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陣内が先月観た映画 2019年11月 『トイ・ストーリー4』他

2020.04.07 Tuesday

第116号  2019年12月3日配信号

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
■2 陣内が先月観た映画 2019年11月

月に一度のお楽しみ、
「陣内が先月観た映画」のコーナー。

タイトルそのまんまの企画です。
先月私がいろんなかたちで観た映画を、
一挙に紹介しちゃうというコーナー。

5本以上観た月だけの限定コーナーとなります。
先月はけっこう観たので、
けっこう紹介できます。

もともと映画を観るほうではありますが、
Amazonプライムのストリーミングで観るようになって、
観る本数が3倍ぐらいに増加しました。
移動中に観れるというのが大きいです。
電車の中やバスの中で本を読むのは少し疲れますが、
映画はノーストレスです。
長時間移動がある月なんかは、
往復の移動だけで4、5本観れたりします。

観るだけではもったいないので、
皆様に紹介しちゃおう、
というのがこのコーナー。

世界一小規模の映画賞、
「月間陣内アカデミー賞」もやります(笑)。

「おもしろそうだな」と思うやつがあったら、
それをレンタルして観てみる、とか、
あとこれを読んで、観たつもりになって、
誰かに知ったかぶりする(笑)などの
使い方をしていただければ、これ幸いです。

「陣内が先週読んだ本」の
140文字ブリーフィングが好評なので、
映画評論も140文字で試みます。

時短は正義(!)ですから笑。

「読んだ本」コーナーと同じで、
140文字はあくまで「努力目標」です。

*どうしても「ネタバレ」要素をいくらか含みますので、
絶対にネタバレしたくない作品がありましたら、
器用に読み飛ばしてくだされば幸いです。
:::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::

●キング・オブ・コメディー

鑑賞した日:2019年11月7日
鑑賞した方法:Amazonプライム特典

監督:マーティン・スコセッシ
主演:ロバート・デ・ニーロ
公開年・国:1963年(アメリカ)
リンク:
https://bre.is/vvU3z7eR

▼140文字ブリーフィング:

先月観た『ジョーカー』の衝撃が未だに残っています。
あれを見て、いてもたってもいられなくなり、
こちらを鑑賞しました。

トッド・フィリップスの『ジョーカー』って、
マーティン・スコセッシの二つの映画へのオマージュなんです。
『タクシードライバー』と『キング・オブ・コメディー』です。

『キング・オブ・コメディ』のルパート・パプキンと、
『タクシードライバー』のトラヴィスを合わせた人間が、
『ジョーカー』のアーサー・フレックなんですよ。

訳わかんないでよすね笑。

説明します。

『キング・オブ・コメディ』は、
ルパート・パプキンという、
今で言うニートが主人公の映画です。
彼は30代の中年になっても母親と暮らしていて、
「自分は天才的なコメディアンになる才能がある」
という妄想を抱いています。
彼は『ジェリー・ラングフォード・ショー』という、
超人気番組の司会者であり、
全米トップコメディアンのジェリーを崇拝している。
パプキンは自分が書いたギャグを吹き込んだカセットテープを、
ジェリーの事務所に送り続けています。

いつかジェリーが自分の才能に気づき、
『ジェリー・ラングフォード・ショー』に出演する日を夢見て。

ここまでは良い。

ここからだんだんおかしくなってきます。
パプキンはジェリーの「出待ち」もしています。
彼がテレビ局から出てくるところを待ち構え、
「あのカセットテープを聞いてくれた?」ってやってる。
ある日、なんかの拍子に、パプキンはジェリーの車に乗って、
彼の家まで車に同乗することになる。
そこでパプキンはジェリーに、
コメディアンになる夢を語ります。
ジェリーは面倒くさいので、
「きっと君は成功するよ」と言うのです。

パプキンはその言葉を額面通り受け取り、
その妄想はだんだん暴走に変わってくる。
ついに彼はジェリーの事務所に行きますがそこで無視されます。
当然です。

パプキンは今度はジェリーの別荘に勝手に上がり込み、
ジェリーを誘拐監禁するのです。
そして彼の命を人質にして番組プロデューサーを脅し、
ジェリーの帯番組に出演する、、、、
というのがこの映画の筋書きです。

この映画はパプキンの主観目線で描かれるので、
どこからが現実でどこからが彼の幻想なのか分からなくなってます。
これもまた『ジョーカー』に踏襲されます。

『タクシードライバー』はじゃあ、
どういう話か?
ベトナム戦争の後遺症で精神にダメージを負ったトラヴィスは、
深夜のタクシードライバーという低賃金労働をしますが、
ある日彼は「自分が世界を救う」という妄想を抱く。
そして身体を鍛え銃の扱いを覚え、
最後は大統領候補の暗殺を企てる、、、という話です。

『ジョーカー』のアーサーはどんな男か?
強迫神経症により、
「笑ってはいけない状況で
 どうしても笑いが止まらなくなる」
という精神疾患を抱えていて、
ピエロの仕事をしているアーサーは、
30代で低収入で、自治体の提供するカウンセリングを受けています。
自治体の予算はカットされ彼は薬をもらえなくなり、
その症状は悪化します。
彼はちなみに、母親と二人暮らし(!)です。
アーサーはコメディアンを目指しており、
マーレイ・フランクリンという、
全米一のコメディアンの番組を見ることが唯一の楽しみで、
マーレイに認められてその番組に出演することだけが、
彼の人生の希望になっています。

ひょんなことから「キレ」て、
女性にちょっかいを出していた、
ウォール街のエリート3人を、
ピエロの格好のまま射殺します。
その行為が社会の不満分子に火を付け、
それが「ピエロの覆面運動」のような大衆を巻き込むデモになり、
そのデモはゴッサムシティの次期市長殺害につながります。

ほらね。

アーサー=パプキン+トラヴィスなのです。

ちなみに、
スコセッシの映画で
パプキンを演じているのはロバート・デ・ニーロ。
トラヴィスを演じているのもロバート・デ・ニーロ。
そして、
『ジョーカー』でマーレイを演じているのが、
ロバート・デ・ニーロなのです。

