、観た映画のほうが、
メルマガ書いていないときに読んだ本、観た映画よりも、
確実に記憶の中に焼き印のように残っているのです。
この「残っている」という感覚がとても大事だと、
私は思っています。

私たちが何か新しいものを生み出す作業というのは、
既知の何かを、今までにない組み合わせで組み合わせることだ、
と脳科学者はいっています。
誰も「ゼロ」から何かを創造することは出来ないのです。
では、他の誰も思いつかないような、
「何かと何か」を結び合わせるためにはどうすれば良いか?
つまりそれは換言すると、
「創造的である」ために必要なことは何か?

それは、
「脳内に膨大な情報の蓄積をもっている」
ということです。

こう言っちゃうと、
身も蓋もないのであまり誰も言いませんが、
これは、そうなのです。
最も新しいアイディアを生み出す人が、
しばしば古典を研究するのは、
これが理由です。

、、、で、
この「膨大な情報の蓄積」というのは、
1.自分の血肉になっている。他人に今すぐに教えられる。
2.脳内で完全に再生可能なほど明瞭に焼き付いている
3.うつろに覚えている。きっかけがあれば思い出せる。
4.インプットしたことすら忘れそうになっている。
5.知っているが理解していない。
6.知らない。
ぐらいのレイヤーに分かれます。

「新しいシナプスの発火点」に達するのに大切なのは、
上記の「1」と「2」を増やすことです。
羽生善治名人が最強なのは、
「1」と「2」に、無限に近い将棋盤の戦局のパターンが、
インプットされているからです。
彼はそのために日々インターネット上にある差し手や、
AIの指し手すらも追いかけて、
研究に研究を重ねています。
インターネット将棋の世界で、
やたら強い人がいると思ったら羽生名人だった
(本人は言明しないが、かなり信憑性がある)
という逸話があるぐらい。

「インターネット上の知識=検索知」の問題点は、
「3」とか「4」とか、
酷い場合には「5」とか「6」のカテゴリの情報ですら、
ちょっとググって、20分ぐらいネットをうろつき、
あるテーマに関してそれらをコラージュすると、
「人に講釈をたれる」ぐらいには
「知っているポーズ」を取ることが出来る。
ネット上に掃いて捨てるほどあるフェイクニュースの類いや、
SNSで他者に「これがソースだ」「完全に論破」とかいって、
他者にマウンティングしているネトウヨの言説は、
こうして作られます。

しかしそれらは本質的に、
「創造的な行為」ではないため、
情報としての価値はゼロですし、
人を本当に動かす訴求力はありません。

、、、私はキュレーションサイト的な情報ではなく、
「本物の情報」を手作業で作っていきたいと思ってますから、
「1」と「2」を増やしたいわけです。
それも、専門分野以外にも届くような、
裾野が拾い「1」と「2」を持つことが、
他との差別化において大切です。

ひとつ問題があります。

私は、記憶力ということに関しては、
平均よりかなり低い能力しか持ち合わせていないのです。
だから、普通の人がするように普通にインプットすると、
「3」と「4」の引き出しがどんどん増えて行く。
それを「1」と「2」の引き出しに入れ替える作業のひとつが、
「アウトプット」です。

このメルマガはだから、
私自身のためにも書いています。


ん?


何の話し?


そうです。


メルマガ、今週も書きます。
時間を捻出して。

今週はまず、
私の働きを祈り支えてくださっている支援者の方々へ、
3月に一度の頻度で出している、
「プレヤーレター」を発行しましたので、
そちらのリンクをご紹介します。

メルマガ読者の中には、
レターを郵送させていただいている方も多いですが、
まだ読んだことない、という方はお読みいただけますと幸いです。
活動のために、祈り応援していただけますと、
さらに幸いです。

▼参考リンク:プレヤーレターのリンク
http://karashi.net/resource/NL/jinnai/2018_0709.pdf



▼▼▼質問カード▼▼▼

さて。
今週も「質問カード」です。

▼質問:
「今電話が来たら一番嬉しいのは誰ですか?」


、、、そうですねぇ。
私は実は、「電話は苦手」です。
というより、コミュニケーションが苦手なのかも(爆死)
「電話が得意」っていう人なんて、
本当にいるんだろうか?
と疑ってるぐらいですから。

私はスマホをもっていませんが、
スマホを持たない理由は、
もちろんお金の問題もあるのですが、
それ以外にももっと大きな理由があります。

スマホなんてもったら、
そしてLINEなどをやり始めたら、
「知り合いが増えちゃう」と思ってるからです。
私にとって、
「新しく知り合いがひとり増える」ことと、
「本を10冊読む」ことが、
だいたい同じ「認知負荷」です。

これは、マジで。

私にとってちょうど良いのは、
「なるべく知り合いが増えないように生活しても、
 それでも必然的に増えてしまった、
 ぐらいのペースで知り合いが増えて行く」ことです。

本質的なところで極度に内向的なので、
これは致し方ない。
現代世界では「外交的な人のほうが何かと得」ですので、
髪型を変えるように簡単に性格を変えられれば良いのですが、
性格は髪型とは違います。

あと、私の内向性は、
実は私がこうして長い文章を書けたり、
他者に対して「物事を分かりやすく説明する」
という能力に長けていたり、
知的に創造的な行為が(多分)他者より得意だったりすることの、
「裏返し」になっています。
私の「内向性」という角を除角しますと、
私のコアコンピテンスが失われると思います。
諺で「角を矯めて牛を殺す」というのがありますが、
そういうことが起きると思うわけです。

私が外交的なパリピになったら、
「すっからかんなパリピ」になる、
ということです。
そんな自分には出会いたくない。

自分の短所(トラウマ・スティグマ)は、
たいてい自分の「生きる力」の源泉とつながっていますから、
「短所を直す」ということに対し、
人はもっと慎重になるべきだと、
私は思います。

これは、アドラー心理学の核心です。
「活きる力の源泉は、
その人のトラウマやスティグマからやってくる」。
アドラーは小さい頃くる病で上手く歩くことが出来ず、
同級生からいじめられていましたが、
そのくる病がなければ自分は臨床心理学者になっていなかっただろう、
と彼が気づいたとき、この理論が生まれました。

、、、


、、、


あれ?


何の話し?


そう。


電話。


だから、私は電話、
得意じゃないです笑。

なるべく早く切りたい笑。

電話って、緊張するから。

なので今日の質問には、
「回答不能」です。

敢えて言えば、
ファンタジーな話しになりますが、
死んだ父(陣内学)から電話が来たら嬉しいですね。
17年前に「長いさようなら」をしてから、
私が社会人になり、結婚し、父親になった、
という人生の物語を語って聞かせたい。
それに対する父の応答を聞いてみたい。

私が23歳のときに父が死んでから、
結構、人生の折々に触れ、
「父ならどう言うかな?」
と思いながら過ごしてきたんだなーと、
書きながら思い至りました。
私は早くして父を亡くしましたが、
父がもし生きていたとしても、
これほど頻繁に、
「父ならどう言うかな?」
と思ってないかもしれない。

父は死んだからこそ私の中で生きています。

聖書の「死んでこそ生きる」っていう話しって、
こういう意味も含まれてるんじゃないかと、
私は最近思います。
遠藤周作もいつか同じ事を書いてました。

、、、


今日は「テーマ無視」で、
語りたいことを語りました。
世迷い言におつきあいいただきありがとうございました。
では、コーナーに行きましょう。
今週は隔週の「陣内が先週読んだ本」です!

給食の思い出

2019.02.19 Tuesday

+++vol.061 2018年10月16日配信号+++

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■1 今週のオープニングトーク
今週も質問カード
::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::

▼▼▼給食の話し▼▼▼

メルマガ読者の皆様、こんにちは。
最近は毎週質問カードですねー。
最近メルマガを読み始めた方のためにご説明しますと、
「質問カード」とは、
私が開発した「会話を豊かにするための最強ツール(自称)」です。
100枚1セットで、すべてのカードに、
質問が書かれています。
参加者が順番にその質問に答えていくだけ、
という単純なルールなのですが、
これが良い。

こういった市販のツールを、
私は買って使っていたこともあったのですが、
なんせ質問のクオリティに不満がある。
「なんじゃその、『ぼんやりとした問い』は?」
「もっと角度付けて質問せえよ!」
と、私は市販のカードにツッコミを入れていました。
、、、あるとき、
「じゃあ、自分で作ればいいじゃん」
と思って、8年前から作り始めました。

去年はメルマガの影響もあり、
けっこう、「売れ」ました。
家内制手工業で生産していますので、
時間と手間と材料がかかります。
中国の工場で生産すれば、
1セット108円で販売出来るでしょうが、
その場合、最低でもロット数を1万とか作らなきゃ、
商売にならない。

皆様もご存じのとおり、
私はダイソーの経営者ではありません。
ゆえにそこまでの販路を持ち合わせていませんので、
「手作り」です。
よって、手間賃と材料費で、
1セット500円いただいております。
でも、それぐらいの価値はあると確信しております。
スタバのトールラテ1杯よりも、
「会話の質の向上」において、
まったく負けていない、と思っています。

興味のある方は質問フォームから、
お問い合わせ下さい。



、、、さて。
では、質問カード、
引いていきましょう。

▼質問:
「学校の給食での思い出を
 教えて下さい。」


、、、皆さんはいかがでしょうか?
そうですねぇ。

特にないですねー(爆死)。

なんだろうなぁ。

いや、いろいろありますよ、そりゃ。
でもこの「最大公約数」がデカすぎて、
どんな思い出を語っても、
たいてい、「ほとんど皆経験していること」
になっちゃう気がします。

「小学校三年生のとき、
 給食を食べていたら、
 スープで溺れている小人を見つけて、、、」
ぐらいのインパクト強いエピソードを持ってれば良いのですが、
残念ながらそういったものは持ち合わせていません。

ちなみに私は、
小学校1年〜4年までは愛知県知多市、
5年〜6年が岡山県倉敷市、
中学1年〜3年も、岡山県倉敷市の、
市立(公立)の小中学校に通いました。
この9年間が私の「給食ライフ」のすべてです。

でも、なんだろうなぁ。
小学校高学年のときは、
「早食い」が流行りましたね。
誰が一番早く食べ終わるかを、
毎食、競争していました。
流行りすぎて「禁止令」が出たほど笑。

あのときは牛乳とか5秒で飲んでましたね。
で、パンを口に詰め込んで、
スープで流し込む。
ときどき、心臓発作かというほど、
鉛で圧殺されるように胸が痛くなります。
ああ、こうやって小学生は、
つまらない理由で死んだりするんだろうな、
と今では思います笑。

基本的に小学生の男子というのはバカですから、
そういうことをするのです。
自分で言うのもアレですが、
小学校のとき、私は勉強は出来ました。
でも「アイツは勉強できる」というイメージは、
クラスメイトは持ってなかったと思います。
宿題関係がだらしなかったので、
テストは毎回100点でも、
あんまり尊敬されないのです笑。
やたら先生に怒られているというのが、
クラスメイトのイメージで、
実はテストで95点以下は取ったことないのだけど、
あまりそういところは誰も見てません。
小学校の人気者の定番、
「足が速い、ドッジボールが上手い」
も私にはありませんでした。
さほど足も早くないし、
さほどドッジボールが上手いわけでもない。

私は中学三年生で、
一気に「思春期の二次成長」が訪れまして、
そのときに身長も20センチとか伸びて、
足もいきなり早くなって、
球技もいきなり上手くなりました。
あれが小学校のときだったら、
私の小学校時代も、日陰で虫をつかまえているだけでなく、
クラスの「ポピュラーな存在」になれたのに、
と思います。

そうしたら今の私の性格も、
ちょっと違っていたかも。
パリピになって、都心のクラブで騒いでいたかも。
IT社長になって、東京湾をクルージングしていたかも。
裸に白シャツ(襟がデカい)から、
金のネックレスをちらつかせていたかも。
ドルチェ・アンド・ガッバーナのボクサートランクスを履き、
日焼けサロンに通い、家にDJを招いて、
テキーラショットを飲み明かしていたかも。

全部、悪夢みたいな出来事なので、
想像するのも忌まわしいです笑。
あー、二次成長が遅くてよかった!

わずかなボタンの掛け違いで、
人間の一生は変わったりするのですね。

、、、話しを戻しますと、
小学校の中でモテる、
そして同性の同級生に尊敬される三大要素
勉強が出来る、足が速い、ドッジボールが強い、
のうち、何一つ秀でていなかったので、
私は「早食いならいけるかも」と思ったわけです。
そして、PRIDEのリングに上がる桜庭和志のごとく(古い)、
私はクラスの早食いに参戦しました。

ところが、世の中には上には上というものがあります。
私が牛乳を5秒で飲めば、
牛乳を2秒(体感)で飲む奴がいる。
私がスープでパンを流し込む前に、
もう飲み込み終わっている奴がいる。
早食いの世界にも、
ヴァンダレイ・シウバやヒョードルがいるのです。

高田延彦ならいうでしょう。
「あー、強いわ。
 やっぱシウバ強いわ。」

、、、で、
私は早食いでも頭角を現すことが出来ず(出来なくて良い)、
「早食い禁止令」のあと、
「牛乳口に含んで笑わし合い」という、
新しい文化をクラスに広めることにしました。

それはかなり流行ったのですが、
流行って1週間で禁止になりました。
理由は推して知るべしです。

総じて言いますと、
給食はやはり楽しかったよな、
ということです。

おわり。

ストレスからの回復法

2019.02.12 Tuesday

+++vol.060 2018年10月9日配信号+++

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■1 今週のオープニングトーク
今週も質問カードです
::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::

▼▼▼「ストレスからの回復法」▼▼▼

メルマガ読者の皆様、こんにちは。
今週も、「質問カード」から、
行ってみましょう。

▼質問:
「あなたの『ストレスからの回復法』は何ですか?」


はい。
皆さんは、いかがでしょうか?

これは、いろんな人がいるでしょうね。
カラオケで思い切り歌うという人もいれば、
ドライブ、という人もいるでしょう。
買い物をしまくるという人もいれば、
暗闇で人形を殴る、という人もいるでしょう(怖い)。

私の場合は、
1位、睡眠
2位、睡眠
3位、睡眠
4位、料理
5位、筋トレおよび水泳
6位、靴磨き、トイレ磨き
ぐらいですかね。


1位〜3位は、
断然睡眠です。

それも長時間の。

私の現在の睡眠時間は約9時間ですが、
これでも、鬱病から回復してから3年で、
ずいぶん短くなりました。
2016年に仕事に復帰してから、
最初の二年は毎日10時間〜11時間寝ていましたから。
それぐらい寝ないと、脳が破壊されるような怖さを覚えました。
鬱病というのは脳の器質的ダメージですから、
身体で言えば、大腿骨や胸椎などの大きな骨を骨折した、
みたいなダメージなわけです。
回復してもしばらくは骨や筋肉にダメージは残るため、
杖をついたりびっこを引いたりします。
私の脳にはそれと同じ事がきっと起きていて、
発病前の睡眠時間(平均7時間)から、
2時間も延びました。

そして、「睡眠という万能薬」を、
私は一生服用していくと決めました。
私にとってこれは死活的に重要なので。

仕事が忙しくなり、
睡眠と仕事以外、
何も出来なくなったとしても、
睡眠を取ります。
読書やテレビや趣味や遊びよりも、
断然、断然、断然睡眠が重要なのです。

これがないと脳が動かないんですから。
なので、忙しくなればなるほど、
私は長く寝るようになりました。

「今週は忙しいから、
 8時前には布団に入ろう」と。

そういう週は本も読まないし、
テレビも見ません。
(テレビは普段から一分も見ませんが。
 クソほどつまらないので。)

なぜか日本は「ガンバリズム社会」なので、
「寝てない自慢」という謎の習慣があったり、
「睡眠時間がとれないほど忙しい」
ことを誇らしげに語る話法が横行していますが、
私からするとナンセンスです。
長く眠ろうが短く眠ろうが、
「意味あるアウトプットが出来ているかどうか?」
が大切なのです。
仕事においては、結果がすべてです。

上司に「がんばります!」という言葉は間違っています。
上司からすれば、
「あなたががんばったかどうかに私は興味がない。
 やれば、いい。」
というのが本音というか、正論なのですから。
「別に、がんばらなくていいよ。
 やればいい。」

こういうことを言う人はなぜか日本では白眼視されますが、
こういうのが堂々と言える社会になると、
無駄な残業も減るんだけどなぁ。
優秀な人ほど早く退社する職場、
すばらしいじゃないですか。
日本ではなぜかこれが逆になっています。
優秀な人ほど残業が増え、
出来ない人は定時に退社する。
そりゃ、優秀な人ほど会社やめたくなるよね。
「ぶらさがり得」であり、
「貢献損」なわけですから。
インセンティブが逆立ちしてるわけです。

あ、話しがそれました。

それでもやはり、
「休めない国、ニッポン」で、
空気として蔓延している、
長く寝ることの罪責感も、
私にはもはやありません。
糖尿病の人がインシュリンを服用することに、
罪責感を抱くでしょうか?
同じ事です。
「長時間の睡眠」は、私の常備薬ですから。
これを服用しないと、
私は病気になり、
もっと大きな迷惑を、
家族や社会にかけてしまうことを、
骨の髄まで深く知っていますから。


というわけで、
私は「睡眠」がストレスからの回復、
ダントツの第一位です。

「人生の99.9%の問題は睡眠が解決する!」

、、、なんか、
野比のび太の哲学みたいになってきました。



、、第四位(実質第二位)は、料理です。
料理はストレス解消になります。
今の私の仕事は都市化した現代社会のご多分に漏れず、
「知識集約的な労働」の比率が高い。

文章を書いたり、
何かを考えたり、
プレゼンや講演の準備をしたり、
メールなどでいろんなやりとりをしたり、
といった、「創造的な仕事」というのは、
大脳新皮質の前頭葉というところを酷使します。

、、、で、
料理や掃除など、
手を使う作業というのは、
この前頭葉の前頭前野という場所を刺激する、
ということが分かっています。
筋肉のメタファーで考えると、
創造的な仕事によって使った同じ脳の領野を、
料理や掃除でもう一度使うと、
筋肉疲労が倍加して疲れるんじゃないの?
と直観的には思うのですが、
実は逆なのです。

脳というのは複雑な組織なので、
その「シナプスの使い方」が、
料理や掃除などの手を使った仕事と、
いわゆる机仕事、つまり「情報処理」とで、
活動範囲が著しく異なります。
単純に考えて、
空間把握力を使い、、
身体の知覚神経の大部分が集まっている、
右手、左手を使い、
色覚、聴覚、嗅覚、味覚、
あらゆることを使う「料理」という作業は、
かなり「複合的な脳の使い方」なのです。

脳を広く使う。
シナプスのいろんな場所にまたがり動いている。

そうするとどうなるか?
これは比喩的な表現になりますが、
「脳の凝りがほぐれる」わけです。

机に座ってずーっと考えていると、
前頭葉の特定の部分ばかり使いますので、
「脳が凝って」きます。
スマホを見続けると、
僧帽筋が緊張して肩こりになるのと同じです。

料理や掃除をすると、
脳全体を使いますので、
その凝りがほぐれるわけです。
コンパウンド系の筋トレ種目をやると、
肩こりが治るのとまったく同じです!!
(同じか?)
 
間違ってても、責任は取りません(キッパリ)!


、、、というわけで、
スムーズに、5位の「筋トレ」に。
4月頃から私は筋トレを始めました。

ひっそりと。

あまり自分から言うのはかっこわるいと思っているので、
あくまで、ひっそりと。
聞かれれば話しますが、
自分からは話しません。
「筋肉が語る」ようになるまで、待つつもりです笑。

、、、で、この筋トレ、
正直、めちゃくちゃ楽しいです。
これが「ストレス解消」なのかというと、
厳密には違うかもしれませんが、
でも、「今日はしっかり効かせるトレーニングが出来た」
と思いながらプロテインを飲み、
シャワーを浴びるときほどの「至福の瞬間」は、
世の中に他にないんじゃないかと思うほどです。

「ショーシャンクの空に」のDVDのパッケージの状態になります。

▼参考画像:「ショーシャンクの空に」
https://eiga.k-img.com/images/movie/45573/photo/3dfc1ef20f3a317c.jpg?1469167946

私は毎週1回か2回、
筋トレ後のシャワー室で、
この快感を味わっているわけです。
脱獄の快感。
解放のカタルシス。
至福の瞬間。

あまり教えたくなかったんだけど、
言っちゃいました。

すんごいものを、
見つけちゃいました。
これを私に教えてくれた友人には、
日本的な表現を借りるなら、
「一生、足を向けて寝られない」ぐらいの、
大きな借りが出来たと思っています。
命の恩人です。


、、、水泳もまた、
気持ちいいですね。
最近はHIIT(高強度インターバルトレーニング)
という方法で、私は水泳をしています。

どうやるか?

100メートル(50メートルでも良い)を、
全力でクロールして泳ぎます。

それにかかった時間と同じだけの秒数、休みます。

また全力で同じだけ泳ぎます。

また同じだけ休みます。

これを4セット〜8セット繰り返します。
30分から60分かかりますが、
へとへとに疲れます。

これによって、
漫然と1000メートル泳ぐよりも、
格段の心肺機能の向上が期待されるそうです。

興味ある人はお試しあれ。



、、、6位の、靴磨きとトイレ磨き。
これに関しては「料理」で話したのと同じです。
前頭前野がほぐれます。
靴磨きに関しては私はくいっぱくれたら、
最後は靴磨きで生計を立てようか、
と思ってるほど好きだし上手です。

どんなにへたった革靴でも、
見事に復活させる自信があります。
靴をもってきてくれたら、
ご依頼承ります笑。


、、、以上、ストレスからの回復特集でした。


風邪引いたときに食べたくなるもの

2019.02.05 Tuesday

+++vol.059 2018年10月2日配信号+++

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■1 今週のオープニングトーク
今週も「質問カード」から。
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▼▼▼風邪引いたとき食べたくなるもの▼▼▼

メルマガ読者の皆様、こんにちは。

今週は「月に一度のお楽しみ」の、
「陣内が先月観た映画」のコーナーです。
その前に、オープニングトーク、
行ってみましょう。

では、質問カードから。

▼質問:
「風邪を引いたとき食べたくなるものは何ですか?」


そうですねぇ。
私は虚弱体質のため、
よく風邪を引きます(泣)。
それでもこの数年は、
年に2回か3回ぐらい(?)で、
まずまず少ないほうかなぁと思っています。
鬱病からの復帰後は、
「良く寝る」事を特に気をつけているからかなぁ、
と自己分析しております。

風邪を引いたときというのは、
あんまり何も食べたくないものだと思うのですが笑、
敢えて言えば、食欲が出てきたときに食べたいものと言えば、
という話しですと、
まぁ、ベタに「プリン」とかですかねぇ。

風邪の最中は、
私は何も食べず、ポカリスエットしか飲みません。
ポカリスエットを大量に飲み、
布団をたくさん重ねて汗をかくと、
普通の風邪は1日で治ります。

、、、で、治ってきたころに、
食欲が復活するわけですが、
そのときには「プリン」とか「アイス」とかを食べます。

コンビニのスイーツ類は高く付くので、
普段あまり買って食べることはないのですが、
風邪を引いたときだけは食べます。
近所のファミマに行き、
プリン、アイス、ロールケーキ、チョコレートケーキの類いを、
買ってきて食べます。

「柔らかくて、冷たくて、甘くて、
カロリー過多なもの」を、
きっと弱った身体が欲しがるのでしょう。

ちなみに定番の「雑炊」は、
私は料理するほうにおいて自信があります。
自分が作る雑炊は相当にレベルが高いのでは、
と密かに思っています。

自分が風邪引いているときは、
雑炊作るよりコンビニに走るほうが楽ですし、
お客さんが家に来たとき、
雑炊を提供するわけにも行かないので、
いかんせん作る機会は非常に限られているのですが、
私の「卵雑炊」は美味いです。

作り方はシンプルです。
ご飯茶碗半分(ぐらい)と、
水(250mlぐらい)と、
白だし(大さじ1.5〜2)を、
小鍋で煮ます。

沸騰して30秒ぐらいしたら、
溶いておいた卵(砂糖をひとつまみ入れるのがコツ)を、
菜箸を伝わせながら鍋に入れていきます。
そのとき、鍋を揺らすと良いです。
卵が「ダマ」にならず、
上手な中華スープのように、
細かく分かれてくれます。

すぐに火を止めて、
器に盛り、海苔を手でちぎって散らし、
最後にポン酢をお好みの量かけて、いただきます。



、、、



、、、どちゃくそ上手いです。

やってみてください。



飼ったことのある生き物

2019.01.29 Tuesday

+++vol.058 2018年9月25日配信号+++

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■1 今週のオープニングトーク
今週は、タイのチェンマイからお送りします。
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メルマガ読者の皆様、こんにちは。
いま(25日朝)はタイにいます。
昨日の夜DNAアジアギャザリングの会場のある、
チェンマイに到着しまして、
一晩ぐっすり、9時間寝ました。

DNA(Discple Nations Alliance)というのは、
FVIがその理念を共有しながら働いている世界のネットワークのことです。
こちらがDNAのホームページになります。

▼参考リンク:Disciple Nations Alliance
https://www.disciplenations.org/

団体名は「国を弟子とする」という意味で、
世界中で同じような理念で様々な働きが行われているので、
何年かに一度、こうして集まるわけです。

この団体は性質からして、
トップが方針を決めてそれに皆が従う、
という形ではなく、この理念に賛同する人が、
様々な文脈で様々な働きをする、
という形なので、働きの多様性が大きいのです。
農村で開発の働きをしている人もいれば、
学校を作っている人もいる。
教会の牧師もいれば、
政府に働きかけている人もいる。
絵を描いている人もいれば、
ビジネスの世界で働きをしている人もいる。
私たち、日本のFVIのように、
何やってるかわからないけど、
でもいろいろやっている人たちもいる。
なので、こうして集まる意義が大きいと感じています。

昨日は「移動デー」です。
機内では映画を観たり、
メルマガを書いたりしていました。

チェンマイに来るのは初めてですが、暑いです。
バンコクよりは涼しいそうですが、それでもやはり。
自然が豊かで、日本の昔の農村の風景に似ているという理由で、
退職後に移住する日本人も多いと聞きます。
夜にはおびただしい数の虫の鳴き声がし、
早朝にはいたるところで鶏が鳴いています。
あと、ヤモリの鳴き声もします。

良い感じです。

それから、地域エリア判定によって、
タブレットで視聴するYouTubeの広告が全部「タイ語」になりました。
いったいGoogleのアルゴリズムとビッグデータは、
私に何を買わせたいというのでしょう。
買わせたいその商品が何なのかすらも解りません。

、、、というわけで、今週も始めて行きましょう。
まずは質問カードから。



▼▼▼質問カード▼▼▼

メルマガ読者の皆様、こんにちは。
今週も「質問カード」から。

▼質問:
飼ったことのある最も大きな生き物と、
最も小さな生き物を教えてください。


、、、この質問は、なかなか面白いですねぇ。
飼ったことのある最も大きな生き物と、
最も小さな生き物、
みなさんはどうでしょう?

私は小さい頃から動物・昆虫・は虫類大好き人間でした。
まぁ、獣医になろうと思う人って、だいたいそうです。
大学生が動物を飼うというのは、
けっこう珍しいことだと思うのですが、
獣医学科の学生の動物飼育率の高さは異常でしたから笑。
私は飼ってませんでしたが。

ペットOKの賃貸アパートを探すのは、
家賃の安い帯広市とはいえ、
なかなか大変なので。

今も東京に住んでいて賃貸なので、
なかなか「ペットを飼う」、
というところに踏み出せません。
本当は飼いたいんですけど。
娘と犬や猫を遊ばせてあげたい。
「動物と子ども」って基本的に相性が良いですから。

2歳とか3歳のころ、
私はすぐ親の目からいなくなる子どもでした。
何をしていたかというと、
何時間もアリのあとを追いかけて、
森のなかの深いところにある巣穴にたどり着き、
そこで行われているアリの社会の営みを、
何時間も観察していたのです。
運が悪ければ私は、
スーパーボランティアの尾畠さんに、
捜索されていたかもしれません。

就学前の私の愛読書のひとつは、
「ファーブル昆虫記」でした。
そこに何が書かれているのか、
当時あまりよく分かっていなかったと思うのですが、
今考えてみますと、
自分と同じような感性(昆虫を朝から晩まで見ていられる)を持つ、
ファーブルという人物がいた、
ということに、興奮と感動を覚えていたのだと思います。
「このおじちゃん、かっこええええぇ〜!!」と。

虫取りもめちゃくちゃ上手でした。
蝶でもトンボでもトカゲでもカマキリでもバッタでも、
4歳、5歳のころの私は、
「無の心境」で昆虫に近づき、
背中から「ふわっ」と指で捕まえることが出来ました。
コツは「自分は虫だ。自分は虫だ。」と思い込むことです。

あのころの私のいた境地は、
かの宮本武蔵が到達していた境地に近いのではないかと、
自分では思っています笑。
、、、大人になると出来なくなりましたが。

邪念が混じるのです。
大人になると妖精さんが見えなくなる話しが、
古今東西さまざまありますが、
それは、「そういうこと」なのだろうな、と思います。

あの頃の私は、
もう少しで昆虫と会話が出来るとすら思ってましたから笑。

そんな幼少期を過ごしていましたから、
当然いろんなものを飼育しました。
クワガタ、カブトムシはもちろんのこと、
ザリガニ、カマキリ、バッタ、蝶、セミ、
アリジゴク(当然、アリを餌にする)、
カメ、トカゲ、タガメ、
ヤゴ(トンボの赤ちゃん)、
オタマジャクシ→カエル(シン・ゴジラ的に形態を変える)
メダカ、金魚、ハムスター、
文鳥、雑種犬(中学以降の一時期)、などなど。

私は幸せなことに、
幼少期を自然豊かな場所で過ごしましたから、
(まぁ、つまりド田舎ということですね笑)
周囲にいる捕まえられそうな生き物はことごとく捕まえ、
飼えそうな生き物はことごとく飼育しました。
「クワガタ図鑑」「水生生物図鑑」「は虫類図鑑」などの、
「○○図鑑」は私の座右の書でした。

そんな私が今までに飼育した一番小さな生き物は、
多分「ミジンコ」ですね。
「細菌培養」は私の仕事でしたが、
あれは「飼育」とは言いませんから笑。

ミジンコは、たしか、
「学研」という教材がありまして、
それを小学校の校門で売っているおばちゃんがいたのです。
めちゃ昭和な風景です。
今もあるんだろうか、、、?

で、その附録が「飼育関係」だと、
私は俄然欲しがりました。
親にねだって買ってもらいます。
「教育」という大義名分がありますから、
ねだるほうもねだりやすいのです。
学研のおばちゃんはそのへんを良くわきまえています。
「漫★画太郎」の「珍遊記」は飼って貰いにくいですが、
表紙に「理科・三年生」と書いてある、
「じっさいはおもちゃ」は、親の目を欺きやすいのです笑。

で、ある回の附録が「ミジンコ」でした。
プラスティックの小さな容器に、
「粉A」と「粉B」を入れます(じっさいは卵と養分ですね)。
そうすると、数日間で、
容器の中にミジンコが発生します。
それを附録のルーペで観察する、
という教材(じっさいはおもちゃ)です。

▼参考画像:ミジンコ
https://news.biglobe.ne.jp/trend/0726/3808304320/nrn_20180726013_thum630.jpg

大きさは0.5〜2mmです。
だいたい、人間のフケぐらいの大きさでしょうか。
あれがピヨピヨ泳いでいるのを見て、
「かわいいなぁ」と思った小学生の私でした。

そんな変わり者でしたから、
「人間界」のことにはあまり興味がありませんでした笑。
相当にイカれた小学生だったと思います。
今だと特別なクラスに入れられるかもしれない。
いろんな生物を育てる私は、
親には育てにくい子どもだったに違いありません。


、、、続いて、一番大きな生き物。

これはねぇ。

ポニーです。

なかなかこれを超える人はいないんじゃないでしょうか。
私が大学の獣医学科で、繁殖学教室に属していたことは、
先日のメルマガでお話しました。
牛の世話を毎日していたので、
牛も「飼っていた」といえばそうなのですが、
あれはむしろ「管理をしていた」に近い。
飼育ではない。

飼育と言うことですと、
繁殖学教室が所有するポニーを飼育していました。
このポニーの目的は「学生が卒論を書くための実験用」です。
たとえば血液寒天培地という微生物培養のための採血をしたり、
あと、ホルモンの時間ごとの変化を追うために採血をしたり、
それから、実験用の血清を摂るために採血をしたりしました。

つまり、「採血要員」です。
馬(ポニー)の採血って、牛と比べるとめちゃ簡単です。
ちなみに馬は牛と比べて皮膚が薄く、
そして毛が剃りやすいので、
頸動脈にアプローチするのがとても簡単なのです。
剛毛で皮が分厚い牛は逆に頸動脈は難度が高いため、
しっぽの付け根にある動脈(尾動脈)からの採血が一般的です。
注射針は医療関係の人なら解ると思うのですが、
「18ゲージ」という、
人間ではあまり聞いたことのない太さの針を使います。
だいたい、焼き鳥の串ぐらいの太さがあります。
それでもポギーからすると、
「サシバエに刺された」ぐらいの痒さを感じてたと思いますが、
慣れているので、さほどいやがりません。
「はいはい、採血ね、ほら。」
みたいな感じでやらせてくれます。
(採血が下手な下級生が来ると警戒レベルを上げますが。)

このポニーには「ポギー」という名前がありました。
誰が付けた名前なのか、誰も知りません。
きっと卒業したOBの先輩が付けたのでしょう。
研究室に入ったときにはすでにいたので、
「ポギー」と私たちも呼びました。

先日のメルマガで、
年中無休の朝の農場作業の話しをしましたが、
繁殖学教室のもうひとつの「当番制のルーティーン」は、
「ポギーの餌やりと散歩」でした。

朝の農場(5時起き、6時集合)とは違い、
ポギーの散歩と餌やりは、
一日のうちどこかの時間でやれば良いので、
授業の合間とか授業後に、
気楽な気持ちで行うことが出来ます。

なので、週に1回か2回当番が回ってくる、
この「ポギーの世話」は、
けっこう楽しみながらやっていました。

ポニーは、交配のさせ方によって、
大型犬ぐらいの小ささにもなるし、
馬とそこまで変わらない大きさのものまでおり、
かなりサイズがまちまちです。

われらが「ポギー」はと言いますと、
ポニーのなかでは大きな方で、
体高(背中の高さ)が、
だいたい人間の胸ぐらいの大きさがありました。

これぐらい↓です。

▼ポギーのサイズ感
http://blog-imgs-56.fc2.com/a/z/t/aztkhs/IMG_7716.jpg


なので、大人でもギリ乗馬が楽しめます。
10分とか乗ってるとヘタってきますが、
5分ぐらいならポギーも気分良く乗せてくれます。
ポニーは散歩が好きなのです。

散歩は大学の敷地内を10〜15分ぐらいさせるのですが、
そのうち5分ぐらいは鞍なしの乗馬を楽しみ、
悠々自適な気分を味わいました。

家族が本州から遊びに来たときには、
休日にポギー当番を入れて貰って、
乗せてあげたりもしました。
あれは楽しかったなぁ。

実はこのポギーにまつわる、
真冬のマイナス10度のなかの大事件があるのですが、
それはまた別の話。

今日はここまでにします。
ミジンコより小さな生き物、
ポニーより大きな生き物を飼育していた読者の皆様は、
ぜひご一報を!

最後にした外食

2019.01.22 Tuesday

+++vol.057 2018年9月18日配信号+++

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■1 今週のオープニングトーク
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▼▼▼最後にした外食(執筆時:9月11日時点)▼▼▼

メルマガ読者の皆様、こんにちは。
今週も、質問カードから始めて行きたいと思います。
では引きます。

▼質問カード:
「一番最近した外食はなんですか?」


、、、どうでしょう?
そうですねぇ。
あらためて聞かれると、
思い出すのに結構時間がかかるというね。

、、、そうだなぁ。
北海道では、
たくさんの思い出深い外食をしたので、
語り尽くせません。
それを語っていたら文字数が足りない。

8月末に北海道から東京に戻りまして、
これを執筆時点(9月11日)までの外食、、、。

そうだ!

思い出しました。

ショッピングモールです。

私たち家族は、
「東京における家族の安息の場所」を求めて、
先日、ショッピングモールに行ったのです。
「ららぽーと立川立飛」というところ。

▼参考リンク:ららぽーと立川立飛
https://mitsui-shopping-park.com/lalaport/tachikawa/shopguide/

00年代以降の日本というのは、
「家族で週末に行く場所」の定番が、
「大型ショッピングモール」になった時代、
と評することができるのではないでしょうか。

どんな地方都市にも、
巨大なホワイトベースのような、
イオンショッピングモールがそびえ立ち、
週末になるとそこは家族連れであふれるようになった。

特に首都圏よりも地方都市でその傾向は顕著で、
ショッピングモールのない家族の週末など、
もはや考えられなくなっているのが、
今の日本なのではないでしょうか。
あくまで「私見」にすぎませんが、
多分そんなに間違っていません。

東京というのはそういう意味では、
「ショッピングモール」によって、
ローカル経済圏が駆逐されていない、
「最後の楽園」なわけで、
商店街ロケが東京都内(および大阪の一部)ばかりなのは、
偶然ではありません。
嘘だと思うなら、
地方都市の週末の駅前商店街に行ってみて下さい。
ほとんど誰もいないから。
(あくまで東京の基準から言うと、
 という話しですが。)

平成という時代に、
日本人は「駅前商店街」から、
大型ショッピングモールへ、
民族大移動を遂げたわけです。

、、、で、
私も成人したのが1997年であり、
経済的に親から自立し、社会生活を送るようになったときには、
もうすでに社会は「大型ショッピングモールの洗礼」を受けた後でした。
東京に住むようになって10年間、
私は未だに「適応不全」です。
きっと生涯東京とは「水が合わない」のだと思いますが、
その理由のひとつは、
大型ショッピングモールの不在に象徴されているのかも、
と思いました。

実は私が「地方都市が好き」というときそれは、
自動車に乗ることを当然の前提としています。
以前誰かに、「地方に住む方が良いっていうけど、
もし車を運転できなかったらどう?」
と聞かれて、考え込んでしまったのを思い出します。

車を運転できない地方生活と、
(当然)車を運転しない東京生活。
私からすると、
「うんこ味のカレーと、
 カレー味のうんこ」
みたいな選択ですが(各方面にめちゃくちゃ失礼)、
この究極の二択の私のチョイスは、
「東京のほうがマシかもしれない」でしたから(爆死)。

地方都市に生活していて楽しいのは、
実は「自動車でいろんなところへ行ける」
というのが大前提になっていたのでは、、、
と私はそのとき初めて気づいたのです。

これは例えばアメリカなどに住むときも同じです。
アメリカで自動車に乗れないって、
もうね、それは「障がい者」に近い生活を強いられます。
じっさい、バリアフリーが進んでいるアメリカでは、
車いすに乗っているが自動車を運転できる人と、
どこにも身体的障害がないが自動車に乗れない人、
どちらが「不便」か、甲乙付けがたい気がします。

アメリカで車に乗れないとは、
「そういうこと」なのです。
実際経験したことがあるのですが、
家から見えているハイウェイ越しのウォルマートに、
歩いて行けないんですから。

見えてるのに、到達できない。

なぜか?

「人間が歩いてそこまで行く」ようには、
都市自体が設計されていないからです。
特に中西部ともなると、
アメリカというのは、街全体が、
「高速道路」みたいなもので、
よって商店や病院や銀行などの生活インフラはすべて、
「サービスエリア」や「パーキングエリア」のような、
設計のされ方になってます。

これも本当です。

嘘だと思ったら、
アリゾナで1ヶ月、徒歩と自転車で生活してみてください。
死にますから。
すべてが遠くて死にます。
あと、普通に焼け死にます。

、、、何の話し?

そう、ららぽーと立川立飛の話しです。
私は東京に来て10年間、
なんか「しっくり来ない」感覚を味わい続けているのですが、
そのひとつの理由は、「大型ショッピングモール」に代表される、
「圧倒的な広さの欠如」です。
手を広げてぐるぐる回っても、
誰にも迷惑かけない広さ、
っていうのは、東京ではほとんど味わえません。

地方都市や海外にいって、
心からせいせいする瞬間というのは、
半径10メートルに誰も人間がおらず、
ぐるぐるその場で回ろうが、
突然踊り出そうが、
小さめの奇声を発しようが、
誰にも迷惑をかけない、
という安心感なのです。

そう。

「パーソナルスペース」というのは、
私という人間にとって死活的に大切なのです。

、、、で、先日、
前から気になっていた、ららぽーと立川立飛に行きました。
家族3人で。

私はフリーランスで、
土日はほとんど働いていますから、
逆に平日の任意の日に休みます。
その平日の日中ならば、
東京とはいえ、ショッピングモールには、
「パーソナルスペース」があるのではないか?

私はそう類推したわけです。

、、、結果、
どうだったか?

見事予感は的中しました。
私たちが行ったその日はかなり空いていて、
まるで地方都市にいるかのような解放的な気分を味わうことに成功しました。
私も妻も娘もその「すがすがしいまでのパーソナルスペースの広さ」に、
テンションが上がり、4時間滞在しました。
東京都心に赤ちゃんを連れて4時間外出するというのは、
単なる悪夢ですが(笑)、
ららぽーとは「天国」でした。

むしろ家よりも快適かもしれない。
「ららぽーと」は、とにかくファミリー層に、
分かりやす過ぎるぐらいターゲットを絞りまくっています。
キッズスペースは各所に点在しているし、
おむつ交換や授乳スペースも充実している。
「西松屋」というベビーグッズの店もあるし、
ニトリも入っている。
あらゆる場所に、子どもと一緒でも大丈夫な配慮がある。
とあるツィートのように、
「スタバにベビーカーで入ろうとしたら、
 入店拒否された」
みたいなことにはならないのです。
(私はそもそも、
 子ども連れでカフェに入ろうとは思いませんが。
 ギリ「ファミレス」はアリです。)

、、、話しを戻します。
そうです。
外食の話しです。

その「ららぽーと立川立飛」で、
JSバーガーという、
ハンバーガーのお店に入りました。
首都圏および神戸・大阪に、
フランチャイズ展開されているようです。

▼参考リンク:「JSバーガー」
http://burgers.journal-standard.jp/


、、、ここ、かなり良かったです。
ハンバーガーは、なかなか美味い。
パテのクォリティは、
まだまだ上には上が当然あるわけですが、
ビーフ100%で、一定の水準は満たしている。
フレンチフライも美味い。
何と言っても、ランチはサラダバーが付きます。
ドレッシングは手作り。
そのセットが1,000円前後で食べられます。
しかも「ららぽーと」内のこのお店は、
店舗面積が広く、
子ども連れでも、
「すみません、やかましくて」みたいな顔を、
周囲にも店員にもする必要がありません。

最高です。

100点です。

素晴らしい。

さらにここまで、
電車を一度乗り換えて家からアクセスするのですが、
私たちの住まいとこの場所は、
「都心から離れる方向」にあるので、
電車が混みません。
これも素晴らしい。

「また来ようねー」
と妻と話し合いながら、
家族の休日を楽しみました。

娘も、1時間300円の、
赤ちゃんを遊ばせる「ミニ遊園地」みたいなやつがあり、
そこで遊んでご満悦でした。

、、、あ、そうそう。
最近まったく娘が登場してなかったですが、
娘の「かなえ」は、もうすぐ1歳になります。
9月21日が誕生日です。

そんな、「ミニ遊園地」で遊ぶ娘の写真を載せておきます。

▼参考画像:もう少しで1歳の娘
https://bit.ly/2QrJIzt


1歳の娘も「パーソナルスペース」が大切なようです。
ご機嫌でした。

、、、というわけで、
最も最近した外食の話し(9月11日時点)でした。
この質問は、来月したら、
また答えが変わりますね。
質問カード、面白い!

では、今週は久しぶりの、
「Q&Aコーナー」に続きます!

生涯で好きなテレビ番組、第二位、第一位

2019.01.15 Tuesday

+++vol.056 2018年9月11日配信号+++

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
■1 今週のオープニングトーク
生涯ベストテレビ番組
::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::

メルマガ読者の皆様こんにちは。
今週も「質問カード」から行ってみましょう。

では、引きます。

質問:
「生涯で好きなテレビ番組」第一位と第二位を
教えて下さい。
(現在放送中でも、過去のものでも可)


、、、これは良い質問ですねぇ。
この質問に対する答えで、
だいたいどんな人か、人柄が出ますからね。

「テレビ見ません」(キリッ)
という人もいるでしょうし。
「そうですねぇ、
 『NHKスペシャル』かな」
という人もいるでしょう。
昔やっていたアニメを挙げる人もいるでしょうし、
テレビドラマを挙げる人もいるでしょう。

きっとこの質問は、
「どの番組か?」という内容よりも、
「答えたのがどのジャンルか?」のほうが、
実は重要な質問です。

ちなみに私は知識人・教養人ですので、
ジャンルは一位も二位も、
「娯楽バラエティ番組」です(キリッ)。

誇りを持って言いますが、
両方とも、脳の栄養で言えば
正真正銘の「ゼロカロリー」です笑。

ではご紹介していきましょう。



▼▼▼第二位:「銭形金太郎」▼▼▼

これは私が愛知県で市役所勤務時代に放映されていた、
「神バラエティ」です。
たしか「生活応援バラエティ」というキャッチコピーで、
全国の様々な貧乏さんを応援する、
という趣旨なのですが、本当に面白かったなぁ。
深夜番組時代から見てました。

優勝すると10万円の賞金がもらえるので、
全国から様々な「貧乏さん」が応募してきます。
その貧乏さんのところに、
「銭金サポーター」と呼ばれる、
お笑い芸人たちがリポートに行く。
それを「審査委員長」の堀内健(ホリケン)が、
「審査」して、優勝者に10万円を手渡す、
というシンプルな構成です。

銭金サポーターの写真はこちらです。

▼参考画像:「銭金サポーターたち」
https://bit.ly/2QlYkAu


、、、写真を見れば一目瞭然ですが(そうでもないか?)、
全員「ボキャ天世代」と呼ばれる芸人たちです。
くりぃむしちゅー、
ネプチューン、
土田晃之、
東貴博、
びびる大木、
といったメンバーたち。

彼らのロケは「最強」でした。
「銭金サポーターベスト3」を決めるのは非常に難しい。
でもやっぱり「くりぃむしちゅー」は突出していた記憶があります。
皆面白いのだけど、やはり上田と有田は「すごい」と、
あの時代から思っていました。

私は現在「好きなお笑い芸人は?」と聞かれると、
3回に2回ぐらいは「くりぃむしちゅー」と答えますが、
その下敷きを作ったのはこの番組です。

有田や上田の素人貧乏さんたちとの「絡み」は、
本当に素敵でした。
貧乏さんたちは「個性しかない」みたいな人たちなので笑、
無茶な球を投げてくるわけです。
彼らがバッターだとしたら、
プロではあり得ない悪球を投げてきます。
普通の人なら「デッドボール」ですが、
彼らはそれをホームランで返す。

見事です。

▼参考画像:「リポートをする有田哲平」
https://bit.ly/2O52meJ


、、この番組というのは、
世間にネットやスマホが完全に普及する前の、
テレビが牧歌的だった時代の、
「最後の傑作」という感じがします。

今の時代、この番組は、
あのクオリティでは「成立」しない気がします。
すぐにネットで炎上したりするから。
貧乏さんの住所が特定されたり、
彼らの過去が暴かれたり、
貧乏さんへの「愛ある強めのツッコミ」が、
その部分だけ切り取られて文字おこしされ、
そしてサポーターのタレントが批判にさらされたり、、、


あー、やだやだ。

そういうのは見たくないです。
銭金また見たいなぁ。
DVD化されないかなぁ。

もしくはAmazonプライムとか、
Netflixとかがやらないかなぁ。
彼らはコンプライアンスに「ビビってない」ので。
最近のテレビ局は本当にチキンですから。



▼▼▼第一位:「発明将軍ダウンタウン」▼▼▼

これは、「思い出補正」も入ってますが、
私が中学生から高校にかけての番組です。
もう30年ほど前の番組になりますから、
もはや「伝説の番組」と言って良いでしょう。
番組風景はこんな感じ。

▼参考画像:「発明将軍ダウンタウンのシーン」
https://bit.ly/2N5SB3G


、、、この番組は、
スタジオに「発明家」が来て、
自らの発明を紹介するという、
「発明応援バラエティ」です。

当時のダウンタウンというのは、
もう「カリスマが服を着て歩いている」
ような状態で、
今の明石家さんまとビートたけしと、
嵐とAKB48とヒカキンをあわせたような人気でした。

いや、マジで。

もうね、天下を取る、
って、ああいうことを言うのです。
中学校に行っても、
ダウンタウンファン以外いないんですから。

その時代の中学生たちが、
今のM-1優勝者のほとんどです。

当時、ダウンタウンの番組って、
めちゃくちゃあったわけです。
もはや「古典」の域に入った、
「ダウンタウンのごっつええ感じ」もありましたし、
「ダウンタウン汁」、
「ワールドダウンタウン」などなど。
全部とがっていて、
「発明将軍ダウンタウン」はゴールデン枠でしたので、
とがり方はまだ小さい方でした。

構造的には。

しかし、ドクター中松を考えたら想像できるように、
「発明家」たちのとがり方が凄いのです。
「ボケ」を「凶器」に喩えるなら、
彼らは「全身凶器」です。
武器を持たぬテロリストなわけです。

それを松本、浜田が、
ものすごい「お笑い変換能力」で、
すべて笑いに変換していく。

それはそれは、
ゴジラVSキングギドラのような、
夢の組み合わせです。

あれは、素人さんとの即興のやりとりなのですが、
もはや「完成されたコント」のようにも見えてきます。
そういえば、発明家たちのとがった発明品たちは、
「コントの小道具・大道具」にも見えてくる。
腹痛いぐらい笑ったなぁ。

あれは素晴らしい番組でした。
高橋さん、元気かなぁ。



、、、というわけで、
今日は「テレビ番組」の話しでした。
みなさんの「生涯ベスト番組」は何ですか?

骨を拾う

2019.01.08 Tuesday

+++vol.055 2018年9月4日配信号+++

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
■1 今週のオープニングトーク
骨を拾う
::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::

▼▼▼ブログ記事を掲載します▼▼▼

今回は、久しぶりに書いた、
「ブログ記事」を掲載します。

▼参考リンク:「陣内俊Prayer Letter」
https://ameblo.jp/shunjinnai-kingdomcome/

ブログとメルマガって、
ちょっと違うんですよね。
佐藤優が「文体は思想だ」って言っているのですが、
文体が変わると、「人格」もちょっと変わります。
メルマガでは一人称を「私」にしています。
これはメルマガを開始した理由が、
「ブログとは違う内容のことを書きたい」と思ったから、
敢えて文体を変えるために一人称を変えたのです。

今回はブログ記事なので、
一人称は「私」ではなく「僕」です。

内容も、
いつものオープニングトークとは違うと思います。
文体が違いますから。

あと、最初に言っておきますが、
この記事「長い」です。
マジで長い!

「シーズン2」は分割送信はやめようと思ってたのですが、
文字数オーバー(1通30,000字以内)につき、
今回はやむなく分割送信になってます。
反省しない男!
どうしても長くなっちゃうんです。
30分番組が1時間番組になっちゃいました。
ラジオでいえば、今回はスペシャルということで笑。

お時間のない方、
長い記事を読むのが嫌いな方は、
どうぞ躊躇なく、
今回のオープニングトークは飛ばして、
2通目の「陣内が先月観た映画」から読んで下さい。

では、ブログ記事を収録いたします。
(ブログ更新は本日18時の予定)



▼▼▼ブログ記事「骨を拾う」▼▼▼

どうも僕です。
久しぶりのブログ更新です。

更新が滞っていたのは、
特に深い理由はないのです。
なんとなく「ブログな気分」ではなかった、
というだけで。

たしか今年の3月のことだったのですが、
週に1、2回はブログを更新する流れができていたとき、
出張中のどこかのカフェで、
1時間近く「不確実な世界で生きる(確か)」というタイトルで、
ブログ記事を書きました。

なんだかそのときは「上から文章が降りてくる」かのように、
筆が進みまして、1時間ひたすら、
この数ヶ月考えていたこと、
みたいなことを書いたんです。
確か「ハイゼンベルクの不確定性原理」から、
なぜ今の社会では我々は生きづらいのか、
みたいな話しにまで飛びまして、
それはそれは、
「ブラジルで蝶が羽ばたけば、
 テキサスで竜巻が起こる」
みたいな勢いのある文章が書けたのです。

そんな奇跡みたいな瞬間が、
凡庸な才能を持つ僕にも、
年に一回ぐらいは訪れるのです。

ところが。

そんな奇跡みたいな瞬間というのは往々にして、
マイナスの奇跡みたいなこともセットで起きるものでして、
さて、このブログ記事を更新して、
カフェを後にしようか、と思った瞬間、
なんの不手際か、
オンラインで編集していたその記事が、
あっけなく消えてしまいました。

それ以来ですかね。

半年ほど、このブログは更新してません笑。

深い理由、
ちゃんとあるじゃねーかよ!
っていうね笑。


さて。

そんな余談はさておき、
深い心の傷を負った僕は、
子どもに石を投げられた野生動物が、
しばらくその場所に寄りつかなくなるように、
ブログ近辺から遠ざかっていたわけですが、
久しぶりに、なんだか「ブログな気分」になったのです。


といいますのも、
先日僕は北海道に行っておりました。

そのとき、
「あぁ、なんだかこれは書いておきたいなぁ」
と、ふと思った次第なのです。

北海道ではとにかく、
いろんな人のご厚意に与り、
とても楽しく過ごしました。
美味しいものをいただいたり、
美味しいものをいただいたり、
美味しいものをいただいたりしました。

ラーメンだとか、お寿司だとか、
インドカレーだとか、美味しいコーヒーだとか、
お魚料理だとか、ホタテの焼いたやつだとか、
何を食べても美味しくて、幸せな気持ちになりました。

前半は札幌に、
後半は道東と旭川に行ったのですが、
道東と旭川へは、
友人が車を貸してくださいまして、
それでかなりの長距離をドライブさせていただきました。
なんと、
「ETCも使って良いよ、
 FVIへの献金ということで」
と言っていただき、
高速道路を使って僕は、
久しぶりに道東にドライブをしたのです。

ブログを読んでくれている人は知っているかもですが、
僕は大学時代の6年間を道東の帯広市というところで過ごしました。
道東のなかでも「十勝」というのが僕の過ごした場所です。
今回は「共働学舎」というキリスト教の理念に基づく、
牧場を経営しながら障がい者のコミューンを形成するNPOを、
見学させていただきました。

2時間ほどかけて、
丁寧に農場、牧場、牛舎、チーズ工房、
生活スペースなどを見せていただきました。
彼らの理念というのは、
「現代の世界で生きづらさを抱える障がい者というのは、
 未来の世界の生き方を伝える預言者なのだ」
というものです。
この信念に基づき、
彼らは一緒に生活をし、
一緒に農作業をして暮らしています。

ジャン・バニエの
「ラルシュ共同体」だとか、
北海道浦河にある、
「べてるの家」などの実践に通ずるものがあり、
とっても勉強&参考になりました。

僕もいつか、ああいった活動に加わるのだろうか?
それは神のみぞ知るのですが、
なんというか、今、こういうものを見ておいた方が良い、
という直観が働いたので見学に行った次第です。

その日は芽室町というところにある、
国民宿舎(!)に宿泊しました。
国民宿舎、っていう響きがもう、昭和ですよね。
そんな昭和な施設に、昭和な気分で宿泊し、
昭和な気持ちで次の日は旭川に向けてドライブを楽しみました。

僕にとって十勝は、
「かつてホームだった場所」なので、
めっちゃくちゃ懐かしくて泣きそうになりながら、
やたらと直線な道を、
時速70キロぐらいで丁寧に走りました。
車内エアコンの穴からこぼれてくる、
十勝の牧場の、酪農家曰く「田舎の香水」を嗅ぎながら。
(あ、要は牛糞の臭いのことね)