もう、完全に意図された配役でしょ。

なので、『ジョーカー』を100%楽しみたい人は、
『ジョーカー』をまずは見て、
次に『キング・オブ・コメディ』を見て、
そして『タクシードライバー』を見て、
最後に『ジョーカー』をもう一回見るのが「吉」です。
だれもそんな面倒なことしないでしょうけど。
でも、映画って「引用・参照」が結構あるので、
その引用元、参照元を知ってると、
映画体験に奥行きが出るんですよね。

これは読書にも言えることですが。
(1,814文字)



●IT イット

鑑賞した日:2019年11月9日
鑑賞した方法:Amazonビデオでレンタル(100円)

監督:アンディ・ムスキエティ
主演:ジェイディン・リーバハー
公開年・国:2017年(アメリカ)
リンク:
https://bre.is/AMYtrcnS

▼140文字ブリーフィング:

スティーブン・キングのホラー小説の映画化です。
「IT」とは何の象徴か?
町山智宏さんの解説で知ったのですが、
この「IT」って、鬼ごっこの「鬼」のことなんですよね。
アメリカで子どもが鬼ごっこするとき、
「あなたIT(鬼)ね!」っていうわけですよ。
だからこの映画「リアル鬼ごっこ」みたいな感じで、
ピエロの格好をした「鬼」が子どもを「連れて行く」。
これに対抗するために子ども達が立ち上がり、
命がけの鬼ごっこが始まる、、、という感じの映画です。

ところが、町山さんが言ってて気づいたのだけど、
この映画の日本語のポスターやDVDパッケージや字幕翻訳は、
「IT=鬼ごっこの鬼」っていうことを、
あきらかに知らない人の手によって作られていて、
「それ」が来ると、恐怖につつまれる、、、。
みたいなホラータッチで宣伝されている。
これってミスリードなんですよね。

あと町山さんの解説でこれも知ったのだけど、
この原作小説は、浦沢直樹の漫画「21世紀少年」の、
明らかにネタ元です。

なぜか?

主人公達が住む田舎町デリーに、
27年おきに「鬼」はやってくる。
小学校の時の「いじめられっ子仲間」たちが、
大人になってまたあの「鬼」と闘う、
という、過去と未来が錯綜する話になってるからです。

浦沢直樹の21世紀少年でも、
子どもの頃の会話が大人になって
「ともだち教団」に影響していたりする、
っていう伏線の張られ方がするのですが、
これは「IT」の構成そのものです。

、、、で、ITとは何の象徴なのか?
それは見た人の数だけあるのでしょうが、
この街の「異常さ」にヒントがあると私は思います。
大人達はそれを異常とすら思ってないのですが、
この田舎町では「いじめ」が横行しています。
腕力の強い上級生が弱い下級生を虐める。
それを大人達は見て見ぬふりをするのです。

この「大人の無関心」こそ、
「IT」が象徴するものなのではないか、
と私は思います。
印象的なシーンで、
ことごとく大人が子どもに関心を示さず、
無視し、虐げます。
そして大人達は「IT」の作った惨状を、
見ることが出来ないのです。
これって、子どもの世界で起きている虐めを、
大人が「見ないふりをする」のと同じですよね。

あと、本作の主人公の弟は、
「IT」に連れ去られる設定なのですが、
そのあと「弟を失ったことで希望を失い、
兄である主人公を無視し続ける両親」というのは、
完全にキングの名作『スタンド・バイ・ミー』と同じです。

スタンド・バイ・ミーでは、
死んだのが兄だったというだけで。
スティーブン・キングの描きたいひとつのテーマが、
こういう形で貫かれているに気づくとちょっとうれしいです。
(1,075文字)



●トイストーリー4

鑑賞した日:2019年11月9日
鑑賞した方法:Amazonビデオでレンタル(399円)

監督:ジョッシュ・クーリー
主演:トム・ハンクス
公開年・国:2019年(アメリカ)
リンク:
https://bre.is/sTAkrkY2

▼140文字ブリーフィング:

これはねぇ。
もう、ヤバイぐらい面白かったです。
見た後も、ずっと考えてしまうぐらい。

トイストーリーにおける「おもちゃ」って、
我々のことなんですよね。
ウッディやバズ・ライトイヤーって、
私でありあなたなのです。

そして、もっとツッコんだ話をすると、
バズやウッディって、
子育て中の親なんですよ。
じっさい、ウッディの最初の所有者のアンディは、
劇中で「父親」が出てきません。
ピクサーの制作陣の設定では、
アンディの父親って死んでるんです。
そしてウッディは、
アンディが亡き父から譲り受けた、
「ファミリー・トイ」なんです。

だから比喩的に、
アンディの父親は、
ウッディの両眼を通して、
アンディを見守る、という構図になっている。

だから前作、
『トイストーリー3』で、
アンディが大学生になり、
ウッディのことをもう必要としなくなったとき、
ウッディは「アイデンティティクライシス」に陥るのです。
あれは「空の巣症候群」のことなのです。

そして『3』はもう、
完璧な終わり方をしてるんですよね。
私は『3』を9年前に映画館で見ましたが、
もう、これは文句付けようがない、
とうなってしまいました。
「100点の映画」というものがあるとしたら、
それは『トイストーリー3』だ、と。

あの終わり方は完璧でした。

だからこそ、
ファンは『4』が作られることを知ったとき、
ちょっと複雑な心境になったのです。

「完璧」なものに、
さらに何を付け足すの?と。

結果的に、
『4』はアメリカでは大ヒットし、
そして絶賛一色だったそうです。
日本ではところが、
賛否両論だったのです。

なぜアメリカでは絶賛の嵐で、
日本では評価が分かれるのか?