、、、で、
清水町・鹿追町と言われる当たりにさしかかったとき、
僕はひとつのことを思い出したのです。

これは、どこから説明しようかな。

僕は16年前に大学を卒業してから、
たしか5年目(?)に開催された同窓会には参加しましたが、
それ以来は一度も同窓会というものに参加していません。

なんていうのかな。

僕の同級生40名は当然みんな「獣医師」でして、
僕はそのなかでも「首席入学」でしたから、
ちょっと一目置かれていたのです。
入学してから3ヶ月の間限定でしたが。
3ヶ月後には、高校で生物を履修しておらず、
さらに数学や英語は得意だが、
暗記科目が絶望的に苦手、
という、獣医学科にとってはハンディキャップしかない、
自らのスペックのクソさが露呈しまして(笑)、
クラスでも勉強のできない筆頭にあげられるまでになりました。

再試験、再々試験、再々再試験などになると、
だいたい10名→5名→3名みたいな感じで人数が減っていくのですが、
たいてい僕はその中に残っていたのです。
Zeebra風に言うならば、
「頭悪そうな奴はだいたい友達♪」
だったのです笑。

、、、話しを戻しましょう。
なぜ、僕が同窓会に参加してこなかったか。
そして(今のところ、今後も多分)参加しないのか。

それはねぇ。

やはり、「獣医師」というのは職能集団でして、
「獣医師である」ということが絆になっています。
なので、僕は10年前に「獣医師を実践する」という、
職業から足を洗ってしまって、
NGOとかキリスト教の仕事をしていて、
もう同級生からしたら、
「もうマジでアイツなんなの?」
と思われてるだろうなー、
きっと顔を合わせても、
何しゃべっていいかわかんないだろうな、向こうが。
場の空気を乱すのもあれだから、
ちょっと参加するのは遠慮しておこう、
となるわけです。

あと、5年前に大きな病気をしたことも大きい。
2年間鬱病で社会的には「死んで」いましたから。
「一回死んでいた人」って、
多分向こうからすると、
何しゃべっていいか分からなくて気を遣うだろうなぁ、
きっと戸惑わせるだろうな、
気を遣わせるだろうな。
だから、参加は遠慮しておこう、
となるのです。

僕はだから、
「2重のスティグマ」を抱えていまして、
同級生を自分が困らせてしまうのではないか、
という恐れから、同窓会を敬遠しています。
あと、「病気の経験」も、
「獣医師をしていない」という物珍しさも、
自分の側にもそれなりに負担だったりします。
相手と「半音ずれる会話」しかできなかったりするだろうから、
そうすると、自分がへとへとに疲れてしまうだろうなぁ、
というのも想像できるのです。

特に病気で体力が落ちているので、
大人数のところで、
病気の事実も、獣医じゃなくて、
何やってるか分からない職業だということも、
いろいろ埋めるべきギャップがある状態で、
コミュニケーションを成立させる。

、、、脳内シュミレーションの結果、
「GAME OVER」という文字が浮かぶのです。
「あ、無理だわそれは」と。

2人、3人ぐらいの、
同窓生の集まりみたいなものなら、
なんとか対応できるかもですが、
20人とかなるともう「パニック」でしょうね。
病気を再発します。
なので、同窓会は行きません。

みんなのことは、嫌いじゃないです。
むしろ、大好きなのだけど。
わりと頻繁に、あの子はどうしてるかなぁ、とか、
あいつは何してるかなぁ、とか考えるのだけど。


、、、さて。

時間を戻しまして、
先週の火曜日、
僕は十勝地方をドライブしていました。
清水町・鹿追町というところにさしかかったとき、
そんな同級生のひとりのことを思い出したのです。

獣医科の大学というのは、
4年生で「研究室」というものに所属します。
その「研究室」が、医学部卒業後の研修の、
「外科」「内科」「小児科」などの分野の分岐に似ているところがあります。

帯広畜産大学の場合、
小動物臨床に行きたい人は内科学教室とか、
基礎研究系に行きたい人は生理学教室とか、
大動物臨床の場合は繁殖学・外科教室とか、
そんなふうになんとなく決まっていました。
(もちろん内科を卒業して大動物も「あり」なのですが、
 研究室が就職前の「ギルド」の役割を果たしていたのは事実です)

、、、で僕は大動物志望でしたので、
繁殖学教室に所属しました。
繁殖教室というのは、
かなりの「変わり者の集まり」という触れ込みがありまして、
実際所属してみるとそのとおりでした笑。

大学にかれこれ11年ぐらいいる先輩とか、
当時僕が22、23歳ぐらいのとき、
28歳の「同級生」がいたり、
先生が「生存確認」をしなければならないほど、
「やばめの人」がいたり、
突如消えたかと思うと、
3ヶ月インドを旅して帰ってくる同級生がいたりしました。

その繁殖学教室に、
「スーパー優等生」がいました。
その子は聞くところによると、
入学時には僕に次ぐ成績でした。
「陣内君が入学式に来れなかった場合、
 あなたが新入生代表の挨拶して」
という電話が学生課からあったと聞きましたから。
彼女は一歩目からつまづいた僕とは違い、
すべての単位で一発合格をし、
「優」の成績を収めました。

僕が、
「頭悪そうな奴はだいたい友達」
だとしたら、彼女は、
「頭良さそうな奴はだいたい友達」
でした。

何度か再々再試験の前とかに彼女に、
「ちょっと悪いんだけど、
 ノートなぞ貸してもらえるかな?」
と無心したこともあります。
ろくに授業に出てない自分が悪いのは分かってますから、
あり得ないほどの低姿勢で。

彼女はゴミクズを見るような目で僕を見、
そして、寛大なことに、
いつもノートを貸してくれました。

また、繁殖学教室には、
「朝の農場」という、
お盆も正月も休みのない作業があります。
僕達繁殖教室の4年と5年の全部で7名ぐらいが、
帯広畜産大学が飼っている乳牛約150頭の、
「種付け」を担当していたのです。

乳牛(ホルスタイン)は牛乳を出すのですが、
人間と同じく、子どもを産まない限りお乳は出ません。
ですから、子どもが生まれない期間が1年以上続くと、
お乳が出ない期間が生まれます。
そうすると農家はその期間の水・飼料・農場のメンテナンス費など、
すべてが「捨て銭」になります。
なので、経営が上手な酪農家というのは、
ホルスタインを上手に途切れなく妊娠させる酪農家でもあるのです。

知ってました?

「知るかよ」という話しですよね。
僕も高校生までは知らなかったですから。

、、、で、
僕達繁殖学教室は、
帯広畜産大学の乳牛の、
繁殖時期を管理し、
その卵巣や子宮の状況を、
直腸検査やエコー検査という検査手技で調べ、
そして「人工授精」という方法によって、
乳牛を妊娠させる、という仕事をしていたのです。
人工授精で使用する「凍結精液」というのは、
だいたい一本3000円〜5000円しますから、
一回「外す」と、それだけの損失が出ますし、
卵巣のサイクルが1周する約20日〜28日間を、
一回「外す」と、日数×一頭当たり牧場維持費の損失が出ます。

そんな重大な役割を、
7名ぐらいの学生が一手に担っていたのです。

今考えると凄いなぁと思います。

、、、で、この「牧場での作業」は、
当然のことながら朝が早い。
授業が始まる8時半にはすべての作業&着替えが
終わっていなければならないので、
毎朝6時半に農場に集合して作業をしました。
ということは繁殖学教室に入った時点で、
2年半は「朝5時起床」が運命付けられていたのです。

ところが僕は、
めっぽう朝が弱い。

良く寝坊しました。

農場の作業は土日も正月もお盆も関係ありません。
「牛の発情」は待っていてくれませんから。
週7日間の朝6時半集合のうち、
僕が本当に6時半に農場に集合できたのは、
週のうち4日〜3日で、
残りの日は30分遅刻だとか、
あと、2週間に1回ぐらいは、
「現れない」日もありました。

その次の日の、
研究室に行くのの辛いこと辛いこと。
「針のむしろ」とはこのことです。
全員で7名と言いましたが、
そのうち2人ぐらいは「生存確認組」で、
あと1人〜2人は帰省していたり、
実習だ部活の遠征だで都合が悪いので、
実質は3人〜4人で切り盛りしているのです。

そのなかで、「1人欠席」はけっこう応える。
僕はそんななか、わりと遅刻・欠席を多くして、
穴を空けては研究室で、
「昨日は、ごめんね。」
と気まずい挨拶をするのでした。

そんなある日、先ほどの優等生、Kちゃんが、
「チッ」と舌打ちするのを僕は聞きました。
人間、自分に向けて舌打ちがされるのを聞くって
なかなかないものですが、
あのときは「チッ」って聞こえたのです。
ハッキリと。

「ホントスミマセン。
 使えなくて。」
まぁ、能力ではなく心がけの問題ですので、
もう、「誠実さ」とかそういうところが問われてくるのです。
僕は信仰者だと自称しながら、
そんな体たらくをさらして、
Kちゃんに舌打ちされながら農場作業をしておりました。

あ、そうそう。
ご紹介が遅れました。
先ほどからの優等生の繁殖教室の同級生、
さしあたりここでは、Kちゃんと呼びます。
実際はまったく違う名前です。

すべての単位で「優」を取るKちゃんは、
僕の記憶している限りでは、
2年半の間、一度も農場作業に遅刻しませんでした。

完璧に作業をしました。

そして、彼女は農場で作業するだけではなく、
酪農家のところでバイトもしていました。
実習と同じことをアルバイトでもする。
それだけ、動物が好きだったのです。

僕は実習では毎日つなぎを着、
ウンコの臭いにまみれていましたから、
せめてバイトはクリーンが良い、と、
家庭教師のバイトを2〜3つかけもちしていました。
自分にできるもっとも効率の良い稼ぎ方をするという、
Kちゃんに比べると風上にも置けない心根です。

もちろん一生懸命やりましたし、
人に何かを教えるのは僕は得意なので、
もれなく生徒の成績は上がりましたが。

しかしながら、
そんなKちゃんに農場でいつも怒られ、
ゴミクズを見る目で再々再試験を助けられ、
遅刻しては冷ややかな視線を浴びせられ、
研究室の仲間とくだらない冗談を言っては「死ねば?」という、
声にならない非難の声を浴びせられながら、
僕はどこかKちゃんのことを「危うい」と感じていました。
「どの口が言うんだよ」という話しですが、
それでもやはり、そう思ったのです。

勉強も完璧、
農場実習も完璧、
何もかも完璧でした。
しかし、どこかいつも自分と人を追い詰めるような、
そんな空気感からは、
ある種の危うさを感じました。

聞けば、たしか四国の方に住むという、
Kちゃんの実家の両親は学校の教師だそうです。
世の中の「模範的な態度」「厳しい規範」を、
あまりにも深く内面化し、
その「最も模範的な位置」にいないと不安であるような、
それが彼女を駆り立てているような、
そんな雰囲気を感じて、どこか心配でした。

僕はわりと真面目(!)とはいえ、
けっこうこういう感じですから、
ゆるいところはゆるいのです。
不真面目な部分を自分の中にかなり多く持っています。
Kちゃんは何度か僕に、
「じんじん(当時クラスメートからそう呼ばれていました)は、
 いいなぁ。
 人を傷つけないから。」
としみじみと言いました。

僕が主催していた、
聖書研究サークルにも、
何回か参加してくれました。
そのときは僕の友人の留学生たちと話し、
普段は見せないような笑顔を見せたりしてくれました。
そんなとき僕は、ホッとしました。
「あぁ、こんな風に笑うんだ。」と。

そうです。

彼女はほとんど笑わなかったのです。
家にテレビとかなかったんじゃないかな。
極度に、非常に、とても、彼女は真面目でした。
その「真面目」のネジを締めすぎて、
ねじ山が壊れて結果的に崩壊してしまうのではないか、
と思うぐらい、それほどに真面目な彼女が、
僕はいつも心配でした。

僕は農場実習に遅刻した朝も、
毎朝神に祈る、という習慣は持っていました。
Kちゃんからすると「祈る前に農場来いや!!」
という話しですが。
そして、ごもっとも、です。

でも、その祈りの時間、
僕は毎日、クラスメートや研究室のメンバーのために、
祈っていました。
その習慣は就職してからは職場の同僚のために、
今も教会のメンバーや家族のために祈る、
という形で継続されています。

僕はそして、
特にKちゃんのために祈りました。

何かいつも内面に大きな不満というか、
怒りというか、やり場のない深い悲しみというか、
そんな言いようのない感情を抱えていて、
それを必死で押さえ込んでいるような、
勉強やバイトや農場作業という形で、
「良い子」でいなければ自分が崩壊してしまうという恐怖と、
いつも戦っているような、
そんな彼女がいつか、
「自分は不真面目でも受容されている」
「自分はありのままで愛されている」
という感情を味わって欲しい。
そう心から願いました。

そのような「自分は愛されている」という感情は、
僕にとっては、信仰をもったときに、
神がくださった恵みとして与えられたので、
どうか彼女もそのような恵みに、
与ることができますように、と。

今はきっと苦しいだろうなぁ。

いや、彼女はずっと苦しかっただろうなぁ。

そう思ったからです。

なぜそう思うのか。

心当たりがあるからです。

僕の両親は典型的な「教育ママ」ではありませんでしたが、
それでも、住んでいた地区が全員学歴高めの地区で、
学業の競争が激しい地域だったので、
やはりその親同士のせめぎ合いといいますか、
「自分の成績を親はかなり気にしている」
という雰囲気は、子どもはバカじゃないから気づいちゃうのです。
そして、運良く勉強が好きに生まれた10人に1人ぐらいの、
ラッキーな逸材を除くと、
全員が「自分はダメだ」と思い始めます。

勉強の競争とはそういうものです。
だって、常に上には上がいますから。

僕のように早いところドロップアウトし、
母親に教科書を投げつけ、
意味もなくタバコを吸い、
意味もなくカマキリハンドルの自転車にまたがり、
意味もなく改造された学生服を着、
ブルーハーツと尾崎豊を聞き、
部屋にジェームス・ディーンのポスターを貼り、
矢沢永吉の「成り上がり」を読み、
「大人たちに褒められるようなバカになってたまるか!」
と反抗できた人は、実は「運が良い」のです。

そうなれない人もいる。
そうなれない人もいるのを、
僕はイヤと言うほど見てきました。
僕の友人にも、もっと近い身近にも。

そうなれない人はどうなるか。
あるときに、自分であることを辞めます。
考えることを合理的にストップします。
そして「勉強マシーン」になります。
そして優等生になる。
模範的な生徒になる。
大人に褒められる。
褒められるとさらにそれが万力のように、
ぎりぎりと「真面目でなければならない」という強迫観念を強める。
この無限のポジティブフィードバックにより、
「ある種の優等生的な人間」が生まれます。

経験的に、女性のほうがこうなりやすく、
男性の場合、また違った現れ方をする感じがします。

職場ならば「お局(おつぼね)」的な人になるし、
学生ならば、そう、Kちゃんのようになります。

Kちゃんの周りにいると、
いつも何か「自分はダメだ」と言われているような気がしました。
何か不完全な自分が責められているような気持ちです。
きっとそれは僕だけじゃなく、
研究室の他のメンバーが、
同じ事を言うのを何度か聞きました。

でも、僕はいつも思っていました。
僕が思っているのの10倍、
24時間、Kちゃんは自分自身を責め続けているのではないか?と。

根拠があります。
まず、彼女はおそらく摂食障害でした。
これはいくつかの徴候から、
かなりの確率で当たっています。
彼女の体重は30キロ台だったと思いますし、
彼女が美味しそうに健全な食事をするのを、
同じ研究室であれほど長い時間を過ごしていながら、
ほとんど見たこともなかったですから。

また、彼女には自傷癖がありました。
これもおそらく当たっています。

周囲はそんなこと分かっているのだけど、
でも、誰も何もしてあげられなかった。
僕は大学の時のもう一つのあだ名(陰口)が、
「預言者」でしたから笑、
ときどき、ホントに年に何度かなんだけど、
めちゃくちゃ切羽詰まった状況に陥った人から、
「じんじん、実は、、、」
と打ち明け話をされ、
「祈ってもらえるかな?」
と依頼されることがありました。

今考えれば、
それだけ「秘密を守る」と信頼され、
「アイツが祈ると何かあるかもしれない」
と思われていたと言うことですから、
凄いことです。
僕は「クラスの祭司」だったのです笑。

1回か2回、
Kちゃんのために祈ったことがあります。
留学生のフィリピン人の信仰者と一緒に。
涙が出ました。

なぜかは分からないけれど。

神がどんな気持ちで、
彼女のことを思っているかと思うと、
理由の分からぬ涙が出ました。

、、、

時は経ち、6年生にもうすこしでなるというとき、
僕の父親が癌で他界しました。
そのとき、2週間ほど農場作業を休みましたが、
そのときはもちろん「チッ」とは言われませんでした。
「じんじん、もう2週間ぐらい休んで良いんだからね。」
と彼女は言ってくれました。

優しい人なのです。

さらに時が経ち、
僕達クラス40名は獣医師国家試験というハードルを超え、
各々就職していきました。
北海道で大動物臨床の獣医師になる者、
研究者になる者、
動物病院に就職する者、
実家の動物病院を継ぐ者、
地元に帰って公務員になる者、
様々な道を、それぞれが選びました。

僕は愛知県で公務員として働く道を選びました。
多分、父親が死んだことと無縁ではありません。
北海道で大動物をやる、というのが当初の計画でしたから。

Kちゃんはというと、
彼女は清水町か鹿追町というところにある、
「S牧場(都合により匿名)」という、
個人経営の酪農家のところに就職しました。
たぶん有限会社みたいな形の経営で、
わりと大規模だけど、
数名の従業員はほとんど住み込みの家族経営というところ。
彼女が学生時代バイトしていた農場でした。

彼女はほとんど首席みたいな成績で卒業しながら、
なんと「獣医師免許を使わない」職場を選んだのです。
おそらく卒業時点では、
彼女は最も変わったキャリアを選びました。
(現在は僕が一番変わっている思いますが笑)

彼女がなぜそのような選択をしたのか、
ついぞ聞く機会はありませんでした。
社会人になって最初の同窓会が、
たしか5年目に開かれたのですが、
そのとき彼女は十勝温泉の大広間で、
ベロベロに酔って僕のところに来ました。
そして言いました。

「じんじん、
 父親が今年死んだ。
 あのとき、じんじんはこんな気持ちだったんだね。
 それなのにあんなにきつく当たってごめんね。」

僕はまったく「きつくあたられた」という記憶はないし、
むしろ農場作業を遅刻してごめん、
とずーっと2年以上思い続けていたわけなので、
まったくピンと来ず、
「いやいや、きつく当たられてないよ。
 全然優しかったじゃんか」
みたいな会話を交わしました。

当時も彼女は、S牧場で働いていました。

それから2008年に僕は、
獣医師の職場を退職し、
海外の開発援助をするNGOの仕事をするようになりました。
記憶によればその最初の年か、その次ぐらいに、
Kちゃんは自殺しました。

「S牧場」の住み込み従業員用の離れで、
首を吊って死んでいるのを、
牧場主のSさんが発見したと、
僕は帯広時代の別の知人から聞きました。

彼女が何に追い詰められていたのか、
どうしてそこまで追い込まれていたのか、
今となっては知る術もありません。
誰か近くに相談できる人がいなかったのか?
なぜ、彼女ほど有能で頭の良い人が、
酪農家の敷地内の小さなプレハブ小屋で、
ひっそりと自死しなければならなかったのか、、、。

当時は自分自身も激動の日々を過ごしていたこともあり、
それについてじっくりと「消化」する時間もなく、
時は過ぎました。

気がつけば「あれ」から10年が経ちます。
その間、僕は結婚し、病気になり、
病気から回復し、そして子どもを授かりました。

そんな先週のことです。
彼女が卒業後の7年ほどを、
酪農家に住み込み従業員として過ごした、
S牧場がある鹿追町近辺をドライブしたのは。

「人の死」というのは、
それが突然であればあるほど、
それを受け容れ、咀嚼し、そして「腑に落とす」には、
長い時間がかかるものです。

僕の父が52歳で他界したのは2000年のことですが、
自分の中で父が「本当に死んだ」のは、
2008年のある日のことでした。
父が亡くなった名古屋大学付属病院前の、
鶴舞公園を歩いているとき、
不意に「そこに父がいる」ような気がして、
そのとき、父が死んだことについて、
僕は初めて涙を流して泣いたのです。
そのとき、本当の意味で、
僕の中で父は死に、
逆説的だけれど、
そのときから、
「僕の中で父が生き始めた」
と言う風にも思ったりします。

先週、十勝地方をドライブしているとき、
Kちゃんが「そこにいる」ように僕は感じました。
念のため言っておきますと、
これは「心霊とかオカルトの類い」の話しではありません。
そうではなく、鹿追町の牧場の風景を見ながら、
10年前までそこで働いていた彼女のことを思い出したとき、
繁殖学教室で交わした会話、
同窓会での彼女の父の死の告白、
そして、知人から聞いた突然の訃報、
そういった「Kちゃんにまつわる記憶の輪郭」が、
すぐ傍にあって、手に取って触れるような、
そんな不思議な感覚を味わった、ということです。

言葉にするのは難しいですが。

水木しげるや、やなせたかしといった、
戦中世代の伝記を、
僕はこの数年で立て続けに読みました。
彼らに共通するのは、
「戦争に行って帰ってきてから、
 彼らは変わった」ということです。

どのように変わったか?

それは、
「一回死んできた」としか言えないような、
そんな変化です。
彼らは口をそろえて、
今生きているこの人生は「オマケ」みたいなもの、と言います。
だから、何も怖くない。
「死ぬこと以外はかすり傷」ぐらいに思っています。
いや、死ぬことすらたいして怖がっていないような、
そんな境地に彼らは生きていた、
というのがその伝記を読むと分かります。

なぜか。

もちろん、
戦地で死んでいてもまったくおかしくなかった、
ということもあるでしょう。
九死に一生を得たのだから、
この人生は「オマケ」なのだと。

でもね。

もう一つ、もっと重大な要素があるのです。
それは、彼らは戦地で「親友たち」を失っているのです。
これが、彼らを変えた最も大きな要素だというのは、
彼らが書いたものを読むと分かります。
「あいつも死んだ、
 あの気の良い男も死んだ、
 あの酒癖の悪い奴も死んだ、
 あの悪友も死んだ。
 、、、
 、、、
 俺は、生きている。」
という、狐につままれたような感覚というか、
「なぜ俺だけ死ななかったんだ?」
という宙に浮いた疑問というか、
そして名づけ得ない罪責感、
そして、そこはかとない「負い目」のようなものが、
彼らの後の人生を支配していた、
という風に僕は彼らの伝記を読みました。

パウロは「私はこの世界に大きな負債がある」
と新約聖書に書いていますが、
戦中世代の彼らもまた、
「あいつも死んだ、
 あいつも死んだ。
 生かされたこの俺は、
 このオマケみたいな人生を、
 世間に恩返しするために生きよう」
というすがすがしい諦念に包まれています。

ドライブしながらもう一つ思い出しました。

村上春樹が、「ノルウェーの森」を書いた動機を、
どこかで「あれは鎮魂歌だ」と言っていたことです。
あまり多くは語りませんが、
彼もまた、大学時代の友人や近しい人を、
複数人「自殺」という形で失っています。
そういう目で村上春樹の小説を読むと、
彼の小説の多くが、
「死者に手向ける言葉」
として紡がれているのが分かります。

Kちゃんは自死しました。
彼女の「農場での空白の7年間」を想像し、
大学での「いつも自分を責めているような研究室での彼女」
の記憶を辿るとき、僕は思ったのです。

なぜ僕じゃなかったのか、と。

僕とKちゃんは、多分、
その「生育歴」みたいなものが、
わりとよく似ています。

親が高学歴で、周囲から「良い子」であることを期待され、
「優等生であることは当たり前」だから誰も褒めてくれない。
周囲の不真面目な友達は要領よく楽しそうにやっているが、
どうやったらそんな生き方ができるのか、
「最も身近な親というロールモデル」が、
本質的に生真面目なので、
どうやったら上手く立ち振る舞えるのか分からない。

「自分は不十分だと責める」ことで成績を上げてきたので、
それが深く内面化しすぎて、自らを赦すこともできない。
完璧主義なので失敗が怖くて、
本当の意味で「社会という野生に出る」こともできない。
偏差値で高い値を出す以外の何の能力も訓練できなかったので、
社会に出て「偏差値以外にも大切なことがたくさんある」
と言われても、感覚としてそれが分からず、
フリーズしてしまう。

「そうでない」多くの「普通の人々」には、
想像もできない世界だと思いますが、
そんなかわいそうな人たちが、
日本には一定数いるのです。
「そういう世界」を深く知りたい、
という人は、佐野眞一の「東電OL殺人事件」、
あるいは柚木麻子の「ナイルパーチの女子会」を、
読んでみて下さい。
「生まれたときから酸素が薄い世界に暮らす、
 圧倒的な偏差値優等生の味わう地獄」を、
垣間見ることができます。

でもきっと、
「僕やKちゃんみたいな生育歴を持つ人間」
というのは、日本に案外たくさんいます。

その幾人かは僕のように運良く生き延び、
その幾人かは、Kちゃんのように自死を選び、
その幾人かは、精神病棟で入院しており、
その幾人かは40になった今も、
家から一歩も出られずにひきこもっているのではないか。

僕はただ単に、
運良く生き延びたに過ぎないのではないか。
そういう感覚を、僕は鹿追町をドライブしながら味わいました。
そして、思いました。

やなせたかしや水木しげるが、
文字通り戦友たちの「骨を拾った」ように、
村上春樹が自死した友人たちの物語を紡ぐことで、
象徴的に彼らの鎮魂をしたように、
僕もまた「Kちゃんの骨を拾う」立場にあるのではないか。

レイテ島の前線で、戦友と自分は2メートル離れた場所にいた。
その「場所が違った」だけで、
戦友は地雷を踏んで死に、自分は助かって、
戦友の見られなかった「戦後の日本の繁栄」を見ている。
そういった気持ちが戦中世代にはありました。

僕とKちゃんは、
同じ戦場で闘っていたように、
一方的にかもしれないけれど、
そう思うのです。

僕が死んでもまったくおかしくなかった。
僕が統合失調症になり、閉鎖病棟にいても、
まったくおかしくなかった。
僕が大学時代に人知れず首を吊って死んでいるのを、
Kちゃんが発見する側だったとしてもおかしくなかった。

僕はなぜか、天の恵みに与り、
親や学校や世間の「優等生たれ・模範的であれ」という、
圧倒的な心理的なプレッシャーに「NO」ということができた。
「不良」のレッテルを貼られたが、
それは「命がけの抵抗」だった。
「あれ」があったから僕は信仰を持つようになり、
その信仰に根ざした、自分にしかできない仕事を見つけ、
信仰を共有する妻と子どもに恵まれ、
「自分は日本で最も恵まれた人間のひとり」
と今、Kちゃんのいない世界で、
僕は主観的には思っている。

でも、なぜ僕は、
「こちら側」にいて、
Kちゃんは「あちら側」に行ってしまったのか。

「Kちゃんが弱かったから」
では、決してない。
むしろ、Kちゃんは強すぎたのだと思う。
Kちゃんは「逃げたから」死んだのではない。
逃げなかったから死んだのだ。
そう僕は思っている。

僕は「ヘタレ」だったら生き残れたし、
弱かったから生きている。
嫌なことから逃げたから、今がある。

農場での作業を「バックレる」ふてぶてしさが、
Kちゃんにもあったなら。
授業をさぼり、再々再試験で、
教授の温情によって合格させてもらい、
胸をなで下ろす、
そんな不真面目さを、Kちゃんが持っていたなら。
牧場でいやなことがあったとき、
「このクソが!」と農場側に三行半をつきつけ、
あっさり高収入な仕事に転職し、
そんな自分を自虐したりできる不真面目さが、
もしKちゃんにあったなら、、、。

先ほども言ったように、
Kちゃん以外にも、
僕の周囲には、
病気やひきこもりや精神疾患など、
様々な事由により、
今は社会に出られなくなってしまった、
「かつてのスーパーウルトラ優等生たち」
を、ひとりならず知っている。

彼らの未来が明るくあって欲しい、
と、僕は誰よりも強く願う。

しかし、Kちゃんのように、
もはやこの世にいなくなってしまった「戦友」たちもいる。
僕にできることは、
せめて彼らの鎮魂を祈り、
「向こう側の世界での幸せ」を祈ること。
そうして象徴的に彼らの「骨を拾う」ことだと、
そう思う。

鹿追町をドライブしながら、
僕は気がつけば祈っていた。
祈りながら、僕は今、
Kちゃんの骨を拾っているのだ、
そう思った。

僕はなぜ生きているのか?

そんなことは分からない。
分からないけれど、
Kちゃんのような戦友の死も、
そして彼らの「生」も、
意味あらしめるために、
僕は「グリコのおまけ」みたいな人生を、
2年間の闘病を経て、
なお与えられているのだと思う。

「人間原理」という考え方がある。
いま人間が地球に生きていることは、
天文学に詳しければ詳しいほど、
「奇跡」というほかない。

地軸の傾き、
ビッグバンのときの水素原子の比率、
核力の係数、
宇宙を構成する数字のどれひとつが、
今とちょっとでも違っていれば、
地球に水は存在しないし、
よって人間も存在しない。

人間には意味があるのか?

科学はこれに答える言語を持たない。
しかし、人間がいまここにいる、
という奇跡は、何かを考えるきっかけにはなる。
カナダの哲学者ジョン・レスリーは、こう説明する。

あなたが死罪になり、銃殺刑に処されることになった。
刑執行の当日、20人の兵士が20丁のライフルを、
後ろ向きに立つあなたに一斉に狙撃した。
20発の発砲の音を、あなたは聴いた。
しかし、あなたは死ななかった。
すべての弾が外れたからだ。
あなたは思う。
「なぜ、私は生かされたのだろう?」
「人間原理」というのは、そういうことなのだよ、と。

僕もまた、
「なぜ、自分は生きていて、
 そして生を与えられ続けているのだろう?」
と思う。

心のなかで戦友の骨を手にしながら、思う。
「だとしたら、
もはや自分の人生とは、
自分だけのものではない」
と。

数年ぶりの十勝を運転しながら、
そんなことを考えた晩夏の日だった。



、、、という、
長い長いブログ記事でした。

最後までお読みいただいた方、
ありがとうございました。
こんな身の上話を聞かされても、
何の役にも立たねーよ、
というご批判は甘んじて受け容れます。
でも、こんな世迷い言を、
そっと心の引き出しのどこかにでも、
しまっていただければ幸いです。



三度の飯より●●

2018.12.31 Monday

+++vol.054 2018年8月28日配信号+++

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
■1 今週のオープニングトーク
今週も「質問カード」です。
::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::

▼▼▼三度の飯より、、、▼▼▼

今回は(というか最近毎回ですが)、
文字数が逼迫しているので、
さっそく行きます。

▼質問:「三度の飯より●●」。
    あなたにとって●●とは?

この質問は難しいですねぇ。
そもそも、「三度の飯より●●」というときそれは、
あくまで仮定の話です。

本当に三度の飯が食えなくなったら、
三度の飯よりも大切なものなどないのです。
これは心理学者のアブラハム・マズローが、
「五段階欲求説」で看破しています。
「低次の欲求が満たされるまでは、
 高次の欲求へと人は向かわない」と。

、、という理屈は置いておくとして、
あくまでレトリック、つまり「言葉のあや」として、
三度の飯よりも大切かもしれない、
と思うような、自分にとって大切なものは何か?

皆さんはいかがでしょう?

これはね、私はもう決まってるのです。

それは「睡眠」です。

私にとって睡眠より大切なものは、
あまりなんじゃないかと言うぐらい、
睡眠を大切にしています。

病気になってから、
これはもう確信に近いのですが、
私という人間にとって、
一番大切なのは「長い睡眠」です。
「睡眠負債」とか言われる前から、
もう私はずっとそうなのです。

私は環境が許す限り、
毎日8時間〜9時間、
長いときは10時間とか11時間寝ます。
うつ病療養を経て、
その前後を比べると、
1時間〜2時間ほど、睡眠時間が長くなりました。

これは、たぶん、「体が変わった」のだと思います。
大きな病気をすると、
その後にがくっと体力が落ちることがありますが、
私の脳は大きな病気をしましたので、
「脳の体力」ががくっと落ちたのです。

私がここで言う「脳の体力」とはつまり、
「一回の睡眠によって回復した思考力が、
 持続する時間と、それが回復するまでに要する、
 睡眠時間の長さ」という風に定義したいと思います。

そうしますと、私の場合、
普通の一日の場合、
朝の時点で「10」あった思考力が、
午前中にもう「5」ぐらい使い尽くされ、
そして午後はさらに「4」ぐらい使うので、
夜はもう「1」ぐらいしか残っていない。

うつ病になる前は、
朝「15〜20」ぐらいあった感じですね。
なので夜になってもまだ何かを考える余裕があった。

今はそんな感じなので、
夜は何も考えない、
もしくは本を2時間ぐらい読んだ後、
9時台には布団を引いて寝る用意をします。
テレビなんていっさい観ません。
そもそも最近のテレビは絶望的につまらないですし。
テレビより寝るほうが絶対大事ですから。

たくさん寝て思考力を回復しなければ、
私の脳は使い物になりませんから。
「寝るのは仕事のうち」なのです。

本当に私はテレビを見ません。
お笑い番組は全部録画して、
見識のために「勉強」しています。
誇りをもって言いますが、
私はお笑い知識人ですから笑。
お笑いの見識で他者に負けるわけにはいかない。
それは恥ずかしいことです。

よってテレビは私は、
アクティブ・ウォッチング(能動的視聴)はしますが、
パッシブウォッチング(受動的視聴)は、「ゼロ」です。
そんな時間の無駄をするぐらいなら、

寝ます。

圧倒的に、寝ます。

「睡眠は金(きん)」なのです。
「勉強は銀」です。

それほどに私は睡眠を大切にしています。
これは、体質ということもありますから、
万人にお勧めするようなものではないですが。

「運動は金」という人もいれば、
「食欲は金」という人もいるでしょう。
「テレビは金」という人もいるかもしれないし、
「おしゃべりは金」という人もいるでしょう。

大切なのは、
何が一番、自分の回復にとって必要なのかということを、
よーく知ることです。
2年間の療養の大きな収穫の一つは、
「自分は睡眠が一番大事なのだ」
と深く知ったことでしょう。
どんな高価な薬よりも、
私にとっては睡眠が最善の万能薬なのです。

万能薬とは、中国の谷底深くに眠る燕の巣や、
深海に眠るという幻の一角獣の角から作るのではありません。
また、シリコンバレーのマネーで作られた、
巨大な宇宙基地のような医療研究所の研究から作られるのでもない。

「最強の万能薬」は、
自分で見つけるものなのです。

私の場合それを見つけるのに、
愚かにも37年の年月と、
2年間の生死の境をさまよう闘病を必要としました。

もっと簡単に見つける人もいますが、
私以上に苦労して見つける人も多いです。
それほど「自分の身体」って、
分かったようで分からないものなのですね。

そりゃそうです。

人間の身体は、70兆個の細胞と、
100兆個以上と言われる微生物が共生する、
いわば「小宇宙」なのですから、
探索には一生という時間がかかるのです。

しかも悪いことに、
今の時代は「情報過多」ですから、
健康に関する情報が、気が遠くなるほど数多くあふれています。
健康に関する情報収集を本気ですると、
副作用でノイローゼになります。

ある本は「納豆を食べればすべて解決!」
と言い、あるサイトは「納豆は絶対食べるな!」
という。
ある医者は「牛乳は万能食」といい、
あるヨガ講師は「牛乳は絶対に口にするな」という。
「3時間睡眠でぴんぴんしています」という医者がいるかと思えば、
毎日8〜11時間は寝ますね、というメルマガ著者もいる(笑)。

もうね。
「健康に関する正解」を追いかけるのは、
健康のために辞めた方がいいですよ、
と私はアドバイスしたい。

いや、マジで。

それよりも、
自分の身体に耳を澄ました方が良い。
身体は正直ですから、
「打てば響く」のです。
スマホやテレビや雑誌やインターネットにあふれる、
いろんなノイズが邪魔になって聞こえないだけで、
ちゃんと耳をすませば、身体は語ってくれるのです。

何を食べたときに調子が良いのか。
どれぐらい運動したら翌週どれぐらい疲れ、
その翌週どれぐらい超回復しているのか。
酒はどれぐらい飲んだら良いのか。
ある種の友達と談笑したあとは気分も体調も良いのに、
ある種の人と会話をした日は、夜にぐったり疲れるのはなぜか。
人の悪口を言った後は、なぜ気分だけでなく体調も悪くなるのか。
日光を浴びると睡眠の質はどう変わるか?
いろんなことを面倒がらずにしゃきしゃきと身体を動かすと、
どれぐらい体調は上向くのか。

身体に対して何か「コール」をすると、
身体はちゃんと「レスポンス」してくれています。
それに従うと、「自分にとっての最強の万能薬」が何か分かる。

ある人は年に一回の旅行かもしれない。
ある人はボーナスの後の買い物かもしれない。
ある人は逆に、買い物をやめることかもしれない。
ある人は適度な飲酒かもしれないし、
ある人は酒を完全にやめることかもしれない。
ある人はジョギングかもしれないし、
ある人はゆっくり近所を歩くことかもしれない。
ある人はテレビゲームを死ぬほどすることかもしれないし、
ある人はゲーム機を捨てて太陽の下運動することかもしれない。

全員、違うのです。

「定型的な健康法」は疑った方が良い。

自分の身体が一番正直です。

「イタリアの小さな離島では100歳以上の人口が世界最高」
ということで、それが論文になったことがあります。
彼らの食生活を調べた結果、
大量のオリーブオイルとか、
赤ワインとか、
クスクスとかを食べていた。
ということは、
そういった「地中海食」というのが、
どうやら長寿の秘訣らしい!
と世界の様々なメディアが報じました。
日本でもいまだに地中海食が
長寿の秘訣と紹介されることがあります。

しかし、この話しには、
「アフターストーリー(後日談)」がある。
その後の詳細な調査研究の結果、
二つの「盲点」が明らかになりました。

ひとつめは、地中海の人々が、
オリーブオイルなどによって健康なのは、
彼らの「腸内細菌叢」とセットなのであって、
もし日本人やアメリカ人のような、
彼らとまったく違う腸内細菌叢を持つ人が食べても、
「同じものを食べたことにはならない」のです。
これが、身体が小宇宙である、
ということの意味です。
「複雑系では入力と出力の因果関係が分からなくなる」というのは、
「ブラジルで蝶が羽ばたくとテキサスで竜巻が起きる」
というメタファーで有名ですが、
人体もまた複雑系なので、
あさはかな「ああすればこうなる」
という機械論的なアプローチが多くの場合間違います。

もうひとつは、
その地中海の島は、
ギリシャ正教のしきたりで、
年に何度か断食をするという習慣があります。
じつは長生きの秘訣はオリーブ油とかワインではなく、
この「断食」なのではないか、ということを言う学者が現れまして、
今はそちらのほうがどうやら本当なようだ、
と支持する人が多くなっています。

しかし、これは「拡散」しません。
メディアがそれを報道しないからです。

なぜか?

断食は「売れない」からです。
お金にならない。
オリーブ油やカッテージチーズやワインは売れます。
お金になる。
だからスポンサーが付くので、
雑誌やテレビやメディアで取り上げられる。
しかし、断食が流行しても、
だれも儲かりません。
だからこの調査研究は報道されません。

健康に関する情報というのは、
ことほどさように、
かなり歪められていると考えた方が良いでしょう。

そんなものを収集するよりは、
テレビを消し、ネットを遮断し、
「情報断食」をして、
自分の身体に耳を澄ます訓練をしたほうが、
1000倍健康に良いのです。

、、、


、、、


、、、


、、、


っていうか、
なんだこの「健康メルマガ」!!!!!

こんな話しをするつもりではなかったのですが、、、。

今日のレッスン:
「三度の飯より○○」
の質問への答というのは、
あなたにとっての「最強の万能薬」を見つける、
ヒントになる質問かもしれない。


あなたの○○は何ですか?

これまでで最高のラーメンは、、、

2018.12.24 Monday

+++vol.053 2018年8月21日配信号+++

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
■1 今週のオープニングトーク
久々のオープニングトーク
::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::

▼▼▼最高のラーメンは、、、▼▼▼

今週は久しぶりに、
「質問カード」やりたいと思います。
では、はい、引きます。

▼質問:
「生涯に食べた中で最高のラーメンを教えて下さい。」



、、、最高のラーメン。

、、、皆さんはいかがでしょうか?

この種の質問は、
「現在最高だと考えるラーメン」を問われているか、
それとも「生涯最高のラーメン」を問われているか、
によって、大きく答えは変わってきます。

前者は純粋に、味の話をしているのですが、
後者は「思い出補正」が入ってくるからです。
「思い出バイアス」と言っても良い。

人間というのは、過去の自分の感情と共に、
味覚を覚えていますから、
「学校の購買で買った、
 焼きそばパンほど美味いものはこの世にない。」
などというとき、
それは純粋に「味の話」ではなく、
そのときの思い出によるバイアスが強くかかっているので、
「トータルな経験」の話をしているわけです。

部活の仲間との内容のない馬鹿話、
好きだった女の子の後ろ姿、
輝いていた文化祭の準備、
思春期の底なしの食欲と空腹感、
黒々と抜けるような青い空、
そういったものがいろいろミックスされて、
「購買の焼きそばパン」は最高なのです。

30代や40代になった現在のあなたが、
気が重くなる会議の前に、
会議室で当時の購買とまったく同じ、
焼きそばパン(×3個)を提供されても、
「もっと腹の足しになるものもってこいよなー」
「幕の内弁当とかだろうが普通はー。
 パサパサじゃんよこのパン。
 三つも食えねーよ。」
「チッ」
「牛乳はねーのかよ」
「っていうか、早く会議終われよ」
などと、内心毒づくだけです。

、、、という「思い出補正」の話しをした上で、
今回聞かれている質問はあくまで、
「生涯最高のラーメン」ということなので、
「思い出補正込みの最高」を聞かれている、
という認識で回答していきたいと思います。



▼▼▼ラーメン・生涯ベスト5▼▼▼

、、、最高、と言いつつ複数挙げるのはルール違反ですが、
オープニングトークの尺を埋めるために、
つまり文字数を稼ぐために、
ベスト5(多!)で紹介していきたいと思います。


▼第5位:倉敷「喜楽園」
https://tabelog.com/okayama/A3302/A330201/33000767/

これはもう、完全なる「思い出補正」です。
私は小学校5年生から高校3年生までの7年間、
倉敷市の連島という地区に住んでいました。
ここは水島という、
全国有数のガラの悪い地区と隣り合わせで、
小中校生が外出するとき、
もっとも気をつけるべきは、
交通事故でも変質者でも毒蛇でもなく、
「ヤンキーによるかつあげ」でした。

いや、マジで。

水島周辺在住の中高生で、
過去に一度も喝上げにあっていない人は
珍しいんじゃないでしょうか。

日本にそんな場所あるの?
って思うでしょ。
あるんです、それが笑。

中学生のころはだから、
お金を持ち歩くときは、
小銭は財布のなか、
お札は靴下の中と決まっていましたから。

「金出せやコラ!
 ぶちくらわすぞ(和訳:思い切りぶんなぐるぞ)!!」

「え、、、持ってないです。」

「ワシのことナメとんのかコラ?
 ジャンプしてみぃ。」

「え?」

「ジャンプしてみぃゆーとんじゃコラ!!
 張り回すぞ(和訳:殴ったすえにその辺を引きずりまわすぞ)!!」

(ジャンプする)
(ポケットの中の小銭がジャラ・ジャラ)

「やっぱ金もっとんじゃろが!!」
(ボコッ!)

(殴られた上に金を取られる)
(泣きながら帰宅)

みたいなことが、
結構「日常」です。

嘘ついてると思うでしょ?

これ、ホントなんです。
お笑い芸人「千鳥」の二人に聞いてみてください。
本当だと証言してくれますから。

大悟「それ、ホンマなんかノブ??」
ノブ「そりゃホンマじゃぁぁ〜!!
「むしろお前ははりまわす側じゃぁ〜!」

(↑これは私の脳内創作です)


、、、あれ??

何の話し?

あ、ラーメンです。
あまりにも遠い思い出すぎて、
この店が「あの店」だったのかどうか、
正直自信がありません。
2割の確率で別の店と勘違いしています。

しかし、食べログのマップの位置関係と、
私のおぼろげな記憶によると、
私が中学生のときに良く通ったラーメン屋は、
「これ」です。
探偵ナイトスクープに確認を依頼したいぐらいです。

仮に正しかったとして、この「喜楽園」は、
今思い出しても、ちょっぴり涙が出ちゃうぐらい、
思い出が濃いラーメン屋ですね。

このラーメン屋、当時、
ラーメンがたしか350円、
餃子も200円以下という感じの低価格で、
中学生の私と弟が月1,500円とかの小遣いで行ける、
唯一の「外食店」でした。

弟を連れて、良くここに行ったのを思い出します。
なんだろうなぁ。
弟と二人、「外食」している。
その「背伸び感」とか、
大人への階段を上っている感とか、
わくわく感とか、
あと、中高生のときの、
上手く社会と付き合っていくことのできない、
鬱屈とした青臭さとか、
そういう感情が濃密に詰まっていて、
もはや咀嚼不能、分析不能になり、
思い出すと泣けてくるのです。

ここのラーメン、美味かったなぁ。
チャーハンをひとつ、
ラーメンを二つ頼んで、
弟とチャーハンをシェアしたなぁ。

書きながら泣きそうです。



▼第4位:帯広「ロッキー」
https://tabelog.com/chiba/A1205/A120503/12000770/

やばい。
もう泣いています。

涙でスクリーンが見えなくなってきました笑。

、、、というわけで続いての第四位は、
帯広「ロッキー」です。

「喜楽園」が中高生のときの思い出補正だとしたら、
「ロッキー」は明らかに大学生のときの思い出補正です。
北海道はラーメンのレベルが異常に高いですから、
そのなかでチェーン店であるロッキーは、
見下されている部類です。

道産子(北海道生まれ)の人に、
「好きなラーメン屋はロッキー」と言えば、
「あぁ、ロッキーね(笑)」という、
半ば見下したリアクションが返ってくるでしょう。

なんていうのかな。

東京で言うと、
「好きなラーメンは幸楽苑です」、とか、
「好きなピザ屋はサイゼリヤです」、とか、
大阪で言うと、
「好きなお好み焼き屋は風月です」とか、
博多で、
「好きなラーメン屋は一風堂です」とか言うと、

「ああ、そういう類いの人ね(笑)」
というリアクションが返ってくることでしょう。
アンジャッシュの渡部的な食通からは、
多分ゴミクズを見るような目で見られると思います。

私もじっさい、
6年間帯広にいたころは、
「好きなラーメン屋はロッキー」なんて、
一度も言ったことがありませんし、
そんなこと思ったこともありませんでした。
もっと帯広の人が好むコアな店を挙げていたし、
そちらのほうが美味しいと思っていました。
そして、じっさいそちらのほうが美味しいのでしょう。

しかし、しかしです。

帯広を離れて10年以上が経ち、
なぜかいつも思い出すのは、
「ロッキー」なのです。

あの、大味というか、
やぶれかぶれの濃い味付け、
ヘタすると甘いだけの北海道味噌、
バターとコーン、
洗面器のような器のデカさ、
謎の肩幅の広いクマ(?)のロゴマーク、
人口調味料やケミカルな材料をふんだんに練り込んだ、
やたらと黄色くて太い縮れ麺、
そのすべてが、北海道への郷愁を誘うのです。

「北の国から」に、
「子どもがまだ食ってる途中でしょうが!!」
という、日本ドラマ史に残る名シーンがあります。
純が泣きながらすするあの味噌ラーメンが、
「やたらと美味そうで、
 同時に不味そう」という、
奇跡的なバランスの上に成り立っているのですが、
あの味は私の脳内では「ロッキー」ということになっています笑。

なんと、ロッキーは、関東にも進出しています。
私の家から自転車でも行ける「大泉学園」という場所に。
私の通う教会の横田牧師も「帯広経験者」ですので、
何度か一緒に「ロッキー大泉学園店」に行きました。
「懐かしいなぁ」「美味いなぁ」と言いながら。
しかしやはり、大泉学園店と帯広店は違います。
窓から白樺の木が見えているかどうか、とか、
外の気温とか、店内にいる人の中に、
つなぎを着た酪農家がいるかどうか、とか、
そういったディテールが違いますから。

ちなみに、
「子どもがまだ食ってる途中でしょうが!」
について調べてたら、こんなの出てきました。
北海道の読者で食べた人いるんでしょうか?
興味深いです。

▼参考リンク:
https://stat.ameba.jp/user_images/20160607/12/hiro-speech-coach/87/94/g/o0550038613666549867.gif



▼第3位:新宿西口「麺屋武蔵」
https://tabelog.com/tokyo/A1304/A130401/13001013/

やばい。
四位、五位で飛ばしすぎて、
文字数が足りなくなってきました。
悪い癖です。

こちらは新宿「麺屋武蔵」。
たしか行ったのは、
2002年か2003年ぐらいだったと思います。
当時私は社会人になったばかりで、
テレビで「ガチンコラーメン道」という、
クソほど面白い番組をやっていました。
(なんでああいう面白い番組が今はなくなっちゃったんだろ)

ラーメンの鬼・佐野さんが、
(確か)今泉さんとう脱サラした
うだつの上がらないおじさんの頭の上で、
ぞうきんを絞るシーンは記憶に焼き付いています。

そんな番組に象徴されるように、
当時、世の中は空前のラーメンブームでした。
テレビではラーメン屋ランキングがゴールデンタイムで放送され、
ラーメン関連の本や雑誌が書店には平積みされていました。
そんな雑誌やテレビのランキングで、
いつもトップ3に君臨していた、
「ラーメンブームの火付け役の一端を担った名店」が、
この「麺屋武蔵」です。

当時愛知県に住んでいた私は、
「麺屋武蔵」なんていうのは、
雲の上の世界の話し、というか、
別世界の話しで、
たとえばイスラム教徒がメッカについて考えるような、
あるいはキリスト教徒がイスラエルについて考えるような、
そんな「良く話題には上るけど実物を見たことはない」
という、神話のような存在でした。

あるとき何かの用事で東京を訪れたときに、
「麺屋武蔵に行こう!!」と、
友達と計画をして入った記憶があります。

聖地巡礼です。

当時のブームの影響で、
ラーメン屋の人気店の行列は2時間待ちなんていうのもザラで、
たしかそのときも、1時間以上並びました。

で、噂に聞いていた「麺屋武蔵」のラーメンを食しました。
うまいんだ、これが。
地方のラーメン屋にはない「洗練」というか、
「完成度の高さ」「調和」がそこにはありました。
鰹、にぼしの魚介系スープと、
鶏ガラ、豚骨の動物系スープの、
「二刀流スープ」。
(ん?だから武蔵なの?今更だけど。)
感動しました。

そもそも地方のラーメン屋というのは、
東京のトップの店を味見した地方の店主が、
それになるべく近づけるようにして作っています。
これが有名な「ラーメントリクルダウン」です。
(嘘です。今私が作った造語です。)
なんにせよ、ファッションで言いますと、
東京のラーメン屋のトップの店というのは、
「パリコレクション」とか、
「ミラノコレクション」なわけです。

それを模倣したのをさらに模倣した、
「地方のジャスコのファッション」しか知らなかった田舎者が、
パリコレクションを見たようなものです。
感動しますよ、そりゃ。

、、、そんな私も、
「今、麺屋武蔵のラーメンが食べたい」
と思ったら、
運が良ければ電車と徒歩で、
1時間以内に食べられる環境に住んでいます。

こういう環境にいると、
案外行かなくなりますね笑。

最後に食べたのは10年近く前だから、
また行ってみよっかな、麺屋武蔵。



▼第2位:札幌「信玄」
https://tabelog.com/hokkaido/A0107/A010702/1006208/

記憶によれば「信玄」にはじめて行ったのは、
たしか2010年のことだったと思います。
北海道のJECAという教会連合があり、
夏に中高生のキャンプの講師として呼んでいただき、
3日間の奉仕をしました。

その札幌滞在の時に、
キャンプのスタッフをしていた20代の青年たちが、
「俊兄さん、美味いラーメン屋ありますよ。」
みたいな形で連れて行ってくれたのが、
この「信玄」でした。

5位〜3位は、かなり「思い出補正」が入ってますが、
「信玄」に関しては2年ほど前にも行っていますので、
自信を持って「美味い!」と言えます。
思い出補正なしに。

普通に、美味いです。

味噌ラーメンの完成形のひとつだと思いますね。
味噌ラーメンは東京だと、
池袋の「花田」がかなりレベル高いですが、
やはり札幌は発祥の地だけあり、
本当に美味しい味噌ラーメン屋さんがいっぱいあります。
「すみれ」という名店もありますし。

「信玄」もそのひとつ。
上品なラーメンというよりは、
野性味あふれる、勢いのある味噌味という感じです。
コクが強く、深みがあります。
「信玄」と比べると、
「ロッキー」はずいぶん恥ずかしいですね笑。
「デパートのフードコート感」がありますから。



▼第1位:江古田「天下一品」
https://tabelog.com/tokyo/A1321/A132101/13002405/

これは、思い出補正の部類ですね笑。
みんな大好き、天下一品。

10年前に東京に住むようになってから、
常に私の視界には「江古田の天下一品」がありました。
というのは、私が所属する練馬グレースチャペルの目の前に、
この天下一品はあるからです。

10年間の節目、節目で、
この天下一品は登場します。
弟と行ったこともあるし、
牧師と行ったこともあるし、
友達と行ったこともあるし、
妻と行ったこともあるし、
ひとりで行ったこともある。

いつも「こってり+ランチ半ライスサービス」を頼みます。

店の雰囲気も、ラーメンの味も、
床やイスのヌルヌル感も、
テーブルに置かれた「たくあん」と「辛子にんにく」も、
バンダナを巻いたおばちゃんも、
なぜかジャージを着ている常連客も、
すべて、時が止まったかのように、
「同じ」です。

関西人にとっての「吉本新喜劇」のように、
愛知県民にとっての「喫茶店のモーニング」のように、
古代エジプトを旅するノマドのにとっての、
夜の北極星のように、
時が経ってもそこだけは変わらず存在してくれるものというのは、
人生の羅針盤となってくれます。

東京というのは特に変化のスピードが速く、
町並みも人間模様も風景も、
すべてが流転していきますから、
「変わらないもの」は貴重なのです。
「江古田の天下一品」は、
東京のなかで変わらないもののひとつです。

ヘラクレイトスは「万物流転」といいました。
彼は言外に「真理は不変」と言っているわけですが、
ヘラクレイトス流に言えば、
「万物流転・天一不変」なのです。

私の「ベスト天一」はと言いますと、
2009年、2ヶ月間エチオピアに行っていて、
帰ってきた日に食べたときの江古田の天一が、
「ベスト天一」です。
その後8時間寝たと思ったら16時間寝ていたほどに、
内臓も筋肉も脳も、すべてが疲労困憊していたわけですが、
その「寝落ちの寸前」に食べた、
2ヶ月ぶりの日本の食べ物が、天下一品でした。

あのときの天下一品は天下一品でした。

「南極料理人」という映画が私は好きです。
南極に1年間住み込んで調査研究をする、
という仕事があります。
主人公の堺雅人はそれに抜擢され、
1年間日本を離れます。

この映画は料理がやたらと美味そうです。
映画館では生唾を飲む音が聞こえていたことでしょう。

映画の最後の最後に、
堺雅人は家に帰り家族と再会し、
上野動物園だかどこかに妻と息子を連れて行きます。
そこで、フードコートの不味そうなハンバーガーを買います。
それを一口食べたとき「美味っ」と彼は呟きます。

実はこの「美味そうな食べ物のオンパレードの映画」
のなかで、登場人物が「美味い」と口にするのは、
その最後の最後の一度だけなのです。

これが、食事の本質ではないでしょうか??
本当の食通とは、
「一緒に食べられる愛する人」を持っている人です。
それがたとえ、サービスエリアの不味いラーメンだったとしても。

、、、という、なんか綺麗に着地した風になってしまいましたが、
以上が私の「過去に食べた最高のラーメンの話し」でした。
なんか、「半生記」みたいでしたね。
駄話にお付き合いくださりありがとうございました。

シーズン2開始!半年ぶりの「観た映画」

2018.12.10 Monday

+++vol.051 2018年月6日配信号+++

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
■1 今週のオープニングトーク
半年ぶりの「陣内が先月観た映画」のコーナーです。
::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::

▼▼▼「シーズン2」遂に始まりました!▼▼▼

いよいよ始まりました。
陣内俊の「読むラジオ」、シーズン2!!
まぁ、7月の助走期間がかなり長く、
ほぼ毎週配信していましたので、
「既に始まってた」という感覚の人が多いかとは思いますが。
「シーズン2」もどのぐらいの期間やるか分かりませんが、
最低半年は続けてみたいと思っています。

「シーズン2」も、配信は火曜日の夕方とします。
まぁ、いつでも良いと言えば良いのですが、
一週間に一度同じような時刻に届くと、
「時報代わり」といいますか、
時間の経過の目印になりますし。
「今日は月曜日かぁ。
 あ、ジャンプの日だ!」みたいな。
私はフリーランス的に不規則営業なので、
土日も祝日もゴールデンウィークも関係なく仕事していますし、
逆にド平日に平然と休んでいます。
しかし私の経験に基づきますと、
多くの社会人にとって、
火曜日、木曜日あたりが、
一番「ダルい」のではないかと拝察します。
体も気持ちも。
その「ダルい」日に、ひとつでも楽しみが増えたら、
生活が豊かになるのではないかと、
そんな気持ちを込めての「火曜日の夕方」配信です。

「シーズン1」からの読書の方も、
「シーズン2」から読み始めた人も、
どうぞ毎週配信される駄文に、
末永くおつきあいください。

さて、今週は半年ぶりに、
「先月観た映画」のコーナーをやります。
皆様の映画選びの一助としてくだされば幸いです。
(Amazonプライム特典の映画に著しく偏っていますが笑)

7月は、8本の映画を観ました。
Amazonプライムに入会してからというもの、
月に平均すると10本ぐらい映画を観ています。

ただ、私はテレビはほぼ1分も観ないので、
仮に一ヶ月につき映画を観ている時間が20時間だったとして、
「毎日2時間テレビを観る人」の月60時間と比べたら、
たいして観ていないのです。
(*何度も言いますが週に2〜3本観る、
 お笑いのネタ番組は別です。
 あれはお笑い知識人としての「情報収集」ですから。
 ニュースキャスターが新聞を読むのと同じです。)

さらに観るときは、
タブレットにダウンロードして、
移動中に観ています。
なので、
「隙間時間だけで、
月に10本も映画が観られるんだ!」
ということに自分で驚いています。
これは車社会ではない東京に住んでいることの、
数少ないメリットのひとつですね。

遠くに出かけたりして、
移動時間が長い月は、
その分映画の本数も分かりやすく上がりますから。

以前の私の移動時間はKindleで読書と決まっていたのですが、
移動中ってあんまり集中力がないので、
能動的な読書があまりできないんですよね。
部屋での読書の集中度を10としたら、
新幹線や飛行機などの理想的な環境でも9ぐらい。
在来線の電車やバスになると、
座れたときで6、座れずに立って読むと4ぐらいの集中度しか得られません。
その分読むスピードも落ちる。

その点映画は良い。
集中してようがしていまいが、
映画の進むスピードは同じですから。
「電車の中で集中していなかったから、
 2時間の映画が10時間かかったわー」
ということにはならない。

すばらしい!