この理由を考えるのが、
めちゃくちゃ面白いんですよね。

ちなみに私は絶賛派です。

まだ新しい映画なので、
内容には立ち入りませんが、
トム・ハンクス演じるウッディって、
「団塊の世代」なんですよ。
彼らの『魂の成熟』を巡る物語でもあるわけです。
現在60〜70代を迎える彼らが、
これからどのように生きるのか、
その「問い」を巡る物語なのです。

トイ・ストーリーは、
問い・ストーリーなのです。

、、、という、
完全に「大人の物語」なのに、
親子で映画館に行くと、
子どもはまったく違う視点で、
純粋にこの話を楽しむことが出来る。
まさに「同床異夢」なのですが、
大人と子どもが同じコンテンツを見て、
違う理由で同じぐらい楽しめる、
というこの「話法」を発明したピクサーは、
やっぱり凄いとしか言いようがありません。
(1,013文字)



●彼女がその名を知らない鳥たち

鑑賞した日:2019年11月10日
鑑賞した方法:Amazonプライム特典

監督:白石和彌
主演:蒼井優、阿部サダヲ
公開年・国:2017年(日本)
リンク:
https://bre.is/oh3W4K4d

▼140文字ブリーフィング:

どこかで「面白い」と聞いた記憶が残ってた作品が、
Amazonプライムで見られるようになってたので鑑賞しました。
蒼井優と阿部サダヲの演技が凄かったです。
特に阿部サダヲの「汚い男感」は凄い。
「食べ方が汚い演技−1グランプリ」があったら、
彼は優勝するでしょう。
そして、「恐ろしいほどの愛」が最後に描かれます。
賛否両論あるでしょうが、
鑑賞者に感情の爪痕を残すのは確かです。
(182文字)



●ドリーム

鑑賞した日:2019年11月21日
鑑賞した方法:Amazonビデオでレンタル100円

監督:セオドア・メルフィ
主演:タラジ・P・ヘンソン
公開年・国:2016年(アメリカ)
リンク:
https://bre.is/fX5TUVc9

▼140文字ブリーフィング:

アポロ計画に参加した黒人女性達の話です。
ケネディ大統領時代の当時、
まだまだ黒人差別というのはひどく、
NASAの中にも「白人専用トイレ」と、
「有色人種専用トイレ」がありました。
天才的な数学センスを持つ主人公の黒人女性は、
ロケットの軌道を計算するチームに抜擢されますが、
トイレに行くのに黒人専用トイレがある東棟まで、
往復40分走らなければならない、
みたいなことが起きていたわけです。

そのような中で3人の女性達は、
自分たちの能力を証明することで、
自分たちの地位を勝ち取っていきます。
先月観た「42 世界を変えた男」もそうですが、
こういった映画が現在も作られるということは、
逆に言えば今も有色人種差別があるということでもある。

特に今は人種差別主義者が大統領ですから、
そういった差別を助長する側面もあることでしょう。
マイノリティの権利というのは、
実はキリスト教の中心テーマでもあります。

「いかなる文化といえども、
社会秩序の上にある人々は相応なものが備えられる。
しかし文化の試金石とは、
底辺の人がどのように扱われるかにかかる」。 
ワレス・メンデルソン

この言葉は、
聖書的な「社会観」と合致します。
当時はソ連との東西冷戦まっただ中ですが、
アメリカという国が偉大なのは、
こういう局面で差別感情を抜きにして、
能力のある人の能力を活かしてきたからなのだ、
というのもこの映画を観ると分かる。

じつはアメリカの偉大さって、
その「寛容さ」だと私は思っています。
だから世界から優秀な頭脳が集まり、
アメリカに富をもたらす。
現在のグーグルのCEOはインド人ですし、
スティーブ・ジョブズはシリア移民の子どもです。

ローマ帝国が衰退したのは、
ゲルマン系の移民を、
ローマ人達が虐げ始めたところから始まった、
と指摘する歴史学者がいますが、
昨今のアメリカにうごめく白人至上主義や排外主義が、
アメリカの「終わりの始まり」にならないと良いんだけど、
と私は思いながらアメリカを見ています。
(814文字)


▼▼▼月間陣内アカデミー賞▼▼▼

世界一小さな映画賞、
「月間陣内アカデミー賞」を、開催いたします。
主催者、プレゼンターは陣内がつとめます。

作品賞、主演(助演)俳優賞、そしてもうひとつ、
という感じで、ぬるーくやります。
皆さんの映画選考の参考にしていただければ幸いです。


▼作品賞
『トイストーリー4』

コメント:

これはもう、文句なしに凄かった。
見て損はありません。
これをどう思うか、
というのは、結構その人が出る感じがします。
日本人はきっと嫌いな人もいるだろうなぁ、
というラストも、とても良い。
ピクサー、凄すぎます。


▼主演(助演)男優賞
阿部サダヲ(彼女がその名を知らない鳥たち)

コメント:

先ほども書きましたが、
アカデミー賞に、「食べ方が汚い部門」があったら、
この映画は受賞するでしょう。
阿部サダヲの汚い食べ方が、
脳にこびりつきます。
褒めてます。


▼主演(助演)女優賞
該当なし

コメント:


▼その他部門賞「ピクサー凄すぎる賞」
『トイ・ストーリー4』

コメント:

何度も言いますが、
ピクサーは凄すぎる。
映像技術は言うまでもないんですが、
やはり「脚本」が、
次元が違うんですよね。
アニメーションを超えて、
あらゆる映像作品のなかで、
ピクサーの脚本って一番考え抜かれている気がする。
舞台作家とか映画監督になりたい、
っていう人はピクサーをもっと研究すべきでしょう。
すでにしてるでしょうけど。

もういちど入りたい大学・学部

2020.04.06 Monday

第116号  2019年12月3日配信号

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
■1 今週のオープニングトーク
::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::

▼▼▼もういちど入りたい大学・学部▼▼▼

メルマガ読者の皆様、こんにちは。
東京に戻ってきました。
今回の西への旅は、
とても充実した時間でした。

さて。

今週も質問カードからいってみましょう!

▼社会人としてもういちど大学に入る
時間とお金の余裕があったら、
どの大学のどの学部がよいですか?