▼▼▼この半年に良かった映画3選。▼▼▼

という私の映画ライフの話はこのぐらいにして、
今月の映画も興味あるけど、
2月からメルマガシーズンオフだった期間に観た映画で、
面白かったやつを教えて欲しい!
という方もいらっしゃるかもしれません。

年末に「陣内が観た映画ベスト10」
という形でご紹介するつもりですが、
一年の折り返しに、
2018年上半期で特に印象に残った3本を、
オープニングトークにて特別にご紹介したいと思います。

この3本は年末のランキングに入る可能性が高いですが、
入るかもしれませんし、入らないかもしれません。
では、ご紹介します。


▼▼▼『三度目の殺人』是枝裕和監督

これはもう、圧巻の面白さでした。
私は是枝監督がとても好きで、
公開作品はほぼすべて観ています。
(現在公開中の『万引き家族』は未見です。
 何らかの形で必ず観ますが。)

こちらはAmazonプライム特典ではないので、
Amazonビデオ(新作)で500円課金して、
ちゃんと観ました。
(「ちゃんと」っていうのもおかしな話ですが)

素晴らしいの一言です。
100点の映画でした。
映画の面白さがぎっしり詰まっている。
是枝監督の最高傑作かもしれないと思いました。
(『万引き家族』を観たらそれは更新されるかもですが)
少なくとも個人的に、『そして父になる』とか、
『奇跡』とか『海街diary』は超えていると思いました。

ちなみに本作、タイトルからも推察されるとおり、
非常に暗い作品です。

芥川龍之介の「藪の中」を、
黒澤明は『羅生門』として映画化しました。
それを現代最高の映画作家が作るとこうなる、
というような作品としても鑑賞可能です。
「羊たちの沈黙」へのオマージュ要素もある。
福山雅治、広瀬すず、役所広司の演技も、
素晴らしかったです。



▼▼▼『恋の渦』大根仁監督

これはねぇ。
Amazonプライム特典で観ました。

二回観た。

紹介するかどうか迷ったんですよね。
メルマガには載せずに、
「観なかったことにしよう」かとも思った。
歴史から抹消しようかと。
口をぬぐって、しれっと「なかったこと」にしようかと。
なんせ「ゲスい」作品ですから。

ゲスくて下品なのが嫌いな人は、
観ないことをお勧めします。
あと、「陣内のくせに、
そんなゲスい映画を観るとは何ごとだ!」
と、石を投げる準備をしている方。
「知らねーよ」としか言いようがありません。
私は自分が見聞きするものについて、
神の前以外に責任を負っていませんので。
その処罰感情はどうかご自分で処理なさってください。

いや、でもね。

途中で観るの辞めようと思うぐらい下品でした。
しかしこれがどうして、面白いんだ。
悔しいけれど。

大根仁監督は、『モテキ』『バクマン』などの監督でもあり、
「撮り方・見せ方」が上手、という印象です。
毎回新しいことに挑戦していて、
編集や構成が秀逸です。

本作品は予算がめちゃくちゃ少ないそうです。
なんと100万円以下!!

まじか!

「そんなんで映画って撮れるの?」
と思うでしょ?

「面白いの?」
と思うでしょ?

面白いんだ、これが。
悔しいけど。

登場人物が全員「ゲスいDQN」です。
「アウトレイジ」のキャッチコピーは「全員・悪人」ですが、
本作のキャッチコピーを作るとするなら「全員・DQN」です。

*DQNとは「ドキュン」を表すネットスラングで、
 反知性主義的な田舎のマイルドヤンキー的存在のことです。
 (都会にも存在するが、彼らのマインドは田舎的である)
 男はエグザイル寄り、女はキャバ嬢寄りの外見をし、
 往々にしてなぜかキティちゃんのサンダルを履いています。
 会話の内容は恐ろしくスカスカで、
 底知れぬ無知ゆえに「日本最高!!地元最高!!」とか、
 すぐ言っちゃうわりには自らが「日本の暗部」であり、
 周囲の人にはイタいと思われている人の総称(陣内調べ)です。
 サッカー日本代表戦がある日の渋谷スクランブル交差点や、
 田舎の休日の河原などに行くと、
 たくさん実物を観察できます。
 彼らが歩いた後にはおびただしい数のタバコの吸い殻と、
 「ストロングゼロ」の空き缶、コンビニ弁当の食べ散らかしが、
 残されると伝えられています(陣内調べ)。

、、、で、
この「恋の渦」は、
そのような「DQN性」を本当にリアルに再現しています。
「多分、日本にこういう人たちって、
 500万人ぐらいいるんだろうなー。」
と思わせる、「圧倒的実在感」がある。

その「実在するDQN」である彼らが織りなす人間模様の中に、
ゲスさがあり、裏切りがあり、偽物の友情と本物の友情があり、
そして人間くささがあり、「愛」がある。
「人は見かけではない」と思わせてくれるところと、
「人は見かけ通りだ」と思わせてくれるところがある。

そして彼らの「尊厳」というか、
尊さのようなものもある。
そこは泣いちゃう。

でも全体として「いい話」では決してない。
そんな話です。

2回観ちゃう、という意味は、
1回観たら分かります。



▼▼▼『T2 トレインスポッティング』ダニー・ボイル監督

これは、TSUTAYAでレンタルして観ました。

90年代に一斉を風靡した、
『トレインスポッティング』という映画の続編です。
「1」が撮られた20年後に、
全く同じキャストで、「2」が撮られたのです。

「1」はイギリスで大ヒットしましたから、
これを知らないイギリス人はいないと言います。
なので「2」にイギリスは沸き立ちました。
連日映画館は満員だったそうです。
イギリスでは「社会現象的なカルト映画」です。

『トレインスポッティング』を観たのが、
私はわりと最近(数年前)だったので、
「1」を復習することなく「2」を観ることができた。
「1」があまりにもサブカルカルト的な人気映画で、
ある意味「神格化」されてしまっているので、
当然「2」は賛否両論ありま
す。

しかし、私は普通に、というか、
めちゃくちゃ面白かったです。
音楽も映像も台詞回しもめちゃくちゃオシャレで、
スタイリッシュです。

『パルプフィクション』という、
クエンティン・タランティーノを世界に知らしめた、
「おしゃれ映画」がありますが、
あれをアメリカでなくイギリスのセンスでやると、
こうなる、という感じですかね。
筋書きよりも、台詞の小気味よさや、
編集の面白さ、音楽や映像効果の心地よさを楽しむ、
というタイプの映画です。

ストーリーはと言いますと、
田舎の「親友と悪友の間」ぐらいの、
仲間5人組の「青春群像劇」です。
これが「2」になると「中年群像劇」になる。

スコットランドの田舎に生まれ、
麻薬と犯罪の日々を送る彼らは、
寂れていく田舎を見限り、
ロンドンで一旗揚げようとして都に行きます。
そこでいろんなことが起こり、、、
というのが「1」のあらすじ。

「2」はその続編です。

これは本当にすごいことで、
たとえば日本ならば、
90年代に「未成年」という野島伸司のドラマがありましたよね。
あれを今年、続編をとる、というような話です。
キャストそのままで。
40代になった反町隆史、香取慎吾、いしだ壱成、
グレートチキンパワーズの人、河相我聞で。
40代になった反町隆史が、
「そういえばあいつら何してるかな、、、」
と、地元に探しに行き、
一人ひとりの未来を描く、、
みたいな話です。

ニュアンスはちょっと違うけど、
「たとえば」そんな話です。
面白かった。

映像技術の粋が詰まった作品なので、
ブルーレイで観ることをお勧めします。

「シーズン1」最終号

2018.07.24 Tuesday

+++vol.050 2018年2月6日配信号+++

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
■1 今週のオープニングトーク
「シーズン1」、今回が最終回です。
::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::

▼▼▼一年間、ご愛読ありがとうございました!▼▼▼

メルマガ読者の皆様、こんにちは。
予告していたとおり、今回がこのメルマガも「最終号」です。
「さみしい!」と思ってくれる人がどれぐらいいるのか分かりませんが、
「惜しまれながらも」
(と言うことに一応しておきます)、
約一年間続いた「シーズン1」もこれにて終了です!
メルマガ「ロス」になる人が果たしているのかどうか分かりません。
少なくとも私は誰からもそのような、
フィードバックはいただいていません。
「終わるんだね」とも言われませんから、
もう誰も読んでないのかもね笑。

まぁ、いいんです。
1年間、書きに書きましたね。
最初は試験的な取り組みとして始めました。
「あんまりしっくり来なければ、
 2ヶ月ぐらいで止めようかな」ぐらいに思っていました。
そんな不埒な気持ちで始めたメルマガも、
私のルーティーンとしてすっかり定着し、
一日30分〜1時間の執筆は毎日の日課になりました。
そういう意味では私自身が一番メルマガ「ロス」なのかもしれないです。

何にせよ当初の目的であった、
こういうペースで、こういう文字数で書く、
ということを私は体得しましたし、
「メルマガというメディアの特性や可能性」も、
うっすら見えてきましたので、
最初の目的は十分に果たしたと言えます。

なので、いったん、
ルーティーンを「破壊」するために、
「シーズン1」を、今号をもって終了いたします。
「破壊なくして創造なし!」と、
プロレスラーの橋本真也も言っていましたし。

お知らせにも書きましたように、
「シーズン2」は、読者数の増加に応じて、
開始時期を早めたいと思います。
いつ始めるかは、今のところ未定ですが、
2018年中には必ず再開する予定ですので、
楽しみにお待ち下さい。
次はさらにバージョンアップしたメルマガをお届けする予定です。



▼▼▼シーズンオフ中の号外の配信(質問募集!)▼▼▼

シーズンオフ中は何をするかと言いますと、
病気療養中から現在にかけて、
足かけ5年ぐらいまったく手を付けてこなかった、
SNSを含めたいろんなコミュニケーションを、
再開するかもしれませんし、
もうひとつのブログを充実させるかもしれませんし、
翻訳中の本を完成させて出版できるように頑張るかもですし、
その他のインプットに集中したり、
今までしてこなかったような活動を始めるかもしれません。
あるいは、この全部、口だけで、
実際はできないかもしれません笑。

今月から始まった「読むラジサロン」は、
2ヶ月間やっていきます。
これもどんなものになるか分かりませんが、
活動内容を皆様に「号外」にてお知らせします。

そう。

シーズンオフ期間中は、
「号外」を、時々配信します。

号外の内容は、
1.陣内からの告知
2.読むラジサロン活動報告(次期参加者募集も?)
3.Q&Aコーナー
4.その他、どうしても配信したい内容があったとき

という感じで考えています。
「Q&Aコーナー」は、
ですのでシーズンオフ中も、
質問を受け付けます。
質問がなければ配信もありませんので、
どうぞ、どしどしご応募ください!

最終号ですが、
オープニングトークは短めにして、
早速本編に入ります。
どうぞ、最後のメルマガをお楽しみください!


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サロン活動について

2018.07.18 Wednesday

+++vol.049 2018年1月30日配信号+++

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
■1 今週のオープニングトーク
メルマガ「シーズン1」も、残り2回です。
::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::

▼▼▼サロン活動開始▼▼▼

、、、というわけで、
先月来、再三告知していた「読むラジサロン」ですが、
合計400名、、、あ、間違えた4名の応募がありまして笑、
私を含めて5名の第一期メンバーで、
2月1日より活動を開始していきます。

今回はご参加いただけなかった方も、
毎回バージョンアップしつつ、
第二期、第三期、、、とシリーズ化していきたいので、
次回は是非ともご参加ください。

参加予定の4名の方には、
すでにこのような案内をしました。
基本、会話への参加は強制ではなく、
みんなのやりとりを眺めているだけでも結構です。
たき火を囲むようにリラックスしてご参加して下さい。
もちろん、皆さんから発議していただいても自由です。
たとえばこんな議題について、、、。

「みなさんこんなの好きですか?」
「こういうことがありましたがどう思いますか?」
「疑問・質問」
「時事ネタについてどう考えるか?(タブーなし)」
「読んだ本・観た映画・行った店などの紹介」
「今自分が仕事で悩んでいること」
「今自分が信仰で悩んでいること」
「今自分が個人生活で悩んでいること」
「今週こんなことがありますので祈って下さい。」
「こんなことがしたいのですが、何か良いアイディアありますか?」
「この問題に関して何か良い本ありますか?」
「こんな答えの出ない問題について最近考えています。」
「今度の選挙、どこに投票しますか?」
「こんな上司や同僚がいますが、みなさんならどうしますか?」
「子育てでこんなことで悩んでいます。どう思いますか?」
「今度出張があるのですが、一緒にお茶でもどうですか?(1対1は同性のみ)」
「今度Skypeで話したいのですが時間とれますか?(1対1は同性のみ)」
「メルマガにこんなこと書いてましたが、もうちょっと聞きたいのですが」
「メルマガの次のシーズンではこんな話題を書いて欲しいです。」

↑「こんなのツィッターでやれや!!!」

と思った方は、
SNSというものの理解が浅いです。
SNSは「公共空間」です。
オープンなコミュニケーションです。
しかしワークチャットは完全にクローズドなので、
話す内容は当然、違ってきます。

数十人が働く職場の忘年会と、
学生時代の親友との飲み会とで、
会話の内容が異なってくるのと同じで、
オープンなSNSと、
会員制のサロンでは、
当然分かち合われる内容の質も深さも違ってきます。

このメルマガに書く内容とも、
サロンの対話は違ってくるでしょう。
「ブログには書けないこと」を、
私はこのメルマガに書いてきましたが、
「メルマガにも書けないこと」を、
私はサロンで分かち合うことになるでしょう。

今更になって興味が出てきた方、
第二期の告知をお待ち下さい。
また、サロンの活動の概要は、
参加者の個人情報に触れないかたちで、
メルマガにてシェアしていきたいと思っていますので、
お楽しみに!



▼▼▼あと2回で終了です。▼▼▼

、、、さて。
このメルマガも、あと2回を残すのみとなりました。
去年の2月に知り合い10名に協力してもらって、
プロトタイプ(試作品)を送り始め、
ちょっとずつメルマガは読者を増やし、
現在、各地に192名の読者がいます。
じんわりと広がってきたというところですね。

私はメルマガを開始するにあたり、
いくつかの有料メルマガを試しに購読しましたが、
毎回2万字を超すこのメルマガは、
毎月1000円を課金する作家のメルマガにも、
そのクオリティにおいて劣っていないと自負しています。
(もちろんもっと優れたものは世の中にはあります。
 上には上というものがあるのです)

しかし、
「メルマガで森羅万象について語ることで、
メタレベルにおいて聖書的世界観を伝える」
という狙いをもったメルマガは、
日本で他に存在しないはずですし、
多少口幅ったいですが、
そんなことが出来るのは多分、
日本に私しかいないのではないかと思っています。

これは自慢ではなく、本当に。

だからこそ、やらねばならぬ、という使命をもって、
これまで書いてきました。
毎週2万字ですから、
1年間で合計100万字(原稿用紙2,500枚分)書いたことになります。
だいたい文庫本で6〜7冊の分量になります。
文字数だけならプロの作家なみに書いていますから、
それはそれで結構疲れるわけです。
(だんだんコツをつかんでは来ましたが)

なので、いったん休みます笑。

あと、ルーティーンって、
最強の武器であると同時に、
最大のアキレス腱にもなります。
つまり、ルーティーンが確立すると、
「自動運転」でものを書けるようになりますが、
その分、思考が型にはまってくるのです。

なので、いったんルーティーンを停止することで、
ちょっと違う思考様式を身につけ、
そして「シーズン2」を始めるとき、
メルマガがその分バージョンアップされている、
というようなサイクルでやっていきたいと思っています。

・異なる種類のインプット
・異なる媒体でのアウトプット
・現在やってる他のFVIの活動への集中
・現在やっている翻訳の完成
・次のメルマガにむけて「思考の畑」を耕す。

こんなイメージです。
その間、現在192名いる読者が、
目標に近づく度合いに応じて、
「シーズン2」の開始を早める、
という「クラウド(読者)ファンディング」をします。
目標は具体的には設定していませんが、
目安としてさしあたり300名に達したら、
始めようかなぁ、と、ぼんやりと思っています。

サロンへの参加希望者が、
4名ちょうどだったりしたことを踏まえると、
休止期間、増えないどころか読者、減ったりしてね笑。
いずれにせよ、あと2回になったメルマガを、
どうぞ最後までお楽しみ下さい。



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続・続・美術館で観た芸術作品

2018.07.11 Wednesday

+++vol.048 2018年1月23日配信号+++

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
■2 オープニングトークのおこぼれ

オープニングトークがあまりに広がってしまった場合、
ここで「続き」を語ります。
延長戦、「おかわり」ですね。
::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::

▼▼▼先週からの続き▼▼▼

先週急ごしらえで作った「新コーナー」、
「オープニングトークのおこぼれ」です。
それですら収まらなかったので、
「オープニングトークのおこぼれのおこぼれ」ですね笑。
、、、先週の質問は何だったかというと、これです。

▼質問:
「美術館などで観た芸術作品で、
 最も印象に残っているのは?」

オープニングトークで私は、
大原美術館の大原孫三郎について語りました。
彼はキリスト教徒で日本の「児童福祉の父」とも言われる、
石井十次の影響でクリスチャンになり、
自分がもうけたお金は、社会に還元せねばならない、
と気づきます。

その大原さんが後世に残したプレゼントのひとつが、
倉敷にある「大原美術館」です。
大原美術館は「西の大原、東のブリヂストン」と言われ、
長いこと日本の二大美術館に数えられるまでになりました。

また彼は、教育機関なども創立していますから、
まさに内村鑑三の「後世への最大遺物」のうち、
「財産・事業・思想・教育・そして高潔な人生」という、
5つのすべてを遺した「偉人」です。

でも、あんまり大原孫三郎のことを知ってる人って、
いないのですよね。
岡山県民以外で。

なぜだろう?

もっと知られてもいい人なのに。
財を社会に還元した篤志家という意味では、
日本のアンドリュー・カーネギー、
日本のロックフェラーなのに。

文字数が足りなくなったので、
さらに私は「おこぼれ」のコーナーをもうけ、
そこで、井上雄彦の「最後のマンガ展」について語りました。
大阪の「最後のマンガ展」で観た「宮本武蔵」に、
私は圧倒された、という話をしたのです。

ここでさらに文字数オーバー。
よって、来週に持ち越し、
というわけで、
最後の「印象に残っている美術品」を、
今日はご紹介いたします。



▼▼▼インドのREFLECTIONアートギャラリー▼▼▼

あれは2008年のこと、
今から10年前の話です。
私は暑い暑いインドにいました。
2ヶ月間を首都のデリーで、
2ヶ月間をバラナシから車で2時間の田舎で過ごしました。

インドではトイレットペーパーを使うという習慣がないので、
コンクリで固められたトイレの脇を這うムカデを見ながら、
トイレの穴の横に置いてあるプラスティックの手酌に入っている水に、
「不浄の手」である左手をつけ、
その手ですくった水でおしりを「えいやっ」と拭いたときには、
なんていうんだろう、
世界が違って見えましたね。

それはもう、世界で最も高いバンジージャンプを飛んだ人や、
日本で最も高級な寿司を食べた人や、
一番チケットが取りにくいブロードウェイのミュージカルを観た人や、
エベレストやモンブランを踏破した人と同じで、
自分が英雄になった気がしました。

素手でおしりを拭くと、
人生は変わります。
「世界は広い」というのは、
DVD「世界遺産」を家で1,000時間観ても分かりません。

素手でおしりを拭いたとき、
人は思うのです。
「世界は広い」と。

そして、こうも思います。
「俺は、俺を超えていける」と笑。



▼▼▼ステファン・エイカー氏との出会い▼▼▼

そんなインド滞在中に、
私は生涯忘れることの出来ない様々な人に出会い、
生涯忘れることの出来ない様々な体験をしました。

デリーでは、
今FVIで私がしているような働きを、
インドでしているラージさん、
自閉症の子どもを持ち、
自閉症の子どもたちのための学校を開校した、
ラージさんの奥さんのギタさん、
デリーで包括的宣教の様々な取り組みをしている、
サンジブ牧師、
今もFVIで関わりを持ち続けている、
不可触民(ダリット)出身のラムスラットさんらに会いました。

また、サンジブ牧師に誘われ、
政府の建物の前でデモ行進にも参加しました。
オリッサ州というところで、
ヒンズー過激派による教会の焼き討ちや襲撃事件が多発し、
それに対する抗議を行うために。

逮捕されなくて良かったです。
強制送還は嫌ですから。
その後海外渡航しづらくなるし。

そんなデリー滞在中に、
非常に印象的な働きをしている、
ステファン・エイカーという方にも私は出会いました。
この人です。

▼参考画像:ステファン・エイカー氏(左から二番目)
https://goo.gl/HNwwUf

彼のお父さんはドイツ系の宣教師ですから、
彼は宣教師二世です。
彼もまた宣教師なのですが、
彼の働きは非常にユニークです。

彼は宣教師であると同時に、
アーティストでもあります。
アーティストというのは、
「そう生まれついた」人が一定数います。
それらの人々は、アートを職業にしようがしまいが、
人生のなかでどうしてもアートを辞められません。
DNAに織り込まれているかのように、
アーティストとしての「血が騒ぐ」からです。

ちなみに私はそのような意味で、
「哲学者のDNA」を持っていると自認しています。
私はナチュラルボーンな哲学者なので、
私の仕事がたとえスーパーのレジ打ちだったとしても、
「それを哲学する」ことを辞められないでしょう。

話がそれました。

アーティストの中にはそれを職業にする人と、
そうでない人がいますが、
職業としなかった人の中には、
趣味としてひっそり楽しむ人もいれば、
自分の本業をアートと融合させてしまう人もいます。

ステファンさんはそのような人でした。

彼はあるとき考えます。
「芸術と宣教」を融合できないだろうか?
そして、彼は「インドのFVI」、
つまり包括的な宣教について啓発する、
ソルト・イニシアティブという、
ラージ・モンドールさんらの働きに出会い、
インドの社会が抱える問題に取り組むのに、
芸術が使えるのではないか、と思うようになります。

外は気温45度、
音が爆音な割にはあまり効かないエアコンが鳴り響く中、
デリーの一角にあるオフィスで、ステファン氏が私に言いました。
ちなみに彼の英語はいわゆる「インド英語(ヒングリッシュ)」ではなく、
欧米の英語に近いので、非常に聞き取りやすいのです。
彼はデンマークの思想家、キルケゴールの言葉を、
私に教えてくれました。

「あなたの国で歌われている歌を聴かせて下さい。
 そうすればあなたの国の未来を私は予言しましょう。
 あなたの国の法律家や政治家の言葉は、
 聞く必要がありません。」

この言葉が意味しているのはこういうことです。
その国を導く「思想・哲学」というのは、
学者たちによって言語化・体系化される前に、
感度の高い芸術家たちによってキャッチされ、
それが表現される。
それから学問の世界の人たちが遅れてそれを体系化し、
さらにそれを読んだ感度の高いビジネスマン、政治家、教育者らが、
それぞれの世界において実践に移す。
そのようにして、その思想の影響は私たちに可視化される。
さらに言えば、様々な領域でその思想が実践されて何十年か後、
一般大衆は完全にその思想に染まる。
しかし、彼らは「自分がその思想に影響されている」
という意識すらない、ということです。

これを「思想のピラミッド」と言います。
これは別にピラミッドの頂点に立つ人が偉いとか、
一般大衆が偉くないとか言ってるわけではありません。
そうではなく、思想というのは、
そのような順番で世の中に浸透してきたし、
それはこれからも変わらないだろう、ということです。

ちょっと難しいことを言いますと、
「価値相対主義」とか「多元主義」といった思想があります。
現代を生きるどんな人も、この影響から無縁ではいられません。
日本の田舎に住む、高卒の親に育てられた小学生ですら、
それに影響されているとは知らずに、
「価値相対主義」に影響されて生きています。

「価値相対主義」というのは、
「絶対的な真理なんてない。」
「真実は人間の数だけある。」
といった考え方です。
価値相対主義ということについて語ったり、
体系化した本が世の中にはたくさんありますが、
それより遙か以前に、
ジョン・レノンが「イマジン」という歌でそれを歌いました。

「イマジン」はあまりに有名でもはや「常識」なので、
ここでその歌詞を紹介するのは、
もはや野暮というものですが、
もしかしたら知らない人のために、
その歌詞と和訳を部分的に紹介します。

「Imagine there's no countries
It isn't hard to do
Nothing to kill or die for
And no religion too
Imagine all the people
Living life in peace

想像してごらん 国なんて無いんだと
そんなに難しくないでしょう?
殺す理由も死ぬ理由も無く
そして宗教も無い
さあ想像してごらん みんなが
ただ平和に生きているって...

You may say I'm a dreamer
But I'm not the only one
I hope someday you'll join us
And the world will be as one

僕のことを夢想家だと言うかもしれないね
でも僕一人じゃないはず
いつかあなたもみんな仲間になって
きっと世界はひとつになるんだ」

これは「価値相対主義」そのものです。
彼は「まだ言語化されていない思想を、
彼にしかない感度でキャッチし、
そしてそれを歌にした」のです。
ジョン・レノン自身は、
「価値相対主義」という言葉すら知らなかったかもしれません。
しかし彼はそれを芸術の言葉で語り、
この歌はじっさい、「世界を変えました」。



▼▼▼弟子とするか、弟子とされるか▼▼▼

ステファン・エイカー氏の話に戻りましょう。
彼はキュルケゴールの言葉を紹介し、
「思想のピラミッドの話」を私に教えてくれました。
そして言いました。

「教会は、このプラミッドの頂点にいるべきだと僕は思う。
 しかし現実には残念なことに、
 教会は最下層の一般大衆とさほど変わらない。
 つまり自覚することすらなしに、
 教会は世の中の価値観に影響を受けてしまっている。」

FVIの働きのアメリカにおけるネットワークである、
DNA(Disciple Nations Allience)という団体があります。
私の人生のメンターであるボブ・モフィット氏は、
この団体に属しています。
ボブと一緒にこの団体を立ち上げた、
ダロ―・ミラーという人がいますが、
彼がこんなことを言っています。

「もし教会が世界を弟子化していないとすれば、
 そのときは世界が教会を弟子化しているのだ。」

教会は影響を与えるか、
もしくはゼロか、ではありません。
影響を与えていないとしたら、
そのときは(自覚の有無にかかわらず)、
影響を受けているのです。

物理化学の用語を使えば、
世の中と教会の影響力は、
浸透圧の関係にあります。

もし教会が影響を受けるだけの存在となり、
この世の中とまったく区別が付かないとしたら、、、、
イエスは言われました。
「塩気をなくした塩は、
 役に立たず外に放り出され、
 人々に踏みつけられるだけです。」

、、、というわけで、
ステファン氏は、インドの社会において、
教会(の一部)である自身が、
影響を与える芸術家でありたいと願いました。

彼が始めた働きはユニークです。
アーティストのためのワークショップを始めたのです。
まずは10名前後のアーティストを集めます。
(ステファン氏は第一回、画家として参加者も兼務しました。)
宗教的背景は問いません。
ステファン氏がキリスト教徒なので、
キリスト教徒が当然多いのですが、
ヒンズー教徒でもイスラム教徒でもかまいません。

そしてそのメンバーで、
1週間とか2週間、合宿をします。
毎回「テーマ」が決められています。
「命の尊厳」とか、「平和」とか、「社会の分断と一致」とか、
そういったテーマです。
基本的にはアトリエの中で、
決められた期間、アーティストたちは、
だれにも邪魔されずに制作活動をします。

一つだけルールがあります。
毎朝1時間ほど時間をとり、
聖書からそのテーマについて学びます。
そして一緒に祈ります。
それから制作活動をするのです。

ワークショップが終わると、
たくさんの作品が生み出されます。
それらを集めて、「展覧会」を開きます。

それが、ステファン氏が始めた活動でした。
面白そうでしょ?



▼▼▼インドにおける女の子の堕胎▼▼▼

私が訪問した2008年には、彼らの働きは、
そういった作品を常設展示したり、
希望する人に売ったりするための、
アートギャラリーをデリー市内に持っていました。
(デリーの家賃高騰のため、現在はギャラリーは引き払っています)
私は滞在中何度もこのギャラリーを訪れました。

▼参考画像:REFLECTIONアートギャラリー
https://goo.gl/crdGxn

訪問するたびに「テーマ」が違っていました。
つまり、別のワークショップで生み出された作品が、
展示されていたわけです。

あるときのテーマは、
「女の子の堕胎」でした。
インドには「ダウリー」と呼ばれる非常に高額な結納金を、
女の子の親が婿に支払うという慣習があります。
それだけでなく、ヒンズー教の世界観では、
「女に生まれる」というのは、
前世の悪いカルマの「罰」だという考え方があります。
ですから親は、あまり女の子が生まれることを喜びません。

あまりにも女の子の堕胎や間引きが多いので、
インド政府は、性別が判明してからの堕胎を禁止しています。
しかし医者の中には、
「女の子ならカルテに赤いボールペンで、
男の子なら青いボールペンで書く」などの「隠語」を使って、
親たちに性別を教え、堕胎するということで金を稼ぐ人もおり、
法律の抜け穴をくぐる女の子の堕胎は後を絶ちません。

その結果、インドの男性と女性の比率は、
自然状態ではあり得ない状態になっています。
自然状態ではどんな人種でもだいたい男女は、
51%対49%で生まれます。
男の方が身体が弱いので、
成人になると半々に近づきます。
ところがインドでは優位に女の子が少ない。

なぜか?

、、、そういうことです。
イギリスの医師会が「これは放置できない」と、
調査を行いました。
その結果、これまでに1,000万人以上の女の子が、
何らかの形で「消されて」いる、
ということがわかり、世界に発表されました。
インド政府はそんな不名誉なことは国益を損じるので、
いろんな法律で是正しようとするのですが、
人々の世界観や宗教観、そして因習というのは、
なかなかすぐには変わらないものです。

、、、そのような社会に生きている信仰者だとしたら、
あなたなら何をするでしょうか?

政府の前でデモ行進をするのも一つ。
本を書くのも一つ。
不正な堕胎を行う医師がいる病院を、
爆破するのも一つ(オススメしません)。

ステファン氏は絵を描いたのです。

なぜ「絵」なのか?

それは、「言葉」というのはいつも、
「壁」を作るからです。
「言語」は物事を「分ける」性質があります。
この話題について言葉で戦争をしかけると、
ヒンズー教徒の人は、
自分の信じている神を否定されたように感じます。
しかし、「絵で語る」ときに、
そこに言語が介在しませんから、
その人の良心、あるいは心の深い部分に、
直接に語りかける事が出来るのです。

そうです。

先週のメルマガの「Q&Aコーナー」で語った、
「社会はなぜ右と左に分かれるのか?」
のテーマと、まったく同じですね。
言語は「象使い」(理性)に語りかけます。
絵は「象」(情動)に語りかけるのです。
ヒュームが言ったように、
「情動に語りかけない説得が人を動かすことは少ない」のです。

そろそろ文字数オーバーですので、
「女の子の堕胎」がテーマだったときの、
ギャラリーに飾られていた絵を2枚だけ紹介して、
この記事を閉じたいと思います。

▼参考画像:「虎は守るが、女の子は殺す」
https://goo.gl/VkF1in

、、、この絵は少し説明が必要です。
インド政府は一時期、絶滅危惧種だった、
ベンガルトラを国を挙げて保護しました。
その活動は実り、数は増えました。
しかし、数百頭のベンガルトラを国を挙げて守った政府が、
一千万の女の子の命を守れないというのは、
いったい何なんだろうね?という問いかけです。

▼参考画像:「神の傑作」
https://goo.gl/qjeKYx

、、、こちらは説明不要ですね。
胎児を描いている手は、
神様の手です。
軽率な堕胎というのは、
「神の傑作」を闇に葬ることになるんですよ、
という「言葉」以上に、絵は雄弁です。

ステファン・エイカー氏が言うには、
これらの作品をギャラリーの展示会で観た、
あるヒンズー教徒の弁護士はこう言ったそうです。
「私はヒンズー教徒ですが、
 これらの絵を見て魂を揺さぶられました。
 このような問題を放置しておくのは、
 社会的に正しくありません。
 私は弁護士として何らかのアクションを起こすつもりです。」



▼▼▼そして福島へ、、、▼▼▼

2011年3月11日の東日本大震災以降、
FVIは福島での支援活動に従事しました。
2011年に開催した「福島未来会議」はシリーズ化し、
第四回の「福島未来会議4 全国聞き屋サミット」を、
行った後の2013年に私たちは話し合いました。
今度は「原発」「エネルギー」「環境」をテーマにしないと、
この活動は嘘になるだろう、と。
そして、「福島未来会議5」は、
そういったテーマに切り込もう、と。

ところがこの話題というのは、
今でもある程度そうですが、
けっこう国論を二分する議論になっていて、
さらにそれが生理的な感情と結びついているので、
言葉で何かをしようとしても、
「泥仕合」になってしまう可能性が高い。

どうしよう、、、。

そこで、私は2008年に観た、
ステファン・エイカー氏の働きを思い出したのです。
あれを原発問題でやってみたらどうだろう?
という発想で行ったのが、
「福島未来会議5」でした。
私は2013年11月の導入のときにだけ、
参加アーティストの方々に、
ステファン氏の働きを紹介しただけです。
その翌月に私は燃え尽き症候群に陥り、
2年間休職しましたから。

その間、アーティストの方々は作品を生み出し、
福島県内で展覧会が開催されただけでなく、
カナダでも展覧会が開かれました。
さらに参加されたアーティストの方々は、
FVIの働きとは関係なく、今も交流を続けています。

▼参考リンク:福島未来会議5
http://karashi.net/project/fukushima/future_forum05.html

人生というのは冒険です。
何と何がつながるか分かりませんね。

、、、で、何の話だっけ?

そう!忘れられない美術品でした!
私にとっては、インドで観た作品群も、
その一つです。



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続・美術館で観た芸術作品

2018.07.04 Wednesday

+++vol.047 2018年1月16日配信号+++

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
■2 新コーナー・オープニングトークのおこぼれ

急遽作りました、新コーナーです。
オープニングトークがあまりに広がってしまった場合、
ここで「続き」を語ります。
延長戦、「おかわり」ですね。
::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::

▼▼▼井上雄彦「最後のマンガ展」▼▼▼

、、、そうなんです。
最初「美術品って言われてもなぁ」
というトーンで始まった質問カード、
大原美術館のことを書きながら、
もうふたつ思い出しました!

この二つは本当に忘れられない。

二つとも私が30代になってから出会った作品です。
ひとつめは、井上雄彦「最後のマンガ展」で観た、
宮本武蔵の絵です。

井上雄彦は言わずと知れた、
「スラムダンク」の作者です。
「スラムダンク」「リアル」「バガボンド」
のみならず、
「カメレオンジェイル」なども読んでいますし、
「あれから10日後」という「スラムダンク」の、
アフターストーリーも読んでいます。
あと、彼の書いた書籍や、
雑誌のムック本なども含め、
彼の関わったものは残らず目を通すほどの、
井上雄彦の大ファンです。

私は語りきれないほど多く、
つらいとき、苦しいとき、悲しいとき、
彼の作品や言葉に励まされ背中を押されました。

井上雄彦はもはや私にとっては、
漫画家という枠を超えていて、もはや「思想家」です。
ボブ・ディランがミュージシャンを超えて「文学者」であり、
ドストエフスキーが小説家を超えて「神学者」であるように。

そんな井上雄彦が「マンガ展」をやる?
行くの?行かないの?
、、、「行くでしょ!」
と思った私は、
大阪の「最後のマンガ展」に行きました。

▼参考画像:「最後のマンガ展」
http://userdisk.webry.biglobe.ne.jp/006/996/99/N000/000/000/0806musashi.JPG

、、、この「最後のマンガ展」は、
私の知る限り、都合4回?行われました。
最初が上野の森美術館で、
その後仙台・大阪・熊本で行われました(たぶん)。
私はそのなかの、2009年初頭に大阪で開催された、
「最後のマンガ展」に、友人と共に行きました。
そのために愛知から大阪まで。

はるばる行った価値、
十分にありました。

この「最後のマンガ展」というのは、
「バガボンド」という、吉川英治の名作「宮本武蔵」の漫画化の、
「スピンオフ企画」です。
「バガボンド」は未完結です。
37巻が2014年に出版されて、
その後3年間休載中です。
私は当然1巻から37巻まですべて所有しています。
引っ越しのときも、これだけは捨てません。

「バガボンド」は休載が多く、
「井上雄彦はもう終わった」などとネットに書き込む人もいますが、
休載が多いのにはちゃんと理由があり、
井上雄彦は終わったわけではない、
というのが、彼が書いた『空白』という本を読むと分かります。

▼参考リンク:『空白』井上雄彦
http://amzn.asia/hdCc8B2


彼が燃え尽き症候群に陥ったときに書いたこの本を読むと、
井上雄彦が、「剣」という人を殺す道具を使って、
「道」を極めようとした宮本武蔵の、
心をえぐるような葛藤をいったん自分に引き受け、
そして魂を絞り出すようにしてバガボンドを書いている、
といことがよく分かります。
そりゃ、燃え尽きにもなるわな、と。

私は自分自身が燃え尽きに陥ったとき、
『空白』を読んで、心を柔らかい羽毛でなでられるような、
そんな暖かい慰めと励ましと、
目に見えないほど小さいけれど、それでも確かな勇気をもらったのを、
昨日のことのように思い出すことが出来ます。

要するに何が言いたいかというと、
「バガボンド」が休載しているのは、
井上雄彦が終わったことの証拠ではない。
逆に、井上雄彦が作家として並外れており、
「バガボンド」という作品が持つ力が非常に大きい、
という逆の証拠なのだ、ということです。

私は10年でも20年でも井上雄彦を待ちます。
彼は日本の宝であり、「バガボンド」はたぶん、
100年後にも古典として読み継がれる作品だと私は確信していますから。

そんな井上雄彦が、
「バガボンド」連載中に、
スピンオフ企画として、
「コミック本」という枠を出た所で、
バガボンドを表現したのが「最後のマンガ展」です。

彼は大きな筆と墨汁を使って、
大きなものだと幅4メートルとかあるキャンパスに、
武蔵とその後のストーリー(散文的な)を書きました。
このような感じで。

▼参考画像:「最後のマンガ展」の井上雄彦
http://livedoor.blogimg.jp/taketalk/imgs/b/f/bf8df4d5.jpg

、、、で、
大阪の『最後のマンガ展』で、
私は自分の身長を超えるような、
「武蔵」や「佐々木小次郎」と対峙し、
まさに言葉を失うような感動を覚えました。

その中でも一番印象に焼き付いているのが、
確かエントランスの所にあった、
大きな武蔵の立ち姿の肖像です。
それがこちら。

▼参考画像:「宮本武蔵」
https://goo.gl/4N29N2

この武蔵はどこか疲れ切ったような、
虚脱状態のような、力の抜けきった表情をしています。
しかし、それでいて、隙がどこにもない。
とんでもなく重たくて、同時に軽い。
とてつもなく強くて、そして優しい。
堅牢そうで、柔らかい。
そういった「両義性」を備えたその立ち姿と表情からは、
京都や奈良のいにしえの仏像の穏やかで厳しい表情を見るような、
そんな「宗教性」すら感じました。
「漫画家」という枠を超えて、
自分に表現できる限界を常に追い求め続ける、
求道者としての井上雄彦自身にも重なりますし、
私達が日々の仕事で追い求める、
あるべき人生との向き合い方の理想像にも見えます。

、、、ここまで書いてきて、
もう一つ実は紹介したい「絵」があったのですが、
文字数オーバーなので、
「来週に続く」!
つまり来週の週替わりコーナーも、
「オープニングトークのおこぼれ」です。
お楽しみに!



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美術館で観た芸術作品

2018.07.04 Wednesday

+++vol.047 2018年1月16日配信号+++

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
■1 今週のオープニングトーク
美術館で観た芸術作品
::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::

▼▼▼まずは告知(と訂正)▼▼▼

メルマガ読者の皆様、こんにちは。
まずは告知を二つ。

ひとつめは、
「読むラジサロン」の事です。
上に告知した通りですが、
先週の告知で、受け付け開始日時を、
「1月26日22時」と書きましたが間違っていました。
ただしくは「1月23日22時」です。
23日(火)の22時受付開始なのでお間違いのないようお願いします。
つまり、来週のメルマガをお送りした数時間後に、
「読むラジサロン」の受付が始まります。
*23日22時より1分でも前に応募しても、
 応募として受け付けられませんのでご注意下さい。

募集受付方法は、
以下のフォームをコピペして空欄を埋め、
以下の「質問フォーム」からお送り下さい。
https://www.secure-cloud.jp/sf/1484051839NyovBkYI

「質問フォーム」に、
「ペンネーム」「性別」「お住まいの地域」を選ぶ欄があります。
そちらにお名前をお書き下さい。
「ご用件」は、「その他」をお選びください。
そして、以下の申し込みフォームをコピペし、
その次にある記入例のように空欄を埋めて送信ください。

【読むラジサロン申し込みフォーム】
・年齢:(●●代、とお書き下さい。)
・Evernoteアカウントに使っているメールアドレス:
・職業:(職種)
・読むラジサロンに期待すること(140文字以内):
・私は過去2年以内に何らかの形でFVI、
 もしくは「陣内俊を支える会」に、
 1円以上の献金をしたことがありますので、
 「読むラジサロン」に申し込みます。→確認済

、、、私の場合こうなります。
ペンネーム:陣内俊
性別:男
お住まいの地域:東京都
ご用件:その他

【読むラジサロン申し込みフォーム:記入例】
・年齢:40代
・Evernoteアカウントに使っているメールアドレス:
 xxxxxxx@xxxxxx.co.jp
・職業:NGOスタッフ
・読むラジサロンに期待すること(140文字以内):
 「暖炉を囲む親密な会話」という読むラジオのコンセプトを、
 さらに具体化したような、有意義な対話が生まれることと、
 思わぬ発見や新しい出会いにも期待しています。
・私は過去2年以内に何らかの形でFVI、
 もしくは「陣内俊を支える会」に、
 1円以上の献金をしたことがありますので、
 「読むラジサロン」に申し込みます。→確認済


▼▼▼メッセージのアップロード▼▼▼

YouTubeチャンネル、「FVIメディアルーム」に、
昨年11月に私が練馬グレースチャペルでしたメッセージの、
動画をアップロードいたしました。

再生数がまだ「8回(!)」なので笑、
せっかくFVIのウェブ担当の湯本さんが、
苦労して載せてくれたのにもったいない!
と思いまして、こちらでも告知させていただきます。

60分あって多少長いですが、
聴いて損はないとオススメいたします。

▼参考動画:メッセージ「老いるとは何か?」
https://youtu.be/Hp-0cvJXVlE

支援者の方にお送りしている、
「陣内俊プレヤーレター」にも掲載した、
メッセージの「超」要約の書き起こしも、
転載いたします。
超要約を読んで「面白いかも」、と思った方は、
是非、ご視聴ください!

▼メッセージ超要約:「老いる」とは何か?
〈日本は現在、「世界でもっとも高齢化した国」のひとつであり、
「老い」は現在も近未来も、私たちの社会が考えるべき大きな課題です。
十数年前、現在70代後半のアメリカ人である私のメンター、
ボブ・モフィット師が私にこう言いました。
「今の世界でサタンが流している最も悪質な嘘は、
『若さを賛美する』ことだ。
若いことは若くないことより優れている、
というこの嘘のせいで、多くの人々が年を重ねることの祝福も、
成熟することの幸いも喜べなくなってしまっている。」

聖書には歳を重ねることの積極的な意義が記されており、
120歳まで生きたモーセの人生から私たちは多くを学ぶことができます。
モーセは40年のエジプトでの知的な訓練、
40年のミデヤンの荒野での人格と信仰の成熟によって整えられ、
私たちの知る「公生涯」において
イスラエルを導く「ロールモデル」として生きました。
年を重ねることによって、
私たちはロールモデルとして若い世代を導く
「長老という教会の宝」となると
ジェームズ・フーストン師は指摘していますし、
ポール・トゥルニエという精神科医は「人生の四季」という本の中で、
「老いること」によって私たちは人生の四季を味わい、
豊穣で彩りに満ちた形で神を知るようになる、と述べています。

モーセは詩篇90篇で
「自分の日を正しく数えることを教えてください」と祈りました。
マハトマ・ガンジーが言った、
「明日死ぬかのように生き、永遠に生きるかのように学べ」
という言葉はひとつの示唆を与えます。
私たちは「明日死ぬかのように使命を果たし」、
「永遠に生きるかのように学ぶ(神を知る旅を歩む)」のです。〉


▼▼▼大原孫三郎の人生▼▼▼

では今週も早速、質問カードを引きたいと思います。

▼質問:
「美術館などで観た芸術作品で、
 最も印象に残っているのは?」

、、、うーん。

美術館。

もう何年も行ってないですねぇ。
あまり「美術館に行きてぇ!!」
というタイプではないので笑。
文化レベルが低いのでしょう、たぶん。

むしろ、
「人っ子一人いない大自然のなかでたたずみてぇ!」
という欲求のほうが強い。
「人間のアート」か
「神のアート」か、
どちらを観たいか?
「神でしょ!」
というのが私の考えです。
(「今でしょ!」みたいになって寒かったですが笑)

しかしそんな私でも、
良い絵画や芸術作品を観ると感動する心は、
持ち合わせています。
これが人並みなのか人並み以下なのか、
よく分かりませんが、今までの人生で
有名どころだと次のようなところを観てきました。

・ニューヨーク近代美術館(MomA)(ニューヨーク)
・大英博物館(美術館じゃないか?)(ロンドン)
・上野の森美術館(上野)
・大原美術館(倉敷)
・名古屋ボストン美術館(名古屋)
・J・ポール・ゲティ美術館(ロサンゼルス)
・ちひろ美術館(練馬区)

、、、他にもあったかもですが、
よく覚えているのはこのあたりです。
このなかで、印象に残っているのは、
倉敷の大原美術館ですね。
私は中学・高校生のころ倉敷に住んでいましたので、
倉敷美観地区も、
そして日本二大美術館のひとつ「大原美術館」にも、
自転車で20分ぐらいで行くことが出来たのです。
今考えると、何と恵まれていたのでしょう。

しかし人の常ではありますが、
「自転車で行ける距離にあると、
 かえって行かない」
という逆説のご多分にもれず、
私も7年住んでいましたが、大原美術館には、
たったの2回しか行きませんでした。

大原美術館に行って、
よく覚えている「絵画」って実はないんですよね。
ただ、「考える人」で有名なロダンの銅像が、
大原美術館の中庭には展示されていまして、
それはなぜか強烈に覚えています。
こちらです。

▼参考画像:ロダンの「説教するヨハネ」@大原美術館
http://art10.photozou.jp/pub/875/158875/photo/13270744_624.jpg

、、、で、大原美術館に飾られていた、
モネやピカソやゴーギャンやルノワールの絵は、
恥ずかしながらあんまり覚えていません。

しかし、そこで「感じたこと」は覚えています。
それは、「良い財産の使い方をする人が日本にもいたんだなぁ」
という感慨です。

大原美術館を創設したのは大原孫三郎という、
ビジネスで巨万の富を築いた家の跡継ぎの大金持ちです。
大原家のビジネスとは「紡績」で、
現在「クラレ」として知られる世界的な企業です。

Wikipediaから概要を抜粋します。

〈大原美術館は、倉敷の実業家大原孫三郎(1880年〜1943年)が、
自身がパトロンとして援助していた
洋画家児島虎次郎(1881年〜1929年)に託して収集した西洋美術、
エジプト・中近東美術、中国美術などを展示するため、1930年に開館した。
西洋美術、近代美術を展示する美術館としては日本最初のものである。

第二次大戦後、
日本にも西洋近代美術を主体とした美術館が数多く誕生したが、
日本に美術館というもの自体が数えるほどしか存在しなかった昭和初期、
一地方都市にすぎなかった倉敷に
このような美術館が開館したのは画期的なことであった。
ニューヨーク近代美術館の開館が1929年であったことを考えれば、
創設者大原孫三郎の先見性は特筆すべきであろう。
しかし、開館当初は一日の来館者ゼロという日もあったほど注目度は低かった。

大原孫三郎は1880年、親の代から紡績業を営む、倉敷の名家に生まれた。
日本の児童福祉の先駆者であり、
岡山孤児院の創設者である石井十次との出会いが
大原の人生を変えたという。
プロテスタント信者であった石井の影響で
自らもプロテスタントに改宗した大原は、
事業で得た富を社会へ還元することの重要性に目覚め、
大原社会問題研究所、労働科学研究所、
倉敷中央病院などを次々と設立した。
大原にとっては美術館の創設も社会貢献の一環という認識だったようだ。〉

、、、お金を上手に稼ぐ人はけっこうたくさんいますが、
お金を上手に使う人は多くはありません。
お金は稼ぐよりも使う方がもっと難しいのです。
大原孫三郎は上手にお金を使った希有な人です。
彼が財産を子どもに譲るのでも、
自分の銅像を建てるのでも、
財産を隠して税金逃れをするのでも、
海外に高飛びするのでもなく、
「芸術」という普遍的なものに投資することによって、
「未来を生きる人類」にプレゼントをしてくれたことによって、
倉敷市はいまだに潤っています。

私はなんと、大原孫三郎がキリスト教徒で、
しかも石井十次とつながりがあったとは、
さっきこの記事を書くためにWikipediaを調べている最中に知りました。
記事を書くというのは意外な発見があるものです。

美術品はネットで写真を見られますが、
「大原孫三郎の人生との出会い」は、
倉敷で大原美術館を訪れなければありませんでした。
「足を使って学ぶ」ということは、
とても大切なんだなぁ、とこれを書きながら思ったのでした。

、、、あと、もうふたつ、
「忘れられない美術品」を思い出しましたので、
いったんオープニングトークはここで終了し、
語りきれなかった分を次のコーナーで語ります。




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「週末50%OFF券」をもらうなら?

2018.06.27 Wednesday

+++vol.046 2018年1月9日配信号+++

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
■1 今週のオープニングトーク
今週も質問カードです。
::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::

▼▼▼仕事始め▼▼▼

メルマガ読者の皆様、こんにちは。
先週はまだ1月2日、年が明けたばかりでしたので、
私も半分「夢うつつ」でした。

これを書いているのは8日、月曜日ですが、
先週一週間は私は正月休みをしっかり取らせていただきました。
1週間、ひたすら据え置き型のゲーム機でゲームをしました。
本もいっさい読まず、メールもほとんど返信せず、
執筆や翻訳などもまったくせず。

つまり「活字」だとか「論理」だとか、
「知的生産」みたいなものから、
1週間完全に距離を置きました。

こういう「脳のオーバーホール」みたいのって、
半年に一度ぐらい必要です。

、、、で、それに一番適しているのは、私の場合、
1.ドライブ(または、人とのアポイントもなく仕事もしない旅行)
2.ゲーム
3.靴磨きや料理や部屋の掃除などの手を使う作業
だと私は思っています。
1に関しては東京に住んでいて車不所持のため、
なかなかできません。
(たぶん今年はこれを、
 夏休みにどこか田舎に行ってやります)
3に関しては正月にやりました。
半日、ひたすら家にある靴を磨きました。
ラジオを聴きながら。
楽しかったー。

、、で先週は2をやりました。
「ゲーム脳」という言葉がありますが、
テレビゲームをしている人の前頭葉は血流が低下し、
活動が不活発になっている、
という観察が報告されています。

なのでずーーーっっとスマホゲームをやり続けていると、
本当に前頭葉が萎縮します。
平たく言うとつまり、
「頭が悪く」なります。

これは依存症になると危険ですが、
私のように「脳のオーバーホール」として利用すると、
結構使えるのです。

、、、という、
家から出ない最高の正月を過ごした、
私の近況報告でした。

皆様はどんなお正月でしたか?



▼▼▼「週末50%OFF券」をもらうなら?▼▼▼

、、、では、今週も行ってみましょう、
質問カードです。

▼質問:
「どこか好きな店が週末50パーセントOFFになる券」
をもらいました。どこの店が良い?