、、、リンダ・グラットンの著作、
『LIFE SHIFT』によれば、
人生100年時代に、
ほとんどの人は「複数のキャリアを持つ」ようになる、
といいます。

これまでの「3ステージの人生」は過去のものとなります。
3ステージとはちなみに、
「教育→就職→退職後」のことで、
これが100年時代には「マルチステージ」になると。

教育1→仕事1→仕事2→教育2→仕事3→仕事4
→(引退はあったりなかったりその人次第)
というのが彼女の言う「釣り鐘型のキャリア」です。

教育1と教育2があるというのは
「社会に出てある程度キャリアを積んでから、
 再教育を受けるために大学に入る」
などのキャリアデザインが一般的になるだろう、
ということです。
これってつまり「ひとつの専門」では、
一生食べていけなくなるということであり、
つまり厳しい時代でもあります。

欧米圏ではこのキャリアパスは、
かなり一般的になっていますが、
日本ではまだ「3ステージ信仰」が強いので、
社会人が人生の半ばでもういちど大学に行く
というのは例外的なことと見做されています。

しかし、産業構造の変化と人類の長寿化からすると、
日本もまたマルチステージ型にならざるを得ません。
あとは時期の問題であって、
日本の働き方が変化しない、
ということは未来予測的にあり得ません。
(理由は『LIFE SHIFT』を読んでください)

、、、さて。

私たちの子どもの世代は、
「マルチステージ」がデフォルトになるとして、
私の世代はどうなのでしょう?
けっこう「時代の端境期」だと思うのですよね。
「3ステージ」で逃げ切れる最後の世代は、
現在の50代までだと言われていて、
40代以下は、「マルチステージ型」に社会が移行する、
ちょうど中間的な世代になるはずです。

そうすると、
「3ステージ型」と、
「マルチステージ型」の、
二つの世界観が、
同じ世代に共存するようになる。
つまり私たちの世代は、
「昭和的世界観」を持つグループと、
「令和的世界観」を持つグループの、
二極化することが予想されます。
中間(平成)はたぶん、ありません。

私は「令和的世界観」でありたいと思っています。
理由は前者を選択した場合、
「既存の権益を温存する方向」に志向性が傾き、
結果として新しい世代の邪魔をすることになるからです。
悪気はなかったとしても、結果的にそうなります。

30歳のときに公務員を退職したのは大きいです。

もしあのときに退職していなければ、
今の私は昭和的世界観を持っていたはずですし、
既存の権益を温存する方向に考えが傾いていたと思います。
人というのは弱いもので、
「自分の利益・権益を追認する方」に、
いつもバイアスが働きますから。

さて。

私はそんな感じで、
「過渡期」にあるので、
一生涯「自己教育」をし続ける、
という決意はしています。
たぶんそのへんの大学院生よりも、
年間に読む本の冊数は多いですし、
彼らが書く論文以上の分量の文章を、
毎年書いています。

私は「2年ごとに新しく大学院を卒業する」
というぐらいのインプットを続けています。
しかし、
「学を体系化する」には、
やはり既存の教育機関は効率が良いので、
どこかでそういう教育機会があれば、
それはそれに超したことはない。
あと、独学では絶対に得られないものとして、
「学友と師」これとの出会いもある。

私の場合家族がいたり、
今すでにコミットしている仕事があったり、
ライフステージを考えると現実的な選択肢から除外されますが、
でも、大学に入り直して学び直す、
というのが有意義だし魅力的なのは疑いようがありません。

では私はどこの大学の何学部に入るか?

日本ならもう、一択ですね。

同志社大学神学部です。

同志社大学神学部では、
今、卒業生でもある佐藤優が教えているんですよね。
あと、同志社の神学部の人が書いた卒論が書籍になってて、
それとかもめちゃくちゃ面白かった。

同志社は「自由主義」にカテゴライズされるので、
私が属する教会(福音派)とは「ジャンル」が違うのは、
百も承知です。

でも、というか、
だからこそ学びたい。

じっさい、
自分の既存の価値観を揺るがさず、
自分の既存の信念を強化するだけの学びなんて、
「学び」の定義から言ってスカスカに違いありません。
自分とは違う立場の人々がどう考えるか、
これを知ることで自分の足下での奥行きが生まれるのです。

あと、同志社大学神学部に、
福音派(アッセンブリー教団)から学びにいった、
青木さんという牧師の方が書いた、
「アメリカの福音派」という本も、
すこぶる面白かった。
こういう学びを出来る場所が日本にあるのだから、
もしチャンスがあれば学んでみたいなーという気持ちはあります。


、、、あと、日本じゃなかったら、
そうですねぇ。
カナダのバンクーバーにある、
リージェントカレッジという神学大学にも行ってみたい。
あそこはジェームズ・フーストンという人が、
「牧師養成塾」としての神学校のあり方に疑問を抱き、
社会で生きる一般の人が、
「生活の中で神学するとはどういうことか」
を学ぶことが出来るような教育機関が世界にない。
じゃあ作ろう、ということで作った大学です。
めちゃ興味があります。

両大学の所在地も魅力的です。
同志社は京都ですし、
リージェントはバンクーバー。
両方とも都市としての魅力が高い。
人生で一度は住んでみたい、
と思わせる何かがあります。

あとはそうですねぇ。

コロラドに住みたいので、
コロラド州立大学とかでしょうか。
学部はどこでもいいです笑。
不純な動機です笑。

みなさんは学びたい大学・学部はありますか?

陣内が先週読んだ本 2019年 10月30日〜11月10日『勝利者キリスト』他

2020.03.31 Tuesday

第115号 2019年11月26日配信号

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
■2 陣内が先週読んだ本 
期間:2019年 10月30日〜11月10日
::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::

先週私が読んだ本(読み終わった本)を紹介していきます。
一週間に一冊も本を読まない、
ということは、病気で文字が読めなかった数ヶ月を除くと、
ここ数年あまり記憶にないですから、
このコーナーは、当メルマガの
レギュラーコーナー的にしていきたいと思っています。
何も読まなかった、という週は、、、
まぁ、そのとき考えます笑。

ただ紹介するのも面白みがないので、
twitterに準じて、
140文字で「ブリーフィング」します。
「超要約」ですね。
(どうしても140字を超えちゃうこともあります。
 140文字はあくまで「努力目標」と捉えてください笑。)

忙しい皆さんになり代わって、
私が読んだ本の内容を圧縮して紹介できればと思います。
ここで紹介した本や著者、テーマなどについて、
Q&Aコーナーにて質問くださったりしたら、
とても嬉しいです。


●勝利者キリスト

読了した日:2019年10月30日
読んだ方法:山田和音君に借りる

著者:グスタフ・アウレン
出版年:1982年(原著初版1930年)
出版社:教文館

リンク:
https://bre.is/u2ubhgZb

▼140文字ブリーフィング:

「よにでしセミナー」の第一期修了生でもあり、
それ以来の友人でもある山田和音くんとは、
時々話しては「最近面白かった本は?」と教えてもらってます。
「良い本を紹介してくれる友人」は、
人生を確実に豊かにしてくれます。

『勝利者キリスト』は、
今年の春に彼から紹介してもらって、
読みたかったんだけど、
もう絶版になってて、
Amazonで古本を買うと、
なんと2万円オーバー!!
ということで、
山田君に夏に会ったときに貸してもらいました。

そんで読んだわけですけど、
確かにすごく面白かったです。

著者のスウェーデンの神学者、
グスタフ・アウレンは、
ディートリッヒ・ボンヘッファーとかと同じ世代です。
本書は、キリスト教の歴史を通して、
「贖罪(救済)」というものが、
どのように変遷してきたかをなぞる、
という内容の書籍です。
神学の世界ではこれを「贖罪論」と呼ぶので、
「贖罪論の歴史」が本書のテーマです。

著者は、プロテスタント神学では主流の、
「ラテン型」救済論の陰に隠れてきたが、
確実に同じぐらい重要であるはずなのに、
長らく忘れられてきた「古典型」贖罪論が存在するのだ、
と指摘します。

→P11 
〈それゆえ、
私は普通客観説と呼ばれる類型の贖罪説を「ラテン」型と呼ぼう。
なぜなら、それは西方のラテン的土壌で埋まれ、
発展したからである。

そして、二元論的な
ドラマティックな見解を贖罪の「古典的思想」と呼ぼう。
古典的思想は、実のところ、
その重要性を誇張してもしすぎることがないほどの位置を、
キリスト教教理史の中で占めてきた。
それは種々な形態において表現されており、
そのすべてが同じような実りをもたらしたわけではないけれども、
初期の教会においては
ずっと支配的な贖罪思想であったことは議論の余地がない。
それはまた実際新約聖書における支配的な思想でもある。
そのことを私は示したいと思う。〉


、、、クリスチャンの中に、
「神学なんて必要ない」
という人が時々いますが、
それは暴論というものです。
もっと言えば「あさはか」です。

もし神学というものがなければ、
我々はそもそも、
いまだに日本語で聖書を読んでいないでしょうし、
「祭司を通してしか祈れない」ため、
日々神に祈る、という私たちの、
当たり前の信仰の形も存在しません。

神学は私たち「信仰の呼吸をする環境」
を整えているようなものなので、
「神学が必要ない」と言っている人は、
水や空気が当たり前にありすぎて、
その恩恵を意識できていない人と同じです。
「上下水道局など必要ない」と言うのは自由ですが、
本当になくなればその人は「万年下痢確定」です。

ではたとえば「贖罪論」は、
どのような影響を、
我々の信仰に及ぼすか?

めちゃくちゃ及ぼします。

キリストは「罪の罰」を、
その十字架で担ってくれた。
それは裁判で有罪になったあなたの、
「保釈金」を払ってくれたようなものだ。
だからあなたは自由の身になれる、
っていう説明ってあるじゃないですか。

あるいはこういうのもあります。

あなたはおもちゃ職人が作ったおもちゃで、
めちゃくちゃ高価なものだった。
しかしそれがある日盗まれてしまった。
そのおもちゃ職人が、
ある日旅先で訪れた古美術屋で、
「あなた」が1000万円で売られているのを見つけた。
おもちゃ職人は、それが本当は自分のものだと知りながら、
1000万円を支払い、あなたを「再度買い取った」。
これがあなたと神の間に起きたことです。

こういった「比喩」の背後には、
「贖罪論」があります。
どのような「贖罪論」をとるかによって、
私たちの「救済の意味」すら変わるのです。

ひとつ忘れてはならないのは、
それらの贖罪論は互いに排他的なものではなく、
複数の贖罪論(救済観)は共存可能だということです。
なぜなら神学の究極のテキストは聖書であり、
その聖書というテキストをもとに、
神学者は「贖罪論」を構成していくからです。

さて。

アウレンは「主観論」と「客観論(=ラテン型)」が、
現在の西方キリスト教会、
つまりプロテスタントとカトリックでは主流であり、
それによって「古典型贖罪論」のもつ豊かさが、
隅に追いやられている、と論ずるわけです。

ちなみに私が先ほど挙げた二つの例、
「裁判で有罪になったあなたの罪の保釈金」
「おもちゃ職人がおもちゃを再度買い取る」
これは両方とも「ラテン型」贖罪観に基づきます。

「ラテン型」の顕著な特徴は、
それが「法律」の類比で理解されることです。
そしてこの立場を取ると便利なのは、
「神義論」と呼ばれる、
「神の正しさと不変性」を論証する神学の分野と、
矛盾が生じないことです。

この「論理的なわかりやすさ」
こそが、特に近世以降の、
「合理主義・啓蒙主義」の流れのなかで、
多くの神学者たちの心を捉えたから、
「ラテン型贖罪論」はこれほど支配的になったんだよ、
とアウレンは言うのです。

→P184 
〈以上の考察は、古典的贖罪思想が抑圧され、
軽蔑をもって扱われてきた
一つの究極的理由を
我々に明らかにするのに役立つであろう。
神学があらゆるものを十分に
合理的に説明しようと思い始めるとき
あらゆる矛盾を含む古典的思想を
排除しなければならないのは余りに明らかである。
それは真理を表現する企てにおける粗野で原始的な段階であり、
もっと正確で適切な定式に
取って代わられなければならないからである。〉


、、、しかし、
神は果たして「合理的」なのだろうか?
というのがアウレンの問いです。
じっさい、宗教改革者マルティン・ルターのテキストは、
「ラテン的」というよりも「古典的」贖罪論に近い、
救済観を彼が持っていたことを示しています。

ところが「合理的説明」を求める近代啓蒙思想に、
無意識の影響を受けた中世以降の神学者たちは、
ルターの救済論に明らかに含まれている、
「古典型贖罪論」の匂いを排除していきます。
もしくはそれが彼らの「盲点」となった。
じっさいルターの弟子のメランヒトンの時点で、
すでに「古典型」の匂いは「脱臭」され、
「ラテン型」の「法律的・合理的」な、
贖罪論としてプロテスタント神学は体系化されていきます。