これはなんと言いますか、
なかなかに難しい質問ですねぇ。
こういうのはラーメン屋とか、
八百屋とかスーパーマーケットとかじゃないですよね笑。
5割、ということは、単価が高いほど、
割引額も高いということですから。

自分が買うもので、
いちばん価格が高いものといいますと、、、

あんまりないんですよね(爆死)。

あんまり、高いものを買わないですね、私は。
ランボルギーニが欲しいとか、
「あ、ちょうどメルセデスの新車を欲しいと思ってて、、、」
という人は「カーディーラー」と迷わず答えるでしょう。
割引額は1千万円とかになりますから。
しかし私は当面のところ自動車を買う予定もありませんし、
昭和のスポーツ選手のごとく、
金のネックレスが欲しいわけでもない笑。

そうですねぇ、、、
私が数年おきにする最も高い買い物は、
パソコンとタブレット端末ぐらいですが、
そちらも今のところ不自由していません。
現役で使ってるやつが具合が良いので。

そうなると、、、

なんだろう、、、。

洋服とか靴ですかねぇ。
でも、そんなにないんですよね、これも。
私は洋服にしても靴にしても、
「ワンイン、ワンアウト」を原則としていまして、
何かひとつ買ったら、
なるべく何かひとつ手放すようにしています。

この効果はふたつあります。
ひとつは単純に、モノが増えないこと。
モノを増やさないのはとても大切です。
モノを持っているだけでそのスペース分の家賃を払っているということですし、
モノを維持管理するのにはエネルギーが必要です。
少ないモノで暮らすのは、気持ちよく生活するのに必須です。
(少なくとも私の場合は)

もう一つの効果は、本当に価値ある買い物だけをするようになることです。
何かを買う前に、たとえばAというコートが欲しいとして、
今持っているBというコートが家にある。
「Aは、Bを手放しても良いぐらいに価値があるか?」
といつも問うことになりますから、
無駄な出費や散財を押さえることができます。
そしてその答えがYESだった場合、
そのAというコートは本当に欲しいものですから、
買ったときの満足度は高い。

好循環です。

そう考えますと、
実は今の私は、「今週末50%OFFになって欲しい店」は、
「ない」ということになる。
「いえ、結構です」というのが私の答えです。

、、、ただ、
私が時々、ウィンドウショッピングを楽しむ店があります。
オッシュマンズ(OSHMAN’S)という、
アウトドアブランドを取り扱うセレクトショップです。
patagoniaとか、NORTH FACEとか、グラミチとか、
チャンピオンとか、ナイキとか、ニューバランスとか、
グレゴリーとか、レッドキャップとか、
そういった主にアメリカに本社のある、
アウトドアのブランドの服や靴や鞄類が私は好きです。

あの手の製品は何が良いって、
とにかく長持ちしますね。
長持ちすることおびただしい。

アメリカ人って、シボレーやGMの車を観ればわかるように、
「頑丈なのは良いことだ」という価値観がありますから、
ああいったブランドのものって、
めちゃくちゃしっかりしています。
値段はけっこうしますが、
でも10年ぐらいなら平気で着続けられるので、
結果的にコストパフォーマンスも高いです。
じっさい現在私が来ている服や靴も、
10年選手がいっぱいあります。

、、というわけで、時々新宿東口のFragsというビルに入っている、
オッシュマンズに私は行き、ぶらぶらと店内を歩くのが好きです。
4回に一回ぐらい、製品に一目惚れして、買っちゃうことがあります。
だから、「週末50%OFFになって欲しい店は?」
の答えは「オッシュマンズ」です。

読者のみなさまが割引になるとうれしい店はどこですか?


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江戸時代に生まれていたら?

2018.06.20 Wednesday

+++vol.045 2018年1月2日配信号+++

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
■1 今週のオープニングトーク
「読むラジサロン」と質問カード
::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::

▼▼▼再告知:「読むラジサロン」について▼▼▼

メルマガ読者の皆様、明けましておめでとうございます。
今年も「読むラジオ」をよろしくお願いします。
お正月ぐらい休もうかと思いましたが、
シーズン1も「あと5回」と決めていますし、
あと、一度休むと再開するのはより大変なので、
普通に、何ら変わらず、
むしろいつもよりボリューム多めで(笑)お送りします。
お正月の暇つぶしにでもお読みいただければ幸いです。

さて、まずは、昨年末からお知らせしている、
「読むラジサロン」について再度のお知らせです。
サロンについては「質問フォーム」からも、直接にも、
既に何人かの方からお問い合わせをいただいています。
「質問フォーム」からは私は連絡先を知ることができませんので、
これまでフォームからお問い合わせいただいた方への、
個別の返信は差し控えさせていただいていますが、
実験的な試みに関心を寄せてくださって感謝いたします。

開始時期は、
このメルマガで告知と募集をできる期間から逆算して、
「2018年2月から」としたいと思います。
期間はパイロットプロジェクトですので、
さしあたって「2ヶ月間」とします。
つまり2018年2月1日〜3月31日まで。

人数は4名ですので、
(申し込みがそれに満たなければその人数ですが)
申し込みが超過したときに、公正に決めなければいけませんので、
「申し込み開始時間」を設定いたします。

メルマガ配信日の1月23日(火)の22:00とします。
この時間に申し込み受付をスタートして、
「早い者がち」です。
人数に達し次第、申し込みを終了し、
残念ながら入れなかった人は、
また次回(第二期のサロン・開催時期未定)に、
再度お申し込みいただくという形になります。

申し込みは「質問フォーム」から行いますが、
このフォームから私は「返信」できませんので、
・Evernoteアカウントに使っているメールアドレス、
・お名前(仮名でも可)
・お住まいの地域
・だいたいの年代と性別
・職種
・サロンに期待すること(自分の関心)
ぐらいの情報を、申し込みフォームとしていただきます。
それに返信する形で、「早い者勝ちで4名」の方に、
入会のお知らせをして、2月1日からサロン活動が始まる、
という流れです。

活動内容は、、、
お楽しみです。
なにぶん試験的な取り組みですので、
詳細は「いろいろやりながら探っていく」ということになります。
ざっくり言えば、
チャット機能を使って様々な分かち合いをし、
「学習する共同体」を目指す、
ということです。

私が「グル(師匠)」のように何かご託宣を述べるのではなく、
少人数のグループで情報交換する場のダイナミズムを通して、
「思考法」を相互に研鑽する、という感じでしょうか。
そういう意味では11月の、
「よにでしセミナー」のコンセプトにも似ています。

「よにでしセミナー」はリアルな合宿があり、
その後SNSなどでつながり、、という流れですが、
「メルマガサロン」は、後にオフ会などをすることも考えていますから、
バーチャルな学習共同体→リアルな会合、
という逆の流れです。
(私と面識のある方のご入会も、もちろん大歓迎です!)

、、、繰り返しになりますが、
これは「試験的な取り組み」ですので、
本当にふたを開けてみなければどうなるか分かりません。
メルマガ読者の皆様にも、
(サロン会員のプライバシーには触れない形で)
サロンの活動を追ってご報告いたします。
さて、どんなものになるか、お楽しみに!!



▼▼▼質問カード▼▼▼

では、新年一発目の「質問カード」いきます。

▼質問:

もし江戸時代に生まれていたら、
どんな職業で、誰と結婚して、
休みの日には何をしていたと思いますか?

、、、なんちゅー質問でしょう(笑)。

まず、時代考証というやつが必要ですよね。
江戸時代には職業選択の自由というものがありませんから、
私は職業を選ぶことができません。
父の職業が私の職業です。

田舎の農家に生まれていれば、
長男ならば農家を継ぐことができますが、
次男以下の人は江戸に出て肉体労働をし、
その死亡率は異常なほど高かったと言われていますので、
これは事実上の「口減らし」です。
「田舎はおまえを食べさせられないから、
 江戸に行って死んでこい」というわけです。

、、、こういったことは、
「中国化する日本」
という本に詳しくかかれています。

▼参考リンク:「中国化する日本」與那覇潤
http://amzn.asia/2AiPzgl

、、、で、そうですねぇ。
私の祖先は4代ぐらいまでしか辿れませんし、
そんなにたどりたいとも思いません。
父も祖父も佐賀県の出身で、
佐賀県には「陣内」という名字が多いです。
「陣内」ってなんか武士っぽい響きがありますが、
別にそんな意味とは無関係につけただけかもしれないし。
佐賀県だと農民だった可能性のほうが高いんじゃないか、
とも思いますし。

仮に佐賀県の農民だった場合、、、
としますと、
私は稲を作っていたでしょうね。
、、、で結婚相手を選ぶ自由もありませんから、
同じ集落か隣の集落の、父親の友人の娘と結婚していたでしょう。
そして「休みの日」という概念はそもそもありませんから、
きっと「やることがあんまりない日」は、
空を見上げて鳥や虫をながめていたのではないでしょうか。

私は生き物や自然を眺めるのが好きなので、
きっと今よりも青い九州の空と、
今よりも透き通った海と、
今よりも多様性に富んだ虫や鳥や魚を眺めていたのではないでしょうか。
当時の平均余命(40歳以下)を考えますと、
まぁ、すでに死んでいる可能性が高いですね笑。

もし40歳まで生きていたら、
村の長老のひとりに名を連ね、
年に一度のイベントは、
「参勤交代の大名行列」を眺めることで、、
文字は読み書きできたのかな?
「葉隠れ」という武士道の書物はちなみに、
佐賀の武士(今で言う役人)が書いたそうです。

この前観たクレヨンしんちゃんの映画もそうでしたが、
「現代人が昔にタイムスリップして云々、、」
というプロットの映画やマンガや物語って、
日本には多いような気がします。
欧米は、、、あまり知らない。

「バック・トゥ・ザ・フューチャー」という名作がありますが、
あれはせいぜい30年ぐらいですよね。
(2だか3だかで西部開拓時代に行きますが)

これはきっと日本人が、
「歴史をめぐるタイムトラベルという妄想」を、
結構好きな民族だからでしょうか?
「大長編ドラえもんシリーズ」の影響も、
けっこうあるのかなぁ、とか思ったりもします。

、、、というあまり広がらなかった(笑)無駄話でした。
今日はここまで!



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自分に英語名を付けるとしたら?

2018.05.30 Wednesday

+++vol.042 2017年12月12日配信号+++


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
■1 今週のオープニングトーク
久しぶりの質問カード
::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::

▼▼▼自分に英語名をつけるとしたら?▼▼▼

メルマガ読者の皆様、こんにちは。
いかがお過ごしでしょうか?
ここ数回は結構ボリューミーな回が続いたので、
今回のメルマガは、ちと短めにしようと思っています。
(*追記:そう言いながら、書き終わってみれば、
やはり今週も3万字オーバーでした笑。)

今回は、最近ご無沙汰していた「質問カード」を、
ひさしぶりにやりたいと思います。
では、引きます。

▼質問:
「自分に英語名を付けるとしたら、
 何にしますか?」

どうでしょう?
なんなんだ、この質問、という感じですね(笑)。

詳しい説明は省きますが、
この100枚ひと束、8セットある
「質問カード」は私の自作です。

自分で引いて「俺、こんな質問作ったっけ?」
と思うようなものもあり、今回のはそのひとつです笑。

たぶんこの質問を私が思いついたのは、
知り合いの香港人から
「香港人は任意の英語名を勝手に自分でつけて、
 それを国内でも国外でも名乗っている」
という話を聞いたのがきっかけです。

現に私が24歳のとき半年間ルームシェアしていた、
私の親しい友達の香港人は「マイケル」といいますし、
そのほかにも「アンソニー」「マシュー」など、
いろんな「通名」の香港人を私は個人的に知っています。
さらに私の義理の父は「マイク」と名乗っています。
彼のメールにはMike Makiとの署名がありますから、
なかば公式の通名なわけです。

、、、ちなみに義理の父は香港人ではありません。

、、、で、私が「通名」を付けて良いとしたら何にするか?
という話ですね。



▼▼▼インド名とエチオピア名▼▼▼

ちょっと横道にそれますが、
私には「インド名(ヒンディネーム)」と、
「エチオピア名(アムハラネーム)」があります。
それぞれヒンディ語とアムハラ語の短期の家庭教師がつけてくれました。
インド名のほうは「アナンドゥ」で、喜びという意味です。
アムハラ名のほうは「ユナス」で、
旧約聖書の登場人物「ヨナ」のことです。

なので私は先ほどのMike Makiの論理でいえば、
メールの最後に「アナンドゥ陣内」と署名しても良いわけです。
まぁ、いろいろ支障は来たすとは思いますが笑。
「ついに芸人になったか!」と誤解する人多数ですね笑。

、、、本題に戻りまして、
「英語名」ならばどうか、ということですね。

こういう場合、直観的に「これだ」みたいな形で
考えられたら本当は一番良いんでしょうね。
「ジェームズ!」「ジェームズ・ディーンが好きだから!」とか、
「トムで決まり!」「なんでか?、、、なんとなく!」とか。

しかし、私はそういう頭の使い方は苦手なのです。
何か「理由」が欲しくなっちゃうんですよね。
「理由がない」ことが世の中で一番気持ちが悪い、
という性分なので。

、、、で、理由を付けようと思うと、
私の「俊」という名前を軸足に考えることになると思うのです。
そうすると2つの方向性がある。

まずひとつは「音」ですね。

「シュン」に近い英語のファーストネームを考える。
そうするともう「ショーン」一択ですね。
他に思い浮かばない。

ショーン・陣内。

、、、つまり「ショーン・J」。

うん、やめておきましょう。

なぜかは分からないけど笑。


次は「意味」ですね。

・「俊」というのは、父が付けた、
その名前の意味から考えますと、二つあります。

ひとつは、単純に漢字の意味ですね。
「俊」という漢字には、
「優秀な、すぐれた、早い」といった意味があります。

、、、で、英語の名前というのは、
あまり「意味」ってないんですよね。
単純におじいちゃんの名前を付けました、とか、
そういうのが多い。
しかし、「英語の名前の意味」というのをまとめたサイトがありまして、
これがどれほど信憑性があるかというのは別にしても、
あーなるほどね、とは思うわけです。

参考リンク:英語の名前とその意味
https://wanwans.com/new/100-names-meaning-for-boy-dogs

、、、で、これをざーっと見てみても、
「早い、優秀な、すぐれた」みたいな意味はあまりない笑。
最も「近い」と思ったのは、

Maxですかね。「一番の」という意味だそうです。
マックス陣内。
どこぞのYouTuberのような名前なので、
うん、やめよう。

、、、次に、
父が私に付けた「俊」と言う名前は、
実は本当は「舜」なのです。
この漢字は常用漢字ではなく、
名前には使えない漢字でしたので、宛字で「俊」にしたわけです。

「舜」というのは中国の故事に良く出てくる伝説上の良王で、
「舜・堯」という二人の「仁王」から取られています。
(私の弟の「了(りょう)」も「堯」が常用漢字ではないので、
 音と宛字で「りょう」になりました。
 「舜・堯」が「俊・了」になったわけです。)

、、、で、この「舜・堯」を「良い王」という意味で捉えると、
先ほどのサイトから言えば、

Richard:力のある指導者、勇気のあるもの
Steven:王冠、名誉、王位

といったものが候補に挙がります。
さらに抽象度を上げまして、
東洋における「舜・堯」は、
西洋においては何か、ということから考えますと、
それは多分「ダビデとソロモン」だろうなと思うのです。

ですから、
DavidとSolomonも候補にあがります。

リチャード陣内
スティーブン陣内
デイヴィッド陣内
ソロモン陣内。

うーん、どれもしっくりは来ませんが、
敢えて言えばしっくり来るのはスティーブですかねぇ。
最初の子音が「S音」だからかな?
ここから派生し、「ステファン」も好きです。
新約聖書の最初の殉教者「ステパノ」は、
私のヒーローのひとりですし。

というわけで暫定的に決定しました。
「ステファン」です。
、、、まぁ、使うことがあるのかどうか分かりませんが笑。



▼▼▼再告知・来週から「年末特別企画」やります!▼▼▼

先週も告知しましたが、
来週二週続けてから「年末特別企画」をやります。
先週の告知を再録します。

1.陣内が読んだ本「年間ベスト10」2017年版

本メルマガのレギュラーコーナー、
「陣内が先週読んだ本」で紹介した、
(たぶん)300冊ぐらいの本のなかから、
「ベスト10」を発表し、解説を加えます。
300冊の頂点が決まります。
永久保存版です。

1週目は10位〜6位まで、
2週目は5位〜1位まで、
という感じで2週にまたがってお送りします。
お楽しみに!


2.陣内が観た映画「年間ベスト10」2017年版

月に一度のお楽しみ、「陣内が先月観た映画」は、
春頃に始まり、100本近くの映画を紹介してきました。
そのなかから「ベスト10」を発表し、解説を加えます。
読んだ本ベスト10と同じで、
1週目は10〜6位まで、
2週目は5〜1位までを発表します。

100本以上のなかの頂点(当社比)が決まる、
注目の企画。こちらも永久保存版です。

、、、本にしても映画にしても、
私は普段、あまり点数を付けたり、
ランキングしたりするのは好みでありません。
(ランキングすると、本当は面白い、
 こぼれてしまうニッチを取り逃しますから)

ですから、この企画は年に一回きりしかしません。
12月の特別企画、再来週から始まります。
どうぞお楽しみに!!



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読者募集中!

2018.05.24 Thursday

+++vol.041 2017年12月5日配信号+++


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
■1 今週のオープニングトーク
続・陣内からのお知らせ
::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::

▼▼▼読者登録クラウドファンディング▼▼▼

先週、「このメルマガ、終わります」という告知をしました。
正確には「シーズン1」が終わるのであって、
恒久的な最終回ではありません。
しかし、vol.50を最終回としてシーズン1は一端終わります。

時期としたらあと10回なので2ヶ月半ですから、
2月中旬ぐらいが最終回になる感じでしょうか。
、、、で「シーズン2」は、
「読者登録クラウドファンディング」をしまして、
ある一定数の読者登録数に達し次第、スタートします。

テレビは「みんなのメディア」、
ネットは「俺たちのメディア」、
ラジオやメルマガは「私のメディア」です。
「私のメディア」であるメルマガは、
あんまり他者に宣伝したいと思わないのです。
(私も、自分の聞いているラジオや読んでいるメルマガを、
 知り合いに敢えて紹介したりしません。
 ひとりでこっそり楽しむのが至福なのです。)

、、、しかし、しかしです!

まったく拡がらないのは、それはそれで問題ですし、
「FVI」と「陣内俊を支える会」の広報活動も
兼ねているこのメルマガが広がって行かないと、
私は近未来に経済的な理由で、
「廃業」しなければならなくなるやもしれません笑。

いや、マジで。

そのときはそのときで、
そういう「導き」なのでしょうから、
40歳を過ぎて就職活動をするだけです。
10年前からそのぐらいの覚悟は出来ています。
でもやっぱり、自分がこういう活動形態だからこそ、
出来てきたことがあり、これからも出来ることがあり、
そして私だからこそ出来る働きというのが、
この世にはあると(大胆にも)思っているので、
どうか皆様のご理解と応援のほどを、よろしくお願いします。

、、、というわけで、
「読者クラウドファンディング」、
もう始まっています。

なんと、先週のメルマガを配信してから立て続けに、
6名の新規登録者がありました。
これは多分先週のメルマガを読んだ方が、
「早くシーズン2を読みたい」と思って下さり、
早速隣人に紹介してくださったのかなぁ、
とポジティブに推察しております。

いいですねー、良い流れです。

どうか皆様、引き続き広報活動にご協力、
よろしくお願いします。
ご自身で運営しているホームページなどに、
リンクを貼るのも「フリー」ですから、
許可を取る必要もないので、
どんどんバナーを貼っちゃってください。
(ご一報だけいただけたらなお嬉しいです。)



▼▼▼「読むラジサロン」再告知と、12月の目白押し企画▼▼▼

これも先週のメルマガで告知したことですが、
しばらく再告知させてください。
(先週の再録です)

来年1月(2月?)ぐらいを目途に、
「読むラジサロン」を始めたいと思っています。
まだ具体的なところは詰めていませんが、
メルマガ読者を対象に、「Evernote上のサロン」を開催したいのです。
期間限定の会員制(無料)で。

無料ですが、サロン入会条件として、
「陣内俊を支える会」もしくはFVI「声なき者の友」の輪に、
過去1年に、何らかの形で1円でも献金してくださったことのある人、
という条件をつけさせていただきます。
これはお金を儲けたいからではなくて、
「私の働きに、具体的な形を伴って賛同している」
というひとつの基準として設けさせていただきます。

、、、細かいことはあと10回のメルマガで徐々にお知らせしますが、
1.5名以下の少人数制
2.Evernoteチャット機能を使って様々な分かち合いをする
3.内容は「信仰・政治・経済・職業・読書・人生の悩み・馬鹿話」など各種。
4.目的は「学習する共同体」の生成
5.主旨は、参加者の「社会に役立つ人」としての、
 学びと生き方を深めることの相互扶助
6.期間は(今のところ)2ヶ月を1クールとする
7.原則実名での参加とするが、
 職業、年齢、性別などの基本情報の開示と、
 ペンネームでの参加も認める。
8.参加は強制はなく、途中退会はいつでもできる。
 (逆に途中参加はできない)

というような感じで考えています。
メルマガでは書けないような読書メモを公開したり、
他のサロン会員の一押し本をみんなで読んだり、
ある政治的なテーマについて語り合ったり、
その背景にある思想的な裏付けを一緒に調べたり、
信仰の上での悩みや葛藤を分かち合い祈りあったり、
自分の仕事や家庭での「次の一歩」を、
一緒に考えたり、もしかしたら「オフ会」をしたり、
そんな「私塾」のような場所にしたいと考えております。

サロンについてのご質問も目下、受け付けています。
「質問フォーム」からお寄せ下さい。

、、、あと、最後に、
12月は二つの「特別企画」を予定しています。
それは、、、

1.陣内が読んだ本「年間ベスト10」2017年版

本メルマガのレギュラーコーナー、
「陣内が先週読んだ本」で紹介した、
(たぶん)300冊ぐらいの本のなかから、
「ベスト10」を発表し、解説を加えます。
300冊の頂点が決まります。
永久保存版です。

1週目は10位〜6位まで、
2週目は5位〜1位まで、
という感じで2週にまたがってお送りします。
お楽しみに!


2.陣内が観た映画「年間ベスト10」2017年版

月に一度のお楽しみ、「陣内が先月観た映画」は、
春頃に始まり、100本近くの映画を紹介してきました。
そのなかから「ベスト10」を発表し、解説を加えます。
読んだ本ベスト10と同じで、
1週目は10〜6位まで、
2週目は5〜1位までを発表します。

100本以上のなかの頂点(当社比)が決まる、
注目の企画。こちらも永久保存版です。

、、、本にしても映画にしても、
私は普段、あまり点数を付けたり、
ランキングしたりするのは好みでありません。
(ランキングすると、本当は面白い、
 こぼれてしまうニッチを取り逃しますから)

ですから、この企画は年に一回きりしかしません。
12月の特別企画、再来週から始まります。
どうぞお楽しみに!!



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シーズン1終了のお知らせ

2018.05.17 Thursday

+++vol.040 2017年11月28日配信号+++


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
■1 今週のオープニングトーク
陣内からのお知らせ
::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::

▼▼▼このメルマガ、終わります。▼▼▼

衝撃的(?)な書き出しになってしまいますが、
このメルマガ、終わります。

、、、「えーー!!!」
っていう人もいるかもしれないし、
、、、、「あ、そう」
という人もいるかもしれないので、
どういうテンションで書いて良いか難しいのですが、
まぁ、さらっと書こうと思ったので、
さらっと書いています笑。

すぐには終わりません。
あと10回は続きます。
つまり、vol.50までで終わります。

それも、「一端」終わると言うことであり、
恒久的な最終回ではないので、
ご安心(?)ください。

どういうことか?

このメルマガが始まったのは今年の2月(パイロット版を含めると1月)、
もうすこしで約1年間書き続けたることになるわけです。
文字数は毎回2万字〜3万字ぐらい。
平均2万字書いたとしますと、
40回で80万文字書いたことになります。
文庫本一冊の平均文字数は12万字だそうですので、
私はこれまで文庫本6冊分ぐらいの文章を書いたことになります。

vol.1から欠かさず全部読んでくださっている方は、
ですから文庫本6冊分の情報量を、
今年に入ってこのメルマガから得たことになります。
おめでとうございます1

これが無料!!
信じられない!!

あなたは得してます(笑)

、、、で、
なぜ無料かと申しますと二つ理由があります。

ひとつはこのメルマガが市場(マーケット)の要請からでなく、
私自身の内発的要請から書かれていること。
つまり、私の「自主トレ」だったわけです。
私はこの働きを2008年からはじめ、
もうすぐ10年間が経過しますが、
この10年、常に何かを書き続けてきました。

そして、多分私は向こう10年間で、
何らかの本を書くだろうと自分で予想しています。
なんていうんだろうか、
書かねばならないという使命感とかでもなければ、
目立ちたいという自意識的な問題でも、もちろんないし、
死ぬまでに本を出したいという野心ですらないです。

いや、マジで。

「あぁ、自分は遠からず本を書くなぁ」と、
自然に思うようになった瞬間がありまして、
それはもう、「独身の賜物」を持つ人があるとき、
「あぁ、自分は生涯結婚しないだろうなぁ」と思ったりするのと同じで、
「最初からそうなることが決まってたみたいに」自然に、
自分は本を書くだろうなぁと思ったのです。

そのルートがどのようなものなのか、
まったく見えていないにも関わらず。

、、、で「本を書くなぁ」と思った2、3年前から、
私は考えはじめました。
「、、、とすると、今から、
 まとまった長い文章を書く練習をしなきゃなぁ」と。
、、、そういう容れ物として、
「メルマガ」が私の選んだ選択肢だった、
というのがこのメルマガ開始の経緯でした。

ですから、このメルマガの一側面は、
私の「自主トレ」ですから、
私の自己都合でやめたり、はじめたりするのです。
だから、私はこのメルマガを「マネタイズ」しないわけです。
マネタイズ(課金)していたら、
勝手にやめたり、勝手に始めたりできませんから。

、、、もうひとつは、
このメルマガは私の宣教の働きの一部だからです。
非営利組織であるFVIは「預言者的な団体」だと私は思っていまして、
その理念のひとつは、「アイディアを無料で提供する」ということです。
だって、私たちも神からアイディアを無料でいただいたのだから。

世の中には「市場(マーケット)」に乗せた方が良いものと、
マーケットとは食い合わせが悪いものがあります。
市場原理主義者には受け入れられない考え方でしょうが、
それでも私はそう考えます。

たとえば教育は、
市場の原理と食い合わせが悪いです。
福祉や医療や公共サービスも宗教も、
市場と食い合わせが悪いです。
もし食い合わせが良いのなら、
市場の原理を極限まで追求した、
アメリカのリベラルな諸州の行政サービスが最悪で、
教育や福祉や医療はガタガタで、
格差が再生産され、虐げられた「再帰的貧者」は犯罪に走り、
金持ちは警備会社という名の傭兵を雇い、
「ゲーテッドコミュニティに引きこもる」のは何故でしょう?
「市場の原理」で教育も福祉も公共サービスも宗教もうまく行き、
彼らの言葉で「見えざる手により最適化」されるのなら、
なぜそれを追求した社会はここまで分断されるのでしょう?

政治哲学の用語で「自由」と「正義(公正)」のバランスという、
難しい議論があるのですが、
自由に100パーセントふれたのがリバタリアン(市場原理主義者)、
公正に100パーセントふれたのがユートピア的社会主義者です。

私はどちらかに振り切るのではなく、
この「均衡状態」こそが大事だと思っている立場で、
そして私の社会におけるポジショニングというのは、
「教育」だとか「宗教」に分類される働きをしていますから、
当然、「公正」の原理で物事をすすめているわけです。

だから、「アイディアは無償」となるわけです。

考えもなしに、
「無料メルマガ」を書いているわけではないので、
ご心配なく。
ちゃんと考えています。



▼▼▼安心ください。「シーズン2」をいつかやります。▼▼▼

、、、で、何の話をしていたんでしたっけ?
そうそう、そうです。
あと10回でこのメルマガは終わります。
それは1年間、コンスタントに毎週2万文字書く、
という私の「身体を使った実験」が終わって、
それがどういうことか体感できたからです。
それから「メルマガという個人メディア」の、
限界も、良さも、長所も短所もだいたい把握できました。
これがラジオに似ている、という私の当初の予想は、
完全に的中していました。

「テレビはみんなのメディア、
 ネットは俺たちのメディア、
 ラジオは私のメディア。」
と、「東京ポッド許可局」というラジオ番組で、
私の好きなおじさん芸人たちが話していましたが、
メルマガもまた「私のメディア」だということを、
私は1年間で確信したわけです。

「みんなの」「俺たちの」という言葉が示すように、
テレビやブログ、動画配信、SNSなどの媒体には、
拡散力があります。

一方ラジオやメルマガは「私のメディア」ですから、
著者と読者、パーソナリティとリスナーは、
バーチャルにではありますが、
1対1で結ばれます。

多くの場合読んでるメルマガや聞いてるラジオの話を、
人は職場や教会や学校でしませんから、
このメディアの拡散力はきわめて低いです。

よって、40回にわたって私はこのメルマガを書いてきましたが、
私が当初考えていたほどの読者数は獲得していません。
それも含めて私の目論見通り、といえばそうなのですが笑。

つまりSNSやブログは新聞紙(燃え広がりやすく消えやすい)で、
メルマガやブログは木炭(燃え広がりにくく消えにくい)のです。
私が今までずっとしたかったのは後者ですから、
私の狙いはズバリ当たったのです。

、、、なら、なんでやめるの?