では、「古典型」が失われ、
「ラテン型」が支配することによって、
我々はどんな不利益を被るのか?
それは「神の業の一貫性」と、
「神と人間の距離」の疎外です。

引用します。

→P106〜107 
〈法律的思想はかくて
古典的教説において占めていた
限定された場所とは全く異なる位置を占める。
神と人との関係はアンセルムスによって
本質的に法律的関係として取り扱われる。
というのは、彼の努力全体は贖罪の業が
正義と一致することを証明することである。
ブルンナーの言葉を使えば、
この図式においては、
法律は実際に精神的世界の花崗岩的土台としてあらわされる。

他方、古典的思想にとって本質的であるのは、
神がキリストにおいて達成する贖罪の業は、
法的秩序とは全く異なる神的秩序を反映するということである。
贖罪は正義の欲求の厳格な成就によって達成されるのではなくて、
正義の欲求にもかかわらず達成されるのである。
神はなるほど不義ではないが、
彼は正義の秩序を超越する。

ラテン的理論の法律的性格と
密接に結びついているのはその合理的性格である。
アンセルムスの連続的な折り返し
(リフレイン)はnihili rationabilius
(・・・ほど理にかなっているものはない)である。
すなわち贖いへの要求と、
その要求が満たされる仕方ほど
理にかなっているものはないというのである。
Lex etratioすなわち方と合理性は、
ルターが倦むことなくいうように、分かちがたい仲間である。

しかし古典的贖罪思想は合理的体系化を無視する。
神は和解させる方であると同時に
和解させられる方でもあるという
その本質的な二面性は、
合理的記述によって解決され得ない二律背反を構成する。

以上は古典的贖罪思想とアンセルムスによって代表される
ラテン型との対照の概観として十分であろう。
それは次のように要約されるであろう。
古典的思想は神の行為における連続性と
正義の秩序における非連続性を示す。
ラテン型は神の働きにおける法的一貫性と
神の働きにおける非一貫性を示す。〉


、、、なぜ「合理的に完全」な、
法的モデルであるラテン型贖罪論だけでなく、
神が合理性・合法性を「超越」されて人を愛す、
という物語性を重視する「古典型」贖罪論を、
見直すべきだとアウレンは考えるのか?

それは「近代の限界」に時代は来ており、
それはとりもなおさず「合理性の限界」でもある。
これがポストモダンの社会の特徴です。
その社会のなかで、本当に有効な物語とは、
実は長いこと教会の伝統的な贖罪観であった、
「古典的贖罪論」という埋もれた宝にあるのではないか、
そういう「再発見・再評価」を、
アウレンは20世紀前半にすでにしていたのです。

驚くべき慧眼と言わざるを得ません。

、、、という私の解説より、
こちらの山田君の解説の方が、
もっと簡潔でわかりやすいかも知れません笑。

▼参考リンク:山田和音君のブログ
https://bre.is/LYXzJQAv
(3,649文字)



●神の物語(上)

読了した日:2019年11月5日
読んだ方法:Amazonで書籍購入

著者:マイケル・ロダール
出版年:2017年
出版社:ヨベル新書

リンク:
https://goo.gl/6oawTT

▼140文字ブリーフィング:

これも確か、
山田君のブログで見て興味を持ち、
購入してた本です。
やっと最近読みました。

こちらも「神学」がテーマですが、
特に「ウェスレアン神学」と呼ばれるものです。
そしてその「ウェスレアン神学」を、
「物語」として語ることを主眼にしているのが、
この書籍のユニークなところです。

アウレンの書籍で解説したように、
近代合理性の限界と、
ポストモダン時代の到来が、
こういった書籍が書かれる背景にあります。
「近代(合理性を無邪気に信じられた時代)」から、
「ポストモダン(後近代)」になった、
というのは「論理的整合性」への疑いでもあります。
それが「合理的説明から物語へ」のシフトをもたらしていて、
神学の世界では「組織神学」から、
「聖書神学(物語の神学)」へと、
多くの人々の関心がシフトしていることと、
じつは関係があります。

、、、で、本書の著者はそのようなことを踏まえ、
神学を「物語る」という形式に落とし込もうとしている、
とても野心的な試みなわけです。
さらに著者は「ウェスレアン神学」を、
そのような語り口で語ろうとしている。

何を隠そう私が所属している練馬グレースチャペルは、
「ホーリネス系」と呼ばれるプロテスタントの一派ですので、
まさに「ウェスレアン神学」の伝統を受け継いでいるのです。
自分が所属する教会の神学を知っておくことは、
自分の足下を知ることになりますので、
とても有意義に違いない、
と思い、Amazonで購入した次第です。

上下巻のうち「上」を読了しましたが、
めっちゃくちゃ良かったです。
いろいろありすぎて書き切れないのですが、
まず「ホーリネスといえばコレ」というものの一つに、
「聖め」があります。
「聖化」と言われたりもします。
だからホーリネスは別名「聖め派」と呼ばれていた頃もあるぐらい。

だから練馬グレースチャペルでも、
「聖め」っていう言葉は、
他の教会に比較すればかなり多い頻度で、
使われたりするわけです。

その「ルーツ」である、
ジョン・ウェスレーは、
「聖め」をどう定義していたのか?

これが、私にとっては目から鱗でした。

引用します。

→P46 
〈ウェスレーにとって、
この「聖書的聖め」または「キリスト者の完全」の本質は、
全存在をもって神を愛し、
自分自身を愛するように他人を愛することである。
それは「愛における」完全である。

律法主義的な空想上の絶対的完全とは全く関係がない。
またそれは神との関係、
隣人との関係における完全であって、
愛によって「完成される」ものである。
ウェスレーはこう表現する。

「キリスト者の完全はこれ以上のものでもなく、
これ以下のものでもない。
すなわち、神と一への純粋な愛、
心と精神を尽くして神を愛し、
自分自身のように隣人を愛することがそれだ。
この愛が心と生活を治め、
気質(すなわち思いと感情の習慣)と言葉と行いを支配すること。
私はこれ以外のことを求めていない。
私が意図する完全あるいは聖めとはただこのことである」〉