ということですが、
それは、メルマガという「容れ物」に文章を入れることを、
とりあえず1年間やってみた後で、
ちょっと今度は別の容れ物に容れたくなった、
という、これも私の身勝手な自己都合からです。

、、、ほらね、お金取っちゃだめでしょ笑。

、、、具体的には、
ブログを充実させるか、
もうちょっと長い何かを書くか、
もしくはSNSを再開してみるか、
はたまた何も書かずに「蓄積の時」とするか、
それはまだ考え中なのですが、
とにかくルーティーンを一回絶つ必要がある、
と感じているわけです。

、、、で、
ここからが大切なのですが、
メルマガが終わるのは「いったん」終わるだけです。

つまり、vol.50は、
「読むラジオ シーズン1」の最終回であって、
「読むラジオの最終回」ではありません。

ご安心ください。

また、シーズン2をやりますから。
それがいつになるかは、
ちょっと、いま検討中なんですよね。



▼▼▼「シーズン1」の終了と、再開の目途▼▼▼

、、、しかしながら、
決めている条件となる基準がいくつかあります。

1.読者数が一定数に達する。

とりあえず、シーズン1が終わるまでのあと10回、
そしてそのあとの「シーズンオフ」の間に、
私はこのメルマガの広報活動をします。
「宣伝してください!!」と呼びかけます。

つまり「読者クラウドファンディング」です。
「読むラジオ シーズン2のスタート」という、
ひとつのプロジェクトの打ち上げ条件として、
「読者数○○○人」という、
私の中の内部の基準を満たしたら、
その時点で読むラジオを再開します。

今の時点ではそれほどまでにこのメルマガは、
「私だけのメディア」化しすぎていて、
読者数は安定して横ばいであり、
あまり裾野が広がって行く気配がありません。

そこで、
「いったんやめて、
読者クラウドファンディングをする」
という形で新たな読者層を開拓したいと、
そう考えたわけです。
つまり、読者のあなたがメルマガの広報にご協力し、
新たな読者を獲得してくださった度合いに応じて、
「シーズン2」の開始時期は早まるということになります。

ある基準に達したら、
シーズン1が終わった翌月に、
シーズン2を開始しても良いと考えています。
それほどにニーズがある、と私は受け取りますから。
しかし、さほど読者は拡がらなかったら、
まぁ、「そういうこと」ですので笑、
ゆっくりとマイペースにやらせていただきます。


2.私が次に「メルマガを再開するときだ」と思う。

先ほどから申していますように、
私はメルマガではない別の媒体
(もしくは書かないという状態)を、
必要としているように感じています。

一端自分の均衡状態を壊して、
それからまた、次に書くときが来るのを待ちます。
何を始めるのかは未定ですが、
それがめちゃくちゃ楽しくなったら、
再開の時期は遅くなるかもしれませんし、
まったく面白くなかったり、
痛々しいほどの失敗に終わったら笑、
メルマガに戻ってきます。
、、、泣きながら笑。


3.上記の要件が満たされないまま10ヶ月が経過する。

1、もしくは2の条件が満たされぬまま、
10ヶ月が経過したら、またメルマガを再開します。
、、、というのも、メルマガ(的な活動形態)は、
私のライフワークのひとつになるのでは、
と思うほどにこの1年で私は、
メルマガという媒体に、しっくり来るものを感じていまして、
「再開しない」という選択肢は用意していません。
ところが、いったん休止したものを、
再開するまでの「リミット」を決めておかなければ、
きっといつまでも始めないだろうな、と思いますので。

だから、さしあたって最大10ヶ月休みます。
それで、また「シーズン2」が始まります。
そういう話です。
「シーズン2」は1年続くのか2年続くのか、
はたまた半年で終わるのか解りませんが、
ひとつのシーズンを3ヶ月以内に終えるということはありません。
そこもご安心ください。

、、、というのは、メルマガを書くにあたり、
一番大変なのはその習慣を作る最初の1ヶ月であって、
その後は殆ど自動運転できるからです。
めちゃくちゃ重い電車を人力で押すときのようなものです。
動き始めたら、あとは止めるほうが難しいぐらいで笑。

なので本当は、
この「シーズン1」をやめるというのは、
やめずに惰性で続ける以上に大変なのです。
「慣性の法則」により、続けた方が実は「楽」です。
でも、敢えて一回やめるのには、
今長々と説明したような理由があるのです。

ご理解と、変わらぬご愛顧のほど、
よろしくお願い致します。



▼▼▼おまけのお知らせ▼▼▼

、、、それと、私からのお知らせがもう一つ。
来年1月ぐらいを目途に、
「読むラジサロン」を始めたいと思っています。
まだ具体的なところは詰めていませんが、
メルマガ読者を対象に、「Evernote上のサロン」を開催したいのです。
期間限定の会員制(無料)で。

無料ですが、サロン入会条件として、
「陣内俊を支える会」もしくはFVI「声なき者の友」の輪に、
過去1年に、何らかの形で1円でも献金してくださったことのある人、
という条件をつけさせていただきます。
これはお金を儲けたいからではなくて、
「私の働きに、具体的な形を伴って賛同している」
というひとつの基準として設けさせていただきます。

、、、細かいことはあと10回のメルマガで徐々にお知らせしますが、
1.5名以下の少人数制
2.Evernoteチャット機能を使って様々な分かち合いをする
3.内容は「信仰・政治・経済・職業・読書・人生の悩み・馬鹿話」など各種。
4.目的は「学習する共同体」の生成
5.主旨は、参加者の「社会に役立つ人」としての、
 学びと生き方を深めることの相互扶助
6.期間は(今のところ)2ヶ月を1クールとする
7.原則実名での参加とするが、
 職業、年齢、性別などの基本情報の開示と、
 ペンネームでの参加も認める。
8.参加は強制はなく、途中退会はいつでもできる。
 (逆に途中参加はできない)

というような感じで考えています。
メルマガでは書けないような読書メモを公開したり、
他のサロン会員の一押し本をみんなで読んだり、
ある政治的なテーマについて語り合ったり、
その背景にある思想的な裏付けを一緒に調べたり、
信仰の上での悩みや葛藤を分かち合い祈りあったり、
自分の仕事や家庭での「次の一歩」を、
一緒に考えたり、もしかしたら「オフ会」をしたり、
そんな「私塾」のような場所にしたいと考えております。

興味のある方はいまのうちに、
Evernoteを作成しておいてください笑。

、、、という、今回はお知らせでした。



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面白かった小説

2018.05.10 Thursday

+++vol.039 2017年11月21日配信号+++


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
■1 今週のオープニングトーク
面白かった小説
::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::

▼▼▼今週はベリーショートバージョン▼▼▼

メルマガ読者のみなさん、こんにちは。
急に冬めいてきましたね。

風邪など引かれませんよう、
お身体にお気を付けください。

私は先週からわりと忙しかったりして、
執筆時間が取れなかったので今週は「ベリーショートバージョン」です。
オープニングトークと「読んだ本」と、編集後記だけ。
以上!

です。
なので久しぶりに二通分割ではありません。

「量が少ないほうが読みやすい」、
という、執筆者にとっては死刑宣告のような、
「まったく悪意なき猛毒の感想」を、
いただくこともありますので笑。



▼▼▼質問カード▼▼▼

、、、さて、今週も始めて行きましょう。
「質問カード」から。

▼質問:
過去最高に面白かった小説があれば教えて下さい(3個まで)。
なければ漫画でも。

これは、比較的最近、
別のコーナーで紹介した気がします。
そのとき挙げたのはたしか、
「オールド・テロリスト」村上龍
「マチネの終わりに」平野啓一郎
「黒い家」貴志祐介
ぐらいを挙げたと記憶しています。

たしかそのときは、
「この5年ぐらいで読んだ中で」という条件付きだったので、
逆に今度は5年以上前に読んだもののなかで、
最高に面白かった小説を紹介します。

そうですねぇ、、、。

「人生ベスト小説」とかって、
いちばん難しいですよね。
何を挙げて良いか、非常に迷います。

でも、あまり深く考えず、
挙げたいと思います。

1.「白夜行」東野圭吾
http://amzn.asia/9J32rjQ

これは2回読んでます。
続編(とされる)「幻夜」も読みました。
めちゃくちゃ長いですが、
一息で一気に読めます。
面白いので、最後まで読まずにいられない本ですね。

主人公の雪穂(ゆきほ)は、
日本小説史に残るサイコパスですね。
彼女にとって不都合な人物が次々と不審死を遂げるシークエンスは、
「ぞくぞく」します。
「いいよいいよー、こういうの嫌いじゃないよぉー!」
という静かな興奮を覚える。
もちろん旋律と恐怖とともに。

私は実録モノもフィクションも含め、
サイコパス(自己愛性人格障害)に関する本を、
かなりの冊数読んできましたし、
過去の職場や自分の生活圏でも、
「サイコパス気質」の人に遭遇したことがあります。
その観点から言えるのは、サイコパスって、
関わった時点で「こちらの負け」なんですよね。

山菜採りのときのクマと同じです。
姿を見たら一目散に逃げる。
これがサイコパスへの唯一の正しい対処法です。

ちなみにこの小説、
綾瀬はるか主演のドラマ化、
堀北真希主演の映画化で、
二回映像化されています。

堀北真希のほうがビジュアル感は「雪穂」にはまっていますが、
作品としての出来はドラマの圧勝です。
というより、映画がひどすぎるだけですが笑。
あれじゃあ、演者と東野圭吾が可愛そうです。


2.「はてしない物語」ミヒャエル・エンデ
http://amzn.asia/4dM4my1

こちらは小説と言うより「童話」ですが、
ミヒャエル・エンデは私の最も好きな著述家のひとりで、
小学校の時に「モモ」を呼んで衝撃を受けて以来のファンです。
、、、で、この「はてしない物語」は、
「モモ」と双璧をなすエンデの代表作で、
映画化もされています。
「ネバーエンディングストーリー」ですね。

▼参考リンク:ネバーエンディングストーリー
http://amzn.asia/2CIljER

映画の方は小学生のときに観たのですが、
原作のこちらを読んだのはわりと最近で、
数年前のことです。
読んで驚きました。

すごい、の一言です。
「モモ」は「モモ」でものすごい作品なのですが、
「モモ」とまったく重なっていない。
同じ人がこれほどの小説を生涯で2本書けるというのは、
もっと驚かれていいと思います。

バスチアンという本好きの少年が、
ある本に出会ってから「ファンタジーエン」という、
架空の世界に迷い込みます。
このプロットはC.S.ルイスの「ナルニア国物語」に似ていますが、
ここからの展開の方向性が両者は異なります。
単純に比較できるようなものでもなければ、
優劣をつけられるようなものでもありません。
しかし、エンデの「はてしない物語」の、
「ファンタジーエン」を巡る物語は、
「近代」という「父なき時代」「意味を失った時代」に、
少年少女たちがそこから滋養をくみ上げることができるような、
本当の意味の豊かな物語を紡ごうとする、
エンデの気迫のようなものを感じて圧倒されます。

ファンタジーエンという世界を「虚無」が食いつくす、
というのが具体的な「危機」ですが、
この虚無というのは人間社会の「虚構」だとか、
近代が作り上げた「官僚支配」だとか、
「生きる意味の疎外」を象徴しています。
それをバスチアンはどう超克していくのか。
、、、バスチアンは「もっともっと」という欲望の果てに、
最後は「愛したいという意志」に出会い、
生命の水を飲むことが出口につながります。

「自分探しをしに海外を放浪しようか」と迷っている若者は、
飛行機のチケットを買う前に、
「はてしない物語」を購入して読むことを、
私は強くオススメします。

*上記の解釈は私の私見ではなく、
「エンデのメモ箱」というエンデ自身のネタバレ本に由来します。
こちらもめちゃくちゃ面白い本です。

▼参考リンク:「エンデのメモ箱」
http://amzn.asia/7KWo8h1



3.「カラマーゾフの兄弟」ドストエフスキー
http://amzn.asia/6GkRCf6

たしか、2012年ごろ読みました。
ドストエフスキーの代表作です。
「カラ兄(からきょう)」と呼ばれることもあります。
「からきょう」のイントネーションはフラットではなく、
前半にアクセントが来ます。
アル中(あるちゅう)の言い方ではなくピカチュウの言い方で、
「からきょう」です。
まぁ、どうでもいいんですけど笑。

で、このカラ兄、長らく、
「東大の先生が学生に読ませたい本No.1」だそうです。
まぁ、「古典」なわけです。

私も10年前ぐらいからずーっと読みたいなぁ、、、
と思っていて、読んでは挫折し、挫折しては読み、、、
を繰り返し、やっと読了したのが2012年でした。

この手の古典って、
多くの場合「カラマーゾフの兄弟」がさぁ、、
って会話の中に出てきたりしますが、
じっさいに読んでいる人は、私の経験則からすると、
100人に1人ぐらい、もしくはそれ以下です。
読んでないのに知ったかぶりする人多数です笑。
読んだことのあるような顔で、
じっさいに読まずに50年ぐらい過ごしている大人もたくさんいます笑。

、、、となると、
「これを読んだことがある」
というだけでものすごい比較優位が得られるわけです。
だから「読書で最もコスパが高いのは古典だ」と、
私は自信を持って申し上げます。
(読書とコスパというワードは最も相性の悪い組み合わせだと、
 百も承知の上で申しております。)

なぜこの手の古典を読むことが大事かを説明します。
これが書かれたのが1880年ですから、
今から約140年前です。
その140年の間、数多くの小説や、
思想書や宗教書が書かれていますが、
そのなかのものすごーーく沢山のものが、
この古典を「下敷き」にしたり「参照」したり、
「引用」したり、「発展させたり」して構築されてきました。
今日本の本棚に並んでいる多くの本は、
それら「古典をもとに構築されたものをさらに参照し」、
発展させたものです。
、、、とすると、「源流」である古典を押さえているかどうかは、
それらを把握し理解し解釈する上で、死活的に重要だ、
というのがその理由です。

西洋の思想書を10冊ランダムに購入しますと、
そのうち5冊にドストエフスキーは言及されますし、
その5冊のうち2冊に、
カラマーゾフの兄弟のなかにでてくる、
「大審問官」のくだりが、
何の説明もなく引用され解釈がほどこされます。

つまり「この本を読む人」は、
カラ兄を読み、大審問官のくだりを知っているはずだ、
という前提の元に、西洋の著者は話を進めていくわけです。
日本の著者が浦島太郎を引用するとき、
そのあらすじをいちいち解説しないのと同じです。
「あの玉手箱が、、、」と話し始めるわけです。
西洋の著者が、イワンがアリョーシャに語った、
「大審問官の長い舌鋒」を引用するとき、
いちいち内容や文脈について改めて話さないのです。

しかもその引用頻度たるや、ものすごいものがある。
「古典を読むと読書のスピードが上がる」
というのはこういう仕組みで起こります。

じっさい私はカラ兄を読んでから、
西洋人の書いた思想書を読むスピードが、
自分でも体感できるほど上がりました。

では、読んでいる間は面白いのか?
正直、東野圭吾を読むような面白さはありません。
ロシア文学は得てして読みにくいのですが、
読みにくい二つの理由を挙げます。

1.名前が異常に長くて覚えづらい上に、
 それぞれの覚えづらい名前に、
 さらに覚えづらいニックネームが複数ついていて、
 何のことわりもなしにニックネームと本名が混在している。
 
、、、主要登場人物が5名いたとすると、
5名+ニックネーム×2で、15個ぐらいの名前が錯綜するわけです。
かなり混乱します。
私はカラ兄を読むとき、「人物相関図(ニックネームつき)」を、
プリントアウトして参照しながら読み進めました。

2.一人の発言が長い。

、、、ロシア文学の特徴は、
大切なことを情景描写ではなく、
ほとんど「登場人物の台詞」として言わせることです。
しかもその会話の長いこと長いこと。
一人の人の「一息の発言」が、
50ページに及ぶことがあります。
「絶対話し終わったときには全員寝てるか、
もしくは家に帰ってるだろ!!」
と思うのですが、これはもう、ロシア文学の「定型のひとつ」として、
受け入れるしかありません。

、、、という「苦行」を終えた先には、
あらたなる風景が見えるようになります。
これが「古典」の醍醐味です。
ドストエフスキーは実存主義神学者のひとりに
数えられることもありますから、
その射程は広く、たとえばニーチェの、
「近代と神の死」というテーマについて、
ドストエフスキーを読んだ人とそうでない人とでは、
その把握の奥行きが違ってくるのです。

、、、というドストエフスキー論でした。

みなさんのベスト小説は何ですか?
お会いして話す機会があったら教えてください。




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「理想の家」について

2018.05.03 Thursday

+++vol.038 2017年11月14日配信号+++


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
■1 今週のオープニングトーク

::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::

▼▼▼久々の質問カード▼▼▼

メルマガ読者のみなさん、こんにちは。
いかがお過ごしでしょうか?
私は愛知県→三重県のロードを終え、
先週の火曜日(7日)の夜に東京に戻りました。

水曜日は準備段階を含めると2週間ぐらいの疲れがどっと出まして、
まったく使い物にならず、家で後期高齢者のような生活をしました。
朝から風呂につかり、お茶を飲み、テレビを眺めるが集中できず、
また風呂につかり、洗濯機を二度ほど回し、、、19時台に寝る(!)

木曜日はたまっていた本を読んだり、
出張中のお金の精算をしたり、
1週間ぶりに赤ちゃんに会いに妻の実家に行ったりしました。

いまこれを書いているのは金曜日です。
毎日9時間以上寝ていますので、
かなり頭もすっきりしてきました。
(私は体質がロングスリーパーなのでこうなりますが、
 真似したら逆に体調悪くなるかもしれないので、
 お気を付けください。)

、、、で、久しぶりに、質問カードやります。
はい、引きます。

質問カード:
「理想の家」の大きさ、間取り、
ロケーションを教えてください。

、、、みなさんはいかがでしょうか?

そうですねぇ。
これは2パターンありますね。



▼▼▼森バージョン▼▼▼

ひとつめは「森の中」です。
私は「森の中」にいると心落ち着きます。
特に北海道だとかカナダだとかドイツだとか、
そういった緯度の高い地域の針葉樹が好きみたいです。
白樺とか、最高ですね。
時々、キツツキの木をつつく音が聞こえたり、
リスが木の実をほおばりながら木登りするのが見えたりして。

さらに、窓から湖が観えていたら最高です。

▼参考画像:湖畔の森の家
http://www.finnishlakesidecabins.com/images/Lak052-lakeside%20sauna.gif

、、、ちょうどこんな感じでしょうか。
間取り、大きさに関しては、
あまり大きすぎないのが良いですね。
掃除が大変ですから笑。

シンプルに、使い勝手の良いキッチンと、
人が集まれる居間があり、
寝室があり、書斎があり、
人が泊まれる客室があったらいいな。

北の国からの五郎さんが作ったログハウスや「石の家」みたいなのも、
味があっていいな、と思いますが、
実はそこまで素材にこだわりはありません。
外観は自然と調和して欲しいので落ち着いたウッド調が良いですが、
私はけっこう実利主義なところがあるので、
最新の防音、断熱性を備えた建材をつかって欲しいです笑。
さらに言えば二重サッシはマストですね。
これがあるとないとでは、
防音性と断熱性に雲泥の差が出ることを、
北海道生活で私は実感していますから。

私は静寂が欲しいのです。

、、、あと、
「暖炉」ですね。

「暖炉のある家で、
 犬と猫を飼って生活すること」
は、私の人生の見果てぬ夢です。
これを達成したらもう死んでもいいと思っている笑。
だから達成しちゃだめなのです、死んじゃうから笑。

友達と暖炉を囲みながら、
コーヒーとマシュマロをつまみ、
夜中まで「思想・哲学」について語り合う、、、。
時々犬や猫をなでながら、、、。
熱くなったら窓を開けると雪景色から冷たい風が入り込んできて、
頭がすっきりしてまた語り合う、、、。

もう、最高じゃないですか。
死んでも良いです。

私のアメリカの知り合いと言いますか、
私のメンター、ボブ・モフィット氏の親友に、
ダロー・ミラーさんという方がいまして、
この方は日本語に訳されている
「世界を変える物語」など、
多数の著作を書いています。

彼が友人と語り合ったり執筆に集中したりするために、
アリゾナの郊外(高地の森林地区)に、
10年ぐらい(だったかな?)かけて作ったログハウスで、
私は泊まったことがあります。

Darrow's Cabin とかBear's Cabinと呼ばれているその家は、
もうね、最高です。
最高も最高です。

森の中にたたずむログハウスは木の香りがし、
12畳ぐらいあるウッドデッキからは、
「樹海」が一望できます。
「なんだよ、ただの人生の勝利者じゃないか」
と思いながら私はダローを羨望のまなざしでながめたのです。

▼参考リンク:ダロー・ミラー
https://i.ytimg.com/vi/XqX8ncFVDf8/hqdefault.jpg



▼▼▼離島バージョン▼▼▼

第二のロケーションは「海」ですね。
間取りとか大きさとかはあまり関係ないです。
沖縄の離島の、適当な古民家に住めたら、
もうそれは理想の生活だと思っています。

▼参考画像:離島の民家
https://goo.gl/i2T6eb

こんな感じですね。
三線(さんしん)の音がどこからともなく聞こえてくる。
さんぴん茶とサーターアンダギーをおやつに食べ、
お昼はてびち(豚足)が入った沖縄そばを食べる。

ちょっと歩くと息を飲むような美しいがある。
美ら海(ちゅらうみ)ですね。

▼参考画像:離島の海
https://img.4travel.jp/img/tcs/t/album/src/10/90/95/src_10909505.jpg?1406205671

もうね、これはね、もう一つの天国です。
実現したら死んでも良いですね。
駄目ですこれは。
実現したら死んじゃうから笑。

なんか、もうすぐ死ぬ人みたいになってきましたので、
このへんでやめます。
まだ死にたくないから。
たぶん神は陣内俊をもう少し地上に生かし、
何かをなさせたいように私は感じていますので。




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軽トラとフェリーの旅 〜愛知から伊勢志摩へ〜

2018.04.26 Thursday

+++vol.037 2017年11月7日配信号+++


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
■1 今週のオープニングトーク
約7日間のロード
::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::

▼▼▼愛知→伊勢志摩→愛知→東京▼▼▼

メルマガ読者の皆様、こんにちは。
3連休はどのように過ごされたでしょうか?

私は11月3日にこの原稿を書いていますが、
海の上で書いています。
そう、船に乗っているのです。
フェリーですね。

今の時代、離島在住者または石原裕次郎を除けば、
飛行機に乗るよりも船に乗る方が、
頻度は圧倒的に低いわけなので、
飛行機に乗るよりもワクワクしています。

船って、なんか良くないですか?
私は大好きです。
特にあの雑魚寝するスペース、最高ですね。
ツーリング中のライダーを横目にあぐらをかき、
おもむろにパソコンを拡げ、音楽を聴き、
そして本を読む。
部屋にいるときとやってることは変わらないのですが、
窓から見える島々や、内臓に感じる振動、
波にゆられている感覚、、、
血が沸き立つというか、「旅してるなぁ、、、」という、
圧倒的な手触りがあります。
そう、「旅情」ですね。
「旅情ハンパねぇ」わけです。

あ、そうだ!

いま思い出したのだけど、
これって「寅さん」の影響ですね。
昭和の時代、お父さんがレンタルビデオで借りてきた、
「男はつらいよ」を、お父さんの隣で見ていました。
ビッグサイズのブレザーに、なぜか袖を通していない寅さんは、
石川県とか三重県とか長崎県とか、
干物と潮風と錆びた旅館の看板が似合うさびれた漁港に、
フェリーでよく到着していました。
で、フェリーで隣に座った女性が泣いていて、
「どうしたんだい?お嬢ちゃん?
 美人に涙は似合わねぇよ。」と寅さん。
「うふふ、面白い人、、、。
 あなたの顔を見ていたら、
 ちょっと寂しさが紛れましたわ。
 ありがとう。」
女性は去って行く。
漁港について適当な宿屋にチェックインすると、
その宿屋の娘がさっきの泣いていたお嬢ちゃんで、、、
みたいな鉄板プロットですね。

フェリーに乗ると、
この乗客のどこかに寅さんが乗っているような気がして、
それでワクワクするのです。
今分かりました。


▼▼▼軽トラ、フェリーの旅▼▼▼

、、、で、なんで私が今フェリーに乗っているかと申しますと、
かねてからメルマガでも参加者を募集してきました、
「よにでしセミナー2017 in伊勢志摩 」の会場に向かうためです。

当初、私は普通に陸路で会場に向かうつもりでしたが、
諸事情により、ICBCでお貸し頂ける車が、
「軽トラ」なわけです。

▼参考画像:「軽トラック」(この画像いるか?)
https://goo.gl/pn27Hj

まぁこの軽トラなわけですよ。

、、、で、考えたんですよね。
これで周囲の車が120キロで走る片側6車線の自動車道、
「伊勢湾岸道」を走り、
伊勢湾を外環する200キロの弧を描いて、
伊勢志摩の会場に行くことを。

グーグルマップによれば、
走行距離は約200キロ、時間にすると3時間。
何より「自動車道」を通ることが不安でした。

私は大学時代を帯広で過ごしました。
帯広における軽トラというのは、
東京における自転車、
もしくはスニーカーのようなものでしたので、
日常的に運転していました。

いつ使うの?

いやだって、農場から別の農場に、
重い農機具や木箱、長靴、ロープ、、、、
ときには、ポニーや羊や山羊。
そういったものを運ぶのに、
軽トラは最強ですから。
というか、ポニーなんて、
軽トラ一択ですね。

冬には雪を運びます。
雪を捨てに行くんです。
雪国以外の人からすると、
「は?」という話しでしょうが、
雪って言うのは捨てに行く必要があるんです。
正確に言えば「投げに行く」必要があるのです。
(帯広で捨てるのことは投げると言います。)

面倒なのでこれ以上説明しないです。
詳しく知りたい人は雪国に移住してください笑。。

、、、で、
私は軽トラの運転は好きです。
90度を切っているんじゃないかとういう、
「見事に直角(リクライニングなし!)」な運転席と助手席。
無骨なマニュアルレバー、
おもちゃみたいなインテリア、
案外繊細なクラッチのつなぎ、
何よりあの「フォルム」。
すべてが愛おしいですよね。

しかし、しかしです。

軽トラで時速100キロを超えて走ったことは未だありませんし、
そんなことを考えたことはありません。
軽トラはあくまで「スニーカー」もしくは、
「クロックスのサンダル」であって、
家の敷地内や近所をうろつくのには最高ですが、
100キロ以上の遠出をするようには設計されていない。

しかもセミナーのためにある程度の荷物を、
荷台に載せていきますから、
自動車道を猛スピードで走っているときに、
荷物が後ろに飛んで行ったらどうしよう、、、とか、
運転している途中でエンジンから白煙が上がったらどうしよう、、、とか、
いろいろ考えると不安になってきまして、
陸路をやめてフェリーで行くことにしたのです。
参考画像のように直線距離はだいぶ短くなります。

▼参考画像:愛知→伊勢志摩 陸路
http://www.kantei.go.jp/jp/headline/img/20160513/20160513_map.png

▼参考画像:愛知→伊勢志摩 海路
http://img01.naturum.ne.jp/usr/rider/isewanferykoro.JPG

さらにお金的にも陸路だと高速料金が4,000ほど、
フェリーだと5,600円ですが、
走行距離100キロぐらいの差がありますので、
ガソリン代の差し引き1,500円で、ほぼ同じです。

、、、うん。

フェリーにしよう。
旅情ハンパねぇし。

というわけで、私は朝7時に教会を立ち、
渥美半島のキャベツ畑の中、
1時間半の田舎軽トラドライブ(最高!)を楽しみ、
そしてフェリーで伊勢志摩に向かっています。

、、、というオープニングトークでした。
もうすぐ三重県に着きますので、
今週はここまで。



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