、、、「聖め」「聖化」という言葉が、
最初に人々に呼び起こす印象は、
多分「きよめられたクリスチャン」みたいなステレオタイプで、
たとえばロック音楽を聴かない、
映画は観ない、
世俗的なテレビ番組は見ない、
酒場に行かない、
ゲームセンターに近づかない、
「世俗的な」書籍は読まない。
「世俗的な」趣味も持たない。
、、、読むのはただ聖書だけ。
、、、趣味は「祈ること」。

こういう、
「足が地上から1センチ浮いた状態で生活してる」
みたいな、中世の修道僧が、
そのまま世俗界で生活してるみたいなイメージだったりします。
「汚れたこの世界」の汚染から、
ひたすら自分たちを守っている人、
っていうのが案外「聖められた人」の、
ステレオタイプだったりします。

しかし、ウェスレーまで遡ると、
なんとウェスレーは、
一言もそんなことは言ってない(驚愕!)。

そうじゃない。
聖められた人とは、
「神を愛し、
 隣人を愛する人」のこと。
これ以外に何も求めてない、
っていうんです。

逆に「汚れたこの世の中」と無縁に、
『霊的無菌状態』で生きるというのは、
隣人愛を不可能にします。
だって愛すべき隣人は、
この世の中にいるんですから。

だからイエスは、
「食いしん坊の大酒飲み」と、
宗教的な人々から中傷されたんですし。

時々ルーツに帰らないと、
私たちの「伝統」は、
簡単に道を誤るんだなぁ、
と思いながらこの箇所を読みました。

、、、「伝統」といえば、
ウェスレーは「伝統」を軽視した訳ではありません。
「それがすべてじゃない」って言ったんです。

引用します。

→P78 
〈個人的な経験に訴えることは、
ウェスレアン神学の大きな特徴の一つである。
ジョン・ウェスレーの時代、
大部分の英国国教会の神学者は、
聖書がクリスチャンの信仰と礼拝の
主要な権威ある源であることを語り、
また伝統と理性がその大切な支えであることを理解していた。

けれどもウェスレーはそれらに、
宗教的真理を確認する役割を果たす個人的な経験を加えた。
著名なメソジスト神学者アルバート・アウトラー(1908〜1989)にならって、
ウェスレアン神学に立つクリスチャンたちは、
聖書・伝統・理性・経験という
「ウェスレアン神学の四辺形」に注目し、
神の物語を聞き、語る際に、その重要性を認めている。〉


・聖書
・伝統
・理性
・経験

この四つが大切だよ、
ってウェスレーは語ったわけです。
このうちのどれかが欠けると、
私たちはバランスを崩します。
四輪車が、三輪車になるのです。

だから「聖書の身勝手な解釈」はダメだし、
「伝統の軽視」もダメです。
伝統を軽視するのは、先人の知恵をゼロ査定することであり、
愚かとしか言いようがありません。
「反知性主義」もダメです。
神は人間に知性・理性を与えました。
それを放棄するというのは、
神を知ることをあきらめるのに似ています。
最後に経験を軽視するのもダメです。
実体験・実生活での神との個々の出会いの経験を軽視すると、
私たちは「過去と理性」のみに軸足を置くことになり、
信仰はダイナミズムを失うからです。
躍動感は失われ、冷たい前例主義だけが幅を効かせます。

凡庸な表現ですが、
「温故知新」というのは、
こういうことをいうなぁ、
と思いながら読みました。
自分の属する教会の、
依拠している神学を学べる有意義な書籍でした。

あと、私の長たらしい説明よりも、
こっちのほうがわかりやすいかも知れません(二回目)。

▼参考ブログ:ちょうをゆめみるいもむし
https://bre.is/FegzaSza
(2,613文字)



●予言の島

読了した日:2019年11月8日
読んだ方法:図書館で借りる

著者:澤村伊智
出版年:2019年
出版社:角川書店

リンク:
https://bre.is/NzFr3zCQ

▼140文字ブリーフィング:

映画化された
「ぼぎわんが、来る。」を読んでから、
新進気鋭のホラー作家、
澤村伊智の本を、わりと立て続けに読んできました。
彼の最新作『予言の島』は、
ちょっとこれまでと違う感じの作風で、
ホラーとみせてミステリーであり、
環境問題だとかの要素も含んでいる、、、
という多義的な作品です。
結果的に「母という病」の路線の恐怖に着地する、
という結末は意外でした。
彼はやはり「家族という病」とか、
「機能不全家族」を描きたい人なんだと、
この作品で確信しました。
(219文字)



●節英のすすめ

読了した日:2019年11月9日
読んだ方法:山田和音君に借りる

著者:木村護クリストフ
出版年:2016年
出版社:萬書房

リンク:
https://bre.is/4pex6H76

▼140文字ブリーフィング:

こちらも山田和音君に借りました。
現在の「ユニバーサル言語」である英語を、
便利だからという理由で使いまくることが、
じつは結構いろんな意味でヤバイかもよ、
というような本です。
著者はドイツ人と日本人のダブルの言語学者です。
ドイツ語・日本語を話し、
なおかつ英語の他に多言語を操りますが、
国際社会における「英語の便利さ」が、
じつは多様性を奪ったり、
深い思考を妨げたりするという弊害をもたらしている、
という警鐘を鳴らします。

「英語万能主義」に疑問を持たない日本の英語信仰は、
ちょっと異常な領域に達していると私も思います。
電気は確かに便利ですが、
「オール電化」にリスクがあることは、
あの震災で私たちは学んだはずです。
と同じようなリスクが、
「オール英語化」にもつきまとうのだから、
「節電」と同じく「節英」も必要なのではないか、
というのが著者の主張です。
私もそう思います。

まずは日本語運用能力を高めましょう。
日本語って、多くの人は「使えている」
と思っていますが、
使いこなせていない人が相当数いる、
というのが私の見立てです。
「炊飯器で米を炊けて、目玉焼きを作れる」
ことをもって「料理ができる」って言ってるようなもので、
日本で生活できているからといって、
「日本語が使えている」とは言えないのです。
「任意の本を一冊読んで、
 その内容を自分の言葉で、
 他者に簡潔に説明できる」
ということが、「料理が出来る」最低レベルだと、
私は思っています。
そう考えると、
このレベルで日本語を使える人は、
人口の5割以下だと私は思います。
下手すると2割を切るかもしれない。

その人が英語を学んでも、
その英語を使って成し遂げられることは、
AI時代にはほとんど何もないでしょう。
(647文字)



●読書会入門 人が本で交わる場所

読了した日:2019年11月10日
読んだ方法:図書館で借りる

著者:山本多津也
出版年:2019年
出版社:幻冬舎新書

リンク:
https://bre.is/UBrHZ72V

▼140文字ブリーフィング:

猫町倶楽部という、
日本最大の読書会を主催するビジネスマンである山本さんが、
名古屋で発足した読書会が、
どのように成長してきたかを語ります。
このメルマガ主催の「オフ会」を、
来年はやりたいなーと思ってるのですが、
それを『読書会』という形にしようかな、
と本書を読んで思いました。
(135文字)



▼▼▼リコメンド本「今週の一冊」▼▼▼

ご紹介した本の中から、
「いちばんオススメだったのは?」という基準でリコメンドします。
「いちばん優れていた本」というよりも、
「いちばんインパクトの大きかった本」という選考基準です。
皆さんの書籍選びの参考にしていただけたら幸いです。


▼今週の一冊:『勝利者キリスト』

コメント:

贖罪論に関する本書は、
とても有意義でした。
あとでじわじわ効いてくる系の本です。



▼▼▼部門賞▼▼▼

ご紹介した書籍の中から、
陣内の独断と偏見で、
「○○賞」という形で、
特筆すべき本をピックアップします。
こちらも何かのご参考にしてくだされば幸いです。

▼「温故知新賞」
『神の物語』(上)

コメント:

これも素晴らしかったですね。
自らのルーツをちゃんと勉強する、
ということの実り多さを体験しました。

朝ご飯のお決まりのメニュー

2020.03.30 Monday

第115号 2019年11月26日配信号

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
■1 今週のオープニングトーク
::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::

▼▼▼朝ご飯のメニュー▼▼▼

メルマガ読者の皆様、こんにちは。
今週も質問カード、いってみましょう。


▼朝ごはんのメニューは決まっていますか?


、、、私の場合、
決まっています。

毎朝「オートミール」ですね。

正確には、
・水1リットル
・サプリ
・プロテイン
・オートミール
です。

霜降り明星の粗品なら、
「いや、ボディビルダーの朝ご飯!」
ってツッコむでしょうが、
まぁ、そうなんだから仕方ない。

まず、水は朝起きるとガブガブ飲みます。
睡眠中に失われた水分を補給するため。
あとはサプリですが、
私は3種類飲んでいます。

1.マルチビタミンミネラル
筋トレとボディメイクしていると、
わりと食事のルーティーンが決まってくるので、
特定の微量元素が足りなくなる、
っていうのは避けたい。
というわけでマルチビタミンミネラルは飲んでます。

2.グルタミン
これはアミノ酸の一種で、
筋トレユーチューバーのコアラ小嵐が、
筋トレ始めてから風邪を引きやすくなったんだけど、
これを飲み始めてから引かなくなった、
っていってて、それで飲み始めました。
グルタミンって腸の細胞を再生させるのに関与してるらしく、
人間の免疫機構って、「腸で作られる」
といっても過言ではないので、
まぁ、理にかなった話です。
毎朝5グラム飲んでます。

3.クレアチン
これは、北海道で、
筋トレしてる知り合いから聞きました。
これを飲み始めてトレーニングの質が変わった、
って彼は言っていて、いろいろ教えてもらいました。
クレアチンって、「ATPサイクル」
っていう、「クエン酸回路」とも言われる、
人間のエネルギーを生み出す化学反応の、
「ひとつの歯車」として登場する物質なんですよね。
その知り合いは医者なので、
やたら説得力がありました。
これも毎朝5グラム。
たしかにこのサプリは実感があって、
たとえばアームカールを、
9回で限界だったのが、
「最期のもう1回の踏ん張りがきく」
ようになる感じがあります。

ちなみにクレアチンもグルタミンも、
毎日5グラムなのでなかなか減らないし、
サプリ自体それほど高価でもないので助かってます。
私は年に二回ぐらい、
「マイプロテイン」というイギリスのサイトで、
キロ単位で購入しています。


、、つぎにプロテイン。
朝はホエイプロテインを20グラム飲みます。
夕食から12時間ほど経過しているので、
胃の中は空っぽになってるわけで、
とりあえず血中アミノ酸濃度を上げたい、
という、ボディメイクの強迫観念(笑)により、
やはり朝一はサプリで入れておきたいですね。
「毎朝肉や魚が食える」
という環境にある人はよいですが、
朝は忙しかったりするので、
サプリがお手軽でよいです。


、、、最後にオートミールですね。
毎朝30グラム食べています。
カロリーにして120kcalぐらいでしょうか。
これに水を入れてレンジで2分20秒温めます。

増量期にはこれに牛乳と蜂蜜を入れて食べるのですが、
今は減量期なので、牛乳と蜂蜜をやめて、
「お茶漬けのもと」を入れて食べます。
けっこう美味いです。

朝炭水化物抜くというのは、
ダイエット的に不正解ではないのですが、
脳に行く栄養がなくなるため、
仕事の能率が落ちては本末転倒です。
だから朝の炭水化物は必須。

では、なぜパンや白米でなく、
オートミールなのか。

それは「GI値」というのが関係してて、
簡単にいうと、
「血糖値の上がり方が穏やか」な食品なんです。
オートミールとかサツマイモとか、
そういった食物繊維が多い炭水化物は。

そうすると、「腹持ちがよくなる」し、
徐々に血中に糖分が溶け出すイメージなので、
インシュリンの大量分泌による、
「シュガーラッシュ」と呼ばれる、
「反動低血糖」も起こらない。

そういう理由で毎朝オートミールです。
これも2.5キロの箱をネットで買います。
半年以上、たぶん1年近く持ちます。

そんなわけで、
私の朝食はそんな感じです。
「夢」はあまりないですね笑。
ボディメイクを追求しすぎると、
「食事」が「エサ化」してくるのですが、
それは本末転倒だと思うので、
なるべく遊び心も入れながら、
食事を楽しみつつやってます。

マッスル北村のように死んだりしませんので、
ご安心ください。

皆さんの朝食のルーティンはありますか?